タランテラの章 PART3
(十一)
剣道部を完全に支配してから数日のうちに、武道場を使う他の部、柔道部、空手部も千尋たちの支配下におかれた。
「ねえ、白河さん」
生徒会長有原悠華が、顔なじみの葉月にひそかに声をかけてきた。
「おかしな話聞いたんだけど…………剣道部のひとが……」
剣道部顧問、体育教師の藤堂美夏が部員相手にレズっている所を見てしまったそうだ。
ひどく悩んでおり、自分だけにということで教えてくれた話なのだが、それを葉月に伝えてしまう背信行為について悠華はまったく自覚していなかった。自分が知ったことは葉月に教えて当然なのだった。
「へえ、そうなんですか。……じゃ、会長、この手見てください」
「?」
葉月が目の前に握り拳をかざし、ばっと開いた。額を軽く叩かれる。
次の瞬間、悠華は自分がどこで何をしているのかわからなくなり、たまらない幸福感でいっぱいになった。
「はい、とっても気持ちよくなることができたね。なんだかエッチな気分になって、アソコがじわじわ濡れてくるよ……」
呆けた顔で体をくねらせはじめる。
「とってもオナニーがしたくてたまらなくなる。これからトイレに入って、してこようね。服は全部脱いじゃっていいから。そうするとものすごく感じるよ。でもね、声を出しちゃいけないんだ。だって、他の子に声聞かれたら大変でしょ。だから声は我慢するんだよ。そしてね、イッちゃったら、頭の中から今の剣道部の話は全部なくなる。どうやっても思い出せない。ボクに話したことも、聞いたことさえ忘れてる。わかった?」
「は……はい……」
「これからも、そういう話聞いたらすぐにボクたちに教えなきゃ駄目だよ。そうしなくちゃいけないんだからね。でないと、これからどんなにしても気持ちよくなることができないよ。わかったね。じゃあ、思いっきり“やって”きな」
背中を押すと、悠華はふらふらしながら廊下を歩いていった。その太腿にもうにじみ出た愛液がつたってきているのを葉月は見て取り、笑った。
その足で千尋と文月に伝えにゆく。
「……そっか。ま、人数いりゃあ中にはかかりにくいやつもおる。しゃあないな」
「どうすんの?」
「あいつうちの好みちゃうし、片づけよ」
千尋は事も無げにいった。
――――翌日、件の三年生は、剣道部のエース柏木貴子の相手をさせられた。実力が段違いの貴子にまったく手加減なしに打ちのめされ、顧問も周囲も冷たく見つめる中、気絶するまで解放してもらえなかった。
どうしてこんな目にあわされるのかについては十分心当たりがあった。退部し、真実をみなに訴えようとした。だがその時にはもう、自分がレズだという噂が学校中にまき散らされていた。剣道部の一年は危ない目にあったと事細かに“証言”して回っていた。誰もが白い目を向けてきて、まともに相手してくれなかった。
学校を休んだ。夕方、小学生みたいな新聞部の生徒が話を聞きにきた。必死に自分の無実を訴えた。
二日後、鏡を見ていると何だか顔に赤いペンで丸を書いてみたくなった。サインペンを握った。家人の悲鳴を聞いてはじめて、自分が握っているものが父親のカミソリであることに気がついた。
受験ノイローゼと診断され、休校し、やがて退学した。
※
「金、欲しないか」
千尋がぼつりと言った。
「そりゃ、欲しいけど…………どうすんの?」
「簡単や」
日曜日、二年生、小野寺智佳子の家に訪問者があった。
派手なメイク、露出過多の格好は水商売に従事している風であった。豪奢な応接間に踏みこんできたその女性は、両親の前に写真を投げ出した。一人娘のあられもない姿の数々。母親はその場で卒倒した。三十万で買いとれと要求され、父親は一も二もなく従った。金を受け取ると女性はネガを渡して退出した。後で両親が智佳子に話を聞くと、智佳子は泣き崩れ、学校帰りに不良たちに拉致されたことを告白した。
「……もっとむしれるんじゃないの?」
最初札束に目をむいた双子は、数え終わると欲深な顔をした。
「これでええんや。これ以上欲張ると向こうも真剣になる。こんくらいなら出すのにそれほど抵抗ないし、ネガごと渡しときゃ安心して、警察沙汰にする気も起こさんやろ。こっちはその気になりゃ智佳子の写真でもビデオでも好きなだけ撮れるんやから、この先もネタには困らんし。足りんようになったらまたやろな」
「じゃ、今日はこれでぱーっと遊ぶ?」
「あかん。これは別に使うんや」
「何するの?」
「これを元手に商売や」
「商売?」
「うちらには売り物があるやろ」
千尋は顎をしゃくった。派手なメイクのままの藤堂教師が下半身丸出しで四つんばいになり、後ろから犯されている暗示を与えられて泣きながら悶えている。
「客取らせる気?」
「いや、うちはそーゆーしみったれたのは好きやない。それじゃ一度に一人か二人しか相手させられへんやんか」
「じゃあ、ビデオ撮って売るとか?」
「販売ルートどうすんねん。どこで誰が見るかわからんし、足もつきやすいで。大体それじゃ金しか取れへんやんか」
「?」
「うちらの野望忘れたらあかん。一度来た客にゃ、これからもずっとうちらのお客様になってもらうようにせなあかんのや」
「……何する気?」
「へへ、まあ見とき」
それから千尋は放課後すぐに下校するようになった。街で何やら動き回っている様子だった。
「いい加減に教えてよ」
「まだ駄目や。今難しいところなんや。それより、学校の方はきちんと押さえといてや。頼りにしてるさかい」
「面白いことやってるんでしょ? ボクたちにも手伝わせてよ」
「あかん」真顔で、「あんたらにはいずれ大事な役どころやってもらう。でもな、今はあかん。顔おぼえられたら何もかも吹っ飛ぶかもしれへんのや」
相当危険なことに首を突っ込んでいるらしかった。
(十二)
「なんか、わかんなくなってきたね」
「うん、わかんない」
夜、ベッドの中で、双子はいつものように額をくっつけあって言い交わした。
千尋のことだ。
かなり深いつき合いになったのに、まだまだ謎が多い。
まず関西弁だ。
本気になった時は、関西弁のかけらもなく低い声でしゃべる。その響きときたら、ちょっと耳にしただけで心の琴線に触れるというか、琴線の方が勝手に共鳴しはじめるような、妖しいものだ。何もかも忘れて引きこまれてしまう。声そのものに催眠能力が宿っているとしか思えない。実際、千尋がこの声で誘導したときに失敗したことを見たことがなかった。かかりにくい相手でも、あっけないほど簡単に落ちる。
なのにいつも、まるで正反対の甲高い関西弁だ。
訊ねたことがある。
「どして?」
「うちな、元々こっちの生まれで、小学校の時に向こう行ったんや。
チビで、標準語で、おまけにこないな顔しとったから、そりゃもうめちゃくちゃにいじめられたで。ブス、何気取っとるんや、気色悪いわ、アホちゅうてな。そやから必死で練習した。でないと生きていけんかった」
「話は聞いたことあるけど、関西ってほんとにそうなの?」
「そやで。同じ関西ん中でも色々別れとる。で、関西弁てひとくくりにするとな、関西弁なんてもんはない、色々あるんや、京都とキタとミナミと神戸と和歌山と全部ちゃうんや、そんくらい知っとけなんて言い出す。アホか。じゃああんたら東北弁って言わんのか。東北六県それぞれ全部違っとるんやで。でもひとまとめにしとるやんか。東京に妙にライバル意識もっとるけど、東京の方じゃ全然気にしてへん。あっちから見りゃ関東だろうが関西だろうが、北海道だろうが九州だろうがみな同じ、区分けの一つにすぎんのや。なのに自分らばっか偉ぶって。プライドばっかり高うて話にならん。よそのもんが妙ちきりんな関西ことば使うとな、めっちゃ怒るねん。この下手くそ、ちゃうわ、アホ、てな。うちのこれかて向こうから見りゃゲロ吐きもんやろな。わかっとる」
機関銃のような長口舌。双子はあっけにとられた。
「……なんか……すごいね」
「恨みでもあるの?」
「こっち来れてほんまにせいせいしとる」
「じゃあ何でそんなしゃべり方するの? 嫌いなんじゃないの?」
「嫌いやで。そやから使うんや」
「?」
「そりゃな、何から何まで悪かったわけやない。ええヤツもおった。メシは間違いなく向こうの方が美味いで。うちに催眠術教えてくれたのも向こうのツレや。楽しい思い出もぎょうさんある。
そやけど、それに逃げたくないねん。よかったことばっか考えとったら、許してしまいとうなる。それは嫌なんや。絶対に許したらあかんヤツっちゅーのもこの世にはおるねんで」
千尋は目の前に置いてあったウィスキーを一気に流しこんだ。格好つけて開けてみたはいいが、三人ともあまりおいしくないと敬遠していたものだった。
「……余計なこと言っちゃったね……。忘れて」
千尋は“本気の声”で言ったが、何の効果もなかった。その声を聞いてどうにもならなかったのはその時だけだった。
「あれ、わかった?」
「わかんない」
「だよね」
「許す許さないって、何のことだろね」
さらに謎なのは、千尋がきつく繰り返す注意事項だった。
「ええか、絶対に音楽室、ブラスの子には手え出したらあかんで」
「前にもそれ聞いたけどさ、何で?」
「あの先生な、うちらと同じことしとるかもしれん」
「本当?」
「だったら仲間になれるんじゃないの?」
「あかん。本庄センセの伝説しらんのか」
「何それ?」
「二年前、あんたらが入学する前やね。怪我した先生の代わりに綺麗な女の先生来はったんや。本庄さゆりだったか、しおりだったかわからんけど、とにかくそのセンセが、催眠術でめちゃくちゃにされたらしいんよ」
「本当?」
「なんも証拠はあらへんけどな。でもその頃のこと調べたら、どうもそうらしいんや。うちにしかわからんことやけどな。
うまく仲間になってくれたらええけど、そうでなければうちらをつぶしにくるで。そうなったら教師と生徒、向こうの方が有利や。
向こうがどないなことやっとって、どないな考えでいるのかわからんうちは、下手に動いて気づかれたらあかんのや。うちが自分のクラス全部支配せんのもそのためや。うちには三人ブラスいるさかい。ええな」
その時は納得してみせたのだが……。
「あれ、何か隠してるよ」
「うん、全部じゃないね」
「あんなこと言ってたけどさ、千尋ならブラスの子にかけて色々聞きだして、忘れさせるくらい簡単にできるんじゃないのかな」
「あやしいよね」
「あやしい」
「聞きだしてみよっか」
「そうだね」
※
日曜日、珍しく千尋が双子の家に遊びに来た。
両親は出かけている。夜まで帰ってこない。――――そうするように双子が命令した。とうに催眠をかけて操り人形にしてある。
「……何とも思わへんのか?」
「何を?」
「いや、だからな、生みの親を好きにして。……」
「どうして気にするの?」
「普通はもうちょい抵抗あるもんなんやけど。うちかてそうやった」
「「そんなものなの?」」
「………………」
千尋は感に堪えぬようにつぶやいた。
「つくづく、あんたら生まれつきの――――やな」
「え?」
「何て言ったの、今?」
「いや、何でもない」
双子は顔を見合わせた。
(やろうか?)
(やろう)
無言のうちに意志が統一される。
「ねえ、ちーちゃん……」
双子はソファーに座る千尋の左右に移動した。狼狽する千尋に身をすりよせる。
「この間みたいなこと、また、しない……?」
「いいこと、しようよ……」
「ま、待ちい! うちはそういうシュミないねん!」
「ボクだって別に女の子だけが好きってわけじゃないよ」
「そうそう。男でも女でも、気持ちよければ何でもオッケー。ね、楽しもうよ……」
四本の手が千尋の体に伸びる。
「やめえ! でないとあんたら眠らせるで!」
「それでもいいよ…………」
「かけられるのも気持ちいいもんね」
「………………」
千尋はあきれはてた風にため息をついた。
その大きな瞳がわずかにうるんだようになる。ふっくらした頬に、幼い印象とは裏腹のなまめかしい赤らみがあらわれた。
…………先日の経験がまだ脳裏に強烈に残っている。千尋にしても、あの快楽を期待していないわけではないのだ。
「しゃあないな……」
「やった!」
「ただし、こないだみたいなのはごめんやで。うちにも色々やらせてもらう」
「いいよ」
まず双子が千尋によって催眠状態に置かれた。
千尋は片方を男にし、恋人同士という暗示を与えて二人を愛しあわせようとした。
だができなかった。
どちらも男になってしまって、困った風に顔を見合わせた。
片方に暗示を与えると、もう片方もまったく同じ状態になるのだった。二人の催眠感受性は普通、特にかかりやすいというわけではないし、これまでも他の人間に対する暗示で自分が引きこまれたことはない。双子同士だけで発生する現象だった。片方に何も聞こえないと暗示を与えても、これから言うことは片方にしか効果がないと言っても、克服できなかった。別々の場所で暗示を与えるなら話は違うが、同じ場所でやる限り、必ずそうなってしまうのだった。
「……あんたら、ホンマに変わっとるな」
千尋は興味深げに腕を組んだ。
徹底的にやれば別かもしれないが、千尋にはそこまでする意志はなかったらしく、早々にあきらめ、全身が敏感になる暗示を与えてきた。
自分たちだけで気持ちよくなるように言われる。これには抵抗はない。
同じ顔が同じように淫らに歪み、同じ裸体が絡みあった。
二人はたて続けに嬌声をあげた。酔ったようになり、夢中になって快楽をむさぼり合う。
千尋はきちんとそろえた膝に肘をつき、片手であごを支えて興味深げに見つめている。
やがてわずかに喉を鳴らし、膝小僧をすり合わせた。
鈴を置き、服のボタンを外す。
悶えながらそれを見て、双子は気づかれないように目配せしあった。どちらも一度は催眠に入っていたのだが、激しく体をまさぐりあううちに醒めていた。千尋はすっかり双子が理性をなくしたと油断している。しかし快楽には慣れているので千尋の予想ほど簡単には溺れない。
「ちーちゃん……」
這い寄っていって足に手をかけた。千尋は抵抗しなかった。
片方が千尋の頬をはさむ。千尋は自分から目を閉じ、顔を上向けた。
唇を重ねる間に、もう片方がスカートを脱がせる。これも千尋は自分から腰を浮かせた。
長く濃厚なキスが終わると、千尋は目をとろんとさせ、すっかり抵抗力を失っていた。全裸にされ、恥ずかしそうに身を縮める。だが胸を隠す腕には力がなく、つかむと簡単に外れた。
「いやや……やっぱ、恥ずかしいわ…………」
「可愛いよ、千尋……」
左右両方の乳首を双子が同時に舐めはじめる。時に舌を止め、四本の手が羽毛でくすぐるような微妙な手つきで脚から腰、脇腹に腋の下となでさする。どのようにすればより感じるか、双子は互いの体でじっくり研究している。緩急をつけた熟練の性技に千尋はたちまち飲みこまれ、可愛らしい唇の間からしきりに熱い吐息をつくようになった。
両膝をしっかりと閉じている。双子の指が忍びこみ、くすぐりながらじわじわとこじ開けようとするが、千尋はすり合わせるようにしてそれを許さない。
「力抜いてよ……」
「いや……いやや……」
「ね、気を楽にして……」
頬をなで、耳たぶを舐め、甘くささやく。
「気持ちよくなりたくないの? 恥ずかしい? だったら、目を閉じていればいいよ……夢でも見ているつもりになって。そうしたら、最高の気分にしてあげるから……」
「………………」
千尋は泣き出しそうな顔をしたが、舌先が耳にさしこまれてくるとぶるっと震え、ゆっくりとまぶたを下ろしていった。
「ほら、力抜いて……。恥ずかしくなんかないんだよ、とってもとってもいい気持ちなんだ……」
掌を千尋の額に置き、目を開けられないようにする。頭を上向かせ、ゆっくりと揺さぶる。同時に喉から鎖骨、胸へと指を滑らせてゆき、乳首の周辺をじらすようにくすぐる。その間もう一人はくっついている膝を舐め回し、手を臍から腰、お尻や太腿へとしきりに動かして刺激を与え続けている。
「ボクの言うとおりにしてよ……。余計な力は抜いちゃってさ……気持ちよくなろう? ほら、足の力を抜いて……楽にして…………足、開いて……」
「あ…………あ……」
「そうら、開いてきた…………気持ちよくなりたいんだよね。嬉しいよ……もう止められないよ。どんどん開くよ。開いたら思い切り気持ちよくしてあげるよ。ほら、もっと開く」
別れた膝の間にすかさず指が侵入してゆく。震えながら千尋の腿は左右に大きく広がっていった。合わせて舐める舌もじわじわと上の方へ移動し始める。
「あんまり生えてないんだ……。なんか、可愛いよ」
千尋は真っ赤になって両手で顔を覆った。だが足を閉じようとはしない。
「きれいな色……。すごい、ぐちょぐちょ……こんなに濡れてる…………熱い……。どんどんあふれてくる……あとからあとからしみてきて、ほら、とろーりと流れ出していくよ……」
口でこそそう言うものの、まだ見つめているだけで、指で濡れ具合を確かめたわけではない。なのに千尋は腰を揺すり、甘いあえぎをあげて顎をのけぞらせた。完全に双子の暗示にはまっている。
双子は同時に動いた。上を刺激する方と下の方とに別れる。上では千尋の手を引き剥がし、唇を重ねて舌を送りこみながらそれまでじらしていた幼いふくらみを手中に収め、最高のテクニックでいじり回す。下は舌と指とで、充血したクリトリス、ぷっくり膨らんだ陰唇、尿道に膣口、会陰部にお尻の穴の方まで、急所という急所を一気に刺激しはじめた。
千尋はたちまち快楽の極みに押し上げられてゆく。
「んんーっ!」
千尋の体がものすごい勢いで跳ねた。双子を吹き飛ばさんばかりに二度、三度。
それからがくがくと腰を痙攣させ、悲鳴をあげると深々とソファーに身を沈め、首を後ろに倒して動かなくなった。口はだらしなく開きっぱなし、乳首が大きく突き出す唾液まみれの胸ばかりが激しく上下している。
「「気持ちいいでしょ。もう体のどこにも力が入らない」」
双子は声をそろえて千尋の両耳にささやいた。
「「頭の中は真っ白。ふかあい所へどんどん落ちていく。とてもいい気持ち。最高。ほうら、すうっと、すうっと、沈んでいくよ……すうっと沈んで、何もわからなくなるよ……」」
千尋の体を横たえる。千尋は安らいだ顔つきで、されるがままになった。オーガズムに伴う落下感覚と暗示を重ねられたせいで、あっという間に深い催眠状態に落としこまれたようだ。
「「ボクたちの言うとおりにしていたら、今のそのすごい気持ちいい感じのままでいられるからね。さあ、もっと深く沈んでいこう…………深く……静かな海の底に、どこまでも、どこまでも沈んでいく…………とてもいい気持ちだよ……」」
身を起こし、双子はほっと息をついた。やはり千尋が相手とあって、緊張していたのだった。
「もう大丈夫だよね」
聞かれたことには何でも答えてしまうような暗示を与える。
「何から聞く?」
「やっぱりさっきのアレでしょ。生まれつき……そのあと、なんて言ったのか」
「うん」
だが、千尋は口をもごもごさせたものの、それ以上何も言おうとはしない。
「ね、教えてよ。言わないと、すごく悲しい気持ちになっちゃうよ。ほうら、涙が出そうなくらいに辛い感じがどっと押し寄せてくる……」
「寂しいでしょ。辛いでしょ。ね、嫌でしょ、こんなの。だから、教えて。たった一言だよ。言ったら楽になるよ。気持ちよくなれるんだよ」
「どんなことだってボクたちには言えるんだよ。だって、ボクたちのこと、千尋は大好きなんだから。大好きなボクたちには何だって打ち明けられるんだ」
「あ…………」
千尋の様子が変わった。唇がかすかに動いた。
「え?」
「聞こえないよ…………もう一回言って」
双子がそろって耳を近づけたその瞬間。
千尋の腕がいきなり動いた。
裏拳、握り拳の尖った関節部分が片方の鼻にめりこむ。
「!」
何が起こったのか理解できないもう片方のこれも顔面に、千尋の拳が叩きつけられた。
「…………まったく……」
千尋がゆらりと身を起こした。
鼻血を流した双子は尻餅をついて後ずさる。
「少し気を許したら途端にこれだ。やってくれるね、あんたら……」
本気の声だ。首をこきこきと左右に傾け、肩を回す。顔にかかった髪を後ろへ投げやる。ソファーにしみが出来るほどに濡れた秘所に気づいて苦笑した。
「か……かかってなかったの?」
「かかってたよ、思いっきり。なんか変だなとは感じてたけど、イクのに合わせて暗示かけてくるなんて思ってなかった。あれじゃ抵抗できないね。気持ちよかったよ」
千尋は笑顔でいるが、目がまったく笑っていない。汗ばんだ肌からどす黒い妖気が立ちのぼっているようだ。双子は震え上がったが、それでも訊ねずにはいられなかった。
「じゃ、じゃあ、どうして……?」
「“好き”って言ったのは失敗だったね。そこまではのってたんだけど、あたし、そんなこと言われると醒めちゃうんだ」
千尋はどこか寂しげに笑った。
「駄目だよ、そんな嘘ついちゃ、さ」
「嘘なんて……」
「今度そんなこと言ったら、あんたたちでもただじゃすまさないからね」
千尋は手の平を双子に向けてきた。両の瞳が恐ろしいほどの光を放つ。二人は総毛立つ。
「二度とこんな真似ができないように、あんたらの心を縛っておいた方がいいかな……?」
双子は覚醒してはいるが、千尋ならば一言二言だけでまた催眠状態に戻すことができるだろう。注意をそらし意識を保とうとしても、自分たちにはキーワードが埋めこまれているはずだから、無駄な努力だ。どうやっても逆らうことはできない。次に目覚める時には何もかも忘れさせられてしまっているだろう……。
……。
が、
「………………」
千尋は手の平を返し、ゆっくりと握った。
目を伏せ、うつむく。
「好きだなんて……嘘に決まってる…………。
わかってるんだ。あたしが誰にも好かれるはずないってことぐらい……」
――――何を言っているのだろう?
冷酷というのとは異なる、寒々としたものが千尋の小さな体に巣くっているのを双子は感じた。
――――これは……何なのだろう? この千尋という人間は一体……?
千尋の視線が動けないでいる双子と自身の手とを往復する。
「……やめた」
立ち上がる。
「あ〜あ、べとべとや。シャワー借りるで」
明らかに作っているとわかる不自然な声を上げ、双子の返事も待たずに風のように去っていった。
※
双子は寝台で額をくっつけあった。
「どうして何もしてこなかったんだろ?」
「わかんない」
探ってみたら、千尋がどういう人間なのか、かえってわからなくなってしまった。
ちらりとのぞかせた内面の、あの空虚は何なのか。
あれは下手に踏みこんだらこっちまで凍えてしまうようなものだ。凍りつくのではなく、ただひたすらに寒く、血が通わなくなり、動けなくなり、倒れた体の上にしんしんと雪が降り積もる――――身を暖めるものがどこにもない、荒涼とした世界。
“好き”という言葉にあれほどに反発するのはなぜなのか。
千尋の表情を思い出し、寒風に吹かれるような心地がして、互いの体温で暖を取ろうと強く抱きあった。
はじめて考えた。
千尋は、皆を支配してどうしようというのだろう?
自分たちの答えは簡単だ。――――楽しみたい。他人を操って笑い、他人をよがらせてこちらも燃え、ついでにお金も欲しい。支配欲、肉欲、金銭欲。人間として抱いて当然の欲望だ。これまでその真っ当さを疑ったことはない。これからも抑制するつもりはない。
だが、千尋は。――――
千尋とて、欲望で動いていることには変わりない。
気になるのは、その欲望の中身だ。
迫水千尋という少女は、この世界を自分たちとは違う所から違うように見ている。支配するという行為も、千尋の中では自分たちとは違う意味合いを持っている。千尋の欲望というのは、自分たちとはまるで異質の、想像もできないようなものなのではないだろうか。
そんな気がした。
彼女はどこへ行き着くのだろう?
「………………」
「………………」
他人のことを気にかけている自分たちを不思議に感じた。これまでになかったことだった。
双子はその夜夢を見た。ぼろぼろの服を着た小さな女の子が、砂塵渦巻く荒野を歩いていた。ゆけどもゆけども何もなく、一滴のうるおいもない枯れ果てた大地を、一人どこまでもさまよっていた。
朝、目を覚ますなり、女の子が可哀想で、泣いた。
(十三)
千尋の校外での活動はそれからも続いた。
双子はもう勝手な行動を取ることもなく、武道場と新聞部の押さえを従順につとめた。
好奇心は抑えがたく、音楽の授業を受けるたびに長身の美女教師を観察してしまうが、それ以上の行動に出ることは厳に慎んだ。
五月ももうじき終わろうという頃、千尋が二人を呼びだした。
二人は指定された店の扉をこわごわ開いた。女子高生が出入りするような所ではない。危険な雰囲気が漂っている。
「これまで黙っててすまんかったな。やっと目処がついたもんでな」
「……それはいいけど……」
「何、この人たち……」
双子は怯えた。
制服姿のままソファーに腰かけ足を組む千尋の背後に、見るからに残忍狂暴の気をたたえた男たちが何人もたたずんでいる。双子を見る目つきからしてもう尋常でない。
「紹介するわ。右から、チーム“JACK”の黒崎はん、一工の姉川はん……」
不良高校の顔役、暴走族の特攻隊長、チーマーの頭。どの一人をとってもその世界に名の知れた、喧嘩ばかりか人望、組織力の点でもいずれ劣らぬ実力者ばかりであった。警察官さえ含まれていた。
「大丈夫や、みんなうちのお友達やさかい」
千尋が手を振ると、皆くるりと背中を向け、店の奥に引っこんでいった。
「まあ座りい。何か飲むか?」
妙に世慣れた風の仕草を見た目小学生の千尋がやるのはどうにもアンバランスで、頭の中が混乱してきた。
「あ……いや……」
「はは、びっくりしたやろ。ずっとこういうことしてたんや。あれだけの面子そろえるのは大変やったで。どうでもええクズから順に糸を手繰って、途中で失敗せんように、やばいやつらに見つからんように、一人一人、な」
唖然となるしかない。
「うちのやりたいことやるには、どうしてもあの連中が必要なんや」
「な、何する気なのさ」
「ふふふ」
千尋の話を聞いて、双子は今度こそ二の句が継げなくなった。
※
(本当か?)
(そうらしいぜ)
(オレが聞いたのは……)
(まさか……)
(だけどよ……)
街の裏側に噂が流れた。
男ならば夢見ぬ者のない、淫靡きわまりない噂だった。
噂は闇から闇へ、どろどろした欲望と下劣な期待をかき立てながら、口から口へと流れ、広がっていった。
六月、最初の土曜の夜。
繁華街の外縁にある瀟洒なビルに、若い男が一人また一人と、周囲をうかがいながら集まってきた。
入り口に座りこんでいるホームレス風の男に声をかける。男は相手を見やり、時には相手せずに追い返し、時には無言で奥を指さす。
階段を上ると、踊り場に屈強な男が立っていた。顔におどろおどろしいマスクをかぶっている。
男は来た者に頭からかぶる白いマスクと冊子を手渡した。冊子には数人の少女が写真つきで紹介されていた。いずれも有名なお嬢様学校の生徒だった。
みな美しかったが、何と言っても目を引くのは後ろ二人。
一人は成績優秀、品行方正、掲載されているスナップ写真も堅苦しい姿ばかりの生徒会長。
もう一人は、全国大会出場経験のある凛々しい剣道少女。
通常なら決して手が届かない高嶺の花だ。マスクの開いた部分にのぞく客の目が粘っこい光に満たされた。
上階のフロアに通される。窓のない、ちょっとしたイベントなどを開催するスペース。すでにマスクをかぶった男たちで埋めつくされている。何も飾り付けのない寒々とした空間にその異様な姿が居並んでいると、まるで映画のワンシーンにまぎれこんでしまったかのような心地になる。現実でありながら、現実的でない。
最後の客が入ると扉が閉じられ、係員――というより用心棒と言った方がふさわしい、凶悪な気配の男が立ちふさがった。
照明が落ちる。アップテンポのテクノ音楽が流れはじめ、フロア前方のステージにまばゆいスポットライトが当たる。
西欧でカーニバルに使われるような鈍い金色の仮面、体の線が浮き上がる薄いドレスを身にまとった、背格好がまったく同じ少女が二人現れた。場の空気が明らかに変わった。
「「ようこそ、快楽と背徳の美少女オークションへ!」」
腕を差しのべ、芝居がかった大仰な仕草で挨拶する。声も仕草も完全に同調していて、まるで一人の人間が二重写しになっているかに思われた。これも映画じみていて現実感がない存在だ。
リズミカルな口調で長々と口上を述べる。これから素晴らしいお嬢様たちが次々と“売りに出される”のだ。普通にアプローチしてもまず落とすことのかなわない、ガードの堅い美少女たちが、どんな店よりも安い価格で手に入る。立て板に水のごとき流暢な煽り文句を聞いているうちに、客は次第に昂揚してきた。
「「……それでは、商品番号一番!」」
制服姿の少女が、これも仮面をつけた小学生ぐらいに見える女の子に手を引かれて出てきた。清純という言葉が人の形を取ったような美少女だ。しかしその目はどこかうつろ、この異様な状況にも何ら戸惑う様子がない。
「「先ほど申し上げた通り、この子には深い深い催眠術がかけられています。皆様方のお望み通り、どのような姿勢でもどのような行為でも自由自在、いかなる要求にも応じます。さあ、生きた操り人形にどうぞ盛大な拍手を!」」
椅子にかけさせられた少女は、小さな女の子の問うままに名前と住所を口にした。膝をかかえろと言うとその通りにして、真白い太腿を男たちの目の前にのぞかせた。
「「さあ、まずはキスから! 千円ではじめます!」」
客たちはどうすべきか迷い、周囲を見回す。
ノリのいい数人が手を挙げた。司会の二人が提示した値段でいいと思った者が声を上げて挙手するシステムだ。千円、二千円と値が上がり、五千円で挙がっている手が一本となり、止まる。
「「ありがとうございます! 前へどうぞ!」」
“助手”の男が落札者を引っ張り出す。箱が差し出される。金が入れられる。
「「見事落札された方には、お好きなシチュエーションをサービスします。どのようなものをお望みですか? 熱烈な恋人同士のキス、手練の風俗嬢に変身させての技巧あふれるキス、あるいは初めての初々しいキス、それともあなたのことが嫌いでたまらないのにどうしてだかキスしてしまうというのはいかが?」」
恋人同士が選ばれた。小さな子が少女の耳に何やらささやき、目の前で指を鳴らす。少女はうっとりとした表情で相手の胸に身をもたせかけ、期待するようなまなざしを投げかけてからそっとまぶたを下ろした。キスは長く、情熱的だった。
「「さあ、次は彼女の初体験! 彼女はあなたを最愛の恋人と思いこみ、大事にしていたバージンを捧げてくれるでしょう! 何と驚きの低価格、これも同じくたったの千円から! ……」」
一万二千円で落札した。落札者は少女と共に隣のフロアへ消える。そちらに楽しむ部屋が用意されているのだ。少女は緊張半分期待半分といった表情で“恋人”の手を握っていた。
女子高生、それもそこら辺の遊び回っている連中ではなく正真正銘のお嬢様を本当にそんな安い値段で好きにできるとわかり、会場全体にそれまでとは違った熱気がたちこめてきた。
次の少女が連れてこられる。今度はシーズンには少し早いが、涼しげな浴衣姿だ。促されるままに椅子に手をつきお尻をさし上げてみせる。下着の線が浮き上がって見えている。
司会の双子は時には一緒に時には交互にしゃべる。あるときは単調な言葉を繰り返しまたあるときは難しめの文言を荘重に語る。身振り手振りもとかく大仰で目を引く。一定のリズムの音楽が延々と流れ続け、壇上にばかり集中する照明は目まぐるしく切り替えられる。客たちの精神は徐々に惑わされ、正常な判断力が奪われてゆく。
キスは六千円。胸を揉む権利は一万一千円、追加で五千円を払ったので少女は快感に悶え、声をあげた。痴漢する権利は一万二千円。花火大会の帰りという設定で、電車の中で少女は男に体をまさぐられ、声も出せずに震え、泣き出した。だがどうやっても逃れることができず、やがて快感をおぼえはじめ、切なげに身をくねらせるようになった。
「「それでは、彼女とのセックス! 千円から! 千円、千円! たったの千円! はい二千! 二千、三千! はい四千! 四千! 五千五千五千! ……」」
老獪な競売人を思わせるリズミカルな呼びかけが二重の少女の声で語られるのは何とも奇妙で、つい聞き入ってしまう。
千円という安さにつられ、最初はほとんど全員が手を挙げる。手を挙げる時に声を出すから気持ちはさらに解放される。双子がそれをますます煽りたて、場は狂騒的になってゆく。
今度のセックス権は二万円で売れた。これも相場よりかなり安い。買った男はアナルセックスができるかどうか聞いてきた。“売り物”にその経験はなかったが、興味を持ち、試してみたくなるような暗示を与えられた。みなさらに煽られる。
次の丸メガネをかけた知的な雰囲気の少女は、ミニスカートのまま犬にされ、四つんばいで客の間を歩き回った。千円を出した客の股間に片端から愛おしげにキスをした。興奮が高まり、さらに高値がついた。
「「さあ、お次は当方自信の逸品! まさかこんな子がとみなさんお思いでしょう、学年トップの優等生、高陵学園生徒会長の登場です!」」
美容室できちんとカットしてきた上品な髪型、うっすらと化粧を施した清楚な美貌の有原悠華が進み出てきた。隙なく整った制服姿、白のソックスは三つ折りにして、丁寧に両手に鞄まで下げている。
「「そろそろみなさんお疑いでしょう。本当に催眠術なんかにかかっているのか、演技じゃないか。そのお疑いはごもっとも。ではここでひとつみなさんに、この子が本当に催眠術にかかっていることを証明してご覧にいれましょう!」」
悠華は椅子に座らされ、助手の男に手足を縛られた。そのまま覚醒させられる。
「……え! な、何、何よこれ! どうなってるの!?」
これ以上ないくらい引きつった表情で悠華はもがいた。強気に周囲を罵り、しかし血の気の失せた肌の色、後から後から浮かぶ冷や汗はとても演技とは思われない。
「警察呼ぶわよ! 離しなさい! 誰、あんたたち! あたしをどうする気なの!」
「「ご覧の通り、これが普通のこの子の姿。これでわかっていただけたでしょう。それでは、今一度催眠術にかかってもらうことにしましょう」」
脇の小さな女の子がダンサーのようにくるりと一回転した。場の注目を集めた後大きく掲げたその手には、直径十センチほどの水晶玉が乗せられていた。照明を浴びてまばゆいばかりにきらめいて、見つめる皆の目を奪う。
「「これが魔法の水晶玉。さあみなさん、よく見てください。これがあればどんな女性も自由自在、あなたの望むそのままに、ときには人形、ときにはワンちゃん、恋人だろうが奴隷だろうがお好きなように、あなたの望むそのままに、自由自在に変身させる魔法の瞳、きらきら光る夢の玉……!」」
二重の声は一定の抑揚を伴って繰り返され、客は次第に珠の輝きに吸いこまれるような感覚をおぼえはじめた。
「催眠術って、それ何よ! 大体ここどこ! 帰るわ! ほどきなさい! でないと本当に警察呼ぶからね!」
「「さあ、この水晶玉の力を見なさい!」」
悠華の目の前に球体がつきつけられた。
同時に女の子の反対の手に握られていた鈴がリ……ィン……と鳴る。
怒りに満ちていた悠華の表情に動揺がはしった。視線が水晶玉に吸いつけられて寄り目になる。権高につり上がっていた眉の角度が失われる。瞳から力が消え、半眼になり、閉じた。首が前にがくりと垂れる。再び目を開けさせると、瞳はもう何も見ていないうつろなものに変わっていた。縄をほどかれても立ち上がろうともしない。
「熱い、熱いよ、とっても熱い……」
女の子が耳元でささやく。悠華は椅子の上でなまめかしい吐息をつき、こみあげる熱さに耐えきれなくなって、胸元を開いて身もだえしはじめた。
マスクの下からのぞく客たちの目が野獣のそれに変わってゆく。
「「ほうら、生真面目なお嬢様もこの通り! もう彼女はお人形! 男が欲しくてたまらない! 欲しい、欲しい、とっても欲しい! 誰かあたしを好きにして! 彼女を手にする男はだあれ!? そらっ!」」
途端に皆、何かに取り憑かれたように手を挙げ、声を張り上げた。
「一万! 二万二万、二万でどう!? はい三万! 四万!」
これまでは千円単位だったのがいきなり万単位になる。だがみなトランス状態となっていて、まともな判断力が失われており、それまでと同じように手を挙げ続ける。
「十二万! ハイあなたに決まり! 素晴らしい! あなたは最高!」
「男の中の男に拍手! こんな美人がたったの十二万で買えるとは、なんて幸せなんでしょう! では次!」
落札者を“係員”にまかせて脇に押しやり、場の勢いを保つため、これまでと違ってすぐに先に進む。音楽も照明も最高潮だ。双子のこめかみにも汗が浮いている。
「「最後の一人、剣道部主将、インターハイ期待の星、麗しき女剣士、柏木貴子!」」
貴子は紺の稽古着姿で登場した。背筋を伸ばし隙のないたたずまいで客の間を一回りした後、袴を自分から脱ぎ、ひときわ際だつ真白く長い脚をあらわにする。紐をほどいて前を開いた。ブラジャーはつけていなかった。
鈴の音で別人になった。ビートに合わせて緩やかに体を揺する。立ったまま胸を揉み、腰をなで、指を股間へ潜らせてゆく。凛々しい瞳は欲情にうるみ、それでもあくまで崩れることなく、悩ましい悶えぶりを皆の目にことごとく見せつける。
悠華の時の狂騒さめやらぬまま、男たちはさらなる興奮に誘いこまれ、最後の一人ということもあり、我を忘れて競りあった。
十五万を超えた所で提案された。
「「きりがないので方針変更! みなにまとめてチャンスをあげる! 一律三万、三万払えばこの場で彼女を好きにしていい! たったの三万、三万、三万三万三万、犯す権利がたったの三万! さあ、欲しい男は手を挙げて! 男だったら手を挙げて! 欲しがらないのはホントに男? こんな美人がたったの三万、欲しい男は手を挙げて!」」
叫喚が噴き出した。
「「さあ、犯しなさい!」」
双子は貴子を突き飛ばした。
男たちが雄叫びをあげて襲いかかった。
(十四)
会場ビルの上半分は住居になっていて、“用心棒”の一人が住んでいた。千尋たちはそこに引き上げた。本当の住人は今夜は家には帰らないように言われて追い出されている。
「ま、こんなもんやね」
テーブルの上に山盛りになったお金を前に千尋は満足げに笑った。顔が赤い。祝杯ということでワインを開けた。よほど昂揚しているのか、グラス一杯で千尋はふらふらになった。
「あんたらもようやってくれたわ。あっと、いかんいかん、あんたらも醒ましとかなあかんな」
向かいに座りグラスを傾ける双子の目の前で指を鳴らした。双子は数回まばたきをしてきょとんとなる。
「……あ……」
「さっきのアレ、ほんとにボクたち?」
「うまいもんやったで」
千尋は双子に“ベテラン”という暗示を与えて司会者をやらせていたのだ。でなければ大勢の男の前で堂々と振る舞うことは難しかっただろう。
「第一回てこと思えば十分や。最後のやつがきいたからかなりの額になったで」
「うん……」
双子は釈然としない様子だ。
「どしたん?」
「確かに結構儲けたけどさ……」
「千尋の手回し、人脈づくりの手間、会場や照明、音楽、マスクの準備。まあカタログは新聞部に作らせたからいいとして……」
「手間暇考えたら収支とんとんぐらいじゃないの?」
「第一回言うたやんか。初めてならこの程度でええんや」
“この程度”の壮絶な光景が双子の脳裏によみがえる。
頭から足先まで白濁液まみれになって横たわる貴子の周囲に、「射精すると頭の中がすうっと真っ白になっていく」という暗示にはまり、縮んだ股間をむきだしのまま折り重なって倒れている男たち。千尋が鈴を鳴らし、まとめてさらに深い催眠状態に入れた。
「めっちゃええ気持ちや。この幸せな気分は普通じゃ絶対に味わえん。またこんな気分になりたい。そうやな。美人を買いたい、抱きたい、犯したい。でもそうするためにゃ、もっともっとお金を集めなあかん。わかるな、近いうちにまたこういうイベントがある。そん時までに、できるかぎりぎょうさんお金集めとかなあかんのやで。そうすりゃいい女好きにできて、みんながうらやましがる。まさか、はした金しか集められへんヘタレちゃうやろ? あんたらが本物の男やったら、がんがん金集めて、次の時に惜しみなく使うんやで。それがホンマの男ってもんや」
「なんか、うまく行きすぎて怖いよ」
「催眠術って、万能なわけじゃないよね。忘れろっていうのも、効いてないのがいるかもよ」
「ふふん、それもちゃんと計算済みや。全部うちらの言う通りにされたら、かえって困る」
「どういうこと?」
「それほど深くかからんかったやつはな、こーゆーイベントがあったっちゅう噂を流してくれはる」
「お客にも催眠術かけちゃうイベントだなんてばらされたら、かえってまずいんじゃないの?」
「かけられた意識はないはずやで。催眠に詳しいやつなら別やけど、頭のきれるやつ、知ってそうなやつは呼ばんようにしといたし。よほどはっきりした証拠でもないかぎりばれやせんて、安心しい。
それに人間てな、都合のいいことしか耳に入れとうないもんや。噂が口から口へ流れてくうちに、欲望に訴えかけるとこだけ強調されるようになるで」
「……」
「都市伝説みたいになれば最高やね。そうなりゃ次んときは、ああ本当だったんやて納得して来てくれはるで。今日は初めてやさかい、みんな半信半疑、財布の中身もスカスカやったけど、最初から期待して来てくれはるようになりゃあ、かけるのも簡単、金もぎょうさん。かくして人も金も、うちらの世界はどんどん広がってく。万々歳や」
双子はめまいすらおぼえた。自分たちと同じ年の千尋は、どこでこんな知識を得たのだろう?
「……やばい連中にタレコミされないかな?」
「余計な口封じるために、あちこちのアタマ連中最初に押さえたんや。うるさいヤツはさっさと片づけさす」
「だけど……」
「それでもあかんかったら、“首謀者”のみなっちゃんに防波堤になってもらうことになっとる」
千尋は悪辣な笑みを見せた。
「あ、それで藤堂センセ“売ら”なかったんだ……」
「そゆこと。じょしこーせーが友達を売るより、悪徳教師が悪いヤツラと腕組んで生徒を売ってるっちゅう方がおもろいし、実際ありそうやろ? 人間っちゅうのは自分の常識にあてはまる方の解釈を信じるもんや。そん時にゃ、うちらはセンセに言われて泣く泣く手伝うた被害者、頑張って涙のひとつも流さなあかんで。ふふ」
「そんなもんかな」
「気にしとったらキリないわ。それとも、もうやめとこか? 学校だけでちまちまやっとる方がええか? それじゃつまらんやろ。どうせならでっかく生きにゃ。そのためにゃ広い世界に出なあかん。ちゃうか?」
「………………」
千尋という人間がよくわからないので、全面的に信頼していいものかどうか迷いがある。しかしここに至るまでの千尋の行動力に圧倒されたのも事実で、もう少しつきあってみようと心を決めた。
「大丈夫や、もうあんたら無視して先走ったりはせえへんよ」
見透かしたように千尋は笑った。
「次のメインは……やっぱり智佳子?」
三人にとって、自分たちの支配下に入った女性はみな“物”である。訊ねる双子にも答える千尋にも、相手を人として扱う気持ちはかけらもない。
「悪うないけど、ちょいとインパクトに欠けるな。普通じゃ手に入れられない相手っちゅーのがええんや。そやね、今度はもう誰かのものになっとる憧れの女性、っちゅうコンセプトでいってみよか。もう何人か心当たりあるし」
「………………」
「どしたん?」
「貴子……大丈夫かな?」
“売り物”の女の子たちは、まだ階下で男と絡みあっているはずだ。終わり次第ここへやってくるように暗示を埋めこんである。
ただ、情欲の祭壇に生け贄として捧げられた“メインディッシュ”柏木貴子だけは別で、しばらく正気に戻らなかった。連れ戻し、今風呂に入っている最中だ。
「男が欲しくてたまらんようにしといたから、極楽味わったはずやで」
「妊娠してたりして……」
「それなら堕ろさせりゃいいだけや。何や、心配しとるん? 似合わんで」
「というか…………わかんないんだけど、貴子は“用心棒”にするんじゃなかったの? リタイアさせちゃ元も子もないと思うんだけど……。智佳子メインじゃ駄目だったの?」
「それはうちのわがままや。堪忍してや」
「わがままって……貴子を売りたかったっての?」
「そや。ホンマは悠華じゃのうてみなっちゃん売って、二人並べて犯されまくる所が見たかった」
「……なんで?」
「あいつら気に入らん」
「どうしてさ。体育会系が嫌いなの?」
「ちゃう」
千尋はワインを自分でいっぱいに注ぎ、一気に飲み干した。
「……背え高いやつがな、憎たらしいんや」
「はい……?」
いきなりの低次元な発言に双子はぽかんとした。
「そ、それだけで……」
「あんなこと……?」
「そうや」
千尋は文句あるかと言うように鼻を鳴らした。
「絶対にあの二人はめちゃめちゃにしてやりたかった。うちがどんだけチビっちゅうことで辛い目にあったか。できるもんならあいつらの足ぶったぎって、身長135で一生生きなならん世界味わわせてやりたいわ」
冗談ではすまされない凄惨な声。双子は血の気をなくす。
「……な、なにもそこまで……」
「あんたたちにはわかんない。160あるやつは黙ってて」
本気の声だった。これ以上何か言ったら容赦なく双子を破滅させる催眠をかけてくるだろうと思わせる、危険なまでに張りつめたものが感じられた。
「大きいやつは全部そうしてやる。あたしより高いやつは許さない。いや、それだけじゃ足りない。背だけじゃない、顔も、胸も、あたしより上のやつはただじゃすまさない」
千尋を基準にされたら、比肩できる者はそうそういない愛くるしい顔立ちはともかく、胸と身長では世の中のほとんどの女性が該当してしまうだろう。
「あたしはね、何もかもぶちこわしてやりたいんだ。
みんな、みんな、あたしの足を舐めさせ、あたしの目の前にはいつくばらせ、ぶっ壊してやる……。
必ずやってやる。
……いつか…………そう、あのことは忘れない…………忘れちゃいけない…………だから、絶対……」
酔いも手伝っているのか、千尋は己の世界に埋没していった。頭がくらくらと揺れている。目は開いているものの双子を見ていなかった。いつになく目尻のつり上がった、ごうごうと燃え上がるような眼差しだったが、そこに炎の持つ明るい輝きはない。この世を呪い腐臭をまき散らす、目をそむけたくなるくらいにおぞましいものが充満していた。室内に有害物だらけの濃密な煙が立ちこめてくるように思われ、吐き気を伴う息苦しさをおぼえて双子は胸を押さえた。
どこかおかしい。
千尋はコンプレックスを口にする。
だが、どれほど劣等感があろうとも、それだけでここまで邪悪なものを身に棲まわせるものだろうか? 確かに高校生にはとても見えないが、それを差し引いても十分すぎるほどの美少女であるのに?
「だから、あいつ…………究極の獲物…………嬉しいよ、あたしにやらせてくれて………………」
何かに憑依されているように、千尋は恍惚としてつぶやき続けた。
「わかってる…………必ず、めちゃくちゃにしてやるよ………………やりがいあるもんね、あれだけ大きくて……きれいで……ふふふ……」
小さく口にされた“その名”を確かに双子は耳にした。
「氷上、麻鬼…………」
――――瞬間、黒く大きく、信じがたいほどに美しい影が、すぐ後ろに音もなく出現した。
双子は凍った。いつの間にか握り合っていた互いの手から体温が消えてゆく。強烈な一搏(いっぱく)を最後に心臓が止まり、血液が氷結する。
サングラス越しに降ってくる絶対零度の視線。
「ふ、ふ、ふはははははっ!」
千尋が笑った。大口を開け、狂ったように、爆笑した。
双子は解放された。
振り返る。
――――もちろん、誰もいない。
いるはずがない。
「……」
痛みを感じ、視線を落とした。握り合っていた手が強ばって、離すことができなくなっていた。指を一本一本動かしてようやく自由になった。
千尋は叫ぶ。
「お前、必ず落としてやる! 退治してやるからね! 脚を一本一本もぎとって、ばらばらにしてやる! 楽しみにしてな! 楽しみだ! は、は、は!」
千尋の眼球がぐるんとひっくりかえった。
白目をむいたまま、後ろに倒れてゆく。
ソファーの背もたれに寄りかかり、斜めに崩れて倒れた。
「千尋!」
「ちーちゃん!」
今し方の戦慄も忘れて駆け寄った文月と葉月は、千尋が呼吸していることを知って安堵の息をつき、それから千尋の腰が微妙にくねっていることに気がついて顔を見合わせた。
こわごわスカートの下に手を入れてみる。
抜き出した指には粘液が糸を引いていた。
「イッちゃってる……よ……」
呆れるどころではない。
二人は総毛立った。
自分たちが世間の常識では計れない、尋常ではないもの同士の激突に巻きこまれようとしていることに、今更になってようやく気がついたのだった。
――――今ならまだ間に合う。
逃げられる。
二人は指と指をからませ、手を探り合いながら、まるで横たわる千尋が隙を見せれば噛みついてくる猛犬であるかのように、音を立てず、刺激しないようにしながらじりじりと後ずさった。
居間の出口にたどりつき、タイミングをはかって身をひるがえす。
「………………」
「え」
「?」
双子の背中を声が叩いた。
千尋の、小さな、かすかな――――声。
嗚咽。
「………………」
双子は肩をか弱い赤子の手に掴まれたような気がした。あまりにも力に乏しいので、かえって振りほどくことができない。
戻って、こわごわとのぞきこんだ。
千尋は膝をかかえこみ、小さな体をさらに小さく丸めていた。
大の男たちを鈴一つで自在に操った凄腕の催眠術使いの妖気はすっかり消え失せ、ひたすらに儚く弱々しい、ただの女の子がそこにいた。
ゆるやかに伏せられたまぶたの下から、透き通った雫が盛り上がってきて、眉間からこめかみへつたっていった。
「ちー……ちゃん……?」
「千尋……?」
声をかけても反応はない。
瞑目したまま、千尋は静かに泣き続ける。
双子は互いの顔を見た。
(どうする?)
(どうしよう?)
一人荒野をさすらう子供の夢を思い出す。
かいま見せた、冷たく乾いた内面。
最前見せた、おぞましいもの。
この千尋の本性は、一体どれなのか。
相手が何でも答えてくれる魔法の鏡であるかのように、双子はいつまでも互いの目の奥をじっと見つめ合っていた。
※
翌朝。
「「おはよ」」
難しい顔をし、首をかしげて奥から出てきた千尋に、文月葉月が声をかけた。
双子と一緒に貴子、それにいかつい体つきに鼻ピアスをした、本来のこの部屋の住人がテーブルについている。無論どちらもまだ催眠支配下にある。テーブルの上には貴子手製の朝食が湯気を立てていた。ごはんとみそ汁のいい匂いがゆったりと漂っている。
「うにゃ…………」
千尋は下着姿。大あくびする喉の奥から、不思議でたまらぬようにしきりに唸っていた。
「……昨日、終わったあと、どうしたっけ? おっかしいなあ、そんなに飲んだはずないんやけど……」
どうやらあの狂乱と落涙は記憶に残っていないらしい。双子は素早く視線を交わす。打ち合わせせずとも口裏はぴたりと合う。
「何言ってんだよ、あんなに盛り上がっといて」
「まだしたりないなら、またしよっか?」
「え? 昨日? うちが?」
千尋は鋭い目つきで、
「……まさかあんたら、また……」
「「可愛かったよ」」
二人は声をそろえて答えた。
「すっごく悶えちゃってさ」
「もうぐっちょぐちょ」
「あ……あんたら!」
怒気をあらわにした千尋であったが、
「後の処置はきちんとしといたからね」
「貴子以外、みんな家に帰ったよ。確認済み。記憶操作に問題なし」
双子にさらりと言われると毒気を抜かれて肩を落とし、小声でぶつぶつ言いながら洗面所に消えていった。
双子は目と目で話し合う。
(……ねえ、どうしてボクたち、逃げなかったんだろ)
(放っておいてもよかったのにね)
(壊れてるよね、あの子)
(壊れてる)
(でもさ…………)
(うん…………)
(泣いてたの……どうしてだろ?)
(なんか……あるんだろうね、泣きたいこと……)
(怖いけど……)
(何なのか、知りたいよね)
(うん、知りたい)
(……変だね、ボクたち)
(こんな気持ち、はじめてだね)
双子はそろって椅子から立ち上がった。
顔を洗っている千尋の背後に迫る。
「うわあ!」
「「ちーちゃん」」
二人は千尋を左右からはさみこみ、同時にマシュマロのようなほっぺたにキスをした。
「あんた、可愛くて、面白いよ」
「ずっとついてくからね」
呆然となる千尋を尻目に、二人はさっさと食卓に戻り、正確無比なユニゾンでみそ汁をすすった。