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執行部

執行部 (しっこうぶ) は、KMAにおいて、団体運営を円滑に行うための意思決定機関である。


目 次
1 概要
2 部員
3 活動
4 歴史
5 脚注
6 関連項目


 
概要
公式試合,行事その他について、団体運営を円滑に行うため、2007年秋に発足(正式設置は同年末,活動は翌年初)。現在は部内での発案,または選手会と協議し最終的な判断を裁定する意思決定機関である。
部内には 事務局と行政局が設置されている。

 
部員
2010年現在、以下の部員が所属している。  
活動
執行部の活動は、団体運営の計画及び実行や,団体に関する事務及び庶務を行う。
ただし、執行部長及び事務局,行政局の各活動は、以下の通り。

執行部長
団体及び執行部を統括し、団体運営を円滑に行うための業務を遂行する。

事務局
公式試合等を円滑に行うための業務を遂行する。

行政局
公式行事等を円滑に行うための業務を遂行する。

 
歴史
成り立ち
2007年秋に行われた、第8回グランドチャンプ(G1)後に開かれた祝勝会[1]での席上、渋谷優司[2]から、池上稔,佐竹敏光に、団体運営についての協力を要請。池上・佐竹はその場で快諾。池上はその翌開催から出場打診を行い、佐竹は記録等をまとめるファイル作成の提案など、早くも動き出した。

発足前夜
その後、打ち合わせが数度もたれた。この打ち合わせでは、運営方針,執行部の設置や部内人事,団体規定の策定,選手会の設置,基金の積み立て,イベントの提案,備品の準備 等々、現在のKMAの基礎とも言われる案が次々と出され、非常に有意義なものとなった。

執行部設置
こういった打ち合わせを経て、同年12月27日、正式に「執行部」立ち上げを発表[3]、各部員から声明が出された[4]

その後
2008年の年頭から、執行部は早くも活動。3人の意気込みにより、順調に滑り出したかのように見えた執行部であったが、暗雲が立ち込める。
同年中頃の渋谷優司の長期欠場,同年終盤の佐竹敏光のいわゆる “失踪” [5],翌2009年序盤の池上稔の調整係辞退 等々、諸問題が起こり、発足時に声高に叫んだ「トロイカ体制」が早くも瓦解した。
そして、同年6月21日に、KMA発足の地[6]でもある『ドトールコーヒー・川崎店』で行われた執行部定例会にて、執行部としての「脱力宣言」を行うことが決まり、佐竹敏光によって脱力宣言が発せられた[7][8]
しかし、執行部という枠組みは、これまで通り残すことも併せて確認された。

現在
定例会等においては、以前は 雑談の中から新たなものを産み出してきたが、現在は 一者の提案からコンセンサスを得るという方式に変化してきている。

 
脚注
  1. 2007 GCシリーズ News&Topics ! 参照。
  2. 最終回南4局まで大差をつけており、優勝は確実視されていたが、史上に残る池上稔による大逆転劇で、麻雀自体の引退をほのめかすほど意気消沈していた。
  3. 2008 KMA運営体制 参照。
  4. 執行部からのコメント 参照。
  5. 長期欠場や音信不通であったことから このように呼ばれ、このことは 第1回のKMA総会で発表された『2008 KMA ・ 10大ニュース』にノミネートされ、込山アキオのツルの一声により、1位にランクインした(第1回KMA総会 参照)。
  6. 渋谷優司が「タイトル戦」の構想を佐竹敏光に打ち明け、協議された場所。
  7. しかし 一番の要因は、選手・選手会による自力での参画を促進する観点から、発せられたものであった。
  8. 第11回KMA執行部定例会議事録 参照。
 
関連項目

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