HITOMI

ACT-04

作:kurukuru さん


「あー、もう背骨ボロボロ……」
「ばかね、マジに1時間もやることないのに」
「でも、あのコーチ怖いんだもの。サボったら何されるか……」

 二人が廊下で話しているとクラスメートのカオリが慌てた様子で駆け寄ってきた。
   
「ヒトミ、大変よ!!」
「カオリ、どーしたの!?」

「いーから、早く来て。掲示板のところ!!」

 廊下にある掲示板の前には、びっくりするほど大勢の生徒が集まっていた。
 しかし本当に驚くべきは、全員の視線が集まっている張り紙に書かれている内容であった。

第13回ヒュプノファイト代表

3年 伊集院エリカ
1年 夢見坂ヒトミ

以上2名は放課後、教員控室に来ること。

「うそ〜〜〜!!!」

 ヒトミとユミは、他の生徒達の好奇の目にさらされながら、やっとのことで教員控え室の近くまでやってきた。
「ど、どーしたのよヒトミ、そんなに慌てて。コーチの控室に行くのは放課後のはずじゃ……」
「待てないわよ〜!!だって、どー考えてもおかしいもん、あたしが代表だなんて!!早くコーチに言って取り消してもらわないと……」
「そ、そう……そうよね……うん、じゃ、頑張ってね」
「……って、ユミぃ、ついてきてくれないの〜!?」
「無理だって。あたしたち生徒には全員、控室には許可無しでは絶対に入れない禁止暗示がかけてあるのよ。知らなかった!?」
「え、そ、そうなの!?」
「そうよ、これ以上進もうとしても足が動かないの。今日入れるのはコーチに呼ばれたヒトミとお姉さまだけのはずよ」
「う〜……しかたない。覚悟を決めて……」

 控室は教員ごとに個室になっている。
 「北条」と名札のかかった部屋に一人近づいたヒトミは、ドアが少し開いているのに気づいた。
「不用心……あ、そーか暗示かけてあるから誰も入れないのね……」
 ちょっと隙間から中を覗く。
「納得いきませんわ!!」
(え!?……お姉さま!?)
「確かに、ヒトミはマリア夢見坂の娘ですわ。素質はあると思います。でも彼女の今の腕前じゃ……ご存知でしょう?あの伝説のマジシャンと言われてたマリア……」
「知ってる」
「私は……マリア夢見坂の最後のステージのスタッフだったからな……」
「スタッフですって!?」
(コーチがお母さんの!?)
「最後のって……あの悲劇の……それでヒトミをメンバーに?」
「……答える必要はない」
「そうはいきませんわ。ヒュプノファイトには、学院の名誉がかかってます。納得いかないメンバーの選出には従うわけにはいきません」
「どうするつもりだ?」
「あなたにメンバーを選ぶだけの資格があるか試させてもらいますわ」
そう言うと、エリカはコーチの方へ一歩踏み出した。
(お姉さま、まさかコーチに催眠を……)
 エリカは、さっと金色のペンデュラムをコーチの目の前にぶら下げる。ペンデュラムは、薄暗い部屋に射し込む窓の光を反射して、強い輝きを放った。
「さあコーチ、このペンデュラムを見て。あなたのはこの輝きから目をそらせない!!……そう、もう絶対にそらせない!!」
「よぉく見て……キラキラ光ってとっても綺麗でしょう……」
「光を目で追うのよ……右に左に……そうら光がたくさん見えてきたでしょう……とっても綺麗でやさしい光の波……あなたはその波に包まれます……さあ体と心を光の波にあずけましょう……」
「ゆったりとしてとってもいい気持ち……瞼がだんだん重くなってきます……重く重ぉく……でもまだ目を閉じてはだめ……光を見つめ続けるのよ……」
「輝きがどんどん強くなってきて、目を開けているのが辛くなってきた……そぉらそら、もう目を開けてるのが辛くてたまらない……」

 サングラス越しなので、コーチの目の様子がよく見えないが、エリカには自信があった。
「さあコーチ、もう目を閉じてもよくってよ……」

 だが……
「うぬぼれるなッ!!」
催眠状態に入っていたと思ったコーチが、いきなり立ち上がりサングラスを外す。
「え、傷……!!」
 エリカが驚いて体の動きを止めた一瞬、コーチの手がすっと伸びてエリカの頸動脈を押さえる。
「お前の体から血が抜ける……私の手がお前の血を吸い取っていく……どんどん血が抜けていく、血が抜けていく、血が抜けていく……止めようとしても止まらない、止まらない、止まらない……」
「あ、あ……」
エリカの顔がみるみる青ざめていく。
「頭がぼんやりしてくる……もう体に力が入らない、入らない……体から血が抜けて力が入らない」

(うそ……お姉さまが……)
 ヒトミは信じられなかった。この学院の教師クラスでも、エリカに瞬間的に催眠をかけられる者など数えるほどしかいないはず。
 エリカの体がぐらりと傾きかける。
「お姉さま!!」
ドアが勢いよく開き、ヒトミが飛び込んできてエリカの体を支える。
「お姉さま、しっかり!!お姉さま!!」
 エリカの手をとったヒトミはギョッとした。まるで氷のように冷たくなっている。
「教室へ連れていってやれ。すぐに元に戻る。……話はまた明日だ」
「お姉さま!!お姉さま!!大丈夫ですか!!」
「…………」
 たかが暗示で、人間の体にこれほどまでの変化を起こさせるなんて。ヒトミは今まで見たこともない催眠術の威力にぞっとした。
 エリカに肩を貸し、ヒトミは教室ではなく、保健室へと向かう。
(いやだ、代表に選ばれるのももちろんだけど、なによりあんなコーチの特訓を受けるなんて……)
(あのコーチね、前にいた学校ではバンパイアって呼ばれてたらしいのよ)
 ヒトミはユミの言った言葉を思い出していた。

つづく