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藤原弘和
藤原弘和 (ふじわらひろかず) は、KMAの選手,審判員,元選手会長。 キャッチコピーは染め手の達人。
東海軍団総帥。 KMA5人衆,KMA少年隊の一員でもある。
| 006 藤原弘和 |
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| 染め手の達人 |
出身地 : 三重県津市
登録年 : 1997年
初出場 : 第1回雀王位 - 2着
初勝利 : 第4回名人戦(G2)
得意戦法 : 逃げ
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人物
KMAでも、ひときわ異彩を放つ染め手の名手。コピーの「染め手の達人」(略して「染め達」)はあまりにも有名で、初めて対局した者から「これが噂の…」と感嘆される。
頼れる兄貴肌と,その稀有なキャラクターで、2008年から2012年まで選手会長も務めた。 通称・組長(後述)。
来歴
「タイトル戦」以前
小学校に入る前から、当時 下に住んでた若夫婦の家に上がりこみ、
延々と麻雀ゲームに興じ、その若夫婦から怪訝な顔をされていたというほどのベテランで、高校時代に同級生である池上稔らに麻雀を教えた。
「タイトル戦」が行われる以前には、幾度か自宅を会場として提供していた。
デビュー
「タイトル戦」開始時は、岐阜に住んで大学生活を送っていたため、主に帰郷時に出場していた。
デビュー戦である第1回の雀王位は2着であったが、各三冠戦2着者のうち得点上位であったためワイルドカードとして、第1回の三冠統一王座決定戦に進出し、3着と健闘した。
初勝利は第4回名人戦であったが、その後三冠戦が消化されずに、2度目のG1出場は幻になった(ちなみに、2003年の第8回名人戦も優勝したが、奇しくもこのときもシリーズ途中中断の憂き目に遭っている)。
晴れて2度目のG1出場となったのは、2000年に行われた第6回名人戦を制して臨んだ、第4回のグランドチャンプであった。
オールスター優勝
2002年に行われた初めてのオールスタートーナメントでは、トライアルのスプリント2着で決勝進出。そして行われた第1回オールスターフラッグで優勝。オリジナルメンバー以外で初めてとなるG1ウィナーの仲間入りを果たした。
その後のノンタイトル時代は、調整役を担ったこともあった。
この頃、大学の仲間である辻,セーイチを率い、『東海軍団』を結成した。
夏男
改革元年となった2005年は、渋谷優司,佐竹敏光,牧淳一らと『KMA5人衆』として運営に尽力。中でも、カンチャン一発ツモなどに採用される祝儀を考案・採用した。
2006年には、第1回サマーグランプリを制して、サマーシリーズ・チャンピオンの座に輝き、優勝インタビューでは「もう徹マンは体力の限界!」のフレーズも飛び出した。
選手会長就任
2008年に発足した選手会では、執行部の推薦を受け、初代会長に就任した。
2月に開催された第1回KMA合宿にも出場。『KMA少年隊』のセンターポジションを獲得する。
一方で、自身の「麻雀熱」は徐々に低下し、現在は専ら選手たちの頼れる兄貴分としての活動に、比重が置かれている。
「組長」
以前は「藤原」,「藤原くん」(アキオに至っては “カジワラくん”)と呼ばれていた(同じ大学出身者の辻らも「藤原」と呼んでいた)が、大学時代の友人・市川克巳がKMAに登場すると、市川は「組長」と呼んだ。
当初、他の仲間は「ベタだなぁ」などと一笑に付していたが、次第に「組長」が定着した。
それから派生する形で、「組長発言」(独特の観点から発せられる言葉),「組長発言・断!」(前記の断定形。元々は「赤福騒動に断」から来ている),「組長TIME」(15分ほどの遅刻。ただし、現在はほとんど遅刻しない),「クミった」(比喩的表現。原型は「アキった」)など、あらゆる言葉が生まれている(詳細は「用語」参照)。
データ
年度別成績(2005年〜)
| 年度 | 出場 試合 | 成 績 (1,2,3,4着以下) | 総得点 |
| 2005 | 30 | 8,9,4,9 | +140 |
| 2006 | 26 | 7,6,5,8 | − 80 |
| 2007 | 16 | 2,3,4,7 | −254 |
| 2008 | 10 | 2,2,2,4 | −280 |
| 2009 | 7 | 0,3,1,3 | −175 |
| 2010 | 3 | 2,0,0,1 | +121 |
| 2011 | 2 | 2,0,0,0 | +111 |
| 2012 | 0 | 0,0,0,0 | ― |
| 2013 | 1 | 0,0,1,0 | − 21 |
| 2014 | 0 | 0,0,0,0 | ― |
| 2015 | 1 | 0,0,1,0 | − 9 |
特別戦勝利(1997年〜)
獲得タイトル(2005年〜)
- シリーズ・チャンピオン(2006サマーシリーズ)
- 最高勝率(2010)
- 最優秀連対率(2010)
エピソード
- 完全な攻撃型だが、守勢に回る前に攻勢に転ずる、言わば「攻撃は最大の防御」を地で行く、魅力ある麻雀を展開する。
- 幼少の頃から家族で麻雀を嗜み、代名詞である染め手は「母譲り」(本人・談)である。
- 染め手の他に、鳴きも得意で、タイミング・さらし方ともに抜群のセンスを誇る。
- 一方で、門前で和了るときはタンピン三色など複合役が多く、いずれにしても打点の高さが特徴である。
- 役満は、2006年に大三元,5巡目で和了った四暗刻、2007年に四倍満達成、など。
- 配牌時、あまり理牌をしない個性派であるため、池上稔からは「(後ろで見ても)組長のは分かりづらい」と声が上がっている。
- 対局中は、ユニークな言動で他者を和ませる。特に左右に振る指差しや,鳴いて牌をさらす際の “はらい” が面白い。酔った横尾誠二とは『燃えよドラゴンズ』を合唱した。
- 若き日に行われた試合で、突如 猛烈な睡魔に襲われ、ツモ番の度に池上稔から「藤原……藤原!」と何べんも起こされながら打つも、朦朧とする意識の中、なんとリーチをかけてツモ和了ったことがある(「…ツモだ」には 一同爆笑)。
- 2006年のオータムチャレンジでは、寝坊により1時間半ほど到着が遅れたが、たまたま観戦に来ていた渋谷優司が他家の了承を得て序盤の代走を務めた。
- 2−5−8索のオープンリーチを掛けた際、誤って5索を切ってしまったことがある。(その瞬間フリテン状態となるため)他家から次々とアタリ牌を捨てられるも、ラス8索をツモり事無きを得るといった離れ業をやってのけた。
- 麻雀を嗜む理由として「みんなと逢えるから」と言うことを一番に挙げている。
- KMAスポーツでは『南砂魂』というコラムを執筆。2009年の第2回KMA大賞典で予想を的中させ、賞品(身体を洗う手袋のような物)が佐竹敏光から贈られた。
- 趣味は旅行。段取りはピカイチ。好物はちらし寿司,焼き鳥,ホルモン,ウーロンハイ(最近は緑茶ハイ)等。テレビ・ラジオ(主に文化放送)にも造詣が深い。
リンク
関連項目
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