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爽やかな夜風が、頬を優しく撫でた。
ワイングラスの中でビールの泡が音を立ててはじける。
テーブルの周りに咲き誇った薔薇は太陽の光が無くとも、自らの美しさで輝いている。
グラスを傾けると、口の中にほろ苦いビールの味がはじける。
その余韻に浸りながらラッセンはゆっくりと瞼を閉じた。
「ん〜、やはり、こんな夜はビールに限るね」
明かりの量は他と変わらないのに何故かその周辺だけやたらと明るい。
「う〜ん、わたしはちょっと苦手かな〜」
しゅわしゅわするし、苦いし――そう呟いてリディは両手に抱えたカップからカクテルを一口飲んで、
「ぼーちゃんはお酒飲まないの?」
ことんとリディ達のテーブルに酒肴を置いた手の主を振り仰ぐ。
「ううん、僕は『未成年』だから」
宴会は遠慮しておくよ――とボクは笑った。
「はははは、大丈夫ですよ」
その斜め前には何が大丈夫なのかはわからないが、ビールの注がれたカップを片手に何故か大笑いをしているフェルナンディ。
たいした量は飲んでいないようだが、きっちり酔っているようだ。
更にナナオのロバが、その辺に咲き乱れているバラを酒肴にして、ウィスキーのストレートをバケツからごくごくと飲んでいる。
「わたしなんかよりずっと…う…――!」
突然フェルナンディが涙ぐみ始めた。
「どうせ、どうせ私なんて――!」
「フェ、フェルさん!」
突然のフェルナンディの変貌にうろたえるボク。
「おお、わが心の友よ、どんな悩みがあるんだい」
「ううっ」
フェルナンディはビールを一口飲んだ。
「別にアルファノードのシコンをセグマで代用しても良いじゃないですか私だって研究がやりたかったんだなのになんで事務ばかり別にそれだって良いですけどええそれだって良いんです誰かの役に立てると言うことは素晴らしいですしでも皆さん良い人で本当に私は嬉しいですラスっちもハスっちリっちゃんもアイリンもボっくんもナナっちょもルっちゃんもマーちゃんも良い人でこんなに幸せで充実した生活を送れて――」
そして唐突にテーブルに向かって等々とぶつぶつと独り言を呟き出す。
「ええそうですよねあなたもそう思うでしょう私は心底幸せ者です」
「…あの――、フェルさん?」
その様子に半ば腰が引けながらも、ボクがフェルナンディを気遣う。その背後ではお供が伸びていく薔薇に乗っかって遊んでいた。
「oh,ボクくん、フェルは今自分の心と対話しているのだよ、邪魔をするのは無粋と言うものだよ」
薔薇を片手にラッセンがボクにウィンクした。
「ラッちゃんスゴーい、良く分かるね」
リディが尊敬の眼差しでラッセンを見ると、彼は胸を張った。
「当たり前じゃないか! 君達心の友の事なら、僕は何でもお見通しさ――!」
「異世界が広がってやがる…」
巻き込まれないように遠くからその光景を見て、ハスティはぐったりと溜息を吐いた。
「まぁ、いつものことじゃん。」
見向きもせずにマリーが言った。
「…そうだけどさ、いつもより薔薇の増殖速度が……」
はやい。
「あの薔薇、街で売れるわね」
つまみを頬張りながらマリーが呟いた。
「やるんなら一人でやれよ」
オイラを巻き込むな。とハスティ。
「ち、しょうがないわねぇ。――ナナオは」
マリーが舌打ちして周りを見まわし、げ、と呟いた。
「あ? どうし――うわ…」
マリーの視線を追ったハスティも絶句した。
残りの三人、ナナオ、アイルザッハ、ルグイは同じ所にいた。
それは良いが、その周囲に林立している酒瓶はなんだろう。
「あ、アイル、そこの生肉のお皿とって」
そう言ったのは勿論ナナオで、
「ああ」
それにアイルザッハが応じて生肉の乗った皿をナナオの前に回す。
――生肉なんていつの間に誰が用意したのだろう。
「ありがとう」
一心不乱にナナオは生肉を頬張り、そして、その生肉を押し流すように酒を飲んだ。
「おいしいなぁ」
そう言って、お酒をもう一杯コップに注ぐ。そこにルグイが自分のコップを差し出すと、ナナオはそれにも同じ酒を注いだ。
「はい」
「ん」
それを一口飲んで首を傾げ、ルグイはもう一口飲んで、何時の間にか紛れこんでいたお供にそれを押しつけた。
「どうだ?」
「殆どアルコールの味しかしない。」
アイルザッハが訊くと、きっぱりとそう言って違う酒に手を伸ばす。
「そうか――」
ふうん、とアイルザッハは頷いて、ナナオを見る。そしてナナオの飲み方に不安を覚える。
どうも彼は、ドワーフらしくかなり酒には強いようだが、
「ナナオ」
「何?」
取りあえず、度の低いアルコールを選んでナナオに差し出す。
「これも美味いぞ」
「え? 本当?」
ありがとう、とにこにこしながらアイルザッハが選んだ酒をコップに注ぐ。
ふいにふらりとルグイがその場を立つ。そして、すぐに戻ってきた。
「甘い酒は飲めるか?」
そう言ったルグイの手にはまた新たな酒があった。
「あ、平気平気」
「別に、平気だが」
それを聞いて、ルグイはその場の――中身が半分ほどにまで減っていた――酒瓶に手を伸ばし、新しい酒をその中に注ぎこんだ。
「何、それ」
「他の酒と混ぜて飲む為の酒だ。――この辺りでお目に掛かれるとは思ってなかったな…」
慣れた手つきで混ぜ合わせ、味を見ながら酒のほかにも幾つか調味料らしきものを入れて、ルグイは二人のコップにそれぞれそれを注ぎ込んだ。
「あんま甘くないね」
とナナオが言えば
「そうか?」
アイルザッハが首を傾げる。
「その辺りは感覚の差だな」
「もしもーし」
ハスティが声を掛けるとようやく三人はハスティとマリーを振り向いた。
「飲むか?」
ルグイがビンを持ち上げる。
「あ、ああ――って、コップ無いし。」
置いてきちまった――と、ハスティは振り返った。
その目の前にマリーがコップを突き出した。
「貸しだからね」
もう片方の手にはマリーのコップがちゃんと握られている。
どうやら、幾つか盗っていたらしい。
その辺は深く追求しないことにして、ハスティはルグイが注いだ酒をあおった。
途端に、物の怪のらっしーが酔ったのか、尻尾と耳が高速で回転し始める。
「うわきっつ」
マリーが思わず、といったように一言呟き、
「って、なんだよこれ」
「酒」
ハスティの呟きに間髪入れずルグイが分かりきったことを言った。
こんな物を涼しい顔をして三人は飲んでいたらしい。
「この中ではアルコールの低い方だぞ」
アイルザッハがさらりととんでもないことを言った。
「あんた達、間違ってる」
「人間じゃねぇ…」
「…僕達、人じゃないよ?」
「いや、そう言う意味じゃないって」
「これが、一番アルコール度数の低い奴だな」
親切心からなのか、ルグイがそう言って違う酒を指さした。
「あ、二人とも、これもお勧め!」
ナナオが二人のコップにそう言ってまた別の酒を注いだ。
それを一口飲んでハスティはむせた。
「これ、酒か?」
「アルコール度数、90%強」
ちらりとそれをみてルグイが呟いた。先ほどルグイが殆どアルコールの味しかしないといった物である。
「殆どアルコールじゃねぇか」
「いいですか」
突然聞こえた講義口調の声にハスティはむせながらラッセン達の方を振り向いた。
「私達は、いつまでもこんな暮らしは出来ません。年をとればとるほど、旅はきつくなります。旅の途中で命を落とすこともあるでしょう。だからこそ、この、旅を出来る今のうちに――」
彼の手の中にあるビールは殆ど減っていないように見える。また、近くに酒瓶は見当たらない。唯一の例外は、ロバのみみよんが何処かから運んできたウィスキーのビンであるが――
「もしかして、あれっぽっちで酔ったのか…」
「前からフェルは酒には弱いと言っていたな」
アイルザッハがハスティの疑問を肯定する。
丁度、みみよんが新しいビンを持ってきたところだった。見ていると、器用に蓋を歯で外し、それの腹をくわえて傾けて、中身をバケツの中に注いでいる。
「何者だ、あのロバ…」
慄くハスティ。
「意外なところに、酒豪が居たものだな」
特に驚いた様子も見せず、ルグイが酒を呑む。
「ありえねぇ」
そう呻いたハスティの肩にずっしりと重い物がのった。
「あん?」
「ハスティ、呑め!」
肩にのった重い物はマリーの腕であった。
「は?」
「あんたも、呑め! 何一人で傍観してるわけ?」
彼女の手にあったコップはすっかり空になっていた。
半分酔っていたせいか律儀に全部呑み干したようである。
「からみ酒か…」
「大変だな、ハスティ」
「あ、マリー、そのお酒ぼくにも頂戴」
「冷静に観察してないで助けろよ!」
取りあえずナナオは無視して、アイルザッハとルグイに叫ぶ。
「酔いがさめれば治る」
「どうしようもないな」
「おま――うぐっ」
何か言おうとしたハスティの口に酒がビンごと押し付けられた。
「の〜め〜」
きゃははは、と笑いながらマリーがビンをハスティに押し付けたのだ。
本当はそのままハスティに呑ませたかったのだろうが、酔っているせいで距離感が狂ったのか、思いっきりハスティの鼻にビンの腹があたっている。
「ぐぅ〜はーなーせー」
「うわっ」
呼吸が苦しくなってきた事に真剣に命の危険を感じて振り払うと、マリーは悲鳴を上げて倒れた。
「あ、悪ぃ大丈夫か?」
慌ててハスティは手を差し伸べたが
「やったわねぇ――!?」
マリーの目がぎらりと光った。
「ちょっ、待て! 落ち…、ぎぃや――――っ!!!」
「………何を…やっているんだ?」
「子供は元気が一番だな。」
酒を新たに注いでいる間に上がったハスティの悲鳴にアイルザッハは顔を上げ、ルグイは我関せずと酒を口に運ぶ。
「ん〜」
その横でまたナナオが酒を一気し、倒れた。
「おい、ナナオ?」
「あははっはは、あっちゃーん」
様子を見ようとしたアイルザッハに、リディが陽気にじゃれついた。
妹のように思っている少女の、いつもと明らかにテンションの違う呼び声にアイルザッハは眉を寄せて振りかえった。
リディの背後に見えた景色に、嫌な予感に顔が引きつる。
「リディ………フェルとラッセンは一体――?」
リディの背後ではフェルナンディがテーブルにつっぷし、ラッセンは何処か遠くへいった目でキラキラと輝いて自分を称えている。
「あ、どうしたのかな?」
アイルザッハの肩に腕を回しながらそちらを見てリディは首をかしげた。
「……ボク?」
水の入ったコップをテーブルにおいたボクがアイルザッハの声に顔を上げた。
「お二人とも酔っ払ったみたいです。」
「二人ともリディが作った物を食べたわけではないんだな?」
「ええ。」
ボクの返事にほっと胸をなでおろすアイルザッハ。しかし――
「あれ?アッちゃん見えちゃったの?」
嫌な予感再来。
えへへ、と笑いながらリディは背後に回していた手をアイルザッハに差し出した。
「これお酒で作ってみたの!」
一見それはまっとうなキャンディのような感じだった。
アイルザッハの前に出てきた途端に、食べてー、とリディの声で騒ぎさえしなければ。
何で口も無いのに声が出るんだと突っ込みたい気持ちが、アイルザッハの中途半端に開きかけた口にあられている。
「あっちゃん、食べてー」
本物のリディの声に逆らえず、口の中に放りこまれたそれは、口の中に入るなり、一瞬にして口の中で砂のように崩れ、その一粒一粒がアイルザッハの胃に向かって走り出した。その白墨のような風味が頭痛を、何とか堪えた吐き気が涙を誘う。
地面に膝を付き目に涙を滲ませて身を震わせるアイルザッハを見てボクはにっこり微笑んだ。
「リディ、喜んで貰えて良かったね!」
「うん!!」
元気良く頷いてからリディは小さく欠伸を漏らした。
「もう休んだら? もういつもよりずっと遅いよ。」
「うん、そうする。――あっちゃん。」
「あ、ああ。」
「アイルザッハ。」
ふらふらと立ちあったアイルザッハにルグイが何か小さな物を放った。それを振り向きざまに受けとったアイルザッハは掌の内を見た。
「二日酔い予防。今の内に飲んでおけ。」
錠剤のような物が2・3粒。それをボクが差し出したコップの水で飲み下すと、不調を訴えていた体が急に大人しくなった。
異様なまでの効きの良さに、リディが料理をするところを黙って見ていたなと内心で舌打ちする。
「――礼を言う。」
そう言ってリディを寝かしつけるために部屋に向かうアイルザッハの背に、ルグイの平然とした声がぶつかった。
「それには及ばない」
「――ルグイさん、アイル兄さん何か怒っていませんでした?」
「気のせいだろう。」
ルグイのさらりとした返事にそうなのかな、と首を傾げてからボクは周囲を見まわした。
「僕達もお開きにしましょうか。」
用意された酒もあらかた飲みつくし、中には倒れている者も居る。これ以上飲む必要は無いだろう。
「そうだな。」
そうして宴会は幕を閉じた。
おまけ
「――と、言う事なので。」
ボクは笑ってすっかり忘れ去られていた店主を振りかえった。
「9人分のノルマは飲みましたからタダですよね。」
「え? っていうか、殆どの人がノルマより少ない量でダウン……」
店主の言葉にボクは驚いたように目を見張った。
「でも、一人につき一人分呑まなければいけないとは書いてませんでしたよね?」
「うっ」
「それに、出てきた酒は大半が度が強いものや売れ残ったような物ばかりでしたね。」
「ぎくっ」
そこではっと店主は気付く。
「ロ、ロバの飲んだ分は――」
「?ちゃんと9人分頼みましたよね?」
「ロバの分も入れて9人分だったのか!?」
「はい、僕はお酒を飲みませんし」
「………………」
そんなこんなで、彼らが消費した大量の酒は無料になった。
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色々ある突っ込みポイントは見逃していただくと吉。どうも終わり方が今ひとつなのも見逃していただけると吉。