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渋谷健司

渋谷健司 (しぶやけんじ) は、KMA選手審判員キャッチコピー卓上の百貨店
オリジナルメンバーの一人。 三元牌トリオ元祖2強鶴工軍団KMA5人衆の一員でもある。


004  渋谷健司
渋谷健司
卓上の百貨店
出身地 : 神奈川県川崎市
登録年 : 1997年
初出場 : 第1回名人戦 - 2着
初勝利 : 第1回スプリントマッチ(G3)
得意戦法 : 自在


目 次
1 人物
2 来歴
3 類い稀なる精神力
4 データ
5 エピソード
6 リンク
7 関連項目


 
人物
1981年生まれ。 通称・健司,健ちゃん,渋健,シブ。
ニックネームは「ミスターGC」,「タイトルハンター」,「KMA最強雀士」など。
兄・渋谷優司とは、「KMAの若貴」,「ビワハヤヒデとナリタブライアン」などと称される(いずれも、弟のほうがタイトルを数多く獲得している共通点がある)。
KMA最古参選手の一人であり、弱冠15歳でデビュー。
最初のビッグタイトルである第1回の三冠統一王座決定戦を制す。その後も、史上初めてのグランドスラム達成など、数々のG1を優勝した。
2011年から2012年にかけては、KMA新記録となる6連勝を達成。
近年は出場試合数が減少しているが、コンスタントに重賞も制覇。勝つときは僅差での勝利が多いながらも競り負けることは少なく、非常に勝負強い。また、負け自体も少なく、特に2007年からの5シーズンは、出場30試合のうち4着以下がわずか3回と、驚異的な成績を残している。

 
来歴
デビュー
トロフィー(現・グランドチャンプ優勝トロフィー)の作成費用捻出メンバー(オリジナルメンバー)の一人。
1997年、渋谷健中ファイトネームで、第1回名人戦にてデビュー。続く第1回スプリントマッチで初勝利を挙げると、最初のG1大会となった第1回三冠統一王座決定戦佐竹敏光以下を降して優勝。このとき、わずか16歳での戴冠であった。
デビューからしばらくは、佐竹敏光,小松雅人とともに『三元牌トリオ』と うたわれていた。
翌1998年は、連覇となったスプリントマッチと,続く雀王位を連勝。前回の三冠王座と合わせて優先出場権を3つも獲得してしまう事態になり、このシーズンに『三冠トライアル』が急遽 創設される一因となるほど強さを見せた。しかし、連覇を狙った第2回三冠統一王座決定戦は佐竹敏光のリベンジにあって3着。なんと連対を外したのはこの試合が初めて、という安定ぶりを誇っていた。

鶴工軍団旗揚げ
続く1999年は、三冠戦を勝ち抜けず、統一戦出場へ黄信号が灯ったが、前回に続く出場権重複のため、再度開催された第2回の三冠トライアルを制して、決勝進出すると、第3回の三冠統一王座決定戦を見事に優勝。逆に佐竹にリベンジを果たすとともに、G1・2勝目を飾った。
この三冠王座を最後に小松雅人がトリオを脱退。これまで覇を競った佐竹敏光と『2強』を形成する。
また、2000年代前半には、津留慎輔大川侑也を率いて、『鶴工軍団』を旗揚げした。

「タイトルハンター」への道
2005年の改革元年には、渋谷優司,藤原弘和,佐竹敏光らとともに「KMA5人衆」として、ルール整備や,再度のオールスター戦開催など、数々の提言で、KMA運営に尽力。
そして、3年半ぶりのG1開催となった、第2回のオールスターフラッグでは最終回に渋谷優司を逆転して優勝を飾った。
秋にはチャレンジ特別,名人戦を連勝し、グランドチャンプの優先出場権を獲得。しかし、GC開催の直前、両足骨折・全治3ヶ月の大怪我で、入院するというアクシデントが起こった(入院中はシリーズは延期となった)。完治していない状況にも関わらず、ギリギリの年末、第6回グランドチャンプに強行出場。ライバル・佐竹敏光と、最終回オーラスまで決着の分からない死闘を演じ、見事に復帰戦で優勝を勝ち取った。このGC優勝で、史上初の年間G1グランドスラムを達成。記念すべき最初のMVP受賞者に輝いた。
翌2006年でも、第7回グランドチャンプを優勝。GC史上初めての連覇を達成した。しかし、この年は総得点がマイナス(現在まで このシーズンが唯一である)となり、MVP受賞を逸した。
2007年〜2008年シーズンは、池上稔の猛威を止めることはできず、それまで唯一続いていたGC出場も ついに8大会連続でストップした。
しかし その2008年の年末、新設されたグランプリ・第1回のKMA大賞典で優勝。 ここまで2年にわたってG1・4連覇を飾っていた “池上政権” にピリオド打つとともに、自身6度目のG1タイトルを手中に収めた。

記録づくめの強さ
さらに2011年・2012年は、GC・GPをそれぞれ連覇(2012年は2度目のG1年間グランドスラム)。 特に、2012年末のKMA大賞典では Kスポ紙上で集めた圧倒的な支持(過去最高の単勝1.3倍)にキッチリと応え、KMA記録となる6連勝,G1・4連勝で 区切りのG1・10勝目を飾った。

 
類い稀なる精神力
前節で述べた通り、2007年からの3シーズンは出場試合数が減少し1ケタにとどまっている。しかし、年間獲得勝点ランキングは、出場試合数が少ないにも関わらず、3位→4位→4位とトップクラスを維持している。これは、重賞大会等において、無類の強さを発揮していることが、一因に挙げられる。
一般戦においては、集中力を欠くことがしばしば見受けられるが、重賞(特にG1)においては、ものすごい集中力と,研ぎ澄まされた勝負勘で、強さを見せ付ける。
特筆すべき勝利は、2006年に行われた第7回グランドチャンプでの、史上に残る大逆転劇が挙げられる。
この試合は、最終回を迎える前の4回戦終了時点において、先頭・渋谷優司とは100ポイント差の3番手という絶望的な位置であったが、最後まで試合を諦めず、類い稀なる精神力を発揮して、最終回だけで この100ポイントの差を逆転して、優勝を飾ったのであった。


 
データ
年度別成績(2005年〜)
年度出場
試合
成 績
(1,2,3,4着以下)
総得点
2005175,7,3,2+328
2006123,2,2,5−120
2007 83,2,2,1+132
2008 72,1,3,1+187
2009 72,2,3,0+176
2010 10,0,1,0+ 19
2011 53,0,1,1+272
2012 33,0,0,0+291
2013 31,0,0,2−  7
2014 00,0,0,0――
2015 41,1,1,1+  8


特別戦勝利(1997年〜)

獲得タイトル(2005年〜)
  • 最優秀選手賞(2005・2011・2012)
  • 獲得勝点第1位(2011・2012)
  • 最高勝率(2011・2012)
  • 最優秀連対率(2005・2012)
  • 最多重特勝利数(2005)
  • シリーズ・チャンピオン(2005GCシリーズ・2006GCシリーズ・2011GCシリーズ・2012GCシリーズ)

記録(2005年〜)
 
エピソード
  • 勝負勘が鋭く、攻守に素晴らしい読みを発揮する。
    特に “一点読み” が見事で、対戦者からは しばしば驚かれる。
  • 得意戦法の分類では、KMA選手唯一の「自在型」とされている。
    これは 逃げあるいは差しといった展開に左右されない強みから、自在と称されて いる所以である。
    その強さは、どんな局面になっても、勝負に対する「ブレ」が生じないスタイル であること,また 感性と閃きによって一打一打を決していることなどが挙げられ る。
    さらには、勝利の大半が僅差であることが、「無類の勝負強さ」を証明している (この点においては池上稔も同様である)。また 敗戦を喫した試合においても、 どこかで必ず “見せ場” を作るため、彼が出場した試合は必然的に好勝負が生 まれるなど、非常に「華のあるプレーヤー」と言える。
  • 以上のことから、KMA最強雀士の呼び声も高く、各選手の論評は、池上稔「健ちゃんには恐さがある」,佐竹敏光「対戦してて一番脅威」,渋谷優司「最も魅力のある麻雀」,市川克巳「攻めているのに全く振らない」,Mr.MASK「メリハリが利いている」,マスクド大三元「強いし、健ちゃんは鋭利なナイフ。話しててインテリジェンスを感じる」等、いずれも高評価を下している。特に、佐竹は「麻雀を語る!」の中で、その強さについて細かく解説している。
  • 「卓上の百貨店」のキャッチコピーは、当初は単に手役の多さを表現していたが、現在は戦略の豊かさをイメージされており、得意役は一盃口である。
  • 役満は、1997年に国士無双、2005年に牧淳一から,2006年に池上稔から それぞれ大三元、2007年に字一色など。
  • 「ミスターGC」と呼ばれるだけあって、グランドチャンプは現在 最多勝である。
    また、GCには並々ならぬ思い入れがあり、その思いは インタビューなどの発言からも見て取れる。
  • 試合中は「感性によるひらめき」(本人・談)を重視するが、普段はHPのコンテンツでは「データベース」を好んで閲覧したり、Kスポにおいては成績欄を注視するなど、“データ党” としての側面もあり、日頃から他者の研究に余念がない。
  • シーサン一歩手前だよ〜」でおなじみの通り、突如 配牌が崩れるケースがある。
  • 2005年の入院中には『「がんばれ!渋谷健司」特別』が開催された(勝者・牧淳一)。
  • 特技は料理,絵,書道。好きな飲み物はKIRINメッツ。
 
リンク

 
関連項目

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