少し前のことだが、新聞に外務省の公文書の翻訳についての記事が載っていた。
小泉内閣の外交政策に沿う形でなされたイラク戦争に関する日本の国連大使の
国連演説の内容が、反戦世論の強い国内向けにソフトに訳され、学生の英文和訳
の答案だと明らかに×だという。
翻って「to be, or not to be」、この人生の○×問題のような「ハムレット」の有名な
台詞は、劇作家や英文学者がその英知を結集した名訳が多い。
「生か死か」(福田恒存)がポピュラーだが、遠く明治の「世に在る、世に在らぬ」
(坪内逍遥)もその中心に存在の「be」があって捨てがたい。そういえば久しぶりに
娘の部屋(HP)を覗いたら、日記のト書きに「人生は、よく旅にたとえられる」とあった。
そう、うたかたの人生は、自分が自分であり続けることへの困難な旅に他ならない。
I am Keillogg, 友人たちが惜しげもなく捨て去っていった「be」に執着して生きてきた
父は、愚かな人間だったのだろうか。
総選挙が終わった。産みの母(田中真紀子)に「ネオナチ」と罵倒された小泉政権の
下で、次は自衛隊の海外派兵へと進むのだろう。
「このままでいいのか、いけないのか」(小田島雄志)と、憲法9条改正の日程が俎上
に上る日も近い。その選択は、日本という国が、「生きてとどまるか、消えてなくなるか」
(松岡和子)に等しい。
もし外務省の高級官僚にこの台詞を訳させたらどうなるだろう。
まさか(国民を)「生かさぬよう、殺さぬよう」じゃあるまいな。