「運・転・手」

 keilloggタクシーの(*)ドア番号は55で、ヤンキースの松井の背番号と
同じだった。ところでヤンキースにはかってヨギ・ベラという伝説の捕手
がいて、殿堂入りのプレーはもちろん、その数々の個性的なコメントは
「Yogism」としてアメリカ社会で広く知られる。大学の公式行事や政府
要人のスピーチにもよく引用され、現職のジョージ・ブッショ大統領も
母校のエール大学の卒業式か何かの時にその一つを引用していた。
それは、「When you come to a fork in the road, take it.」だったろうか?
ヨギの自宅はどちらの道を進んでも手前で合流してたどり着くところが
ミソなのだが、再選への決め球として目論んだイラク侵攻は逆に頭部へ
の危険球となり、世界一のならず者として退場宣告が告げられる日も遠
くないだろう。ブッシュにはヨギの言葉より、何より好リードの捕手役が
必要だった。

 岐路といえば、タクシー運転手の一日はその連続で構成される。
流すか待つか、右か左か真っ直ぐ行くか?長くタクシー運転手をしている
のだが、その判断の妙は未だに分からない。それ故に過去の記憶を頼り
に出来るだけ実績を残した道を選んでいるつもりなのだが、同じ展開の日
など当然ながら一出番もない。それは乗客の行先が全てを左右している
からだろう。時と場所や天候、そして他車の動向などさまざまな要因が加味
されて乗客との出会いがある。そしてその乗客が次の乗客を運んでくる。
なぜなら、タクシー運転手にとっては客の降車地が次の客への出発地とな
るからだ。この運転手としての特殊性はもうほとんど運の世界といっていい。
新宿駅の付け待ちでも、前が京王プラザで後ろが成田だって当然あり得る
(少し前の事だが、前が私で後ろが同じ会社のHさん。老女がゆっくり乗場
先頭の私の車に歩を運んで来たと思ったら、後ろから脱兎のごとく走って
来た若いOLが直前で老女を追い抜き、結果、私はワン切りでHさんは成田
行き)。こうしたタクシーの神様の悪戯はよくあることで、それがまたタクシー
運転手の面白さでもある。

 人生もそれと同じで、進学や就職退職、結婚や離婚への決断などさまざま
な岐路が待ち受けている。そこでは誰もが見えない明日への運転手となるの
だが、自分で選んだ道を振返らず、ただ結果を運として引き受けて生きること
が、ヨギの家(=ホーム)に辿り着く唯一の道ではないだろうか。

 運を転がす手(ハンドル)と書いて運・転・手。バスも宅配便もトラックもダンプ
も呼び名は運転手だが、運ちゃんという俗称とも相まって、この職業名タクシー
運転手にこそふさわしい。

(*)個人タクシー前部左右ドアに表示が義務付けられている登録番号。
  ちなみに私の55は昭和34年の個タク発足以来、許可営業区域に
  おいて55番目のkeilloggという名のタクシーを意味する。

                                       (2004/5/16)