つららぎこゆきの演劇哲学


 最初に私が観た舞台は、劇団四季の『ジーザスクライストスーパースター(ジャパネスクバージョン)』。
 その前から私の役者願望はありましたが、小学校2年生の時に初めて生の舞台を観て、すごく感動した記憶があり、すごく印象に残っています。

 幼い頃の演劇観や役者願望は、豪華な舞台装置や衣装に憧れた、いわゆる視覚的な変身願望の延長が根底にありました。
 しかし、中学・高校とも演劇部ではありませんでした。
 というのも、演劇部に入ったからといって必ずしも演じたい役が自分に回ってくるとは限らないし、おまけに豪華な衣装も着られるとは限らないし…。
 というわけで、中学・高校とも他の部活動に入っていました。
 高校時代は、それ以前に入学した途端、演劇部が人数不足による活動停止になってしまいました。

 大学に入ってから、ようやく児童劇からスタートしました(実は私、教育学専攻なのだ!)。
 が、最近までタダで観てもらう演劇しかしていませんでした。
 視覚的な変身願望に起因する演劇観がなくなったわけではありませんでしたが、それよりも、教育番組系の“歌のおねえさん”気分で子どもたちに夢のあるものを観てほしかっただけのことでした。が、最近までタダで観てもらう芝居しかしていませんでした。芝居というより「出し物」に近かったかも。

 自分で自由に使えるお金を稼げるようになってからは、幼い頃に母におねだりして観させてもらった高額の劇を観に行く機会は減ってしまったものの、比較的安価で観られる小劇場演劇系を観るようになり、私の中で新たな演劇観が生まれました。

 いまだに華麗な舞台装置や衣装は大好きだけど、様々な役柄を演じることから何を学ぶかということや文学性、題材、表現方法に対するこだわりが生じてきました。大人になったなぁ、私…。そこからが私の演劇哲学の言わんとするところです。


 ―「演劇とは、人生の疑似体験であり、人生の実験である。
          また、もう一人の自分との対話である。」―

 私は演劇をそのように説きます。

 人生は現在の一瞬先には何通りにも未来を拓くことができます。
 しかし、一人一回限りの人生だから、生きてきた過去は一通りしかありません。
演劇活動は、自分一人の限りある人生で、演技を通してより多くの人生経験をしたり、他人の立場や思いを知るために役立ちます。

 しかし、「この世は舞台、人はすべて演技者」というシェークスピアの名言にも当てはまる、自分の本当の人生物語は、主役の自分もその結末を知らない…神のみぞ知る。決して悲劇では終わらせたくないものです。

 演劇哲学とは少し離れますが、演劇活動のメリットをもう一点。
 それは、劇団に入ると、演技するだけではなく、自分たちで裏方も手がけることができます。
 そして、団員が一つになって、一つの舞台を成功させる事を目標に爆走するのです。
その逆も成り立ちます。その共同作業を通して人間性を磨きたいと私は思います。

 さらに話は変わり、観客がチケット買って観に来てくれるって、すごく気合が入るし、励みになります!だから、稽古中や舞台の上の私はまるで別人。
わざわざチケット買って観に来てくれて、そのお金で私たちが演劇できるのですから、観に来て下さる方に感謝モノです。

だから、その時ばかりは私も、演劇でまるまる生計を立てている女優と同じ意識でありたいです。
一度間違えた所や指導された箇所は次からは絶対に失敗するまい!!と意識しながら稽古に臨んでいます。
周りに迷惑をかけたくないし、自分も何度も同じ失敗を繰り返して、バカだと思われるのも気持ち良くないし。
何よりも、お金かけて観に来てくれる人たちに良いものを観てほしいし。
観客・団員・自分の為に真剣になってしまいます。
そんな気持ちで稽古・本番に臨んでいます。

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