友になった日〜Stay with me〜


 僕はどうして生まれてきたの

 偶然、奇跡、悪魔の悪戯…?










 人里離れた森の中 エルフたちの集落

 一つだけついた明かり 裁きの法定

 この子に罪は無いのだと 静かに響く声

 過ちは二度とあってはならぬ

 鋭い声 それを掻き消す



 その傍らに身を隠す 幼き者の影

 違う光を放つ両の目 不思議な色を放つ髪

 在ってはならぬ 禁忌の子

 抗うことを知らずとも 与えられるは罪ばかり



 もう戻ること 出来はしない

 ただ進むのみ 茨の道を

 母の温もり消えた刻 錆ついていた歯車は

 正義を騙る者により 軋みを上げて動き出す…











 一度足を踏み入れたなら、二度と出てくることは出来ないと言われる、 深い森の中にエルフたちの村はある。

 子の村の長老の家で、ある問題についての話し合いが行われていた。

「この子に罪は無いんじゃ。それくらいは…」

「駄目です!二度とこんなことが起こってはならないのですよ!?」

 静かな老人の声と、それに怒鳴り返す者達の声。

 その、あまりの大きさに、傍らに居た幼い子がびくっと身を縮こめた。

 薄い紫で、光に透けると水色に見える髪、左右の目の色はそれぞれ違っていて、右が青、左が紫。 どちらも髪と同じような、淡い色をしている。

 今、議論されているのは、まさに子のこのことであった。

「こんな禁忌の子を村に住まわせなどしたら、他の者達に示しがつきません!!」

 再び怒声が飛んだ。

 …そう。

 この世界のどこを探しても、 その子と同じような目や髪の色をしているエルフは一人としていない。

その子は人間との混血、ハーフエルフだったのだ。

全ては、その子の母親が亡くなった時から始まった。











―― どうして、エルフたちはハーフエルフを嫌うの?

―― 高貴な血筋が下等な者の血で汚されるからだ。

 それが単なる後付けの理由であることを、一体どれだけの者が知っているだろう。

―― 本当の理由は、そんなに立派に飾り付けられた物ではないのだよ。

 とあるエルフの村の長老は、そう語る。

―― 一体、どう言う理由があって、ハーフエルフは疎まれているの?

―― 先に逝ってしまうからさ…。

 エルフの寿命は、人間のそれに比べて、ゆうに十倍は長い。

 人間を生涯ただ一人の人として選んだエルフは、必ず、 その人の最期を見届けなくてはならない。

―― それは運命なの?

―― ああ。抗うことはできないのだ。

 最愛の人を失ったとしても、その人との間に生まれた子供は残る。 その子を生き甲斐にして生きていける。

 でもそれは、人間の話。

 もしも、その子にまで置いて逝かれたとしたら?

 全てが狂ってゆく。世界が歪んでゆく。

 そして、辿るべき道は。










 その子の母親が、エルフとしては、かなり若いうちに亡くなったとき、 真っ先に村人たちの頭に過ったこと。

 それは、ハーフエルフの存在。

 すぐに彼女の家からは、無抵抗のその子が引き摺り出された。











 茨の道を駆けて行く もう守ってくれる者はない

 裸足のままの幼子に 刺は容赦をするはずない

 腕を突き刺し 足を噛み

 赫く染まること 気にもせず



 頬を濡らした雨の先 灯った小さな明かりが二つ

 闇さえ照らす太陽と 月はその子に微笑んだ



 大切なものを奪われて 大切な想い隠されて

 その子は野へと放された

 一握りの自由と引き換えに 癒えない傷を背に負って













 たとえ、生きる術がなくとも。

 たとえ、悪魔と呼ばれようとも。

 一族の血を汚した罪は重いと、エルフ達は幼いその子を村の外へ捨てようとした。

 長老ももはや、為す術がない。

 先ほどから中心となって追放論を唱えていた者が、その子を掴もうとした、その時だった。

「いやだよ!」

 部屋のドアが激しく空けられ、一人の少女が入ってきた。

 頭の上で纏めた金色の髪。碧い目。可愛らしいピンクの服を着ている。

「リディ…」

 その場にいた者達の動きが止まった。

 まだ子供でも、その瞳に宿る力は、大人をも圧倒する強さを秘めていた。

 知らない大人達に囲まれていた幼い子が、突然現れた顔見知りの、リディと呼ばれた少女に駆けより、 しがみつくと、リディも表情を和らげ、その癖のある猫っ毛に触れた。

「だっ、だが…!」

 村人が何かを言おうとした瞬間、再びリディの目に力が篭もる。

「この子は私の友達だもん。私は見捨てたりなんかしない。私の家で一緒に暮らすの。 皆に迷惑はかけないよ。外に捨てるなんて、絶対させない!」

 それでも更に何かを言い返そうとした者を、

「愚かだな…」

 もの静かな声が制した。

 長身に銀色の髪。生粋のエルフでありながら、その纏っている雰囲気は、 ここにいる誰とも相容れない

「あっちゃん!」

 驚いたように、嬉しそうに、リディが声を上げた。

 それに応えるように、少女にだけ笑顔を向けた後、

「その子に罪があるというのなら、何故それより先に、俺に罰を与えない」

 彼、アイルザッハは、長きに渡って人間の世界で暮らしていた。 彼の相容れない雰囲気は、その時作り上げられたものなのだろう。

 一方的勝利と思われた、この裁きは、二人の乱入によって、大きく揺り動かされた。

 けれど、向こうも簡単に引き下がりはしない。

 結局、その子から本当の名を奪い『一族に付き随う』という意味の名で縛ることで、 村で暮らすことを許そう、と話がまとまった。

 その夜、欠ける処のない月が一番高くなる頃、長老の術により、 全ての者達の記憶から、その子の名が消えた。

 そして新たな名が、二度と消えない傷となってその子の背に刻み込まれた…。











 見渡す限りの緑。

 暖かい日差し。

 どこかで開いた花の香りをのせて、優しい風が森の中にいた人物の髪を揺らした。

 その髪は水色がかった薄紫。両の目はそれぞれ色が違っていた。

 よけいな装飾品のない、森に溶け込むような、おとなしい色の服を着ている。

 その人物の名は『ボク』。

 変わった名前であることは、いまさら告げるまでもない。本人が一番良く分かっている。



 聞き慣れていないだけであって、それは何処か遠い国の縁起のある言葉なのかもしれない。 僕の父さんは異国の人だから。



 そう思いつつも、一方でボクはその考えを否定していた。

 ハーフエルフである自分が、祝福されて生まれてきたはずがない、と…。

 時折、ぼんやりとそんなことを考えながら、 ボクは一日のうち多くの時間を森の中で過ごしていた。

 エルフの村にいては気まずいし、村の男たちの狩りに参加できない以上、 日々の糧は自分で手に入れなくてはならない、と思っていたから。

 いや、狩りを得る必要がなかったとしても、ボクは一日に一度はこの森に足を踏み入れていた。

 エルフと人間の世界の間に位置するこの森は、両者の合いの子である自分にとって、 ふさわしい場所であるような気がしていたのだ。

 けれど、それはもう、昔の話。

 今、ここにいるのは、もっと違う理由がある。

 弄ばれた髪を気にすることなく、擦り抜けていく風を見送るように風下のほうを ボクは見つめていた。

 ……………。

 不意にその動きが止まり、顔に宿していた笑みが消えた。

 瞳を閉じ、神経を耳に集中する。

 …………カサッ。

 慣れているものでなければ聞き取ることのできない、微かに木の葉が擦れる音。

 風が起こす木々のざわめきに紛れてはいるが、それとは違う音…

 ………っ!

 目を開けるが早いか、ボクは大地を蹴り放ち、走り出した。 振り向きもせず、全力で駆けてゆく。

 その背後に、素早く枝から枝へ飛び移る白い影が、一瞬だけ見えた。







 はぁっ、はぁっ、はぁっ…!

 がさがさっ、と、草を分けて走る音と上がった息の音に、 その先にいた小さな動物達が我先にと逃げ出した。

 エルフの村の四方を囲む森の中でも、ここ、北側に位置する森には大きな動物は住んでいない。 だから、村の者達の狩りは南の森が利用され、 北の森で狩りをするのは一人分の食料しか必要としないボクだけ。 そして、村の者でこの森を知り尽くしているのもボクだけだった。

 木々の間を縫い、全くスピードを落とさずに走りながら、ボクは頭の中で地図を広げた。

 川辺、草地、岩場…何処へ向かう?

 そうだ、あそこがいい。

 ボクは大きく左へと進路を変えた。スピードは全く落ちていない。

 そこは、数週間前に、落雷によって木々が燃やされたところだ。もし鳥の眼を借りることが出来るのなら、 緑の森にぽっかり、楕円の穴が開いているように見えるだろう。

 一時は土壌が剥き出しだったはずだが、長年エルフ達を抱くうちに、魔力を帯びるようになったその森の 生命力は、そこらのものとは比べものにならない。すでにその地表はびっしりと草で覆われていた。
 相手は、木の上ほど、地面で速くは走れない。

 速さの劣る、しかも姿を隠すことの出来ない土俵で戦いを挑むような無鉄砲ではないことは よく分かっている。

 ならば、多少時間がかかろうとも、左右どちらかに迂回するはず。

 そう考え、ボクはその楕円の、最短の半径を貫くように駆け抜ける。

 そして、反対側に辿り着く直前、振り向いて背後を確認する。

 白い影が左の木を伝っている姿が一瞬眼に映った。

 よし!

 少しでも、時間稼ぎに成功したことを確信すると、正面に向き直って走り出そうとした。

 …えっ!?

 その瞬間、ボクの踵が払われる感覚とともに、 勢い付いたままの上体が背後の木に叩き付けられた。

 そのまま力なく木の根元に座り込むボクの頭上から、白い『生き物』が下りてくる。

 不断ならそれ位軽く避けて駆け出せるはずなのだが、落雷の火災を消し止めるほどの木が相手だ。 思いのほか受けた衝撃は大きかった。

 悠々と顔面に着地した、その『生き物』の重みで、頭まで木に打ち付けると、遠ざかる意識の中で ボクは、初めて会った時もこんな感じだったと思った













 『白い何か』が後ろから迫ってくる。

 ボクは未だかつてない感覚に捕われていた。

 確かに『それ』は、ボクを追ってきているのだ。

 なのに、その殺気が、どう説明したらいいのだろうか、兎に角おかしな殺気なのだ。

 多分、こういうことに慣れていない人ならば、気づくことがないほどわずかな、けれど、 無理に隠したものではない、かと言って、幼いものが遊びを兼ねて、という感じでもなく、 明らかに捕食者が『本気』で獲物を追うときの殺気なのだ。

 何にせよ、今のボクには逃げるより他なかった。

 矢で撃ち落せなくもないだろうが、今日の分の狩りはもう済んだ。余計な殺生をしたくはない。

 その時、全力で村へと走っていくボクにピッタリと付け、木の上を走っていた『それ』が、 急に前へ出た。

 ……!?

 一瞬戸惑うボクの足元に、その生き物に驚いた二匹のリスが飛び出した。

「わっ!」

 急ブレーキ。

 その反動で木の根元に尻餅をつくボク。

 ガサッと木の葉が乱暴に揺れて、見上げたボクの顔面に、ドスッと落下してくる白いモノ。

 このままでは窒息してしまう。

 慌ててボクはそれを顔から引き剥がし、その生き物と目が合って、

「え…?ピーティー?」

 驚いたように言った。



 正式名称、パラッチトッピウス。通称、ピーティー。

 白い、絹のような肌触りの体毛と、天使の羽根のような形の耳が特徴の動物のことだ。

 巷では『初雪の妖精』などという名で親しまれているようだが、それはあくまで『本来の彼ら』 を知らないからこそ言える事だ。

 パラットトッピウスという種族は、普段は草や木の実、虫などを食べて暮らしているが、いざとなれば 自分の体の何十倍もの大きさのモンスターや、『ヒトガタ(人間も含め、人間のような姿をしている生物)』 までも集団で狩り、食してしまう。

 まさに『生き残るため』に存在する様な生き物なのだ。

 その為、絶えず食料を求め世界中を駆け回り、二日と同じ場所には留まらない。

 パラッチトッピウスの捕獲例が一度もないのは、主にそのせいなのだが、更に、彼らは、 またとない武器を持っている。

 常に高速で駆け回っている彼らの体形が、やたらぽてんとしているように見えるのは、 そのたくし込んでいる皮のため。それこそが彼らの『武器』なのだ。

 普段、陸上を移動しているときは、その皮の間に食べ物をしまいこんでいるが、その皮を『ももんぐわ』 という怪物の様に広げて滑空をしたり、『らっこ』という伝説上の生き物のように空気を含ませて水上を 移動することが可能なのだ。

 よって、追い詰めたと思っても逃げ出されてしまう、あるいは、最悪の場合、 こちらが襲われてしまうのだ。

 今、まさにボクの目の前にいるそれは、特徴を照らし合わせれば、ピーティーと言っても 良さそうなのだが…、大きい。通常なら大きくても三十センチがいいところなのだが、その大きさは 四十センチを下らないだろう。

 そして『天使』と呼ばれるに至るほど可愛らしく開かれているはずの眼も、 眠たそうにとろんとしていた。

 見詰め合うこと数秒。ついに沈黙が破られた。

 ぐううううううううう〜〜〜。

 そのピーティー(パラッチトッピウスかどうか、怪しいところではあるが、とりあえずボクは そう呼ぶことに決めた)の腹の虫が激しく鳴いたのだ。

 慌ててボクは、持っていた袋を覗き、切り分けて、紙に包んでいたシフォンケーキの中から大きいものを 選んで差し出した。

 次の瞬間。

 …ぱくっ!!

 ピーティーはボクの手ごと、ケーキにパクついた。

「う…っ、うわぁぁぁぁ〜っ!」

 ボクの叫びが森に木霊した。











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