「仲良きことは」

 小田急線「梅ヶ丘」の南口の商店街にその店キッチン「N」はある。
夫婦二人で営むごく普通の町の洋食屋さんで、カウンター10席ほどの縦長の
小さな店である。客は学生か勤め帰りの若いサラリーマンがほとんどで、安くて
ボリュームがあり美味い料理をいつも黙々と啄ばんでいる。

 私がこの店を知ったのは古く、かれこれもう三十年程前になる。
当時は沖縄出身の若者二人でやっていて、交代で調理と出前をしていた。
学生時代の親友Kが国士舘大学の近くの影絵劇団で運転手をしていたので
(当時二人とも休学中で、私はタクシー、Kは劇団に住み込みでバイトをしていた) 、
Kを訪ねよくその劇団に遊びに行っていた。住込みの他の劇団員とも直ぐ仲良く
なり、皆が出前を頼むときは一緒に注文してもらったりしていたが、それがこの
店の「しょうが焼き定食」だった。一度でその味のファンとなった私は、皆が旅
公演で留守中も一人で店に足を運んだりしていた。しばらくして同じく沖縄出身
の三人目の店員さんが加わり、当時まだ見習中だったのかよく配達に来ていた。
劇団が目黒に移転したり、私もKも復学して自然と足が遠のいたまま歳月が流れた。

 再びこの店を訪ねたのは本職のタクシー運転手となった平成5年以降のことで、
食事時にふと探してみたら、看板もそのままに店は健在だった。そしてあの時見か
けた新人の店員さんが今や主となっていて、横で奥さんとおぼしき人が忙しく立ち
働いていた。以来、駐車の関係で主に夜間、世田谷周辺で食事時を迎えるとよく
立寄っている。

 流れ雲のような仕事柄、夫婦でやっている都内・近郊の色々な食事処を利用したが、
途中で箸を置き席を立ったことが二度ある。最初は西新宿の定食屋で突然夫婦喧嘩
が始まった時、二度目は杉並・桜上水の寿司屋で旦那が奥さんを大声で何度も罵倒
した時だった。いずれも飯がまずくなり、直ぐ退店し、以来二度と行っていない(西新宿
は不明だが、桜上水の店はほどなく閉店となった)。そんな基本が欠落した店に較べる
と、このNの中庸な雰囲気が、排気ガスで汚れた身体に心地良い。初めての客も常連
もなく、ただサラサラト注文が流れて行く。他の客がいないときに一度だけ自動車保険
について聞かれ、その時にあの当時いた他の二人の消息を尋ねただけで、以外の会
話は交わしたことがない。いつも「いらっしゃい」で迎えられ、「ありがとうございました」
で送られる。その空間が心良い。暇な時はいつも二人で何やら楽しそうにお喋りして
いるが、聞こえる会話が箸休めのような話題で微笑ましい。仲良しのクラスメートが
そのまま夫婦となり、たおやかな年輪を重ねたとでも言おうか・・・。
時々受注ミスか何かで奥さんが叱られることがあるが、叱られた奥さんが舌を出し肩を
すぼめ、二人とも笑顔のままにそれで終わる。もちろんご主人もいいが、そんな奥さん
の姿がまたいい。

 風車通信で触れた「小僧の神様」、志賀直哉は理想とする妻君の情感を貴族院議員の
妻と寿司屋奥さんの二人の女性の姿を借りて描いていたが、いつも後者の原形をこの
小さな洋食屋の奥さんに見るような気がする。貴族院議員もそんな店だからこそ、気兼ね
なく腹いっぱい食べれるようにと小僧さんを伴ったのだろう。
表題の「仲良きことは」は、「美しきかな」(武者小路実篤)と結ばれるが、私の場合は
再びこの店を訪ねてから、「隠し味かな」と愛なった。