なぜイタリア人は幸せなのか
山下史路著(毎日新聞社2003年)
本体1600円

息子さんの留学をきっかけにイタリアに暮らした著者が、むこうの様々な日常を紹介通じて、どこかおかしい日本の輪郭を明快にしてくれる。満員電車に揺られ、医療負担は年々上がり、年金の保証もなく、何十年しか保たない家を全力で購入し、添加物の入った食品をみんながバラバラに食べ、会話はなくなり、孤立や絶望を妄想し、失業や自殺や凶悪犯罪が増加する国。あー絶対におかしい。おかしいのに一般庶民はひたすらお上の言うがまま。政権は交代も制度改正もなく、弱い者はより弱くなり、強い者だけが正しくなってゆく‥、もう止めよう。ちゃんと考えて結論を出して実践しよう(と思う)。


「イタリア人に尊敬できる政治家やインテリ政治家はいる、またそれは誰か、と問うと彼らは即答する。即答できるのである。イタリアの政治家が全部が全部優秀とは言わないが、国民に尊敬される政治家がいて、即答できるところが私は羨ましい。しかし、イタリアのすぐれた制度も一朝一夕にできたわけではない。政治家だけが作り上げてきた訳でもない。それはイタリア人が、政治を特別なことと決して思っていないからできたのだ。

イタリアで驚いたことの一つに投票率の高さがある。その数字を知ったとき日本との違いに暗澹たる気分になった。昔、イタリアでは投票所に行かない者に罰則を科した。今はもうそのような法律がなくなったため、投票率が低下してきていると高齢者は嘆くが、日本人にとってその数字は目を見張るものがある。九十六年の国政選挙では82.9%、〇一年同じく国政選挙では81.4%の人が投票にいっている。」

「イタリア人は高校生からお年寄りまで、男性も女性も、親も子も、先生も生徒も、皆、政治への関心は強い。当然のこととして自分のこととして日常的に家庭でも、職場でも、政治の話をする。政治に関心がないなんて、人間の風上にも置けないと考えている。

例えば、イタリアで政界が汚職で大揺れに揺れていた九十二年。この時期どこの家庭に行っても政治の話で持ちきりだった。皆が危機感を共有し本当に熱くなって議論したのを覚えている。そして選挙で七割もの現職議員を落選させ、汚職風土を一掃した。七割という数字は感動的ですらある。一方日本では、汚職が発覚しても居直り続け、また選挙民は、汚職議員とわかっていても当選させてしまう。だからいつまでも腐敗体質、汚職体質、癒着体質は改善されないままだ。」

「日本の議員達は汚職問題が発覚するたびに、選挙には金がかかると言い訳する。そうであるならばヨーロッパの国々のように、企業や団体からの献金は禁止し、個人のカンパと国費だけで選挙をするように制度を変えればよい。

今も国から政党への選挙費用は出ているのだから、ウグイス嬢を連れてのうるさい連呼や、街の美観を損ねるポスター貼りのようなお金の無駄使いは止めればよい。演説会のみで十分選挙はできるのだ。日本の議員達が、企業や団体からの献金法を、つまり政治資金法の改革を進めないのは、選挙にお金がかかることを良いことに、資金を集め、ついでに私腹を肥やしたいからではにかと、イタリアの選挙を見て私は疑いたくなった。」

「イタリアを初めて訪れた日本人の多くがイタリア好きになる。そして再度訪れる人もとても多い。彼らがイタリアに憧れる理由の一つに、イタリアが日本と対極にあるような国だからというのがあるのではないか。早すぎる生活のリズムやストレスの多い環境から解放され、癒されたいという無意識の意識に押されイタリア旅行を重ねているのではないかと私は感じる。

人間的リズムではなく、生産リズムや企業リズムがいつの間にか生活リズムに取って代わってしまった日本。効率優先の企業意識が、生活の中にまではびこってしまった日本。そんな中、ゆっくりとした人間のリズム、人間らしい暮らしをどこかで求めるのは当然だ。人間サイズの街で人間のリズムで暮らし、添加物や不純物の入っていない自然のものを食べ、青い空や青い海に囲ませた自然の中に身をおきたいと願うのは自然である。」

以上、本文から抜粋 2004.12.17

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