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雑 記 帖〜2003年12月
9月の雑記帖でお話したアニメの素材屋さん、最近、HPの手直しをしているので、何かないかな、とまた覗いて見たけれど・・面白い。今回は、新しいページに3つのアニメを使わせていただいた。
他にもたくさん使いたくなったが、やはり、自然がテーマのこのHPには唐突な感じがするものが多いかも。デジカメ・メモの下の方でこっそり楽しもう・・。
日本の名優の中に、夏目雅子さんのアニメがあった。とても好きな女優さんだった。「鬼龍院花子の生涯」、「西遊記」の三蔵法師・・良かったなぁ。

今日、久々に、散策のページをアップした。そこに、干支の話をおまけにつけたが、私は、暦にとても興味を持った時期があった。
1994年だったと思う。暦に関する本を買った。そこには暦に書かれている用語の説明や由来が、事細かに載っていた。大安とか甲戌とか鬼とか、色々なことが暦には書かれているけれど、それらは一つ一つ、主に中国の思想が元になっているそうで、特に私は、陰陽五行説が面白かった。
陰陽五行説は十二支などでなじみがあった。でも、知らないことの方が多かった。年の60の名前を覚えた私は、歴史上の出来事が、何の干支の年に起こったか、片っ端から計算してみた。干支は長い間順番がくるっていないので、その時から今までの年数を出せば、すぐ、その年の干支がわかる。(「癸未年のミニ散策」をご参照ください)
歴史上の人物が生まれた年の干支も計算した。身近な人のものも全部出してみた。そうするうちに、私の頭の中で、おかしな関連性が生まれてきた。
徳川家康の生まれた1542年は壬寅(みずのえとら)年だ。私の祖父が生まれた1902年もそうだった。徳川家康と祖父が結びついてしまった。
アメリカ合衆国の独立宣言は1776年の丙申(ひのえさる)の年。遠く、ヨハネが黙示録を記した96年も同じ申の年。私の従兄弟にも、丙申年生まれがいる。ヨハネ黙示録と、アメリカの独立宣言と、従兄弟・・。結びつきようがないものが、また、結びついた。
こうなると、様々なものがどんどん結びついて、現代と過去に、時間の狭間がなくなる。「お、これが、4次元感覚というものかもしれないぞ・・」なんて悦に入っていた。
自分の生まれた癸巳(みずのとみ)年に起こったことがわかった時、少ししんみりした。1533年、インカ帝国滅亡。1893年、ハワイで、王朝の終焉を予告する米国によるクーデター勃発。
ユーミンの歌に、「時はかげろう」というのがある。あまりメジャーな歌ではないが、カラオケにも入っているので、レパートリーのひとつ。その中の、
「滅び行く種族の歌を、おぼろげに口ずさむ・・♪」というフレーズが、なんとなく心に響いていた。
また、ハワイ王朝の悲劇には、前から興味があった。カイウラニという、もしクーデターが起こらずハワイ王朝が続いていたら、9代目の国王になるはずだったお姫様がいる。初めて彼女の肖像画の前に立ったとき、涙があふれて仕方がなかった。

プリンセス・カイウラニの本。23歳という若さでなくなった。
このHPでの「カイ」という呼び名は、Yahoo!掲示板で使っているHN、
「kusabananokai」を略しただけ、という安易なものだが、
後から、カイウラニの「カイ」でもあるんだな・・と気づいた。
こんなきれいなお姫様と、自分をダブらせるようなずうずうしいことはしないけどね。(笑)
縁が深いのかな・・と思う。
ハワイ語では海をカイ(kai)というのだそうだ。
単なる年の名前・・でも、何かのエネルーギーが働いていそう・・。
陰陽五行説は、迷信やこじつけのように思われるところもあるけれど、昔の人の自然観がわかってとても面白い面もある。そのうち私はこのHPに、陰陽五行説コーナーを設けるかもしれない。(テーマずれかな?)
2003/12/14
私は整理整頓が下手で、いつも何か探し物をしている。整理の基準が、「よく使うものは近くに置く」なので、ほとんど分類されていない。たまに、これは大切なものだから・・としまいこむと、その場所を忘れて大探しする。
そんな私が、自分でも感心するほど、きちんとしまってあり、取り出すと即使え、足りないものがないセットがある。編み物の道具だ。編み物は結婚したばかりの頃本格的に覚え、十数年間は、編み棒にいつでも何かしら編みかけのものが掛かっていた。多い時は、年に20着以上のニットを編んでいた。
主人は今でも時々、その頃編んだセーターやベストを箪笥から出して着ている。朝、袖を通しているのを見ると、私は必ずこう言う。
「えーっ!これが手編み!すごいね〜。誰が編んだんだろうね〜」
男物の手編みは、一見手編みと分からなく、着るとそこはかとなくそれと分かって暖かい・・をモットーにしていたので、主人のものは、細めの毛糸で丹念に編んでいた。今はとてもできないな・・と思うような根気のいる仕事だった。
「これを編んだ人は、どこへ行ってしまったんだろうね」と主人は決まって答える。
本当にどこへ行ってしまったんだろう・・。

久しぶりで、また編み物をしている。
これは帽子にもなる巾着袋。
エスニック調を目指したが・・色あわせがうまくいかなかったかな・・。
いつもはアースカラーやモノトーンが多い。
編目が以前より雑だな・・。(ブツブツ・・)
このごろもうひとつ、私にしては珍しく、きちんと整理されているものができた。植物の図鑑と自然に関する資料だ。いつも眺めるものと、今、特によく読んでいるものが、大きな籠に入って、所定の場所に置かれている。本が籠に並ぶ順番も決まっていて、それがくずれると気分が悪い。一冊でも籠の外に置きっぱなしになると、やはり気分が悪い。
整理整頓できるものは、長く続けることができるのかもしれない。
私たちの健康のために、台所の整理もしようかな・・。
2003/12/13
高校一年生のとき、全校登山で白馬三山に登った。その後しばらくの間、山のことばかり考えていた私は、父の本棚から何冊かの山岳写真集を引っ張り出し、暇さえあれば眺めていた。その中に、田淵行男さんの作品集があった。
今日、市内のS書店で、田淵さんの文庫本を見つけた。「山の季節」(小学館文庫)と言うもので、以前に出版した同名の本の抜粋だそうだ。写真とエッセイと、詩が載っている。この人については、安曇野に住んでいた山岳写真家で蝶の研究者、ということしか知らなかったが、こんな文章や詩も書いていたんだ・・。

「838円+税」です
田淵さんは高山だけでなく、里の低い山へも何度も通っていたと言う。その中に大町市の権現山があった。このように書いている。
そこは私が地図の上でここぞと見当をつけて捜しあてた鹿島槍を眺める絶好の展望台である。大糸線簗場駅の背後につらなる1000メートルほどの低い雑木林にすぎないが、展望の方は文句なく第一級といえる。
ページをめくると、鹿島槍の写真が見開きで載っていた。画面いっぱいの鹿島槍には中腹に雲がかかっている。その下に鹿島国際スキー場(現在のサンアルピナ鹿島槍スキー場)のゲレンデが写っていて、点々と見えるのはスキーヤーだ。文庫本の小さなページなのに、この鹿島槍は大きい。こんなに大きく見える鹿島槍の写真は初めて見た。
田淵さんは、「どういうものか私は五竜と鹿島槍に惹かれる」と言って、あらゆる角度からこのふたつを撮っている。私も大町から見える山の中で、このふたつがとても好きだ。たおやかな爺も、街の象徴のような蓮華も好きだけれど、やっぱり鹿島槍がいい。その隣の五竜もいい。ふたつが並ぶと相乗効果で、険しさが増して見える。
真冬の権現山へ行って、田淵さんの写真と同じ鹿島槍が見たくなった。でも、雪の多い時は、アルプスに何百回と登った田淵さんでさえ難渋したと言っている。私は、雪の少ない時も難渋しそうだ・・。
2003/12/08
とうとう今年最後の月、師走に入った。散策のページがなかなか更新できない。やはり、花に誘われて歩いているんだ・・と実感。ぽつぽつ写真は撮っている・・が、やはり花が撮りたい!(先月あんなことを書いたけれど、花は面白いのです)
今年は返り咲きというか、早咲きというか・・季節外れの花のお便りをたくさんいただいた。大町でも、今日、ヒメジョオンのつぼみと、アカツメクサの花を見つけた。

昨年の11月は12月のようで、今年の11月は10月のようだったな・・と思う。平均すると、ちょうどいいんですね・・。なんだか取り留めのない12月の始まりで・・ごめんなさい。m(__)m
2003/12/05
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