蜘蛛のノクターン

第三章「黒い瞳の罠」

作:おくとぱす さん

  その日の放課後。
 部活が終わるなり、佳奈が急いで一人だけ帰ってしまった。用事があるとか言っていたが、真央にはぴんと来た。
 はたして、佳奈の靴はまだ靴箱にある。
 それを確認してから真央は音楽室の隣の楽器室にひそんだ。楽器室の隣が音楽準備室。今も麻鬼がそこにいる。
 最後まで残っていた先輩が音楽室から出ていった。
 電気も消され、暗くなった楽器室で真央はじっと待った。今すぐにでも飛び出していって麻鬼を問詰してやりたい。先生、佳奈とどういう関係なんですか…………なんて間抜けな質問だろう。そんな真似をする自分の姿を想像し、馬鹿馬鹿しい、帰ろうと自分に言い聞かせる。女同士にどういう関係も何もない。あるはずがない。だけど体がどうしても動かない。
 隣の部屋で、ドアが開いた。音楽室関係の部屋はどれも防音のために分厚くできているから、開閉の音はかなり重たく響く。ずしんと真央の胸に振動が伝わってきた。
 ……来た。佳奈だ。
 真央は暗がりの中で静かに動き出し、音楽準備室へのドアにへばりついた。耳を押しあてれば中の音は少しは聞こえてくる。
 麻鬼の声が聞こえた。何を言っているのかはわからない。ただ、いつもの声とは違っていた。真央がまだ聞いたことのない、優しい響きを帯びていた。佳奈に向かってそんな風に話しているのだろうか。
 むっとした。
 耳をすましているうちに、ピアノの音が聞こえてきた。
 準備室にはアップライトピアノがある。一般家庭によくある、箱形のピアノだ。
 ゆったりした三拍子のメロディ。有名な曲だ。これも確かショパン。曲名は……思い出せない。
 甘い旋律。恋人と愛を語り合うような調べ。これを麻鬼のあの白い指が弾いている。
 二人きりで。
 佳奈のために……?
 真央はそれを思うと我慢できなくなった。
 楽器室から準備室への鍵は、吹奏楽部員が自由に出入りできるよう楽器室の壁にかけてある。もとから握りしめていたそれを鍵穴に突っこみ、回すのももどかしく真央は押し開けた。
「せんせい、失礼します! …………?」
 口だけは礼儀正しく言って踏みこんだ真央は、室内を見て呆然となった。
 立ちつくした真央をピアノの音色が包みこんだ。

 そこにいたのは佳奈だった。
 佳奈であることは間違いない。
 だが、そのポーズは。
 右手を頭上に高々と掲げている。左手は横に。左足が真後ろに水平に伸ばされていた。
 バレリーナ。
 ショパンの調べに合わせて佳奈が動いた。間違いなくバレエの動きだ。もちろん制服のままで、お世辞にも格好いいとは言えない。幼稚園児のおゆうぎそっくりだ。バレエどころではない珍妙な踊りだ。こういう場でなければ爆笑していただろう。
 だが自分の格好など気にする様子もなく、佳奈は目を閉じたまま、さぞ気持ちよさそうに体を動かしている。つま先立ちし、がにまたになって回転する。飛び跳ねる。真央に気がついた様子はない。
「な……何してんの」
「しっ」
 麻鬼の叱咤が飛んだ。例のタカラヅカ風メンズスーツ姿。サングラスの下から、あの目で佳奈の動きを見張りつつピアノに向かっている。
「静かにしてなさい」
 高飛車ではないが逆らうことを許さない口調で麻鬼は言った。真央は気圧されて部屋の片隅に置いてあるソファに腰を下ろした。
 佳奈はその間もひたすらに踊り続けている。
「佳奈……パンツ、見えてるよ……」
 真央は自分の理解を超えた光景に呆気にとられるばかりであった。
 ようやく麻鬼の弾いている曲の名前を思い出した。
 「愛情物語」という映画で使われた曲だ。
 ノクターン。作品9ー2、変ホ長調。

 曲が終わった。
 麻鬼が立ち上がった。ただそれだけの動作でも颯爽とした風が巻きおこったように思われる。窓側を向いて息をつきながら汗をぬぐっている佳奈の傍らに歩み寄り、その肩を抱くようにした。
「はい、ステージが終わりました。とても上手に踊ることができたわね。お客さんが拍手しています。ホール中が拍手でいっぱいになっています。ライトがあなたにあたっています。みんなあなたを見ています。みんなの目があなたに向けられています。沢山のひとの目があなたを見ています。あなたに向かって拍手しています。すごい大きな拍手です。みんながあなたをほめています。とてもいい気持ちです。とてもいい気持ち。さあ、お客さんに向かってお辞儀をしましょう。……はい、また盛大な拍手が起こります。みんなに見られているのはすごい快感です。いい気持ちです……」
 麻鬼が佳奈の耳元にささやくように言うのを聞いて、真央は背筋がぞくりとした。麻鬼の声は低く、甘かった。この先生がこんな声を出すとは想像もできなかった。そしてそれはあまりにも……あまりにも妖しく、官能的で、真央は身のうちがうずくような感覚にとらわれた。
「せんせい…………佳奈……どうしちゃったの?」
 麻鬼は答えず、佳奈の肩を抱くようにして真央の隣に座らせた。
 佳奈の表情は幸せそうにゆるみ、微笑んでいる。
「はい、お疲れさま。ステージは完全に終わりました。照明が消え、あたりが真っ暗になってきます。どんどん暗くなってきます。それにあわせてあなたはどんどん眠たくなってきます。一生懸命踊ったので疲れました。とっても眠たい。何の心配もいりません。深く深く、ぐっすりと眠ってしまいましょう。今日、あなたは沢山のひとの前でも全然緊張しませんでした。これからはひとの目は何も気にならなくなります。人前でもあがることはなくなります。深く眠って、いい気分で目が覚めたとき、あなたはもう生まれ変わったように他人の視線が気にならなくなっています……」
 麻鬼は佳奈の額をなでさすりながらささやき続けた。その手の動きを見ていると真央は無性にどきどきした。佳奈の体から力が抜け、佳奈は真央にもたれかかるようにしてぐったりとなってしまった。
「ごめんなさい、場所開けて」
 真央が立ち上がると佳奈はソファに横になって寝息をたてはじめた。
「佳奈…………」
 得体の知れない病気にかかった病人でも見るような目で真央は佳奈を見た。
 そこへ麻鬼がいつもの声に戻って言う。
「須藤さん。何?」
「え……」
「何か用があってきたのでしょう。何?」
「え、あ、いや…………佳奈、いえ、樋口さんと一緒に帰ろうって思って、探してたんで……」
「そう」
 麻鬼は薄く笑った。いつもの、あのかすかな微笑みなのだが、真央は全身に鳥肌が立った。獲物をとらえた食虫植物。図鑑で見た鮮やかな赤い色のそれをなぜだか思い出した。
「ごめんなさいね。もう少ししたら催眠を解くから」
「え? 催眠?」
「そうよ。催眠術。知ってるでしょう?」
 真央は催眠術といったらテレビのお笑い番組で、タレントが動物になったり秘密を告白させられたりするものしか知らなかった。なんかいかがわしいものだと思っていた。
「変なイメージばかりあるけど、本当は心理学上の裏付けもある、きちんとしたものなのよ」
「そうなんですか……」
 麻鬼が親しげに話しかけてくるので真央は面食らった。確かに、話してみると意外に気さくだという話は聞いていたけれど、違和感を感じる。日常生活とはかけ離れたヅカ風スタイルにこんなしゃべりくちは似合わない。元々こんな風に話す人ではないはずだ。こんな風に気安い口調で話してはいけないひとなのだ。
「自律神経失調症の治療だとか躁鬱病に効果を発揮するの。性格的なものに起因する神経性の疾患には大体使えるわね」
「はあ……」
 難しげな単語をすらすらと並べ立てられると、そんなものかと何となく納得してしまう。
「簡単に言えば、あがり症を治したりとか、暗い性格を明るくしたりとか。やりかたによってはダイエットもできるわよ」
「あ…………それで、佳奈が……」
「樋口さんは、赤面症をどうにかしたいって相談してきたの。それで私、ちょっと催眠術を勉強したことがあったから、かけてみたのよ。須藤さんから見て、どう? この子、変わった?」
 この子という言い方がちょっと引っかかった。
「え、ええ、前に比べたらすごく……。   
でも、こんなに変わっちゃうものなんですか? なんか怖いな……」
「それはこの子が変わりたいと強く願っていたからよ。間違えないで、催眠術はマインドコントロールとは違うわ。自分が嫌だと思うことは、どうやってもさせられないのよ」
「へえ…………」
 真央は安らかに眠っている佳奈を見て、これまでの疑問が全部氷塊してゆくのを感じた。
 思ってもみないことだったけど、真央が妄想したようなよからぬことは何一つなかったのだ。面白くないとはかすかに思ったが、安堵の方が大きかった。
「佳奈、起こさないでいいんですか?」
「もう少ししたらね」
「寝ちゃってるんですよね」
「催眠は、睡眠とは違うの。被暗示性が高まって、変成意識が…………そうね、今は、自分が眠っていると思いこんでいる、と考えてもらえばいいわ」
「眠っていると……思いこむ?」
「ええ。今も私やあなたの声はちゃんと聞こえているのよ。だけど、自分は眠っているんだから聞こえないはずと思って、無視している。耳からの情報を脳が受け取り拒否しているという所かしら」
「受け取り拒否……」
 麻鬼は真央に真っ向から目を向けてきた。
「そうね、じゃあちょっと須藤さんもやってみない? 一度体験してみたら、私のいうこともわかるはずよ」
「え……でも……」
 真央はためらった。興味はないでもない。しかしこれまでの催眠術に対するおかしなものというイメージは簡単には払拭できない。
「催眠術にかかるのはバカとか、そんな風に思ってない?」
 見抜かれて真央はどきっとした。
「あのね、それは逆なのよ。バカ……というとちょっと違うか…………そうね、ブスな子にはかかりにくいの」
「ブス?」
「顔とかスタイルとかじゃないのよ。性格ブスっているでしょう。人の話をきかない、独善的な、嫌なやつ。そういう相手にはかからない。かかりやすいのは頭がいい人。変に怖がったりしないでこちらのいうことをきちんと理解してくれる、素直な性格の、知的な人。
 須藤さんなんかとてもいいと思うわ」
「だけど…………」
 麻鬼は佳奈の頬にそっと手をやった。
「樋口さんは深くかかっているけど、一回ではここまで入ってくれなかった。何回もかけてやっとこっちのいうことを素直に聞いてくれるようになったのよ。聞き分けがよくないから大変。その点須藤さんはきっととっても上手だと思うわ」
 真央は優越感を刺激され、やってみてもいいかなと思う。見透かしたように麻鬼の口調が低く、心に忍びこんでくるようなものに変わった。佳奈にささやいた時の声だった。
「気持ちいいのよ。あなたみたいな人なら、すぐに、深い、ふかあい所まで入っていくことができるの……」
 引きこまれそうになった。慌てて首を振る。
「やっぱり、あたし、いいです……」
 踊っていた佳奈のみっともない姿を思い出したのである。犬になったタレントはカメラの前で平気でおしっこのポーズをとった。そういう目にあわされることへの警戒感が強い。
「そう。じゃあ、無理にとは言わないわ」
 拍子抜けするほどあっさりと麻鬼は引き下がった。
「そろそろ起こすわね」
 麻鬼は横になっている佳奈の体に手をかけた。
 スカートがまくれている。麻鬼の手が佳奈の足をソファから下ろした。女同士だから服の乱れを気にすることはないのかもしれないが、一瞬大きく開かれた佳奈の脚、それをさするようにした麻鬼の真白い手に真央の目は釘付けになった。
 佳奈の両脚をそろえてやり、上体を起こす。麻鬼は前屈みになり抱きつくような姿勢となる。男装の麗人と女子生徒の図。麻鬼は佳奈に頬を寄せるようにした。キスする! 真央は息をのんだ。もちろんそんなことはない。
「私の声が聞こえますか。聞こえますね。佳奈ちゃん、あなたはもうたっぷり休みました。もうすっかり疲れがとれました。そろそろ目を覚ましましょう……」
 麻鬼は十数えると覚醒するという暗示を与えた。八、九と進んだあたりで佳奈の瞼がぴくぴくした。十で麻鬼が指を鳴らすと佳奈は昼寝から覚めたような顔でぱっちりと目を開いた。
「まだ少しぼんやりするわ。そのままでいると頭がだんだんすっきりしてくるわよ」
 佳奈は真央に気がついた。
「あれ? 真央、どうしたの?」
「佳奈…………なんともないの?」
「なんともって、何が?」
「今何してたか、おぼえてる?」
「ステージみたいなところで気持ちよく踊ってた。……あれ?」
 自分の今いる場所に気がつき、記憶が混乱したのか首をかしげる。しかし自分の身に何が起こっていたか、麻鬼の言うとおりちゃんと理解しているようだ。これが催眠術かと真央は感心した。
「それなら須藤さん」
 麻鬼がいきなり耳打ちするように言う。真央は仰天した。振り返るといきなり麻鬼の神々しいまでの美貌と至近距離で向き合う羽目になった。
「あなたがかけてみない? 催眠術……」
「……あたしが?」
「樋口さんに。面白いわよ」
「え、そんなの、できませんよ……」
 真央の心臓が早鐘のように打っている。
 このひとの唇、こんなに赤かっただろうか。
「あなたは何も言わなくていいのよ。しゃべるのは私がやるから、あなたは立っていればいいの」
 麻鬼は真央の両肩に手をかけてくるりと回転し、佳奈から見えない部屋の隅の方へ押していった。本物の男のような力だ。真央は逆らえない。背中が壁に押しつけられた。
「こういう風にして、じっと彼女の目を見ていればいいの……」
 麻鬼がサングラスを外した。

「あ……」

 宝石のような、サファイアブルー。

 この美女がハーフであることを真央は思いだした。思いだし、一瞬で忘れた。
 吸いこまれる。引きつけられ、捕らえられる。
 海の底。一面サファイアブルーに染め上げられた、深い深い海の底。
 沈んでゆく。
 麻鬼の声だけが、遠い所から聞こえてくる。
「こういう風に、目を見るの……じっと、そらさないで……。
 そうすると、あなたは、とってもいい気持ちになって、ゆらゆらと、ゆらゆらと海の中を漂っているみたいな気持ちになる……」
 突然青いきらめきが消えた。
 真央は目をしばたたく。
 麻鬼はふわりと身をひるがえし、ソファに座る佳奈の向かいの所にパイプ椅子を置いた。
「こっちへいらっしゃい」
 真央を招いたその目にはサングラスがかけられている。
「あれ、先生、今、目……」
 幻だったのだろうか。けれども今の一瞬、頭の中が青いきらめきでいっぱいになって、体中が痺れたのはおぼえている。
 何だったんだろうと思いつつも、悪い気分はしなかった。それどころか、もっともっとあの真っ青な世界にひたっていたいような気さえした。麻鬼の声がなんと甘美に響いたことか。
 そこで、ふと気づく。
「先生……今、あたしに催眠術かけようとしたでしょ」
「まさか」
 麻鬼はしらばっくれた。
「あたし、いやだからね」
「間違えないで、あなたはこれから佳奈ちゃんを催眠術にかけるの。あなたがかけるのよ。しゃべるのは私、かけるのはあなた。こっちへ来て。ここに座って」
 疑念を抱きつつも、麻鬼の声を聞いているとあの痺れがよみがえってくる感じがして、逆らう気にはなれなかった。
 椅子に深く腰かけ、佳奈と向き合う。
 佳奈の顔には何の表情もない。さっきに比べて生気がまるでない。人形のよう。麻鬼が何か話しかけていたような気がするが、聞き取れなかった。真央が真正面に座っても何の反応もしない。どうしたのだろう。しかし疑問を口にする間もなく麻鬼のささやき声が耳から滑りこんできた。
「さあ、目を見て。目をじっと見て」
 真央は言われるままに佳奈の黒い瞳を見つめた。
「そのまま、ありったけの気持ちをあなたの目にこめて。これからあなたは催眠術をかけるの。そのままずっと目を見ていれば、あなたの言うがままになる。彼女はあなたの催眠術にかかる。思い通りにすることができる。あなたの望む通りに動かすことができるようになる……」
 真央は佳奈を思うがままに操るところを想像した。佳奈が四つんばいになって犬の真似をする。猿になって歯をむき出してキーキー笑う。暑がって服を脱ぎ出し、海にいるつもりで床の上でクロールを始める…………。
 それを麻鬼と一緒に見物して、笑ってやる。麻鬼の前でおかしなことをさせてやる。氷上先生と仲良くするなんて、何様のつもりよ。先日来つもりつもっていた佳奈への反感が真央の中から噴き出す。
 ここで先生の言葉通りに佳奈を催眠術にかけてやれば、佳奈はあたしの言うことを何でもきくようになる。あたしの前を歩かなくなる。
 ようし、絶対にかけてやる。
 真央は全神経を集中した。
「そう、じっと目を見るの。目をじっと見て。きらきらしているでしょう。きらきら。じっと見つめていると、だんだんその目が大きくなってくるわ。じっと見て。ほら、少し大きくなったでしょう。催眠にかかりかけているの。もっともっと見つめていると、だんだん目が大きくなってくる。近づいてくる。目があなたに近づいてくる」
 麻鬼の言うように、佳奈の目が大きくなったような気がした。佳奈は真央を見つめたまま動かない。まばたきはするけれどもその目はうつろだ。本当に催眠術にかかりかけているのだと真央は思った。嬉しくなった。面白いとも思った。あと一息だ。気を緩めてはいけない。先生の言葉の通りにしよう。
 目が大きく見えてくるのも道理、麻鬼の言葉に合わせて真央の上体が前に乗り出しはじめていたのである。膝の上に置いた真央の両手は固く握りしめられて震えた。足も腰も腕も硬直しはじめる。
「さあ、もっと見るのよ…………ほら、どんどん近づいてくる。あなたの目に引っ張られてくる。ぐぐーっと引っ張られる。もう目を離すことはできない……」
 麻鬼の声は低く、長く尾を引く。真央の中に先ほどの青い海の感覚がよみがえってきた。
「今から数を十まで数えます。十、数を数えると、体中の力ががくーんと抜けて、深い、深あい催眠に入ります。十まで数えると、あなたは、とってもいい気持ちで深い所に入っていきます」
 催眠に入るという言葉を聞いても真央は反発を覚えない。自分のことではないと思っている。
 真央の首には筋が浮き上がり、ぶるぶる痙攣していた。背筋を伸ばして椅子に座った姿勢で、一カ所に視線を固定しながら身を前に乗り出すと、背中が張り、あごが持ち上がるようなかたちになって、首に負担がかかるのだ。渾身の気合いをこめて佳奈を凝視している目も、見開きすぎて疲労し自然とまばたきが増えている。
「ひとーつ。ふたあつ……。ほら、頭の中がぼうっとしてきた。気持ちがふわあっとしてきた。みいっつう……。頭がぼうっとしてくる……。十で深い所に入る…………四つ……」
 真央は周囲が暗くなってきたような気がした。見えているものに変化はないのだが、佳奈の目以外の何もかもがベールをかけたようにかげってきた。ぼんやりした霧に包まれた中で佳奈の黒い瞳だけがきらきらして見える。どこか雲の上のようなところから声がしていた。聞こえるのはその声だけだが何を言われているのかわからない。でも気にならない。その声を聞いていると体が痺れてくる。それが気持ちいい。
「ここのつ…………あと一つ、あと一つでがくーんと体の力が抜けてしまう…………まぶたが重い、まぶたがとても重い……はい、十!」
 麻鬼は高く指を鳴らした。
 次の瞬間、真央の額に麻鬼の手があてられた。
「まぶたが重い。もう目をあけていられない」
 その手がわずかに下に動いて真央の目を閉じる。
「全身の力が抜ける。首の力が抜ける。肩の力が抜ける。背中も、足も、体中の力がすうっと抜けて、だらーんとなる。だらーんとなる。とってもいい気持ち。ほら、力が抜ける。抜ける。どんどん抜けていく……」
 真央の手が膝から落ち、麻鬼が手を離すと首ががくんと垂れ下がり、上体も続けて崩れていった。少し斜めに倒れたせいで腰が浮いた。真央は椅子から転がり落ち、軟体動物のように床の上に手足をぐにゃぐにゃに投げ出した。麻鬼が支えたので頭は打っていない。
(あ……れ……?)
 心地よい脱力感に身をまかせつつも、真央の意識はまだ何かがおかしいと考えた。
 麻鬼の手が頭をはさんでゆっくり揺さぶる。ひんやりして気持ちいい。
 そして言った。
「大丈夫よ、あなたは催眠術にはかかっていない。あなたはかかっていないの。だから、体のどこにも力が入らない。催眠術にはかかっていないから、体中がぽかぽかしてとても気持ちいい。体があったかくなって、頭の中がぼやあっとなって、何も考えられなくなってくる」
 そうか、かかっていないんだと真央は安心した。だからという言葉でつながれた前後の脈絡が妙だと気がつく論理的思考は残っていない。自分は催眠術にはかからなかったのだ。真央は心から安らいで麻鬼の声に身をまかせた。
 そのまま深い催眠状態へと落としこまれていった。

「今あなたは、自分の部屋で、仲のいい友達と二人きりです。きょうは家には誰もいません。一緒にいるのはどんなことでも隠さずに話してしまえる親友です。この友達にはどんな秘密の話でも打ち明けることができます。どんな恥ずかしいことを言っても大丈夫です。わかりましたね」
「はい……」
 真央はソファに座らせられていた。
 目を開いてはいるがその瞳には何も映っていない。
 佳奈は麻鬼の椅子に腰かけ、机に突っ伏していた。麻鬼によって眠らされているのである。
「真央ってえ、男のひととエッチしたことあるの?」
 隣に腰かけ、女子高生そのもののような軽い口調で麻鬼は訊いた。誰が耳にしたとしてもこの氷の美女がそんな声を出すとは信じられまい。
「え……」
「ね、教えて。エッチしたことある?」
「ん……あるよ」
「わあ、すごい。いつ? 何年生の時?」
「中学……二年……」
「相手は誰? どこのひと?」
 真央は名前を言い、市内のそれなりに進学率の高い高校の名前を告げた。
「初体験ってどんな感じだった?」
「え……わかんない……気がついたら終わってた……」
「その彼とは何回ぐらいしたの?」
「…………一回だけ……」
「他の男のひととエッチしたことはある?」
「……あるよ……」
「セックスって気持ちいい?」
「あんまり……」
「じゃあオナニーは? やったことある?」
「うん……」
「気持ちいい?」
「うん……」
「ひと月にどのくらいするの?」
「……ええと…………四、五回かな……」
「イクっていう感じ、わかる?」
「うん……」
「エッチするとき、誰かのこと考える?」
「…………別に……」答えるまでに少し間があった。
「今真央って、つきあってるカレいるの?」
「いないよ」これは即答。
「好きなひとは?」
「………………」
 真央は口ごもる。
「教えてよ。あたしたちは友達でしょう?」
「…………いるよ」
 真央はしばらくためらった後にそう言った。
「誰?」
「………………」
「教えて。あたしにはどんなことでも打ち明けられるのよ。真央の好きなひとって誰?」
 しかし真央は口を閉ざして語らない。
 麻鬼は面白い玩具を見つけた子供のように目を輝かせた。
 一旦真央の目を閉じさせてから真央の肩を抱き、円を描いて揺らしてやる。
「はい、こうやってぐるぐる回っていると、時間もどんどん進んでいきます。時計の針のように、回っていると時間が進む。さあ、夜になりました。夜です。外はもう真っ暗。友達は帰りました。友達が帰ったのであなたはひとりきりです。家には誰もいません。あなたは家の中にひとりきり」
 麻鬼は胸元からペンダントを取り出した。銀色に輝いている。
「ゆっくりと目を開けて。これを見て。
 このペンダントはあなたの一番好きなひとにもらったプレゼントです。あなたの好きな人からもらって、とっても嬉しかったプレゼント。いいですね」
 麻鬼はペンダントを真央の手に握らせる。
「ぎゅっと握って。強く。もっと強く。
 これはあなたが部屋の中に大事にしまっていたものです。誰にも見つからないように、他の人には絶対に見つけられないところにしまっておいたものなのです。
 今家の中には誰もいません。あなたはこれを秘密の隠し場所から取り出しました。これは他のひとには絶対に見られてはいけないものです。けれどもこうやって強く握っていると、秘密にしているあなたの好きな人のことが心の中に浮かんできます。強く握れば握るほど、好きな人のことがどんどん思い出されてきます。今あなたはひとりきりです。辺りは静かで、しんとしています。とっても寂しい気持ちです。その人にそばにいてほしい。その人と一緒にいたい。そんな気持ちがだんだん強くなってきます。ほら、切なくなってきました。たまらない気持ちになってきました。泣きたいような気持ち。どうしてその人がそばにいないんだろう。寂しい。とっても寂しい」
 真央は祈るように胸の前で両手を組み、身を丸めて肩を震わせはじめた。涙がその目からこぼれる。
「あなたの好きな人のことを思ってください。その人の姿を思い出してください。……すると、あなたの隣にその人が本当に現れます。今から三つ数えると、あなたの好きな人が本当にあなたの隣に現れます。はい、ひとつ、ふたつ、三つ」
 真央は涙に濡れた顔を上げてぽかんと麻鬼を見つめた。
 麻鬼はその真央を大きく抱きしめる。
「もう寂しくない……もう何の心配もない……もう全然寂しくない……」
 耳元でささやくと、真央はああ、と歓喜の涙を流して麻鬼にしがみつき、泣きじゃくりはじめた。
 少しして、麻鬼はいきなり身を引き剥がしてソファから離れた。
 真央が蒼白になって腕を伸ばす。
 その目の前にびしりと指を突きつけ、
「はい、好きな人の姿が消えていく。消える、消える……煙のように消えてしまう」
「いやあ! 待って! 待ってえ!」
「呼び止めて! 名前を呼んで、呼び止めるの!」
「――――!」
 真央は叫んだ。
 一度口に出したことでたがが外れたのか、繰り返し繰り返し叫んだ。
「あら…………そうなの?」
 麻鬼の目が、爛、と光った。
「これは面白いことになったわね……」

「佳奈ちゃん、起きて」
 麻鬼は佳奈を揺さぶった。
「……あ、はい」
 ぼうっとしている佳奈の目の前で麻鬼がサングラスを外す。
「佳奈」
 低く呼ぶと佳奈から全ての表情が抜け落ち、代わって淫らに頬を染めた別の人間の顔があらわれてきた。
 佳奈には後催眠がかけられている。これはその一つで、佳奈の前で名前を呼び、サングラスを外して蒼い目を見せると、佳奈は自分が誰であるかを忘れ完全に調教された奴隷となるのである。麻鬼の言うことならどんなことにでも従い、麻鬼の命令に従うたびに快感を感じるのだ。
「手伝いなさい」
 音楽準備室には机が二つある。一つは麻鬼が使っているものだが、もう一つ使われていないスチールデスクが置いてある。
 その上に真央を横たえた。
「真央ちゃん、あなたはこれまで催眠術にかかっていたの。でもちっとも悪い気はしなかったでしょう。それどころかとっても気持ちよかった。何回でもかけられたい。何度でも、どんな風にでもかけてもらいたい。
 あなたはこれから目を覚ますわ。目を覚ますと催眠にかけられていた時のことは何もおぼえていない。目を覚ましても体は全然動かせない。意識ははっきりするけれどあなたは催眠にかかったままで、体は私の言うとおりにしか動かないの。いいわね」
 覚醒暗示とカウントが続き、真央の目の前で麻鬼が指を鳴らす。
「…………あ?」
 天井と蛍光灯を見てぼんやりしていた真央の前に、麻鬼が顔を出す。
「先生?…………あれっ、これ……何、どうなってるの!」
 真央の目ばかりがくるくると動いた。手足はおろか首さえ動かせない。
「あなたは催眠術にかかっているの。どう、気分は」
「え……あたしが……催眠術に?」
「手を動かしてごらんなさい。動かないから」
「え…………あれ……どうして……」
「首だけは動くわ。動かしていいわよ」
 麻鬼が首をなでると真央は急いで自分の体を見回した。手も足も縛られている様子はない。しかしぴくりとも動かせない。混乱した表情になった。
「大丈夫、私の言うとおりにしていれば何も怖いことはないわ。
 それより、真央」
 呼び捨てにされても真央は何とも思わない。それが当たり前のことのように受け止められる。
「あなた、きつくない? あなたの下着、体に全然あっていないわ。小さすぎるの。体がしめつけられて、痛いでしょう。ブラもパンティもぎゅうぎゅう体をしめつけているわ。きつくてたまらない」
「あ……」
 真央は苦しげに眉を寄せ、身もだえしはじめた。
「手が動くわ。動かしていいのよ。さあ、きつすぎる下着は全部外してしまいましょうね」
 真央は寝たまま背中をそらし、制服に腕を入れてブラジャーのホックを外した。
「下もよ。そんなきつきつのパンティじゃ腰に悪いわ。くいこんで痛いくらい。邪魔で邪魔でしようがないでしょう。脱いじゃいましょう。脱ぐとすっきりするわ。解放されて晴れ晴れした気分になるの」
 真央は腰を浮かせた。スカートをまくり上げ、パンティを丸めて脱ぎ捨てる。体の力を抜き、ほっと安らいだため息をついた。
「はい、よくできました。またその手が動かなくなります。はい。
 じゃあ真央、これから楽しいことをしましょうね」
「え…………何するんですか?」
「お前」
 麻鬼は佳奈を目でうながした。佳奈は真央の足元側に立つ。
「佳奈……ちょっと、どうしたの!」
 目を丸くした真央のむき出しの両脚を大きく広げる。
「きゃあ! 何すんの! やめて! 何よ、これ!」
「この子を気持ちよくしてあげなさい」
 佳奈は淫蕩な笑顔でうなずき、力のはいらない真央の左の足を肩に担ぎ上げ、その指と舌をふくらはぎに這わせはじめた。
「佳奈! やめて! どうして! いやあ!」
「駄目よ、今の佳奈ちゃんは私の忠実な奴隷なんだから。私の言うことしかきかないわ」
 愕然と麻鬼を見る真央。麻鬼は薄笑いしてその頬に手をやる。
「大丈夫よ。これからあなたはとってもエッチな気持ちになるの。自分で触るのとは全然違う快感をあげるわ。ほら、体の奥がうずいてきたでしょう。私の言うとおりになるわ。胸がどきどきしてくる。熱くなってくる。体の奥がじんじんして、たまらない感じ。足を触られていると痺れてくるわ。快感。ほら、あなたは足を触られていると気持ちよくなってくる」
 真央は青ざめて歯ぎしりした。女同士なんて吐き気がするほど気持ち悪い。なのに快感が押し寄せてきた。体を掘り返され、無理矢理に性感を引きずり出される感じ。嫌だ、嫌だ……気持ちいい、だけど嫌……あっ、気持ちいい……でも……。
 立てられた麻鬼の指が真央の目の前で揺れた。
「この指を見て。この私の指を見ていると、嫌な感じは全部消えていくわ。嫌な感じは煙のようにすうっと消えて、気持ちよさだけが残るの。ほら、じっと見て。指がゆらゆら揺れる。この指を見ていると、嫌な感じは消える。すうっと消える。消える……」
 真央の食いしばられていた口元がゆるみ、はっはっと熱い息を吐きはじめた。
「そうよ。もっと欲しくなったでしょう。もっと触って、気持ちよくしてほしい。女のひとに触られるのは全然嫌じゃない。自分で触るのと同じような、それよりももっとすごい、とってもいい気持ち」
 佳奈の愛撫は太腿へと進んでいる。時に大胆に指が秘所のすぐ近くまで侵入し、股関節のあたりを刺激して引っこむ。真央の足が緊張し、緩む。指がまた迫ってくる。真央はおののき、息が止まる。指が退き、真央は安堵する。また近づいてくる。真央の神経はかき乱され、早く楽にしてほしいと思いはじめる。腰が熱い。中はもう蜜でいっぱいだ。あとからあとからあふれてくるのがわかる。
 麻鬼の顔が真央を真上からのぞきこんだ。蒼い目に真央は吸いよせられる。麻鬼の手が制服の隙間からもぐりこんできて真央の腰をじかに抱いた。あの白い手だ。麻鬼の手だ。真央はそう理解した途端に電流を流されたような快感を覚え、あえぎ声をあげていた。佳奈の愛撫とは全然違う。まるで魔法の手だ。触れられているだけで感じてしまう。ものすごい。たまらない。
「ね、最高でしょう。私が触っているの。私の手よ。これからたっぷりあなたを可愛がってあげる」
 麻鬼の手が真央の肌をさする。あばらの上をこすられるだけで真央は悲鳴をあげた。上着がめくりあげられる。
 細く、長く、信じられぬほど巧みにうごめいてブラを外し、忍びこんでゆく指……あらわにされた乳首をうす寒く光ってみつめる冷たい瞳……。
 こんなことを夢想したことがあったような気がする。あれはいつだったか。遠い昔のよう。これは現実だろうか。夢かも。でも痛い。胸が痛い。乳首がぱんぱんに張って痛い。だけどこんなことが現実なわけがない。これはとてつもなくエロティックな、夢。私のいやらしい願望が生み出した夢の世界。でなければ……でなければ、こんなこと…………こんな、このひとに触られるなんて……。
 麻鬼の指が乳首に触れた。
 つまみ、ひねり、指の腹でこねまわした。
 真央の体は燃え上がった。
「ひいっ! ああっ、はあっ、あひいいっ!」
 同時に佳奈が真央の秘所に吸いつく。両脚を大きく広げ、クリトリスを舐め、片手は左右の陰唇をめくり、もう片方の手がとろけきった蜜壺へ指を差しこむ。
これまでのオナニーなど比べものにもならない。本当の快感というものを真央は知った。
 熱い。焼ける。頭の中が、体が、燃える。燃え上がる。
 溶ける。溶けちゃう。体がどろどろになる。あたし、溶けちゃう。
 それなのに快感はとどまるところを知らずさらに真央に送りこまれてくる。自分に触れるものは全部麻鬼のものだ。麻鬼の指、麻鬼の手、割れ目にうごめく舌は麻鬼の舌、こすりあわされる肌はしっとりした雪のような麻鬼の肌、麻鬼の声が全身の神経を刺激する。麻鬼の全てが真央を包みこみ、真央をむさぼる。
 巨大な、途方もなく巨大な熱が体の底から迫り上がってきた。炎どころではない。灼熱したマグマ。
 あれがきたらあたしは灰になる。燃えて、溶けて、全部溶けて、何もかもなくなって、真っ白になる。
マグマが迫る。ふくれあがって渦を巻いている。
 真央はもう自分が叫んでいることもわからない。
 来る、くる、くる………………!
(せんせい!)
 真央はひときわ高く叫んで激烈な奔流に身をまかせた。

 その瞬間。

(駄目えっ!)

 麻鬼の声をも上回る、圧倒的な声が真央の中に響いた。
 声を聞いた瞬間、体のすべてが凍った。
 何もかも凍りついた。
 体が石となる。何も感じなくなる。
 マグマの表面が固まって真っ黒な岩になる。
 岩がそのまま持ち上がってくる。
 もうそれは熱くも何ともない。硬いだけのごつごつしたかたまりだ。体の中にできた岩。大きくなる。体の中でふくらむ。圧迫される。
「うぐ!」
 真央の喉が異様な音を立てた。
「やめ!」
 麻鬼が佳奈に鋭く叫んだ。
「起きていい! 起きられる! 体が動く!」
 解放暗示が耳に突き刺さるなり真央の上体が跳ね起きた。
 両手で口を押さえる。
 吐いた。

「一体どうしたの? 私は医者です。あなたを治してあげます。私に話せば、今の気持ち悪いのが全部すっきりします。だから、全部話してください」
 ソファに並んで座り、真央を自分に寄りかからせてあやすようにしながら麻鬼は訊ねた。
 真央はまだ催眠状態にある。幸い床に吐いたので服は汚れずにすんだ。佳奈がバケツと雑巾で後始末をしている。
「準備室で……せんせいに…………からだを、触られたんです……」
「どんな気持ちでしたか?」
「気持ちよかった…………とても……だけど…………!」
 真央の顔がまた歪む。
「全部言って。そうすればよくなりますよ」
「女のひとに触られるなんて…………いや……」
「そうですか。はい、気が楽になりましたね。ではゆっくりと目をあけて、これを見てください」
 真央の目の前で銀のペンダントが揺れた。
「よく見てください。ようく見てください。だんだんと思い出してきます。これはあなたの大事な人がくれたもの。もらった時にとっても嬉しかったプレゼントですね。これを握って。強く握って。ほら、幸せな気持ちになってきました。好きな人のことを思い出します。ふわっとした、とても安らかな気持ち」
 真央はペンダントを握って頬ずりした。
「それをくれたのは誰ですか?」
「…………せんせい……です……」
「その先生の名前を教えてくれますか?」

「氷上……まき…………マキ……カルンシュタイン……」

 先に真央が叫んだのも麻鬼の名だったのだ。
「あなたの体を触ったのは誰ですか?」
「ひかみせんせい……」
「好きなひとに触られたのに気持ち悪くなってしまったのですね。それはどうしてですか?」
 すると真央は苦しげにうめいた。麻鬼は真央を優しく抱きかかえた。
「話してしまえば楽になりますよ。あなたは氷上先生のことが好きなんですね?」
「はい……」
「氷上先生とエッチなことがしたいですか?」
「………………」
 真央はまた吐き気をおぼえたのか、麻鬼にしがみついて喉を鳴らした。やがてしゃくり上げはじめる。
「したいの…………でも、女のひとはいや…………あたし、ヘンタイじゃない……あたしはヘンタイじゃないの!」
「……そうですね。あなたはちゃんとしたひとです。変態ではありません。安心してください」
 麻鬼は言って、考えこんだ。
 レズ行為への嫌悪感を薄めさせる暗示は確かに受け入れていた。でなければあそこまで敏感に反応しはしない。
 では絶頂を阻んだものは何か。
 同性愛への禁忌とは別な要因がある。それも、強烈な。
「あなたが今握っているペンダントは氷上先生からもらったものですね」
「はい……」
「それは誰にも見つからないように深い、深いところにしまっていたのですね」
「……はい」
「どうしてですか?」
「……女のひとにもらったものだから……ばれたら恥ずかしいから……」
「そうですね。それで全部ですか? 他に理由はありませんか?」
「………………」
「はい、嫌な気分がどんどんふくらんできます。また吐いてしまいそうです。嫌な気分です。胸につかえているものを吐き出して、すっきりしたい。さあ、言ってください。全部話してしまえばその嫌な感じはなくなります。私は医者です。どんなことを言っても大丈夫ですよ。どうして隠したんですか?」
 真央は血の気をなくした顔を麻鬼の胸にうずめた。
 やがて泣きながら静かに言った。
「………………みじめだから…………“吸血鬼”にイかされるなんて、あたし、みじめすぎる……」
 そう。
 真央は麻鬼を嫌っていた。何もかも自分より優れているからだ。
 嫌いだと、自分では信じていた。
 麻鬼に憧れているなどとは、通常時なら真央は決して認めなかっただろう。同性愛への嫌悪感も強い。認めるどころか、自分がそんな風に思っていることにすら気がついていなかったはずだ。
 深く心を探られて、真央は麻鬼への憧れを暴き出された。
 自分で口にして認めると、麻鬼に抱かれることは喜びとなった。
 しかし最後の最後で絶頂に達することを潜在意識が拒否した。
 立ちふさがったのは真央のプライドであった。
 このひとにイかされるなんて。それは負け。負けたくない。ここでこのひとのなすがままにイってしまったら、あたしにはもう何一つ残らない。そんなの絶対にいや。
 無理矢理にいかせたならば、真央の自我は崩壊していたかもしれない。
「そうなの…………そうだったのね……」
 麻鬼は真央の目を閉じさせ、安らかな眠りへと導いた。
「…………となると…………あの手ね」
 麻鬼は立ち上がる。

 真央は目を覚ました。
 すっきりした気持ちである。
(………………?)
 自分が今まで何をしていたのかどうにも思い出せない。
「これを見て」
 いきなり横合いから膝の上に雑誌みたいなものが置かれた。
 自分の隣に氷上先生が座っている。
 驚いたが、渡されたものを見てさらに驚いた。頭の中で爆弾が炸裂したような気分がした。
 男の、裸の写真。
 それも、股間にあれがものすごく盛り上がった。
 外人だ。無修正とかいうやつだ。
 どうしてこんなものが、などと考える余地はない。
「よく見て」
 麻鬼の指が男のものを指す。真央はたちまち真っ赤になるが、食い入るように見る。初体験をすませているのだから本物を見たことはあるのだが、全然違った。長く、太く、隆々としていた。すごい、と思った。
 麻鬼の手がページをめくる。
 また無修正。女性もいっしょに映っているが、麻鬼の指は男のものを指し示す。これもすごい。真央は示されるままに見つめる。
「見るのよ。じっと。よく見て」
 数ページをそうやって見せつけたあと、麻鬼は雑誌を取り上げた。
「あの……先生、それは……?」
「真央。わたしの目を見て。じっと見て。……眠って」
 言われた途端に真央のまぶたは重くなって閉じ、体中の力が抜けた。

 真央はすぐにまた目を覚ます。
 今度はここが音楽準備室であることはわかっていた。
 練習の後、氷上先生とおしゃべりしていたのだ。
 自分は先生と仲がいい。色々な打ち明け話もした。先生のサングラスの下の目が青いことも知っている。そのせいで昔よくいじめられたそうだ。真央がナンパしてきた男と一度だけホテルに行ったことも話した。友達のように、何でも話せる間柄だ。
「ねえ、須藤さん…………先生の秘密、聞いてくれる?」
 麻鬼は真央の目を見て言った。
「大事な大事な秘密なの。信じられないようなことだけど、あなたはどんなことを聞いても信じてくれるわよね」
「ええ、もちろん」
「じゃ、言うけど……」
 麻鬼は真央に身をすりよせ、鼻がくっつくぐらいの距離でそっと言った。
「ほんとはね、先生、男なの」
「………………………………」
 真央の目がまん丸くなった。
 だがその言葉が真央の心にしみこんでくる。
 そうだ。この先生が言うなら、本当なのだ。
「本当なんだ。……ほら」
 麻鬼は宝塚の男役顔負けの低い声で言うと、真央に抱きつきその手を取った。
 導かれた手が手触りのいい生地の下の、太く硬い棒に触らせられる。
「ほら……わかるだろう。ついてるんだ……」
 真央の心臓が爆発したみたいに脈打った。
 長く、太く、隆々としている。手でちょっと触れているだけなのに、真央には全体がどんな形をしているのかはっきりと思い浮かべることができた。それが先ほど見せられた無修正の写真とまったく同じだなどとは真央は思いつかない。そのような判断力は失われている。
 これは本物だ。本当にこのひとは男性なのだ。
 真央は確信した。
 真央の精神の中で逆転劇が起こった。
 このひとが男なら、もう張り合う必要はない!
 いくらこのひとを好きになっても、何の問題もない!
 真央は信じた。暗示による効果以上に固く固く信じた。
 そう思って見てみれば、このスーツ姿の何と格好いいことだろう。何と背が高く、美形で、足が長いのだろう。
 こんな美男子がこの世にいていいのだろうか。
 自分はその美男子と誰よりも仲良しなのだ。
「これは誰も知らない秘密なんだ……きみだけに教えるぼくの秘密。これのせいでぼくはどれだけ……辛かったか……」
 麻鬼の声は切なそうに響いた。事情はわからないが、真央はこれまでの人生で麻鬼が味わったであろう苦難を我がことのように実感した。麻鬼が可哀相で可哀相でたまらなくなった。
 真央は麻鬼に強く抱きついて涙を流した。
「大丈夫! あたし、誰にもしゃべらない! 先生のこと、誰にもしゃべらない!」
「ああ…………きみのようなひとに会うのが夢だった……」
 麻鬼は男の声で甘く言う。
「それに、ぼくは……前から君のことが…………」
 真央は震えた。この瞬間に死ねたらと本気で思った。
「わ、わたし……わたしも…………先生のことが……」
「嬉しいよ……ぼくはこんなだから、とても駄目だと……」
「そんなことありません……先生……」
 麻鬼の唇が真央に重ねられた。
 入りこんできた舌と舌をこすりあわせただけで真央は濡れた。麻鬼の舌は真央を徹底的にとらえ、ねぶり、犯しつくした。真央はあふれた蜜が尻までしたたってくるのを感じた。熱い。自分が下着をつけていないことに気がついたが、そんなことを考えるよりもこの快感を少しでも深く味わっていたかった。キスだけで真央はイきそうになってしまった。
 麻鬼の唇が離れると真央はそれを追うように自分の舌を突き出した。唇と唇の間で二人の舌が音をたててからみ合った。
「……可愛いね。じゃあ、これからもっといいことをしてあげる。目を閉じて。目を閉じたら、ぼくのいうことをよく聞いて…………」
 真央は言うがままになる。

 ……麻鬼はソファに横たわる真央を残して一人立ち上がった。
 ズボンの中にさしこんでいた極太のサインペンを取り出して机に戻す。これが麻鬼の「男根」だった。
「こちらはこれでよし。佳奈の方の首尾は……」
 目を閉じ幸せそうにまどろんでいる真央を尻目に麻鬼は準備に取りかかった。

 真央は快感の渦の中でどろどろにのたうち回っていた。
 目は開いているが、どこにいるのかわからない。何も見えない。何も聞こえない。自分が服を着ているのかどうかわからない。でも、そんなことはもうどうでもいい。
 手が、舌が自分の体を触っている。手は二本だけではないようだった。舌も何枚もねっとり動いていた。どれも真央の感じる所をよく知っていて、一番感じるように愛撫してくれた。
 何度も叫び声を上げた。煮えたぎるような快感の水位が盛り上がってきてあふれ出し、盛り上がってはまたあふれる。どっとあふれるたびに全身の力が抜けてどこまでもどこまでも落下してゆくような気持ちになる。それがすごく心地よい。ずっとそのままでいたいのに、またすぐ舌と手がうごめきはじめて真央から快楽の滴をしぼり出させる。とろとろとしたたる熱いしずくは真央の中にたまり、じわじわと水位を上げてくる。
 今度はこれまでと違った。刺激が、あと少しというところで微妙に弱まる。あふれそうなところで次の快感が来ない。そのため行きどころを失った熱いうねりが真央の中で荒れ狂う。体が破裂してしまうのではないかと思う。
 やっと舌が秘所でうごめく。そこ。その刺激。それが欲しいの。これで、これで、ああ…………また止まる。
 真央は気が狂うと思った。あと一滴。あとたった一滴の快楽で全てが解放されるというのに、それが来ない。その最後の刺激が欲しい。それをくれるならどんなことでもする。このままでは本当におかしくなってしまう。
「今度はぼくも…………ぼくも、気持ちよくしてくれるかい」
 麻鬼の声がした。
 真央の回りに部屋があらわれた。目の前に、男の下半身があった。
 それは麻鬼のものだ、と真央は教えられた。誰に? どうでもいい。これは麻鬼のものなのだ。とてもたくましい。美しい、とさえ思った。なんというボリュームだろう。あの美形の先生にふさわしい。これを触りたい。いじりたい。いじって、先生を気持ちよくしてあげたい……。

 真央は、初老の警備員の股間にむしゃぶりついた。

 脱がせたズボンを佳奈が丁寧にたたんで机の上に置く。
 彼は数日前に麻鬼の術中に落ちていた。
 命令されて捜しに行った佳奈が校内を巡回している彼にキーワードを与え、催眠状態にしてここへ連れてきたのである。
 目を開けた警備員は仰天した。
 床の上で、一人の少女が痴態を繰り広げている。
 涙いっぱいに見開かれているがうつろにさまよい何も見ていない目。口からは絶え間なくよがり声を上げている。上着をめくりあげ、引き締まった腰を揺らし、あらわになった乳房を片手で揉みしだいている。下から持ち上げるように揉みながら人差し指で乳首をいじっている。上履きに、細く締まった足首、靴下は白、両膝を立て、太腿までめくれたスカートの奥にか黒いしげみがほの見える。もう片方の手がなまめかしく太腿の内側をなでさすり、奥へさしこまれては抜けてくる。そのたびに指の先にぬめった糸がまとわりついてくるのが見えた。
 体が動かない。声も出せなかった。部屋には彼女しかいない。他にも人がいるような気もするが誰も見えない。
 少女が動きを止めて身を起こした。
 自分を見た。
 理性が完全に抜け落ちた、性欲のかたまりのような目。
 四つんばいになって近づいてくる。みだらな一匹のけもの。形のいい胸が揺れる。乳首が飛び出していた。汗で顔にへばりついた髪が半開きの口元にくわえられている。舌なめずりした。
 少女は彼の腿に手をかけた。自分が下半身丸出しになっていることに気づく。少女の顔が近づいてくる。若い頃に夢見たまさにその通りに、大人びた体の美少女が彼のものに息を吹きかける。おずおずと舐める。頬ずりし、唇でそっとはさむ。
「あなたの体は今若い頃に戻っています。二十代の頃の、一番たくましかったころの体です。何回でもセックスできた、一番強かったころの体です……」
 どこからともなく声がした。言われるにつれて彼の体に力がみなぎってきた。
 彼のものはたちまち固さを取り戻す。
 豊かな乳房の谷間に彼のものははさみこまれた。あえぎながら少女は乳房を揺する。こすりたてながら舌で先端をなめ回す。少女の手が丁寧に袋をさすった。会陰部から尻の方までいじり回した。それから肉棒にそえられた。
 彼のものは少女の熱い口の中でもてあそばれた。少女は前後に動き始めた。快感がたちまち爆発しそうになる。
「コレカラカズヲジュウカゾエマスジュウカゾエルトクチノナカノモノガイッパイニフクレアガッテシャセイシマス……」
 声が聞こえていた。しかし意味が理解できない。
 肩に手が置かれた。声が言った。今度ははっきりと聞き取ることができた。
「これから、数を十数えます。一つ数えるごとに気持ちよくなってきて、十で最高に感じてあなたは射精してしまいます」
 一、二、三、四、五、六、七、八、九。
「十」
「あ、あ、ああっ!」
 腰がこれまで感じたことのない熱気に満たされる。彼の一物が破裂しそうなほどふくれあがった。激しく脈打つ。女性のような甲高い悲鳴をあげながら少女の口に放出した。
 少女はびっくりしたように顔をしかめたが、我慢して口の中にあふれたものを飲み干した。喉がごくりと動いた。
 そっと口を離すと、しなびかけた彼のものの先端から半透明の白い粘液が尾を引き、少女の口からも白いものがどろっとこぼれて落ちた。
 少女はそれを手の平に受けると匂いをかぎ、酔ったように顔をゆらめかせ、舌を出して大切に舐めとった。

「ありがとう。飲んでくれてうれしいよ」
 麻鬼が言うと真央はにこりとした。
「後始末してやれ。口でだ」
 声色を変えて背後に言う。
 佳奈が代わって警備員の股間にひざまずき、最後の残滓を丁寧に舌で拭き取った。
 警備員は再びズボンをはかせられ、佳奈に手を引かれて準備室を出てゆく。今日の巡回では何もなかった。明日も、その次も、音楽準備室に何回来たとしても彼が異常を目にすることはないだろう。

「じゃあ…………入れるよ」
 麻鬼が言う。
 準備室にある流しで口をすすぎ、服を全部脱ぎ捨ててソファに横たわった真央は、それを聞くととろけきった顔で腕を宙にさしのべた。
 自分から足を大きく開く。左足をソファの背にかけ、右足を床に下ろす。
「ぼくの体、重くないかい」
 言うと真央の体は重みを感じてソファに沈む。
「ううん。あったかい……」
「ぼくのは大きいから、もし痛かったら言ってくれ。ぼくは君に気持ちよくなってほしいんだ」
「うん……大丈夫……」
「じゃあ、いくよ」
 真央は自分の上にのしかかっている体を強く抱きしめた。ほっそりしているようで、その実、よく鍛えられた鋼のような肉体であった。
 麻鬼はその枕元にかがみこんでいる。真央が抱いているのは真央の理想像だ。
「ゆっくり入れるよ。ほら、先が君の太腿に触れた。ちょっと場所が違うね……うまく入らない。手で君のアソコを開くよ。すごい、いっぱい濡れてるね……」
 真央は恥ずかしげに身もだえする。
「いやだ…………ねえ、じらさないで……はやく……」
「いくよ。先っぽが、君のおまxこに触れた……」
 真央は卑猥な言葉をささやかれ、それだけでもう絶頂に達したような色っぽいあえぎを洩らす。
「ずぶうっっと入っていく…………太く、固いものが、君のおまxこをいっぱいに押し開いて、ずぶ、ずぶと、入っていく……すごくこすれる……おまxこがいっぱいに埋めつくされる……どんどん太いものが入ってくる…………」
 真央の眉間に深々と皺が寄った。汗がみるみる浮き出してくる。歯ががちがち鳴る。その合間に、あ、あ、あ、と震える吐息が混じる。
「ほうら、奥まで入った…………おまxこの奥までぼくのものでいっぱいに埋めつくされた…………ああ、すごいヒクヒクしてるね。おまxこがすごくヒクヒクしてぼくのものを締めつける。すごいいい気持ち……すごい…………こんなにいいのは初めて……」
 真央のあごが持ち上がり、背中が反って乳房がゆさゆさ揺れた。彼女の中ではその胸は麻鬼のたくましい胸板に強く押しつけられ、つぶれているはずだ。
「あ……あふ……す……すごい……」
「あは……」
 麻鬼の背後で別の声が起こった。
 振り返ると、満面を紅潮させた佳奈がスカートの中に手を入れてうずくまっていた。真央のあられもない姿を見ているうちに一緒に暗示に反応してしまったらしい。
 麻鬼は軽く笑うと真央に向き直った。
「いいかい、動くよ……。
 ゆっくりと抜いていく……君のなかにいっぱいになっているぼくのちxぽが、またおまxこ中をこすりながら、ゆっくりと抜けていく……抜けていく……こすれる……抜ける……」
 完全に抜けたと告げると真央は深々と息を吐いた。それに合わせて本当にペニスが挿入されていたかのように白濁した愛液があふれ出てソファを濡らした。
「また入れるよ。入っていく……入っていく……ずぶずぶと、おまxこをいっぱいに押し広げて、太く、固いものが奥まで入っていく………………はい、奥まで入った……どう、気持ちいい?」
「ああ、いい、いい、すっごい、太い、すごい、ああっ!」
 真央は虚空を抱いた腕を痙攣させた。広がっていた足が持ち上がり、そこにあるはずの麻鬼の腰にからみつくように組み合わされる。
「抜く……抜けていくよ……すごくこすれながら抜けていくよ……ものすごく気持ちいい……たまらない…………。
 また入れるよ。入れるたびに君はものすごく感じるよ。これからだんだん速く動かしていくけど、どれだけ速くなってもこの感覚は変わらない。入れるときにこすれ、抜けるときにもこすれる。抜き差しするたびにこの快感を味わう。わかったね。
 はい、入れるよ。ずぶうっと入ってきた…………いっぱいになった……抜くよ、こすれながら、抜けていくよ……はい、また入れるよ…………抜ける…………入れる…………抜ける…………」
 真央の手足が空中に躍り波打った。胴体だけはしっかりとソファに固定したまま、真央は動かせる全ての所をつかって淫靡なダンスを踊った。
「はあああっ………………!」
 真央は喉の奥から声を絞り出し、腰をぶるぶる震わせ、手足を力なく投げ出した。
「もうイっちゃったのかい? そんなに感じてくれるなんて、君は素敵だね」
 言うと真央は唇の端を吊り上げて何とか微笑みの形を作った。
 麻鬼は一段と声のトーンを落として、非情な暗示をかける。
「でも、まだ終わらないんだ。ほら、ぼくのものはまだすごく大きいだろう。また入る……抜ける……入る……抜ける……。そうら、感じてきた。君はまた同じように感じてきた。イったばかりなのに、もう感じてきた……すごい快感が押し寄せてきた……体がものすごく熱い……熱い……気持ちよくって気持ちよくってたまらない……」
 操られるままに真央はさらなる快感の溶鉱炉に放りこまれる。
「ぼくが満足するまで、君は何回でもイクんだ。ぼくのチxポに突かれるたびに君は感じてしまう。どれだけイッても、終わらない。何度でも何度でも君はイッてしまう。ぼくが君の中に射精するまで、絶対に終わらない。ぼくがイクまで君はいつまでも感じ続ける」
 入れる、抜くの暗示を数度繰り返し真央を忘我の境地に追いこむと、麻鬼は真央の額を軽く叩き始めた。
 ゆっくりと、強く、弱く、弱く。三拍子。強く、弱く、弱く。
「このリズムを感じて。これに合わせてぼくのものが動く……強く、弱く、弱く。強く、弱く、弱く。このリズムに合わせて、君の中にぼくのものが、強く、弱く、弱く、突きこまれる……」
 なおもリズムを与え続け、真央のよがり声が完全に三拍子になったのを確かめると麻鬼はソファから離れた。
 教材用のオーディオに電源を入れる。
 CDをかけた。
 ラヴェルの『ボレロ』。
 最初から最後まで変わらないゆったりした三拍子のリズムに、色々な楽器が同じメロディを奏でながら重なってくる曲である。
 演奏時間は十五分。
 最初のリズムが鳴り始める。
「さあ、この音をよく聴いて……このリズムに合わせて君は感じる……感じていく……」
 最弱の音量でフルートがメロディを吹き始める。
「音が、君の体の上をはしる……君は音を聞いていると快感を感じる……楽器の音が、君の全身を愛撫する…………」
 弱くはじまるこの曲は、参加する楽器が増えてくるにつれて音量も高まり、最後には最強音で全楽器が鳴り響くのである。
「愛しているよ、真央…………さあ、感じて……もっと、もっと、君が感じるところを見せて…………」
 真央は口から泡を吹いて身もだえし始めた。
 四つんばいになった佳奈も、リズムに合わせて腰を揺すりながら悲鳴をあげた。
 麻鬼は二人の少女の乱れぶりを見て静かに“吸血鬼”の微笑みを浮かべる。

 十五分後、真央は発狂した。


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