ルシファの翼

第二話 星空のダンシングドール
作:おくとぱす さん

  天上高校は進学校である。
 名門校である。
 なのになぜか、伝統的に変わり者が多い。
 多いどころか、あふれている。
 道を歩いている天上高校の生徒を十人捕まえれば必ずその中には一人二人おかしなやつが混じっている。街で奇行にはしる高校生の噂を聞けばそれは天上と考えてまず間違いない。
 当然、校内は変わり者だらけである。
 ちょっと目につくだけでも。
 天上高校三大奇人。
 変人四天王。それぞれが支持者を集め、軍団を名乗っている。
 五賢帝。体育会実力者の集まりなのだが、なぜか華道部の部長が含まれている。五人の中には女性がいなければならないらしい。
 竹林の七賢。校地内にある竹林で雨の日でも風の日でも弁当を広げるのでそう呼ばれる七人組。
 天上十二神。要はオカルト研究会なのだが、前世がどこぞの王国の戦士だったとかで、互いをカタカナ名で呼び合っている。部員には部長の真の名前を舌を噛まずに三回繰り返して言える能力が必須らしい。
 ダイラガーフィフティーン。部のテーマソングを歌いながら海までぞろぞろランニングするラグビー部の面々。一人一人の能力はともかく、スクラムを組んだときの強さは県下屈指と名高い。
 その他細かいところまであげればきりがないほどである。

 そうした強者揃いの奇人変人たちの中でも、ひときわ異彩を放つ名がある。

 “天上の双璧”の一人、暁の天使こと、飛鳥理緒。

 見た目は決して怪しくない。それどころか、長い黒髪をたなびかせる、いつも淡い光芒に包まれているみたいな愛らしい美少女である。少年たちの胸に切ないものを芽生えさせずにはおかない、常に優しい微笑みをたたえた清純なその姿。天使と呼ばれるのも不思議はない。
「おはようございます」
 どんなときでも、日が暮れて暗い中を下校するときでさえそう挨拶してくる。そう口にすると夜明けの曙光がさしてくるみたいないい気分になるのだという。だから、暁の天使と人は呼ぶ。
 この美しい異名を持つ彼女こそ、天上高校で誰もが三舎を避ける、最強クラスの変わり者なのであった。

 天使が、廊下の曲がり角で人とぶつかった。
「きゃあ!」
「うわっ!」
 倒れたのは理緒一人。相手は声こそ上げたが小ゆるぎもしない。
「大丈夫か?」
 声変わり中の男の子みたいにかすれ気味の声、かがみこんだ姿はズボン履き。だが胸はつつましやかにふくらみ、顔を縁取る線はなめらかで、まぎれもない女子である。
 ショートカットの髪は軽くなでつけられている。ボーイッシュというより凛々しいという言葉が似合う、きりっと引き締まった顔立ちをしている。
 天上高校女子バレー部部長、長田彩子。ちょーださいこ、と本当の呼び方をするとひどく怒る。ながたあやこと呼ばせている。いつも目尻を鋭く吊り上げていて、教師にさえそうさせるだけの凄味が彼女にはあった。
 男の制服を着ているのは、しょっちゅう飛んだり跳ねたりするからである。一年生の時、一度教師の説得に応じてスカートをはいてきて、いつも通りに振る舞って一日中男子生徒の目を釘付けにした。ちなみに黒のハイレグだったという。学校中に野郎の臭いが充満した。以来彼女が男装しているのを咎める者はいない。
「あ……いえ……だ、大丈夫ですわ……」
「すまなかった」
「い、いいえ、こちらこそ……」
 手を取り引き起こされる。強い。理緒は起き上がるなりよろめいて抱きつくようなかたちになる。
「おっと」
 彩子は理緒の肩を支え、にっと笑った。
「気をつけろよ」
 ぽんと頭を叩いて立ち去ってゆく。
 その颯爽とした後ろ姿を理緒は霞のかかったような目で見送った。
 叩かれた頭を自分の手でなで、支えられた肩を触り、つかまれた腕をさする。手をにぎにぎさせたのは、抱きついたときに味わったしなやかな感触を反芻しているのだ。
 理緒の全身をとりまく光芒が、彩子の去った方向へ触手みたいにのびてゆく。
「……わかりましたわ」
 理緒はただでさえ垂れ目がちの目尻をいっそうだらしなく落とし、舌なめずりするような口振りでつぶやいた。
「あの方は悩んでいらっしゃいます。わたくしにはわかります。あの方のお悩みごとを解決してさし上げることがわたくしの使命なのですね、天使様」
 それから何かに引っ張られるようにふらふらと彩子の後を追っていった。

 体育館に激しい音が響く。
 長田彩子の長身が宙を舞う。スパイクの打点は二枚ブロックよりもさらに上。叩きこまれたボールは鋭角を描いて前衛に打ちこまれる。誰も反応できない。
 コートから出る。すかさず熱い眼差しの女子部員たちが駆け寄ってくる。礼も言わずにタオルを受け取り、冷ややかな顔つきのまま汗を拭く。
「………………」
 その目が、ちらりと壁の方に向いた。
 ジャージ姿の女の子たちに混じって、ひとり制服姿の理緒がいる。あっちを見こっちを見して、右へ左へあてどもなくさまよっている。
「……木村」
「はい」
「あの子に、見学する気がないなら出ているように言ってくれ」
「……はい」
 言われた部員が嫌そうな顔をして走っていく。
“暁の天使”理緒は、変人ぞろいのこの学校でも屈指の天然ボケだ。
 異次元の思考回路を持つと言われている。彼女と話していると自分の頭がぐにゃりと歪んでいくような気がするというのは、皆が口をそろえて証言するところである。
「ねえ、ちょっと」
「はい」
「入部希望の見学じゃないなら、見世物じゃないんだから、部外者は出ていってほしいんだけど」
「ええと、あなたは……確か、三組の……」
「木村よ」
 理緒はしばらく相手の顔をじっと見つめた。
「……甲」
 つぶやくとメモ帳を取りだして何やら書きこみはじめた。
「コウ?……何書いてんの?」
「あなたの美しさを永遠に記録にとどめているのですわ」
「あ……ありがと…………じゃなくて!」
「お美しい方が多いですわね、バレー部って」
「……じゃあ入部する?」
「激しい運動は医師から止められておりますの」
「へえ、そうなんだ。意外」
「わたくしがこれ以上丈夫になったら世界の破滅なんだそうです」
「………………」
 気を取り直して、
「……そ、その気がないなら、練習の邪魔よ、出ていってほしいわね」
「あら、わたくしは邪魔なんかいたしませんわ」
「そっちはそうでもこっちが邪魔なの。ボールが飛んでくかもしれないでしょ。それにじろじろ見られてちゃ練習に集中できないのよ」
「それならご心配いりませんわ、わたくしには愛の心がありますから」
「愛……?」
「神様は人の上に人を作らず、人の下にも人を作られませんでしたわ。神様の愛の前では万人みな平等、世界人類みなきょうだい。一日一善、おとうさんおかあさんを大切にするのが天の道なのです」
「……それで」
「だからわたくしも、みなさま方と何の違いもないのです」
 まともに相手をしちゃ駄目とあらためて木村は自分に言い聞かせた。
「それはよかったね。はいはい、出た出た」
「まあ、積極的ですわね。愛の逃避行。なんてロマンチックなのかしら」
「………………」
 こめかみに血管が浮く。
「あら」
 今度は何かとぎくりとした木村の横をかすめて、風が巻く。
「あぶな……」
 理緒の顔面をボールが直撃する。
「い……」

 気がつくと、理緒は保健室に寝かされていた。
 窓の外は夕暮れを迎えて赤い。
 ベッドの脇に、ジャージ姿の彩子が座っていた。
「気がついたか? よかった」
「あの……わたくし……」
「すまなかったな、ボールが当たって君は倒れてしまったんだ。保健の小橋先生帰っちゃってたから、とりあえず寝かせたけど、痛いところはないか? 頭は打っていないと思うけど、気分が悪かったりしたら言ってくれ、責任とって病院まで連れていく」
「……わたくしをここまで、あなたが?」
「まあね」
「どのようにお礼をいたせばよろしいでしょう」
「お礼なんていいから」
「でも。そうですわ、わたくしではいかが?」
「………………」
 彩子は明らかに気分を害した様子を見せた。
「そういうのはやめてくれ。もううんざりしてるんだ」
「まあ、うらやましい」
「冗談じゃない。女なのに女子からばかりラブレターをもらう気分がわかるか」
「人に好かれるのは幸せなことですわ。天国にいるみたいな心地でしょうね」
「………………」
 彩子はあらためて理緒の変人ぶりを確認する目つきをした。
「冗談はわたくしも嫌いです。じゃあご一緒に一眠りいたしませんこと?」
 理緒は毛布をめくり上げた。無論彼女は制服姿だ。
「そのじゃあっていうのは何だ。一体今の会話からどうすればそうつながってくるんだ、まったく」
 吐き捨てたものの、幼稚園児がいっしょにおひるねしようと誘ってくるみたいな感じだったので、彩子は毒気を抜かれてそれ以上怒ることができない。
 理緒の前髪がふわりと持ち上がった。
 男性ならずとも唇をあててみたくなるような真白い肌に、皮膚が裂けたように、赤い筋がはしった。
 音を立てて上下に開いた裂け目の間に、真っ赤な瞳の、眼球としか言いようのないものが出現した。
 この世のものとは思えぬ光景、尋常ならざる異変なのに、彩子は眉一筋動かさない。
 彼女には見えていないようだ。
 その『瞳』が、黄金の光を放った。
 彩子の表情に動揺がはしり、右に左にきょろきょろした。
 彼女は声を聞いたのである。
『ベッドに入りなさい』
「何言ってんだ」
「はい?」
「あ……あれ?」
 彩子は室内を見回して首をかしげた。自分と理緒の他に人間はいない。しかも今理緒の唇は少しも動かなかった。
(疲れてんのかな?)
 そう思うのと同時に、また声がした。
『あなたは疲れていますね。熱心に、一生懸命体を動かしました。だからとっても疲れています』
 はるかな天の彼方から降りそそいでくるような、温かく気持ちのいい声だった。体が痺れるようになる。快感が心を満たしてゆく。彩子はそれが誰の声か考えるのをやめた。考えると聞こえなくなってしまう。それよりもっとこの声にひたっていたかった。
『あなたの体がだんだんだるくなってきますよ。体に疲れがたまっているのです。体がだるくてだるくて、動かすのも億劫です』
 彩子の凛々しい顔立ちから生気が失われ、ぴんと伸びていた背筋が徐々に曲がってきた。けだるさが全身を包みこむ。
『体が重い……重い。もう指も動かせないくらいに重い。これからまだ色々としなければならないことがありますね。それを考えると余計に体がだるくなる。頭の中もだるくなる。もう動きたくない。ものを考えることができなくなってきます』
「せんぱい」
 理緒が毛布をまくった姿勢のまま声をかける。彩子は目の前にごちそうを置かれた断食行者みたいな顔になった。
『ベッドはとっても気持ちよさそうですね。眠ってしまいたいでしょう。ここで休むと体のだるさがなくなって、すっきりできますよ』
 彩子は半ば瞳を閉じながら、上履きを脱ぎはじめた。
「すまない…………ちょっとだけ……五分でいい、休ませて……」
「ええ、どうぞ」
 理緒の額の『瞳』がまた光る。
『ああ、だけど、あなたにはまだしなければならないことが一つだけあります。こんな所で眠りこんだなんて、みんなに見られたらみっともないでしょう。誰にも見つからないように、ドアの鍵を閉めて、電気を消しましょう』
 理緒はいいのかと通常なら考えそうなところだが、もう彩子にそういう思考能力は残っていない。
 彩子は上履きを直しもせず、靴下を引きずるようにしながら歩いてゆき、戻ってきたときには頭が前後にかくんと揺れ、目は閉じかけて、手は力無くだらりと垂れ下がり、今にも倒れてしまいそうだった。
「彩子せんぱい、あなたの服は汚れています。そんな汚れた格好でベッドに入ったら、ベッドがきたなくなって、折角の寝心地が失われてしまいますわ」
 理緒が言うと彩子はぼんやりと自分の服を見下ろした。もはや『天の声』と理緒の声を区別することもできなくなっている。
「お脱ぎになって。そうすると服の重さがなくなって、とても軽やかな気分になれますわ」
『それは全然おかしなことではありません。ベッドに入るのには服を脱がなければならないんです。服を脱がなければあなたはベッドで眠ることはできません』
 理緒と『天の声』とに二重にささやかれ、彩子の自我は泡雪のように溶かされていった。
 彩子はジャージの上を脱いだ。Tシャツの裾に手をかけ、めくり上げる。ついさっきまで体を動かしていた名残の、甘やかな汗のにおい。理緒がうっとりと鼻をうごめかせる。ストラップの太い、ベージュのスポーツブラがあらわれた。拘束具を外すような感じでそれも外し、床に放り捨てる。乳房はそれほど大きくないが、発達した胸筋に支えられ、形よく盛り上がっている。
 ほとんど倒れこむようにしてベッドに腰を下ろし、下もずり下ろした。パンティは飾り気のないグレー。小振りなヒップはこれも鍛えているだけあって引き締まり、溌剌としている。
 脱衣してゆく彩子を見つめる理緒の目から普段のおぼろげな感じが消えてゆき、獰猛と言ってもいいくらいの強い光があらわれてくる。
「どうぞ」
 下着一枚になった彩子は誘われるままに理緒の隣に潜りこんできた。
「さあ、目を閉じてくださいな。すうぅっと力が抜けて、楽になりますわよ。そう、ほうら、とっても楽うぅになる。何も悩むことのない、深あぁいところへ、ゆうっくりと、沈んでいきますわ……」
 彩子はすぐに軽い寝息をたてはじめた。
 理緒は身を起こした。
「……はあ、何てお美しい方なのかしら。たまりませんわ……」
 爛々と目を光らせながら彩子にキスしかけ、はたと思いとどまって首を振る。
「ああ、でも、いけない、わたくしはこの方のお悩みごとを解決してさしあげるのが使命なのです」
 ベッドから降りた。
「……誤解しないでくださいまし、天使様、わたくしが服を脱いでいるのは、この方の心を安らかにしてさしあげるためなのですわ。人肌のぬくもりがこの方には必要なのです。本当ですとも、決してこの方とねんごろになりたいとか、姦淫をなしたいとか、一緒に天にも昇る心地になりたいとか、そのようなみだらなことは少しも考えてはおりませんわ。信じてくださいますね。信じてくださることを理緒は信じております。……それにしても、こうなるとわかっていたらもう少し色っぽいものをつけてくるのでしたわ。わたくしのモットーに反してしまいましたわね……いえいえ、これは独り言です、お気になさらないでくださいまし」
 理緒もまたパンティだけの姿になった。白地に、真っ赤なサクランボがいくつかプリントされている。
 制服姿からは想像もできなかったほどに胸が大きい。やや上向きの乳首はもう尖って突き出している。ウェストは細くくびれ、男という男が飛びついてきそうななまめかしい肉づきの下半身へと続いている。
 髪を後ろへやるついでに、丸く細い肩越しに背中に目を向けた。
 両の肩胛骨の辺りから、神秘的な輝きを放つ小さな翼が二枚生えている。
「まだこれしかないですけれど……この方を救ってさしあげれば、もう少し大きくなりますわよね、きっと」
 理緒は自分にしか見えない翼を軽くはためかせると、微笑んで彩子に向き直った。

「あなたはだんだん小さくなっていきますわ。子供に戻っていきます。小学生ぐらいに小さくなりました。まだまだ小さくなりますわ。幼稚園に戻りました。小さくなればなるほど、辛いことも苦しいこともなくなって、幸せでいっぱいになりますのよ。さあ、あなたはもう赤ちゃんですわ」
 彩子は顔の前で握り拳をつくり、普段の凛々しい姿からは想像もできない、可愛らしい笑顔をつくった。
 理緒はベッドに入り、その彩子の頭を抱えこむ。
「さあ、おかあさんのおっぱいをあげますわ。おっぱいを口にすると、すごく満たされた気分になるのです。あんまり気持ちよくって、もう他のことは何も考えられません」
 彩子はとろんとした目を開き、目の前に差し出された理緒の乳首に吸いついた。
「あ……そ、そうですわ、歯を立ててはいけませんの。あなたは噛むことができませんのよ。優しく、やわらかく吸うのです。……あ」
 悶えて暗示を与えられなくなった理緒に代わって『声』が言う。
『おかあさんのおっぱいを沢山飲みましょう。とってもおいしいおっぱいです』
 彩子の喉が鳴る。
『飲みこんだおっぱいは、体に吸収されていって、あなたの体中に広がっていきます。あなたの悩みも、苦しみも、いやなことは全部追い出されていきますよ。さあ、どんどん飲みましょう。おっぱいがいきわたって、いやなことがすっかりなくなるまで飲んでください』
 やがて彩子は満足しきった表情で口を離した。
 ふううと大きなため息をつく理緒。その頬はすっかり上気している。
「ああ、もっと……」
 理緒は憑かれたようになって彩子の体に手を伸ばした。脇腹から腰にかけてさすり、太腿の間に指を差しこんでゆく。
「うあああ、だあ」
 彩子はくすぐったそうに身をよじり、赤ん坊言葉を上げた。
「……いけませんわ、また我を忘れるところでした」
『あなたはまた大きくなっていきます。だんだん、だんだん大きくなっていきます。それに合わせて、折角忘れたいやなことがまたあなたの中に積み重なってきてしまいます。さあ、あなたは高校三年生に戻りましたよ。あなたは色々悩んでいますね。苦しいことが沢山ありますね。それがものすごくつらい。つらくて、苦しくて、泣きたいくらい。
 これからあなたは目を覚まします。目を覚ましてからも、その泣きたい気分はずっとあなたの心に残っています。けれども、目の前にいる飛鳥さんに抱きつけば、楽になります。服を着ていないことは何にも気になりません。今感じた赤ちゃんの安らぎを、彼女の肌に触れるともう一度味わうことができます。わかりましたね』
 三つ数えて、はいと理緒が言うと、彩子はぼんやりと目を開いた。
 辺りを見回し、自分がどういう格好でどこにいるのかは認識したものの、与えられた暗示の通り、全然気にならないようだ。
 沈んだ表情になり、自分の体を抱くようにした。
「せんぱい、お悩みごとがあるのでしたら、わたくしに話していただけませんか?」
 理緒が声をかけると、彩子ははっとした。
 隣に寝ている裸の理緒を見つめ、震える。
 歯をくいしばるようにしてこらえたのも一瞬、瞳に涙が盛り上がり、理緒を押さえこむようにしてのしかかってきた。
 豊かな理緒の胸に顔をうずめ、嗚咽を洩らす。
「何でも話してくださいまし。わたくしはどんな悩みでも受け入れて解決してさしあげますわ。言うととっても安らかな気持ちになれますことよ」
 彩子はやがて告白しはじめた。
「あ、あたし…………男みたいに言われて、女の子から慕われるの、イヤなんだ! でも、でも、女の子らしくするの、あたしには似合わない、全然駄目、だけど、女の子らしいことしたい、可愛い服着たい、男の子とつき合いたい!」
「そうでしたの……」
 理緒は泣きじゃくる彩子の頭をなでてやりながら、思案した。
「では」
 理緒は彩子の顔を上げさせ、『瞳』を光らせた。
 彩子の泣き顔がうつろに変わる。
『今から三つ数えると、あなたは、とっても可愛らしい、あなたが夢見ていた通りの女の子になります。いいですね』
「ひとつ、ふたつ、みっつ。はい」
 理緒が頭を軽く叩くと、彩子はびっくりしたようにまばたきし、表情を取り戻した。見た目ではそれまでと変化はないものの、それまでの、体の中にぴんと張りつめていたものがなくなっている。
「せんぱい」
 理緒の声を受け、その裸の姿を見て目を丸くする。自分も同じ格好であることに気がついて、毛布にくるまり、悲鳴を上げた。
「きゃああ! いやあ! ……」
 凛々しさのかけらもない、か細い声だった。
「か、可愛いですわ……」
 理緒の瞳がぎらりと燃えた。
 彩子の腕をつかみ、強引に引き寄せる。抵抗は弱々しく、やすやすと理緒は彩子を抱き寄せることができた。
「いやあ…………やめてえ……」
「ああ、そうです、そうですわ、可愛らしい彩子せんぱい……。あなたはもうわたくしには逆らうことができないんですわ。だって、せんぱいは荒々しいことのできない、か弱い女の子なんですもの……」
 理緒は彩子の唇を奪った。
 彩子はもがく。両腕で理緒を突き放そうとする。だがその力はあまりに弱く、がっしり抱えこんだ理緒の手をほどけない。
『あなたは体を触られていると次第にいい気持ちになってきます』
 必死にもがいていた彩子の動きが、やがて衰えてきた。
 理緒が糸を引く舌を抜きつつ唇を離すと、はあはあと荒い息をつきながらも、頬を赤らめ、どうしていいかわからない困惑した表情をあらわす。
「せんぱいに、まずは女の子の喜びを教えてさしあげますわ」
 理緒は彩子を押し倒した。
「いやあ! いや、いや……やめて…………いやよ……」
 理緒の手が巧みに彩子の全身を這い回る。舌が胸を捉える。乳首が柔らかくこね回される。彩子の体がびくりと跳ね上がり、のたうちはじめる。
「あ…………」
「いい気持ちでしょう? もっともっと気持ちよくなりますわ。か弱い女の子は、相手のなすがままにされると、ものすごい快感を味わうことができるんですのよ」
“女の子”である彩子は、その言葉にさらに抵抗力を失っていく。
 やがて、嫌悪の涙を流しながらも、体が快楽に支配されてなまめかしくくねり出す。
「あ……いや……そんな所、やめて……触らないで……」
「じゃあどうしてこんなにしていらっしゃいますの?」
「いやあ……」
「さあ、邪魔なものは脱がしますわよ。お尻を上げてくださいまし」
「………………」
 彩子は泣きながら従った。
「足を広げて」
「いやよぉ……」
「そう、とっても恥ずかしいんですわね。でも、逆らうことはできませんの。あなたは可愛らしい、荒っぽいことなんかまるきりできない女の子なんですものね」
 理緒の手が強引に彩子の足を広げさせる。彩子は両手で顔を覆って泣き声をもらすばかりで、足には少しも力が入らない。
 秘裂を指がさすりはじめると、さすがに彩子の目に力がよみがえってきた。
「や、やめろ!」
「あらあら、女の子がそういう言葉づかいをしてはいけませんことよ」
 理緒は一旦愛撫を中断して彩子の頭をはさみこんだ。
『瞳』がそれまで以上に強烈に輝く。
「あなたはわたくしにどんなことをされても抵抗することはできませんわ。なぜって、それはわたくしがあなたのおねえさまだから。わたくしはあなたより全てにわたって優れた、絶対に越えることのできない存在なのです。あなたは小さい、か弱い、わたくしにいつも守られている、わたくしの可愛い彩子。わかりましたね。わかったら、お返事なさい。わたくしはあなたの何ですの?」
 彩子の抵抗する意志がみるみるとろけてゆき、自分を押さえつけている理緒を見つめる目が恍惚となってくる。
「お……ねえ……さま……」
「そうですわ。あなたはわたくしの可愛い彩子。彩子、こう呼ばれるとあなたはわたくしの言うことをなんでも聞きたい気分になるのですわよ。わたくしの言うとおりにするとあなたはとっても幸せになるのです」
「はい…………おねえさま……」
「では彩子、あなたの脚を開きなさい」
「…………」
「彩子。わたくしの言うとおりになさい」
「は……い……」
 凛々しい顔立ちは弱々しく歪み、鍛えられた脚が大きく開かれた。
 すかさず理緒の指が割れ目に滑りこんでゆく。
「あ……!」
 彩子は腕を伸ばして理緒の肩をつかみ、涙目でかすかに首を振る。
「ああっ、もう、可愛いっ!」
 理緒はたまらず彩子にまたキスをする。今度は彩子の方からおずおずと舌を差し入れてきた。理緒は満面を興奮の朱に染めて、彩子を強く抱きしめ、一気に指を深くつき入れた。
「きゃああっ!」
「ああっ!」
 彩子が悲鳴を上げるのにあわせて理緒も身を大きく震わせた。
「……はあ……」
 理緒は酔っぱらったようにとろんとなり、彩子から離れて天井を向いた。
「イッてしまいましたわ……」
 愛液まみれの自分の指を見る。ぬめ光る中に、わずかな紅色が混じっている。
「はじめてだったのですね……」
 彩子は脚を閉じることも忘れ、両手で顔を覆ってしゃくり上げている。
「お気になさらないで。これは女の子ならどなたでも経験することですのよ。それとも、わたくしがはじめての相手ではイヤですの?」
 閉じた両手の間から、すっかり理緒のものになってしまったと自覚した彩子の、健気な視線がのぞいた。
「……いえ…………理緒おねえさまなら…………」
「彩子!」
 理緒は感動に震え、今一度彩子にのしかかっていった。
 やがて、彩子の甲高い悲鳴があがり、しなやかな脚が宙に浮き上がって痙攣した。
「わかりまして? それが、イクっていう感じなのですよ。とてもいい気持ちでしょう。また味わわせてあげますわ。わたくしに触られていると、あなたはすぐに今と同じようになることができるんですのよ」
「ああっ、いい! おねえさま! 気持ちいい!」
 ほんの数分としないうちに、再び彩子は絶頂に押し上げられた。
「まだですわ、まだ終わりませんのよ。あなたに女の子の喜びを骨の髄まで教えこんでさしあげます。女の子に愛されることしか考えられないようになるまで、あなたを何度でも何度でもイかせますわ。覚悟なさい」
「教えて、教えて、おねえさま、ああっ、また、あ、イク、イッちゃうう!」
「男とつきあおうなんて考えてはいけませんわ。それはあなたを不幸にしてしまいますもの。こうやって、女の子同士愛し合うのが一番幸せで、美しいことなのですわ。そうでしょう、彩子?」
「あっ、ああん、そう、はい、女の子、いいです、あ、イクう!」
「あなたは女の子。こんな風に愛されるのが大好き。あなたは女の子に愛されるのが大好き。だから、何回でもイクことができますわ」
「ええ、そう、あたし、女の子、おんな、おお、あっ!」
「まだですわ、気を失ってはいけませんわよ。今度はわたくしのここも、触っていただけます? ……そう、最初は静かに、だんだん強く、時には荒々しいくらいに大胆に……あん!」
「おねえさま、ここ? ここが気持ちいいの?」
「そうですわ、そこを、もっと、円を描くように……」
「おねえさまのここ、とってもきれい……」
「あっ! 彩子、いいわ、じゃあ、あなたのも、あん、な、舐めてあげる……」
「ああっ! いい! すごい!」
「手を止めないで。でないとやめてしまいますわよ」
「いやあ! やめないで!」
――――。
 ふたつの体は白泥と化して絡みあい、やがてそろって長々と悲鳴をあげて動かなくなった。

「………………」
 先に汗まみれの裸体を起こしたのは理緒。ベッドから降りて図々しく保健室そなえつけのタオルを取り出し、給湯器の元栓を開けてお湯を流す。しぼったタオルから湯気が上がる。体を拭く。もっとも理緒は図々しいなどとはかけらも思っていない。お前のものは俺のもの、俺のものは俺のもの。かつてとある人物が語った名言が彼女のお気に入りである。
 服を身につけて、ベッドに戻る。
 彩子の意識は快楽天へ飛び去ってしまっていた。
「彩子。彩子。彩子ちゃん。おねえさまの声が聞こえませんか? お返事してくださいな、彩子ちゃん」
 体を揺すりながら呼び続けていると、しばらくしてやっと彩子の目がわずかに開いた。
「わたくしのことがわかりますか? わたくしは誰ですか?」
「………………お……ね……え……さま……」
「そうですわ、彩子はお利口さんね」
 頬にキスすると彩子は子供みたいににっこりした。
「可愛い女の子でいることは幸せでしょう?」
「……はい…………あたしは……幸せです……」
「わたくしのものになるのは嬉しいでしょう?」
「はい……あたしは、おねえさまのものです……」
「それでよろしいですわ。じゃあ、体を拭いてあげますからね」
 熱い濡れタオルをあてられ、彩子は心底から安らいだ表情になった。
「彩子、お人形さんになってくださいな」
 ふと思いついて理緒は言う。途端に彩子から四肢を律する力が抜けた。
 脱力したわけではない。抱き起こすと上体がそのまま固まる。腕を持ち上げるとそのままでいる。目の前を理緒が横切っても、視線は真正面を向いたまま動かない。
 理緒はそんな彩子に、一枚一枚服を着せていった。
「大きな着せ替え人形。こんな遊び、前からしてみたかったんですの。こうやってわたくしに服を着替えさせられるのもとっても楽しい。そうですわね、彩子」
 彩子を元通りのジャージ姿に戻すと、理緒は直立して突っ立っている彩子の目を閉じさせ、その額に自分の額の『瞳』をくっつけるようにした。
「わたくしの声をよく聞いてくださいな。あなたはこれから目を覚ましますわ。すっきりしたいい気分になって、いつものあなたに戻ります。でも、保健室であったことは全部忘れてしまっていますの。何も思い出せませんわ。でも、可愛らしい女の子になって、ものすごくいい気持ちになったことは、あなたの記憶の奥深くに刻みつけられて、絶対に忘れられないのですよ。普段はどうやっても思い出すことはできないのですけれども……」
 少し考えこんだ。
 バービーは似合わないし、リカちゃんというにはちょっと、友達が沢山いますからやっぱりジェニーですわねとぶつぶつつぶやく。体操着ジェニー、バレー部ジェニー、バレージェニー、いまいち。
「……ジェニーちゃん人形を知っていますね」
「はい……」
「あれはとっても可愛いお人形ですわね。では、わたくしが『彩子ジェニー』と言うと、あなたはジェニーちゃんみたいな、とっても可愛い女の子に、わたくしの可愛い彩子に戻るんです。わかりましたね。いつもは全然思い出せません。でもわたくしが『サイコジェニー』とあなたに告げると、あなたはいつでも、どんなときでも、わたくしの言うことを何でもきく、可愛い彩子になることができますのよ」
 理緒は彩子に最後のキスをした。
「残念ですけれど、今日はここでおしまいですわ。今から数を十数えると、あなたは何もかも忘れて、いつも通りの部長さんに戻ります。でも、その時にはあなたを苦しめていた色々な事柄が全部どうでもよくなって、全然気にならないようになっています。もしまだ心が落ち着かないようでしたら、わたくしのところへいらっしゃい。また楽にしてさしあげますから。では、一つ、二つ……」

「……じゃ、またな。よかったらまた見学にきてくれよ」
 外がいつの間にか暗くなっていることに首をかしげつつも、格好良く告げて彩子は去ってゆく。
 相変わらず颯爽とした後ろ姿を見送り、保健室前の廊下に一人残った理緒は、暗がりの中で背中をのぞきこんで満足げに微笑んだ。
「これであの方の悩みもなくなるでしょう。無事解決できましたわ、天使様。わたくしの羽も、一枚くらい増えるでしょうか。お使いの方がいらっしゃるのを心待ちにしておりますわ」

 宵闇に沈む天上高校に、どこからともなく白い鳥が飛んできた。
 大きさから言えば鳩だ。ただ、それにしては羽ばたき方がやけに重々しい。大鷲のように優雅な飛び方をしている。
 目的地が決まっているかのように、まっしぐらに校地内の一画に向かった。
 と、そこで鳥はいきなり羽毛を散らした。
 くるくる回転して落下したところに、一体どうしてそんなところにそんな連中がいるのか、闇に溶けこむような迷彩服を着て、銃を手にした男たちがいっせいに飛びかかってきた。
「隊長! 今夜の夕食、確保いたしました!」
「む、一年、よくやった!」
 ……サバイバルゲーム同好会の、夜間訓練であった。
「お、こいつ、まだ生きてるぞ」
「ナイフを使え」
『やめんか!』
 人間のものとは思えぬ響きの、しかしひどく人間くさい怒鳴り声が轟いて、ストロボを焚いたような閃光がはしった。
 一瞬浮かび上がった五つの人影は、頭の中が真っ白になってよろめき、重なりあうようにして倒れてゆく。
「何だ、今の光は」
 校舎、校地の至る所からわらわらと出現する、百鬼夜行めいた生徒たち。
「むむ! 見たことのない鳥だ!」
 暗視スコープを装着した生物部員たちが、手に手に網や鳥もちを持って校庭に飛び出してくる。文化系とは思えぬ、忍者のような敏捷な身ごなしだ。
「何かは知らんが、生物部に負けるわけにはいかん!」
 化学部員たちが三階の窓からロープを垂らし、レンジャー部隊のようにぞろぞろと滑り降りてくる。
 鳥は慌てて空に逃れた。
「あれか? 空なら僕らの縄張りだ!」
 ハンググライダー同好会が屋上から飛び立ち、闇のどこかへ落ちてゆく。
「馬鹿なやつらだ」
 特別教室のある第二校舎の窓から、ラジコン研究会の操る戦闘ヘリ(自作品)が爆音をあげて発進する。
 鳥は未練げに校舎の周りを周回するが、どこへ降りようとしてもそのたびに発見され追い回されるので近づけない。
 やがてあきらめたように夜空の彼方へ飛び去っていってしまった。
「……お使いの方はいらっしゃいませんわね。どうなさったのでしょう……。
 あ、みなさま、おはようございます。今日も一日お疲れさまでした」
 右へ左への大騒ぎの中を、何が起きているのかまったく気にかけることもなく、礼儀正しく皆に挨拶しながら理緒は一人下校していった。

 数日後、女子バレー部の部長が女の子に手を出したという噂が校内に流れた。
 しかし、変人だらけの校内では今更その程度では大したニュースにはならなかった。かえって女生徒たちの間で長田彩子の人気は上昇した。元々、そうでないのが不思議なくらいの男装の麗人だったのだ。
 バレー部の部員には何もしないが、それ以外の所でかなり派手に活躍しはじめたらしい。熱狂的な親衛隊が結成されたとも聞こえてきた。無論女の子ばかりである。
(天使様、あの方は幸せになることができたようです。わたくしはまたひとつやりとげましたわ)
 理緒は両手を組んで祈りを捧げつつ、アフターケアも忘れてはいけませんわね、サイコジェニーサイコジェニーとつぶやいて廊下を体育館の方へ歩いていく。
「でも、不思議ですわね。どうしてなのでしょう」
 理緒は肩越しに振り返る。
 背中の黄金の翼は、前と全然変わっていないのであった。


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