第二章 催眠ショー
「金、金、金、金がいるんだよ、金が。レースの為にはさ」
欄銅柳子は、バイクの師であり、メカニックマンでもある草壁一平に、夜のバイト
の許しを請うた。
「ダメだ」
草壁は話し合う姿勢など全くなく、頭ごなしに反対した。
「ざけんなよ。出会った時のあたしじゃない。何年経つと思ってんだ。あたしはも
う、二十歳だぞ。酒もタバコも飲める歳だ」
「たかが、二十歳だ。酔っぱらいの相手が勤まるか!」
「職業で人を差別するなよ」
「別に、差別はしてない。お前には無理だと言ってるんだ。居酒屋にしろ。居酒屋
に」
「居酒屋で高給が取れるかよ」
「お前、酔っぱらいに絡まれて平気か。ベタベタされて、平気か」
「ベタベタなんて、そんなマナーの悪い客は・・・」
「マナーは悪くない、それがサービスであり、仕事なんだ。なんで、居酒屋より給料
が高いと思ってる。どうして、大学も出てない、手に職もない人が、大学出の社会人
より高い給料を貰えると思うんだ。よく考えろ」
「ガンコ爺い」
「俺は若い」
一平のセリフを背中で聞きながら、欄銅柳子は、外へ出てバイクに乗り込む。む
しゃくしゃした時はバイクをかっとばすに限る。法定速度など全く無視し、柳子はバ
イクを走らせる。
欄銅柳子と草壁一平。全くの赤の他人だが、身寄りのない柳子は、一平の自宅に居
候していた。一平は柳子に指一本触れなかった。柳子は取り立てて美人という訳では
なかったが、それでもうら若き女性と寝食を共にしながら指一本触れないというの
は、並はずれた自制心であると言えるだろう。ケンカで選手生命を断たれた一平は、
自分のレーシングチームで世界に挑むのが野望だった。そんな一平にとって、柳子は
類い希な素質を持った少女。一平にとっても柳子にとっても、異性ではなく、夢へ飛
び立つための仲間だった。
しかし、柳子が一平の教え通りに練習し、充分に才能を開花させると、次のステッ
プという問題が出る。
次のステップ・・・そう、サーキットでの勝利だ。
確かに出場はした。しかし、ローカルレースはまだしも、名のあるレースは取れな
い。取れる訳がない。バイクにかける金がないのだ。ワークスマシンでなければ、勝
利は難しいのが当然だ。
理由はもう一つある。ライダーが柳子一人、つまり、耐久レースに出られないとい
う事だ。耐久レースは長くなる分、選手の腕と根性でカバーできる範囲が大きくな
る。どんな一流ライダーであっても、耐久レースをフルに最高の走りができる訳がな
い。当然、ペース配分が必要になる。逆にシングルレースは当然距離も短く、マシン
の性能差が互角であればこそのライダーであって、性能差を腕でカバーするなどとい
う事は、不可能だ。
柳子に取って最善の道は一平を見捨て、一流のレーシングチームに入る事である。
しかし、それでは恩義も義理人情もないと、柳子はかたくなに一平とのレーシング
チーム「ドラゴンズヘヴン」にこだわっていた。
メチャメチャにバイクを走らせた柳子は、さびれた西洋風の悪趣味なカジノ店に行
き着いた。いかにも暴力団が経営してますみたいな、センスのカケラもない外観。
「ちょっと、寄っていくか」
柳子は暴力団経営の店というのが気に入って、「ミサンガ」の扉をくぐった。女の
暴走族、所謂レディースの総長だった柳子は、こういう店に入って拳骨で話をするの
が大好きだった。
「げっ、子供じゃん」
そこにはさゆりがいた。さゆりはブラックジャックをやっており、どうやら一人勝
ちしているようだ。
「店の子かね。面白そうだわね」
ちょうど、折良く、サラリーマン風の男が
「チッ、やめだ、やめだ」
と言って席を立ったところだった。
「おじょうちゃん、やるかい」
親のミサンガの従業員が柳子に声をかけた。
「ええ、そうね」
柳子はトラブルを期待してテーブルに着いた。チラッと横目でさゆりを見る。する
と、さゆりと目があった。さゆりはニコッと笑う。
・・・うっわー、美少女だなぁ・・・
柳子はさゆりの顔をましまじと見てちょっと照れた。
「お姉さん、バイク乗り」
さゆりが、ヘルメットを見てそう尋ねる。柳子は配られたカードに目を通しながら
愛想よく答えた。
「ああ、まあね」
「今度、後ろに乗せてよ」
「無理だよ。後ろは前の十倍も怖いからね」
柳子はカードを追加する。
・・・げっ、ブタだ・・・
柳子はカードを投げた。
「ハハハ、ご愁傷様。それでは、お嬢ちゃん、一騎打ちという事で」
「ええ、いいわよ」
さゆりは不適な笑みを浮かべた。
「十九だ」
「あたしは二十よ」
店員は頭を抱えた。
「クーッ、負けだ、負けだ」
「やるわね」
柳子は本心で感心した。
「えへへー」
さゆりは頭を掻きながら照れた。
・・・しかし、そう上手くは行くまい・・・
柳子には、ここが暴力団の経営する店だと分かっている。と、すれば、このままで
すむわけがない。
・・・その時は助けてやって、礼金を貰うか・・・
柳子は、そう計算する。ところがだ。突然、照明が暗くなった。
「ははは、お客さん、いよいよ、ショータイムですぜ」
「ショータイム?」
柳子が思った時だ。ステージにシルクハットを被ったリコが登場した。
「皆さーん、リコの催眠ショーにようこそ」
その声を聞いた時、さゆりの顔が引きつった。
「あれ、どうしたの」
「な、なんで、あいつが、ここに」
「あいつ?、知り合いなの」
「う、うん、前にちょっと。いやーな思い出がね」
「催眠術で遊ばれたとか」
さゆりがプーッと頬を膨らませた。
「あー、そう言えば、今日、催眠ショーやるって言ってた。くーっ、つい、うっかり
忘れてたわ」
「ねー、それって、今日来るように命令されてたんじゃない」
柳子が成り行き上当然の質問をする。ところが、そんな当然の質問に対してさゆり
は
「アハハ。そんなー、ないない」
と、明るく、何の根拠もない事を言いながら自信満々であった。その時、さゆりの
左手が大きく上げられた。柳子はさらに聞く。
「ねえ、自分で変だなー、とか、これから、指名されるとか思わない」
「指名って?」
「だから、お客さんに協力って事で舞台に」
「それは、ないでしょ」
「どうして」
「だって、私を舞台に上げたら、ショーが失敗しちゃうじゃない。だから、それはな
いわね」
さゆりは自信満々でウンウンと頷いた。
「ねえ、自分が左手が上げっぱなしなの、気がついてる」
「ああ、これ、ゲン担ぎよ。こうしてると、幸運を呼び込めるの」
サラリと不自然な事を言うさゆり、柳子はさらに
「さっきは催眠術でおもちゃにされたって、言わなかった?」
「あの時はね、でも今日は大丈夫よ」
柳子は頭を抱えた。
「だから、その自信が催眠術にかけられてる証だと思うんだけど」
「なによ、私にケンカを売ってるの」
柳子の親切心をさゆりが全く無視している時だ。リコが、ステージからお客に呼び
かけた。
「それでは、私は催眠術にかかりたいという人はいませんかー」
「リコの奴、バカみたい。いるはずがないじゃない」
さゆりはバカにした様に微笑む。
「そうよね」
柳子も全く同感だった。いくらなんでもこの誘い方はない。すると、ブラック
ジャックの親をやっていた店員がさゆりに声をかけた。
「お嬢さんは、催眠術にかけられるのは嫌いかい?」
「当たり前じゃない」
さゆりは、さも、当然という感じで頷いた。すると、さゆりの左手が大きく上がっ
た。
舞台のリコはニッコリと微笑んでから、
「はーい、では、そこのかわい子ちゃん。舞台にどうぞ」
「えっ」
さゆりは大きく上がった自分の左手を不思議そうに眺めていた。柳子はプッ、と吹
き出した。奥歯を噛みしめ、懸命に笑いを噛みしめる。
周囲から、拍手が巻き起こる。さゆりは嫌だったが、拍手の音には逆らえず、渋々
とステージに上がった。
「ようこそ、私の催眠の世界へ」
「どうも」
さゆりは、適当に相づちを打つ。そして、リコに勧められるまま、ステージに用意
された椅子に座った。
リコはさゆりにクルリと背を向け、観客の方を向く。
「それでは、このお嬢さんがどれ位で催眠術にかかるか、皆さん予想して下さい」
手が上がった。
「はい、そこのあなた」
「五分」
「何秒まで言って下さい」
「五分零秒」
「はい、結構です。他には」
リコの声で次々と手が上がる。店員達が各テーブルを回り次々とメモを取る。しか
し、
どいつもこいつも暴力団風なのが、柳子には気になった。ためしに柳子も、手を上げ
てみる。すると、店員がやって来た。
「ねえ、賞品はなんなの」
柳子の問いに、店員はニコやかに答えた。
「賞品はございません。ただの余興ですので」
「それにしては、すごい熱気ね。それに、あの子、ものすごい美少女だし・・・」
「なにが、仰りたいので」
店員の瞳がトカゲの様に細まる。
「まあ、いいわ。私は十秒フラットでお願い」
「畏まりました」
店員は一応礼をし、立ち去っていく。
「ふんっ」
柳子は鼻を鳴らした。
「悪党め」
柳子はステージを見た。リコは大げさな仕草で会釈をする。
「それでは、出揃ったところで、いよいよカウントを始めたいと思います」
中央の天井から、するするとデジタル時計が降りてくる。
「五、四、三、二、一、ゼロ」
デジタル時計がカウントを刻み始める。
リコがさゆりに向き直り、さゆりの目の前で指を鳴らした。すると、さゆりの瞳か
ら力がなくなる。リコはさゆりの背後に回ると、振り子をさゆりの目の前で揺らし
た。
「さあ、この振り子を見なさい。ゆったりと、ゆったりと、あなたはだんだん」
さゆりが、前のめりにスーッと崩れ始める。
「眠くなる。さあ、わたし」
ゴンッ。さゆりは椅子から頭から倒れ込む。凄い音がした。時計のカウントが止ま
る。
十秒ジャストだった。かなりの激痛だと思うのだが、さゆりは全く動かない。
「はい、催眠に入りました。時間は十秒です。正解は三十一番テーブルでした」
柳子の席にスポットライトがあたる。白々しい拍手。そんな中、柳子が耳を澄ます
と、拍手に交じって、堅気だ、とか、勝負は次、などという声がした。
「ふーん。やっぱりね」
柳子は乗りかかった舟と、覚悟を決めた。
悪事を知ったからには、見過ごせない。警察に連絡するという手段は、総長のプラ
イドが許さない。柳子は店の前で張り込み、リコが出てくるのをひたすら待った。
やがて、リコが出てきた。そして、フェラーリに乗り込む。
「おいおい、フェラーリかよ」
柳子は呆れた。さゆりはとにかく美少女だ。と、すれば、今日の参加費も十万位す
るかもしれない。あるいは次はオークションかも知れない。
「美人薄命って本当ね。くわばら、くわばら」
柳子はフェラーリの後をバイクで尾行する。
「なんだコリャ」
リコの家に着いた柳子は表の看板を見て絶句した
「見事私を倒せば百万円。私が勝てばあなたの性根入れ替えます・・・だと」
はっきり言ってまともな客は来るはずがない。もしも、来るとすれば、百万円目当
ての人だけだろう。
柳子はブラックジャックで勝ちまくるさゆりの姿を思い出した。そもそも、子供の
くせにああいう店に行くな、と言いたい。
「楽に稼げるという事は、落とし穴がある、そういう事ですかね。一平先生」
柳子は酔っぱらいの相手をして稼ごうと思った自分の愚かさを悟った。
「さて、反省終わり」
柳子はキッと扉を見据える。そして、ドンドンと扉を叩いた。
扉を開けたリコは、一応は丁寧に柳子に応対した。柳子を診察室へ通すと、人身売
買などしていないと、白々しく言い切った。当然だろう。悪党は嘘をつく。しかし、
それで引っ込む柳子ではない。
「あくまでも白を切るなら、体に聞くまでだぜ」
柳子は拳を握りしめた。
「そう、フフッ、そうね。あなたの言う通りよ。でも、重要な見落としがあるわ」
「見落としだと」
「確かに賞品はさゆり自身。そして、さゆりは私の催眠奴隷というのも本当。でも
ね、ステージ料は三十万円。参加者も八割は、暴力団員達だし、彼らもただカジノを
楽しみにきただけ、さゆりが、あまりに美少女だったんで、熱が入ったけれど、別
に、さゆり目当てで集まった訳じゃないわ。写真は渡していないしね。今日のは
ちょっとしたイタズラよ。自分は催眠にかからないと思いこんでるさゆりちゃんは可
愛かったでしょう」
「に、しても、さゆりちゃんの人生をなんだと思ってる」
「心配ないわ。私の技術を持ってすれば、催眠奴隷を落とすタイミングくらい秒単位
で調整可能。つまり、今日のは皆、空クジだったわけよ。あなたは、勝ったんじゃな
く、私があなたを勝たせたの。あくまでも自然にね。舞台でのあれは、計算された演
出な訳よ。あなたが、考えているような事は絶対に起こるはずがないの」
柳子は鼻で笑う。
「催眠奴隷だけで充分に人生をメチャメチャにしているぜ」
「さゆりちゃんは、とっても、幸せだと言ってくれるわ」
「お前が催眠術で言わせてるんだろうが」
リコの瞳が邪悪な色を浮かべる。
「ええ、あなたも、催眠奴隷にしてあげる」
「やれるもんなら、やってみな」
柳子のケリが飛ぶ。リコはスウェーバックでかわすと、懐から拳銃を取り出した。
「ウッ」
柳子が怯む。
「フフッ、私に引き金を引かせないで。でも、秘密を知ったあなたをこのまま帰すぐ
らいなら、引き金を引くわ」
「チッ」
柳子は舌打ちした。・・・まさか、銃を持っていたとは・・・柳子は後悔したが、
既に遅い。
「じゃあ、私の瞳を見なさい」
リコは柳子に命令する。
「はんっ」
柳子はレディースで鍛えた眼光でリコを睨みつけた。が、レディースの眼光など、
くの一の眼光と比ぶるべくもない。言われるままに瞳を覗き込んだ柳子は、殺意を込
めたリコの鬼気迫る瞳を見るとたちまち視線を逸らした。
「私が怖い」
「こ、怖いもんか」
「それなら、私の瞳を見なさい」
「くっ」
柳子は顔を上げた。
「そのままこちらへ来なさい」
・・・誰がいくか・・・
「どうしたの。来ないなら、引き金を引くわよ」
「分かりずらいな。行けばいいんだな。催眠術にはかかってないぞ」
「ええ、こちらに来なさい」
「けっ」
柳子はゆっくり、一歩ずつゆっくり近寄った。とはいえ、室内の事なので、どう
ゆっくり歩いてもすぐにリコの所へ着いてしまった。けれど、リコは何も言わない。
相変わらず銃口を突きつけている。唐突に、リコの手が伸び柳子の首を締める。呻き
声を出す柳子。その耳元にリコは囁く。
「あなたは名前を忘れる。名前を忘れる。どうやっても思い出せない」
言い終えると、リコは気道を締めるのから血流を締めるのに切り替える。息が出来
ないのは苦しいが、貧血は気持ちいい。眠る様に柳子は気を失った。
「ハッ」
柳子は気が付いた。背後からリコが耳元に囁く。
「お名前は」
「・・・・・」
柳子の頭の中は真っ白だった。しかし、思い出す事が出来た。
「欄銅柳子」
「ウフフッ」
リコは微笑を浮かべると柳子の目の前で糸のついた五円玉を揺らした。
「さあ、これを見ているとあなたはだんだん眠くなる。そして、自分の名前を忘れて
しまうわ」
そういいながら、リコは青い蝶から抽出した遅効性の睡眠ガスを部屋に充満させ
た。
リコは毒物に体を慣らしているので平気だが、柳子はたまらない。遅効性の毒はゆっ
くりと効いてくる。
リコは五円玉を揺らすのはやめて、柳子がケガをしないように体を抱きしめる。
「どう、あなたは、催眠にかかってる、それとも、かかってない」
「かかってる」
柳子は本当半分、嘘半分で答えた。とにかく、催眠にかかったフリをして、銃口か
ら逃れるしか脱出する術がない。
「そうね、でも、誰でも催眠にかかってしまうから、何にも恥ずかしくないのよ。さ
あ、体の力を抜いて気持ちよーく眠りなさい」
睡眠薬がすっかり効いて、柳子は眠り始めた。
「ふふーん、明日が楽しみねー」
翌朝、柳子は目を覚ました。睡眠ガスのために、頭はボーッとしている。ここが、
どこなのか分からず混乱した。頭のもやがスッキリするには、たっぷり五分がかかっ
た。
「リコはどこに言ったんだ」
部屋には誰もいない。ドアを開けると、そこにも誰もいなかった。
「どうやら、誰もいないようだな」
と言った時だ。肩を指でトントンと叩かれた。廊下を見ていた柳子は部屋の方を振
り向く。そこには、壁の抜け穴を通り、忍び足でやってきたリコが立っていた。
「なぜ、さっきは誰もいなかったのに。隠れるところなんてないのに」
柳子は混乱した。くの一の家なのだから、抜け穴や隠し扉など当然なのだが、柳子
はリコをただの催眠術師と思っていたので戸惑った。
「催眠術よ。知ってるでしょう」
「ふざけるな、私は催眠術になんか」
「別に、恥ずかしがる事じゃないわ。とっても気持ちいい事なのよ」
「このお」
柳子はリコに殴りかかった。しかし、くの一であるリコには全く当たらない。それ
ばかりか、リコは素早く動き、残像を利用して、俗に言う分身の術を用いた。
「うっ、こ、これは」
「ほほほっ、やっぱり催眠が利いているでしょう」
リコは催眠術のせいだと巧みに暗示をかける。さゆりの姿を見ている柳子にとっ
て、それは説得力があった。少なくとも、分身の術という発想はできまい。
「そ、そんな」
柳子が弱気になった一瞬だった。
リコは一気に間合いを詰めるとさゆりにかけた時と同じように、柳子の目の前で指
をならした。
パチンッ
さゆりの催眠術をかかる様子を見ていた柳子にとって、それは強力な暗示だった。
「はい、名前を忘れます。あなたは名前を忘れました」
リコはゆっくりと言う。
「あたしは、欄銅柳子だ」
柳子はおおきくな声で言う。
「名前を忘れます。名前を忘れます」
リコはゆっくりと言う。
「欄銅柳子、欄銅柳子、欄銅柳子」
柳子は大きな声で言う。
「名前を忘れます。名前を忘れます」
リコはゆっくりと言う。
「欄銅柳子、欄銅柳子、欄銅柳子」
柳子は大きな声で言う。
「」名前を忘れます。名前を忘れます」
リコはゆっくりと言う。
「欄銅柳子、欄銅柳子、欄銅柳子」
柳子は大きな声で言う。
そういう繰り返しをしている最中に、リコは止めを刺した。リコは、柳子の声を
そっくりそのまま真似てこう言ったのだ。
「私は催眠奴隷、私は催眠奴隷、私は催眠奴隷」
一方で、アカツカツムギという毒草が徐々に効いてきて柳子の声帯は麻痺していっ
た。声帯が麻痺すると、呼吸はできても発音はほとんどできない。
リコは、柳子の声をひたすら真似た。
「私は催眠奴隷、私は催眠奴隷、私は催眠奴隷」
柳子は、口を動かしているのに声が出せず、自分の声で私は催眠奴隷と言っている
のが聞こえ、混乱した。
そして、扉がゆっくりと開く、そこには、さゆりが立っていた。さゆりは、両手で
メトロノームを持っており、ゆっくりと室内に入ってきた。その瞳はトロンとしてい
て、すっかり催眠にかかっている様子だった。
そして、部屋には、さゆりが持っているメトロノームの音がコチコチと響く。さゆ
りは言った。
「この音を聞いていると、どんどん力が抜けていきます」
リコはそれにハモらせるように言う。
「あなたは、催眠奴隷」
「力が抜けます」
「あなたは、私の催眠奴隷」
そして、柳子は毒草のせいで声はでなかったが、その唇はこう、動いていた。
「私は、催眠奴隷、私は催眠奴隷」
こうして、リコの催眠奴隷は二人になった。
「さすがロマネコンティ、美味しいわ」
二人に忘却暗示を与え、さゆりは光圀寮へ、柳子は一平の家へ帰すと、リコは次の
イタズラをワインを飲みながら考えた。
人間、金と暇があるとロクな事がないという好例だろう。
「とにかく、さゆりは手元へ置きたいわね。しかし、寮長は私を信用していないし、
うーん」
・・・私が引き取れれば良いのだが、おそらく寮長が反対するであろう。ならば、柳
子にやらせるか。しかし、柳子は二十歳になったばかり、さゆりの母親になりたいと
言っても説得力がない。自分で産むだろう、普通に考えれば。いや、待てよ。柳子の
あの容姿。そうだ、遺伝子チェックで男だった。これだ、これで行こう・・・
リコは面白い筋書きを思いついて、ニタニタと不気味に笑った。