蜘蛛のノクターン

外伝 「トリオ・ソナタの章」 後編

作:おくとぱす さん


トリオ・ソナタ
  バロック時代から前古典派にかけての最も重要な室内楽形式。
  楽器編成がトリオであることを意味するのではなく、独立した3つの声部からなるソナタを意味する。
  したがって、ふつう2つの旋律楽器と通奏低音のために書かれる。
――――「音楽大事典」平凡社 より抜粋。太字は引用者によるもの。





              





 えっと…………。

 ベッドに寝てる。
 枕元に、アヤ。膝立ちであたしをのぞきこんでる。

「よっ。どうだ、気分?」
「…………?」
「オレのこと、わかるよな?」
「……当たり前じゃない」
「気分どうだ? 大丈夫か?」
「ん…………」

 伸びをする。爽快。
 でも――――あれっ?

 身を起こしてから、ようやく頭が動きはじめた。
 このシチュエーション、今日二回目のような。

「あたし…………あれ?」

 そうだ……思い出した。

 ついさっきまで、あたし、めちゃくちゃに混乱してた。しっかりおぼえてるぞ。男に襲われて、アヤに助けられて、アヤのこと本気で好きってわかっちゃって、パニクった。
 そして、アヤにキスしちゃった……。

 う〜む。
 あぐらをかき、腕組み。
 ここは顔真っ赤になって、恥ずかしくて顔もあげられない状態になるのが普通だと思うんだけど……。
 あたし、信じられないくらいに冷静だ。思い出してもあの異様な昂奮は少しもよみがえってこない。
 大体、いつ横になったんだっけ。

 もしかして、これって…………。

「アヤ……あたしに…………もしかして、催眠術、かけた?」

 問いかけると、アヤは困ったような顔をして目をそむけた。

「ん…………あ、ああ…………落ちつかせようと思って、ちょっと、な…………」

 悪戯を見つかった子供みたいだ。
 怒られるとでも思ってたんだろう。

 うん、ここは怒るべきだ。勝手なことしやがって。
 だけど…………困ったな、全然そんな気になれない。
 これ、きっと、催眠の効き目だ。アヤはあたしに、気持ちが落ちつく、目を覚ましてもずっと落ちついたままっていう暗示かけたんだろう。
 だから感情が全然動かない。
 腕組みしてうんうんうなずく。

「そっか…………催眠術か」

 お見事。
 まさかアヤが、あの瞬間に催眠術を使ってくるなんて。
 催眠誘導のテクニック、しっかり身についてるんだ。だからこそとっさに、それもあんな場面で応用できる。
 小馬鹿にしててごめん。
 あんた、すごいよ。
 今のあたし、ここでぶん殴られても落ちついたままだろう。
 こんなに強い効果を与えられるなんて。
 もちろん、相手がアヤだからこそ、あたしはたやすく言うなりになったし、暗示を深く受け入れた。信頼していない相手では絶対にこうはならない。
 だけど、それを抜きにしても、かすかにおぼえているアヤの声音、しゃべり方や暗示の与え方は、最近練習し始めたばかりとは思えないくらいに堂に入っていた。あれだけパニクってたあたしをあっという間に鎮めちゃったのは、間違いなくアヤの実力だ。

「気分、いいだろ?」
「うん。すごくいいよ。ありがと」
「ごめんな、勝手にやって」
「いや、いいよ。…………ちょっと驚いたけど」
「頭痛いとか、気分悪いとか、そういうのはないか?」
「大丈夫だよ。すっきりしてる」
「そうか。ここはオレの部屋で、もうおかしなやつはいなくって、お前は安全なんだ。わかるよな」
「うん……」
 念のため、あたしはもう一度ここまでの記憶を口に出して整理した。
「家に帰る途中で変なやつに襲われて、アヤに助けてもらったんだよね。で、戻ってきて、シャワー浴びて……それでいいんだよね」
「あ……ああ」
 アヤはなぜか腰を引いて、身構えるような姿勢になった。
 ??
 ……ああ、そうか。ここであたしがまたおかしくなるか、満面の泣き笑いで飛びついてくるんじゃないかって、警戒してるんだね。
 大丈夫。あんたの催眠はあたしをがっちり縛ってるから、もう爆発なんてしないよ。

 あたしが動かないのでアヤは安心したらしく、床に腰を下ろしてため息をついた。

 ――――ふむ。
 このアヤの態度からすると、さっきのキスは、ストーカーに襲われてパニックになってたせいだって思いこんでくれてるみたい。
(これって…………チャンスかも)
 胸の裡に、邪悪なものがうごめいた。

 あたし、アヤのこと、好き。
 この気持ちは変わってない。あたしの一番大切な気持ち。これはどんな催眠でも変えることなんてできはしない。
 あたしはさっきと変わらず、この子のことがほしい、愛し合いたいって強く感じてる。
 それなら、行動に出るべき。
 この気持ちを押さえこんだところで、今後事態が好転する見込みはなく、苦しむのはあたしだけだ。得することは何もない。

 あたしは氷みたいに冷静なまま、様々な要因を並べて検討を加える。アヤの性格。この場の雰囲気。あたしの意志。持ちあわせている技術。
 そうして出てきた結論は――――
(いける)
 こんなチャンス、二度はない。
 今だけできる、アヤの攻略法がある。
(やる!)
 この子を、あたしのものにする。
 手に入れるためならどんなことでもしてみせる。
 悪魔にだってなってやる。
 あたしをこうしたのはあんただよ、アヤ。あんたの催眠で、さっきまであった常識とか羞恥心とかの、あたしを押しとどめる邪魔なもの、全部凍りついてる。
 だから何されても仕方ないよね。自分でまいた種だもん。
 あたしは静かに、とうとうと流れる大河のように、アヤに向かって押し寄せていった。



 まずあたしは完璧な笑顔をつくった。
 いつものあたし、普段通りの本城万里江が浮かべる、脳天気な笑み。

「それにしても、催眠術かあ。すごいねえ、アヤ。あんた、ホントに催眠術使えたんだ」
「へへ、まあな」
 感心したように言ってやると、アヤは得意げに胸を張った。
 あたしは目をきらきらさせてさらに言いつのる。
「言うだけあるね。すごいよ。あたし、すっかりかかっちゃってた。面白いなあ。すごいなあ。さすがアヤ」
「へへっ」
「ね、ね、もう一回やってみて」
「え?」
「気持ちよかったからさ、ね、もう一回」
「いや、ちょっと、それは……」
 アヤは難色を示した。

 案外知られていないけど、催眠術かけるってのはそんなに楽なことじゃない。ごっこ遊びならともかく、今のあたしみたいな強い効果が出る深い催眠状態に導くのって、される方は楽だけど、かける側はかなり疲れるんだ。
 考えてもみてよ。かけてる間ずっと、相手の様子に気を配って、反応を確かめながら、状況にあった暗示を落ちついた口調でしゃべり続けないとならないんだよ。時には体を揺らしたり、崩折れるのを支えたり、ぐったりしているのを引き起こしたりもしなくちゃならない。心身ともにくたくたになっちゃう。精神科医とか心理カウンセラーとかのプロの人でも、連続ってのはきついんだって。
 あたしはそういうことを知った上でせがんでいる。
 だから、アヤがためらうのも計算どおり。
「だめなの?」
「いや、ダメってわけじゃないけどさ、もうこんな時間だし、今日はさすがに……」

 あたしは次の一手を打った。

「じゃあ、今度はあたしにやらせて」
「え…………」
 アヤは目を白黒させた。

「いいでしょ? アヤばっかり、ずるいよ。あたしにだってやらせてよ。催眠術ってすごいし、かけるのも面白そうだしさ。あたしにかけたんだから、おあいこってことで、ちょっとだけ。ね、ね、いいよね。ちょっとだけだからさ」

 あたしはベッドを降り、強引にアヤの手を引いた。
 交代するかたちで座らせる。
「おいおい……」
「試しってことでさ、ちょっとだけだからさ、いいよね?」
「う〜ん……」

 うなるアヤの目の前にあたしは指を立てた。
 左右に揺らしながら、大げさな抑揚をつけて、
「は〜い、じゃあ、この指を見てくださ〜い。この指を見ていると〜、あなたはだんだん眠くなってきま〜す♪」

「あのなあ」
 アヤは苦笑した。
「いくらなんでも、そんなんじゃかかんねえよ」
「そうなの? じゃ、五円玉糸にぶらさげて、ぶ〜らぶ〜らとか」
「ま、そういうもんだわな、普通のやつが知ってるのは。だけど、それだけじゃまず無理だ。その前の準備がいるんだよ」
「準備。へえ。どんなことするの?」
「とりあえず、リラックスさせないと。深呼吸させるのがいいらしいぜ」

 それほど手管を使うまでもなく、アヤは簡単にのってきた。
 人に何かを教えるってのは、優越感が得られて、誰にとっても快感だ。人づきあいが苦手なアヤも例外じゃない。

「深呼吸だね。じゃ、アヤ、目ぇつぶって、ふか〜く吸ってぇ…………吐いてぇ…………ゆっくり、たっぷり吸ってぇ…………静かに、全部吐いてぇ…………」
「そうそう、そんな感じ」
 アヤの口元がほころぶ。
 深呼吸してないけど、気が楽になったみたいだね、アヤ。
 さて、次だ。

 あんたは知らないだろうけど、あたしも催眠術使えるんだよ。
 例の先生からかけ方もしっかり教わってる。
 練習もいっぱいした。部活の仲間とか、お兄ちゃん相手にね。あたし、結構うまい方らしい。
 だからね、アヤ、あんたが次にどんなこと言ってくるか、あたしは全部わかってる。

 ちょっとだけ先回り。
「さっきペンライト持ってたよね。あれ使うの?」
「ん、ああ」
 アヤは脱いだジーンズの所に行って、ポケットからペンライトを取り出した。
「へえ。見せて」
 ひねる。青い、小さな光が灯る。
 それを、またベッドに腰かけたアヤの、額の上あたりにかざした。
「こんな風にするんだよね。これをじーっと見てください、って言うの?」
「ああ、まあそうだな。凝視法っていうんだ。何かをじっと見つめさせて、気持ちを集中させる」
「そうなんだ。じゃあ、これ使うなら、部屋は暗い方がいいよね」

 あたしは手早く部屋の照明を消した。カーテン越しに入ってくる外のわずかな光だけになる。
 アヤはちょっとびっくりしてる。

「それで、これを見てもらうんだよね」

 青い光を灯す。膝の上に手を置いて行儀良く座ってるアヤの額に、青い輪っかがぽうと浮かぶ。

「リラックスして、これを見るんだよね。
 じゃあアヤ、ゆっくり深呼吸しながら、この光をじっと見て…………」

 あたしは声を低くしていく。深みのある、落ちついた声に切り替える。催眠術をかけるには、人に安心感を与えるそういう声音がいいそうな。
 しゃべる速度も遅くする。遅すぎるかなって思うくらいで丁度いい。慣れないうちは特にそうだって教わった。
 それから、自信ありげにしゃべること。でないと相手を引きこめるわけがない。

「そうだよ、じいっと、見て…………。
 見つめていると、だんだんと、体の力が抜けて、気が楽になってくるよ…………」

 アヤは寄り目気味にペンライトを見上げている。
 何か変だぞ、おかしいぞ、そんな顔。だけど目をそらさず、光を見つめ続けてる。

「そう、それでいいよ。もっと力が抜けてくるよ。もっとよく見てごらん…………気が楽になる、楽になる…………ほうら、すっごく落ちついて、楽な気持ちになってきた…………」

 言いながらあたしはゆっくりペンライトを左右に振った。
 すうっと右に、すうっと左に。
 アヤの目がその後をついてくる。

「もう目を離すことができないよ。ほら、自然にこの光を見つめちゃう。光が揺れるよ。ゆっくり揺れる。揺れる光を見ていると、だんだん楽になってくよ……」

 すっ、すっ。一定のペースでペンライトを動かす。あたしはブラスバンド部所属。拍子取るのはお手の物。

「光がだんだん明るくなってくるよ。
 すご〜く明るくなって、もう他のものは見えない。これしか見えない。
 光が頭の中に入ってくるよ。
 頭の奥まで光がとどいて、なんだかぼうっとなってくる。
 だんだんぼうっとなってくる。
 体の力も抜けていく。
 あたしの言う所から、力がすうっと抜けていく。
 足……足首。ほら、楽になった。……ふくらはぎ……膝。腿……腰……そうだよ、背中の力も抜けてきた。胸もすうっと力が抜ける、腕からすうっと力が抜ける、ほうら腕から力が抜けて、重た〜い感じになってくる。肩にも力が入らない。首から力がすうっと抜ける、首がとっても楽になる。
 ほうら、体の力がぜぇ〜んぶ抜けて、すご〜く楽な、いい気持ち。
 頭の力も抜けてくる。
 頭の中が、ぼうっとなって、すごくすっごくいい気持ち。
 体がだらんとなってくる。顔もだらんとなってくる。
 なんだか眠たい感じになって、まぶたが重いよ、重たいよ……。
 光を見てるの、つらいよね。だったらまぶたを閉じちゃおう。
 ほら、目が閉じるよ、閉じるよ、すうっと閉じる、閉じたらとってもいい気持ち…………」

 あたしの言葉に合わせて、アヤのまぶたが下りていく。
 そしてとうとう…………閉じた…………。
 そのままかくんと首を折り、全身ぐったり弛緩する。

 と思ったら。
 アヤの目が、ぱちりと、開いた!

 失敗?
 いや、まだ大丈夫。アヤの目は、開いたと言っても、半開き。眠そうな感じ。
 多分、類催眠――――催眠に入りかけてる、ごくごく浅い、ぼんやりした程度の状態なんだ。

「万里江…………あの…………」
 抵抗してる。心からかかってもいいって思わせたわけじゃないから、当然の反応。
 これも計算のうち。むしろ好都合。

「ありゃ、やっぱりダメかな。まあ仕方がないよね、あたし、本当のやり方知らないもん。
 じゃ、これはおっしまい」

 明るく言ってペンライトを消し、灯りをつけに行った。
 ただし、蛍光灯はつけない。豆電球だけ。
 アヤの肌がオレンジ色に染まる。
 あたしはアヤの隣に座った。

 第二段階、開始。

「このペンライト、いいね。きれいだよ。青いのって珍しいよね。この色だったら、見てるだけで気持ちが落ちついて、ふか〜い催眠術にかかっちゃう。アヤ、いいの選んだね。やるねえ」
「はは……」

 アヤは小さく笑った。
 ……あたしの言葉の中に暗示が埋めこまれてることには気がついてない。
 一度おしまいって言ったから、アヤの頭の中では警戒心がリセットされてる。そうなるとさっきよりもずっと暗示の影響を受けやすくなる。

「青い光ってさ、見てるとなんか落ちつくから好きだな。海の色だからかな。
 海。いいよね。
 あたし、海、好き。
 だけど人が多いとこはいやだから、誰もいない、静かなところに行きたいな。
 そういうとこ、考えるだけでうっとりしちゃう。ひろくて、しずかな、きれいなところ……」

 のんびりした口調で言い続けてると、アヤは夢見心地の顔つきになってきた。
 やがて、半分閉じかけてたまぶたが閉じる。
 あたしはアヤの肩に手を回した。
 ゆっくり左右に揺すってやる。こうするとより深くリラックスできる。上手にやらないといけないけどね。

「ひろびろ〜っとしたとこに、波の音。ざぶん、どどんって、波の音。ず〜っと広がるきれいな砂浜。ふたり一緒に寝っ転がりたいね。だら〜んとしたいな。だら〜んと。どっちを見ても、どこまで行っても誰もいない。聞こえるのはただ、風の音に、波の音。ざぶん、どどんって波の音。すご〜く落ちついた、いい気持ち……。
 だけど浜辺は熱いかな。うん、熱いね。熱い熱い。じりじり焼けちゃう。
 じゃあやっぱり海だよね。海に入ろう。とっても涼しい水の中。手足広げて、ぷかぷか浮かぼう。クラゲみたいに、ぷうかぷか。何にも考えずに、ゆらゆら、ぷかぷか、いい気持ち……」

 アヤの体から力がいい感じに抜けてきた。クラゲって言ったときに口元がふっとゆるんだ。かなり入りこんでくれているみたい。

「そう言えば、水の中から見上げる太陽ってすごく不思議な見え方するよね。まぶしいのは同じなんだけど、目が痛い感じはなくって、真っ白な、やわらかい光が、水面の揺れに合わせて、ゆらゆら、ゆらゆら、ゆるやかに揺れて、あちこちに光の筋をばらまいて。
 少し潜ってみるよ。するとあたりは暗くなって、光もちょっと小さくなってく。でもやわらかい輝きはそのままに、やっぱりゆらゆら、ゆらゆらしてる。
 きれいだよね。とってもきれい。じいっと見てると、ぼうっとしてくる。ぼうっとしてきて、楽になる、楽になる…………すご〜くゆったりした気分…………。
 もっと深くなっていくよ……。
 深く、深く、どんどん深く…………。
 まわりはもう何にも見えない。何の音も聞こえない。
 光はまだ見えているけど、だんだん遠くなっていく。
 遠くで光が揺れている…………それをじいっと見つめながら、もっと、もっと深くなっていく…………。
 深く、深あく…………」

 揺らしているアヤの体がさらに脱力してゆく。

 ――――催眠術ってのは、単調な刺激と暗示によって相手をトランス状態にする、言葉と仕草のテクニック。スポーツ技能とか勉強とかと同じ、技術にすぎない。
 でもやっぱり、あると思うんだ。なんて言うのか知らないけど、心と心がつながって、不思議な力が片方から片方へ流れてく、みたいなのが。
 深く、深くと繰り返す時、あたしは水の底に沈んでいくアヤの姿を脳裡に見ている。アヤだけが沈むんじゃない。あたしも一緒に深く潜ってゆく。アヤ、あんたは海の中。海の中にいるんだ。口先だけじゃだめ。あたしがそれを心から信じた時、あたしの思いはアヤに伝わって、アヤも同じものを信じてくれる。
 あたしに催眠術教えてくれた先生は、催眠術かける時には自分の世界で相手を包みこむ感じになるって言ってた。多分、この感覚のことだろう。

 あたしの意識はアヤと一緒に海の中。ゆらり、ゆらりと揺れながら、二人そろって沈んでく。

「もうなんにもわからない。あたしの声しか聞こえない。体のどこにも力が入らず、だら〜んとなって、すごくすっごくいい気持ち。…………」

 すらりと伸びた真白い生脚。そのふとももに置かれていた手が、脇に滑り落ちていって、だらりと垂れ下がった。
 アヤの体はもうすっかりリラックスしきって、どこもかしこもやわらかい。肩から手を放してみた。それでも体は勝手に左右に揺れ続けてる。首は前に傾いて、長い髪がゆっくりぶらぶら。

 額に手をあて、静かに顔を上向かせた。

「はい、後ろにすうっと倒れていく…………倒れるともっと気持ちよくなる。倒れていくよ、とてもふわふわしたいい気分だよ、ほら、引っ張られて、倒れる、すうっと倒れる…………」

 アヤのあごが持ち上がる。あたしの言葉通りに頭が後ろに傾いていって、長身全体がぐらりと揺れて、何の恐怖も見せずにベッドに倒れていった。ノーブラの胸がぶるんと揺れる。全身弛緩している証拠に、手はだらしなく投げ出され、パンツ一枚きりの下半身、長い脚は男だったらたまらない感じに開いたまんま。

 アヤって、催眠術にかかりやすいみたいだ。
 もうかなり深く入ってる。
 この分なら、記憶を探ったり、幻覚を見せたりする深い催眠状態に入れるのも簡単だろう。

「今から数を十からゼロまで逆に数えるよ。数が少なくなっていくと、あんたは今よりもっと深いところに入っていって、ゼロで完全になんにもわからなくなる。いいね。じゃ、始めるよ。
 十…………九。ほら、ぐうんと深くなってきた。静かだよ、とっても静かなところにいるよ。こんなに安らかな気分になったことはない。八。深い、深あいところに入っていく…………七…………」

 ゆっくり、じっくりとカウントを進める。
 こういう時にはよこしまな思いはかけらもない。アヤを深い催眠状態に誘導すること。それが至上命題となり、他のことはあたしの頭からは消えている。ある意味、かけているあたしの方も催眠状態にあるのかもしれない。“催眠術をかける”っていう自己催眠にかかっているのかも。

「二…………。
 一…………。
 次で、あんたは一番深いところに入っていって、あたしの声だけを聞いている状態になる。とってもとってもいい気持ち。ほら、ぐうんと深いところに入る…………。

 …………ゼロ」





              





 ………………。
 ………………。

 アヤは身じろぎひとつしない。下着姿のままベッドに寝そべり、安らかに眠っているようにしか見えない。
 でも今、このきれいな女の子の中は、あたしの声、あたしの暗示でいっぱいになっているはずだ。すべてをあたしに委ねてくれている。

 どきどきが強くなる。あたしにかけられた催眠術の効き目、切れちゃいそう。もうちょっとだけ冷静でいなくちゃ。我慢だ。

「さあ、あんたはもう、何にも考えることができない。頭の中が真っ白。それがとってもいい気持ち。
 じゃ、起きて。今のいい気持ちはそのまま、体がふわりと軽くなって、起きあがることができるよ。ほら…………」

 手を引いてやると、アヤは目を閉じたまま上体を起こした。最初と同じ、ベッドに腰かけて目を閉じている姿勢になる。さっきと違うのは弛緩の度合いがさらに進んでいるところ。背筋は曲がり、首は前に傾いて、どこにも力が入っていない。

 肩を抱き、これもさっきと同じように、ゆっくり左右に揺らす。

「いい、よく聞いて。今から三つ数えると、あんたはあたしのことが好きになる。あたしのことが大好きに、世界で一番好きになる。三つで、あたしのことが、世界で一番好きになる。あたしのことを頭に思い浮かべると、とっても幸せな気持ちになる」

 言いながらあたしの体はひどく熱くなる。暗示を与える口調を逸脱しないように、必死で自分を抑えた。

「じゃあ、いくよ。ひとつ、ふたつ…………みっつ。ハイ!」

 かけ声と同時に、あたしの心臓もひとつ大きく脈打つ。
 これで…………アヤは…………。

「さあ…………ゆっくり、目を……開けて」
「……………………」

 息をのみ、見守る。
 アヤのまぶたが動いた。
 薄目が開く。

「アヤ…………」
 答えはない。
 とろんとしている。
 鋭さのかけらもない、ぼんやりした眼差し。
 重たげに左右に動く。ここがどこかもわからないでいるようだ。
 隣に腰かけているあたしを認めた。

 その途端に、
「あ…………!」
 大きく目を見開いた。

「アヤ…………あたしのこと、わかる?」
「……あ、ああ…………」

 アヤの瞳が落ちつきなく揺れ動いた。唇が小刻みにわななき、頬も妙な引きつりを示す。
 どんな顔をしていいのかわからないみたい。あたしを見るのが嬉しくもあり、恥ずかしくもあり、目をそらしたくもあり、いつまでも見つめていたくもあり。どうしていいかわからないでいるままに、雪白の肌に血の気ばかりがのぼってくる。

 恋する女の子の顔。

 見ているあたしの方が激しくときめいてしまった。

 アヤが、あたしを好きになってくれている。
 これだ。これを、あたしは望んでいた。

 だけど同時に、切ない気持ちが芽生えてもいた。

(アヤも、こんな顔……するんだ…………)

 いつの日かアヤに恋人ができたら、そいつはこんな風に見つめられるんだろう。
 その恋人というのは、決してあたしじゃない。

 今のアヤはあたしを好きになっている。でもこれは今だけの魔法。催眠術では一時的に人の感情を操ることはできるけど、ずっとそのままにすることは無理なんだ。
 じっくりと暗示を埋めこんであたしと恋人づきあいさせ続けたとしても、本来のアヤの感性がそれを望んでいないから、万里江のことは好きだけど女同士なんてなんか変、次第にそう感じるようになっていって、いずれおしまいになる。

 魔法の時間は今、このときだけ。

 あたしはゆっくりとアヤの頬に手を伸ばした。

「アヤ…………」
「あ…………!」
 頬に触れると、アヤはびくりとした。
 だけど逃れようとはしない。
 逆に、あたしの手にわずかに頬を押しつけるようにしてくる。

 あたしは限りないいとおしさを感じつつ、言った。

「アヤ。…………あたし、あんたのこと、好きだよ。
 前からずっと、好きだった…………」

 とうとう口にした。

 アヤははっとした。
 まじまじと、信じられないというようにあたしを見る。
 見開かれた瞳にみるみる満ちてくる喜びの光。

 これは偽りのもの。催眠で無理矢理思いこませているだけの、まがいものの恋情。
 わかってるよ、わかってる…………。
 あたし、ちゃんと、わかってるから…………。

 体を前に進め、アヤに抱きついた。
 胸元に顔をうずめる。

「好き。アヤのこと、大好き。好き……」

 うわごとみたいにつぶやく。言うたびに切なくなる。アヤの首筋に顔を埋め、やわらかいけれども強靱な体の感触に陶酔しながら、あたしは切なさに埋め尽くされていく。

 アヤは身をくねらせた。
 それは抗いではなく――――
「ま……万里江…………」
 アヤの腕が、そろそろと、壊れ物にでも触れるように、あたしの体に回されてきた。

 抱きしめられる。
 弱い。あたしに拒絶されるんじゃないかって、怖がってる。
 いつものじゃれあいとは全然違う。
 本気なんだ。
 本気だと、アヤ、こんな風に臆病になるんだ。
 大丈夫だよって伝えようと、あたしの方から腕に力をこめた。

「アヤ」
「万里江……!」
 名前を呼び合う。
 ただそれだけで、たまらない幸福感に包まれる。

 顔を上げた。
 アヤは、熱っぽくうるんだ目であたしを見つめてきた。
 つややかな黒髪に縁取られた美貌。
 長いまつげはやや伏せ気味で、きゅっと切れ上がった目尻がほんのり血の気をのぼせて、淡く色づいている。
 すっと通った鼻筋、薔薇色の頬。唇はわずかに開いて、熱い吐息をこぼしている。
 きれい。
 この子、本当にきれい。
 この子が欲しい。
 抱き合いたい。愛し合いたい。
 好き。
 好き。
 大好き。

 自然と、顔が近づいていく。

「………………!」

 アヤは目を伏せ、ついと顔をそむけた。
 あたしは慌てず、そのままじっと待つ。するとアヤは恥ずかしげにこちらをうかがい、身のうちからこみ上げてくるものに突き動かされるように、だんだんとあたしの方に戻ってきた。

 目と目が合う。
 視線が絡みあい、結びつく。

「好きだよ、アヤ……」
「万里江……」

 鼻の頭をこすり合って、一緒に笑う。
 抱き合う腕に力がこもる。
 どちらからともなく、まぶたを閉ざした。
 ちゅっ。
 軽い、唇が触れ合うだけのキス。
 腕の中、アヤの体がびくっとする。
 あたしも全身感電したみたいになった。

 手をやり、アヤの長い髪をいじる。
 アヤもあたしの髪に手をさしこんでくる。なでられ、梳かれる。温かな気持ちがぐんとふくらむ。

 互いに髪を、頭をまさぐりながら、また、ちゅっ。

 何度も何度も。ちょっと顔を動かして、唇同士をこすり合わせる。舌を突き出してアヤの唇をつつく。唇だけじゃなくて、ほっぺたや鼻の頭、まぶたなんかにもキスの雨を降らせる。

「アヤ、あんたは、キスされるたびにあたしのことがもっともっと好きになる」

 暗示を与え、またキス。少し長く、ねっとりと唇を舐めてやる。
 唇を離すと、アヤは朦朧となっていた。

「ね、あたしのこと、もっと好きになったでしょ。幸せだよ…………。ほら、また、してあげる」
「んっ…………ん、あ…………」

 最初ただうっとりしているだけだったアヤは、次第に切なげな吐息をつきはじめた。
 目を閉じたまま、何かを待ち受けるように、それまで閉じられていた歯列が開き、舌がちらりとひらめいた。
 あたしももう我慢できなかった。
 唇を強く押しつける。
 好き。好き。好き。
 思いのありったけをアヤに流しこむ。
 思うだけじゃ足りない。気がつくとあたしの舌がアヤの口に入りこんで、アヤの舌にからみついている。
 ぬるっとした、熱い、甘い感触。
 頭が溶けちゃいそう。

「ん……んっ………………ん!」

 アヤは、生まれて初めての触感にひどくとまどったらしく、一瞬だけあたしを押し返そうとした。
 でも、あたしがねろねろと舌をうごめかせ続けていると、こわばっていた体から見る間に力が抜けてきた。
 さらに激しく舌を使う。アヤの舌を、根本から先端まで舐めあげる。つつく。歯列をなぞる。時にやわらかく時に強く、口腔内のあらゆる所を刺激して回る。
 されるがままだったアヤの舌が、いつしか動き出して、あたしの舌に応えていた。
 舌と舌とが絡みあう。
 すごい…………気持ちいい。

「んふ…………」
「んっ、んうっ」
 お互いの喉からくぐもったうめきがこぼれる。
 ちゅぷっ、くちゅっ。いやらしい音。聞いているだけでおかしな気分になる。

 アヤの目が泳ぐ。どこを見ているのかわからない、靄がかかったものになっている。
「ふあ…………」
 その体が、熱湯をかけられた菜っぱみたいにくたっとなって、傾いた。
 唇と唇の間に、細い糸が張って、切れた。

 ふたり、寝そべる。
 あたしもすっかり夢心地。
 抱き合いながら、またキス。いくらしてもしたりない。いつまでもこうしていたい。

 口の中に熱い液体が流れこんできた。アヤの唾液。いつの間にかアヤが上になって、あたしの口に舌を差しこんできている。喉を鳴らして飲んだ。逃がすまいと、こちらの舌と唇とではさみこみ、念入りにこすりたててやる。
「んっ、あっ、あふっ…………」
 アヤの腰がぴくぴく震えた。

 長い脚に、自分の脚をからめる。アヤのふともも、温かくって、すべすべ。アヤの膝も動いて、あたしの動きに応えてきた。こすり合わせる。気持ちいい。

 ――――服、邪魔。
 あたしは起き上がった。
 シャツを脱ぐ。
 アヤの視線を感じる。あたしの肌、あたしの胸、見てる。ぞくぞく来る。今度は隠す必要なんてない。感じるままにあたしは身じろぎし、熱い吐息をこぼす。
 おっぱいのてっぺん――――乳首。自分のものと思えないくらいにつんと尖ってる。ものすごくうずいて、痛いくらい。

 アヤも上体を起こした。
「……脱がすよ……」
 アヤのシャツに手をかけた。
 アヤはおとなしく両腕を上げる。
 めくる。引き締まったウェスト、薄明かりにぬめ光るような真白いお腹に、すっとはしる縦長のおへそ。キスしてやると、アヤは甘い声を上げて身を震わせた。
 さらにめくり、完全に脱がせる。
 ぶるんと揺れる、大ボリュームのおっぱい。
 すごい。
 女のあたしでも思わず見とれた。
 お椀を伏せたような、すごくいい形。
 全体がたっぷりと充血し、張りつめている。
 その頂では、小さめの乳輪がぷっくりと盛り上がり、少し上向きの乳首は小指の先ほどにもふくらんでいた。

 アヤも、勃ってる……。
 あたしは生唾を飲みこんだ。

「アヤ…………胸、さわるよ…………」
 手を伸ばす。
 でもそこで、
「あっ……」
 アヤは恥ずかしげにうめくと、両腕で胸を抱いて隠してしまった。
 やっぱり抵抗あるんだろうな。

 それなら、そんな気持ち、消してあげる。

 パチッ。指を鳴らす。

「この音を聞くと、あたしを好きって思う気持ちがぐんってふくらんで、あたしにさわりたい気持ちがものすごく大きくなる。この音を聞くたびに、あたしに抱きつきたい、あたしの肌にさわりたい気持ちがぐんとふくらんでくる。さわると、とっても気持ちいい。だから、思いきり、色んなところをさわっちゃおう」

 まずはアヤの方から手を出させる。自分がさわられるより人にさわる方が抵抗が少ないだろうから。

 少し間を置いてから、パチッとやった。

「ほうら、すごくさわりたくなってきた…………」

「あ………………」
 アヤは目尻を吊り上げた。
 突然こみ上げてきたものに戦慄するような、切迫した表情。
 睨みつけるような目つき。だけどそれは、初めての欲望を抱いた自分への戸惑いにすぎない。

「ほら、ね…………」

 またパチッ。

「さわりたいよ……あたしにさわりたい。さわるととっても気持ちよくなる………………ほら、もっとさわりたくなる…………」

 パチッ。

 目をまじまじと見開いたまま、アヤの腕がゆるんでゆく。
 押し潰され深い谷間を刻んでいたふくらみが、解放された。

 おずおずとあたしの肩に触れてくる。
 素肌に触れると、アヤはかすかにため息をついた。

「ああ……」
 目元をほんのり赤く染め、とろけるような声を洩らす。

 アヤの手、あったかい。でもあたしは寒気を感じたみたいにぞくぞくっとした。鳥肌が立つ。こんな快感もあるんだ。

「いいよ」
「ま……万里江……」

 おののきながら、アヤの手があたしの首筋を這い回る。耳元にのぼり、髪をかき上げ、また首へ。肩へ下り、腕をなで下ろす。太腿に触れ、腰をさすり、脇腹へ上がっていく。あたしはくすぐったさとぞくぞく感とが入り混じった妙な快感に身をよじる。

「ん…………。ね、さわると、気持ちいいでしょ……?」
「ああ…………」
「もっとさわって。あたしのこと、好きにしていいんだよ、アヤ」

 アヤの手を取り、胸へ導く。
 あたたかい。
 指が動き出す。あんまり大きくないあたしのおっぱいは、指の長いアヤの手にすっぽり包みこまれる。
 アヤは最初慎重に、次第に大胆に、指を動かし、あたしの胸を揉みしだく。
 鋭くはないけど、途方もなく重たい、たっぷりとした快感が体の芯を揺るがせる。骨という骨がとろとろにされていくような気分。

「…………っ、ふうっ…………ど、どう?」
「やわらかい……」
「気持ちいいよ。とっても気持ちいい…………」
 アヤへの暗示であると同時に、あたしの本音。
 かちかちになってるあたしの乳首。揉まれるうちに、手の平にこすれて、ますます硬く突き出してきた。
「ん、あ、あんっ…………」
 甘い声が自然とこぼれる。
 頭の中にピンク色の靄がたちこめる。腰がずんと重くなる。溶けちゃったみたい。立ってたら間違いなくへたりこんでいる。

「気持ち…………いいのか?」
「うん……」
「ここか?」
 アヤの指が、乳首に触れた。
「あんっ!」
 痺れる。下腹、あそこがきゅんってなる。
 でもアヤはびくっとして手を離した。痛がったのと勘違いしたみたい。
「ご、ごめん……」
「大丈夫だよ。痛くなんかない。逆だよ。
 今の、すごくよかったの……」
 ほっと息をつくアヤに、あたしも手をのばした。
 胸へ。
 今度は抵抗しない。

 まずは下側から、ゆっくり揉む。
 アヤのおっぱいって、大きいけど、ちょっと硬い。やわらかくほぐしてやるつもりで、手の平いっぱいを使って大きく円を描くようにする。

「ん………………あ………………」

 アヤはわずかにあごを上げ、鼻にかかった声を洩らした。

「ね、気持ちいいでしょ?」
「うん…………あっ………………あ…………」
「そうだよ。気持ちいいよね。あたしもこう感じてた」

 乳首をつまむ。

「ひあっ!」

 あごが跳ね上がった。

「ほら、ね。あたしとおんなじ。ふふっ」

 ゆっくりと揉むのに戻した。
 アヤは長い息をつく。

「気持ちよかったでしょ。快感だよ。快感。
 その感じが、じわじわと強くなっていくよ………………とってもいい気持ちだよ…………」

 あたしはアヤの額を軽くなでた。
 アヤは自然と目を閉じる。
 その耳元に口を寄せ、ささやいた。

「ね、あたしにさわられるの、とっても気持ちいいでしょ。
 もっとよくなるよ。あたしにもっとさわってほしくなる。
 もっともっと、体中さわってほしくなってくる。
 さわってほしい気持ちがどんどん強くなってくる…………ほら、すごく強くなってきた…………」
「…………んっ…………」
「こうしておっぱい揉まれていると、頭の中だんだん真っ白になってきて、気持ちいい、気持ちいい、それ以外のことは何も考えられなくなってくる…………」
「ん…………ふぁ…………っ…………」

 アヤの呼吸が徐々に荒くなる。
 小鼻がひくつき、目に見えない手にくすぐられているみたいに全身をしきりにくねらせる。

「あ…………んっ、ふぁんっ、あっ…………!」

「そう、すっごくよくなってきたでしょ。もっと気持ちよくしてあげるからね。
 これからまた、乳首、いじってあげる。
 今、もう、じんじんしてるでしょ。このおっきなおっぱいのてっぺん、すごく硬く、熱くなって、いじってほしくてたまんないでしょ。
 そこ、あたしにさわられると、信じられないくらいに感じちゃうよ。
 あんたの乳首にあたしがさわると、恥ずかしいとか、怖いとか、そういう余計な気持ち、全部吹っ飛んじゃう。
 わかるね。あたしが乳首にさわると、あんたの頭の中は、気持ちいいって気持ち、もっともっとしてほしい、もっともっと感じたいっていう、ただそれだけになっちゃうんだ」

 アヤは息をのんだ。

「や…………待って…………」
「怖いの?」
「………………」
 アヤは言葉にはせず、普段とは別人のような気弱な目つきで、かすかにうなずいた。
「そっか……」

 あたしは受け入れたようにつぶやき、
「でも、ダメ」
 両手ともに、乳首を、きゅっとつまんでやった。

「あーっ!」
 アヤの体がびくんと波打った。

「やっ! やめ……!」

 あたしの手首をすごい力で握りしめる。
 構わず、指の腹でこりこりいじり続けた。

「ふあっ、あっ、あ………………あ………………」

 見開かれたアヤの目に、みるまに霞がかかってゆく。
 唇がわななき、口の端からよだれがこぼれる。

「ほうら、すごく気持ちいい…………もう何にも考えられない……どんどん力が抜けてくる………………頭の中が真っ白になる………………すごく気持ちいいよ、最高の気分だよ…………」

「ひあっ…………くっ…………ふぅっ…………あっ…………」

 手首を握る力が抜けてきた。
 指がほどける。
 腕全体がばたりと落ちた。
 首が傾き、背筋も曲がる。
 糸を切られた操り人形みたいに倒れてゆく。

 あたしは寝そべったアヤの乳首をさらにいじり続けた。

「そう、もう何も考えられない…………あたしにこうされているのが最高に幸せ。
 キスしてあげる。このキスは、あんたの頭の中を全部吸い取っちゃうキスだよ。あたしにキスされると、あんたの頭の中はすっかり空っぽになって、ただエッチな気持ちだけになっちゃうよ…………」

 指の動きはそのままに、唇を重ねた。
 舌を差し入れ、アヤの舌をつつく。刺激しながらじりじりと引いていくと、もう自分が何をしているのかわからなくなっているのだろう、アヤの舌があたしの舌を追いかけてきて、あたしの口腔に入りこんできた。
 それを吸った。
 舌と唇とで捕らえ、音を立てて吸い上げた。

「んふあ………………」
 アヤの目が泳ぐ。元々垂れ下がっていたのが、さらに力がなくなっていく。本当にあたしにありとあらゆる思考能力を吸い取られているみたい。
 刺激に合わせて、腰がぴくんぴくんと引きつっている。

 異様な興奮がこみあげてきた。
 この強い子が、背が高くてこんなにきれいな水南倉綾乃が、今やあたしのお人形。
 濡れた。アソコから熱い蜜が、おもらししたみたいにあふれてきて、最後の下着に染みてきた。
 たまらず、脱ぐ。
 唇が離れた。

 するとアヤの表情に波がはしった。
 あたしを見る目に涙がにじむ。

 そして、言った。

「や………………やめないで………………もっと…………!」

 ずきん。
 心臓が高鳴って、破裂しそうになった。

 息を荒げ、涙を浮かべて、アヤはなおも繰り返す。

「して…………もっと………………お願い、やめないで、気持ちよくしてぇ……!」

 子供みたいな、舌っ足らずな声。
 こんなアヤ、見たことない。
 アヤが、こんなになっちゃった。

 口の中がからからになる。あたしはこれまで自分が興奮してると思ってた。甘かった。今のこの気分に比べたら、これまでの興奮なんてお遊びみたいなもの。桁が違う。全身心臓になったみたい。ばくんばくんって激烈に脈打って、指の先がぴりぴり痛む。血管を血が駆けめぐる轟音が耳の奥に聞こえてくる。

 …………あたしは多分、血走った、ものすごい目つきになってたと思う。
 アヤの股間を覆う最後の一枚。これ、邪魔。さえぎるもの、何もいらない。
 自分のをものすごい勢いで脱ぎ捨て、アヤの腰に手をかけた。
 アヤは自分からお尻を浮かせた。
 白いショーツ、裏返しにしてずり下ろす。
 体つきはあたしよりずっと大人びてるくせに、あそこの毛は薄くて、産毛みたいにやわらかいのがうっすら生えているだけだ。
 その奥の、まだ誰も触れたことのないいやらしい割れ目から、ぬるりとした糸が伸びていた。

「こんなに、濡れてるよ、アヤ……」
「来て…………ねえ、はやく…………万里江…………!」

 全裸になったアヤは、しきりに腰をくねらせ、腕を伸ばしてあたしを誘った。





              





 生まれたままの姿で抱き合った。

 人肌。女の子の体。
 熱くて、やわらかい。抱きしめた腕に、重なり合う体に伝わってくる弾力。

 甘いにおい。これはきっとアヤのにおいだ。首筋から、耳元から、豊かな黒髪から漂ってくる。胸いっぱいに吸いこんで、酔う。

 唇を重ね、ひたすらに互いの体をまさぐった。

 肩に、腕に、背中に、腰に。色んなところにアヤの手が触れてくる。どこにさわられても気持ちいい。あたしも色んなところに触れる。どこに触れてもアヤはぴくぴく反応する。

 胸と胸とが重なり、こすれあって、硬くなった乳首同士が触れあう。あたしたちはそろって声を上げる。

 どんどん昂っていく。
 同時に、自分が気持ちよくなるよりも、アヤのことをもっともっと気持ちよくしてあげたくなった。

 アヤをよがらせたい。悶えさせたい。あたしにできることをすべてやって、アヤを最高の気持ちにしてあげたい。

 気がつくとアヤの耳元に口を寄せていた。

「あたしの言うこと、よく聞いて…………。
 これから、魔法をかけてあげる。
 今、おっぱい、気持ちいいでしょ。
 あたしの手、魔法の手になるよ。あたしの手が触れたところ、どんな場所でも、おっぱいと同じように、すごく気持ちよくなるよ。
 どこにさわっても、あたしの手が触れたところは、すごく感じるようになる。必ず、そうなる。いいね。
 じゃ…………」

 左手でアヤの胸をいじりながら、右手をアヤの目の前にかざし、見せつけながらそっと頬にあてた。

「ん…………」

「ほうら、じわっと、快感が来る…………あたしの手が触れたところから、とっても気持ちいい感じが伝わってくる…………アヤのほっぺたは、とても感じるところに、性感帯になったんだよ…………ほら、気持ちいい、気持ちいい…………」

 頬を静かになでると、アヤの口元がぴんと張りつめた。

「あっ……!」
「ほらね。もう魔法がかかってるんだよ。どんな所でも、あたしの手がそこを性感帯にしちゃうよ。そう、ほら、ここだって……」

 鼻をつつく。
 アヤはびくっとして、それから深く息をついた。

「いいでしょ。アヤの口の中も、もっともっと感じるようにしてあげる……」

 手を持っていくと、アヤは自分から唇を開き、あたしの指を飲みこんだ。
 人差し指と中指。アヤの舌をそっとこする。前後に動かす。
 たちまち唾液に濡れて、ぴちゃぴちゃと音がしてくる。

「ん…………ふあ…………んふぅ…………」

 アヤは鼻で荒い呼吸をしながら、太腿をしきりにこすり合わせた。

 すごく感じてくれてる。嬉しい。
 指を抜く。ねっとり長い糸を引く。あたしはたまらず、それを自分で舐め取った。

「もっとよくしてあげる」

 手をアヤの首筋へ。
 うなじへ。
 肩へ。
 腕を伸ばさせ、あらわになった腋の下に吸いついた。アヤは泣きそうな声を上げて悶える。

 その手首から脇腹まで一気に、指でなぞってやった。

「うひゃあっ! あっ、あーっ!」

 アヤの二の腕にびっしり鳥肌が立ち、消えた。あちこちが筋張って、震え、それからぐったりする。
 軽くイッちゃったみたい。

「まだまだ…………これからだよ、アヤ…………」
 あたしは魔女みたいな声で言った。

 手を、下の方へ下ろしていく。
 胸のボリュームに比べて、信じられないくらいに細く引き締まったウェスト。完璧なラインを描く腰まわり。
“魔法”の暗示はそのままだから、アヤはまたとろけそうな吐息をこぼした。

 けれども、手がいよいよ秘められた部分に忍びこもうとしたところで、

「あ………………ん、やっ!」

 あたしの狙いを察したか、可愛い声を上げ、両脚をぴったり閉じてしまった。
 膝を立て、ガードの姿勢。胸はよくなっても、こっちはまだダメみたい。

「脚、開いて…………」
「や…………」

 あたしはアヤの膝に手を置いた。

「怖い?」

 アヤはこくりとうなずいた。
 子供みたいなその仕草に、胸がきゅんとなる。

「あたしでも、いや?」
「………………」

 手で小さな円を描き、膝を愛撫する。
 アヤの目つきがゆるむ。

「ね、大丈夫だから………………脚、開いて………………ね?」

 手を太腿へ。すうっとなでおろし、腰骨を指先でくりくりしてから、また膝へ戻す。

「ほら、気持ちいいでしょ。ね…………あたしに、まかせて」

 もう一回。
 膝にキスした。
 硬くした舌先でくすぐりながら、両手で太腿をなで回す。

「ん…………ふあ…………あ、あ…………」

 なでるたびにアヤは切なげに呻いた。目を閉じ、眉間に深いしわを寄せる。押し寄せる快感に耐えている顔。

「力が抜けていくよ…………足から力が抜けていく。それがとっても恥ずかしくて、とっても気持ちいい。ほら、力が抜ける、足がすうっと開いてく…………」

「………………あっ………………」

 強くくっつけていた膝から力が抜けたのがわかった。
 ほんのわずかだけど、隙間ができる。
 あたしはそこに吸いつく。

 強引に押し開いたりはしない。舌と指とを、氷を溶かしてゆくように、少しずつ少しずつねじ込んでゆく。

 手の平ほどの隙間ができた。
 たっぷりした太腿に隠されて、大事なところはまだ見えない。
 膝の内側を、指の腹でなでさすった。

「ここ、すごく感じるよ…………」
「ひあっ、あっ…………や、やあっ…………!」

 一度開き始めると、もう止まらなかった。
 どこもかしこも雪のように白いアヤの肌。その中でも特に白い、目の醒めるような柔肌があたしの目の前にさらけ出された。
 そしてその奥に息づく、ほのかな柔毛に縁取られた、女の子の大事なところ。

「アヤ…………ここ、自分でいじったこと、ある?」
「……ない…………ないよ……そんなこと…………」
「そっか」

 じゃあ…………ここ、見るのも、いじるのも、あたしが最初なんだ。

 誰の目にも触れたことのないそこは、尋常ではない興奮ぶりを証明するように、淡い照明のもとでもはっきりわかるくらいに充血し、ぽってりふくらんで、あたし自身のあそことも全然違う、異様なまでに生々しいてら光りを見せていた。

 衝撃だった。別な生き物がそこに張りついているみたい。
 だけど、惹かれた。
 アヤだ。これも、まぎれもないアヤなんだ。

 瑞々しく息づく陰唇。その合わせ目のところから、透明なしずくがあふれてきて、お尻の方に流れていく。
 これまでかいだどんなものとも違う、甘酸っぱいにおい。

「やだ…………見るなよぉ…………!」

 アヤがいやいやをして、手で隠す。

「どけて」

 あたしは顔を進めて、その手の甲をぺろりと舐めた。

「そう、ここもとっても気持ちいい」
「んっ、あ……んふぁっ、あっ……」
「あたしの魔法、まだまだ深く効いてるよ…………ここ、この手のこりこりしてるとこ、感じるようになっちゃった。いじるとびりびり感じるよ……」
「ん、んっ、ひあっ、んくっ……!」
「さあ、どけて…………最高の気持ちにしてあげるから」

 アヤの手をつかんだ。

「やめ…………やめて…………そんなとこ…………みるな…………みるなよぉ…………!」

 アヤは泣きそうな声で抗うが、言葉と裏腹に、その手には少しも力が入っていなかった。

 アヤのあそこが目の前に。

「きれいだよ、アヤのここ、とっても……」

「…………やっ…………やだ…………」

 元から熱を帯びていたアヤの肌にさらに血の気がのぼる。汗とは違う、香水みたいな不思議なにおいがしてくる。
 すぐそこにある肉襞。薄暗くてわからないけど、多分、とても綺麗なピンク色。あたしの視線を感じたか、大きくひくつき、合わせ目からまた透明な蜜をあふれさせた。
 あたしはそれを指にまぶし、ふくらんだ大陰唇にのばしていく。

 アヤの声が震えた。

「あ…………あ…………!」

「ね、気持ちいいでしょ……」

 指、二本。左右の陰唇をなぞり、開く。
 小陰唇もたっぷりふくらみ、ひくついている。

 指が触れるとアヤは前にも増して声を震わせた。

「やだあ…………いや…………やめて…………そんなとこ、汚い…………やめて…………」

「そんなことない。アヤのここ、きれい。とってもきれいで、エッチ」

 さらに開く。
 とうとう、深い穴の入り口がむきだしになった。
 たっぷりと流れ出してくる熱い蜜。

「すごい、エッチな汁、どんどん出てくるよ…………」
「いや…………」

 とうとうアヤはすすり泣きはじめた。
 それが耳に入ると、あたしの最後の理性が吹っ飛んだ。

 それまでは、あたしの方にもためらいがあった。アヤのことは大好きだけど、あそこを舐めるってのはちょっと、って。
 逆転した。
 舐めたくて、いじってやりたくて仕方がなくなった。
 もっともっと泣き声を聞きたくなる。

 ぬるぬるの割れ目に口をつけた。
 変な味。

「や、や、そんな、やあっ!」

「んふ…………すごい…………あふれてる…………ぐちょぐちょだよ、アヤ、あんたのここ、ぐちょぐちょ…………」

「やだぁ…………そんな…………言うな……ああっ…………!」

 舌を使いはじめた。指も添えた。
 上から下へ、下から上へ。小陰唇を往復。
 膣口。指で開き、舌をできるだけ深く潜りこませて、甘酸っぱい蜜を掻きだす。舌先、やけどしそう。少し味の違う、とろっとしたものがあふれてきた。音を立ててすすり、さらに舌を動かす。

 ぴちゃ、ぴちゃっ。いやらしい音。
 唇はべとべと、あごまで愛液に濡れる。

「ひゃあっ…………ふあ…………ひっ…………ひああっ…………」

 アヤの口から、これまでとは違う響きの声が漏れてきた。
 追いつめられた、必死のあえぎ。

「やっ、やめっ、マリっ…………そっ、それ以上…………あっ!」

 夢中で動かす舌が、割れ目の上にある小さな突起に触れた。
 とたんにアヤは悲鳴を上げた。

 あ、これ…………クリトリス…………一番感じるとこだ…………。
 いじると最高に気持ちいいのは知ってるけど、人のを見るのはあたしも初めて。

 そっと指を寄せた。
 いきなりは痛いんだよね。自分でさわったこともないアヤなら、もっと痛いだろう。気をつけないと。

 ふくらみを覆っている皮がある。少し上に指を置き、肌全体をずらすようにすると、つるんとした、ちっちゃな粒が顔を出した。

 真珠みたい。真ん丸な粒、陰唇と同じようにぷっくり充血して、ふくらんで、むき身のゆで卵みたいにつやつやしてる。

 息を吹きかける。

「んっ…………」
 それだけでアヤは反応を示した。

 唾をためた舌を伸ばす。
 ソフトに、できる限りソフトに、羽毛でくすぐるつもりで……。

 つつく。

 ちょん。

「ひあっ!」

 アヤの脚が波打った。
 これでもまだ強いみたい。

 ちょんちょん。

「ひ…………あっ、く…………」

 つつくたびにアヤは体を突っ張らせる。

 舐めた。
 最初はほんのちょっとだけ。だんだんと動きを大きく、速く。れろれろと。

「やあっ! なっ、何やってっ!」

 アヤは跳ね起きた。
 動いたから狙いがずれた。
 ねちょっ。
 思いきり強くクリトリスに舌を押しつけてしまう。

「くっ、あっ、はああっ!」

 アヤの腕が宙に泳いだ。
 いやだ。やめたくない。もっと舐めたい。もっと感じさせたい。あたしは夢中で舌を動かす。舌先に感じる真珠の感触にすべてを集中し、舐めまくる。

「やっ、やだっ、ひっ…………ふああっ、ああっ!」

 アヤの悲鳴が裏返った。
 獣みたいな声を上げはじめる。

「あーっ! ひいっ! やっ、なっ、なんか、変、ああっ、ヘンになるっ! ひああっ、あっ、熱っ、あついいっ! ヘンに、オレ、万里江、ああっ!」

 アヤは倒れた。
 シーツを握りしめ、くしゃくしゃにした。
 太腿が、あたしの頭を痛いくらいに締めつける。

「万里江ええっ! 万里江えっ、ああっ………………あっ! あーーっ!!」

 悶え狂う声のトーンがひときわ高く駆けあがっていき――――

「くはああっ………………………………ヒッ!」

 笛みたいな音をたてたのを最後に、途切れた。
 割れ目からひときわ熱い蜜が噴き出して、あたしの下あごを濡らした。
 それから全身の張りが失われ、首を斜めに傾けて、ぐったりと動かなくなった。





              





 荒い息をつくのに合わせて、胸が大きく上下して、おっぱいがゆさゆさ揺れている。

 いっぱいに汗ばんだその長身に、あたしは蛇みたいに手足を絡ませてずり上がっていった。

「イッたね、アヤ…………それが、イクっていう感じだよ…………」

「ふあ……………………ふう…………ふあ…………」

 アヤは半ば白目をむいて、あたしにのぞきこまれても反応しない。
 目尻から頬へ、涙の跡が伸びている。
 舐め取った。

「よかったよ、アヤ………………」
「あ…………」

 ようやく反応。半ば閉じられたまぶたの下で、いっぱいにうるみきった目があたしを見た。

「アヤ。大好き」

 抱きしめると、アヤは目尻を下げ、優しい笑みを見せた。

「万里江…………」

 少しかすれた低い声。
 あたしの知ってるアヤだ。
“戻ってきた”みたい。

 アヤも腕を動かし、あたしの体に回してきた。
 抱き合う。肌に顔をくっつけ、幸福感にひたる。

 すると、
「んっ………………」
 アヤがおかしなうめき声をあげた。

「どしたの?」
「やっ………………ふあ………………」

 気持ちよくなってる声。
 あたし、それらしいところはさわってないのに……?

 あ、そうか。
 さっきの暗示。
 性感帯の魔法、まだそのままなんだ。

 あたしと触れあってる、ほっぺた、首筋、おっぱい、太腿。全部、さっき魔法をかけたとこ。

「また、よくなってきたんだ……?」
「おっ、おかしい、おかしいよ、オレ、なんで、こんなに……」

 戸惑うアヤを見ていると、むらむらしてきた。
 またさっきの可愛い声を聞きたい。
 またイかせたい。
 もっと泣かせて、もっとめちゃめちゃによがらせてやりたい…………。

「おかしくなんてないよ。女の子って、いくらでも気持ちよくなることができるんだよ。イクことだって、何回でもできる。アヤ、今、イッたよね。一回イケたから、もう大丈夫。これからずっと、何度でも、あんな風に感じることができるんだよ。これからは、簡単にあの最高の気分に達することができる」

「そ、そんな…………」

「いや? アヤ、あたしに気持ちよくされるの、いやなの?」

 意地悪く訊いてやる。同時につつうと背中に指を這わせる。アヤはぶるっと震える。さっきよりずっと感度がいい。イッたから、体中の神経が鋭敏になってるんだろう。
 この状態なら答えはわかってる。

「ん………………あ………………」
「いや?」

 今度は腰へ。お尻をこね回してから、太腿に移り、もうすっかり抵抗のなくなった内股をくすぐってアヤを身もだえさせる。

「これでも、いやなの? もっとしてほしくないの?」
「ひっ………………あっ…………」
「ほら、ここ…………あんたの一番感じるところ…………いやらしい、濡れ濡れのおま○こ………………さっきみたいにいじられて、思いきり気持ちよくなりたくないの?」
「やっ………………そんな…………オレ、そんなんじゃ…………」
「そうなの?」

 じりじりと手を股間に近づけていった。

「あっ、あっ、あっ……あっ……!」

 アヤが切迫した声を出す。
 首を上げて、泣き濡れた目でやめてと哀願してくる。

「やめてほしいの?」
「う…………うん……!」

「本当に?」

 指をきわどいところまで進める。あとほんの数ミリで肉襞に触れる。そこで止め、指をうごめかせて刺激してやる。

「ん…………」

 アヤは鼻を鳴らし、何かに耐えるような顔つきになった。
 指を引き、また近づけ、お腹に動かして、薄いヘアをいじくる。
 恥骨をなぞり、大陰唇すれすれを下げていって、脚の付け根をつつき、またぎりぎりのところをまさぐる。

「や……っ…………!」
「どう? これでも?」
「それは………………」

 割れ目に、ちょっとだけ指を触れさせた。

「あっ!」
「ふふっ。ほしくなった?」
「………………」

「アヤのアソコ、じんじんしてくるよ。ものすごくうずいて、さわってほしくて仕方がなくなる。ほら………………あたしが耳に息吹きかけると、頭の中真っ白になって、さわってほしい、ほしい、その気持ちでいっぱいになる」

 ふうっ……。
 アヤの体が大きく波打った。
 目に見えないものがアヤを侵食してゆく。

 指を進めた。
 割れ目の上をそっとなぞり、あふれている蜜を指にからめる。
 抜くと、長い糸が伸びた。
 アヤは大きく身震いした。

「ひああっ……」
「欲しいでしょ? 思いっきり、気持ちよくしてほしいでしょ?」

 またなぞる。襞の奥、ひくついてるのがわかる。大興奮だ。新しい愛液があふれてきた。

「さあ、言って。してほしいこと、あたしに教えて。言ってくれたら、何でもその通りにしてあげるから………………ね、言って」

 あたし、悪者だ。アヤがあたしの操り人形であることを知った上で、手の平の上で遊ばせて、喜んでいる。
 だけど――――それがたまらない愉悦を生む。
 アヤがあたしに操られるままに堕ちていく。
 濡れちゃう。

 ほどなくアヤは陥落した。

「さっ………………さわって………………そこ、いじって………………気持ちよくして………………!」

「いやなんじゃなかったの?」

「いっ…………いやじゃ………………………………ない…………ないから、お願い、はやく……!」

「うん、そうだよ。あんたは本当は、こういうことされるの、大好きなんだ。あんたはすごくエッチな子。あたしにいっぱいしてほしい、すごくエッチな女の子」

 唇を奪った。
 舌を絡め、さらに思考能力を奪う。

 一緒に堕ちよう、アヤ。
 あたしも一緒だから、どこまで堕ちていっても大丈夫だよ。

 アヤはしきりに切なげなため息をつき、腰をくねらせる。自分では意識してないだろうけど、その動き、めちゃくちゃやらしい。
 あたしも我慢の限界だ。

 指。割れ目を開き、クリトリスを探る。
 アヤの脚をあたしの両脚ではさむ。少し曲がっている膝にあたしは股間を押し当て、こすった。
 空いている手をアヤの胸に。おっぱいを強く握りしめ、指の股に乳首をはさんで刺激を加える。

「ああっ、いいっ、いいよ、万里江、すごい、すごいっ!」

「アヤ………………感じて。もっと感じて。ね、あたしの指、あたしの舌、あたしの体、全部感じて………………」

「ひっ………………くあっ………………はあっ………………!」

 眉間に深いしわを寄せ、アヤは固く目を閉じている。
 その目尻から涙がこぼれ、流れる。

 ぐちょ、ぐちょ、ねちょっ。股間からは激しい粘着音。
 あたしの指も溶けちゃいそう。

 アヤの体がぴんと突っ張った。

「あっ………………あ……っ!」

 イク……!

 だけど、その瞬間。
 アヤがものすごい勢いで叫びだした。


「だめえっ! だめ、いやあっ、いやあああっ!」


 な……なに?
 どうしたの!?

 アヤは首を振りたくり、泣き叫ぶ。

「やだあっ! やだやだ、やだあっ!」

 子供がやる、地団駄踏んで手足をめちゃくちゃに振り回す、アレに似てる。顔、くしゃくしゃ。

 まさか――――
 血の気が引いた。

 催眠術、醒めちゃった…………!?

 もしそうなら。
 こんなところで醒めたなら。
 全部、終わる。
 なにもかもおしまい。
 あたし、殺される。
 体は無事でも、心が死ぬ。
 アヤとの関係がなくなったら、今のあたし、生きていられない。
 恐怖のあまりにあたしは氷の像と化す。

「万里江っ!」

 アヤがしがみついてきた。
 押し倒される。
 うわんと、蜂の群れでも飛んでるみたいな耳鳴りがした。

 アヤの口が動いてる。
 何言ってるのかわからない。

 アヤ、泣いてる。
 目、真っ赤。ひどく歪み、大口開けた、だらしない顔。見られたもんじゃない。

 また首を振る。
 泣き濡れた目があたしをのぞきこむ。
 瞳がいっぱいに開いてる。

 この目つき……。
 もしかして、アヤ、まだ、正気に戻ってない……?

「…………!」

 耳鳴りが薄れた。
 世界に音が戻ってきた。

「お願い、万里江、いっしょ、一緒にいっ!」

「………………!!」

 あたしは目を限界まで大きく見開いた。
 アヤはあたしをものすごい力で抱きしめた。

「いやだあっ、オレだけイクの、いやあっ!  万里江も、万里江もいっしょに……! 一緒にイきたい、一緒がいいよおっ!」

 ――――。

 あたしを拒絶したわけじゃなかった。
 逆だ。

 二人で……。

 あたしにイかせられるだけじゃなく。
 あたしをイかせるのでもなく。

 二人で、一緒に…………。

 そんな風に思ってくれるなんて。

 あたしは、アヤをイかせることしか考えてなかったのに。

 不意打ちだった。

「ア…………アヤ………………!」

 あたしはアヤを抱きしめかえし――――

「あたし…………あたしも…………」

 アヤがかけてくれた催眠の効き目はとうとう完全に消え失せ、残っていた最後の冷静さが蒸発し、あたしは情欲の虜となる。

 アヤの手があたしの股間に伸びてくる。
 アヤの頭があたしの胸の上に来る。

 さわられ、舐められ――――

 爆発した。

 強烈な、強烈すぎる快感があたしの中に荒れ狂った。

 汗が噴き出す。冷たくもあり、熱くもある。

 濡れた肌の上を、アヤの熱い体が這い回る。
 大きな体があたしをすっぽり包みこむ。

 あたしの口、大きく開く。多分悲鳴をあげているんだろうけど、もう自分ではわからない。

 怒濤なんて言葉じゃとても足りない凄まじい熱波。

 あたしは溶けた。
 一瞬で溶け崩れ、アヤと混じり合ってひとつになった。

 あまりにも気持ちよくて、涙があふれて止まらない。

 脚を開き、アヤの手首をつかんで導く。うつ伏せになり、背中のくぼみをアヤに舐められてよがる。四つんばいになり、恥ずかしいところを舐められる快感によがり狂う。
 アヤにまたがり、アヤにまたがられる。目の前の割れ目を舐めながら、舐められて、指を入れて、入れられて、かき回し、かき回される。淫豆を舌で転がし、びくっとなった瞬間、あたしの腰もびくっと震える。

 汗が飛び散り、淫液が腿につたう。手首まで濡れそぼり、漏れ出た唾液はあごまで垂れる。

 快感はとめどなく高まるばかり。

 波。来る。

「あ、あ…………あ……あ………………あーーっ!!!」

 全身ばらばらになりそうな強烈な絶頂感。

 でも快感は止まらない。

 絶頂感が去ると、少しの間隙もなく、また新しい快感の波。全身の感じ方が変わっている。それまで感じなかったところも快感を生むようになっている。すぐに持ち上げられ、またオーガズム。アヤも同じ。いつの間にかイッている。だけど、これでおしまい、ここまでっていう限度がいつまでたっても来ない。

「ひああっ! イク、ああっ、また、イッちゃうっ!」
「万里江、オレも、あっ、いい、いいよっ、万里江、イク、イクううっ!」
「やああっ、アヤ、いいの、気持ちいいの、もっと、もっとぉ!」
「ひあっ、そこ、そこおっ! あっ、あ、あ、や、ひ、あーっ!」

 あたしたちはいつ果てるともない快楽のるつぼでのたうち回り――――

 やがて、一切の動きが止まった。

 抱き合い、寝そべる。

 肌と肌を密着させているだけでよかった。体全部がクリトリスみたいに敏感になっている。全身が性器。ほんのわずかな動きでもたまらなくたかぶってくる。

 身じろぎするごとにいく。一呼吸するごとに、心臓が脈を打つごとに絶頂感が襲い来る。

 あたしたちはぴったりくっついたまま、間断なくイキ続けた。

 やがて、それまでよりもさらに大きな、最高の波が来て――――


『好き…………』
『……好き……』

 同じことをもつれる舌で言い、唇の動きで読み取って。
 同じ感情を互いの目の奥に見て。
 光に包まれるみたいな感覚をおぼえ。

 二人そろって、何もかもわからなくなった…………。





              10





 ………………。
 ………………。

 オレンジ色の光が見える。
 天井の電灯。その豆電球だ。

 海の底から浮かび上がるみたいに、だんだんと意識がはっきりしてくる。

 失神…………しちゃったんだ…………。

 気持ちよすぎて気を失うなんて。そういうことがあるってのは聞いたことがあったけど、大げさすぎると思ってた。

 隣に、アヤ。あたしと同じく、失神した後、素っ裸のまま寝ちゃったみたい。豊かに盛り上がったおっぱいがゆったりと揺れてる。

 体がまだじんじんしてる。ひとりエッチしてすごく気持ちよくなったことなら何度かあるけど、こんなに余韻が残ることはなかった。ひとりエッチがシャワーなら、これはじっくりつかった温泉だ。体の芯まで快感がしみこんで、まだ全然冷めてない。

 体と逆に、ベッドはすごく冷たかった。汗と、いやらしい液と――――この湿り具合だと、もしかしたらおしっこ漏らしちゃったかも。何がなんだかわからなくなってたから、やっててもおかしくない。参ったな。

 窓の外はまだ暗く、どうやら雨みたい。時間はわからないけど、車の音も電車の音もしないから、まだ朝にはなっていないようだ。

(………………)

 起き上がった。
 からみあってる間に吹っ飛ばしたのだろう、タオルケットと布団が床に落ちていた。拾って、アヤにかけてやる。

 股間がぬるりとした。太腿やお尻を濡らした分は敷き布団に吸い取られるか乾くかしたけど、あそこの中はまだ濡れたままになってる。アヤもきっとそうだろう。

「アヤ。…………」

 声をかけた。
 アヤはむにゃむにゃと口を動かして、寝返りをうった。真っ白な背中があらわになる。布団をかけ直してやった。そしたらまた仰向けに戻る。
「まったく、寝相悪いんだから」
 自然と頬がゆるむ。
 アヤの口も、ちょっと端の方が持ち上がって、笑ったようになっていた。
 赤ん坊みたい。
 起きてる時は、オヤジじみてだらしないか、めちゃくちゃ格好いいかのどっちかしかないのにねえ。

「………………」

 ベッド脇に膝を突き、上体を冷たいマットに乗せてアヤの寝顔に見入る。

 あたしのあそこにまだ何かが入っているような感じがしていた。

 アヤもあたしもバージンだった。でも今は違う。狂乱のうちに、いつ入れたともわからずに、膣に深く指を差しこみ、抜き差ししあっていた。
 それ自体に衝撃はない。もうちょっとショックを受けてもいい気もするけど、まあそんなものかと思う程度。そうとしか感じないんだからしょうがない。むしろ、アヤに奪われたのなら本望だ。

 だけど、アヤは。
 女の子でありただの友達だったあたしに初めてを奪われる。そんなことを望んでいたはずはない。

 また、あの切ない感覚が湧いてきた。

 今はまだ魔法の時間。

 魔法はいずれは効き目が切れて、元に戻ってしまう。
 だけどもう少し、少しだけでいい、もうちょっとの間、幸せなままでいさせてほしい……。

 あたしはアヤの寝顔を見つめ続け。

 やがて、決心した。



 腕を伸ばし、アヤを揺り起こした。

「ん………………」
 アヤは寝ぼけまなこのまま、にっこりしてくれる。
「よお、マリ…………」
「起こしてごめんね、アヤ」

 我慢できなくなって、ほっぺたにキス。

「ん」
 アヤはくすぐったげに笑って、腕を伸ばしてきた。

「マリぃ………………もうちょっと、寝ようぜ……」
「うん。でも、ちょっとだけ、これ見て」

 青い光がアヤの目を射た。
 アヤの、ペンライト。
 アヤはびっくりしたようにまばたきする。

「はい、もう目が離せない………………これを見ていると、さっきと同じように、あたしの声しか聞こえない、すご〜くいい気持ちになっていくよ………………深い所にすうっと入っていく………………」

 あっけなかった。少しライトを揺らすと、アヤの瞳はそれを追い、すぐにまぶたが落ちてきて、目を閉じ、かくんと首を折った。
 仰向けに寝かせ、あたしの暗示をちゃんと受け入れてくれるように、深化させる。

 それから――――

 あたしは喉を鳴らした。
 心臓の動悸が激しくなる。

 さあ――――やるんだ、万里江。
 自分を叱咤し、口を開いた。

「アヤ。今日あったこと、思い出して。
 あたしを助けてくれたね。変なやつ、やっつけてくれた。
 それからあたしをうちに連れてきて、休ませてくれたね。
 一緒にごはん食べて、あたしがちょっと騒いじゃって。
 あんたはあたしに催眠術かけて――――お返しに、あたしがあんたに催眠術かけた。
 そう………………今、あんたは、とても深い催眠術にかかってる。
 催眠術にかかって、あたしの言うこと何でもきくようになって、あたしの言うとおりに色々なことやった。
 あたしのこと好きになって、あたしとキスして、抱き合って、すごくエッチなことやった。気持ちよかったよね。あたし、最高だった。アヤも気持ちよくなってくれてたら嬉しいな」

 そこまで言うとアヤは唇をほころばせた。
 幸せそうな笑顔だった。

 胸がきゅって締めつけられるみたいになって、あたしは左のおっぱいに爪を立てる。うるさいぞ、心臓。

 頑張れ、万里江。最後の暗示をかけるんだ。

「…………これからあんたにかけた催眠術を解く。

 目を覚ました時、あんたは、催眠術にかけられていた間のこと、全部しっかりおぼえているよ。

 あんたは何もかもはっきりおぼえたまま、元のあんたに戻ることができる。

 今から十、数を数える。ひとつ数えるごとに催眠から醒めていって、十で完全に目が醒める。あたしが色々やったこと、あたしがかけた暗示の効き目はきれいさっぱりなくなって、いつもの自分に戻って、すっきりと目を覚ますことができるよ。
 じゃあ、始めるよ。
 ひとつ。ふたつ…………だんだん、深いところから浮き上がっていくよ………………みっつ………………催眠から醒めてくる。元の自分に戻っていく…………よっつ………………」


 そう。


 あたしは、自分の手で、魔法を全部ぶちこわす。


 催眠術では、記憶を消せる。
 今のアヤぐらいに深くかかっていたら、何もしなくても催眠中にあったことを思い出せなくなるし、忘れるように暗示を与えたら、あたしとエッチしたことはもちろん、催眠にかかっていた間にあったこと全部をきれいさっぱり記憶から消すことも、今日一日の記憶を丸ごと消しちゃうことだって、それほど難しくない。
 それに、後催眠――――催眠から醒めた後でも影響する暗示を埋めておくこともできる。
 何々と言ったらすぐ催眠状態に落ちる、というキーワード暗示が一番使える。その暗示を与えておけば、目を醒ました後のアヤを、いつでも、好きな時に催眠状態にして、あたしの好きにすることができる。

 ついさっきまでは、そうするつもりでいた。
 あたしはアヤを無理矢理犯した悪いやつ。何でもするって覚悟を決めて、これをやった。それならとことんやるべきだ。アヤをずっとあたしの操り人形にして、なんなら一生でもいい、ずっとあたしのものにし続けておこうと。

 だけど――――

 できない。

 一緒にって言ってくれた、あの声が耳の奥にこだましている。

 やっぱり、できない。

 あたしが好きなのは、あたしの言うがままになる操り人形じゃないんだ。

 アヤにはアヤのままでいてほしい。

 あたしが好きなアヤに戻ってほしい。

 その後あたしがどうされても、それはあたしが受けなければならない罰だ。

 関係は完全におしまいになる。
 嫌われるだろう。殴られるだろう。
 殺されたって文句は言えない。

 それでも、これからもずっとアヤのことを好きでいたいから、あたしはこうするべきなんだ。

「八つ………………もうすっかり醒めている。目を開けられるなら開けてもいいよ。体にぐっと力が入る。頭もはっきりして、いい気分。九つ………………次で完全に目が醒める。もう催眠の影響は何も残ってない。全部元通りになって、いい気分で目が醒めるよ。
 はい………………十!」

 手を叩いた。
 アヤはぱっちり目を開き――――

「………………」

 数回、大きくまばたきした。

「アヤ………………気分、どう?」
「ん…………」

 顔に手をあて、うめきながらアヤは身を起こす。

 次にどういう反応を示すのか。
 あたしの心臓はもうとっくに破裂寸前。

「あれ…………オレ………………何を…………」


 寝ぼけ気味につぶやいたのもつかの間、


「!!」

 猛烈な気配が炸裂した。

 目も口も真ん丸にした、ものすごい顔。
 無言の絶叫。


「マリッ…………………………お、お前っ………………!!」


 顔を右手でがばっと覆う。
 その指が鉤爪になる。かきむしるように動く。

 そのままうなだれ、髪で顔が見えなくなった。

 あたしは指一本動かせない。体の中から熱が引いて、全身青白くなる。手も脚も硬直して、来るべきものを待つばかり。

 時が流れてゆく。でもそれは数秒なのか、数分なのか、わからない。数時間さえ経ったような気がする。

 投げ出されているアヤの左手。それがぴくぴく動いてる。アヤの混乱、失望と怒りを示して、激しく恐ろしく引きつっている。


 やがて。


「…………万里江…………」

 うなだれたまま、アヤが言った。
 地の底から響いてくるような声だった。

「オレの服、脱がせたの、お前だな…………?」

「うん…………」
 あたしの口が勝手に返事をする。

「オレに触ったのも、お前だな…………?」
「うん」
「キスしたのも」
「……うん」

 幸せな記憶がよみがえる。
 もう一回、できたらな…………。
 それは今となってはあまりにも遠い夢。

「オレに……あんなこと…………あんな………………」

 アヤは涙をこらえるように喉で呻いた。

 声がたちまち上ずってゆく。

「…………オレを、あんな風に…………ぐちゃぐちゃにしたの…………お前なんだな、万里江!? お前がやったんだな!」

「……そうだよ」

 あたしは目を閉じた。

 次の瞬間に起きることはわかっていた。
 激怒したアヤが飛びかかってくる。
 黒い髪、白い肌の獣。
 あたしの顔面に拳がめりこむ。こめかみを蹴りが襲う。あるいはボディに。あばらへし折られる。血反吐を吐く。脚を折られる。あたしは血まみれのぼろくずになって崩折れる。
 拳を強く握ってその瞬間を待ち受けた。

 ……意外にも、来たのは落ちついた声だった。

「覚悟…………できてるみたいだな」

 その声音だけでわかった。
 完全な戦闘モード。
 怒りにまかせて飛びかかってくるよりずっと凶猛な、徹底的にあたしを破壊するつもりになってる姿。

 アヤがベッドから降りた。
 あたしの目の前に立つ。
 見なくてもわかる。ごうごうと、真っ黒な炎が燃え上がってるみたい。
 歯がかちかち鳴る。足が震える。冷たい汗が頬をつたう。

「…………何で逃げない」

「ア、アヤのこと…………好きだから」

「まさか、そう言えばオレが許してくれるとでも思ってんじゃねえだろうな」

「違うよ。アヤのこと、ずっとずっと好きだったから、大好きだから、世界で一番好きだから…………したかったの、ああいうこと、一番好きな人と……前からずっと。
 アヤが怒るの当然だし、どんなことされても仕方ないって思うから、だから、逃げない、怖いけど、逃げたくない、最後まであたしの意志でここにいたい…………」

「わかった。もう黙れ。歯ぁくいしばれ」

「………………」

 拳を強く握り、全身に力を入れた。
 首が吹っ飛びそうなビンタ。それとも奥歯までへし折るグーパンチか。

 なかなか来ない。
 間を置いて、怖がらせる気だ。
 徹底的にあたしをいたぶるつもりなんだ。

「ご………………ごめん…………」

 耐えきれず、震える声で、言った。

「ごめんね、アヤ………………それに、まだ言ってなかったけど、ありがとう。助けに来てくれた時、本当に嬉しかった。嬉しすぎて、お礼言えなかった。ありがと……」

 フッと、アヤが鼻で笑った。
 腕をふりかぶった気配。

 パチッ!

 頬に痛み――――ビンタだ――――

 ……。
 …………。

 あれ……?

 軽い…………。

 叩くどころか、軽くなでたのとほとんど変わらない………………。


 肩に手。
 引かれる。

 抱き寄せられ――――唇に、やわらかい感触………………。

 ???

 目を開く。


 アヤが、あたしにキスしていた。


 唇を離し、微笑む。

「………………?」

「殴られると思ってたろ?
 バーカ。
 んなことしねえよ」

「え…………??」

 顔中が疑問符のあたし。

 アヤは視線をそらして頬をかいた。

「だから、その……………………なんだ、つまり…………。
 前からオレも、お前のこと…………その…………」

 今度はあたしが目も口も真ん丸にする番だった。

「………………!」

「男は嫌いだし、別に女が好きってわけじゃねえけど、お前といると気が楽になって、いいなって思っててさ、それが最近、なんか変な感じにどきどきするようになって…………お前がしたのと同じようなこと、オレもしたくなってて……こんなこと言いだしたら変に思われるだろうから、隠してたんだけど……」

「ほ…………本当…………?」

「バカ。誰が、好きでもねえやつのこと助けに行くかよ」

 あたしは口をぱくぱくさせた。

 胸の中、熱いものがふくらんで、あまりにもそれが大きすぎて、喉が詰まって、言葉が出ない。

 アヤは、やっぱりマジなままだけど、瞳には限りなく優しい光がたたえられていた。

「万里江………………オレ、女だけど、本当にオレでいいのか?」
「もちろん……もちろんだよ、アヤ!」
「よかった」

 アヤはあの、恋する女の子の顔をした。
 あたしもきっと、同じ顔。
 見つめ合って、あたしは自然とアヤに体をすりつけていって、アヤの手があたしの肩に置かれて、引き寄せられて……。

「だけどな、万里江」

 体をくるっと回転させられた。
 足払い。
 よろめいたところをベッドに突き倒される。

「お前のこと、許したわけじゃねえ」

 あたしは上体だけベッドの上、お尻を突き出した格好。

「オレがお前に催眠術かけた時は、くたっとなってるお前、すごく可愛くて、そのままやっちまいたかったけど、必死に我慢したんだぜ。それなのにお前はよお…………まったく。

 だから、おしおきだ」

 パンツをずり下げられ、思いきり平手打ちされた。
 鋭い音が何度も何度も鳴った。

「言ってくれてたらよかったのに、あんなやり方で無理矢理やったってのは許せねえ」

「ごめん、アヤ、ごめん、ごめん!」

「気持ちよかったんだぞ。すごくよかった。でもな、だからって、あんな無茶苦茶やっていいわけねえだろ」

「ごめんなさいぃ!」

 あたしはさらに引っぱたかれ、痛みに顔をしかめながら、うれし泣きの涙をこぼした。
 全てが解放されてゆく。
 涙と共に、あたしの中にわだかまっていたものが流れ出ていって、体がどんどん軽くなってゆく。
 平手打ちの一発ごとにすごい熱が体を駆けめぐる。これ、気持ちいい。おかしな趣味に目覚めちゃいそう。


 ようやく解放されても、しばらく動けず、ひんやりしたシーツに顔を埋め、じんじんするお尻の感触だけを味わっていた。

 幸せだった。



             ※



「それにしても…………あ〜あ、ぐしょ濡れ。ひでえもんだ」

 ベッドに手を置きアヤが言う。
 おしおきが終わったらさっぱりしたものだ。
 アヤのこういうところ、好き。

「とりあえず、シャワーでも浴びるか。マリも来いよ。一緒に体洗おうぜ」
「う、うん」

 よろめいて立ったあたしの腕を、アヤがぐいっとつかんで引いた。
 切れ長の綺麗な目、強い光に満ちた瞳が、あたしを睨みつけてきた。

「まだおしおきは終わりじゃねえぞ」

「え…………」

「体きれいにしたら、今度はオレが催眠かける」

「!」

「おしおきの続きだ。お前のこと、お掃除ロボットにして、シーツから何から全部取り替えさせてやる」

「…………」

「それから今度こそ素直にして、隠してること全部白状させる」

「隠してることって……?」

「いつからオレのこと好きだったのかとか、いつ頃からこんなことしたいって思うようになったのかとか」

 言って、アヤはあたしの乳首をきゅっとつまんだ。

 ――――濡れた。

「やだ…………スケベ!」
「いやか?」
「バカ」

 ものすごく恥ずかしくなってうつむく。

 抱きしめられた。

「そーゆーの終わったら、今度こそ、寝ような。一緒に、ぐっすり」
「学校は?」
「知るかよ」
「そうだね」

 あごに指。一本だけ。くいっと持ち上げられる。簡単に上向くあたしの顔。
 目を閉じ、唇を突き出した。
 長い髪がかぶさってきた。
「くすぐったい」
「ごめんな」
 頬に手。
 あたしの手はアヤの腰。触れ合い、くっつく二人の乳房。

 リ……ィン……。
 またあの鈴みたいな音がする。
 あたしの胸の奥の結晶、震えてる。
 いっぱいの歓喜の響き。

 …………長いキスが終わると、あたしは腰が抜けてしまって、お姫さまだっこされてお風呂に連れていかれる羽目になった。

 お互いに相手の身体の隅々まで洗ってから上がると、アヤは本当に催眠かけてきた。

 肩をつかまれ壁に押しつけられ、目を見るように言われる。
 アヤの目だ。世界一きれいなアヤの瞳だ。
 あたしはすぐに視線をそらせなくなり、吸いこまれる感覚にとらわれる。まぶたが重たくなり、目を開けていられなくなる。目を閉じたら途端に力が抜けて、アヤにもたれて心地よい青い世界に沈んでゆく。
 あたしの心はアヤの声に埋めつくされる。

 あたしは召使いになった。喜んでベッドを整え床を片づけ、ご主人様であるアヤに新しいパンツをはかせた。

 元に戻され、ベッドへ。
 アヤに抱かれて横たわる。

「さあ、いいか、これからお前はどんどん過去に戻っていくぞ…………時間が前に戻っていって、どんな細かいことでも思い出せる………………もうお前は絶対に隠し事はできない……」

 うん、大丈夫。
 もう隠すことなんて何もない。
 あたしの全てを見せてあげる。
 どんなことでも教えてあげる。

 初めてあんたに会った時のこと。初めて好きだって思った時のこと。初めて自分の体さわって気持ちよくなった時のことも、初めて催眠術を人にかけてどきどきした時のことだって、あんたが聞きたいならどんなことでも思い出してあげる。

 催眠術って、素敵。
 今はあたしがかけられてる。今度はアヤにかけてあげるね。二人でかけたりかけられたり、催眠でできること、催眠でしかできないことを、色々やって、楽しもう。

 そう――――催眠術で、あたしたちはどんな恋人たちよりも深く結びつくことができるんだ。

 自分の全てを相手に委ね、相手の全てを委ねられ。

 強く。深く。

 結びつく。

 いつまでも。

 リ……ィン……。
 リ……ィン……。

 軽やかな鈴の音を胸の奥に抱きしめながら、あたしはたまらなく心地よい世界に、どこまでも深く沈んでいった。