海辺の街の高台にある、私立高陵学園女子高等部。
放課後の音楽室に管楽器のハーモニーが鳴り響いていた。
吹奏楽部の合奏練習である。
部員は三十人ちょっと。四十人以上の大編成が組めないのでコンクールで全国大会を狙うことはできないが、少人数で出場するアンサンブルコンクールの方では常に優秀な成績をおさめており、評価はそれなりに高い。
女子校なので部員が女子であるのは当然だが、指揮台に立ちタクトを振っているのもまた女性だった。
かなりの長身である。すらりと脚が長く、腰も引き締まって高い。日本人離れしたプロポーションの持ち主だ。
同じ教師でも白衣を着て研究にいそしむ姿の方がはるかに似合うであろう、冷たいまでに理知的な美貌である。
室内で、外はもう暗くなりかけているというのにサングラスをかけているのが奇妙だった。色の薄いもので、睫毛の長い切れ長の目は別に隠されているわけでもないのだが、この教師は目が弱いと言い張ってどんな時でもそれを外そうとはしないのだった。
薄くルージュを引いた口元からは余計な言葉はひとつも発せられることがない。機械的に、寸分の狂いもなく拍子をとっている。一見すればそう見える。しかし要所要所でサングラスの下の瞳がわずかに動いた。投げかけられるその微妙な眼差しを受けたパートがうまく演奏することができると、唇の端がかすかに持ち上がって微笑みを形作る。そこにはえもいわれぬ色香が漂っていて、同じ女性であっても生徒たちの背筋にぞくぞくしたものが走り抜けるのだった。
氷上麻鬼。それが彼女の名前だ。
最初にその字を見ると誰でもぎょっとする。すると彼女はこともなげにこう説明する。
私の父親が日本語の鬼という言葉を力の強いもの、勇敢な、ワルキューレみたいなものって誤解してね。それでこんな字にされちゃったのよ。
その父親は外国人である。ドイツだかオーストリアだかその辺りの人間だという。ハーフと聞けばなるほどこの見事なスタイルも恐ろしいほどの美貌もうなずけるというものだった。
「クラ、Bからもう一回」
麻鬼はコンコンとタクトで譜面台を叩いた。
クラリネットパートの六人がメロディを奏で始める。どうもうまく息が合わない。
「もう一回」
「もう一回」
「今度は3rdだけ」
指揮台から向かって右側にいる二人の女の子が楽器を構える。左の方の、いかにも気の弱そうな小柄な少女の顔が真っ赤だ。タクトが振られる。その少女が失敗して音がばらばらになる。
「…………もういいわ。後でまたやりましょう」
麻鬼は一度だけその少女をじろりと睨むようにしてから全体に向き直った。こういう時の麻鬼の目は、本人がどれほど意識しているのか知らないが、うまくできた時とまるで逆に、冷酷無残この上ない光を放つ。
少女は今にも泣き出しそうな顔になってうつむいた。
とうとう最後までクラリネットの息が合うことはなかった。
「樋口さん。この後少し残って下さい」
合奏の終わりを告げたあと、麻鬼は少女にそう言って準備室に引き上げていった。
「あ〜あ、“吸血鬼”に呼び出しか」
「佳奈、かわいそ」
「お達者で〜」
楽器を片づけ帰り支度をしながら、部員たちは同情の声をかけてきた。
でもそれは口だけだ。明日からは連休だ。みんなすぐに佳奈のことを忘れて笑い合いながら出ていってしまう。
佳奈は一人楽器を持って、誰もいなくなった音楽室に寂しく座っていた。
憂鬱だった。
麻鬼は技術的に未熟な者、どうしてもうまくできないパートをよく居残りさせ、自分もつきあって徹底的に練習させる。顧問として熱心でけっこうなのだが、部員たちにとってそれは恐怖の的だった。
決して怒鳴ったり罵ったりはしないのだが、できるようになるまで問題の所を何度でも繰り返させる。そのあいだずっとあの冷ややかな目で見つめられ続けるのが、とてつもないプレッシャーになるのだという。居残り指導を受けると体重が三キロは減るともっぱらの噂だった。指導中に精神に異常をきたして倒れた先輩がいるとさえまことしやかにささやかれていた。
入部してまだ日が浅い佳奈は、居残りは初めてだった。この後のことを考えるといますぐに逃げ出したい気分にかられた。
内気な自分が嫌で、進学したのをきっかけに友達を作りたくて入った部活だった。でもあまり変われなかった。人の視線が怖いのは相変わらずだ。クラリネットが最前列に座る合奏の時には、先輩たちの目が自分の背中に注がれているのを感じてしまう。一人で吹かされたときにはなおさらだ。まして演奏会、コンクールなんて、考えるだけですくんでしまう。
やめちゃおうかなとふと思い、すぐに頭を振ってうち消した。みんなの目が怖い、人前に出るのが怖い。でもあの先生の目はもっと怖い。
吸血鬼というのが麻鬼のあだ名だ。
麻鬼のもう一つの名前はマキ=ヒカミ=フォン=カルンシュタインという。レ=ファニュという人物の書いた小説「吸血鬼カーミラ」に登場する女ドラキュラと同じ姓なので、いつしかそう呼ばれるようになったらしい。
教師をあだ名で呼ぶのは昔の話だとばかり思っていたが、いざ吹奏楽部に入り麻鬼と接してみると、吸血鬼というあだ名はまさにそれしかないという印象で佳奈にも受け止められた。こんな美人がこの世にいるとは信じられなかった。でもまるで氷でできているよう。いつも音楽室に入ってくるだけで室温が下がるような気がする。話してみれば結構気軽に受け答えしてくれるというのだが、あの目が怖くて近寄りがたく、挨拶以外にはまだろくに口をきいたこともない。賞賛の微笑みも全然上達しない佳奈には向けられたことがない。じろりと睨まれるのがたまらないと言う女の子もたまにいたが、とてもそんな風に考えることはできなかった。
本当に吸血鬼なのかもしれないと思うときもあった。倒れた先輩というのは血を吸われたのかもしれない。あのサングラスは吸血鬼の赤い瞳を隠すためなのだ。退部したいと言い出しただけで家まで血を吸いにやってくるかもしれない。時々そんな悪夢を見て、自分の悲鳴で目を覚ますこともあった。
「樋口さん」
いきなり背後から声をかけられる。
飛び上がった。
いつのまに来たのだろう?
「は、はい!」
心臓が呼吸するのも苦しいくらいに激しく脈打っていた。
広い音楽室ではなく、その隣にある個人練習室に入るよう言われた。防音をほどこした小さな部屋が三つ並んでいる。
そこに椅子と譜面台を二つ運び込み、麻鬼と向かい合うように座らされた。
こうして二人きりになってみると、麻鬼の美しさはやはり尋常のものではなかった。体の一つ一つが自分とは違う物質でできているようだ。椅子に腰かけ、軽く背もたれに寄りかかり、わずかに小首をかしげるようにしている。計算しているわけでもないだろうに、すべてのポーズが高校生などではとても真似できないレベルできまっていた。本職のモデルでもこうはいくまい。自分と同じ木製のパイプ椅子に座っているはずなのに、麻鬼一人だけが豪奢なアンティーク品に腰かけているように見えた。
「さて」
麻鬼は床に置いたメトロノームを動かし、上体を戻して脚を組んだ。ほれぼれするような細く長い足。ストッキングははいていない。一点の疵もない真白い肌に佳奈は目を奪われた。
「どうしたの。はじめて。あたまから、Cの前まで」
「あ、はい!」
佳奈は吹き始めた。しかし最初の動悸がまだ鎮まっていなかった。
ちらと楽譜から目を上げるとサングラスの下で麻鬼の目がまっすぐこちらを見つめている。緊張で指が固くなり、何度も失敗した。間違えるたびに麻鬼は静かにもう一度、というだけだった。言われるたびに麻鬼の目が不気味に光るような気がしてぞっとした。うまく吹こう、失敗しないようにしようと思えば思うほどかえって動悸が激しくなり、頭に血がのぼってしまいには楽譜が回り始めるような感じになってきた。
「ストップ」
麻鬼がいきなり言った。
「樋口さん、あなた緊張しすぎよ」
「は……はい……」
「そんなにがちがちじゃ、いくらやってもうまくいかないわ。もっと気を楽にするの。そうすれば指が軽くなって、どんな難しいところでもうまくできるようになるわ」
その口調がやけに優しかったのであれ、と思った。
「ちょっと休憩しましょ」
楽器を置かせると麻鬼は両腕を組んで上に伸ばし、ううんと大きく伸びをした。さぞ気持ちよさそうに息をつく。
佳奈は目を丸くした。まさかこの完全無欠の美人教師がそんな気安い真似をするとは思わなかったのである。
「どうしたの?」
「いや…………先生、そんな顔もするんだ……」
「あら、そお?」
麻鬼はにこりとした。佳奈の胸がこれまでとは別の刺激に高鳴った。
「先生の笑った顔ってはじめて見た……」
「何、ひとのことを能面みたいに。私だって笑いたいときには笑うわよ」
「でも……」
「授業や部活の時はずっと緊張してるもの。失敗しないように、おかしなことしないようにって」
「え、そうなんですか?」
麻鬼の意外な一面を聞いて佳奈は驚いた。
「私って結構小心者なのよ。人の視線が怖くって。だからいつも緊張してるの。そのせいでちょっと冷たく見られちゃうことが多いんだけどね」
麻鬼は今度こそ心からの親しみをこめて笑いかけてきた。これまでのしこりが全部ときほぐれてゆくような心地がした。みんなの言ってた通りだ。結構いいひと。それどころか、自分と同じだったなんて。吸血鬼なんて呼んで怖がっていたのを心からすまないと思った。
「大事なのは、どんな時でもリラックスできる方法を身につけることなの。自分の気持ちをコントロールするのね」
「そんなことができるんですか?」
「そうね…………ちょっとやってみる? こういう所でも簡単にできるやり方教えてあげるわ」
麻鬼は立ち上がると佳奈の後ろに回り、肩や首筋をもみ始めた。痛いくらいに揉まれ、ひどくこっていたのがほぐされてゆく。
「少し楽になったでしょ。余計な力を入れちゃ駄目よ。じゃあ、目を閉じて」
佳奈は素直に従った。
さっきからずっとメトロノームが鳴り続けている。楽器の練習をしていたのだから当然それはおかしいとは思わない。
「ゆっくり息を吸って…………思いっきりいっぱい吸って。体中が空気でいっぱいになったら、今度は静かに、ゆっくりと吐くの。体中の疲れを全部出してしまうつもりで。そう。体を空っぽにしたら、また吸って。今度はさっきよりももっと沢山吸えるわ。そうよ。いっぱいに吸ったら、止めて。止めて。はい、静かに吐いて。スーッと息を吐いていくと、体の力が抜けてくる。体中がだらーんとなって、ほら、だらーんと力が抜けて、楽になってくる。いい気持ちでしょう」
耳元でささやくように言われる。低い声がとても心地よかった。音楽の授業や部活で聞くきびきびした声とはまるで異なり、語尾が尾を引くように伸びる、深い声だった。聞いているだけで体が痺れてきた。メトロノームの音がひとつ鳴るごとに全身に響く。言われるままに佳奈は深呼吸を続け、今学校にいることも、先生と二人きりであることも忘れた。膝の上に置いていた手が横にずり落ち、ぴったりとあわせていた膝小僧も力が抜けてだらしなく開いた。
「すっかり力が抜けたわね。いい気持ち。体中がふわふわして、とってもいい気持ちよ。
…………じゃあ、ゆっくりと目を開けてみて」
前に回りこんだ麻鬼が、真正面から佳奈を見つめていた。
(あれ…………サングラス……)
麻鬼の顔に、いつも見慣れたサングラスがかかっていない。
「わたしの目を見て」
麻鬼が言った。
(あ……)
佳奈は麻鬼の瞳を見た。
青。
深い深い、吸いこまれるようなサファイアブルーの瞳。
(なんて……きれい……)
視線を外すことができない。
「佳奈、じっとわたしの目を見るの。わたしの目を見ていると、だんだん頭がぼうっとなってくるわ。じっと見て。ほら、ぼうっとしてきた。頭がぼうっとしてきた。何も考えられない」
麻鬼はのしかかるように近づいてきた。ずば抜けた長身の麻鬼と目を合わせていると、あごが自然と上に持ち上がっていく。青い瞳がきらめく。意識が青いひかりに埋めつくされてゆく。
佳奈は瞬きを忘れた。首が傾き、背中が反って、手は胴体にぴったりくっつき、腿やふくらはぎがぴんと張った。硬直した全身がぶるぶると震えた。
「いい気持ちでしょう。頭の中が真っ白になってくる。頭の中が真っ白になって、もう何も考えられないわ。私があと三つ数えると、あなたは深い、ふかあい所に入っていくの。三つ数えると、あなたは深い所に入って何もかもわからなくなる。いいわね。三、二、一、はい」
麻鬼が額を軽く叩くと、佳奈の目は固く閉じられ、たちまち深い催眠状態に入りこんでいった。
「ほうら、もう何もわからない。あなたの頭の中は空っぽ。自分が誰かも思い出せない。思い出そうという気も起こらない。ずっとこのままでいたい。このままでいるのはいい気持ち。とってもいい気持ち。聞こえるのは私の声だけ。私の声しか聞こえない」
麻鬼は佳奈の額に手を当て時折軽く動かしながら暗示を重ねていった。
「ふふ、可愛いわ、佳奈」
麻鬼はかがみこむと佳奈の顔を抱き寄せ、唇を奪った。佳奈は暗示により五感を奪われているので、自分の身に何が起こっているのか認識できない。生ける人形と化した佳奈の口を麻鬼は時間をかけて存分にねぶり、満足げなため息をついた。
「さあ、佳奈、今からとっても楽しいことをしましょう。
これから数を八つ数えるわ。八つ数えたら、あなたは私のことがとっても好きになるの。これまでは私のことを怖がっていたわね。一つ数が増えるたびに、怖い気持ちは薄れていって、私のことが好きになってくる。八つ数えた時には胸がどきどきしてたまらなくなる。本当にそうなるわ。さあ、数えるわよ」
カウントが終わり、佳奈の目の前で指がパチンと鳴った。
「はい、佳奈、起きなさい」
「……」
佳奈はぼやっとした目を二、三回ぱちぱちさせた。彫刻のように表情がない。自分がどこにいるのか理解しかねている。
その目の前に麻鬼が顔を出した。
途端に佳奈の頬に血の気がさした。
「せん……せい……?」
佳奈は麻鬼の美貌をアップで見せられて真っ赤になり、両手で頬を押さえて慌てて顔を背けた。耳まで赤くなっていた。
「どうしたの?」
麻鬼は妖艶な手つきで佳奈の首筋に手を這わせた。
「や……せ、せんせい……!」
「佳奈。こっちを見て……」
麻鬼は佳奈を強引に振り向かせた。顔と顔がくっつくほど接近している。
「わたしのこと、好き?」
「え……あ……」
「答えて……」
「す……好き……です……」
「わたしもよ」
麻鬼は佳奈にキスをした。佳奈は一瞬大きく目を見開いたが、すぐにとろんとなり、腕をそろそろと麻鬼の体に回した。
麻鬼の顔が離れる。半開きの佳奈の唇の間から深くさしこまれていた舌がうごめきつつ抜けだし、最後に銀色の糸を引いた。
「佳奈ちゃん……あなたと、エッチなことがしたいの……。
いいでしょう?」
麻鬼は椅子に座る佳奈の後ろから抱きつくようにしてささやいた。佳奈の返事を待たずに麻鬼の手が制服の下にすべりこんでいく。耳に熱い吐息を吹きかけ、右手はスカートをまくりながら腿の上を滑り、左手が上着の裾から入り込んで臍や脇腹を愛撫しながら胸へと進む。
「いやだあ……せんせい…………くすぐったいよお……」
佳奈は困ったように笑いながら身をよじった。
「あら、こういうこと、したことないの?」
「え……そんな……」
「自分で自分の体を触って気持ちよくなったことはある?」
「………………」
「答えて。私のことが好きでしょう?」
「はい……」
「じゃあ私にはどんなことでも話せるわね? 恥ずかしがらないで、言ってみて。言ったら心の中のもやもやしていたものがなくなって、すごくすっきりした気持ちになれるわ」
麻鬼の手が淫靡に佳奈の頬をなでさする。白い手が上下するにつれて、佳奈は恍惚となってきた。言わないでいることがとてもいけないことに思えてくる。
「……あります……」
「いつ? 何をしていた時なの? 教えて」
「家で…………勉強していた時……」
佳奈は問われるままに数少ない淫らな体験を告白していった。
「あら、それじゃあまだまだ開発されてないのね。そこが可愛いんだけど……」
麻鬼は一度手を引っ込めると、再び佳奈の正面に回って目をのぞきこんだ。
「じゃあ佳奈、わたしの目を見て。……三つ数えると、あなたはまたさっきと同じ深い所に入っていくわ……」
蒼い瞳が佳奈を眠りにおとしいれた。
「…………はい、静かに目を開けて」
佳奈は言われるままに目を開いた。その瞳は虚ろで、何も見ていない。
「ゆっくり回りを見てみて。今あなたは自分の家の自分の部屋にいるの。わかるわね。よく見て。ほらここはあなたのお部屋。あなたが一番くつろげる場所よ。あなたはいま自分の机に座って、勉強しているの」
弛緩していた体に力が戻り、佳奈は真面目な顔をして両腕を空中に固定した。暗示の世界の中で机の上に手を置いている。右手が細かく動いていた。字を書いているのだ。
「今は夜よ。もうだいぶ遅くなった。家の中は静かで、誰も起きていないの。あなたは熱心に勉強している。でも、だんだん疲れてきた。勉強に飽きてきた。他のこと、楽しいことがしたくなってきた。気持ちいいことがしたくなってきた。前にもしたことがあるわよね。それを思い出す。そうすると、ほら、胸がどきどきしてきた。胸がどきどきして、体がなんだか熱く火照ってきた……」
佳奈の手が止まり、開いた唇の間からなまめかしい吐息がこぼれた。太腿をこすり合わせる。
「自分の体をいじった時の感じがよみがえってくるわ。その時のことが頭の中にどんどん浮かんでくる。とってもエッチで、とっても気持ちよかったわね。そのことばっかり浮かんでくる。エッチなことしか考えられなくなってくるわ。ほうら、頭がエッチなことでいっぱいになった。あなたは今いやらしいことで頭がいっぱい。他のことは考えられない。
……さあ、あなたはもう我慢できない。気持ちいい所を自分で触りましょう。ほら、手が動き出す。あなたの手が、一番気持ちいい所をいじり出す……」
佳奈の手が自分の胸に動いた。ゆっくりと力が入り、まだささやかなふくらみをやわらかくもみ始める。
「はあああっ……!」
痺れるような快感をおぼえて佳奈はあえいだ。すぐに服の上からでは物足りなくなった。もっと強い刺激が欲しくなり、ハアハア息を荒げながら制服をめくり上げた。ブラはいかにも真面目な佳奈らしく、白。むしり取るようにしてずらし、手をさしこんだ。
乳首に指が触れた瞬間、ぴいんと鋭い快感が全身を駆け抜け、思わず悲鳴を上げていた。
ここは自分の家だと思いこんでいるので、家族に声を聞かれまいともう片方の手にかじりついて声をこらえる。
「とってもいい気持ちでしょう。これまでこんなに気持ちよかったことはないわ。ほら、もっと触って。もっと気持ちよくなる。今まで味わったことのない気持ちよさが体中に広がるわ」
佳奈の指が自分の意志とは関係なく乳首をつまんだ。はさんでこりこりといじり回した。快感のあまり椅子の上でのたうち回った。声を我慢しているので息苦しい。顔をしかめ、涙を流した。
「もう勉強なんかできない。さあ、ベッドの方にいきましょうね」
麻鬼は佳奈を立ち上がらせると個人練習室を出た。
音楽室の窓には一面しっかりとカーテンがひかれ、一体いつ用意したものか、机を八つくっつけたその上に打楽器を車で運ぶときに使う毛布を敷いた『寝床』がしつらえられていた。佳奈をそこに横たわらせ、こめかみを両手ではさんで揺らしながら麻鬼は言った。
「あなたは自分のベッドに寝たわ。横になって、あなたは眠る。深く深く眠って、夢の世界に入っていく。誰もいない、夢の世界。ここではどんな声を出しても誰にも聞かれないの。夢だからどんなことだってできる。どんな恥ずかしいことをしても構わない。あなたのしたいことができる世界に、今あなたはやってきたわ」
麻鬼は佳奈の手を胸へ導いた。
「さあ、さっきの続きをしましょう。この夢の世界でもっともっと気持ちよくなりましょう」
佳奈の手がうごめきはじめ、さえぎるもののなくなった口からびっくりするような激しい喘ぎ声がほとばしりはじめた。
「あっ、あっ、ああ〜っ、はあ、はんっ! ああっ!」
佳奈は右に左に大きく身をよじった。脚が持ち上がり、膝が立ち、スカートが大きくまくれてパンティがむき出された。すでに染みができており、みるみる広がっていた。
「すごいわね。こっちも触ってごらんなさい。とても感じるわ」
麻鬼が太腿に手を触れると佳奈は電流でも浴びたかのように身を引きつらせた。
「あ、あ、あ……」
佳奈は麻鬼が指示するまでもなく自分から両膝を立て、両脚を大きく開いた。片方の手が滑ってきて膝小僧に移った。指を尺取り虫のようにのたうたせながら太腿に沿って手を下げてゆき、ついに一番大事な所に指が触れた。
「あああ〜っ!」
濡れて張りついたパンティの上からなでただけで佳奈は甲高い悲鳴を上げた。
「いいわよ、佳奈。もっと触って。もっともっと気持ちよくなるの」
麻鬼の手が佳奈の手に重ねられた。
「こう動かすの。ここを、こんな風にいじると……ね?」
「あはああ!」
佳奈は押し寄せる快感のあまりの激しさに全身を痙攣させた。
「今からゆっくり数を数えていくわよ。ひとつ数えるごとに気持ちよさが増していくわ。あなたの手はもう止まらない。やめたいと思っても止まらない。そう思うとかえって激しく動いて、どんどんあなたを気持ちよくしていっちゃうの。
ひと〜つ。ほら、ぐんと気持ちよくなった」
佳奈は言われるままに悶えあえいだ。数がカウントされるたびに悲鳴をあげ、四つと数えたところで激しく泣きじゃくりはじめた。
「いや、いや、いや、いやああ!」
「どうしたの」
「怖い! 怖い、こわい!」
「大丈夫よ。何も怖くない」
麻鬼は佳奈の頭を優しく抱きかかえ、赤ん坊をあやすように揺らした。
「ほら、すうっと怖い気持ちが消えていく。私の声をよく聞いて。大丈夫、どんなにいい気持ちになっても大丈夫。だって、ここは夢の世界なんだから。これは夢なの、とっても気持ちのいい夢。何も怖いことはないわ。ね、だんだん怖くなくなってきたでしょう。私の声を聞いていると何も怖くなくなってくる。はい、もう何も怖くない。感じることはとっても素敵なことなの。感じることであなたはとってもきれいになれる。大人になれる。とっても素敵なレディになれるのよ」
佳奈の表情が安らいだ。
「さあ、また手が動き出すわ。もっともっと気持ちよくなりましょう。今度は何も怖くない」
麻鬼は念のために佳奈の体を押さえると、またカウントを一から数えはじめた。
佳奈はカウントに合わせて激しく感じ続け、今度は六を数えたところでものすごい悲鳴をあげた。さらにもう一つ数えると押さえる手を振りきって体が硬直し、反り返った。くわっと見開いた目の縁から涙がどっとあふれ出した。そして体が全ての力を失ってぐったりとくずおれた。腰ばかりがなお淫靡に痙攣を続け、腕が粘液の糸を引きながら机の下にだらりとぶら下がった。その指はまだ割れ目をさするように動き続けていた。
「……うふふ、幸せそうね、佳奈」
麻鬼はその手を取って指を舐めた。爪からはじまって指の股まで丹念に舐めあげ、しゃぶった。
「でもね、まだまだはじまりなの。階段のほんの登り口。これからもっともっと楽しいことを教えてあげるわ」
「気持ちよかったでしょう。わたしの言うとおりにすれば何回でもこんないい気持ちになれるのよ。わたしの言うことをよく聞いて、どんなことでもわたしに従うの。そうすれば今みたいないい気持ちになれる。この快感がなくなってしまったら嫌でしょう?」
佳奈はうなずいた。こんな気持ちのいいことがこの世にあるなんて思わなかった。完全に無防備になっている佳奈の心に麻鬼の言葉は入りこんできて、奥深くからみついた。
「気分がゆったりしてくるわ。深い深い海の中でゆらゆら浮かんでいるみたい。何もかも頭の中からなくなって、とっても安らかな、いい気持ち」
麻鬼は佳奈の上半身を後ろから抱きかかえるようにして、体をあちこちをほぐしてやった。
「これからあなたにいくつかのことを言うわ。それはとっても大事なことなの。あなたはしっかりおぼえて、わたしの言うとおりにしなくちゃいけないわ。わかったわね」
佳奈のスカートは腰までめくりあげられている。麻鬼は赤ちゃんになると暗示をかけて両脚を丸めさせ、ぐっしょり濡れそぼったパンティをそっと抜き取った。佳奈の脚を広げ、それで秘部を拭く。まだ快感の記憶が残っているのか、佳奈の息がわずかに揺らいだ。
「じゃあ、これから時間を進めていくわ。わたしが指を鳴らすたびにあなたはひとつずつ大きくなっていく」
佳奈は小学生になり、中学生になった。
「あなたはこれから高校生になるわ。高校に入ったら、あなたは変わるの。これまで苦手だった人の視線が、全然怖くなくなる。これまで苦手だったことが、苦手じゃなくなる」
指が鳴った。
それからしばらくして。
………………
(?)
佳奈は目を開けた。
メトロノームが鳴っている。
目の前に麻鬼が脚を組んで座り、サングラスの下から冷たい視線を向けていた。
「どうしたの、樋口さん。もう一度」
佳奈は自分がクラリネットを手にしていることに気づいた。
頭がはっきりしてきた。
そうだ、個人指導の途中だったんだ……。
合奏が終わってから今までずっと、麻鬼と差し向かいでこうやってずっと練習を続けていたのだ。
だから疲れていて体が重い。体育の時間に目一杯走らされたあとみたい。でも気分はいい。
佳奈は楽譜に向かった。何の緊張もなくすらすらと指が動いた。リードの鳴りもいい。自分はこんなに上手に吹けたのかと驚いた。麻鬼を見て、この先生怖いけどやっぱり教えるのがうまいのだと感心した。
「OKよ。よくなったわ。じゃあ今日はここまで。明日もその調子で頑張ってね」
麻鬼に言われ楽器を片づける。
鞄を取り、帰ろうとしたところで麻鬼に呼び止められた。
「樋口さん」
「はい?」
正面に立った麻鬼は、肩を引き寄せるといきなり佳奈の唇を奪った。
「!」
佳奈の頭の中を真っ白い閃光が駆け回った。まさかと思い、女同士なのにと思い、総毛立った。
必死に突き放してようやく麻鬼の手から逃れる。
尻餅をつき、ぺっぺっと床に唾を吐いた。口の中に入りこんできた麻鬼の舌の感触が、芋虫を舐めたようでひどく気持ち悪かった。ぶるっと身震いし、さすった二の腕は鳥肌でざらざらしていた。
その自分を見下ろして冷然と薄笑いを浮かべている麻鬼の顔を見ると、嫌悪感と同時に腹の底から怒りがこみ上げてきた。
佳奈は立ち上がるなり麻鬼の頬をおもいきり平手打ちした。
そんなことのできる自分を不思議に思うひまもない。
「変態!」
言い捨てて音楽室を走り出る。
廊下に出てから涙があふれてきた。初めてのキスがこんな形で奪われるなんて。ひどい、信じられない……こんな部活やめようと思った。泣きながら廊下を走った。
自分の靴箱の前で荒い息をついた。
気を静めようと深呼吸する。
すっと気分が楽になった。
(……あれ?)
自分は泣いている。ついさっきひどいショックを受けたのだ。
それは一体どんなことだっただろうか?
いや、しっかりおぼえている。麻鬼にキスされたのだ。
……。
そんなことぐらいでどうして泣いているのだろう?
佳奈は上履きを脱いで靴を取りだした。爪先を入れ、指で隙間を作ってかかとを押しこんだ。
途端に心の中のもやもやが全部消えてなくなった。
(遅くなっちゃった。お腹すいたな……)
風がやけに生々しく感じられた。下着をはいていないことに気がついた。何とも思わなかった。みんなそうしているのだ。当たり前のことだ。気にするようなことではないのだった。
佳奈は振り返った。音楽室の電気は消えている。
月光のさし込む室内で、湿った佳奈の下着をもてあそびながら麻鬼はひとりほくそ笑んでいた。
「ふふ、これからが楽しみね、佳奈。……」
妖艶な微笑が蒼白い室内にゆらめいた。