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佐竹敏光
佐竹敏光 (さたけとしみつ) は、KMAの選手,審判員,元執行部行政局長,麻雀評論家。
キャッチコピーは純白プロテクター。
オリジナルメンバーの一人。 三元牌トリオ,元祖2強,KMA5人衆,KMA少年隊の一員でもある。
| 002 佐竹敏光 |
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| 純白プロテクター |
出身地 : 神奈川県川崎市
登録年 : 1997年
初出場 : 第1回名人戦 - 1着
初勝利 : 第1回名人戦(G2)
得意戦法 : 差し
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人物
1978年生まれ。 通称・さっちん,サティー,「平成の天草四郎」(後述)。
ニックネームは「名人戦男」,「古豪」,「白面」,「無機質」,「胃カタル」など。渋谷優司から麻雀を教わる。
三冠戦の内容など、「タイトル戦」の計画を渋谷優司とともに練り、KMA創設に尽力を果たす。2010年まで執行部行政局長を務めた。
初期の実力者であったが、長い雌伏の時を経て、現在も一線級で活躍するプレーヤーでもある。
来歴
デビュー
三冠戦 個々の内容などを計画。トロフィー(現・グランドチャンプ優勝トロフィー)の作成費用捻出メンバー(オリジナルメンバー)の一人である。
1997年、佐竹敏白のファイトネームで、第1回名人戦にてデビュー。KMAの記念すべき最初の勝者である。これ以降も3連覇し、名人戦においては無類の強さを発揮して「名人戦男」の異名を取る。
自身と、小松雅人,渋谷健司を加えた『三元牌トリオ』は、後発するユニットの鏑矢となった。
第1回の三冠統一王座決定戦で準優勝し、第2回の同大会で優勝。創成期は渋谷健司と しのぎを削り、「2強」を形成する。堅い守備は当時からの持ち味であり、その後もコンスタントに勝星を重ねた。
長い雌伏
2002年の第5回グランドチャンプでG1・2勝目を飾るなどするも、以降は散発的な活躍にとどまり、精彩を欠くようになる(ただし、2005年の第1回ハローブリッジ賞では、当時のレコードで優勝)。
2007年は総得点でマイナス収支に転落、翌2008年は総得点マイナス1050と、大不振に陥った。
また、8人が集った第1回オールスターフラッグは感冒による欠場,2006年の第7回グランドチャンプは優先出場権を獲得しての回避など、自らタイトルを手放していくことも多かった。
一方、2005年の改革元年には、渋谷優司,藤原弘和らとともに「KMA5人衆」としてKMAを盛り立て、2007年には渋優,池上稔と執行部を立ち上げ、団体運営に腐心。行政局長として、KMA基金の提唱・設立や、『第1回KMA合宿』を企画・成功させた。このときに結成された「KMA少年隊」の一員になる。
また、2007年夏には、渋谷優司との対談『麻雀を語る!』にて、各選手の評論などを行なった。
古豪復活
「古豪復活」が望まれる中、2009年、転機が訪れる。過去2シーズン好調であった池上稔と入れ替わるように立場が逆転。第10回のウィンタースプリントで1年ぶりの重賞制覇を飾ると、続くハローブリッジ賞も優勝。
そして、久しぶりにトーナメントで行われた第6回オールスターカップでは、予選を勝ち抜いて進出した決勝戦において、四暗刻をツモって優勝。重賞3連勝で、実に7年ぶりの優勝を飾った。
さらに年末には、北空知新聞杯に続いて、第2回のKMA大賞典も優勝。このグランプリ制覇で、年間重賞5勝・MVP受賞と、ここに完全復活を遂げた。
「平成の天草四郎」
高校入学当初は、大量のジェルで 頭髪をペッタンコに固めるなど “コワモテ” を演出していたが、次第に面倒臭くなったのか、前髪のみにジェルを使用。独特な分け方であり、同級生であった渋谷優司が「天草四郎みたいだぞ」と指摘。その髪型は、歴史教科書に出てくる天草四郎のそれと酷似していたのであった。(その後ほどなく、ジェル自体の使用をやめた)
この一件を思い出した渋優が、いつしか佐竹を「平成の天草四郎」と呼び、ここから派生する形で「平成の三沢光晴」や「平成の吉永小百合」が登場した。
また、池上稔はこれらを縮めて「平成天草」や「平成三沢」などと呼ばわった。
データ
年度別成績(2005年〜)
| 年度 | 出場 試合 | 成 績 (1,2,3,4着以下) | 総得点 |
| 2005 | 29 | 9,6,5,9 | + 199 |
| 2006 | 21 | 5,4,9,3 | + 103 |
| 2007 | 18 | 4,2,5,7 | − 134 |
| 2008 | 17 | 2,2,4,9 | −1050 |
| 2009 | 19 | 8,2,4,5 | + 230 |
| 2010 | 10 | 1,2,5,2 | − 118 |
| 2011 | 12 | 4,3,3,2 | + 329 |
| 2012 | 4 | 0,1,1,2 | − 183 |
| 2013 | 3 | 1,0,1,1 | − 21 |
| 2014 | 7 | 1,4,1,1 | + 110 |
| 2015 | 5 | 2,1,1,1 | + 100 |
特別戦勝利(1997年〜)
獲得タイトル(2005年〜)
- 最優秀選手賞(2009)
- 獲得勝点第1位(2009)
- 最多総得点(2011)
- 最高勝率(2009)
- 最優秀連対率(2014)
- シリーズ・チャンピオン(2009ACシリーズ)
エピソード
- キャッチコピーが示す通り、堅い守備を身上としている。
- 攻撃面では、ダマ・引っ掛け・字牌待ちなどを多用し、対戦者を疑心暗鬼にさせて、自らのペースに引き込む。
- 端牌の扱いも丁寧で、チャンタ系の役も得意としている。
- 親番で無類の強さを発揮し、ひとたび流れに乗ると、止めることは非常に困難である。その秘訣に本人は「親が回ってくる前から心構えをする」と発言している。
- これら一連の戦略を、市川克巳は「堅い守備からの切れ味鋭い攻撃は、中日ドラゴンズを髣髴とさせる」,「中日野球とダブって見えて、師と仰いでいた」と評している。
- 役満は、1997年の名人戦(KMA最初の試合)の1回戦で渋谷健司から大三元、2006年に藤原弘和から国士無双、2009年のオールスターカップ決勝で四暗刻、など。
- 以前は、個人的に戦績を記録するなどしていた。 自身は、勝利数などより総得点を重視する。
- 体内に気体が溜まりやすい体質で、長時間の試合になると、ゲップや屁を連発する。
- また、胸のあたりをさすっている姿がしばしば見られるため「慢性的な胃カタル」と他者から揶揄されている。
- 趣味はドライブ。好物は鳥の唐揚,ウィスキーの紅茶割り,ギネスビール。
リンク
関連項目
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