コラム的日記 自閉症児と暮らす 21〜40
自閉症(autism) 構造化的環境(structured environment) 広汎性発達障害(PDD) 関心の特異性(idiosyncratic interests)
| 自閉症児と暮らす21 大将は少し前のことだが、習い事の鬼になっているような気がする。学校が土曜日も定休日となり、少し時間が空くのと少将の外出も少し楽になった事が理由だと思う。私は、塾ブームが起き始めの世代ではあるが、全て途中で辞めてしまった。「書道」これは、墨をベッタリつけた半紙を丸め、友達にぶつけ合いをしていて先生にもう来なくていいと叱られ、帰りにウシシッと先生のクルマのガラスにガムをくっつけ更にタイヤにオシッコをひっかけ、それが見つかり行けなくなった。親に電話があったようである。「そろばん」これもその内に計算機ができるなどと、生意気な発言をして止めた。中学では「英語」の家庭教師がついたが別に成績が悪いわけでないと、またまた生意気な発言によりクビにしてもらった。大将はリズム体操と算数を新規に始めた。リズム体操はまあ読んで字の如しであるが、算数は大変そうである。いわゆる、水道方式による足し算、引き算をやっているが、こちらの期待としては最終的に金勘定が出きる様になればという思いである。学生時代に応用数学の教授(だったと思う)が水道方式という発言をしたことがあり、なんじゃそりゃと思いつつ、教職用の教科書でまたまたこの言葉に出くわし、おもしれぇ名前つけるなあぐらいで頭を貫通し遥かかなたに飛んでいって、ここで十数年ぶりに戻ってきたわけである。教職は、またまた公務員にはなりたくねぇという生意気な思想により途中で止めた。教員になることと、公務員になることは別である。まったくもって全てが意味不明な途中棄権の多いワタシである。自分は逆行列、フーリエ、微積分などを職業がら極めて稀に使うが全てコンピュータ処理であり、その語意さえわかっていれば簡単に答えが出てくる。つまり、指先しか使わない。しかし、1000円以内で買い物をしなければならない時は足し算やら、消費税の掛け算やら頭はフル回転である。結局、私の場合は研究所で技術者のオフイスの親分として働いても数に関しては買い物の方が数の本質に触れる事が多いようだ。生活するうえで数って案外そういうものなんじゃないのって、大将が足し算を習っている姿を見て思ったりした。ただ忘れてはいけないのは、数学の功労者によって我々の生活が成り立っていることはまぎれもない事実で、決して学問を否定してはいけないと思う。要は装置産業、機器産業が発展してもそれの出そうとしている答えの持つ意味が重要になってきているわけで、足し算の和はこういうこと、差はこういうこと、積は・・と理解してくれることを願うが、大将にとって道のりは長いだろう。これもまた自閉症児の親としての一つの楽観的楽しみとでもしておこう。 |
| 自閉症児と暮らす22 話のついでで、大将君はどういう性格?と聞かれることがある。もちろん大将に産まれつきの障害があることを知らない人からが殆どである。そう、大将は自閉症であるけれど、他の自閉症の人同様に感情もあるし、愛情もあるし、人に気を使うことも稀にある。しかし、性格はどうかといえば、結構難問である。「明るい方だよ、それで甘ったれだな」と答えるが実は客観性に欠けている。いつも行動について見ているため、先生と呼ばれる人たちへの質問用の行動に眼がいってしまっているようだ。とはいえ、親が子供の性格を完全に見抜けるハズもないのも事実で、私の母は勝手な想像を私にしているのも事実である。しかし、60%近くは見抜いているようだ。私がカラッとしたサッパリ系と思い込んでいるようだが、実は執念深く一度嫌いになった奴などとは絶対に仲直りも出来ず、意地悪などされたら100万年たっても許していないような性格だとは知るはずもない。笑い飛ばして、心では蹴りを入れているわけである。私は大将の性格の半分も判っていないと思う。8歳くらいの子供の性格を見抜けないのも当たり前かなと姪をみて思うこともあるが、大将よりはわかり易い。性格とはなにかというその意味も判っていない自分であるが、裏と表のお脳の内外の働きが外面に露出したときチラっと見え隠れするものだとしたら、やはり今のところ、うなるしかないようである。次の行動についてはパッとわかるけど、集大成された性格については今後考えることにしよう。パターン的に何かをしでかすことを考えていることがわかってしまうくらい自身に頑なに正直な大将であるが、それが個人としてのキャラクターでは無いような気がしている。 |
| 自閉症児と暮らす23 そういえば大将が自閉症っぽいと夫婦で話していた頃、当然ながら、未だ親類や友人にはそんな事は言っていなかった時に、時間がこのまま止まればいいねえ、とかみさんと語りあった。夕暮れ時に古いアルバムを見た様な気持ちになり、明日が来なければいいなあと思った。懐かしい思い出でだけど、どうしてもコレについてはシャープに文面に表現できないようだ。オレという人間はそそっかしくてアレコレと動いていないといられないタイプでわりと気が短く洞察力はあまり無い。だから本を読み漁る。かみさんは、集団の中でぽーっとしている様に見えるけど人を見分ける嗅覚と後で冷静に周りの発言を分析して説明する妙な鋭さがあっていつも教えてもらっている。彼女は、何か聞かれるとぽーっとしてただけと答える。(稀にホントにぽーっとしている時もある)これは彼女の哲学であるようだ。そして、滅多にキレない。(オレにはキレます)これも彼女の哲学らしい。だからクチが達ほうではない。ワタクシが、「時間がこのまま止まればいいねえ」と言った時、彼女は「ウン、フフフ」と笑って「タイムマシンで未来をみたい」と言いながら大将のオムツを交換していた。それから、何週間かしてキッパリと「大将は3歳半までは何もしない、おもいっきりメチャクチャ可愛がる」「もう、これでもかっていうぐらい可愛がる」それがアタシの考えだと告げられた。その頃のオレといえば、自閉症の事を調べまくっていたけど、なんか脳天を突かれたような明快な文面はどこにも見当たらなかった。だから、なにもまとまった考え方は無かった。だけど、彼女は「自閉症にはいろんなタイプがある」と一言にまとめていた。今になって考えると自閉症に対する内外の中枢的問題かもしれないなあと思う。問題の発端が発散し一点に回帰した一言だったのだろう。ヤボなので、本人に確認などしていない。なんとも折り合わない性格の夫婦だけど、一点だけ共通しているのは、YES/NOだけが答えでは無いというアナログチックな思いが根底にあることだ。オレは仕事柄、白黒はっきりさせないといられないタチだった。でも変わったのは彼女の影響だった。それに追い討ちをかけて引越しやら子供さんの入学準備で忙しいはずなのに心配してメールをくれた自閉症児の某お母さんの文章が響いた。今まで、カッコつけて、大学だけはイッチョ前で、大したチカラもないのにYES/NOにこだわっていた自分を笑って払拭した。転職を考えたとき、かみさんの返事は以外と簡単だった。生活はどうしようかなんて考えたけど、「昔から安定雇用なんて無かったわ」とかみさんは吐き出し、めずらしく、トクトクと話し出した。要は、自分たちの世代の親は皆ギリギリのところで子供を育て上げてきたということだった。確かに心当たりがあり納得した。また一つ成長である。 |
| 自閉症児と暮らす24 前にもウタフリス著の「自閉症の謎を解き明かす」について触れたが、あの本は10年以上前に書かれその後和訳されたものだ。物語でもなく療育法の本でも無い。高校あたりで自閉症という科目があったら教科書に推薦されちゃったりして。あの本のいいところはなにかというと、知る限りこの10年間批判を受けなかったということだろう。つまり、今でも通用するということである。ウタフリスは心理学と医学の両方を学んでいて、和訳者は心理学者と医学者の二人で行われている。ある意味豪華キャストである。解らないところは意味不明な文章を用いず、かといって最新の情報も無い。しかし、自閉症者に触れて、そして見て、知恵を搾り出しているところは突出してるように思う。「教養とはとどのつまり人間洞察である。」と偉い作家が言うように、それを実践しつつ狭義に絞った結果だと思う。伝説とのつじつま合わせはその頃流行だったのかどうか知らないけれど、ハテ?と思わざる得ないところもあったりして逆におもしろい。予想だが、西欧で妖精の言い伝えがミッチェル症候群の人々から由来したものという説があるけれど、それに対抗したかったのかなあなどと思った。ところで、自閉症の謎は解き明かされるのだろうかという疑問が自分にはある。親として自分にできることは療育体制への荷担だと思う。大将は養護学校に楽しく通学し、いろいろな所に行き、たまにアザをつくったりしてきて少しずつ成長している。そして言語訓練などもして、教育され療育されている。でも、物質的論理的に謎を解き明かす、分析やスクリニングを含んだ解析ができるのは極めて限られた学者だけという寒い現状がある。お寒いのはなぜかというと、企業が研究しないことに大きな問題があるんじゃないのかななーんて思う。自閉症の謎に取り組んでも金にならないとでも思っているのだろうか。めちゃくちゃ儲けている製薬会社が本気をだせば、案外わかっちゃうんじゃないの、なんて思う。今年インフルエンザにかかった時には特効薬なるもので一発で治った。メカニズムが解ってH2ブロッカーが発明され、インフルエンザを治す奇跡の薬ができたのだろうから、自閉症も是非お願いしたいものである。企業の研究というのは一般人である我々がお客様だから、変な癒着さえなければ学者より信頼できるというのがワタクシの持論である。個人的論争などやっているヒマがないわけだ。学者がなにか発表しても、その論文を入手することすら難しいし、入手できても多分意味がわからず新聞ネタ待ちとなるのが普通だと思う。それで、新聞によって書いてある事が違っちゃったりして、マスコミ様に我々はまた振り回されるのである。やはり、企業のマジメな着手がおきれば自閉症の謎は解き明かされるのではないだろうか。ホンマかいな。 |
| 自閉症児と暮らす25 よく話題にでる「その子供にあった教育」について考えた。だからこれは出来事ではなくて自分の思考回路に頼っているものである。知る限りだいたいの先進国では児童、公立小学校からエリート教育を行っており、なんでも横並びを推進しているのはここ日本である。最近では学校によって運動会まで一等をださない有様である。エリート教育とは何かといえば、想像通り最終的には国を動かす政治的ブレーンや、軍事的ブレーン、つまり国策をする一握りになり得る可能性の人物を教育することである。企業のエリートのことではない。一方インクルージョンが強く進められているのも日本以外の先進国である。USA発JAPANではマスコミでインクルージョンについてはよく宣伝されている、(たまにJAPAN発JAPANでも宣伝されている。)しかし、エリート教育についてはあまり語られていない。エリート教育については基本的にIQと難しいテストで人物の選択がされているようである。つまり、教育は国策なのである。この二極化はどういうことなのだろうか。表向きインクルージョンでありながら、超エリート教育も行う。複雑な疑問であるが答えは簡単である。インクルージョンを盾に取った教育政策とでも言えようか。インクルージョンは理想であるのことに違いない。日本でコトが進められない理由は、障害児の親が悪い訳でもなく、官僚が悪いわけでもでないと思う。普通の人々が悪いわけでもない。政策的に本気ならざる脅威感が政治家にないことと、国益を真剣に考えてないことが理由だと思う。つまりシナリオである。それも外交についてのヘタクソさや、弱さが原因だと思う。実際は軍事的にも、お金をアジアにばら撒くことにも我々民衆が緊迫感を持つべきで、更に政治家はもっとそれを宣伝しなければならないのだが、どうも日々それらに現実感が持てないほど違う事にホンロウされる。インクルージョンを実現させるには、二極化も一つの手である。これをどう呼ぶかなどどうでもいい話しであり市民運動など更にどうでもいい。インクルージョンが表向きのお話であってもどうでもいい。一度観てみたいと思う。 |
| 自閉症児と暮らす26 (25)はロジック性に欠けるので追加したい。くどい様だがこれは考えてみたことである。国益をつかさどる国力と障害者にまつわる文化は妙なところがある。大国発JAPANによれば、インクルージョンでありながら、高IQの子供たちにはエリート教育という別枠がある。パフォーパンスをまじめにやっていると思う。パフォーマンスは言いすぎかもしれないが、やはりそう思ってしまう。つまり、どちらも他国からの羨望を受ける手段なのであろう。日本でいう陰と陽の部分を逆に宣伝しているということであり、策略なのかもしれない。少数民族や先進国でない教育が隅々まで行き届いてない国での状況は案外インクルージョン的だったりしてなどと想像してしまう。これは教育水準から想像していることなのでアテにはならいが。ワタクシは二極化を問題視しているわけではなてく、国益をあげるために結果的にインクルージョンをする体制を整えることが偶然のようにできてしまった。とみせるというふうに考えたわけである。ここがシナリオでる。偶然のようにということは、一つは人種の問題、それに障害児の問題、これをひっくるめてインクルとし、逆に高IQ児には将来の国益をみすえるためにこっちを分離したということである。大体において、教育はつじつまが合わなく不合理なものであるが、マクロ的には合理性が成り立つものという例かもしれない。ただ、ここ10年のあちらの大国は失敗つづきの様に思えるし、やっていることがミエミエなのでエリート教育もあまり信用できないのかもしれないが。国を動かす人間は、どこでも極少数である。これが唯一の合理的証拠となりえるので考えてみた。ただそれだけである。我々の目指すところはどこなのだろうかは、ヒマな時にでも考てみよう。と思うが難しすぎる。 |
| 自閉症児と暮らす27 大将は最近になって弟の少将に対しおおらかである。少将が訳もわからず叩いてもそう簡単に怒らない。前は頭突きをくらわせたりしていたが、寝そべって腹ばいになっている時に、からまれてもニコニコしていたりする。決して無頓着にしているわけではなく、受け入れてお兄ちゃんとして対応してるようである。少将が泣くとミニカーをもってきてあげたり、マグマグを持って口に近づけたりもする。親のワタクシが言うのもなんだが、大人になった。何故だろうなどと考えてしまう事は少し悲しいけども、自閉症児の親としてはこの原因は探りたくなってしまう。繰り返し悲しい性である。いろいろ考えてみるに一つのそれらしき心当たりを思い出した。それは、頭の洗い方に二人は決定的に違いがある。なんと大将は頭からザバーンとお湯をかけられても平気になった。学校でのプールや夏休みにかみさんと連日開放プールに通った成果である。しかし、少将は当たり前だがお湯が顔にかかると大泣きする。夏のお風呂の時間は子供たちの遊びの時間でもあるので、しばしばワタクシを含め3人で入浴すことがある。大将は勝手に自分でお湯をかぶり3種類あるシャンプーを自分でチョイスし、自分で洗い流す。少将は抱っこされながらベビーシャンプーで洗われるわけだが、顔にお湯がかからない様に慎重に流し、実際にかかっていないにもかかわらず、大泣きする。その時、大将は軽く微笑むのだ。ざまあみろという笑いではなくて、微笑むのである。ざまあみろの笑いはゲームがらみの時たまにみせるのでその違いは明らかだった。こういう事が重なって兄弟は成立していくものなのかと少し嬉しくなった。でも、どこかで明らかな段差が生じるのも間違いない事実である。その時ショックを受けるのか、それが兄弟のどちらかなのかと思うと今度は少し感傷的になる。時間は不変ではないが、こうして普通に生活していけばほぼ一定の速さで進む。大将と我々夫婦が光速に近いロケットで旅にでて、何年か後に帰ってくると少将はもう大将より年上になっていて弟が兄を追い越す時を見ないで済むかな、なんて思う。その間少将はひとりになってしまうので可哀想だ。このような現実不可能な、くだらないどうどう巡りを科学という存在から考えさせられる。親バカの中心点は無意識な科学なのかもしれない。 |
| 自閉症児と暮らす28 気持ちの葛藤というのは当たり前にあるものだけど、親が子供を叱ることに対してのそれは、自閉症児においてはいろいろな気持ちの変動があると思う。こないだ、大将は少将がゲーム本体の上に乗ってしまったので押した。そしたら少将はひっくりかえってゴツンと頭をぶつけた。大泣きしているそばで、黙々とゲームを続ける大将に「ゲーム終わり。押すのはバツ」とバッテンマークをてで示しながらゲームを無理やり止めさせた。今度は大将が大泣きモードに突入となった。「わかった」を連発しながら泣く。凄い勢いで泣いた。最後はタオルケットに包まりながら泣く。こういう時、色んなことが胸につっかえる。悪いものは悪い。とはいうが、大将自身が人を押したから悪いということが判ったのかと考える。ひょっとすると少将が泣いたから悪いと思っているのか、なにもわからず、突然ゲームを中止させられたから、なんだかわからないけど「わかった」と連発しているのか。「お兄ちゃんでしょ」は通用しない。泣いている大将をみると、つらい。このような事が頻繁に起きる。一生懸命、「お顔見て」と言って状況を説明するが「わかった」の連発になってしまう。築きあげた信頼関係が希薄になってしまうのではないかと心配になる。少将の場合、物を振り回して、「メッ、あぶいでしょ」と言って取上げて泣かしてしまっても、そういう濃い気持ちにはならない。これを、障害を受け入れてないとかの次元までもっていくのバカな話しである。親子でありながら信頼関係がどうのこうのといっても、これもまた、健常児とは意味が違ってとれるわけである。難しく微妙なものだ。正直にいうと大将は別の世界で生きてるわけではないと思う。同じ地面に立った瞬間に同じ世界に生きている。ただ、人はいろんな顔を持っている。その時だけ世界の中に小さな枠ができる。あまりに小さく薄っぺらな枠としてドッチラケの例えで会社なんかがそうかもしれない。大将には枠が無いのかもしれない。枠は重要だから価値観と対比される。そこが大将を叱る時に考えねばならないのだろうか。LSDなどをヤッちゃってチューリップが首を振りながら歌っているのを見ている人は別の世界にいってしまっていると思うが。 |
| 自閉症児と暮らす29 大将と散歩がてら公園めぐりをしてきた。大将はシーソーが好きなので、先ずはそれの有るところに出向いた。そしたら撤去されてた。ワタクシは笑ってしまったが、大将にとってはショックだったようで、その跡地にボーゼンと立ち尽くしていた。しょうがないので、今度は広めで駆け足ができる土手沿いの公園に行った。そこでブランコをしようということで話しをつけたのである。そしたら、なんとブランコを改装築するらしく、これまた、跡形も無かった。立て看板にその要が書いてあった。大将は、またもボーゼンとし、今度は少し離れた鉄橋の下にある公園に行った。そこには、クルマのサスを利用したボヨ〜ン、ボヨ〜ンと上下するおもしろい乗り物がある。名前は不明。ようやく遊具で遊べた。途中、走りながら、よーいドンをしたりして二人で汗をかいた。さて帰るかと思いきや、大将は「おーたん、ばーば」と言い始めた。なんと、奥さんの実家の近くまで来てしまっていた。そーだなー、あのあたりにも広い公園があるなあと、またまた公園に向かった。そこの公園は着いてみると、小さい子から、大人まで遊んでいて大盛況であった。でも、そこで気づいたのだが、遊具で遊んでいる子供って案外少ないという事実であった。沢山の遊具があるけど、そこは遊具としてではなく、サッカーのゴールになっていたり、ボールをぶつける場所になっていたり、一番多かったのは子供同志なにかカードなどの取引場所になっている場であることだった。遊具は子供たちの社交の場になっていたのだった。こういう現象は少なくとも自分の子供時代には無かったと思う。今の子供たちは、沢山のテーマパークなどでもっと楽しい乗り物に乗ってお腹いっぱいになっているのだろうか。それとも、小さい頃から母親同志の所謂、公園デビューを見ていて、そこが社交の場と思うようになってしまったのだろうか。遊具を遊具としていたのは、大将のブランコ乗りと鉄棒でトレーニングしていた若者だけだった。ワタクシもちょいとブランコに乗ってみたが、酔いそうになってすぐやめた。 |
| 自閉症児と暮らす30 少将は今のところ自閉症では無さそうである。8歳の自閉症の大将とあと3ヶ月で2歳になる兄弟が、面白い。今が旬なのだろうか。大将は美味しいモノを食べると体を前後に揺らして表現する。となりで少将はそれを見て真似をして、二人で体を揺らしている。そして、嬉しい時にソファーで三点倒立をするのも真似をしようとしているが、さすがに無理なので、体当たりしている。皆、少将が勝手にやっているだけなので、大将自身にはあまり影響はないようである。雨が続いた休みに、大将はワタクシに2階に行こうと誘ってきた。なんで?とおもったけれど、何か理由があるのだろうと、くっついていったら、ゆっくりゲーム本を観たいということらしい。そう、ゆっくりしたかったのだ。最近少将は人にからまって遊ぶので、大将もたまには一人で邪魔されずに本を観たかったのだろう。布団にもぐって至福の笑みを浮かべ、今やっているPS2のキャラクターの名前を読んでいた。我慢強いさすがの大将も、少将の攻撃はうるさかったのだろう。一時間もすると下に降りて一緒にテレビを観ていた。チャンネル権は大将である。それでも、少将は嬉しそうに大将の隣に寄りかかっている。かなり、お兄ちゃんが好きなようだ。奥さんの実家に行くと少将は小さいので当然親戚中の人気を独り占めすることになる。大体、そういう時に子供特に上の子は自分をアピールしたり、ヤキモチを妬いたりするらしいが、大将はさすがに自閉症児である。我関さずを貫き好きな料理の本などを眺めたり、卓球ゲームをやったりしている。時には自宅では絶対にしない、昼寝まですることもある。でも、帰る時に玄関で少将がいるかどうか必ず確認したり、呼んだり、来るように引っ張ったりする。心配なようである。大将はまだ子供なのに父親に似ている気がする。今朝、朝ご飯を食べる時、椅子の上にあぐらをかいていた。大将はオヤジなんだもんね。とそれを見た奥さんが笑っていた。 |
| 自閉症児と暮らす31 10/26にNHKで9時から10時15分まで自閉症関連のドラマが放映された。ドラマチックでもなく、結論も無かった。私はあれでいいと思う。何週間もかけてドラマにしたり、膨大なギャラの役者を使ってアカデミー賞をとりにいったりしたものより、はるかに映像的に的を得ていたと思う。さすが国営放送である。家族全員で見ていたが、涙など全くでなかった。きっと、実家のかあちゃんなどは、大将のことを思い涙ながらに見ていたと予想される。私たち家族とはいっても主に夫婦と言った方が正しいが、大将も時折、怪我の絆創膏をみて「痛い、痛い」と言っていたので、それなりに見ていたのだと思う。我々は自閉症を嫌というほど実体験で勉強し、知っている。だから、情より先に理が立つ。ドラマの出来についてストーリー性や演技力を語る前に、自閉症を正しく演出しているかどうかということが問題となる。実家のかあちゃんなどは、多分、感情でみてアツクなってしまっているのだろう。ここに、どうしようも無い問題がある。理、すなわち知識で語る自閉症と、情で語る自閉症の差のことである。自閉症児を持つ私たちには、美談もクソも無い。一日をどう過ごしたか忘れてしまうくらい大将に振り回されてしまう時もあるからである。だから、実体験をもとに自閉症を取り上げたドラマに起承転結などあるわけが無い。今回の放映がかなり的を得ても私にはいくらでもケチをつけようと思えばつけられるし、賞賛しようと思えばいくらでもできる。繰り返すがそれは自閉症を知っているからである。視聴していた人は何か関係のある人が多いのではということだけ危惧される。新聞にどう評されるかも少し気になる。大変勉強になりましたなどというコメントが載っても、国営放送だけには浮き足だってもらいたくないものである。しかし、あの青年の演技力には脱帽した。文法があやしくても、心に響く文章の一節があるように、演技にもそういうことがあるということを知った。感想は最後の2行である。 |
| 自閉症児と暮らす32 先日クルマで移動中大将は「おつきさま」と言い出した。勘違いして欲しくないのは、ここで大将が言ったという表現をワタクシが用いている場合、ワタクシたち一家が何度か聞き返していろいろ夫婦で確認してようやく何を言っているか判別が付くような発語であるということ、したがって、ウチの子はそんなことは言えないとか、そういうふうには取らないでいただきたい。同じ自閉症なんだからサ。話は戻るが、大将はお月さまをどう感じとっているのだろう。ワタクシは天体少年ではなかったので、未だに星座もオリオン座くらいしかわからない。満点の星空を見上げると綺麗で星座などどうでもいいことになってしまい探究心が無くなってしまう。しかし、月に関しては違う思い入れがある。やはり、大将と同じ歳の頃お月さまというのは、どうやら形を変化させて地球にくっついているものだということが分かりかけていたと記憶している。そして、冗談半分で父親が仕事で使っていたデカイ双眼鏡で夜の満月を覗いた時、図鑑と同じクレーターがポツポツと見えて、仰天し、歓喜の声を出しその日は興奮して眠れなかった思い出がある。双眼鏡でもクレーターが見えることは、双眼鏡があったら見てみてみるといい。子供の頃にもどれるかもしれない。大将にお月さまは好きなの?と聞いてみたら、そうでもないらしい。でも気になる存在ではあるようだ。「今度あそこにに行ってみようか」とワタクシが行ったらRVで行くらしきことを答えていた。クルマに乗って電車に乗って飛行機にのっても世界は超無限大であるのに、クルマでお月さまに行くという発想にバカなことを言うとは思わなかった。所詮、誰だって月に行くことなど殆ど無いだろう。何で行くと言ったって自分が行けやしないんだから。 |
| 自閉症児と暮らす33 ワタクシには中学の時、親友と呼べる友人が2人いた。高校進学と同時に皆同じ県立高校に行くはずだったが、ワタクシだけ、受験日が早くてもう試験が面倒になって国立になってしまい離れ離れになった。その後大学受験の時期を期にほぼ音信不通となっている。その時の1人の友人は3人兄弟の長男で真ん中の弟に障害があった。今になって考えると多分トリソミーだという気がする。違っているかもしれない。はっきりしてるのは、見ため分かることだ。よく、彼の家に遊びに行くと一緒に遊んだ思い出がある。当時は何も思わず、特殊学級に通っていたその弟君と普通に遊んだりしていたのだが、もっと記憶をたどると友人のお母さんは全く普通に我々と接触させていたと思う。そう、ワタクシには凄く身近な障害児が中学生の時にいたのだ。たしか2歳違いだったと思う。不思議な事に特に弟君のことをあれこれ聞いた記憶が全く無い。極めて自然だった。食事をご馳走になった時も一緒に食べたし、友人の部屋にコッソリ入ってくると、おうきたかくらいで特になにも感じなかった。でも、その友人の心中を察するとどう思っていたのかは分からない。少なくとも、彼の家庭ではきっちり弟君については家族をあげて教育されていたのは確かだと思う。これは20年以上も前の話である。少なからず、その弟君のことで友人を変な目でみる同級生は我々親友以外にもいなかった。更に、弟君に対しても偏見的な見方もしていなかった。小学生の時から特殊学級という教室があって、遠足や就学旅行や時々交流があったり、更には通学も誰かが世話をしていたと思う。そして、現在ほど親の顔が見えなかったことが、今になって思うところである。あの当時学校ではうまくやれていたのだと思う。何が変わったのだろうか。思いついて言えるのは大学への進学率と、外で遊ぶ子供が減ったくらいだ。そして、小学1年生は昔より子供で、小学6年生は昔よりはるかに見かけや言動が大人であると感じる。今の子供達は急激にうわっつらが大人になっていく感じがする。何故かそう思う。少し前に大将は、公園で5年生くらいの女の子集団に「なんか、バカっぽい」と言われた。その時、そういう表現をするのか、と思った。女子高生が「アレはバカっぽい」と言ってたりするのをテレビで聞くがそのニュアンスを真似しているのだろうと思った。使う言葉の時と場合と味がまだ分かってないのだろう。あくまで連鎖的憶測だが、親の顔がみえなかった時代との関係は多少あるんじゃないかと思う。それとも親が顔ださなければならなくなってしまったのだろうか。結論の無いはなしになってしまった。 |
| 自閉症児と暮らす34 大将が通う養護学校から約200mから300m離れた所にある変電施設。そこから10mの所にある障害者訓練施設。実際はこれらの建物からグランドを介して学校がある。そのグランドは運動会に使われる。実際は別の施設であるが、通り抜けができる場所であり学校行事の時はこのあたりが駐車場に使用されたりする。正直言って今回初めて気が付いた。PCBの保管場所が障害者施設と養護学校の隣接箇所にある。又、この辺りは知的な障害者入所施設などが密集している所である。そして東京都である。カネミ油症はあまりにも有名であるが、PCBとはなにかワタクシも化学屋なので少し説明したいと思う。PCB:ポリ塩化ビフェニル(polychlorinated biphenyls)1880年代初期にドイツで発明されたものであり、特徴は無職透明、化学的に安定、耐熱性、絶縁性、非水溶性を呈しており、200強の異性体がある。これの総称を言う。特徴を生かし実用化されたが1974年に日本では毒性が強いため製造、使用、輸入が禁止。(研究施設は使用されているだろう→分解などの研究)PCBの異性体のうちダイオキシン類に似ている構造の12種についてはコブラナPCBと呼ばれている。(コブラナはの意味は省略。ベンゼン環の位置によりそう呼ばれている)これらは基本的にダイオキシンと同じ毒性を持っている。PCBとして製造された製品にはコブラナ体は物により差があるが少なくて1%多くて10%が含まれている。PCBの毒性は脂溶性が高いため体内残留蓄積性が高く皮膚障害、環境ホルモン、慢性毒性がある。症状は悲惨なので省略。このPCBは残留性有機汚染物質に指定されている。これは、残留性が高い(分解しにくい、又はしない)、高脂溶性が高(生物蓄積性が高い)、飛散性がある(大気移動有り)単純毒性(人の健康を著しく害する根拠が明確)を特徴とする物質をいう。PCB廃棄物には3種類ある。@廃PCB等、APCB汚染物、BPCB処理物。このうち上の写真のPCB汚染物とは、PCBが付着したり染み込んだりしたプラスチックや金属など、ゴミのことである。ここからが思うことであるが、大体の人は同じじゃないかなと思う。なんでここにひょっこりとこのようなモノの保管場所があるのだろう。管理の実態は何も調べてないので分からないが、いろいろな意味で気持ちが悪い。これは外国との比較論にはならい。結局こういうことが行われている限り爺さんになってもワタクシは安心して死ねないのである。カジノ造って儲けるならはやく儲けてちゃんと処分しろ。ここの管理のルポでもしちゃおっかなあー。 |
| 自閉症児と暮らす35 雪が降った。ワタクシはスキーに行かなくなってからというもの雪かきが面倒でとても嫌だ。何年前だったろう、大将が小学校に入る前だったかな、大雪が降ってかなり積もったので河原の土手にそりを持って行って遊んだことがある。こっちは土手の登り降りで汗をかいて大将はどうも運動量が少ないせいで寒かったようで結局次の日2人で風邪で寝込んだことがある。どういうわけか大将は多動チックなところがあるにもかかわらず、今でも運動量が少ないようである。だから、すぐ太ってしまうようだ。大将の場合、体を使って遊ぶにしてもかなり受動的になってしまうのが原因かもしれない。例えば、シーソーにしてもこちらが上下してあげないと上手く遊べないし、ブランコもそれに近い。なかなか自分の力で遊ぶというのが難しいようだ。暖かい季節は放っておいても問題ないが、冬の遊びはそうもいかない。なんとか運動量を上げようと触発するのだけれど、1.5倍くらいこちらが動かなければならない。体も神経もやや疲れる。やはり、安心して一緒に遊べる友達がいるとか、安全な公園とかそれなりの工夫が必要なようだ。今、大将が凝っているのはトミカの写真のプリントアウトだ。奥さんがアルバムをつくってやったのでワタクシがPC部屋にいると「トミカ」と言ってやってくる。そして、画像を見つけてプリントアウトしてコレクションしている。案外レアなクルマだったりしておもしろいけど、インクがすぐ無くなっちゃう。少し困ったもんだ。いろいろなことに興味をもって欲しいが自閉症児のコレクションは一途なところもあって凄い。しばらくはこれが続くだろうな。大将、来年のお年玉でインクのカートリッジ買ってね。 |
| 自閉症児と暮らす36 大将はスクールバスで養護学校に通っている。これは他の小学生からみると非日常的なことだろう。皆がスクールバスで通うほど治安が悪くなったら大変でもある。大将のように障害がある子にとっては通学の命綱である。少し話が先行するがクルマ文化という点では日本は妙なところがあり過ぎる。アメリカの子供達は、大抵スクールバスが家のそばまで来て通学するが、治安という問題ばかりでは無いと思えるところもある。アメリカはクルマ社会であるが、日本はクルマ社会では無い。日本はクルマ技術社会である。このあたり複雑だが、簡単に言えば日本の家庭はクルマ一つで大騒ぎだが、アメリカの家庭もクルマで大騒ぎはするようだがクルマが文化として定着していて何かの道具としてのジャンルが確立されている。更に規制も他方面で緩く日本との大きな差はここにある。これも、スクールバスにも影響しているようだ。道具は使われて当たり前という概念から使いこなすと発展して、家の前までスクールバスが来るようになった側面もあるだろう。ここは、日本では少し変わっていてクルマは財源としての物という概念がある。だから規制が厳しい。したがって、使いこなすクルマ文化まで発展しない。洗車やピカピカ自動車産業やモータースポーツだけとっても分かるだろう。今、ピーポ君の家という子供の非常事態に備えた民家があるが、インターホンで助けを呼んでも、子供達が帰る時間には年寄りとか、お母さんしかいないだろう。それに、一瞬に駆け込めるようには到底みえない。空手でもやってるスーパーウーマンやスーパーゴールデンエイジャーだったら別だが、もし刃物でも持った悪者が襲ってきたらピーポ君の家に本物のピーポーがくるとんでもない事になってしまう。ワタクシはスクールバスは子供をもしもから守るため必要だと思う。交通事故から防ぐ横断歩道の黄色い旗など無くしてしまえばいいと思う。その代わりスクールバスをどこの学校でも用意するべきだと思う。小学生がピーポ君の家と黄色い旗というお粗末なのに、大学は当たり前にカレッジバスが駅と大学をひっきりなしに往復している現状は異常だと思う。そして、地方の教員は何で通勤してるんだ?(笑)企業も自動車通勤禁止のところが結構多い。不思議なクルマの国であると思う。 |
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自閉症児と暮らす37 インフルエンザの抗ウィルス剤が不足しているらしい。しかし、あるところにはあるんだなこれが。院内処方してるやや大きめの病院には大体ある。このあたりが、製薬会社と病院様のご関係であるわけだ。クスリ不足というマスコミの報道を鵜呑みにしはいけない。これが情報社会という奴だ。そもそもクスリの合成はその原料となる化合物があれば最優先でやりゃ1週間もあれば1ロットできちゃう。合成っつうのはそういうもんだ。ワクチンではないからね。リードタイムってのはあるけど、需要が殺到すればそれだけ儲かるわけだから必死に合成するもんだよ、企業ってのはね。この季節しか出ないクスリなんだから。ま、供給操作でクスリの価値感を植えつける作戦でしょ。USAの合成会社のね。そういうみえみえのことされると、おりこうさんだなあ〜と思っておならが出てしまう訳だ。毎年インフルエンザワクチンの予防接種もなぜか足りないような事言うもんね。あれも怪しいんだな。ちと調べてみようと思う。ワタクシこういう事には屈しない性格なので。実は奥さんが熱を出した。奥さんが熱を出すと家族総出で病院に行かなくてはならない。少将が小学校の3年生くらいになるまではそうだろう。大将はその頃まで一緒に行かなきゃだめかな?。こればかりは不明だ。そういうわけで、救急外来に行ったんだけど、お粗末きわまりなかった。インフルエンザの検査が出来ないとか、例のクスリは一日分しか処方できないのないないずくし。感じ悪いぞ、○輪病院の1/24の夜間診療。東京医○大の某医者。子供、年寄り優先はわかるが、子供に障害があって寝込んでもいられないお母さんが沢山いるんだ。何がそう簡単にインフルエンザでは死なない、一週間も寝てれば治る。医者が言う言葉じゃないんと違うか?。赤ちゃんを抱えてるお母さんや、旦那さんがいないお母さんや、障害児抱えてるお母さんのことなど分かってないんと違うか。八王子小児病院の先生との1000万倍下の下。ぶん殴ってやろうかと思った。文句言ってくるというと奥さんが止めるのでイライラしてしまった。早くER作れよ。ホントにERになんのか、その意味知ってるのか不安だけどね。 |
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自閉症児と暮らす38 TEACCH。今までHPで封印していた言葉である。なぜかといえばワタクシには難しいからだ。実は手元に10年前の現代思想という雑誌がある(論文が投稿されている学術誌です)この雑誌にたまたま奥さんの従兄弟が起稿していて廻りまわって手元に届いた。従兄弟は赤門で学者をしていて、目が悪い。物凄い努力をして、更に自分をサンプルに研究を続けている。まだ大将が産れる前の話だ。雑誌といっても400ページに渡って文字がぎっしり詰まった濃いモノでどちらかというと学会誌的な感じである。そしてアフォーダンスの特集をしていた。後にTEACCHを知って必死に原典を探したことがある。それは、原典にギブソンという人名がキーワードにあるのかどうか調べたかったからだ。アフォーダンスという言葉を知ったのが10年くらい前で丁度ネットが普及しはじめた頃だったので、当時も検索などしたが今だに分からない。10年前の現代思想にいたっては用語のレベルが高くて一頁理解するために1週間勉強しなきゃいけないと思った。ただ、文字というのは不思議で、なんとなく伝わるモノがあって、記憶のかたすみにそれなりの解釈をしていた。そして、TEACCHという言葉を知った時、関係があるんじゃないかと直感した。そのキーワードがギブソンという学者だったわけだ。もし、TEACCHの発祥がアフォーダンスなら、ワタクシにはTEACCHの解釈は無理かもしれない。アフォーダンスが上位の考え方なら、お手上げである。そのくらいワタクシには難しい。発祥が違っていればラッキーかもしれないけど。誰かこの関係、分かる人いたら教えて下さい。ワタクシのTEACCHの旅は反デカルト(?)から始まっていた。マジで難しいッス。でも関係あると思うんだけど。今日はこれでオワリ(難) |
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自閉症児と暮らす39 私は実験が好きだ。いや、正確に言えば好きだった。試すことに似ているけど、自分は実験のつもりでやっていた。大将が幼児時代に大きいコップと小さいコップに入った牛乳のどちらに手を出すかとか、麺類を食べる時わざとスプーンを置いておいて、フォークに変えてくれと何らかの行動を起すかとかしたものだ。今になって、なんかワケ分かんない事してしまったなあと思えてくるが、その時は大真面目に発達がどうのとかアレコレ考えたものだった。思うところがるので、前書きをこじつけ半分でかいてしまったが、主題は他人から見た自分についてである。大将だって、この人はこういう事をしてくれる人、例えば、学校の先生は親とは違って学校でいろいろ面倒を見てくれたり、勉強を教えてくれたり、遊んでくれる人と分かっている。このように、家庭内と外では、子供でも大雑把になんとなく区別出来ている訳だが、じゃあ区別から、一歩進んで外の人たちに限って自分をどう思っているのかは、なかなか難しい問題であると思う。実は、ワタクシはそれを試みるため坊主頭にしたことがある。それまでいかにもサラリーマンスタイルだったので、その時の反応があまりに顕著で、コイツはそういう人物だったのかと分かった様な気がした。例えば、笑ってやったんかいといってくれる人(フレンドリーで心が許せる)今までとは明らかに反応が違う人(どうやら、奇抜なことは嫌いで仲間と思われたくないらしい)。大別するとこんな感じだった。又、もう一つのタイプがあって全くなにも感じていない人(研究所には多い・笑)。さて、奇抜なワタクシから離れていった人達とは今尚お付き合いは仕事上でも関係を持たないようにしている。個人の普通という尺度から外れると、自信の無い者ほど尺度外から離れたくなるものだと思うからだ。よって、奇抜嫌いさんは、多分だが出世やトータルにみてコイツには近寄らないでおこうと防御反応が働いてしまったのだろう。事実、ワタクシの坊主頭を肯定してニコニコしながら話かけてきた人は今、職場でTOPになった。ちゃんと、自分があってこの坊主頭と仕事は関係ないという自信があったに違いない。障害を持った人に対しても案外同じこと言えたりして。親戚でさえ大将への反応は様々ですからね。奇抜っていうのも面白いもんだと思います。 |
| 自閉症児と暮らす40 03更新 大将は三学期を終了して春休みにはいった。来春からは三年生だ。時の経つのは早いものである。終了式の日は、ごっそりの作品集と通知表を持って帰ってきた。これを見るのもワタクシの楽しみの一つである。いつも通知表に関しては、これぞ通知表としてあるべき姿だと思う。事細かにぎっしり書かれた大将の学校での様子や、事例を挙げて強みや弱みが書かれている。評価が数字でなく指標が無い絶対的な様子を評することは難しいものである。しかし、先生は、これを通知表の隅から隅までぎっしり書いて我々親に克明に伝えてくる。心無い文章は読み手に伝わらないという法則がある。したがって、相当に子供の様子を観ていると思われる。ただ脱帽である。ワタクシは子供達の競争教育は別に反対では無くむしろ肯定する主義の持ち主だ。競争といってもA君、Bちゃんに何が何でも勝つなどという、昔でいう教育ママゴンのことではなく、競争に勝つのではなく、競争を価値あるものにするという意味でだ。同じカチでもこれは全く違う。算数が得意な子、音楽が得意な子、運動が得意な子、これを認めてあげることだ。ただただ、認めて褒めてやればいい。子供達は敏感だからA君、Bちゃんの長けているところを必ず察知している。これが単なる競争になるとA君、Bちゃんに嫉妬心しかうまれない。認めあうという社会の大原則が育たない。大将のように競争相手が自分である場合も同じだと思う。得意技を褒める。そうすると次になにを習得すべきか見えてくるものだ。そして、叱ることも忘れてはいけない。 |