紅く咲く白い薔薇

怨 嗟

作:ユキヲ さん

「いやぁ!来ないで!来ないでよぅ。私を自由にして!私にかまわないで!」
病室でみずはは半狂乱で騒ぎ立てた。事態の収拾に慌てふためく看護婦や医師の手を払い
除けるようにして、ベットの上で手当たり次第にモノを投げつける。投げつける先にみず
はの厳格な父とみずはと同じ制服姿の妹がいた。
「すいません。我々としてはご家族になら会っていただいても大丈夫と判断していたので
すが・・・・・・まさか、これほど混乱されるとは」
直々に出向いて2人を応対した病院長が額の汗を拭った。
「こういう状態ですから、やはりもう少し時間をおきましょう。我々もみずはさんがなぜ
こうも取り乱されているのか、事故の精神的な後遺症がどう影響を及ぼしているのか、も
うしばらくカウンセリングを継続したいと思います」
みずはの父は無言のままうなづいた。
「ねえ、先生。お姉様と2人でお話させてもらえますか?」
妹の言葉に院長はたじろいだ。
「話も何も・・・・・・・これでは手のつけようが。い、いや失礼。お話ができる状態じ
ゃありません。それにお姉さんはかなり事故のショックから混乱されております。次の機
会にした方が・・・・・・」
「お姉様もたくさん人がいるからきっと混乱されたのだわ。お父様と3人で会えてたらこ
んなにならなかったかもしれないのに・・・・・・・・・・」
「ですが・・・・・・我々にもみずはさんを1日でも早く回復して差し上げる使命があり
ますもので、ましてや今回は内なる心の部分を病んでおられると診ています。みずはさん
の反応や行動を是非とも観察しておきたいと思って・・・・・・・」
「お姉様は患者かもしれないけど、その前に1人の人間だし、家族なの!どうしてお医者
様ってそういう思いやりを持っていただけないのかしら!」
「・・・・・・・・・・わかりました。我々も配慮が足りなかったのかもしれません。み
ずはさんもご家族だけなら取り乱しはしなかったのかも・・・・・。ただ、ご病状によっ
てはご家族と認識しないで暴れられることもあろうかと思いますので最少限の看護婦を・・
・・・」
「大丈夫、みんなを下がらせてお姉様と2人きりにして」
「そ、そんな・・・無茶です」
「お願い」
妹の哀願とも言える表情に医師も断りきれず、危険を察知したらすぐに退室することを約
束させられて妹ひとりが部屋に残った。最上階の特別室は智徳院本家専用の病室になって
おり、ホテルのスィートルームにひけをとらない豪華なつくりだった。妹はベットの上で
震える小動物のような姉をみて悲しげに話しかけた。
「みずはお姉様、どうされてしまったの?あの気位の高い、闊達なお姉様が見る影もない」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
妹は部屋の端から恐るおそる歩を進める。
「元気になって、お姉様。そんな弱気なお姉様なんて見たくない・・・・・」
「・・・・・・来ないで。近づかないで!」
弱々しいみずはの言葉に妹は足を止めた、ベットまで2メートルほどまで近づいて。
「大丈夫、必ず良くなるわ。信じてお姉様、病気はきっと良くなる」
妹はふっと姉との出会いを思い出していた。

雪深い冬のとある地方都市、小さな病院の前にある喫茶店に2人の男が向かい合わせに
座っていた。一方の若い男は服装がだらしないほど着くずれて薄汚れ、髪はフケだらけで
無造作に立ちっぱなし、人目を気にすることなどないほど自分の外観に無関心であるかの
ようだった。流行とはかけ離れた黒ぶちのメガネに牛乳ビンの蓋のようなレンズが手入れ
もせず汗で汚れてフケまみれで填まっている。しわくちゃの黒いトレーナーの肩にも、ま
るで粉雪のようにフケが落ちている。

(こういう人間が『ヒキコモリ』や社会性のない人間になるんだな)
もう一方の席に座した男は自分の勝手な偏見を若者にあてはめた。男は濃紺のスーツを着
こなした礼儀正しげな紳士だった。ただ表情を窺い知れない黒いサングラスを掛けている
ことでいぶかしげに見えた。

「何度言われても、妹は絶対渡しませんよ」若者は言った。
「治療を受ければ直るかもしれないのに、兄であるあなたの考えは、妹さんの人生をこれ
からも暗いものにしている。可哀相だとは思わないんですか?」
スーツの男は丁寧な口調でありながら冷たく言い放つ。
「妹は・・・輝美は僕が治す!・・・治します」
「わからない人ですね、あなたも。そう言い続けて何年になりますか?妹さんももう高校
生になろうかというお歳だ。普通の女の子ならお化粧に興味を持ち、街でショッピングを
楽しみ、お友達と夜遅くなるのも忘れて遊びまわっている年頃なのに、この片田舎のちっ
ぽけな病院と古びた屋敷とのあいだを入退院を繰り返すことでしか過ごされていない・・
・そんな妹さんを不憫だと思われないんですか?」
若者はうな垂れて何も言えなくなってしまった。
「我々は無理な提案をあなたに提示している訳ではない。あなたがたを保護し、妹さんに
は十分な治療のできる病院に入ってもらい、いずれは人並みの学生生活をさせてあげたい
と願ってるのです」
「それもアイツの差し金だろう。あいつは母と僕たち兄妹を犬猫のように捨てたんだ」
「お母様は、ご主人様の庇護を受けられることを頑なに拒んでおられた。幼いあなた達兄
妹は知るよしもなかったでしょうが」
「僕も拒みます。あいつの世話になどなりません。妹もそうさせるつもりです」
「やれやれ・・・・言いたくはなかったのですが・・」
男はため息をついて言葉を続けた。
「高校中退のあなたがすんなり有名メーカーのゲームプログラム部門に就職できたこと。
地元での在宅勤務に月2回の本社勤務と、勤務態勢が他のスタッフより優遇されているこ
と。このちっぽけな病院でも入院費や治療費が多額にかかるのに、あなたの給料の支払可
能な金額であること、あなたがた成人もしていない兄妹が、あの古いお屋敷で公共機関や
施設に保護もされずに暮らしていられること・・・・なにか都合が良すぎると思いゃしま
せんか?いや、むしろ何の疑問も抱かれなかったのですか、今のいままで・・・・・・そ
うだとしたらあなたはよっぽど−」

ガタっと大きな音が店内に響いていた。立ち上がりざま、若者の椅子が後ろへと勢いよく
倒れたのだ。店は2人のほかに客はいず、ただ沈黙が流れていた。若者の顔が紅く染まり
体が小刻みに震えている。男は言葉を止めて呆然と立ち尽くす若者を上目で見たが若者の
視線は宙をみつめてままだった。
「そうですよね、さすがにここまでお話すれば、まだまだ社会に対して理解の浅い哲也様
にもおわかりいただけたかと思います。選ぶ道は2つ、我々があなたがた兄妹のために陰
になり行なってきた支援を断って、新生活をお二人で始めること。ただしこの場合、現在
の住居やあなたのお仕事については諦めていただきます。また今月以降にかかる輝美様の
正当な額の治療費や入院費用をあなた御自身の手で支払っていかなければなりません。ま
してや未成年のお二人ならば輝美様は間違いなく施設への保護となるでしょう。兄妹はな
ればなれになることも十分ありえるということです」
「・・・・・・・・・」
「一時の感情に流されず冷静に考えて下さいね。もう一方の選択は、我々の申し出を受け
入れて輝美様を十分な施設の整った病院に移し治療をする・・・この場合は費用の心配は
していただかなくて結構です。恐らくは都内の病院になるでしょうから、哲也様は在宅勤
務をやめ、住まいを東京に移し今の仕事を続けて、病院の妹さんを今まで通り見舞うこと
も可能です。個人的に意見させていただくのなら、もう選ぶ道はこれしかないのではない
でしょうか?輝美様が元気になられたお姿、あなた自身も望んでおられることですよね」
「でも・・・でも・・あの男の力に頼るなんて・・・・」
「あなたはお母様を2年前に亡くされてから、まだ幼いくらい若いのに輝美様の親代わり
として苦労されながらも実によく頑張ってこられたと思います。ただまだあなた達は未成
年なのですから、社会的にも非常に立場が弱い。もし我々のご主人様の庇護を受けたくな
いのなら、成年して社会人として生活を立てていけるようになった時点で胸を張って妹さ
んと飛び出したらどうですか?それまでは甘んじて庇護をお受けなさい。そのあいだにあ
なたや輝美様は、ご主人様のお人柄をよく観察し、お母様やあなたがたへの過去の行為が
許されないものだったのかどうか御自身の眼で判断すればいいじゃありませんか」
「・・・・・・」
「あなたが17、輝美様が15、わずか3〜4年のあいだだけですよ、成人なんて」
「・・・・・・・そうですね、そうなのかもしれない。僕には一人になって輝美を守って
やれる力は悔しいけど・・・・・ない、十分ではない」
「なら、ご承諾していただけますね。我々も一日も早く輝美さんの治療の手配をしたい」
「妹は直りますか?本当に歩いて元気に学校に行けるようになりますか?」
「えぇ、えぇ、なれますとも。さぁ、こちらにサインをお願いします」
「妹に伝える時間を下さい。妹にも納得させた上で・・・・」
「えぇもちろんです。でもサインだけは先に頂いて、転院や哲也様の転居の話を先に進め
ておきたいのです。では同意書のここにサインを、ええ、そこです」
哲也は自分の力の無さに打ちのめされながら渋々サインをし、男はそれを確認すると哲也
にむかって意味ありげに微笑んだ。
「・・・・・・いや、やっぱり妹に相談してからにします」
「ちょ、ちょっと・・そんな・・・」
「すいません。僕と妹2人で納得してからまた電話しますから、それまでそっとしといて
下さい」
哲也は一礼すると書類を無造作に胸のポケットに押し込んで、勝手にそそくさと店を飛び
出していった。
「チッ」
男は窓ガラス越しに病院に走り去る哲也を恨めしく見送ると舌を鳴らして携帯電話を耳に
あてた。
「あぁ、私だ、説得は失敗だ。まったく箸にも棒にもかからんガキだ、時間をくれと言い
やがった。もう時間的な余裕はない、強行する。1週間以内だ、準備を進めろ。院長には
俺から話しておく・・・・」
男は携帯をポケットにしまうと席を立った。
「フン、クソガキ!素直に言うことを聞いてりゃいいものを・・・。こっちは慈善事業で
お前の妹を引きとろうってワケじゃねえんだよ。臓器だよ、臓器!御大の落し胤(だね)
であるお前の妹の臓器を、機能不全に陥った御大の内臓と交換するのが目的なんだ。臓器
移植しねえと御大が助からねえんだよ」

哲也は足取り重く病院の敷地へと足を踏み入れた。
(どう輝美に話そう・・・)
ふと耳に入ってきた女性のはしゃぎ声に哲也の心が弾んだ。
(あっ、瞳さんだ。そうだ、瞳さんに相談しよう!瞳さん、瞳さん!)
哲也は日頃から好意を寄せている看護婦の三輪瞳を見つけて足早に歩を進めた。
三輪瞳は他の看護婦達と歩きながら世間話をしていた。
「うっそぉ!あのフケデブ君が瞳にぃ?」
一人の看護婦の言葉に哲也は足を止めた。
「そぉなのよぉ!まいっちゃった。輝美ちゃんのたった一人の家族と思えば世間話程度な
ら『これも仕事』と我慢するけれど、いきなりパソコンやゲームの話でまくしたてられち
ゃ、こっちが引いちゃうわよ。いい加減にしてってカンジ」
「あれじゃあ、カノジョなんて夢また夢よね。外見気にしないし、でも瞳、好かれてるん
でショ、一度くらいデートしてあげたら?年下の彼氏いいかもね、キャー」
「やめてよ、気持ち悪い!誰があんなの相手すんのよ、1億円積まれたってヤダからね」
「あら、私なら1億円なら考えちゃうけどな」
「じゃあ、恵里子が言ったら?お金くれたらしてあげるって」
「なによぉ、誰があんなのとするってぇのよ、気持ち悪い!やだぁ〜そんなワケないでし
ょ!きっと一生できないタイプよ」
「私だってイヤなのわかるでしょ、私は輝美ちゃんの担当だけど、フケデブ君まで面倒見
きれないわ!生理的に受け入れられないのよねぇ〜。ほんとに兄妹なのかしら、あらっ?」
瞳は後ろを振り返った。
「どうしたの?瞳」
「今、うしろに人の気配を感じたんだけど気のせいかな?」
「結構、フケデブ君だったりしてーっ!」
「やっだぁ、恵里子やめてよ!もう!」
看護婦達は休憩を終えたのか、関係者通用口から院内へと入っていった。
木立の影で哲也は唇を噛み締めて眼を潤ませていた。

南向きの個室、車椅子に腰掛けて輝美は窓の外を見たまま呆然とする兄を冷静に観察して
いた。一言もないまま哲也はポケットの煙草を取り出すとジッポーに火をつけた。仕事に
就いてから未成年とはいえ煙草が手放せなくなっていた。
「お兄ちゃん!・・・・・」
「えっ・・・・あっ、あぁ・・すまない。病院だったね、ココ・・」
咥えた煙草をみみっちくボックスにしまった。
「・・・・・・・いや、煙草はもうやめよう。輝美、ライターを預かっておいて」
そう言って哲也は煙草をごみ箱に投げ捨てた。
「どうしたの?お兄ちゃん・・・・今日変だよ」
「な・・なんでもな・・・い・・・ううううううううううううううう」
我慢しきれなくなって鳴咽のような声を漏らして輝美の足元に崩れ落ちた。
「お兄ちゃん、何かあったの?ねぇ、ボクに話して。話せば少し気持ちが楽になるかも」
「うぅぅう、輝美、ボクじゃないだろ。『わたし』って言えよ。女の子だろ・・・・・」
(気の弱い、可哀相なお兄ちゃん。ボクがこんなでなかったら、きっとお兄ちゃんにも、
もっと違う人生があったのに・・・ごめんね)
哲也は好意を寄せている看護婦の瞳が本心では彼を毛嫌いしていたこと。輝美により高度
な治療を受けさせるために都会へ出ることを考えていることなどを涙声で話した。ただ、
輝美には「ある人物」が援助を申し出ていること、今現在の生活が実はその人物が影から
支えていたことには敢えて触れなかった。
「そう・・・・そうなの・・・・」
輝美は哲也の話だけから判断して、兄の涙の意味を看護婦の瞳に傷つけられたからと判断
した。病院の転院は、今の病院からの勧めがあってのものと思い込んだ。
「お兄ちゃん、ボク、瞳さんによく言っとくよ。誰がいるかもわからない院内で患者や家
族の話をするなんて看護婦失格!『ピッピー!!教育的指導ォー!』ってヤツだよね」
「で、でも・・・瞳さんを困らせたらいけないよ。僕が外見に無頓着なのがいけないんだ」
「優しいね、お兄ちゃん。でも自分を卑下しないで!ボク、お兄ちゃん好きだよ。ボク
のたった一人の家族なんだもの。悪く言った瞳さんには謝ってもらう、当然だよね」
「いいよ。反省してもらえるだけで十分だよ。僕も瞳さんには、もう気安く近づかない」
「お兄ちゃん・・・・・」
輝美は広く女性に対して卑屈になっている兄をかえって不憫に思った。
「お兄ちゃん、転院の話は今日一日考えさせて・・・明日返事する」
「うん、また明日この時間に来るからその時でいいよ。じゃあね、おやすみ」
(三輪瞳・・・・ヒドイ女。許せない、ボクのお兄ちゃんの心を傷つけるなんて・・)
哲也が置いていったジッポーを両手でギュッと握り締めた。

翌日−病棟の昼食が終り、午後の穏やかなひとときが訪れていた。
「今日はとてもいいお天気よ。春が近いのね」
瞳は個室のカーテンを開けながら明るく輝美に話しかけた。輝美は昨日の夕方に会ったと
きから瞳に対して態度が硬くなっているのが気がかりだった。
(私、昨日の検診のとき何か気に障ること言ったかしら?)
カチン、カチンと聞きなれない音を耳にして瞳は、ベットに上体を起こしている輝美の方
へ振り返った。
「ちょっと、輝美ちゃん何してるのっ!危ない!やめなさい!ダメ!」
輝美は兄が預けたジッポーを点けてあたかも自分のベットを燃やそうかと火を左右に振っ
ていた。驚いた瞳は体を投げ出すようにベットに覆い被さってライターを取り上げようと
した。前のめりに輝美のベットに乗り上げてライターを取り上げようとした瞳の手をかわ
して、輝美は瞳の鼻先にゆらゆらと揺れるライターの火をかざした。
「ひっ・・・・」
一瞬、自分に火を点けられるのではと、瞳は目の前にナイフを突き付けられたかのように
体を堅くしてライターの火に注意を集中した。
「ほら、よく見て、瞳さん。そう、この火をよく見るの。何も悪いことは起こらないから、
安心してこの炎を見て。瞳さんは優秀な看護婦なんだから患者であるボクの言葉に耳を傾
けなければならないのは当然の事だよね。ね、そうでしょ?」
瞳はライターの火を凝視して輝美の声に聞き入っている。

「ゆらゆら、ゆらゆら揺れてるでしょう?キレイね、火は神秘的。もっとじっくりと見て
ごらん。揺れる炎の奥に、もっと奥には何かが見えるはずだよ」
「・・・・・・」
「ほら、揺れる・・・揺れる・・・炎の奥をもっともっと眼を凝らして、さあ見て、瞳さ
ん。見ていたい、もっとよく見ていたい。炎の暖かさがいつのまにか瞳さんを優しく包み
込んでいる。足の先からほら腰まで・・・胸から肩へと・・・ほらもう顔もポカポカと暖
かい・・・気持ちいい・・・・気持ちがとてもゆったりとしている・・・・心が解放され
た気分よ、いいえ体もまるで重さを感じないくらい軽やかで癒された気分・・・・・・・
気持ちいい・・・・すごく気持ちいい・・・・そう全身の力が抜けていく・・・。瞳さん
をこれだけリラックスさせてあげたのはボク、瞳さんの悩みはいま何もかも吹き飛んでと
ても幸せな気持ちにしてあげたのもボク、瞳さんはそのことを十分承知しているよね」
瞳は無言のままうなづいた。
「そう、ボクは瞳さんを幸せな気分にして治してあげられる唯一の存在。瞳さんはボクに
対しては感謝の気持ちでいっぱい!ボクと瞳さんの間では、ボクがお医者さん、瞳さんの
方が病気を抱えた患者さんなんだ。患者さんなら先生であるボクの言うことには素直に従
わなくっちゃね」
「・・・・・・・はい、せんせ・・い」
「そう、いいよ。すごくいい返事。瞳さんはもともと看護婦なんだから、ボクの患者さん
になったなら、周りの患者さんのお手本となるくらいの素直な患者にならなきゃね。だか
ら医者であるボクの言うことには瞳さんは逆らわないよね」
「逆らいません・・・・」
「ボクの言うことには素直に従う」
「従います」
「ボクの言うことには疑問を持たない」
「持ちません」
「病気を早く治して幸せになろうね」
「はい、早く治したい・・・」
「うん、だから瞳さんはボクの言う通りにしていればいいんだよ」
「はい・・・」
「ボクの言葉だけに集中して。さあ起き上がってそこの椅子に腰掛けて。瞳さんはボクに
素直に従えば、もっと気持ちがよくなる、気持ちが軽くなって幸せな気分になるよ」
一瞬の出来事だった。瞳は輝美の手によって深い催眠状態へ誘(いざな)われた。

30分以上経過していた。
「・・・そう、セットした?」
「はい・・・・・」
「もう一度確認するよ、瞳さんの腕時計は何時にアラームが鳴るのかな?」
「午後4時です・・・・・」
「そう、そうだね。そのアラームがなると瞳さんはどうなってしまうのかな?」
「病気の発作がおこってしまいます」
「そう、どんな病気?」
「わたしは・・・淫乱なオンナなんです・・・オトコとしたくてしたくてたまらなくなり
ます。死ぬまでオトコとセックスしたいと思い込んでいます。アソコを奥まで突き上げて
もらいたい、熱く狂おしい『わたしのアソコ』を鎮めるためには、わたしはやり続けなけ
ればいけないんです。そのためには・・・相手のどんな要求でも叶えたいと心から思って
います。わたし・・・・病気なんです」
「3時50分、瞳さんは最上階の特別病室に行きたくなる。行きたくて仕方がない」
「3時50分、わたしは最上階の特別病室に行きます」
「特別病室は今空いている。瞳さんはそこに入ったら自分では出られない」
「はい・・・わたしは特別病室に入ったら自分では出られません」
「そこで人を待ち続けるの」
「はい、人を待ちます」
「アラームが鳴ったとき、瞳さんは部屋に入ってきた人を愛するようになる、瞳さんの心
はもうその人の事しか考えられない。瞳さんの体も、心も、時間も、全てがその人のため
にある、わかった?」
「はい・・・・・・」
「瞳さんはその人のためだけに生きる、その人に尽くすことが瞳さんの悦び。その人ナシ
の人生なんてもう考えられない。そして、その人が瞳さんの病気を癒せる唯一の人となる。
そのヒトは、あなたのご主人さま、そのヒトの名前はちゃんと『さま』をつけて呼ばなけ
ればならないよ。でも瞳さんは悦んで口にする、言ってごらん、『哲也さま』」
「・・・哲也さま・・・・・」
瞳は微笑みながら頷いた。

「瞳さんは今の事をすっかり忘れてしまいます。でもアラームがなると一瞬のうちに思い
出してすぐに自分の思った通りに行動します。わかりますね?」
「はい・・・」
「今から手を叩くと元の瞳さんに戻ります。いままであったこの病室での事は忘れてしま
います。でもボクが瞳さんに『ボクの言葉は絶対』というと、またこの気持ちいい状態に
戻ります。わかった?」
「はい・・・・・」
「瞳さんは普段の時でもボクが『素直になってよ』というと自分の思っていることを何一
つ隠さず喋ってしまいます。『思い出してごらん』というと瞳さんは今日この病室で起こ
ったことを思い出します。いいですね」
「はい・・・・」
「ぼくが『命令』といって指示することには瞳さんは拒絶できずに行動するよ」
「はい・・・・」
「それから、瞳さんはボクやお兄ちゃんを傷つけることはできない。その時計は自分では
外せない。アラームは変えたくても変えられない。今日あったことは人に話したくても口
外できない」
「はい・・・・・」
「さてと・・・じゃあ催眠を解こうかな、結構時間掛かっちゃった。今までで一番長かっ
たかなぁ。これで瞳さんもボクの『おもちゃ』だよ」
ぱんっと勢いよく輝美の手が叩かれた。虚ろに呆けていた瞳の表情に生気が戻った。

「あれっ、わたし・・・・? いけない!もうこんな時間」
瞳は立ち上がった。
「待って、瞳さん。聞きたいことがあるの」
「えっ、なに?」
「お兄ちゃんのコト、どう思う?」
「どうって?いいお兄さんじゃない。毎日、お見舞い来てくれるし」
「お兄ちゃんのコト、好き?」
「えっ・・・えぇ好きよ。いい人よね」
「ふふふ、ウソ。顔にそう書いてあるよ、瞳さん」
「な、なに言ってんのよ・・・・行くわよ、またね」
「待って、瞳さん、『素直になってよ』。お兄ちゃんのコト好き?」
「大キライに決まってんじゃん!気持ち悪いのよね、勘弁してってカンジ」
「ふふふ、ホラ、瞳さんウソついてた」
「えっ・・・どうして。そ、そんな・・輝美ちゃん間違いよ、ち、違うの」
「ふふふ、そう、そうかな?じゃあ、もう一度聞くよ、お兄ちゃんの事スキ?」
「イヤよ、話し掛けられるのもイヤ。仕事だから割り切ってるのよ。あなたのお兄さんじ
ゃなければ近づかれるのも気持ち悪いわ・・・・・えっ?」
「なにびっくりしているの?それが瞳さんの本音なんだよ、隠してたってダメ!」
「ち、ちがうわ。輝美ちゃんにそんなヒドイこと、言うわけないじゃない・・・」
「でも、お兄ちゃんには言った」
「えっ・・・?」

「昨日、院内で他の看護婦さんとお兄ちゃんの悪口言ってたでショ。それお兄ちゃん聞い
てたんだよ。瞳さんの後ろでネ。お兄ちゃん、ボクのトコ来て泣いてた。ボクのたった一
人の大事な家族、優しいお兄ちゃんを瞳さんは言葉で傷つけた」
「知らなかったのよ、悪いと思ってるわ!」
「瞳さん、『素直になってよ』、本当に悪いと思ってる?」
「別にぃ〜、でも今あなたを鎮めるにはとりあえず謝っとくしかないじゃない・・!!!」
瞳は言い終わると慌てて自分の口を両手で押さえつけた。
「ムダだよ、瞳さん。瞳さんはボクにウソはつけない」
「あなた、わたしに何かした?おかしいもん・・・この病室にきて1時間近くも経ってる
なんて・・・・わたしそんなに居た感覚がないもの」
「ふふふ、うふふふふ・・・瞳さんスッルド〜い。そのとおり、『何か』したんだよ、
ボク、瞳さんをチョコっとだけ、いじくったんだ」
「だったら、わたしにどうして欲しいわけ?!あなたの気に入るようにしてあげるわよ!
だからわたしを元に戻して!一体わたしに何をしたの?」
「ふふふふ、瞳さんには何もしてもらわなくてイイヨ、ボクが望まなくたって、瞳さん自
身が望むようになるんだから・・・」
「ナニサマのつもり?」
「ボク?・・・ふふふふ、ボクはボクさ。いずれ瞳さんの義妹になるボクは二階堂輝美さ
・・・・お姉ちゃん、ふふ・・・・ふふふふ『命令』だよ、ボクの足を舐めて」
「なに言ってるの!えっ・・・・いや・・・いやぁ〜」
瞳は布団をまくりあげると歩けずにやせ細ってしまっている冷たい輝美の足先をぺろぺろ
と舐め始めた。気持ちでは猛烈に拒絶していても体が思うように動かなかった。
「はぁ〜、早く歩けるようになりたいなあ。先生は完治してるって、精神的な障害だけだ
って言ってるけど本当にそうなのかな。あ、もういいよ、瞳さん、「命令」舐めるの止め
てボクの横に来て・・」
瞳は言われた通りに輝美の脇に立った。涙で目が潤んでいた。
「はい、泣かない、泣かない」
「もう、いい加減にしてよ。わたしにかまわないで!」
「ヤダね、これは瞳さんへの制裁だよ」
「謝るわ、お兄さんには、わたしから本当に心から謝るから。傷つけてしまったことを謝
るわ。だからもうわたしをもてあそぶのはヤメテ、お願い!」
「じゃあ、最後にボクから瞳さんへのプレゼント!」
「え、なに・・・」
最後と言われ少し不安ながら反面安堵の複雑な表情で瞳は輝美を見た。
「瞳さん、『思い出してごらん』。ふふふ・・・・」
「・・・・・・あっ・・・・」
瞳の表情が徐々に暗く絶望感にもにた表情を帯びてくる。瞳の心の中に封印された先ほど
の病室での暗示が走馬灯のようによみがえってくる瞬間だった。
「なんてこと・・・・・・なんてことしてくれたのぉ!やだ、やだ、やだ!戻してよ、ね
ぇ、ねぇったら!わたしを元にもどしてぇっ!!」
輝美の両肩を掴んで激しくゆさぶる。瞳は半狂乱だった。輝美は薄笑いを浮べながらゆっ
くりと瞳の手を振り解いた。
「大丈夫だよ、瞳さん。今日の4時にはお姉さんは生まれ変わるんだよ。ボクの、そして
お兄ちゃんにとっても理想の人としてね。次に会うときは、『お姉さん』ってボクに呼ば
れると、瞳さんはきっと心から嬉しくなってボクを抱きしめてくれるかもしれない。生ま
れ変わりが終ったら病気の発作は治してあげる。アハハハハ」
「狂ってる、あなたたち兄妹は狂ってるわ!」
「ふふふ、ハズレ!狂うのは瞳さん、あなただよ。さあ、あと残されたわずか1時間たら
ずの『自分』でいられる時間を有意義に使わなくちゃぁ、勿体無いよ」
輝美が話している間にも、瞳は時計を外そうとしたり、壁に打ち付けて壊そうとするがそ
のたびに手が痺れたり動かなくなった。
「どうあがいてもムダ!瞳さんはボクのオモチャだもん」
「あなたの言う通りになんかならないわ!なってたまるもんですか!」
「どうだか?4時が楽しみだね」
憎しみの眼差しを輝美に投げつけて瞳は病室を飛び出していった。
「いつもは本人の自覚がないまま『おもちゃ』にしちゃうんだけど、瞳さんは別。「おも
ちゃ」に生まれ変わる最後の瞬間まで必死に抵抗してもがき苦しむといいんだ。それがボ
クのお兄ちゃんを泣かせた償いってもんさ、お兄ちゃん今日はイイコトあるよ」

(助けて・・・・誰か助けて・・・・・・・・)
瞳は必死の形相で院内を駆けずり回っていた。
「どうしたんですか?三輪先輩、そんな慌てて・・」
「あっ、冨美子、お願い助けてぇ」
「どうしたんですか、本当に顔色悪いですよ」
「わたし、わたしね、あのコに・・・・あの・・・」
(今日あったことは人に話したくても口外できない)
瞳の脳裏に輝美の言葉が重く響く。
「あっ・・・・あぅ・・・・あ・・・・」
(声が・・・声が出ない・・・・)
再び輝美の声が重く圧し掛かる。
(今日あったことは人に話したくても口外できない)
「先輩、落ち着いて。(ナース)コールでもあったんですか?誰ですか?」
後輩の西原冨美子が諭すように瞳の両腕を押さえた。押さえられた腕に視線をおとす瞳の
視界に、今となっては時限爆弾とも化した腕時計が映った。
「(そうだ、時計さえ外せれば・・・)冨美子!お願い、わたしの時計を外して!」
「えっ・・・・」
「時計よ、わたしの時計をあなたの手で外して欲しいの!」
「なにがあったんですか?どうして・・・・?」
「いいから!お願い!早く・・・早く外して!」
瞳はいきりたった。

冬のやわらかな陽射しが病室に注がれて輝美の華奢な体に照り映える。輝美は病室の窓の
外に広がる真っ青な空を見上げていた。
「榎先生・・・・・、先生がボクをこんなにしたんだよ」
空に向かって輝美は独り言を呟いた。
輝美は学校での掃除中、階段で足を踏み外し階下へ落下して全身を強打、足を複雑骨折し
た上、運んでいた机が後から覆いかぶさるように落ち、頭を強打した。脳が衝撃を受けた
ことによる運動機能の一時的な障害、複数の医師の診断は一致していた。
「いいかい、輝美ちゃん。あとは君の心の問題なんだ、僕は持てる力の全てを出し切って
オペをした。繰り返し行なった検査でも君の体はもう完治しているはずなんだ」
「でも、ボク歩けないよ?」
「ボクじゃない、『わたし』だろ、輝美!」
榎医師の後ろに立つ哲也が輝美を諭した。
「うるさいなぁ・・・・ボクの勝手だよ」
「恐らく君は歩けないんじゃない、歩かないんだ」
「そんな・・・ヒドイよ。それじゃまるでボクが治りたくないみたいじゃないか」
「たぶん・・・僕はそうだと思ってる」
「キライだよ、大っ嫌いだ榎先生なんて・・・・・・」
「輝美ちゃん、君は退院して学校に戻るのがイヤなんだろう?」
「えっ・・・・・」
「いじめられてたんだろう?お兄さんが君の日記を見て僕に相談してきたんだ。お兄さん
は学校にも乗り込んでいったそうだよ。相手にされなかったみたいだけど・・・・・・。
イジメなんかないって突っぱねられてね」
「お兄ちゃん・・・・・」
「輝美・・・お前、階段から落ちたのだって、もしかしたら・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
輝美は目を潤ませてじっと哲也を見ていた。
哲也は悲しげな輝美との視線をそらせてうつむく。
「僕も日記を見せてもらったよ。随分とひどいイジメにあってきたんだね」
「いいじゃないか!先生には関係ないよ!」
「ああ、確かに僕には関係ない。君の痛みも分かってやれないし、教師でもないから学校
での問題を解決する力もないし・・・・・・・・」
「だったら、ほっといてよ!出ていって!先生の顔も見たくない!出てってよ!」
輝美は涙目になって叫んだ。
「でも僕は医者だ。君を治すのが仕事だ、だから君の力になりたい」
「いいよ、ほっといてよ」
「輝美ちゃん、僕は君たち兄妹が大好きだ。一生懸命頑張っている君たちの少しでも力に
なりたいんだ。輝美ちゃん、自棄や短気を起こさずに、自分の力で病気に勝つんだ。イジ
メに立ち向かう勇気を持つんだ」
「榎せんせぇ・・・・・・」
榎は年甲斐もなくボロボロと涙を流していた。榎は華奢な輝美の体をギュッと力強く
抱きしめた。
「きゃっ!」
人に抱きしめられたことのない輝美にとって、それは衝撃とともに榎との心の距離を縮め、
多感な年頃の輝美の心に思慕以上の念を抱かせるのに十分だった。輝美の膨らみ始めた小
さな胸はドキドキと音が出そうなほど高鳴った。
「僕が、君に『心の強さ』をあげる」
「心の強さ?」
「イジメや病気にも屈しない強い力を持つんだ」
「強い力?」
「あぁ、僕が君を強くしてあげる。一緒に頑張っていこう」
「・・・・・・・ウン。がんばるよボク、榎先生がいてくれるなら!」
「よし!頑張ろう!」
榎は優しく微笑んで再び輝美を抱きしめた。

榎が輝美に教えたのは自律訓練と自己催眠、輝美の習得能力は榎も目を見張るものだった。
自ら『治りたい』と思う意志の顕われだと榎と哲也は喜んだが、輝美の歩行力は戻らなか
った。そんな時、榎が突然、心不全で死んだ。兄妹は再び孤立した。榎から教えられた輝
美の『力』はこの頃すでに榎の技術を凌駕していた。輝美は指導者を失い、その幼い心は
感情のおもむくまま、『力』を外へ使うようになっていった。院内で輝美を蔑む態度をと
る看護婦や療法士が榎から与えられた『力』で容易に自分に対して心から尽くすように感
情操作を行なっていたのだった。それが今では自分の感情を抑えきれずに、他人を自らの
操り人形としてもてあそぶ、「おもちゃ」にしてしまっていた。

ふっと、窓の外をスズメが横切った。その瞬間、輝美は回想から引き戻された。
「もうボクは逃げない。ボクやお兄ちゃんをイジメたり、蔑むような奴になんか絶対許す
もんか!ボクは『力』でボクとお兄ちゃんを守るんだ」
片手にもった兄のジッポーを輝美はギュっと握り締めた。
「瞳さん、今ごろ誰かに助けを求めてるんだろうけどムダだよ。その前に舞台のお膳立て
をしなきゃ・・・よいしょっと!」
輝美はナースコールのボタンを押した。しばらくして駆け込んできたのは瞳ではなく、同
僚の恵里子だった。
「どうしたの?輝美ちゃん、なんかあった?」
「恵里子さんなら、ちょうどいいや。ねえ、お願いがあるんだ!『命令』だよ、フフフ」
一瞬にして恵里子の表情から意思の光が消え、無表情のまま黙ってうなづいた。

冨美子は病棟の廊下の隅で瞳の左手をとった。
「もう!やってあげますけど、あとでワケぐらい話して下さいよ。時計くらい自分で外せ
ばいいのに・・・」
「ごめんね・・・」
瞳は涙目だった。尋常ではない瞳の様子に冨美子は時計を外すことを承諾した。冨美子の
手が時計のベルトにかかった瞬間だった、ビクンっと電気にでも触れたかのように一瞬瞳
が体を震わせたかと思うと、握りこぶしを振り上げて思い切り冨美子の顔面を殴りつけた。
「きゃあ!」
殴られざま、壁に頭を打って冨美子はその場に倒れて気絶した。鼻血が床に流れでる。
「わたし・・・・わたし・・・・・・いやぁ!」
震えながら自分でも信じられない表情で冨美子を殴った拳を見ていた。
(自分で時計を外すことはできない。人が外そうとするとあなたはそれを全力で排除する)
瞳の脳裏に再び輝美の隠された暗示が反響していた。
「逃げなきゃ・・・・もう病院になんていられない。時計が外せないなら今すぐ家に帰っ
て誰とも会わないようにしなきゃ・・・いやよ・・・わたしはわたしよ・・・あんなコの
思い通りになんかなってたまるもんですか!」
気絶した冨美子をそのままにして冨美子は走り出した。幸い誰もまだ今の騒ぎに気づいて
いない。
「ごめんね、冨美子・・・・ごめん」
泣きながら一言だけ気絶した冨美子に謝って急いでその場を去った。

寮代わりに病院が借りているマンションまでは20分程で帰れる距離だった。瞳はロッカ
ールームに駆け込んだ。すでに魔の時刻まで30分に迫っていた。ロッカーの扉を勢いよ
く開く。
「瞳・・・」
ハッとして振り返る瞳の背後にいつのまにか同僚の恵里子がたたずんでいた。
「恵里子・・・・・」
「あなたに渡さなくちゃいけないものがあるのよ」
「えっ・・」
「これ」
恵里子は瞳にキーホルダーのついたキーを手渡した。キーホルダーには『5F特別室』と
書かれていた。驚いた表情を向ける瞳に対して恵里子は無表情だった。
「・・・・・・」
「私が部屋の鍵を開けておいたから、瞳は出るときに閉めてきてね」
「恵里子・・・・あなた・・・・・」
「だめよ、あなたはもう私と同じ、輝美様のモノなのよ。逃げられるわけないわ。輝美様
のために私は生きている、輝美様のために尽くす、あぁ素晴らしいわ。輝美様の言葉に忠
実に従っていると心が満たされて幸せな気持ちになるの・・・・・あなたもそれが分かる
ようになるわ。彼女のためなら私ができることは何でもしてあげたい・・・」
「恵里子・・・・・目を覚まして!あなたはあのコに操られているのよ。あなた、前はあ
のコのこと好かないって言ってたじゃない。私と同じで、あのコ子どものくせに妙に大人
びてて、とっつきにくいって・・・。気を確かにもって!」
「私は正気よ。それより瞳、輝美様の悪口を言うなんて許せない。お仕置きしなくちゃ!」
恵里子は瞳の頬を両手でしっかり押さえると、唇を重ね舌を瞳の口の中にねじ込んできた。
股間を瞳の太腿に摺り寄せて、妖艶に体をしならせて体を密着させた。
瞳は我慢できず目を力強く瞑って、ねじ込まれた舌を噛んだ。
「痛い!」
恵里子は口元から血をこぼしながら後ろへ遠のいた。口元から血がしたたる。
「恵里子、あなた、いつもの恵里子じゃない・・・・」
「そうやってイヤがるのも、今のうちだけよ・・・もうすぐあなたも私を悦んで受け入れ
るようになるわ。輝美様の力でね・・・・・・」
白衣から着替えることもできず、普段着をロッカーにのこしたまま、小さなカバンを抱
え、恵里子を突き飛ばすようにしてロッカールームを飛び出した。
「逃げられやしないわっ!」
背中から親友の冷たい言葉が浴びせ掛けられた。
「いや、いや、いや・・・・・恐い・・恐いよう・・・・。わたしが何をしたって言うの
よ!みんな、みんな・・・狂ってるわ!」
泣きながら関係者通用口へと逃げるように走り続ける。
病棟から出さえすれば・・・・その思いで瞳は必死だった。すでに時計は3時50分に近
づいていた。地下のロッカールームからのわずかな道のりがとても遠く思えた。

目の前に見えた通用口、瞳は半ば安堵の息を漏らしながらそのドアノブをひいて外へと飛
び出した。そこで、瞳は愕然として足が止まり、その場にへたり込んでしまった。
「なんで・・・・・どうしてよ・・・・・どうして外が特別室なのぉっ!」
瞳は拳で思い切り床を叩いた。
「瞳さん、言ったでしょ、3時50分には特別室に来るって・・・・・。どうあがいても
ボクからは逃げられない。瞳さんの意思も体もすでにあなた自身を裏切りつつあるのかも
ね。あなたは幻に騙されながらこの病室に導かれた・・・・」
窓辺に車椅子の輝美の姿があった。介添えには、あの冨美子が立っていた。
「ま、まさか・・・・・冨美子まで・・・」
「かわいそうに、殴られて頬が腫れ上がってるよ。でも瞳さん、心配しないで。彼女は以
前からボクのおもちゃだったから、さっきの事で瞳さんを怨むことのないようにしてあげ
る。そうだよね、冨美子さん!」
「はい・・わたし、廊下でうっかり転んでしまったんです。それで顔を床にぶつけました」
「ふ・・ふみこ・・・・」
瞳は愕然とした。冨美子はさっき見た恵理子と同様に意思のない目で輝美の車椅子を支え
ていた。すでにその態度は瞳を先輩と慕う冨美子のものではなかった。
「そろそろお兄ちゃんが来る頃だから、ボク病室に戻らなくちゃ。冨美子さん、お願い!」
「・・・はい、輝美様」
冨美子に押されて輝美の車椅子が瞳の脇を摺り抜けていく。病室の扉が開かれる。
「待って!お願い、許して!私を元にもどしてぇっ!」
瞳は輝美を追いかけて病室を出ようとしてドアの前で動けなくなった。
「瞳さんは、もうその病室からは出られないんだよ。またあとで迎えに来てあげる。その
時の瞳さんの顔が見モノだね」
「いやぁぁぁぁ、わたしは、わたしよ!誰のモノでもないわ!」
扉が閉められる。瞳はその場で泣き崩れた。

「お兄ちゃん、瞳さんに、この間のこと話したら自分から謝りたいって・・・」
「えっ・・・・」
病室で哲也を迎え入れた輝美は含み笑いを浮べながら言った。
「最上階の特別病室で待ってるから来て下さいって、2人で話したいからだって!お兄ち
ゃん、瞳さんお兄ちゃんのこと、まんざらでもなかったりして・・・・」
「そ、そんなこと・・・あるもんか・・・」
「でも、謝りたいって言ってるんだから、行ってあげないと失礼だよ。ボクは今日入浴日
だから、ゆっくり話してきなよ。そのあとの夕食の配膳は看護婦さんにしてもらうから」
「・・・・うん、じゃあ、ちょっと行ってくる」
「ボク、応援しちゃう!がんばれ、お兄ちゃん!瞳さんの心をゲットだゼ!」
「コラ、輝美!ボクじゃない、私だろ!」
「いいじゃん、細かいことは!いってらっしゃーい」
輝美の言葉に照れながら哲也はいそいそと病室を出て行った。時計は3時50分を過ぎて
いた。

病室の扉を開く。特別病室と呼ばれるとおり、輝美のあてがわれている一般個室に比べて
広く、部屋は前室に応接があり、その奥の扉が病室のようだった。応接のソファには人影
がなく、哲也は奥の病室へ続いているであろうドアまで進んだ。
「あの・・・・瞳さん。哲也です、入りますよ」
ドアノブに手をかけて、ドアを引いたその時・・・・・
「いやぁ!来ないで!出てって!出てってよォ!」
半狂乱に泣き叫ぶ瞳は哲也を避けるように部屋の最も離れた隅に身をかがめて隠れるよう
にしゃがみこんでいた。取り乱したその表情は涙でぐちゃぐちゃになっていた。
『このあいだはごめんなさい。輝美ちゃんに言われて、わたしがいけなかったと十分反省
したの。だから、直接あなたに謝ろうと思って・・・・』
輝美からは瞳が謝りたいと言っているからと病室にやってきたので、それくらいの言葉が
瞳から言ってもらえるものとばかり思っていた哲也には、取り乱してなお哲也を遠ざけよ
うと泣き叫ぶ瞳の姿は予想だにしなかった。
「なんだよ、ひどいじゃないか!キライならキライって直接言うなり、態度で示せばいい
のに!陰で看護婦同士の話のタネにして、人の事『フケデブ』なんてひどい渾名までつけ
て・・・・・・・・・・。僕が好きな瞳さんは決してそんなこと言う人じゃないって思っ
てたのに。榎先生が亡くなって、誰も親切にしてくれるヒトがいなくなった時に、優しく
妹に接してくれてたから、きっといい人だって信じてたのに・・・・!」
「もうやだぁぁああ〜、キライキライ大っ嫌い!あんたなんかの慰み者になんかなるもん
ですか!消えて!早く私の目の前から消えて!きえてよぉぉぉぉおおおお!!!!!」
哲也の声が震える、きびすを返して哲也はいたたまれなくなった気持ちのまま病室を出よ
うとノブに手をかける。その時、瞳の腕時計のアラームが鳴った−午後4時。
「あっ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
瞳は自分が真っ白になって心が弾け、消滅していく感覚を最期に意識した。一粒の涙が零
れ落ちた。

いきなり背中にのしかかるような抵抗を受けて哲也はバランスを崩して床に倒れ込んだ。
「イテぇ〜」・・・・そう言おうとした刹那、哲也の唇は柔らかい暖かみに塞がれた。
何度もなんども、何度もなんども、哲也の唇に触れては離れる今までに経験したことのな
い感触・・・・・目を開けるとそこには瞳の顔が視界に入りきれないほどの距離に迫って
いた。瞳のキスは嵐のように続いた。倒れた哲也の上にまたがって体を重ねている。生暖
かく、鼻をくすぐる甘い瞳の香りと瞳の突然の行動に哲也は圧倒された。
「スキ、スキ、スキ、スキ、スキ、スキ、スキ、スキ!」
わずか数分前の瞳の半狂乱の表情は消え、別人にまで変わってしまった瞳は我慢しきれな
いといった気の急きようで引き裂くように白衣を脱ぎ出した。
「ねえ、シテ、シテください・・・・哲也さまぁ・・・・わたしのカラダ、かわいがって!
瞳、哲也さまのためなら何でもしまふぅ〜ん〜」
「どうしちゃったの?瞳さん!」
「いや、いやです、瞳って呼んでぇくださぁ〜い、お・ね・が・い!」
泣きはらしたあとが潤んだ目に、零れた涙の跡が頬に残る顔のまま、ギラギラとした露骨
なまでの欲情した表情で瞳は微笑んだ、別人だった。
「ウフフ、哲也さまぁ、ほら、瞳のおっぱい、触って下さい、揉んで下さい!アハ、そう、
そうです、あああああぁ、うれしい・・・気持ちいぃぃぃ。ねっ、好きにして!瞳のカラ
ダ、スキにしてください。瞳を天国へつれてって・・・。瞳は哲也さまのものよ」
哲也を抱き起こし、ベットへと倒れ込んだ。
ブラジャーを外して肩にかけたまま、哲也の手を瞳自身が導いて揉みしだかせた後、胸を
哲也の顔に押し当てて頭を抱え込むようにして体を横たえると、今度は逆に自分から下に
なり力一杯哲也を半裸になった自分の上に押し上げた。まるで誘惑されるように刺激を受
けた哲也のモノは激しくいきりたって瞳のパンティの上を圧迫した。
「哲也さま、哲也さまは、わたしに何でも言って下さい。わたし、精一杯、哲也さまを満
たします。こ・う・や・っ・て!ウフッ」
瞳は向きを変えて哲也の下半身に顔を近づけた。哲也のズボンを脱がせると哲也のイチモ
ツを舌でチロチロと舐めた後、口の中へ含んだ。
「あぅ・・・・」
「我慢せず、哲也さまの思うまま、瞳のカラダいじってくださいね・・・・。瞳のカラダ、
哲也さまのためだけにあるんですから!」
哲也の目の前には瞳のパンティに覆われた尻がグラインドするように妖しげに動いている。
(濡れてる・・・・)
目の前を動き回る瞳の腰は何度も哲也の胸を擦り、見え隠れする股間の部分はすでに濡れ
そぼって溢れ、スケスケになっていた。哲也は恐る恐る指を瞳の股間に伸ばす。
「アン・・・アアア〜ン、もっと、もっと触って、奥まで、奥までいじってくださいぃ・・
哲也さまの硬くなったコレで、瞳の熱くなったココを鎮めてくださぁい、あぁぁぁん、我
慢できなぁい、い・れ・て、い・れ・て・ぇ・ぇ・え〜」
哲也も段々余計なことを考えず、瞳との行為にのめり込みだした。もう瞳のあの半狂乱か
らの変わりようのワケを考えることも忘れて。瞳が与える何もかもが、初めての、そして
えもいわれぬ快感だった。
「本当になにシテもいいの?」
瞳は振り返ると潤んだ目で微笑み大きく頷いた。哲也のモノを優しく右手で掴み自分の秘
部へと導く。それまでにも何度も哲也は達していたが、瞳を前にして性的な欲求は底無し
のように沸き上がっては哲也のモノを硬く怒張させた。哲也は自分の体をゆっくりと瞳に
うずめ始めた。瞳のカラダに哲也が入っていく。かすかな吐息が哲也の耳元でもれる。瞳
のカラダがビクン、ビクンと断続的に震えた。
「あ〜ぁ、シ・ア・ワ・セぇ〜・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
上に重なった哲也のカラダを瞳は至福の表情で抱きしめた。無理矢理埋め込まれた哲也へ
の感情は、哲也を犯すところでやっと瞳を解放した。だがすでに瞳は瞳ではなくなってし
まった。輝美によって造られたおもちゃが甘美な吐息を漏らしていた。

哲也は疲れ果てて軽い寝息を立てていた。
「瞳さん、気分はどう、生まれ変わった気分は?とても素敵な笑顔だよ」
瞳は屈託のない笑顔を輝美に向けた。
「えへっ、最高です・・・・・」
「精一杯、心をこめてお兄ちゃんに尽くした?」
「はい、精一杯・・・一生懸命・・・・」
全裸のままベットに座り込んで瞳は恥ずかしがることもなく輝美の質問に答えた。
「ボクに言いたいことある?」
「えっ?」
「ボクに言いたいこと」
「・・・・・・・・・・?」
瞳はあどけなく宙を見上げて考え込んだ。困ったような仕種の後、えへへとおどけた。瞳
は人が変わったように輝美に素直な態度で接している。まるで幼児のように。
「ないの?」
「えぇっと・・・・・わたしはワタシ・・・」
うわ言のように瞳はいった。意識せずに思い立ったまま口にした言葉だったのかもしれな
い。輝美は意外と思いながらも不敵に笑った、輝美の絶対の自信だった。
「へぇ・・まだそんなコト言えるんだ。不思議・・」
「わたしはワタシ・・・・・哲也さまだけのモノ・・・このカラダもココロも哲也さまだ
けのモノ・・・・」
「アハハハハ、ヨクデキマシター!いいよ、瞳さん、さあ服を着て、仕事に戻って、誰に
何を聞かれても、うまく話を合わせて!できるよね、瞳さん」
「・・・・・・・・はい」

鍵を輝美に預けて瞳はまるで何事もなかったように部屋をあとにする。
瞳を去らせて、輝美は兄を起こした。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん、起きてよ」
「ん〜、あ、あ、あれ?」
「なに、こんなところで寝ちゃってるの」
「て・・・輝美・・・」
服は瞳に命令して着させていた。初めての甘美な体験と疲労に哲也は黙って従っていた。
着た後に再び眠り込んでいたのだった。
「あれぇ?なんかイイコト、あった?」
哲也は顔を赤らめた。なにがあったのか妹には話せない、そう思ったのだろう。だが、そ
れを引き起こしたのは、その妹の力であり、妹はなにがあったかを知っていた。
「きょ、今日はもう帰るよ。夕食は・・?」
「うん、もう食べたよ、冨美子さんにお願いしたんだ、ね、冨美子さん」
「はい、わたしが輝美さんのお世話をしました」
虚ろな目つきの冨美子が輝美の車椅子の後ろで意思なく微笑んだ。
「そうか・・・・じゃ、じゃあ、今日は帰るョ、また来る・・」
ニヤけた表情が抜けないまま、バックを掴むと病室を出て行った。冨美子が頬を腫らしていたことなど全く気づかずに・・・。
「ふふふ、お兄ちゃん、にやけちゃって。どんな気分かな?」

哲也はそそくさと1階にある一般外来の待合室を後にする。ふっと目にした廊下の先に、
仕事に戻った瞳の姿が映った。瞳も哲也に気づいたようだった。モンローの真似・・・・
そんなワザとらしいと思えるほどオーバーなアクションで哲也に艶めかしい投げキッスを
した。嬉嬉として哲也は手を振ると病院を出た。
「ふふふ、瞳さんとは・・きっと明日も・・・・ぐふふふ」
股間を硬くして歩きずらそうに正門から道路へと足を進めた。その時・・・・・・

「おい、出てきたぞ!行け!」
男に促されドライバーが思い切りアクセルを踏み込んだ。タイヤが悲鳴を上げながら急発
進し、哲也の背後から迫った。
「えっ・・・・・」
目の前に迫った車・・・・それが哲也の見た最期の映像だった。意識は一瞬にして消えた。
弾き飛ばされた哲也は病院のコンクリート製の壁に頭部を打った。衝撃は強く、頭部は簡
単に割れた。血が四方に飛び散る。男はそれを冷静に確認した。
「よくやった。さすが意気込みが違うな、大したもんだ。やればできるの見本だよ、フフ」
男はドライバーの肩をポンポンと叩いて助手席のドアを開けた。
「こ・・・これで本当に借金は帳消しなんでしょうね・・・」
「もちろんだ。あんたが素直に刑に服して、依頼殺人なんてことを言わなければナ」
「あぁ・・・あぁ・・・や、約束しますよ」
ドライバーは弱々しくうなづく。
「安いもんだろ、これで1000万の借金が消えて、取りたてにも迫られない」
「・・・・・・・・・・」
「あとは説明した通りにナ。忘れるな、約束を破った時点でお前の家族の明日はない。さあ、アイツが死んでるかどうか確認するんだ。生かすなよ」
男は身を隠すようにドライバーを残して車から離れていった。去ってゆく彼の背後に駆け
つけた野次馬の人だかりができ始めた。
「さて、次はドナーの移送だ・・・・。もう何の障害もなくなったナ、はじめからこうす
れば早かったんだよ。実りない交渉なんて時間の無駄だ」
哲也を轢死させた男は、あの喫茶店で哲也を説得していた男だった。男は咥えた煙草に火
をつけると携帯電話を手にした。
「院長か?移送の手はずを整えてくれ。ドナーの兄貴は死んだよ、たった今交通事故でね。
身元引受人は御大だ。おいおい、驚くなよ、偶然の事故だ、あんたがうろたえる必要はな
い。黙ってコトを進めてくれればいい」
男は苦笑した。

すでに深夜、夜も深まった病院の輝美の病室だけが煌煌と電気がついていた。病院の救急
用の出入り口には輝美の搬送用のために東京の病院からきた専用救急車が待機している。
輝美の病室には院長と多くの看護婦が詰めていた。苦渋の表情に流れる涙を拭おうともせ
ずに、唇を噛み締めて輝美は兄の死に堪えていた。車椅子に座る輝美の前には院長とあの
男が立っていた。

「私は御大や社長の命を受け、表沙汰にできない様々な案件を処理することが仕事です。
御大は内臓疾患による機能不全をきたし、このままでは余命わずかと診断されました。私
はその臓器にかわる健康な臓器の提供者を探し出し、いかなる手段を使ってでも東京まで
運ばなくてはなりません」
「それがなぜボクなのさ!」
輝美の語気は荒い。すでに心を輝美にしっかりと握られてしまった男は言われるままに自
分の知り得る限りのことを輝美に話す。
「あなたは御大の落し胤なのです。御大と秘書として側にいたあなたの母親との間にあな
たが生まれました。もっとも、御大の女遊びの不始末で・・・・・・でも我々にとっては
この世に2人といない最適合なドナーであることが判明し、我々はあなたに的を絞ってコ
トを進めることにしました」
涙目で輝美は院長を睨み付けた。院長は無表情のまま口を開いた。
「輝美さまに関する検査データは、全て私が東京に送っておりました。判断は東京の顧問
医が下しています。哲也さんは初期検査の段階で適合数値が低いことがわかり、輝美さま
のスペア的な位置づけとしてました」
「お兄ちゃんが病院の移送の話を悩んでいたのはこの事が本当の理由?」
「ただ一人でもいるのなら身内の同意のもと、表面上合法的にコトを進めたいと院長がご
ねましたのでお兄さんに説得を試みましたが即決できなかったため、東京の指示通りあな
たを身寄りのない境遇にし、速やかに東京へ移送することとなったのです」
「そのために・・・・・そのために・・・・お兄ちゃんを!」
輝美の握りこぶしが震えた。
「ねえ、あなたの名前は?」
「本名ですか?」
「知らないよ、みんなは何て呼んでるの?」
「御大や社長からは『クロダ』と・・・・本名は−」
「いいよ、あんたの本名なんて・・・・。じゃあ、クロダ、クロダはこれからボクのこと
を最優先に考えるんだ。ボクには絶対・絶対・絶対逆らえない!」
「はい・・・・私はあなたのことを最優先に考えます」
「あなたじゃない、『輝美さま』!、そう呼ぶんだ。ボクのことを命を懸けて守り、たと
えその『御大』や『社長』というヤツの命令があったとしても、ボクにすべてを報告し、
ボクの指示を最優先にして従うんだよ」
「はい・・・輝美さま」
「クロダはボクの知らないボクに関することをいっぱい知ってる。これからその全てを話
し、ボクに忠誠を誓うボクの兵士になるんだ。クロダのもっている知識やヒト、あらゆる
全てがボクのためにある」
「はい・・・輝美さま」
「ボクは、これから東京に行く!でもそれは臓器を奪おうとしたその「御大」って奴に復
讐しに行くんだ!お兄ちゃんの仇を討つんだ。お前はその案内人として、ボクの護衛とし
て、ボクについてくるんだ!」
「はい、輝美さま」
「なにもかも壊してやる!」
輝美の目に憎悪の黒い光がきらめく。
「院長、お兄ちゃんは戻ってきた?」
「はい、警察の検分を終え、今は安置室へ移してあります」
「連れてって」
「かなり頭部から顔面への損傷が激しく、お会いになるのは・・・・・」
「うるさいなあ!ボクが行くっていったら行くんだ!」
輝美の車椅子を冨美子が押し、まるで回診のように操り人形になった院長や看護婦がそれ
に続く。深夜の異様な光景だった。安置室のうす暗がりの中で哲也は横たわっていた。そ
の上に誰かが覆い被さっているのが見えた、瞳だった。
「誰なの?院長・・・・・」
院長は歩み寄って覆い被さる瞳を起こした。瞳はそのまま床に転がり落ちた。瞳の白衣は
胸から肩の部分が真っ赤に染まっていた。
「うちの看護婦です。メスで胸を突いてます・・・・・・」
「死んじゃうの?」
「わかりません・・・・・でも非常に危険な状態です」
「院長、命令だよ、手を尽くすんだ」
「はい・・・・・」
「さあ、みんなも院長の指示に従って・・・」
院長は速やかな指示のもと看護婦を使って安置室から瞳を運び出していった。安置室には
輝美とクロダが残った。
あまりにも哲也に対する感情移入を強く暗示として刷り込んでしまったからだと輝美は悟
った。でも兄のことの方が大切だった輝美には瞳のことなど眼中になかった。ただ手数を
かけて造りあげた『おもちゃ』を一体失うのが惜しかった。まだ瞳に対しての鬱憤は晴れ
ていなかったこともある。もっと貶めてやる・・・そう思っていた。
「でも、お兄ちゃんのために一人ぐらいは悲しんでくれるヒトがいて良かったかもね」
目の前に変わり果てた兄の遺体が横たわる。全身に怒りと悲しみをもって輝美はたった一
人の肉親だった兄を抱きしめたくなって、気づかぬうちに車椅子から足を下ろした。
「お兄ちゃん・・・おにぃちゃん・・・・・」
車椅子から立ち上がると輝美は兄にしがみついて大声で泣き始めた。後ろに佇む人形と化
したクロダは無表情のまま虚空を見ていた。その時、輝美の背後から拍手がおこり、やが
て安置室に響き渡った。

「ブラボー、ブラボー!」
「誰?誰なの?」
怒りの表情で輝美は振り返る。安置室の出入り口のドアにもたれてコート姿の女が帽子を
目深にかぶりまだ拍手をしていた。帽子に隠れ表情は唇しか見えず不敵に微笑んでいるよ
うに見えた。
「あなた、誰?なんのつもり?ふざけてんならボク許さないよ、クロダ!」
輝美の声に反応したクロダは隠し持っていたバタフライナイフを女に向けた。
「怪しい者じゃないわ、あなたの味方、そしてこれからはあなたの仕事のパートナー・・。
ねぇ、大丈夫だからこのヒトの凶器引っ込めさせてよ」
「クロダ、後ろに控えて」
「ふぅ、いきなりナイフなんか出すからびっくりしたわ。でもその男の腕も日本じゃぁ二
番目ね。でも汗かいちゃったわ」
女は帽子をとった。
「うわっ、オカマ!」
「失礼ね!その言い方!子どもなんだからちゃんと勉強なさい!オカマじゃなくてニュー
ハーフとよびなさいよ、まったく近頃のコは言うことが露骨なんだから、もう!」
「じゃあ・・・そのニューハーフさんがボクになんの用?」
「ちょっとぉ!ニューハーフは名前じゃないの!メデゥーサと呼びなさい。私はあなたを
迎えに来たのよ。そこでこの感動的なシーンに居合わせたワケ!まあ、ずっとあなたを見
守ってきたんだけれど、だからなんでも知ってるわよ」
「ふざけてんの?怒るよ、ボク!」
「ふざけてるもんですか!あなた、今自分の足で立ってるじゃない!」
「あっ・・・・・・・・・」
輝美は足元を見て言葉を失った。
「お兄さんの死は無駄ではなかった、医師でも治せなかったあなたの心の傷を、自分の死
をもって「怒り」と「悲しみ」で治してくれた・・・・・そう思えばお兄さんの死は無駄
ではないわ・・・・・」
思いもかけない輝美に対する言葉に輝美は心を打たれた。敵ではない、そう判断した。
「我々は、あなたのその能力を高く評価しているわ。あなたは我々の指示があったとき、
必要に応じて『おもちゃ』を造ってくれればいいの。報酬がもらえるわ。それにその能力
も活かせるし、これからの生活には困らないわよ、ビジネスね、ビジネス」
「もう決めたんだ、お兄ちゃんを殺した奴に復讐したら、ボクがそいつの代わりになって
そいつのものを全部奪ってやるの、のっとってやるんだ。だから報酬なんていらないし、
ビジネスなんてわかんない」
「あら、残念ね、うまくやっていけると思ったのに」
「でも・・・・・・・」
「でも、ボクの周りはボクの造った『おもちゃ』だけ、結局は一人ぼっち・・・・・。大
好きだった先生も死んじゃったし、お兄ちゃんももういない・・・・・・」
「先生?・・・・・・ああ、榎ね」
「知ってるの?榎先生のこと・・ボクのこといつも気遣ってくれた・・・・」
「それはアイツがロリコンだったからでしょ。あなたもそれに気づいてた・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「フフフ、アイツに抱きつかれたり、診察といって、いろんなトコ触られて写真も撮られ
たりしなかった?あったでしょ・・・・・・・・・だから殺した、違う?」
「ボクはそんな・・・・・・・・・」
「もう!隠したってダ〜メ!あなた、ロリコン医師につきあいきれなくなって、アイツに
教わった『力』を初めて他人に試したんでショ。『心臓が爆発するぅ』なぁ〜んて暗示で
も植えつけたのかしら?アハハハハハ、怒らない、怒らない。きっとえもいわれぬ快感が
あったんじゃないかしら。ヒトを思い通りに動かすことに・・・・・・・。神にでもなっ
た気分よね、ヒトの死を左右できる存在になれたんだもの」
「・・・・ボクを怒らせたいの?」
「榎は我々が遣わせたエージェントの一人、あのロリコン趣味のお陰で第一線からは外さ
れたんだけど、育成者としてあなたを発掘し、能力を引き出した。よくやったのに最後で
またロリコン趣味から結局身を滅ぼしちゃったのね。でも我々は満足よ、あなたのその能
力は榎のそれより格段に高く、あなたのその性別と年齢は使いようがありそう。我々の仲
間になりなさい。同じ能力をもった仲間がいるわ、私があなたのアドバイザーよ」
「あなたが・・・・・」
「東京で会いましょう。まずはあなたの復讐とやら、済ませてしまった方が気が晴れるで
しょう。自分の落ち着き先を決めておきなさい、あなたの力なら東京の病院だろうと、そ
の『御大』とやらの根城だろうと好きなところに潜り込めるはずよ。でも、もう病院では
なくてもいいようね」
しっかりと自分の足で立つ輝美を見ながら、メデューサは携帯電話を輝美に渡した。
「私から連絡もするし、あなたからしてもいいわ。YESかNOか回答を聞かせてちょう
だい。番号はメモリーに入ってる。でも忘れないでね、あなたのその『力』を与えたのは
我々だということを。勝手なことを言ってると思うでショ。いいのよ、そう思ってもらっ
ても・・・・・思うのは自由だモノね。でも私が接触した以上、あなたはもう自由じゃな
い、いいえ一人ぼっちじゃないと言ってあげた方が嬉しいかしら?だから我々の意向に背
いたりするとあなたも消されるわ。あなたが榎にしたようにね」
「メデューサさん、もう答えはひとつしかないんでショ」
携帯電話を持ちながら輝美は微笑んだ。
「ふふふ、賢い子ね。大好きよ・・・・・・そう答えは一つ」
「ボクの復讐・・・助けてくれる?」
「えぇ、喜んで」
「じゃあ、YESだよ。ボクもメデューサさんが好きになれそうだョ」
「そう、嬉しいわ。さ、お兄さんの供養をしましょう。それから病院のおもちゃ達にお別
れを言ってらっしゃい、連れてくのはこのボディーガードでいいんでショ。それからあなたにも何かいい呼び名を考えてあげるわ」
メデューサは輝美の肩をポンと叩いた。
数日後、経済界の盟主を自認する企業グループの会長が他界した。マスコミ各紙は「巨星
堕つ」の見出しのもと大々的に取り上げるほどの人物だった。地方都市の病院で看護婦同
士が出会い頭に院内の廊下でぶつかって、一人が搬入中の手術用具を誤って胸に刺して重
傷を負った事故は地方紙の豆記事として載っただけだった。

都内の一等地に建つ古びた豪邸の一室、父と娘の2人がいた。
「お父様、おじい様が亡くなられてから元気ないけれど大丈夫?」
娘は心配そうに父親の表情をうかがう。何の苦労もなく育てられた娘は心の優しい、思い
やりのある少女として、大グループの当主の血筋として大切にされていた。多感な中学生
だったが、部活動にも勉強にも積極的に努力し模範的で学内では人気も評判も上々だった。
「今日はお前に会わせたい人がいるんだよ」
父親は言葉少なにそう言った。
「えぇ、わかっています、おじい様の子なのよね。お父様、言ったでしょ、わたしと一つ
違いの年なんだから、わたしは本当の姉妹と思って仲良く暮らしていくつもりよ。わたし
も一人っ子でいるよりきっと楽しくやっていけると思うわ。お父様こそ自分と兄弟とは認められないって言ってらしたけれどいいんですか?」
父は黙って部屋の扉を開いた。廊下に一人の少女が立っていた。入りずらそうにモジモジ
している。彼女に、娘は自分から歩み寄って手を引いて部屋へと招き入れる。
「ボク、輝美っていうんだ」
「輝美ちゃん、よろしく。私、あなたのこと本当の妹だと思ってる。これから仲良くして
いきましょう。でも『ボク』って変よ、『わたし』って言わなきゃ」
「うるさいなあ、ボクの勝手でいいだろ。それに『ちゃん』づけで呼ばないでよ、気分わ
るいなあぁ、その言い方も『仲良くしてやろう』ってカンジだよね。自分が絶対的優位に
立ってると思ってるでしょ・・・・それって哀れみを含んだ同情だよね」
「ゴ、ゴメンナサイ・・・私そんなつもりじゃ・・・・・。あぁ、本当に私、心くばりが
できなくって・・・ごめんなさい。あなたを傷つけてしまった・・・・・」
娘は輝美の攻撃的な口振りにたじろいで、本当に申し訳なさそうな困惑した表情になった。
本心から自分の不用意な言葉で傷つけてすまない・・・そんなうろたえぶりだった。
「優しいんだね、それにすぐ自分の非を認めちゃうあたりなんか、人間できてるってカン
ジだし。気にしなくてもいいよ・・・・フフフ、でも、そのかわり・・・・・」
「な・・・なに?」
「・・・・・ボクのことは『輝美さま』と呼ぶんだ。ボクの言うことには絶対服従!そう
だよね、おじさん!いや、お父様か・・、ネッ、お父様」
「はい、そのとおりです。輝美さま」
父親は娘の脇に立ってそう言った。輝美への父親の従順さに娘は驚いた。厳格で娘の一挙
手一投足全てにおいて、躾を心がけている父が、娘と同じくらいの女の子にとった態度に
戸惑った。父親は素直に従っている、信じられなかった。
「お、お父様・・・・・・ど、どうして・・・・・」
「さあ、お父様、あんたの娘をしっかり押さえて」
父親は言われるがまま、娘の腕を背後から押さえつけて輝美の前に引き出した。
「お、お父様、やめて下さい。ふざけていらっしゃるの?い、痛い、放して・・・・」
輝美は身動きのとれない娘の前に歩み寄ると、まるでキスをするほどの距離に顔を近づけ
た。娘は言いようのない不安に襲われた。
「さあ、これからボクのおもちゃに生まれ変わるんだ。気に入らない君にも『力』をあげ
るよ。何者も見下してかしづかせることを当然と思うような高慢な自分勝手な強い性格と
逆らってくるヤツを叩き伏せられるくらいの腕力をネ、学校中で嫌われるような存在にな
ってしまえばいいんだ、フフフフ。さあ、智徳院みづは、ボクの目を見て、君は見ずには
いられない。さあ、ボクの目をじっと見て・・・・・・・・・・・」
「い、いやっ!・・・・・・・・・・・」
「フフフフ・・・・さあ、みずは、だんだん体が重くなってくるよ。頭の中が真っ白にな
ってきた、もうな〜んにも考えられなくなってくる・・・・・。みずは、みずははボクの
分身になるんだ。いいや、みずははボクになる。君の心はこれから真っ暗な闇に閉ざされ
て、ボクがみずはの中に入ってくるよ。みずははそれを拒めない。みずははボクを受け入
れる。みずは、いまからキミはボクの分身、君はボクになるんだ。君の体はボクがもらう
よ。さあ、みずは、いまからボクが君の中に入って行くよ・・・フフフフ」

その年の春、智徳院みずはは聖ヴェルファウスト女学院の高等部へと進学した。中学生の
時の彼女を知る学友達はその変貌ぶりに驚いた。

病室の隣にある次の間のドアの閉まる音がして、全てのスタッフが立ち去るのがわかった。
「大丈夫、必ず良くなるわ。信じてお姉様、病気はきっと良くなる」
「私・・・・・正気よ。あなたが・・・・・あなたが私をひどい目に会わせたんじゃない
の!私、わたし・・・・・あの先生のおかげでやっと元に戻れた。お願い!もうこれ以上、
わたしに干渉しないで、私を苦しめないで、輝美さん!」
「まいったなぁ〜」
そう言って輝美は髪をポリポリと人差し指で掻いた。
「最初に会った時言ったはずだよ、ボクのことは『輝美さま』と呼ぶんだと・・・・。や
っぱりダメだね、お・ね・え・さ・ま。すっかり、もとの性格に戻ってしまってる。まっ
たく、あの保健医も好き勝手やってくれちゃったから・・・・・」
「お願い、もういやぁっ!私を解放して・・・」
「ごめんごめん、ほら、初めて会った時にボクがみずはの言葉にむかっ腹立っちゃったか
らさ。ボクのおもちゃにした後も、みずはのココロを眠らさずに状況認識だけは、できる
ようにしといてあげたの。だから、みずははボクのつくった『おもちゃのみずは』に体を
占有された後も、好き勝手に動く身勝手なタカビーみずはの言動や行動、相手の反応や態
度を認知できるようにしといてあげたのさ。それって結構、苦痛だったろ?なにせ、自分
の体が自分の考えとはかけ離れた、ボクのつくったみずはに使われて他人を苦しめていく
様を、自分が嫌われていく様を見ているしかなかったのだから。これってちょっとキツ目
のお仕置きだったかな?」
「わたし・・・・私が・・・・竹島先輩を追い込んで・・・・・・」
「大丈夫、ダイジョブ、あのコ助かったってョ」
「私が・・・優紀先輩も部活辞めさせて・・・・中学の頃から優紀先輩スキだったのに・・
・・・・・・・・・、優紀先輩の私を見る目・・・・・すごく冷たい・・・敵意さえ・・」
「まあまあ、気にしない、気にしない。あなたのせいじゃないよ。ボクがつくったみずは
のせいなんだから、気にしてたら本当に病気になっちゃうよ」
「・・・・・・・・・」
涙目でみずはは輝美を睨んだ。
「おぉ、コワ!そうそう、みずはお姉様はそれぐらい怖くなくっちゃね!」
再び輝美はベットへと歩み寄る。
「来ないで!来たら私、そこから飛び降りるから!」
「フフ、その窓は嵌め殺しの開かない窓だよ。みずはに逃げ場はないよ。それにみずは、動けるの?立てる?手は動くの?今の姿勢のまま動かないんじゃない?」
「えっ・・・・・そ、そんな・・・・そんなぁっ・・・・」
「わかったでしょ、みずははまだボクの『おもちゃ』なんだよ。好き勝手には動けない」
「いやっ・・・・いやぁっ!」
「体が重くて支えていられない、意識もゆっくりと遠のいてゆく・・・・・・・眠いよ・・
みずは・・・・・とっても・・・眠いよねぇ〜」
「おね・・・が・・い・・・・もう・・・・やめて・・・・・・・」
「気持ちがとっても安らかになってきた。ボクの声が心地よくココロに響いている。ボク
の声しか聞こえない・・・・・ボクの声は心地いい・・・・眠るの・・・みずは、眠って」
「あ・・・・・・・ぁぁ〜」
「体を横たえて、そう、ゆっくりとベットに横になる。気持ちはとっても穏やかだよ。ボ
クの言うことを聞いていれば、みずは・・・君はとっても気持ちいい、さあ、おやすみ」
幼子が泣き疲れて眠り込むようにベットに横たわったみずはは軽い寝息を漏らし始めた。
「アルテミスのかけた暗示をすべて除去した後、もとのみずはに戻してあげる。今度はも
うみずはのココロを起こしておくようなことはしないよ。完全にボクの指示通りに動くお
もちゃにしてあげる。ボク、授業があるから放課後少しずつやろうかな。みずははそれま
で療養ということにしておこう。1〜2週間たったらパワーアップして学院に帰ろうね」
みずはは懇々と眠りに落ちて輝美の言葉を聞いているはずもなかった。輝美はみずはにゆっくりとキスをした。
「かわいいみずは、ボクの大事なおもちゃ・・みずはお姉様・・・フフフフ」
輝美は病室を後にする。廊下には医師や看護婦が「おもちゃの父」とともに控えていた。
「お姉様、落ち着かれて・・・今、おやすみになりました。私と2人きりで気持ちが大変
落ち着いたそうです。先生、これからもよろしくお願いします。私もできる限りお見舞い
に来ますので・・・・・・・」
輝美の言葉を知るよしもなく、みずはの心は暗い闇に包まれて意識は深い闇の底へ・・・。

To be continued.


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