威力増大



 正面に水、右手に炎、左手に土、背後に風、頭上に光、足元に闇の印を描き、意識を集中させ、息継ぎもせず一気に呪文を唱える。
 杖をおろし、瞑っていた目をルグイは開いた。
 それから周囲を見回した。



「ハスティ」
 後ろから突然した静かな声に、ハスティは飛び上がった。
「うわっ、ルグイか――びっくりしたぁ」
「ラッセンを知らないか?」
 ハスティの言葉はさらりと無視してルグイは訊いた。
「え? さぁ、知らないけど」
 ハスティはそこで首を傾げた。
「珍しいな、ルグイがラッセンの事探すなんて」
 しかしルグイは聞いていなかった。
(ハスティにするか? ――しかし、ラッセンならともかくハスティは・・・・・・。そうなると色々と煩い事になるし――)
 そこでジーっとハスティを見る。
「な、何だよ」
 思わず踵を浮かして、いつでも逃げ出せる態勢になるハスティ。
「駄目だな。」
「は?」
 ルグイは踵を返してどこかへ行こうとし、
「ハスティ、ラッセンを召喚できないか?」
「あのなぁ・・・」
「出来ないのか?」
「出来ねぇよ」
「やってみなければわからないぞ。」
「そういう事言うぐらいなら最初っから訊くな!!」
 今日のルグイはいつにも増して『話していて疲れる』度が高いような気がする――とハスティは頭の片隅で思った。
「呼べ」
「多分来ねぇぞ」
「呼んでみろ」
(――ああ、これはきっと『良いから良いから、呼んでみてよ』って事なんだろうなぁ。)
 脳血管の長寿のために脳内で翻訳するハスティ。
「じゃぁ、一回だけだからな」
 溜息をついて、ハスティは大きく息を吸った。
「ラッセ〜ンッ!!」
 魅惑の薔薇の香り。
「呼んだか〜い???」
「うどわぁっ!!」
 ハスティは飛び上がった。
 いつの間にか背後にラッセンが居た。
 二度と経験したくない経験である。
「よく来た」
「ん???」
 薔薇を唇に当てながら振り返ったラッセンが、
 ぱき
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・!!」
 ハスティ絶句。
「なななななななな、何だよこれ――っ!!」
「触れたものを金に換える術。」
 見て分からないのか? と言いたげにルグイが言った。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 再び絶句するハスティの横で――何時の間にか像の周りに薔薇が増えていたり、何故かスポットライトでもあてているかのように、像がキラキラしているのは無視して――ルグイはその像を検分した。
「とりあえずは成功だな。」
「おーい、ルグイぃ」
 頷いたルグイに、ハスティが恐る恐る声をかけた。
「?」
「これ、元に戻るんだよな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・成功していればな。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 今の間は何だ――とか、大丈夫なんだろうなぁ――とかハスティは思ったが口には出さなかった。
「失敗していてもこいつなら自力で戻れそうな気がするから、大丈夫だろう。」
「気がするって――戻らなかったらどうする気なんだよ」
「魔術の改良の為の被検体として扱う。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 しばらく逡巡した後、ハスティは何も見なかったことにした。



 数時間後、ひたすらラッセン像の観察を続けていたルグイに声をかけた少女が居た。
「あれぇ? ルーちゃん、何してるの?」
「観察」
「ふーん、そうなんだ、頑張ってね。」
 トリカブトを両手一杯に抱えて、少女はそれはそれは可愛らしく微笑んだ。
 彼女の性格からして、それがトリカブトだと言うことも知らずに、花が可愛いから、という理由で集めたのだろう。
「それ、どこに生えていた?」
「うーんと、あっちの方!! あ、でも私が全部取っちゃったから、花がついているのはもう無いよ。」
「そうか」
 頷いてルグイは少し考えた。
 別に花に用があるわけではないし、採取しに行っても良いが、なんとなく面倒だ。
「それ、私にくれないか?」
「え? うーん、でもこれ、お料理に使おうとお思ってたんだけど・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 少し迷ったが、まぁ、いいか、私が食べる物ではないし――とルグイは思った。
「そうか。」
「うん、ごめんね」
 踵を返すリディの背を見送るルグイの脳裏に、ふとリディの今までの、すばらしい料理の数々が浮かんだ。
 見た目から味まで、『許しがたい』の頭上を軽く飛び越え『信じられない』を通り越し『神業』のレベルに達した料理達が。
「リディ」
「なぁに、ルーちゃん」
「料理を教えてやるから、それをくれないか?」
 常々どうにかしたいと思っていたし、それに、キラキラしているラッセン(像)の観察にも飽きてきたことだし。
「何教えてくれるの?」
 うきうきとリディが訊いた。
「クッキーでも」
 ルグイはリディが一番よく作る料理の名を挙げた。
「クッキーなら私作れるよ」
「リディの物とは作り方が違う。」
「そうなの?」
 じゃぁ、教えてもらおうかな――と少女はにこにこしながら言った。



  cocking time



 ――最初に、鍋にドライフルーツを入れ茹でる。
「それはやめておけ」
 リディが持ってきた奇妙な紫色がかった茶色い物を見てルグイは即座に言った。
「え? どうして?」
「色が綺麗じゃない」
「ドライフルーツは何に使うの?」
「飾り付け」
「飾り付けだったらこのお花は!?」
 深紫色のトリカブトの花。
「火を通した時に色や形が変わるものは避けたほうが良い。」


 ――バターをクリーム状なるまで泡立て器等で練る。
「ねぇ、ルーちゃん、火で柔らかくしちゃ駄目?」
 別に練りやすくするために火で柔らかくするのはかまわないが、リディの場合、バターが一瞬で焦げる程強い火力でやりそうである。
「駄目だ。手抜きをしては良い物は作れないぞ。」
「うん、分かった」
 『良い物』の一言に俄然張り切ってリディはバターをこね始めた。


 ――次に砂糖を二・三回に分けて入れ、混ぜる。
「入れるのは砂糖だぞ。」
「え、でも、これも入れたほうが甘くなると思うんだけどな」
 リディの片手にはどこぞの怪しい店で買った黒い砂のような物が入った袋がある。
「同じ甘味料でも、物によって風味は大きく変わる。」
「ふーん、そうなんだ。」


 ――次に卵を混ぜる。
「あ、ルグイくーん」
 フェルナンディが向こうから駆けて来た。
「?」
「あっちにあったラッセン君の像のことをハスティ君に訊いたら、ルグイ君に訊けって言われたんですけど――」
「ああ、それは石化魔法の応用版だ。」
「ほう・・・・・・。――なぜ金なのですか?」
「色々と使えるだろう、金は」
 確かに、とフェルナンディは頷いた。
「でも、ハスティ君の話だとラッセン君は元に戻るという話でしたが――」
「大丈夫だ。呪文効果が永続する方もある。」
 一定時間で元に戻す方が難しいのだ、とルグイは言った。 「そうなんですか、あ、それは精霊魔法ですか? それとも、古代魔法ですか?」 「精霊魔法でも古代魔法でも出来る。確か神聖魔法でもブラキ神の$”$#%で、&&@%☆と*◎◇¢◆¥の応用を使えば出来るはずだ。あと、確証は無いがラーダ神でも⊃★#>▲†√を発展させていけば使えるのではないか?」
「成る程そんな魔法があったんですね。」
 もうちょっと詳しく教えてくれませんか? ――とフェルナンディが紙とペンを片手に訊いたとき、
 ピイィイィイイイイイイィィィィィッ
 奇妙な音が背後から聞こえた。
「あとでな」
 とりあえずフェルナンディにはそう言って振り返ると、リディが混ぜているボールの横には中身の無い大きな袋が転がっており、彼女が混ぜているボールの中身は、卵を入れたはずなのに、それにしてはやたらと白っぽい。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 私が食べるわけではないし、私が見ていない時に起きたことだし、まぁいいか――とルグイは思った。


 ――牛乳を入れる。
「多すぎだ」
 ボールになみなみとカップに入った牛乳を注ごうとするリディをルグイは止めた。
「え? だって牛乳は体に良いんでしょう? たくさん入れたほうが良くない?」
「何事も適量が一番」
「はーい」
 素直な――素直過ぎる――生徒は片手を挙げて良いお返事をした。


 ――小麦粉をふるい入れ、混ぜる。
 この時、最初に少し小麦粉を混ぜ、その後に三回に分けて小麦粉を混ぜる。
「小麦粉が粘るからこねるなよ、さっくりと切るように混ぜるんだ。」
「ん〜、どうやるの?」
「貸してみろ」
 と、手本で軽く混ぜてみる。
「わー、ルーちゃん上手」
「やってみろ」
「はーい」


 ――絞り出し袋に入れて、好きな形に搾り出す。
「それぐらいで搾り出せ。」
「え? でももっと入るよ。」
「あまり入れすぎると、搾り出すのに力がいるから、それぐらいの方がやりやすい。」
「ふーん」
「あれ、リディ何やってるの?」
「クッキー作ってるの! 後でナナちゃんにも分けてあげるね。」
「うん!」
 そこにボクが通りかかった。
「あ、ナナオ君丁度良かった、買い物に一緒に来てくれませんか?」
「うん、良いよ」

「・・・厚さは統一しろ。それから、あまりタネを厚くすると中まで火が通りにくくなるから、せいぜいこれぐらいだな」
 ルグイはリディの搾り出し方を見て次々と注意した。
「本当にルーちゃんの作り方は、私のとは違うね」
 同じだったら恐ろしい――とルグイは思った。


 ――飾りつけ。
「――リディ、ドライフルーツは切ってから飾れ」
「あ、そっかぁ」
 それから、
「いくら綺麗でも、先程茹でたドライフルーツ以外の物はやめろ。」
「何で?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 ストレートに理由を言っても、なんやかんやでごちゃごちゃした挙句、忘れられて終りそうである。
 少し考え込んだ後、
「・・・・・・そう言う料理だから」
 適当にお茶を濁すことにした。


 ――かまどに入れる。
「・・・・・・・・・・・・何を火に注ごうとしている?」
「え? 油だけど」
 何かドロッとした黒い物の入った壷を抱えてリディは言った。
 見た目や匂いからして、明らかにただの油ではないだろう――と突っ込もうかとも思ったが、
「火力はこれぐらいで大丈夫だ。」
「もっと強い方が良くない?」
「あまり強いと、中まで火が通ってないのに焦げるぞ。」
「そっか、分かった」
 面倒臭かったので止めた。


 ――冷やす
「じゃぁ、アッちゃんに――」
「待て」
「え? 何?」
「まだ冷めてない」
「え? 冷まさなきゃ駄目?」
「クッキーというのは基本的に、冷めたとき一番美味しいように出来ている。」
「そっかぁ」


 そして――
「出来たーっ!!」
 リディが両手を上げてそう叫んだ。
 彼女の目の前には、どこからどう見ても極々まっとうな搾り出しクッキーが並べられている。
「ありがとう、ルーちゃん!」
 そう言うと足取りも軽く、リディは数枚のクッキーを持ってアイルザッハを探しに行った。
 ルグイもそこに並んだクッキーを手に取った。
 本当にまともに出来ているのか、少し興味があったので、ルグイも実験してみることにした。



「ハスティ」
「うわぁっ。」
「やる」
「やるって、これ、確かリディがさっき作ってた・・・・・・」
「特訓した。」
 言われてハスティはまじまじと手にしたものを見た。
 確かに見た目は美味しそうである。
 今までとは比べ物にならない程。
 ハスティは思い切ってかじった。
 ばたっ
 ハスティは泡を吹いて倒れた。
「ぅ〜」
「――やはり駄目か」
 多分あの袋の中身が問題なんだろうな――と思いながらルグイは呟いた。


「アッちゃーんっ!」
 軽やかな声と共に唐突にアイルザッハの背に悪寒が走った。
「はいっ、食べて」
 言葉と共にエンジェルスマイル。
 逆らえずに差し出されたクッキーを手に取ると、
「? リディが作ったのか?」
「うん、そうだよ!」
 ルーちゃんに教えてもらったんだけどね、とリディは笑った。
(成る程)
 だからまともなのか、とアイルザッハは内心で頷いた。
「いっぱいあるから、遠慮しないで食べてね!」
 ――この後の事は記すまでも無いだろう。



 数分後、買い物からナナオとボクが帰ってきた。
「わぁ、リディ、また美味しそうだね。」
「良かったら食べて」
「うん!」
「あれ? リディ、いつもと料理の雰囲気が違うね」
「うん、ルーちゃんに教えてもらったんだ!!」
「そうなんだ・・・僕のお供にももらって良い?」
「うんっ!」
 リディはお供とナナオの前に、クッキーの大皿を置いた。


 そして、更に数分後。
「あ、お供、それぼくが取ろうと思ってたクッキー・・・」
「・・・えっと『早い者勝ち〜』って言ってるけど・・・」
「よし、負けないぞぉ〜」
 ナナオとお供がリディのクッキー早食い競争を繰り広げる姿がそこにはあった。

 追記
 リディのクッキーを食べたメンバー(除ナナオ・フェルナンディ・お供)は一週間程寝込んだとか何とか。
 見た目が良くなった分、味の破壊力が上がったようである。
 因みにラッセンは、一日で金から人間に戻った。
 そして彼は優雅なお茶会に喜んでリディのクッキーを使い――。
 復活したのが先にそれを食べたメンバーと同じ日だというのは、さすがラッセンというべきなのか。









 とりあえず、アイル兄さんごめんなさい。
 見た目は良くなったんですけど、その分味に色々と凝縮されてしまったようです。
 これもまた、運命ってやつですか・・・

 そしてラッセン。
 書いてる本人はまったく自覚していませんでしたが、皆に見せたら
『一番ゴージャスだね』
 と言うようなことを言われました。
 ・・・そうかもしれない・・・
 まぁ、とにかく、そう言うことで





To be continued…?
ハ「続いてたまるかぁ!!」