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今日、ちょっと心に書き留めておきたいこと。。

2010年8月6日 (金)
キム テイラーさん

今夜は、中華街でシニアライフ協会主催の「ファーストフライデー イン チャイナタウン」の日。総勢15名、6時からおいしい飲茶のお店で夕食を楽しみ、それからメインイベントのダウンタウンに集中している画廊見学に繰り出した。

ここで画廊を経営しているMさんの案内で見てまわる。マヤママがいたら喜ぶだろうと思った。
今はマヤのためにアンパンマンの絵などを描いてやっているが、マヤママはサンフランシスコの美術大学を出ている。今度ハワイへ来たら、ここを案内しようと思う。かつてホノルルのダウンタウン及びチャイナタウンは犯罪が多く、とても危険なところとされていたし、実際そうだった。でもMさんたちの尽力で、ここをニューヨークのソーホーのように変身した。この夜も画廊、バー、飲食店などは、地元の健全な若者で賑わっていた。ハワイにしてはめずらしい光景である。

そこで私はMさんにある人に紹介していただいた。フラのファンならだれでも知っている世界的に有名なフラの写真家、キム・テイラー氏だ。「京子ちゃん(私はここではこう呼ばれている)、彼があのキム・テイラーさんだよ!」とMさんが紹介してれた。セピア色のフラカヒコの写真、躍動感があって私は大好き。私は大喜びで、一緒に写真を撮ってもらった。Mさんとテイラーさんは旧知の仲。ダウンタウンにテイラーさんのギャラリーがあったのだが、つい最近、残念ながらクローズされたとのこと。ホノルルのイリカイホテル内に新しいギャラリーが開かれるかもしれないとのことでそれも楽しみだ。

10月には、羽田が国際線化されるということで本当にうれしい。近い将来、確実にハワイとドイツへの往復がとてもラクになる。ちょっと信じられないほどの変化である。旅客だけでなく、航空会社勤務の人たちの生活の変化も大きいだろう。

かつて成田空港が国際線の中心になったころ、憲さんの通勤の利便性を考えて成田方面への引越しを真剣に考えた。
いろいろ考えた挙句、結局私たちは千葉ではなく横浜に家を建てた。憲さんはもちろん、かつて日本の航空会社勤務だったジャッキーママは遠い成田へ時間をかけて通勤していたものだが、あれから約四半世紀で、また羽田が国際線化。今は旅客の一人として、私は素直にうれしい。

ハワイへの観光客もまた増えるかもしれない。
こちらでは、ホノルル空港へ到着した日本と韓国からの旅客数が、毎日ラジオや新聞で発表される。ここ数年、世界的不景気がわざわいして、通常約3500人/一日と減っていたが、一昨日など約5300人と大幅に増えている。このごろ確かにワイキキの人出がすごい。。夜遅くまで沢山人が歩いている。

観光を主な産業としているハワイにとっては、とてもうれしいことで、私までうれしくなっている。シーンとしたワイキキなんて考えられない。でも、私はそれを目撃している。あのニューヨークでの9月11日のテロ直後は、信じられないほど静かなワイキキだった。ビーチには数えるほどしか人がいなくて、土産物店は開店休業状態。ホテルも空室ばかり。。。本当に淋しかった。

それ以来、景気の後退が続きハワイの勢いがなくなっていた。でも今年はちょっと様子が違うようだ。もっとも日本人観光客が増えているのは、最近の円高が後押ししているようだし、それはアメリカにとってうれしいことではないわけで・・・ちょっと複雑ではある。
2010年8月5日 (木)
男の子!

今日は2回目の「ズンバ」の日。インストラクターもその内容も少しだけ違っていて、今日のほうがハードだったけれど、本当に楽しくて、あっという間に一時間が過ぎた。今日は「ハナ」さんという日系の可愛いおばあちゃまもご一緒だった。

なんと85歳らしい。「ハナ」さんは小柄でニコニコしていて、あんな可愛いおばあちゃんになりたいなあ。。と思うような方。激しいズンバもすっかり身についていて、すごい。ハワイってどうしてこんなにお年寄りがお元気なのか?本当に不思議だ。年齢なんて関係なく何でも楽しもうという精神がいい。ようこちゃんも、相変わらず元気に踊っていて頼もしい。私なんて、こちらでは「ひよっこ」。

ここにはお年寄りが楽しめる環境が揃っているような気がする。私の経験では、日本のフィットネスクラブのスタジオで行うプログラムは、一旦レッスンが始まると入場、退場ができないようになっている。こちらでは、すべて自由。休みたければ、途中退場もOKだし、ちょっと遅れて入ってきてもそれもOK。だから、気軽にトライしてみるということが可能だ。それにメンバーシップの料金もとてもお安い。これは本当にありがたい。

もともと私は汗をかかないタチだけれど、さすがに今日は少し汗ばんで気持ちがよかった。ジムの外に出ると、ハワイの太陽が輝き、爽やかな風が吹きわたっていて  「ああ、ハワイ!」

今日は忙しい日だった。ズンバのあと、ようこちゃんとオーガニックのランチをいただき、その足でコーラスの練習に。。ここでは、ようこちゃんは参観者。そこで一時間半ほど歌ったあと、中華街でお友達と待ち合わせて夕食を・・

またそのあとは、ようこちゃんも参加して、発声教室〜詩吟教室と立て続けに参加。詩吟は、私がいままで歌ってきた発声法とは対極にあるもので、とても難しい。でもお腹から声を出すと言う点は共通だ。詩吟自体は私には難解で、全くわからないけれど、自分を開放して、今までと違った体験ができるということが面白い。今日は一日中、歌ったり、踊ったり、私の好きなことばかりで幸せだった。身体を動かすことってすばらしい。
疲れなど感じないから不思議だ。

夜、ウチへ帰ると、ビッグニュースが飛び込んできた。
マヤママからメールが入り、11月に生まれる3人目の孫は「男の子」と判明したとのこと。女の子だとばかり思っていたので、本当にびっくりした。ウチの家系は最近女の子ばかりだったので、みんな大喜び。憲さんも大喜びだろう。

男児用の洋服を買わなくちゃ!!
恐竜や怪獣の話もわかるバアバにならなくちゃ。。 
マヤのお下がりは役に立たないから、さあ大変!
楽しみが増えてうれしい。
2010年8月4日 (水)
第3の人生

肩こりが治った。昨日の「ズンバ」は効いたようだ。幸い筋肉痛もないし身体が軽い。週に2回のクラスをしばらく続けてみようと思う。

今日は、憲さんのハワイでのゴルフ仲間だったOさんとYさんのお2人とご一緒にランチをいただいた。11時半にレストラン「サントリー」の前で待ち合わせ。お2人ともご高齢だけれど、とても若くていつお会いしても少しもお変わりがない。
これもハワイの魔法なのだろうか。ハワイというところは、元気に歳を重ねることができるところだと思う。すばらしい気候のせいか、このゆったりとした土地柄のせいか。。。

Oさんは長かったハワイでの生活に区切りをつけて、近く日本へ帰られることになった。これからは『第3の人生』だとおっしゃる。日本でもおおいに活躍なさり、楽しい人生を過ごされること間違いなしだ。Oさんのように、ご自分の生き方を積極的に選択できるというということはとてもすばらしいことだと思う。それも健康であればこそ、私も見習いたいと思う。

フラのK先生の11月の日本でのプロジェクトの仕事が始まった。
少しずつ、確実に仕事が進んでいる。この11月は私にとって超・多忙な月になりそうだ。

ドイツのジャッキーが、いつの間にか「お母さん」という日本語を覚えたらしい。先日スーパーでママを見失ったジャッキー、よほどあわてたのか「ママ! マミー!おかあさーん!なおちゃーん!」と4種類の呼び方でママを呼んだという。「お母さん」と言う日本語は、いまのところジャッキーママは教えていないというのに。。。

どうやら日本の子供用のDVDで覚えたらしい。ちなみに「なおちゃん」というのはジャッキーママの名前。ジャッキーパパがいつもママのことを「なおちゃん」と呼ぶのを真似したのだろう。

それにしてもドイツ語のお母さん「ムッター」が出てこなかったのはなぜ??
2010年8月3日 (火)
☆ズンバ☆

あっという間に8月になった。

毎月曜日はウクレレレッスンの日なのだが、私がハワイに来てから、ジョディ先生が日本に行っていて2週続けてお休み。。残念だが、皆から遅れをとってしまった私にとっては、予習ができてありがたい。だけど、一人ではなんとなく気が乗らなくて、なかなか練習がはかどらない。こちらの生徒さんたちの習得力がすばらしくて5ヶ月も日本に居た私は完全に遅れているはずなのに。どうしよう・・・

昨日、フィットネスクラブのメンバーシップの更新をしてきた。このところエクササイズをサボっていたので、身体が硬く固まってしまっていて肩も凝るし、なんとなくすっきりしない。これは運動不足に違いない、と反省した。

日本のフィットネスクラブに比べて、料金が大変にお安い。一年ごとに契約を更新するのだが、計算すると一ヶ月の料金が円に換算すると1140円!おまけに、8回のプロのトレーナーによるプライベートトレーニングが8回ついている。近頃、円高なのでさらにお得になる。これは契約を更新するしかない!これから、またジムへ通って身体を立て直さなくちゃ!!俄然やる気が出てきた。

以前はメンバーカードをフロントの人に提示してジムに入るシステムだったが、今日行ってみるとすっかり新しくなっていた。「メンバーカードはもう使いません。ジムに入るときは受付で右手の人差し指をスクリーンにかざし、次に自宅の電話番号をコンピューターの端末に入力して下さい。すべてがあなたの情報を一致したら入場できますよ」という。

つまりこんな施設でさえ、セキュリティが厳しくなっているということだ。世の中、いろいろ大変になってきた。

早速、今日初めて「ズンバ」のクラスに参加した。
ズンバというのは、エアロビクスのようなものだが主に南米のダンスを取り入れた、かなり激しいエクササイズだということで、かなりの覚悟を決めて出かけた。ところが参加者はシニアが多く、各自のペースで動き、楽しむことが一番!という考えらしく、たしかにインストラクターの動きは激しいが、生徒たちはいたっておだやかーーに動いている。

私はインストラクターのお手本どおりに、動けるようにと集中した。久しぶりの緊張感。自然に笑顔になる。やはり私は踊るのが好きなのだと、また思った。45分間休みなしで、動きっぱなし。楽しい!

レッスンが終わる頃には、身体がほぐれ、肩の重さも取れたような気がした。本当に気持ちよかった。

先日買った、ピンクのスニーカーがとても具合がよくて、8ヶ月前にハワイで骨折した足の指にも痛みはなく、これで本当に完治した、、と実感。それがとてもうれしかった。

「ズンバ」のあと、中華街でお友達8人とランチ(飲茶)を楽しんだ。
ホノルルは狭いから車さえあれば、だいたい30分以内にどこへでも移動できる。「ズンバ」で汗をかいたすぐあとに中華街で本格的飲茶なんて・・なんて幸せなのでしょう!

夜は久しぶりにドイツのジャッキーとスカイプ。日本から帰ったジャッキーは、この2週間のあいだにママと2人でオランダへ旅行し、今週末は一家でイタリアのアドリア海に面したリゾートに出かけるという。

ヨーロッパは沢山の国が隣接しあっているので、東京を基点にして、熱海へ行ったり、伊豆の伊東へ行ったりという感覚で気軽に外国旅行ができるのだが、それにしても羨ましい。

ジャッキーも夏休みを大いに楽しんで、8月後半から始まる幼稚園の生活に備えて欲しいと思う。

保育園から幼稚園へ。。ジャッキーも大きくなったね!!
2010年7月31日 (土)
ピンクのスニーカー

私にしては気が遠くなるような早朝、6時に起きて(正確には電話で起こしてもらって)7時半からの「気功」のレッスンにマジックアイランドへ向かう。めずらしく雲が厚く、今にも降り出しそうな空模様。
それでも30名近くの人たちが集まった。今日はゲストインストラクターとして、ニュージーランドから若い男性の先生がいらしていて、気功の前にウォーミングアップ。これがかなり激しい動きだったが、みんなよく頑張ってついていくものだから、先生はびっくりして「皆さんシニアなのに、すごいすごい。。」と予定時間をはるかにオーバー、丁寧に教えてくださった。

気功が始まると、やはり雨が落ちてきた。こういう場合、ハワイではあわてず騒がず大きな木の下に集まる。その木がTVの「この木なんの木」の画面にあるような大きい木だから、30名全員が雨宿りできる。
気功レッスンは雨にも関わらずそのまま続行し無事に終了。

雨が降ってもハワイではすぐに止むし、ぬれてもすぐ乾くから皆、気にしていない。そのあたりも大変におおらかで、私は好き。

今日もまた、久しぶりで懐かしい人たちが「あ〜!お帰りなさい!今度はいつまでこちらに居られるの?」と言葉をかけてくれた。そういえば私は日本に帰っても「あ、お帰りなさい!今後はいつまで日本に?」と皆に聞かれる。私はドイツに暮らしていると勘違いしている方もある。実際のところ、私もどこが自分の本拠地なのか、わからなくなってきているフシがある。

気功のあと、雨模様の空に大きな虹が出た。久しぶりのハワイの虹!

9時ごろからアラモアナのフードコートで、朝食兼おしゃべりタイム。コーヒーとパンの人もいれば、中国風のおかゆの人もいる。
私は今日はコーヒーとスモークサーモンのサンドイッチ。あまりにサイズが大きいから、ようこちゃんと半分っこ。

一時間半ほどみんなで過ごした後、ようこちゃんとショッピング。私の古いスニーカーがとうとう、ぼろぼろになってきたので
新しいのを買った。白とピンクを基調にした、今流行のキラキラがついているかなり派手なのを選んだ。今日はキャンペーンで2足買うと、2足目は15%引きになります、、と店員さんが言う。とたんにようこちゃん「私、その2足目を買うわ、安くなった分は京子ちゃんと折半しよう!」と言い出した。ようこちゃんは黒を基調にした、キラキラのついていないのを選んだ。お陰で私はスニーカーを少しお安く買うことができた。

お買い物の途中、憲さんのゴルフ仲間だったIさんご夫妻にばったりお会いした。一年ぶりになるかしら。。「ご主人のご命日のころですよね。。」と覚えていてくださって、そのうちお食事をご一緒に、、とお約束した。
ニューヨークに長くお住まいだった方で、ハワイをリタイア後の生活の地に選ばれたご夫妻である。とてもおしゃれで素敵なカップルである。ハワイにはそんな方が多い。

ワイキキに「ロス ドレス フォー レス」が、アラモアナ地区から移転してくるらしい。シーサイド通りにかなり大きなスペースをとって、只今建築中である。ここは、衣料を中心にちょっと生活に必要な夢のある素敵なものを信じられないほど格安で売るお店で、ハワイにもいくつかお店がある。運がいいと衣料もブランド品が安く手に入るし、靴もサイズさえ合えばとてもいい。タオルは質のよいものがあって、私も大いに利用している。いつも同じ品揃えではなく、運がよければ掘り出し物があり、それが楽しい。歌手の奥村チヨさんともここで何度か遭遇することがあった。このワイキキ店、いつOPENなのかが大いに気になるところである。
2010年7月29日 (木)
ハワイでコーラス!

今日はめずらしく朝からうす曇。ほぼ一日中、空と海の色がさえないホノルルだった。

お昼前からJさんのお家へ伺う。ハワイでの音楽仲間であるJさんのお宅で、歌の練習をすることになっていた。

まさかハワイでコーラスをすることになるとは思ってもいなかった。
来年1月に予定されている、Jさんのピアノの生徒さんの発表会に生徒さんのお母様たちが数人でコーラスを披露する計画があるそうで、それに私も「アルト」として参加することになりそうなのだ。Jさん(先生)は
ソプラノで参加。和気藹々の練習、これからが楽しみだ。

コーラスといっても、昔学校で習ったようななつかしく、シンプルな曲ばかりである。お母様たちも日本人なのでそれは懐かしそうに、「これ昔、学校で習ったわねえ。。。」とニコニコしながら歌っている。伴奏は、ピアノの生徒さん。親子で共演ということになる。楽しい発表会になりそうだ。なぜか、それに私も参加させていただくことになって、本当にうれしい。

Jさん宅に出かける前「これから歌の練習に行ってきます!」とフラ関係のお友達にメールをしたら、すかさずこんな返事が来た。
「京子さんはハワイなのになぜに歌の練習を?????(@ @; 」

夕方から「朗読・発声法・詩吟の勉強会」に参加することになった。Jさんがここで教えていて、詩吟はJさんのご主人が指導なさっている。詩吟・・・私には一番遠い存在で、まともに聞いたこともないのだが、呼吸法、発声法には歌と通じるものがある。健康にもよい。ここのグループにもお知り合いが多いので、誘われるままに参加。

確かに健康にもよさそうで、歌の呼吸法、発声にも通じるところがとても多い。お腹から声を出し、響かせ、息をいっぱい使うからお腹も空く。

勉強会が終わる頃は、完全に空腹状態で、数人で中華街で夕食をいただくことになった。とてもおいしくて、お安くて、清潔で、と3拍子揃った私も大好きなお店で、ちょっと遅い夕食。本当においしく、みんな大満足!

帰宅して、ようこちゃんに電話して今日一日の報告。今日はめずらしくようこちゃんとは完全に別行動だった。母親のようなようこちゃんは、今日一日、私が楽しく過ごしたことを喜んでくれた。

そのあと、東京のマヤとスカイプ。今日も覚えたばかり「アロハ!」で話しかけてくれた。今日はその上、シャカを見せてくれた。親指と小指をたてた、例のハワイ名物のあのポーズを「ハング ルーズ!」といいながら。。。

マヤママは日々、新しいことをマヤに教えているらしい。今夜も「お月様、今、ハワイにいるの?」とマヤに聞かれて窓の外をみた。ホノルルの夜空の真ん中に下弦の月が輝いている。「うん、お月様、今ハワイにきてるわよ。もうすぐマヤのところも夜になるから、お月様に会えるからね」と返事をした。

そういったものの、私には地球と月の関係がよくわからないから、私はマヤに間違ったことを教えているのかもしれない。けれど、いまのところはこんな会話を孫と楽しくできたらそれでいい、、と思っている。

「ドイツのジャッキーのところには、いつお月様が行くの??」などと聞かれたら、ますます困ってしまうだろうけど・・・

小学校の理科の時間に地球儀を使って教えてもらった気もするのだけれど、
すっかり忘れてしまった。

だれか正しい答えを教えてくれる人、いないかなあ・・・
2010年7月28日 (水)
4回目の命日

今日は憲さんの命日、あれからもう4年になる。
今年もハワイでこの日を迎えられてよかったと思う。

お昼前、真っ赤なジンジャーフラワーと冷えた缶ビールを持ってお墓に行った。すると、もうすでに新しいお花がお供えしてあった。
毎年こうしてお参りしてくださるのは、憲さんのハワイでのゴルフ仲間であり、会社の先輩でもあったOさんである。

Oさんも6年ほど前にハワイで奥様を亡くされていて、同じメモリアルパークにお墓がある。そんなご縁で、ことあるごとに憲さんのお墓を訪れてくださるのだ。

美しいお花がいっぱい飾られた憲さんのお墓に、冷えたビールをかけてあげた。今日は特別に大きいサイズの缶ビールである。憲さんが生前好んで飲んでいた”クアーズ”。私は体質的にアルコールがダメで、憲さんとお酒を
酌み交わしたことはないが、冷えたビールの缶を開けたときにふっと広がったビールの香りが今日はとても懐かしかった。

最近のジャッキーとマヤの写真をお墓の前に並べて憲さんにお願いした。
「2人はこんなに大きくなりましたよ。これからも見守ってやってね。秋に生まれる3人目のお孫ちゃんも健康でありますように」

帰宅してすぐにOさんにお礼のお電話をした。やはり、Oさんが昨日墓参をしてくださったとのこと。。。
いろいろと積もるお話もあるので、近いうちにOさんとお会いすることになった。久しぶりに懐かしいお話ができそうでとても楽しみだ。

サンセットの時刻にカラカウア通りに散歩に出た。今回はじめてのワイキキビーチ散策だ。夏はワイキキビーチから沖に沈む夕日が見えないのだが、夕刻の散歩はやはり気持ちがいい。
旅行シーズンで観光客が多く少し歩きにくいが、リゾート地らしくていい。ロイヤルハワイアンショッピングセンターまで歩いてみた。5ヶ月前と、さしてお店の変化はないようだが、一時姿を消していたトーチが燃えているのが私にはうれしかった。

どうしてもこれが食べたくて。。と目指したのは、フードコートにある「えぞ菊」。ここの「やきそば」を今夜は食べたかった。
まったく気ままな暮らしである。「お持ち帰りで、、」と注文。ウチへ持って帰ってもまだ熱いままだった。
「やきそば」をゆっくり食べ終わったとき、ようこちゃんから電話。

「今日はなにしてた?元気?」・・・
会えない日の夜は、必ずどちらかから電話をする。まるで親子のようだ。これを「エブリナイト コール」と私たちは呼んでいる。お互いに一人暮らしだから、それぞれの安否を気遣ってのことだが、ついつい長話をしてしまう。
これもハワイでの生活の楽しみな日課の一つである。
2010年7月26日 (月)
願いがかなった!!

ハワイ4日目。

今日も文句のない青空。
まだ時差がとれず、夜明け前に目が覚めてしまい、2度寝したら今度は朝寝坊。結局、私はいつも朝寝坊・・・

2時に日本から来ているTさんとの約束があり、待ち合わせ場所のマリオットホテルに向かう。ここのロビーはオープンエアで気持ちが良いので、待ち合わせ場所にとても都合がいい。ウチから歩いて3分という場所なのもありがたい。

横浜の我が家へお招きして以来、数ヶ月ぶりでTさんと再会。そのままウチへ向かう。チェリーコークとバニラマカデミアフレーバーのハワイアンコーヒーで数時間おしゃべり。この二つは私のブログに良く出てくる私の大好物なので、Tさんは「ああ。これがブログに出てくる例のコークとコーヒーなのね」ととても喜んでくれた。

Tさんとは5年ほど前、ハワイでフラのK先生のレッスンをご一緒に受けたのがご縁で、お友達になった。

その後Tさんは、フラよりウクレレに力を入れ始めたので、今はフラ仲間というわけではない。でも、K先生繋がりのお友達として今も仲良くしている。たしか、彼女は憲さんと面識がないはずなのに「ご主人のお墓にお参りさせて欲しい」と言って下さった。昨日に引き続いて憲さんのお墓へ・・・。「ご主人にもお会いしたかったのに。。残念なことをしました」とTさんはお墓の前で憲さんに話しかけてくださって・・・
こうして今も憲さんに会いに来てくださるお友達が沢山いて、憲さんも私も幸せ者だとつくづく思う。

そのあと、またウチへ戻り、積もる話を。。。よくもまあ、話が尽きないものだとお互いに感心する。同年輩だから子供の話、孫の話、それからそれから。。沢山話題があるのだ。旧友と言うわけでもないのに不思議だ。

それでもまだ時間が足りなくて、2人で夕食にでかけることになった。日本食レストランでお寿司をいただいて、またおしゃべり。

彼女を滞在先まで車で送り届けたあと、夜のカラカウア通りを通って私は一人歓声を上げた。

「わあ、トーチがともってる!!」

不景気のせいか、2年ほどワイキキビーチ沿いに沢山あった、トーチ(たいまつ)が姿を消した。いくらホノルル市が財政難だとしても、トーチは南国のリゾートの夜には欠かせないものなのに、、と私は一人で残念がっていた。

余計なお世話かもしれないけれど、ホノルル市長さんにトーチの復活をお願いする投書をしてみようか。。とまで思っていた。それが、ついに戻ってきていた。本当に本当にうれしかった!!なにか長年の夢がかなったような気がした。

今のところワイキキの中心部にだけ復活したようで、全体的にはまだ淋しい。

以前のようにワイキキの端まで、あの魅惑的な夜を演出するトーチの灯りが戻ってきますように、、と心から願っている。
2010年7月25日 (日)
おいしいカレーディナー

ハワイ3日目。
今日もくっきりした青空が広がり、気持ちがいい。
夕方まで用事がないので、ウチで手紙を書いたり、洗濯をして過ごす。
ウチにいるときは、ハワイアンミュージック専門のラジオを一日中流している。やはりこれはハワイで聞くに限る。

お昼から憲さんのお墓に行った。その前に近くのSafewayでお花を買った。すれ違った見知らぬレディに「あら、きれいな花ね。ステキだわ!」と声をかけられた。こういうふれあいがあると「ああ、アメリカにいるんだ」と思う。
まるで知らない人同士が気楽におしゃべりができるアメリカが私は好きだ。

憲さんのお墓の周りに咲いているシャワーツリーがちらちらと散り始めていた。満開のときはさぞかし美しかったことだろう。今年はシャワーツリーの盛りを逃してしまった。

5ヶ月のご無沙汰だったから、丁寧にお墓を磨き、お花を飾った。
7月28日は4回目の命日。今年もハワイでこの日を迎えられてよかった・・と思う。

夕方から、夕食にお招きを受けているKさんのお宅に伺う。
日本でも時々お会いするご夫妻だけれど、ハワイで再会するときはまた、格別の感激がある。

もう一人お友達もいらしていて、この方とも一年ぶりの再会となった。
話題が豊富な方たちでお話していると本当にたのしい。私の知らない別世界のことを知ることができる。

今日のメインは3日かかって作られたカレー。これが本当においしかった。「うん、おいしい!」と言ったきり、しばらくみんな無言で夢中でいただいた。憲さんの思い出話も沢山できたし、うれしい再会ディナーだった。

その途中、今日本から来ている友人Tさんから携帯に電話が入った。
「明日、ご主人のお墓にお参りさせて欲しいの、いいかしら?」とのこと。本当にありがたいこと。

明日はTさんと再び憲さんのお墓へ。そしてそのあと、我が家でゆっくりおしゃべりすることになった。ハワイに居てもなにかと、私を楽しませてくれるお友達がいて、本当に幸せだと思う。
今週もたのしい忙しさが続きそうだ。

深夜になって、東京のマヤ母娘とスカイプ。バアバが遠いハワイから話しかけてるのを、マヤはわかってるのかな?
2010年7月24日 (土)
フラきなこ

ハワイ2日目。
時差でいつになく早く目が覚める。今日は土曜日、朝7時半から仲間がマジックアイランドで気功のレッスンをしているはずだが、さすがにまだ疲れが残っているので、今日はそれには欠席することにした。

レッスンのあと、9時過ぎからその仲間のおしゃべりタイムがある。それに参加すべくアラモアナショッピングセンターに出かける。
早朝で、まだがらんとしているマカイマーケットで皆と再会を果たした。
みんな「あれーー。お帰り!いつ帰ってきたの?元気だったあ?」と歓迎してくれた。

約一時間半、コーヒーとパンなどの軽食を取りながら楽しいおしゃべり。5ヶ月間離れていたとは思えないほど、しっくりと馴染めてうれしい。
ハワイの人たちは、気持ちがあくまでもOPENで明るい、なにしろ明るい。

皆と別れて、少し日用品のお買い物。最近「円高」で、なにかとありがたいが、こちらでは値上がりしているものが多くて困る。チップもレストランなどでは、夜だと20%を払うことになっていると聞いた。最近まで15%でOKだったのに。。

このごろ「きなこミルク」を毎晩寝る前に飲むことにしている。大匙2杯のきなこを牛乳に溶かして飲むだけなのだが、体調がいい。ハワイでも「きなこ」を見つけるのは簡単だ。今日見つけたのはなんと「HULA KINAKO」。パッケージにはフラダンサーの絵まで描いてある。
もちろんハワイ産である。日本のに比べて少し甘みがあり、ミルクに良く溶けておいしかった。

夜はまたまた、ようこちゃんからお誘いを受けて、ハレコアホテルへお食事に。。
今日はJさん、Kさんもご一緒。ハワイでは、こういうお誘いが急に入って、即、実現してしまう。
久しぶりに、おいしいプライムリブをいただいた。女性ばかり4人の食事。にぎやかに時間が過ぎていった。

ビーチを見渡せるオープンエアのレストランは、気持ちいい。
暑くもなく、涼しすぎることもなく・・・これがハワイだ!
今日も私は何度となく深呼吸しながら「ああ、ハワイ!!」と心の中でつぶやいていた。

澄み切った今日の夜空にまんまるの月が、ことのほか美しかった。
2010年7月23日 (金)
やっとなんとか、ハワイへ!

今日は朝から落ち着かない。
夕方からスーツケースとキャリーバッグを引きずりながら成田に出かけ、スタンバイでハワイ行きの飛行機に搭乗できるかどうか。。をじっと待つことになる。パッキングも終わり、すべての用事を終了してもハワイへいけるかどうかわからないから、ドキドキしっぱなし。ヘタをしたら、いや、かなりの確立で、この荷物を引きずってまたウチへ舞い戻ることになる。あああ。。。なにしろハワイ便は7月いっぱいはほぼ満席だといわれているのだから。

それでも、「ここは気を強く持って!」と自分に言い聞かせて、成田へ向かった。それにしても暑ーーい!!

目指すはデルタ航空のカウンター。カウンター嬢におそるおそる聞いてみる。「あの、スタンバイなんですけど、今日のハワイ便に乗れますでしょうか?」案の定、彼女の顔はとたんにくもり「あーー、、そうですね。今日、ホノルルへの便は3便あるのですが、ほとんど。。うーーん、満席ですけど。。。でも、このままお待ちになってもいいかと。。」と歯切れが悪い。

ダメならダメと最初から言ってほしいのだが、よく解釈すれば乗れるかもしれない、という口調だ。ただ保障の限りではないらしい。結局、一応チェックインしておいて、空席ができたら名前を呼び出してもらうことにした。待つこと2時間。3便のうち、一番早い便は満席ということがはっきりし、2便目を待つことに。。。なかなか名前を呼ばれない・・・出発時刻は迫る。

そこで思い切ってカウンターに歩み寄り「あの、私、乗れるんでしょうか?」と心配そうに申し出てみた。女性の係りは「もう少しお待ち下さいね」と、にべもなく言う。
それを見ていた上役らしい若い男性が私たちの会話を即座に引き取って
「あ、いいですよ。大丈夫、お乗りいただけますよ。はい、お席はCの22です。。はい、どうぞ!お気をつけて行ってらっしゃいませ!」とあっけなく解決してくれた。「ホント?乗れるのですね?私。。。ああ!ありがとうございます」もう大感激。

こういうわけで私はハワイ時間の23日の朝、やっとの思いでホノルル空港に到着した。バンザーーイ!空港からタクシーでウチに向かう。
この運転手さん、人はよさそうだのだが、少し耳が遠い。。ということはかなりのお歳。。。
ハイウエイに乗ってしばらくして気がついた。なんとなく運転手さんの様子がヘン。。ハンドルさばきがふらふらしている。ひよっとしてこの人睡魔と戦っているのかもと思った。そこで、私はできるだけ彼に話しかけることにした。「このごろホノルルの天気はどうですか?」「日本から着いたんですけど、日本はとっても暑くてね。ハワイも暑いけど、ここは本当に気持ちが良いですよね。。」「もうすぐ、高速を降りてくださいね。そうそう、25番出口ですよ。。そこからウチへはすぐですから。ご存知ですよね?」

でもこの運転手さん、耳が遠いから、私の言うことにいちいち「ハア?なに?もう一回言ってください。。ハア??」と聞きなおす。私の話しかけに気をとられてハンドルさばきがもっとおろそかになるのも困るし。。と、私は必死の思いだった。それでもやっと我が家に到着。降りて見れば、運転手さんはニコニコと人のよさそうなおじいさんだった。

5ヶ月ぶりのウチは、見たところ何も異常なし。ほっとした。
窓を開け放し、空気を入れ替える。懐かしいハワイの音と、鳥の声、そして風の匂いが部屋に入ってくる。早速スーツケースから、取り出したものを所定の位置へ納める。シャワーも浴びたい。でも眠い。少し横になるが、うとうとするだけで眠れない。
そうだ、私にはすることがあった。ここのウチの管理会社のオフィスに行って、車の保険の更新、登録の更新の証明をもらってこなくては、運転もできない。今日は金曜日。今日を逃すと月曜日まで車に乗れないことになる。

のろのろと起き出して、バスでオフィスへ。。バスは2ドル50セントに値上がりしていた。5ヶ月前より25セント上がっている。

帰宅して、早速車体に更新した登録証を貼り付けた。私が日本に居る間にKちゃんが代わりに手続きをしてくれて、車検も無事すんでいた。これで晴れて車の運転ができる。Kちゃんのおかげ・・。感謝、感謝。

やっと人心地ついて、ようこちゃんに電話。
「お帰り!待ってたよ!!よく帰ってきたね!!今日、会える??」
早速、夕食の約束が成立。今日は新潟料理の「おじや」で、ようこちゃんとKさんとで、お食事することに。。。ああ、楽しくなりそう。
いよいよ、ハワイの生活が始まった!!
2010年7月22日 (木))
じゃ、またね。ジャッキー!

「バアバ、じゃ、またね。。。」
ジャッキー一家が今朝早くドイツに発って、また私のウチは「がらん」と静かになった。本当ににぎやかで楽しい日々だった。ジャッキーパパは仕事で日本を訪れることが多かったけれど、休暇をここで過ごすのは初めてだった。短い滞在だったが、充分に楽しんだようで、よかった。

伊香保温泉にも行ったし、横浜中華街にも行ったし、東京のマヤ一家を訪ねたついでに、皆で祐天寺の「盆踊り」も経験した。
昔ながらの縁日が楽しかった。ジャッキーとマヤはマヤパパからプレゼントされたおそろいの「甚平さん」を着て、お口をぽかーんと開けて熱心に盆踊りに見入っていた。

マヤパパにとっても、この日本の夏祭りはめずらしいはずなのに、そこは日本在住の強味で、今夜はジャッキーパパの案内役。お婿さん同士もとても楽しそう。憲さんがいたら、どんな光景になっていただろう、、、と、そんな時ふと思う。

この暑さにジャッキーパパが音を上げるかと思っていたが、元気だった。大好きな日本料理を思う存分食べて、本場ドイツのビールを恋しがるどころか、毎日日本製のビールを思いっきり飲み干し、「キリン、オネガイシマス」とレストランで注文を繰り返し、毎日のジョギングを欠かさず・・やはり若い。

ジャッキーも長旅の疲れも見せず、まだまだ舌ったらずの日本語を駆使して毎日を楽しく過ごした。
同じハーフでも、マヤは日本的なものを多く持ち合わせていて、なにしろマイルド。ジャッキーは声も大きく「いやなものはイヤ!」という性格。やはり、ジャーマン魂を持っているのか?まだ2歳なのに、2人の性格がはっきりしてきて、バアバとしては面白くて仕方がない。
元気に成長している2人を眺めているだけで、本当に幸せ。

ママたちが一生懸命教えた日本の童謡を、2人で声をそろえて歌う姿は感動的だった。
日本で育つ日本の子供が保育園や幼稚園で共通の歌を歌えるようになるのは、その年齢になれば自然なことだ。しかしウチの2人の孫は別々の国に住んで、言語も複雑。童謡だってドイツ語の歌、英語の歌、イスラエルの歌を覚えることになる。まあ本当に大変だろうと思う。

「ちょうちょ、ちょうちょ、なのはにとまれえぇ。。」「おやまにあめがふりましたぁ。。」とジャッキーとマヤが顔を見合わせながら歌うのを見ていると、涙がこぼれそうになった。それにもっと私たち大人が感激したのは、ジャッキーとマヤが日本語でお互いの意志の疎通をはかっていたことだ。明らかに2人は日本語で会話していた。ウチではこんなことがとてもうれしい。

10月にもジャッキーママとジャッキーは日本に来る予定だ。日本にいると日本語の習得が早いからだ。学校に上がるまではできるだけ日本につれて来たいと、ジャッキーの両親は考えているようだ。

さて、嵐の去ったウチを片付けて、私はハワイへ発つ準備を始めた。しかし、時期が悪い。夏休みに入ったばかりで、成田ーホノルル間の飛行機はことごとく満席だとわかった。明日ならハワイ行きの便にわずかに空席があるというので、それを狙って成田に行く。もしスタンバイしても満席で乗れなかったら、そのときはあきらめてウチに引き返す。
それを覚悟でハワイ行きを決行することにした。

なにしろあと、24時間しかない。2ヶ月間うちをあけるためのいくつかの準備がある。
もうルーティーンになっているから、難しくはないがそれでも大変!!
さあ、頑張ろう!明日はハワイへ行けるかも!
2010年7月17日 (土)
祇園祭

梅雨明けなのだろうか、窓いっぱいに広がる青空には白い雲がぽっかり浮かび今日も昨日に引き続き夏空だ。ハワイの空にちょっとだけ似ている。

いまテレビからは懐かしい音が流れている。
「コンコンチキチン コン チキチン・・・」
子供の頃から聞きなれた音。京都の祇園祭の山鉾巡行の中継だ。

京都の夏は独特の暑さで有名。お天気に恵まれた今年の祇園まつりは見るからに暑そうだ。
今からずーーーっと前、夏休み直前の期末テストを終えてほっとした私は、友達とよく浴衣を着て「宵山」に出かけた。
丁度期末テストが終わったら、「宵山」と決まっていた。
「宵山」は祇園祭の前夜祭。いつも暑かった。夜に映える鉾と華やいだ喧騒がたまらなく懐かしい。。。

とはいうものの、京都の3大祭、葵祭、時代祭、祇園祭の本当の”みやび”を知るには若すぎて、20歳で京都を離れるまで
私は「宵山」以外に見物に出かけたことはなかった。京都御所のごくごくそばに住んでいたのにも関わらず。。。人出の中にいることが余り好きではなかったから、というのもあるが、いま思えば残念なことをしたと思う。

今も同じで、日本の誇りである各地の大花火大会にも行ったことがないし、雑踏が予想されるところには行く気がしない。
ものぐさなのだろう。

京都を懐かしんでいたら、京都の親戚からの電話が鳴った。
昨日、私の母と憲さんが眠るお墓にお参りをしてくれたとのこと。京都も大雨が続いたので、お墓のことを心配してお寺を訪ねてくれたらしい。憲さんの命日も近づき気になっていたところだった。本当にありがたいこと。

夕方には温泉旅行からジャッキー一家が帰ってくる。
ジャッキーは、また元気そうにピョンピョン跳ねて帰ってくることだろう。

明日は待望のマヤとの再会。2歳4ヶ月になったマヤと2歳8ヶ月になったジャッキー。ジャッキーのほうが少しお姉さんなのに、遊ぶときはマヤが主導権をとりジャッキーが従うのが常だ。
さて、今回はどういうことになるのかな??
2010年7月14日 (水)
ジャッキーがやってきた!

夕方、はるばるドイツからジャッキー一家がやってきた。いつもは成田までお迎えに行くのだが、今回はパパも一緒なので私はウチで迎えることにした。午後4時「そろそろ到着したかな。。」と思われる時間にジャッキーパパから電話が入った。
「キョウコさん?実は僕たち飛行機に乗り遅れて、まだドイツにいるんだけどね。。。」と。
ジャッキーパパは、いつも私をこんな風にびっくりさせる。「もう〜嘘でしょ!ようこそ日本へ。。今どこ?」今日はその手には乗らなかった。

ジャッキーがまだママのお腹にいたころ、ドイツのパパから電話が入った。「今日の検診でね、お腹の子が双子だってことがわかったんだよ!」
私は大喜びをした「一度に2人。。すごいね。よかったね!!」考えたら、その日は4月1日だった。見事にやられた・・・

6時過ぎ、ジャッキーたちが元気に我が家に到着。「バアバ〜!」とピョンピョン飛びながら抱きついてきた。
ずいぶん大きくなって、すっかり女の子になっていた。飛行機の中で8時間も熟睡したらしく、元気いっぱい。
着くなり、お隣のショッピングセンターに買い物に行くというパパとママに「ワタシはバアバとここにいるわ。パパ、ママ、バイバイ!」
いきなりジャッキーは私と一緒にお留守番をした。久しぶりの再会だったのに、何の躊躇も見せないで・・ついこの間までは、ママに抱っこされているのが一番好きだったジャッキーなのに、その成長振りがうれしかった。
ちなみに、着いたばかりジャッキーは、ドイツ語半分、日本語半分で私は少し困った。「この子、なに言ってるの?」聞くとパパが英語で答えてくれる。それもちょっと大変なんだけど・・

ここしばらくは、英語、ドイツ語、日本語が飛び交う日々になる。

ジャッキーは「日本のバアバのところにヒコーキに乗っていく」ことをとてもとても楽しみにしていたらしい。
保育園でダレカレかまわず、毎日のようにふれまわっていたのだという。「ジャッキーは日本に行くんですってね。楽しみね。気をつけて行ってらっしゃいね!」といろいろな人から言われて、ママのほうが驚いたという。

空港で、制服姿のパイロットを見かけると「ジイジね。。」と言ったという。ジャッキーママがいつも、憲さんの写真を見せて「ジイジよ」と
育ててくれたからだろう。数人いるパイロットを見て「どれがジイジ?」と尋ねられてママは返事に困ってしまったらしい。
ジャッキー中でジイジは生きているんだ。。本当にうれしいと思う。

4人で囲む食卓は楽しかった。今夜はジャッキーパパのために手巻寿司を準備した。だいたい好みがわかっているので、お寿司のネタのほかに用意したチキンとか、うなぎをすっかり平らげてくれて、ほっとした。
ジャッキーはご飯が大好き。今日も炊き立てのご飯にアンパンマンのふりかけをかけて、海苔を自分で巻いてせっせと食べた。
ほっぺにいっぱいご飯粒をつけて・・・・。
日本に帰ってきたらホカホカのご飯にふりかけをかけて、パリパリの海苔に巻いて食べる、、彼女にとってはそれが故郷の味になりそうだ。
もう少し、いいものを思い出に刻んでほしいのだけれど。。。

さすがに時差で疲れていたのだろう、お腹がいっぱいになって、静かになったなと思ったら私が座っているイスの下に床にうつぶせに横たわったままスースー眠っていた。長旅だったもんね。。。

食事中、マヤママからスカイプが入った。マヤの熱もすっかり下がり、元気そうだった。ジャッキーの顔をスカイプの画面で見つけると
大喜びで家中を走っていたマヤが不覚にも転んで、幸せ気分が一転、大泣きのマヤがそこにいた。ジャッキーは「マヤ、どうしてイタイイタイしたの?」と盛んに心配していた。
すぐにでもマヤとジャッキーを会わせたいところだが、明日からジャッキー一家は伊香保温泉に2泊の小旅行をする。
ジャッキーパパが、日本のカントリーを見たいというので、伊香保に決めたらしい。パパにとってはじめての新幹線乗車で、とてもうれしそうだ。
週末、一家が横浜に戻ってきたら、マヤとジャッキーの待望の再会が待っている。
2010年7月13日 (火)
ジャッキーがやってくる!

夕方近くになって外気温が低く、湿度も下がっていることに気がついた。
久しぶりの爽やかさだ。この時期、ハワイで過ごすことが多かったため湿度の高さ、無風状態の暑さには閉口していたから、この爽やかさが、ありがたかった。

今日、本当に本当に久しぶりにハワイアンをBGMに一日を過ごした。やっとそんな気持ちになった。ここ数ヶ月、合唱団の演奏会の練習やその準備にあわただしく過ごしていて、気もそぞろだったせいもある。
その演奏会も無事終了。終わってみると、思っていたよりも心身ともに疲れていることに気がついた。

それからの一週間は、ひたすら疲れをとることに専念していたような気がする。それでも、お隣のショッピングセンター
のサマーセールには毎日出かけウインドウショッピングをしたり、孫たちのお洋服を買ったりして、これが案外疲労回復に役立ったようだ。

そして、一昨日は久しぶりに仲間とフラの自主練習をした。2時間、ほとんど踊りっぱなし・・
先生不在の練習でも、自分たちで「気」を合わせながら踊るのは楽しいし、いい勉強になる。なによりも、幸せそうな顔で踊っている仲間の中にいることがうれしかった。「気」をそろえて踊れると、なんとも気持ちがいい。

帰りに仕事で日本に来ていたジャッキーママと待ち合わせをして焼肉屋さんで夕食を楽しんだ。その朝、乗務でフランクフルトから成田に着いたばかりの彼女は、幕張のホテルに一泊しただけで、翌フランクフルトに戻った。12時間以上の乗務、時差もあるのにきつい仕事だ。ご苦労様。

さらにご苦労なことに、ほぼトンボ返りで、また明日彼女は成田にやってくる。今度はジャッキー、ジャッキーパパを連れて・・
約10日間、ウチに滞在しながら一家で日本を楽しむことになっている。短い夏のバケーションだ。梅雨明け間近だとはいうものの、ヨーロッパ育ちのこの蒸し暑さにジャッキーパパが耐えられるか?ちょっと心配だ。一家は近場の温泉旅行もするらしいから、おおいに日本の夏を味わってほしいと思っている。

約4ヶ月振りにジャッキーに会える。ジャッキーパパと会うのも久しぶり。本当に楽しみだ!!

マヤもジャッキーと会えることをわかっていて、とても楽しみにしているのだが、昨日から発熱したらしい。元気なのだが、熱が高いという。「きらきら星」を歌ったりして機嫌もよいらしい。子供は強い。
ジャッキーに会うまでに熱が下がって元気になりますように。。

ジャッキー一家がドイツへ帰ったあと、今度は私がハワイへ発つ。今夏は予定をずっと遅らせての出発なのと、この天候だから、余計ハワイが恋しい。

この秋のフラのK先生の日本でのプロジェクトの具体的な準備が始まった。
またインターネットを使っての仕事が11月まで続く。

マヤママの出産が11月に控えているので、ワタシ、かなり忙しくなるなあ・・と一抹の不安もある。頑張らなきゃ!3人目のお孫ちゃんだが、なぜか3人が3人ともフラの仕事で一番忙しいときに誕生、ということになる。スタッフには申し訳ないけれどこの秋も忙しい思いをさせることになりそうだ。

「ゲリラ豪雨」というのが、ここ数年多くなっている日本。政界も大荒れだし、相撲界も、一般社会にも考えられないような事件が起こり、なにもかもちょっとおかしい。なんかヘンよ。。と思いつつ、何もできないから、せめてもの一票を投じてきたけれど、結果は「ねじれ国会」になって、これもまた大変。せめて梅雨空だけでも、早く去ってほしい。

ついさっきまで、爽やかだったのに、これから神奈川県にも大雨が降りそうだとTVが告げている。

あーーあ、開け放した窓をまた閉めなくちゃ!
2010年7月1日 (木)
7月1日

7月になった。まだ、梅雨のじめじめとムシムシした気候が続く。
ハワイの気候が恋しい・・・

先月、従兄弟を訪ねて北海道旅行にでかけ、6日間に渡って夏のヨーロッパを思わせるような
雄大な景色を楽しんできた。写真でおなじみの地上に咲く虹のような花々には少しだけ時期が早すぎたけれど
温泉でゆったり過ごし、新鮮な魚介類に舌鼓を打ち、従兄弟一家の心からのあたたかいもてなし受けて
本当に幸せな日々だった。

「景色も、お花もいいけれど私はおいしい貝をいっぱい食べたいの!それが夢!!」という希望が見事にかなって、大好きなアワビ、ウニ、ツブ貝などなど・・・「もう充分です!」というほどに堪能することができた。わがままな私の注文をすべて受け入れてくれて、ずーーっと案内をしてくれた従兄弟一家に心から感謝。いつか、きっとハワイでこの恩返しすることを約束してきた。

今日、7月1日は憲さんの誕生日。73歳になるはずだった。「お誕生日おめでとう!」と写真に声をかけた。

ハワイのゴルフ場で憲さんの憧れだったゴルフプレーヤー”ゲイリー プレイヤーさん”に偶然声をかけてもらい、そのプレイヤーさんと肩を組んでカメラに収まったときの、とっても幸せそうな彼の写真だ。遺影なんて憲さんには似合わないから、ずっとその写真をおいている。73歳か。。まだまだ若いね、憲さん!

憲さんの分まで孫たちを可愛がって見守って行きたいと思い過ごしてきたが
その孫達ももはや幼児の域に達し 元気に保育園に通い、お話も上手にできるようになり、熱を出したり、転んで怪我をしたりしながらたくましく育っている。この9月から幼稚園生になるジャッキーも、11月にはお姉ちゃんになるマヤも見違えるような成長振りだ。

便利な世の中で、スカイプを駆使してほぼ毎日のようにその姿をパソコンで見ることができる。
ドイツのジャッキーは、画面に映る私に「ダッチー(まだジャッキーと発音できない)も、そっちへ行きたいのよ〜。
ひこーきのってバアバんちへ行きたいの〜」と話しかけてくれる。

どうやら長時間飛行機に乗って、降りるとそこは日本で、バアバがいて一緒に遊んでもらえると思っているらしい。
7月にはそのジャッキー一家が揃って里帰りしてくる。この蒸し暑い夏にジャッキーパパが音を上げなければいいが、、とちょっと心配だけれど短い日本での夏休みを充分楽しんでいってほしいと願っている。

マヤはマヤでいろいろ頑張っている。先日保育園で「芋ほり」に出かけたが、自分からはお芋を掘ろうとせず、最年少のくせに先生の口真似をして「あ。そこは掘らないのよ」「ほらほら、もっとこっちでしょ。。。」などと、みんなに指示を出していたらしい。
一見、甘えん坊で大人しそうに見えるマヤ。ウチではとても想像できない行動で、マヤママは、自分の子ながらどういう性格なのか?はかりかねている。

私もそうだった。マヤママがこんなに家庭的な主婦になるとは思っていなかったし、ジャッキーママが外国で職業を得て、まして家庭を持つようになるなんてことは、考えてもいなかった。少なくとも2人が高校生くらいまでは。。

自分は「子育て」をしているなんて思っていたけれど、実は彼女たちはそれぞれに身を置いた社会の中で育てられたのだとつくづく思う。私の知らない苦労もしていたはずだ。これからもいろいろなことにぶち当たって行くことだろう。それは孫達も同じ。。。

今、私の合唱団で今、歌っている「STORY」と言う曲のなかに「自分だけのストーリー 作りながら生きてくの・・」という言葉がある。
本当にそうだと思う。この曲は若いAIという歌手の歌で、いまどきのメロディにもなじめず、リズムも難しく歌いにくいと思っていたが、次第にその歌詞の内容が心に響くようになってきた。

私たちの合唱団も25周年を迎え、いよいよ3日後にその記念演奏会の日を迎える。どうぞ、いい演奏会になりますように。。
2010年6月5日 (土)
11月にもう一人。。

ハワイから戻ったら遅い春が来て、いつの間にか初夏が来た。そしてもうすぐ入梅か?という6月になってしまった。
なにかとあわただしく過ごしているうちに、3ヶ月が過ぎた。

フラのこと、25周年記念演奏会を目前にした合唱団のこと、加えて最近は特にバアバとして、忙しい。

このところマヤの看病とマヤママのヘルプのために東京に日参する日が続いた。生まれて以来2年2ヶ月、健康そのものだったマヤが突然の発熱、39度以上の高熱が数日続いた。お医者様は「咽頭炎」だろうと診断され、処方してくださったお薬を飲ませたが、一向に効かない。
何日も高熱がおさまらない。本人は比較的元気なのだが、ちょっと怖くなってきた。そのうちに口の周りにぽつぽつができて、別のお医者様に診ていただいたら「口唇ヘルペス」だということがわかった。マヤママにとっても子供の初めての病気で、おまけにマヤパパの海外出張が続いたものだから孤軍奮闘で、相当にくたびれていた。

マヤはやっと先週末から保育園に復帰、すっかり元気になった。皆がほっとした。

最近、マヤのお家では、ヘルペスのほかにママが疲れやすかったり、ママの「親知らず」が横になって生えてきそうになってそれが化膿したり。。いろいろ大変なのだ。それと言うのも、マヤママが”おめでた”で、現在妊娠5ヶ月。つわりからやっと抜け出たばかり。ママの体調が悪かったのも無理はない。気軽にお薬が飲めない妊婦にとって歯の治療中の痛みは相当つらいことだろう。そんなこんなで、バアバの出番が多かった。

11月には、お姉さんになるマヤは、ママのふっくらしてきたお腹の中の赤ちゃんを「Bebe(べべ)ちゃん」と呼んでいるのだが、どうもマヤは自分のお腹にも「べべちゃん」がいると思っているらしい。なんとも可愛いお姉さん。

私にとっては3人目になるお孫ちゃんの誕生が待ち遠しい。
私自身は2人しか子供を産んでいないのに、孫が3人。。子孫と言うのはこうして増えていくものなんだな。。と改めて感心したりしている。不思議な気がしてならない。

ドイツのジャッキーは、先月ママが仕事に復帰したので、一ヶ月に何度かはパパと2人だけでお留守番の数日を過ごすようになっている。ジャッキーママはフライトアテンダントとして、ドイツ〜日本間の乗務をこなしている。ジャッキー一家にとっても、いまは一つの転換期。まだ幼いジャッキーにはかわいそうだが、ママがお仕事をする姿を見ながら素直に育ってほしいと思う。ジャッキーパパの協力と理解には頭が下がる。

ウチのお孫ちゃんは2人ともかなり、日本語が話せるようになってきたが、単一言語で育つ子供より、やはり言葉の習得が遅いようだ。それはそうだろう、家の中で複数の言語が飛び交うのだから・・・・。それでも子供はすごい、相手によって言語を変えて話すようになった。ジャッキーなど、ママの日本語を聞いてパパにドイツ語で通訳して上げたりするらしい。羨ましいほどの適応力である。

私の大親友のお孫ちゃんもハーフだが、オーストラリアで暮らすそのお孫ちゃんは、パパの話す英語とママの母国語である日本語(京都言葉)を話す。それも完全な”京都弁”だそうだ。今度会ったら、京都弁で大いにおしゃべりしたいと思っている。
小さいときから、たぶん人一倍苦労をして言語を習得している彼女たち・・・「たくましく育つんだよ!!」と心から応援したい。
2010年5月5日 (水)
赤いカーネーション

今日は子供の日。
初夏を思わせる気持ちのよい一日になった。朝、マヤママから電話。恵比寿にランチに出かけない?とのこと。

GWの最後の日、私もそろそろ退屈してきたところだったので、喜んで出かけた。中目黒の駅でマヤ一家と待ち合わせて恵比寿へ。
マヤパパが、日比谷線の電車の中で「はい、おばあちゃん!」とくれたのは
一本の赤いカーネーション。「もうすぐ母の日だけど、その日は僕は会えないから・・」と言いながらハグしてくれた。電車の中でお花をもらうなんて、生まれて初めてのこと。ちょっと照れてしまったけれど、その優しい気持ちに感激した。ありがとう、マヤパパ!

恵比寿のふかひれで有名なお店で、ゆっくりとランチをいただいた。
マヤはずっとベビーカーの中でお昼寝していて、大人3人はランチタイムをゆったりと過ごすことができた。
マヤは一旦眠くなると、自分からすすんでベッドに入ったり、外出中は「ベビーカーで寝んねする。。」と自らベビーカーに乗り込む。本当に手のかからない2歳児である。

ジャッキーも2歳半でママ離れをして、健気にママのお留守を守っている。
子供ってすごいなあ。。と思う。ただ、夢中で子育てをしていた私の若い頃には充分認識していなかった、子育ての楽しさと、醍醐味、そして幸せを今になってしみじみと感じる。

さて、明日からGWを終えた各機関が仕事を開始する。明日どうしても済ませなくてはならないことがある。
パスポートの更新だ。10年のパスポートが5月8日に期限切れとなることを3日前に思い出し、あわてた。そして早速写真を用意し準備は整った。
10年前更新したパスポートの私の写真は髪の毛が長く、アップにしている。当然ながら、まだ若い。
あれから10年が過ぎ、今はセミロング。10年分の年輪が顔にも表れている。しかし今はありがたいテクニックがあって、証明用の写真も
修正して少しはきれいに仕上げてもらえる。「200円追加で、修正できますよ」という店員さんに、思わず答えていた。

「そうね、これから10年間使う写真だものね。200円なら、、うん、きれいに修正してください!」

この10年間で私の周囲の様子が変わった。変わりすぎるくらい。。本当にいろいろ。。。
10年間の海外旅行の証しであるスタンプがぎっしりと押され、少しくたびれた赤いパスポート。ずっと大切に保管しておこうと思う。
海外旅行中はいつも憲さんが大切に保管してくれていたこのパスポート、思い出があふれ出しそうな一冊である。

新しいパスポートで、これからの10年間、また元気に楽しい思い出が作れますように。。と思う。
2010年5月2日 (日)
お留守番、ジャッキー

ドイツでママの不在中どうしているか、と心配していたジャッキーとパパの様子がわかった。
ジャッキーママも直接電話で留守宅の様子を確認していて、今のところ涙も見せずジャッキーはいい子でお留守番をしているとのことで、
「私が居なくても大丈夫みたい。。」と安心しながらも多少がっかり?していることは知っていた。

ジャッキーパパは実家にジャッキーを連れて行って家族と共に、この週末を過ごしているはず。今朝、ドイツのジャッキーの叔母さんにあたるカリナから私にメールがきた。それによると、ドイツのおじいちゃんおばあちゃん、そして叔父さん、叔母さんたちに囲まれて終始ジャッキーは上機嫌であったという。

皆がドイツ語で「ママはどこにいるの?」と聞いたらジャッキーから「アルバイト(ドイツ語でお仕事)よ!」と返事が返ってくるという。
本当によかった。ジャッキーは幼いながら、ママがお仕事で日本へ行っていることをわかっていて、パパとの生活をエンジョイしているようなのだ。

普段はウチでは片時もママのそばを離れず、いまだに抱っこされるのが大好きなジャッキーなのに。。案ずるより生むが易し。。。その通りだ。
でも、ジャッキーなりに一生懸命ママがいない寂しさに耐えているのだと私は想像している。

ジャッキーママは、大阪を今朝発って、フランクフルトへ戻った。4日ぶりの帰宅で、ジャッキーとの対面がどんなことになるのか。。
その様子を聞くのが楽しみである。
2010年5月1日 (土)
職場復帰!

私には、直接関係ないけれどゴールデンウイークの真っ最中。
ウチの横のショッピングセンターに、注目の「H&M」が開店し、4200台収容でもまだ足りなくて増設工事中だった新駐車場がGWめがけて、あらたにオープンしているはずだ。うちの周りは、盛り上がっているようだが
私はごくふつうに過ごしている。

昨日、ドイツのジャッキーママが産休を終えて職場復帰した。
どのお母さんもそうだが、職場復帰は簡単なものではない。特にジャッキーママの場合はもっと複雑だ。なにしろキャビンアテンダント(ついこの間まではスチュワーデスと呼ばれた)として、仕事を再開するのだから。しかも国際線。ドイツから、日本(大阪、名古屋、東京)の各空港へ飛んでくるのがお仕事。最低でも3日間は自宅を完全に空けることになる。

私が近くに居たなら、ジャッキーの保育園の送り迎えなど手伝うこともできるのだけれど、そうもいかない。遠くでドキドキしながら見守るしかない。なにより職場復帰を応援してくれて、ジャッキーと2人で留守を守ってくれるジャッキーパパに感謝である。

一ヶ月前から復帰の訓練と試験を受け、それをクリアしての乗務。久しぶりで制服の着方にも少し戸惑ったというジャッキーママだが、
無事産後の初フライト(フランクフルト発)を終えて、今は大阪にいる。2泊してドイツに帰るのだが、この久々のフライトで彼女自身、職場復帰を果たした満足感があるのではないかと、親としてはほっとしている。その陰に周りの皆さんの理解、協力があることを忘れず、健康に注意して仕事を続けてほしいと心から願っている。一昔前には考えられなかった女性の社会進出。主婦業だけでも、育児だけでも大変なのに・・・と、今の若い女性たちの仕事に対する覚悟と意識に感心する。みんな頑張ってほしい。
2010年4月28日 (水)
ママ友

先日、遠方から旧友Mさんが訪ねてきてくれた。彼女は私の今でいう「ママ友」である。
今から38年前、長女を出産して入院していたときに同室だった人。私より一日早く男児を出産した彼女と約一週間、2人部屋で寝起きを共にした。初めての子供をなれない手つきで胸に抱きながら、あれこれ語り合った人である。あれから長い歳月が流れ、二人とも孫のことを目を細めながら語り合う間柄になった。
出産にあたっては、親戚の人も含めてたくさんの人がお祝いとお見舞いに来てくれる。当時は病棟にしゃれた面会コーナーなんてなかったから、病室を訪れるお互いの親族を紹介しあったりして、とても親しいお友達になった。だからMさんは、若き日の憲さんも私の母のこともよく覚えてくれている。私も同じで、彼女のご主人のこと、お母様のことまで懐かしく思い出せる。

Mさん一家はそれからまもなく岡山へ転勤され、年賀状だけのお付き合いになった。普段会うこともないのに、今日の再会では不思議なほど話題が尽きなかった。初めて母になった日々を共に過ごしたという、なんともいえない絆があるのだろう。 長い時間が流れ、お互いの環境もずいぶん変わってしまったけれど、こうして繋がっていてくれるMさん。本当にありがたいご縁だと思う。

先日来日していたフラの先生たちとプロジェクトについて、ミーティングをした。いつも忙しい方たちなのでゆっくりお話する時間を確保するのも大変なのだが、
今回はゆっくり時間をかけて数回話合うことができた。そこでたくさんのことを学んだような気がしている。ハワイアンとして生まれ、育った先生の考え方に
改めて教わることが多かった。

我々に日本人は、外国人からみるとたしかに丁寧で、親切で、細かいところにまで心配りをする。それはそれで、とてもいいことだし大切にしていきたいことなのだが、ウラを返せば「ストレートに物を言わず、他の人が気になり、我慢してしまうことが常で、なおかつ心配性」というところがある。それによって心ならずもストスフルな日々を送ることになってはいないか・・・と思ったのだ。ハワイにいて、なにが心地よいかというと、気候のよさもあるけれど人々がとてもおおらかで、心配ごとなどないように見えて、こちらまでゆったりとした気持ちになれるということだ。

ただ、のんびりしているだけではない。彼らには彼らの生きる法則というものがありそうだ。
楽しく、ハッピーに生きる、そのためには問題が起きたらすぐに相手と話し合って、討論して理解し合えるようにする。お互いの考えをぶつけ合ってこそ理解し合える。そこで少しずつでも理解しあえ、歩み寄れたら、それでOK.OK. そこでまた新しい世界が開けてくる。。と言うのだ。ハワイの人たちにだって悩みも、問題も、葛藤もある。それは当然だ。それをいかにして早く解決し、心地よく生きていくか。。その方法が違うということだ。

我々日本人は、議論、討論、ディスカッションが下手だと思う。人間生きていれば、他人をの意見の食い違いや、疑問は必ず出てくる。
愛し合っている人たちの間でも当然のこと。そこで話し合うと、時には言い合いにようにもなる。それを私たちは恐れているような気がする。意見の食い違いをディスカッションすること、それは決して言い争いでも、ましてケンカでもないのに。

事なかれ主義、まあまあ、なあなあ、の世界は日本だけで通用する美徳?のような気がする。
2010年4月19日 (月)
にこごり

今日、フラのK先生が日本でのプロジェクトを終えて、ハワイへ。
今回は約10日間の滞在だったが、その間の日本の天候といったら尋常ではなかった。4月にしては記録的に寒い日、暑い日、雨の日、風の日が日替わりで訪れたから、先生は散々な思いをしたようだった。

ハワイの人は普段天候など気にしていない。ハワイでは晴れる日が続くのは当たり前、暑くて当たり前。。。雨もほんのおしめり程度から、土砂降りまであるけれどそれがだらだらと続くことはまずない。
車を少し走らせただけで、空模様は変わる。傘をさすことは、ほとんどない。
だから、何度日本に来ても、服装の調節だけは苦手らしい。今回も短パンにTシャツの着替えを何枚か持ってきていただけのようで、寒さ対策など全くしていなかった。2,3日前、真冬の寒さだった日も、また、薄ら寒い雨の日もそのまま歩く羽目になったようだ。それでも風邪もひかずお元気だったから、本当によかった。。。
それにしても、気候の異常、火山の噴火、地震など予想もつかないことが頻発して、落ち着かない世界になっていて心配だ。

このごろ、あれやこれやと忙しくてこの日記も書くことができなかったが、そんな中でも時には人を招いてお食事をすることもある。
一人ではできないのが「おなべ」。先日は若いカップルを招いて「しゃぶしゃぶ」を楽しんだ。
おなべを一緒に囲んでね、、とお願いして付け合ってもらったのだ。久しぶりで、我が家での「しゃぶしゃぶ」。とってもおいしかった。

また、最近、鯛のかぶと煮を作った。なかなかおいしくできた。かなり大きい鯛の頭だったので2日目の今日も食卓に・・・。
私の本当に楽しみにしていたのは「にこごり」だった。冷蔵庫で冷えた鯛の身に冷たい「にこごり」をまぶして食べる。ひんやりと冷たくて、熱々のご飯によくあう。小さいころからプルプルしていて、琥珀のように美しく、冷たくコクのある「にこごり」の味が大好きだった。

最近筍を頂くことが多いのだが、ゆでたものを下さることが多く、すぐにお料理ができてうれしい。
私はわかめと煮る「若竹煮」が大好きで、いつもたくさんの若布と一緒に煮る。とろとろになった若布が本当においしい。

以前住んでいた所には竹林があった。この季節になるとお向かいのSさんが決まって新鮮な筍を届けてくださった。毎年掘りたての筍とともに、小袋にいれたヌカを下さるのが常だった。「どうもお宅にはヌカがないような気がするので。。よかったらこれを使ってゆでてくださいね」と・・・。
本当に優しい心遣いで、毎年感激していた。どうしてSさんが我が家にはヌカがない、、ということを知っていらしたのか?いまだにわからないけれど、実際、我が家にはヌカはなかった。お漬物が大好きなくせに、昔からどうしても「ヌカ床」がうまく保てなくて、挫折ばかりしていたから。
筍を見ると、優しいSさんを思い出す。お元気かしら・・・・
2010年4月5日 (月)
北海道!

このところ桜が真っ盛りというのに、曇り空、そして雨。。。青空に生える桜色が理想なのになあ。。と思う。ハワイでもハワイらしくないお天気が続いている、、と友達からメールが入っている。

先週、マヤ一家の住む中目黒駅近くの「目黒川」沿いの桜見物にみんなで出かけた。ここは、ござを敷いて宴を催す場所はなく、人々が見事な桜を愛でつつ、散策する、、という場所なので、クリーンでいい。狭い川を挟んで、両岸から桜が水面を覆うように咲いている。

満開に近いその日の桜は見事だった。私はもともと人が集中するところを敬遠する傾向があり、むかしからお花見、紅葉の一番いい時を逃してきた。けれど、目黒川は本当にいい。お酒の匂いもしないし、大騒ぎしている人もいない。これからは、ここだ!と決めた。マヤママ一家は毎日、何度もお花見をしているようで、なんとも羨ましい。

今週末から、フラのK先生が来日。一連のプロジェクトが始まる。ハワイと連絡を取り合うのが今までの主な仕事だったが、それを終えた今、K先生たちの来日を待つばかりだ。今回もうまく行きますように。。とちょっと緊張しながら祈っている。

昨夜、この6月に北海道旅行をすることに決めた。6月中旬、5泊の旅!
兼ねてから旭川在住のイトコから、「是非!おいでよ!!」と誘われていたのだが、昨夜彼と電話で話していて突然、決心がついた。
リタイアしたばかりのイトコと奥さんが、案内を引き受けてくれるという。お花もいっせいに咲く時期だそうで、大好きな貝類もたっぷり楽しめるという。こうなったら、行くしかない!!決めた!!早速日程を決め、インターネットで、航空券を予約・購入した。本当に便利な世の中だ。

ああ、やっと美しい時期の北海道へ行ける!!
大げさなようだが、なぜかハワイやドイツへ飛び立つより勇気が必要なのだ。北海道へ行くのは約33年ぶり。観光目的の旅行というのはやはり格別だ。北海道に関してしてナーーンにも知らないことに気がつき唖然としている。人が殺到するところへは行きたくない、、と言う性格から、有名な観光地のことを知ろうともしていなかった。
故郷の京都にしても同じこと。京都に帰省するたびに、何も知らないことに気がつき、毎回唖然としているのだから始末が悪い。

早速、北海道の旅行本を買ってきて研究することにしよう。
まだまだ先の話なのに、ワクワクしてきた。
ああ、楽しみだ!!
2010年3月28日 (日)
ジャッキーとマヤとの日々・・

ジャッキーとジャッキーママの里帰り、約3週間。ジャッキー母娘は楽しい日本での生活を満喫して、今朝ドイツに帰国した。学生時代からの友人、同じ職場で苦楽を共にしていた同僚、、ジャッキーママの里帰りのたびにそれぞれで集まってくださって、うれしいことだ。それにしても忙しく、にぎやかな3週間だった。嵐が去ったあとの我が家で、いま、洗濯機がフル回転している。

ジャッキーは前回会ったときより、おしゃべりで暴れん坊に成長?していて驚いた。ショッピングセンターでは機嫌よく、床を転げまわり
モップのように床掃除をしてくれるし、店員さんに「ハローハロー」と呼びかけて、愛想を振りまく。
駄々をこねているわけではなく、ただにぎやかに動きまわるだけだから、店員さんには大うけなのだが付き添っている私たちにしたら
「すみません、うるさくて。。」と心の中で謝りながら歩くことになる。一年前までお外では、借りてきたネコのように「大人しいジャッキーちゃん」だったのに・・・。

2歳4ヶ月になるジャッキーと2歳になったばかりのマヤとの、いとこ同士の関係もかなり面白いものになってきた。マヤはジャッキーとは対照的に
大人しく、聞き分けのいい子。ジャッキーママはマヤママをうらやむほどだ。大人しいようでいて、一緒に遊ぶときリードするのはいつもマヤ。
ジャッキーはマヤの様子を伺いつつ、それに従う。

お互いに遠く離れて暮らしているから通常スカイプで週に3回ほど対面する程度。でも血の繋がりというのはありがたいもので、2人は深く愛し合っているらしい。お互いにうれしそうに「ジャッキイ」「マーヤ」と呼び合っているものの2人は勝手に遊んでいる段階で、本当の意味での心の交流ができる年齢ではない。双子のような女の子が走り回って、NHKテレビの子供向けの踊りを大はしゃぎで一緒に踊っているという状態だ。

3月半ば、ジャッキー母娘、マヤ母娘と私の3世代の女ばかりで温泉旅行をした。初めての経験でどうなることか・・と思ったが、とても楽しい小旅行になった。行き先は「熱海」。新横浜から新幹線で35分と少しで着く。こんなに便利だとは思わなかった。

こんなときは大人優先だから、まず2人のママがゆっくりと露天風呂に入りに行き、私とジャッキーとマヤはお部屋で保育園まがいの時間を過ごす。
交代して、私が一人でゆっくりと露天風呂に・・・ジャッキーとマヤは一晩温泉地にいたというのに、お部屋についているお風呂にも入らず、遊び続けてやっと就寝。3人の大人がくつろげたのは、真夜中だった。子供たちを寝かせたあと、照明を落とした温泉旅館の部屋で久々に娘たち2人と声を潜めておしゃべり。子供たちの寝息を確かめながら。。。なんとも平和でおだやかな時間が流れた。

2人の孫は、言葉を話せるようになるという成長過程において、普通とは違う育ち方をしている。ジャッキーは日本語とドイツ語、マヤは日本語と英語とイスラエル語を覚えている最中だ。片言の日本語はジャッキーとマヤの共通語だが、通じ合っているのかどうかは今のところ不明。2人のママは、日本語を仕込むために、極力日本語で子供たちに接するように心がけている。それでなければ、バアバが困るのだ。子供の脳はいったいどうなっているのだろう?毎日毎日、日本語の語彙が増え、センテンスとして話せるようになってくるジャッキーを目の当たりにして、つくづく不思議を感じた。
マヤも両親の間で話されている英語と、パパから語りかけられるヘブライ語と、日常ママが話し、保育園で常に接する日本語の3ヶ国語を、どうやら理解しているらしいという。羨ましい。

桜の時期がきて、もうすぐ横浜でも満開になりそうだったのに、寒い日が続いてとうとうジャッキーたちの帰国の日には間に合わず、今年も本格的なお花見をできずに帰ってしまった。
日本語習得のために、これからも頻繁にジャッキーを連れて里帰りしてくるというジャッキーママも、産休を終えてもうすぐドイツで仕事に復帰する予定だ。復帰にあたっては試験もあるという。ジャッキージャッキーパパもその生活に慣れて、すべてうまく行きますように、、と願っている。
2010年3月8日 (月)
仲間

ハワイから帰国して、どれくらい時が過ぎたのか?わからないくらいにこのところ多忙な日々だった。個人的には、3ヶ月間の留守中に起こっていたさまざまなことの処理、整理。3月に入ってから受け取らせていただいた沢山の年賀状に目を通し、まだそれへのお返事もできていない有様。そんなあわただしさの中、4月のフラのK先生のプロジェクトの準備、話し合い、連絡などの仕事が始まった。

それにもう一つ・・・。

今年7月4日には、所属している女声合唱団(団員約35名)の創立25周年記念演奏会がある。この合唱団は中国との民間レベルの友好活動を「音楽」を通して行っていこうという、壮大な目的を持った合唱団である。まだお互いの国の行き来も自由でなかった25年以上前から、女性だけで運営から中国との交渉までを行ってきた。3年に一度は中国へ演奏旅行がある。私も毎回それに参加し、過去8回以上訪中している。歌って楽しめばいい、、と言うだけの団ではないことが私には魅力だった。その活動を始めたのは、私30代の半ば、ウチの子供たちもまだ小学生だった。あれから私たち団員は人生のいくつもの節目を迎えながら、この合唱団と共に過ごしてきた。お互いに励ましあい、喜びを分かち合い、悲しみを癒しあいながら・・

合唱団の中で、私は大変に貴重なことを学んだと思っている。この合唱団には、「特別な人」はいない。合唱団で一番大事なのは、もちろん指揮者。私たちの団では指揮者も一団員である。団費も私たちと同じように納めている。「みんなが平等な立場」というのだ。私たちの指揮者は私たちの音楽を引っ張っていくすばらしい力を持っている人である。「力を持っている人は、皆のためにそれを活かして欲しい」・・というのが、最初からの団の方針だった。すべての人が自分自身の意志で動く。つまり「ボランティア」。

音楽を専門とする人、文章を書くことに長けている人、数字に強い人、リーダーシップのある人、ダンスの経験者、美容の専門家、中国語に強い人、英語に強い人、機械に強い人。。。考えてみれば、実に沢山の「力」の集まりなのだ。それを活かさない法というわけだ。それぞれがこの25年間、一定の役目を担ってこの団を支えてきた。この団のすばらしいところは、各自が団に対して注いだ「力」や「時間」に対して賞賛を得ようともぜす、まして自らの「力」を自慢をすることがほとんどないこと。これは団の創立メンバーの一人だったSさんとおっしゃる、年長のかたの考え方だった。一人ひとりが遺憾なく、その実力を団のために発揮して、それが自然な形で廻っていく・・・厳密な規約もない。お互いの良識、マナーを信じて尊重する。

「仲間」私はこの言葉が好きだ。友達でありながら同じ目標をもち、苦楽を共にしてきた友達。それが「仲間」だと思う。
だから合唱団の団員は、私の「仲間」。一方「友達」は、主に楽しい時間を共有でき、心地よく時間を過ごせるかけがえのない人。
どちらも私にとっては、大切なありがたい存在である。

言いたいことを言い合え、考えを伝えあう。そんな人たちとのご縁をつくづくありがたいと思う。

4月に控えたフラのK先生との日本でのプロジェクトで一緒に仕事をし、ともにグループを支えている人たちも全部「仲間」。
フラにしても、合唱団の演奏会への練習にしても、皆と共に前進しているという喜びはあるものの、決して楽しいことばかりではない。苦労も多いけれど、それを乗り越えながら仲間と一緒に歩んでいけることがうれしい。先日TVで「無償で行う仕事のほうが、むしろお金が絡む仕事よりも働く意欲が湧くものである」という人間の心理の一面があると聞いた。そうそう、その通り!と思わず手を打った。

少し予定を早めて、明日から、ドイツのジャッキー母娘が里帰りしてくる。
夕方には成田で、再会だ。またにぎやかな日々が続きそうだ。楽しみ!
2010年2月23日 (火)
ハワイ〜横浜へ

帰国のときが来た。しばらくハワイのお友達ともさよなら。。淋しいけど仕方がない。会ったときや別れるときハグをするのは、欧米人もそうだけれどハワイアンはもっと友好的なハグをする。その習慣が日系人にも身についているので、自然としっかりとが抱き合って別れる。「じゃーね」とお辞儀をしてバイバイと手を振って別れるより「しばらく、お別れね」という実感がある。次回ハワイでみんなと再会のハグをするのは、7月の予定。

ハワイ時間の23日の朝ホノルルを発って帰国した。
午前9時のフライトなので、ホノルル空港に7時前に到着していなくてはならない。ウチを6時半に出る。30分足らずで、空港に着けるなんて、本当にラクでうれしい。
同じコンドに住んでいるお友達Sさんが、お母様の急病で急遽東京に帰ることになった。偶然、デルタ航空の同じ便だというのでSさんのご主人の車で空港ま送っていただいた。チェックインしてから出発までの間、Sさんとは別行動ということにする。

ハワイでビジネスをしているSさんは、出発までの一時間半に仕事関係の人に急な帰国を報告しなければならない。たぶん携帯を片手に、忙しく過ごしたことだろう。お母様が早く回復されますように。。私は免税店での買い物にあまり興味がないので、コーヒーショップで美しい朝日をたっぷり浴びつつコーヒーを飲んでゆったりと時を過ごした。

まだ搭乗時刻には間があるのに、私の名前が呼び出されているのに気がついた。「キョーコ ナカムラ12番ゲートまでお越しください」と確かに呼ばれている。行ってみると「あなたの席をアップグレードいたしました。ビジネスクラスで楽しいフライトを!」と言う。

私が持っているのは、エコノミーのチケットだ。
「なぜ??」と思ったけれど、こんなにありがたいお申し出ではこのままお受けするしかない。それでも「本当に?これでいいのですか?」と一度だけ聞いてみた。「ハイ、二階のお席ですからね。楽しいフライトを!」
やはり間違いないようだ。

ドイツに行くときは、片道12時間以上のフライトなので、年齢も考えて贅沢だけれどビジネスクラスで行く。しかしハワイ〜日本間はせいぜい長くて9時間なので、当然エコノミーの切符しか持っていなかったのだけれど。
デルタさん、太っ腹!!
ちなみに私はマイレージをためているわけではない。なぜアップグレードだったのか、今もわからない。で、ビジネスのゆったりとしたシートとおいしいお食事をいただきながら、ウトウトとまどろみながらいい気分で約9時間を過ごした。ありがとう、デルタさん!

日本に着いてみると、暖かい!!寒いから覚悟して帰って来てね!と言われていたのに・・・本当にほっとした。

YCATから、タクシーでうちへ向かう。おもしろい運転手さんで、最近の日本での出来事を楽しく話してくれた。「だらしない格好でバンクーバーオリンピックに行った、アノ男の選手についてどう思います??」などと、意見を聞かれながら。「そもそも今の日本の教育がなっていませんよねえ。。」など、評論家のようなおじさんだった。

さて料金を払おうとしたら、運転手さんにおつりの用意がなく「すみませんねえ。。おまけしておきますから」60円安くしてくれた。「その代わり、また弊社のタクシーをご愛用下さいね!!」と言い残してタクシーは去っていった。タクシーで料金のおまけをしてもらったのは、初めての経験。たとえ60円でも申し訳ない・・・と思った。
しかし、今後愛用しようにもそのタクシー会社の名前がなんだったか?私は覚えていない。運転手さん、ごめんなさい。

ウチに入ってみると、当然のことだけれど昨年11月28日にウチを出たままの我が家だった。11月にはジャッキー母娘がここに来ていて、そのまま一緒にハワイへ向かったから、まだジャッキーのいた気配が残っている。

風船が二つ、ソファーの上にすこししぼんで乗っかっているし、クリスマスのデコレーションもそのまま。3ヶ月の時間が経ったのに、ウチの中だけは昨年のままだった。ま、これは明日からおいおい片付けることにして、
早速、今日の食料を求めにお隣の「ららぽーと」へ。当然買ったのは日本食材。本当に便利でありがたい。
時差で、夜9時半にはもう眠い。ハワイから戻ると、決まって早寝早起きになる。それを続ければ、健康的な毎日が送れる。いつもそう思うのだけれど続くのはほんの数日だけだ。

3月にはまた、ドイツからジャッキー母娘が日本へやってくる。
日本語とドイツ語をミックスで使うようになったジャッキーと、いまのところ日本語が達者?なマヤとの対面がまた、楽しみだ。こうして、あっという間に時間が過ぎていく。ありがたいことだと思う。
2010年2月19日 (金)
Nちゃん夫妻とバースデー

この一週間、私の故郷京都から泊りがけで訪ねてきてくれたNちゃん夫妻とべったり一緒に過ごした。
一年に一度、大好きなハワイへの旅を楽しみにしているNちゃん。
彼女は産まれおちて以来の親友で誕生日も8日違い、幼稚園から小学校と高校で分かれるまで、毎日同じ学校に通った。お互いの親同士もとても親しかったし、いわゆる竹馬の友である。戦後で、食料が充分でなかった時期に
産まれたため、私の母は母乳が充分に出なかった。足りない分、Nちゃんのお母さんが私に授乳して下さっていたらしく私が大きくなれたのもNちゃんのお母さんのお陰。。乳姉妹というのだろうか、そういう関係だ。だから今だに姉妹のような、同級生のような・・・つまり双子のような友達ということになる。

ご主人も同じ地域に育った方で、小学校、中学校の先輩にあたる。3人に共通する話題は山ほどある。この時期に彼女たちがここへ来るひとつの目的は、同じころに生まれた私たち二人の誕生祝いを共にすること・・。
2月9日がNちゃんの、17日が私の誕生日。今年も一緒に誕生祝をした。
Nちゃんのご主人からはNちゃんとおそろいのピアスをいただいた。うれしかった。日本から、ドイツから、そしてアメリカから、思いがけない人たちから「誕生日おめでとう」のメールをいただいて、感謝。

同じ京都出身ということで、ようこちゃんにも紹介した。私のブログでようこちゃんのことをよく知っているNちゃんから、是非会いたい!とリクエストがあった。いざ、紹介をしてみると。。。瞬時に親しくなり、4人の京都弁が炸裂!にぎやかな対面になった。

朝から晩までNちゃんたちと一緒に大笑いしながらおいしいものを食べ、行きたいところに行き、夫妻はゴルフを充分に楽しみ。。
彼らはおおいに満足して、18日朝、帰国の途についた。

私は泊り客だからといって、特別なことはなにもしない。お客様へのおもてなしも最低限。一緒に楽しく過ごすことを目的にしているからだ。
逆にお客様にいろいろ手伝ってもらったり、不具合のところを直してもらったり、ありがたいことのほうが多い。
我が家にいるようにここで過ごして欲しい、、と思っている。そのほうがお互いに気楽でいい。なんてことをいいながら、私は何もしないで楽しい時間を過ごさせてもらうわけで申し訳ないのだが・・・
Nちゃんが、ハワイのウチへ来ると「実家」に帰って来たような気がする、と言ってくれるのがなによりうれしい。

彼女たちを見送って、私は私で帰国の準備が始まった。
まだ寒い日本を想像して、帰国の準備に気乗りはしないのだが仕方がない。

いつものように、車の洗浄に行き、冷蔵庫の中を整理、今度ハワイに来る7月までに賞味期限が切れるものをまとめて処分したり、残り物だがまだまだ新しいものはお友達に使ってもらうべく仕分けする。洗濯するものを探し出して、洗う。
コンドの管理会社に出向き、日本に滞在中のことをお願いする。6月に車検があるので、友達に書類や車のキイを渡しておいて私の代理として車検を受けてもらうことにもなっている。あ、銀行にも行かなくちゃ!!

あと数日、あっという間に時間が経つだろう。
Nちゃん夫妻がいた部屋に、今度は私のスーツケースを広げ、パッキングが始まる。といっても、あまり荷物はない。

一番大きい荷物はウクレレ。。
昨年からウクレレが私と一緒にハワイ〜日本間を行ったり来たりしている。

するだけのことをしたあとで、ハワイでの残された日々を楽しむつもり。
フライトの関係で、帰国日が一日延びて23日にこちらを発つことになりそうだ。一日でも、日本の寒さから逃れられるのはラッキー!?

昨日からホノルルもとても涼しい。薄手のジャケットだけでは、寒いと思うほどだ。雨季なのに雨が少なく、現在、乾燥注意報が出ている島もある。
オアフ島がハワイ諸島の中でも、一番健康的に過ごせて長生きできる島だという新聞記事を読んだ。
医療機関が整っていることも大いに長寿の原因でもあるのだろう。住民の健康志向が強いのはカウアイ島だとのこと。

確かにハワイでは、お年寄りが元気だ。私もすでにお年寄りの仲間なのだろうが、先輩を見ているとまだまだこれからだ。。と思う。オシャレで、好奇心があり、行動力、食欲が旺盛。見習いたい。
2010年2月8日 (月)
買えたかな?カコナール

気になっていたフラのK先生の日本でのプロジェクトの前半が順調に終了したと、仲間から詳しい報告があって、ほーっとしたせいか、今になってドッと疲れが出てきたようだ。安堵感は、疲れといっしょに来るらしい。日本にいて実際に働いてくれた仲間のほうがよほど疲れただろうに。。。ここ数日なんだかボーっとしている。

日曜日、午後から新しく考案されたというトランプゲームの講習会にでかけた。シニアライフ協会の会員の一人が先生になって、集まった10名くらいのメンバーに教えてくれた。
「スカット」という2人で行うゲームだが、簡単で短時間で勝負がつき、おもしろい。これはインターネットのサイトでも紹介されていて、私は前もってサイトでルールを覚えていたので、すぐに実際にゲームを始めることができた。トランプで遊ぶなんて何年ぶりだろう?思い出せないほどだ。

私の対戦相手はニューヨークから毎年この時期に、一ヶ月間ハワイに避寒に来ている女性だった。初対面だったけれど、楽しく時間を過ごしてすっかり仲良しになった。結果はかろうじて私の勝利。。
オレゴン州から避寒にハワイに来ているご夫婦もいるし、娘さんや息子さんが米本土にいたり、ブラジルに孫がいる人もいて、シニアライフ協会は本当にインターナショナルな日本人の集まりだと思う。健康に恵まれているからハワイに長期滞在もできるのだろうが、感心するのはその人たちが実年齢よりずっとずっと若く見え、肌はツヤツヤ、気持ちはもっと若いということ。とにかくよく笑い、声が大きく明るい。皆さんの実年齢を聞くと、私などまだまだヒヨコ・・・。私もあんなふうに年を重ねられたら。。と心から思う。

今日月曜日はウクレレレッスンの日。ジョディ先生の指導の仕方、授業の進め方、生徒に接する優しさなど、いつも感心する。ジョディ先生には日本人の血が濃く流れているせいか、ハワイアンのおおらかさと日本人の几帳面さが兼ね備わっていて、すばらしい。

「この、クプナアイランダースは、僕のまわりでも評判なんですよ。日本人の集まりでありながら、ウクレレを熱心に勉強していて、短時間に成果が上がっています。すばらしいです。クプナとはハワイ語で豊かな経験を積んだ年長者と言う尊敬をこめた意味で、まさに皆さんにぴったり。皆さんはハワイにこうして住んでいるのですからアイランダーです。クプナアイランダースはすばらしいネーミングです。なにより大切なのは楽しみながら演奏をすること。完全に間違いなく演奏することではありません。楽しく、聞いている人にも幸せを分けてあげられるような演奏が理想です。だから、笑顔!!何より大事なことですよ」とお話があった。

今週、日本のウクレレのアマチュア団体やプロがハワイに大集合して「ウクレレピクニック」というイベントがあり、クプナアイランダースも出演する。
「ウクレレピクニックで演奏するとき、ハワイのマナ(エネルギー)を皆に与えられるように、楽しく演奏してください。あなたたちはハワイに住んでいるんだから、それがわかるはずです。みんなでハワイの心をシェアしましょう!とにかく楽しく!」とジョディ先生はおおいに私たちも盛り上げる。

しかし、、ハイ、笑って!といわれてもなかなかそれができないのが日本人だと、つくづく思う。普段は笑顔だらけの仲間なのに、いざ演奏となると笑顔になれない。先生がまじめに、眉間にしわを寄せて楽譜にかじりつくように演奏する私たちのマネをして見せてくれる。いやだぁ、、あんな顔してるの?私たち。。と思うけれど、直らない。ただ演奏すること自体が楽しければ、自然に笑顔になるのだろうけれど、まだ私たちはそれを心から楽しむというところまでは行っていないのかもしれない。
日本にいるフラのK先生から毎日メールが入る。
仕事の進み具合の報告、日本に着いて以来、一向に治らない風邪について、日本の風邪のお薬はどれがいいの?などなど、いろいろ書かれている。風邪薬を求めて薬局に行っても、漢字がわからないから買えないらしい。先生はカタカナ、ひらがなが読めることを思い出し、カタカナで私がいつも使っている風邪薬の名前を書いて返事をした。「カコナール」、先生、無事に買えたかな??

先生がハワイにいて、私もハワイにいても,なかなか忙しい先生からメールが来なくて「仕事に差し支えます!!早くメールの返事をお願いします!」と催促することが多い。それなのに、日本からは頻繁にメールが入る。きっと日本では時間がたっぷりあるのだろう。

いつもこの調子でお願いしますね。先生!
2010年2月5日 (金)
落ち着かない一日

今日は一日中、ウチにいてウロウロするばかりの日になった。
日本では今日、フラのK先生と仲間たちのレッスンが開催されていて、それがうまく行っているかどうか。。そればかりが気になっていた。

昨夜から今朝にかけても日本から追い込みの連絡があり、予定の変更なども入り、その質問に答えたり、もう日本に行ってしまっているK先生にメールで連絡を入れたり、とあわただしかった。私はハワイでウロウロしているだけだけれど、日本のスタッフも今頃は大忙しのことだろう。

今日ばかりはどこへも出かける気にもならず、今日はシャワーカーテンを付け替えたり、アイロンをかけたりして久しぶりに家事に精を出すことになった。脚立に乗って、シーリングファンの掃除をしたり、いつになくよく働いた。そうでもしていないと、日本のことが気になって仕方がない。

「本当にキョウコは心配性なんだからなあ。。」とK先生に言われ続けているが、もし不都合でもあったら沢山の人に迷惑がかかるのだから、どうしても私の心配性が治らない。困ったものだ。

あ、日本ではもう午後一時・・今頃、レッスンの合間のランチの時間かな?などと時計をにらんだりして、落ち着かないことといったらない。

少しは落ち着こうと、ウクレレの練習をした。しばらくの間はそれに熱中。すべてを忘れていた。私達が使っているテキストには、お手本演奏のCDがついている。私はもっぱらそのCDのお手本と一緒に演奏することにしている。お手本に助けられて自分が上手になったような気がするから気分がいい。なんともいい気なものだが、とても楽しい練習ができる。

近頃ハワイのローカルの人が「寒い、寒い」と言う。確かに涼しいし、朝晩、外気に触れると薄手のジャケットが欲しくなる。とは言うものの、私は寒い!と思ったことはない。こちらに長く住んでいる人は皮膚感覚も変わってくるのだろう。

今の日本の気温をサイトで見るにつけ、ハワイにいながら「寒い」なんていったらバチが当たりそうで、私は言わない。

そのハワイから真冬の日本へ向かったK先生。いつものように薄着でちょっとしたジャケットを持っただけで、飛行機に乗ってしまったらしい。
相変わらず「う〜〜、寒い〜寒い〜」といいながら、日本の冬を薄着のままで過ごしソフトクリーム食べるのだろう。ハワイアンは頼もしい。
2010年2月4日 (木)
どうか、うまく行きますように。。。。

朝、フラのK先生から電話。「今ホノルルから、日本に行きまーす。大丈夫、すべてうまく行くから心配しないで!!」と。

日本時間の6日から、約10日間のK先生の日本でのプロジェクトが始まる。私も日本にいるスタッフもその準備で昨年末から一ヶ月半、忙しく過ごしていたが、ハワイに居る私自身の仕事は、今日でほぼ完了!!
もう私がここでジタバタしても始まらない。

あとは、無事に先生が日本に到着して、先生を中心としたプロジェクトがどうかうまく行きますように、、と祈るだけだ。今回は私がハワイに滞在中で、協力できない部分が多々あり申し訳ない気持ちと、みんなで頑張ってね!!という気持ちと、そして参加できない淋しさも。。。

仲間が力を合わせて楽しいフラの時間を過ごせますように。。と心から願っている。みんな、がんばれ!!

今日は夕方からフラとはまーったく違う「詩吟」の世界を体験した。
お友達が詩吟の手ほどきをしてくれるというので、教室に参加した。先生
ご夫妻を含めて10名が集い、発声方法から教わる。
声楽も同じことで、私の合唱団で練習していることと変わりはないようだ。
要は腹から声を出すこと。

生まれて初めての「詩吟」。。。聞いたこともあまりない。とにかく先生のお手本を耳で聞いてそれを模倣するしかない。全員初心者だが、一人ずつ立ってとにかく吟じてみてください、、といわれる。
私の頭の中は♪音符♪がグルグル。。詩吟の場合、節回しを音符に置き換えること自体、邪道だしむしろ邪魔になる。

耳で聞いたように吟じればいいのだが、難しい。でもそこは日本人、いつか、どこかで聞いたことのある声や節回しを真似ることはできる。
恥も外聞もない。。とにかく一人で立って吟じる。つまりいきなりソリストになるのである。わけがわからないまま、だったがとても楽しかった。一時間半のお稽古が終わって、ほっとしたところで思いがけないことになった。

参加していたS子さんとは初対面だったが、彼女はクラシックの歌い手だとのことで、声に張りがありさすが。。だった。S子さんはNHKの童謡番組でも歌われたという方。ここで是非お歌を聞かせてもらおうということになった。『ふるさと』を歌ってくださった。

「うさぎ追いし、かの山・・」というあの曲。聞いているうちに、私はついハーモニーをつけたくなって、即興のディユエットになった。
アカペラだったのに、彼女の音程がしっかりしていたので、とても気持ちがよかった。ひさしぶりでハーモニーの醍醐味を味わった。

お稽古のあと、中華街で皆で飲茶を・・・
夜でも飲茶を出してくれるお店に行った。ここは、いつ行ってもおいしくてお安くて。。皆でお腹いっぱいいただいて、ああ、幸せ!

生まれてはじめての詩吟、そしてディユエット・・・
ある意味とても刺激的なことがあった一日で、ちょっと疲れたけれど、とてもいい一日だった。
2010年2月3日 (水)
インターネットを駆使して。。

昨日は朝から悪天候で、ウチからダイヤモンドヘッドがかすんで見えるほど・・・雨も降り続き真っ暗な空だった。
そのせいかどうかは知らないけど、正午過ぎから約一時間半、停電。
予告なしだったので、びっくりした。フラのK先生の日本でのプロジェクトの件で、朝からPCにへばりついて追い込みの作業をしていたが、まずそれが使えなくなった。ああ、仕事がストップ。聞いていたラジオも当然ストップ。。なにをしようにも、電気が通じなくてはなにもできないことに改めて気がつく。電話も使えない。コンドのエレベーターも止まっただろう。電気を使わないで何かできないものか。。と考えたら、あった!ウクレレがあった!!早速練習を始めた。ほかにすることがないから、いつもより熱のこもった練習になって、ウクレレに関しては多少だけど収穫があった。

打って変わって今日は朝から良いお天気。
朝10時前から、ようこちゃんと朝食に出かけた。ワイラナレストラン。
私はパンケーキとコーヒーを注文した。
大きくて薄い3枚重ねのパンケーキに粒のままジャムにしたイチゴがたっぷり乗っかり、その上にふわふわのホイップクリーム。。。さらにメイプルシロップをどっとかけて、アメリカーンな朝食。とってもおいしかった。

ようこちゃんとは、いつも会っているようでいて最近はゆっくり2人だけでおしゃべりするチャンスがなかった。
今日はお互いに暇なので、半日を一緒に過ごすことにした。

お天気もいいことだし、、と、朝食のあと気ままにドライブをすることにした。ワイキキを抜け、ダイヤモンドの下を海沿いに走り、ワイマナロ、カネオヘへと車を進めた。

今日は白い雲がぽっかりと浮かび、時に太陽が雲に隠れたりしたけれど、それはそれですばらしい海の色を出していたし、コウラウ山脈の巨大な屏風のような姿が浮かび上がっていて感動的だった。今回のハワイで初めてのドライブだ。どういうわけか、最近はホノルル市内をうろうろするだけで、長距離ドライブをしていなかった。

久々の青い海、大きな空を楽しみながら、きままなおしゃべり。考えてみたら、ようこちゃんとドライブをするのは初めて。とても楽しかった。
「こんなすばらしいハワイに居られて、私たち幸せね〜」と確認しあったりして・・・。ワイマナロだけで見られる、たとえようのない美しい海の色を堪能しながらカネオヘへ。
ショッピングセンターに立ち寄って、時間をかけてお買いものを楽しんだ。私は孫たちの洋服と私の服、バニラの香りのキャンドル、それにお部屋に飾るドライフラワーを買った。

朝食でたっぷりお腹を満たしたはずだったのに、2人ともお昼過ぎにはもう、お腹がすいてきた。
デニーズでモッツァレラチーズのフライとスープとガーリックブレッドで簡単なランチ。ああ、お腹いっぱい。
帰りはパリハイウェイを通ってワイキキに戻った。

今年に入ってから、2月のK先生の日本でのフラのプロジェクトに関して、インターネットを駆使して仕事をしてきた。
ハワイに居ながらにして、日本と連絡を取りあえるし、インターネットバンキングで会計の処理もできる。本当にありがたい。

インターネットで毎日孫たちにも会える。インターネットがあればこそ、今の生活ができているのだ。
テレビもインターネットも、携帯はおろか電話さえもまだ一般には普及していなかった時代に育った私にとって、まさに夢のような世の中になった。

80歳のようこちゃんも、PCを駆使して楽しんでいる。ようこちゃんにお願いしてPCで私の名刺を作ってもらった。
ジャッキーとマヤの最近の写真入の名刺!すごい!
ようこちゃんは毎日コンピューター教室に通い、PCのを勉強している。
本当にすごい!!
2010年1月30日 (土)
ミテ〜!!

一週間ほど続いたコナウインドが、トレードウインドに変わった。
お陰でVogも去り、今朝は久しぶりにすっきりと晴れ上がった空だ。ハワイはこれでなくちゃ!と思う。
ウチから見えるやしの木が右方向に揺れ、雲がビーチに向かって流れているときは天気がいい。
これが逆になると、コナウインドが吹いている証しで、天気は悪くなる。
お天気がいい悪いの問題だけではなく、コナウインドが吹くと健康に悪い。Vogによってセキが出るし、くしゃみも出やすくなる。
それになんとなく体が重くなる。空気中の酸素が少ないのではないか。。と思うときもある。
今日はトレードウインドが吹いていて、気持ちがいい。

ここ数日、日本からの友人のハワイ入りが相次ぎ、時間を忘れておしゃべりしたり、お食事したり、一緒に買い物をしたりの日々が続いている。昨日はその友人たちと一緒に有名な”フラハラウ イカベキウ”のカヒコを堪能した。30分間、入れ替わり立ち替わりすばらしい男女のカヒコが披露され、久しぶりでホンモノのフラに触れることができた。
いいフラを見ていると、全員が同じ空気の中で踊っていると感じる。逆に言えば、一人ひとりがオーラを放っていて、その色が同じであるということだろう。それだけ練習を重ねているということで、すごいことだと思う。

先週は、ウクレレ仲間たちからの情報を得て、ブルース シマブクロ(ジェイク シマブクロの弟さん)と彼の仲間のミニコンサートに出かけた。とても小さな会場で、30人も入れるかどうか・・・しかもイスが少なくて立ち見客多数、というものだったが、身近にすばらしい演奏を聴くことができた。「音楽を通してこのすばらしいひとときと幸せを皆でシェアし合いましょう!」というハワイらしさに満ちたすばらしいコンサートだった。久しぶりで感動の一夜だった。

ホノルルでは毎日、いろいろなエンターテインメントが繰り広げられているのだが、私自身ハワイに居ることに慣れてしまって
誰が演奏していようと、踊っていようと、特に「観にいこう!」という気持ちがなくなってしまっていた。以前は情報を集めては、大喜びでショウを見て歩いたものだったのに。。。ハワイがすでに「生活の場」になってしまったのだろうか。。。
それはそれで、うれしいことだが、最近、すばらしい音楽とフラに触れて、改めてハワイにいる幸せを感じた。
これからもまた良いものを探して、見て歩こうと思っている。

ほとんど毎日、ドイツと東京の孫たちとスカイプで対面していて、それぞれ毎日の様子を話し合う。
ドイツのジャッキーは保育園生活を楽しんでいるが、最近ジャッキーの片言の日本語が友達に影響を与えているらしい。
ジャッキーは「見て〜!」と叫ぶことが多い。高いところから飛び降りるのが大好き。飛び降りる前に「見て〜!」と皆に呼びかけて注目を集めるらしい。それが影響したのか、ドイツ人の子供ばかりの保育園で「ミテ〜!」と言う言葉がよく使われているらしい。ジャッキーママが園にお迎えに行ったとき、ドイツ人の子供が「ミテ〜!」と大声で叫んでいるのをみて驚いたという。
一時もじっとしていない元気な男の子のようなジャッキー、そのうちクラスのボスになるに違いない、、とジャッキーママは心配している。

一方、大人しくておっとりしているマヤは、まだ保育園に行くときは必ず涙目。それでも園に入るとママの手を振り切るようにお部屋に一人で駆け込んで行くという。「けなげで。。可愛そうな気もする」とマヤママはいう。マヤは午前中は何をしたらいいか、模索しているものの、ランチタイムになると、俄然元気がでていつも完食!好きなお散歩、お昼寝のころになると元気いっぱいになるらしい。今のところ、一週間に2日だけの保育園だが、マヤももうすぐ2歳。きっと保育園でおおいに楽しむ日々を送るようになるだろうと、私たちは見守っている。
2010年1月24日(日)
VOG

ここ数日、コナウインドが吹きなんとなくすっきりしない日が続いている。気温も低目。
Vogと呼ばれる、火山灰がハワイ島から流れてきているため、景色全体に霞がかかったように見える。
くしゃみが出たり、のどがいがらっぽかったりで今日も快適とはいえない一日だった。
なんとなく体が重いと感じたり、頭痛がしたりする人もいる。
風の流れがいつものトレードウインドに戻りさえすれば、火山灰はこちらに流れてくることはないのだけれど。。。

先日、コオリナ・リゾートに出かけた。近年住宅地として開発が盛んなカポレイの先にあるコオリナ。
とても静かで、美しいところだ。ホノルルからは車で約一時間。コオリナ・リゾートのちょっと先にはディズニーリゾートができるとの事で、もうホテルの建設が始まっていた。ディズニーならではのホテルが建ち、夢いっぱいのリゾート地として開発されるらしい。とても楽しみだ。不景気、不景気と言われながら、ハワイでもいろいろな開発が進む。人間ってとどまるところを知らない力をもっているのだなあ、、と思う。

その夜、ドイツのジャッキーパパの実家からスカイプが入った。PCの画面いっぱいに、ドイツの家族の笑顔があふれていた。
「ハーイ、キョーコ!!元気?」ジャッキーパパの2人の妹さん、ソニアとカリナが英語で呼びかけてくれた。「ジャッキーもここにいるのよ。見える?」 ジャッキーはドイツのおばあちゃんに抱っこされてニコニコしている。どういうわけか、私の映像がドイツにうまく届かないようなのだが、ジャッキーははっきりと私の声をわかって「バアバ、バアバ、、」と呼びかけてくれている。

あちらの家族は「バアバ」の意味がわからない。「ジャッキーはなんて言ってるの?これ日本語??」「あ、ジャッキーはね、日本語で私のことをおばあちゃん、、って呼んでいるのよ」といちいち説明をしなくてはならない。ややこしい。
今、ジャッキーパパとママはスキーに出かけているとの事で、一家を挙げてベビーシッターをしているらしい。
ジャッキーはドイツの家族の中にいると表情がドイツ人になっている。おかしなもので、周りの環境で表情が変わって見える。
「キョーコ、今年はいつドイツに来るの?春?それとも夏??みんなで待ってるわよ。。。」 とっさに私の頭はくるくる廻る。。。

『えーーっと、春は日本にいなくてはならないし、夏はハワイに戻る予定だし。。ドイツは秋になるかな。。でも、もっと早くジャッキーに会いたいしなあ。いつ行こうかな??』

私は孫たちが可愛い盛りに、たっぷりと会っておきたいという気持ちが大いにあるから、また今年のドイツ行きの予定も立てなくては。。。と考え始めた。今年もまた腰の落ち着かない生活になりそうな予感が・・・

今日は久しぶりにKさんとランチ。彼女とランチに出かけるときは、なぜかとてもお手軽なお店でのランチになる。
気取ってホテルのコーヒーラウンジで、、なんてことは滅多にない。それが性に合っていて、2人ともそれを気にもしていなかったが、「今日は少しファンシーなところにしない??」と私が提案。彼女が「じゃ、ハレクラニにしましょうか?!」といきなりファンシーすぎる場所を提案。だがしかし考えたら、今日は日曜日。サンデーブランチの日だし、ゆっくりおしゃべりして過ごす時間が持てないかも。。と思ったので、お隣の「アウトリガーリーフ」ホテルに変更。これが当たりだった。ビーチに面したゆったりしたレストランで、エッグスベネディクトを味わった。すいていて、ゆったりとした時間が流れ、サービスも満点。ここで3時間半もおしゃべりした。それでも足りなくて、そのあと、豪華なロビーへ移動。大きなイスに沈む込むように座り、贅沢な気分に浸りながら、ここでもまた一時間おしゃべり。

「ここは断然いいわね。次から私たちのランチはここに決まりね!!」と約束してKさんと別れ、私は歩いてウチまで帰った。
クヒオ通りをゆっくり歩いて約20分、丁度いい散歩になった。
2010年1月20日 (木)
知るは楽しみなり。。

めずらしく今日は朝から曇が厚く空を覆っていた。
寒い!と感じるくらいの冷たい風が吹いて、午後には雨も落ちてきた。

夕方から、ようこちゃんとY子さん、そしてEさんと4人で、昔なつかしい日本食を食べさせてくれるレストランへ出かけた。おそらくローカルの人しか行かない穴場である。レストランと言うより、食堂と呼ぶほうがふさわしい。ここは根強い人気の食堂だ。特に週末になる大繁盛でかなり長い間、外で待たされることもあるくらいだが予約をとることもない。

おから、自家製のお漬物など、家庭料理が勢ぞろいのメニューは、涙が出るほど郷愁をそそられる。麦飯もあって、昭和を懐かしいと思うようになった我々には、うってつけの食堂。

デザート?に出る「あべかわ餅」は、昔母が作ってくれた味そのもので、初めて食べたときは涙が出たほどだ。やはり日本食はいいね。。。みんな幸せそうだった。

今日は、夜になるまで強い日差しが見られないまま、曇り空で風が強くハワイにしては寒い一日だったが、この食堂での夕食が、心身ともに温めてくれたような気がする。

ハワイに来るようになってから、もう13年ほどになるが、最近になって気がついたことがある。
こちらの日系二世くらいの方たちが話す日本語には共通点がある。

例えば「このごろ、イチロー選手が遊んでいるとき、あまり元気がないねえ」という言葉。イチローが遊ぶ??いったいどういう意味だろう?と不思議だったのだが、このごろやっとわかった。

「遊ぶ」は英語で言うと”play” つまり「イチロー選手がプレイするとき、あまり元気がないねえ」ということなのだ。もっとある。

「私は毎日たくさんの薬を取っています」という会話。
薬を飲む、、は英語では”take medicine”。"take"は、日本語で取るという意味がある。だから薬を取っています、という表現になるらしい。

また「私は毎朝シャワーをとります」は、"I take shower..." の直訳の日本語だ。英語と日本語が入り混じった解釈で話されていることがわかった。
ハワイには知って楽しいことが沢山ある。
そういえば、昔NHKのアナウンサーが言っていたっけ。
「知るは楽しみなり。。と申します」って。
2010年1月18日 (月)
ワヒアワの桜

昨日はちょっとめずらしい体験をした。
あの有名な高級陶器のウエッジウッド社のオーナー、ウエッジウッド卿がイギリスからハワイにいらしていて、「ロイヤル セレクション」というお店で、彼を囲んでちょっとしたパーティーがあるという。「招待状」を受けとったY子さんに誘われてご一緒した。ハワイの昼下がり、そう広くはないお店にはランや百合の花がふんだんに飾られ、ショーケースには高級陶器やアクセサリーが輝いていた。
ピアノの生演奏が静かに流れる会場には、シャンパンやジュース、それにケーキとサンドイッチなどが用意されていた。

いかにも英国紳士らしい大柄で白髪のウエッジウッド卿が、インタビューを受けたり、お客様とにこやかにお話していた。創業250周年を迎えたというウエッジウッド社は、昨年倒産したらしい。JALと同じように目下再生を図っている最中なのかも。。と妙に共感とシンパシーを覚えたりして・・・。

そのパーティのお楽しみは「ハワイオペラシアター」所属のソプラノ歌手2名によるコンサート。ハワイで「なま」のクラシックを聴く、、という、はじめての経験をした。楽しかった。

ハワイにもれっきとした「オペラシアター」がある。すでに長い歴史を持っていて、毎年1月から3月にかけてのシーズンには3つのグランドオペラが上演されるそうだ。

アメリカ本土、ヨーロッパやアジアの著名な歌手、舞台監督、指揮者を招いて公演が行われるという。演奏はホノルル交響楽団、そして地元のアーティストたちが脇を固めている、、のだそうだ。

パーティがお開きになると、私たちは雨傘のお土産をいただいた。
ウエッジウッド250周年記念と英語でしるされ、あのブルー地に白のデザイン画が描かれている。英国紳士が持っている、あのサイズの雨傘。。

パーティのゲストの皆さんは、青空の下、大き目の雨傘をぶら下げ、三々五々帰って行った。
きっと英国ではこのサイズの雨傘が似合うんだろうけれど、ハワイではちょっと、、。日本へ持って帰って使わせていただくことにするつもり。

今日はウクレレレッスンの日。
ジョディ先生のたのしい授業。
いつも先生はちょっとした楽しいお話をしてからレッスンを始めるのだが、今日は「はい、これから手品をします」と誰にでもできて簡単そうな手品を見せてくれた。なかなか演技派で、面白かった。

授業に入る前の導入方法としては、とても上手なやり方でいつも感心する。
皆で大笑いしながら自然にやる気が起こり、レッスンへと導かれる。

2月12日にカカアコビーチパークで開かれるのウクレレピクニックという大イベントに、「クプナアイランダーズ」も出演し、3曲を演奏することになった。これからのレッスンはその3曲を中心にした集中レッスンになりそう。楽譜どおり弾けるようになると、先生のアレンジで前奏部分やエンディングを即興で作っていく。
皆、それにすぐ反応できるようになっていて、本当に楽しい。

今、ワヒアワという場所で、桜が満開になっている、、と日系人の間で話題になっている。
なんでも日本のとは少し違う種類の桜だということだが、ここハワイでは1月末ごろ桜が咲くらしい。
日系の人たちにとっては、懐かしく、心弾むニュースなのだろう。
日本を想い、懐かしみ、大切にする心は、日本に住む日本人以上だと思う。
こちらではお盆の灯篭流しもあるし、お正月のお餅つきもある。神社やお寺に「初詣」もするし、盆踊りもある。

ただ少しずつ形を変えて残ってきた伝統なのだろう、日本のそれとは少し違う。
それがまたハワイらしくて、ほほえましい。
2010年1月17日 (日)
あと何秒。。。

今回ハワイに来て、驚いたことがある。
歩行者のための信号が変わっていた。
「この青信号、赤に変わるまであと何秒」という表示が数字で出る。
日本にもあるにはあるけれど、まだ数が少ないのではないかと思う。
私が見た限りではだけれど、ホノルルのほとんどの横断歩道にこの信号がついている。
あと何秒・・と表示されると、せかされるような気もするが、案外今までよりも落ち着いて信号を待っていられるし、無理に横断しようとしなくなるから、より安全かもしれない。のんびりしているはずのホノルルにこの信号が一斉に導入されたのが最初は不思議だったけれど、今は大いに満足している。

雨季のはずなのに、ホノルルは晴天が続いている。
昨日は早朝から気功のレッスンに出かけた。始めてから3回目のレッスン。やっと少し要領がわかりかけてきて、楽しくなってきた。
踊りではないのだから格好をつけなくてもいいのに、私はどうしても形から入ろうとするから、呼吸法などそっちのけになってしまって「気功」のレッスンをしている意味がない状態だった。毎土曜日の朝、7時半。30名くらいの人が集まってくる。

私たちから少し離れた場所では、中国人のグループが静かに太極拳をしているし、ジョギングを楽しむ人、まだ水が冷たいだろうに海で泳いでいる人もいる。カヌーの練習をする若者も多い。

高く晴れ上がった空と青い海、木々が風にそよぎ、鳥の鳴き声が聞こえるマジックアイランドの朝。ここは人々の憩いの場所だ。

今、ワイアラエ カントリークラブで恒例のソニーオープンが開かれている。4年前までは憲さんに連れられて毎年見に行って、ミーハーの私はテレビで見知っているプロゴルファーを間近で見て、それだけで大喜びしていたものだった。プレーの良し悪しより、有名な選手がそこにいる!というだけで興奮していた。私はゴルフをしないけれど、ソニーオープンを観戦するのは大好きだった。お弁当を作っていって、芝生に座り込んでゆっくりランチを食べたりもしたっけ。。懐かしい想い出が胸をよぎる。

年を経てプレーヤーの顔ぶれも変わり、今年優勝を争っているのは私が知らない人ばかり・・ちょっと淋しい。
と、ここまで書いたら、若いお友達Kちゃんから電話。
「ソニーオープンの最終日、これから一緒に見に行きませんか?チケットがあるの・・」とのこと。とてもうれしいお誘いだったけれど、今日はお約束があるのでお断りすることになって、残念!!

夕方、ウチのコンドのエレベーターの中で、ドイツ語を話すご夫妻に遭遇。なんとなく懐かしくなって思わず「ドイツご出身ですか?」と話しかけた。「はい、そうです!」と英語でにっこりしたご夫妻に「私の娘がドイツ人と結婚して、いま、ドイツに住んでいるんですよ」と言うと、そのご主人「オー。それはとてもすばらしい選択でしたね!」とにっこりウインク。
奥さんもにっこり。

ほんの数秒で見知らぬ人と楽しい会話になった。
ただそれだけの話だけれど、こういう出会いが、私は好きだ。

明日はウクレレのレッスン。
少し練習しておかなきゃ。。
2010年1月14日(木)
パシフィックビーチホテル

今日は「木曜午餐会」の新年会に出かけた。
今から92年前、当時のホノルルの総領事だった諸井さんという方の発案で、ハワイに住む日系人のために創立された団体。
文字通り、毎週木曜日に会員が集いランチを楽しみながら、専門家の講演を聞くなど、一生勉強を続けることと日系人の親睦のために設立されたそうだ。
戦争中も、この活動は続けられていたという。「一生青春、一生勉強」というのがこの会のモットーであるらしい。会員が増え、今ではランチを共にするというこではなく、各分野の方々の講演会が毎木曜日に開かれている。

この会を始めた人々もすばらしいけれど、92年もの間、世代を超えてこの会を続けてきた幹部、会員の人たちがすごいと思う。幹部だけがいくら頑張ったって、会員の人の協力がなくては団体はの活動は続いていかない。ただ、今日集った230名の人たちのほとんどが、シニア。。
今後、この会が、若い世代に引き継がれていきますように、、と祈りたい。

今日は新年会ということで、私のような会員以外の人も自由に出席でき、ランチも楽しめるというので、例によってようこちゃんに誘われて一緒に出かけた。外部の人にも門戸を開いていることも、すばらしいと思う。

今日はお医者様による「あなたの心臓大丈夫?」というタイトルの講演や、何人かの興味深いお話があった。
その途中で、ランチタイム。とてもおいしかった。満腹になったあとの講演はみんな眠さとの戦いで、学生時代を思い出した。
とはいえ、リラックスした会のなので「なんか、寝てる人、多いですねえ」と講師が笑い出し、急遽話題を変えたり、短くしたり、、。
楽しい会だった。現在のホノルル総領事加茂氏ご夫妻も来賓として出席していらしていて、ご挨拶もあった。岡田外相のハワイ訪問とヒラリークリントンとの日米会談の直後でもあったので、そのお話もあった。
急な会談だったので、総領事以下、日本領事館は多忙を極めていたらしい。最近ハワイでは、オバマさんがクリスマス休暇を過ごしたり、ヒラリーさんが来たり、岡田外相が来たりで、なにかと話題に事欠かない。
太平洋に浮かぶこんなに小さな島なのに・・・

今日のランチは、とても日本風だった。ビュッフェスタイルのお料理もそうだったし、デザートがお餅入りのおぜんざいだったし、
なにより懐かしい日本を思い起こさせたのが、出席者一人ひとりに配られた紅白のおもち。。中にはあんこが入っていておいしそう。日本を大切に、また懐かしく思う日系の人たちの心意気が感じられた。

さて、この新年会の会場は「パシフィックビーチホテル」。
数年前まで週に3回、ここでK先生のフラレッスンを受けていた私にとって、とてもとても懐かしい場所。ウチから歩いて5分足らずなのだが、K先生がここを辞めて以来、このホテルに足を向けることはなくなってしまっていた。

久しぶりに出かけてみて、懐かしさがこみ上げてきた。
初めてここでK先生に出会って、ここでフラを始めたのは7年前。わずか7年でこのホテルも大きく変わった。当時よく憲さんと通った3階の日本食レストラン「将軍」がなくなり、2階の「ネプチューン」というレストランもクローズ。淋しいことになっていた。

ホテルだけでなく、7年の間にK先生と私の状況も大きく変わった。先生と始めたプロジェクトが定着し、K先生は日本でフラを教えたりライブショウを行うことが多くなった。ホノルルに住んでいたK先生がカウアイ島の実家に戻られてからは、私がK先生に会うのはむしろ日本でのほうが多い、ということになった。いきおい私はフラを踊る時間が少なくなり、K先生の日本での仕事のお手伝いに裂く時間のほうが多くなった。これも時の流れというもので、それもいい、、と思っている。
個人的には、次女の結婚、憲さんとの別れ、長女の結婚、私自身の引越しがあり、そして2人の孫の誕生。
なんと変化の多い7年間だったことか。。。

今日久々にパシフィックビーチホテルで過ごした数時間、いろいろな思い出が浮かんでは消えた。ジャッキーパパとママのハワイでの結婚式のときは、このホテルに滞在、ウエディングドレスに着替えて、ここから皆で教会へ向かった。初めて娘の花嫁姿を見て、憲さんと感激したのもこのホテルだった。
それより30年余り前、まだ若かった私たち家族4人と私の母とで、初めてのハワイ旅行をしたときに、宿泊したのもこのパシフィックビーチホテルだった。ホテルの周りにはほとんど高い建物もなく、沢山の民家があり、まだまだのどかだった。そのころから、このホテルと私の家族には不思議なほど深いご縁があるようだ。
2010年1月13日 (水)
JAL...

一日中きれいに晴れ上がった空を窓越しにみていると、窓ガラスの汚れがひどく気になる。
潮風に吹かれているので、その汚れのほとんどは塩のように思える。汚れた窓を拭いても雑巾がそれほど黒くならない。日本のウチのガラスはすぐに真っ黒になるのに、ここは違う。
部屋のホコリもそうだ。一日中窓を開け放しているのに、ホコリが少ない。日本のウチでは容赦なく棚にも、テーブルにも降り積もるホコリ。。
どうしてだろう?

ハワイの魅力は、絶え間なく吹いている心地よい風だけれど、それも大いに影響していると思う。これは、ようこちゃんも同感だという。
これだけ車の往来が多いワイキキに住んでいるのに、排気ガスを感じることがない。すべてこの爽やかな風が吹き流してくれているような気がする。

それにしても汚れが激しいので、ウインドウクリーニングをしてもらうことにした。自分ではとても手が届かないところで、下手をしたら落っこちそうで怖いから、時々、コンドの従業員のリンカーンにお願いしている。今日、リンカーンがきれいに拭き上げてくれた。「これで、ダイヤモンドヘッドがよりきれいに見えるでしょう!?」とリンカーン。それほど汚れていた。本来なら年末にきれいにしておきたかったところだが、リンカーンにも私にも時間がなかった。やっとクリアになった窓からの夕日がまぶしかった。

窓がきれいになったら、今度はカーテンの番。
古くなってきて限界が来ウチのカーテン。南国の太陽に直接さらされるカーテンは、一旦、もろくなるとビリビリと裂けてしまい、手がつけられなくなる。ウチのカーテンもそんな状態になってきた。

先日見積もりを頼んだ業者のサービスに満足できない上に、とても高い見積もりだった。納得できなかったので、注文をしないでいたら先日、その業者から電話があった。「ハーイ!キョウコ!カーテンの注文、どうしますか?」と。「まだ考え中でーす」と返事をした。日本だったら「考えておきます」は、お断り!を意味するがここでは通じないだろう。

そんなことを話していたら、ある友人Eさんが「ウチの娘がインテリアの仕事をしているので、相談にのりますよ」と言ってくれた。早速お願いしてウチに来ていただいた。なんと先日の業者の見積もりの三分の一の価格でできるという。
早速Eさんのお嬢さんのご協力をいただく事にした。いろいろ当たってみないとわからないということは知っていたが、ここまで価格に差が出るとは思わなかった。何でも勉強だ。
快く力になってくださったEさん親子に感謝。。。。

今日は、懸案だった窓ガラスとカーテンの件が一挙に解決。本当にほっとした。

そうそう、今日、もう一つほっとしたこと。ずっと気になっていた洗車。。。これも今日済ませた。
近頃、ハワイ島の火山灰が流れてきていて、車に黒い汚れが目立っていた。
南国のパラダイスハワイも、実際に暮らしてみると、さまざまなことが次々と起こってくるものだ。

ほっとしたあと、カーテンの件で協力してもらっているEさんと、ようこちゃんと三人で夕食に出かけた。
ハワイでの生活が長いお2人とのお話は、とても面白い。「へえ。。はあ。。」と聞いているうちに楽しい時間が過ぎていった。

こちらでもJALの惨状を知ることができる。
人生の半分以上をJALとともに生きた憲さんだし、当然私にも深い愛着がある。ジャッキーママも、あこがれて入社し3年余り勤務していた会社でもある。その後、ドイツの航空会社に転職したのだが。。。彼女にとってもつらいニュースだろう。

いろいろなことが身近にわかるだけに、複雑な思いでいっぱいだ。
ハワイにはJALびいきの日系の方も多い。
「再生されるJALのシンボルマークをあの赤の鶴丸に戻して欲しいね。。」という話を聞いた。私もそう思う。

日本の繁栄を誇らしく背負い、雄々しく飛んでいたあの鶴のマークがひどく懐かしい。
2010年1月9日 (土)
すし詰めのワイキキトロリー

朝7時半からの「気功」レッスンに出向く。
ウチのお近くにお住まいのKさんの車でピックアップしていただいて、ご近所さん合計4人でマジックアイランドへ。
こちらでは、車に乗せたり乗せてもらったりの助け合いがあり助かる。私も一人で車で行くことができるけれど「皆で一緒に
行ったほうが楽しいじゃない!」と言って下さるのでお言葉に甘えている。

昨日「整体」をして下さったH先生の体操から始まる。20名以上の人たちが朝日の中、芝生の朝露を踏みしめながら気持ちよくストレッチ。自然な免疫力をつけるために体のリンパの流れをよくすることを目的にしているのだと思う。
周りの木々から、小鳥のさえずりが聞こえ本当に気持ちがいい。先週は初めてだったので、よくわからなかった「気功」の動きも息の吸い方、吐き方も少しだけ、わかりかけてきて楽しかった。そこには最高89歳のおじいちゃまを筆頭に、私よりずーっと年を重ねている方が沢山いる。ニコニコとしていて、しゃきっとしたシニア。もちろんようこちゃんも「気功」のメンバーである。
私など、まだまだ若いのだ、しっかりしなくちゃ、、と思う。2010年年頭から、新しい経験ができてうれしい。

若い人と一緒にいることも、若返りのためにとてもいいことだけれど、大先輩を見て元気を出す、というのもいいことだ。
よくこのごろ、元気をもらう、とか勇気をもらう、、という言い方をするけれど、元気も勇気も自分で出すものだと思っている。

約1時間半のエクササイズを終えると、お仕事に向かう人、急いでお家に戻る人以外のほとんどのメンバーが、お向かいのアラモアナセンターの
「マカイマーケット」へ。朝早くからここだけはオープンしている。私たち約20名は、それぞれコーヒーと好みの朝食を買ってきておしゃべりする。朝から日本そばを食べる人もいるし、ピザを食べる人も。。私はコーヒーとチョコレートクロワッサン。おいしかった。この時間、「気功」のメンバーは仲間がここで集まっていることを知っているから「気功のレッスン」をパスして、この朝食にだけ合流する人もいる。自由で楽しい。

そのあと、ようこちゃんとアラモアナセンターを少し散策した。ようこちゃんはデジカメの操作を勉強するためにこれからパソコン教室に向かうという。ようこちゃんは、なににでも挑戦する人だ。すごいと思う。

ようこちゃんとわかれて、私はハワイ使っているプリペイドの携帯電話の料金チャージをするためにシアーズへ。
そして、白木屋のBook offへ。。単行本を2冊買った。ウチへ帰ろうと歩いていると、キャー。。という声が聞こえた。
日本人の若い女の子の一団からだった。

ふと見ると、木梨憲武さんと安田成美ファミリーがコーヒーショップに入るところだった。
3人のお子さんを連れた、とても感じのよいご一家だった。黄色のTシャツ姿の憲武さんは本物もまさにあの通りだったが、安田成美さんはさすがに美しかった。

ウチへの帰り、車はないし、バスに乗るのもつまらないと思ったので、ワイキキトロリーに乗って帰ることにした。何年ぶりだろう。。
JCBカードを提示すれば無料、、というので、カードをかざして運転手に見せようとしたけれど、全く見ちゃいない。
それがなければ2ドルだというのに。。。まあ、これもハワイ。。。

ワイキキトロリーは、ウチの近くで停まるので大変便利。バスより気持ちがいいし車を使わないときは、これもいいなあ、、と思った。久しぶりに乗って新鮮で楽しかった。

だが、このごろこのトロリーも沢山の種類ができてわかりにくい。
HISのお客様用、JTBのお客様用、それに。。なんだかややこしい。
私の場合は、2ドルを払うか、JCBカードを提示して無料で乗れるトロリーを使うしかないのだが、このトロリーがいつも満員状態。
まるでちょっとした日本のラッシュアワーのようだ。
今日も私は途中まで立っていた。乗り切れないで次のを待たなければいけない人も沢山いた。今日、私は実際に乗ってみて、これで事故が起こったら被害が大きくなるだろうなあ、と思った。

おもしろいことに、旅行会社のお客様専用のトロリーはとても空いているのだ。いろいろ事情もあるのだろうが、すべての観光客のために、快適なトロリーの運行が行われるといいなあ、と思う。
2010年1月8日 (金)
コリコリ?

午後から、スポーツインストラクターであり、整体などの研究をなさっているH先生のお話を聞きに行った。20名ほどの人が集まっていた。理路整然とした興味深いお話に、一生懸命耳を傾けていたら「先ほどから、皆さんを見ているんですが、この中にかなり体が固まっている人がいますね。ちょっと気になっているんですけど。。」とおっしゃる。
「あらあ。誰かしら・・」 あたりを見回しても、それほど体がカチカチの人はいない。
一時間のお話が終わって、会場の気分がほぐれたとき先生が、私のところにすーっと寄っていらした。
「あなたの体が気になって。。」と。。
びっくりした。

肩の辺りから上がコリコリになってるはずよ。。といわれ、先生はグルグルと私の肩をまわし、後ろから羽交い絞めのように背中を押さえたかと思うと、「ボキッ!!」と体の歪みを治してくださった。あっという間だった。気がつかないうちに私の身体はかたく固まってしまっていたようだ。急に目の前が明るくなり、背が高くなったような気がした。すっきりした。

足の怪我以来、一ヶ月以上足をかばって歩いていて身体に無理があったのかもしれないし、最近フラのことでPCに向かうことが多かったせいで、目も疲れていただろう。足の怪我のせいで運動も思うようにできていない。確かにコリコリだったのだろう。
今日は思いがけず「整体治療」をしていただいて、ありがたかった。

夕方から、Kちゃんとようこちゃんと三人で「サムズクラブ」へ行った。日本にもある「カスコ」(日本ではコストコと呼んでいるけど)のようなお店で、なにもかも大量に買うことになる。私はここでトイレットペーパーのまとめ買いをする。36ロール入りの大きなパックをKちゃんの車でウチまで運んでもらった。これで当分の間は「サムズクラブ」に行く必要はなさそうだ。

明日はまた朝6時に起きて、「気功」のレッスンに行くつもり。早朝のマジックアイランドで運動するその気持ちよさが病みつきになりそうだ。といっても、早起きはどうも苦手。明日はようこちゃんにモーニングコールをお願いしてある。
「気功」のレッスンの前に、今日私に「整体」を施して下さったH先生もマジックアイランドにいらして、ストレッチなど、エクササイズをしてくださるとのこと。それも大いに楽しみだ。

H先生のお話によると、ハワイの気温、気圧、湿度が人間の身体と心の健康促進にもっとも適しているのだとのこと。人間がもっとも快適だと感じる気候なのだそうだ。

「ハワイに来るとなぜか元気が出て、心が癒される」と皆さんがいうのは、そういうことからなんです。
こんなにも恵まれた場所に生活できることを、ありがたいと思い、感謝をすることでもっともっと元気になれるはずですよ、ともおっしゃった。

何ごとにも感謝をして、さらに元気に・・・その通りだと思う。
2010年1月7日 (木)
ハワイでちゃんこ鍋!

年が明けて一週間足らず、まだ新しい一月のカレンダーに、ほとんど毎日なにかしらの予定が書き込まれている。
日本からの友人来訪も、一月末までないし、本当は暇なはずなのに、、である。

このところ夕食に出かけたり、ランチを共にしたり、お宅を訪問したり、いろいろなお友達と共に過ごすことが多い。

火曜日(4日)には、シニアライフ協会の映画鑑賞会があって、20人くらいのメンバーと共に「カサブランカ」を観た。
私はこの映画を見たのが初めてだったような気がする。この映画の中の有名な「君の瞳に乾杯!」という名セリフには記憶にあるがストーリーの詳細までは知らなかった。なにしろ、65年くらい前に作られた映画なのだそうだから。。

日本語の字幕スーパーが入ったほうがわかりやすいというので、字幕付きで鑑賞。私のような人間にはそれがなくては、ストーリーさえ追えないからありがたかった。でも、アメリカ生活の長い人たちにとっても同じことだという話が出た。映画のセリフは、いわば、練りに練って簡潔に、しかもステキな言葉で綴られているから、いわゆる日常英会話ではないわけで、アメリカに生まれ育った人しかわからないニュアンスがあるという。

水曜、木曜、金曜日、立て続けディナー、ランチ、ランチとお友達との外食が続いた。初めてハワイで鍋物専門レストランに出かけた。
塩ちゃんこ鍋がとてもおいしかった。

「ハワイで鍋物、なんて絶対、はやらないだろうと思っていたら、今ではランチも予約をとらないと入れないくらいの人気レストランになったのよ!」とYさんが連れて行ってくれたそのお店は、アラモアナセンターのすぐ近くにあった。鍋物は冷房のきいたお店で、ふうふう言いながら食べるのが気持いい、ということを知った。
いいお店を教えてもらってありがとう。Yさん。

日本時間の5日(火)、マヤが初めて保育園に登園した、、という報告がマヤママから届いた。
朝、ママと別れるときに涙、涙、だったらしいが、そのうちに慣れて、お迎えに行ったときはご機嫌だったという。
保育園でのマヤの様子が、ウェブカメラで見ることができる、、とマヤママから聞いた。なるほど、パスワードなどを入れてみると、小さい画面ながら、マヤの保育園のお部屋全体が実況中継のように、画面に現れた。

今日マヤは、黄緑のシャツを着ているから。。といわれ、マヤを探したが、私の目にはみんな同じ幼児に見えて、判別がつかなかった。でもマヤママはさすが、我が子をみつけ、じっとその動きを追っていたという。マヤはまだ慣れない園生活に、いまひとつ溶け込めないで、ママ恋しさにお部屋の出口から脱出しようとして、何度も保母さんに抱きかかえられてお部屋へ戻されていたのだという。

日本でもハワイでも、またドイツでも、東京のマヤの保育園での姿を同時中継で見ることができる。
なんというすごい世の中になったのだろう。。。

生まれてはじめての親離れ。
ちょっとした試練だね。マヤにとっても、親にとっても。。。
マヤママは特に仕事をするつもりもないけれど、早めに社会生活をさせたくて保育園に入れることを決めた。ジャッキーもドイツで保育園通い。

2人とも、たのしい園生活を送って欲しい。急速に言葉が身につくことだろう。すこしだけ、親の手を離れて日々成長していく孫の姿に「がんばれ!!」と声援を送りたい。

ハワイに来て一ヶ月以上たったが、今回一度も虹を見ていない。
もちろん見逃しているのだろうが、お友達も確かに虹が少ないわねえ。。。という。
雨が少ないせいなのだ。。

雨季のはずなんだけれど、見事な青空の日々が続いている。
2010年1月3日 (日)
いわしの缶詰

朝から落ち着かなかった。
フラのK先生の2010年の日本でのプロジェクトのあれこれが、二転三転して、なかなか決定できないで、とうとう年を越してしまった。
日本人の私としては、先へ先へ急ごうとする傾向があり、仕事はできるだけ早くこなすこと!という信条があるのだが、忙しい日々を送ってるK先生との間では私は常に「待ちの姿勢」で仕事に臨んでいる。しかし、今日こそはっきりしなくては、、というところまで来ていた。

やっと、今朝からお昼過ぎまでのメールや電話のやり取りで、具体化するところまで来た。少しほっとした。2010年のフラのプロジェクトが、前年に増してうまく行きますように。。。明日から今年の初仕事にとりかかる。

夕方から、ようこちゃんと「マルカイ」に出かけた。日本の商品が多く売られているスーパーである。
ハワイで売っていそうで、売っていないもの、たとえばセラミックの大根おろし器と、じゅうたんの表面のホコリを取る粘着テープのコロコロローラーなどを買った。

食料品のところも、さすがに品数が豊富。今夜はようこちゃんとここで材料を買って、ウチで一緒にお料理をしようということになった。
アメリカ暮らしの長いようこちゃんは、やはり油ものが好きで、私はそれに比べると断然油抜きの野菜、魚中心の食事が好き。
今日のところは、ようこちゃんに我慢してもらって、純和風のメニューにした。

野菜の煮物、野菜のスープ、アサリの酒蒸し、なす焼き、とろろ。。。それにメインと称して、いわし缶詰。メインがいわしの缶詰というのが、なんとも・・・なのだけれど、これがとてもおいしかった。買ったばかりのセラミックのおろし器で、とろろもおいしくできたし。デザートはゆであずきとお餅。本当に満足、満腹。

久しぶりでようこちゃんと2人だけの時間だった。
積もる話がいっぱいあって、時間があっという間に過ぎた。
ほとんど京都弁で話せる、お互いにとって貴重な時間。

夕方、ウチのコンドのガレージで、顔なじみの白人の男性と挨拶をかわした。お名前も知らない人。
ここでは、誰とでも「ハーイ」だとか「元気?」とか笑顔で声を掛け合う。私はその彼ともその程度の挨拶しかしたことがなかった。
今日、彼はめずらしく私に話し始めた。
「あの、一度聞こうと思ってたんですけど、ご主人は、今、日本なんですか?あなたと、お嬢さんとお孫さんにはよくお目にかかるけど、あなたのご主人とはこのごろお会いしていなくて。。彼はどうしていますか?」と言う。
「そう、主人に会っていないでしょう・・・実は彼は3年半前に、急に亡くなったんです。ここハワイでね」

彼は本当に驚いて「いつも顔をあわせると、ご主人は気持ちよく話してくれてね。すばらしいナイスガイでした。このごろ会わないので、気になっていたんです。知らなかった。本当に残念です」と。

思わぬ人から「ご主人はナイスガイでした」などといわれてうれしかった。照れ屋だったのに、知らない人とでも話をしていたであろう憲さんの姿を
思い浮かべた。彼の中に、憲さんがほんの少しでもいい思い出を残していたことが、なにかうれしく幸せな気持ちになった。
よかったね、憲さん。
2010年1月2日 (土)
葛飾北斎展

お正月2日目。
新年早々、とてもすばらしい経験をしてきた。
ホノルル美術館で開催されている「葛飾北斎・浮世絵展」に出かけた。
美術館内の気持ちのよいカフェテリアでランチをいただいたあと、日本人の方のわかりやすく楽しい解説つきで
浮世絵を鑑賞。

有名な冨嶽三十六景(ふがくさんじゅうろっけい)のすべてが展示されていて、日本での展覧会と違って
作品のすぐそばへ寄って鑑賞できるとあって、大変身近に一つ一つの作品を感じることができた。
これほどの作品が一堂に会することはめったにないそうだ。ほとんどの作品に見覚えがある。
それほど有名なものばかり。

美術オンチの私だが、決して作品の仕上がり具合に妥協をゆるさなかったという、創造性豊かな天才の作品に圧倒されつつ、楽しい時間を過ごした。海外のアーティストにも大いなる影響を与えた日本の誇り、葛飾北斎の作品をハワイで見ることができて、感激だった。

帰り道、ご一緒した友人たちと、Zippy's でおしゃべり。
それぞれの人生を送ってきてシニアと呼ばれる年齢になり、ここハワイで初めて知り合った人たちとおしゃべりをするのは、とても楽しい。日本にいたら、絶対に会うはずのなかった人たち。大切にしたいと思う。

今朝、美術館に出かける前、9時にFred がウチに来てくれて、やっとキッチンのディスポーザーが新しくなった。これで心おきなく水道が使える。
ディスポーザーの音も静かになって、うれしい。
2010年1月1日 (金)
初日の出とブルームーン

2010年の初日の出は、アラモアナのマジックアイランドから、シニアクラブの皆と見た。「あけましておめでとうございまーーす」の挨拶が飛び交う。

朝7時集合で、約30名の人たちが集まった。夜明け前の薄明かりの中を芝生の朝露を踏みながら、ビーチまで歩き、完璧に晴れ上がった空に初日の出を迎えた。すばらしかったのは、西の空に満月が輝き、さらに東の空にダイヤモンドヘッドから昇る朝日を臨めたことだ。

満月とヤシの木、振り返ると黒々としたダイヤモンドヘッドから昇る黄金の太陽。。。本当に夢のようだった。
写真に両方を撮ることはできないのが残念だったが、余りにロマンティックだったので朝日と満月、それぞれの写真をHPに掲載した。

この満月はブルームーンと呼ばれるそうだ。同じ月のうちにフルムーンが2回訪れることはまれで、その2回目の満月が今朝のブルームーン。
英語では「久しぶり」のことを「まるで、ブルームーンみたいだね」と言い表わすことがあるという。

本当にすばらしいこの光景を新年早々見ることができ、ビーチの潮風と共になんともいえない爽やかさを味わった。幸せだった。

そのあと、同じ場所で行われたシニアライフクラブの「気功」のレッスンに初参加した。歌うときの呼吸法、体の作り方と同じだと思った。踊りもそうだし、すべてのことに共通するものを感じた。朝日を浴びながらの一時間半のレッスンはとても気持ちがよかった。

レッスンが終わると、オレンジジュース、グアバジュース、そしてお神酒で乾杯。「マラサダ」の差し入れもいただいてみんな「幸せ!」

夕方、一日遅れで紅白歌合戦のTV中継を見た。
私にとっては、とても歌とは思えない曲が多くて、今回のテーマであるらしい『歌の力』を感じられなかった。確かに踊りも昔に比べると格段にうまいし、すごいとは思う。日本から友達も同じような感想をメールで送ってきた。年代のせいなのだろうか?

「マイ ウェイ」をすばらしく歌い上げた布施明さん、今回で紅白を卒業するという。若い人に活躍の場を譲りたいという気持ちからのようだが、日本にも彼のように年を重ねてもなお、ステキなおじさまがいることを見せ続けて欲しいし、本当の歌い手とはこういうものだ、ということを紅白で示して続けて欲しいのに、、と思った。

明日は、ホノルル美術館へ出かける予定。
3日まで「葛飾北斎展」が開かれている。

ちょっと淋しいのは今日も明日も、ようこちゃんと一緒じゃないこと。
ようこちゃんはご親戚の新年会にでかけるので、お正月は忙しいのだ。
本当に忙しくて、ひっぱりだこで元気なようこちゃん。
私の理想のシニアライフだ。
私の今年の抱負は、、沢山食べること。。
そう、ようこちゃんのように元気でいたいから。
2009年12月31日 (木)
カウントダウン&花火〜新年

やはり、ワイキキビーチでのカウントダウンと花火を楽しんで、新年を迎えた。深夜に女性の一人歩きは危ない、、とようこちゃんからも、他の人からも戒められていたが、私にとってのハワイでの新年の迎え方はこれしかないのだ。ようこちゃんに「ワイキキは一年中で一番人出があって、
犯罪など起こるはずがないから。。」と電話をした。

「うーーん。まあ、いいけど、心配だから花火が終わってウチに帰ったらすぐに電話しなさいよ。私は起きて待っているからね」・・まるで聞き分けのない子にお母さんがいう言葉だ。

2010年1月1日、午前0時花火が始まり約10分で終わった。ここはアメリカと言っても、ハワイだから、カウントダウンが終わったらすぐに”Happy New Year!” などと、誰かれなく抱き合ったり、キスをしたりはしない。ようこちゃんが心配してくれることなど、起こるはずがない。

10分間の花火って、日本の花火大会に比べたら本当にかわいいものだ。でもこの花火がこちらの人の大切な一大行事になっている。日本の花火大会ほど、大掛かりで長時間楽しめるのは世界中探してもないような気がする。アメリカ本土で「独立記念日」の花火も見たことがあるけれど、やはりあっさりしたものだった。

0時10分には花火を見終えて、私はビーチから徒歩4分のウチへ向かった。花火が終わると皆いっせいにホテルや自宅へ帰るので、歩道はいつになく人でいっぱい。少し様子が違うのは、あたりが煙でかすんでいること。爆竹があちこちではじけ、その煙が街中に立ち込めているのだ。そして若者の奇声に近い歓声が上がり、車もいっせいにクラクションを鳴らして走る。確かににぎやかで、ちょっと異様。火薬の匂いもしていつものワイキキではない。

こちらで一般の人が花火を買って楽しめるのは、決められた時期だけ。たしか、独立記念日と、新年を迎えるときだけだと思う。
解禁されている間に、ふつうの人は思い切り爆竹や、花火を楽しむ。大晦日は午後から花火の音があちこちで鳴り響いていた。それは年が明けてからも2時間ほど続く。「うるさくて眠れない、、」という苦情もあるし、例年のごとく花火が原因の山火事あったようだ。

人でいっぱいの歩道を歩きながら、ようこちゃんに電話をした。「もう花火は終わって、私は元気にウチに向かってます、人がいっぱで、安全そのもの。大丈夫よ!」そう言ったのに、ようこちゃんは「それでも心配だからウチへ入るまで電話を切らないほうがいい、このまま話し続けましょう」という。お陰でようこちゃんに守られながら、無事にウチに着いた。ありがとう、ようこちゃん。

「さ、早く寝なくちゃ!」朝5時半に起きて、初日の出を見に行くことになっているから。。あしたはY子さんからのモーニングコールで起こしてもらうことになっている。

新年になっても、どこまでも人様にお世話になっている私である。
2009年12月31日 (木)
大晦日、だけど。。

日本との時差で、一日遅れで今日がハワイの大晦日。
日本ではもう新年を迎えている。「寒い元旦ですよ。。」と日本の友人からメールが届いた。紅白歌合戦も終わったようだが、こちらの元日、明日の夕方からTV放映があるようだ。私もゆっくり見ようと思っている。

11月末からずっとお天気のよかったハワイだが、ここ数日風の向きが定まらず、急に曇ったり、雨が降ったり。。
年末年始を過ごすために、こちらに来ている観光客のためにも、新年からは安定したお天気が戻りますように、、と思う。

大晦日だといってもピンときていない私なので、ふつうに過ごしているが、ふと窓の汚れが気になりだし、ようやくとりあえず手の届くところだけ窓拭きをした。ここのコンドの構造上、とても窓が拭きにくく、第一危険だ。万一、ウチの窓から落っこちたら下はプールなのだから。いつもは、コンドの従業員リンカーンに頼んで拭いてもらうのだが、今回は新年になってからお願いしようと思っている。だけど、余りにも汚れが気になったので一部分だけ、手の届くところだけきれいにした。ちょっと満足。

今朝、フラのK先生から電話。日本での仕事の件で打ち合わせだった。
「目下、考え中、、」というK先生自身の懸案事項の決定は年明けになりそうだ。私もハワイタイムに慣れたせいか、仕事が私の思うように進まなくても平気になった。郷に入っては郷に従え、、である。

今夜はワイキキビーチで恒例のカウントダウンがあり、年が明けると同時に海上に花火が上がる。憲さんと毎年でかけていたから、今年は一人でふらふら見に行こうと思っていたら、みんなが異口同音に「やめなさい、危ないから。一人で行くなんて無茶よ」という。

ハワイ在住の人がそういうのだから信じたいのだが、私にはそうは思えない。ワイキキにあるホテル、コンドからぞろぞろ人が出てきて、一斉にハッピーニューイヤー!と楽しい気分で花火を楽しむのだから、いまだかつてそんな危険な空気を感じたことがない。確かに爆竹の音でにぎやか過ぎるといえばそうだ。ウチとワイキキビーチの間は徒歩約4分。途中の道もホテルやコンドが立ち並び、沢山の人が歩いている。特に大晦日は大賑わい。

「絶対に危険じゃないわよ。。」と言い張る私に、皆がいうのは「アメリカではハッピーニューイヤー!!と年の変わった瞬間に、誰かれなく抱き合ったりキスをするのよ、一人じゃ危ない!!」ということだった。だけど、ワイキキではそんな風景は見たことがない。ニューヨークあたりのニュースではそんなシーンを見たことがあるけれど。。。年越しを人で埋め尽くされたビーチで花火と共に迎え、すぐに帰って朝7時の初日の出を見るべく早くベッドに入ろう、、と思っている。
こんなに平和な年越しはないと思うのだが。。。

たぶん、私は周りの忠告を無視して、今夜一人でふらりと花火を見に行くだろう。それを楽しみにしていたのだから。
憲さんが亡くなって以来、初めて一人で迎えるお正月だ。今まではドイツや東京で娘一家と共に過ごした。彼女たちの思いやりで一人ではなかった。でも、今年からはもう大丈夫。一人で憲さんが居たときと同じように、ハワイでの新年を迎えるつもり。あとでようこちゃんに叱られるのを承知の上で。。。

昨日こちらのドンキホーテで、鶴瓶さんを目撃した人がいるそうだ。
一時より芸能人のハワイ入りが減ったと言われるけれど、きっと沢山の有名人がこちらに来ているのだろう。
何年か前、憲さんがゴルフ場で偶然、鶴瓶さんに会い、何を間違ったか向こうのほうから丁寧にお辞儀をされてびっくりしたことがある。「なんか、とてもいい感じの人だったよ、、」と憲さんはまんざらでもなさそうだった。
今、オバマさんもここに居るし、ハワイはなにかとにぎやかだ。

ところで、Fredが今日あたりディスポーザーの取り付けに来てくれるはずなのだけど、連絡がない。
電話をしてみたら「1月2日、朝9時に行きます。所要時間は一時間、いいでしょうか?」とのこと。それまで大々的にキッチンのシンクを使うことはできない。少しならいいけれど、お料理は不可能に近い。
それならそれでOK。こちらは気楽なものだ。日本で大晦日からお正月にかけて水道が思うように使えないとなるとそれはもう一大事だけれど、こちらでは何とでもなる。これ幸いと、好きなものを買ってきて食事をすればいい。
物は考えようだ。

と、こんな大晦日。これから散歩がてら、ワイキキに出てみよう。人出が多いことだろう。
足ももう大丈夫だし。。。
2009年12月30日 (水)
年末にカラオケ!

朝9時に、Fredがキッチンの水漏れのチェックにきてくれることになっていた。昨夜からは、思い切りキッチンの水道を使えなくなった。大量に使うと水が漏れる。。こわいこわい。。。

昨夜は忘年会で使った食器が沢山あったのだが、大きなディッシュウオッシャーがあるおかげで、すべてのお鍋と食器は寝ている間にすべてきれいになった。

キッチンの水道は極力使わないようにして、水漏れを防ぎつつ、Fredを待った。いつもは時間厳守をモットーとしている彼が、9時半になっても現れない。いつもは時間厳守の人だけに、どうしたのかな。。と心配になった。30分待って電話をしてみた。「ああ。。うん、はい、、、20分以内に伺います」とのこと。そしてきっかり20分後に来たFredは、開口一番「ごめんなさい。時間厳守のはずなのに、今朝は寝坊しました!夜中に目が覚めて、二度寝をしてしまったんだよね。あなたから電話があったとき、まだ朝6時ごろだと思ったんだけど、9時半だった。もうびっくりして。。本当にごめんなさい」 アメリカ人なのに、盛んに”Sorry”を繰り返す。まじめな人なんだなあと思う。

水漏れの原因は、古くなったディスポーザーにサビがでて、そこから水が染み出てくるということだった。古くなりすぎていて修理不可能とのこと。明日にでも新しいのを設置してもらうことになった。Fredは、これからホームデポに行って、新しいのを買ってくる, とのことだった。ついでにカーテン、ブラインドのことも相談した。細かいことだけれど、バスタブにお湯をためるための「栓」も欲しいと頼んだ。こんな風にFredに相談すれば、大抵のことは助けてもらえる。良心的な仕事をしてくれるので、ありがたい存在だ。

さすがにお正月を迎えるにあたって、なにか日本の新年らしいものを用意したくなって買い物に出かけた。
数の子、おもち、それから簡単なお雑煮の準備。お客様があるわけではないし、好きなものだけがあればいい。
スーパーに行ってみると、日系の人がおせち料理の材料、あるいは出来合いのおせちを買い込んでいる。きちんと日本の伝統を守ろうとしている姿が、見ていてほほえましい。ちょっと日本とは違うんだけどな、、と思うことも多いが、移民が始まって以来、ハワイでの日本の文化がこうして作られて来たのだろう。

紅白のかまぼこなどは、日本の有名な会社のものが日本よりずっと安く売られている。ふつうのかまぼこが、お正月になると
急にその値段が跳ね上がるのを毎年、日本で経験してきたから、ちょっと驚いた。

お買い物から帰ったら、留守電が入っていた。ようこちゃんからだった。
「あら。。お出かけ??お誘いですよ。急だけど今夜カラオケはどう??って。Mさんご一家からお誘いを受けたの。一緒に行こう!」 そんな楽しい話に乗らないわけはない。早速お返事をして、6時に車でお迎えをしてもらうことに。カラオケがメインのお楽しみだが、その前にディナー。Mさんご夫妻と日本からいらしているお母様、そしてようこちゃんと私。5人でおいしい沖縄料理のレストランへ。ここは憲さんとよく来ていたところで、オックステールスープがおいしいお店。とてもとても懐かしかった。
今日いただいた沖縄風の具沢山のお味噌汁はエビのだしで、本当においしかった。

そしてワイキキのカラオケへ。いつものことだが、少ないレパートリーの中から「何を歌おうか?」」と分厚い本をめくっているだけで時間が過ぎる。
シニア5人組みは、ゆったりととてもいい時間を過ごした。英語の歌あり、演歌あり、小学唱歌あり。。。私以外は、数十年ハワイに住んでいる人なのに、どうしてこんなに沢山の日本の曲を知っているのだろう?と思った。やはり日本人なのだ。

ようこちゃんだけは、歌わずもっぱら踊る。ステップを踏みながら実に楽しそう。こちらの仲間から、カラオケ!というとようこちゃんがダンサーとして参加してくれることをおおいに楽しみにしていると聞いていた。私はハワイでのカラオケが初めてだったので、やっとそれを確認した。本当に元気なようこちゃんで、頼もしい。それにようこちゃんのダンスは軽やかでステキ。なによりこぼれる笑顔がいい。踊りが好きな人の笑顔だ。

こんな年末にシニアが揃ってカラオケなんて、本当に夢のようなハワイの一夜だった。思えば日本はもう、大晦日。もう紅白歌合戦、始まったかな?
2009年12月29日 (火)
三世代忘年会

朝から曇り空。最近コナウインドが吹いているのか、少し湿度が高く、蒸し暑い。
今日は一日中、晴れ上がることはなかった。

今夜はウチで忘年会。ようこちゃんとKちゃんと、彼女のルームメイトのEちゃんと4人で・・・・
ここで一番おいしいポキ(ハワイ風生マグロのづけ)が買えるのは、Food Landというスーパーだ。
今日はメインをこれにしようと思って、ポキとスパイシーポキ、それにコリコリと歯ざわりのよい貝のポキを買ってきた。
しばらくぶりで行ったFood Land,ここで私は大目玉商品を見つけた。
私の大好きなチェリーコークの大安売り!!
なんと、3カートン(36缶)で、11ドルと少しだった。正確な数字を覚えていないのは私の常で、
算数に弱いせいで具体的に通常の値段よりどれほど安いかわからないけれど、一目で「すごく安い!!」と思った。

さすがに運ぶのが重すぎるし、36缶も飲みきれるのかしら?と思ったけれど、今から約2ヶ月はハワイに居るわけで、
きっと足りないくらいだわ。。と思ったので、カートに「よいしょ!よいしょ!」と乗っけて買ってしまった。

さて忘年会。ようこちゃんが沢山ご馳走を持ってきてくれたので、いったい何種類のメニューがあったのか、わからないくらい
テーブルにはあふれるようにお皿が並んだ。まるで孫と母と祖母のようで、3世代そろった食卓はにぎやかで楽しかった。途中、ドイツにいるジャッキーのおうちにスカイプを入れた。ハワイのウチにみんなが集まっているので、ジャッキーママはびっくり。ジャッキーはこの間ハワイで会ったばかりのKちゃんやEちゃんの顔を画面でみて、ちょっと照れくさそうだった。

11時過ぎお開き。楽しい時間はすぐに過ぎる。
今日、Kちゃんのご両親がハワイを発って、日本に帰られた。2週間余りご両親と楽しい時を過ごしていたKちゃんは心なしか今夜は少し淋しそうだった。その気持ち、よくわかる。

Kちゃんは「キョウコサンのお家は、自分のお家みたいで、すごく落ち着くの!」と言ってくれる。今日も「ただいま!!」と入ってきた。ようこちゃんまで「ただいま。。」と入ってきた。そういうことが、私にはとてもうれしい。
Kちゃんのコンドはモダンで、私はとてもステキだと思うのだけれど。。。

その我が家のキッチンで、夕方異変が起こった。お料理をしている最中にシンクの下に水が漏れているのを発見。
コンドでは水漏れが一番怖い。階下のお宅にまで水が漏れたら一大事。あわてて見てみると、どうやらディスポーザーからの漏水のようだ。
早速、こんなとき頼りにしているFredに電話をした。一年前、このうちの改装をしてくれた人だ。ありがたいことに明日の朝、9時に来てくれることになり、ほっとした。

そして、窓のブラインドにも異変が。。カーテンも替えなくては、、だし、ちょっと大変。
また憲さんと使っていたものが古くなり、新しいものに変えられていくことになりそうだ。時が過ぎるというのはこういうことなのだ、と思う。

一昨日、車のタイヤを変えたばかりなのに、なにかと物入りな年末になりそうでちょっとだけ気が重い。
2009年12月28日 (月)
今年最後のウクレレレッスン

今年最後のウクレレレッスンの日。日本での12月29日なら、年末につきレッスンはお休みになる時期なのだけれど、
こちらではふつうにふつうのことが行われる。

今年一月に発足した「クプナ アイランダース」だが、一ヶ月一曲のペースで進めているので、もう12曲レパートリーがあるはず。
年末にあたって、我らがジョディ先生は、クプナ(ハワイでは尊敬を込めてお年寄りのことをこう呼ぶ)さんたちが、これだけ演奏できるようになったことを、
手放しでほめてくださった。このクラスは「クプナアイランダース プロフェッショナル クラス」と呼びましょう。。などとうれしいことまで。。。

「このグループはボランティアでの出演回数が多く、場数も踏んでいて、それがいい経験になっているね。このグループの上達振りが、僕の周りの人たちからほめられているんだよ。ほんとによくやってるね!!」。。と。
事実、メンバーはとても熱心で、お家での練習を欠かしていない様子。私も頑張らなきゃ!

来年からは又新しいテクニックを教えてくださるという。その導入として、今日は先生がデモンストレーションを聞かせてくださった。そしてそれを、少しずつ私たちにも体験させてもらった。
今年の締めくくりに、さんざん褒め上げてもらって私たちは、すっかりいい気持ちでレッスンを終えた。
ジョディはとてもいい教師だと思う。生徒の気持ちがよくわかっていて、きちんとカリキュラムもできていて。。。
32歳になったばかりだというのに、すばらしいリーダーシップがある。仕事もできる。頼もしいジョディ先生だ。

今日、ジョディが言ったことが、心に残った。
「来年は、身体を鍛えること。日本語を勉強すること。そして一瞬一瞬を、幸せにポジティブに、楽しく生きることをモットーにしていきたいと思います。過去は過ぎ去っていくもの。それにこだわらず、前に向かって楽しく過ごそうと思っているんだよね!」
いつもレッスンの始まる前に、ジョディが私たちに向かって話すことはいちいちうなずける。さて、私の来年の抱負は?
考えてなかったなあ。。

「じゃ、また来年、いや。。来月??ん?つまり来週また会いましょう!!ではよいお年を。。」と皆さんと別れてきた。ウクレレクラスはお正月休みもなく来年は1月4日から始まる。

レッスンのあと、Yさんと待ち合わせてランチに出かけ、イタリアンを楽しんだ。少し遅い時間だったので、私にしては沢山いただいて満腹、そして楽しいYさんとの会話に満足。
Yさんは十数年前、病を得て右半身に少し後遺症が残っている。Yさん自身、とても前向きなかたで、ご主人もとても協力的。
Yさんの心身のリハビリも考慮に入れた上で、ハワイ長期滞在をなさっている。ご主人には日本でのお仕事があるので、Yさん一人でハワイに居ることも多い。「幸いこんなに元気になれて、本当に幸せ。病気になってから本当の幸せの意味がわかるようになって、逆に病気になってよかった、と思うくらい、今の自分をありがたく思っているのよ」と笑うYさん。歩くのだって、私より速いくらい。Yさんは、本当にすごい。

Yさんと別れたあと、ワイキキの端から端まで歩いて帰ってきた。うん、もう足も痛くない。ほとんど意識しないで歩ける。
足指の怪我は90%は治ったと思われる。まだ本格的にステップを踏めないけれど、そろそろフラの基本練習から始めなくては、、、。

あと数日大事をとって、ジム通いも、フラの自分練習も年が明けてから再開。。と決めた。
2009年12月27日 (日)
タイヤ交換

私にしては、めずらしく朝早くから行動開始の一日になった。
8時30分過ぎにウチを出て、ようこちゃんをピックアップ。一緒にアラモアナのマジックアイランドに出かけた。
私は長い間ハワイにいるのに、マジックアイランドがどこなのか。。実は、わかっていなかった。
2010年の元旦にマジックアイランドで初日の出を見たあと、そこで行われるハワイシニアライフ協会主催の「気功」のレッスンを受けようと思っている。

そのための今日は予行演習。ようこちゃんをナビゲーターをお願いしてから、マジックアイランドまでの道のりを教えてもらった。
「なーーんだ、ここがマジックアイランドなの??それなら、私、知ってたわ。。どこにも「マジックアイランド」なんて書いてないからわからなかった。。」 私自身、何度も行ったことのある場所だった。私のうっかりぶりが、また露呈した。

そこからアラモアナのマカイマーケットへ。。
まだ9時過ぎなのに、もうここはオープンしていて、沢山の人が朝食をとっていた。
びっくりした。知らなかった、ここがこんなに早く開いていたなんて。。。
「お商売の人というのはね。人より早く来て人より遅くまで居て、商品を売るものなのよ、、」とようこちゃん。
確かにそうだ。私のような朝寝坊の怠け者にはお商売は向かない。みんな、偉いなあ。。と、感心しながらおいしいコーヒーとシナボンを食べて朝食を楽しんだ。

今日もご親戚のパーティがあるとかで、ようこちゃんは早めに帰宅。
私は気になっていた車のタイヤの状態を調べてもらうためにシアーズの車修理センターへ行った。

「タイヤがもう古くなっていると思うし、特にそのうちの一本はすぐ空気が抜けるの。心配なので調べてください。あ、前に一本だけここで新しいタイヤに交換してもらいました。たしか2年前。。」これだけ言えばいいのだが、ここの工場の人はすべて英語だし、私は車の部品の単語などわからないから不安だったけれど、以前にここを利用した私のデータが残されていて助かった。

「この車、もうそろそろ8年になりますね。車体自体は大丈夫ですが、2年前に換えたタイヤ以外の3本のタイヤがすりへって薄くなっています。タイヤのゴムが8年も経って劣化していると思われるので、交換したほうがいいと思います。なるべく費用をかけないで、、と思いましたが、安全のために、この際、交換を。。」ということだった。

ずっと気になっていたので、3本のタイヤを交換することにした。作業に2時間ほどかかるというので、アラモアナショッピングセンターをうろうろして待つことにした。やはりクリスマスのあとのセールが盛んに行われていて、60%OFFとか40%OFFなんて当たり前。久しぶりにゆっくりとお店を見て周り、何度も試着室を出たり入ったり。。。結局、ほとんど買い物はしなかったけれど、ウインドーショッピングを思い切り楽しめた。これほどゆったりした時間をここで費やすのは久しぶりのことだった。

タイヤが新しくなった車は、心地よく弾むようで乗り心地がよく、運転もしやすい。これでしばらくは車のメンテナンスに気を配る必要はない。ほっとした。

だけど、一方でなにか心に引っかかるものがあった。
憲さんが気に入って買ったこの車のすべてのタイヤが交換され、憲さんが運転していた車ではなくなった気がするからだ。こうして憲さんと一緒に使っていたものが古くなって、否応なしにその形を変えていかなくてはならない。それも仕方のないことだと、そのたびに思う。今日も、ちょっと心が痛んだ。

ハワイの部屋のカーテンも古くなってもう限界。日当たりがよすぎるからカーテンもいたみやすい。新年になったら、新しく注文しなくては思っている。でも、タイヤと同じで、ちょっぴり淋しい気もしている。

夜、TVで映画「サウンド オブ ミュージック」を見た。いったい今まで何度見たことだろう。パーフェクトなミュージカルだと思う。
舞台になっているオーストリアのザルツブルグの景色が本当に美しい。
憲さんとオーストリアに出かけたのは、もう10年ほど前。その旅の前に、ビデオで「サウンド オブ ミュージック」を見て、改めてその映像を胸に焼き付けてから出かけたことを思い出した。ザルツブルグでは、映画のシーンそのものの景色を目の当たりにして、おおいに感激したことが昨日のことのようだ。今日は懐かしい映画で一日を終えることができて幸せ。。。
2009年12月26日 (土)
もう、ハッピーニューイヤー?

今日は久しぶりにどこへも出かけず、ウチにいて不用品の整理、衣類の整理をした。
昨日Kちゃんのママが不要なものはウチに置かない主義だというお話を聞いて、「なるほど」と改めて反省したからだ。
日本で2年前に引越しをしたとき、不要なものが多すぎることに閉口、散々苦労をして懲りたはずなのにまた不用品が増えつつある現実に気がついた。それでハワイのウチを見渡したら、あるある、、沢山出てきた。それで、今日それをボチボチと片付けている。

朝、フラのK先生から電話。「クリスマス、楽しく過ごした?」ということと、もっぱら仕事の話だった。
来年の予定の調整で、急いで動かなくてはならないことができて、PCと電話でのやり取りが
続いた。11月のプロジェクトが無事終了したと思ったら、もう次のプロジェクトが始まりそうだ。
同じハワイにいても、先生はカウアイ、私はオアフ。。なかなか蜜な連絡がとれそうで取れない。でも、また頑張らなきゃ!!

昨日、ターキーとクリスマスのお料理をKちゃんのママから沢山いただいてきたので、今夜は夕食にそれをいただく。2度目のクリスマスディナーだ。

クリスマスが終わったといっても、こちらの人たちはお買い物に忙しいらしい。クリスマスのあとのセールがあるからだ。
それに贈られたばかりのクリスマスプレゼントを、交換(エクスチェンジ)するために、人々がお店に駆けつけるらしい。場合によってはどうやらそれが可能なようなのだ。まあ、お洋服などでサイズが違っていて残念だから交換を、、というのならわかるけれど。。同額の別の商品と取替えも可能だということも聞いたことがある。なんだかあまりに合理的過ぎるという気もするけど・・・。

クリスマスまで、見知らぬ人同士でも笑顔で「メリークリスマス!」と言い交わしていたのに、今日からはもう「ハッピーニューイヤー」になる。テレビからも盛んに聞こえてくる。切り替えが早すぎて、日本人にはピンと来ない。日本ではクリスマスからの一週間でなんとか新年を迎える準備をする、最も忙しい時期なのに、今から「ハッピーニューイヤー」といわれては、どうしていいかわからない。忙しい年末を過ごしていた昔が懐かしくもあるけれど、今の私のお正月の迎え方にも満足している。

私はのんきに過ごしているが、こちらの日系の人たちはきちんとおせちを用意するようで、日本系のスーパーではすっかりお正月気分。忙しい年末を過ごしていた昔が懐かしくもあるけれど、今の私のお正月の迎え方にも満足している。
今年はハワイで私はふつうに大晦日を過ごし、ふつうに新年を迎えるつもりである。

夜、久しぶりにマヤママからスカイプが入った。イスラエルのおばあちゃんが来ていて、毎日楽しく過ごしているらしい。
マヤも最近沢山言葉を覚えて、話すことが楽しいようだ。今夜はおばあちゃんにマヤを預けてマヤパパとママは2人で食事に出るという。
おばあちゃんとマヤは二人で何語でお話するのだろう。おばあちゃんは英語、イスラエル語、そしてドイツ語もOK。。
ちょっと2人だけの会話を聞いてみたい気がする。
2009年12月25日 (金)
ターキーディナー

今日が本当のメリークリスマス!

あいにく朝から曇り空だ。渋滞の激しかった道路は、今日ばかりはすいている。まるで日本の元日のような静けさがある。
今夜はKちゃんとKちゃんのママが焼いてくれるターキーでクリスマスディナー。
6時前にKちゃんのお宅に車で伺うつもりだったが、今日はやはり特別な日だからKちゃんの住むコンドのゲスト用パーキングも

満車のようで、急遽Kちゃんがウチまでピックアップに来てくれることになった。そういえば、ウチのコンドのゲストパーキングも満車のようだった。
Kちゃんのお宅に入ると、うーーん、おいしそうな匂い。。。丸々としたターキーが焼きあがったところだった。前々日から漬け込んで、今日は丸4時間かけてオーブンで焼かれたそうだ。そのほか沢山の付け合せが用意され、豪華なディナーになった。私はまったく場違いな料理なのだが、Kちゃんのリクエストにお答えして、切り干し大根のはりはり漬けともやしのナムル風を持参した。

KちゃんのルームメイトEちゃんも一緒に合計5人の楽しい時間が続いた。
今日は残念ながら、ようこちゃんは欠席だった。ようこちゃんのご親戚のクリスマスパーティが2ヶ所で開かれるので、それのハシゴをするのだという。

Kちゃん宅のパーティには、Kちゃんのお友達のプロのゴルフインストラクター、ジョーが途中参加。彼にとってはこのパーティが今日、5ヶ所目だという。すさまじいパーティのハシゴ!きっと、人気者なのだろう。彼は、知る人ぞ知るハワイの有名人なのだそうだ。

Kちゃん一家はゴルフが大好きなので、クラブを持ち出してフォームのチェックが始まったりして。。そうこうするうちに、自然に若者3人と、Kちゃんのご両親と私のシニア組に分かれて楽しくおしゃべりすることになった。

8時半過ぎ、窓の外に大きく花火が見えた。そうだ、今日は金曜日だった。毎金曜日に打ち上げられる、ヒルトンハワイアンビレッジの花火がお家から見えるなんて羨ましい。そういうと「毎週だと、そんなに感激しないものなのよ、、」とEちゃん。案外、そんなものなのかも知れない。

夜遅くなって、うちに帰るとまず、ようこちゃんから電話。

「今日はどうだった?たのしかったでしょうね。。」と。一通り今日のディナーの報告をした。
こうしてハワイに居る間は、毎日、ようこちゃんと連絡を取り合っている。
お互いの安否を確認するため、、というのは口実で、次の楽しいことの計画を立てたり、おしゃべりをしたり、、ようこちゃんとの電話が私たちの一日の締めくくりになる。

そのあと、深夜にまた電話。だれかしら?と思ったら、ドイツに帰ったジャッキー一家からの「メリークリスマス!」の電話だった。まずジャッキーパパ、そしてジャッキーママと話をして電話を切った。わざわざ電話をありがとうね。。と思っていたら、またベルが。。

「あの、、今ね、電話を切ったらそばにいたジャッキーが『バアバ、バアバ〜〜、、』と叫びだしたので、かけなおしたんですけど、ジャッキーに話しかけてやってくれますか?」とジャッキーパパの声。私は大喜びで「ダッチー?元気?ハロー。バアバだよおおお」と話しかけたが「あう、ん、ああああ、うん」というわけのわからないジャッキーの声が聞こえるだけ。。それでも、遠いドイツにいるジャッキーに会えたようで、うれしかった。

こんなに皆の心遣いをもらって、平和で楽しいクリスマスの一日を過ごせたこと、本当に幸せだと思う。みなさんに感謝。。
2009年12月24日 (木)
クリスマス イブ

オバマ大統領一家がハワイでのクリスマス休暇を過ごすために、今日本土からこちらに到着するとのこと。カイルアで滞在というから、ここワイキキとはかなり離れているから、ウチの周りでは目に見える影響はないものの、地元カイルアでは大変な警備がなされているらしい。海に囲まれたハワイのことだから、海上での警備も必要で、それにかかる費用は莫大なものになるそうだ。
クリスマス休暇真っ只中なのに、住民も不自由な思いを強いられるらしい。今日、ホノルル空港から米本土に飛び立つ知人を乗せた飛行機の離陸が、オバマ大統領の専用機がホノルルに到着する時間と重なり、なんと知人を乗せた飛行機は滑走路で2時間も待たされ、やっと本土へ向けて出発したという。クリスマスを家族と共に過ごすために急いで本土へ向かった知人だが、果たしてクリスマスパーティに間に合ったのだろうか。。。

こちらの人たちは、なにかと文句を言いつつ、オバマさんの到着を心待ちにしているようだ。
なにしろハワイ出身の大統領なのだから。。。

今日は日本から一日遅れて、ハワイはクリスマスイブ。
Kちゃんとそのご両親、それにようこちゃんとの5人で、ホテルでお食事をした。オープンエアの快適なレストランだったので、冷房に震えることもなく、とてもおいしくて楽しいディナーになった。

お食事の前に、お互いにプレゼントの交換。Kちゃんから私とようこちゃんへのプレゼントは、ネイルサロンの利用券。
なんともオシャレなプレゼント!!久しぶりにどんなネイルにしようか?と胸が弾む。

私とKちゃんのご両親は同世代、それにそのお母さんの年代のようこちゃん、それに20代前半のKちゃん。。3世代の話題は豊富。5人は同じ日本人なのだが、国籍はKちゃんがカナダ、ようこちゃんがアメリカ。。。当然、話は多岐にわたるが、ここはもちろん日本語での会話である。

Kちゃんのご両親によると、Kちゃんはお父様の赴任先のカナダで生まれたからカナダ国籍を持っているが、それで支障があることは全くない。。とおっしゃる。それで少し安心した。

ウチの孫たちのことを多少心配しているからだ。
ジャッキーはドイツと日本の二つの国籍をもち、マヤはひとりでイスラエル、ドイツと日本の国籍を持っている。
将来どういうことになるんだろう?と思っていたが、Kちゃんを見ていると、地球のどこでも生きていける強さと大きさをもっていて、うれしくなり、ウチの孫たちもこんな風に生きて行ってくれるといいな。。と思っている。

めずらしく小雨がぱらつく夜だったけれど、傘が必要ない程度のハワイらしい雨でとても気持ちがよかった。

先日、ジャッキーパパとママが置いて行ってくれた彼らからの「クリスマスプレゼント」を開封した。
「これは、クリスマスにあけてね。それまであけちゃ、ダメよ」といわれていたものだ。
やっとその日が来たのだ。

ハワイに上陸したばかり「、ビクトリア シークレット」の派手なペーパーバッグを開けてみると、
金色のかわいい化粧ポーチと、魅惑的な香りのボディローションと、コロンだった。ありがとうね!!

明日はまた、Kちゃんのお宅のクリスマスにご招待を受けている。
お家でターキーを焼くとのことで、チキンではなく本当の七面鳥。
とても。楽しみだ。
2009年12月23日 (水)
憲さんと約束!

こんな時期になぜ道路工事をするのだろう?しかも日中の車が一番混み合うときに。。。今日アラワイ ブルバードを車で通ったら、大変な渋滞。なんと4車線あるうちの3車線をクローズして工事中。クリスマス前の一番忙しいときになぜ??
まあ、私は特に忙しいわけではないから、怒ることはないのだが、まわりのドライバーがイライラしているのがわかる。運転していても気分がよくない。

ようこちゃんに聞いたら、道路に穴ぼこが沢山あってそれの修理をしているのでは?とのことだった。
確かにかなり深い小さめの穴ぼこが、ホノルルの道路のあちこちにあいている。危ないなあ、と思いながらそれを避けて運転している。何とかしてほしいが、このあわただしい年末に、しかも日中、工事をすることもないだろうに。。。

渋滞を通り抜け、郵便局での用事を済ませ、お花を買って憲さんのお墓に向かった。
ジャッキーとお墓参りをして以来、あわただしくてお墓にご無沙汰していた。
クリスマスの前で皆さんがお墓にお参りしているらしく、車も多く、お参りの人もいつもより各段に多かった
憲さんのところに着いてみると、すでにどなたかがきれいなお花をお供えしてくださっていた。
憲さんのお墓自体もきれいに磨かれていて。。。
どなたでしょう?
ありがとうございました。感謝いたします。

クリスマスだから華やかなお花を・・といつもより明るい色のお花を選んで持って行ったのだが、
周りを見渡して驚いた。真っ赤なポインセチアの鉢植えとか、きらきら光るデコレーション、風車にビールや瓶入りのワインなどがお供えしてある。華やかなお花と飾りでメモリアルパークが埋め尽くされているように見えた。あんなに華やかな墓地を見たことがない。

そうか、ポインセチアの鉢植ね。。。
ポインセチアの赤は青空と太陽によく映える。芝生のグリーンにもマッチしてとても美しい。

「来年のクリスマスには、私もあれを持ってくるわね!」と憲さんと約束して帰ってきた。

もうハワイも雨季に入っているのだと思うが、今年はとてもいいお天気が続いている。
夕焼けが今日も美しい。
2009年12月22日 (火)
寒い?ハワイも冬なのです

ハワイの12月は、やはり冬。
ハワイの人は口をそろえて「このごろ寒いですね、特に夜なんて寒くて毛布を引っ張り出しましたよ」などと言う。日本の冬を知っている私たちはそれが不思議で仕方がないのだが、確かに夏のハワイとは気温が違うし、日中の暑さも穏やかだ。
夜、窓を開け放して部屋に風を入れながら寝ると快適なのは夏で、今はそんなことをしたら風邪をひいてしまうだろう。

私も昨日あたりから鼻がムズムズして、風邪の症状が出てきた。やはり「ハワイの寒さ」にやられたか?と思ったが、
そうではなくて、どうやらハワイの冷房にやられたような気がする。昨日のウクレレレッスンのスタジオの冷房が効きすぎていて寒かった。それが原因だろう。
今日一日、ゆっくりウチで過ごし「エアボーン」というサプリメントを飲み、ウクレレの練習などをしていたらすっかり治ってしまった。

クリスマスが近づいて、こちらでもみんなが忙しそうだ。丁度もう少しで大晦日を迎える日本のような感じである。とにかく車が渋滞し、どこも駐車場が込み合い、いつものホノルルではない。12月に入ると、郵便局に大きなクリスマスギフトの包みを抱えた人の長蛇の列ができる。こちらの郵便局の窓口の人の仕事はゆっくりで時間がかかる。お客さんも後ろにどれだけの人が並んでいようと気にしないから、時間がかかりすぎる。クリスマス前の郵便局にだけは行きたくない。でも、もうクリスマスイブを明日に控えた明日あたりは、郵便局もすいているのではないかともくろんで、明日、日本のマヤのクリスマスプレゼントを送るつもりだ。かなり遅れてしまうけど、待っていてね。マヤちゃん。。このプレゼント、お年玉になってしまうかも、、、ね。

私自身もクリスマスイブの夜と、そしてクリスマスの夜には楽しい計画があって、ちょっとウキウキしている。

夕方スーパーに出かけたら、何年ぶりかでお友達にバッタリ会った。しばらく立ち話。懐かしい再会だった。
近頃、こちらでも街で知人、友人にバッタリ会うことが多くなった。それだけお知り合いが増えたということで、うれしいことである。

私の足の怪我もほぼ完治に近くなってきた。お医者様に行っていないから、これが完治なのかはわからないが、とにかく腫れが引いて、楽な靴なら履けるようになった。つい左足をかばって歩くから、右足の筋肉まで痛くなっていたが、それもおさまった。こういうのを全治4週間の怪我というのだろう。
ここまで治ってくると、いかに全身の運動不足だったかがわかってくる。筋肉が弱っているに違いない。
年が明けたら、ジム通いを再開しようと思う。

ドイツに帰ったジャッキー母娘とスカイプで会った。PCの画面から「あ、バアバ!」と話しかけてくれるジャッキーが又大きくなった気がした。
帰国早々、保育園に復帰したとか。元気そうでよかった。そして明日はまた車で4時間かけてドイツのおじいちゃんとおばあちゃんのお家でクリスマスを迎えるためにパパの実家に向かう予定らしい。寒波が来ているというヨーロッパ。ハワイとの時差と温度差で、順応するのが大変だろう。

一方、今朝は日本のマヤとスカイプで対面。来日中のイスラエルのおばあちゃんがそばにいて、彼女とも久しぶりにお話できた。もうひとりのおばあちゃんが、はるばるマヤに会いに来てくれて、マヤ一家も楽しいクリスマスとお正月を過ごすことだろう。
2009年12月20日(日)
出直してまいります。。

暮れも押し詰まってきたけれど、ハワイに居ると私には年末も年始もないような気がする。でも新しい年の初日の出ははアラモアナのマジックアイランドで、シニアライフのメンバーの皆と迎えるつもりでいる。
そこからはダイヤモンドヘッドの尻尾のほうから上がる日の出が美しく見えるらしい。私の家からは居ながらにしてダイヤモンドヘッドからの日の出が至近距離で見られるのだが、日の出のころに起きていたためしがない。
以前はせめて初日の出だけはと、憲さんと早起きをして窓から眺めたものだが、来年はマジックアイランドで大勢のお友達と初日の出を、、と思っている。

昨日の病院での演奏は病院の皆さんに楽しんでもらえたようだ。
私たちのウクレレはそのコンサートのほんの一部で、沢山の日本人の子供たちのピアノや歌が披露された。日系のお年寄りが多いその病院で一番喜ばれたのは、小さな女の子が歌った「みかんの花咲く丘」だった。私たちでさえ懐かしいその童謡を聴いたとたんに、日系のお年寄りの患者さんたちの表情が明るくなり、静かに歌声までが聞こえ始めた。

次にその機会があったら、私たちも日本の懐かしい曲をウクレレで演奏できたらいいな、、と思った。

そして今日はウクレレレッスンの日。
昨日クアキニ病院の慰問演奏を終えた私たちは、晴れ晴れした表情で練習スタジオに集まった。今日のレッスンは「メレカリキマカ」の復習だったが、今日からは弾き方をもう一段階難しいものにしての演奏を習った。確かにこの奏法のほうがカッコいい。うれしくなった。
ところが、今まで弾けていたものが、めちゃくちゃになり、歌も歌えていたものが歌えなくなる。ああ、お家で練習しなくちゃ!だ。

Jody先生が上手に乗せてくれるので、練習のときは弾けたような気分になっているのだが、ひとりで弾くとまだまだ、まだまだなのだ。

昨夜、それをイヤというほど味わった。
私の一番若いハワイでのお友達Kちゃんのご両親が今、日本からハワイへいらしている。ご両親とKちゃんからご招待を受けて、ようこちゃんと2人で出かけた。Kちゃんのコンドに着くと、ご両親とKちゃんの心づくしの日本料理が並んでいた。

その夕食会に「ウクレレを持ってきてね、、」と要望があり、私は不思議に思いながらウクレレと楽譜を持っていった。だれかがウクレレうを弾いてくれるのか、、と思っていたら、「もちろん、キョウコサンに弾いてもらおうと思ってお願いしたのよ」ということだった。

おいしいお食事のあと、楽しい歓談が続き、いよいよウクレレを弾いてちょうだい、、ということになった。その朝、クアキニ病院で演奏をしてきたことだし、なんとなく弾ける気もしたので、ご要望にこたえて、ウクレレを手にしてみたが、ひとりで弾くとなると、もうぼろぼろ。。

「すみません。また練習して出直してまいります」と笑うしかなかった。それでもみんなは、とても上手だったわ、、と慰めてくれる。
本当にみんなやさしいんだから・・・

お詫び?に、フラを一曲踊った。心配だった足もほとんど大丈夫だった。
私のフラがお詫びになったかどうかはわからないが、久しぶりに踊れてうれしかった。帰宅したのは深夜になった。
それほど楽しい夕食会だった。

Kちゃんのご両親はほぼ私と同世代。当然話題にも共通項が多く、話題は多岐にわたってとてお楽しかった。私はKちゃんのルームメート、Eちゃんともすでにお友達になっている。

こうしてどんどんお友達の輪が広がっていく。
本当に幸せなことだと思う。
2009年12月19日 (土)
成田で孫たちが。。

今日は成田で時差調整かたがた、3泊して日本を楽しんでいたジャッキー一家が成田を発ってドイツに帰る日。その前日(昨日)、マヤ一家が成田までジャッキー一家を訪ねていた。日本で仲良しになっていたマヤをジャッキーがとても恋しがって、ハワイでも毎日「マヤ〜」と名前を呼び続けていたことを聞いたマヤママが、是非もう一度マヤとジャッキーを会わせたい!と決心して一家で成田へ向かった。
偶然にも今日、イスラエルのマヤのおばあちゃんが、マヤに会いたい一心で、お一人で日本に到着される。丁度その時期と重なったので、思い切って成田に二泊旅行を断行したのだった。昨夜はジャッキー一家を過ごし、今朝ジャッキーをドイツへ送り出し、さらに今夜はイスラエルからのおばあちゃんをお迎えして、そのままみんなで成田に一泊することになっているという。成田までおばちゃんをお迎えに出ることは、おばあちゃんには内緒にしていて、サプライズ!で喜ばせようという計画らしい。

また、私たち家族は東京、ドイツ、ハワイと離れ離れになったが、それぞれに充実した生活を送れているようでうれしい。

お昼は明日ハワイを一時離れるお友達とランチを。。。ようこちゃんもご一緒で楽しかった。ハワイでは永住している日本人のお友達と、日本とハワイを行き来している私のような「渡り鳥仲間」がいるけれど、その間で交わされる言葉は「いつ、日本にお帰りですか?で、次はいつハワイに戻ってきますか?」ということだ。いつも誰かが日本に帰っていて、誰かがハワイに戻ってくる。なんとも楽しい人間模様なのだ。

クリスマスが近づいて、ハワイはどこも人出が多い。車も渋滞するし、いつも余裕のあるアラモアナの駐車場でさえも満杯状態。今日は朝だというのに駐車するのに15分以上かかった。あの広い駐車場に空きを求めて沢山の車が右往左往している様子はなかなか、壮観だ。

明日はクアキニ病院を訪ね、我らが「クプナ アイランダース」がウクレレの慰問演奏をする。
以前にもこの慰問演奏の機会があったのだが、そのときはその病院に足を運ぶことができなかった。クアキニ病院には憲さんが亡くなる少し前、緊急入院したところであり、そこでウクレレを演奏する気持ちになれなかったから。。。
でも今回は違った。このボランティアのお話があったときから「今回は行ってみよう、みんなとあの病院で楽しく演奏をさせてもらおう。この一年の終わりに、また少し前進をしなくては。。」と思った。

それで、今日は自宅でウクレレの練習に精を出した。
みんなで弾くと弾けるのに、ひとりでは心もとない。

明日はなにかクリスマスらしい服装で集合ということになっているが、私はクリスマスらしい服装などは持っていないので、困っていたら、クリスマス色のかわいくてステキなレイをいただくことができた。
ウクレレの仲間のお一人が作って下さったもので、明日はクプナアイランダースのメンバー全員がそのレイ姿で舞台に立つことになった。病院での演奏自体私は初めてである。
ウクレレを始めてから、いろいろな経験ができてうれしい。あしたは、どんなことになるのかしら?

そろそろ足の怪我も完治に近い。頑張って演奏してこよう!
2009年12月17日 (木)
つい、買ってしまって。。

ジャッキーの声が聞こえない朝を迎えたのは一ヶ月ぶり。
いつもの明るいハワイの朝なのだが、なにか物足りなさがあった。それでもコーヒーをいれ、トーストが焼きあがるころには
元気が戻ってきた。もうジャッキーたちは日本に着いて、成田のホテルにいるはず。そのうち「着きましたよ!」とメールが入るだろう。

先日スーパーで買った二つの品物のうち、一つに不備があり、さらにもう一つの品物はサイズが違っていて使い物にならないことがわかった。
不備のあったものは、そのお店に責任があるはずなのでレシートを持っていけば交換してくれるはず、しかしもう一つのものは
私がサイズをきちんと確かめないで買ってきて、封を切ってしまったあとにサイズ違いに気がついたものだ。

日本でもかなりのお店で購入後の交換、返品ができるようになったものの、同額の商品と交換という制限があったり、その理由を詳しく聞かれたりして、こちらに落ち度はなくてもドキドキしてしまうことがよくある。ハワイではレシートと商品をカスタマーサービスカウンターに行くと、理由も聞かず、封が切られていても
明らかに使用されたものでなければ、実にあっさりとお金を返してくれる。どうぞ、これでまた、気に入ったものを買ってくださいというわけだ。
太っ腹、、という気がする。

それが商法として正しい、と思った。今日、私は返品または交換のつもりで訪れたそのお店で、返品で戻ってきたお金の数倍の買い物をしてしまっていた。ついでだから、、と言うこともあるし、お店に入った以上は店内を見て廻る。するとつい、買い物をしてしまうのだ。

その足で、アラモアナの白木屋のBook offに読み終わった単行本を8冊持って行った。そして引き取ってもらった本代に6ドルを足して、2冊の単行本を買ってきた。リサイクル、倹約。。うん、いいことだ。

ジャッキー一家が滞在中、彼らはウチからビーチへの行き帰りにABCストアで買い物をすることが多かった。ジャッキーママが驚いていたことがある。安いと思い込んでいたドラッグストア「ロングス」よりも化粧品がずいぶんお安く売られていたのだとか。

私は普段、ABCストアを利用することは余りないのだが、ここで買い物をして、2週間以内に100ドル以上を買い物すると、金額に応じてギフトがもらえる。だから、レシートは必ず取っておかなくてはならない。ちなみに彼たちがABCで買い物をしたのは約3週間で200ドルを超えた。ミネラルウォーターとか、パンとかアイスクリームとか、細かい買い物がほとんどだったが、合計するとこうなった。

お陰で、私はそのギフトをいただく事になった。かわいいハワイアンデザインのマグカップが2個・・・。

ちりも積もれば何とやらで、私の家にあるABCからギフトでもらったマグカップはこれで合計11個になった。ずっと前からすこしずつ集めたきたものだ。一つ一つデザインが違っていて、リビングの棚にちょっとしたコレクションとして飾ってある。

考えてみたら、このカップたちのお値段は合計1100ドル??
わーー!すごい。
2009年12月16日 (水)
追記 ありがとうジャッキー

☆☆☆ありがとう、ジャッキー☆☆☆

今回ジャッキーと一ヶ月間暮らしてみて、子供の純真さに心打たれたことが何度もある。特に、これには参った。

私が教えたわけでもないのに、横浜の家の制服姿の憲さんの写真を指して「これだあれ?」と聞くと「ジイジ」と答えた。

それだけでなく、今度はハワイのリビングにある私服姿の憲さんの写真を見ても「ジイジ」

ドイツのお家にも、ジャッキーパパの実家にも憲さんの写真が置かれているから、顔なじみ?だったのだろうし、

ドイツでもジャッキーママが折に触れ、「これはジイジよ」とジャッキーに語りかけていたのだろう。



そして、3日ほど前、ビーチから帰ってきたジャッキーの手に、一輪のプルメリアの花が。。。

玄関を入るとすぐに「ジイジ・・・」と言いながら、その花を憲さんの写真の前に置こうとした。

ジイジの写真の前にお花を。。。2歳になったばかりのジャッキーにはそんな概念はないはずなのに。。。その行動にジャッキーママもびっくり。

なにか熱いものがこみ上げてきて、しばらく言葉がでなかった。

よかったね、憲さん。
ありがとうね、ジャッキー!
2009年12月16日 (水)
ジャッキーたち、じゃ、又ね!

約3週間の滞在を終えて、ジャッキー一家が日本経由で、帰国の途についた。ジャッキーとジャッキーママとは一ヶ月間、共に過ごしたことになり、本当ににぎやかで幸せな日々だった。

今頃は、ホノルル空港を飛び立ち成田に向かっていることだろう。
淋しいけれど、空っぽになったお家を掃除し、大洗濯をしてちょっとほっとしているところ。あたりを見回すと新しいオムツが少し残されていたり、ジャッキーが食べ残したお菓子がテーブルにあったりすると
胸がキュンとなる。「ジャッキー、またバアバのところにおいでね。。」と心でつぶやく。そういえばジャッキーは「ママ、おいで!」といえるようになった。単語をピックアップして、それを使っていく、、子供のフレキシブルな頭には脱帽だ。

ホノルルマラソンでジャッキーパパも健闘したし、満足げに、しかしまだまだここにいたいという気持ちを残して大荷物を抱えて帰っていった。また来年も皆でハワイに来れますように・・・・

この一ヶ月でジャッキーも確実に成長した。言葉も単語から文章らしきものになったし、パパにはドイツ語で答え、ママや私には日本語で、、という風にもなってきた。ひとりでネンネもできるようになった。数日前、寝かしつけようとママがベッドへ連れて行ったら「ママ、あっち。。」と一緒に寝ることを拒否されたという。それ以来、お昼寝も哺乳瓶を抱えてベッドによじ登り、ひとりで何ごとかつぶやきながら、眠りにつくようになった。
日本にいるマヤも同じで、一人寝のトレーニングが終了。2人のママはちょっと淋しさを感じながらも、その成長を喜んでいる。

私は昨夜、シニアライフ協会主催のハレコアホテルでのクリスマスパーティに出た。ジャッキー一家のハワイでの最後の夜だったが、
お互いに自由に過ごすことにした。ジャッキー一家も最後の夜にモアナサーフライダーホテルのビーチバーでゆっくり過ごしたようで、よかった。

パーティでは、ウクレレの仲間と一緒に4曲を演奏した。私にとっては、人前で演奏するのは初めてで、練習不足が気になりかなり心配だったが、やさしくて楽しいJody先生のリードで気持ちが落ち着き、ありがたかった。男性はアロハシャツ、女性はムウムウ姿で演奏。総勢16名での演奏だった。
「間違ってもいいんだよ、何より笑顔が大事、楽しむことが一番大事なこと。。」とフラのK先生と同じようなことを言われ、みんなその気になって楽しく「ウルパラクア」「メレカリキマカ」「カイマナヒラ」「ハワイアロハ」の4曲を演奏した。こちらでのパーティの定番、ビンゴゲーム、オークションなどで盛り上がり、楽しい一夜だった。こんなイベントのときは、必ずその準備をしてくださる方々がいる。私たちが楽しませていただいた分、ご苦労もあったに違いない。私はハワイと日本で半分ずつの生活なので、いまはもう何かの「役」をお引き受けすることは少ないが、その大変さはよくわかる。ありがたいと思う。

次の日曜日には、クアキニホスピタルでボランティア演奏をすることになっている。これも楽しみになってきた。
ウクレレといえば、何より驚いたのは、ジャッキーママが今回初めて受けたウクレレレッスンにすっかり魅せられて、私の古いウクレレと、教則本をドイツまで買い込んで持って帰ったことだ。
ドイツのジャッキーのお家にウクレレの音色が響く。。それも私にとってとてもうれしいことだ。いつか我が娘と2人で演奏をしたいと夢は膨らむ。

私の足もやっと腫れが引いて、ふつうのサンダルが履けるようになった。
この回復にはキネシオテープがとても役に立った。まだテーピングなしでは心もとないし、全快にはあと数週間かかるだろうが、今はほとんど痛みもない。ほっとしている。

ジャッキーたちは成田で、3泊して時差を調整して、日本での日々を楽しんでからドイツに戻ることになっている。帰国したら、すぐにドイツの厳かなクリスマス!きっと楽しい日々が待っていることだろう。
2009年12月13日 (日)
ホノルルマラソン!

今日は12月13日、ホノルルマラソンの日。
これだけハワイに来ているのに、マラソンの日に滞在したことがなかった。
今年はドイツのジャッキーパパが出場するので、とりわけ楽しみなイベントだった。だった。。というのには、訳がある。

マラソンの3日前くらいからジャッキーパパは風邪気味。
前日の昨日は38度近くの熱まであった。見るからにだるそうで、何とかしなくちゃ、、と私とジャッキーママは思ったのだが、ここがパパのわからないところで、そんなに気分が悪いならじっと寝ていればいいのに、じっとしてられないらしく、ビーチで太陽を浴びてくると言って出かけたり、薬は飲みたくない、、と言ってみたり。。お国は違っても、どうも男の人にありがちな状況。病院にいって、よく効く注射を一本お願いします、、というわけでもない。周りはとても心配をしていたのだが、ご本人は「明日熱が下がらなかったら出ない。。」とイヤにあっさりしている。今日のためにトレーニングを積んでドイツからやってきたのじゃないの? 

そして今日、熱はないらしく、早朝2時半起きしてカピオラニパークから出るシャトルバスに乗って、出発地点のアラモアナパークに行き、無事スタートを切った。ジャッキーママは一緒にアラモアナパークまで応援に行った。華やかに花火が上がり、いよいよスタート。25000人という出場者の多さなので、全員が走り出すまで20分以上かかるという。このマラソンの幕開けの花火は、毎年アラモアナ界隈の住民を否応なしに起こしてしまう。市民の中にはホノルルマラソンに全く興味ない人もいるわけで、日曜の早朝のこの花火は、一部の人には、大変はた迷惑でもあるらしい。

ママが無事パパのスタートを見送ったのはいいけれど、ウチへの帰り道、バスもなく、夜明け前の暗い道をひたすら我が家へ歩いて帰ってきたという。もっともアラモアナショッピングセンターには、私も何度も歩いて行ったことがある。若いジャッキーママにはそれほどの距離でもない。その帰り道のカラカウ通りで、ダウンタウンを経由してハワイカイを目指して走ってきたマラソンランナーたちと遭遇し、その中にジャッキーパパを見つけ、会話を交わしながら、しばし伴走したというのだからすごい!というか、なんでもありなのだ。記録を残すというより記憶に残す大会なのだろう。

ゴール予定時間の朝9時ごろ、ジャッキーを連れて、ママと三人でパパを出迎えに行った。ゴールはウチからすぐのところ。ゴールには沢山の人がなだれ込み、誰が誰だかわからない状態。待ち合わせ場所にもパパがなかなか現れない。途中でリタイアしたのか。。と心配しかけたころ、ママの携帯が鳴った。「今、ウチへ帰ってきたんだけど、鍵がない。すぐに戻ってきて!ああ、疲れたあああ!」パパからだった。どうやらゴールでの勇姿を見損なってしまったらしい。

4時間を切ることを目標にしていた、パパだったが体調が完全に回復していなかったので、30キロを越えたあたりで調子が落ちて、4時間30分と少しかかってゴール!そしてFinisher と書かれた鮮やかな黄色のTシャツと、メダルをもらってさっさと一人でウチへ帰ったらしい。病み上がりの身体には相当きつかったらしく、私たちとゴール付近で待ち合わせていたことすら忘れていたという。今日は雲ひとつない晴天でマラソンには暑すぎた。

日本人には評判の高いホノルルマラソンだが、一つ気になったことがある。
日本の各旅行社が募集して参加したランナーには、旅行会社による手厚いケアがなされるが、それ以外の個人で参加した人、ましてパパのような外国人へのケアは少なかったように思う。

何はともあれ、ウチのジャッキーパパは完走し、早速黄色いTシャツを着て今、ママの友人宅へ一家で出かけている。街には、黄色の完走者Tシャツを誇らしげに着ているものの、痛そうに足を引きずっている日本人が沢山。「おめでとう、頑張ったのね!!」と声をかけたい気持ちになる。

来年2月、今度はマヤパパが再度、東京マラソンに出場する。今度は東京で応援だ。まさか2人のお婿さんが、そろって2人マラソンランナーであるとは知らなかった。お陰で、いろいろ経験できて楽しいが、今日は全員早起きだったので、一日中眠い。
来年2月、東京マラソンの日は、どんなことが起こるのだろう?
2009年12月7日 (月)
アップルバナナ

ジャッキーが話す言葉は、片言ではあるが、次第に日本語の語彙も増え、ドイツ語の語彙も増え両国語のチャンポンである。
私の痛めた足をみて「バアバ、アウワ(痛い)?アンヨ、アウワ(痛い)?」と聞いてくれる。私は私で「大丈夫よ、バアバ、アウワじゃないよ」という具合。とにかく毎日が面白く、楽しい。

今日、ジャッキー一家は車でノースショアに出かけていった。私は午後にウクレレのレッスンがあるので、一人ホノルルに残った。
最近何十年ぶりかの高い波が押し寄せている上、国際的なサーフィンの大会が開かれるノースショアに、是非行ってみたかったらしい。
もう何度も行っているのだが、その歴史的な大きなウェーブを見たいと張り切って出かけた。ハイウェイH1からオアフ島を南北に突っ切る道を一路
サンセットビーチ目指して行き、ウェーブを見るついでに、カフクのガーリックシュリンプを楽しみ、カイルアのお気に入りのカフェに寄り、海沿いにホノルルまで帰ってきた。
期待のウェーブは、確かに高い波だったけれど、いつもいつも高波が来るのではなく、よほどタイミングが合わないと映画に出てくるようなパイプラインには遭遇しないらしい。
沖のほうにはそれらしき大波が見えたらしいが、期待ほどのものではなかったらしい。それでも念願のガーリックシュリンプと大好きなカイルアの街を堪能できて幸せそうだった。

ジャッキーパパは、「あの有名なショバンニのオーナーは、儲かっているんだろうなあ。。古いワゴン車一台だけで、土地代は要らない、お店も要らない、人手は少しで足りるし、資本はかけないであれだけの値段のものが飛ぶように売れていて・・・でも、ガーリックシュリンプ、おいしかった。僕もなにかハワイでやってみるかな。。」と笑っていた。本当にそういわれればそうだ。しかし、ドイツ人がハワイでいったい何ができるか??どう考えてもうまく行きそうにもない。

今日、ジャッキーパパが「今までの人生で一番おいしいバナナだった!」と賞賛したのは、ウチのキッチンから一本だけドライブに持って行ったバナナだった。
「アップルバナナ」である。私もこれが好きでよく買う。「ドイツにもあるかな?これはどこで買えるの?」ととても気になるようだった。
それに私の大好きなチェリーコーク、これも今回ジャッキーパパが改めてファンになったものだ。ドイツでの私の好きな飲み物は「メッゾミックス」。これはオレンジジュースとコーラをミックスしたもので、おいしい。れっきとしたコカコーラボトラーズの製品なのだが、これは、ハワイにもないし、日本にもない。日本でもいろいろな種類のコーラが出るといいのになあ。。と思う。

ウクレレのレッスンは楽しいが、だんだん難しくなってきてウチでの練習が欠かせない。Jody先生の指導が楽しいので、つい乗ってしまう。
15日のクリスマスパーティで我が「クプナ アイランダース」が6曲演奏することになっている。私は日本に戻っていて、ブランクがあったので遅れをとっていて、頑張らざるを得ない。それにボランティアで、ある病院に演奏に行くことにもなった。ここではクリスマスソングを三曲くらい、、ということである。
頑張らなくちゃ!!足が痛い間は、当分本格的なフラもお預けだし。。。