私には特にAthletic Trainerを目指したキッカケとか無い。自分自身、怪我をして…とか、既に活躍しているトレーナーに出会って…とか、理由は十人十色だと思うけど、私にはこれがキッカケだった。とかいうのがない。思い出せば、小さい頃から看護婦になりたいという夢があって、気が付いたら医者を目指して…で、スポーツが好きだからスポーツドクターになろ〜☆ってぐらいにしか考えていなかった。でも、高1の時、一年間アメリカの現地校に通ったので、すっかり数学力が低下。帰国した時には他のクラスメートに追いつくのさえ大変で、こりゃ医学部無理じゃん。ってあきらめちゃったんだよね。
多くの人はアメリカの高校に行ったから大学もアメリカにしたんだ?って言うけど、自分の意思で行ったワケでなくって結構大変な一年間を過ごした私は、もうアメリカには「学校」には絶対に行かないって誓って日本に、戻って来たんだよね。医学部を諦めた後は、体育系の学校やら、理学療法の学校やら、色々調べてその中のどこかの学校に行こうと一度は思ったんだ。でも、どうも微妙に私のやりたい事と違うと思って、調べ続けているうちに、どこから引っ張りだしたか全く覚えていないけど、NATAの事をインターネットで見つけてきて、色々読んで、あっ!これだ!!って思った。本当にどうやってNATAの事を見つけたか覚えていないけど、この時のおかげで今の私があるんだよね。で、留学するって進路に親を説得させて…かなりインターネットで時間をかけ調べたよ。もちろん情報は全て英語だから、今より読むの断然遅いから、さらに時間かかった。
いざアメリカに渡って、学校を始めた時に、やっぱり不安はあったよね、本当にAthletic Trainerになりたいのかなぁ?私に向いているのかなぁ?って。だって、それ以前学生トレーナーらしきことを一回もしたことなかったし、この道に進むにあたって、他のトレーナーの人の話を聞いたワケでもなかったから、ある意味自分の「カン」を頼りにアメリカへ渡ってしまったのだから。後から考えれば、なんですでに活躍しているトレーナーの人を見学したり、そういうことをしなかったのか不思議なんだけど…。
でも、どうやら私の「カン」は鋭いみたい。ATプログラムが正式に始まるのは3年生からだったけど、それ以前にATRでATCや他の学生トレーナーがしているのを見学するのだけでも、すごく楽しかった。他の子とか結構要求されているHoursが多くて嫌だとか言っている子もいたけど、正直そう思った事はなかったなー。正式にプログラムが始まると、もっと更に楽しかった。ただ、あまりにも好きだから、英語の壁で上手く話せない時やら、クラスが上手くいかない時とかは、自分に必要以上にストレスをかけてしまったのも事実。アメリカに行って初めて他のATCの人のHPを訪れたけど…色々私の支えになったよね、他の人の活躍ぶりや、経験談を読むのは。
今は大学院へ行きつつ、GAとして学校のチームを面倒見ているけど、学生トレーナーの頃に感じていたストレスは、信じられないくらいキレイさっぱり無くなってしまったんだよね。おかげで、心底から楽しんでいるよ。そんな私は、将来教える側に立てることを目指して、今日も修行中。