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今日、ちょっと心に書き留めておきたいこと。。

2009年6月11日 (木)
懐かしい思い出

昨夕ワイキキに出てみると、とても波が高かった。冬のノースショア並みの荒い波が押し寄せていて、地元のサーファーたちが見事な波乗りを見せてくれていた。最近高波がサウスショアに押し寄せているらしい。

昨夜は時差のせいか、一時間半おきに目が覚めてよく眠れなかった。おかげでいつになく早起き。カラリとした朝の空気を十分に楽しめたが、今日は暑くなりそうな気配がする。

11時にプリンセスカイウラニホテルで日本からのお友達Sさんと待ち合わせ。彼女もフラ、ウクレレを趣味としている人。その関係のグループとともにハワイ入りしているので、フラのパーティに出たりライブを見たり、ナホクハノハノアワード(ハワイ音楽のレコード大賞のようなもの)の会場に出かけたりと忙しい日程をこなしているらしい。

その彼女をランチに誘ったのはビーチウォークにあるお蕎麦屋さん。二人が選んだのは、「納豆ぶっかけそば」。
およそハワイらしくないメニューだ。せっかくハワイに来ているのにSさんには申し訳ないと思ったが、今日は時差のせいもあり、私は脂っこい西洋風のものを食べる気がしなかったのだ。
でもこれがよかった。日本でもなかなかこんな美味しいお蕎麦は食べられないわよ、、とSさんも喜んでくれた。

そのあとは改装されてきれいになった「アウトリガーリーフホテル」のビーチ沿いのコーヒーショップでおしゃべり。楽しいひと時だった。
以前、このホテルの一角にあった野外ステージにフラのK先生が、ソロ出演していたことがあった。ある晩、憲さんと一緒に見に出かけたら、急に舞台に呼び上げられて、当時習いたての ”ナニ カウアイ” をプロの生バンドの演奏で踊らせてもらったことがある。あのときは、K先生を恨みたくなるほどにあがってしまったけれど、 今となってみれば、憲さんが見てくれた唯一の私の舞台になった。胸が痛くなるほど懐かしさがこみ上げる場所である。

ハワイの水は火山岩に降る雨がきれいにろ過されているから、ミネラル分も多いし、だからおいしいのだ、、と思っていた。
家ではずっと「ブリタ」を使ってさらにフィルターを通して使っていて、たしかにハワイの水はおいしかった。
ところが今回「ブリタ」のフィルターを切らしてしまって、やむなく水道水のままを使ってお茶やコーヒーをいれることになってしまった。
いつものお茶やコーヒーなのに、おいしくない。味がちがう。お茶の色もよくない。
ハワイの水は石灰分が多いことはわかっていたが、こんなにおいしくないとは思わなかった。いまさらながら新発見。

あわてて「ブリタ」のフィルターを買いに行って、水をこしてから試してみると。。。。ちがう!!
やはり「ブリタ」はすばらしい。
お茶が本来の味になり、コーヒーの香りも戻った。
おかげで今日は満足してゆっくり眠れるかな。。
時差ももう少しで取れそうだし。。。

と思っていたら、夜おそくフラのK先生の8月の来日の件で、連絡が入ってきた。日本でまたレッスンをしてもらえそうで、その予定を立てる作業が始まった。楽しみだ!
2009年6月10日 (水)
7週間ぶりのハワイ

今朝8時半、約7週間振りにハワイへ戻ってきた。
ホノルル空港に着く2時間ほどまえから飛行機の左側の窓からロマンティックで雄大な朝焼けの空が見え始める。機内ではそろそろ朝食の準備が始まり、時差でボーっとした頭をむりやりコーヒーで目覚めさせる。ハワイへ戻ってきた。。と思う瞬間だ。

やはり機内ではマスク姿が目立った。新型インフルエンザ、ハワイではいままでに合計198名の人に感染が認められたといい、ついにカウアイ島にも一人患者だ出たとか、ラジオのニュースが伝えている。

今日は若いお友達Kちゃんが車で空港まで迎えにきてくれることになっていた。ところが日本を出発する直前、Kちゃんからメールが入った。「急な仕事が入って、空港には行けなくなったの。私のボーイフレンドが代わりにお迎えに行きます。彼は黒のホンダに乗ってますからね」とのこと。私はKちゃんの ボ ーイフレンドと面識がない。果たして「黒のホンダ」だけでわかるものだろうか?ちょっと心配だったが「まあ何とかなるわ」とお言葉に甘えることにした。

空港の外に出ると、到着した人たちを迎えにくる乗用車が次々に目の前を通り過ぎる。目を凝らして黒のホンダを待った。と、すぐにそれらしき車が目の前に停まった。「マーク?」「キョウコ?」と確かめ合い
握手をしてご挨拶。

こんなとき、外国では長い挨拶を交わさなくても、すぐに友達のような話ができるようになる。これが私には心地よい。
「まあ、はじめまして。キョウコです。お忙しい中をわざわざ来ていただいてありがとうございます。本当によかったのかしら?恐れ入ります。Kちゃんにはいつもお世話になっているんですよ。。」と最低限これくらいのことを言わないと初対面の挨拶にはならないだろう。

今日の私たちの場合「マーク?」「キョウコ?」「お会いできてうれしいです」と握手。それで挨拶は終わり。早速重い荷物を車に積み込んでもらい、私は助手席に乗り込み、我が家を目指した。

道案内をしながらマーク君とおしゃべりをしているうちにすぐ我が家に到着。マーク君はブルーアイズでハンサムなコネチカット州出身のアメリカ人だった。また新しい出会いがあってうれしい。Kちゃんに感謝!

我が家に着くとさすがにほっとした。冷蔵庫で2ヶ月間冷え切っていたチェリーコークでのどを潤す。まずようこちゃんに電話。体調を崩されていたので心配していたけれど、お元気そうでよかった。あさってお会いしましょうと約束。
別のお友達Bさんからは「もう着いたかな。。。と思って」と電話をもらった。彼女も闘病中だけれどとても元気そうでよかった。

そう思ったとたん、急に睡魔が襲ってきて、2時間ほどお昼寝をしてしまった。これからシャワーを浴びて、ワイキキを散歩。近くのお店でテイクアウトの夕食にするつもり。冷蔵庫はほぼ空っぽだし、普通の生活になるまで数日はかかりそうだ。

お昼過ぎ、日本での仕事を終えて昨日ハワイに戻ったばかりのフラのK先生から、早速連絡が入った。8月の日本での仕事についての相談だった。
あらまあ、また少し慌しくなりそう。。。

久しぶりにホノルルの夜空の星を眺めて、今日は早めに寝ることにしよう。
2009年6月7日 (日)
ああ、ごめんなさい。知らなかったの。。。

昨日、フラのK先生の日本での一連のプロジェクトを無事終えた。成功してうれしかった。ほっとして、今朝は大幅に寝坊。

久しぶりの太陽と青空が窓一杯に広がりいい気分。
いつものようにハワイアンコーヒーをいれながら、PCをONにする。

何通かのメールが届いていた。その中にアメリカ人の親友の名前で"Tagged"
という写真をシェアし合えるツールへの招待メールがあった。常に写真を送りあっている友達の名前なので、便利なものを送ってくれた、、と思い込んだ。
それがいけなかった。。。

まずYさんから「このメールちょっとおかしいんじゃない?気をつけてね」と電話があり、次々と疑問のメールが送られてきた。中には当の私より先に気がついて私と共通の友人たちに「京子さんからのメールを開けないで削除して!」と連絡をしてくれた人もいる。私のアドレスブックからことごとく”Tagged"メールが配信されていたのだ。

すぐにすべての人に「私からの英文メールを開かないで!」というメールを配信した。沢山の人に迷惑をかけてしまった。。と、どきどきした。
外国人には英語で警告と謝罪文を。。ああ、大変!

それも間に合わず、すでに何人かは私からのメールに対応してしまった人がいて、もう、どうしよう!!!!

本当にごめんなさい!!

ひととおりの対応を終えて、気がついたら午後3時。
朝から思いがけないことで、コーヒー一杯しか飲んでいないことも忘れていた。「私は大丈夫よ、心配しないで!」とメールを下さった方のなかには、本当にご無沙汰していた人たちがいて、久々の交信になったりもした。

便利なインターネットで、誰もが知らないうちに被害者になり、加害者になるのだとあらためて怖くなった。

「まず、疑ってかかること」。。悲しいけどそれが現実なんだろうと思う。

今日は穏やかないい日曜日になるはずだったのに、大事なお友達まで巻き込んでしまう事態が発生して

本当に本当にごめんなさい!!!!!!
2009年5月22日 (金)
うれしいような、さびしいような。。

ハワイから帰ってきて、一ヶ月が過ぎた。
フラのK先生の5月末からの日本でのプロジェクトに向けてインターネットで仕事をしながら、たまにはマヤと遊び、深夜、スカイプでジャッキーに会う。ドイツとの時差の関係で、どうしてもジャッキーとのスカイプ対面は、深夜に及ぶ。

ゴールデンウィークには京都から高校時代の友人Aさんが来てくれて、5日間楽しい日々をすごした。二人で久しぶりに東京で「はとバス」にも乗った。
新鮮な気持ちで、新しい東京を見て回った。東京も変わった!!

新大久保のコリアタウンに出かけ、おいしい韓国料理を味わった。いろいろ話すうち、韓国が大好きな彼女の影響を受けて、私は俄然「済州島」へ行きたくなった。新鮮な魚介類、特にアワビが有名だと聞いて、食べたくなった。さしあたっての私の夢は「済州島」でアワビを食べることになった。
いつか必ず実現しようね!とAさんと約束。
楽しみがまたひとつ。。。


それからしばらくして、2泊で京都へ出かけた。
私と同じくハワイに長期滞在をしているKご夫妻が「京都旅行」をするというので、現地で合流することにした。京都には幼友達Nちゃん夫妻がいて、Kご夫妻とも面識がある。それなら「全員で集合!!」ということになったわけだ。5人で夕闇せまる祇園あたりを散策、Nちゃん夫妻のなじみのお店でゆっくりお食事。東京弁のK夫妻と京都弁の私たち三人のおしゃべりは深夜まで続いた。

別の日、Kご夫妻は憲さんのお墓参りをしたい。。とおっしゃってくださり、私は二人を案内して大徳寺へ。お墓は静かな由緒あるお寺の一角にあるので、観光していただくにもいい場所だ。

そこで、なんとも偶然の出会いがあった。
憲さんのお墓の近くにKさんと同じ苗字のお墓があった。由緒正しいお家柄らしく、立派なお墓だった。「あ、これひよっとして先祖のお墓かもしれない。今までよくわかっていなかったのだけど、一族に違いないよ」と顔を紅潮させて話されるK氏。お寺のご住職にゆっくりお話を伺ってみると、、やはり深いご縁のあるK氏のご先祖さまのお墓だった。

「何かに導かれるように、ここへきたんだね。。憲さんが呼んでくれたかな。。」とKさんご夫妻は感激の面持ち。私もとてもうれしかった。憲さんも喜んでいることだろう。

京都から帰ってきてすぐ、神戸、大阪に新型インフルエンザの患者が出た、、と大騒ぎになった。その影響が京都の観光業者にも出てきたらしい。
あれからたった一週間なのに、もう日本中大騒ぎだ。

もう少し冷静になれないものか、、と思う。報道が過熱しすぎだ。
「日本は、個人個人が自分のリスクに関して責任を持つという社会ではないからだろうが、もう少し冷静に!」
と言ったTVのコメンテーターの意見に賛成!!

ある年代以上の人が、免疫を持っていて罹患する可能性が少ないらしい。高齢者でよかった。。って思えることって、珍しい。
私も安全圏にいるんだけど・・・うれしいような、さびしいような。。。
2009年4月21日(火)
すき焼き

午後からマヤパパの御両親と、マヤとマヤママが我家へ。
マヤパパはアメリカ出張中なので、残念ながら今日はいない。
まず「ららぽーと」見物?をしていただいた。「まあ、こんなに大きなショッピングモールは見たことない!」と大いに驚愕されたようだった。

そして我家へ。。いまどきの日本のマンションの新しいシステムや、広い庭や施設にまた驚かれたようだ。日本を何度も訪れ、旅なれているお二人だけれど、なかなか普通の日本人家庭を見るチャンスはなかったのだろう。我々が海外旅行をしても一般のお家を見ることはないのと同じだ。

マヤと私は2ヶ月半ぶりの対面だったので、マヤはすっかり私を忘れているかも、、と、とても心配していたのだが、ちゃんと覚えていてくれた。そろそろとハイハイをして近づいてきて、ニコッと笑ってくれた。抱っこもさせてくれた。「バンザーイ!!」

「すき焼き」は食べたことがないというお二人だったので、今日は「すき焼きランチ」にした。
ガスコンロをテーブルに乗せ、この上でお料理しますよ・・まずこうして脂をとかしてね、、などと説明をしながら。

二人は青い目を大きく見開いて楽しそう。生卵はどうしても食べられないそうなので、彼らは卵なし。グツグツ味のしみこんだ、お肉や野菜をそれはおいしそうに食べて下さった。甘辛く味が濃いすき焼きは外国人にはおおむね好評だ。「今日のランチは最高!だった」と本当に喜ばれて、ホッとした。

「今度は是非、イスラエルへ来てね!」といわれて、私は思い切って質問した。
「イスラエルって危険が多いように思うけど、住んでいらして不安はないんですか?」
ご両親の答えがなんとも的を得ていた。
「僕達はね、逆に日本でマヤ一家が地震に合わないかと、いつも気にしている。日本人は地震の多い国にいてそれを承知で生きているから、その被害を少なくしようと、非難の方法など身につけているでしょ?テーブルの下にもぐるとか。。ね。私たちも同じ。いつ起こるか分からないことに対してそれなりの知識を持っている。危険ということに関しては同じことなんだと思っているよ」。。。と。

イスラエルでも人々は普通に生活し、楽しく生きている。ニュースで見る限り危険でいっぱいにもみえるイスラエルだが、現実はそうでもないようだ。

昨今、日本だって怖い事件をごくごく普通の人間が起こしている。これのほうが怖いような気もする。

いずれにしても安心して住める地球になりますように。。と思う。

明後日、お二人はソウル経由でイスラエルへ帰国する。今回は桜満開の日本を堪能されて本当によかった。

世界中を旅するお二人、次はどこへ行くのかな?
2009年4月20日(月)
異変

長く家を空けると、どこかなにか異変が起こる。
今回もやはり・・・

帰国から一日経った20日、車で出かけようとしたら、エンジンがかからない。
なんとバッテリーが上がり。こういうことになると、もうお手上げだ。そこでいつもお世話になっているニッサンのK君に「SOS」の電話をする。この日は彼の休日だったにもかかわらず、すぐに飛んできてくれた。彼の診断ではもうバッテリー交換時期だという。
即、近くのガスステーションでバッテリーを交換。ああ、これで一件落着。
車で用事を済ませるつもりだったけれど、今日はこの騒ぎで疲れて、取りやめにした。

明日、我家に来日中のマヤのイスラエルのおじいちゃん、おばあちゃんを迎えてランチをご一緒することになっている。マヤママとマヤとも久しぶりで会える。マヤパパは目下、アメリカに出張中で残念ながら欠席だ。

マヤパパのご両親を我家に迎えるのは初めて。マヤママのアイデアで、「すき焼きパーティ」をすることにした。今日はその材料を買い揃えた。気に入ってもらえるだろうか?

ご両親は親日家だ。マヤパパが日本に住み始めて以来、一年に一度は来日。一ヶ月滞在してゆっくり日本を楽しまれる。今回は桜を堪能されたし、昨年は富士山にも登られた。温泉、観光地、各地のお城など、私たち日本人よりよほどよくご存知だ。日本だけでなく、世界中を夫婦で廻っているとても元気なお二人だ。

なぜか外国人の親戚が多い私だが、いつも思うのは彼らの家族の仲のよさである。
家の娘たちもその中で、可愛がられ溶け込んでいる。
今では私までその中の一員に入れてもらっていてとてもうれしい・・
が、また明日は英語攻めだ。。。
2009年4月19日(日)
帰宅、そして・・

一日に日付を飛ばして19日午後、春霞の成田に到着。
思っていたより暖かくホッとする。
リムジンバスを待つ間に、マヤママに電話。
「ただいまぁ。帰ってきたよ!」「お帰り〜!!元気?」いつものことだが、この会話で日本での生活に戻る。

バスの窓から見える色とりどりの花々が美しい。
今の時期、ハワイで見られる花の数は少ないから日本のほうがカラフルだ。

帰宅したら、現実が待っている。よどんだ空気を入れ替えるために窓を開け放つ。
水道の栓を開けて少しの間水を流す。留守中にもうっすら積もったホコリがあるし、落ち着くまでに時間がかかる。とりあえずざっと掃除を済ませる。
そして荷解き。スーツケースの中にハワイの空気が残っているような気がする。

そうそう、冷蔵庫の中もカラ。
買い物は家に隣接したショッピングモールですべて済ませるから簡単だ。これは新居に移ってからはとても楽になった。助かる。

時差のせいでハワイから帰ると決まって早寝早起きになる。今日も夜9時過ぎには眠くなり、
テレビを見ていても焦点が合わなくなってくる。

寝る前に楽しみなお風呂。久しぶりでバスタブにゆったりつかる。お風呂だけはどの国よりも、日本のがいい。深い湯船となにより洗い場があるのがいい。シャワーも広いスペースで浴びられるし・・

ホカホカ温まって、そのままベッドへ。まだ10時前だが、ハワイ時間の夜中3時なのだから眠いのは当然といえば当然。
これを機に、早寝早起きを励行しようと思うが、、ダメだろうなあ。
2009年4月17日(金)
ヨットハーバークラブハウス

正午からのシニアライフ協会主催の昼食会に出かけた。
ようこちゃんをピックアップしてアラモアナのヨットハーバーのクラブハウスへ。。
すっかりハワイのお天気が安定して美しい日々が続いている。
青い海と空、そして停泊している沢山のスマートなヨットを見渡せるオープンエアのレストランは本当に気持ちがいい。

そこに十数名のメンバーが集まって和気あいあい、おしゃべりとともにランチをいただく。
今日もボリュームいっぱいのサンドウィッチを頬張った。シニアライフ協会といっても、若い人も大歓迎のグループなので、20代の人も初参加。80代まで幅広い年齢層がすばらしい。

ちょうどおとなり合わせに座ったKちゃんは、なんと24歳。純粋の日本人だけれどお父さんの仕事の関係でカナダ生まれ。その後サイパンからハワイお引越し。今は、カナダ国籍だという。一歩国外に出てみると様々な生き方をしている日本人に出会う。Kちゃんもその一人。彼女は日本語もきれいに話す。しかし、まだまだ日本語は勉強中だという。そんなKちゃんとすっかり意気投合。メールを交換することになった。若い人との出会いは、とてもうれしい。ようこちゃんもKさんとお友達に。。。これからはまるで親子3代のようなお付き合いが始まりそうだ。

また、同じ横浜からの長期滞在のご夫妻Nさんとも知り合った。ハワイでの家も近くだということがわかり、今後たのしくお付き合いできそうでうれしい。ご一緒に写真をとって
再会を誓い合った。Nさんご夫妻とは横浜でも会えるだろうし。。。
明日、ハワイを発つことが淋しくなってきた。
また6月に!!と皆さんと約束して帰宅。

帰ってみるとずーーっと、私の駐車場に置かれていた誰のものともわからないバイクが消えていた。昨日マネージャーから「帰国前に『このバイクは私のものではなく、2月からずっとこの場所に置かれていて迷惑しています。どうぞ、撤去して下さい』という英文書類を書き、署名をして置いて行ってね。必ず善処するから。。」といわれて、昨日、彼に書類を作って渡しておいたのだった。あまりに早い対応に、こちらがびっくり。
何はともあれ、スッキリした。

夜はまたメリーモナークの「カヒコ」を見るため、TVに集中。
コマーシャルの合間に、明日の帰国のための準備。

荷造りだけでなく、一応家の掃除も済ませておかないと。。だし、電源を切るもの、切らないものを考えねばならないし、パソコンもバッグにしまわなければならない。
なにかと落ち着かないまま、一夜が過ぎそう。

明日は朝7時にタクシーが来る。がんばって起きなくちゃ!
今回は、特に沢山の方々との出会いがあり、楽しい楽しいハワイになった。
後ろ髪を引かれつつ帰国する。

日本に戻ったあとも、事あるごとに日記を書こうと思っている。
ひとまず、ハワイにアフイホウ!
2009年4月16日(木)
メリーモナーク

いよいよ明後日、帰国。
スーツケースに詰め込むものはあまり多くないはずだったが、いざとなるとギュウギュウになってしまった。なぜなら今回は初めてウクレレを持ち帰ることにしたからだ。ケースごと入れると、スーツケースはたちまちいっぱいになった。ラップトップパソコンを手持ちで運ぶから荷物との格闘になる。それでウクレレをスーツケースに入れることにした。

午後からワイキキに出てお土産の追加を買う。以前に見つけておいたものを買うためだ。
それは練り香水。「南国の女神」、「アロハ」、「レインフォレスト」。。など嬉しくなるようなネーミングの練り香水が、可愛い木の丸い器に入っている。

ついでにフィットネスクラブに寄った。キャンペーン中だからと格安になる一年間の契約更新をした。衰える一方の筋肉をなんとか若く保つために、筋トレは必須だと思うから日本でもハワイでも続けることにしている。ハワイのジムは24時間オープンで年中ほぼ無休。それでいて日本よりずーーっとお安い。利用しない方がソン、という感じなのだ。また頑張らなきゃ。。

夕食は我家の冷蔵庫の整理。。帰国前はなにかと大変だ。
バラバラなお献立になりそうだったけれど、ようこちゃんがそれに付き合ってくれるというので、食材を持ち寄って我家作って夕食。お好み焼きにコールスローなどなど、なんともいえないメニューだったけど、おいしかった。

とはいえ、今夜はのんびり食事を楽しんではいられない夜だ。
ハワイ島で開催されているフラの祭典「メリーモナーク」のTV中継が夕方6時から5時間に渡って放送されるからだ。ようこちゃんとフラを堪能した。

私は長い間ハワイに通っているのに、この時期ハワイにいたことがない。ようこちゃんも今まで特に興味がなかったらしく、二人ともTVで「メリーモナーク」を見るのは初めて。

今夜は若い女性フラダンサーのトップを決める「ミスアロハフラ」の選考の夜。
深夜までTVに釘付けになった。一位には優雅でそして確かなフラをする人が選ばれた。
ハワイに生まれた人にしか醸し出せないものを改めて見せてもらったような気がした。
2009年4月14日(火)
天候回復!

天候回復!ハワイらしい太陽が輝きだした。
昨日、日本からのお友達Mさんご夫婦が到着。
今日は夕方までご一緒することになっている。

朝から3人で憲さんのお墓へ。
イースターのあとなので、お墓の芝生一面にお供えのお花がとても多く美しかった。ここではいつでも気軽に墓参をする人が多いので、各お墓に常に南国のお花が供えられているのだが、今日は特に色とりどりのお花があふれていて、すごい光景だった。Mさんご夫妻はお花とビールを用意してくださっていた。

お花を捧げ、三人でお墓のプレートを磨く。ハワイのお墓参りはちょっと風変わり。最後にプレートの腐食防止用のスプレーをかける。潮風で真鍮がさびやすいからだ。お墓がピカピカになったところでビールで憲さんと「乾杯!」。「憲さん、ビール好きだったものねえ。。」と三人で彼を偲んだ。今まで、どれだけ沢山の方々が彼の墓参をしてくださったことか。。本当にありがたいこと。
分骨して日本では京都のお墓に眠っているのだけれど、ハワイのお墓にお参りしてくださる方が圧倒的に多い。やはり憲さんのお墓をハワイにも作って本当によかったと思う。

そのあとレストラン「ハウツリーラナイ」でランチ。このところハワイらしい好天気が続いている。
真っ青な空と海を見ながら、憲さんの思い出話を。笑いながら、時には涙ぐみながら。。

午後は我家に来ていただいた。
M夫人はウクレレとフラを習っていて、すっかりハワイアンファンになっている。
フラに関しては話をする必要はなく、CDをかけてお互いに知っている曲を踊る。それが一番の楽しみだ。

一番の被害者はご主人で、ソファーに座ってたった一人の観客にならざるを得ない。
ビールの缶を片手に見ていてくださって感謝。本当はあまりフラを見るのが好きじゃないらしい。
ただし「上手なフラ」なら見ていて楽しいのだとのこと。「よろしかったら、しばらくの間どこかへお出かけになってもいいのよ。。」と言ったのだけれど、結局、最後までニコニコと見ていてくださった。
今日は我慢の数時間だったかも。。ごめんなさい。

夜は同じコンドにすむ友達Mさんと家でおしゃべり。
このところ、ゆっくり会っていなかったので積もる話が沢山あった。
気がついたら深夜になっていた。

せっかくハワイの天候がよくなってきたのに、もうすぐ帰国とは残念・・
でも日本も春爛漫のころだし、なによりマヤに会うのが楽しみ。
明日から、スーツケースを広げて帰国の準備を開始するつもり。。
2009年4月13日(月)
私は被害者なのよ。。。

今日は2回目のウクレレのレッスン。
今日は「アロハオエ」のおさらい。とても楽しくて一時間があっという間だった。今週末には日本に帰るのでしばらくレッスンには参加できない。残念だが仕方ない。ウクレレを持って帰って日本で練習、練習。先生の教え方が上手で、つい乗ってしまう。6月に戻ってくるまでに少しは上手になっていなくちゃ。。

それにしても私のウクレレがお粗末で、音が悪い。どう考えてもいやな音なのだ。他の人のを貸してもらったら柔らかい音で羨ましい。私のはやはり、ジャンクなのだ。ああ、いいウクレレが欲しいなあ・・
とまだ悩んでいる。

レッスンのあと、仲間とランチをするのも楽しみの一つ。今日は女性ばかり6名でおしゃべりをした。日本人がハワイに住むことになるにはいろいろな事情がある。もちろんこうして楽しく午後の時間を過ごせるのだから、今はお互いに恵まれた環境にある。でも長い人生、様々な、それぞれの荒波を越えてきた人ばかりだ。一人ひとりのお話を聞いていると、今までみんなよく頑張ってきたのね。。と思う。
彼女たちに共通して言えるのは積極的で前向きで、楽観主義者であるということだ。

こちらではたとえ専業主婦であったとしても、子育てを終えた女性は「リタイアした人」と表現するようだ。主婦として母として忙しかった時期を過ぎ、ゆったりと人生を過ごしている人という意味があるのだろう。いいなあ、と思う。

帰りに私のコンドの管理などをしてもらっている会社に出向く。もうすぐ帰国するための挨拶と、車の保険の更新時期の確認、それに6月にこちらにくる目的の一つである車検についての確認をするためだ。
車検を取るのは簡単でわずか15ドルですむが、どこへ行けばよいのかがわからなかった。今日、詳しく教えてもらって助かった。6月ハワイに戻ったら、すぐ車検!!忘れないようにしなくちゃ。

コンドの私の駐車スポットの端に、まだ誰のものともわからないバイクが置いてある。
マネージャーに調べてもらったが、ここの住人に持ち主はいないとのこと。これを撤去するには業者を呼ばなくてはならないという。がっちりとチェーンの鍵がかけられていて、とても素人が動かせるものではない。その費用、150ドルをなんと私が支払わなくてはならないという。私の敷地?にあるからなのだそうだ。「そんなお金は出せません。勝手にこんなものを置かれた私は被害者なのよ・・」と断った。

マネージャーは「このバイクを何とかしてコンドの外に出して、この辺の道端においておくといいよ、そこならポリスの管轄でタダで持っていくから。。」という。それなら最初からポリスに連絡してくれればいいのに。。誰のものともわからない、ひょっとしたら盗難車かもしれないものを誰もがさわりたくない、それはわかる。でもそれをするのがマネージャーの役目じゃない?と思う。
これから彼と話あっていかなくてはならないが、帰国の日も近い。あわてて対処をすることもないかな、、とも思う。なにしろ彼の英語はすごいハワイアン英語なので理解するのが大変。もう少しわかりやすいいい方をしてよ。。と思うけど。私の駐車スポット自体が広く、そのバイクが車の出し入れに邪魔にならないから放っておいてもいい。
次回のハワイで考えてみようと思っている。
2009年4月13日(日)
イースターサンデー

ハワイ晴れの一日。今日はイースターサンデー。
お店もお休みのところが多い。今日は午後ようこちゃんと待ち合わせてランチでも、、という予定。
こちらは今が確定申告の時期で、ようこちゃんも税務相談のためにアラモアナのシアーズのオフィスに行くという。そのあと、会わない?ということだった。私は私でアラモアナに用事もあったので、楽しみにして出かけた。
イースターだから、お家で過ごす人が多いらしく、日曜日なのに駐車場もすいている。

デパートのメイシーズは休業。シアーズは営業中。ショッピングセンター内でも閉じている店も多かった。

私は用事を済ませ、ようこちゃんが指定してくれた待ち合わせ場所に向かった。
ようこちゃんはいつも時間厳守の人。
なのに今日は一向に現れない。。少し心配になって電話をしたが、自宅にもいないし、携帯にも出ない。
40分ほど経ったころ、ようこちゃんから電話。「京子ちゃん、電話くれた?いまどこ?何してるの?」とのんきそうな声だ。
「ようこちゃん、今どこにいるの?」「私?今ね、アイナハイナっていうところ。イースターのパーティに呼ばれてきてるのよ、京子ちゃんはどこでなにしてるの?」「私はようこちゃんとの約束の場所に来て待ってるのよ、忘れちゃったの?」「あら、そうだったっけ?ああ、そうだった。。」

ようこちゃんったら、ダブルブッキングをして、私との約束をすっかり忘れているのだった。
イースターサンデーだからご親戚からパーティに招待されているのは自然なこと。
「ごめんなさいね、忘れてた、、ほんと、ごめん」
ようこちゃんはすっかり恐縮して、パーティでのご馳走をタップリとジップロックに詰めて我家まで来てくれた。今夜はこれでディナーにしてね、、、と。

せっかくだから、また一緒にわが家でディナー。思いがけなくすごいご馳走をいただけてこちらこそ感謝。
色とりどりのイースターエッグ型のきれいなゼリーや手作りのケーキのデザートまでついていた。
ようこちゃんも私も「物忘れ」が気になるお年頃。今日はその最たるものだった。大笑いするしかない。

私はイチョウの葉のエキスの錠剤をサプリメントとして飲んで、物忘れを防いでいる。というか、効いていると信じて飲み続けている。ようこちゃんにも「イチョウがいいわよ。飲んでみたら?」勧めたら、もうすでに飲んでいるのだという。「あら、そう。。イチョウの葉のエキス、効いてるのかしらねえ?心配になってきたわ」とまた二人で大笑い。

今日も楽しい一日だった。
2009年4月11日(土)
結婚記念日

久々に今日は爽やかなハワイ晴れ。空気もからりとして暑い。
今日は私たちの結婚記念日。38年になる。こんな風に数えていいものか。。ちょっと迷うけれど、確かに結婚してから38年だ。

1971年4月11日。銀座に初めて歩行者天国というものが導入され、マクドナルドが日本に初上陸した年だった。ハンバーガーなるものを求めて、マクドナルドの第一号店ができた銀座の三越前には連日、すごい行列ができて一大ニュースになったものだった。

あの頃は、ハワイでこんな風に過ごすことになるなんて、考えてもいなかったなあ。。。
そんなことを思いながら、窓を開け放して気持ちよく朝食をとった。
ダイヤモンドヘッドが青空に映えてうつくしい。
バニラマカデミアナッツフレーバーのコーヒーをいれて、レーズン入りのシナモンロールを一つ。それにジュース。今日はグレープジュースだ。これが朝食の定番である。

家にいるときのランチはたいてい「冷やしうどん」
冷凍の讃岐うどんを使う。肝心の「つゆ」は、日本ではみかけない銘柄のもので、これもようこちゃんに教えてもらったもの。薄めずにそのまま使う。これがプロの味なのだ。薬味はネギとおろししょうが。本当に簡単でおいしくて今回の滞在中、数え切れないほど食べた。
われながら同じものを食べてよく飽きないと思うが、あきない。。

午後からBさんに会いに行った。3週間ほど前に手術を受けて自宅で療養していたが、今日から本格的に仕事に復帰するということだった。白木屋で「広島県フェア」が行われていたので、
「紅葉饅頭」を持ってBさんのお店へ。

Bさんは思ったより元気そうで、いつもと変わらない笑顔で迎えてくれた。「手術?痛かったわよ、そりゃ。。今でもほんとは痛いのよ」と明るく笑いながら話してくれた。
いつものBさんだった。よかった。。。

これからもしばらくは治療は続くそうで、辛いときもあると思うけれど、頑張ってほしい。
Bさんは自分のことより、いつも私の健康を気遣ってくれる。今日も栗で作った飲み物をすすめてくれた。「これ、身体にいいのよ!」と。お見舞いに行ったのは私なのに。彼女のお国、韓国のものらしいが、栗の甘みがほんのりとしてとてもおいしかった。

「完全に私の治療が終わったら、一緒にマキキにハイキングに行こうね!」と誘われた。
3時間は歩くのだそうだ。

「途中の自然がきれいで、お花がいっぱいよ。。楽しみね!」
一日も早くその日が来ますように・・・
2009年4月10日(金)
ショック、インターネットが。。。

今日もどんより曇り空。太陽が恋しい。ハワイ滞在もあと一週間だというのに、まともなハワイらしい気候はとうとう戻ってこないままなのかも知れない。

今日は朝からハプニング。インターネットが繋がらなくなってしまった。ショック!!ハワイでは絶対にインターネットが必要なのに。。。

午後、用事があったのでPCにはりついて、それを直すことができないまま外出した。

出かけた先は、陶芸教室のミニ展覧会。。。これもシニアライフの活動の一つで、ハワイ在住の陶芸家がリーダーになって、ローカルの陶芸家の協力と指導を得て、土をこね、絵を書いて見事に焼きあがったものを見せてもらいにいったわけだ。皆さんまだ始めたばかりなのだけれど、どれも風格があって存在感のある個性的な作品ばかりだった。今日はお茶を飲みながら作品を囲んでのおしゃべり会という風情で、展覧会だと思って構えて出かけた私はちょっとホッとした。

リーダー先生が陶芸について楽しくやさしく、話をしてくださった。日本の陶芸を語るには、世界中のの歴史、地理、地学の知識が欠かせないということがわかった。話題が多岐にわたっておもしろい。学校でこういう風に世界史や地理を教わったら、楽しくて、決して忘れないだろうに、、と思う。
ハワイで様々なことを、楽しく学べるなんて、本当に幸せだ。

夕方、家に戻ってPCを開いてみたが、やはりインターネットが繋がらない。困った!
早速ハワイアンテレコムのサポートセンターに電話をした。待ち時間30分ということだったが、受話器を片手に待つことにした。45分間待ったがどういうわけか、電話が切れてしまった。もう一度トライ。今度は18分待ちだという。今度は意外に早く繋がった。繋がったはいいけど、次なる問題が。。

いくらハワイでは日本語が通じるといってもそれは観光スポットだけの話で、さすがに電話会社のサポートセンターには、日本語OKな人はいない。それはわかっているから、覚悟の上での電話をしたのだった。
まず「ゆっくり話してくださいね」とお願いして、親切な男性の言葉に従ってマウスを動かし、操作をしていく。モデムをリセットしたり、PCをONにしたりOFFにしたり。。いろいろ大変。でも
パソコン用の日本語は、英語の直訳のようなところがあるから、彼の言うことは大体わかる。
彼が言うとおり操作を繰り返すこと30分。結局、いい結果はでなかった。

「あの。。。これは私のほうの機械の問題ではなくて、もしかしてそちらのラインの問題ではないですか?」と私のほうから質問した。「調べてみます。お待ちくださいね」と約5分待たされた。そしてもう一度、PCの立ち上げから始めたら「やった!!やった!!」インターネットに繋がった。
達成感充分だが、なんのことはない、ハワイアンテレコム側のラインに問題があったのだ。
こんなときでも「スミマセンでした」という言葉が出ないのはさすが外国。「お手数かけました」とお礼を言ったのはもちろん私のほう。これもハワイなのだ。

今日は夕方、無事手術を終えて今日仕事に復帰する友達Bさんに会いに、アラモアナホテルに行くつもりだったのに、この騒ぎで時間が大幅にずれ込んでしまった。Bさんにはお電話で明日伺うことを約束した。

彼女の好きな甘いものでも持って会いに行こうと思う。
2009年4月9日(木)
あべかわ餅

今日も曇り空。
ようこちゃんと11時半からのハワイシニアライフ協会主催の「健康について」の講演を聞きにでかけた。

ダウンタウンのYMCAには、100名近い人たちが集まっていた。講演はもちろん日本人のドクターによるもの。高血圧、糖尿病、そしてコレストロールについて、、である。こちらではコレステロールとではなくコレストロールと呼ぶらしい。そのほうが英語っぽい。日系の人たちは、普段日本語を話していても、英語の単語がでてくると、さすがにちがう。たとえば、ドクターもこちらの日系の人の発音は「ダクター」。税金のタックスは「テックス」バンクは「ベンク」。。。

今日ラジオを聴いていて、日系の方たちが英語を会得してきた歴史を垣間見ることができた。
日系一世の人たちの時代、日本ではコッペパンがなによりのご馳走だったそうだ。ハワイに渡ってきた人たちがコーヒーというものに初めて接した。
その名前「カフィー」を「コッペ」と聞き違えて覚えたという。当時の日系の人たちは「コッペ 飲みましょうか?」などと話していたらしい。ズボンのことは「パンツ」なのに「パンス」と覚えてしまっていたという。帽子のことは「パパレ」と呼んだらしい。これはハワイ語だろう。
一世の人たちのご苦労がよくわかる。

また、若い頃日本をあとに移民してきた世代には、なつかしいよき時代の日本がまだ息づいていて、懐かしそうに昔の日本の話をしてくれるお年寄りがいたりする。今の日本では接することができない話題が出てきてうれしい。

講演会の帰り、ようこちゃんの提案でM氏とキングストリートにある、「Hataレストラン」に出かけた。Hataレストランのオーナーの奥様がようこちゃんのお友達で、「ローカルの間で人気のある日本食レストランなのよ。いつかご紹介するからね」と聞いてはいたのだが、今日ご一緒できるとは思わなかった。

ハワイに昔から根付いた食堂で、お店に入ったとたんなぜか懐かしさがこみ上げた。ようこちゃんお勧めの「うな重」をいただいた。36年間注ぎ足して作っているという秘伝のタレがおいしくて、たっぷり添えられたぬか漬けのお漬物と、おからがあまりにも懐かしいお味で、思わず涙が出た。

40年前に大志を抱いてハワイに来たという私と同世代のM氏も「いや、本当に泣けるね、これは。。」と真剣に感動。彼も涙ぐんでいた。

これだけいただいてもデザートが出てくるのは、さすがにハワイ。これはオーナーの奥様の計らいだったのだが、出てきたのが「あべかわ餅」。

このお餅を口にしたとたん、M氏も私もまた絶句。再び涙。
「ああ、この味だ。。」それは昔、母が作ってくれた味だった。きな粉のキメもお餅の歯ざわりも昔のまま。。おそらく36年前にハワイにきてレストランを始めたご夫妻が、心をこめて日本の味を守り続けてきたからだろうと思う、、そういうと「そう、心をこめて守っていたんだね。。それだね」とM氏も言った。いままで食事をしてこんなに感動して泣けたという経験はない。

ここが外国だからなのか、歳を重ねたせいなのか・・・両方だろう。

ようこちゃんのおかげで、今日も素晴らしい時間が過ごせた。
2009年4月8日(水)
6年3ヶ月

曇り空の一日。
日本から来ているKさんが今日、ウクレレを買った。私も同じ店でチューニングの機械を買った。Kさんの新しいウクレレをみていると羨ましくなった。私のはお土産用ウクレレより少しマシ、、という程度なので、なんとも音がよくない。もっとも棚の上の飾り物でしかなかったので、それでよかった。でもレッスンを受け始めた今は違う。音色が気になる。

フラのK先生に言わせれば私のウクレレは「ジャンク!(安っぽいね)」だそうだ。
ひどい言われ方だけど本当なんだから仕方がない。やはりもう少しいいのが欲しくなってきた。
少し上手になってから、、とも思うけれど、最初からもう少しいい音で練習したいのも本音。
さあ、どうしようかな。

夕方、Kさんと同行のお友達が家に来て下さった。
BGMをかけながらおしゃべりしていたら、聞きなれた曲が流れ出した。
Kさんと私が昔、習った曲だった。
「覚えてる?これ、踊る?踊ろうか!!」
二人でその曲を踊った。
習ったのはもうずいぶん前になるのに、二人で一緒に踊ることが出来た。感激だった。
フラを踊る人は、いつでもどこでも踊りたいのだ。一緒に踊れる人が居たら、それだけで幸せ。
楽しいときをこんな風に共有できるって、素晴らしいことだと思う。

Kさんから質問された。「フラを初めて何年?」と。私ははっきり答えられなかった。
それほど昔のことでもないのに、一体いつ始めたのかが、自分自身でわからなくなってきていた。あぶない、あぶない・・・
3年くらいまでは数えてもいたし、覚えていたのだけれど。

古いブログで、それがわかった。
6年と3ヶ月になるのだと言うことがはっきりした。長かったような、短かったような。。。
そしてK先生とのプロジェクトを始めてから3年半。フラを踊ることだけでなく楽しい仲間との繋がりや、喜び、感動を沢山もらった。少しは苦労もあったけれど、圧倒的に幸せだったなあ、と思う。

もし私がブログを書いていなかったら、いつ始めたのか?なんてすっかり忘却の彼方だっただろう。
私の記憶力が悪いという証拠で情けないが、いまさらながら過去のブログが残っていることがありがたいと思った。

明日は「健康について」の講演を聞きにいく。
ようこちゃんが誘ってくださった。ダウンタウンのYMCAまで出かける。

何にでも興味を持って知識欲の旺盛なようこちゃんに大いに触発されている日々である。
2009年4月7日 (火)
不景気の波が。。

ここ数日やっとハワイらしい天候が戻ってきた。
ご近所に迷惑かな?と思いながら、ウクレレを練習する。正確にいうとまだまだウクレレらしい音さえ出てこない。左手の指先がしびれているような気がする。

今日は日本からのお友達Kさんが到着。いいお天気でよかったと思う。ホノルルについて空港を出たとき見る青空とやさしい空気、体中に感じる風と花の香り、これがいいのだから。。。

夕方彼女と待ち合わせてお食事に出かけた。途中、カラカウア通りで、ポリネシアンダンサー プナ君にバッタリ会う。彼はフラのK先生のお仕事仲間でもある。プナ君は笑顔が素晴らしい人で、この人の笑顔に会っただけで心が癒される気がする。ハワイアンの笑顔は「満開」でいい。

こちらでは二つ以上の仕事を持っている人がほとんどだ。つまりハワイ社会は全般的に所得額が低いとも言えるわけなのだが。プナ君はプロのダンサーであり、マッサージやセラピーの専門家でもあるという。彼の「笑顔」は両方のお仕事におおいに役立っているだろうと思う。

Kさんとのお食事は三人の同行のお友達と一緒だった。
それぞれハワイが大好きで、フラも大好きという人たちだから初対面でもお話が合う。楽しいおしゃべりとおいしい食事で皆、大満足。今日着いたばかりで時差もあるだろうに、みなさんお元気でハワイを充分楽しんでいて、私もそれを見ているだけで楽しくなる。

この頃不景気のせいもあって、日本からの観光客が減っている。こちらでは日本からの観光客が何人飛行機でホノルルに到着したかを毎日ラジオでレポートしている。多いときは一日4000人台に及ぶが、なんと今日などは2000人台だ。ABCストアーでも「このごろ暇なのよ。。」と嘆いている店員さんがいた。アメリカ本土からの観光客も少ないようで、不景気の影響はたしかに大きい。

かつてニューヨークでの同時多発テロが起こった直後、ホノルルは空っぽに近かった。ワイキキビーチに数えるほどしか人が居ない、、と言う前代未聞の光景も目の当たりにした。

世界で何かが起こると、おおいに影響を受けるのがリゾート地。ラスベガスでも同じようなことが起こっているらしい。

近年ホノルルでも新しいホテルが出来たり、大改装をして新装開店したホテルが沢山あるのになあと、私などがしてもはじまらない心配をしてる。
2009年4月6日 (月)
ウクレレ!! ♪アロハ オエ♪

今日は初ウクレレレッスンの日。
会場がワイキキのルワーズにあるので、歩いても20分くらいなのだが、今日はちょっと緊張していたので遅れてはいけないと、久しぶりにバスに乗って行った。「ハワイシニアライフ協会」のメンバーの集まりなので、何人かは顔見知りの方もいてほっとした。生徒は13名くらい。カイムキでウクレレ教室を開いているロコの青年Jさんが先生。風貌といい日本語の操り方といい、フラのK先生にどこか似ている。

この教室は発足したばかりらしく、皆さんとにかく一生懸命で楽しい空気が流れている。
J先生の教え方も上手で、ついつい乗ってくる。今日の一曲は「アロハ オエ」。13名の合奏になると、自分が多少間違っていても目立たないものだから、私でも気分よく授業を受けることができた。

歌うだけならなんとかなる、ウクレレだけなら、まあなんとかなる・・でも歌いながら演奏となると、とてもとても。。それでもやっとハワイでウクレレを弾きながら歌う、という一つの夢が一応実現してそれだけで感激だった。一時間のレッスンがあっという間に終わった。

そのあと、何人かで軽い食事をしながらおしゃべり。
明るい太陽の下、ホテルのプールサイドで楽しいときを過ごした。

この日の教室には女性の見学者が2名いらした。そのお二人とお話をしていたら、なんと憲さんと同じ会社のフライトアテンダントだった方で、憲さんと面識のある方だった。その方もリタイア後は、近い将来ハワイに長期滞在をしたいということでお話がはずんだ。偶然とはいえ不思議な出会いだった。

夕方6時から、ずっとお会いしたいと願っていた三人の方々とワイキキで夕食をご一緒した。
Iさんご夫妻は憲さんのゴルフ仲間で、ニューヨークで長くお仕事をなさっていてリタイア後、ハワイに移住なさったカップル。もうお一人はIさんの奥様A子さんがかつて所属なさっていた教会の女性牧師S先生。S先生は憲さんのハワイでの葬儀と埋葬式とを執り行ってくださった牧師先生である。偶然にもこのお三人がお知り合いであったことで、あの頃、どれだけ私が心強くいることができたか、計り知れない。

やっと心身ともに落ち着いた今、是非このお三人とお会いしたいと思っていたところ、急に話がまとまってそれが実現した。一番悲しいときに励ましてくださったS先生。さりげなく見守ってくださっていたIさんご夫妻。久々の再会がうれしかった。音楽に造詣が深くお話も楽しいI氏、信心深く優しくて楽しいA子さん、そして今日は牧師先生ではなく、まったく普段のお顔だったS先生。S先生はとても気さくな方で、思いもよらぬ楽しい話が続出した。S先生は私の孫たちの誕生を「なによりの神様からの贈り物でしたね」と喜んでくださり「見たかったのよ!」と孫たちの写真を食い入るように見てくださった。

S先生にとって、憲さんの葬儀が大変印象に残るものであった。。とお聞きして、嬉しかった。
「憲さんの思い出」を飛び入りで語ってくださる方あり、遺族からのスピーチありで、型破りな葬儀だったからだろう。あれから2年9ヶ月が過ぎたが、今もS先生とお繋がりが続き、Iさんご夫妻とのご縁も深まり、本当にありがたいことだと思う。

今日もまた、新しいご縁が出来、うれしい再会があった。
ハワイが私にとって、ますますかけがえのない場所になっていくのを感じる今日この頃だ。
2009年4月6日 (月)
お花の代わりに虹を。。

いまのところミサイルか人工衛星なのかわからないけれど、日本海のどこかに落ちたけれど日本本土は無事だったとのこと。でもその一部は太平洋まで届いたらしい。なにか頼りない情報だけれど、ひとまず安心した。それは本当によかったけれど、防衛省の脆弱ぶりが露呈した。しっかりしてよ、日本。
だからと言って「やはり軍備は大事だ!」という違った方向に向かわないで欲しい。

昨夜、懐かしい高校時代からの親友Iさんの夢を見た。こんなに元気な彼女に会ったのは久しぶりだった。
目覚めたあと、少し悲しくなった。Iさんは、数年前、まだ50代半ばの若さで心筋梗塞に襲われ、一命は取り留めたもののその後、普通の生活が出来なくなっている。自宅で全面的な介護が必要となった。お見舞いに行っても私を見ているのか、私の声を聴いてくれているのか私にはわからない。少しずつだが家族とのコミュニケーションが取れるまでになっている。彼女が幸せなのは、ご主人はもちろん、特に二人の娘さんから、本当に愛されているということ。献身的で、見事なまでの介護を受けている。二人の娘さんは私の娘たちとも仲良しで、親子2代にわたる親しいおつきあいが続いている。
Iさんとはともに歳を重ねて行きたいと思い、当然そうなると信じていた友達だった。少しずつでもいい、回復してくれることを祈り続けている。

午後からガソリンスタンドに行った。もちろん車の給油のためだが、スタンドが憲さんのお墓の近くなのでお花を買ってから、彼に会いに行くつもりだった。ガソリンを入れ終わって見上げると、空いっぱいに大きな虹が見えた。丁度憲さんのお墓の方向だ。すぐにお墓に行って憲さんとこの虹を見たい!と思った。お花を買っている時間はない。虹はすぐに消えてしまうものだから。。

私が車でお墓に駆けつけるまで、虹はくっきりと鮮やかに消えないで待っていてくれた。憲さんのお墓からココヘッドを見渡す方向に、完全な弧を描いた虹が見事だった。お花の代わりの美しい虹を憲さんも喜んで見たことだろう。

その足で、買い物に出かけた。ウオルマートとドンキホーテ。途中で、ようこちゃんに電話をしてみた。
留守番電話だった。メッセージを残して買い物をしていると、ようこちゃんから電話。「15分後にドンキホーテの前で会いましょう。夕食は私が作ったのがあるから、まかしといて!これを京子ちゃんのお家で食べよう!」と。なんていいタイミング!
今夜ようこちゃんの「おもたせ」でいただいたのは、お赤飯、おから、ぬた、かぼちゃの煮物、自家製塩昆布、そして私が作った切干大根のはりはり漬け。デザートにとおいしいカスタードプディングまで、ようこちゃんは持参してくれていた。立派な和食ディナーになった。ご馳走様!!
二人の歳を合わせて140歳以上とは思えない元気さで、夜の11時まで語り合った。ようこちゃんは、私の目標だ。あんなふうにおしゃれで、若く、楽しく、やさしく、明るく元気に歳を重ねていきたい。

明日は私は初めてウクレレのレッスンを受ける。楽しみでもあり、不安でもある。数年前に買ったものの数回手にしただけで、真新しいままのウクレレをケースから出したり入れたりしている。
こんな気持ち、久しぶりのような気がする。
2009年4月4日 (土)
至福のとき

昨夜遅く、ドイツのジャッキー母娘とスカイプをした。久しぶりだった。スタスタと歩けるようになった姿を見せてくれるのかと思ったら、ジャッキーは気が乗らなかったらしく、ほとんど座ったままだった。残念!
お互いにパソコンの画面で姿が見え、声が聞こえるのでとても楽しいのだが、今までジャッキーが画面の私に反応することがほとんどなかった。ところが、今日は違っていた。ジャッキーだけを残して少しママが席をはずしたとき「クチュン!」とジャッキーがくしゃみをしたので、私も笑ってそのマネをするとジャッキーは大喜び。今度は「クチュン!」とジャッキーはマネを返してくる。こちらが手を叩いたり、バイバイをすると同じように動く。ニコニコしてとっても嬉しそう。ジャッキーは、画面の私と遊ぶことが出来たのだ。ずいぶん成長したものだ。マヤも「バイバイ」を返してくれるが、もっと反応を返してくれるようになるだろう。
 
今日は朝からどんよりと曇りっぱなし。
ハワイでこれほど天候のことが話題に上ることはないのではないか。。と思うが、毎日誰かが嘆いている。「ハワイらしい日が早く帰ってきて欲しい!!」と。

昨日2ヶ月ぶりに、じりじりと照りつける太陽が顔を出したと思ったのに、今日はまたこんな天気。一体、どうなっているんだろう?? 外に出る気にもならず、家でそろそろ帰国のための準備を始めた。まだその日まで2週間もあるといえばそうなのだが、残り滞在期間一ヶ月を切ると、決まって落ち着かなくなってくるものなのだ。2ヶ月後にはまた戻ってくる予定なのに、ハワイを離れがたい気がする。この淋しい気持ちもいつも同じだ。

5月と6月のフラの日本でのプロジェクトの仕事もいよいよ追い込みに入ってきた。今日もメールと電話がカウアイ島とホノルルと日本の間を行ったり来たり。。。の一日だった。

その合間にフラの復習をした。ここ2年半あまり、どうしてもフラを踊ることに集中できなくて、とても一人で練習する気持ちになれなかったのだが、最近やっと長いトンネルを抜けたような気がしている。憲さんが逝って以来様々なことがありすぎて、フラを踊ること自体が辛くなっていた時期があり、ハワイでK先生の貴重なレッスンがあっても、それを受けることができなかった。それまでの私にはありえないことだった。
なのに、何も言わず黙って見ていてくれたK先生と仲間。。
本当にありがたかった。

今日はK先生のいつもの『楽しんで踊ること、そして優雅にね。。』という言葉を思い出しながら、一人で汗を流した。

優雅だったかどうかは別として、踊ることが楽しかった。
ダイヤモンドヘッドを眺めながら・・・
幸せに包まれた至福のときだった。
2009年4月3日 (金)
ファーストフライデー

夕方から、ホノルル・ダウンタウンからチャイナタウンで行われた「ファーストフライデー」というイベントに出かけた。今日もまた、ようこちゃんのお誘いを受けてのことである。
「ハワイシニアライフ協会」のイベントの一つで、チャイナタウンのアートギャラリーを見て歩いて、そのあと飲茶のおいしいお店で夕食を、、という企画だ。

夜のチャイナタウンは治安が悪いという定説があるから、私も夕方以降は近寄らないことにしていた。しかし最近このあたりには、アートギャラリーが並び、おいしいレストランもできて、なかなかステキになってきている。今までの暗く、悪いイメージを払拭して、新しい街に作り変えようということで、毎月第一金曜日に「ファーストフライデー」と言うイベントを街ぐるみで催すことになったらしい。

ようこちゃんを車でお迎えに行き、中華街の市営パーキング場に到着。
夕方5時前にはすでに、出店が並び、アトラクションのミュージシャン達が演奏の準備をし、チャイナタウンは今まで見たこともないくらいの賑わいになっていた。今夜はこの街は若者や地元の人たちでいっぱいになるらしい。和太鼓のパフォーマンスも見事だった。

沢山の人が、ワインなどを片手にギャラリーを見て廻る。とても込み合っていて、よくあるギャラリーのシーンとした空気は全くなく、賑やか。「あら、この絵ステキね。この色いいよねえ。」などと知らない人が話しかけてきたりする。

私たち「ハワイシニアライフ協会」のグループは7名。ハワイ在住の方5名。それに私のような渡り鳥生活の人が2名。案内してくださるEさんご夫妻は、ここでギャラリーを経営している方だ。ほとんどが初対面の人なのに、ハワイに暮らしている人はオープンマインドな人が多いので、会ったとたんに仲良しになった。おかげで今日はお腹がよじれるほど笑い、本当に楽しい一夜になった。飲茶もとてもおいしかった。

それに、もう一つうれしいことが。。2年前、私に赤い実のウィリウィリのレイをプレゼントしてくれた、あのチャーリーがこのイベントに出店していたのだ。やはりあの時と同じように、赤いウィリウィリのレイを並べて。「チャーリー!」と声をかけると、覚えていてくれた。奥さんも「まあ元気だった?いつ来たの?」と満面の笑みでハグをくれた。そして黙って、私の首にウィリウィリのネックレスを掛けてくれた。本当にうれしかった。また、いただいてしまった。

それだけではない。そばに居た私のお友達にも同じように、赤い実のネックレスがプレゼントされた。4人の「ウィリウィリシスターズ誕生!」だった。思いがけない展開に、お友達も大興奮で大喜び。来週はメリーモナークへ出店のためハワイ島へ出向くというチャーリー夫妻、本当にありがとう!

ハワイでいろいろな人に出会い、楽しく幸せに過ごせることが本当にうれしい。「ハワイシニアライフ協会」は言ってみれば「老人会」なのだが、これが一味ちがう。みんな若いのだ。実年齢はさておき、みんな本当に元気。好奇心旺盛でおしゃれ。私は次回ハワイに戻ってきたらこの会に入会するつもりだ。今はゲストとして、催しに参加させてもらっている。

来週から思い切ってウクレレのグループに参加させてもらうことにした。近々、合唱クラブも作る予定だという。うれしい!!
 
これもようこちゃんのおかげ、ありがとうね!
2009年4月2日 (木)
「さくら」

久しぶりにドイツのジャッキーママからメールが入った。先週末にフランクフルトへの引越しがすんだという報告と、ジャッキーがついに一人で上手に歩くようになったよ、という嬉しい便りだった。まだPCの環境が整っていないらしく携帯メールだった。

今日も風が強いけれど、青空が広がって気持ちのいい日だった。
しばらく外出が続いていたので、今日は何をするでもなく、のーーんびり。
昨日“アロハ将棋祭り”でお会いした始めてのお友達と早速メールを交換したり、お昼寝をしたり。。

今回ハワイに来て以来、ずっと気になっていることがある。
コンドの私の駐車スペースに一台のミニバイクが置かれたままなのだ。スペースは広いので車の出し入れには支障がないのだが、なんだかちょっと気になる。友達と一緒に車に乗るとき、必ず「あれ、誰の?どこかへどけてもらったら?」と言われる。だけど、ま、いいか。。とそのままにしていた。今日ここの従業員リンカーンに会ったので話してみると「そうそう、それ知ってるよ。ずっと置いてあるよね。お宅を改装した大工さんのものじゃないかと思っているんだけど、聞いてみたら?」という。

そういえばフレッドという大工さんはミニバイクを持っていた。早速彼にメールしてみた。「いや、それは僕のではありませんよ。ありがとう」と返事が来た。
そりゃそうだろう、2ヶ月以上も自分のミニバイクを置き忘れることはないはずだ。では、これは誰のもの??
今度はきちんとマネージャーに伝えて、撤去してもらおう。それにしても、2ヶ月もそのままにしておいたというのは気が長すぎる。ハワイっぽくなってきたのかな、私も。。

夕方になってさすがに身体がなまってきたので、歩いて7分のジムへ出かけた。トレーニング用の服に着替えて、メンバーズカードと家の鍵だけを持って行く。それと10ドル札一枚、何かの時のためだ。
タオルは貸してくれるし、水分補給はジム備え付けの飲料水ですませるから、手ぶらで行ける。
今日は太陽がいっぱいでワイキキビーチが輝いていた。約1時間のトレーニングを済ませると、重かった頭と肩がすーっきり。やはり運動が一番だ。気持ちがいい!!

このジムに来ているのはもう既に筋肉隆々の男女ばかり。すごい迫力だ。住宅地のジムに行けば、お年寄りや主婦が来ていたりするのだろうが、ここはちがう。スタジオもないしサウナもない。シンプルにシャワーがあるだけ。筋トレだけのための施設、と言える。こんな私がここにいるのは場違いだと思うのだが、そんなことは言っていられない。いつも大男たちにまじってトレーニングをしている。

帰り道、仕事帰りのショーンにバッタリあった。彼はワイキキサンセットでコンシアージの仕事をしている。彼も今からジムに行くんだと言う。彼もここ数年ジム通いをして、素晴らしい成果をあげて、みるみるうちにカッコよくなってきた。

夜、マヤママとスカイプをした。東京は桜が満開らしい。一年前マヤが産まれた日も桜が満開だった。
マヤパパとママは産まれた娘に「さくら」と名づけようかと迷ったほどのタイミングだった。

あれから一年、マヤは日に日に大きくなっている。再会が楽しみだ。
2009年4月1日 (水)
知らなかった・・・

朝11時過ぎ、ようこちゃんとひでこさんをピックアップして、アラモアナビーチパークへ。
そばにあるヨットハーバークラブハウスで行われる“第2回アロハ将棋祭り”に出かけた。
将棋をまったく知らないようこちゃんと私だけれど、ひでこさんは将棋を楽しまれるらしい。
クラブハウスは、ヨットハーバーに面していてとても気持ちのよい場所だった。
メンバー制なので、普段は入ることが出来ないらしいが広々としたステキな空間だった。以前にも一度来たような気がするが、そのときは夜だったから印象が全く違っていた。

早めに到着した私たちを歓迎してくださったのは、主催者の皆さんと、この日のゲスト
佐藤康光 棋王・永世棋聖と島朗 九段だった。早速このお二人と記念撮影をしていただき会場へ。次々と将棋ファンと思われるハワイ在住の方々が集まってきた。やはり男性が多いが、私たちのように将棋はワカリマセン、、という女性の方々もいて、ちょっとホッとした。それぞれに自由に席についていく。こんなとき日本だったら、なるべく前の席ではなく、真ん中ではなく遠慮がちに席を埋めていくのだが、こちらの人は違う。なるべく後から来る人が入りやすいように、前のほうから座っていく。

40名くらいの人が集まり、まずランチがサーブされた。ボリューム満点のクラブハウスサンドイッチに、フライドポテト、ピクルス、生のにんじん、オリーブと定番の一皿。大きいグラスにタテ割りにスライスしたパイナップルが一本入っている、トロピカルアイスティーがおいしかった。。ここの名物らしくほとんどの人がこれを注文。私も何度もお代わりをした。

おしゃべりを楽しみながらのランチが済むとゲストのお二人はお色直しをして紋付羽織姿で再登場。、
いよいよ佐藤康光棋王・永世棋聖と島朗九段へのインタビューがはじまった。司会の人が上手に進行してくれたので、将棋オンチの私にも興味深くお話が聞けた。まだお若くて、ユーモアたっぷりの話しぶりは、従来の棋士のイメージとはちがう。佐藤さんはバイオリンも相当の腕前らしいし、ゴルフもかなりお好きらしい。島さんはゲーム「モノポリー」がお好きで、将棋で真剣勝負したあと、楽しんだりしているとのこと。あの羽生さんともモノポリーをするんだとか。。。楽しいお話で時間が過ぎた。

ジワジワとわかってきたのは、どうやらここにいらっしゃる佐藤さん、島さんのお二人は棋士としてすごーーい人らしい。。ということ。将棋を普及させたいというお二人がわざわざハワイまで来てくださったとのことだが、私にもわかるようなお話が繰り広げられて楽しかった。とにかくお話が楽しい、話術が巧み。プロ棋士というと「将棋道一直線!」みたいな私の勝手なイメージがあったのだが、全くお二人は違っていた。なんだかうれしかった。

「日本でだったら、こんなエライ方にはなかなかお会いできないんですよ!」と言う主催者の言葉が実感をしてわかり始めてきた。会の後半は、将棋好きの出席者たちがお二人に指導を受けながら対局。
ひでこさんは、島朗9段に4級として認定された。すごい、ひでこさん!おめでとう!

家に帰ってこのお二人のことをネット検索してみたら、やはり優秀で大変に有名な棋士なのだということがわかった。知らなかった。。。NHK―TVの将棋の時間によく出ていらっしゃるらしいから、これからお二人を応援させていただこうと思っている。
2009年3月31日 (火)
名刺

朝、ようこちゃんから電話。
「昨夜から、眼の奥が痛くて、眠れなかったの。。」とのこと。すぐに眼科に行くことを勧めて一旦電話を切った。やがて再びようこちゃんから「2時半に眼科の予約を取ったから、それまでランチをしない?」と電話。ようこちゃんのかかりつけの眼科はカパフル通りにあり、わが家から歩いてもすぐのところ。

「そうね、そうね、そうしよう!」
早速話がまとまり、カパフルにある中華レストランで飲茶でランチをすることになった。
待ち合わせて会ったようこちゃんは、とても元気で眼が痛くて眠れなかったとは思えないくらい。
本当にお元気でうれしくなる。いつものようにステキなお帽子をかぶって、かわいい。
おいしい飲茶を楽しんだ後、ようこちゃんはクリアファイルから、2枚のペーパーを取り出して見せてくれた。ようこちゃんが通っているコンピューター教室で、目下ようこちゃんが作っている名刺の試作品である。それも、なんともうれしいことに私の名刺だった。「今、アナタの名刺を作ってるのよ。ちょっとまっててね」と言われていたのだが、本当にここまで出来上がっていたとは。。

ようこちゃんのアイデアで、ジャッキーとマヤの二人の孫の顔写真を入れて作って下さっている。
名刺は両面印刷で、表は日本語、裏は英語。すごい!完成も間近だろう。楽しみだ。

何度も書くが、ようこちゃんは80歳である。
彼女はコンピューター教室以外に、早朝に気功のレッスンを受け、ジムにも通う。私も講演会、昼食会など様々なイベントにお誘いを受け、ようこちゃんのあとをついて歩いている。
私にもお友達を次々と紹介してくださるようこちゃん。
「私にできることはこれくらいだからね、ハワイにも沢山いいお友達を作ってね」と。
本当にありがたい。
ハワイにはゆったりと、しっかりと、楽しく、明るく年を重ねている人が本当に多い。
そんな中にいるだけで私も幸せになれる。前向きな生き方が素晴らしい。

明日は明日でようこちゃんから、ハワイシニアライフ協会というグループの主催する「アロハ将棋祭り」に誘っていただいている。私は将棋には全く縁がないのだが「昼食会を兼ねておしゃべりも出来るし、知らない世界を見ることも面白いでしょ?ヨットハーバーのクラブハウスでランチよ」というようこちゃんの言葉に乗った。ようこちゃん自身も将棋は全くわからないというのだから、遠慮なく参加させていただくことにした。

夕方、ようこちゃんにお電話して、眼科の診察の結果をきいた。
「メガネがねえ、合っていなかったのよ。それで、眼が痛くなったんだろうって、、
メガネを作り直すことになったの。それにドライアイだったの、目薬もらって、もうダイジョウブ!」
もうすっかり元気なようこちゃんだった。ほんと、よかった。
2009年3月30日(月)
感じればいい。。。

朝11時から日本から来たAさんと一緒にフラレッスン。
Aさんの所属するフラハラウでは大きな舞台を控えている。K先生の振り付け作品を3曲踊る。K先生にチェックをして欲しいと、Aさんはみんなの練習風景をDVDに収めて持ってきた。それを見ながら先生が細かいところまで注意点を書き出し、それをAさんに説明。実際に何度も踊って注意を受けた。幸い、私も知っている曲なので一緒に勉強させてもらった。かなり前に振りつけてもらった曲なので、とても懐かしかった。

先生の指導は一貫している。曲が始まったら終始一貫して動きを繋げること。。、止まるところなんてないんだよ。。音をいっぱいに使うこと。流れを止めないこと。フラだけでなく音楽もそうで、私の合唱団でも指揮者にいつも同じことを言われる。

自然に感じる流れ、テンポ、リズム
「難しくないんだよ、感じればいい。。」と先生は言う。
先生の動きを見ているとそれがよくわかる。わかるんだけど、、

私は3日ほど前に、テーブルの足に右足の甲をぶつけ、赤く腫れているのだがフラを踊っていると、痛みもどこかへ消えてしまった。フラの威力はすごい。

K先生も2週間前に右手の中指を骨折していた。その指をまっすぐに伸ばしたままの状態でプロテクターをはめているのだが、おはしも持つにも、字を書くにも、コーラの缶を開けるにも大変不自由をしている。先生はフラを教えていても痛いようだった。指の関節が曲がらないと確かにフラは踊りにくい。関節が腫れていて、見ただけで痛そうだ。

金属でできているそのプロテクターは、指を守ってくれるのだけれど、付け心地がよくないし、不便らしい。なにかというとすぐ先生はとってしまう。そして「僕の指がなくなった。僕の指はどこいった?」と探している。私がいつも「私の目は?どこ?」と老眼鏡を捜しているのと同じで、可笑しい。

K先生はホノルルでの仕事を終えて、夜の飛行機でカウアイへ。。。
お疲れ様でした!!
2009年3月29日 (日)
オトイレ

昨日からフラのK先生がホノルルに来ていて、日本でのプロジェクトの仕事が進んでいる。
昨日、先生とお会いした一つの目的は、K先生率いる「K2エンターテインメント」というポリネシアンショウのグループのプロモーションDVD制作に関してお手伝いすることだった。プロモDVDには日本語版と英語版が作られる。その日本語版のナレーションをなんと、私がするようにと先生からほぼ、命令された。
「京子さん、アナタが日本語をレコーディングします。ダイジョウブデスカ?すぐに録音しないとDVDが完成しないでしょう、、急ぐんです!」もう、先生はレコーダーを取り出して準備している。先生が英語で書いた文章を日本語に訳したのは私なのだけれど、まさか私にそんな役が廻ってくるとは思わなかった。でもよく考えてみれば、ハワイでは先生の周りに日本語を話す人はいない。

勇気を出して挑戦することにした。録音は静かな部屋がいいのだが、そんな部屋は我家にはない。
「先生、トイレがいい!トイレなら静かだわ!」
かくして、私は一人でトイレにこもり、マイクを手にレコーディング。何度かやり直してなんとか終了。「これが本当の『音入れ・おトイレ』ね」なんて言ってみたけど、先生には通じなかった。。。

今日、その録音がDVDの試作品になって出来上がってきた。
早速見せてもらった。K2エンターテインメントのパフォーマンスの映像がとっても素晴らしい。技術者のおかげで、私のナレーションもなんとか画面とマッチしていた。聞けば、英語版のナレーションはK先生が担当しているという。先生も一人で録音したのだそうだ。
そうか、先生も頑張ったんだね・・・
できる限りのことでお手伝いできたら、こんなに嬉しいことはない。どうかこのDVDが功を奏していいお仕事が出来ますように。。。

DVD完成のお祝いの夕食を。。。ということで、先生が持参のエビでガーリックシュリンプを作って下さり、私はバジルと新鮮なトマトのスパゲッティを作って、コーラで乾杯をした。今日は、日本語教室のような夕食になった。先生の日本語の上達振りは素晴らしいが、ときどき、顔が曇ってなんだかわからなくなる。私の英語と先生の日本語で会話をすると、大笑いの連続だ。なんとか今まで一緒に仕事を続けてこられたのが不思議といえば不思議なくらいだ。さぞかし先生も疲れるだろうなあ。

明日は家で日本からの生徒さんのフラレッスンがある。楽しみ!

もうすぐ4月。北朝鮮のテポドンが発射される日が近づいたというわけだ。
ニュースによると、アメリカ本土までは届かないと見て、アメリカはこれという措置はとらないらしい。アメリカ本土は安全だけれどハワイには届くかもしれないという。もし届くようならアメリカは迎撃ミサイルで打ち落とすということらしいが、ハワイもアメリカのうちなのよ、どうぞ忘れないで守って下さいねとお願いしたい。

それよりわが祖国日本は大丈夫なのか?私は家族を日本に置いたまま、ハワイにいていいのか?ハワイだって危ないとしたらどうすればいいの?? 
世界中のあちこちで無法者に脅かされ続ける普通の人々、こんな世の中はもうごめんだと思う。みんな仲良くすればいいのに。そんな簡単なものではないのだろうけれど。。
2009年3月28日 (土)
ま、いいか・・・

昨日の睡眠不足を取り戻すように、ぐっすりとよく眠った。使い始めた低反発のマットレスはやはり寝心地がいい。ジムでの成果が出てきて?筋肉痛があるが、これはいいサイン。筋肉が少し目覚めてきてくれた証拠だと思うことにする。

午後からカピオラニパークへ出かけてみた。プリンス クヒオデーのイベントでお店が出店されるということだった。行ってみてがっかり。。わずか10軒くらいのテントが淋しく出ているだけで、そのほとんどが食べ物を売るブース。ハワイアンクラフトのお店などがあるにはあったが、どれもぱっとしない。果たして観光客にまでこの催しがしっかりと伝えられているのかな?と思う。そこには地元の主催者側の人か、たまたま通りかかった観光客しかいなかった。私もサイトで調べてやっと詳しいことを知ったほどだ。

私はNちゃんから頼まれている、貝ボタンが散りばめられたバッグがあるといいな、、と思って出かけたのだったが、まったくの期待はずれだった。数年前までは、華やかで魅力的なお店が沢山出ていて、ステキな掘り出し物を探すのが楽しかった。沢山の人で賑わっていたのに。。。財政難もあるでしょうけど、観光で食べているハワイなのだから、もう少し考えたらいいのになあと思うことが、近頃多くなってきた。これもハワイを愛するがゆえ、の不満なんだけど。。。もう一つ、無料のフラショウも、今は週に3回だけになってしまっていて本当に淋しい。

帰り道、海沿いのビーチパークでどこかのフラのハラウがパーティをしていて、12名くらいの女性達がレッスンを受けているのを見つけ、そばに行ってみた。すべてローカルの人たちだった。「そうか、これがフラなんだよね。。」と思えるような、素朴で、ゆったりとしたレッスン風景だった。心地よい風に長い髪をなびかせ、小麦色の肌を惜しみなく出して、気持ちよさそうに笑顔でステップを踏む。上手、へたなんて関係ない。彼女たちからは、戸惑いとか、振りを覚えていない不安感とかは微塵も感じられない。この自然の中でフラを踊っている、その喜びが伝わってきた。

一旦、家に帰り、夕方からのパレードを見に行こうと思っていると、またまた突然、フラのK先生から電話。予定より一日早くホノルルに来たらしい。「近くにいるから今から行くね。。」と。今日は時間があるので、ゆっくりできるとのこと。いつもは「忙しい、忙しい」と飛んで歩いている先生なので今日がチャンスだ。幾つかの打ち合わせもあり、先生のほうから来てくださるのはありがたい。久しぶりにゆっくりおしゃべり、そして仕事の話。トントンと話は進み、ほっと一安心。

先生は、今夜友達が迎えに来るまで暇だというので、急遽夕食を作ることにした。お客様の用意なんてしてないから、冷蔵庫にあったものを総動員、焼き魚、大根おろし、大根と昆布の煮物、もやしのあえものを作り、味がしみておいしくなってきた「切り干し大根のはりはり漬け」を添えて、炊き立てのご飯でいただいた。

「うーーん、日本の料理、なつかしいなあ。。いいねえ、ヘルシーで。これ、どうやって作るの?」とこんなものでも大喜びで、すべて食べてくれて、作り方まで聞かれて恐縮。。。
そういえば、先生は料理が上手。今もカウアイのお家で、時間があると料理を担当するのだそうだ。いまは味噌汁を上手に作る方法を研究中だとか。。そりゃまあ、先生も忙しいはずね、、と大笑い。

今夜、私はカピオラニパークのムーンライトコンサートにいくつもりだったのだけれど、とっくに時間が過ぎてしまった。
ま、いいか。。。
2009年3月27日 (金)
カメハメハスクール

昨夜はめずらしく寝つきが悪く、朝の4時になっても目が冴えわたっていた。
原因はわかっている。夜ジャッキー母娘とスカイプをして大喜びしたあと、今度は、こちらの深夜にマヤママとマヤが呼びかけてきてくれてスカイプでおしゃべりをした。夜が更けるまで楽しく笑い転げたりしていたものだから、すっかり神経が高ぶっていたのだろう。孫に会えたんだもの、
たとえ一晩ぐらい眠れなくても平気。不足分の睡眠はお昼寝で補えばいい。

午後、お昼寝をしてから、久しぶりにジムに出かけた。このジムは去年の秋に改装がすんで、マシンが最新のものになっていた。とてもいい。日本のジムも日々進歩し改善されるが、ここホノルルのマシンはまた素晴らしかった。使いやすくトレーニングしやすい。余計な機械操作をしなくてもワークアウトできる。
マシンの形態そのものが古いものとちがうので、慣れるまでは大変だが、わかってしまえば簡単。
世の中は知らないうちにドンドン進んでいるんだなあ、、と思う。

今日は曇り空だが、ジムから真下に見下ろすワイキキビーチはキラキラと輝いている。はるか沖のサーファー達の姿を見ながら、ウオーキングマシンで30分ほど歩いたあと、主に上半身のトレーニングをした。久しぶりだから、軽く軽く。。。汗も少し出る程度。それでも筋肉は正直に答えてくれる。身体全体が軽くなって、カッカとして気持ちがいい。やはりワイキキのジムは最高!!

ジムから帰って夕食の準備。一昨日いただいた紫色のバジルを使ってトマトとバジルのスパゲッティを作った。オリーブオイルとニンニクと、トマトとバジルの香りだけのシンプルなスパゲッティだが、とってもおいしかった。少々食べすぎた。。。

夜はTVでカメハメハスクールのソングコンテストの録画中継を見た。
いわゆる校内の合唱コンクールなのだが、とても規模が大きく、レベルも高く素晴らしかった。
カメハメハスクールはハワイアンの血が流れている人でないと入学できない学校で、レベルの高い学校だ。ここではハワイアンとしての教育が徹底してなされ、ハワイ語、フラ、ハワイ音楽や文化、歴史を通してハワイアンであることの誇りに思い、それを継承していくことの大切さを教えこまれる。ソングコンテストの結果発表までの時間は全校のホイケになる。スクールの中学、高校の生徒たちによる、歌、寸劇、それにフラショウが繰り広げられる。みんな若くて、可愛くて無邪気で、なによりクセがなくて、素晴らしいパフォーマンスだった。
私のフラの先生もこの学校の出身だ。先生もカメハメハスクールを出たことをとても誇りにしている。そのわけが今日のTVを見ただけでわかるような気がする。

明日はカピオラニパークでムーンライトコンサートがある。有名なフラハラウも出るらしいし、好きな歌い手も出演するとか。「私、行ってみようと思うの。。」とようこちゃんに言ったら、
「夜は寒いわよ。気をつけて行くのよ!」と言われた。もちろん充分考えて重装備?で行くつもり。
本当にまだまだ肌寒いハワイなのだ。まだ長袖を手放せない。3月も末なのに。。。
2009年3月26日 (木)
切り干し大根 4オンス

今日はプリンス クヒオ デーで州の祝日だ。
ハワイ人のために尽くしたクヒオ王子のお誕生日である。
この28日(土曜日)にはこのクヒオ王子の誕生日を祝ういろいろな催しがあるという。
カピオラニパークは午後からコンサートがあったり、お店が出たりするし、カウアカウア通りでは夕方からパレードがあるらしい。夜はムーンライトコンサートが、カピオラニパークで開かれるという。詳しいことはわからないが、せっかくここにいるのだから、ぶらりと出かけてみようかなと思っている。

今日やっと洗車に行った。一ヶ月半ぶりに。。
雨、風が多かったので、車は潮にまみれ、泥にまみれ、、かわいそうなことになっていたが、ピカピカにしてもらって大満足!
この車は今年で、丸7年乗っていることになる。もちろん日本にいることも多いから、その半分ほどしか乗ってはいない。7年前の7月、憲さんのお誕生日に納車されたもので、まだまだ見た目は新しい。黄色ですごーく目立つ。「今日、あのあたり、走っていたでしょう?」とか、窓の外から私を見つけて、大きく手を振られることもある。悪いことはできない・・・

最近の不景気で、ホノルルで建設中のコンドミニアムの工事が途中で止まっているケースが多いという。そういわれてみれば、クレーンが淋しそうにうなだれたまま、動かない工事現場がある。今日も人の気配さえなかった。昨年からモデルルームを公開していたから、すでに購入した人もいるだろうに、どうなるのかしら・・と思う。

一昨日、ラジオで「切干大根のはりはり漬け」のレシピを紹介しているのを聴いて、書き留めた。 出し昆布、タカの爪、醤油、酢、砂糖、日本酒と、調味料は揃っている。あとは切り干し大根を手に入れるだけ。

そのレシピは「切り干し大根 4オンス」を水でよく洗いしぼっておく。。というところから始まる。切り干し大根4オンス?どれくらいの量なのか?見当がつかない。
今日ドンキホーテで見てみたら、日本でもよく見かける袋入りの切干大根が、約4オンスなのだった。ハワイにいて、一番困るのがこの度量衡の違いである。何とかならないのかしら。。
ドイツではその点、ラクなんだけどなあ。。

早速その4オンスの切り干し大根で「はりはり漬け」を作ってみた。
おいしい。。歯ごたえがたまらない。
日本人って、どうも歯ごたえのあるものが好きなような気がする。カリカリ、バリバリ、シコシコ、プリプリ、コリコリ、パリパリ、サクサク。。などなど、これだけ食感を表す言葉があるくらいだもの。。

夜はドイツのジャッキーとスカイプで会えた。
ドイツの孫と一緒に歌に合わせて踊ることもできる。今夜は、♪大きな栗の木の下で♪を歌い踊った。本当にスカイプは素晴らしい。
こちらの夜の11時。あちらは朝の10時。ドイツは遠い・・・
2009年3月25日 (水)
マヤ一歳!一升餅でお祝い!!

今日は日本時間で3月26日。
二人目の孫マヤの一歳のお誕生日だ。
「おめでとう!マヤちゃん!!」
午後、東京のマヤ宅に電話を入れた。
今、イスラエルからマヤパパのご両親が来日していて、今日の誕生日を一緒に祝ってくださることになっている。

毎年一ヶ月間、日本に滞在なさるがいつも微妙に桜の時期を逸しているから、今回こそ満開の桜を見せてあげたい。4月、私がハワイから戻る頃まで、日本に滞在なさるので再会を楽しみにしている。

今回の来日では、二人で九州、四国などを巡るとのこと。本当に行動的なご両親だ。一応「嫁」の立場にあるマヤママだけど、双方とも全くそんな感覚はないようだ。その点、本当に気楽でいい。

お誕生日はお寿司、ケーキなどのご馳走のほかに、「一升餅」でお祝いするのだという。「一升餅」という言葉さえ知らなかった私。

どこの風習なんだろう?なんでも 満一歳のお誕生日をお祝いするお餅で満一歳まで無事に成長したことをお祝いすると同時に、これからも健やかに育つことを祈る伝統的行事なのだそうだ。一升のお米で作ったお餅(約2キロ)を一歳の子供に背負わせたり、その上に立たせたりしてお祝いするというが、マヤはどんな風にお祝いしてもらうのだろう。2キロは背負えないよねえ、、マヤちゃん。

伝統的は行事には、かなり無頓着だった私たち夫婦だったのに、マヤママはかなり古い習慣などを大事にしている。まさに、反面教師ってこのことね、、憲さん・・。

一方、ここハワイではゆったりと時間が流れた。
日本のお友達とゆっくりスカイプでおしゃべりしたり、洗濯をしたり。。。

夕方、晴れていた空が急に曇って、風が強くなり激しい雨降りになった。散歩でも、、と思ったとたんの雨で、今日はまたお家にこもったままになった。

フラのK先生から廻ってきた英文和訳の仕事も終わってほっとした。宿題を終えた学生のような気分。。。
目下、先生のプロモーションDVDを作成中らしく、そのお仕事の一部のようだが、こういう緊張もたまにはいいな、、と思う。

夜、お友達から新鮮なバジルをいただいた。グリーンじゃなくて紫色のバジル。。。
とてもいい香りだ。明日これでスパゲッティ!!
2009年3月24日 (火)
母の命日

ハワイ時間でいうと今日は3月24日。私の母の命日にあたる。
ずっと元気だったのに、わずか3週間入院しただけで亡くなった。私はまだ30歳だった。大好きな母だった。

昨夜、ようこちゃんとおしゃべりしたとき、私の母の話題になった。
ようこちゃんが通っていた京都の女学校の音楽の先生だったのが、私の母。残念ながらようこちゃんが学生だったころは母が辞めたあとで、二人が会うことはなかったのだが・・
ようこちゃんのおかげで、ハワイで母のことを懐かしく偲ぶことができた。しかも母の命日に・・・・。

朝から掃除をしながら、車が余りにも汚れたので洗車に行こうか?読み終わった本をブックオフへ持っていこうか?あ、そうそう、日本茶も切れてたから買い物に行こうか。。などと考えていたが、なんだか外に出るのが億劫になってきた。

やっとハワイらしい天候が戻ってきたので、家の中にいても空を感じ、海の風を感じることができるのだ。なにもしていなくても、家にいても「ああ、ハワイ!」な一日は最高だ。

この頃ラジオを聴くことが多くなった。日本語放送のほかに、クラシック音楽専門局にダイヤルを回すことも多い。日本ではあまり聴かないクラシックが流れるのがおもしろい。志向が違うんだなあ。。と思う。

夕方近くになってやっとお買い物に出た。アラモアナからドンキホーテのコース。
ブックオフで読み終わったかなり古びた単行本を売ったら、8冊で3ドル70セントだった。それに少し加えて、5ドルで単行本を2冊買ってきた。なかなかいいシステムだ。

今、こちらの学校は春休みらしい。家の前の小学校が静か過ぎてちょっと淋しい。

夜、スカイプでジャッキーと会った。私の母の名前をミドルネームとして受け継いだ『ジャクリーヌ 徳子(のりこ)』だ。現在1歳4ヶ月。歯はまだ5本だけ。。本当にゆっくりなんだから。
それでも前歯が生えて以来、笑顔の感じが変わってすっかりおねえちゃまになっている。会いたいな。。

今日は教会に行って、お友達とイースターの「色たまご」を作ってきたのだそうだ。「ジャッキーも色を塗ったのよ。。」とママもうれしそう。小さいときから社会に出て行くことはとてもいいことだ。ジャッキーママにしてもマヤママにしても、積極的に子供とともに外に出ている。子育て中のママにやさしい社会環境になったお陰だろう。私の時代にはできなかったことで、とても羨ましく思っている。

あさってはマヤの一歳のバースデー。その前日にはマヤパパのご両親が来日する予定。マヤ一家も忙しく楽しく過ごしているようで、私もうれしい。
2009年3月23日 (月)
ハワイでアワビ!!

私は昔、読売ジャイアンツの大ファンで狂っていたものだが、いまはそれほど野球ファンというわけではないのに、ここハワイでTV中継を見てからWBCを大いに楽しむことになった。

ハワイにいるといろいろな国の人が身近にいて、自分が日本人であるということを改めて感じる。ここはアメリカだからアメリカチームを応援する声も高らかに聞こえるし、韓国人も多いから韓国びいきの人も当然多い。そんな中だから日本にいるよりも、刺激的にWBCを感じることが出来たのだと思う。今日も3時半からTVに釘付け。

しかし、今日はY子さんと夕食の約束があり、1対1の緊迫した試合の途中で家を出ることになった。じっと見ていたら胃が痛くなりそうで「結果がわかればそれでいいわ。。」と思ってTVを消して家を出た。

Y子さんとの待ち合わせの場所へ行く途中、ばったりフラのK先生の友達でポリネシアンダンサー、プナ君に会った。昨年日本で会って以来しばらくぶりの再会だった。

今日Y子さんと行ったのは、Y子さんお勧めの昨年出来たばかりの日本食レストラン。
アボカドとミョウガとオゴを使った前菜、やしの木の芽の天ぷらなど、材料にも凝っていて、お味も素晴らしかった。やしの木の芽の天ぷらは新鮮なたけのこのような風味で、上品で本当に美味。主食に上品なお好み焼きを注文してお腹いっぱいに。。甘いものよりこれがいい。。と私がデザート代わりに注文したお味噌汁に私は大感激してしまった。

「アワビとえのきだけのお味噌汁」
アワビといえば高価なものと決まっている。お味噌汁との取り合わせも不思議。きっと薄―く切った一片が浮いているだけかもしれないな、、と思っていたら、とんでもない。

小ぶりながら、殻つきアワビがゴロゴロと3個も入っていた。山椒の香りがきいたお味噌汁もダシきいて最高。えのきだけの食感もいい。アワビを取り出してフォークで身をはずし口に入れると、やわらかくて、磯の香りがして。。もう絶品。ちなみにこのお味噌汁は8ドル。大満足のディナーになった。

今はハワイでアワビの養殖が盛んに行われているからこそできるメニューなんだそうだ。最近では、マーケットでも手ごろにアワビが手に入るとのこと。私はとにかくアワビが大好き!ハワイでアワビなんてもう、最高!!

Y子さんのおかげでいいお店を紹介してもらえて、感謝。
Y子さんとはまだ2回しかお会いしていないのに、息があってとても楽しく時が過ぎていった。彼女の車で送ってもらって、帰宅したら9時半。

気になっていたWBCの結果をおそるおそるネットで調べた。
バンザーイ!!
日本チームが韓国に勝ちWBCのチャンピオンになっていた。
うれしい、うれしい。日本では、もっと盛り上がっているんだろうな。。。
2009年3月22日 (日)
オーサン!

朝から5月、6月の日本でのフラのプロジェクトに向けて、フラのK先生との電話、日本との電話、メールのやり取りなどで忙しく過ごした。海を越えての仕事は大変だが、メールという手段があるために本当に助かる。やっと実現に向けて前進できたので、ホッ。。。
いよいよ、出発進行!というところまで来た。

午後2時から私はTVに釘付けになった。もちろんWBCの観戦。
一昨日と同じように、一人でJAPANチームに声援を送った。
「伝説のスラッガー、サダハル オー。オーサンが今夜このスタジアムに来ています!」とアメリカのアナウンサーが紹介し、王さんの姿が何度も画面に映し出される。アナウンサーは「オーサン(王さん)」と親しみをこめて彼を紹介。「彼は実に素晴らしい紳士です!」と盛んに話す。なんだか、とてもうれしかった。結果は野球大国のはずのアメリカに日本が大勝。。。よかった!!
アメリカのメジャーリーグは変わってしまった、外国人ばかりで本当のアメリカ野球はもう存在しない。。と嘆く人がいる。どこかの国の国技と同じだ。また、日本が柔道で敗北すると、日本の柔道はどうなった!と嘆くのとも似ている。あとは韓国との決勝戦だ。明日が楽しみ!!

こちらの時間で野球中継が終わったのが、夕方5時半すぎ。我に返っておなかが空いているのに気がついた。さあ、お買い物に行こうか、、と思ったとき、ふとようこちゃんに電話をしてみようと思った。携帯にかけると「あら?京子ちゃん!!いまどこ?お家?夕飯は?そう、あ、よかった」と立て続けにしゃべってなんだかとてもあわてている様子。「あとですぐ電話するから。待っててよ!」と電話は切れてしまった。そしてすぐ、ようこちゃんから電話。「私、今あなたのコンドの前にいるのよ。夕食も持ってきたから、一緒に食べよう!すぐ玄関に下りてきて!」
なんだか訳がわからずに玄関に出ると、両手一杯に食料の入った袋を持った、ようこちゃんがいた。

ようこちゃんは今日、家のすぐそばのコンドの一室でパーティをしていたらしい。パーティもお開きになり沢山のご馳走が残った。「京子ちゃんが家にいて、食事の用意ができていなかったらこれを一緒に食べたいなあ、、」と思っていたときに、思いがけず私からの電話が入ったのだという。以心伝心だねえ、、と大喜び。

おなかが空いていた私にしたらまさにタナボタ。ようこちゃんが抱えてきてくれたのは、握り寿司、マグロの刺身、サラダ2種類、とんかつ、ティップスにほうれん草のディップ、それに果物。まあ、すごいご馳走だった。私はとっておきの京都名物「すぐき」をお出しして、京都生まれのようこちゃんは大感激してくれた。

尽きないおしゃべりをしていたら、アッと言う間に深夜になってしまい、車でようこちゃんをお送りして一日が終わった。

今日は予想もしなかった楽しい一日になった。
2009年3月21日 (土)
えらい!よくやった!!よかったね

今日はちょっと大変な一日だった。
K先生のフラの日本でのプロジェクトに関する仕事で、朝から夕方までパソコンと電話にかかりきりになっていた。私の場合、今は暇だからこれに時間を費やすのはまだいいとして、パソコンを使うから目がつらくなってくる。「ああ〜〜」である。若いスタッフのみんなが日本で一生懸命動いてくれているのがなによりもありがたい。日本とハワイとで連絡を取りながら、しばらくはこの仕事が続きそうだ。
半年に一度、こういう日々がやってくる。今回もすべてうまく行きますように・・

今日は日本時間の22日。マヤパパが出場する東京マラソンの日だ。東京はあまり天候がよくないらしい。
私もなにか落ち着かないときを過ごした。マヤとマヤママもコースの沿道で応援するために、朝から応援に出かけている。私も日本いいたら、きっと一緒に応援しただろうに、ごめんね。。。
何しろ東京のすべての名所を自分の足で走って廻るようなものだから大変なのよ、とマヤママ。
そうか、そういわれればその距離がわかるような気がする。

インターネットで「今、彼に会えました!,21キロ地点を元気に走ってましたよ」とか「今、完走しました!!」とか、マヤママが逐次報告をしてくれたので,私もほぼリアルタイムに彼の様子を知ることが出来てうれしかった。便利な世の中だと感激していたら、もっとすごいことを聞いて驚いた。

マヤママ曰く「すごいのよ。彼のゼッケン番号を入れたら、5キロごとの経過時間が見られて、彼がいまどこにいるかがわかるのよ。東京マラソンのHPでね。私はそれを見て、彼を追っかけて応援したの。ベビーカー押しながら、、それは大変だったけど、楽しかった。。イスラエルのマヤパパの両親も向こうでパソコンの前に座ってそのHPをオンタイムで見てたんだって!「今、彼はフィニッシュしたよ!」とイスラエルから私の携帯に電話が入ったの。ね?便利でしょ?」

とにかく、5時間19分をかけて42.195キロを見事に完走したマヤパパ。本当に偉かった!!
出場が決まってから今日まで黙々とトレーニングを積んできたパパ。本当に偉かったね!!
途中、足の爪が割れたり、大変だったらしいけどよく頑張ったね。ドイツのジャッキー一家からの応援も彼に届いていたはずだ。今日は私たち家族にとって、とても嬉しい日になった。
「マヤパパ、貴方を誇りに思います おばあちゃんより」とメールを打った。

夕方、昨日手術をしたばかりの友人から電話があった。
心配しつつ、待っていた電話だった。少し声に張りがなかったけれど「京子さん、昨日手術終わりました。大丈夫よ。もうこれから退院します。。」と・・・。私は胸がいっぱいになって「よかった!ホッとした!!お電話ありがとう!!くれぐれもお大事にね」というのが精一杯だった。
手術後、病院で一泊しただけでもう退院なのだ。決して簡単な手術ではなかったはずなのに・・。アメリカはこれが常識だそうだ。あまりに医療費が高すぎてこういうことになるらしい。
お産のあともそうだけれど入院期間はとても短い。何はともあれ、元気で退院できてよかった。

今日は一歩も外へ出なかった。家の中にいながら、あれこれ、なにやかやとハラハラする一日だった。こんな日もめずらしい。
2009年3月20日 (金)
ラジオに出演!

朝から快晴。トレードウインドが吹き,暑くなってきた。いよいよ春が来たか?と、こちらの人も嬉しそうに話している。2月にここに来て以来、こんなに晴れ上がった日は初めてといってもいい。
家の中にいても、実に気持ちがいい。

午後、ラジオの日本語放送KZOOを聴いていた。18日の日記に書いた『電話応答』の時間だ。この番組はまったくぶっつけ本番なので、ときにリスナーからの電話がとても少ないときがある。今日は久しぶりの晴天でお出かけの人が多いのかリスナーからの電話質問が少なかった。「今日はどうしたんでしょう。お電話がきませんねえ。。」とアナウンサーが困っている様子。
そこで、私は思い切って番組に電話をしてみた。前から疑問に思っていることがあったから。。。
呼び出し音がなり、スタジオにかかったようだ。かなりドキドキ。。

「もしもし。こちらKZOOです!」と受話器から聞きなれたアナウンサーの声が聞こえてきた。
「こんにちは、はじめまして!私はこちらに長期滞在している者ですけれど。。」と話す私の声がラジオから聞こえてくる。さらにドキドキ。。。

「いつもこの番組楽しみにしています。今日は気になることがあってお電話しました。去年からワイキキビーチのトーチライトがつかないままで、とても夜のワイキキあたりが淋しいんですけれど、なぜなんでしょうね。財政的なこともあるんでしょうが、世界的な観光地としてはとても残念なんですよね」と話しだすと「え?そうなんですか。。私、あまりワイキキに出ることがないので、知りませんでした。それはとてもよくないわねえ。。南国らしさがないですよね。知らなかったです。そうでしたか。。それではこの次、ホノルル市長さんが局にいらしたとき、お話しておきましょう。そうですか、、それは知らなかった!」とアナウンサーが大いに同調してくれた。
私はその事情を知っているリスナーからの回答をもらえたら、、と思っていたのに、いきなり市長さん直訴??とびっくり。なんでもホノルル市長さんは一ヶ月に一度か二度はそのラジオ局を訪れるのだそうだ。

さらに「ちょっともう少しお聞きしていいかしら?」とアナウンサーから質問された。「あなたは日本のどこからいらしてるんですか?」「私?横浜からです」「あら!私も横浜なんですよ。あらあ、そうなんですか!ハワイにはね、神奈川県人会というのがあるの、是非参加して下さいな!」〜後略〜

今日は番組自体、暇だったことも幸いして、予想外に長くお話することになってしまった。おまけにトーチライトが点火されず残念に思い続けていた私の気持ちが、ホノルル市長さんにまで届くかもしれないのだ。

私が電話を切ったあとも、その番組では「まあ、知りませんでしたね。ワイキキのトーチのことは。。トーチライトが消えたままなのは、観光都市としても大変よくないことですから、何とかして欲しいものですねえ」とアナウンサーは話し続けていた。今日も楽しい思い出がまた一つ増えた。

そのあとワイキキビーチに出た。空の青さ、海の青さ、そしてそよ風。久しぶりの「ああ、ハワイ!!」だった。不思議なもので寒いときは海を見る気にもならないものだが、今日は海の青さと白い波が清々しく感じられてうれしかった。

今日の午後、友達が手術を受ける。無事に終わりますように祈らずにはいられない。それもあって、私はワイキキの「ヘイアウ(古代の神殿跡)」に出かけたのだ。本当に不思議なのだが「ヘイアウ」の前にじっと立って、友達の無事をお祈りしたら足の下のほうからザワザワと熱くなってきて、体中に力がみなぎったような気がした。初めての経験だった。ハワイには私たちを元気にしてくれる何かがあると思っていたが、今日はそれを実感できたような気がした。

きっと手術は大成功だった。。そう思う。早く元気になってね!
2009年3月19日 (木)
サムライ顔

今日も曇天。
家の前のトーマスジェファーソン小学校の生徒たちを見ていたら、今日は様子が違っていた。クラスごとに同じ色の洋服を着ていた。色さえ同じならいいようで、様々なファッションだったけれど、赤色の服を着ているクラス、ブルーを着ているクラス、そして黒を着ているクラス。。。一体なぜなのか?それはわからなかったけれど、見ていてとても楽しかった。担任の先生もキチンを色を合わせているようだった。

今日は一日家にいて、午後3時から7時ごろまでWBCの日本と韓国戦をTVで見た。
もともと一人でも騒ぎながら観戦するのは得意で、よその人が見たらびっくりするだろうけれど、今日も夢中になって歓声をあげながらTVの前に座っていた。もちろん英語での中継なので、絶対に目を離すことが出来ない。目でゲームを追ってなければアナウンサーの解説だけでは状況がわからない。野球用語も日本での言い方と違うから、よけいにわからない。とにかく、今日は勝ってよかった!次はアメリカとのゲームだ、最後まで勝ち進んで欲しい。

昨日、韓国人の友達とWBCについて話していたら、彼女が意外なことを言うので驚いた。
「わたしね、じつはイチロー好きなの。あのひと、かっこいいじゃない?サムライっていうか・・・ね。韓国の選手、皆大きくてさ、なんか好きじゃない。ほんとは私、日本が勝つとうれしいの。。。ピッチャーもハンサムだもの、日本のね。。私、日本応援するの!」
そう言われてみれば、確かに日本人選手はみんなサムライ顔をしている。彼女がいうのもわかる。正直のところ現在はプロ野球観戦から遠ざかっていて、イチローとダルビッシュと松坂しか知らないのだけれど・・・とにかく日本チーム、頑張れ!!

元横綱の曙が東京マラソンへの出場を取りやめたという。マヤパパが出場するので、個人的にはいつのも東京マラソンより興味を持っていたのに、残念。マヤパパは日々トレーニングをしてその日に備えている。もちろん、出場することに意義がある。。ということでだ。
慣れない異国(日本)に居ながら、積極的に人生を楽しもうとする彼にエールを送りたい。
彼の食事に気を配って、一生懸命応援しているマヤママも、頑張れ!!

一方、ドイツのジャッキーパパは最近、同じ職種ながら転職したので、この4月ジャッキー一家はフランクフルトに転居する。入居するマンションの契約を終えて、目下、本格的にお引越しの準備中。とはいえ、今のお家も空けたままにしておくのだそうで、彼女たちはミニ引越しと言っている。ジャッキーを連れての引越しはきっと大変だろうから頑張れ!!頑張れ!!

みんな頑張れ!
2009年3月18日 (水)
毒カタツムリ

昨夜は目覚まし時計もセットせず、自然に目覚めるまでどれだけ快適な睡眠がとれるかを試そうと思ってベッドに入った。低反発マットレスの効果を試してみたかったから・・・
低反発マットレスの効果は絶大だった。一度も夜中に目が覚めることなく、朝までぐっすり。おまけに大寝坊。9時間以上の熟睡だった。体重を均等に支えられるせいか、起きた後の身体のこわばりもない。むしろ背中の筋肉が元気になったような気がする。よかった!!

ただし、一つ問題が。。私は昔から8時間以上寝た翌日は必ず頭痛がする。そのせいで頭がはっきりしない。。「よく寝れば寝るほど、頭がはっきりしない、その上痛い。。というのはおかしい」とみんなは言うが、実際そうなのだから仕方がない。だから今日はすこし頭痛がする。この頭痛は一日中治らないので、いつも痛み止めを一錠だけ飲んで回避する。今日も朝食後、ビタミン剤と一緒に頭痛薬を服用。で、今はもう大丈夫。

朝から快晴。トレードウインドも戻ってきた。これで本格的に天候回復か?!さすがに暑くなってきたから今まで重ね着していたタンクトップをついに脱いだ。半そでTシャツでも大丈夫、パンツも長いのから、ひざ下までのものにはきかえた。やっとハワイらしい装いができるようになった。

ハワイのラジオの日本語放送は、本当におもしろい。リスナーが直接スタジオへ電話をして、様々な質問を投げかける。するとそれをラジオで聴いたリスナーがスタジオへ電話をして回答してあげるという番組がある。日系人で、しかもかなりのシニアの人たちの間で人気がある時間だ。ほとんどの人が日本語と英語を混ぜて話す。日本語は広島弁らしきイントネーションの人が多い。最近の質疑応答の中で一番多かった話題は、韓国と日本のWBCの試合のこと。昨日は韓国に負けて残念!というものが多かった。こちらの日本人社会でもこの話で持ちきりのようだ。

今日はこんな質問があった。「最近、ポイズンの、あの、毒っていいますがね、その「毒カタツムリ」がウチの庭に沢山います、そう、すごく大きいヤツね。で、困ってます。そうデンデンムシっていいましたね。それにはどんな薬が効きますか?」

その答えがおかしかった。「ハイ、一番いいやり方はね、そのスネイル(カタツムリのこと)をアップサイドダウン(裏返しのこと)にするのね。そしてソルト、あ、塩っていいますかね。それをスネイルの角が出てくるところにかけるの、、すぐ死にますよ。スネイル。。。」英語の部分は本格的発音で、それ以外は少々なまりのある日本語。そのお話しぶりがとても楽しくて、微笑ましくていつも聞き入ってしまう。カタツムリに毒があるなんて、初めて聞いた。日本のとは違って気持ち悪いくらい大きいようだ。

夕方からアラモアナホテルのお友達のところへ。あさってに手術を控えている彼女を励ましに行った。彼女はとても元気で、もう覚悟はできたわ。。という明るさがあって、本当にホッとした。

同じコンドに住むお友達から買い物を頼まれたこともあって、帰りにスーパーの「ドンキホーテ」に寄った。
ゆっくり見てまわると、本当に日本商品の品揃えが豊富だ。食べたいものはほとんど揃っている。ハワイは便利でありがたい。
2009年3月17日(火)
さて、寝心地は?

今もラジオでアナウンサーが「今日も寒いですね、本当に寒い。。」を連発している。今日も曇天で太陽は顔を見せてくれなかった。もう3月なのに・・・。

ハワイで子育てをしていた鯨たちもそろそろ北極海へ帰るころだという。今年は私は一度も見ることができなかった。。残念!

今日は散歩がてらに銀行へ行った。特に用があったわけでもない。先日銀行へ出かけたときカウンターの女性が「今は切らしてしまっていますが、貴女に差し上げるギフトがありますので来週以降、取りに来て下さいね」とその引き換え券をくれた。それをふと思い出したのだ。行ってみるとそのギフトはかなりグリーンの大き目のトートバッグだった。上にはファスナーがついていて裏地は銀色で、保冷、保温になるバッグだった。買い物には便利そうだ。

散歩がてら・・といってもカラカウア通りを歩くので、どうしても沢山の人の間をきょろきょろしながら歩くことになる。散策といったほうがいいくらいで、運動になるかどうか? ここしばらくフィットネスクラブにも行けていないので明日あたりから出かけてみようかと思っている。

カラカウア通りを歩いているとき、鮮やかなグリーンのお揃いのTシャツと、キラキラ光るグリーンのビーズのネックレスをかけた人々が目に付いた。三々五々グループで歩いている。よく見ると、そのTシャツには ”Kiss me! I am Irish”と書かれている。「私にキスをして!私はアイルランド人です」ということだ。今日はここでアイルランド人のためのイベントがあったのだろうか。。。もし、私たち日本人だったら、「私は日本人です」くらいのことはTシャツに書くかもしれないけれど、「私にキスを!」などとはとても書けないなあ。。とおかしくなった。日本では考えられない不思議なことが、ここでは毎日繰り広げられている。ハワイっておもしろい。

今日は夜眠るのが楽しみだ。なぜかというと、私のベッドのマットレスが昨日よりずっと寝心地がよくなっているはずだから。。。

私のベッドのマットレスも古くなってきて、横になると身体が沈み込む感じになってきた。なんとかしなくちゃ、、と思っていたら、昨日ウォルマートでいいものを見つけたので、早速買ってきた。古くなったマットレスの上に敷く、低反発のマットレスだ。厚さ5センチくらいでかなりの重みがある。商品はギューッと圧縮されて包装されているが、箱から出すとブワアーーと広がる。見事にクイーンサイズの私のベッドのサイズになった。開封したあとは24時間このままにしておくようにとの注意書きがあったので、私は昨夜は別のベッドで寝た。

そして今日、24時間が経過したので、ベッドメイキングをしなおして私のベッドは今夜から断然寝心地が良くなった、、はずなのだ。

さて、どうかしら??
2009年3月16日(月)
アンガス エリオット君

今日は一日中、半そでで過ごした。今日まで出かけるときは、長袖の軽いジャケットが必要だった。それほど寒かったけれど、やっと今日は暑い!と感じた。外気温は26度だそうだ。しかしここ数日トレードウインドが吹かない。まだ本格的な天候回復ではないようだ。

ハワイに来て5週間。気になっていた窓のブラインドの掃除がやっと出来た。細かいところの家の手入れが少しずつ進むとうれしいものだ。日本ではホコリをぬぐうと黒っぽい汚れが雑巾につくのに、ここでは薄い茶色の汚れがつく。ハワイの赤土のせいだろうか。

午後からウオルマートに出かけ、洗剤類、チェリーコーク、ティッシュペーパーなど切れかけていた生活用品をどっと買い込んできた。今日は月曜で店内がとても空いていたので、いつもよりゆっくり時間をかけて見てまわった。このお店に入ったときの匂いが「アメリカ」で、なんだかうれしい。アメリカにはアメリカの、ドイツにはドイツの匂いがある。日本にももちろんある。表現のしようのない感覚だし、なぜだかはわからないけれど・・・。

帰りにドンキホーテに寄った。入り口付近にはイースターのための商品が並んでいる。ついこの間までは雛人形や雛あられが並んでいた。その前はバレンタイン用ギフトだった。

マヤの一歳のお誕生日が近づいてきたので、今日バースデーカードを選んできた。私はハワイにいてお誕生日を一緒にお祝いできない。その代わりというわけではないけれど、マヤパパのご両親がマヤのバースデーの前日に来日、約一ヶ月マヤのお家の近くのマンスリーマンションに滞在して、マヤたちと一緒に過ごされることになっている。一年に一回はこういう形で来日、ご夫妻で日本中を旅する。とても行動力のあるおじいちゃんとおばあちゃんなのだ。4月、私が帰国するころまで日本にいらっしゃるので再会することになっている。

二人の孫が出現してから、私の人生も大きく変わった。私がどこにいてもほぼ毎日の連絡を欠かさない娘たちのおかげで、孫たちの様子がつぶさにわかる。

スカイプの画面で会った一昨日のジャッキーは、自分の身体くらいの大きさの人形をいたく気に入って、いろいろと世話を焼いていた。歯と発音できないので「あ!」と言ってはその人形の歯磨きをして上げたり、おやつを分けてあげるような仕草をしたり、抱っこしてその背中をトントンたたいてあやしたり。。。自分が大人にしてもらっていることがわかっているのだろう。やはり女の子だなあ、、と思う。

その人形は、ジャッキーママが中学一年生のときアメリカに一ヶ月間ホームステイしたときに、ホストファミリーのママからいただいたもので、当時流行していた「キャベツ人形」だ。男の子で名前を「アンガス エリオット」という。
そのアンガス君が、20年余を経て、今ジャッキーのお気に入り人形になっている。

アンガスはアメリカのユタ州から日本に来て、横浜の我家に長くいたけれど、今はドイツに住んでいるというわけで、スカイプの画面からジャッキーに抱きしめられているアンガス君を見て私は感慨無量だ。

スカイプを切る時、こちらがバイバイをすると、ジャッキーも画面の私に向かってバイバイと手を振ってくれた。ほんと、うれしい。
2009年3月15日 (日)
ハワイ晴れ!!

昨夜はまたもや大雨だったけれど、今朝はうって変わって快晴!見事なハワイ晴れだ!!
「ワーーーいいお天気!」何日ぶりだろう、こんなに気持ちのよい朝は!!

窓を開け放すと室内にそよ風が吹き渡って本当に気持ちが良い。今朝のコーヒーは特においしかった。ハワイでも日本でも、私はもっぱらフレーバーコーヒーを飲んでいる。もちろんハワイのコナコーヒーだが、バニラマカデミアナッツ風味のものだ。
これを気に入ってくれる人が多くて、ハワイへ来るお友達もお家へのお土産にと買い込んで行く。キャロルもいまごろアトランタでバニラマカデニアナッツのコーヒーを楽しんでいることだろう。

キャロルといえば彼女はベッドに入る前、そして朝起きたあとしばらくの間は部屋着を着ている。いわゆるガウンだ。そういえばドイツのジャッキー一家もそうである。私も一応ガウンを持ってはいるが、私の生活様式にはどうもそぐわない。朝起きたらさっと普段着に着替えて一日が始まるし、夜寝る直前でないとパジャマは着ない。どうもガウンだと動きにくいし、落ち着かないし、第一シャキッとしない。彼女はガウン代わりに着るゆかたが欲しいという。案内した白木屋デパートで彼女が選んだのは、温泉旅館においてあるような白地に紺の模様のごく普通の男物のゆかただった。私が着たらどう見ても寝間着にしか見えないのに、にくいことに彼女が着ると立派なガウンになっていた。

今日はホノルルフェスティバルの最終日。夕方からカラカウア通りでパレードがあった。
カラカウアでパレードがあると、長時間車は全面通行止めになり、他の道も混むのでワイキキに住む人にとっては大変だ。私も今日は車を使わないことにしていた。

私はこちらでイベントがあってもあまり見たことがない。だけど今日は予定もないし、せっかくのチャンスなので4時半からパレード見物にでかけた。マーチングバンド、日本からの沢山のフラの団体、ミスなんとかという美女たち、ハワイ州知事などが華やかに行進。パレードはハワイらしく、よく言えばのんびりと、悪く言えばダラダラと進行していった。終了予定時間の8時まではとても待っていられないので、結局途中で帰ってきてしまった。

パレードの最中、ザーッと雨が降りだし、まもなくそれがやむとワイキキに大きなダブルレインボウが。。。見物の人は大喜びで「オーッ」と歓声をあげた。
私はパレードもさることながら、青空に出現した見事な虹におおいに感動して帰ってきた。
いつ見てもハワイの空にかかる虹はすばらしい。
2009年3月14日 (土)
たこ足配線

昨夜からの大雨が今日の午後まで降り続いた。潮風でこのあたりの窓ガラスは汚れやすい。
家の窓ガラスをきれいに洗い流してくれるか。。と期待したほどの風と雨だった。夜中に雨音で目が覚めたという人がいたほどだった。しかし窓は期待ほどきれいになっていなかった。残念。。。
夕方からは青空が広がり、夜には星空になっている。明日は晴れるかな?

先日キャロルとパソコン作業をしていたとき彼女が「キョウコ、こんな風に電気コードを『たこ足配線』していると危ないのよ。私が整理してあげる。。」と言い出した。こんがらがったコードをていねいにほどき、上手にまとめてくれた。パワーバーというものを買ってきてすべてのコンセントを一箇所にまとめるように。。と教えてくれた。憲さんは日曜大工が好きで、いろいろ作ったりしてくれたが電気関係には意外に無頓着だったのだと、いまになって気がついた。電気のことは彼にお任せだったから、私は電気の配線にまで全く気がまわっていなかった。言われてみれば、すごい「たこ足。。」だった。キャロルの教えどおり、昨日パワーバーを2本買ってきて今日その作業をした。すっきりした。キャロルにまた感謝だ。

今日はめずらしく一日中家にいて、ラジオの日本語放送を聴いていた。
ハワイの最近の出来事を日本語で聴けるので、大変おもしろい。日本の放送もそのまま流れてくる。いままでハワイでも日本でもほとんどラジオを聴くことがなかったのだが、これからはこんな楽しみもあるな。。と思った。ラジオを聴きながら、ウトウト昼寝もできる。

またハワイでは本を読むのも楽しみだ。難しい本ではなく、軽く読める単行本ばかりだけれど。
中村勘三郎さんの著書と、古今亭志ん朝(故人)についての本を楽しく読み終えたところだ。
そして今は、柳家小三治さんの著書を読んでいる。これが本当に面白い。思わず大声で笑い出してしまう。先日も別の部屋にいたキャロルが「どうしたの?キョウコ!」と飛び出てきたほど、一人で爆笑してしまう。日本人として長く生きているのによく知らなかった歌舞伎、落語の世界に興味が出てきた。これらの本は、アラモアナの白木屋のブックオフで買う。こちらにブックオフが出来てからお安く日本の本が買えるので助かる。読み終えた本がたまってきたので、それをまたブックオフに持っていこうと思っている。まるで日本にいるのと同じように生活できるハワイならではの有難さだ。

今日からは少し暇になる。。と思ったとたん、フラのK先生から連絡があった。5月、6月の日本でのプロジェクトの相談だった。なんとタイミングのいいこと。
まもなくまた、それに向けての仕事が始まる。楽しみだ。
2009年3月13日 (金)
キャロルとの日々 その2

キャロルと私は知り合って以来、通算約3ヶ月以上は一緒に住んでいることになる。彼女を訪ねてアトランタのおうちで過ごした日々、一緒にアメリカ国内を旅行した日々、ハワイで過ごした日々、、を足すとそうなる。だから、私の家族や友達の多くを彼女は知っているし、私も同じこと。おかげで久しぶりに会っても話題に事欠かない。あの人はどうしてる?この人は??と話はつきない。

普通のオバサン同士が話し合うことだから、大したことは話さないが、オバマ大統領の話、麻生首相の話くらいまではする。もっとも私はオバマさんのことを知っているが、普通のアメリカ人はアソウさんについては全く知らない。だって、しょっちゅう変わるから、覚えていて欲しくてもそれは無理だと思う。大したこともしないでいるのだから。もちろん、彼女もアソウさんを知らない。近頃の日本の財務大臣の失態も彼女は知らなかった。
いいような悪いような・・・。

と、ここまで書いたところで、ハワイアンテレコムの作業員が来てくれて目下、作業中だ。つい数時間まえ、キャロルが電話で頼んだばかりで、次の日曜日に工事に伺います。。と言われていたのに、突然予定を繰り上げて来てくれたそうだ。ハワイにしては素早い対応で、感激 感激! 
約40分の作業で無事、完了。私のハワイでのインターネット環境はやっと快適なものになった。
キャロルに感謝だ!!!

夕方から、アラモアナホテルに出かけた。そこで仕事をしているお友達と会うためだ。彼女は元気なのだが、健康診断の結果に心配があって不安がっていた。私もしばらく忙しくて会えなかったのだが、今朝彼女から「会いにきて。。」と電話があった。

ご主人とも相談して彼女は思い切って来週、手術を受けることにしたという。的確ないい決断だと思う。もともと元気な人だからすぐに仕事にも復帰するというし、彼女の表情も明るくてホッとした。「貴女はご主人がついてくれているから心強いよね。よかったね。私の場合、その点心細いのよね。。」と言ったら、彼女は即座に「ハワイには私がいるでしょう。京子さんが困ったら、私が貴女の世話をします、大丈夫よ!」と言ってくれた。なんだか胸が熱くなって、言葉が出なくなってしまった。

彼女は手術後すぐに退院して、通院しながらしばらく休養を取る。来週後半からはしばらく会えなくなる。
「だから電話をしたの、一緒に食事がしたくてね。今日は私がおごるわね!」と言い「鍋焼きうどん」をご馳走してくれた。本格的なお味で、とってもおいしかった。私がすべて食べ終わると「今日はよく食べたね、えらいえらい、、」と頭までなでてくれた。これではどっちが病気見舞いにきたのかわからない。

彼女は韓国系アメリカ人。二人の共通語は日本語なのでありがたい。わからなくなると単語だけ一部英語になったりする。国籍、出身国を越えてあたたかい気持ちが通い合わせられることが、なによりうれしい。

今日は朝からとてもいいお天気だったのに、夜になってからワイキキは大雨だ。キャロルは8時間の飛行を終えてそろそろアトランタへ着く時間だ。アメリカでは国内旅行でも、時差があり、飛行時間も長い。
ほんとに大きな国だこと・・
2009年3月13日 (金)
キャロルとの日々 その1

キャロルが8日にハワイに到着以来、楽しくてあっという間に5日間が過ぎてしまい、今日午後、彼女はアトランタへ帰って行った。彼女はハワイに来ても特別どこへ行きたいとか、何をしたいとか、なにが欲しいとか、なにを食べたい、、などという希望はもっていなかった。「今日は何が食べたい?、ね、どこへ行こうか?」というと、必ず「私はね、キョウコと一緒に過ごすためにここへ来たのよ。二人でゆっくりここにいられれば、なんだっていいのよ」という答えが返って来る。彼女のそういう気持ちがとてもうれしい。

確かにお互いに通じにくい英語ながら、常になにかしらおしゃべりしているのだから、どこにいても同じことだといえばそうなのだ。でも、私としては彼女に「ハワイ」を楽しんで欲しい、という想いがあるから、結局いろいろなところへ出かけ、ドライブもし、買い物を手早く済ませ、おいしいものを食べ、夜は家でリラックスしておしゃべりする、、という日々だった。

彼女の滞在中、天候はやはり涼しかったが、数日前から明るい太陽が戻ってきたし、ワイキキビーチでゆっくりと甲羅干しもできた。彼女の好きな天ぷらも楽しんでもらえた。ハワイならではの食事といったら、日本食だというのが、日本大好き人間の彼女の考えだ。たしかにアトランタではまともな日本食は食べられない。ジャパニーズレストランと銘打っていても、なにかが違うのだ。ハワイの味噌汁をおいしそうに味わい、とてもうれしそうだった。本当は私が料理すればいいのだが、限られた時間を一緒に楽しみたいから、それはしない。毎日の朝食は作るけれど、それ以外は外食だ。時には先に起きた彼女がコーヒーを入れておいてくれたりもする。私がアトランタに彼女を訪ねるときも同じこと。いつも彼女と私は一緒に旅行をしているように過ごす。それが私たちのやり方なのだ。だから気楽に何日でも滞在してもらえる。それに合鍵を渡しておけば、出入り自由というわけだ。

彼女の滞在中、私自身で英語で済まさなくてはならない用事を彼女に手伝ってもらった。日常の会話以上に難しい英語が出てくる手続きなどは、私には無理。特に今回インターネット接続の変更をしたいと思っていたので、彼女が来てくれて大助かりだった。とはいえ、お互いにインターネット関係の難しいことはさっぱりわからない。貴女は英語のエキスパートだけど、それでもわからない。それでも二人で大騒ぎしながら、モデムをパソコンに繋ぎ、あらゆる知恵をしぼって私のネット接続をDSLに変更しようと試みたがうまく行かなかった。説明書では「あなたでも簡単に繋げる!」とあるのに。サポートセンターに電話して教えてもらってもダメ。結局ハワイアンテレコムの技術者に来てもらうことになった。それもこれも、キャロルがいてくれたから出来たこと。感謝、感謝。

キャロルはずっと専業主婦。持ち前の明るさとウイットに富んだ話しっぷりで、周りの人を楽しませてくれる。相当なあわてものだし、うっかり屋さんでもある。彼女のあとを歩くと必ず落し物、忘れ物がある。それを始末して歩くのが私の役目。彼女と一緒にいると私は日本人だなあ、、と改めて思う。
常に急いでいるのは、私。細かいところまではっきりさせようとするのはいつも私。
「何時に家を出る?お腹空いてない?これから何をする?」といつも気になるのは私。
彼女に言わせれば「出かける用意が出来たときが、家を出る時間。食事の時間?おなかが空いたとき食べればいいわ。何をしたいかそのときに考えましょう、だって私たちはハワイにいるのよ。リラックス、リラックス。。」 どこかで聞いた言葉だ。そうそう、フラのK先生はいつも私にそう言っている。
どうやら、私たち日本人はゆったり、ゆっくり、リラックスすることがヘタのようだ。
むしろ予定が決められている方が安心していられる。私もハワイにいて、相当のんびりできる性格になったと思っていたが、まだまだのようだ。
2009年3月8日 (日)
もう、キャロルったら!その2

スキップの電話の通り、キャロルは12時間以上の長旅の末、夜8時半にホノルル空港に着いた。「空港からタクシーに乗ったわよ。あと5分くらいでお宅に着くって、ドライバーが言ってるわ」と電話があった。
よかった、無事着いた!!

玄関まで出るとまもなくタクシーが到着。相変わらず、ゴージャスな感じのキャロルだった。たった5泊の旅だというのに、大きいのと中くらいのスーツケースが二つ。それもとても重かった。何が入ってるの??と聞いたら、「必要なものすべてよ。。」多分靴なんか、5足くらい入っているのだろう。

いつか二人でアトランタからフィラデルフィアまでドライブ旅行をしたとき、びっくりするほどの荷物を持っていたのを思い出す。まあ力があるから大丈夫なんだろう。キャロルも私もそういうところは昔と全く変わっていない。アトランタとハワイでは4時間の時差があるから、彼女は長いフライトと時差で疲れてるはずなのに、着いた早々、荷解きもせずにコーラを片手にずっとおしゃべり。ピザとクラムチャウダーで軽く夜食を食べながらまたおしゃべり。。。憲さんのことに話が及ぶと、二人ともしんみりしたが、いまの私の様子を見て安心してくれたようだ。

今日、なぜ来るのが遅れたのか、、興味深々で聞いてみた。
「それがね、アトランタの空港に着いたのが出発の一時間以上まえで、国内線だから全く問題なかったのよ。それなのに、私の乗るはずだった便が、予告なく早めに離陸してしまったの。デルタ航空の人からは、事前に何も連絡がなかったのよ。まあ、航空会社の責任だから、ノースウエスト航空の別の便を用意してくれたの、だけど乗り継ぎ乗り継ぎで、、疲れたわ。でもいいこともあったの、お詫びに、、ってファーストクラスに乗せてくれたの!」

キャロルも一瞬、以前の二の舞を踏むのではないかと思って、ドキリとしたのだそうだ。「私もスキップから今朝電話があった時は、また貴女が来れなくなったのか。。ってがっかりしかけたわよ」「アハハ。。。」

「イエーイ!、私はハワイに来たのよね。信じられないけど。。」相変わらず明るいキャロルだ。今夜あたりから窓を開けておいても寒くない気温になった。「明日からはすっきり晴れるといいわね。。」と言ったらキャロルはキッパリと言った。

「どんな天候でも、私は平気よ。だって私は貴女に会いに来たんだから。。雨でも、たとえ雪でもね、、」すごく嬉しかったけど、やはり私はハワイらしい天候の中で彼女が過ごせるといいな、、と思っている。

いつものことだが、彼女との時間はゆったり流れる。朝もゆっくり起き出してコーヒーを飲みおしゃべりする。おなかが空いたら何か食べる。気が向いたらどこかに出かける。そしてまたおしゃべり。

明日からそんな日がしばらく続く。久しぶりの再会だが、お互いに数字に弱いから(そういう問題でもないけど)何年ぶりなのか、二人とも思い出せない。「とにかく、とにかく、長い間会わなかったね!会いたかったのよ!!」と喜び合うだけだ。ニューヨークのテロ以降は会っていないと思うから、もう8年にはなるはずなのだが。。。

私の英語でこんなに長時間おしゃべりできるのは彼女とだけだと思う。彼女は私の英語にすっかり慣れてくれている。不思議に理解してくれるのだ。それが何よりありがたい。
2009年3月8日 (日)
もう、キャロルったら!その1

朝目が覚めると外が明るい。太陽だ!急いでカーテンを開け、窓を開け放つ。
本当に久しぶりの明るい朝だ。しかも無風状態。やしの葉が揺れていない。これもめったにない光景だ。とにかくキャロル到着の日の朝に太陽が顔を出したのがうれしかった。
そこへ電話。キャロルからか。。と思ったら、キャロルのご主人スキップからだった。彼の声は途切れ途切れに聞こえるだけで、話の内容がわからない。アトランタ空港から携帯で電話をしているのだろう。「キョウコサン?」と何度も呼ばれるのだが何を言っているのか、電波の具合が非常に悪い。「スキップ、あなたの声が聞こえないの!!」もう大変。

途切れ途切れに聞こえる言葉を何とか拾ってつなぎ合わせると「キャロル、最初の、午後8時40分、ノースウエスト627便、貴女の家、キャロル、貴女に会うのを楽しみにしている」
だけだった。「キャロルはノースウエストの627便で午後8時40分に着くのね?そうなのね?そうなのね?」「そうそう、そうです。その通り!わかった?じゃね」

何があったのかはわからないが、予定していたデルタ航空からノースウエストにフライトが変わり、時間も大幅に遅れて夜8時40分に着くらしい。不安なのでノースウエストのサイトで便名と到着時刻を確かめた。間違いない。デルタ航空でアトランタからホノルルまでダイレクトフライトのはずだったのに、なんとアトランタ〜ミネアポリス〜シアトルを経てホノルルにたどり着くらしい。国内線なのにすごく時間がかかりそう。
アメリカの国内線はとても複雑で、変更がとても多い。かつて私もその乗り継ぎにとても苦労した経験が幾度もある。

キャロルは一度、とても悔しい思いをしている。もう8年もまえになるだろうか、彼女はハワイへ来るつもりで、到着時間もフライトナンバーも知らせてきていた。キャロル到着の日。スキップから電話が入った。「キョウコサン!キャロルがショックでとても電話で話せないから僕が話しますね。キャロルが買ったと思い込んでいたホノルル行きのチケットは最後のコンファームができていなくて、取れていなかったんだ。いま空港でそれがわかって、キャロルは泣いてます。もちろん何とかならないかと当たってみたけど、他の便はすべて満席。明日のも満席。それで、キャロルのホノルル行きはあきらめざるを得ないんだ」と。かわいそうなキャロル。

でもここにその事態を気の毒がりながらも、ちょっと喜んだ人がいた。それは憲さんだった。憲さんはキャロルの来訪のため、私をホノルルに残して一足早く日本に帰ることになっていた。キャロルが気楽に滞在できるように、、との配慮だった。

既に帰国のための準備をすべて整え、憲さんがまさに家を出ようとしているときだった。空港へのタクシーも、コンドの玄関に来て憲さんを待っていた。そんなタイミングでのスキップからの電話だったので、私は大声で叫んだ。「パパ!ちょっと待って!!日本に帰らなくていいよ、キャロルが急に来られなくなったの。タクシーキャンセルしてきて!!」で、憲さんは大喜び?で、ハワイの滞在を延ばしたのだった。そのころハワイではお互いに携帯をもっていなかったので、もしスキップからの電話がもう少し遅かったら、万事休すだった。

そんな経験から今朝スキップからあわてた声で電話があったとき、すぐに「なにかあったな。。」と思った。でも遅れるにしても今回は無事こちらに来るに違いないのだ。ホッとした。一事が万事、キャロルはそういうところがあって、私はいつも「そんな貴女だけど、まだ私は貴女が好きよ!」と笑い転げる。愛すべきキャロル。

こんな二人がホノルルでどんな珍道中を繰り広げるか、不安でもありおおいに楽しみでもある。それにしても今回キャロルが予定の便に乗れなかった理由が気になる。
2009年3月7日 (土)
雨の中の花火

昨夜のTVの天気予報では夜中から今朝にかけて大雨が降るとのことだった。おまけに今日も一日雨も雨模様の予報。残念ながら見事に的中。一日中雨。日本から来ていたお友達が皆、帰ったあとでよかった。せっかく来たのにハワイの太陽を見ないで帰国するなんて気の毒すぎる。

ハワイに長期滞在するようになって、もう10年以上になる。
憲さんと常に一緒に約9年、一人になってから約2年8ヶ月。
憲さんが亡くなったあと、京子さんはハワイに来ることをやめるのではないか。。と心配していたのよ。。とある人から聞いた。確かに当初一人でハワイに来ること自体、相当の勇気が必要だった。一人で外国に何ヶ月もいることは相当なエネルギーが必要だし、いくらハワイが好き、フラが好きだといっても、一人で過ごすには無理があるのではないかとも思っていた。でもあえてそれを続けてきた。ハワイはすでに第二の故郷のようになっていたし、それになにより温かいお友達がここにいてくれるから。

憲さんのゴルフ仲間だった方々はいまも変わることなく私をその仲間の一員として迎えてくださるし「いやあ、ハワイに戻ってきましたね。よかった。。お元気そうで」とさりげなく連絡をくださる方もある。また、ようこちゃんのように新しいお友達を紹介して、私のハワイでの世界を広げようとしてくださる方もある。そしていま、ハワイに溶け込んでいる自分を改めて感じている。身体の調子もいい。本当にうれしいことだ。

今日は本を買いに、白木屋のブックオフに出かけた。2冊単行本を買った。「古い本があったら売りにきて下さいね」とキャッシャーで言われた。読み終わった本が何冊もあるのに、ここへ持ってくる考えは浮かばなかった。そうだ、それもいいな、、と思った。

帰りにドンキホーテに寄った。いろいろスーパーはあるが結局ここへきてしまうことが多い。やはり日本に一番近いスーパーだからだろう。レジで、憲さんのゴルフのお仲間だったOさんとバッタリお会いした。この方もいまはハワイと日本を行き来しておられるが、リタイアなさる前は、ずっとハワイでお仕事をなさっていた方である。憲さんが亡くなった時、本当にお世話になった。久しぶりでお会いできてうれしかった。ハワイ歴の長いOさんから、一度ハワイのお話をゆっくりお聞きしたいと思いながら、なかなかチャンスがないままだ。

夜9時前、突然「どーーん」と花火の上がる音。カーテンを開けてみるとワイキキの沖から上げていると思われる、見事な花火が目の前に咲いていた。雨が降りしきる中での花火だ。今日は何の日?いったい何のイベントなのかもわからない。13日からホノルルフェスティバルが始まるが、その前夜祭にしては早すぎるし・・ここでは時々、予期せぬ花火大会がある。ものの数分で終わってしまったがワイキキ方面からは大きな歓声も聞こえてきて楽しかった。とてもステキな夜になった。

あしたの午後、アトランタからキャロルが来る。きっと毎日二人で大騒ぎの毎日になることだろう。とにかく楽しく、美しく、おもしろい友達なのだ。花火が明日だったら、キャロルが大喜びしただろうに。。。ちょっと残念。
2009年3月6日 (金)
コナクラブのポキ

今日はとうとう曇り空のまま夕方を迎えそうだ。
朝、ドイツのジャッキーママと久しぶりでスカイプで話した。目下、ジャッキーママのPCの不調と、私のハワイでのネット接続がうまく行かないため、なかなかスカイプのチャンスがない。今日はジャッキーはもう寝ていて、その姿を見ることはできなかったものの、ジャッキーママから彼女の様子を克明に聞くことができてうれしかった。ハワイとドイツは地球の真裏にあたるため時差が12時間。昼夜が全く逆になる。

かかりつけのお医者様によるとジャッキーはとても用心深い性格で、ママの手にぶら下がりながらなら歩けるのに、ママの手から離れて自分では歩こうとしないし、用心深さから新しいものを口にするのを嫌がるせいで離乳食が遅れているらしい。「心配はないですよ。いずれ一気に歩いて、食事も進むようになりますよ」とのお医者様の言葉にホッとしてるところだという。

その代わり、相変わらず人を喜ばせるパフォーマンスはかなりのものだという。
朝、ママより早く起きだしたジャッキーは一人で上手にベッドから降りると、伝い歩きとハイハイで一人で遊んでいるらしい。ママがふと気がつくと、ママの額の上にはちゃんと広げられたメガネが乗っかっている。ジャッキーがママが目覚める前に準備してくれたらしい。さらに室内履きがママの足のところに揃えて置かれていたりする。ジャッキーは一人で動きまわってママの目覚めを待っているらしい。そしてママが喜んでほめてくれると「ウキャッ!」と声を上げて大喜びするんだそうだ。ああ、会いたいな!

今日はマヤパパのお誕生日。おめでとう!のeカードを送ったら、日本語でかなり長いお礼のメールが来た。彼の日本語の上達振りは、嬉しい限り。おめでとう!!

卒業旅行だろうか、日本人観光客が多いような気がする。着いたばかりの人がいきなり夏物に着替えて外に飛び出したものの、寒くて震えている姿を見かけることが多い。

午後からウォルマートへ。車で出かけるとき必要なクーラーボックスを買った。缶入りドリンクが9本入るサイズだ。要冷蔵のものを買ったときも、これが役に立つ。ウォルマートはやはり全般的にお安いので時々出かける。帰りにドンキホーテによって、コナクラブ(カニ)のポキを買ってきた。ククイナッツを砕いたものがまぶしてある。コナクラブ自体なかなか手に入らないし、今日は新鮮なのがあったのでうれしかった。
コナクラブのポキはもちろん生でいただく。日本で食べるカニの刺身と同じように、その肉は透き通っていてトロリとしていておいしい。ポキとして味付けしてあるのでそのままいただく。

近頃、本来の食欲が出てきてうれしい。食べない、食べられない時期が長く続いたので食事がおいしいのがうれしい。やっと心身ともに落ち着いてきたのだと思う。
最近会う人がみんな「元気になったね。顔が丸いよ。。」と言ってくれる。私は少し太ると足が太くなり、顔だけに肉がつく。そうじゃなくてフラを踊るときふくよかで素敵に見える部分が太りたいのに・・・うまく行かない。
2009年3月5日 (木)
それでも冷房?

午後あたりから、やっと空が明るくなってきて、白い雲が美く映える青空になってきた。
お昼前、ワイキキで待ち合わせたR子さんとランチ。食事が目的ではなくて、おしゃべりが最大の楽しみなので、ロイヤルハワイアンS・Cのフードコートで、簡単な食事。
本当に楽しいおしゃべりで時を忘れたが、普段なら風が心地よいはずの吹き抜けのフードコートでは、なんだか寒い。R子さんはダウンのベストを着ているし、私はTシャツのうえにカーディガン、さらにその上に薄手のヨットパーカーという出で立ちなのに、それでも寒い。お食事が終わってどこか暖かいところへ移動してコーヒーを。。。ということになった。

「でもさ、だいたいにおいてハワイで「暖かいところ」なんてあるのかな?とにかく風が入らないお店を探そうね。あ、そうだ近くのスタバはどう??」R子さんが言う。そうだ、あそこはビルの中だね、行ってみよう!話がまとまって、スタバへ。。

暖かいはずの屋内にあるスタバ、ドアを開けると同時に気がついた。「ああ、ここも寒い!!屋内って冷房ガンガンなんだった。うっかりしてた。ここは外より寒いよ!。。。二人でそこを飛び出て、迷った挙句、今度はプリンセスカイウラニホテルのコーヒーショップへ。そこは風も入ってこないし、日差しもあって暖かかった。

やっと暖まれる場所を見つけた二人。居心地のよい場所でコーヒーだけで数時間、またおしゃべりをした。さすがホテルのコーヒーショップだけあって、プールサイドにあるステージからは生演奏が聞こえてくるし、ウエイトレスも親切だ。
「なーんか、私たちリゾートにいるみたいね、なーんかハワイみたいじゃない?」とご機嫌で太陽を浴びながら、二人でゆったりとコーヒーを楽しんだ。

お支払いをして帰ろうとして、驚いた。なんとチップを含めても二人で8ドルだった。
熱いコーヒーを満たしたポットをデンとテーブルに置いてくれて、私たちは何杯お代わりをしたかわからないほど充分楽しんだというのに。これが日本のホテルで同じようなコーヒーショップだったら、たった一杯のコーヒーに8ドル以上はかかるはずだ。いやもっとかもしれない。ハワイのこの太っ腹なところがまたうれしい。

明日、あさっては何も予定がない。3日後にアトランタからやってくるキャロルを迎えるための準備だ。といってもなにもすることはない。せいぜいベッドメイキングをしておくことくらい。しばらくサボっていた「念入り掃除」くらいはしておかなくちゃ。。かな。
2009年3月4日 (水)
また、新たな出会いが・・

今日も風が強く、曇り空。 雨が降ったり、やんだり、日がさしたりの繰り返し。
午前中に用事があって銀行にでかけた。ファーストハワイアンバンクのワイキキ支店は、新しく開発され華やかに生まれ変わった、いま話題のルワーズ通りとカラカウア通りの角にある。窓口に提出する書類を書いていると電話。フラのK先生からだった。
「ハーイ、日本から帰ってきたよ。これからカウアイに戻るんだけどね。。日本ではまあ、楽しかったよ。いろいろあって疲れたけどね。。いろいろな人との出会いがあってよかったよ。ああ、疲れた!」と。声は元気だったけれど、仕事は相当ハードだったらしい。先生は「疲れたア。。」が口癖なのであまり心配はしないことにしている。これから今年の日本での仕事の構想を具体化するとのこと。私たちのプロジェクトも、もうすぐ仕事開始になるかな。。というところだろうか。

こちらにいると日本と同じように銀行、車の車検、各保険など、細かい用事もある。
一つ一つ経験しながら、やっと慣れてきた。いままで憲さんがしてくれていたことを全部自分でするのは大変だけれど、無事用が済むとちょっとした達成感がある。

夕方からコンベンションセンターで開かれた、春山満氏の講演を聞きに行った。
ようこちゃんが所属しているハワイシニアライフ協会主催のもので、きっといいお話が聞けるから、とようこちゃんからのお誘いを受けてのものだった。コンベンションセンターに入ったのも初めてなら「シニアの集い」に出かけたのも初めてだった。約150人が集まった。その中には若い人も沢山いたし、家のご近所の方もいらしていた。2年前に元SONYハワイの社長として活躍された坂井さんという方を中心に、このハワイシニアライフ協会ができたという。私のように長期滞在者も歓迎しますよ。。ということだ。

春山氏の講演も素晴らしかったし、感銘も受けたが、この講演会でまた素晴らしい出会いがあった。講演が始まる前、空いていた私の左隣のを指して「いいですか?ここに座っても?」ときれいな声で話しかけてきた女性がいた。「もちろん!」私はその女性とようこちゃんの間に座って講演を聞くことになった。その女性はY子さんといい、もちろん初対面。

同じ感覚を持つ人だけが感じあう、なにかがあったのだと思う。ようこちゃんと私とY子さんはすぐに親しくなった。日系3世と結婚をしてハワイに来た、東京の女性だった。
ワイキキの某ウェディングの会社で仕事をし、結婚式の司会も勤めるというY子さん。大きいお子さんもいて、幸せなママでもある。講演会の帰り、ようこちゃん、Y子さんと三人でハレコアホテルでお食事をした。ヒルトンハワイアンビレッジの隣にある大きなハレコアホテルはアメリカ軍のもので、軍隊に所属している人、または退役軍人の家族のためにあるステキなホテル。普通の人は入れない。ようこちゃんの御主人が軍関係だったので、私も連れて行ってもらえるというわけだ。

今日はY子さんも一緒に、そのハレコアホテルでディナー。3人の年代を考えると3世代にわたるお友達になる。ようこちゃんがおばあちゃん、私がお母さん、Y子さんが娘ということだ。年の差など関係ない。ハワイで偶然知り合った同士、とても楽しい時間だった。Y子さんの車で我家まで送ってもらった。

Y子さんとは、またお会いしましょうと約束。ハワイでのお友達が増えてうれしい。ようこちゃんのおかげだ。明日はまた、いつものランチ友達、R子さんと会う予定。
2009年3月3日 (火)
オピヒ!

今朝起きると、空が暗く雨も降っていた。窓から見下ろすと傘をさして歩く人たちが見える。ハワイにしてはめずらしい光景だ。早朝からかなり長く振り続いているとみえる。家にも3本、雨傘があるが使ったためしがない。こちらではほとんどが通り雨で、傘が必要ではない。だからまともな傘を持っている人はいない。ほとんどが壊れかけたような黒の折りたたみの傘を使っている。デパートでも傘売り場なんてない。雨の多そうなロンドンなどには、傘が似合うんだろうけど、ハワイでは無用のものに近い。

朝9時、改装後の手直しのためフレッドが家に来てくれた。張ってくれたタイルが欠けていたり、仕上げの不備が目に付いたところなど、おそらく日本人ならではの細かさ(厳しさ)でクレームを出したのだが、快くすべてを直してくれた。もともと「気に入らないところは無料で直します」という契約だったから、当然のことだけれど。
2、3時間かかるかも、、と言っていたのに、一時間半ですべて完了。仕上がり具合も上々だった。ビールでも飲んでね、、と少しチップをあげた。心ばかりだけど、彼の仕事ぶりが丁寧でありがたかったから。。。フレッドも喜んでくれたし、よかった。
今後なにかがあっても、フレッドに頼めると思うと私もうれしい。

今日はハワイの3月3日。おひな祭りだ。
先日、日本から来たお友達が、かわいいお内裏様を持ってきてくれた。お内裏様の下には引き出しがあって、その中には金平糖、らくがんなど日本のお菓子が入っている。今日まで大事にとっておいたが、今日はおひな祭り本番。甘い日本の味を楽しもうと思っている。娘たちが大人になって忘れかけていたが、孫娘たちが生まれて「ひな祭り」が私の中で復活した。なんとなく嬉しい日だ。

午後から淋しくなった冷蔵庫を満たすためにドンキホーテに行く。
そこでめずらしく“オピヒ”に出会った。ハワイ島から直送のものだという。オピヒは形はアワビににている一枚貝。アワビのあかちゃん位の大きさだ。とこぶしよりもさらに小さい。近頃はめっきりその数が減ってなかなか我々の口に入らない貴重な貝だ。いまがシーズンなのか、今日は沢山の新鮮なオピヒが売られていた。念のためにお店の人に食べ方を聞いてみた。「もちろん、生でサシミのように食べるんだよ」とおじさんは教えてくれた。そばにいた日系らしい年輩の女性も、白人女性も「おいしいわよ、これ。煮ても食べられるけど、生が一番ね」という。私は貝類が大好きだから、迷うことなく買ってきた。

家に帰って早速オピヒを味わうことにした。冷たい水でオピヒを洗い、バターナイフを身と貝殻の間に差し込むと、あっけないくらい簡単に身がはずれた。オレンジ色のワタがついている。磯のかおりがする。一旦はずれた身をもう一度貝殻にのせて、そこへお醤油をたらす。キッチンに立ったまま、殻つきの生ガキを一気に口に放り込む要領で丸ごと食べてみた。
「うーん、おいしい!」アワビのコリコリした歯ざわりと、新鮮なウニのような磯の香りが口いっぱいに広がり、実に素晴らしい。こんなの初めて!!まず小さいのから3つだけ食べることにした。もしおなかでも痛くなったら困る。一人暮らしはこんなとき慎重にならなくてはいけない。これで大丈夫だったら、夕食のとき残り充分を楽しもうと思っている。

H君とAさんのカップルが明日帰国するので、夕方挨拶に来てくれた。丁寧で素直で本当にいい感じの二人だ。すっかりハワイにはまってしまった二人。「うん、ハワイはいいなあ、いいよね。ほんと。。」若い二人はまた夏に来たいと張り切っていた。またハワイで会いましょうね。。。。
2009年3月2日 (月)
貝ボタンのバッグはどこに。。。

つい先日二番目の孫マヤが「つかまり立ち」をしたと連絡があり,そのかわいい写真が送られてきた。今日は日本ではひな祭り。初節句のお祝いをしてもらっていることだろう。一方、ドイツのジャッキーは風邪気味。一昨日やっと繋がったスカイプで見た彼女は、あまり元気がなかった。いつもなら大きなお口を開けて笑うのに、浮かぬ表情だった。早く良くなってね。そちらでもお雛様のお祝いをしているのかな。。ジャッキーママのPCが不調なままで、なかなか思うように連絡を取れないでいる。地球のあちこちに点在している家族を繋ぐのは、もっぱらインターネット。インターネットがあればこそ、こういう生活が出来るとも言える。ジャッキーママのPCが早く調子よく動くようになりますように。

午後から頼まれていたある薬を買いに、ワイキキに出た。ある薬・・・決してあやしいものではない。なんでもイビキに聞くというその薬は友人がご主人で試してみたら、よく効いた、というので、もう一瓶買ってきて欲しいと頼まれたのだ。その薬は評判がいいのか既に売り切れていて、あと3週間後に入荷するという。入荷次第、電話をしてもらうことにした。ハワイは何でも本土から取り寄せということになるから、一旦品切れになると入荷までにかなり時間がかかる。その点不便だ。

その帰り道、幼馴染みのNちゃんがどうしてもほしいといっていた、大小の天然の貝ボタンをいっぱい散りばめた布製のバッグを探して歩いた。私が持っているそのバッグをNちゃんがいたく気に入って、同じものを是非欲しい。。とずいぶん探したが、彼女のハワイ滞在中にはとうとう見つけることができなかった。

私はクラフトショップの出店のようなところで求めたので、どうやら普通のお店にはないようだ。バッグ探しは丁度いい散歩になるので、これからもチャンスを見ては探し歩いてみるつもり。Nちゃんは洋裁のプロ。彼女が言うにはいま天然の貝をつかったボタンがとても高価で、普通の既製服にもなかなか使えないのだそうだ。それを聞いたとたんに私はそのバッグを大事にするようになった。勝手なものだ。

夕方からH君、Aさんの若いカップルと一緒にビュッフェスタイルのレストランで夕食。
食べ放題というのは、とても人を幸せにする。特に若い二人はうれしそうで、すごく喜んでくれたから、私も楽しくてお腹いっぱいになるまでもりもりといただいた。すべてのことに素直に感激し、ハワイ大好きになりました!いう、本当に気持ちのよいカップルで、まるで息子と娘のような気がしてきた。将来の計画もしっかり考えている二人、いっぱいの幸せが彼らの未来にありますように。。

明日は朝から家の改装をしてくれたフレッドが来る。改装の結果は素晴らしかったが、少しだけ気になるところがある。その手直しのためだ。気に入らない事があったらすべて無料で手直しします、、と約束してくれていたフレッド。本当にその通りにしてくれるようだ。
明日は1日家にいて、その小さな工事を見守ることになる。
2009年3月1日 (日)
ドライブ決行、予定変更、大成功!

昨日ハワイ入りしたH君とAさんの若いカップルとドライブに出かける予定だったが、朝からどうも雲行きが怪しい。厚い雲が空を覆い、雨も降り出した。せっかくの計画だったが、今日はショッピングにでも予定を変えようか、、と話していたら、明るい日差しが。。。青空も急に広がってすっかり晴天になった。さすがハワイだ。H君が「やはりドライブに行きましょう!」と言い出し、ドライブを決行することにした。

コースは、いつものとおりダイヤモンドヘッドロードからカハラを抜け、ハワイカイを通ってマカプウ岬まで。車を進めるにしたがって、空は晴れ上がり絶好のドライブ日和になった。
広―い海原に歓声をあげながら、二人はいままで見たことのなかった海の色を楽しんでくれた。
ダイヤモンドヘッドの下のビーチからハワイカイ、ハナウマ湾を過ぎたところのダイナミックな海岸線。そしてハロナの潮吹き岩では、高く上がる潮にまた歓声!

サンディビーチも、その先のマカプウビーチも強風のおかげで、オーシャンブルーと真っ白な波頭とのコントラストが実に素晴らしかった。予定していたマカプウ岬のトレッキングは駐車場が満車であきらめるしかなかった。日曜日だから、無理もない。人気のほどがわかった。

引き返すのも悔しいし、こんないいお天気だからもっと先にドライブして海の景色を楽しもうということになり、エメラルドグリーンのワイマナロのビーチ、さらには5色の海の色が楽しめるカネオヘまで足を伸ばした。丁度そこでランチの時間になり、憲さんとの思い出いっぱいのバーガーショップへ。前回、ここへ来たときは胸がいっぱいで涙まで出たけれど、今回は大丈夫だった。若い二人と一緒にバーガーを頬張りながら、大げさだけれどなんとなく世代交代。。。を考えた。久々のバンバーガーはおいしかった。

ランチのあと、私たちはクアロアビーチまでドライブ。チャイナマンズハットが間近に望めるクアロアパークで一休み。砂浜に座って澄み切った空気と穏やかな海をを楽しんだ。風は相変わらず強いが、3人ともジャケットを着ていたので快適だった。半ソデのTシャツだけでは、きっと震え上がっただろうけれど。。。クアロアから来た道とは違うコースをたどってホノルルに戻った。車窓から見るだけでも、オアフにもいろいろな顔があり、場所によって色彩も、風情も全く違うのだということを二人は初めて知ったようだ。

今日の日差しはさすがに強く、私も久しぶりに日焼けをしたような気がした。その強い日差しのおかげで、今日は完璧な海の色を二人に見てもらえて本当によかったと思う。
クアロアから来た道とは違うコースをたどってホノルルに戻った。ワイキキも晴れ上がっていた。

天気予報では今週後半からハワイらしい暑さが戻るとのことだが、まだしばらくは寒いらしい。
ハワイの人たちがフードつきのジャケットを着て、両手をポケットに突っ込んで寒そうに歩いているのは、見るにしのびない。彼らには寒さに対する免疫がないのだから、本当にかわいそうだ。
男性もアロハの下にTシャツ、、という重ね着ルックが多いが、まったくステキじゃない。
早く暑くなりますように。。。
2009年2月28日 (土)
バニラ&マカデミア

今日も朝から強風。
今朝、また一組日本から知り合いの若いカップルがハワイに到着する。私が知っているのはそのカップルの彼のほうで、彼女には初めてお会いする。電話をもらってすぐ近くのホテルに迎えに行き、まず家へ来てもらった。彼女のほうも可愛い人で、すぐに仲良しになった。ハワイ2度目の二人にとってはまだ見るもの聞くものめずらしいことだらけ。家から見える景色にも、感嘆の声を上げてくれる。いつだったか、仕事で横浜の自宅に来た彼にハワイ産のバニラマカデミアナッツのフレーバーコーヒーを出したら、彼はその味にいたく感動してくれた。いままでで一番おいしいコーヒーでした。。と。今日はハワイでそれをを味わってもらいたかった。今日は彼女と二人でコーヒーを大喜びで楽しんでくれた。よかった・・・

明日、マカプウ岬のトレッキングにご一緒することになった。いまはそのシーズンだから、岬の頂上から見下ろす大海原に鯨がみえるといいんだけれど。。。

私がハワイで迎える友達は、だいたいハワイを知り尽くしている、または知り尽くそうと思っている人たちなので、私などよりよほどハワイに詳しい。今日のカップルはその点、ハワイに関してはまだ白紙に近い状態の若者たちなので、私はおおいに張り切っていろいろ説明することになった。彼らもハワイが大好きだし、これからどんどん知識を増やしていくに違いないと思う。

彼らに会う直前、ようこちゃんから電話。「京子ちゃんいま、どこにいる?」「私、お家よ」「窓を開けて手を振ってみて!私ね。貴女のうちのすぐそばのコンドのベランダにいるの、貴女の家がここから見えてるのよ。手を振ってみて!!」ようこちゃん、京子ちゃんなどと呼び合ってはいるが、実は80歳と62歳の私たち。遠くから肉眼でその姿を確認するのは、かなり難しい。

「どこどこ?見えないよ。。あ、ちょっとまって。。」私はその辺にあったハワイアンキルトの布を振り回して合図を送った。携帯を片手に二人で大騒ぎ。ようこちゃんもその辺にあった、タオルを振り回していて、お互いを確認。ただそれだけで二人で大笑い。本当に楽しいようこちゃんだ。

それにしても涼しい日が続く。今日道でバッタリ会ったハワイの友人も「夜、寒くて眠れない。。いやだねえ。こんなの初めてだよ」と嘆いていた。
わが家は締め切れば寒くないが、それでも薄い毛布が欠かせない。まったく異例なことだ。あと2、3日はこんな天候が続くという。そのあとは、ハワイらしい暑さが戻るとか。。2月も今日で終わる。
ハワイにも春があるとしたら、その日が本当に待ち遠しい。
2009年2月27日 (金)
なぜハワイに・・?

今日も風が強い。少しこの強風が続くらしい。しかし青空が広がりやっとハワイらしい日差しが早朝の部屋の中にも入ってくるようになった。雨季も後半に差し掛かったのだと思う。天気予報では毎日「にわか雨」と表示されているが、ワイキキでは連日「おおむね晴れ」である。

昨夜ようこちゃんと「なぜ京子ちゃんはいつもハワイにくるのか?なぜようこちゃんはハワイに住んでいるのか?」という話をした。ようこちゃんはこちらで結婚なさったから、アメリカの市民権がある。けれど日本人でもあるから、今後の望めば日本に住むこともできる。現に日本にもお家がある。私も一人になったときから、特にハワイにくる理由もなくなったし、来る義務もない。なのに、なぜ来るのか?。。改めて二人で考えた。
「やっぱりね、この気候かな・・」という結論が出た。ようこちゃんも全く同じだった。
悲しいことがあってもいやなことがあっても、すべてを洗い流し、吹き飛ばしてくれそうな爽やかな風。贅沢すぎるほどの太陽の輝き。海の色も、虹も太陽がくれる美しい産物だ。
私は空が大好きだから、部屋にいながらにして大空を望めるこの家が好きだし、極端に言えばハワイにいるだけで、私は幸せなのだ。

とりわけ朝の光が大好きだ。部屋の窓の左方向から朝日が射し込んで来る。丁度ダイヤモンドヘッドの尻尾のほうから。窓を開けると部屋中に一気にハワイの風が吹きわたる。
聞こえるのは風がやしの木をゆする音と小鳥のさえずり、近くの小学校から聞こえる子供たちのかわいい声。。ここにいるとまったく平和そのものだ。

午後、アラモアナショッピングセンターに出かけた。先日Nちゃんが注文しておいた靴が届いたというので、それをピックアップするのが目的だったが、もちろんそれだけで済むわけがない。ブックオフに寄って軽く読める文庫本を一冊買い、ウインドウショッピングを楽しんだ。いつもハワイに来るときは本を3冊ほど用意してくるが、今回はもう2冊読んでしまったので補充。ベッドに入り寝つく前に数十分読むのが習慣だ。

帰り、アラモアナホテルで仕事をしているお友達のところへも寄った。彼女もこんなに寒いハワイは初めてだという。ハワイにずーーっと住んでいる人がそういうのだから間違いない。本当に寒い。
いま寄るの9時。窓を閉め切った部屋で、私は半そでのTシャツ姿だ。夜の室内気温は、いま23.5度。温度だけを見るとハワイ!なんだけど、風が強すぎる。

楽しみにしているクヒオビーチのフラショウ、いまは火曜、木曜、土曜の週3回だけになっていることを知った。ついこの間まで毎日だったのに。。
理由はわからないが、なんだか淋しい。不景気の波が押し寄せているのか??

明日はまた日本からの友人がツアーでこちらに来る。ハワイは2回目で、昨年はじめて来て以来すっかりはまってしまったのだという。ハワイってそういうところだ。
今回も楽しい滞在になりますように。。。
2009年2月26日 (木)
書ききれなかったこと

最近の日記に書ききれなかったことを書き加えていくことにしようと思う。

幼馴染みNちゃん夫妻が滞在中の1日、オアフ島サークルアイランドのドライブに出た。21日(土)のことだ。
「良く飽きないね、よほどあなた達は仲がいいんだね、、」などと仲間に冷やかされながら、月2回は憲さんと二人でサークルアイランドドライブに出かけていた。「仲が良い」のと「ドライブ」とはちょっと関係ないと思うのだが。。ともかく二人ともこのドライブコースが大好きだった。そのおかげで、当時運転をしていなかった私も道順だけはしっかりと把握することができていたが、この2年半、そのドライブをする勇気もなかったし、第一、一人で行っても思い出に押しつぶされるだけ。。と思っていた。今回、Nちゃんに是非見て欲しかったからそのドライブを決行しようと心に決めていた。
後半はAさんに運転をお任せして、私はナビゲーターを務めながら、懐かしいドライブコースを涙なしで楽しめた。幸いその日だけ、一日中青空が広がっていた。刻々と変わるビーチごとの独特の美しい海の色が楽しめた。カフクのガーリックシュリンプ、海がめ、ハレイワの古い町並みも堪能し、最後にNちゃんが好きなパイナップルのアイスクリームをドールプランテーションで味わって約6時間のドライブが終わった。3人とも大満足。やっと私の中でサークルアイランドのドライブの楽しみが復活した。うれしかった。

3月にキャロルが来たら、また一緒に行ってみようと思う。彼女はアメリカ人だからこちらでの運転はお手の物。お任せしようと思う。ただし、彼女はハワイ語の標記を読むのが苦手だ。私たち日本人はローマ字読みをすればいいので簡単だが、、<Kamehameha>. <Liliuokalani>.<Likelike>などを英語読みで発音しようとするからキャロルにとっては未知の言語そのものになってしまう。Likelikeなどは単にリケリケと発音すればいいのだが、彼女には「ライク」としか読めないから大変だ。前回ハワイに来たとき、キャロルはそれで大いに困っていたことを思い出す。この瞬間だけはちょっと私は、優越感。。。なのだ。

ハワイにいてもほとんど毎日、スカイプで東京にいるマヤと会っている。ドイツのジャッキーママのPCの調子が悪く思うようにスカイプを使えないのと時差の関係でなかなかお互いを捕まえられないが、メールによるとジャッキーにはメデタク5本目の歯がはえだしたというし、ママに手を繋いでもらえばかなりアンヨもできるようになったという。相変わらず甘えん坊なところはそのままで、ちょっとママが離れようとすると、良く響くアルトの声で絶叫してママを困らせているようだ。いわゆる「後追いの時期」だろう。

マヤの方はいたって静かに、ソプラノの声で「レレレレ・・」などとつぶやきながら、一人遊びをしているという。この対照的な従姉妹、今後どう変化していくのだろうか。
ジャッキーはいま1歳3ヶ月、マヤはあと1ヵ月で1歳になる。
2009年2月26日 (木)
おから、ぶり大根。。ああ幸せ!

今日は久しぶりに朝から好天気。青空がまぶしい。室温24度。しかし風通しがいいせいかじっとしていると涼しく感じる。日本の我家でだったら、暑く感じる温度なのに。
今日は正真正銘なにも予定がない日。

もう一週間以上前になるが2月17日、私はお誕生日を迎えた。丁度幼馴染みのNちゃんが滞在中で、彼女も同じ年の2月9日生まれ。Nちゃんのご主人Aさんが二人のためにお祝いをしてくださった。私の好きなステーキハウスでゆっくりお食事をいただいた。Aさんは私たちにお祝いのお揃いの携帯ストラップを下さった。わーーー、なんて贅沢なストラップ!!私の携帯の格まで上がりそう。。Aさん、ありがとう!

また長女からは、お祝いの花かごが届いた。いま、引越し準備で忙しい次女からもお祝いのメール、各お婿さんたちからもメールが。。本当にうれしかった。長女からのお花は一週間以上経った今も、きれいに咲き続けている。みんなみんなありがとう。

3月には親友、キャロルがアトランタからハワイにやってくる。
ご主人の仕事の関係で日本に来ていたキャロルと知り合ったのは、20年も前のこと。彼女はプラチナブロンドのすごい美人で道でも人が振り返るくらいだ。
お互いにエルヴィス プレスリーのファンだということから、妙に気があった。私が単身で毎年(約7年ほど)彼女を訪ねてアトランタに通ったのも懐かしい思い出だし、いまも家族ぐるみのお付き合いだ。

昨年秋に「一度是非ハワイへいらっしゃいよ!」とメールをしたが、一向に返信がなく気になっていたら、今年2月になって突然その返事が来た。「3月8日のデルタ航空。。便でホノルルに着くけど、都合はどう?チケット取れそうだからお返事下さい!」と。。。日本人だったら「お誘いありがとう。考えてみるわね。。」などと返事があったあと「あなた,本当に迷惑じゃない?」などと何度かメールのやり取りがあって結論を出す、、というのが常套だと思うけれど、キャロルは実にシンプルである。
「ね、いらっしゃいよ!」「うん、行く行く!」キャロルのそういうところが好きだ。
もちろん大歓迎!と返事をした。心配なのは約一週間英語だけで過ごすこと。でもまあ、キャロルは私のつたない英語を理解するのに、長年の経験で慣れているから大丈夫だろう。
言葉で疲れるのは、キャロルの方かも知れない。

夕方、ようこちゃんにお電話してみた。「丁度、私もお電話しようと思ってたの。今日ね、おからと、ぶり大根が手に入ったの。それにレタスに、きゅうりがあるから、京子ちゃんの新しいお台所でちょっと二人でお料理して夕食食べようか?」とようこちゃん。
「うん、大賛成!!じゃ、ご飯炊いて待ってるわ。今日は壬生菜のお漬物もあるのよ!」
夕方5時過ぎ、ようこちゃんは食材を持って家に来てくれた。
二人できゅうりもみを作り、レタスにブルーチーズドレッシングをかけ、私は白菜とベーコンの炒め物を作った。テーブルにはおから、ぶり大根。。。など沢山のおかずが並び、ちょっとしたレストラン。二人でゆっくりとおしゃべりしながらお食事した。
今日はなんの予定もないはずだったが、こんな楽しいイベント?が待っていた。ああ、幸せ!おいしかった。
ご馳走様、ありがとう!ようこちゃん。
2009年2月25日 (水)
深いご縁、、に感謝

昨日24日は1日家にこもって、PCの作業をした。私のプロバイダーAOLの海外でのローミングに料金がかかることになり、新たにハワイでのインターネット接続を考えなくてはいけなくなったからだ。PCに向かって手探りで、しかも英語にも挑まなくてはならない。でもやり遂げたときの嬉しさがたまらないので、苦労のし甲斐もあるというものだ。しかも2月末までに何とかしなければ、、という期限もある。なんとか夕方まで頑張って、めどが立った。ホッとした。

今日はまた、京都からハワイに来ているS夫妻と会う約束があった。Sさんの奥さんは、昔、私の母のピアノの生徒さんだった人で彼女自身も音楽の道に進んだ人だ。母亡きあとも、Sさんとはずっとお付き合いしている。Sさん夫妻の結婚式にうちの娘二人がフラワーガールをつとめさせて頂き、彼女のウエディングベールのすそを持って教会のバージンロードを歩かせていただいたという素敵な思い出もある。もちろんご夫妻で憲さんとも会ってくださったことがあり、今回は憲さんのお墓にお参りしたい。。。とご連絡を下さった。

朝9時にホテルまでお迎えに行き、そのあと我家に立ち寄ってもらった。今日もまた京都弁まじりの会話。
自然派のS氏は、家から見えるダイヤモンドヘッドの色合いと、雲の動きと、空と、風と。。それらをじっと見つめていらした。

その後、三人で憲さんのお墓へ。考えてみたら、私の母のピアノの生徒さんが、いわば何の関係もないはずの、憲さんのハワイのお墓を訪れてくださっている。なんというご縁の深さだろうと思う。こんなに深く長いお付き合いをしていただける私の母も、私も、憲さんもなんて幸せ者なんだろうとつくづく思う。
観光旅行途中で、貴重な時間なのに・・Sさんご夫妻のお気持ちがとてもうれしかった。

今朝、海の方向に美しい虹が出た。山側にも太く大きな虹が見えた。ハワイで虹をみると、本当に幸せな気分になる。

夕方から、ハワイに長期滞在してゴルフを楽しんでいる人たちのグループの夕食会があった。コンベンションセンター近くの日本料理店に8名が集まった。 私はゴルフをしないけれど憲さん亡きあとも、このグループの仲間に入れていただいている。ほとんどがリタイアなさった方々だが、日本で世間にその名を良く知られている方もその中にいる。でもここハワイへ来たら、職業も肩書きも身分もなにも関係なし。サンダルに短パン、Tシャツにジーンズで、みーんな同じ。それがうれしい。みんな鎧、兜を脱ぎ捨てて気楽になれる、そんなグループだ。

いろんな分野の話も聞けるし、バカ話もするが、話題は多岐にわたり実に楽しい。昨年ハワイで急に亡くなったT氏、そして憲さんの思い出話も笑いながら楽しくできる。でもローヤルクニアというゴルフ場に行くと、T氏と憲さんの姿が今でも浮かんできて仕方がない、、、という話が出たときはさすがに涙が出た。でもそれもすぐ大笑いに変わり、このグループならではの暖かさに包まれてしまう。こんな仲間がハワイにいてくれて、私はとても幸せだと思う。8人が今日、口をそろえて言ったこと。。。

「いままでいろんな苦労をして、いろんな目に合いながらも仕事を終えて、今こうして元気でハワイにいられること、本当に有難いことだね」ということだった。そして、また今年の7月みんなで集まりましょうね。。と約束をしてお開きとなった。この方たちとも深いご縁に繋がれていることを感じる。

相変わらず、風が強く、今日集まったメンバーもタートルネックのセーター、長袖のシャツ、薄手のジャンパーを羽織ってくる人までいた。とにかく涼しい。
2009年2月23日 (月)
本日、レッスンあります!

「もっと居たいなあ。。私たちが帰ったあと、急に暑くなってほんとのハワイらしいお天気になったら、くやしいわあ。持ってきたタンクトップも水着もいらんかったなあ。。こんなに寒いハワイ初めてやったわ。。今度は暑いときに来るぞ!」と言い残してNちゃん夫妻がホノルルを発った。空港まではタクシー。私はコンドの玄関まで送り、そこでさよならした。「次は京都で会おうね!」なんて、約束して。

二人を送って部屋に戻り洗濯を始めたとたん、電話。フラのK先生からだった。流暢になってきた日本語で「あの、今日、フラレッスンがありますよ。私はまだカウアイ島にいます。けど、今日3時半、レッスンをしたい人がいて、私、ホノルルに行きます。それで、京子のお家でレッスン、いいですか?大丈夫??」と先生。
「え?今日ですか?レッスンありますよって言ったってね。また急なのね。一体、いつ決まったの?はいはい、いいですよ。わかりました。生徒さんってどなたですか?え?先生も私も知らない人なの??」
「ハイ、私も初めて会う人。3時半、行きます。いいですか?」まどろっこしくなると日本語をやめてすぐ英語になる先生。なんだかわからないけど、私は午後空いているので「とにかくOKよ!」とお返事した。

3時半過ぎ、日本からの生徒さんと友人とK先生が同時に我家に到着。
「初めまして。。」のご挨拶から始まった。ある方のご紹介、このレッスンが決まったのは昨日だったとか。。。
「先生、もっと早く連絡して下さいよ。もし、私がいなかったらどうするつもりだったの??」「ハハハ。。。」いつものK先生のハワイアンらしい笑顔だった。レッスンは楽しかった。レッスンのあと、先生としばらくおしゃべり。
K先生は、日本にお仕事があって明後日ホノルルを発つ。日本との行き来が多くなって、日本が好きな先生はうれしそうだ。

だけど、私は時間が気になっていた。
夕方6時から別のお友達Sさんと夕食の約束があったからだ。間に合わないと思ったので電話をして、待ち合わせ時間を遅らせてもらった。

結局6時半過ぎ、Sさんと落ち合い、夕食に。懐かしいパシフィックビーチホテルのバッフェスタイルのレストラン。
久しぶりにお会いして、ゆっくりお話しながら楽しいディナーになった。カニと生ガキがおいしかった。帰宅したのが、9時半。

今日はそれだけでは終わらなかった。そのあと、これまた日本からいらしているお友達が我家を訪ねてきてくれた。
彼女とも久しぶりの再会。日本では会えないのに、ハワイでだけ会える、、という友達が多い。
夜中過ぎまで、楽しいおしゃべりが続いた。

Nちゃんはもう日本に着いただろうな。。。
今夜も寒い。
2009年2月22日 (日)
マリオネット?!

16日のNちゃん到着から、約一週間。それは楽しい日々が続いた。相手のことを知り尽くしている幼馴染みであり、またそのご主人Aさんもほぼ同時代に同じ小学校区内で育った人。その3人がこのハワイで、昔話に花を咲かせたり、お互いに子育てに追われて疎遠になっていた時期の空白を埋めるようにおしゃべりした。彼女が鮮明に覚えている昔の思い出をすっかり私が失念していたり、その逆もあって大笑いの連続。もちろん彼女たちは観光、ゴルフ、買い物とハワイに来た目的があるのだが、家にいてだたおしゃべりするだけでお互いにうれしかった。

二人がゴルフに出かけている時間は、私は家で洗濯をしたり、掃除をしたり。。
二人は私のハワイでのお友達Kさんご夫妻とともにゴルフをしたり、そのご夫婦のお宅にみんなで招かれて夕食をいただいたり、普通の観光とは違った新しいハワイを満喫したNちゃん夫妻。私も人の輪の広がりが嬉しいタチなので、とても幸せだった。

私はハワイにいるにもかかわらず海にも興味がない。ビーチにいるのは好きだが、水に入ろうとは思わない。プールにも入ったことがない。せいぜいヒザ下くらいまで浸かるだけ。。
だけどNちゃんがハワイに来るときだけ、私は水着を着て一緒に海に入ることになっている。なんとなく童心に帰ってキャーキャー言いながらふざけあえるのだ。しかし、今回はそれをするには寒すぎた。Nちゃんと買い物に行っても目に留まって、つい触れてみたくなるのは暖かそうなお洋服ばかり。ついにダウンコートが欲しい。。とまで言い出す始末。

それほどNちゃんの滞在中、暑いと感じる日はなかった。風が強く、爽やかどころか時には震え上がっていた。おかしなものでハワイは暑いところ、、と思い込んでいるから「こんなはずじゃない!」と天候をうらみたくなる。これでも日本よりはずっと暖かいはずなのに・・。夜は特に寒かった。電気毛布を使っているという人がいるほどだった。日中も空は晴れていて明るいのだが、あのカーッとした太陽がなかった。

ある夜、三人でクヒオ通りを歩いていると、日本人の夫婦に道を聞かれた。「あの、マリオネットホテルはどこでしょう?」「マリオネット?」私の頭の中には糸でつるされた人形が浮かんだ。
ちがうちがうマリオットだ。。と思いついたのはすぐだった。吹きだしそうになるのを押さえて
道をお教えしたけれど、あのご夫婦、無事にホテルに着かれたかどうか。。。

とにかくNちゃん夫妻は、買いたかったものをゲットし、ゴルフも目いっぱい楽しみ、サークルアイランドのドライブで念願のカフクのガーリックシュリンプを堪能し、海がめも見て満足してくれた。
時に、私はハワイの観光局の人間なのか、、と思うほど、ハワイへのお客様がハワイを充分楽しんでくれることが一番嬉しい。

3人とも残念に思ったのは、ワイキキビーチのトーチが消えたままであること。昨年から気になっているが、今年になってもワイキキビーチの夜が暗くなって淋しい。理由があるのだろうが、早く復旧してほしいと心から思う。本物のハワイ観光局の人、なんとか考えて下さい。。

Nちゃん夫妻は明日、帰国する。
次は太陽イッパイの季節にハワイに戻ってきてね。
2009年2月16日 (月)
Nちゃん夫妻到着後。。一騒動が。。

2月16日から7泊の予定で、京都から長ーーい付き合いのNちゃんとそのご主人Aさんがハワイ(我家)に滞在中。いわゆる幼馴染みだ。Nちゃんのご主人も同じ地域で大きくなった仲間。小学校の先輩にあたる。

Nちゃんは生まれたのが私と一週間違いで、実家は目と鼻の先。母乳の出なかった私の母の代わりに、Nちゃんのお母さんのおっぱいをいただいて大きくなった私。まるで、双子の姉妹のように育った。戦後の物の無い時代のこと、粉ミルクなど簡単に手に入らなかった。私は、Nちゃんのお母さんに大いにお世話になったというわけだ。聞けばもう一人、私におっぱいを飲ませてくれた方がいる。私は生まれたときから、誰かにお世話になりっぱなしなんだ、、と思う。

幼稚園、小学校、中学校まで、Nちゃんとは一緒だった。成長するにしたがって、疎遠になった時期もあったけれどお互いに結婚し、子供をもって(二人とも娘二人に恵まれた)少し子育てに余裕が出たあたりから、夫婦同士のお付き合いが再開した。

ゴルフ、ハワイが大好きなNちゃん夫妻とハワイで会うことが多くなった。憲さんとAさんがビール好きと言うこともあって意気投合。本当に気楽でまるで家族のような付き合いが続いている。おまけに二人の孫がともにハーフであることも共通点。こんなことは、めずらしいだろうと思う。孫のエディが、とかジャッキーが、、などと話し合っていると、不思議な気がする。Nちゃんの孫はオーストラリア在住で、孫に会うために、日本と行ったり来たりの生活も共通。。。もちろん大のハワイ好きも共通だ。

今朝、我家に到着した二人が荷解きをして、さ、シャワーでも浴びて一休みしようとしたとき、Aさんが必死で何かを探し出した。「おかしいなあ。。ここへ入れたはずなんやけどなぁ。。あらへんわ」

もうこの頃から私も懐かしい京都弁に。。。
「なに探したはりますの?」「いや、シャワー浴びようと思たんやけどねえ、ないねん。。」「なにが?」
「下着、とパジャマ。。」どうやら、数日かけて丹念にスーツケースに入れるものを準備した結果、最後になって肝心の下着を入れ忘れたらしい。自分のことは自分でする習慣のNちゃん夫妻。下着を忘れても奥さんの責任ではない、という。

「まあまあ、とにかく長旅で疲れただろうから、まずランチでも食べて休んでね」と用意した「冷やしうどん」が好評だった。まさかハワイに着いたとたん、「冷やしうどん」が待っているとは。。と喜んでもらえたようだった。

ランチのあと、憲さんのお墓へ。いつもは京都にあるもう一つのお墓はお参りしてくださるお二人だが、ハワイでは初めて。広く明るい墓地に驚く二人。ハワイでの憲さんとの再会してもらえてうれしかった。私もハワイに来て、一週間過ぎたのに今回初めての墓参であった。もう帰国してしまったフラのMさんからいただいていた、心のこもったレイも今日やっと憲さんに手向けることができた。

夕方になって、カウアカウア通りを散策しながら、3人で男物のパンツとアンダーシャツを売り場を探し回った。さすがにABCにもパンツはない。メイシーズに入ったら、高級ブランドの下着はあったが高い!

Aさんは「こんな高いもん着たことないしなあ。。」という。「背にハラはかえられませんもん、ここで高いのを買いましょうよ。ワイキキでパンツを探すこと自体間違いやわ。。ね、お父さん」と京都弁でやんわりとNちゃんが言う。私は横でただニヤニヤ。。私もワイキキで下着を探したのは初めてだった。
無事下着をゲットして、そのまま夕食ということになり、昨年できた「甚六」という日本食レストランに。。。
お好み焼き、たこ焼きをメインに、ステーキも一品料理もあるというお店だった。とてもおいしくて、お店の人も親切で大満足だった。お店にお相撲さんが一人来ていた。ワイキキで数人お相撲さんを集団を見た、、という人も居て、どうやら部屋の休暇で来ているようだ。私にはその顔を見て、名前を思い出せるお相撲さんは少ない。つまりあまり相撲に詳しくない。「甚六」で見たその人は、最近の大麻事件で有名になった人に似ていた。まさか、あの人がココに居るわけないのだが。。。
どう見てもその人に見えて仕方がなかった。

明日から、ゴルフ、買い物、観光と楽しい日々が続きそうだ。しかしここ数日、風が強く肌寒いハワイ。Nちゃんたちがいる間、好天気が続きますようにと祈る思いだ。
2009年2月15日 (日)
新しいお友達も、また。。。

明日長年の夢がかなって、幼馴染Nちゃん夫妻がやってくる。それに間に合うようにと頑張って掃除を続けた結果、やっとなんとかなりそうだ。今日午前、午後とで最後の仕上げ。今日も憲さんのお墓に行く余裕はなかった。もうここまできたら、Nちゃん夫妻と憲さんのお墓に行くことにしようと思った。

一息ついた夕方、ようこちゃんから電話。
6時ごろ、ようこちゃんのコンドの前で落ち合うことになった。夕食をご一緒することになっている。
今日は新たにお友達を紹介してくださるとのことで、楽しみだった。

ご紹介いただいたのはKさん。ようこちゃんと同じコンドにお住まいで、私と同じように年間の半分をこちらで過ごす方。Kさんも13年ほど前にご主人を亡くされたという。ようこちゃんはそのまた10年前に、そして私は2年半前に・・・3人とも独り暮らしの身だ。共通点は、日本人であること、ハワイに居ること、子供は居るが独立していること、そして一人暮らしであること。

ちかくの「食堂」というレストランで三人で楽しくおしゃべりしながらの食事。時間を忘れそうだった。
Kさんは文章を書くことがお好きで、本まで出しておられる。随筆ご本を一冊いただいたので、今夜から読むつもり。

Kさんが、ハワイに住む決心をしたのは、なんと辛い闘病の末にご主人が亡くなられて直後のことだったという。ご主人を見送って本当にすぐ(数週間後)、彼女は心を癒すために、一人で未知のハワイへ出かけたという。心細い一人旅の途中で、偶然知り合った親切な女性によって、ハワイで長期滞在することを勧められたという。そしてその場でKさんは決心を固め、その女性に勧められたコンドを購入、快適であくまでも明るいこのハワイでの長期滞在を始められたという。

私も行動が早いと言われることがあるが、Kさんはもっともっとすごい。涙まじりの3人の会話だったが、彼女の気持ちがよくわかり、いちいち納得できた。そんなKさんを京子ちゃんに紹介したかったの、、とようこちゃんは言った。きっと分かり合えるだろうと思ってね・・・と。
本当にようこちゃんの気持ちがうれしかった。

夕食後、ようこちゃんと二人でKさんのコンドに立ち寄らせていただいた。ようこちゃんとは同じ階で、お隣さん同様である。そこは家より街中にあるので、都会のコンド、、という感じで夜景がきれいだった。

ここでKさんはご主人を亡くした心を一人で癒してきたのだと思う。悲しみから自分で前進していくしかないのだと自分を奮い立たせながら。。その気持ちが痛いほどわかる。「偉かったね。Kさん。。」「お互い様。。」
夜遅くまでお邪魔して、帰宅。

明朝はNちゃん夫妻到着だ。
やっときれいになった部屋で、もうNちゃんは関西空港を発ったかな、、と思いながらベッドに入った。