例えば、『それ』を感じてしまう瞬間は日常の中に多々ある。
半分コ。 〜Thank you〜
「ボーちゃん、お買い物行こ?」
宿屋のベッドに腰掛けて、壁に寄りかかって、ぼーっと窓の外を眺めていたボクの前に、リディがひょこっと顔を出した。
頷く。断る理由はない。
「あれ、アイル兄さんは?」
ボクが尋ねる。
買い物に行くとなれば、リディはアイルザッハに何かしらをねだって買ってもらうのが定石だった。
「あっちゃん今、出かけてるみたいなの」
行こっ。と、手を引かれて靴を突っ掛ける。
「あれ、お供ちゃんは?」
今度はリディが尋ねてくる。
買い物に行くとなれば、お供はボクに何かしらをねだって買ってもらうのが定石だった。
「お供は今、出かけているよ。ハスティさんとナナオ君と一緒に、
どこかの『時間内に食べきればタダ』っていう大盛りメニューを『完食しに』行くんだって言ってた」
「ふーん。面白いお店があるんだね」
「うん。でも今日いっぱいでそのメニューがお終いにならなければいいけど」
「どうして?」
「・・・ううん、なんとなく。あの三人(注・二匹と一匹。
あるいは一匹と二匹、二人と二匹)がそれぞれ大盛り一人前だけで済めばいいな、って」
「・・・?」
「そんなに深く考え込まないでね?」
「うん」
宿屋を出ると、そこはすぐ目の前から町の外れまで続くメインストリートだった。
二人は歩き出す。並んで、ではなく、半歩ほどリディが前を行く。
・・・例えば、それを感じてしまう瞬間は日常の中に多々ある。
目の前で楽しそうに、あるいは必要以上に、
リディの頭がぴょこぴょこ踊っている。
追い抜いてしまったのだ。彼女の背を。
それはもう、ずいぶん前のことだけれど。
止めることのできない絶対的な時間の差、
それが意味するもの。
僕がハーフエルフであると言うこと。
ずっと見上げていたリディより背が高くなってしまったことは、
少なからず、辛かった。
そして、リディより年上に見られることもまた。
このまま、リディだけじゃなくて、
アイル兄さんの年まで追い抜いて、
そして・・・。
そう思うと時折堪らなくなる。
エルフは死んだら木になるという。
人間は死んだら生まれ変わるという。
エルフは木になって生き続ける。
人間は姿を変えて生き続ける。
永遠の生。永遠の輪廻。
じゃあ、ハーフエルフは?
・・・きっと、どちらでもない。
ハーフエルフは半端なものだから。
人間でもない、
エルフでもない。
どちらにもなれない生き物だから。
昔、一度だけ、家出・・・ではないけれど、
遅くまで家に帰らないことがあった。
戻ってきた僕を見て、リディは言ってくれた。
僕がいないと寂しい、と。
・・・ごめんね。僕は、ずっと一緒にはいられない。
僕はハーフエルフだから。
木になって傍にいることも、
生まれ変わって傍にいることもできない。
ごめんね・・・。
ふと、リディの足が止まった。
その目線の先に出店のクレープワゴンがある。
「わぁ、クレープだぁ!ボーちゃん、ちょっと寄ってもいい?」
リディが尋ね、ボクが頷く。
・・・例えば、それを感じてしまう瞬間は日常の中に多々ある。
道で、リディと話していると希に物珍しそうな視線を送ってくる人がいる。
ハーフエルフが珍しいのか、
ハーフエルフがエルフと共にいることが珍しいのか。
前者だったらいい。後者だったら悲しい。
僕がいるから、僕と一緒に歩いているから、
そのせいでリディが変わっていると思われるのは。
ハーフエルフは、エルフとも人間とも、対等であってはいけない。
彼等に逆らってはいけない。
同じ幸せを望んではいけない。
そう決められているのだから。
交わってしまった血は、その瞬間にその高貴さを失い、
力を失い、
下等なものへと成り下がってしまうのだ。
良いところなんて、彼等に勝るものなんて、何も無い。
それが、ハーフエルフという生き物なのだ。
・・・ごめんね。
もし、僕をかばわなかったら、僕がいなかったら、
リディは、もっと普通の、
エルフとしての幸せな生活を送っていたはずなのに。
ごめんね・・・。
リディは二つのメニューを交互に眺め、どちらにしようかと悩んでいた。
そして、あることを思いつく。
「ボーちゃん。半分コしない?」
リディは笑顔で僕に言った。
「どっちの方が良いか、決められないの。どっちもステキだから半分コ。ねっ?」
えっ・・・?
一瞬、ボクは何も言えなかった。
目を見開いて、ただ、リディの顔を見つめる。
「リディ・・・ごめんね」
何故か、無意識に、その言葉が口を吐いて出た。
「えっと・・・ううん、いいの。私が勝手にそうしようと思っただけだから・・・」
そう取り成しつつも、リディはまるで叱られた子供のようにしゅんとした表情になる。
ボクがそれを断ったと思ったらしい。
・・・こんなとき、アイル兄さんならきっと、リディの頭を撫でるのだろう。
頭の隅でボクは思い、ふと、ある考えが浮かんで、ちょっとだけ、いたずらっ子のように、無邪気に微笑んだ。
・・・これは、挑戦だ。
「リディ、いい子いい子してもいい?」
「え?」
驚いた顔のリディに、返答を待たず手を伸ばす。
これはエルフに対する反逆だ!
ハーフエルフに有るまじき行為だ!
頭に突き刺さる声にボクは笑顔を返した。
うつむいて、その言葉に従っていた僕に、僕は挑戦する。
僕がハーフエルフである前に、
僕はリディのことを大切に思っていて、
これはリディがエルフであることよりも、
僕にとって重要なことだから。
だから、
僕がこれから犯す罪によって、全てが壊れていくとしても・・・・・・。
ううん。それは嫌だな。
リディの世界を、みんなの世界を、壊したくはないな。
罰を受けるのは僕一人でいい・・・・・!
そっと、リディの髪に触れた。
さらさらと流れる金糸の上を、ボクの指が滑る。
「・・・ボーちゃん?」
きょとんとした眼で、リディはボクを見ていた。
そして、ボクは飛びっ切りの笑顔で答える。
「半分コ、しよう!」
どっちもステキだから半分コ。
たとえ自分では気付いていなくても、
こんなに嬉しい言葉を投げかけてくれるから。
だから僕は、謝罪の言葉ではなくて、
感謝の言葉を返そう。
幾重にも幾重にも重ねて。
そして、祈ろう。
この世の全てが、あなたの味方であるように。
その笑顔が、決して曇ることのないように。
この命が尽きるまで。この命が尽きたとしても。
−ありがとう。
余談−。
「お客さん、もういい加減にお願いしますよぉ〜!」
コック帽を被った人物が、悲痛の声を上げた。
「え〜っ、まだ時間残ってるじゃん。それに、らっしーもまだ満足してないみたいなんだ」
「そうだよ。それに、僕はいつもみんなの五倍は食べているのに、まだ四皿めだよ」
「そのメニューは一皿三人前はあるんです〜っ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・」(ピーティーは食い溜めの習性〜)
「誰か止めて下さいよーっ!」
金髪のエルフか銀髪のエルフが通ることを祈ろう。
終わり
あとがき
分かり難いです。ホントに。
何気にボクの誕生花の花言葉が『感謝』に決めたときからあったネタなのですが、こんな風に世に出すことになるとは。
しかし、オイシイ所を大食いトリオに持っていかれた感が強いのは何故だろう?
兎に角、一つ書き終えました。さあ、暗光鼠よ、精進せよ。
ボク:戻りますか?