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雑 記 帖〜2004年1月
今日のデジカメ・メモははじめて撮ったモルゲンロート。撮った写真を、こんなに赤かったかな・・と思いつつ編集した。私のカメラはオートでは少し色が濃く撮れる。編集しながら、実際の色合いを思い浮かべた。これだ、と思うところに調整したけれど、どうだろう・・・。
撮影場所のいつもの田んぼ道へ行く途中で、山は赤くなってしまった。透明度の高い赤だ。稜線にそって白銀の光の帯が見えた。このままを撮りたい!でも撮れないことが分かった。
まだ太陽が出ていないから、光量不足なのだ。感度を良くしなくてはいけないんだ。きっとそうだ。よくわからないけど・・。(そうかな?beechさん、デキシーさん、まる健さん)けれども、そんな余裕はなかった。山の色は刻々と変わっていく。そして、零下14度の寒さに、指先はジンジン痛み、そのうちに動かなくなる。ゆっくり撮っている暇などない。こういう写真は、しっかり準備を整えて、待ち構えて撮らなくてはいけないんだよね。

今日は山が赤くなる前に、少しの間、空が白く曇ったようになった。
なんだ・・今日は曇りになるのか、と思っていたら、
少しだけ赤みを帯びていた山が、突然赤く輝きだし、空が真っ青に変わっていった。
信濃毎日新聞社の「北アルプス・下」に、大町公園から撮った北アルプスの朝焼けが載っている。大きな爺・鹿島が淡いオレンジに染まっていて、光の帯びもはっきり写っている。山の下には雪を屋根に積もらせた大町の家々。王子神社の黒い森。岳の街の一日が始まるのだ。ピンとした凍みた朝の空気が伝わってくる。
これは、市内で写真店を経営している山本携挙さんの作品。山本さんは東山からの北アルプスを長い間撮り続けている。
「黒い空が、峰々に日が差す寸前、薄紫色に変わる。次の瞬間、鹿島槍ヶ岳の双耳峰と爺ヶ岳の三つの頂き、それに蓮華岳の頂上に朝日がピーッと当たる。ドラマが始まる緊張感が、たまらないんです」(「北アルプス・下」より)
冬至の頃が一番美しいのだそうだ。今年は行ってみよう。どうぞ、その頃の休みの日、素晴らしいお天気に恵まれますように。先の話だけれど、今年のことなので、鬼は笑わないな・・。
信濃毎日新聞社の「北アルプス・下」についてはこちらをご覧ください。
2004/01/26
テレビで、雛人形のCMが流れる時期になった。「顔がいのち」というキャッチコピーは、もう何十年も聞いている様な気がする。これを聞くと思い出すフレーズがある。
「人形は顔が猪木・・・」
同じく何十年も前のビックリハウスのご教訓カレンダーに出ていた。あ、そんなのもあったね・・と懐かしい方もいらっしゃるかもしれない。我家ではその頃小学生だった弟が大好きだった。
今でも、「この印籠が目に入ったら痛いじゃないか」なんてのを覚えている。今はパルコ出版から出ていて、なぜか今年、職場にはこのカレンダーがかかっている。
久しぶりで里帰りした従姉妹が、このカレンダーをめくりながら少し苦しそうな顔をした。どうしたのかと思ったら、
「こんなこと笑ったらいけない、と思って読むと、余計におかしい」と言うのだ。そうか、苦しそうなのは笑いをこらえていたのね。そう・・これを読むとき働く心理はこれかも。だからみんな、「ガハハ」と笑うのではなく、「ぷっ」と吹き出している。

従姉妹が何年か前のものをひとつ思い出した。
「あ、けまでだしておめでとう」・・・結構下ねたもあるんですよね。
「母さんが夜なべをしててびろくやってくれた」
これが下ねたかそうでないか、今、職場で話題になっている。冬は暇なんです・・。^^;
2004/01/15
1日、2日と、仕事帰りに寄り道をして、西の空を撮りに行った。目的の写真は・・さておいて、(^_^; ふと東の空を見るとお月様がいる。満月に向かう冬のお月様は、まだ明るい空の中でも、静かな光を放って、美しかった。
私が暦に興味を持ったきっかけは、旧暦だった。普通使っている太陽暦は太陽の運行の表れ。今はあまり使われなくなった太陰暦は月の運行の表れだ。
太陰暦・太陽暦変換はこちら
皆さんのお誕生日の旧暦、ご存知ですか?
私には尊敬する叔母がいる。叔母は何かにつけて、新旧両方の日付をチェックしていた。その影響を受けて、私も、両方を必ず念頭においていた。ちょっとしたメモでも、両方の日付を書いていた。
物事には必ず裏と表がある。片方だけでは本当の意味は分からない。叔母はいつもそう言っていた。目の前の現象は氷山の一角に過ぎない。見えないところに隠れているものを感じ取らないと、大きな間違いを犯してしまうよ。そう教えてもらった。
叔母と一緒にいると、気持ちが大きくなった。日常生活の雑事も、苦しいことや悲しいことも、その裏側は広大な世界とつながっていて、無意味なことなどひとつもない。大きな宇宙のドラマに、私たちは役者として参加している。そんなことが実感できた。
お月様は、そういう叔母との日々を思い出させる。叔母は昨年の7月に旅立った。年末に、なんとなく叔母の撮ったお月様を掲示板にアップした。そして、新年早々、すがすがしい夕べの月に会った。暫く忘れていた、裏と表を感じる気持ちが、また私に湧いて来た。
「Mちゃ、何をしているの。ボケボケしていたらだめだよ」
お月様の中から叔母の声が聞こえる。体はこの世から消えても、いつでも叔母は一緒にいてくれるんだと思う。まだまだ私は叔母の残してくれたものを直視することはできないけれど、お月様の画像なら、取り出して見られるようになった。
デジカメ・メモの日付に旧暦を加えることにした。叔母と毎日話していた頃の感覚を取り戻そう。広大な気持ちを取り戻そう。
新しい年、素晴らしい一年でありますように。この、小さな銀河の片隅の、小さな小さな太陽系。もっと小さな地球という星の、大きな大きな平安を心から祈りたい。
月日星の光に守られ、私たちは生きている。お月様のメッセージに、心が清まるような思いだった。天と大地をしっかり見つめながら、今年は頑張ろう!

2004/01/04
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