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いままでいくたびも風笛亭を訪れるお客様から、ナナオの存在感が薄い薄いと感想をいただいてきました。 「ナナオ単独の話が無いからいけないのでは…」と具体的なアドバイスもいただきました。 「ロバのために居るようなキャラだ」とも…(全くその通りです!) が、作者のレ☆アは事態を改善する動きを見せず1年が過ぎ…このままではいけないと立ち上がったのは朝日に輝くふさふさの白い尾と虚空を見つめる潤んだ瞳を持つ、彼女でした!その名は「王様の耳は4号」。とある権力者から世界最強ロバの称号を与えられた、「冒険者ナナオ」の相棒です。 彼女が産まれて初めてその口にペンをくわえ羊皮紙に物語を書きました。 前代未聞ロバの書いたドワーフのお話です。それではご覧下さい。 ************************************ 金色のカーテンの向こう、キャラバンは遥か彼方に、今はもう消し炭のように見える。 風に翻る白い旗が青空に映えてとても綺麗だと思った。 長い髪を丁寧に編み込んでいるその一団の長老から、知らない種族の歌をいくつも教えてもらった。けれど、どの歌も彼にとって難しい太古の言葉で作られていたので、長くは覚えていられないだろう。歩きながら少し口ずさんでみる。 声に出すとまるで違う音になってしまった。 すこし悲しくなって半分開いたままの口から、歌詞が飛砂と共に消えて行った。 沈みかけた太陽にむかって風が走り去っていく。 目を閉じて彼は思う。 道中乗せてもらったロバがとても可愛かった。そうだ、こんど商隊とすれちがったらロバを買おう。 大きくてあったかいやつ。 ゴブリン族の鎧をまとった風変わりなこどもが、何度も引き止めてくれたキャラバンに別れを告げて、独りで砂漠を越えようとしている。 彼の名を「ナナオ」という。ほんの7年前に名前をもらったばかりだ。 いつも一緒にいた名付け親の老人はどこかへ消えてしまい、彼は老人を探して住み慣れた灯台を後にした。 毎日海と歯車を見て暮らしていたあのとき、飄々とした魔法工学博士以外に彼をその名前で呼んでくれる人間は他になく、荒涼とした砂漠に彼を知る者はいない。 彼は今、誰にも名を呼ばれない。 「おーい!待てよ!」 とおくで声がした。 「ナナオ!」 暗闇の向こうからの声だ。呼び声はぼんやりと夜明けの白い大地にしみ込んでいった。 平らな砂地の上の丸い岩が目を開いて考えた。師匠は「待て」なんて言ったことあったかな? 「おーい!どこだー?こっちかあー」 岩は身体を伸ばしてドワーフのこどもに戻った。師匠の声ではない。あくびをすると口の中がひどく乾いていた。 確かに人間の匂いがする。目を凝らせばカンテラの火が小さな点になってふらふらと飛んでいる。 「だれだ。」 起き上がり手探りで砂に埋まった斧を握り締める。 ナナオの持っていた食糧や水はとうに無くなっていたが、身に付けている鎧はそこそこの金になる。この地域に盗賊や追い剥ぎが出るという話は聞かない。 それでも独り旅をする物にとって安全な道というものは有り得ないと言っていい。 針の先ほどの赤い火はどんどん大きくなってくる。相手もこちらのいる方向に気付いたようだ。 見渡す限り身を隠す場所などない。彼はなるべく音を立てないようにして長い柄を両手に持ち、身構えた。 ドワーフ族は夜目が効くという。たくさんの錨を打った、おかしな鎧をガチャガチャ鳴らせて歩く彼もまた星空の下を難なく進むとができた。 しかし闇夜をものともしない目でも、夜の砂漠で見えるものといえば星と月と砂以外にない。 ヘビの一匹でも横切ろうものならすぐさま巨大な斧で三枚におろすところだが、すでにここ一帯の背骨を持つ生き物たちはほとんど彼の胃袋におさまっている。逃れた物も2度と彼に近づこうとしなかった。 旅人に残された食べ物はトゲや堅い葉を持つ植物だけになってしまったが、あいにくこの大食漢は生野菜だけは頑として口にしないのだった。 冷たく乾いた鉱石の大地に重低音が響く。空っぽの胃袋をかばうようにして、彼はばったりと倒れ込むとそのまま眠りについた。 もうぜったい泣かないことに決めたのにあれ食べたら涙がでてきた 灯台の倉庫にはじゃがいもとだいこんが残ってた。 裏庭に植えたニンジンとか緑の葉っぱも沢山増えてた料理はふたりとも下手だったけど師匠がいないんじゃ台所使ってもしょうがないと思って、昔みたいにそのまま食べたんだ。 月が丸くなって細くなって消えたらちょうど野菜も無くなったから、荒れ地に来たキャラバンから食べ物を買ったんだ。干し肉を食べたら涙も止まって、なんだ、野菜食べたから涙が出たんだって思った。 砂漠の入り口までロバに乗せていってくれるっていうから、そのまま灯台を出ていったんだ。 「この灯台か?ヘプタ塔って名前が付いてんな。」 師匠はそういって白い壁をちょっと見上げた。 「ヘプタってわかるか、七番目とか七角形とかそういう意味さな」 「でもぜんぜん七角形じゃないよこの塔」 どちらかというと灯台は円柱に近く、 不器用な子供が粘土を丸めて作ったような形で、真上から見たとしても七角形には見えそうになかった。 「正確にはヘプタ第3塔ってな、こういうたてもんが海を隔てて向こうの大陸にあと六つある」 手押し車に野菜を積みながら師匠は長い指で宙に六つ点を描いた。 「で、空を飛ぶのりもんとかドラゴンの背に乗っかって見ると、七つの塔がおんなし間隔でちいせぇ島を囲んでんのがわかる」 「ナナオ、島が真ん中だっての」 師匠の説明を地面に図解していた彼を見て訂正が入る。 「そーそ、点が七つでおんなし長さの辺が六つな。真ん中の島から各塔の距離もぜんぶ等しいわけ。」 二人は菜園の黒い土にしゃがみこんで、小石と枝でできた地図を完成させた。 「他の六つの塔も灯台?」 向こう岸の点が内陸に位置するのを見て彼は尋ねた。 「いーや、灯台として使ってんのはここだけだな」 「じゃあ何?」 「んー、でかい軍隊のたてもんだな。研究所とかよ…」 頭の中でバラバラに崩れた記憶がきまぐれに再生することがある。異国の歌と同じように、それもまた繋ぎ止めておくことができず風に流されてしまうのだった。 夢から引き上げられたのは夜明け前、闇が洗い流されると同時に浮かび上がってきた黒い2本足が、彼の名前を呼んだ時だった。 今彼の斧は、闇から現れた追っ手の喉元に向けられている。 「だれだ。」 もう一度、短く尋ねる。 足とおなじ黒い首の上には恐怖の色をした眼が光っていた。複雑に編み込んだカゴみたいに見える髪の毛の下から巨大な刃物を持ったドワーフのこどもをみつめている。年はたいして変わらないだろう。身長はナナオの2倍ほどもありそうだったが。 「ナナオ…だよな?」 向き合って立つ二人の腕の下あたりから、夜が吸い込まれるように消えていった。 斧を下げ、黒い少年の顔を見る。辿る記憶の先にキャラバンの長の孫の顔があった。名前はたしか…タンシオだ。 また鎧の下で胃袋が食べ物を求めて悲痛な叫びをあげる。金色の光線がお互いの顔を貫いた。 「おまえ世界を旅するんだろ?俺も連れてってくれよ!」 他に跡継ぎが無い長は、孫のタンシオに位を譲るつもりだった。それを知った彼はキャラバンを飛び出してきたのだという。 「一族の長に留まるなんてまっぴらだね!北の国の基地に行くんだ」 ナナオに干し肉を分けてやりながら、ほとんど一人で喋っている。聞き手はというと、目下塩味の効いた顔よりも大きな羊肉を口におさめようと奮闘中だった。 かまわずタンシオは続ける。 隣国に出る船はカルネ村の港には無いため、旅をしながら密航するチャンスを待つのだという。 「長と一緒にいなくていいの?」 ようやくひと心地ついたナナオが編み上げた頭を見上げる。 「おまえもひとりの方が気楽だろ?四六時中ずーっと血の繋がったやつらと一緒にいるなんて嫌だ」 ナナオはその答えがわからなかったが、一生涯話す相手が師匠だけになったら、やっぱり嫌になるだろうか、と考えてみた。 「ぼくなら嫌だなんて言わない。」 「おまえが俺なら絶対言うね。こんっな退屈なとこ!」 すこしイライラして髪をかきあげたり、足の先で地面をこすったりするのが野生の馬みたいに見えた。 「ばかやめろ!そりゃ猛ど…」 ナナオはバリバリと尾に針を持った虫を噛み砕いている。 「べつにまずくない」 「ホント変だよおまえ」 光線の加減なのか、赤みがかった空と大地のはざまを種族の違う2人のこどもがあてもなく歩いていく。 タンシオは歩みの遅いナナオを置いて先に行こうとはせず、歩調を合わせて横に並んでいる。 この地域で良く見かける白いズボンとサンダルを履いて、ナナオの知らない色鮮やかな石の首飾りが幾重にも胸を覆っている。 ぴかぴか光る腕には数えきれない程の細かい刺青がしてあって、そのひとつひとつが部族の物語を表していた。 彼は、尋ねてもいないのに誇らし気に道中ずっとその物語をナナオに話して聞かせた。 一族から離れたいという彼と今のこの顔とは同じものなのだろうかとナナオは思った。 くりかえし昇る太陽が2つの影を細く長く引き延ばして、地面に張り付けようとしている。 「食べるか、山羊の乳を固めたんだけど」 ひょろ長い腕に差し出されたのは白くて柔らかい塊だった。 また昨日とおなじ夕日を見ながらなめした皮の敷物の上で食事をとる。2人分の食べ物をタンシオが提供していた。 「おいしいよこれ」 「そっかー!よかったなぁ!」 半信半疑で口に入れたナナオが思わず相手の顔を見上げる。 チーズは食べ飽きていた少年もつい嬉しくなって、二人で夢中になって口を動かした。 大きな塊が溶けるようになくなると、それ以上胃も口も足も動かなくなって砂漠の真ん中に寝転んだ。 今夜は嵐はこないはずだったから、寝床の準備もせずにそのまま夢の中へ落ちていった。 思いださなくちゃ、忘れないで、ぜんぶ。 ぼくは全部のことを知りたい。 この世界のおきていることすべてが知りたい。 師匠はまだまだだっていう。お前はまだ何も知らないって。 口の中に鉄の匂いが拡がる。 ぎょっとして眼を開こうとするが、目蓋の裏側に鋭い痛みが走る。呼吸が上手くできない。月も星も見えない。 首から上が砂に埋まっているのだ。 めちゃくちゃにもがいて顔を上に向けると、鼻先に檻を被せられたように何本もの黒い足が並んでいる。 夕刻眠りについた場所から随分遠くへ運ばれている。 追い剥ぎだ。1人の男が握っている刀を見てナナオはそう判断した。 斧はどこだろう。黒い馬のうしろにいる男が持ってる。タンシオは?! 叫ぼうとして両手を縛られ、さるぐつわをはめられているのに気付く。 「こいつまだ息があるぜ」 覆面の下から長い髭を覗かせた男に軽く頭を蹴られる。 足はまだ動かせそうだ。もう一度足を振り上げた瞬間に立ち上がり固い鎧を思いきりぶつけてやる。 短い叫び声と共に相手は砂に埋もれた。 男達の中に動揺が走るが、暗闇のなかで何が起きたのか瞬時には判断できないようだ。 全ての敵を体当たりで倒せるとは思えない。だが灯りを消してしまえば大抵の人間は動けなくなる。カンテラを持っているのは遠くいる見張り役1人だけだ。 低くした姿勢のまま凍り付く。心臓の音が急に大きくなる。 炎に照らされて鋭い光を放っている赤い石の連なり。 見張りの男もまた覆面で顔を覆っているが、黒光りする裸の胸を逆さの虹のように重ねた首飾りが彩っている。 追い剥ぎは獲物に食べ物を分けてくれたりするだろうか? ナナオに気付いた1人が刀を突き出したのがわかった。 気配を読むのが下手なのか半身ほどずれたところばかりを狙ってくる。 斧を取りかえさなくちゃ。 切っ先をかわしてまた物陰に隠れる。 蹴られた後頭部が痛みだす。あの見張りの首飾り。タンシオはどこだ?走りながらそれらしき影がないかと砂丘を見渡す。 追い剥ぎ達はどうしてぼくを見つけたんだろう? …ついてきたのは最初から目をつけていたからじゃないのか? いつもは頭の回りが悪いのに何故そんな連想ができるのだろう。ナナオは自分の考えに混乱した。 頭の中と連動するかのように足がもつれる。追っ手がいよいよ手の届く所まで近づいたとき、重心を失った体が地面に沈んだ。 砂煙にむせていると、4枚の刃が頭の上で振り降ろされた。 白い色がみえる。というよりそれ以外はなにも見えない。 タンシオがくれた「チーズ」の色と似ているなぁと思った。 「よみのくに」ってチーズでできた国なのか。 腕を縛っていた鎖はいつのまにか無くなっていて、仰向けに倒れた姿勢でいることがわかる。 白い膜から指先が浮き上がった。 気付けば腕も胴も足も彼のいる場所も、元の色を取り戻していた。だが刃や追い剥ぎ達は砂粒に変わってしまったのか、ナナオひとりが地面に寝転んでいた。 とおくで声がする。悲しい歌みたいだ。 「呪文を使ったんだ」 耳元に声。起き上がるとカゴのような髪の毛と黒い顔。 「タンシオ」 名前を呼ぶと、彼は黒い顔をぐしゃぐしゃに歪めて涙を流した。 「夜中にやつらが襲ってきたんだ」 「俺いろいろ教えてもらってて」 手にした古い斧をナナオに渡す。奪われたはずの斧だった。 「おまえが殺されたと思って。宝石は取られるし、殴られるし、ぶち切れて」 鼻を啜り、何者かに弁解するように続けた。 「ぼく…あんたが呼んだんだと思った」 斧を見詰めたまま言う。 「追い剥ぎをか?そのほうがまだマシだった」 鼻声は、地平線に忍び寄るにじむ赤い光に照らされながら言い訳を続けた。感情など枯れ果てた砂の上に涙が落ちては消えていく。 「つい使っちまって」「あれは全部を殺す言葉だった」 「…タンシオが、あいつらみんな殺したの?」 ナナオの言葉に押し出されて黒い喉から嗚咽がもれる。 「もう俺もどれないんだ」 「どこへ?」 「家族のとこへだよ!」 禁忌の呪文。沢山のしきたりの中で最も犯してはならない罪が、それを口にすることだった。 使ったことがわかれば一族の縁を切り、この地を出て行かなければならない。 2人のいる砂漠一帯に、白く焼けただれた傷痕がひろがっていた。 絶対に使えない魔法なんてものがあるとは信じられなかったが、地に伏して泣く相手に対して何も言えず立ち尽くしていた。 出て行きたいと言い、帰れないとなれば絶望する。家族のないナナオにとっては解らない感情だった。 「…腹へってんの?」 太陽がすっかり昇ってしまってやっと、啜り泣きを続けていたタンシオが口をきいた。またナナオの胃袋が叫びだしたからだった。 「ぺこぺこだ」 訴えた。 「俺も」 2人は小さく笑った。 食料の入った袋は盗賊と一緒にタンシオが「散らして」しまっていた。 しばらく黙って立っていると、太陽と逆の方向から大きな人間の商隊が、鎖や鈴や鐘を鳴らしながら近づいてくるのが見えた。 何台もの馬車や荷車や輿。金のふさを周りに巡らせた旗。派手な色のスカーフ、ターバン、絨毯。音楽の止まない馬車。酒の壷。たくさんの小さな奴隷たち。 奴隷の入った檻が視界に入って、ナナオはとっさに俯いた。 「おーい!あんたら!干し肉売ってくれ!」 もう立てないと思われるほど泣き崩れていた少年が、馬車に向かって走り出した。 握った斧が妙に重く感じられる。ナナオはその場を動けずに、立派な口ひげをたくわえた商人と黒い少年が話すのを見ていた。 「俺も連れてってくれよ!」 大きな声が響く。 商隊は北の国に渡る港へ向かうところだという。タンシオは大喜びで馬車にのりこんだ。 「来ねぇのか。」 うごかないナナオを振り返って、タンシオが言った。その目はもうナナオを見てはいない。 「…うん。行かない」 なぜか師匠が隣国に渡っているとは思わなかった。 「そうかじゃあまたな、ナナオ!」 言い終わらないうちに鞭を響かせて馬車が走り出す。陽気な音楽は砂漠の上を跳ねるように去っていった。 世界は彼にとって複雑で、早く進み過ぎる。 ドワーフのこどもはなにひとつ理解できないまま、またも独りになった。 夕日を見て、彼はソーセージの焼ける匂いを思いだしていた。 おしまい。 長々と、おつきあい下さいましてありがとうございました。 |