蜘蛛のノクターン

第七章の二 「天使墜落」

作:おくとぱす さん

 第七章の二 天使墜落

          (七)

 朝の光の中に、アヤは上体を起こした。
「………………」
 ベッドが狭い。
 寝ぼけまなこで見下ろすと、布団が大きく盛り上がっている。
 めくった下に、無防備な姿で小さな女の子が眠っていた。
 アヤはしばらく固まっていた。
(……ええと…………)
 知っている顔だ。こんなにちっちゃいが上級生だ。考えて、やっと迫水千尋という名前を思い出す。
 そうだ、昨日泊めたんだった。
 こいつとオレは友達だ。友達だから、泊めるのは不思議でもなんでもない。
 部屋を見回す。テレビがばらばらになっている。室内に台風でも吹き荒れたような有様だ。どうしたというのだろう。
 だが、
(どうでもいいや)
 部屋が散らかっているのは当たり前のことで、あらためて気にする必要はない。
 それよりも、千尋だ。
「………………」
 アヤは千尋の寝顔をじっと見つめた。
 腕を丸めてすうすうと寝息をたてている。折り畳んだ肘の所にやわらかな肉が盛り上がっている。どこもかしこもふんわりとして、お餅みたいに白い。
 ふっと微笑んだ。
「てめえ、これでも高校生かよ」
 ほっぺたをつっついた。ぷにっと指が埋まる。むにゃむにゃと千尋の口が動く。笑ったようになって、赤ん坊のようなえくぼができる。ただでさえ丸っこい頬がさらにふくらむ。含み笑いしながらさらに数回つっついているうちに、あまりの可愛らしさに抱きしめたい衝動が湧き起こってきた。
 我慢できずに頬ずりする。
「……にゃ?」
 千尋の目が開いた。
 その寝ぼけた顔に、アヤは悲鳴に近い歓声を上げた。
「てめえ、何でこんなに可愛いんだよ! チキショウ!」
「うわあっ! 何や何や何やあっ!」
 千尋がもがくのを、逃さじと力をこめて抱きしめる。髪に顔を埋めてにおいをかぐ。顔を胸に押しつける。豊かな谷間に埋まって息ができなくなった千尋が暴れる、その感触がまた心地よい。生きたおもちゃ。年上のぬいぐるみ。楽しく、可愛く、面白い。もうたまらない。食べてしまいたい。食べてしまおう。頭の両側をはさんで顔を無理矢理持ち上げると、これ以上できないくらいににんまりとして、頬にかじりついた。もちもちした歯ごたえ。極上の大福。アヤは恍惚となった。
「うぎゃあああっ!」
 ……数分後、ようやく解放してやった時には、千尋の肌にはさらに三つの歯形がこびりついていた。
「何すんねん、いきなり!」
「しょーがねーだろ。噛みつきたくなるようなそんなツラしてんのが悪い」
 アヤはしれっとしてベッドから降りた。くいこんだ白いパンティを直し、ぱあんとお尻を叩いた。なんだか今朝は調子がいい。昨日までは色々な悩み苦しみがあったようだが、何もかもきれいさっぱり吹き流されて、爽快だ。窓の外は梅雨の合間で晴れている。風があるのか雲の動きが速い。今の気分そのままだ。
「まったく…………程度っちゅうもんがあるやろ。こないなことする人やなんて思っとらんかったわ」
「感謝しろよ、オレは本当に気に入ったヤツにしか噛みつかないことにしてるんだからな」
「何やねん、それは」
 千尋の文句など気にせず着ていたTシャツを脱ぐと、タオルを肩に引っかけ鼻歌を口ずさみながら浴室に入ってゆく。
 シャワーを浴びて上機嫌で出てくると、千尋が携帯で話していた。
「あ、ちょうど出てきたわ。アヤさん、ここの住所教えてえな」
「――――」
 すらすらと口をついて出た。どうしてそんなことを聞いてくるのか、気にもかけなかった。千尋と自分は親友だ。千尋に聞かれたことなら素直に答えるのが当然なのだ。
「おおきに。……んじゃ、できるだけ早うな。待っとるで。ほんじゃ」
「……誰と話してたんだ?」
「うちの友達」
 千尋は携帯を置くと、代わりに鈴を手に取った。
「なあ、アヤさん。ちょっとこっち来てえな」
「何だよ、一体」
 髪をごしごし拭きながらアヤは従う。
「アヤさんは、うちの言うこと何でも聞いてくれるんよね?」
「……ああ、そうだ」
 当たり前のことをどうして訊いてくるのだろうとアヤは不思議に思った。
「ほんじゃ、裸見せて」
「変なやつだな」
 アヤはタオルを床に落とし、両腕を体の脇に開いた。真白くつややかな肌、乳房は日本人離れしたボリュームで盛り上がり、腰は細くくびれている。名人が細筆で一筋描いたような縦長のへそ。腹筋で引き締まる腹には余分な肉はひとかけらもなく、長い脚へ続く見事な曲線を描いている。千尋の賛美の視線を浴び、いい気分になってふふんと鼻を鳴らした。
「全部や。下も脱いで」
「しょうがねえな」
 パンティに手をかけた所で、何か変だぞと思った。女同士だからって、人前で素っ裸になるなんて、おかしくねえか?
「どしたん?」
「おい、何で、オレが裸になんなきゃなんねえんだ?」
「……アヤさん、うちの目え見てや」
 黒目がちな大きな瞳。
 視線が合うなり、アヤの耳にリ……ィン……、という鈴の音が飛びこんできた。
(あ…………れ…………?)
「アヤさんは何でもうちの言うとおりにせなあかんのや。昨日アヤさんはうちの操り人形になったんやからな。そうやろ?」
 言われてみればその通りだった。どうして忘れていたのだろう。
「ほな、ちゃんと全部脱いでや」
「ああ……」
 アヤはパンティを下ろした。もうためらいはなかった。千尋が脱げと言うならそうするのが正しいことなのだった。
「OK。意外と伸びてへんのやな。これから色っぽい手入れの仕方教えたるさかい、楽しみにしといてな」
 アンダーヘアのことを言われているのだとわかり、恥ずかしくなった。
「隠したらあかん!」
「あ、す、すまねえ……」
「ベッドに上がって」
 今度逆らったらもっときつく叱られるだろう。どういうわけか、千尋に怒られるのがひどく怖い。アヤは小さな女の子のように従順に従った。
「寝転がって。そのまま、両方の膝をかかえるんや」
「………………」
「膝をそないにくっつけんと、もうちっと緩めえ」
 アヤは羞恥に震えた。だが千尋は大事な友人だ。言うことをきいてやらないとならない。赤面しながら脚を開いていく。生まれてこの方、こんな格好をしたことはない。アソコが丸見えだ。尻の穴まで見えるだろう。こんなのは嫌だ。だが逆らってはいけないのだ。泣きたくなった。
 千尋の指が大事な所に伸びてきた。だが脚を閉じられない。ヘアをなでられると悪寒がはしり、体が大きく震えた。
「はあ、きれいなもんや。全然エッチしたことないんやろ。どや、男のものここに入れたことはあるんか?」
「あ……あるわけ、ねえだろ…………」
 恥ずかしさのあまりに声が震える。だがこの姿勢は崩せない。早く終わってくれ、願うことはそれだけだ。
「自分で触ってみたことは?」
「……ねえよ…………誰が、そんなことするもんか……」
「珍しいな。んじゃ、えっちな気分になったことぐらいあるやろ」
「ねえよ! なるか!」
「……まさかと思うけど、子供がどうやってできるかぐらいは知っとるよな」
「当たり前だ!」
「セックスが気持ちええってことも……知っとるよね」
「ああ、そうらしいな、世間じゃ」
「世間て…………アヤさんは、興味ないんか? 特別な相手とっちゅうことやなしに、気持ちようなること……えっちなこと……」
「………………」
 アヤは唇を真一文字に引き結んだ。
「ないんか。そりゃホンマに珍しいわ。……何かあったんか?」
 アヤの表情はますます険しくなった。
「そっか。言いたくないならええわ。脚も、もうええで」
 アヤはほっと息をついて脚を伸ばした。
 その額に千尋が手を置く。
「ほな、一度眠ろな。はい、目え閉じて。安らか〜な気持ちになって、三つで深〜い眠りに入る。何にも考えずに眠るんや。ひとつ、ふたあつ、みっつ……」
 頭の中が溶けていくような気持ちになり、アヤは眠りに落ちた。
「こりゃ、遊び甲斐があるわ。たっぷり可愛がったるさかい、楽しみにしててや、アヤさん」
 全裸のアヤの体をなで回しながら、千尋は耳まで裂けるような邪悪な笑顔を浮かべた。

          (八)

 迫水千尋は四月に関西から転入してきた生徒である。
 一年生のアヤのことはすぐに耳に入ってきた。
 名門女子校に似合わぬこの不良少女は、おとなしい羊の群れに紛れこんだ鋭い角を持つ黒山羊だった。入学式の時から非常に目立っており、また誰もがその挙動をあれこれ噂した。黒山羊にとっては崖を登ることも急斜面をひょいひょいと降りてゆくことも何でもなかったかもしれないが、羊たちにしてみればまったく異質な、化け物と言ってもいいくらいの存在だった。学年の区別なく誰もが恐れ、側に近寄ることを避けた。

 千尋は催眠術を得意としている。その技で目をつけた相手を片端から落とし、好きに操ることを生き甲斐にしていた。
 夢はこの学園を完全に支配すること。生徒ばかりか、教師たちも全部。いや、学園だけではない。この街全体も、できることなら手中に収めたかった。
 遠大な野望の第一歩として、まず新聞部に入った。部員を完全に支配してから、インタビューと称して校内の実力者に催眠をかけて回った。
 しかし、いかに千尋の腕が良くても、操らねばならない人数が増えてくると一人ではどうしても手が足りない。催眠術は万能ではなく、暗示の効果にしても人それぞれ、場合によっては突然醒めてしまうことだってあるのだから、かけた後のフォローは欠かせない。操り人形たちの保守点検のために、それなりに催眠術の技術を持った仲間が必要だった。

 それはすぐに見つかった。
 白河文月、葉月。
 どちらがどちらかまるで見分けがつかない、ショートカットの美少女双生児。葉月はメガネをかけているが、それは周囲の人間に識別させるための伊達メガネで、外すともうわからなくなってしまう。
 生徒会を手中に収めるため、書記をしていた葉月に千尋が催眠をかけたのがきっかけだった。
 調べたところ、この二人は催眠に関してはまったく知識がなかったが、感性の点で千尋の期待通りの人材だった。
 ――――すなわち、不羈奔放(ふきほんぽう)。何物にもとらわれず、勝手気ままに振る舞う。かつ欲深。こうでなければ学園制覇の手伝いなどさせられない。途中で怖くなってしりごみするような人間では話にならない。その点、この双子には世間一般でいうところの良心というものが欠けていて、実に好都合だった。
 二人は喜んで千尋の仲間に加わってきた。他人を支配するということにまったくためらう風を見せなかった。千尋に教わり、催眠術の腕前も短期間にみるみる上達していった。

 三人は根拠地として、校舎とは別棟になっている武道場を選んだ。広い部室と独立したシャワールームが付属しているのが何より好都合だった。剣道部、柔道部、空手道部をことごとく支配下に置き、体育教師藤堂美夏にも深い催眠をかけた。
 藤堂教師は高陵学園三美人の一人に数えられる美女だった。暗示により全身の性感を高められ、十数人の剣道部員に裸身をいじられてよがり狂った。それまで禁欲を貫いてきた反動か、他の誰よりも快感の虜となり、その後は千尋たちの言うことは何でも聞くペットとなった。

 五月のうちに、千尋の組織は相当に広がっていた。
 校内ばかりか、校外にも千尋の下僕が大勢できた。千尋は街の不良連中に積極的に近づき、片端から虜にしていった。なまじ腕っ節に自信があるだけに、小柄で可愛らしい千尋に対してはまったく警戒心を抱かない。そういう男たちの心へ忍びこみ、容赦なく己の支配下に置いてゆくのはたまらない快感だった。

 千尋がアヤと直接知り合ったのは、六月に入ってからだ。
 その日の昼休み、千尋は図書室に足を運んだ。
 図書室の隣には、書庫を兼ねた司書室がある。高陵学園では専任司書を置いていた。
 すでに千尋の下僕と化している生徒会長、有原悠華のつてをたどり、まず図書委員長を落とし、その子と一緒に司書室に入った。司書は中年女性だった。資料を探す相談を持ちかけ、話を聞いてもらうように持っていって催眠をかけた。深くかけ、簡単な合図で催眠に入るよう後催眠暗示を与えておいた。徹底的に調教するのは放課後だ。
 成果に満足して図書室に戻ると、空気が異様に緊張していた。

皆と同じ制服を着ているのになぜか黒っぽい印象を受ける、猫背で長身の背中が目に入った。
 アヤだった。
 図書室にはこれ以上ないくらいに似合わない姿が、自分でも似合わないのを承知している落ち着かない挙動で、ずらり並んだ本棚の前をあっちへこっちへうろうろしている。
 誰もが恐怖に震えて動けない中、千尋は平気で近寄り、声をかけた。危険な連中の相手は慣れている。敵意を抱かせないことにかけては自信があった。

はじめて間近で見るアヤは、獰猛なまでの野性気に満ちた、思っていた以上の美少女だった。背が高く、足が日本人離れして長い。服の上からでも見事な胸のふくらみは見て取れた。欠点と言えば姿勢が悪いことだけだ。
 街で噂は聞いていた。積極的に暴れることはしないが、一旦喧嘩となると容赦がなくなるそうだ。仲間を作らず、不良同士の争いには基本的に関わろうとしない。そういう態度が気に入らないと目の敵にしている者も少なくなかった。
(極上の獲物)
 千尋はそう判定した。
 親切に検索機の使い方を教えてやると、アヤはたどたどしく何やら調べていた。脇からのぞきこむと催眠という文字が見えた。興味があるのか。催眠は、かけられる側が「かけられてもいい」と思っていてくれないとまずかからない。そうではない場合、嫌だと思う心の壁を乗り越えねばならない。そこが術者の腕の見せ所だ。アヤの方で催眠に興味があるなら苦労は半分以下ですむ。話の持って行き方次第では自分の手で簡単に落とせるかもしれない。
 だが千尋はそうはしなかった。
 この学校には、催眠を研究しているクラブ、オカルト研究会がある。仲間探しの過程で一度そこの二年生に目をつけたことがあった。だが催眠をかけ人間性を探ってみたところ、レズ嗜好があったが根底にある価値観はあくまで普通のもので、千尋の望む人材ではなかった。
 全てを忘れるように言って放りだした、その相手を紹介した。
 アヤは何か催眠を使ってやりたいことがあるらしく、即座に飛び出していった。

「……どうして何もしなかったの?」
 話を聞いた文月葉月の双子は訊ねたものだ。
「嫌な予感したんや。あいつと仲いい子が一人いるやろ。それがブラスの子てこと知っとったからな」
 千尋には敵がいる。
 学園を手中に収める上での最大の障壁。
“吸血鬼”の異名を持つ美女、音楽教師氷上麻鬼。
 もっとも、彼女はこちらのやっていることについては何一つ知らないはずだ。千尋や文月葉月のことは生徒の一人として知ってはいても、まさか自分を支配することを狙っているとは気づかないだろう。
 麻鬼は顧問をしている吹奏楽部の女の子に片端から催眠をかけ、思うがままに操っている。
 この学園を支配するためには、部員三十人を数える吹奏楽部とこの麻鬼を外すわけにはいかない。
 麻鬼はもう何年もこの学園に巣を張っている。ゆえに当然、その支配体制は盤石だ。操る手法、一人一人に与えられている指示は相当緻密で、隙がない――――はずだ。
「ブラスの連中は、生きた警報機て考えとくんやで。連中に催眠かけるのはもちろん、連中の前でおかしなことするだけで、全部向こうに知られてしまうと思わなあかん」
「本当かな、それ?」
「証拠はない。でもな、確かめるわけにもいかんのや。そうでなければええけど、もしホンマやったら、確かめようとした時がうちらの最期や。こういう時はな、最悪の展開を想像しとくのが一番なんやで」
 双子は納得しかねる様子だった。

 だが、その翌日に事件が起き、千尋の予想が正しかったことが証明された。
 アヤがオカルト研の部室で暴れ、先生を投げ飛ばして窓ガラスを割った。聞こえてきた概要はそういうところだった。
 だが新聞部、生徒会その他の情報網を駆使した結果、浮かんできた真相はまったく違っていた。
 アヤは、一年生の吹奏楽部員、本城万里江をオカルト研へ連れていったらしい。
 千尋にはすぐに予想がついた。アヤは、万里江が麻鬼に催眠術をかけられ、記憶をいじられたことに気がついたのだ。それで、万里江の記憶を取り戻させるために、催眠術を使えるオカルト研の生徒に協力を仰いだ。
 オカルト研の実力がどれほどのものだったのかはわからないが、かなりいいところまで迫ったと思われる。
 そして、万里江にかけられたプロテクトが発動した。
 恐らく、記憶を探られた場合には暴れ出すように指示を与えられていたのだろう。万里江は二階の窓を破って飛び出すという滅茶苦茶な方法で逃げ出した。その姿を目撃した生徒が数人いる。
 千尋は事件発生直後のオカルト研部室に入りこんでいる。万里江に施術したと見られる北沢京子の頬に、爪でえぐられたらしい傷があった。
 翌日、万里江が右手の指に包帯を巻いているのを千尋は確認していた。人差し指、中指、薬指の三本。京子の頬の傷も三本だった。
 また、京子と同じクラスである葉月が昼休み、氷上教師が京子に何か話しかけているのを目撃していた。
 さらに翌日、京子は頬のこけた、まったくの別人になって登校してきた。ひどい下痢をしたという説明で皆は納得したが、葉月は青くなって千尋と文月に知らせた。
「な、うちの言うた通りやろ。“吸血鬼”にやられたで。手え出してたらうちらもああされてたかもしれん」
「………………」
「ブラスのやつに関わったらあかん言うたわけ、わかったな?」
「うん……」
 アヤはこの事件により二週間の停学処分を受けた。
「あの子、やられちゃってないかな」
「さっき、帰る前にちょいと話してみたけど、今んとこは大丈夫そうや。……時間の問題やろうけど。その前にうちらの側に引きこみたいもんやね。何か手ぇ考えな」

 ――――これが、一週間前の話である。

          ※

「「うわあ……」」
 千尋から住所を聞いてやってきた制服姿の文月葉月は、全裸で横たわるアヤの姿を見てそろって感心してみせた。
 この二人、自分たちで意識しておかないと仕草も表情も、しゃべる言葉さえまったく同じになってしまう。片方がメガネをかけているので葉月とわかるが、もしメガネを外されると千尋でさえどちらがどちらなのか見分けがつけられない。
「…………よく落とせたね」
「さすがちーちゃん」
「運が良かったんや」
 ベッドの上、アヤの体の脇に下着姿であぐらをかく千尋はにんまりと笑い、事情を説明した。

          ※

前夜、千尋は一度催眠をかけた不良連中を集め、再教育を施していた。
 そういう男たちが集まるクラブでは、音楽や照明、周囲の視線――――千尋の下僕ばかりがやってくるわけではないのだ――――があってとても催眠術など使えるものではないので、店の脇の駐車場に連れ出した。
 鈴の音を聞かせ、指を鳴らすと男たちはあっという間に催眠状態に落ちた。
 催眠術、特に後催眠暗示は、一度与えたきりでは長くても一週間程度で効き目がなくなる。簡単な命令なら効果は長いが、千尋の下僕となるような“重い”暗示の効力をずっと保たせるためには、こうやって何度もかけ直して念入りにすりこまねばならない。催眠をかけられる回数が増えれば増えるほど、運動と同じように体が催眠に入る感覚を覚えこみ、楽に深いところまで誘導されるようになる。そのようになるまでは繰り返し繰り返しこのような機会を設けねばならなかった。
 支配下に置く人数が多くなるとこういう手間も増えてくる。千尋はアヤに近づきたかったのだが、この一週間“保守点検”にかかりきりで、とてもその暇がなかった。
 男たちを深いところへ導き、千尋の言うことには絶対服従するように、そうすれば満足感が得られると繰り返しすりこむ。女性と違って男は性的快感ではそれほど深く支配できない。男に植えつけるのは使命感だ。なまじ自分の腕にたのむところがある者ほど、その力を使う正当な理由を求めている。それを利用する。千尋を守るためにお前は生まれてきたのだという風に思いこませてやる。四六時中そう思わせる必要はない。催眠状態に入った時だけ千尋の“騎士”となるようにしておけば、精神にさほどの負担はかからず、したがって醒める危険性も少ない。
「な、うちをよう見てや。うち、可愛いやろ? 目えつぶりい。三つ数えると、うちのことがもう可愛うて可愛うてたまらんようになる。そして、うちを守りたくて仕方がなくなるんや。わかるな、うちに何か悪さしよなんてヤツが出てきたら、絶対に許せんようになる。そういうヤツはむかついてむかついてたまらなくなる。可愛い千尋はあんただけのものや、うちを守れるのはあんただけなんや。わかるな、ほな、三つ数えるで。ひとつ、ふたつ、みっつ!」
 目を開けた男たちは、そろって熱に浮かされたような表情を見せた。いずれ劣らぬ暴力ジャンキー、その単純な頭脳は今や千尋という女神をあがめる狂信者と変えられていた。
「頭下げえ。うちがあんたらの頭に触れたらな、めっちゃ幸せな気持ちになる。今まであれこれ気ぃ張って大変やったやろ。もう何も悩まんでええようになるで。うちがいる限りもう何一つ心配することはない。めっちゃ落ちついた、安らかな気持ちになれるんや」
 腰をほとんど垂直に曲げてお辞儀をした男たちの頭を、千尋は順番に抱きかかえてやる。一人一人に「頼むで」「あんただけが頼りや」と優しい声をかけることも忘れない。身を起こした男たちは、みな少年のように目をきらきらさせ、誇らしげな表情を浮かべていた。彼らは守るべきものを見つけたのだ。
「もうあんたらはうちのものや。わかったな。じゃ、うちの手ぇ見い。そうら、この手を見ると、頭の中がだんだんと真っ白になって、ものすご〜く気持ちようなってくる…………さあ、もう何も考えることができん…………心が深あく沈んで、ええ気持ちや……」
 今の服従暗示のことを忘れさせ、催眠状態に入るキーワードをあらためて強調しておこうとする。
 男たちの背後、暗がりからいきなりアヤが現れたのはその時だった。

 アヤは千尋が男たちに襲われているのだと勘違いしたらしく、千尋の腕をつかみ、引きずってその場から逃げ出した。
 アヤの所に遊びに来た後に夜道を一人帰った万里江を心配して、様子を見に来たらしい。
 千尋は万里江のことは知っていたので、見たと嘘をついてアヤを安心させ、単純なアヤを口先三寸で丸めこみ、こうして部屋に入りこんで催眠をかけたのであった。

          ※

「あの連中の再教育はまた今度や。それよりこいつや。見てみい、こんな上等な獲物、滅多にないで」
「うん……」
「はあ、ボクだってちょっとくらいは自信あったんだけど、こりゃかなわないなあ」
 文月と葉月はこれもそろってアヤの裸身に羨望の目を向けた。まったく同時に手を伸ばし、片方は横になっても型くずれしない張りのある乳房を、もう片方は淡く血管の浮いた瑞々しい太腿をなでさする。アヤは人形よろしく横たわったままで、何の反応も示さない。
「これから徹底的に調教したるわ。そやけど、その前に色々聞きだしとかなあかんことあるし、今日はうちガッコ休むわ。フォロー頼むで。終わったらすぐこっち来てな」
「うん、わかった」
「だけど、そんならどうしてボクたちを呼んだの? これじゃ遅刻しちゃうよ」
「いやな、そこのばらばらのテレビ片づけてほしかったんや」
「「え〜?」」
 二人は一緒に眉をひそめた。
「何でボクたちがあ?」
「アヤにやらせりゃいいじゃない」
「あかん。ええからさっさと片づけえ」
「ぶう……」
 ふくれっ面で片づけはじめた双子だったが、すぐに顔色が変わった。
 大きくへこんだフレーム、中ほどで割れて粉々になっているブラウン管。
「うわ……」
「これ……金属バットでも振り回したの?」
「そんなもんがここにあるか?」
「ないね……」
「ってことは…………」
 双子はこわごわとアヤを見やった。
 千尋はアヤの脛を指さしてうなずいた。
 万が一にもアヤの催眠が醒めるようなことになったらどうなるか。この二人が気を抜いてミスをしないように、アヤの恐ろしさを身をもって実感させるためにわざわざ呼びつけたのであった。

           ※

 夕方、千尋と双子は人目につかぬようにアヤを街中のラブホテルへ連れこんだ。そこの従業員は千尋の下僕であった。

 アヤにとって、地獄の夜がはじまる。

          (九)

「気をつけなあかんことはな」
 千尋は双子を前にノートを広げた。半日かけてアヤの過去、嗜好をじっくり調べ上げ、書き取ったメモだ。ノート五ページにもわたってびっしりと書きこまれている。
「こいつ、催眠術ってものが大っ嫌いなんや。そやから、絶対に“自分が催眠術にかかってる”て自覚させたらあかんねん。ええか、それやったらな、どんだけ深くかかっててもその場で醒めてまう。そん時にゃあ、うちらまとめてあのテレビみたいにズタボロにされるで。ええな、くれぐれも気ぃつけてな」
「……わかった」
「でも、どうして? 何か嫌いになることあったの?」
 万里江、京子、恵理香、それに麻鬼に絡んでアヤが体験した、これまでの事件の経緯を簡潔に語る。
「せやから、氷上先生のこと持ち出すのも慎重にせなあかん。暴れ出すかもしれへんからな」
「OK。後は?」
「これも面倒なんやけど、セックスも嫌いなんや」
「そりゃまた、どうして?」
「昔に色々あったんやて」
 アヤと親しい万里江すら知らぬ秘密を千尋は探り出していた。
 聞かされた双子は神妙な顔をした。
「……それじゃあ無理もないか」
「でもさ」
 片方がアヤを見下ろした。
 パンツルックのアヤがテーブルにつく三人の足元にうずくまっている。犬にされ、ひなたぼっこをしているという暗示を与えられてうつらうつらしていた。
「それでこの体はもったいなさすぎだよね」

四つんばいになっているので、ヒップが張りつめて素晴らしい曲線を描いている。どんな堅物の男でもこの充実した下半身を見せつけられて平然とはしていられまい。
「そうやろ。宝の持ち腐れもいいところや。折角の迫力バディや、ふさわしい使い方教えてやらな。……でな」
 千尋はノートを閉じ、双子をあらためてじっと見た。
「普通なら気持ちようなる言えば簡単に落ちるんやけど、こいつ意志強いから支配される快感には溺れんし、セックスの快感はそうゆうわけでもっとあかんねん。こういうめんどいやつをどないしたらええか、何かアイデアないか?」
 催眠を深くかけるだけなら千尋一人でどうにでもなる。しかし、催眠と洗脳とは違う。催眠がかかれば奴隷になるというわけではない。今のアヤは犬になりきっているし、鳥になれと言えば羽ばたき、それこそ奴隷になれと言えばこの場にひれ伏して御主人様と口にするだろう。だがそれはこの場だけのことで、醒ませば元通りだ。この先もずっと千尋たちと仲良しという暗示は与えてあるが、その程度ではアヤの望まぬことをやらせようとすればすぐに破れてしまう。どんな無茶なことでもさせられる下僕と変えるためには、もっと別な手を使ってアヤの心を徹底的に突き崩す必要があった。
「服は脱がせられるのに、エッチは駄目なの?」
「医者の検診とか、シャワーとか、着替えとか、普通の生活しとっても服脱ぐシチュエーションはあるやろ。そっちと同じ風に思ってくれはるから、脱がせるのはできるんや。エッチ抜きならかなり恥ずかしい格好でもさせられるで。でもな、セックス匂わせたら一発でアウトや」
「……よくわかんないな」
「程度の問題や。頭はたかれるの想像してみい。ぽんと軽くはたかれるぐらいなら気にもせんやろ。ちょっと強くても相手がツレならええやろな。でもな、グーで思いっきりやられんのはどうや? 誰が相手でもいややろ? そういうこっちゃ。エッチは全部こいつにとってグーなんや。ぺんぺんはたいても文句言わんけど、グーでやられたら、そこまでどないに仲良うなっとっても、怒る。グーでやっても怒らんようにするにゃあどないしたらええかってことや」
 千尋は強力な誘導技術を持つ分、どちらかというと力押しの傾向が強い。大抵の相手は問題ないのだが、このアヤのように強靱な精神力を持つ者を相手にすると攻め方のバリエーションが少なく、手間取ってしまう。その点文月葉月の双子は、それほどの腕がないだけに、かえって相手の心を読んで的確に弱点をえぐることに長けている。
「……この子、友達思いなんだよね?」
「そうや。そりゃもうすごいもんやで。うちもらい泣きしてしもたわ。万里江って子を氷上先生の手から救い出すためなら、ホンマに何だってするで、きっと」
「それなら、こんなのはどう? ……」
 千尋は目を丸くした。
「…………あんたら、ようそんなこと思いつくな。ひどい、そりゃひどいわ」
「やっぱ駄目かな」
「いや、おもろい。いいアイデアや、それ」
 千尋は目を輝かせた。おもちゃの新しい遊び方を見つけた、残忍な子供の顔であった。

          ※

「こんなもんかな」
 双子は布団を丸め、SMプレイ用に部屋に備え付けられていたロープで縛った。床に立て、その上からバスローブをかぶせた。
「……これで人に見えるかなあ?」
「それは大丈夫や。うちがしっかり暗示与えるさかい」
 千尋はアヤを立たせた。
「さあ、アヤさん、ゆーっくり目を開けてみて……」
 千尋の声は低く、関西弁が消えていた。絶対に失敗するわけにはいかないので、本気を出している。普段の舌っ足らず気味の甲高いしゃべりくちは本性を隠すための演技であって、ここぞという時には大人びた、妖艶に語尾が伸びるこの声音を出す。
 アヤのまぶたが静かに持ち上がった。
 どこにも焦点が合っていない、うつろな目つきだ。千尋が手を伸ばして目の前で振るが、瞳は動かない。表情筋が弛緩して、目尻がさがってとろんとなった、だらしないくらいの顔つきだ。唇は半開きになっている。
「左右をよく見てみて。何にも見えないよ。ほうら、右を、左を、ゆーっくり見回して。何にも見えない。何も見えない……」
 アヤは首を静かに回した。野性の獣のような普段の姿からは考えられない、重い動き。いらいらするくらいにじわじわと首が回り、その後に眼球がくいっ、くいっと少しずつついてゆく。口元は弛緩したまま、変化はない。深い催眠状態に置かれている今のアヤには、目から入ってくる情報がまったく脳に知覚されないでいる。
「よし、じゃあ目を閉じて。目を閉じて。そう、ほうら、いい気持ちだね……。いい、これから数を三つ数えるよ。そしたら、目の前に、アヤさんの一番嫌いな先生が出てくるよ。ひとつ……ふたつ……みっつ、はい、目を開けて!」
 アヤの眉間がかすかに痙攣し、たるんでいた頬が目に見えて引き締まった。背筋が伸びる。しぼんでいた風船に雷雲が充満してくる感じ。禍々しい気配が炎のようにアヤの長身を彩る。千尋も双子も、室内の空気が落雷寸前のように帯電し、毛が逆立つような錯覚にとらわれた。千尋は身震いし、慎重に暗示を与えた。
「よく見て、あそこに人がいる、背の高い人がいる、あなたの嫌いなあの先生が立っている。見えるね、教えて、あれは誰?」
「氷上…………!」
 アヤの両眼が丸めた布団をはっきりととらえ、燃え上がった。アヤにはそれが“吸血鬼”の妖しい姿に見えているのだ。
 炎が不穏にゆらめいた。
「そう、氷上先生だね。あの人が憎らしくて憎らしくてたまらなかったんだよね。でもついにやったんだよ、あの人を追いつめた! もうあの人に逃げ場はないよ! さあ、もう我慢することはない、これまでの鬱憤を思い切り晴らしちゃおう! ハイ!」
 音高く手を打ち鳴らす。
「うぉらああっ!」
 アヤは雄叫びを上げて突撃した。
 右手がおかしな形で振り下ろされた。得物の小型ハンマーを手にしているつもりなのだ。柄を握るわけではなく、柄に通した紐を手首にかけ、振り回して使うのがアヤのやり方だ。実際には何もないが、うなりをあげるそれは、真正面から“相手”の脳天に叩きこまれた。相手が本当の人間で、アヤの手に本物が握られていたら、相手は即死していたかもしれない。
 踏みこみ、体を横向きにして低いサイドキックを打ちこんだ。体重が乗っており、人体で言えば膝のあたりを斜め上から蹴り砕く。これもまともにくらえば関節が粉砕されて、下手をすれば一生歩けなくなる。
 傾いた布団を、瞬時に引き戻した右脚で再度蹴りつける。今度はハイキック。長い脚が高々と持ち上がり、鞭のようにしなって倒れかかってきた“頭部”を打ち抜く。人体であれば二倍の衝撃を受けて一撃昏倒間違いなしだ。
「まだだ! このクソ野郎! こんなもんですむと思うなよ!」
 アヤは“相手”の“髪”をつかんだ。引きつけ、下に押し下げて強烈な膝蹴りをくらわせる。顔面崩壊ものだ。
「これは万里江の分!」
 二度、三度。肋骨粉砕、内臓破裂。
「これは京子の分! これは恵理香の分!」
 引き起こした。
「これは、てめえにおもちゃにされた連中全員の分だ!」
 突き飛ばし、距離を取って腹へとどめの蹴りを入れた。“相手”は吹っ飛び、壁にぶつかって倒れた。アヤだけにしかそうは見えないはずなのに、二目と見られない無惨な有様になった長身の美女教師の姿が、千尋たちの脳裏にもありありと浮かんだ。
「ストップ! もういい、もう十分、それ以上やったら死んじゃうよ!」
 千尋と葉月二人がかりでアヤの腰に抱きついた。そこまでしないと止められなかった。アヤはこんなやつ死んだってかまわねえと、なおも横倒しの布団を蹴り続けた。
「アヤさんが人殺しになったら、万里江さんが悲しむよ! 万里江さんを助けるためにこうしたんじゃないの?」
「あ……」
「さあ、万里江さん助けて、帰ろう……」
 千尋は目で合図した。布団の脇に文月がかがみこみ、アヤをこわごわ見上げる。青ざめているのは演技ではない。
「ね、ほら、そこにいるのは万里江さんだよ。あなたは彼女を助けるためにここに来たんでしょ。ほら、手を貸してあげて。あなたは氷上先生を倒して、万里江さんを助けたの。わかるでしょ、アヤさんが一番望んでいたことだよ」
 千尋に言われ、アヤは肩を落とした。“万里江”に手をさしのべる。厳しくつり上がっていた眉が気弱げに下がった。そこに見えているポニーテールの少女の姿は本物なのか、これは夢ではないのかと戸惑っている。
“万里江”がおずおずと手を伸ばしてきた。それを優しく両手で包みこむ。本物であることを確かめるようにさすった。万感の思いがアヤの表情によぎった。アヤは口を笑いの形にしながら大粒の涙を流した。“万里江”の手に頬をすりつけると、とうとうこらえきれなくなってその場にうずくまってしまった。
「マリエ………………もう大丈夫だ。もうこんなヤツの言うこときかなくていいんだ。これで、これで…………元通りに……!」
「アヤ……ありがとう……」
“万里江”がか細い声で言う。
「…………帰ろう、万里江…………」
 アヤは濡れた頬をぬぐいながら立ち上がった。
 その目の前に千尋が手をかざす。
「はい、目を閉じて!」
 リ……ィン……と鈴が鳴る。場面が強引に進められる。
「さあ、ここは自分の部屋だよ。氷上先生をやっつけて、万里江さんと一緒に帰ってきたところ!」
 アヤをベッドに座らせる。
 千尋は息をついた。
(さあ、はじめるよ!)
(OK!)
 双子と視線を交わし、うなずきあった。

 再度、一緒にいるのは万里江だと念押しの暗示を与えておく。
 目を開いたアヤは、文月を見て心から満足そうな笑みを浮かべた。
 千尋が合図を送る。
「う!」
 文月が喉を押さえ、後ろに倒れてもがきはじめた。
「マリエ! どうした!」
「……」
 文月は駆け寄ってきたアヤに腕を投げかけ、抱きついた。
 色っぽい吐息を耳に吹きこみ、アヤの腰や背中をなで回す。
「あはあ…………アヤぁ…………いいことしよ……」
「マ、マリエ! どうしちまったんだ!」
「氷上先生にかけられた催眠がまだ解けていないんだよ」
 鈴を鳴らしながら千尋が“解説”した。アヤに千尋の存在は認識されていない。千尋の言うことはアヤの心の声、アヤが自分で思いついた真実となる。
「万里江さんは氷上先生に色々いやらしい催眠をかけられた。それがまだ解けていない。何とかして解いてあげなくちゃ」
「………………」
 アヤは唇をかみしめた。氷上教師への怒りと、何としてでも万里江を元に戻してやるという決意。
「その方法は簡単。万里江さんを満足させてあげればいい。そうすれば万里江さんの催眠は全部解ける」
「……わかった」
 誰に向かって言ったという意識もなくアヤは口にした。
 悲壮感を漂わせ、自分から“万里江”を抱きしめる。千尋たちは知らぬが、それはかつてオカルト研の部室で見せたものと同じ表情だった。
「マリエ…………わかったよ、気持ちよくなりたいんだな? それでお前は元に戻るんだな? だったら、オレが気持ちよくしてやる。今度はオレがしてやるよ。あいつらみたいにはいかないだろうけど、オレでよければ、何でもしてやる……」
 アヤの手がぎこちなく文月の体に回された。
「どこをどうすればいい? お前の一番いいようにしてやるよ、教えてくれ……」
「違うよ、アヤ」
“万里江”は言った。

「あたし、アヤをイかせたいの。アヤが思い切りイクとこ見たいの。……」

 アヤは凍りついた。

 文月はアヤを抱いたまま立ち上がり、ベッドに押し倒した。通常なら文月葉月二人がかりでも太刀打ちできないであろうが、アヤはまったくの無抵抗。どうしたらいいのかわからなくなって呆然としている。
「万里江さんのしたいようにさせてあげなきゃいけない。そうしないと万里江さんは元に戻らない。……」
 千尋がその耳元に低く吹きこみ続ける。その妖しい声音は逆らいがたい力をもってアヤの心にしみこんでゆく。
 アヤは今にも強姦される小さな女の子のように“万里江”を見つめておののいた。
「アヤ……」
「ま、待て! 待ってくれ!」
 のしかかってきた文月を、両手を上げて押しとどめる。
「……いやなの?」
「そ、そういうわけじゃねえ、ねえけど…………」
「じゃ、しようよ。思いっきり気持ちよくしてあげるから……」
「待って、な、ち、ちょっと待ってくれよ……!」
「あたし、アヤとしたいの。もう我慢できないんだ。はやく、しようよ……。でないと…………頭痛くて……痛い痛い、きゃあ、死んじゃう、苦しい、死んじゃいそう!」
「……文月、調子にのりすぎ」
 頭をかかえてもがき出した文月を葉月がたしなめる。文月はアヤに見えないように小さく舌を出した。
 だがアヤにはそんな声は聞こえず、蝋人形のような顔色になって唇をわななかせるばかりだ。
 すさまじい葛藤がアヤを襲っていた。
「……このままだと万里江さんがおかしくなってしまう。アヤさんが受け入れるしか彼女を救う方法はないんだよ。嫌なんだよね。だけど、そうする以外に万里江さんを助ける方法はない。アヤさんがどうしても嫌なら、そう言えばいいよ。でも、そうしたら、氷上先生にかけられた催眠のせいで、万里江さんの頭はおかしくなってしまう。精神病院に入らなきゃいけなくなる。そんなの嫌でしょ?
 万里江さんはアヤさんとエッチしたがっている。アヤさんを気持ちよくさせたがっている。わかるでしょ、アヤさんが気持ちよくなった所を見せないと、万里江さんは満足できない。そうでないと万里江さんを元に戻せない。万里江さんを救えるのはあなただけ」
 悪魔のようにささやき続ける千尋は、とどめとばかりに鈴を鳴らした。
「さあ、次に鈴が鳴ると、あなたの頭の中は万里江さんを大事に思う気持ちでいっぱいになって、万里江さんの望むことを何でもしてげたくなる。自分のことなんかどうでもよくなる。万里江さんはあなたの大事な友達。万里江さんを元に戻すための勇気が心に沸き上がってくるよ! そら!」

 リ……ィン…………。

「あ………………」
 アヤの頬に羞恥の血の気がのぼった。
 上げられていた腕が力を失って体の脇に落ちた。
 アヤは静かに口にする。
「………………いいぜ…………マリエ、わかった、お前の好きなように……して……くれ…………」
 言い終わると目をつぶった。唇をわずかに噛みしめ、“万里江”の視線を避けるように顔を背けた。

          (十)

「う…………む…………あ………………」
 アヤの喉からひっきりなしに呻きがこぼれる。
 横たわるアヤの上に重なって、文月が唇を重ね合わせていた。
 文月と葉月の双子は、相手が男でも女でも気持ちよければ気にしない、無節操な快楽主義者だ。他人ばかりか、お互いの体もオナニー感覚でしょっちゅう触りあっている。キスも慣れたものであった。舌がぬめりながらアヤの口中に忍びこんできて、固く閉じられているアヤの歯列をまさぐる。アヤは眉間に深々と皺を寄せ、嫌悪感に必死で耐えた。
「舌、入れさせて……」
 耳元で葉月がささやいた。アヤには文月の声は万里江の声に聞こえている。文月と同じ声をしている葉月の言葉も、まったく同じように作用した。
“万里江”が望むなら仕方がない。アヤは顎の力をゆるめた。
 文月の舌が喜び勇んで侵入してくる。逃れようとするが逃げ場なく、奥に引っこめた舌の根を固くした先端にこすられた。体が痙攣する。反射的に腕が動いて“万里江”の肩をつかみ、突き放そうとして思いとどまる。行き場をなくした手がかぎ爪をつくって空中をひっかいた。
「駄目だよ、舌、動かして……」
 言われてアヤは泣きそうな顔で従う。わずかに持ち上がった隙間に文月の舌が入りこみ、持ち上げ、上から下から絡みついてこすりたてる。アヤの腕にものすごい鳥肌が浮き上がった。
 文月は構わず唾液を送りこむ。くちゅ、くちゅと音が鳴る。恋人同士ならば興奮を誘うその音も、その気がないアヤにとってはおぞましいばかりだ。
(早く、早く終わってくれ!)
 思うのはただそれだけ。
 文月は口を犯しながら、手でアヤの頬や首筋をしきりにさすってくる。冷たい指だ。うなじに滑りこんできたときにはぞぞぞと背筋に悪寒がはしった。
 舌が抜け出していった。心からほっとした。唾液の糸が唇から顎へ落ちてきたがそれどころではなく、よどんだ沼の水面にやっと浮上できた心地がして、新鮮な空気を腹の奥までいっぱいに吸いこんだ。
「……まさか、こんなもんで終わりなんて思ってないよね?」
 アヤの腰にまたがった“万里江”が笑った。上着を脱ぐ。アヤの目にだけ、ポニーテールが揺れる。万里江の下着姿は見慣れているが、今ばかりは心臓が興奮とは別のおののきに激しく脈打った。
「さ、脱ご」
「や、やめ……」
“万里江”の手がアヤの腰に伸びてきた。ベルトを外し、上着の裾を引っ張り出す。
「うらやましいよ、どうしてこんなに腰細いのさ」
 服を裏返しにめくりあげながら、ゆっくりと手が上に這いのぼってくる。ブラジャーがあらわにされた。アヤは心中に悲鳴を上げた。
 脇で見ている千尋たちの目に興奮の色が浮かぶ。
「なんか、丸裸んときよりえっちな感じするな」
「うん、男の気持ち、何かちょっとわかる。あの嫌がってる顔がいいよね」
「葉月、あんたオヤジやな、まるきり」
 一方で文月も訊ねた。
「アヤ、ブラのサイズ何だったっけ?」
「……92……」
「うわ、すごい。カップは?」
「…………D……」
「へえ、これでEじゃないんだ。胸板しっかりしてるもんね」
 アヤの顔が真っ赤になる。女同士なら別に特別な意味のないこういう話も、今の状態ではひどく恥ずかしい。
 アヤの上半身は完全に裸にされた。
 乳房に手がかけられる。
 一度は決意したのだが、やはり耐えられなかった。
「ま、待て!」
“万里江”の手首をつかんで引き離し、残る腕で胸を隠して必死に懇願する。
「待ってくれ、マリエ、頼む、な、ちょっと待って……」
「だ〜め。あたし、アヤといいことしたくってたまんないんだよ。ね、いい気持ちにしてあげるからさ…………すごいいい気持ちになるんだよ…………。ね、しようよ……」
「わかる、それはわかるけど、待ってくれ、お前のそれは、氷上に操られてそうなっているだけで、本当のお前じゃ……」
「本当のって何さ。あたし、アヤとしたいんだ。したくてしたくてたまんないの。アヤに気持ちよくなってほしいの。それだけなんだよ」
 すっかり万里江になりきっている文月は言いつのる。
「…………そんなに……いやなの……? だったらはっきりそう言ってよ。あたし、アヤがいやなら我慢するからさ……」
 千尋が鈴を鳴らしながらささやく。
「今の万里江さんは病気のようなものなんだよ……アヤさんが断ったら、おかしくなって一生元に戻れない。アヤさんが本当に嫌だったら、断ることもできるよ……ただし、そうなったら万里江さんはおかしくなって、誰彼なくエッチして回るようになっちゃうよ…………そうなっちゃったらどうやっても元には戻せない……」
 文月も連携して続けた。
「ね、アヤ…………いやなの? 本当のこと言っていいんだよ? あたし、友達でしょ、いやなら無理じいしないから…………。あっ、頭痛い、苦しい…………でも、アヤのためなら、あたし、やめるよ…………」
 顔をしかめつつ健気に言う“万里江”に、アヤはほとんど泣き顔に近いくらいに顔を歪めた。
 いやだ。
 セックスはいや。
 女同士はもっといや。
 だけど……。
 これさえ終われば、万里江は元の万里江に……。
 オレさえ我慢すれば……!
 アヤは観念する。
「………………わ……わかった……。もう何も言わねえ…………お前の好きなようにしてくれ…………」
 千尋がまだ駄目と立てた指を左右に振った。文月は目でうなずく。
「アヤ、隠さなくっていいよ、本当はいやなんでしょ? いやでたまんないんだけど、あたしのために無理してそんなこと言ってくれてるんだよね? だったらあたし、アヤにいやな思いさせたくないから、何だか頭おかしくなりそうだけど、やめるよ……」
 文月はアヤの体の上から降りようとした。アヤは慌ててその腕をつかむ。
「ま、待て! 大丈夫だ、いやじゃねえ!」
「本当?」
“万里江”は疑いのまなざし。アヤは焦る。万里江のために、それだけを思ってひたすら口にし続ける。
「本当だ! 信じてくれ! ……オ、オレ、お前に、その、そういう、色んなこと…………してほしいんだよ!」
「色んなことって、どんなこと?」
「…………その…………い、いやらしいこと……」
「いやらしい?」
「だから…………セ…………セックス……」
「聞こえない」
「……セックスだよ!」
「セックスって、あたしたち女同士だよ。どういう風にやるのか、わかってる?」
 アヤはうめき声を洩らした。言わなければならないという強い意志と、言うべき言葉の内容への羞恥心とがぶつかりあって、喉がふさがったようになった。
「し……知らねえよ……」
 息苦しい中からやっとしぼり出した声は遠くくぐもって、自分の声でないように聞こえてくる。
「じゃあ、どうして欲しいの?」
「……キ、キスしたり…………体を………………さ、触ったり……」
「体って、どこを?」
「………………」
「言って。そうしたら、アヤのしてほしいようにしてあげるから。アヤ、あたしに色々してほしいんでしょ? だったら言えるはずだよね」
「………………」
 アヤは顔をそむけ、きれぎれに唇を動かした。
「何? どこ? はっきり言って」
「…………おっぱい…………」
「それだけ? まだあるでしょ、大事な所?」
 こらえきれずに、喉からくくっと嗚咽のような声が漏れた。
 知識としては知っている。だが、おっぱいと口にしただけでも死ぬほど恥ずかしかったのに、どうしたらもっと恥ずかしい場所のことを口に出来るだろうか。まして言ったらそこを触られるというのに……!
「ね、言って」
「………………」
 アヤは数回口にしようとして震え、一気に吐き捨てようとして果たせず、またがる“万里江”を見上げてわずかに首を振った。いつもはきりりとつり上がっている眉がひどく垂れ下がり、すっかり力を失った瞳がうるんでくる。
(今から三つ数えて鈴を鳴らすで。そしたら、どんなに嫌やと思っとっても、口が勝手に動いてその言葉を言ってしまうんや。ええな……)
「…………オ……オマ……」
 死にたい気分でついに口にした。
 限界を超え、アヤはぼろぼろ涙をこぼした。
「アヤ…………そんなに正直に言ってくれて、あたし嬉しいよ……やっぱり友達だよね……」
“万里江”がアヤの頭を抱き起こし、唇を寄せて涙を優しく舐めとった。
 そのまま舌を這わせて唇を奪う。もうアヤに抵抗する気力は残っていなかった。
 しゃくりあげるアヤを抱きしめ、文月は送りこんだ舌を前にも増してねっとりとうごめかせながら、横目に千尋と葉月を見やり、小さく勝利のVサインを出した。

          ※

 パンティ一枚だけの姿にされたアヤに、これも同じ姿になった文月が体を重ねる。ズボンを脱がされる時に足をくまなく触られ舐められ、足の指までいじられて、まだ本格的な愛撫もされていないのに、アヤはもはや息もたえだえの有様になっていた。
両手首が押さえつけられる。文月の唇が左の乳首を吸いこんだ。
「く…………っ!」
 言いようのないくすぐったさとキスの時にも劣らぬ嫌悪感に身をよじる。舌がほとんど隠れている突起をいじくり回す。
 息を止めて必死で耐えた。暗示と刺激をこれほどに重ねられてもまだ抵抗できるのはアヤならではであった。これが他の少女だったら体よりも前に心の方が屈服し、とうに快楽の波にのまれてしまっていただろう。
 上半身をベッドに置いている千尋のこめかみに血管が浮いていた。催眠のかかりやすさとはまるで裏腹の頑強な抵抗ぶりに苛立っている様子だ。
「なんちゅうしぶといやっちゃ……」
「少し強めに舐めるよ。それから軽く噛んで、ソフトに先っぽをくすぐる」
 葉月が千尋の耳にささやいてくる。文月葉月の双子はほとんど以心伝心にも近い感覚で、互いの次の行動が正確に読めるのだ。千尋は手の中の鈴を握り直し、身を乗り出した。

「ほら、少し立ってきたの、わかる?」
 舌を休めて“万里江”が言った。
「右と比べたら……ほら、ね、触ってごらんよ」
 否応を言う間もなく手を胸へ運ばれた。もう力を入れることができなくなっており、されるがままになるしかない。無理矢理触らせられた指先に、唾液にぬめる左の乳首が確かに固くなっているのを感じた。自分の体が自分を裏切ったような気がして、ぞっとした。
「気持ちよくなるとこうなってくるんだよ。これからもっともっとよくしてあげるからね」
“万里江”の手は今度は乳房を揉みはじめた。まだ誰にも触らせたことのないアヤの胸は、サイズこそ見事なものだが、まだ青い果実同然の生硬さだ。それを優しく、丁寧にほぐしてゆく。下から持ち上げるようにしたかと思うと、親指と人差し指の輪の間に乳首を露出させ、まるで乳搾りでもするかのように根元から握る。円を描いたり、粘土のようにこね回したり、好き放題にしているかに見えて実はかなりのテクニックを行使しており、そうとは知らないアヤはそれまでに比べればはるかに楽な感覚に一息ついていた。気持ちいいとさえ思った。
(楽な気分や。何も嫌な感じはしない。嫌な感じはすううっと消えていく。変わって少しずつ、少しずつ、快感が生まれてくる……)
 千尋は暗示をアヤの耳に吹きこみ続ける。さしものアヤも徐々に消耗しており、意識されない千尋の言葉が、これまでは決して侵入を許さなかった心の中の聖域に、次第次第に忍びこみはじめていた。
(次に万里江さんに舐められたらな、さっきよりずっとええ気持ちがするんやで。最初はちっとは戸惑うかもしれへん。けどな、何も怖がる必要はないんや。ほんのちょっとだけ我慢しとったらええ。嫌な感じはしなくなってくる……相手は万里江さんや、あんたのおじさんとはちゃうんや、何も悪いことはない、心配はいらない…………すぐに嫌な気持ちは消える…………)

存分にアヤの胸をマッサージすると――――その間も下半身が微妙に太腿やふくらはぎをこすり続けている――――“万里江”は大きく口を開けてアヤの乳房に吸いついた。
「!」
 身を強ばらせたアヤだったが、先ほどのくすぐったさが来ないのであれと思った。
 緊張がゆるんだ瞬間を狙って、引っこめていた舌が口中の乳首を下から大きく舐め上げた。
「ひゃああっ!」
 巧みに揉みほぐされたことで血行が良くなり、それだけ神経も敏感になっていた。暗示の作用もこれまでになく大きかった。電気ショックにも似た衝撃がはしり、上に乗っている“万里江”を跳ね飛ばさんばかりに体がのたうった。文月は慌ててしがみつく。
「……どう? 気持ちいいでしょ? さっきとは全然違うでしょ?」
 文月は今度は舌先を出し、軽く先端を転がすようにした。
「う……あ……」
 アヤはこれ以上できないまでに眉間にしわを寄せ、歯をくいしばった。
 ひどいくすぐったさだ。ほとんど苦痛と変わらない。横隔膜がひきつって、息が苦しい。
 だが。
 ――――。
 その奥から……。
 かすかに湧き起こってきた、これは――――。
 この………………。
(き……もち……いい……?)
 切ないような――――しびれるような――――甘い…………熱い…………じんじんと広がってくるこの感触……は……?
(そうら、気持ちええやろ。快感や)
(快感)
 知らなければまだ耐えられたかもしれない。
 だが、一度そうと気づいてしまうと――――。
「ね、アヤ、ほら……言った通りでしょ。立ってきたよ、アヤの乳首…………ほら、見てごらんよ。右ともう全然違うよ。感じてきたんだね。嬉しいな。もっともっと感じさせてあげるからね」
「よ、よせ、や、やめ……」
 アヤは反射的に“万里江”の頭を押しのけようとした。
 だが予想していた文月はその腕を押さえつけた。アヤの両方の腕をしっかりとらえ、頭はそのまま、舌を伸ばして円を描くように動かした。
「あっ、や、やめろ、やめ、や、あっ!」
 アヤの肩と肘がひくついた。“万里江”に力で負けるはずがないのに、ふりほどけない。左胸から広がってくる甘いうずきに手足が痺れ、力が入らない。力を入れようと意識を向けると、乳首からの感覚に抵抗する意志が緩み、さらなる快楽の波が体をひたし、さらに力が抜けてゆく。
 アヤは生まれてはじめての感覚にこれ以上ないくらいに惑乱した。その首筋から頬にかけてが、火がついたかのように一気に真っ赤に染まった。
「そんな、オレ、か、感じてなんか、まさか、オレ、あっ、や、やめ、や、いやっ、あ……!」
 すっかり充血し肥大した乳首、その周囲に初々しい色合いの乳暈がぷっくりと盛り上がってくる。
 アヤはその生々しさに愕然となった。そんな風になるものだなんて知らなかった。衝撃だった。右の乳首はわずかに影響があるがまだいつも見慣れている状態。それとはまるで別物だった。
 またも舌と、今度は指も絡みついてくる。
 乳首の根元を指でつまんでこりこりといじられ、同時に先端を舌でくすぐられた。強烈だった。
「ああっ! あっ、ああっ! や、やめ、やあっ、あっ!」
 悲鳴が裏返ってくるのが自分でもわかった。だがもうどうすることもできない。
(万里江さんはとっても上手。慣れとるから、安心してええ。何も怖いことはない。まかせておけば最高の気分にしてくれるんや。そう、余計な力を抜いて、気を楽にして、気持ちええ感じだけを味わうんや。すぐそうできるようになる。そうら、力が抜ける、抜ける…………身も心もぐったりとして、頭んなかもぼんやりしてきて、快感しか感じられんようになる……)
 今度は乳房全体を揉まれた。先ほどとは違い、じわじわと広がってくる快感が押し寄せてきた。
“万里江”の顔が右に移った。伸ばした舌は触れるか触れないかぐらいの微妙な加減で、乳房の周囲をぐるぐると回った。回りながら、たっぷりしたふくらみをだんだんと上ってくる。螺旋を描く舌が最後はどこに到達するのか、考えるまでもなかった。あの快感がまた来る。期待ともおののきともつかぬその思いにアヤは震えた。まだ息一筋さえも吹きかけられていないのに、勝手に乳首がもりあがりはじめた。舌の軌跡が頂点に近づいてくるにつれてますます固くなり、痛いくらいになった。
(は…………)
 早く。
 早く…………触って…………。
(!)
(そんな、駄目だ!)
(だけど…………あんなに気持ちいいなんて……)
(駄目だ! いやだ!)
(でも、気持ちいいだろ。よかっただろ、さっきの)
(ほら、もうすぐ乳首に来る。さっきよりもっと感じる。ものすごい快感で、声が出てしまう。もうこらえることはできへん。そら、あと五つ数えてこの鈴が鳴ったら、舌が乳首に触れるんやで……)
(ああ…………)
(や、やめ…………)
(はやく……)
 ――――。
 リ……ィン……。
「アヤ……」
“万里江”は小さく、優しくつぶやいた。
 その唇が、すっかり充血して刺激を待ち受けているしこった乳首に吸いついた。

「あああああっ! ああっ! あんっ! ああっ! い、いやああっ! やあっ、あんっ、ああっ、あひいっ!!」
(どや? すごいやろ。今感じてることが、そのまんま口から出てくるようになるで。思うとること、何もかも流れ出す)
「いいっ、ああっ、気持ちいい! あんっ! 駄目、そんな、ああっ、こんなの、いい、気持ちいい、だけど、ああ、マ、マリエ、オレ、そんな、そんなああっ!」
 アヤはわめいた。頭の中が灼熱し、何を感じ何を考え、口が何をしゃべっているのかもわからなくなっていた。理性が吹き飛び感覚さえばらばらになったなかで、快感を送りこんでくる乳首だけは熱く輝くように意識され続けていた。

 文月が舌を離しても、アヤは口を半開きにしたまま放心してしまっていた。
「何、あれだけでこんなになっちゃうの?」
「何も知らんかったんや、しゃあないわ。あんたらとはちゃうねん。初心者マークならこんなもんやろ」
「ボクらをインランみたいに言わないでよね」
「スケベなのは間違いないやろ。この間かて……」
 陥落を間近とみて、千尋と葉月は余裕を持って言い交わす。
「どう、アヤ? 気持ちいいでしょ? まだまだこれから、もっともっとよくなるんだよ……。あたしだって、最初はこんなにいいなんて思ってなかった。でも、経験してみたら、ホントに人生変わるよ…………」
 ぴったり身を重ね、乳房や脇腹を愛撫しながら文月はアヤの耳にささやいた。
 文月は知らぬことであったが、その言葉はアヤに「おにいちゃん」と関係を持ったと告白してきた後の万里江を思い起こさせ、意図した以上の効果を生んだ。
 この瞬間、セックスは気持ちいいという図式がはじめて本当に理解されたのである。それまではそういうものとして知っているだけであった。嫌悪感というコンクリートをうがち、実感を伴った、確固たる認識がついにアヤに根を下ろした。
 そうなると、もう歯止めがきかなかった。
 文月は足で膝から下をさすりながら右手で乳房を揉みしだき、左腕をアヤの首の下に入れて頭を抱き寄せた。舌をのばして耳たぶから頬、あごへとくすぐり、またしても唇を奪う。
「ん…………」
 アヤはもう舌を受け入れることに抵抗しなかった。舌と舌がこすれると、これまでとは違ったぞくぞくするような快感が生まれてきた。目をとろんとさせ、自分から舌を動かした。文月が驚いて目をみはった。“万里江”のその反応が何だか嬉しくなって、さっきの真似をして相手の舌に舌を巻きつけるようにしてみた。音がした。唾液が甘く感じた。体がますます痺れてくる。熱い。風邪を引いた時とも猛暑の時とも全然異なる、たまらないうずき。腰のあたりが妙だ。どろどろに溶けてしまったよう。触って欲しいと半ばとろけた意識で考える。太腿をもじもじとこすり合わせた。
 もちろん文月が気づかぬわけがない。
「濡れてきたんじゃない……?」
 アヤはたじろぐ。だが最前までの強い恥じらいは失われていた。半ば期待するように流し目で“万里江”を見て、それからぷいと顔をそむける。
 文月は身を離し、右腕をアヤの右脚の下に入れた。膝を持ち上げ、太腿が胸にくっつくくらいに大きく折り畳ませる。
「ち、ちょっと……」
 アヤは慌てた。そんな風にすると、パンティが股間にくいこんでくる。おもらしでもしたみたいに、布地がなま暖かく湿ってくるのが感じられた。抗おうとしたが、脚を押さえこむ“万里江”の右手に左の乳房をいじられはじめると、たちまち力が抜けてしまった。恥ずかしい格好がかえって興奮を呼んだ。
「あ、あっ! あんっ! は、ああんっ!」
 立て続けに声が出る。止められない。両手で口を隠して少しでも押さえようとした。
 その手首を文月はつかむ。
 アヤの右腕を斜め上へ伸ばさせ、丸くへこんでいる腋の下に口をつけた。
「うひゃああっ! うわああっ! やめ、やめて、ひああっ、やめてえっ!」
 耐え難いくすぐったさだった。左脚が宙に持ち上がってのたうつ。不自由な姿勢のせいで逃げられず、まだ束縛されていない左腕で“万里江”を押しのけようとした。
 なのに、刺激され続けているうちに、くすぐったさがそれまでになかったほどの快感に変わってきた。
「く…………ああんっ!」
 押さえられている右手の指が宙をかきむしるようにした。左手もシーツを鷲掴みにして筋をひくひく浮かせた。股間にじゅんと熱いものがにじみ出た。
 乳房をいじる手が、下に降りていった。
 文月は体を起こし、アヤの右脚を肩に乗せた。たっぷりした太腿を甘噛みしながら腰骨周辺をくすぐる。
「アヤのここ、今どうなってるのかな……?」
 指がパンティラインに沿って滑り降りてくる。アヤは無言で震えた。どうしてほしいのか、もう自分ではわからない。煮えたぎる大鍋に放りこまれかき回されている心地になっていた。
「あ…………あ、あ……あ………………あっ!」
 布地の縁をさするようにしていた指が、わずかに中へ侵入してきた。おののく。だがすぐに出てゆく。息をつく。また忍びこんできた。息をのんで待ち受ける。来ない。手が太腿の方へ動く。ほっとため息、だが安堵か失望か、どちらともつかない感情が渦巻いている。
 脚を大きく開かれた。逆らえない。そうする気持ちも失せている。
「すごい、もうこんなになってるよ……」
 無理矢理触らせられた。パンティはぐしょぬれになっており、大事なところに張りついてしまっていた。恥ずかしいと思った途端、さらに熱く濡れた。
「や、やだ…………やめて…………」
「駄目。ほら、触って。アソコの形、くっきり浮かび上がっているよ。わかるでしょ、ほら」
 指は布地越しに、別の生き物のように熱く息づく肉襞の感触を伝えてきた。こんな風になるなんて、信じられない。
「駄目だよ、手ぇ離しちゃ。もうそこから離しちゃいけないよ。あたしが手を離しても、その手はそのままで、そこをゆっくり上下にさすり続けるんだよ……」
“万里江”の言葉には妖しい強制力があり、アヤの手は意志を裏切って秘所にくっついたままになった。言われるままに上下にゆっくりと動きはじめる。

          (十一)

「んんんんっ! ああああっ! はあんんっ!」
「ほうら、すごい気持ちいいでしょ。色々触ってごらん。そうすると、もっともっと感じてくるよ……」
 文月はささやくように言った。本来ならそれは千尋が吹きこむべき暗示であった。
 ――――できなかったのにはわけがある。

 いよいよ快楽の虜になりはじめたアヤの痴態を見て、葉月の目の色が変わってきたのだった。
「………………」
 無言で千尋にしなだれかかり、スカートの中に手を入れてくる。
「ちょ、ちょい待ち、今はそれどころやないねん!」
「いいじゃない、ちょっとだけ、さ……」
 アヤを責める文月はとうに陶酔の表情に変わっている。それとうり二つの霞んだ目つきで、葉月は千尋に腕を絡めてきた。胸元に手を忍びこませてゆく。
「今は、今だけはあかん! 待ちい言うとるやろ! こら!」
「だって、文月ばっかりいいことしてさ、ずるいよ……ボクだってしたいよ……。駄目ならさ、ボクも一緒にアヤさんいじっていい?」
「そりゃあ…………」
 難しいところだ。
 今のアヤの催眠深度ならば、“万里江”が二人に増えても気にしないようにさせられるかもしれない。
 自信はある。だが百パーセント確実とは言い切れない。人の心は厄介なものだ。いくら深い催眠にかかっていても、いや、そうであればこそ余計に、何がどうなるかわからない。万が一の時に巻きおこるであろう惨劇を思えば、少しでもリスクの見こまれることは慎むべきであった。
「あかん」
「むう…………。じゃ、やっぱ、するよ……」
 葉月の手がより一層勢いを増して動き出す。千尋は悶えた。この双子のテクニックは抜群で、千尋には決してレズっ気はないのだが、何度かイかされたこともある。このままだとじきに自分も我を忘れてしまうだろう。
(しゃあないな)
 千尋は眠らせることにした。同志ではあるが、この双子にも催眠状態に入れるキーワードを埋めこんである。
「葉月。……“葉月はうちの大親友”や。人魚になって、ふか〜い海の底へ、潜っていこ。な……」
 手をかざして言うと、すぐに葉月の瞳が力を失い、ふらりとくずおれていった。
 ふうと汗をぬぐった千尋はすぐに目も口も真ん丸にして飛び上がる。
 文月がふらふらになって、アヤの上に倒れそうになっている!

 ――――この双子は特殊な自我を持ち合わせている。一つの体の中に二つの人格があることを二重人格というが、それと逆に、二人で一つの人格を共有しているようなところがある。極端に似通った双子同士、アイデンティティが分化されていないのだ。
 双子が同じ場所にいる場合、片方に暗示をかけて催眠状態に入れると、もう片方も自分に言われたように認識して、同じく催眠状態になってしまうのである。
「あ、あかん!」
 千尋は文月に飛びつき、アヤの上に倒れることだけは何とか阻止した。引き起こし、強引にベッドの外へ放り出す。文月は軟体動物のようにずるずると落ちてゆき、手足を投げ出してぐたりとなった。
「マリエ……?」
 アヤが訝しげな顔をする。その目の前に手をかざし、鈴を鳴らした。
「大丈夫、何も心配することはない。ほうら、心が落ちついてくる。だんだん頭の中が真っ白になってきたよ……。さあ、ゆっくりと、深いところへ入っていこうね……」
 本気の声を出し、必死で誘導する。アヤの顔から淫らなものが消え、無表情になった。まぶたが閉じてゆく。
 パンティの上に手を置いたまま固まったアヤを前に、千尋は心から安堵の息をついた。
「…………このどスケベえっ! 役立たず! この大事なときに、何考えとるんや、アホーッ!」
 トランス状態で幸せそうにしている双子を目一杯罵り、それからこの二人を同志に選んだ自分に対して自己嫌悪をおぼえた。
「まったく…………。結局、うちがやらなあかんのか。何のための仲間かわからんがな、もう……」
 ぶつぶつ愚痴り、服を脱いだ。ブラジャーを外し、自分の可愛らしいささやかなふくらみをアヤと見比べて唇を尖らせる。少しでもアヤが万里江と見たてやすいように、長めの髪を後ろにまとめてポニーテールにした。
「これが催眠でなかったら、気分元通りにするのに一苦労するとこやで。ホンマにもう……」
 最前までの文月と同じようにアヤの傍らに寝そべる。
「……ま、ええか。元々うち自身の手でじっくりいたぶってやりたかったんやから…………ふふふ、アヤさん……楽しませてあげるよ……やっと約束通りにできるね……ふふふ……」

千尋はアヤの肌を一舐めしてにやりとした。声が本気の声になっていることに、自分でも気がついていなかった。

 千尋はアヤの頬をさすりながら耳にささやいた。
「……アヤ、あたしの声聞こえるね? 今あなたはとてもいい気持ちになった。もう一度あんな感じになりたいよね? そう、もう一回今みたいな快感を味わいたい。すると、ほうら、また体が熱くうずいてきたよ………………」
 アヤはわずかに鼻息を荒くし、裸身をゆらめかせた。
「あなたは万里江さんにあちこちいじられて、エッチな気持ちになった。もっともっと体を触られて、もっともっと気持ちよくなっちゃうけど、もう止められない……嫌だと思うかもしれない、でも、万里江さんを満足させるために、気持ちよくなってみせなければならないんだよ……。わかるね……? あなたが気持ちよくなれば万里江さんは喜ぶ。あなたも気持ちいい。何も悪いことはない。どんどん感じちゃおう……」
 記憶も感情も千尋の支配下に置かれているアヤは、すぐにまた先ほどの状態に戻された。アヤの中で今の中断は意識されない。
 閉じていた唇がひび割れるように開く。
「はあっ……」
 小さな、しかしまぎれもない快楽のあえぎ。
 豊かな乳房が体の震えを伝えて揺れた。
 千尋はまだこれといった刺激は与えていない。にもかかわらずアヤは急所を抜群のテクニックで責められているのと同じように激しく身もだえしはじめた。
「そう、とってもいい気持ち…………全然嫌な感じはしない。気持ちよくて気持ちよくてたまらないよ…………そう、万里江さんの指が、舌が、あなたの感じるところをとっても上手に触ってくれるよ…………ほうら、どんどん気持ちよくなってくる……気持ちよくて気持ちよくてもうたまらない…………我慢できない……」
「は、ああっ、あんっ、あああっ!」
「体中が熱い…………とっても熱い。うずうずして、肌がぴりぴりするみたいで、どこでもいいから触ってほしくてたまらない感じになるよ…………どんどんうずいてくる…………もっと、もっと触ってほしい…………そういう気持ちがどんどんふくらんでくる……我慢できない……我慢することはないんだよ」
 千尋はアヤの手首をつかみ、握りしめているシーツから引き剥がした。
「万里江さんがあなたに話しかけている……」口調を甲高いものに変え、「“アヤも、ほら、自分で触ってみて…………色々やってみて。そうしたら一番感じるところがわかるよ。そうしたらそこを触ってもっと気持ちよくしてあげる……”」
 アヤの手を胸に置いた。
 びくっと震えたが、すぐにアヤの手は自分のものではないかのようにみだらにうごめき始めた。
 釣り鐘を伏せたような見事な乳房が歪み、こね回される。
「“どうやるの? アヤ、どうやったら気持ちいいの? 教えて?”」
 よく喧嘩をしている身とは思えない白く細い指が、両方とも指先ほどに尖ってふくらんでいる乳首をつまみ、指の腹でこりこりいじりながら円を描くようにした。
「ああっ! こ、これ、これ、いい、い、あ、き、気持ちいい! いいよ、これ、やって! マリエ!」
「……万里江さんの指が今と同じようにしてくれる……」
 アヤは両手でシーツを鷲掴みにし、苦悶しているかのように顔を歪め、肩を激しく左右に揺り動かした。膝が持ち上がり、足裏をつけて強く踏ん張る。頬から首筋までが湯上がりのような桜色に染まり、押し寄せる快楽に連続して悲鳴を上げた。そこには誰もいないのに、幻想の中でアヤは溶かされてゆく。
 千尋は“万里江”の声で言った。
「アヤ、今度はあたしが、もっと気持ちいいところ触ってあげる」
 アヤのパンティはもうぐしょぬれになっており、激しく悶えるうちに秘所にべたりと張りついて秘裂の形を浮き上がらせている。セックスはおろかオナニーの経験さえないアヤには、そこを触るということはまったく頭になく、最初だけは千尋が教えてやらないといけない。
「あんまり緊張しないで…………そう、気はすご〜く楽になる。何も怖くない。でも気持ちよさはそのまんま。……じゃ、触るよ……」
 千尋はふくれあがった襞を上下にそっとさすった。
 固く引き結ばれたアヤの唇を割って深いため息がこぼれた。
 あまりの気持ちよさに悲鳴すら出せないのだ。
 電流でも流されているかのようにわなないている睫(まつげ)の下に涙が盛り上がってきて、細く切れ上がった目尻からこめかみをつたって流れ落ちていった。
「どう、ものすごいでしょ? こんなに気持ちいいことがあるなんて知らなかったでしょ? アヤ、もっともっと感じて。あたし、アヤのこと大好きだから、もっと気持ちよくしてあげたいの」
 言いながら千尋は床に眠る双子をちらりと見やり、皮肉っぽい笑みを口元に浮かべた。
 またアヤの手をつかむ。今度は股間に置いてやる。
「ね、自分で触ってみて」
「あ…………」
「濡れてるでしょ。それはアヤが気持ちよくなった証拠。こんなになってくれて、あたし、嬉しいんだよ。だから全然恥ずかしくない」
 千尋もいまや興奮しており、直接淫らな行為をさせる“万里江”も暗示を与える“千尋”も区別がなくなってきているが、アヤの方でも淫楽にただれた脳髄はすでに識別する力を失っていた。
 わずかにためらったが、すぐにアヤの中指が秘裂に沿って動き始めた。
「ん……あ……ん……んっ……あん……」
「何だかものたりない感じがするね…………もどかしい。もっと強い刺激がほしい。そう、下着が邪魔だよ。じかに触ってみよ。そうしたらもっともっと感じちゃうよ……。ほうら、そうしたい。だんだんじかに触ってみたくなってくる…………いいんだよ、指を下に入れてみよう……?」
 布地越しだったにもかかわらず指先が糸を引いた。
 濡れたパンティが不快だったのか、指を入れるだけではすませず、千尋が何も言わずともお尻を持ち上げて自分から脱いだ。濡れているのでスムーズに脱げずにふくらはぎにからまった。アヤは足を縛られたようになって、それでも脱ぐよりも触りたい欲望の方が強いのか、その姿勢のまま指を秘所に潜りこませていった。
「それじゃああかんで」
 関西弁を使う余裕を取り戻した千尋が脱がせてやる。アヤは待ちかねたように足を開いた。
「ひゃあっ! ああっ! あっ!」
 すぐにこれまでにない激しさでよがりだす。
「ここらへんを…………こう触ってみて……」
 千尋は指をもっとも敏感な肉芽へ導いた。
 アヤは文字通り痙攣した。長い脚を空中に躍らせて悲鳴をほとばしらせた。
「あんまり強く触っちゃ駄目だよ…………静かに、そっと…………そうすると、信じられないくらいに感じて、あっという間にイッちゃうよ…………」
 千尋は両手でアヤの頭をはさみこみ、逆さまにのぞきこんだ。
「そうら、気持ちいい! 気持ちよくて、頭の中が真っ白になってくる! もう何も考えられない! 自分が誰で、誰といるかもわからない! 気持ちいい、気持ちいい、それしかない!」
 強い暗示を与える。
「あく、あ、あ、あ、あ、ああ、ああっ、あああっ!」
 アヤは泣き笑いのように顔を歪めた。
 明らかに人格が崩壊している呆けた顔になり、それでいながら指だけは別の生き物のように激しく動き続けている。
「今から三つ数えるよ…………ひとつでぐんとものすごい快感の波が来て、二つでさらに強くなって、三つであなたは完全にイッてしまうよ……」
 言われただけでもうアヤは鋭い悲鳴を上げて腰をのたうたせた。
 断続的に軽くイき続けているらしい。
「ひとつ!」
「ひああああっ!」
 最初だけでアヤは絶叫し、白目をむき舌を突き出して快楽の極みへ駆けのぼっていった。
 股間から熱い粘液がどっと流れ出す。甘酸っぱい独特の臭気がたちこめた。
 通常のオナニーならこれで終わりとなるものを、深い催眠状態にあるアヤには千尋が命じない限り終わりは来ない。
「まだまだ感じる…………全然おさまらない……さらに強い快感が来るよ………………いくよ……二つ!」
 アヤは獣じみた悲鳴を喉の奥からしぼりだした。経験豊富な女性でも滅多には経験できないであろう高レベルのオーガズムが、生まれて初めて性的に感じているアヤの魂を粉々に打ち砕いた。
 千尋は冷酷に告げた。
「みっつ!」
「あが……」
 アヤは四肢を突っ張らせたまま動かなくなった。
 その柔らかな肌は生々しい血の色を浮かせ、さざなみのように至るところが細かく震えていた。
 目は開いていたが何も見えていない。
 股間から湯気が立ちのぼった。
 千尋は自分の最後の下着を脱ぎ捨て、アヤの体に馬乗りになった。
 アヤの顔を無理矢理持ち上げ、大きな目を恐ろしいまでに光らせて、魂を縛る言葉を投げかける。
「あんたはこれであたしのもの…………あんたはあたしのもの………………あんたはあたしのもの………………あんたはあたしのもの………………」
 執拗に、ひたすらに、そればかりを千尋は取り憑かれたように口にし続けた。口の端を異様に吊り上げて、裂けんばかりに大きく開いて叫んだ。
「お前はあたしのものなんだ! あたしの奴隷! あたしの人形! あたしの言うがままになる操り人形!」
 千尋は腰を浮かせて正気を失っているアヤの顔をまたぎ、秘所を無理矢理押しつけた。前後に揺するとアヤの鼻が愛液に濡れててら光った。
 小さな胸を揉み、腰を動かして恍惚となりながら千尋はなおも叫び続ける。
「こう! こうや! こうしてやりたかったんや! お前を、あたしの下に、こう! あああっ!」

 しばらくして、自然と意識が元に戻った双子が見たものは、折り重なるようにして動かなくなっている全裸の千尋とアヤの姿だった。 


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