「あのね、利尋(としひろ)。みんなが僕のことを空海って言うよ。
使える魔法も水ばかり……僕は、『空海』なの……?」

延暦寺四天王ナンバー3、雷炎の最澄が手を染めた禁呪『転生極地』で
最初に壊れたのは、心優しい泣き虫の少年……。
四天王ナンバー1、長塚矜司(水の空海)だった。
「僕は『空海』なんだって。最近、夜になるとずっと聞こえるんだ。
空海の声……。僕、なりたくない。空海になんてなりたくない……!!」
こんなに毎夜祈っているのに、仏さまは助けてくれない。
こんなに毎日願っているのに、仏さまなんて一度も見たことがない。
「何が坊主だ……。僕は見えない仏なんて、信じられない……」

延暦寺四天王ナンバー1。日本史史上最強の法師、空海は2人いる。
そのことを知っている人間はもう、この寺では全員死んでしまった。
栄西2.5『それがこの世の春ならば』(空海編)
「ラブホテルに行ってみたいなー!」
延暦寺四天王ナンバー4、闇の一遍がなんとはなしに放った一言。
それで、全てが始まってしまった。
「……何言ってるの? 僕たちはこの寺からは出られないよ。
そう決まってるんだ。一生、どこにも行くことなんて許されてない」
「うん。知っているけれど。言ってみただけ〜!」
京都の街を支配する『桜帝』。最終天皇高久辰真の咲かせた「桜」に
人々は操られ、もはや古都は魔境である。
常人ではとても太刀打ちできないその『桜』の魔力が、
そして寺の掟が、呪いが、結界が、何もかもを諦めさせてくれる。
(何も望まない。望んではいけない)
そう考えていた「空海」は、寺にいた一人の少女の言葉に凄まじい衝撃を受けた。
「じゃあ、その桜帝を殺せばラブホテルに行けるってこと?」
国の至宝、国の全て、国の民全てが守るべき存在。
桜帝、高久辰真の城に迷いもなく強大な魔法を放ち、
彼の大切な『鳥』を殺害してしまった少女。
彼女は空海に向かって「自分が仏」だと名乗りをあげた。
「仏……さま? 君が?」
ずっとずっと、会いたかった仏。あれだけ探しても見つけられなかった仏。
彼女は幼く我儘な自己の欲望のために、常識を、他者を、世界の理すらも
破壊しながら『ラブホテル』を目指すことに決めてしまった。
「……まずいよ、戦争になる!! 僕たちは桜帝の部下、桜帝の庇護を受けた臣下、
臣民なんだよ!? それを……それを攻撃なんてしたら!!」
「だって、人間の世界では。愛のためになら何をしてもいいんでしょう?」
「仏様!! 僕達全員、殺されてしまうんですよ!?」
「ええ。でも、殺しにくる相手を『全員お前が殺せば殺されないでしょう』」
『世界の敵』に堕ちた少女を抱きしめた時。
「空海」は自らも堕落していくのを感じた。
「ねえ、空海。世界がお前を殺したのに、お前は世界を殺してはいけないの?
桜帝が、その姉があなたを殺したのに、あなたの仲間を殺したのに、あなたが
桜帝を殺してはなぜいけないの? 殺して。矜司。『私のために天皇を殺して』」
「…………」
胸が震えたのは。それが過去に、ずっとずっと欲しかった言葉だったからだ。
「『ラブホテル』にいきたいの?」
「うんっ!! だから、私には『桜』はもういらないの!」
……延暦寺四天王ナンバー1、水の空海は2人いる。
それを知っていて、少女は、そのうち1人に。
”選んだ『空海』”に話しかけた。
「矜司。私の『空海』はあなただけよ」
だから、私と一緒に堕ちて。もう、本物の空海など必要ない。
「お前が空海でなくなっても、私はお前の名を呼んであげる。矜司。
『お前達はどこにでも行ける』。私となら」
少年は拳を握りしめた。その口元は、微笑んでいた。
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どうしよう、堕ちていく。一人の少女に堕とされていく。
「これって、もしかして……『四天王全堕とし』のゲーム、なの……?」
「空海」が問えば「貴女」はこう答える。
「だから違うって。ただのラブホエロエロゲーだから。攻略対象一人(一遍のみ)だから。
ふふ、だってどうプレイしたら堕落させられるの? 後三人。
”私、一遍さんともう結婚してるのに”?」
……”もしも乙女ゲーのプレイヤーが堕落してしまったら”
これは、貴女(プレイヤー)に一人ひとり、攻略されていく延暦寺四天王最後のお話。
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