戻る - 参加 

今日、ちょっと心に書き留めておきたいこと。。

2009年12月22日 (火)
寒い?ハワイも冬なのです

ハワイの12月は、やはり冬。
ハワイの人は口をそろえて「このごろ寒いですね、特に夜なんて寒くて毛布を引っ張り出しましたよ」などと言う。日本の冬を知っている私たちはそれが不思議で仕方がないのだが、確かに夏のハワイとは気温が違うし、日中の暑さも穏やかだ。
夜、窓を開け放して部屋に風を入れながら寝ると快適なのは夏で、今はそんなことをしたら風邪をひいてしまうだろう。

私も昨日あたりから鼻がムズムズして、風邪の症状が出てきた。やはり「ハワイの寒さ」にやられたか?と思ったが、
そうではなくて、どうやらハワイの冷房にやられたような気がする。昨日のウクレレレッスンのスタジオの冷房が効きすぎていて寒かった。それが原因だろう。
今日一日、ゆっくりウチで過ごし「エアボーン」というサプリメントを飲み、ウクレレの練習などをしていたらすっかり治ってしまった。

クリスマスが近づいて、こちらでもみんなが忙しそうだ。丁度もう少しで大晦日を迎える日本のような感じである。とにかく車が渋滞し、どこも駐車場が込み合い、いつものホノルルではない。12月に入ると、郵便局に大きなクリスマスギフトの包みを抱えた人の長蛇の列ができる。こちらの郵便局の窓口の人の仕事はゆっくりで時間がかかる。お客さんも後ろにどれだけの人が並んでいようと気にしないから、時間がかかりすぎる。クリスマス前の郵便局にだけは行きたくない。でも、もうクリスマスイブを明日に控えた明日あたりは、郵便局もすいているのではないかともくろんで、明日、日本のマヤのクリスマスプレゼントを送るつもりだ。かなり遅れてしまうけど、待っていてね。マヤちゃん。。このプレゼント、お年玉になってしまうかも、、、ね。

私自身もクリスマスイブの夜と、そしてクリスマスの夜には楽しい計画があって、ちょっとウキウキしている。

夕方スーパーに出かけたら、何年ぶりかでお友達にバッタリ会った。しばらく立ち話。懐かしい再会だった。
近頃、こちらでも街で知人、友人にバッタリ会うことが多くなった。それだけお知り合いが増えたということで、うれしいことである。

私の足の怪我もほぼ完治に近くなってきた。お医者様に行っていないから、これが完治なのかはわからないが、とにかく腫れが引いて、楽な靴なら履けるようになった。つい左足をかばって歩くから、右足の筋肉まで痛くなっていたが、それもおさまった。こういうのを全治4週間の怪我というのだろう。
ここまで治ってくると、いかに全身の運動不足だったかがわかってくる。筋肉が弱っているに違いない。
年が明けたら、ジム通いを再開しようと思う。

ドイツに帰ったジャッキー母娘とスカイプで会った。PCの画面から「あ、バアバ!」と話しかけてくれるジャッキーが又大きくなった気がした。
帰国早々、保育園に復帰したとか。元気そうでよかった。そして明日はまた車で4時間かけてドイツのおじいちゃんとおばあちゃんのお家でクリスマスを迎えるためにパパの実家に向かう予定らしい。寒波が来ているというヨーロッパ。ハワイとの時差と温度差で、順応するのが大変だろう。

一方、今朝は日本のマヤとスカイプで対面。来日中のイスラエルのおばあちゃんがそばにいて、彼女とも久しぶりにお話できた。もうひとりのおばあちゃんが、はるばるマヤに会いに来てくれて、マヤ一家も楽しいクリスマスとお正月を過ごすことだろう。
2009年12月20日(日)
出直してまいります。。

暮れも押し詰まってきたけれど、ハワイに居ると私には年末も年始もないような気がする。でも新しい年の初日の出ははアラモアナのマジックアイランドで、シニアライフのメンバーの皆と迎えるつもりでいる。
そこからはダイヤモンドヘッドの尻尾のほうから上がる日の出が美しく見えるらしい。私の家からは居ながらにしてダイヤモンドヘッドからの日の出が至近距離で見られるのだが、日の出のころに起きていたためしがない。
以前はせめて初日の出だけはと、憲さんと早起きをして窓から眺めたものだが、来年はマジックアイランドで大勢のお友達と初日の出を、、と思っている。

昨日の病院での演奏は病院の皆さんに楽しんでもらえたようだ。
私たちのウクレレはそのコンサートのほんの一部で、沢山の日本人の子供たちのピアノや歌が披露された。日系のお年寄りが多いその病院で一番喜ばれたのは、小さな女の子が歌った「みかんの花咲く丘」だった。私たちでさえ懐かしいその童謡を聴いたとたんに、日系のお年寄りの患者さんたちの表情が明るくなり、静かに歌声までが聞こえ始めた。

次にその機会があったら、私たちも日本の懐かしい曲をウクレレで演奏できたらいいな、、と思った。

そして今日はウクレレレッスンの日。
昨日クアキニ病院の慰問演奏を終えた私たちは、晴れ晴れした表情で練習スタジオに集まった。今日のレッスンは「メレカリキマカ」の復習だったが、今日からは弾き方をもう一段階難しいものにしての演奏を習った。確かにこの奏法のほうがカッコいい。うれしくなった。
ところが、今まで弾けていたものが、めちゃくちゃになり、歌も歌えていたものが歌えなくなる。ああ、お家で練習しなくちゃ!だ。

Jody先生が上手に乗せてくれるので、練習のときは弾けたような気分になっているのだが、ひとりで弾くとまだまだ、まだまだなのだ。

昨夜、それをイヤというほど味わった。
私の一番若いハワイでのお友達Kちゃんのご両親が今、日本からハワイへいらしている。ご両親とKちゃんからご招待を受けて、ようこちゃんと2人で出かけた。Kちゃんのコンドに着くと、ご両親とKちゃんの心づくしの日本料理が並んでいた。

その夕食会に「ウクレレを持ってきてね、、」と要望があり、私は不思議に思いながらウクレレと楽譜を持っていった。だれかがウクレレうを弾いてくれるのか、、と思っていたら、「もちろん、キョウコサンに弾いてもらおうと思ってお願いしたのよ」ということだった。

おいしいお食事のあと、楽しい歓談が続き、いよいよウクレレを弾いてちょうだい、、ということになった。その朝、クアキニ病院で演奏をしてきたことだし、なんとなく弾ける気もしたので、ご要望にこたえて、ウクレレを手にしてみたが、ひとりで弾くとなると、もうぼろぼろ。。

「すみません。また練習して出直してまいります」と笑うしかなかった。それでもみんなは、とても上手だったわ、、と慰めてくれる。
本当にみんなやさしいんだから・・・

お詫び?に、フラを一曲踊った。心配だった足もほとんど大丈夫だった。
私のフラがお詫びになったかどうかはわからないが、久しぶりに踊れてうれしかった。帰宅したのは深夜になった。
それほど楽しい夕食会だった。

Kちゃんのご両親はほぼ私と同世代。当然話題にも共通項が多く、話題は多岐にわたってとてお楽しかった。私はKちゃんのルームメート、Eちゃんともすでにお友達になっている。

こうしてどんどんお友達の輪が広がっていく。
本当に幸せなことだと思う。
2009年12月19日 (土)
成田で孫たちが。。

今日は成田で時差調整かたがた、3泊して日本を楽しんでいたジャッキー一家が成田を発ってドイツに帰る日。その前日(昨日)、マヤ一家が成田までジャッキー一家を訪ねていた。日本で仲良しになっていたマヤをジャッキーがとても恋しがって、ハワイでも毎日「マヤ〜」と名前を呼び続けていたことを聞いたマヤママが、是非もう一度マヤとジャッキーを会わせたい!と決心して一家で成田へ向かった。
偶然にも今日、イスラエルのマヤのおばあちゃんが、マヤに会いたい一心で、お一人で日本に到着される。丁度その時期と重なったので、思い切って成田に二泊旅行を断行したのだった。昨夜はジャッキー一家を過ごし、今朝ジャッキーをドイツへ送り出し、さらに今夜はイスラエルからのおばあちゃんをお迎えして、そのままみんなで成田に一泊することになっているという。成田までおばちゃんをお迎えに出ることは、おばあちゃんには内緒にしていて、サプライズ!で喜ばせようという計画らしい。

また、私たち家族は東京、ドイツ、ハワイと離れ離れになったが、それぞれに充実した生活を送れているようでうれしい。

お昼は明日ハワイを一時離れるお友達とランチを。。。ようこちゃんもご一緒で楽しかった。ハワイでは永住している日本人のお友達と、日本とハワイを行き来している私のような「渡り鳥仲間」がいるけれど、その間で交わされる言葉は「いつ、日本にお帰りですか?で、次はいつハワイに戻ってきますか?」ということだ。いつも誰かが日本に帰っていて、誰かがハワイに戻ってくる。なんとも楽しい人間模様なのだ。

クリスマスが近づいて、ハワイはどこも人出が多い。車も渋滞するし、いつも余裕のあるアラモアナの駐車場でさえも満杯状態。今日は朝だというのに駐車するのに15分以上かかった。あの広い駐車場に空きを求めて沢山の車が右往左往している様子はなかなか、壮観だ。

明日はクアキニ病院を訪ね、我らが「クプナ アイランダース」がウクレレの慰問演奏をする。
以前にもこの慰問演奏の機会があったのだが、そのときはその病院に足を運ぶことができなかった。クアキニ病院には憲さんが亡くなる少し前、緊急入院したところであり、そこでウクレレを演奏する気持ちになれなかったから。。。
でも今回は違った。このボランティアのお話があったときから「今回は行ってみよう、みんなとあの病院で楽しく演奏をさせてもらおう。この一年の終わりに、また少し前進をしなくては。。」と思った。

それで、今日は自宅でウクレレの練習に精を出した。
みんなで弾くと弾けるのに、ひとりでは心もとない。

明日はなにかクリスマスらしい服装で集合ということになっているが、私はクリスマスらしい服装などは持っていないので、困っていたら、クリスマス色のかわいくてステキなレイをいただくことができた。
ウクレレの仲間のお一人が作って下さったもので、明日はクプナアイランダースのメンバー全員がそのレイ姿で舞台に立つことになった。病院での演奏自体私は初めてである。
ウクレレを始めてから、いろいろな経験ができてうれしい。あしたは、どんなことになるのかしら?

そろそろ足の怪我も完治に近い。頑張って演奏してこよう!
2009年12月17日 (木)
つい、買ってしまって。。

ジャッキーの声が聞こえない朝を迎えたのは一ヶ月ぶり。
いつもの明るいハワイの朝なのだが、なにか物足りなさがあった。それでもコーヒーをいれ、トーストが焼きあがるころには
元気が戻ってきた。もうジャッキーたちは日本に着いて、成田のホテルにいるはず。そのうち「着きましたよ!」とメールが入るだろう。

先日スーパーで買った二つの品物のうち、一つに不備があり、さらにもう一つの品物はサイズが違っていて使い物にならないことがわかった。
不備のあったものは、そのお店に責任があるはずなのでレシートを持っていけば交換してくれるはず、しかしもう一つのものは
私がサイズをきちんと確かめないで買ってきて、封を切ってしまったあとにサイズ違いに気がついたものだ。

日本でもかなりのお店で購入後の交換、返品ができるようになったものの、同額の商品と交換という制限があったり、その理由を詳しく聞かれたりして、こちらに落ち度はなくてもドキドキしてしまうことがよくある。ハワイではレシートと商品をカスタマーサービスカウンターに行くと、理由も聞かず、封が切られていても
明らかに使用されたものでなければ、実にあっさりとお金を返してくれる。どうぞ、これでまた、気に入ったものを買ってくださいというわけだ。
太っ腹、、という気がする。

それが商法として正しい、と思った。今日、私は返品または交換のつもりで訪れたそのお店で、返品で戻ってきたお金の数倍の買い物をしてしまっていた。ついでだから、、と言うこともあるし、お店に入った以上は店内を見て廻る。するとつい、買い物をしてしまうのだ。

その足で、アラモアナの白木屋のBook offに読み終わった単行本を8冊持って行った。そして引き取ってもらった本代に6ドルを足して、2冊の単行本を買ってきた。リサイクル、倹約。。うん、いいことだ。

ジャッキー一家が滞在中、彼らはウチからビーチへの行き帰りにABCストアで買い物をすることが多かった。ジャッキーママが驚いていたことがある。安いと思い込んでいたドラッグストア「ロングス」よりも化粧品がずいぶんお安く売られていたのだとか。

私は普段、ABCストアを利用することは余りないのだが、ここで買い物をして、2週間以内に100ドル以上を買い物すると、金額に応じてギフトがもらえる。だから、レシートは必ず取っておかなくてはならない。ちなみに彼たちがABCで買い物をしたのは約3週間で200ドルを超えた。ミネラルウォーターとか、パンとかアイスクリームとか、細かい買い物がほとんどだったが、合計するとこうなった。

お陰で、私はそのギフトをいただく事になった。かわいいハワイアンデザインのマグカップが2個・・・。

ちりも積もれば何とやらで、私の家にあるABCからギフトでもらったマグカップはこれで合計11個になった。ずっと前からすこしずつ集めたきたものだ。一つ一つデザインが違っていて、リビングの棚にちょっとしたコレクションとして飾ってある。

考えてみたら、このカップたちのお値段は合計1100ドル??
わーー!すごい。
2009年12月16日 (水)
追記 ありがとうジャッキー

☆☆☆ありがとう、ジャッキー☆☆☆

今回ジャッキーと一ヶ月間暮らしてみて、子供の純真さに心打たれたことが何度もある。特に、これには参った。

私が教えたわけでもないのに、横浜の家の制服姿の憲さんの写真を指して「これだあれ?」と聞くと「ジイジ」と答えた。

それだけでなく、今度はハワイのリビングにある私服姿の憲さんの写真を見ても「ジイジ」

ドイツのお家にも、ジャッキーパパの実家にも憲さんの写真が置かれているから、顔なじみ?だったのだろうし、

ドイツでもジャッキーママが折に触れ、「これはジイジよ」とジャッキーに語りかけていたのだろう。



そして、3日ほど前、ビーチから帰ってきたジャッキーの手に、一輪のプルメリアの花が。。。

玄関を入るとすぐに「ジイジ・・・」と言いながら、その花を憲さんの写真の前に置こうとした。

ジイジの写真の前にお花を。。。2歳になったばかりのジャッキーにはそんな概念はないはずなのに。。。その行動にジャッキーママもびっくり。

なにか熱いものがこみ上げてきて、しばらく言葉がでなかった。

よかったね、憲さん。
ありがとうね、ジャッキー!
2009年12月16日 (水)
ジャッキーたち、じゃ、又ね!

約3週間の滞在を終えて、ジャッキー一家が日本経由で、帰国の途についた。ジャッキーとジャッキーママとは一ヶ月間、共に過ごしたことになり、本当ににぎやかで幸せな日々だった。

今頃は、ホノルル空港を飛び立ち成田に向かっていることだろう。
淋しいけれど、空っぽになったお家を掃除し、大洗濯をしてちょっとほっとしているところ。あたりを見回すと新しいオムツが少し残されていたり、ジャッキーが食べ残したお菓子がテーブルにあったりすると
胸がキュンとなる。「ジャッキー、またバアバのところにおいでね。。」と心でつぶやく。そういえばジャッキーは「ママ、おいで!」といえるようになった。単語をピックアップして、それを使っていく、、子供のフレキシブルな頭には脱帽だ。

ホノルルマラソンでジャッキーパパも健闘したし、満足げに、しかしまだまだここにいたいという気持ちを残して大荷物を抱えて帰っていった。また来年も皆でハワイに来れますように・・・・

この一ヶ月でジャッキーも確実に成長した。言葉も単語から文章らしきものになったし、パパにはドイツ語で答え、ママや私には日本語で、、という風にもなってきた。ひとりでネンネもできるようになった。数日前、寝かしつけようとママがベッドへ連れて行ったら「ママ、あっち。。」と一緒に寝ることを拒否されたという。それ以来、お昼寝も哺乳瓶を抱えてベッドによじ登り、ひとりで何ごとかつぶやきながら、眠りにつくようになった。
日本にいるマヤも同じで、一人寝のトレーニングが終了。2人のママはちょっと淋しさを感じながらも、その成長を喜んでいる。

私は昨夜、シニアライフ協会主催のハレコアホテルでのクリスマスパーティに出た。ジャッキー一家のハワイでの最後の夜だったが、
お互いに自由に過ごすことにした。ジャッキー一家も最後の夜にモアナサーフライダーホテルのビーチバーでゆっくり過ごしたようで、よかった。

パーティでは、ウクレレの仲間と一緒に4曲を演奏した。私にとっては、人前で演奏するのは初めてで、練習不足が気になりかなり心配だったが、やさしくて楽しいJody先生のリードで気持ちが落ち着き、ありがたかった。男性はアロハシャツ、女性はムウムウ姿で演奏。総勢16名での演奏だった。
「間違ってもいいんだよ、何より笑顔が大事、楽しむことが一番大事なこと。。」とフラのK先生と同じようなことを言われ、みんなその気になって楽しく「ウルパラクア」「メレカリキマカ」「カイマナヒラ」「ハワイアロハ」の4曲を演奏した。こちらでのパーティの定番、ビンゴゲーム、オークションなどで盛り上がり、楽しい一夜だった。こんなイベントのときは、必ずその準備をしてくださる方々がいる。私たちが楽しませていただいた分、ご苦労もあったに違いない。私はハワイと日本で半分ずつの生活なので、いまはもう何かの「役」をお引き受けすることは少ないが、その大変さはよくわかる。ありがたいと思う。

次の日曜日には、クアキニホスピタルでボランティア演奏をすることになっている。これも楽しみになってきた。
ウクレレといえば、何より驚いたのは、ジャッキーママが今回初めて受けたウクレレレッスンにすっかり魅せられて、私の古いウクレレと、教則本をドイツまで買い込んで持って帰ったことだ。
ドイツのジャッキーのお家にウクレレの音色が響く。。それも私にとってとてもうれしいことだ。いつか我が娘と2人で演奏をしたいと夢は膨らむ。

私の足もやっと腫れが引いて、ふつうのサンダルが履けるようになった。
この回復にはキネシオテープがとても役に立った。まだテーピングなしでは心もとないし、全快にはあと数週間かかるだろうが、今はほとんど痛みもない。ほっとしている。

ジャッキーたちは成田で、3泊して時差を調整して、日本での日々を楽しんでからドイツに戻ることになっている。帰国したら、すぐにドイツの厳かなクリスマス!きっと楽しい日々が待っていることだろう。
2009年12月13日 (日)
ホノルルマラソン!

今日は12月13日、ホノルルマラソンの日。
これだけハワイに来ているのに、マラソンの日に滞在したことがなかった。
今年はドイツのジャッキーパパが出場するので、とりわけ楽しみなイベントだった。だった。。というのには、訳がある。

マラソンの3日前くらいからジャッキーパパは風邪気味。
前日の昨日は38度近くの熱まであった。見るからにだるそうで、何とかしなくちゃ、、と私とジャッキーママは思ったのだが、ここがパパのわからないところで、そんなに気分が悪いならじっと寝ていればいいのに、じっとしてられないらしく、ビーチで太陽を浴びてくると言って出かけたり、薬は飲みたくない、、と言ってみたり。。お国は違っても、どうも男の人にありがちな状況。病院にいって、よく効く注射を一本お願いします、、というわけでもない。周りはとても心配をしていたのだが、ご本人は「明日熱が下がらなかったら出ない。。」とイヤにあっさりしている。今日のためにトレーニングを積んでドイツからやってきたのじゃないの? 

そして今日、熱はないらしく、早朝2時半起きしてカピオラニパークから出るシャトルバスに乗って、出発地点のアラモアナパークに行き、無事スタートを切った。ジャッキーママは一緒にアラモアナパークまで応援に行った。華やかに花火が上がり、いよいよスタート。25000人という出場者の多さなので、全員が走り出すまで20分以上かかるという。このマラソンの幕開けの花火は、毎年アラモアナ界隈の住民を否応なしに起こしてしまう。市民の中にはホノルルマラソンに全く興味ない人もいるわけで、日曜の早朝のこの花火は、一部の人には、大変はた迷惑でもあるらしい。

ママが無事パパのスタートを見送ったのはいいけれど、ウチへの帰り道、バスもなく、夜明け前の暗い道をひたすら我が家へ歩いて帰ってきたという。もっともアラモアナショッピングセンターには、私も何度も歩いて行ったことがある。若いジャッキーママにはそれほどの距離でもない。その帰り道のカラカウ通りで、ダウンタウンを経由してハワイカイを目指して走ってきたマラソンランナーたちと遭遇し、その中にジャッキーパパを見つけ、会話を交わしながら、しばし伴走したというのだからすごい!というか、なんでもありなのだ。記録を残すというより記憶に残す大会なのだろう。

ゴール予定時間の朝9時ごろ、ジャッキーを連れて、ママと三人でパパを出迎えに行った。ゴールはウチからすぐのところ。ゴールには沢山の人がなだれ込み、誰が誰だかわからない状態。待ち合わせ場所にもパパがなかなか現れない。途中でリタイアしたのか。。と心配しかけたころ、ママの携帯が鳴った。「今、ウチへ帰ってきたんだけど、鍵がない。すぐに戻ってきて!ああ、疲れたあああ!」パパからだった。どうやらゴールでの勇姿を見損なってしまったらしい。

4時間を切ることを目標にしていた、パパだったが体調が完全に回復していなかったので、30キロを越えたあたりで調子が落ちて、4時間30分と少しかかってゴール!そしてFinisher と書かれた鮮やかな黄色のTシャツと、メダルをもらってさっさと一人でウチへ帰ったらしい。病み上がりの身体には相当きつかったらしく、私たちとゴール付近で待ち合わせていたことすら忘れていたという。今日は雲ひとつない晴天でマラソンには暑すぎた。

日本人には評判の高いホノルルマラソンだが、一つ気になったことがある。
日本の各旅行社が募集して参加したランナーには、旅行会社による手厚いケアがなされるが、それ以外の個人で参加した人、ましてパパのような外国人へのケアは少なかったように思う。

何はともあれ、ウチのジャッキーパパは完走し、早速黄色いTシャツを着て今、ママの友人宅へ一家で出かけている。街には、黄色の完走者Tシャツを誇らしげに着ているものの、痛そうに足を引きずっている日本人が沢山。「おめでとう、頑張ったのね!!」と声をかけたい気持ちになる。

来年2月、今度はマヤパパが再度、東京マラソンに出場する。今度は東京で応援だ。まさか2人のお婿さんが、そろって2人マラソンランナーであるとは知らなかった。お陰で、いろいろ経験できて楽しいが、今日は全員早起きだったので、一日中眠い。
来年2月、東京マラソンの日は、どんなことが起こるのだろう?
2009年12月7日 (月)
アップルバナナ

ジャッキーが話す言葉は、片言ではあるが、次第に日本語の語彙も増え、ドイツ語の語彙も増え両国語のチャンポンである。
私の痛めた足をみて「バアバ、アウワ(痛い)?アンヨ、アウワ(痛い)?」と聞いてくれる。私は私で「大丈夫よ、バアバ、アウワじゃないよ」という具合。とにかく毎日が面白く、楽しい。

今日、ジャッキー一家は車でノースショアに出かけていった。私は午後にウクレレのレッスンがあるので、一人ホノルルに残った。
最近何十年ぶりかの高い波が押し寄せている上、国際的なサーフィンの大会が開かれるノースショアに、是非行ってみたかったらしい。
もう何度も行っているのだが、その歴史的な大きなウェーブを見たいと張り切って出かけた。ハイウェイH1からオアフ島を南北に突っ切る道を一路
サンセットビーチ目指して行き、ウェーブを見るついでに、カフクのガーリックシュリンプを楽しみ、カイルアのお気に入りのカフェに寄り、海沿いにホノルルまで帰ってきた。
期待のウェーブは、確かに高い波だったけれど、いつもいつも高波が来るのではなく、よほどタイミングが合わないと映画に出てくるようなパイプラインには遭遇しないらしい。
沖のほうにはそれらしき大波が見えたらしいが、期待ほどのものではなかったらしい。それでも念願のガーリックシュリンプと大好きなカイルアの街を堪能できて幸せそうだった。

ジャッキーパパは、「あの有名なショバンニのオーナーは、儲かっているんだろうなあ。。古いワゴン車一台だけで、土地代は要らない、お店も要らない、人手は少しで足りるし、資本はかけないであれだけの値段のものが飛ぶように売れていて・・・でも、ガーリックシュリンプ、おいしかった。僕もなにかハワイでやってみるかな。。」と笑っていた。本当にそういわれればそうだ。しかし、ドイツ人がハワイでいったい何ができるか??どう考えてもうまく行きそうにもない。

今日、ジャッキーパパが「今までの人生で一番おいしいバナナだった!」と賞賛したのは、ウチのキッチンから一本だけドライブに持って行ったバナナだった。
「アップルバナナ」である。私もこれが好きでよく買う。「ドイツにもあるかな?これはどこで買えるの?」ととても気になるようだった。
それに私の大好きなチェリーコーク、これも今回ジャッキーパパが改めてファンになったものだ。ドイツでの私の好きな飲み物は「メッゾミックス」。これはオレンジジュースとコーラをミックスしたもので、おいしい。れっきとしたコカコーラボトラーズの製品なのだが、これは、ハワイにもないし、日本にもない。日本でもいろいろな種類のコーラが出るといいのになあ。。と思う。

ウクレレのレッスンは楽しいが、だんだん難しくなってきてウチでの練習が欠かせない。Jody先生の指導が楽しいので、つい乗ってしまう。
15日のクリスマスパーティで我が「クプナ アイランダース」が6曲演奏することになっている。私は日本に戻っていて、ブランクがあったので遅れをとっていて、頑張らざるを得ない。それにボランティアで、ある病院に演奏に行くことにもなった。ここではクリスマスソングを三曲くらい、、ということである。
頑張らなくちゃ!!足が痛い間は、当分本格的なフラもお預けだし。。。
2009年12月5日 (土)
クリスマスパーティ その1

今日も晴天。気持ちがよい。これで足が完全に治ってくれれば何でもできるのに。。。何でも一応できるが、ジャッキーを抱っこすることがでいないのが残念。今日は一日、ジャッキーたちとは別行動になる。

足慣らしのつもりもあって、午後からカラカウアのメイシーズへ一人で行ってみる。いつもなら当然歩いて行くのだが今日はバス。久しぶりに2ドル払って、トランスファーのチケットをもらって。。。
お陰で足は痛むことなく、メイシーズへ。バーゲン品がさらに25%引きだというので、頑張って行ってみたのだが、本当になにもかもお安い。ただ、洋服は私のサイズがほとんどないので、下着だけを買ってきた。これも嘘のように安かった。帰りもバス。当然トランスファーチケットで無料。これは大いに得した気分になるから、不思議だ。

夕方からは、或る会主催の、クリスマスパーティに出席した。ハワイは狭いから、どこの主催のパーティに行っても、おなじみの顔に会える。
今日もそうだった。私がハワイに来る前に、すでにようこちゃんが予約してくれているので、知らない間に沢山の催しに出席することになっていて、楽しい。

今日はヒルトンハワイアンビレッジの隣のハレコアホテルでのパーティ。中身は知らないままでかけたのだが、とてもよかった。ビュッフェスタイルではなく全員着席のディナー。全員がシニアの人たちなので、ゆったりとした空気が流れ、ステキな一夜になった。

アトラクションは、ザ・ホノルル・ボーイ・クワイヤーによる「クリスマスショウ」。かわいい男の子40名近くが天使の歌声を聞かせてくれた。ハワイらしく、ほら貝とチャントで始まる正式なステージで、感激。フラも踊るし、歌も歌う、その少年達のかわいいこと。フラはよほど熱心なクムが教えているらしく、しっかりしていてクセがなく、とてもすばらしかった。エンターテイナーとしても訓練されていて、涙が出るほどにこころを揺さぶられた。

ショウ終了後、その中でも一番うまい踊り手だった少年が、偶然私たちの席に来てくれた。ハグをして「メレカリキマカ!(ハワイ語でメリークリスマス)」と挨拶を交わし「あなたのフラ、とてもステキだったわ」というとうれしそうに”Oh,Thank you!!”その言い方が、もう立派なフラダンサーだった。

お料理も満足、楽しいおしゃべりも満足、そしてハワイならではの、アトラクションに皆心を温めてもらって、一夜を過ごすことができた。
いつものことながら、こちらの建物の中の冷房がきつすぎて、せっかくオシャレをしていっても、厚手のストールなどで身を包まないと、とてもいられない。私も必ず、パシュミナのストールを持参する。今回私は足を怪我しているので、やむなくクロックスのサンダル姿だから、普通のパンツルックで出かけたのだが、きれいなムウムウを着ていた人も会場へ入るったとたんに、冬装束になる。そんなハワイのパーティ事情を知っている人は厚手の上着か、ストールを用意している。ところが一人だけ薄着で、温かい上着を持ってこなかった人がいた。

私の隣に座っていた彼女は「寒い、寒い」を連発しながら、ついに、テーブルの上でロマンティックに揺らめいているキャンドルを引き寄せ、それに手をかざして暖をとった。まるで「マッチ売りの少女のようね。。」と皆で笑ったが、本当にあの寒いパーティ会場、何とかならないのかしら・・・

今年は温かい南国ハワイでのクリスマス。。。
去年の今頃は私はドイツにいて、ミュンヘンのクリスマスマーケットを楽しんでいた。ホクホクの焼き栗と温かい飲み物で身体を温めながら、雪道を歩いた。それも感動的だった。

こんな経験ができるのも、家族のみんなのお陰。ありがたいことだとつくづく思う。
2009年12月4日 (金)
ウチのコンドが火事に!

夕方からチャイナタウン近くのお友達のお家へ伺った。

今日もようこちゃんと一緒。そこにお住まいのJ子さんと、丁度今日本からいらしている

彼女のお母様にお会いすることと、もう一つ目的があった。J子さんとフラの練習をするためだ。

15日のシニアライフ協会のクリスマスパーティで、ウクレレの演奏に参加することになっているが、それ以外にフラも、、ということになるかもしれないというので、急遽J子さんと「アロハ オエ」を練習することにした。私の足は、かなりよくなってきて歩くのもスムースになってきたが、フラはさすがにつらいのではないか?

と思ったが、フラのごくごく簡単なステップなら、足の指を使うことなくべた足で踊れるので、痛みもなく踊ることができた。

短い曲だし、なんとかなりそう。。。K先生以外のフラを踊ったことのない私は、振りの一つ一つが微妙に違うので、ちょっと戸惑ってしまった。
もし、これを大勢の人の前でクリスマスパーティのアトラクションとして踊るとしたら、どんなことになるのかしら。。ちょっと楽しみである。

そのあとチャイナタウンで飲茶の夕食をおなじみの方々と楽しんだ。私の横の席に座った方は、85歳の男性。6年まえにハワイに移住してきたという方である。ということは79才で移住を決行なさったということになる。奥様と2人でハワイでの生活を楽しんでいるという。悔いが残るのは、もっと早く決心してハワイに来ていればよかった。。ということだとおっしゃる。
その気持ちはよくわかる。健啖家で、おいしそうに召し上がっているのを横目で見ながら、やはり食べることが長生きの秘訣でしょうかね。。と小食の私はちょっと気後れしてしまった。

最近の夜のチャイナタウンは、安全で清潔で、若い人たちの新しい遊び場になっているようだ。昔の暗く、危険だというイメージを一掃しようと、地元の皆さんが努力をした成果が出てきた。人出も多く楽しい場所に生まれ変わっている。アートギャラリーが集まっているので、ギャラリーめぐりをして、中華料理を食べて、クラブで楽しむ。。。そういうユニークな趣向が受けているらしい。

この飲茶を楽しんでいるころ、私のコンドでは大変なことが起こっていた。6階のある部屋のラナイ(ベランダ)から出火したのだ。
上階の人がラナイでバーベキューをしていて、火のついたまま投げ捨てたタバコが6階の部屋のラナイに落ち、そこにおいてあった植物やイスに燃え移ったらしい。

黒煙が出て、炎が上がり、住人は全員一時屋外へ避難したらしい。ビルディング内に火事を知らせるアラームが鳴り響き、消防車、パトカー、それに報道陣が駆けつけて大変だったとか。住人のなかにはパニックで泣いている人もいて、修羅場が繰り広げられたとのこと。この建物で火事が出たら、大変だ。なにしろ36階建てなのだから。。

私は何も知らないで、またまたのんきに10時過ぎに帰宅。東京のマヤ一家とスカイプをしていたら、電話が鳴った。同じコンドの友達からだった。「あなたがいない間に大変だったんだから!偶然私が見つけて通報したのよ!!」と緊張しきった声で報告を聞いて初めて知った。知らぬが仏とはこのこと。家に入っても煙の匂いもしないし、何も変化がなかったのに。。そんなことが起きていたとは。

幸いラナイの物を焼いただけで室内に燃え移らなかったので、大事には至らなかった。まずはほっとしたけれど、一つ間違ったら、私は焼け出されていたかも知れず、怖い怖い。。。

どうして私の周りにはこんなアクシデントが多く起こるのだろう。過去のブログを振り返っても、尋常ではないことが起こる率が高いような気がして、ちょっと気になる。幸いなんでもなかったことを喜んで、必要以上の心配はよそうとは思う。それにしても昨日のような嵐で雨でなく風が強かったらいったいどうなっていたか??そう思うと、やはり怖い。

街はクリスマス色に変わりつつあり、目下バーゲンの真っ最中。ちょっと明日あたり、出かけてみようかな。。。

ジャッキー一家は、今日、ホノルル動物園に出かけた。初めてみた象さんに「ぞうさん。ぞうさん。。」と話しかけていたという。日本語もかなり上達した。ジャッキーという自分の名前を発音するのがまだ下手で自分のことを「ダッチー」という。4ヶ月後に生まれたマヤは『ジャッキー」と正しく発音するのに。。。

2人の従姉妹は、11月に日本で一緒に遊んだのがよほどうれしかったらしく、いまだにお互いの名前を呼びながら遊んでいるという。ハワイと日本に離れているのに・・マヤの前髪を短く整えたら、ジャッキーにそっくりになってきた。やはり血は争えない。これからも仲良く姉妹のように育って欲しいとバアバは願っている。
2009年12月3日 (木)
突然の嵐

今日の夕方から夜にかけての雨はすごかった。シャワーなんてものではなく、ほとんどストーム(嵐)だった。
そんな気配もなかったから、ジャッキー一家はカラカウア通りに散歩に出て、「メイシーズ」で大バーゲンがある、、と
大喜びだった。お目当てのものも見つかり、円高と相まってとてもお得な買い物ができたと上機嫌だったところへ
突然の大雨。雨宿りをしてもどうにもやみそうにない雨に困って電話をしてきた。

私は家にいてその大雨を見ていたのだが、稲光と雷が続き、これは当分やみそうもないと判断。
車でカラカウアのプリンセスカイウラニホテルの車寄せまで迎えに行くから。。とジャッキーママに電話をした。
車でウチを出たとたんに、洗車場に入ったような水が車に降りかかってきた。ワイパーも最速にしても間に合わない
状態。すでに道路の両端には水がたまり、うっかりそこを走ると大変な水しぶきがあがる。
歩いている人もほとんどいなくて、怖いくらいの大雨だった。下水溝から水が噴出している。

ホテルの前に行くとずぶぬれのジャッキー一家が、待っていてなんとか救い出す?ことができた。
ほっとした。しばらくしたら雨は嘘のように止んだ。車をウチの車庫に入れる前に、用もないのに、20分ほど車を走らせた。
別に用はないのだが、水浸し状態の道を走行した車体を少しでも乾かしておきたいと思ったから。

今夜から5泊、ジャッキー一家はウチの近くのコンドミニアムに泊まることになっていて、
久しぶりに私は一人。少し淋しいけれど、なにかほっとした気持ちで、ゆっくり熱いお茶をいれたりしている。
彼らはいつも約3週間滞在するので、その間約一週間は旅行気分を味わうために、ホテルか別のコンドミニアムに滞在する。
その間もなにやかやで、一緒に過ごすことが多いのだが、一応その間はお互いにフリー。
すぐ手の届くところに家族がいて、しかも自由行動というのはとても贅沢でうれしいことである。

ジャッキーはハワイを大いに楽しんでいるらしく、大きな目を光らせて、次から次へと「いたずら」を考えている。
今日もワイキキで「この子は男の子なの?」と聞かれたという。ジャッキーパパが「この子、スカートをはいてるでしょ?女の子ですよ!!」と
笑ったというが、動きがどう見てもきかん気の男の子。声も大きい。男親にはたまらなくかわいいらしいが、ママは追っかけまわすのが大変だ。
2ヶ月前に保育園に通いだしてから、彼女は変わった。本当に変わった。お家から一歩出ると、借りてきたネコのように大人しい子だったのに。
子供って本当におもしろい。
2009年11月30日 (月)
あ、折れた!!

ハワイ3日目。元気すぎるほど元気なジャッキーには私の娘たちにはなかった、明るいパワーがある。ショッピングセンターに行っても、一人で走り回り、床に寝っころがり大喜びするタイプである。ビーチでもすぐに水に走りこんでいくから目が離せない。決してぐずることはないのだが、とにかくニコニコと誰にでも愛想がよく、一人で盛り上がる。
日本語もドイツ語も少しずつ語彙が増えてきていて、おもしろい。

ジャッキーママのたっての希望で、今朝の私のウクレレレッスンに初参加した。ビギナーズクラスで「聖夜」と「カイマナヒラ」を練習。前夜にとりあえず簡単なコードを教えておいたので、なんとか楽しみながらレッスンを終えたようだった。ジョディ先生は時々レナーズのマラサダを差し入れしてくださる。今日もどっさり持ってきてくださった。ジャッキーママはそれにもいたく感激したようだった。もちろんそれだけではなく、ジョディ先生の楽しいレッスンにすっかり魅了されたようで、「ウクレレ楽しいね!」とご機嫌である。ジャッキーママのウクレレの音がドイツで鳴り響く日も近いかもしれない。もっともジャッキーパパは、「ああ、耳栓が欲しい。。」とつぶやいてはいるが。。

午後は、ジイジ(憲さん)のお墓参り。ジャッキーはお墓の周り、お墓のプレートの上をお掃除をしてくれて「ジイジ。。」
といいながらお墓をなでていた。ジャッキーママも私も胸がいっぱいになった。マヤもこの夏、ジイジのお墓の上で飛び跳ねていたけれど、こうして孫たちに会えて憲さんも喜んでいることだろう。

夜はようこちゃんをお招きして、ジャッキーパパがステーキを焼いてくれて、我が家でディナー。ようこちゃんはいつものように、沢山お料理を運んできてくださって、うちのテーブルはとても豪華になった。
やっと、ジャッキー一家をようこちゃんに紹介できてうれしかった。

お食事のあと、楽しくおしゃべりをしているとき、アクシデント。元気に走り回るジャッキーとリビングルームでニアミスをしそうになり、それを避けようとしたとたん、私の左足の先がじゅうたんに引っかかり「バキッ!」と音がした。そこにいた皆がその音を聞いたという。「折れた!」と思った。

痛みが走り、よく見ると左足の薬指が、あらぬ方向に向いたままになっている。すぐにそれを元に戻すようにしながら、氷で冷やし続けた。
ジャッキーパパは「病院へ行こう!」と飲みかけていたワイングラスを置いて今にも車のキイを手にしそうな感じだったが、思ったほど痛みもなく、つま先から足が腫れてはきたものの、長年の勘で、これは自分で治せる。。と直感した。すぐに徹底的に冷やすことができたせいか、夜眠る時も痛みがなく、歩くときにだけ多少の痛さと不自由さがあるだけ。このままなんとかなりそうだ。おそらく薬指の骨にひびが入ったか折れていると思う。
でも大丈夫。。なんとか毎日をしのいで暮らせそう。ただし、腫れで靴が履けないのでクロックスのあの、幅広のサンダルを買って歩くことにした。
ファッションもなにもあったものではない。ただ歩きやすければ。。。

ようこちゃんにも家族にも大変心配をかけてしまったが、これからしばらくゆるゆると動いて、治していくつもり。それにしても家族がここにいるときでよかった。。。
2009年11月28日 (土)
ちょっとだけビジネスクラス!

いよいよハワイへの大移動の日。
10日前から里帰りで帰国していた、ジャッキーママとジャッキーに加えて
今日成田着のルフトハンザ機で、お昼ごろにドイツから到着するジャッキーパパと成田で落ち合い、一緒にホノルルに向かう。ジャッキーパパは、私たちとの待ち合わせの午後5時までホテルで一休みしているはず。
男の子のように元気いっぱいのジャッキーを連れて、成田エクスプレスの中でもうすでに疲れていたママと私は、ジャッキーパパに会えば、そのお守の大半を彼が引き受けてくれるはず、、と思っていた。

予想通り、ジャッキーはパパを見るなり「パパ〜〜!」と、すっかりパパっ子に変身。ママと私はほーーっとした。

今回はチャイナエアラインに搭乗することになった。4人ともチャイナエアラインは初めてで、どんなフライトになるのか、興味半分、不安半分だった。ジャッキーが退屈するといけないので、最後部の4席をとってもらってゆったりとできた。
どの航空会社より座席のピッチが広いような気がしたし、機内も清潔に保たれ、トイレにはハンドソープ、乳液、時節柄消毒液が置いてあり
昔のエコノミークラスの様相を呈していて、おまけに期待していなかった機内食がとてもおいしい中華料理で、めずらしく「うーーんおいしい!」と声が出た。
とにかく、前半は心地よいフライトだった。フライトの後半、予期せぬタービュランス。シートベルト着用、CAも全員着席、サービスはしばらくはなし。。その時間はゆうに一時間を越えたと思う。とにかく上下左右によく揺れた。乗客から悲鳴も聞こえるほどで、かなりの揺れだった。幸いけが人もいなかったようだが、本当に怖かった。

それがおさまったころ、男性のチーフパーサーが、ジャッキーパパのところへ一枚の紙切れを持ってきた。英語でなにやら話している。「地上からのテレックスによると、ホノルル空港であなた方家族に会うために、人が待っています。その人にすぐに会えるように着陸前に4人ともビジネスクラスに席を移動してください」とのこと。ジャッキーパパは、ドイツの家族に何かあったのか??と心配し、ジャッキーママは「なんだろうね、心配だけど、ま、悪いこともしてないんだし、大丈夫よ」といい、私は一番呑気に「チャイナエアラインのホノルル行きのお客様の何百万人目のお客さまでーす!。といきなりパンパカパーンって、くす玉が頭上で割れるんじゃない?何かもらえるかも。。。」と思っていた。

着陸の一時間ほど前、私たちはチーフパーサーに案内され、荷物を持ってジャンボの2階のビジネスクラスに移動した。CAさんたちは、丁寧にお茶を入れてくれて(チャイナエアラインの烏龍茶は最高においしい)、私たちは落ち着かない状態でハワイの朝焼けが美しい景気を眺め、ホノルルに着いた。
どうぞ、早く降りてください!と促され、飛行機を出ると、フィリピン人のようなおじさんが立っていた。「ああ、S氏ですか?あなたが払うべき税金を受け取るのを忘れたことがわかりました。成田から通知が来ています。税金、48ドルをいただきます」ジャッキーママがドイツの航空会社勤務のため、ありがたいことに私も含めその家族は特別料金でフライトができる。それには税金がかかるのだが、うっかり係りの人が請求するのを忘れたらしい。私たちを
特別にビジネスクラスの出口から機外に出るようにすることで、確実にお金を徴収しようということだったらしい。
またもや、予想外のことが起こった旅の始まりだったが、ハワイは爽やかな風で私たちを迎えてくれた。

これから約3週間、ジャッキー一家とのハワイ生活になる。
2009年11月19日 (木)
孫・孫・孫・・・

時差を引きずりつつ、ジャッキーとジャッキーママの日本での生活が始まった。
まず今日は、第一目的だったマヤとマヤママとの再会の日。ジャッキーは2歳になったばかり、マヤは1歳8ヶ月。
つまりほとんど双子ちゃん状態のような従姉妹同士である。

今日、午後雨の中を車で三人で東京のマヤのお家へ・・・・その前にすることがあった。
生まれたばかりのときに備え付けた車のベビーシートの調整をすること。もうすっかり大きくなったジャッキーやマヤのために
今までは進行方向と逆の後ろ向きに装着していたものを、今度は前向きに置き換え、各ベルトも身長、体重に合わせて変えなくてはならない。
ジャッキーママが奮闘して無事作業終了。東京へ向かった。

午後一時半、マヤのお家に到着。マヤはお昼寝中だった。久しぶりで水入らずのお昼をいただいた。こうして娘たち2人と私が同時に顔を合わせる事は、本当にめったにないこと。貴重な時間だ。ジャッキーは早くマヤと遊びたかったのだろう。マヤのベッドに近づいて「マーヤ、マーヤ!」と大声で呼び掛けて無理やり起こしてしまった。保育園に通いだしてから、確かにジャッキーは積極的になった。

待望の2人の従姉妹の再会となった。2人の性格は全く違う。マヤはもりもり食欲旺盛で、もくもくと一人でも遊べる女の子。そしてよく眠る。笑い声も泣き声も静か。穏やかな子だ。

ジャッキーは全くの小食。寝る時間も短い。それなのにどこからそのエネルギーが出るの?と思うくらい、活発で、ケラケラとよく笑い、声も大きく一人遊びよりもむしろ人を巻き込んで一緒に遊んでほしいタイプ。「できれば一生誰かに抱っこしてて欲しいの。。。」という子だ。

つまり、客観的にみていると2人のママの大変さが違う。マヤママはかなり自分の時間も持てて余裕がある。ジャッキーママはジャッキーのエネルギーに付き合わねばならず少々疲れ気味。その代わり、ジャッキーは2歳にしてはひょうきん者で、しょっちゅう人を喜ばせようと、きょろきょろしていて確かに楽しい子である。

住んでいる国は違っても、ジャッキーとマヤの共通の楽しみがある。それは教育テレビの「いないないばあ」という番組。
ドイツでも日本語のテレビネットワークがあり放送している。今日も2人の孫はそれを見ながら、一緒に踊り走りまわっていた。
「バアバ、だっこ!」と2人の孫が両手を広げて近づいてくると、もうメロメロ。。

夕食もみんなで一緒にいただいて、私は一人で横浜の家に帰ってきた。
今夜と明日の夜は、久しぶりに姉妹のおしゃべりに花が咲くことだろう。
帰る途中、運転をしながらやはり嬉し涙が出た。憲さんがいたらどんなにかよかったのに。。私一人がこんな幸せでごめんね。。。

第三京浜を運転中、携帯が鳴った。残念ながら話すことはできなかったが、フラのK先生からだった。帰宅後残されたメッセージを聞いた。
関西空港からだった。3週間に及ぶ日本での仕事を終えて「今からハワイへ発ちます。いろいろありがとうね、じゃ、またハワイで、会いましょう」というメッセージだった。

今夜から2泊、ジャッキーたちはマヤ一家を過ごし、そして引き続き、こんどは私の家で全員で一緒にお泊りの予定。
しばらくは孫・孫・孫・・の日々が続く。今日は体力維持のために、久しぶりにジムに行こうと思う。
孫との生活は体力勝負だと思うから・・・。
2009年11月17日 (火)
ああ、実家だ。。。

今日は待ちに待った、ジャッキーとジャッキーママが久々の里帰りで戻ってくる日。この夏に帰国するはずだったが、帰国寸前にジャッキーママが急性肺炎になってしまい、涙を飲んで延期した里帰りだ。

今日は頑張って5時半起きして成田へ出迎えに行った。一昨日までフラで怒涛のような日々だったから、2人を迎える準備も昨日一日で済ませた。久しぶりにクリスマス用のデコレーションを引っ張り出して、ジャッキーが喜ぶ姿を想像しながらリビングにかざった。

午前9時過ぎ、予定通り到着ロビーにジャッキーママとベビーカーにチョコンと座ったジャッキーが姿をあらわした。大きなスーツケースと重くて大きい手提げバッグ、それにベビーカー。。ジャッキーママはそれを一人で運びながらニコニコ顔。ジャッキーは「バアバ!」と少し照れたように笑いかけてくれた。

「ああ、日本の匂いだ・・・」空港の中でジャッキーママは大きく息を吸った。そういえば湿気を含んだ、なんともいえない匂いがある。日本の匂い、ハワイの匂い、アメリカ本土、そしてヨーロッパ、中国、香港などそれぞれ独特の匂いがあり、空気さえ違うような気がする。

ジャッキーママに言わせると、日本にはなんとなくのんびりした、まったりした空気が流れているのだという。そして同時に人々の

親切さもひしひしと感じるらしい。確かに日本はすべてに行き届いて、サービスも抜群にいい。日本に住んでいる私たちは感じなくなっている日本の良さをジャッキーママは改めて驚きとして受け止めているらしい。

ウチに着いたのがお昼過ぎ。ドアを開けて入るなり「ああ、実家だ。。」とジャッキーママはうれしそうだった。外国に住んでいると、当然実家や親姉妹は、常に遠いところにある。実家、母国への想いはひとしおなのだろう。

ジャッキーはさすがにそのままダウン。ベッドで熟睡。
ジャッキーママと私はゆっくり昼食を食べることができた。久々の日本料理を、、と用意したのは、なんのことはない、普通の食事。

秋刀魚の塩焼き、大根おろしに、かぶと油揚げの煮物、納豆。。。それにキムチ。。「ああ、こういうのがいいのよねえ。。」とジャッキーママは大喜び。新鮮な魚が手に入りにくいドイツでは秋刀魚は、手の届かない夢の魚なのかもしれない。

この14日にお誕生日を迎えて2歳になったばかりのジャッキーには、改めてかわいい誕生日のケーキを用意した。日本でのお誕生日のお祝いだ。片言のドイツ語、日本語を話すようになり、今のところ彼女のドイツ語は私にもわかる程度だ。

保育園に通いだして2ヶ月ほど。保母さんたちのお話では「ジャッキーは、よく笑い、明るくてみんなから愛されていてクラスの太陽のような存在です。。。」といわれているそうだ。どうかこのまま、明るく元気に大きくなってくれますように。。と思う。

これからしばらく、2人は時差との戦いになるだろうが、ゆっくり日本で過ごしてほしいと思う。いとこのマヤとの再会も楽しみだ。2人で遊ぶ姿を早く見たい。2人は10日間ほど、ここで過ごして、ジャッキーパパと合流、バアバも一緒にみんなでハワイに向かう。

当分、にぎやかで、忙しくて、楽しい日が続く。本当にありがたいこと。。。
2009年11月16日(月)
生きてますか?

もう10日も前のことになるが、11月8日「生きてますか?」とフラの仲間からメールが届いた。「さぞ疲れたことでしょう。お疲れ様でした!」といういたわりの気持ちを集約して「生きてますか?」という言葉になったのだと思う。
その日、確かに私は疲れていた。でも心地よい疲れであり、達成感のある疲れだった。

前日の11月7日私はフラグループの一員として、初めてのライブ出演を経験した。私たちのフラのK先生はハワイ在住。だから私たちには普段先生がいない。10名の仲間が自主練習を重ね、やっと迎えた本番だった。

グループにはフラの先生をしている人もいるし、私のように経験の浅い人もいて、年齢もさまざま。唯一の共通点は、私たちの敬愛するフラのK先生の指導の下に練習を重ねてきたことである。
それぞれの経験、知識を出し合いながら、衣装も仲間の間で相談し出来上がった。約2ヶ月の準備期間で、かなりのハードワークだったがみんなで乗り切った、その誇りにも似た気持ちがみんなを支えていた。それでも一度も先生にチェックしてもらえないまま本番というのは、つらい。

忙しい中、約一時間だけK先生に来てもらうことができた。しかも本番の17時間前、前夜の練習の時間に、やっと・・・
待ちわびていた時間だった。先生の威厳を改めて感じた。先生の顔をみたとたんに、メンバーの集中力が高まり引き締まった練習になった。5曲を次々に見ていただき、チェックを受けた。一部フォーメイションも手直ししてもらうことができた。叱られもした。それがうれしかった。

お陰でみんなの気持ちがさらに一つになり、本番を迎えることができた。
集中力の大切をつくづく思った。

そしてその一週間後、14日と15日、2日間に渡るK先生によるグループのワークショップを開かれた。イベントで盛り上がったみんなの気持ちがそのままレッスンに反映され、さらに楽しいものになった。そして今日、その最終レッスンが終わってやっと長かったこの秋のプロジェクトが終了した。

たしかにこの数ヶ月間、大忙しだったし、円形脱毛症になるのではないか、と思うほどのストレスもあった。けれど幸いなことに根が呑気なのか、私はフラを踊っているとすべてを忘れる。不思議に気持ちが開放されて幸せいっぱいになる。それがありがたい。

今後、私たちのフラグループは、積極的に舞台経験を積んでいこう、ということになった。
「来年はまた忙しくなるよ!」とK先生は笑う。本当にうれしいことが続きそうで、わくわくだ。一つのことを共に成し遂げた今回のダンサーズの仲間が、新しい人を巻き込みながら、大きいグループになりますように、、
というのが私の次の夢だ。次々にやりたいことが出てきそうで楽しみだ。

明日、ドイツの次女とジャッキーが日本にやってくる。待ちに待った里帰り。明日はまた早起きをして、成田へ迎えに出る。ジャッキーの好きなお菓子を用意し、ジャッキーママには家庭料理を。。と準備に追われている。明日からしばらくはバアバとしての生活が始まる。
2009年10月21日 (水)
心が洗われたあとは・・・

この日記を書くのも久しぶり。
いつの間にかすっかり秋になり、高く晴れ上がった空が美しい日が続く。夕やけもすばらしい。
このところ、11月に控えているのフラのK先生の来日、それに続くプロジェクトのための諸準備に追われている。まずまず順調に進んでいるものの、なかなか、思うようにはかどらないこともあり、いささかストレスがたまり気味だったが、数日まえからかなりの進展があり、やれやれほっと一息。。というところだ。

今回、K先生の計らいで、私たちのフラのグループのメンバーがK先生と同じステージに立たせていただくことになった。小さな規模のイベントだが私自身にとっては、フラ仲間と一緒に踏む初めての舞台になる。うれしいし、楽しみだが心配でもある。

頼みのK先生はハワイに住んでいるわけで、
私たち生徒は「みなしごハッチ」のようなもの。そのハンディ?を背負ったまま、10名の仲間と先生から教えていただいた中から、5曲を選び、自主練習を重ね ている。
先生には「みんなで考えて、楽しく練習しておいてね。任せるからね!頑張って!」と言われたきりである。

その後、衣裳も髪飾りもすべて私たちで考えた。今回の10名の出演メンバーには経験豊かで指導的立場にいる人もいれば、私のようにまだまだ駆け出しの者もいて、
お互いに助け合いながら楽しい練習が続いている。その本番の11月7日まで3週間を切り、いよいよ気持ちも高まってきた。このまま行けば、きっといい舞台が できると思う。
楽しみだ。

数日前、偶然TVから流れてきた歌に心を揺さぶられた。
そのシンプルなメロディと優しい言葉の繰り返しが、たまらなく清らかで突然涙があふれた。
滂沱の涙。。という表現がぴったりなほどだった。

平井堅さんの歌う「僕は君に恋をする」という曲だった。

今日、私は本当に久しぶりに日本の楽曲のCDを買った。
うちに帰ると待ちきれずに、すぐさまそれをプレイヤーに入れた。

やはり涙があふれ流れた。
不思議なほど、心が清められてしなやかになる。
たまには大泣きして、あとはケロリとしたほうが精神衛生上いいのだと聞いたことがある。

心を洗って、あとはケロリ(これが大切)!!
こういう時間も必要なのだと思った。
2009年9月23日 (水)
桂枝雀さん

シルバーウィークの最後の日。
昨日は久しぶりにジムに出かけ、エクササイズをしてきた。やはり身体を動かすことは気持ちいい。
最近フラのプロジェクトの仕事で、PCにかじりつくことが多い日々だったから心して動かなくては、、と思う。

今日はふと目に飛び込んできた、テレビの特別番組、落語家の「桂枝雀」没後10年の特別番組にひきつけられ
夕方からなんと3時間余り、テレビの前に釘付けになってしまった。そんなつもりはなかったのに、テレビの前から動けなかった。
彼の落語が面白かったことは覚えていた。しかし、こんなにもおかしく、面白く、ペーソスあふれた人間を表現できる人だとは
知らなかった。

関西弁がこれほどまでに美しく聞こえたことにも驚いた。彼の師匠である桂米朝さんの品格のある関西弁も好きだけれど
枝雀さんの関西弁はまた独特で、私のように関西生まれの者にはわかるけれど、関東の人には一部理解できない言葉もあるのだという。
今TVのお笑いで盛んに使われている、関西弁を私は好きではない。時々故郷の京都に帰ると、その昔、私が使っていなかった言葉を耳にする。
とても淋しく思う。

今日、私は枝雀さんの落語をたっぷり味わって、一人でお腹がよじれるほど笑った。彼を尊敬し、愛している人たちの彼の回顧談、お弟子さんたちの思い出話には涙がこぼれた。
偉ぶらず、自身の理念を持ち、努力を重ねてすばらしい芸を完成させ、お弟子さんたちに確かな教えを残した人だった。
温かい人間性にあふれ、弟子想いで稽古と研究を怠らなかった天才。
お客様にいかに喜んでもらえるか、笑ってもらえるか??常に苦しみながら、それを楽しみに替えて生きた人。
今日、改めて枝雀さんのすごさを知った。とてもいい一日になった。

亡くなってから久しいし、心の病から自ら命を絶たれた最期だったことも忘れていた。
今日、彼を語る人たちが申し合わせたように「枝雀さんとお別れしてから、、」という言葉を使っていたのが印象的だった。
「・・さんが亡くなってから、、」と表現するのより、よほど愛情が感じられ、心にしみた。

今日は笑いと、涙と、おおいに感情が揺さぶられたちょっと特別な一日だった。
2009年9月21日(月)
砂漠組のライオンさん

只今シルバーウィーク真っ最中である。
私には関係ないから、特にどうということはないのだが・・・・。
最近、やっと、家事に精を出す気になった。ドイツから帰って以来、適当に、必要ところだけ。。の家事だった。
ある朝のTVで、女優の有馬稲子さんが老後を過ごすために身辺の整理をして、シニアのためのケアマンションに入り、快適に暮らしている様子をみた。
私も昨年、マンションに引っ越した。そのときにいやおうなしにせざるをを得なかった、身辺整理。それを思い出しながら、有馬さんの潔さに拍手を送りたくなった。彼女はお子さんもなくお一人。よほどの覚悟と、思い切りがあっての生活の切り替えだったのだろう。

私も新居に引っ越してから、また物が増えたような気がしていたし、それが多少負担になっていることもあったので、お昼から衣類の整理を始めた。
取り出してみると必要だと思って前の家から持ってきたものなのに、もういらない。。と思えるものがいかに多かったことか。。。人間の気持ちは本人が気がつかないだけで、常に変化しているものなのかもしれない。一年半この新しい家で暮らした経験から、不要だと思うものが沢山出てきたということだ。リサイクルもできないようなものばかり・・・だから、思い切って捨てた。

有馬さんと同じころ活躍した岸恵子さんのエッセイが好きでよく読む。読みやすさと、国際的感覚あふれる内容と文章で旅先に持っていくには丁度いい。
岸さんも有馬さん同様、美しさに強さを兼ね備え、見事に自立した女性だ。あのころの日本女性は筋金入りなのかもしれない。かっこいい、、と思う。
年代的に感性がにているな。。と思う部分もあって、私にはそれが面白い。

ジャッキーは、順調に保育園生活を続けているらしい。彼女は「砂漠組」さんに所属し、彼女のシンボルは。。。ライオン。ママが選んだのだという。
「あのさ、お花とか、リスとか、お星様とか。。そういうかわいいのはなかったの?」とスカイプでジャッキーママに尋ねた。
「うん、そうなのよね。入園にも順番があってジャッキーは、最年少ということもあって最後にまわされたの。で、残っていたシンボルは、船とライオンだったの 。。」
「船って、なんか漂っているようで、安定しないでしょ?強く育って欲しいから、ライオンを選んだの」
そうだったのか。。それにしても、砂漠組のライオン。。。とは。
初日からジャッキーの持ち物にはすべてライオンのシールが貼られ、ジャッキー本人は喜んでいるらしいから、まあ、いいか。

マヤは今、テルアビブにいる。私は行ったことがないから想像がつかないけれど、スカイプで様子を見る限り、まだ暑いビーチで楽しんでいる様子は
ハワイと変わらない。あちらのおじいちゃんと、おばあちゃんに大事にされて幸せそうだ。来週には休暇を終えて、マヤ一家が東京へ帰ってくる。
また一段と大きくなったマヤに会うのが楽しみ。

10月1日に、合唱団のステージがあり、私は目下その練習中だ。
中国語の歌、日本の歌、あわせて8曲を歌う。その中に「千の風になって」がある。
この歌を歌うのが、とてもつらいと思ったこともある。途中で涙が出そうになったこともある。いや、涙で歌えなくなったこともある。
私だけではない、最近、身内を亡くした団員たちは、たとえようのない想いでこの歌を歌っている。一人ひとりが何かを感じながらこの歌を歌えたら、きっとお客様にもその想いが届くだろう。

これは、中国のソプラノ歌手とテノール歌手とご一緒のコンサートである。
昨日は、ソプラノ歌手と初めて一緒にリハーサルをした。彼女の明るさとおおらかさ、のんびりしたところがハワイの人と似ていて楽しくなった。
ご本人はまじめなのだが、どこかあっけらかんとしていていい。お国柄といえばそれまでだが、学びたいと思うことが多い。
多少のことで驚かない、ぶれない、動揺しない・・・そんな人にあこがれる。
2009年9月16日 (水)
地球は狭い!

ドイツから帰って、もう一週間がたとうとしている。やっと時差ボケが治ってきたようだ。ハワイとの時差とヨーロッパとの時差による影響にはかなり違いがあると思う。単なる慣れ、というものではない。
寝るべき時間に目がさえて眠れず、起きるべき時間に眠くて起きられない状態が続いた。
ドイツに着いたときは、ほとんど感じなかった時差なのに。。。地球を西廻りするか東廻りするかによって時差による影響度が違うのだと聞いたことがある。憲さんも仕事柄、いつも時差と戦っていた。いまさらながら、大変なんだな、、、と思った。

そんな中、帰国早々、フラのプロジェクトが本格的に始まり忙しい日が続いた。ボーっとしながら、周りの人に迷惑をかけながらも、なんとかこなしてきた。合唱団の本番も間近で、暗譜、練習に励まなくてはならない。
やっと今日、仕事は一段落したが、とても慌しい日々だった。

今日、家の近くを歩いていたら、靴屋さんの店先で見覚えのあるハンドバッグが売られていた。お手ごろ価格で買える、お楽しみ用のバッグ。
なんと、ドイツの街でも盛んに売られていたものだ。間違いなく、あのデザインだった。ジャッキーママとも「ね、あのバッグ、
面白いなと思ったら、やっぱり何人か持ってあるいていたね。。とても人気があるみたいね」と話し合ったほど、特徴のあるバッグだ。
横浜の私の町でも売っているなんて・・・。もし、私がドイツの記念にそのバッグを買ってきていたとしたら、きっとがっかりしたことだろう。

洋服のファッションもそうだ。ドイツでウインドーショッピングをしたときに感じた流行が、ヨーロッパだけのものではないことがわかる。
この秋冬ものの傾向がここ日本でも同じだった。きっとアメリカも同じ傾向だろう。地球は狭いといわざるを得ない。

帰ってきたら、車検が待っていた。どこから帰るたびに何かが待っている。しかも期限付きのものが。。。
ボーっとしながらだから、ちょっと大変。身体は元気なんだけど。。。

ジャッキーは、私がいなくなってから時々私が使っていた部屋をのぞきに行って「バアバ。。」と探してくれているらしい。
うーん、胸が熱くなる。

そのジャッキー、無事に保育園デビューを果たしたようだ。今週から保育園に通うことになっていた。ママが大好きでいつも「ママ、ママ」と付きまとっている子だから、周りはとても心配していた。だが、子供は強いし、思ったより独立心があるようだ。
初日、ママと一緒に登園。園でママと一緒に2時間ほどを過ごしたらしい。そのうち30分くらいはママに目もくれず、お友達の中で遊んでいたという。
よほど楽しかったらしく、ジャッキーは帰宅しても興奮気味だったらしい。二日目もクリア。来週からは少しずつ、ママから離していく作戦だとのこと。
「やはり保育のプロは違う、、」とジャッキーママは感心している。ジャッキーはママが言うことには「ナイン」と否定しても、保母さんがドイツ語でなにか語りかけると、「ハイッ」とばかりニッコリ従うのだという。
「もう、調子いいんだから。。ジャッキーは!。。」である。

一方、マヤはイスラエルで楽しい日々を過ごしている。ほぼ毎日スカイプで対面しているから、こちらもそんなに離れている気がしない。
今日もスカイプ画面で、ホテルの部屋から見える海を見せてくれた。あまりはっきり見えなかったが、「本当は青い海でとてもきれいなのよ」とマヤママが言う。
そこは「地中海」なのだという。

スカイプのお陰で、日本の我が家で地中海を目の当たりにできるなんて、やはり地球は狭い。
2009年9月11日(金)
え?日本へ帰れない?!

昨日10日、ドイツから帰って来た。楽しい思い出を胸に、無事に帰国したといいたいところだが、実は帰国間際に大変なことが起こった。

帰国する日の前夜、私はジャッキーママに帰りの航空券を見せて「ね、これでいいのよね?」と何気なく尋ねた。自分の航空券を人に見せて、確かめるなんてことはしたことがないのだが、ジャッキーママの勤務する航空会社のチケットで、彼女に手配を頼んだこともあって、軽い気持ちで差し出した。それを見てジャッキ ー ママが低い声でこう言った。「ママ、これ大変なことになってるわよ。ママ、このチケット成田からフランクフルト行きになってるよ 。逆じゃない。ママ、成田からドイツへくるときチェックインしたとき、係りの人に間違えられたんだわ。往復チケットの帰りの分のチケットでドイツに来てることになってるよ。ママ、しばらく日本に帰れないかもしれないね。だって帰りのチケットがないんだもの」・・・
大声で「ママ、大変よ!!」と叫ばれたほうがショックが少なかったかもしれない。彼女の抑えた声が、ことの重大さを示していた。
ドキリ!とした。チェックインカウンターでもらうボーディングパスの行き先が間違っていないかどうか?なんて、確かめる人がいるだろうか。搭乗客はカウンタ ーの職員を信じきって いるはずだ。少なくとも私はプロを信じていた。それなのに。。。それにしても大変なことになった。。。私は日本に帰れないかも知れない。すぐに大事な用事があるというのに。。。

ジャッキーママの機転で、東京の航空会社へ電話を入れて、ことの次第を説明してくれた。「なんとかして欲 しい」と頼んだ。日本は朝だったが、時差でドイツ はまだ真夜中 。眠い目をこすりながらジャッキーママが頑張ってくれた。返事は「お母様の状況を東京支店からドイツ本社に連絡を入れておきますから、明日一 番で本社に電話を入れてみてく ださい。ドイツの責任者の判断にゆだねることになりますので。。」ということだった。
翌朝、一番にジャッキーママが本社に電話を入れてくれた。私はジャッキーの相手をしながら、英語とドイツ語で応答しているジャッキーママの電話での会話に耳 を傾け続けていた。「はい、そうですか、ああよかった。ではそうします。ありがとう」と言う言葉が聞こえ、心なしかジャッキーママの声が明るくな っていった。
「ママ、大丈夫だってよ!空港でこのチケットを成田行きに交換してくれるって。よかったね!」

それから2時間後、私はジャッキー母娘に見送られてタクシーに乗り込み、一人でフランクフルト空港に向かった。「チェックインカウンターではなくて、まず、チケットカウンターに行くのよ。そこでこの間違いチケットを成田行きに変えてもらうの。それからチェックイン。 。大丈夫だよね、 いいわね??わかった?」ジャッキーママは念を押す。「うん、わかった!」
老いては子に従えってことか。。。

カウンターの金髪女性は「まあ大変なことでしたわね。でも大丈夫ですよ。すべてOKですからね。責任者から回答が来ていますから大丈夫!」とコンピューターの画面を見ながら微笑んでくれた。コンピューターには私の事情がしっかりインプットされていたらしい。日本からきちんと連絡が入っていたのだ。ああ、よかった。

彼女は「いい旅を!」と軽くウインクをして、成田行きのボーディングパスを手渡してくれた。もうこれで大丈夫!ほっと一息入れて、出国手続きを済ませ、ドイツ最後のコーヒー、ラテマキアートを注文してのんびりと本を読みながら出発時間を待った。免 税店めぐりはあ まり好きじゃないし、フランクフルト空港のガラス張りの明るいロビーが好きだから・・。

2週間のドイツ、本当に楽しかった。家の近くにおいしいベトナム麺の店も見つけて通ったし、動物園にも行った。ジャッキーママのお友達にも沢山会えた。同じようにドイツ人を結婚した日本女性だったり、ドイツ人だったり、ロシア人だったり 。異国でお友達に恵まれることほどありがたいことはない。情報交換をしながら楽しく過ごせているようで、よかった。

「バアバ〜」と慕ってくれた、まだミルクの匂いのするジャッキーのぬくもりがまだ手に残っている。「ミルクをちょうだい。。」というのを「ミルヒ、ビッテ。。」と 片言のドイツ語でおねだりし、「これはなあに?」と私が日本語で聞くと哺乳瓶を指して「にゅうにゅう(牛乳)」と答える。二つの言語を覚えなくてはならな いジャッキー。大変だけど頑張ってね!!
マヤ一家はただいま休暇でイスラエルに滞在中。今日もスカイプが入った。マヤも元気でたのしく過ごしているようでよかった。
2009年9月7日(月)
ドイツでの日々。。

ドイツでの日々は、朝9時ごろにジャッキーとジャッキーママと三人で朝食をとることから始まる。
パパはすでに5時半におきてジョギングをしたあと、お家のお向かいにあるおいしいベーカリーから 焼きたてのおいしいパンを買ってくる。シャワーを浴びた後、自分でエスプレッソをいれて、パンを食べて7時半には出勤するから 私たちが起きだすころには、パパはもうお家にいない。それがこのうちの習慣だから、私ものんきに8時過ぎまで寝坊している。

おいしいパンとコーヒーで一日が始まるのは、日本でも、ハワイでも変わらないのだが、ドイツのパンは一味違う。
なんとなく重みがあって存在感がある。ドイツでは魚も、肉も、野菜も、果物も宝石店のように美しく照明が施されたお店に並んでいることが多いけれど
パン屋さんも照明に凝ったりして、それはおしゃれでステキなお店が多い。この美的感覚には負けるなあ。。。といつも思う。

先週末、9月4日はジャッキーパパとママの5回目の結婚記念日だった。夕方から2人で記念日のディナーに出かけるというので、私はジャッキーと2人でお留守 番。
ジャッキーはにぎやかな子で、ちっともじっとしていない。付き合うには相当体力がいる。うれしいときは体中でそれを表現する。NHKの「いないないばぁ」が 大好きでそれは楽しそうにTVに見入る。TVといっても、ジャッキーママが苦心して撮りためたビデオだから、同じものを繰り返し見ることになる。ジャッキーにはかえってそれがいいようで、細部にいたるまで覚えていて、日本語もここから拾って覚えるこ とも多いようだ。おにぎりが大好きで、お味噌汁やうどんが好きで、しょうゆせんべいに目がないジャッキー。日本に来たら、もっとおいしいおせんべいを食べさせてあげるからね 。。。

11月には一家で一旦日本に来て、それからみんなでハワイへ行く予定。ジャッキーパパがホノルルマラソンに出場するからだ。マヤパパが今年、東京マラソンに 出て完走したのだが、今度はジャッキーパパがマラソンに挑戦の予定。

昨日(9月6日)にも、彼はこの近くのダルムシュタッドという街で行われた、ハーフマラ ソンに出場した。ホノルルマラソンに向けての準備だとか。女の子しか育てた経験のない私が、お婿さんたちのマラソンを応援する立場になろうとは思ってもいなかった。2人とも健康に気を配る人でスポーツマンであることがうれしい。
同じ日の夕方、ジャッキーママのお友達とそのボーイフレンドから誘われてマインツという街で行われている、ワインフェスティバルに一家で出かけた。私は全くアルコールがいただけないのだが、そこのぶどうジュースがおいしいから、、と言われて楽しみに出かけた。

マインツはヴィスバーデンから車で30分足らずの美しい街。ライン下りの船の乗船場がある。そのライン川に沿った広大な公園で、ワインフェスティバルが開かれている。いろいろな広場が設定されていて、生のクラシック音楽、カントリーミュージック、ドイツ音楽、ロックが演奏されている。それぞれに好みの場所に陣取って、ゆったりにぎやかにワインを楽しむ。
ジャッキーのような子供も大勢両親に連れられて来ていた。ローズガーデンにはバラが見事にさいているし、走り回れる芝生で、ジャッキーは大はしゃぎだった。

食べ物はレバノン料理、ドイツ料理、ピザ、スペイン料理、などさまざまなものが売られていた。 期待していたシャンパン色をしたそのぶどうジュースは自然な甘さと香りでとてもおいしかった。夜の8時過ぎまで空が明るいから、ヨーロッパではゆっくりと一日を過ごすことができる。今日も4時ごろから9時まで、楽しく過ごした。ジャッキーママのお友達は日本人でワインのエキスパートであり、お料理にも詳しく、ジャッキーママは彼女からいろいろ教えてもらっているらしい。今夜は大人4人でワインボトルを3本空けていた。ワインを飲むために集まったひとばかりなのに、まず酔っ払いを見かけない。日本の酔っ払い天国を見慣れている私には、とても羨ましい気がした。ミュンヘンのビールの祭典「オクトーバーフェスト」に憲さんと出かけたときも、そう思った。こんなに沢山ビールを飲んでいるのに、誰一人酔っ払ってはいない。 明るく、健康的に楽しんでいる人ばかりだった。
日本では夜遅く電車に乗ると、お酒の匂いがして酔っ払いがいっぱい。。とても、朝キリリとネクタイを締めて出かけて行った人たちとは思えない醜態を見ることが多い。 私はそれが大嫌い。彼らを見ると、とても楽しいお酒を飲んできたとは思えない。スマートに飲み、その時間を楽しむようであって欲しいと、いつも思う。
2009年9月5日 (土)
7年振り、懐かしくてうれしくて・・・

今日はジャッキーママと私にとって特別な日になった。約8年ぶりに懐かしい人たちとの再会が果たせたのだ。

今から数年前、まだ独身だったジャッキーママを訪ねて憲さんと私は毎年、ドイツに来ていた。フランクフルトの小じんまりしたジャッキーママのアパートで、2 週間ほどを親子三人で過ごした。
2002年の8月にはジャッキーママのはからいで、北イタリアのドロミテ地方にバス旅行をすることになった。合計7泊くらいの予定で、ドロミテからベニスまで、足を のばす旅程だった。
一台のバスに乗り込んだツアーのお客さんは私たち3人以外は、すべてヨーロッパの人。当然、案内はすべてドイツ語。私たち夫婦には全く理解できない。でも、私たちはむしろそれを楽しんだ。
見も知らない人と、一週間を一緒に過ごすバスツアー。バスの中はもちろん、ホテルの中、レストラン、観光地いつも一緒。それがよかった。自然に仲良しグルー プができた。ジャッキーママはその旅で、のちに親友になるファンターナに出会ったし、私たち夫婦は、同年輩のブルーノ夫妻と仲良くなった。以来、ファン ターナはジャッキーママのよき友達で、ドイツ一人暮らしの支えになってくれている。
ファンターナは、ジャッキーママと同い年で、ユーモアたっぷりのアフガニスタン人。ドイツに住んで長い。英語はほんの少し、、ブルーノ夫妻も英語は苦手。。で も一生懸命に私たちとは英語で話してくれた。
言葉は充分に通じなくても、心は通じるのだ。ジャッキーママが結婚してからも、ドイツでは彼らの交流が続いていたし、憲さんも私もブルーノ夫妻とファンター ナとの再会をずっと望んでいた。いつか必ず、、と思っていたのに、残念ながらそれを果たせないままになった。

今回やっと7年ぶりに再会が実現した。フランクフルト市内のザクセンハウゼンにある、有名なドイツ料理のお店で会うことになり、ジャッキー一家と出かけた。
8年前に別れて以来、彼らからは毎年のクリスマスカード、ジャッキーママへの結婚祝いのカード、憲さんを亡くしたときのお悔やみのカード、ジャッキー誕生への お祝いカードが届いた。
私たち一家の激動の数年を遠くから見ていてくれた彼らだった。

そして、やっとやっと本当に会えた。
会ったとたんにハグして、両方の頬にキスをする習慣のドイツだから、その感激もひとしおで「会いたかったわ!長い間会えなかったね!」と半分泣き顔で喜び合 った。

憲さんとの思い出を共有してくれている人にドイツで再会できた。それだけでうれしくて胸がいっぱいになった。「あのとき、あなたのご主人はとてもうれしそう で、楽しそうで、本当にいい旅でしたね。こうして会えて、どんなにうれしいか、、本当にいい夜になったね!キョウコも元気でよかった。。」とブルーノが満面 の笑みで話しかけてくれる。ジャッキーはすっかりその場になじんで、フライドポテトをほおばりながら、楽しそうだったし、ジャッキーパパも私たちの懐かしい 再会に付き合ってくれて、本当にうれしかった。

お互いに小さなプレゼントを交換した。ファンターナが私にくれた包みを開けて、私は「ああ。。これ。。」と言ったきり涙が止まらなくなった。それはキャラメ ルだった。バス旅行の途中、ファンターナが憲さんと私に分けてくれた、それはそれはおいしいキャラメルだった。本当に気に入って、憲さんと私は奪い合うよう にして食べていたものだ。ファンターナは覚えていてくれたのだ。「よく覚えていてくれたね。。ありがとう」。。もう涙が止まらなかった。ファンターナは「わかるよ、わかるよ、、」私の肩を抱いてくれた。それを見て、すぐにすべてを理解したジャッキーママも泣いていた。

国が違っていても、顔が違っていても、言葉が通じにくくても人間っていいな、生きていてよかったな、、と思う瞬間だ。
ドイツ人はアメリカ人ほど、派手に表情を出さないし、むしろ無愛想にさえ見えるけど本当に心の温かい人が多い。今夜は、大切な思い出を共有する人たちと旧交を温めることができて幸せだった。
ハワイと共に、ドイツも私にとって胸が熱くなるほど、懐かしい場所になっていることを今回改めて思った。

今夜、私が食べた「ビーフとフランクフルト名物のグリーンソース添え」が、とてもおいしかった。このソース、なぜかとても懐かしい味がした。ブルーノお勧めの郷土料理らしい。7種類のハーブが入っているという。この懐かしさはいったいなぜなのか?小さいころ味わった記憶があるような気がするのだが、どうしても思い出せない。このお料理の味と、今日の再会の喜びは忘れることがないだろう。
また、来年も彼らに会えますように。。。
2009年9月2日 (水)
ドイツへ!

今日でドイツに来てから、6日目。
前日に衆議院総選挙の不在者投票を済ませて、8月27日、無事に成田を飛び立ち、フランクフルト空港へ。。。11時間10分のフライトは、慣れたハワイ航路とは違ってかなりきつい。
早朝5時過ぎにうちを出て成田にむかい9時半の便に乗る。これだけでも大変。ジャッキーママが待ち焦がれている日本食材をたーくさん買い込んでいるので私のスーツケースの中は半分以上が食料品だ。それにジャッキー用の絵本。自分の持ち物は極力減らした。それでも機内に預ける荷物も重量オーバー料金を取られるぎりぎりになっていた。しょうゆ、みりん、料理用酒、おみそ、ドレッシング、キムチの素、、など重いものがぎっしり詰まっているのだから無理もない。

フランクフルト空港には、ジャッキーパパが迎えにきてくれていた。車で40分くらいで、ジャッキー一家が引っ越したばかりのお家に着いた。お家の前に出て待っていてくれたジャッキーはママに抱っこされて、ニコニコしていた。私の顔を見ると照れてはいるものの、はっきりと「いらっしゃい!バアバでしょ?わたし、あなたのこと知ってるよ。。」という表情だった。8ヶ月のブランクは全く感じられなかった。
飛び回るほど上手に歩けるようになっていて、片言のドイツ語と日本語でなにか叫んだり、ジャッキーは確かに成長していた。長いフライトの疲れもいっぺんに吹き飛び、時差も感じないままドイツでの日々が始まった。

ここはヴィスバーデンという洗練された街。まだ8月なのに、道路には落ち葉が目立ち始めている。日中は暑いが、夕方になるといきなり寒く感じる。一日のうちに四季がある、、というのは本当だ。ジャッキーママが望んでいた、適当に都会で、適当に自然があって。。という贅沢な環境の街だ。

バイエルン州のお家と違って、ここではアパート。といっても30畳くらいはありそうなテラス付きでとても快適そうだ。歩いて数分で繁華街に出る。石畳のいわゆるヨーロ ッパの町並みである。大聖堂も、市役所も建物そのものがおとぎ話の風情。普通のお家もステキ。やはりドイツはきれいだ。空はハワイなみに澄み切って青空が高い。飛行機雲が何本も青い空に浮かぶ。
ヨーロッパの空の特徴のような気がする。

ジャッキーの赤ちゃん言葉はほとんどがドイツ語のようだ。この子にとってドイツ語のほうが発音しやすいらしい。たとえば「お水」「どうぞ」「痛い」 「熱い」「開く」「閉じる」「ミルク」「いや」「これ私の!」など日常必要なことはドイツ語。日本語で言えるのは「パパ」「ママ」「バアバ」「お茶」「牛乳」 「立った」「くつ」「ぞうさん」「ねんね」「おにぎり」「うどん」「よいしょ」など。よいしょ、、は、私が来てから覚えた言葉である。よほど、私が頻繁に発している言葉なのだろう。反省!
私が来て以来、少し日本語の語彙が増えたらしいから、バアバとしてはうれしい。パパのドイツ語を聞いても、ママの日本語を聞いても「うん うん」とうなずいているから、ジャッキーのヒアリングは両方OKのようだ。だけどジャッキーの日本語の発音、どこか外人サンっぽいのだ。将来はどうなること やら、、である。

ジャッキーは一言でいうと頑固。「ナイン」(ドイツ語でイヤ!)を繰り返す日々。2歳児の「イヤイヤ期」というのが少し早くおとずれているようだ。食べ物に関しても石頭で、ほぼ決まったものしか口にしない。おにぎり、おうどん、フライドポテトを圧倒的に愛している。私のお得意の豚大根のスープは実においしそうに飲む。つまり食の面では、完全に日本食党のようだ。ご飯さえあれば、他のものは食べなくてもいい。。という毎日。パパから「ライスモンスター」と呼ばれるほど。大人一人前の大きさのおにぎりにうれしそうにかぶりついている。

頑固だけど、一方でいつも誰かを笑わせようと、たくらんでいるジャッキー。愛嬌たっぷりにエンターテイナー振りを発揮する。面白い子だ。

そんなこんなでジャッキーとの時間を楽しむ一方で、フラのK先生のプロジェクトの仕事が入っていて、PCにかじりつく時間も多い。
ドイツとハワイと、そして日本をインターネットで繋いで仕事が進む。これが10年前だったら、とてもこうは行かなかっただろう。インターネットのお陰で夢のようなことが実現できる。それだけ忙しくもなるのだが、私にとってはありがたく、うれしいことである。
2009年8月23日 (日)
暑くて 忙しくて 痛かった日々

いったいハワイから帰ってから何日過ぎたのか?よくわからなくなってしまった。
カレンダーを見たら7月30日に帰国しているから、おおよそ一ヶ月経とうとしているのだということがわかった。
それくらい、とにかく忙しかった。日記を更新する余裕がなかった。それにしても時の経つのが早すぎる。

楽しいことばかりの忙しさだったのだが、少々身体にもガタがきた。特に足。。。
もともと外反母趾で、左ひざが弱いという欠点だらけの足だが、目下、疲れきった筋肉のリハビリ中という状態だ。

帰国して2週間で、フラのK先生の日本でのプロジェクトが始まり、先週までなにかとあわただしい日が続いた。先週、二日にわたり数時間立て続けに受けたK先生のフラレッスン。楽しいのだけれど、これがとてもキツイ。足の筋肉という筋肉がつって、痛くて、熱を持って熱くて・・・・
少しはトシを考えなさいよ、、と神様からの忠告かもしれないな。

K先生はハワイ育ちだから、セミを知らない。ハワイにはセミがいないし、ヘビもいない。今を盛りと鳴いているセミの声がめずらしかったらしい。
「あのうるさい音はなに?」「昆虫なんだけど、セミって英語でなんていうのかしらねえ?」答えに困った。

夜、外灯にぶつかってきたアブラゼミの羽音を聞いて、凍りつき、震え上がったK先生。「うーー、怖い!!」・・・
「なんだこれ?!なんて気持ちの悪い格好をしているんだ!ゴキブリも嫌いだけど、これはもっと、怖〜い!」 小さいときから慣れている私たちにとっては、セ ミは夏の風物詩。虫嫌いの私でさえ、怖いなんて思ったことがなかった。大の大人が震え上がったセミの格好、飛ぶときに出す「チッ」という音。そういえばちょっと不気味かも・・・。

マヤが大きくなって、こちらの言うことがわかり、彼女からも片言が出るようになった。今がかわいい盛り。。というのだろう。フラの仕事が終わったすぐ後、マヤとマヤママが泊まりに来た。子供を遊ばせるには、格好の場所が家の近くにあるのでマヤママは大喜びだ。マンションの庭の噴水でマヤは水遊びができるし、お友達もできる。隣接のショッピングモールで親子で涼しく遊べる施設もある。ここは、子育てにはもってこいの場所だわ。。とマヤ母娘は予定を延長してゆっくり過ごしていった。

実家に帰ってきたら娘は『たての物を横にもしない』で済むものなのに、今回は「足が痛ーーい!!」とフラレッスンの後遺症を訴える私のために食事を作ってく れたり、掃除をしてくれたり。。マヤママには申し訳ないことになった。

音楽が大好きなマヤは、私が歌ったり、ウクレレを弾くとうれしそうにそばに寄って来る。ニコニコして私の前に来て、自分の鼻をつまんで見せる。さかんに鼻をつまむ。「あ、それ、マヤのクチャイ、クチャイのサインよ」とマヤママが言う。「え?うそ!バアバがクチャイの?何か匂う??」

「クチャイ」の犯人は、私の足にぺたぺた貼ったサロンパスだった。相当匂っていたらしい。気がつかなかったのは私だけ。孫からの初めての意思表示が「クチャイ、クチャイ」だったとは、、、ちょっとなあ。

ジャッキーママの肺炎騒ぎで、里帰りできなかったドイツのジャッキー一家に、逆に私が会いに行くことに決め、その日も近づいて来た。
今日、衆議院総選挙の不在者投票も済ませてきたのだが、ひょっとしたらドイツにたどり着けないかもしれないのだ。
出発を予定している日は、どの便も満席に近く、運がよければフランクフルトにいけるけれど、そうでなかったら、成田であきらめ。。となる。
不景気が続き、インフルエンザの影響もあるはずなのに、なぜこれほどの乗客がいるのだろう??不思議に思った。
やはり、実際の乗客の数は減っているらしい。それなのに満席便が続出。

夏休みには必ず飛ばしていた臨時便などは出さず、各便を満席にして運行するという航空会社の節約作戦の事情もあるらしい。
果たして希望の日に機上の人になれるかどうか。。というところだ。運を天に任せるしかない。

なんとなく中途半端な気持ちのまま、旅支度を始めた。と、同時に、11月に控えているフラのプロジェクトに向かって仕事も開始した。
気の合ったスタッフと共に、またひと頑張りだ。

それに合唱団の本番も10月に控えている。これは暗譜が最大の課題。
足が痛くても、少々疲れても、忙しいのはなにより幸せ。
いつも大好きなことをさせてもらっているのだから。。。
2009年8月11日 (火)
ワイハ〜、、いいですねえ。。

日本に帰って来て2週間になろうとしている。
今年は特にそうなのだろうが、生ぬるい水に首まで無理やり漬けられているような不快な毎日。
空の一部にわずかに青空を発見すると、それだけでうれしくなる。ハワイの空気が懐かしい。
せめて風が吹いてくれると、少しは過ごしやすくなるのだろうに、ハワイの風が恋しい。

それにしても、水害、地震、それに芸能界の薬物汚染と、なんともいやなニュースが続く。

日照不足で野菜が高騰、不景気は続き、今はお盆の帰省ラッシュ、異常気象で犠牲者も。。。。
聞いているだけで息が詰まりそうなニュースばかり。
平凡でもごく普通の日常を過ごせることが、いかに幸せなことか。。と思う。

私は食べ物にあまり執着心がない。
でも大好きなものはある。何度も書くけど、アワビ。。
そして生姜が好き。

新ショウガが出回ると、昔は酢漬けにしてほんのり紅色になる色の美しさとパリっとした食感をたのしんだが、
今は薄切りにしたものを甘辛く煮て、佃煮のように保存食にする。冷凍にしておいて、そのままハワイに持っていくことも
できる。昨日もスーパーで見つけて早速、調理した。

今日は歯医者さんの日。引っ越したばかりなので、3ヶ月前から新しい歯医者さんにかかっている。
留守がちな日常をまずお話して、治療の方針を立ててもらう。特に虫歯があるわけではないが、これから先健康な歯で
いられるようにとメンテナンスをお願いすることにした。歯周病の検査では、特に問題なし。元気な歯肉です。。とお墨付きをもらった。
使い始めた電動歯ブラシが良いようだ。ジャッキーママから薦められたものだが、これで一回2分間。一日3回ほど磨く。マッサージ効果もあるようで、気持ちがいいし、歯周病予防に効果があるらしい。

今日は歯のクリーニングをしてもらった。

面白い先生で、開口一番「どうでした?ワイハは??ホント羨ましいなあ」と言われた。
留守がちなことを伝えるためにお話したハワイのことを、よく覚えていらしたようだ。私はマスクの下の先生のお顔も
よく覚えていなかったのに・・。

「ああ、ワイハ〜ですか、、そりゃすばらしいですよ。いつ行っても。。本当にいいですよ」と笑って答えると
「普通ね、『ハワイですか。。ずっと行ってるなんていいですねえ!羨ましい!!』と言ったら『いえいえ、あらまあ、そんなことはありませんけど。。ホホホ』と か言うもんだけど、
中村さんは正直だね。。この間も『そうなんです、いいですよハワイは!!本当に幸せだと思います』と答えたんだよ」とおっしゃった。

私はハワイに関しては遠慮はしない。「そうです、ハワイはすばらしくて、そこにいられる私は幸せだと思います!」と言い切る。
なにが好きって、私はハワイの気候が好きなのだ。カラフルな島に吹き渡るあの風がたまらない。

歯医者さんを出ると、曇っていた空が晴れあがって急に明るくなっていた。青空が広がり、風が吹き渡っていた。
「こうでなくちゃ!!」と足取りも軽くなった。
帰宅すると窓を全部開け放した。風が吹き込んで、生き返ったような気がした。

数日前、ハワイに着いたばかりの友達からメールが入った。
「ハワイは気持ちいいよ!!でも、今夜あたりからハリケーンが来そうです」と。あらあら大変。。。

どうか、大事になりませんように。。。
2009年8月1日 (土)
時は移り・・・

日本はまだ夏ではなかった。
幸い帰国してからは、夏日はなく過ごしやすい日だけれど湿度が高いのには参る。服を着たまま首まで水タンクに
身を沈めたような気分になる。

ハワイの湿度は思いのほか高く、いつも60%か、それ以上だ。それなのにじっとり感がないのは、常にそよ風が吹いているからだろうと思う。
家の中もカビは無縁だし、さらりとしている。このさらり。。が気持ちいいんだなあ、、、。

マヤママは今回のハワイ滞在で、初のサーフィン体験をした。初心者にしてはうまくいったそうで「是非、サーフィンを続けるといいですよ」とインストラクター にほめられたとか。
「筋がいい、なんて言われちゃった!」と得意そうに話す娘。私も親としてうれしかった。私にとってはこういう気持ち、久しぶりだった。
「ねえねえ、ワタシ、上手にできたよ、ママ!」と息せき切って報告に来た幼いころの娘の姿が重なった。

親子3代で過ごしたハワイ、忙しかったけれど、とてもいい思い出ができた。
マヤは歩くことが上手になり、ソファーやベッドから何度も転げ落ち、階段の昇り降りが最大の楽しみで、お砂遊びに夢中になり、、少し日焼けしてたくましくな った。

おまけにどこで覚えたものか、ペコリ、とお辞儀をするようになった。こんにちは、ありがとうございます、など的確なところで頭を下げる。
ハーフちゃんでも日本人なんだなあ。。と思う。しかもハワイでそれを始めるなんて。。。

私は初めて、ワイキキビーチでウクレレを弾いてみた。マヤたちとやしの木陰でくつろいでいるとき、ふとそんな気になった。青空の下、やしの木、マリンブルーの海。。。それだけでうれしくなる。カイマナヒラを眺めながら、歌ってみる。曲はもちろん「カイマナヒラ」

フラもウクレレも大地の上で、風に吹かれながら、、がいい。

ウクレレにあわせて、マヤが踊ってくれるのもうれしい。
私にとってのハワイも、ずいぶん変化したものだ。
時代の移り変わりを感じる。

時代はたしかに移っていく。
今日、テレビのニュースで日本航空のクラシック・ジャンボのすべてが引退した。。と知った。たしか、それは憲さんと結婚する前年だった。JALにジャンボが導入され、一大センセーションを巻き起こした。

それを機にJALのクルーの制服も変わった。憲さんが、定年になるまで操縦していたあのクラシック・ジャンボが引退。。。
それを聞いて、なんともいえない気持ちになった。約40年間働き続けたという、クラシック・ジャンボ。憲さんのパイロット人生の後半は、ジャンボと一緒だった。

我が家のリビングには、いまもジャンボのレプリカが飾られている。これは憲さんが海外で特別に作ってもらって大事にしていたものだ。
憲さんとB−747の思い出をこれからも大切にしていきたいと思う。

今日は姪の結婚式。
あの幼かった姪が、結婚する。マヤママ、ジャッキーママのお下がりを着てくれていたあの可愛いSちゃんが。。。
確かに時は移る・・・

お天気が気になるが、きっといいお式になることだろう。
2009年7月30日 (木)
いよいよ帰国

日本時間の7月30日、ハワイ便にしてはめずらしく夜7時すこし前に成田に到着。ノースウエストのこの便は予定が変わり出発時刻が大幅に遅れることになっていた。ホノルル出発が夕方4時半とあって、私たちとしては出発日も有効に使うことができた。荷物のパッキングも、お家の掃除も出発当日にできたし、マヤママとママはワイキキ散歩までできた。その代わり、横浜の自宅にたどり着いたのは夜10時前だったから、帰宅後は寝るしかない。荷物も託送で明日送られてくるから、荷解きもできない。それものんきでいい。この時間帯のフライトもいいものだな、、と思った。

孫と娘と私、3人一緒にハワイからの帰国は初めてのこと。マヤが歩きまわるようになったので、かなり大変になると覚悟していたが機内ではさして問題もなく、いい子にしていてくれたので助かった。

お友達から、憲さんの3年目の命日にあたってメールをいただいた。
そのひとつに「このごろブログが更新されていませんね」と書かれていた。
本当にそうだった。病気をしていたわけでもなく、ただ、マヤとマヤママと楽しく過ごしているうちに、PCに向かう時間が少なくなっていた。
今日は夕焼けがきれいそう、といっては、ビーチに出る。買い物があると言っては、車を飛ばす。マヤがベビーカーで大人しく寝ている間に・・と行きたかったレストランでランチをとる。おまけに私のお友達とも、過ごす時間を大事にしたいから、楽しくも、とても忙しい日々を送ることになった。

マヤはとてもいい子で、ランチタイムになるとたっぷりお昼寝をする。
そのタイミングで、ご一緒にランチをした人は「マヤちゃんが目を開けて動いているところを見たことがない」という。いつもベビーカーで寝んねしている状態しか見ていないから。。。

それでもマヤは夕方から夜にかけて元気そのもの。水着でビーチに出るのが大好き。だから夜になるとみんなくたくたで、一日を締めくくるブログを書く時間まで、起きていられなかった・・・ということ。実に、充実した日々だった。

7月28日、憲さんの命日には、京都からいらしているIさんと、マヤママ、マヤ、と私の三人で墓参。マヤがおじいちゃんのお墓のまわりを歩き回り、笑い声が起こる。今までの風景とはちがう墓参になった。
きれいなお花と、レイをお供えして、冷えたビールを今日は特別に2本分を憲さんに。。。

憲さんをよく知る人は、お墓にビールを持ってきてくださる。時に私のほうが忘れることがあって、ドキリ!とする。
お友達の気持ちは、やさしくてありがたい。それに比べて、私は。。。。
どうやら「飲みすぎはよくないわよ!」といい続けていた、妻としての気持ちが、いまになっても表れるらしい。

そして、いよいよ帰国の途へ。
日本に着いて飛行機から一歩出たとたん、身体に「ジンワリ」と染み込むこの湿度。「お肌にはいいの」といわれよう、私はハワイの「カラリ」がすぐに懐かしくなる。

7週間ぶりの日本で7週間ぶりに、雨を見た。日本の本格的な夏はまだのようだ。空港でマヤママとマヤに別れを告げて私は横浜へ。

日本に帰ったら、ドイツからジャッキー一家が横浜の家に来ていて、三人で私を迎えてくれるはずだったのに、ジャッキーママが急性肺炎になり入院。来日は急遽取りやめ、、という事態になった。

一週間まえに、ドイツからハワイへ連絡が入り驚いた。本当に残念。
ジャッキーママはもうすでに回復しているが、日本での親戚の結婚式にも出られなくなった。スカイプで毎日顔をみているものの、本物のジャッキーに会いたい。大きくなったマヤと一緒に遊ぶ姿を見たかった。

ジャッキーの保育園入園が決まった。9月かららしい。
彼女のクラスは「森組」さんで、シンボルカラーはグリーンと決まっていたからジャッキーママは楽しみにしていた。ところが実はジャッキーは「砂漠組」さんでそのシンボルカラーは黄色ということに変更されたらしい。
森に砂漠。。面白いネーミングだ。「それにしてもさ、砂漠組なんて、無味乾燥って感じじゃない?」とジャッキーママは嘆いている。

2歳になる前に保育園通いになるジャッキー。ママの職場復帰のための準備が始まる。ジャッキー、たくましく育ってね。。とエールを送りたい。

一方、私のほうでは8月にはフラのK先生の来日と一連のプロジェクトがあるし、11月にも日本でK先生の仕事が待っている。
それを終えて、11月中旬にはハワイに戻るつもりだが、その合間をぬって、ドイツの保育園に通うジャッキーに会いに行く、、という話もある。

またまた、忙しくなりそうなバアバである。
2009年7月21日 (火)
初!サークルアイランド・ドライブ完走

朝からマヤママとマヤの三人でドライブに。。。
憲さんがいたころは、月に1回は夫婦で島一周ドライブをしていた。もっぱら憲さんが運転。
私は気ままに隣の席で居眠りなんかしていた。
あのころは自分で運転をしようなどと思ってもいなかったし、憲さんも心配性だったから、私にはハンドルを握らせなかった。
でも、たびたびのドライブのおかげでドライブコースの細かいところまでを覚えていたし、なんといっても小さい島のこと、道を間違えたとしても大したことはない。

マヤママは是非、カフクのエビが食べたいという。
今は、そこに行きたければ自分で行くしかない。
で、今日初めてサークルアイランドドライブに挑戦した。
マヤママは東京の真ん中に住んでいるので、全くのペーパードライバーである。今日は私のほかに、頼れるドライバーはいない。

丁度海の色がきれいに見える時間帯だったので、まず海沿いを走る反時計回りのコースをとることにした。

クアロアビーチあたりまでは慣れたコース。カイルアとラニカイビーチにまで足をのばした。
マヤママは、息をのむ程に美しいラニカイビーチでひと泳ぎ。「あーー。これでハワイと一体になれた気がしたわ。。」と幸せそう。
私はマヤと白砂の上で砂遊び。至福のとき。

それからが長いドライブになる。

やっとカフクにたどり着いたときはもう午後3時。
マヤママ待望のガーリックシュリンプを冷房のきいた車の中で堪能した。さすがにおいしかった。
「本当においしいね!うーーん最高!」と初めて食べたマヤママは大感激。不思議にここへは来たことがなかったらしい。

私が好きなのはやはり「ジョバンニ」。今日もこのきれいとはいえないバンには、沢山の人が集まってきていた。
車の中がニンニクのにおいで充満したけど、我慢我慢。。時間がたったいまでも残り香がある、、あまりうれしくないが仕方がない。

ハレイワを経由して、パイナップル畑を縦断してホノルルに戻ってきたのは夕方6時半。
さすがに疲れたけれど、とうとう一人でサークルアイランドドライブができた。

憲さんが亡くなる数日前、同じようにドライブをした。同じコースを同じ時間帯に。。。2人で最後のツーショットを撮ったのもこのドライブでだった。
そのときもこの長時間の運転は憲さんだった。元気だった。それなのに、ほんの数日後に。。。

だからこのドライブは、私にとって特別のものだった。あれから丁度3年経って、今は孫を乗せてドライブしている自分が不思議でならない。

憲さんが亡くなって以来、毎年彼の命日のころには、マヤママがハワイにきて私と一緒に過ごしてくれる。それをさせてくれるマヤパパの気持ちが、またありがたくて。。。本当に私は幸せ者だと思う。
2009年7月20日 (月)
ウクレレとマラサダ

正午からウクレレレッスン。家からルワースのスタジオまで歩いて行った。ゆっくり歩いて約20分。
丁度いい散歩である。ただし、カラカウア通りを歩くのでどうしても観光客ペースの足取りになり、とてもよい運動にはならない。
ウクレレを下げているから余計のんびりした歩調になる。それはそれで気分がいいので、ワイキキの表通りを歩くことになる。

今月の課題曲「ブルーハワイ」の3回目。
クラスは一ヶ月一曲のペース。少しコードを覚えたので、もう少しだけ挑戦してみたくなって、ハワイアンミュージックの代表的なソングブック「He Male Aloha」を買った。本格的にハワイアンを勉強する人がこの本を使うのだ。。という思い込みが、なぜか私にはあって、私がこの本を手にするようになるとは思っていなかった。だからこれを買うとき、なんだかどきどきした。

この本を見ながら、手探りででも自分で何曲かが弾けるようになれればいいな、、と思う。ウクレレを始めるとは、夢にも思わなかったのだけれど毎日ウクレレに触らないと気がすまなくなってきた。
歌も歌えるからとても楽しい。ただし、ハワイ語の発音は簡単なようで難しい。かなりの訓練が必要のようで、ああ大変。

今日はジョディ先生がみんなにお土産を持ってきてくださった。
熱々のマラサダ!レッスンが済んでから、みんなで頂いた。レナーズからわざわざ買ってきてくださったらしい。
先生のハワイアンらしい思いやりだ。おいしかった!

ジョディ先生から思いがけないことを聞いた。
私がテレビに出ていたというのだ。
まさか!!第一、心当たりはない。
しかし、次の話を聞いて少し信憑性が出てきた。

「日本の天皇皇后が来たとき、あなたカピオラニパークに行ったでしょ?最前列で日本の旗、振ってたでしょ?テレビのニュースで大きく映ってたよ。。あなただったよ、間違いないもん!ホントだってば・・」日本語に訳すとこんな感じの英語で、自信ありげに先生は話す。

私たちは報道陣からはかなり離れた場所に居たけれど、望遠レンズの威力だろう。あら〜、そうだったんですか??どんな顔して映ってたのかしら。。ちょっと気になる話だ。

ウクレレレッスンのあと、銀行で用事を済ませ、マヤママとマヤと落ち合う。ウクレレのお友達Yさんも一緒にコーヒーを。。。。Yさんに2人を紹介できてよかった。

今日もワイキキでのんびりと親子三代で過ごす。
幸せな日々に感謝だ。
2009年7月18日 (土)
マヤ、初めてのバーベキュー

今日はマヤの初BBQの日。
私の一番若いお友達Kちゃんがバーベキューパーティに誘ってくれて、マヤママとマヤそしてようこちゃんと
4人で行くことになった。マヤにとって、アメリカ式のBBQ初体験だ。

主催はKちゃんとボーイフレンドのマーク。
呼ばれたのはマークの友人2人とKちゃんのルームメイトE子ちゃん、そして私たちの合計9名のパーティ。
ベビーマヤとおばあちゃん2人、それに若者6人の集まりである。

場所はKちゃんの住む最新式のコンドの屋上にあるバーベキュースペース。その近くにはプールがあり、子供用の滑り台などもあるのでマヤはそれに夢中。私と、マヤママが交代でベビーシッターをしながら、おいしいバーベキューを楽しんだ。

Kちゃん手製のジャンボなハンバーグがチャコールの上でふっくらと焼かれ、アメリカならではのとてもおいしいハンバーガーができた。
バンズを焼いて、各自でそれぞれ好みの中身を入れてハンバーガーを作る。
こんなときバーベキュー係りを担当するのは、男性。今日はマークが仕切ってくれた。

ほかに、数え切れないほどのお料理も並び、とても食べきれないほど。マーク含め、今日来ていたマークの友人たちはなんとプロのゴルファーである。
憲さんがいたら、すごく喜んだだろうに。。彼らはみんなとてもいい青年たち。

ハワイ島での養殖が成功して、最近市場に出回るようになったアワビが手に入った。小さいけれど、とこぶしではなく、正真正銘の蝦夷アワビである。欲しかったのがやっとドンキホーテで見つかったのだ。

一パックに沢山入っていて、しかも活きている。是非これをみんなに味わってもらいたいと思った。生のまま、食べてよし、バーベキューにしてよし。。

予想通り、生でかじった活きアワビは実に美味だった。「こりこりして、あ〜〜、磯の香りがたまらな〜い」と感激する我々日本人以外は「それはちょっと。。」 という表情だった。

マークの友人、カイルとジョーダンは勇気を出して、活きアワビ丸かじりに果敢に挑戦!一口かんでみたものの、「うむ・・」と丸呑みにしてしまった。
「どう?おいしい?」と聞くと「うん、まあ、うまい。。」と言ってそれっきり。。。あああ、アワビを丸呑みするなんて、もったいない。
残りのアワビは、焼いてもらった。これもおいしかったが、やはり生がおいしい。

大好きなハワイで大好きなアワビが食べられるなんて、私は本当にうれしい。明日までの命だといわれ、最後に何を食べたい?と聞かれたら、私は即座に「アワビをいやというほど食べたい。。」と答える。

マヤも初めてのアメリカ式バーベキューに参加して、楽しそう。
少しずつ大人の食べ物を分けてもらって、うれしそう。マヤ、よかったね。

もっとも、バーベキューそのものより、滑り台やそれについている階段で遊ぶのがうれしかったようだ。マヤもいろんな経験をさせてもらってよかったね。

BBQパーティは、サンセットから夜気に包まれる時間まで楽しく、美味しく続いた。ハワイならではのポキやパイナップル、マンゴーのピクルス、おいしいスイカそれに、ようこちゃんお手製の水菜と揚げ豆腐の煮浸しなどなど。。。みんなおなかいっぱいで、満足満足。
ご馳走様。Kちゃん!!
2009年7月17日 (金)
Maya in Hawaii

マヤ母子が来て以来あっという間に時間が過ぎ、あっという間に夜か来る。
それでも子連れの旅の割には、行動半径が大きく、マヤにとってはめずらしい事ばかり。。。

2日目はジイジのお墓参りをし、スーパーマーケットでアメリカの赤ちゃんのおやつを買い込んだ。

3日目には、ママ待望のワイキキビーチデビュー。
パパが選んでくれたラッシュと呼ばれるUVケアが施された水着に身を包み、UVケアのクリームを塗りこまれ、ピンクのサングラスを掛けて、ベビーカーに乗り込みいざ出陣。

まず、ビーチパラソルの下に、ござを敷き、バナナを頬張りながら砂遊び。
気持ちのよい風に吹かれながら、3人とも上機嫌だった。そしてママに連れられて、マヤはヨチヨチと生まれて初めて海の中へ。
海水は温かく違和感がないのか、大喜び。転んで顔が思い切り水にぬれても、笑っている。

30数年前、同じワイキキビーチに2歳と1歳の二人の娘を連れて来たことを思い出す。若い憲さんと、私と、それに元気だった私の母も一緒だった。
あのころはUVケアなんて言葉もなかったから、私の母のお手製のビキニを着てふたりの娘は水と戯れていたっけ。

まだ日本人観光客がめずらしいころで、カラカウア通りでは「日本人の子供が歩いている!かわいい!!」とアメリカ人観光客からさかんに写真を撮られた。中には「ありがとうね」と、娘たちに25セントコインをひとつずつ握らせてくれた人もいた。カラカウア通りには数えるほどしかホテルはなく、のんびりした時代だった。

今、孫の存在が私を「昔と今を行ったり来たり」の状態にさせてくれる。
ついこの間まで、娘たちと私の間での「パパ」は憲さんだったし、「ママ」は私だった。

いまでは「パパ」はお孫ちゃんのパパであり「ママ」は私の娘たちなのだ。時は流れたのだ。
それがちょっと淋しくもあり、誇らしくもある。

今日、4日目はハワイシニアライフ協会のヨットハーバーでのランチに三人で出かけた。いつものメンバーに娘と孫を紹介できて、うれしかった。
マヤママは早速、私のお友達と親しくなり、BBQに誘われたり、中華街の飲茶を食べに行きましょう、、と声を掛けていただいたりで、うれしそうだった。マヤはランチが始まる前にお昼寝をしたので、私たちは終始ゆったりとくつろぐことができた。

そのあと、ニミッツハイウエイにある、”BABY USA”という赤ちゃん用品のお店へ。日本と住宅事情が違うせいか、手ごろな値段で立派に見える赤ちゃん用の家具が沢山あって、マヤママは羨ましそう。日本の赤ちゃん用品市場では育児用品が日々、いや刻々と進化をしていて、とても追いついていけないとマヤママがいう。若い両親も大変だ・・

夕食はいつもお家でいただくが、ランチやおやつの時間は気ままにアラモアナあたりで済ませる。シナボン好きの私たちは、おやつはミニボンとお隣のコーヒーショップのラテで決まり!

マヤはいまだに母乳大好きで、甘えん坊だけれど、意外に冒険好き。おなじみのマカイマーケットの中を、あちこち、よちよちと歩き回るマヤにハラハラしながらも、目下幸せいっぱいのバアバの時間を過ごさせてもらっている。
2009年7月14日 (火)
いらっしゃい!マヤちゃん

今日はマヤとマヤママを迎える日。。朝7時のバスに乗ってホノルル空港へ・・なんと、1時間15分もかかった。
もちろん、車で行けば20分で行けるのだが、私の車のベビーシート装着が完全でなかったのと、どうも空港までのドライブに自信がない。
もっと遠いところまでドライブしているにも関わらずである。。

で、私にしては大奮闘して早起き。お友達のYさんにモーニングコールをお願いしたりしてやっとの思いで、早朝のバスに乗り込んだ。空港についてすぐ、マヤとマヤママが到着ゲートに出てきた。なんとマヤはピンクのサングラスでキメていた。会うのは一ヶ月ぶり。マヤはすっかり大きくなってあんよができるようになっていた。

タクシーで家についたとたんに、マヤはヨチヨチと歩きまわり元気なこと。左ほほには青あざがあった。まだまだ歩き方が下手なので、転んではぶつけるらしい。 今日もなれないハワイの家で、カーブを切り損ねて壁に激突、おお泣き騒ぎが2度あった。
痛いけど、みんなこうして大きくなっていくんだよ、マヤ・・・。

午後2時前、私一人でカピオラニパークへ。天皇皇后両陛下をお迎えするためだ。

前もって知らされている場所へ三々五々、日系人たちが集まってくる。知らない人同士でもおしゃべりに花が咲く。かなりの年配の人が多い。天皇陛下、そして美智子さまへの想いもさまざまのようだ。日本に居る日本人より、思い入れが強い。

配られた日の丸の旗を手に、立ったままで2時間以上両陛下のおいでを待った。両陛下をお迎えし直接言葉を交わすことになっているのは、日系人たちの代表、そ して日本語学校へ通う日系の子供たちの代表。そのハワイ代表であるはずの子供たちも短パンにTシャツにゴムぞうり姿。
両陛下をお迎えする用意も、なんだかんだと慌しく間際まで続けられた。
あくまでもハワイ〜である。

ただ警備の人だけは背広姿で、暑さで真っ赤な顔をして身じろぎもしないで立っていた。気の毒みたいだった。

私たちが立っていたところは、アイアンツリーの木陰で風が吹き渡って涼しく心地のよい場所だったが、さすがに2時間以上立っていると腰が痛くなった。
待ちかねた両陛下は白バイ18台に先導されたお車で到着。私たちの場所から見えるお二人はかなり遠くて、すこしがっかりだったけれど、お二人は私たちのほうに大きく手を振ってくださった。そこにお二人がいらしたのはほんの15分くらいだったろうか。それでもお二人は静かな暖かい気持ちを私たちに残してカハラのホテルに戻られた。

夕方からドンキホーテに食料の買出しに。。。
離乳食後期の食材などを買い込む。

夜、ドイツのジャッキーとジャッキーママとスカイプで対面。
ジャッキーは前夜からの発熱で少し元気がなかった。
ジャッキー一家は7月24日から日本へやってくる。
8月1日の親戚の結婚式のために、日本へ全員集合となる。

私とマヤとマヤママは7月28日の憲さんの命日をこちらで過ごしてから日本へ戻る。24日から私の留守宅にジャッキー一家が泊り込み、私の帰国を待っていて居てくれるということになる。

今日から孫たちとの楽しくも忙しい、数週間が始まる。
とりあえずは、今月末まではマヤ母娘と三人で気ままにハワイ楽しむつもりである。
2009年7月12日 (日)
蕎麦打ち

今日は、家の近くに住んでおいでの94歳と89歳の日本人のご夫妻をお訪ねすることになった。私の一番年上のお友達ようこちゃんは、とてもお友達の多い人で、楽しいお友達を沢山紹介してくれる。そのおかげで次々と新しいお友達ができ、楽しいときを過ごすことができる。
今日もそんなうれしい一日になった。

詩吟の先生をなさっているNさんは94歳。その奥様はのりこさんとおっしゃる銀髪が美しい89歳、とてもかわいいおばあちゃま。
このお二人のコンドは、家から歩いても10分ほどだが、今日はようこちゃんと車ででかけた。こちらのコンドにはちゃんとゲスト用のパーキングがあるから便利である。今日はNさんのご近所さんたち(日本人ばかり6名)が、集まって「蕎麦打ち」をするという。私たちが到着すると、本職のように蕎麦を打つYさん がいらしていて、すでに蕎麦打ちが始まったところだった。
これこそ、本当の手打ち蕎麦だ。使われる器具はすべてプロ仕様。きれいに一枚の厚い布のようにのばされた蕎麦は、 Nさんによって程よい細さ に切られる。
腕は確かだ。。すぐに茹で上げられたお蕎麦がせいろにのせられて、食卓へ。文字通り打ち立ての「ざる蕎麦」といただいた。腰があって、つやのある味で、本当 においしかった。
これがハワイで食べられるなんて。。幸せ。初対面の方がほとんどなのに、みんなすぐに打ち解けて行く。日本人同士の気易さがある。ハワイに私が一人で居られ るのも、こういう世界があるからだ。

お客様の一人Sさんが作ってくれたギョーザも、プロ並みのお味で最高だった。

なんと、結婚して68年になるという、Nさんご夫妻の長生きの秘訣を伺ったり、昔のお話を聞いたり、あっという間に時間が過ぎた。
94歳のNさんは、記憶力抜群、言葉もはっきりしていて、食欲旺盛、お酒も大好き。。。奥様とはいまだにけんかもする、、という。
お二人のなれ初めは?と聞いたら、なんと結婚式で初めて顔を合わせたという、本当に昔あった、嘘のような本当のお話。
満州にいたNさんに日本の両親から電報がきた「嫁さん決まった。式の日も決まった。すぐに帰ってくるように」
Nさんのお嫁さんをのりこさんに決めたのは、Nさんのお父さんと妹さん。この二人がのりこさんとお見合い?。二人が気に入って
Nさんは晴れてのりこさんという「見知らぬ人」をお嫁さんにもらうことになったとか。

拝見していると、のりこさんは、きちんとスピーディに家事をこなして、お部屋の中をすいすい動きまわってお元気そのもの。
「もう、歳だから。。」などというセリフは、このお宅には通用しない。Nさんは詩吟の息使いが、健康を保つ秘訣だとおっしゃる。
その理論は、声楽の呼吸法と似ている。

Nさんは、ハワイのことにも詳しく、私のコンドには以前女優の高峰三枝子さんが住まわれていた。。ということを初めて聞いた。
古い話、そして飛び切り新しい話題も豊富で、Nさんご夫妻は年齢を超えた、超人的な生活をなさっている。

ふと気がつくとNさんご夫妻は私の父と母の年代。もし二人が今も元気だったら、こんな風に話し合えるのに、、と思うと、
思わず涙がでた。

明後日、マヤママと、マヤがハワイにやってくる。
そして、同じ日、カナダから天皇皇后両陛下がハワイへ到着なさる。
ご成婚のとき、カピオラニパークに記念植樹なさったという、シャワーツリーが今、満開だ。
それをごらんになるために14日、午後、両陛下がカピオラニパークへいらっしゃるという。
こちらに住んでいる日本人に向けて、そんな案内が廻ってきた。
カピオラニパークは、家からは至近距離。まさか、こんなに近くへいらっしゃるなんて。。。
遠くからでもお二人を歓迎するために、でかけてもようと思う。
だけど、このあたり、警備が大変になるんだろうなあ。。。
2009年7月9日 (木)
自由とは。。。

しばらくハワイにしては、湿気の多い日が続いた。
ハワイに居ながら本当に贅沢なのだけれど、湿気に弱い私はあまり元気ではなかった。

特にどうというわけではないけれど、疲れやすい。
などと、言いながら お友達とサムズクラブ(コスコのようなお店)に出かけたり毎日楽しく過ごしていた。
ジムにも出かけて軽く運動もした。
多少風邪気味なのかも知れない。いつになくくしゃみが出る。

今日は朝から文句のない青空、空色の風が吹き渡り、これぞ、ハワイ・・・うれしい。

日本語放送を聴いていたら、面白い話題があった。
毎年アメリカで行われている日本語スピーチコンテストにハワイ代表が出場したときの録音が紹介された。
彼女は中国系アメリカ人の高校生。こちらの名門プナホウ ハイスクールの生徒だ。テーマは「3ヶ国語で学ぶ楽しさ」。
彼女は高校で英語はもちろん、日本語と、彼女の母国語である中国語の勉強もしている。

アメリカ人の先生の英語のクラスでは 遅刻しても黙って席に座ればいいし、質問があればいつでも、先生に話しかけることができる。手を挙げる必要もない。
トイレも黙っていけばいい。宿題ができていなくても、先生が怒ることはない。「それはあなたの責任だから、、」という感じ。

日本人の先生のクラスでは、遅刻をしたら「スミマセン。オソクナリマシタ」とまず先生にお詫びをする。宿題ができていなければ「皆から遅れますよ。。」と注意され、
先生にお詫びをしなくてはならない。トイレに行くときは「すみません、トイレに行っていいですか?」と先生に許しを得る。

中国人の先生のクラスでは、遅刻したら怒鳴られる。静かに授業を聴いていることがすばらしいこととされ、しっかり、きちんとした態度が望まれる。
先生はすぐ怒るから、怖い。「一生懸命」「努力」ということが美徳とされる。宿題を忘れる人はほとんど居ない。

アメリカでは、自由に一人ひとりが自信と責任を持って行動するように。
日本では、まず他の人のことを考えて、謝ることで礼を尽くし、丁寧に行動するように。
中国では、先生が怖い、偉いひと。。という印象がある。生徒はしっかり、きちんと行動するように。

本当にはっきりと特徴があるというのだ。彼女はお家では中国語を話し、学校では3ヶ国語。
大変ではあるけれど、3つの国の言葉だけではなく、文化の違いを学べるのでとても面白いし、楽しいという。
私はアメリカ式の考え方が好きだなあ。。と思う。
自由には、常に責任が伴うし、自分のことは自分で責任を取る、、というのが基本だろうと思うから。
自由ほど、厳しいものはないとも思う。

今日は久々に一日中、ゆっくりと家で過ごすことにしよう。
来週からマヤが来るから、その準備もある。
もう歩き始めたから、ハワイでの過ごし方も変わってくるだろう。前回来たときには、初めて寝返りができた。
今回はすたすた上手に歩けるようになりますように。

ドイツのジャッキーが保育園へ通うようになるのも近い。保育園へ入ったらまず、ドイツ語がママより達者になることは目に見えている。
ジャッキーママは、負けてはいられない、、と、ドイツ語学校に通って勉強しなおすらしい。

二人とも頑張れ!!
2009年7月6日 (月)
新しいウクレレ☆

今日は待望のウクレレレッスン。
今日は、ジョディ先生にお願いしていた新しいウクレレをいただける日。今の私のウクレレはフラのK先生に「これはジャンク!」と
呼ばれてきたもので、確かに音色がよくない。「ジャンク!」はひどい。。と思うけれど、たしかに貧弱な音しか出ない。
音色なんてものではない。これは技術以前の問題だ、、と思い、先生にお願いしていいのを選んできていただくことにした。

先生が「これを選んでおいたよ、、気に入るかな?」と手渡してくれたウクレレは、持ち重りがして、確かによさそう。。
「予算は?」と聞かれお伝えしておいた金額より、とてもお安くしていただけて感激。ジョディ先生の生徒価格というのがあるそうで、ありがたい。

新しいウクレレの音は、まるく、それでいて響きにしっかりとした落ち着つきがあり、すばらしい!上には上があるし下には下があるだろうけれど、今の私にはこれがベスト!!

早速今日のレッスンから新しいのを使う。曲目は、エルヴィスの「ブルーハワイ」
全員のりのりで演奏。エルヴィス全盛時代に青春を過ごした年代だもの。。。。

ジョディ先生はびっくりして「これは日本でも有名ですか?、みんな知ってるの?あれ、そうなの!?!」ってびっくり。
ジョディ先生の日本語は、私のフラの先生よりはるかに語彙が少ないけれど、時々日本語を混ぜて教えてくれるので楽しい。

少しでも私たちが上手に演奏すると「鳥肌が立つよ。。」と感激してくれる。実は気持ち悪くて「鳥肌。。。」なのではないかと思うが、先生は本当に感激してくれているらしい。先生は英語で「チキンスキン」と表現する。たしかにトリハダ・・・・。

私たちが演奏すると、それに先生が即興で別の伴奏をつけてくれる。
ジャムセッション。。。それが楽しい。

先生は曲のエンディングに「クプナアイランダースのスペシャルエンディング」、、と称して、新しいコードを教えてくれる。
先生の言われるとおりにすると、かっこいいエンディングになる。そういうことが、みんなうれしくて終始ニコニコでクラスが終わる。

フラのK先生のいとこで、ハワイアンの歌手(ウクレレの名手でもある)のNさんからメールが来た。
私がウクレレを始めたということを、恐る恐るメールで知らせたのだ。ちょっとうれしくなっていたから、おこがましくも「もう5曲弾けますよ!」なんて書いたのがいけなかった。

「わー、それはすごい。こんどライブで、一緒に演奏しようね!」」
いや、ワタシそんなつもりじゃありません。もう、どうしよう。。である。

彼からのメールの書き出しに思わず吹き出した。
"Hi! Ukulele Princess" と書かれていたのだ。

日本の親友から便りが届いた。
「ハワイでお元気のことと思います。あなたがウクレレ弾いて歌いながら、フラを踊る姿、想像しています」・・・と。
彼女にメールでお返事を書いた。
「これ、いっぺんにはできないんですけどね。。」

ハワイでフラを習い、ウクレレを練習する。
なんて贅沢なのだろう。
つくづく幸せだと思う。
2009年7月5日 (日)
おくりびと

今ハワイでも話題の映画「おくりびと」。
こちらではカハラモールの映画館で上映されていた。
まだ私は見ることができないでいたが「人間ドラマとしてとてもいい。。という評判を聞いて、いずれは見ておきたいと思っていた。
昨日思いがけずそのDVDが手に入った。

一番若いお友達Kちゃんの住むコンドには、20名くらい入れるミニシアターがあり、そこへ手持ちのDVDを持って行けば、大きい画面で観ることができる。そこに住む人専用のシアターだけれど、住人の許可があれば入ることができる。予約制で、使用料はゼロ。無料!最近のコンドミニアムは、すばらしい。

今日、夕方からKちゃんのご好意で「おくりびと」を観ることができることになった。急なことだったが、みんなを誘いましょう!とようこちゃんと私でお友達に呼びかけてみたが、なんと、ほとんどの人から返ってきた答えは「もう、見ちゃったわ。あら、アナタまだ見てないの??とてもよかったわよ!」。私たちは相当出遅れているのだと知った。

それ以外の人は外出中でつかまらず。。。唯一、観たいと言っていた人は、残念なことに風邪でダウン。。。やっとK子さんだけがご一緒できることになった。

で、ようこちゃん、K子さん、KちゃんとそのルームメイトのEちゃんと私の5人で観ることに。。。画面も充分な大きさで、贅沢な映画鑑賞になった。
評判どおり、笑いもあり涙もありでいい映画だった。主役の本木さんの身体のこなしがとても美しかった。すべての動きが絵になる人だ。

ただ、画面が一貫して暗いのでとても目が疲れた。テーマがテーマだけに明るい画面は期待できないけれど。。。。

映画のあと、Kちゃんが、3人のおばさんたちに巻き寿司をつくってご馳走してくれるという。ミニシアターから、Kちゃんの素敵なお部屋に移動して、早速お料理開始。

KちゃんとルームメイトのEちゃんも、巻き寿司に初挑戦、だという。ご飯にすし酢を混ぜるところから、おばさんたち3人が指南。
そこは経験豊富な私たち、K子さんはそこにあった「ひじき」を手早く調理して、一品出来上がり。私もKちゃんのキッチンにあった、ししとうとオクラで炒め物をつくりこれで2品目出来上がり。メインは巻き寿司である。

卵焼き、きゅうり、かにかま、サーモン、納豆、たくあんなどが用意され、いよいよKちゃんが、巻き寿司に挑戦。

あれこれKちゃんに教えながら、ふと思った。私はこんな風に娘に料理を教えた覚えはないなあ。。と。
聞いてみると、K子さんもお嬢さん二人をお持ちだが、彼女も改めてお料理を教えたことはない、という。
でも、今はなんとか主婦業にいそしむ娘たち。料理も楽しみながらこなしているらしい。案外そんなものなのかも知れない。

KちゃんとEちゃんは、素直な生徒でなんとか、6本の巻き寿司を完成させた。形はちょっと変形していたけど、初めてにしては上出来!!
包丁の代わりに調理はさみが活躍する若い人のお料理方法に感心したり、びっくりしたり。とにかく二人の合作巻き寿司はとてもおいしかった。
二人の本当のお母様に食べさせてあげたかった。

帰りにまだ熟れていないマンゴーを2つ、もらってきた。Kちゃんはそれをピクルスにしたのだけれど、なんとも酸っぱくて、口に入れるとセキがでる。
「これは、ちょっとねえ、、」というできばえになってしまった。そこで、もらったマンゴーで私も自己流ピクルスを作ってみようと思った。

うちに戻ると、マンゴーの皮をむいて、適当な大きさに切った。マンゴーの実は熟れていないから、それ自体が酸っぱい。鍋に同量の「だしつゆ」と「酢」を入れて煮立て、充分さましてから広口ビンに入れたマンゴー、ニンニクのみじん切り、ローリエを2枚の上にたっぷり注ぎいれた。日本的は味になるのを期待して、作ってみた。

冷蔵庫に入れて明日くらいから食べられそう。どんな味になるか、楽しみだ。ピクルスじゃなくて、漬物になるかもしれないけど・・・・
2009年7月4日 (土)
独立記念日

7月4日。今日はアメリカの独立記念日。
昨日から三連休に入っていて、アメリカ人は国を挙げてこの日を大切にし、盛大にお祝いする。アメリカ各地で花火大会があり、大いに盛り上がる。
今年はシニアライフの仲間たち約50名がアラモアナのヨットハーバーのクラブハウスに集合、私もそのパーティに参加した。

ヨットハーバーのすぐ横のマジックアイランドから打ち上げられるので、至近距離から花火を楽しむことになる。
アラモアナパークでは、ローカルの人たちが昨日からテントを張って、バーベキューをしたり、家族で楽しみながら花火が始まるのを待っている。
大変な人出だ。

みんな車でくるから、駐車のスペースを確保するのに大変な努力をする。アラモアナショッピングセンターの駐車場は、お昼すぎからもうほぼ満車。
運よく停めたとしても、帰りの道が混んで大変なことになる。そこで、私はドンキホーテの駐車場に車を停めて、そこから歩いてヨットハーバーまで行こうと、決めていた。
午後2時半、まだまだスペースに余裕のあるドンキに車を置いて、ようこちゃんと徒歩でアラモアナショッピングセンターへ。約10分でいける。マカイマーケッ トのフードコートで軽くお食事をしてから、ヨットハーバーへ。。。

6時から始まるパーティだったが、ウクレレの「クプナアイランダース」は余興で演奏を披露するので、そのリハのために早めに集合することになってい た。
演奏するのは、You are my sun shine. パーリーシェル、カイマナヒラ、桜、そして今日急に決まった「故郷」。なぜか、日本の曲が多い。
今日は我らのジョディ先生がいらっしゃれないので、私たちだけでなんとか格好をつけなくてはならない。リーダーのSさんのリードでリハが進み、なんとかなりそ う。。。
前奏とエンディングを打ち合わせ、順調にリハ終了。。

ビュフェスタイルのカジュアルなパーティである。お食事も本当にアメリカーーン。
このパーティはヨットクラブの会員のためのパーティでもあるので、我々のほかにもっと大勢の人たちが集っている。
花火が始まる前、いよいよクプナアイランダースの演奏開始。
簡単な紹介があって、10名のメンバーが演奏。観客も一緒に歌える歌が多いので、おおいに楽しんでもらえたようだ。
予想外?の「ハナホウ!」(ハワイ語でアンコール)まであった。最後にアロハオエで演奏を締めくくった。
自画自賛で「ま、うまく行きましたよね。。。」と大満足な私たちだった。

花火はクラブハウスを出て、ヨットが停留されている桟橋に出て観賞。
波に揺れてユラユラする幅の狭い桟橋の上で、風に吹かれながらの花火は最高!!
海上にいるような感覚になり、水面に映る花火もすばらしい。感動的な時間だった。

この日ばかりは、私たち日本人もアメリカのお誕生日をお祝いし、おおいに楽しんだ。

数年前、ジョージア州で独立記念日を迎えたことがある。
そこはアメリカの南部で、とくに愛国心の強い土地柄のせいか、ほとんどの人が星条旗のTシャツを着たり、
帽子をかぶったり、とても派手だったけれど、ハワイでの独立記念日はちょっと様子が違うような気がする。
いずれにしても、一年に一度、国を挙げてのお祝いの日があるアメリカが羨ましい気がする。

そういえば、来週、天皇皇后両陛下が、ハワイを訪れられるらしい。
ゆったりした旅程ではないようだけれど、
無事にハワイを楽しまれますように、、、。
2009年7月3日 (金)
やっと実現。。。

朝、ドイツのジャッキーとスカイプ。朝から孫と会えるなんて、幸せ。
私が映っているパソコンの画面に向かって、ジャッキーが手を振ったり、投げキスをしたり、手にしたおやつを食べさせてくれようとしたりする。
本当にバアバだとわかっているんだろうか?そうであってほしいけれど。。。

お昼前、Kちゃんの車でようこちゃんと三人で、ホノルル空港近くのヒッカムに向かう。先週、急にキャンセルになった、3人でのお買い物。
やっと今日実現した。

そこは米軍の基地があり、ゴルフ場やショッピングセンターなど、米軍人の家族だけのための施設がある。ようこちゃんのご主人は、米軍でお仕事をなさっていた方なので、ようこちゃんのIDでここへ入ることが許される。
ようこちゃんだけしか、入れないところ。。なのだ。

ヒッカムの基地に入るゲートでは、Kちゃんも私もID(運転免許証)の提示を求められる。そこを通過すると、きれいに整備された基地に入る

お買い物をする前に、まず腹ごしらえ。。三人で巨大なビーフサンドウィッチをひとつ注文して、
3等分してもらって、ほおばった。アメリカ人なら一人で平らげるところだが、私たちは3人がかり。。
おかわり自由のコーラをごくごく飲んで、エネルギー補給完了。

それから大きなマーケットでお買い物。三人でああでもない、こうでもないと歩き回り私はここでしか手に入らない、Bath and Bodyのオードトワレと、お孫ちゃんのための洋服、私のTシャツ、そしてちょっとした文房具を買った。全体的にお安いのでびっくり。

レジのところに張り紙があった。
「ユニフォームを着ていない人は、お支払い前に身分証明書を見せてください」ユニフォームとは軍の人だと一目でわかる軍服という意味だ。
私たちはようこちゃんの知り合いであることをレジの人に話して、ようこちゃんが軍のIDを見せて会計を済ませた。
ようこちゃんのおかげで、とてもいいお買い物ができてうれしい。

ゆっくり熱心にお買い物をしたあとは、3人はすっかり空腹に・・・いつの間にか、そろそろどこかで夕食を。。という時間になっていた。
意見がそろって、お寿司が食べたーーい!ということで、Kちゃんの知り合いのお寿司屋さんに行くことになった。

空港の近くにおいしいお寿司屋さんがあるということは、以前から聞いていた。しかし、場所がわからなくて、とうとう憲さんとも行くことができなかったお店だ。

Kちゃんの知り合いは、まさにそのお店の板前さんだという。Kちゃんのゴルフのお友達なのだそうだ。

やっと、長年の夢がかなって、迷路のように入り組んだ道の先にある、そのお店へ・・・うわさどおり、ネタが新鮮で日本のお寿司屋さん以上のこだわりよう。。文句なしに、おいしかった。

私たちがお店を出た6時ごろには、続々とローカルのお客さんが詰め掛けてほぼ満員になっていた。

どこから見てもおばあちゃんとお母さん、そして娘の3人連れに見えるであろう私たちが楽しいときを過ごす。とてもうれしくて、楽しくて。。。

それぞれが一人暮らしなので、気が向くといつでも会える。Kちゃんはお仕事、プロ並みのゴルフ、テニスと幅広く活躍している。小柄な彼女からは考えられないような、パワーを持った人だ。

おかげでようこちゃんも、私も大いに元気になれる。
ありがとうね、Kちゃん!
2009年7月2日 (木)
韓国冷麺!

今日は特に予定のない日だったが、お昼前、一番若いお友達Kちゃんから電話。
「今、ようこちゃんにお電話したの、そしたらこれから一緒にランチを食べることになったの。韓国の冷麺を食べたいんだけど
キョウコさんも一緒にどうですか?急な話なんだけど。。」「行くわ。すぐに準備するね!」
ホノルルは狭いから車で移動する限り、どこにいても、大体一時間以内には会うことができる。それはありがたい。

ワイキキの家からアラモアナ近くのようこちゃんのコンドまで車で約10分。そこで待ち合わせて三人で、徒歩でローカルの間で評判のお店に行った。
私は韓国の冷麺は初めてだったので、興味しんしん。。。

氷を浮かべたたっぷりのスープに細い糸こんにゃくのような色の麺が入っている。
りんごの薄切りと、きゅうりの薄切り、そして半分のゆで卵が乗せてある。目の前で、その麺をお店の人がハサミで、食べやすい長さに切ってくれる。
一口スープを飲んで、驚いた。薄味なのに、うまみがあり、麺にも味がついているのではないかと思うほど、濃く、深い味でおいしい。
氷が浮かんでいるから冷たくて、つるつると食感がなめらか。それに8種類ほどの韓国のおかずが付いてくる。ああ、幸せ!!
そのおかずの数々はおかわり自由だという。でもさすがに、3人ともおなかがいっぱい。

Kちゃんのお仕事の都合で、先週急遽取りやめた、ようこちゃんしか入れないところへのお買い物を、明日決行することにした。
あしたこそ、三人で朝からゆっくり時間を取ってお買い物できそうだ。
明日、お昼前に三人で待ち合わせて、ホノルル空港の近くのヒッカムまで行く。Kちゃんに運転をお願いする。
楽しみだ。
2009年7月1日 (水)
マヤが歩いた!!

朝11時に日本から来ているY子さんと、パークショアホテルのロビーで会うことになっていた。
このホテルはご主人との最後のハワイの旅となったときに泊まられたホテルで、思い出の場所だ。ここならわかる、大丈夫!!。。。とY子さんがいうので、家からも近いこのホテルを待ち合わせ場所にした。
彼女の滞在先ヒルトンハワイアンヴィレッジから、バス一本でこのホテルのまん前に来ることができる。

ところが時間になっても彼女は来ない。30分経っても来ない。
彼女は携帯を持っていないから、連絡がつかない。
さて、どうしよう??
彼女はどこかで迷って、公衆電話から私の自宅に電話をくれているかもしれない。。

で、ロビーのベルボーイにお願いした。
「お願い聞いてくれますか?私はキョウコといいます。私はここで30分以上、友達を待っているけど、まだ来ないの。その人はY子というんだけど、
そう、私と同じような歳の人ね。。その人がここに来たら、ここで待っているように伝えてください。私は家に帰って、
電話に彼女からのメッセージがはいっていないか、チェックしてくるから。。すぐ戻りますから、Y子がきたら、必ず伝えてね。。」

そして小走りで約5分の我が家に戻り電話をチェックした。新しいメッセージはなかった。で、すぐにまたホテルにとって返した。

Y子さんはそこにいた。「ああ、よかった!」
「間違えちゃったのよ、バスを降りたのが早すぎて。。。ずっと迷って歩いてたの。どこだかわからなくなっちゃって、、ああ、暑かった!!!」
「だから、私が車で迎えに行くって言ったでしょう?なのにY子さんが遠慮するからいけないのよ。。。」

聞けばそのベルボーイが、とてもよく私との約束を守ってくれたとのこと。
Y子さんがロビーに現れると、「あなた、Y子?あなたの友達キョウコが待っていたけど、いまお家に帰った。でもすぐ戻ってくるから、ここを動かないで待っていなさい」とすぐさま声をかけたそうだ。

Y子さんが、ロビーでちょっとでもうろうろすると「ほらほら、Y子。動かないで、そこにじっとしていて!」と何度も怒られたとか。。なんともまじめなベルボーイさんだ。

彼にお礼を言うと、私たちはホテルを出て、我が家へ。。。
家の名物?冷やしうどんを食べて、おしゃべり、、そしてセーフウェイでお花を買って、憲さんのお墓へ。。。
彼女も6年前、憲さんのお仕事仲間でもあり、ゴルフ仲間でもあったご主人を亡くされ、いまは一人暮らし。お嬢さんが二人いて、孫娘さんも二人、、と、わたしの境遇にそっくりな方。。

お墓へ行ったとき、自然に二人とも無口になり、Y子さんも私も沢山涙を流した。同じ経験をしたもの同士、言葉にはならない感情が吹き出たような気がした。ひとしきり泣いたあと、なんだか二人ともふーっと気持ちが落ち着いて、ニコニコ顔がすぐに戻った。

お墓の前に座り込み、しばらくお話をして満開のシャワーツリーと青空を見上げ、澄み切った空気をいっぱいに吸い込んだ。

あたりを気持ちよく吹き渡る風に「私たちは、おかげさまで元気で幸せに暮らしてるから、心配しないでね!!天国でも二人で仲良くゴルフをしてね!」と話しかけた。

今日は憲さんのお誕生日。「ハッピーバースデイ」を二人で歌ってお花を捧げた。

そのあと少しドライブをし、カハラモールでお買い物。目下、セール中。とてもすてきなカーディガンを買った。それも二人お揃いで。。。。
絹80%コットン20%で肌ざわり抜群。色は明るいブルーグレー! 
なんと、60%引きの商品であった。うーーん、大満足。

ここに来ると必ず食べたくなる「シナボン」、アラモアナにも出店したのだが、なぜか私はカハラで食べるシナボンが好きだ。
苦目のコーヒーとともに食べるとさらにおいしい。今日もY子さんと二人でほおばって、、満足。

今日、日本から「初めてマヤが歩いた!!」とのビデオメールが届いた。
ドイツ、イスラエル、アメリカ、ハワイにいる家族に、ゆらゆらしながらもしっかりと足を踏ん張って歩くマヤのビデオを配信したらしい。

「ジイジ」のバースデイに、歩き始めたマヤ。

ジイジに何よりの贈り物になったね。
2009年6月30日 (火)
ミョウガに納豆、生卵

このごろ、ハワイで日本の味を楽しんでいる。
今まで冷凍で納豆が売られていることは知っていたけれど、
こちらで納豆を買ったことがなかった。

外国では生卵を食べると危険だという通説がある。
たしかに西洋人は生卵を食べない。
こちらの卵は調理をしないと、つまりしっかり火を通さないと身体に悪い。。というのだ。
そんな話を聞いたら、さすがに私も生卵を割りいれて、卵ご飯や、納豆を食べる気にはなれなかった。
かといって、卵黄抜きで納豆を食べる気はしない。私の場合、卵黄とネギを入れて味をつけて充分かき回して食べてこそ、納豆だと思うからだ。

ようこちゃんはじめ、こちらでの生活のベテランに聞くと「オーガニックの卵」なら大丈夫よ。。とのこと。

なーーんだ、それなら簡単だ。

最近、冷凍になっている納豆を初めて買い、オーガニックの卵とネギを入れてかき回し、炊き立てのご飯でいただいた。
粘りも充分で、とてもおいしい納豆ご飯になった。
満足満足。
これで卵ご飯も食べられる。大きな発見でうれしい。

今日は、昼食に、ネギ、カイワレ、ミョウガ、生姜などをふんだんに使って、冷やしうどんを作った。
こちらのミョウガは、どこから来るのだろう。日本のものより小粒だが味と香りがしっかりしていてとてもおいしかった。

先日カラカウア通りで、ばったりお会いした、もとご近所のK夫人から電話。
「今からお宅に行っていいかしら??」とのこと。
もちろん、大歓迎!

早速ワイキキのデユークカハイナモク像のところまでお迎えに。
家に案内しておしゃべり。熱い玄米茶を飲みながら、昔話を次々と。。

以前、彼女とはご近所さんだったけれど、こんなにゆっくり一緒に時間を過ごすのは初めてだった。思えば、あのころはお互いに子育て中で毎日が忙しかったのだ。そして時間にゆとりができた今、はからずもハワイで会えたことがうれしい。

久しぶりでジャッキーママからメールで写真が送られてきた。ジャッキーはすっかり大きくなった。
クレヨンを持って、お絵かきなんかしている。

マヤも歩き始めたようだし、本当にうれしい!
2009年6月29日 (月)
Don't open it!

今週末は独立記念日。アラモアナでもセールが行われているらしい。
星条旗が街のあちこちに見られるようになって、7月4日に向けて準備が進んでいるようだ。
今日はようこちゃんと、Yさんと私の三人でランチに出かけた。

Yさんのご主人が、カリフォルニアピザキッチンのクーポン券を持っていて、「これでいくらか安くなるだろうから、、使いなさい。。」と下さった。
そのクーポンには”Don't open it!”、、と書かれていている。二つ折りになっているクーポンはお店に持っていくとマネージャーが来て、
私たちの前でおもむろに開く。中はスクラッチするようになっている。マネージャーが「さあ、お客様へは現金、またはディスカウントのプレゼントですよ」と
それをコインでこすりはじめる。空クジなしなのか。。それは、わからない。

私たちに当たったのは、10%OFFのディスカウント。「まあ、こんなものだわね。。。」と私は内心思ったが、そこはハワイ仕込のようこちゃんとYさん、
「オー!!よかった!!ラッキー!!サンキュー、サンキュー!」とニコニコ!!さすがであった。
人生はこういう風に楽しまなくちゃね。。。

サラダとピザ、そしてパスタを注文して三人で分けていただいた。おしゃべりが何より楽しく、おいしかったのかどうか。。味わっている暇がないほど笑っていた。

Yさんはアメリカ人のご主人と今は二人暮らし。アメリカ本土で長い間暮らして、リタイア後、お二人でハワイに移ってきた人である。Yさんも同じく関西出身。
全く違う人生を送ってきて、ここで会ったばかりの三人なのに、ずっと昔から知り合いのような気がする。日本での昔の話に共通項があるから楽しい。やはり日本人なんだな。。

レストランを出て、ゆっくりお話できるところに場所を移して、またおしゃべり。。。尽きることなく話題が出てくる。

帰りに三人でメガネやさんに寄った。私はハワイでの運転用の度付きサングラスが欲しかった。
私は遠近両用が必要なのだが、度付きのレンズを作るのに、お医者様の処方箋が必要であることがわかった。保険を持っていますか?などと聞かれたが、私の海外旅行保険では眼科の診察、視力検査などはカバーされないと思ったので、取りあえず気に入ったフレームだけを買うことにした。
セール中でもあり、日本に比べるとお手ごろだ。
ようこちゃんやYさんに、「似合う、似合う、、、」と言ってもらって、その気になった。

日本に帰ってから私のメガネやさんに行って、レンズを入れてもらえそうなので、帰国してからのお楽しみになる。本当はこの夏のハワイの日差しの下で、サングラスが欲しかったのだけれど、仕方がない。

家に帰ったら、日本から来ているY子さんから電話。あさってお会いすることにした。憲さんのゴルフ仲間の奥様だが、彼女のご主人も残念ながら数年前に他界された。

6年ほど前にはハワイで二組の夫婦でたのしい時を過ごしたのに、今回は二人だけ・・・・
あさっては、まず、憲さんのお墓参りを、、と言って下さっている。奇しくもその日、7月1日は憲さんの72歳の誕生日だ。
Y子さんと一緒に憲さんに会いに行く。

Y子さんもハワイに旅行する元気が出てきてよかった。
きっと天国の二人、ハワイにいる私たちを見て喜んでくれるわね。
2009年6月27日 (土)
ビューティフル ガール!?

昨日から楽しみにしていた、50%OFFのお寿司。夕食には少し早い時間からになるが、それは仕方がない。
5時きっかりに、ようこちゃんと二人でお店に入る。もちろん私たちが一番乗り。お寿司とアワビ入りのお味噌汁をオーダー。

ハワイのマグロは生だし、それ以外のネタも本当に本当においしかった。ようこちゃんも大満足。7月末までのサービスだそうなので、
また足を運びたいと思う。ようこちゃんは「また、来ますね!」とお店の人に宣言していたし。

7月中旬には、マヤママとマヤが東京からやってくる。
マヤの離乳食もかなり進んでいるので、食べられるものも多いはず。このハッピーアワーに連れてこようと思う。

その帰り、クヒオのフラショウを見ようと思い、ようこちゃんとぶらりぶらりと歩いていたら、ワイキキの中心で、偶然に私の前の家のご近所のご夫妻にバッタリ! まさかの再会で、私はとっさにそのご夫妻のお名前が浮かばない。声をかけたいんだけれど、お名前が浮かばない。

で、「あの、ねえ、あの、、、ちょっと。。中村ですけど、、」なんて奥様の肩を叩いてしまい、「わーーこんなところで会うなんて!!お元気でした? あら、、うれしいわ。。あんまりびっくりしてお名前でて来ないの、教えてえ。。。」なんて、失礼なことを口走ってしまった。 

憲さんのゴルフ仲間であり、親しくしてくださっていた方なのに、、、。
人間はあまりびっくりすると呆然とするものなんだと思った。向こうもしばし、私の顔をただ、見つめるだけだったし、そばで見ていたようこちゃんも、呆然 。。。
ご夫妻とはしばらく立ち話をして、ようこちゃんと二人でフラ見物に。
今日はいままで、見たことのないハラウが出演していた。夜のワイキキにトーチがないのが、本当にさびしい。
このフラショウもトーチを点火するためのショウでもあったのに、今はビーチに沿った道は外灯だけで、夜のワイキキが変わってしまった。
不景気が早く回復してここにあのムードいっぱいのトーチが戻りますように。。。

フラのあとは、モアナサーフライダーホテルのベランダで、コーヒーとアイスクリームを楽しんだ。ふんわりと包み込まれるような座り心地のよい椅子に座り、心地よい風に吹かれながら、おしゃべりが続いた。

ふと私の目の前を日本人男性が歩いて通り過ぎた。憲さんに風貌が似ていて、私は息がとまりそうになった。「似てる、憲さんに・・」自然に涙が出てきて、止まらなくなった。ようこちゃんもそれを察して黙ってみてくれていた。ようこちゃんも50代でご主人を亡くしている。「わかる、わかる・・」とそっと手を握ってくれた。

そして、好きな映画の話になった。
ようこちゃんは「ビューティフル ガール」が一番よかったわあ、という。
私はピンと来た。
ようこちゃんの言う映画はきっとアレだ。

で、ようこちゃんに聞いてみた。「そのあらすじは??」
「うん、億万長者がね、娼婦と結ばれて。。」
やはりね。。。

ようこちゃんの言わんとする映画は「プリティ ウーマン」だった。
同じ意味だけどね、ようこちゃん残念!ちょっと違ってたね・・・
「ビューティフル ガール」

ようこちゃんのこういうところが、とてもかわいい。
もちろん二人の笑いはしばらく止まらなかった。
どこまでも、楽しいようこちゃんである。
2009年6月26日 (金)
予定変更

朝から番狂わせ。
Kちゃんから電話で、約束していた今日のお買い物に行けなくなった、と悲しそうな声・・。
急にアメリカ本土から大ボスが会社に来るというので、Kちゃんにゴルフの付き合いをするようにとの、会社命令が出たらしい。
やむなく、ようこちゃんに案内されなくては入れないお店でのショッピングは来週に延期することにした。

そんなわけで今日の予定は白紙になり、私は家で午後からフラのプロジェクト関連の用事を少ししただけで、一日が終わってしまいそうだった。
ジムに行くタイミングもはずしてしまったので、夕方から一人でワイキキを端から端まで、歩いて往復した。
人ごみの中だから、さっさと歩くわけにも行かずブラブラ歩きになるけれど、それでも運動は運動。

散歩のついでにお蕎麦やさんで夕食を済ませてしまったから、あとは家に帰ってテレビでも見て、シャワーを浴びて眠るだけ。
家に帰ったら、ようこちゃんから電話。
 
50%割引きでお食事ができるレストランがあるという。ビーチウォークにある日本食レストランの期間限定のサービスで、夕方5時から6時までに入店したお客さんに「ハッピーアワー」サービスとしてお寿司をすべて半額にする、、というのだ。「これはすごいね、、、」と私もすぐに乗った。「明日、早速行きましょう、、」ということになった。なぜなら私はこのレストランに、2度ほど行ったことがあり、お料理も本物で美味しい!だが、少しお高いお店と言う印象だった。
だから半額でいただけるのなら、すばらしい!

あす5時前にカラカウアのファーストハワイアン銀行の前で、ようこちゃんと待ち合わせすることにした。
こういう話はすぐまとまるし、ようこちゃんも目ざとく50%割引の広告を見つけてくれたものだ。
ようこちゃん、偉い!
それにしても、お店もいろいろ工夫して人寄せをするのだな、と思う。その苦労がわかるような気がする。

今、フラの「カメハメハ フラ コンペティション」が開かれている。
今まで日本から観客や出場者が押しかけていたけれど、年々活気がなくなり、今年はどう見ても参加する人が少ないようだ。
私も2年前に見に行ったけれど、それ以来足が向かない。

不景気、インフルエンザの影響もあるのだろうが、ハワイ全体の観光業が低調のようだ。
そのなかでレストランや販売店が必死の生き残り合戦をしている。

ただし、ワイキキをふらふらと歩いている限り、不景気とは無縁の世界に見えるのも事実。
それが世界のリゾート・ワイキキなのかもしれない。
2009年6月25日 (木)
マイケルが。。。

今日はハワイ時間の朝から、大変なニュースが飛びこんできた。
マイケルジャクソンが亡くなった。
こちらのTVもずーっとそのニュースばかりを伝えている。
今日は、永く語り継がれる一日になるだろう。

女優のファラ フォーセットさんも同じ日に亡くなったのだけれど、ほんの少し伝えられるだけで
気の毒な気がするほどだ。

32年前の夏、エルヴィスが42歳で突然亡くなって、世界中がショックを受け悲しんだ思い出と重なる。
私はマイケルに酔った世代ではないけれど、あの才能が永遠に消えてしまったことが悲しい。
才能豊かな人は、なぜか早世する。惜しい。。。もう彼も50歳だったのかと少し驚いた。
ずっと若い人だと思っていたのに・・・。
今、残されたビデオを見ると、本当に素敵だ。

午後からは、フラのK先生の8月の来日に関しての連絡が入り、しばらくPCの前に座っていた。
私の後ろにある、TVからはマイケルジャクソンの声、アナウンサーの声が絶え間なく流れてきていた。

今日はまた、ようこちゃんと持ち寄りで我が家で夕食を作ることになっていた。そろそろ準備をと思っていたら、私の一番若いお友達Kちゃんから電話。
「今日、夕食一緒に食べませんか?ようこちゃんも一緒に。。」とのお誘いだった。

そこで、Kちゃんにも家へ来てもらって、三人で楽しくいただきましょう!ということになった。今日のメニューは、
野菜の煮しめ、おから、インゲンの胡麻和え、ようこちゃんお手製の浅漬け、私が作った切干大根のはりはり漬け、オクラのおひたし、海草サラダ、日本から直送のかまぼこの板わさ、大根おろし、それに豆ご飯。

今日のメインディッシュはこの日本から直送のかまぼこだ。

Kちゃんは、国籍はカナダだけれど、純粋の日本人で今ご両親は日本にお住まい。Kちゃんは一人でハワイにいて頑張って大学を卒業し、能力を活かして立派なお仕事をしている、とてもかわいくて優秀な、24歳の若い若いお嬢さんだ。

「久しぶり!こんなおいしいの食べたの!」と、Kちゃんは今日の料理をとてもとても喜んでくれた。まるで、おばあちゃんとお母さんと一緒に食事をしているみ たい、、と。
こんなに歳の離れた同士なのに、話題はあちこちに飛び、大笑いの連続。インターネットの話、介護保険の話、もちろんマイケルジャクソンの話、日本の皇室の話、長い間日本を離れているようこちゃん、Kちゃんに日本のことを説明するのも、私にとっては楽しいことだ。

彼女たちの日本に対する知識欲、好奇心。祖国を思う気持ちが、ひしひしと伝わってくる。

おいしいレストランの話になった。「お気に入りのレストラン、教えて!」とお互いに情報交換をするつもりだった。おいしいお蕎麦屋さん、お寿司屋さん。それはホノルルのどのあたり??なんて具合に。

ようこちゃんが「メキシコ料理のおいしい店があるのよね」と言う。
「え?それどこ?どこ?」 Kちゃんと私は、どのあたりなんだろう?と想像をめぐらしながら、ようこちゃんの答えを待った。
「うん、ワシントンD.Cなんだけどねえ。。。」 「??」
もう大笑いするしかない。

80代、60代、そして20代の3世代の食事はとっても楽しく、結局夜遅くまでおしゃべりが続いた。
また明日はこの三人で、お買い物に行く。Kちゃんと私だけでは、行けないところへようこちゃんが案内してくれることになっている。
さて、どんなところか・・楽しみだ。
2009年6月24日 (水)
フラ サプライズ??

昨日、キングストリートを車で通った。アイゼンバーグとの角にある、フラ用品のお店「フラサプライ」がクローズしていた。
少なからずショックだった。どこかへ移転したのか?営業をやめてしまったのか?
「フラサプライ」へ行けばなんでもそろう。。という安心感があったのだけれど。。

このお店”Hula supply”のことを、勘違いして”Hula surprise” (フラ サプライズ)と呼ぶ人が多いのだけれど、そのお店がない !
まさに Surprise! だった。

今日は、食料買出しの日。ちょうど同じコンドのお友達から頼まれた買い物もあって、午後からアラモアナ〜ドンキホーテに向かう。
アラモアナホテルのお友達Bさんの様子も気になっていたので、彼女をまず、訪ねることにした。その前に、お電話をした。
彼女の都合を聞こうと思ったのだ。
「あ、キョウコさん?ね、おかしいのよね。いつもそうなんだけど、あなたのことを考えていると、あなたからの電話のベルが鳴るの。
不思議よね。。。」と言う。なんだかうれしくなって、白木屋でお団子を買ってすぐに会いに行った。

彼女は病気療養中だけれど、お仕事も続けている。本当に元気で今日もとてもきれいだった。よかった。。
お団子を二人で分けながら食べて、おしゃべり。。。楽しい時間だった。
病気に打ち勝つために、彼女は大変な努力している。つらいこともあるだろうに、あの彼女の明るさは、何物にも代えがたいお薬だろう。
すばらしい人だと思う。

白木屋のBOOK OFFで文庫本を3冊買った。レジで「シニアですか?」と聞かれた。今日水曜日はシニアデーのようで
10%オフになるという。「もちろん、シニアですよ!」と胸を張って答えて、10%OFF!!ああ、よかった。

今朝、ラジオの日本語放送で、おそらく日系2世と思われるおじいちゃまが、電話応答の時間にアナウンサーに質問をしていた。
「あのね、「葛きり」って、いったいなんですか?わたしは、はじめて聞いたんですが。。。」
「ああ、葛きりですね。あれは、、えーー、なんて説明したらいいんでしょうかね。。糸こんにゃくのような、ところてんのような。。あ、ところてんってご存知ですか?あ、
わからない。。そうねえ、、うーん、プリンでもないしね。。。」とアナウンサーも答えに苦労している。
私は、話がこんがらかってくるだろうと想像した。

「あ、そうそうお鍋にも入れるんですよ。プルプルしていて、透き通っていてね。おいしいんですよ。あ、それに、蜜をかけて食べたりもするんです。甘い蜜をかけるんですけどね」とアナウンサー。 
「はああ。。。お鍋にも入るし、デザートにもなるのね?プリンじゃないのね?うーん、ようわからんなあ・・・・」 
案の定、話はこんがらかってきた。

日系2世と思われるおじいちゃまは、きっと「葛きり」のことを、今もよくわからないままだろう。
ハワイで生まれた日系の方たちの日本語は丁寧で、やさしくて、おっとりとしていて謙虚で、とてもきれいだ。
昔のままの日本の言葉が、代々受け継がれているからだろう。

それに比べて、私の日本語はひどい。
今の若者の言葉は、もっともっとひどい。
おおいに反省しなくては、と思う。
2009年6月23日 (火)
やはり。。。

日本からのフラのお友達Kさんとご主人のお二人とお会いして、我が家で少しお話したあと、お昼前から三人でドライブ。
オアフの東海岸をクアロアビーチパークまで海沿いに走るコース。いつものコースである。
しかし、今日はやけに道路工事が多かった。思わぬところで回り道をさせられたが、そのおかげで滅多に通らない住宅地をドライブできて楽しかった。

ワイマナロのマグドナルドで簡単ランチ。そこでしばらくおしゃべり。ここまで来ると、ローカルの人ばかりでホノルルの空気とまったくちがうマックになる。ドイツのマックもバーガーキングも空気が違う。
おもしろいものだ。

ラニカイビーチにも足をのばした。人気のビーチなのに駐車場もなく静かでうれしいが、いつも駐車スペースを確保できず苦労する。
今日はやっと一台分、見つけることができて駐車に成功、ラッキーだった。ハワイ語で文字通り「天国の海」、本当にいつ来てもすばらしい。

途中、カネオヘあたりで雨に降られたけれど、それ以外はとてもきれいな海の色を見ることができた。

雨がいつまで続くのかなあ。。と思いながら、途中でギフトショップに立ち寄り、コーヒーの試飲やマカデミアナッツを試食しているあいだに、
うそのように雨がやみ青空が広がった。ハワイはこれだからうれしい。

ビーチによって、海の色が全く違うことを知って、Kさん夫妻はとても喜んでくれた。よかった。。。

最後の目的地は、クアロアビーチパーク。すっかり晴れ上がった美しい海を眺め、幸せ。。。。
帰りはパリハイウェイをとおり、コオラウ山脈の姿を堪能しながらホノルルへ。。。Kさんご夫妻はあした、ハワイ島の一日ツアーに出かけるという。
早朝から夜遅くまでの、忙しくも楽しいツアーになるようだ。私も一度ハワイ島へ行ってみたい。

夕方帰宅したら、東南アジアに住んでいるお友達からメールが入っていた。昨日の私のブログをみて・・・のメールだった。
メールのタイトルは「頑張れ〜京子さん!」 彼女はハワイにいたころ、クアキニホスピタルにボランティアで慰問に行ったことがあるそうだ。患者さんたちがとても喜んでくださったこと、闘病中の人たちに少しでも楽しい時間を過ごしてもらえてよかったと思っていることなど、経験談を書いてくれた。

その上で「今回はまだ無理かもしれないけれど、いつかその病院で、楽しくウクレレを弾き歌えるようになりますように・・・」と書いてくれていた。
ありがとう。Sさん!!

夜遅く、東京のマヤママにも相談してみた。「まだ、無理だと思うよ。私もいまはまだ、行きたくない。。」と言う。
やはり、今回のボランティアはやめておこうと決心した。今は、どうしても心が動かない。

その代わり、そこで演奏するはずの3曲は、なんとか自習して弾けるようにしておきたいと思っている。
2009年6月22日 (月)
少し考えてから。。。

ウクレレレッスンの日。家での練習は不十分だったけれど、元気に出かけた。J先生が一緒に演奏してくださる限り、多少、誰かが間違えても大丈夫!

その点、フラのレッスンより少し気持ちがラクである。
・・と、こんなことを言っていてはいけないのだが、気後れして
いやになるよりいいだろう、とまた、楽観的に考えることにする。

いざ行ってみると、いつもの笑顔いっぱいの仲間がいてうれしくなる。

今週は「クウホア」の仕上げの日。難しいエンディングのところはまだ、おぼつかない。でも今回で一応、この曲も仕上がることになるから、いつなんどきイベントで演奏することになるかもしれない。
自分で練習、練習だ。来月から「ブルーハワイ」のレッスンが始まる。

練習のあと、クプナアイランダースのリーダーからお話があった。
今度の日曜日、病院へ演奏に行きます。。とのこと。療養中のかたをなぐさめる演奏会に少し出演するらしい。
演奏は3曲ほどを予定しているとのこと。都合がつく方は??と聞かれたが、急なことであまり人が集まりそうもない。

枯れ木も山の賑わいということもあるし、人数が少ないなら私も・・・と思ったけれど、その病院の名前を聞いて考え込んでしまった。
「クアキニ ホスピタル」

3年前憲さんが亡くなる直前に入院して検査を受けた病院である。そのときは元気に退院したけれど直後に・・・。
その病院の名前を聞くたびに、いまでもドキンとするし、あれからまだ足を運んだこともない。まだそんな状態なのだ。

その病院で、私が下手なりにも皆さんと楽しくウクレレの演奏をして患者さんの心を癒すことができたとしたら、彼は喜んでくれるかもしれない。 いや、きっと喜んでくれるにちがいない。
仲間も「きっと、そう思うわよ!」と言ってくれた。

だけど、いろいろ迷って、結局お返事をしないまま、皆さんと別れてきた。
しばらく考えて、決心がついたらリーダーにお電話しようと思っている。

そのあと、一番若いお友達Kちゃんと会うことになり、いろいろお話を聞いた。彼女はハワイで各種保険の仕事をしていて、医療保険、介護保険などを専門にしている人。私はこちらでは保険に入れないけれど、いろいろ話を聞いていると、とても面白いし勉強になる。
若くて優秀で、やさしくて。。とても頼りになるお友達だ。

日本は医療保険、介護保険に関しては国や地方自治体が支えていることもあって、アメリカに比べたら本当にラッキーだといわざるを得ないと私は思う。

アメリカの掛け金はびっくりするほど、高い。私など、とてもとても払いきれるものではない。みんな「医療保険のために働いているようなものよ。。」とこぼす。

これだけの大国なのに、、と思う。

若い人ともお付き合いをして、物事の考え方、処理の方法など学ぶことも多い。とてもありがたいことだ。
2009年6月21日 (日)
カピオラニパーク

今日は「父の日」。
こちらの各家庭では、ビーチや公園に繰り出してバーベキューをしてお祝いしているのだろう。

お昼前、フラのお友達がご主人とハワイ入り。空港から「今、着きました〜!」とお電話をいただいた。
これから、アロハスタジアムのスワップミートに行くとのこと。
ハワイに着くと時差がつらいものだけれど、お元気でよかった。
お二人には明後日、お会いすることになっている。楽しみだ。

夕方、散歩に出かけた。今日はカピオラニパークを一周。ゆっくり回り道をして約一時間半の道のり。
途中、沢山のシャワーツリーの下を通った。これから8月にかけて美しい姿を見せてくれる。

グラデーションが美しい黄色のシャワーツリーが私は好きだ。
青空に映えて爽やかで、華やかで・・・。

カピオラニパークの一角にそんな黄色のシャワーツリーがまとまって植わっているところがある。
ワイキキビーチから少し歩くけれど、近くには噴水もあって美しいエリアだ。

広大なカピオラニパークを歩いていると、見上げるダイヤモンドヘッドの姿が刻々と変わる。
太陽の高さによってもその姿は変わって見える。
いつ見ても優雅で、堂々としていて、やさしいその姿が私は大好き。。。
毎日「カイマナヒラ」を眺めていられるのが、うれしい。

明日はまた、ウクレレのレッスン。
明日からは「ブルーハワイ」を習う予定だ。
私は、彼が亡くなった日から、急にエルヴィスの大ファンになった。
1977年8月16日だった。

彼が亡くなった日、湯川れい子さんが追悼番組でエルヴィスの偉大さを語るのを聞いて、遅ればせながら、大ファンになってしまった。あんなにすばらしい歌を歌う人だとは知らなかった。

以来、合計3回テネシー州のメンフィスの彼自身の自宅の庭にある、エルヴィスのお墓にを訪れお参りをしている。今はさすがにもう、一人でテネシー州にまで出かける勇気がないけれど。。。

今もエルヴィスを聞くと心が弾む。

「ブルーハワイ」をこのハワイで演奏できるなんて、本当にラッキーだ。
明日が楽しみ!!
2009年6月20日 (土)
かぎ穴TV

東京のマヤママからのメールでは、少しのどが痛いのだという。なぜか昨日夕方から私ものどがヒリヒリしていた。
それで、念のために昨夜風邪薬を飲んで寝たら、今朝はまあ、すごい朝寝坊。
おかげでのどはすっきりしたが、寝すぎで頭が重い。私は8時間以上寝るとあくる日、必ず頭痛がする。
適切な質と量の睡眠をとること、これが私にとっては難しい。。。いつも足りなかったり、長すぎたり。。

あすは「父の日」だそうで、各お店はギフト商戦真っ只中というところ・・・。
今日は特に予定のない土曜日なので、家でのんびり過ごす予定だ。

一週間ほどまえ、ジャッキーママからある情報が届いた。
「キーホール」というサイトがあって、それをパソコンにダウンロードすると、世界中どこにいても
日本の各テレビ局の放送が、リアルタイムに見られるのだという。選局も自由。しかも無料。
そんなものがあるとは知らなかった。

ドイツにいるジャッキーママは無類のテレビ好き。
遠く離れている日本のTVがそのまま見られるなんて夢のようなのだと、興奮気味に伝えてきた。
私はそれほどTVが好きではないのだが、リアルタイムに日本と繋がれる、、というのはうれしい。

で、どきどきしながらダウンロードしてみた。すると。。日本のテレビがうそのように鮮明に、映し出された。
時差はあるし、画面は小さいけれど十分に楽しめそう。。。
しかも偶然にも、初めて流れてきたプログラムは「渡る世間は鬼ばかり」(再放送)。
私が唯一追っかけてでも見たいと思う番組だったから、つい釘付けに・・・。

海外に住む人々の間では、とっくの昔に知られていたらしい「キーホール」。
ジャッキーママは、かなり遅れてこの情報を得たらしい。
ネーミングがおもしろいなあ。。と思う。日本語で言えば「鍵穴」。
かぎ穴からお家の中を覗き込むように、日本のテレビを見るという意味なのか・・。

早速、ようこちゃんにこの話を教えてあげたら、彼女はすでに知っていて、毎日楽しんでいるのだという。
「なぜ私には教えてくれなかったの?」とちょっと不満顔で聞いたら、どうやら私が「日本のTVがパソコンで見られるのよ!」というようこちゃんの
すばらしい情報に全く反応しなかったらしい。 

「あ、そうなの、私はあまりTV好きじゃなくてね」などと言っていたとか。。。先に無料だと聞いていたら、すぐに乗った話題だったかも。。。
大変失礼しました!ようこちゃん。 

夕方、またまたようこちゃんとワイキキで落ち合い、日本食レストランで食事。これだけハワイで会っているのに、二人でワイキキビーチ沿いを歩いたのは初めてだった。いつもお会いするのは、ようこちゃんのお家の近くか、アラモアナ方面。

「なんだかいまさら言うのも変だけど、ワイキキってすごいね。ほんとにリゾートね。いいわねえ、、ワイキキ・・」とようこちゃん。
ちなみにようこちゃんは、ハワイ生活40年以上である。

ハワイに住んでいる人の大半は、ワイキキ以外にお住まいがある。そして滅多にワイキキへ足を向けることはない。

ワイキキは物価が高くて、にぎやか過ぎて。。というところだろう。私のような渡り鳥生活をしている者にとっては、毎日ワイキキに身をおいていることがうれしいのだが。。。

ワイキキで、久しぶりにカメラでお花を撮ってみた。
しばらく振りに、HPにアップした。今、シャワーツリーが咲き誇っている。明日はカメラを持って公園にでもいってみようかな。。。
2009年6月19日 (金)
アロハフライデー ランチ会

朝9時、ドイツのジャッキーママとジャッキーからテレビ電話がかかってきた。ドイツとハワイとの時差12時間。地球の真裏にあたる。
ちょうど向こうは夜の9時だったが、窓の外はまだ真昼のように明るかった。ヨーロッパの夏は、日が長い。

私たち家族が昔、2年間住んでいたアラスカのアンカレッジのことを思い出した。アンカレッジはもっと北に位置しているから、夏は白夜、冬は一日中夜になる。夏は夜の11時くらいまで明るく、すぐ夜になってまた午前2時ごろには日が昇る。冬はその逆で、明るい時間がほんの少ししかない。

今日は月に一度の、ハワイシニア協会のアロハフライデー ランチの日。
アラモアナヨットハーバーのクラブハウスに22名が集まってたのしいひと時を過ごした。おなじみの方、新しく参加されている方、それぞれに自己紹介しあって名刺の交換。
ほとんどがめでたくリタイアなさっているので、肩書きはない。それがいい。

うれしいことに、現役で働いている20代の若い人、シニアと呼ばれるには早すぎる人たちなども
参加している。この方たちからいただくパワーもうれしいし、力になっていただけてありがたい。

シニアの集まりといっても、規模が大きく、2年前に発足したこの会は日本全国とハワイとで合わせて700名以上の会員がいるそうだ。たとえ今は日本にいても、ハワイに何かのご縁があり、ハワイが大好きで、将来はハワイで過ごしたい、、と望む方々のいい交流場所になっているようだ。

こうして当地ホノルルで数多くのイベントに参加できる私はラッキーなのだと思う。ハワイには、日本からの長期滞在者が多いにも関わらず
今までこういう組織がなかった。ハワイにいる長期滞在者は、長い時間をかけて友達づくりをしなくてはならなかった。
2年前に立ち上げられたこのシニア協会のおかげで、私も一度に沢山の新しいお友達ができて、本当にうれしい。憲さんもきっと安心していることだろうと思う。ここを紹介してくれた、ようこちゃんに本当に感謝!

今日のランチに、私の一番若いハワイでのおともだち、Kちゃんが来てくれた。魅力的で健康的で、かわいいKちゃん。今日でお会いするのは2回目なのに、昔からの知り合いのよう。先週、バケーションで出かけていたラスベガスから帰ってきたYさんも本当に明るくて元気いっぱい。

老若男女を問わず、素敵に自分を生きている人たちの集まり、、、そんな気がする。気持ちのよい風に吹かれながらのランチは、格別においしかった。
2009年6月18日 (木)
ミサイルがハワイへ??

昨夜はずっと風が強く、窓の隙間からぴゅーぴゅーと風音がしていた。
朝になっても風は強い。

今日は洗濯の日。
ハワイでは日本で言う「洗濯日和」がほとんどだ。
こちらでは、外に干すことはしないから、衣類乾燥機は必需品だ。
こちらの電力が強力なので、あっという間に衣類が乾く。
日本のわが家の乾燥機に比べたら。。の話だが本当にあっという間なのだ。
今日もあっという間に、洗濯〜乾燥ができた。

先日フラのK先生が日本に滞在中にも、そんな話がでた。
「時々、滞在先のホテルのコインランドリーで洗濯をするんだけどね、、まあ時間がかかることといったら。びっくりだね。夜中までかかってしまって、結局、睡眠不足になったりするんだよ」とのことだった。
その気持ちがよくわかる。

お昼過ぎ、ハワイシニアライフ協会の仮会員証を受け取りにワイキキのオフィスへ。以前からゲストとして参加していたこの会に正式に入会の申し込みをしてから、約一週間。
一応、仮ではあるけれど会員証をもらったというわけで、これからはちょっとした割引とか、ありがたい恩恵に浴することができるらしい。シニアだってたまにはいいことがなくちゃ。。

そういえば一昨日「ドンキホーテ」で買い物をしたときのことを思い出した。レジを済ませてレシートを見たら、全くディスカウントされていない。その日は火曜日でシニアにはいくらかのディスカウントがある日なのに。「あの、シニア割引がされていないんですけど。。」「あら、ごめんなさい。あなたがシニアだとは思わなかったのよ!」とレジ係。・・・ちょっといい気分。計算しなおしてもらうとシニア割引分は、わずか61セント。でも、コインをいくつか返してもらって大満足。

話は今日に戻って、午後は、久しぶりに、ワイキキのジムへ。
まだ日が高い時間だったので、ウオーキングマシンから眺めるワイキキの海が本当に美しかった。このごろ波が高いので、青のグラデーションと真っ白な波のコントラストがなんともいえない。
思わず予定時間より長い時間、ウォーキングマシンで歩いてしまった。それほど気持ちがいい。
ああ、最高!!本当にこんな贅沢なジムは、なかなかないだろうと思う。
また体力づくりに励まなきゃ。。ジャッキーの体重が増えたというから、バアバとしては、少なくとも彼女を抱き上げられるように鍛える必要がある。私は特に手の力がないので、がんばらなきゃなのだ。

家に帰ってラジオをつけたら「北朝鮮のミサイルがハワイを狙っている」というニュースが聞こえてきた。
あらまあ、大変!なんでまた、ハワイ??
日本にも届かなかったものが、ハワイまで飛んでくるのかしら?

独立記念日あたりに狙われるのではないか。。とのこと。
喜んで花火を見ている場合ではないかもしれない。

もしものことがあれば、アメリカ軍が迎撃してくれると、ラジオが言うから大丈夫だろうとは思う。少なくともどこかの国よりは、頼りがいがある。
とはいえホノルルの、ましてワイキキなんて一番狙われやすい場所ではないか。。。そう思うと、心穏やかではない。

世の中、もう少し落ち着けないものなんだろうか。
みんな仲良く、生きればいいのに。。地球は一つだけなのに。。
2009年6月17日 (水)
オパカパカと今川焼き

今日はなぜか一日中、PCの前に座ったり、掃除をしたり、、となんとなくまとまらない一日になった。外出の用事もあったのだが、今日はやめた。

昨日、チャイナタウンへ出かけて、食材を買ってきたのだが一人で料理して食べるのももったいないような気がして、又、ようこちゃんを誘って家で夕食をご一緒することに。。。

メニューは「中国菜花」をニンニクとオイスターソースで味付けをした炒めもの。私はこのメニューを勝手に「チャイニーズグリーンの炒め物」と呼んでいる。それに、マニラクラムを使ったニンニク味のスチームド・クラム。揚げナスの生姜醤油添え。ネギのぬた。それにようこちゃんが持参してくれたお手製のオパカパカの煮付けと白菜のお漬物。。。オパカパカの煮付けなどは、ハワイならではのメニュー。どれも、とてもおいしかった。
今日も思いがけなく豪華な食事になった。

そして仕上げのデザートは、抹茶アイスに今川焼き。ハワイで抹茶アイスと今川焼きなんて、とても贅沢なデザートである。甘くておいしかった。

ようこちゃんとおしゃべりしながらいると、なんだかお母さんと食卓を囲んでいるような気がする。
「お姉さんみたいだといいたいところだけど、やはりお母さんだわ。。」と失礼なことを言ったのに、ようこちゃんは、とても喜んでくれた。よかった!!二人にとって、ハワイにいながら京都弁で話せるということが、またなんともうれしいのだ。

ようこちゃんは、しばらく少し体調を崩していたのだけれど、今はすっかり元気になって、一安心。
私もようこちゃんのように、元気で長生きがしたいと思う。

それには何が必要か。。ようこちゃんを見ていると、その答えがわかるような気がする。

何ごとにも感謝をすること
楽しいことを探して実行すること
なんでもおいしくいただくこと
心配事があっても長引かせないこと
人の話を広い気持ちで聞き入れること
好奇心と、おしゃれな気持ちをなくさないこと
そしていつもにこやかでいること。。。

目指すは、ようこちゃんのような生き方だ!!

夜おそく、ご無沙汰していた友人からメールがきた。
今月末に、ハワイに来る予定だという。

来週もお友達ご夫妻がハワイ入りの予定だ。

千客万来!私のまわりはハワイが大好きな人が多くてうれしい。
2009年6月16日 (火)
スチームド クラム

今日はようこちゃんからS子さんを紹介してもらうことになっていた。ようこちゃんのおかげで、今日も新しい出会いをいただいた。

ハワイカイにすんでいるS子さんは、ようこちゃんのお友達だが「類は友を呼ぶ」とでもいうのだろうか、初めてお会いしたとは思えないくらい瞬時に仲良しになった。

今日はS子さんの妹さんとその娘さんが日本から遊びにいらしたばかりだというので、ご一緒にチャイナタウンで飲茶をランチを、ということになった。

私にとっては、ほとんど初対面の人ばかりだったのだが、5人で円卓を囲んだらもう仲間! わいわい言いながら飲茶を楽しんだ。このお店はそのおいしさと安さには定評がある。
お店の名前が覚えられないのだが、いつもローカルの人でにぎわっている。それにしてもチャイナタウンは、どこの国へ行ってもほぼ同じにおいがするし、同じ空気が流れているような気がする。不思議だ。横浜のチャイナタウンは洗練されすぎていて、ちょっと趣が違うと思うけれど・・・。

おなかいっぱいになったところでお勘定。チップをはずんで計算しても一人8ドル。。これがワイキキだったら、軽く2倍はする。いや、少しおしゃれなお店になれば3倍くらいかも。。

そのあと一時間ほどみんなでチャイナタウンを歩いた。
タマリンドの実を買って、みんなで食べながら歩いたり、魚屋さんをのぞいたり。。。

憲さんとよく来たマーケットに足を踏み入れたとき、急に懐かしさが胸に広がった。よくここで、活きたカニやマニラクラムというおいしい二枚貝を沢山買って帰ったものだ。

その貝を少しだけ買った。今夜はスチームド クラムを作ってみるつもり。もう3年もこの味を忘れていた。
今日は憲さんが作った方法で料理をしてみよう。きっと懐かしさで胸がいっぱいになるだろうけれど。。。

夕方、窓の外から素敵はハワイアンミュージックが聞こえてきた。生演奏のようで、お向かいの小学校の校舎から流れてきているようだ。
誘われるように、校庭に入ってみた。開け放された教室の窓からは、聞きなれたハワイアンが聞こえてきた。
どこかのハラウ(フラの教室)が練習をしていた。本番を間近に控えたリハーサルのようだった。

4人の生バンドが演奏していて、美しい歌声が心地よい。12名くらいの女性が優雅にゆったりと踊っている。
一曲を踊り終わるたびに、先生が懇切丁寧に指導をはじめる。そしてまた繰りかえし同じ曲の練習。。
こんなに身近に地元の本物のフラを見られるなんて。。爽やかな風に吹かれながら、しばらくうっとりとして校庭にたたずんでいた。

踊りも素敵だったが、感心したのは歌声のハーモニーのきれいなこと。。。どうしてあんなふうにハモることができるのか?
何気なく、気楽に、さらりと歌っているのに、ハーモニーの確かさと美しい響きがすばらしい。
ハワイアンは音楽的感覚に恵まれているとしか思えない。天性のもののような気がする。
うらやましい。

夕食に作ったスチームド クラム。 
今が旬らしく、大ぶりの身がとてもおいしかった。
久しぶりに憲さんの手料理を思い出して、少し涙・・・
2009年6月15日 (月)
クプナ アイランダース

昨夜、ジャッキーとのテレビ電話を切って寝ようと思ったら、フラのK先生のこの秋の仕事のことで、日本からメールが入り、まるでチャットのように同時進行でのメールのやり取りが数十分続いた。まだまだ先の秋の話なのに、日本人の仕事は速くて、細かくて、丁寧だ。すごいと思う。

そんなこんなで、フラフラになるまで起きていたせいで、昨夜はぐっすり眠れた。

ウクレレレッスンに出かける前に、フラのK先生に電話。昨日、話しそびれたり、再考すべきことを話し合う。
先生はもうホノルル空港にいて、カウアイへ発つ寸前まで話し合いとなった。

その電話の最後に「ところで、あなたのウクレレの先生は誰?」と聞かれたので答えると、あ、そのジョディなら知ってるよ。。
とのこと、ハワイは狭い。

楽しみにしていたウクレレレッスンはやはり、楽しかった。
メンバーに「待ってたよ、お帰りなさーい」と迎えてもらってうれしくなった。ハワイの人は、本当にあたたかいくて元気だ。

今日演奏したのは「クウホア」。歌いながら弾けるのがなによりうれしい。
私がいない間に、すっかり曲が出来上がっていて、私一人戸惑っていたけれど
総勢15名くらい生徒がいるので、多少間違っても大丈夫。先生もほめ上手でみんなうれしそう。

このグループは「クプナ アイランダース」という立派な名前がついている。メンバーは男性と女性が半々くらい。
特に頼まれなくても、どこにでも出かけていって、演奏してくるという積極的かつ行動的はグループですばらしい。
私は皆さんからかなり遅れをとっているので、2曲しかレパートリーがない。

そういうと「いいんですよ、チャンスがあったら一緒に出ましょう。人数が多いから間違えてもわからないし、よほど自信がなかったら、
弾いている振りをしていればいいんだから。。」と言われた。 なーんておおらかなんでしょう!

そのうちユニフォームを作るという。アロハにムウムウ。。なんだか楽しみが沢山あってうれしい。

帰りにジョディ先生にK先生のことを話したら、やはり「ああ、知ってる知ってる。。よろしく伝えてください!」とのこと。
おそらく二人は年齢も同じくらいだろうし、どことなく似ている。元気いっぱいで、とても明るくて楽しい先生だ。

メンバーとランチをともにして、帰宅。
とても楽しい午後だった。

夕方、アラモアナショッピングセンターに出かけ、携帯電話の契約更新をしてきた。
一年に一度、契約を更新するシステムを選んだのでこれだけは、忘れてはならない。
6月は車検、車保険の更新、そして携帯。。

一応の用事はこれで済んだ。やれやれだ。
2009年6月14日 (日)
ドイツの保育園は。。

まだ時差が取れない。。というか、夜中に目が覚めて熟睡できていないような気がする。
今日はまた特別に睡眠不足。一日中ボーっとしていた。
「こういう日もあるさ。。」と憲さんがよく言っていた。
晩年、よく夜中に目が覚めてね。。と彼もぼやいていた。私もそういう年齢になってきたのかもしれない。
以前は火事が起きてもアナタは逃げられないだろう。。といわれるくらい熟睡タイプだったのに。

ハワイはいい天気だけれど暑い。なんでも記録破りの気温だという。
寒がりの私でも、暑いと感じるのだから相当だ。地球は確かに暑くなっている。

夕方、今、ハワイカイにいるというフラのK先生から電話。今夜、家にきて仕事の打ち合わせを・・・とのことだった。
夜8時過ぎから打ち合わせを開始。8月の先生の来日についての具体的なことを話し合う。
私はメモを取りながら、先生はi-phoneに記録をしながら。。。またまた世代の違いを感じさせられた。

明日カウアイへ帰るという先生は、これから、またパーティだと言って元気に家を飛び出して行った。
私は睡眠不足でフラフラ・・あ〜あ。。

それでもまだ少し元気はあった。ようこちゃんからの電話で長話をし、そのあとはドイツのジャッキーからのテレビ電話で楽しんだ。ジャッキーは画面の私に「バアバ」と話しかけてくれるようになったし、食べているバナナを画面に近づけて私も食べさせてくれるしぐさを見せたり、日本語もかなり理解している。

7月から保育園に通わせたいのだが、フランクフルト近郊のあたりも保育園不足で、入園がむずかしいらしい。
やっと見つけたところは、ウエイティングの子供がワンサといて、とても順番が回ってきそうもない。もうひとつの保育園は、ドイツ語とスペイン語のバイリンガルの
保育園だという。そこはこの7月に開園予定の新しい園で、でまだ空きがあるらしい。そこに決まったら、ジャッキーはスペイン語まで覚えなくてはならないのか?と可愛そうになる。
でもまあ、子供の能力は計り知れないから、それでも仕方がないか・・と思うしかない。もしそうなったら、ジャッキーは日本語、ドイツ語、スペイン語の日々になる。

ママは意識してジャッキーに日本語で話しかけ、夫婦の会話はドイツ語で。。と心がけるそうだ。スペイン語に関してはジャッキーに任せるしかない。ジャッキーママが大学で第2外国語として選んだのは確かスペイン語だったはず・・なのだが、とても自信がないという。困った困った・・・。

明日は久しぶりで、ウクレレのレッスンだ。
復習ができていない。でもまあ、みんなで弾けばこわくない。。
大いに楽しんでこようと思う。
2009年6月13日 (土)
ハワイも不景気

ハワイ4日目。
今日もいい天気!このよい気候が戻ってきたのはつい、10日前くらいらしい。私が日本にいる間、ずっとハワイらしくない天候が続いていたのだという。幸い私がこちらに戻ってきて以来、ハワイらしい気持ちのよい暑さが続いている。

今日はキングカメハメハデーのパレードがあるらしく、カラカウア通りが朝の9時から車両通行止めになる。
ワイキキでは年間を通じてパレードが数多くあるので、そのたびに車の流れをストップさせられるのはツライ。。という地元の人の声が聞こえてくる。
私ももう何度もパレードを見ているので、今日はワイキキにも出ず、車を出すのは夕方以降と決めて家にいることにした。

こちらはもう学校が夏休みに入っているので、ホノルル市内の朝夕の車の渋滞がずいぶん緩和されているという。なぜなら学校まで親が車で送り迎えする習慣なので、普段は登校、下校の時間帯は交通量が増えるのだ。
こちらの親は大変だな、お察しする。私も二人の娘たちの登校に毎朝、最寄の駅まで車で送っていた6年間があった。
しかも二人は別々の私立に通っていたため、向かう駅も登校時間も違うため、毎朝自宅から駅の2往復、アッシー(なつかしい響き!)を勤めていた。自宅が駅から遠かったため、やむなくアッシーを務めたわけだが、我ながらよく続いたものだと思う。

夕方、アラモアナショッピングセンターへ。買い物があるわけはない。
そこの駐車場に車をおいて、アラモアナホテルで仕事をしているBさんに会いに行くためだ。
病気をして、しばらく入院をしていたBさんだが、今日はとても元気そうだった。よかった。。思わぬ病気で治療を続けながらの生活だが、お仕事も続けていて本当にすごい。「Bさんは強いね、偉いね!」というと、「そう、私、強いの」と彼女の笑顔がはじけた。美しかった。楽しくおしゃべりをして、二人で軽い食事に出た。

彼女は韓国系アメリカ人だが、日本語、ドイツ語、韓国語を話す才媛だ。
Bさんは時々日本語が面倒になると、英語に変わるので油断はできない。
フラのK先生も同じ。

夕方そのK先生から電話。今ホノルルに来ているという。
仕事の話もあるので明日、お会いすることになりそうだ。

ニュースでは、ホノルルの物価の高さは世界で第2位だそうだ。一位はニューヨークのマンハッタン。なにもこんなことで上位に入ることはないのに。。

たしかにすべてのものが値上がりしている。市バスも2ドルから2ドル50セントになるらしい。最近はバスをほとんど使わないので、ピンとこないがよく利用する人には痛手だろう。

他にも公共の料金が値上がりするという。ハワイ州もお金がないらしい。
観光業がメインだから、不景気とインフルエンザの影響で観光客も少ないらしい。ワイキキの賑わいを見ている限り変化がないように思えるのだが・・・観光客の数が明らかに減っているという。ハワイ州もお金がないらしい。その影響が住民にまで響くというわけだ。

私も心とサイフのひもを、今まで以上に引き締めていかなくては。。と思う。
2009年6月12日(金)
車検完了!

今日もいい天気!
風が爽やかで、ああハワイ!!

朝から日本語のラジオ放送を聴いていた。
「秋元順子さんのCDとサイン入り色紙を抽選で3名さまにプレゼント、とお知らせしましたところ沢山の応募をいただきました。抽選の結果次の3名の方が当選されました」とアナウンサーの声。
「おめでとうございます。当選されました方は、モイリイリの放送局まで取りにおいで下さい。局の詳しい場所は。。」

と話は続いた。こんなプレゼントは当然、郵送または宅配されるのだと思い込んでいた。それをわざわざ「取りに来てください」とは・・いかにもハワイらしくて悠長なお話だ。

お昼前に車の車検を取りに行った。
これは今回ハワイにきた目的のひとつである。
こちらの車検は簡単で安い。まず修理工場つきのガソリンスタンドに行く。車の保険証と車両税を払い込んだ証明書を持参。
これは日本と同じだが、あとは簡単。

スタンドの人に促されて、ライトをつける、クラクションを鳴らしてみる、ワイパーを動かす、ウインカーを作動させる。
ブレーキライトがつくかどうかを試す。。。この作業で異常がなければ車検がすぐ下りる。
来年の6月までの車検証のお代はなんと、17ドル49セントである。

車検を終え、洗車もしてピカピカの車で向かったのは憲さんのお墓。
メモリアルパークは、さまざまな色のレインボーシャワーがにぎやかに咲いていて華やかなこと。

ジャッキーとマヤの近況報告と、ジャッキーがまもなく通い始めるドイツの保育園での生活がうまくいきますように守ってやってね、、とお願いしてきた。
ジャッキーママの産休が終わる来年、ママはお仕事に復帰する。そのために保育園を決めて今から慣れておく必要がある。
ついこの間生まれたばかりなのに、、と思うが最近はそういう傾向だそうだ。子供が3歳になるまでは母親は家に居ることが常識のようになっていた私の時代と
大きな違いがあるが、若い人たちががんばっているのを見るとうれしくなる。がんばれジャッキー!ジャッキーママ!

夕方からようこちゃんが我が家へ。。一時体調が悪かったと聞いて心配していたが、元気元気で一安心。
ようこちゃんが持って来てくれた食材と、家にあったものを使って二人で楽しくお料理。

メニューはポークと野菜の炒め物、オクラのおひたし、アスパラの酢味噌和え(これが意外においしい)、ナムル風もやし。
ゆっくりお食事しながらの2ヶ月振りのおしゃべりは尽きなかった。そして京都人の私たちだから当然、塩昆布のお茶漬けで締めくくった。

ふと窓の下のほうを見ると、お隣の小学校の教室でケイキ(子供)フラの練習をしている姿が見えた。遠くからだが、かなりレベルが高そうだ。しばらく見とれてしまった。家の窓から見るこんな光景は初めてだ。おそらく7月に行われる「リリウオカラニ ケイキフラ コンペティション」に参加する子供たちの特別練習ではないか、、と思う。ハワイならではの風景でうれしくなった。

今日、ハワイシニアライフ協会に正式に入会した。いろいろアクティビティがあり自由に参加できる。
このグループにはすでにお友達がいてくださるので、これからさらに楽しくなることだろう。楽しみだ。
来週はウクレレレッスンもランチ会もある。楽しみだ。
2009年6月11日 (木)
懐かしい思い出

昨夕ワイキキに出てみると、とても波が高かった。冬のノースショア並みの荒い波が押し寄せていて、地元のサーファーたちが見事な波乗りを見せてくれていた。最近高波がサウスショアに押し寄せているらしい。

昨夜は時差のせいか、一時間半おきに目が覚めてよく眠れなかった。おかげでいつになく早起き。カラリとした朝の空気を十分に楽しめたが、今日は暑くなりそうな気配がする。

11時にプリンセスカイウラニホテルで日本からのお友達Sさんと待ち合わせ。彼女もフラ、ウクレレを趣味としている人。その関係のグループとともにハワイ入りしているので、フラのパーティに出たりライブを見たり、ナホクハノハノアワード(ハワイ音楽のレコード大賞のようなもの)の会場に出かけたりと忙しい日程をこなしているらしい。

その彼女をランチに誘ったのはビーチウォークにあるお蕎麦屋さん。二人が選んだのは、「納豆ぶっかけそば」。
およそハワイらしくないメニューだ。せっかくハワイに来ているのにSさんには申し訳ないと思ったが、今日は時差のせいもあり、私は脂っこい西洋風のものを食べる気がしなかったのだ。
でもこれがよかった。日本でもなかなかこんな美味しいお蕎麦は食べられないわよ、、とSさんも喜んでくれた。

そのあとは改装されてきれいになった「アウトリガーリーフホテル」のビーチ沿いのコーヒーショップでおしゃべり。楽しいひと時だった。
以前、このホテルの一角にあった野外ステージにフラのK先生が、ソロ出演していたことがあった。ある晩、憲さんと一緒に見に出かけたら、急に舞台に呼び上げられて、当時習いたての ”ナニ カウアイ” をプロの生バンドの演奏で踊らせてもらったことがある。あのときは、K先生を恨みたくなるほどにあがってしまったけれど、 今となってみれば、憲さんが見てくれた唯一の私の舞台になった。胸が痛くなるほど懐かしさがこみ上げる場所である。

ハワイの水は火山岩に降る雨がきれいにろ過されているから、ミネラル分も多いし、だからおいしいのだ、、と思っていた。
家ではずっと「ブリタ」を使ってさらにフィルターを通して使っていて、たしかにハワイの水はおいしかった。
ところが今回「ブリタ」のフィルターを切らしてしまって、やむなく水道水のままを使ってお茶やコーヒーをいれることになってしまった。
いつものお茶やコーヒーなのに、おいしくない。味がちがう。お茶の色もよくない。
ハワイの水は石灰分が多いことはわかっていたが、こんなにおいしくないとは思わなかった。いまさらながら新発見。

あわてて「ブリタ」のフィルターを買いに行って、水をこしてから試してみると。。。。ちがう!!
やはり「ブリタ」はすばらしい。
お茶が本来の味になり、コーヒーの香りも戻った。
おかげで今日は満足してゆっくり眠れるかな。。
時差ももう少しで取れそうだし。。。

と思っていたら、夜おそくフラのK先生の8月の来日の件で、連絡が入ってきた。日本でまたレッスンをしてもらえそうで、その予定を立てる作業が始まった。楽しみだ!
2009年6月10日 (水)
7週間ぶりのハワイ

今朝8時半、約7週間振りにハワイへ戻ってきた。
ホノルル空港に着く2時間ほどまえから飛行機の左側の窓からロマンティックで雄大な朝焼けの空が見え始める。機内ではそろそろ朝食の準備が始まり、時差でボーっとした頭をむりやりコーヒーで目覚めさせる。ハワイへ戻ってきた。。と思う瞬間だ。

やはり機内ではマスク姿が目立った。新型インフルエンザ、ハワイではいままでに合計198名の人に感染が認められたといい、ついにカウアイ島にも一人患者だ出たとか、ラジオのニュースが伝えている。

今日は若いお友達Kちゃんが車で空港まで迎えにきてくれることになっていた。ところが日本を出発する直前、Kちゃんからメールが入った。「急な仕事が入って、空港には行けなくなったの。私のボーイフレンドが代わりにお迎えに行きます。彼は黒のホンダに乗ってますからね」とのこと。私はKちゃんの ボ ーイフレンドと面識がない。果たして「黒のホンダ」だけでわかるものだろうか?ちょっと心配だったが「まあ何とかなるわ」とお言葉に甘えることにした。

空港の外に出ると、到着した人たちを迎えにくる乗用車が次々に目の前を通り過ぎる。目を凝らして黒のホンダを待った。と、すぐにそれらしき車が目の前に停まった。「マーク?」「キョウコ?」と確かめ合い
握手をしてご挨拶。

こんなとき、外国では長い挨拶を交わさなくても、すぐに友達のような話ができるようになる。これが私には心地よい。
「まあ、はじめまして。キョウコです。お忙しい中をわざわざ来ていただいてありがとうございます。本当によかったのかしら?恐れ入ります。Kちゃんにはいつもお世話になっているんですよ。。」と最低限これくらいのことを言わないと初対面の挨拶にはならないだろう。

今日の私たちの場合「マーク?」「キョウコ?」「お会いできてうれしいです」と握手。それで挨拶は終わり。早速重い荷物を車に積み込んでもらい、私は助手席に乗り込み、我が家を目指した。

道案内をしながらマーク君とおしゃべりをしているうちにすぐ我が家に到着。マーク君はブルーアイズでハンサムなコネチカット州出身のアメリカ人だった。また新しい出会いがあってうれしい。Kちゃんに感謝!

我が家に着くとさすがにほっとした。冷蔵庫で2ヶ月間冷え切っていたチェリーコークでのどを潤す。まずようこちゃんに電話。体調を崩されていたので心配していたけれど、お元気そうでよかった。あさってお会いしましょうと約束。
別のお友達Bさんからは「もう着いたかな。。。と思って」と電話をもらった。彼女も闘病中だけれどとても元気そうでよかった。

そう思ったとたん、急に睡魔が襲ってきて、2時間ほどお昼寝をしてしまった。これからシャワーを浴びて、ワイキキを散歩。近くのお店でテイクアウトの夕食にするつもり。冷蔵庫はほぼ空っぽだし、普通の生活になるまで数日はかかりそうだ。

お昼過ぎ、日本での仕事を終えて昨日ハワイに戻ったばかりのフラのK先生から、早速連絡が入った。8月の日本での仕事についての相談だった。
あらまあ、また少し慌しくなりそう。。。

久しぶりにホノルルの夜空の星を眺めて、今日は早めに寝ることにしよう。