2007年3月1日 (木)
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温かい勇気
安定したお天気が続いている。 それでも夕方になると、山のほうから細かい雨が風に乗って飛んでくる。 それが美しい虹を作る。「虹の街ホノルル」と呼ばれる所以だ。
昨年の3月は記録的な雨が続いて大変だったらしいが私はそのころ日本にいた。今年はいまのところたいした雨も降らず、雨季も終わりに近づいた。とはいえ、私たちが眠っている夜中に雨が降っていることはしょっちゅうで、これがとてもありがたい。恵みの雨はちゃんと降ってくれている。
今日は偶然、古いフラ仲間とゆっくり話をするチャンスに恵まれた一日だった。 一人は家で、そして一人は電話で。。。
普段なかなか会うチャンスのない友達だが、昨年からの私の環境の変化をずっと心配してくれていた人たちだ。私は私で、会わないでいた間の彼女達の様子が気になっていた。今、それぞれに人生の岐路に立って、いや、否応なしに立たされて辛い思いをしていることを知っていたから。。
お互いを思いやる気持ち、お互いの今の状況を心配する気持ち・・・会話の中にそれがあふれていた。苦しいことを乗り切ろうとしている人間同士だからこそわかる何かを感じた。
苦労、悲しみ、辛さ。。どれも避けて通りたいけれどそうはいかない。 そんな時、その辛さの渦中にいるからこそ、話し合える相手もいるのだと言うことをあらためて知った。 相手が悲しんでいるとき、相手と話すすべを持てないほど環境が違ってしまったとき、相手に話しかける勇気が出ないことがある。今は、そっとしておいて上げた方が・・・・という気持ちが勝つ。
私もどちらかと言うと、そちらのほうだったかもしれない。
でも時には勇気を出して、相手に話しかけることが必要だと言うことを、今日二人の友達からあらためて教えてもらったような気がした。 こころが温かい一日になった。
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2007年2月28日 (水)
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網戸
今日もトレードウインドが吹いて、気持ちのよい天気。 朝、網戸屋さんが見積もりに来てくれた。普段は窓を開け放しても虫が入ってくることはないが、去年5月ごろ、異常に発生した羽蟻が夜のライトの誘われて家に入ってきて、憲さんと退治にやっきになったことがあった。それ以来、網戸を取りつけようか?と話していたのだが、憲さんと相談できなくなってしまった。それで、私一人で虫と対決するのはもっとイヤなので、網戸の取り付けを頼むことにした。
ただし、このコンドのハウスルールというのがあり、むやみに外観を損ねるものを取り付けたりしてはいけないことになっている。今日の網戸屋さんの見積もりと、どんな風に取り付けるのか?を書いた書類をコンドのマネージャーに申し出て、OKが出たら取り付けにかかる、、のだそうだ。もちろん見積もりの金額を見て最終判断するのは私なのだが。。。
ややこしいけれど、こういうことでコンドの全体の美観を保ったり、値打ちを下げないようにするのだろう。日本のようにお布団を干したり、タオルの一枚でも干そうものなら叱られるんだろうなあ。。
今日は朝から家にいて掃除をしたり、こまごまと動いていた。フラのレッスンは今日もおやすみ。 K先生は今日中に新しいコンドにお引越し。大変な一日のはずだ。
最近やっと、集中してフラのことを考えられるようになった。この7ヶ月間、普通に暮らしているようでいて、心ここにあらず。。だった。心は宙に浮いているようだった。なんとか日々の物事をこなしていくだけで、精一杯だった。ようやく、ここへきて頭の中の整理ができるようになってきた気がする。
夕方まで少しフラのおさらい。 自分の踊りをビデオを撮って、見てみる。これが一番いい練習方法かもしれない。 自分の欠点と先生のいつもの指摘の意味がよーーくわかる。 辛いけど現実を見ないと反省が出来ない。素晴らしいダンサーとの違いが、よーーくわかる。 頭でわかるだけではダメなのであることも、よーくわかる。 これから時々はこの方法をとってみよう。
6時半からは、クヒオフラショウへ。 とても軽やかに踊るハラウの出演だった。本当に軽く、いつもさらりと踊って見せてくれる。 クムの踊り方が隅々まで浸透していて、すばらしい。先生の影響ってすごいものだと思う。
A子さんとこうしてショウを見るのも、あと数日。 今日は二人でラーメン屋さんへ。二人とも、ちょっとアメリカンなお食事にはあきあきしてきていて、 昨日はおうどん、今日もラーメン。それが二人のディナー。
結局、炭水化物が一番落ち着くのよね。。と、我々は日本人であることを二人で再認識した。
夕食後、カラカウア通りを歩いているだけで、あちこちで生のハワイアンミュージックが流れ、フリーのライブショウが行われて楽しい。私はいままで、こんな時間に外にいたことがなかった。
今回A子さんと行動をともにしてみて、私はいろいろなものを見落としていたことに気が付いた。 観光客のためのショウであっても、フラを学ぶものにとって学ぶべきものが一杯あったのだ。
今までは、この時間は家にいて、夕食を食べている時間だったし、夜のワイキキに出て行くこともほとんどなかった。これからは、夕食の時間をずらして、大いにフリーのライブショウを楽しもうと思った。健全で無料で勉強できて。。こんなにうれしいことはない。
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2007年2月27日 (火)
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千の風になって、この空を。。
今日は火曜日。 今日は週に一度の元ダイエー、現ドンキホーテの「シニア割引」の日。 晴れて私はその恩恵によくする事が出来て嬉しいのやら、悲しいのやら・・・
今日は絶対にドンキホーテに行こう!と決めていた。
その前にしなくてはならないことがあった。先日K先生に教えてもらったセルフサービスのガソリン給油。心細くなってきたガソリンのインディケーターををみつめて、ここ数日不安になっていた。
給油するなら、いつもすいていて感じのいいあのスタンドにしよう。。モンサラット通りを上がっていくところにあるスタンドを目指した。ここは憲さんのお墓も近い。近くにはお花屋さんもある。。。。
今日の予定はガソリン給油とお墓参り。。。そしてドンキホーテへ。
そう決めたところで、A子さんと今夜の夕食を一緒にしましょうと電話で約束。A子さんのフラ修行滞在もあとわずかとなった。本当によく頑張って、英語の教室にまで通い、すばらしい時間を過ごしたA子さん。私もとてもいい刺激をもらった。また、早くハワイで一緒に踊れる日が来ますように・・・と思う。
まず給油。クレジットカードでなんとかうまく給油できたが、少し手間取って、横で給油中の見知らぬおじさんに「HELP」を求めた。親切な方でしっかり教えてくださった。どこまでも手のかかる私だ。。
そして近くのお花やさんで、赤いジンジャーの花束を買ってお墓へ。先日Iさんがお持ちくださった黄色い百合がまだ美しく咲いていた。そこへ赤いジンジャーを加えて、一段と華やかになった。
「憲さんまた来たわよ。。今日はわたし一人よ」 考えたら一人で来たのは初めてだ。いつもだれかが着いてきて下さるので、賑やかだったが今日は一人。。。
憲さんと話しながら、ふと口をついて出たのが「千の風になって」のメロディーだった。歌が出るなんて意外だったが、まったくあの歌の情景が、このハワイの大きい空と白い雲にぴったりなのだ。憲さんが吹き渡る空がまさにそこにあるのだ。見事な虹のかかる大きい空が。そこに憲さんがいるから、一人でも悲しくはなかった。
「本当にみんなによくしてもらって、幸せよ。大丈夫だからね。心配しなくていいわよ。元気でがんばってるもん。見てたでしょ?ガソリンも入れてきたよ。。昨日はKマートにも行ってきたし。。」
憲さんのお友達で、最近奥様を亡くされ、やはりここにお墓をお持ちのOさんから、先日お電話を頂いた。お墓のプレートが海風のせいか腐食しやすいので、墓地のオフィスで売っている腐食防止スプレーで手入れなさることをお勧めします。。と。
そこで、今日は憲さんの名前の刻まれたプレートをゆっくり磨き、それに腐食防止のスプレーをかけてしばらく置き、表面に皮膜を作った上で、布でぬぐってピカピカにした。とてもきれいに憲さんが輝いてうれしかった。お墓の手入れもハワイらしい。日本では考えられない方法だ。Oさんのお陰で憲さんのお墓はきれいに保てることだろう。
そして、予定どおり次はドンキホーテへ。シニア割引を期待して。。。 「私、シニアです」、、なんてキャッシャーでわざわざ自己申告しなくても、見るからにそうだから割引してくれるのかもしれないけど、今日は初めてなので「シニアです」と言ってみた。 「はいはい、わかりました」とあっさり割り引いてくれた。
合計33ドル53セントのところを1ドル42セントの割引だった。 約4000円が約3830円になった。。まあ今日の目的達成?!というところだ。
夕方はクヒオビーチのフラショウへ。 今日はお目当てのマリアさんの出演。憧れのフラダンサーだ。 最前列の真ん中で、A子さんと存分に楽しんだ。
ショウのあとは、日本食レストランでお食事。二人とも意見が一致して、今日はあっさりとおうどん。 A子さんも、ここのおうどんが気に入っているようだ。 ゆっくりおしゃべりしながら、楽しい夕食だった。
A子さんにはハワイでの残る時間を充分楽しんでほしい。
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2007年2月26日 (月)
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Kマート攻略!
今日はフラレッスンの日だが、めずらしく先生の都合でお休み。先生は今月末にワイキキの別のコンドへお引越し。その準備で大わらわらしい。
A子さんにとっても私にとってもいい休養日になりそう。。この一ヶ月間、夢中でレッスンを続けてきた我々も、さすがにちょっと疲れ気味だったから・・なんという贅沢な生徒だろう。
午後からちょっと思い切って冒険のドライブ。憲さんとよく行っていたお店に一人でいけるようになりたい。。とずっと思っていた。チャイナタウンの向こうにはいろいろなお店がある。カスコもそうだしホームデポもある。量販店がいっぱい。
一人で行ってもおもしろくないけれど、行けないというのもくやしい。
今日はとりあえず、Kマートに行ってみようと思った。帰りにはダウンタウンも経由するし、道路を覚えるには最適だ。
すでにアロハタワーまで足を伸ばせたのだから、あと一息。。と思ったのに、Kマートに行き着くまでに右折レーンに入ってしまい、否応なしに間違った道へ・・・ドキドキものだが、案外落ち着いていられた。そこはハワイの運転免許を取る時に、散々練習させられたデリンハム通りだったからだ。記憶をたどってやっと、Kマートにたどりつくことが出来た。うれしかった。すごい達成感!
Kマートへ行くと、私たちが決まってとめていた駐車スペースがある。いつもそこは不思議に空いていて、憲さんはなぜか、そこを好んだ。そういえばダイエーでも、アラモアナでも大体場所が決まっていた。いつも入り口から遠い場所。入り口に近いパーキングスペースをねらって列を作っている車を見ては「ほんとにみんな無精者だなあ」と言った。いろいろな面で労を惜しむことが大嫌いな人だった。 私もいつの間にか、そういう考え方になっていた。
今日も同じ場所に車を止めると、グッと胸が熱くなった。 来れたわよ。。憲さん! 何ヶ月ぶりかしら。。
店に入ると、すっかきれいになって様変わりしていた。いつものところにいつものものがなく、うろうろしてしまった。憲さん、ここもすっかり変わっちゃったわ。。世の中はドンドン変わっていくんだね・・
電球とか、洗剤など消耗品をまとめて買うとKマートをあとにした。チャイナタウンを通り抜け、カメハメハ大王像の前を通り、無事にアラモアナショッピングセンターへ。気になっていた掃除機をやっと買った。日本で使っている長女も推薦していた赤い瀟洒なスタイルの掃除機だ。
非力な私が今使っているアメリカ製の掃除機を振り回すのはとても無理。。。そう思っていたので、思い切って買いなおすことにした。これでうるさくて重たい掃除機と格闘しなくてすむ。
今日はドキドキしながらの冒険ドライブだったが、又少し自信がついた。うれしい。
夜は日本のお友達とスカイプをしたり、ドイツの次女から電話があったりで、ずっと誰かとおしゃべりしていた。地球は狭くなったとつくづく思う。
あと、10日で帰国の予定。そろそろ日本モードに切り替える時期になった。 日本での生活もやはり楽しみだ。
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2007年2月25日 (日)
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またしても。。ありがとう!
昨日も今日もきれいな虹を見た。感動するくらい近いところに・・
今日は夕方までフリー。 この春のフラの日本でのプロジェクトに向けて、事務的な仕事を具体的に進めている。その確認や漏れがないかを探す作業で過ごす。日本で仕事を引き受けてくれている仲間と、インターネット電話でスムースに話し合うことが出来て助かる。これがなかったら、とてもとても。。
こんな便利さがなかったときから始めているので、プロジェクトの初期の頃の苦労を思い出す。そう遠い過去の話ではないのに、あのころは本当に大変だった。一緒に苦労してくれた人に感謝だ。
今は仕事のプロセスもはっきりしてきて、協力してくれる人も沢山いてくれて、ありがたい。実際に働いてくれる人以外の方々の心のサポートにも支えられている。さ、今回もがんばろう!!
食欲も出てきて、エネルギーも補給できたし、、と午後からワイキキ方面へ散歩兼ウインドウショッピング。明るい日差しが心地よい。
先日K先生から頂いたペンダントヘッドに合うヒモ状のネックレスが欲しかったし、ほかに見たいものもあった。ロイヤルショッピングセンターの3階にハワイアンクラフトの専門店がある。滞在中一回は訪れる、私の大好きなお店。ビルの改修工事中にもかかわらず、営業中だった。
そこでペンダントヘッドに合いそうなのを見つけ、さらに短くカットし留め金の位置を変えてもらった。金属のチェーンよりきっとこの方が合う。いいのが見つかってよかった。それで、3ドル。。。カット代は無料だという。「お店が忙しいときは、修理代を頂くの。でも今は暇で。。貴女はラッキーだったわね」
ロイヤルハワイアンショッピングセンターの工事で、中のお店はすっかり様変わり。工事のすきまで営業しているお店は、閑散としていて気の毒みたい・・・
帰りにATMに寄って、現金を引き出してみる。憲さんが教えてくれていたとおり。。出た出た。。お札。。。うれしかった。これでまた、一つクリア。こんな簡単なことが心配なのは、あれ以来、すべての名義が変わり、パスワードやアカウントナンバーまで全て変わった・・ということにある。とくにアメリカでのそれらは、全て英語、私にとってはなかなか手ごわいのだ。
最近友達に言われた。「貴女って、一人っ子でなんでも一人で出来るしっかりした人だと思い込んでたのに、何でも憲さん任せだったのね。。意外だったわ」ほんとにそのとおり。。。
実は、今日も憲さんに助けられた。昨日とったビデオを確かめたくなり、大きい画面のテレビにカメラをつないで再生しようと試みた。でもうまく行かない。どうやらつなぐコードが正しくないらしい。ふと見ると、コードに赤いビニールテープが張ってあり、「これをTVに」とか、「これをカメラに」と憲さんの字で書き入れてある。おまけにコードごとに「パナソニック用」とか「ソニー用」とか、かなり詳しい。そのとおり試してみると。。見事に成功!!これを見れば説明書なんて要らない。
このテープが張られていて、何か書いてあるのは知っていた。でも憲さんのいつものやり方だったから、気にもしていなかった。憲さんは自分のためにもそれをしていたのだと思う。
しかし、今になってみると、憲さんの残してくれた教えと助けとしか思えない。またしても、それを思い知らされた。「ありがとう、、憲さん!」
今日はにっこりしながら「憲さん、あなたは偉かった!!ありがとうね!!」と独り言を言っただけで泣かなかった。ちょっと、自慢。
夕方から、Iさんとお約束していたレストラン、アロハタワーの「チャイズ」へ。 ここはハワイアンミュージックが充分に楽しめる。しかも一流どころが出てくれる。お食事をするとテーブルチャージもエンターテインメントの料金もなしで、ゆったりとライブを楽しむことが出来る。
お料理も美味しい。今日はSISTA ROBIさんという有名な女性シンガーの出演。ハワイアンっぽいファルセットもなく、ごく普通に歌う彼女のハワイアンが素敵。
今日一時間たっぷり聞かせてくれた曲は、すべてと言っていいほど、私が好きな曲。うれしかった。お化粧もしていなくて、普通のおばさんのようなROBIさん、、、とても好ましい。一緒に写真をとってもらったりして幸せだった。Iさんとゆっくりおしゃべりしながら、ライブを楽しみ家路についた。
車で行動するようになってから、すっかり私の行動範囲も広がったし、アメリカの駐車事情がいかに素晴らしいか。。よくわかる。今日の場合は、2時間以上パーキングしたのに、お店で証明をもらえば料金は無料。係りの人にチップを1ドル上げただけ・・・すばらしい!
今日もいい一日だった。
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2007年2月24日 (土)
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Shirokiya!
朝、のんびりしていたらようこちゃんから電話。 「いい香りのバラが手に入ったから、あなたにあげようと思って。。。」
午前中に私のうちの近くまで来る用があるから、届けてくださるという。 お電話があって、下に下りていくと私の大好きな黄色に淡い赤の縁どりがあって、今にも開きそうなつぼみのバラの束を持って、ようこちゃんが待っていて下さった。爽やかないい香りがする。いつも心にかけてくださって、本当にうれしい。ようこちゃん、ありがとう。
今日はまるっきり休養日。 のんびりしながら、洗濯をしたり、フラの復習をしたり。体調は戻りつつあるが、食欲がない。 夕方になっても、何も食べる気がしない。むりやりおかゆを作ってみても、おいしくない。
こんなときは、栄養もさることながら食べたいものを、少しずつ、わがままに選んで食べたほうがいい。 と思い立って、アラモアナの白木屋へ。。。
煮物や、お漬物や、ちょっとした好みのものが沢山あるはずだ。 行って見るとあるある、、食指が動きそうなものがあっちにもこっちにも。
結局大好きなお漬物と、野菜の煮物と、野菜サラダと、冷やし中華を買ってきた。 まったくミスマッチの食卓だが、今、食べたい物をえらんだら、こうなった。
よくしたもので、「おいしそう!!」と思って自分で選んだから、どれもおいしい。 久しぶりでおなかいっぱいになるまで、食べることが出来た。やはり体調が回復してきたから食べる気にもなったのだと思うが、ちょっとほっとした。 今日は白木屋さんに感謝!!
こんなとき、ちょっと出ると日本食のお弁当があったり、おうどんやさんがあったり、本当にハワイはありがたい。ハワイ以外に日本人が気楽に住めるところは他にない。こちらでこうして過ごせることは本当に、幸せだと思う。
今日の天気は?気温は?何を着ようか?なにを履こうか?ほとんど考えなくてもいい。。少なくとも、私のような人間にはこういう生活がうれしい。シンプルで単純で・・
エネルギー源が身体に入ると、単純な私の体は急に元気になり、最近練習しているフラを数曲踊って、自分自身でビデオに収めることまでしてしまった。これで記録に残って振りを忘れずにすむ。
私はどうしても記号や言葉で書き表してフラの振りを記録できないタチなので、こういう方法しかない。たとえ書いても後になると自分でも解読できないから、結局ダメなのだ。
恥ずかしながら絵が書けない。絵のセンス、ホンントにゼロ! 自分の踊りをビデオで見るのは、いやなのだが、仕方がない。
それでも、振りに訂正が入ったり、高度なステップ(その逆もあり)に変えられたりするから、この記録も絶えずアップデイトが必要なこともある。それも楽しい作業なのだ。
今日は夕方から急に雨と風と雷で大荒れの天気になった。ダイヤモンドヘッドがかすむくらい雨が激しかった。それも一時間も続かず、またもとの天候に戻ったが、6時半からのクヒオのフラショウは急遽中止となったようだ。
とにかく、今日は元気だった。よかった、よかった!!! 明日は日曜日。休養日に充ててのんびりしよう。もう大丈夫!!!
カラカウアどおりのお店でものぞきながら、散歩でもしようかな。。。
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2007年2月23日 (金)
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京都からメール!
一夜明けて、かなり身体は回復したようだ。今日もびっくりするほど長い時間眠った。 今日もフラレッスン。
K先生も昨日よりはお元気な様子。 先生は今日からカウアイの故郷、ワイメアでの一年に一度のお祭りに帰省することになっていたが、体調も含め、帰省の準備が整わず明日の便で帰ることになったらしい。
今日はIさんの今回最後のレッスンなので、3曲全ての仕上げを・・・ プイリの曲、私たちは面白くなってきたが、先生はあんまり面白くなさそうなお顔。。。
「そんなにリズムどおり叩かないで。。。もっとこんな風に。。。」と手本を見せてもらうと私のプイリもいい音を出す。なんだか私のプイリはいい音がしない。。と思っていたが、プイリのせいではなかった。やはり、私の力量不足だった。
自分の不出来をすぐ道具のせいにするのは、、私だけではなく、憲さんもそうだった、、、その証拠にゴルフ道具が沢山沢山残されている。努力も惜しまない人だったけど、道具を換えることでもっと上手になりたかったんだね。。。その気持ち、よくわかるわよ・・・憲さん。
今日はIさんと夕食までご一緒できることになって、二人でゆっくりおしゃべり。 クヒオのフラショウにもご一緒した。そこでA子さんと合流。今日の出演者達は、実によく仕込まれたハラウで、私が先日寄付としてブラウニーを買った、あのハラウの出演だった。
本当にすばらしい。。。私はそのクムの考え方、姿勢、教え方、、全てを知りたいと思った。 そこに日本人の女性が一人入っていて、踊りを披露していた。たしかにきれいで上手だしアピール度はあるのだが、基本が違う。K先生の言う「ハワイの基本!」だ。
これは根底から動きが違ってくるので、なかなか直すことが難しいと思うが、彼女がハワイでそれを感じ、本当に習得したらすばらしいと思う。
そのあとIさんと私の車でアラモアナに向かい、近くに出来た「食堂」というレストランへ。 金曜日でもあり、超満員。でもカウンターのすみが空いていて、そこへちょこんと入れてもらって、待ち時間なしでお食事が出来た。こういうとき小柄なのは助かる。
美味しいお食事を、お腹と相談しながら頂いて、ゆっくりおしゃべり。 Iさんと別れたのは10時前だった。
家に帰ってPCを開くと、つい一週間前に帰国したばかりのMちゃんからメール。東京からかと思ったら 「今、京都です。これから憲さんに会いに行ってきます。。」と、、つまり何かの用事で京都にいて、大徳寺の憲さんのもう一つのお墓に行って来ます、、という意味なのだ。ちなみにMちゃんと憲さんは残念ながら、会ったことがない。それなのに。。
本当にMちゃんったら、、、先週ハワイでお墓参りしてくれたばかりじゃない。。そのときさりげなく京都のお墓にも行きたいから、、詳しいことを聞かれたのだが、まさかこんなに早く実現するとは。。。
Mちゃんの気持ちをありがたく思い、うまく憲さんのお墓にたどり着けますようにと願いつつ、今夜も早めにベッドに入った。明日は一段と元気になっていますように・・・ 明日は一日フリー。 休養日のつもり・・・
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2007年2月22日 (木)
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Close..Almost...But..
今日はIさんのために、臨時のフラレッスン。 3時からのレッスンの予定だった。Iさんのお申し出でで、レッスンの前に憲さんのお墓にお参りしてくださるという。今回ご一緒にいらしているお姉さまとご一緒に三人でお墓に。。。 きれいなお花を用意してくださっていた。お二人ともお墓に着くと「明るくてすてきなところね。。でもこんなになっちゃって」と涙をぬぐわれて。。Iさんは憲さんをよく知っていてくださるが、お姉さまは面識がなかった。それなのに・・。本当にありがたいこと。
そのうえ、今日のランチはIさんが買って来た下さった、美味しいお弁当。 Iさんご姉妹と、A子さん、そしてK先生とで美味しくいただいた。とはいえ、私は残念ながら、まだお腹の調子が完全でなく、ほんの少しだけ頂くだけだった。
K先生も、同じように昨日から食欲がなく、昨日のお昼から何も食べてないし、体がだるい・・と元気がない。先生も私も考えたら少し風邪気味。それがお腹に来ているのではないか、、と思う。
3時過ぎからレッスン開始。
今日は全員のプイリがそろい、みんなで一斉に踊ったが、音がバラバラ。
でもなんとなくそれらしく動けるようになると、肩の痛みも忘れてうれしくなる。でもそれが自己満足だというのは、先生の顔を見れはわかる。「近くなったけど。。まあ、だいだいよくはなったけど、、ね」と言う言い方でもわかる。昔バレエ団にいたころ、高名な先生のレッスン中に「似てます。でも違います。。」と言われたことがあって、それを思い出した。
英語と日本語との違いだけで、きっと同じ意味だ。 K先生は”close,, almost” という言い方だった。その言い回しが似ているのがおもしろい。
プイリの快活な曲と、可愛いアウアナを振付けてもらって、今日はおしまい。 明日、全ての曲を仕上げてもらう予定。
Iさんが今年、6月にフラの生徒さんを連れてハワイ旅行をなさる。それのカウアイ観光部分を、K先生が引き受けて、行動をともにして、いろいろお骨折りを下さるということになった。その間に入ってパイプ役になるのが私。レッスンの後その打ち合わせを・・・
大げさにいえば、ハワイと日本のパイプ役が多くなってきてうれしいが、緊張もする。 なんとか皆さんの旅行が楽しく、K先生との時間を有意義に過ごせるようにと願っている。 色々話が複雑になると、ああ、英語力が欲しい。。とつくづく思う。
レッスン後、なんとか食欲が出るようにと冷蔵庫を覗いてみたが、まったくその気にならない。 おかゆもおうどんの用意もあるのだが、食べる気がしない。
ヨーグルトとか、果物なら。。と思ってA子さんに電話をして、買ってきてくださるようにお願いした。彼女はすぐ近くのホテルの滞在中なので、私もこんな時心強い。お陰で果物と、ヨーグルトでお腹を満たし早くベッドに入った。早くよくなりますように・・・
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2007年2月22日 (木)
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番外編((次女の夢))
ハワイ時間で、2月22日になったばかりのたった今、ドイツの次女から電話。
「まだ起きてた?元気?私ね、昨日の夜、ママの夢を見たのよ。空が青かったから、多分そこはハワイらしいの、私たち夫婦がね、カウンターみたいなところで、ジャンボギョーザを食べていたの。そしたら、ママがね後ろからすごい勢いで駆けてきて、「Get her!」とか言って英語で女性のスリを追っかけてるの。短パンにTシャツのママがすごい勢いで走ってるの。どうやら、財布をすられたらしいのよ。『パパの写真が入ってるんだから、その財布返して頂戴!』と叫びながらね。そしてママはとうとう、その人を捕まえたのよ。。。私たちずっとそれを見ていて「アメイジング、キョーコさん!」ってそれは感心してたの」
なんという話だろう。私が必死で走っているのに、助けもせずじっと見ていた次女夫婦。ハワイにいるはずなのに、なんで、カウンターでジャンボギョーザ?
「パパの写真が入っているからその財布返して!!」と私が叫んでるなんて、現実的で悲しくもあり。。。いやにリアルな夢ではないか・・・
娘も複雑な気持ちでその話をお婿さんにしたら「すぐにハワイに電話をかけて、キョーコさんは大丈夫か、様子を聞いてごらん」と言われたのだとか。
私はといえば、その夢の間ハワイで何をしていたかというと体調が悪くて眠っていた。テレパシーが通じたのか??
それにしてもTシャツに短パンですごい勢いで走っていたという自分の姿を想像するだけで恥ずかしい。
やはり私の周りには、大笑いすることがたくさん転がっているような気がする。
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2007年2月21日 (水)
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スープが消えた!?
何年ぶりだろう?こんなによく眠ったのは・・・と思うほどよく眠った。 昨夜9時ごろから、今朝9時すぎまで。自分でも信じられないくらいだった。 きっと疲れがたまっていたのだろう。どうやら今日は元気に行動できそうな気がしてきた。
ハワイで目覚める朝は本当に快適だ。 家のガラス窓は東〜南〜西に向いて開けていて、カーテンも遮光のものではないから、自然の光が差込み気持ちがいい。たとえカーテンを開けっ放しにして寝ても外からは見えないから、朝焼けの空もベッドの中から楽しめるし、ダイヤモンドヘッド(カイマナヒラ)を窓一杯に見渡すことができる。
この心地よさは、なんとも表現できないのだが憲さんがいつも言っていた「暑くもなく、寒くもなく。。なんとも感じない。。これがいいんだなあ。。」ということに集約される。潮風の適度な湿気と、からりとしたトレードウインド、、このほどよい空気もいい。肌にもいいような気がするし、髪の毛もしっとりする。
今日もフラレッスン。Iさんが今朝、ハワイ入りで、A子さんと三人でのレッスン。
K先生は、私の顔を見るなり「スープの入った容器を車の屋根に乗っけたまま発車したものだから、どこかに飛んでいってしまった。。どこかの道路に僕の作ったスープは転がったままだろう。。」とおっしゃる。「それ、一体どういうこと??」とよく聞いたら、昨夜スープを作ったのでみんなで食べようと思ってスープを容器に入れて用意しておいた。それを車に入れるつもりで、ちょっと車の屋根に乗せてほかのことをしているうちに忘れて、そのまま車を発車させたので、スープがどこかへ消えた、、、というのだ。
「あ〜あ。こんな馬鹿なことをしたのは、初めてだ。。」とご本人もショックのようだった。私たちも美味しいスープにありつけなくて、もっとショック!
この日記を読んでくださっている人から「あなたの周りにはよく面白いことが、次々と起こりますね」と言われることがある。世の中には今日のように、ちょっと笑える話が次々と起こるけれど、そのつど忘れてしまう。こうして書き出してみるから目立つだけなのだろう。
今日はプイリを使った振り付けだった。私は、かつて一度だけ振付けてもらったことがあるが、まったくの初心者。今日、プイリをもっていたのは私だけだったので、三人で交代で使うことにした。プイリを使う番以外の二人は、調理用の長いお菜ばしを使って練習。。。同じ竹でも、やはり、なんかヘン。。。代用品にはならなかった。あした二人分のプイリが来るのが待ち遠しい。
プイリを使っても基本のステップは、あくまでもきちんと踏まなければならないのに、今日はそれもどこかへ吹き飛んでいた。ただプイリの扱いだけに夢中で。。。私たちは楽しかったけれど、先生もあきらめていらしたようで、今日はステップについては、なんの注意もなかった。きっとあきれていたんだろうな。。。
明日は臨時練習。この一曲を今夜中におさらいしておかなくては。。。
身体はだいぶ回復したが、今日の夕食もやわらかく煮たおうどん。
実は、今夜もお友達と夕食のお約束があったのだが、大事をとって昨夜のうちに予定変更をお願いした。来週なら、完全復活で大丈夫!
明日はIさんが、憲さんのお墓参りをしてくださるという。Iさんとは不思議なご縁があって、憲さんが亡くなる一ヶ月前に、この家で開いた憲さんの69歳のバースデーパーティーに来てくださっていたのだ。
明日レッスンの前に、Iさんと一緒に憲さんに会いに行く。憲さんもどんなにか喜ぶことだろう。 先週のMちゃんといい、本当にうれしいお心遣いを頂いて私も本当に本当にうれしい。
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2007年2月20日 (火)
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おなかが。。。
昨夜から、ちょっと体調がおかしい。先週から疲れ気味だったのだが、ついに症状として現われた。 元気にならなくちゃ、、と思って、頑張ってお肉などを食べるんじゃなかった。
いわゆる消化不良。今日は朝食抜き。
おなかの具合がよろしくないだけで、おしゃべりは出来る。 ようこちゃんとランチのお約束をしていたので、「会っておしゃべりだけでも、、」と思い、車で出かけた。こういうとき車はありがたい。。。
ようこちゃんとファブリックマートの前で待ち合わせ、近くの日本食レストランへ。 私は月見うどん。ようこちゃんはバターフィッシュランチセット。 半病人のような私と、元気なようこちゃん・・・ でもようこちゃんも、今日は浮かない顔をしている。 「キョーコちゃん、私大変なこと忘れてたの。今日がナントカ税の納税の締め切りなんだって・・・。さっき知ったの。私これから急いで家へ帰って書類を探して、税務事務所へ行ってこなくちゃ。。ごめん、今日はゆっくりしていられないの・・」
ようこちゃんも一人暮らし。私よりずっとお姉さんだから、いろいろ大変だろうにいつもゆったりと構えて見習いたいくらい。でもさすがに今日は、あわて気味。追徴金を取られるなんて、信用にかかわるから・・と。 消化不良の私と、納税期日ギリギリであわてているようこちゃん。。。。 それでもゆーーっくりとランチを楽しんで別れた。 ドンキホーテに寄って買い物を済ませると、すぐに家に帰ってようこちゃんに言われたとおり横になって休養をとった。しばらくしてようこちゃんから電話。「キョーコちゃん、行って来たよ。やっと納税済ませてきた!!」「よかったね!間に合ったのね!」
私もホット安心して、うつらうつらと夕方まで眠った。 夕食もおかゆ。
明日からIさんがハワイ入りだから、元気で一緒に踊りたい。 だから、今日は早寝。
なんとか明日は元気に目覚められますように。。。
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2007年2月19日 (月)
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タヒチアンパール
今日も風が強い。家にいると締め切ったはずの窓からぴゅーぴゅーとすきま風の音が聞こえる。 音だけ聞いていると、外は寒そうな猛吹雪ではないかと思うほどだ。
もちろんこちらの空は晴れ渡っていて、外は結構暑い。ただ、雲の流れがとても速い。風がこれだけ強いとビーチも砂が飛んで、おちおち寝転んでもいられないし、体感温度が低くなって海に入ると寒いだろう。
私は家にいて、朝はのんびりと過ごした。一時からはフラレッスン。明日帰国するMさんが今回初めてレッスンに参加。A子さんと3人でのレッスンになった。
最近先生が月曜日はカヒコ、水曜日はアウアナ、金曜日は両方、、と決められた。 で、今日はカヒコデー。 短いけれど振りが複雑で難しいカヒコを習う。踊っている時間は一分足らずだが、とても疲れる。。
あちこち注意されたところを修正しようと思っただけで、うまく行かなくなったり、意外と難関が突破できたり。。コンスタントにすべてがこなせるようになるのは、いつの日だろう。。
その前の基本練習がまた厳しかった。 正座をした状態からアミで少しせりあがり、カオをしてまた正座に戻り立てひざまでせり上がり、正座に戻ってアミ2回。。。
それを繰り返した後は、3人とも足の筋肉がわなわなと震えて仕方がなかった。「痛い?」と先生。 「いや、あの、、それより私たちの筋肉、今、すごく震えてます」先生に言うと「それはよく練習が効いていた証拠だから。。心配ない!」とのこと。 それならいいけど・・・ 今日はそのカヒコをずっと踊り続けて一時間半。緊張の連続だった。
一日おきの練習で、確実にフラ筋肉が付いてきていることはわかる。 毎回、みっちり!のレッスンなのでありがたい。
今日先生から「遅くなったけど。。」とバースデープレゼントをいただいた。 きれいに細工された小指の先ほどの巻き貝に、立派なタヒチアンパールが一粒ついているペンダントヘッドだった。器用な先生の手作りかと思うほど、素朴で温かい形をしている。早速チェーンをつけてみよう。いや、金属よりこれにはひも状のが似合いそうかな? チョーカーのように短めにつけたほうがいいのかも。。。
それと、先生からのもう一つのギフトは私の大好きなチェリーコークを一ダース。。。。 誕生日がまだ続いているみたいで、、本当にうれしい。
夕方はまたクヒオのフラショウを見に行った。 やはりA子さんもMさんも来ていた。 幸いなことに今日の出演者は私たちの大好きな人たちだった。 あんな動きを出来るようになりたい。いいものを見せてもらえて、幸せだ。
Mさんはご家族と一緒に明日帰国予定。 また日本で会えますように。。。
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2007年2月18日 (日)
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衣類の整理
今日はめずらしく何も予定がない日。ゆーっくり朝食のシナモンロールを食べてコーヒーを飲んで・・・・。メキシコマシコ君たちが、いつものようにやってくる。お昼過ぎMちゃんから電話。「キョーコさーーん。これから帰りまーす。今、もう空港です。ハワイ楽しかったあ!!また日本で会いましょうね。。」と。
今日は朝から風が強く、他島では強風注意報がでているという。 晴天なのだが、風がぴゅーぴゅーとすごい。
窓を閉め切っていても、家の中は暑くはなく、やしの葉のサワサワと揺れる音が聞こえる。
昼前からたまったアイロンがけをし、私のクローゼットの整理を始めた。 だんだん不要なものが増えてきていたので、自分のものは思い切って処分。すっきりした。ここは狭いから、すぐに片付くが、日本の家のものを整理しようとしたら、一体どれくらいかかるだろう。気が遠くなりそうだ。早晩、整理が必要だ。ああ、大変・・・・。
昨日から今日にかけて、電球がいくつか切れた。ハワイでは本当によく電球が切れる。白熱灯ばかりだから余計にそうなのだろう。見よう見まねで、椅子を持っていってよじ登り、電灯のカバーをはずし電球を換える。一人でなんとかなることもあるし、どうにもならないこともある。 すこしずつ、また勉強だ。
うちのコンドのエレベーター2基のうち、一基が去年から調子が悪い。今も使用不可能な状態だ。 それでも一基が動いているから、いいのだが、いいほうのエレベーターも点検が必要で、来週の火曜日、午前中の1時間半、エレベーターが完全に使えなくなる、と、今日張り紙がしてあった。みんなそれを読んで、来週の火曜日の外出や来客などの変更をしなくてはならない。36階あるこのコンドの上層階の人は特に大変だ。
私はその日ちょうどの時間に人と会う約束があるが、家と同じ階の駐車場から車で出て行くつもりなので、幸いなことにエレベーターに乗らなくてすむ。
ほとんど英語が読めない日本人のお友達が、この26階に住んでいる。ご高齢だし、英語がわからないのは仕方がないが、こういうときにはとても困る。もし、ご存じないと大変なので早速、お電話をしてその旨をお伝えした。案の定、ご存じなくて、とても感謝して下さった。快適なコンドの生活も時々びっくりするようなことが起きる。
夕方までに、なにやかやと家事を済ませて、車でアラモアナに行った。今日は日曜なので、7時で全館が閉まる。時間的にはギリギリだったが、ロングスで、セール中のものをゲット。食料も買い込んで帰ってきた。
車の中から見た、夕焼けがとてもきれいだった。 サーモンピンクに染まった雲が、青い空に浮かんで・・・・。 帰りに通ったカラカウア通りの人出の多いこと。。。 なんとなく観光客が増えていると思ったら、グレート アロハ ランという、マラソン大会みたいなものがあるらしい。日本人いっぱいのホノルルマラソンに比べ、こちらはアメリカ本土からの参加者と、ハワイの人の参加が多いのかもしれない。
いずれにしても、イベント目白押しのホノルルだ。 あきることはない、と言いつつ、いつもつい見逃してばかりだけれど。。。
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2007年2月17日 (土)
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DON TIKI !!
今日はハワイ時間の私の誕生日!! まず、早朝2時きっかりに、ドイツの次女のお婿さんの声で「キョーコさん、ハッピーバスデー!ゲンキデスカ??」と電話が・・。ドイツからだ。何でまた、よりによって、この真夜中に?と思ったら、ハワイが17日になったばかりの深夜12時きっかりに電話をかけようと次女と二人で時計を見ながら、タイミングを計っていたらしい。アイデアは嬉しいが、時差の計算が違っていた。 「ごめーーん、時間間違えた!もう寝てた??」次女が受話器の向うで叫んでいる。
朝からすっかり誕生日モード。日本からメールや郵便でお祝いのカードが届いて、本当にうれしくて。。ありがとう!
今夜はA子さんとMちゃんと三人でフラのK先生の出演する「DON TIKI」というショウに行くことになっていて、賑やかで贅沢な誕生日。おおいに楽しみなのだが、心配事があった。若いお二人をアロハタワーのショウの会場まで、私の車に乗せて連れて行く自信がない。そこで予行演習を決行。朝から一人で家からアロハタワーまで往復。助手席に乗って憲さんの運転を見ていたことが、いまになって役になっていることがよくよくわかる。 「なんだ、簡単じゃない!!これなら大丈夫!」と、自信がついた。
夕方、Mちゃんから電話。明日帰国なので、今から会いたい、、と。 家に来てもらっておしゃべり。Mちゃんは私のお誕生日を知っていて、それにあわせてハワイ入りしてくれたと言う。私も一緒に過ごせて本当にうれしい。
そこへ長女から電話。「おはよう!!」と。もう夕方なんだけど。。どうもうちの娘達は時差の計算が苦手らしい。「お誕生日、楽しんでる??」彼氏まで出てきて「30歳の誕生日おめでとう!」と。
いよいよ今日のメインイベント、9時からの「DON TIKI」ショウのためにアロハタワーへ。予想通り、駐車場が満杯で入れそうにない。長い車列の後ろについて、一時間は待つ覚悟をしていたらさすが、アメリカ!!。 車を鍵ごとおいていくと、係りの人がどこかへ車を運んで駐車してくれるというシステムだった。ホテルの駐車場のように。。そうか、そういう方法があったね。。。感心した。しかも何時間置いても、バリデーションのスタンプさえもらえば、たったの3ドル。
ショウは2時間。オープンエアの会場にほとんどが自由席のビヤホールという感じ。なるべく舞台に近いところに席を取り、3人でショウの始まるのを待った。見上げると星がまたたき、やしの木が揺れている。時折、強い風が吹き、かとおもうと穏やかなそよ風が・・・ハワイらしい夜だ。
と、そこへ楽屋入りしたK先生が、「お誕生日おめでとう!」と逆に挨拶に来てくださった。やっとショウが始まる。客席からも踊り手が登場したりして、あきさせない演出。先生もほら貝を吹きながら、登場。
「DON TIKI」とは音楽を演奏するバンドと、歌手、踊り手のグループことらしい。だから彼らのCDもあれば、Tシャツも売られている。人気があるらしく今日の会場も満杯だった。K先生もダンサーとしてそのメンバーの一人だということが、ようやくわかった。
ショウの途中で先生が突然、客席に下りてきて、私のそばに座っていたMちゃんの手を無理矢理引っ張って舞台に連れていった。Mちゃんは「いやーーん、やだやだ、キョウコサーーン。助けて!」と言い残して舞台の上へ・・・そこでK先生と組んでタヒチアンダンスのミニレッスン。Mちゃんのハワイ初舞台?をA子さんとしっかりこの目に焼き付けた。よかったね、Mちゃん。
今日の先生のハイライトは私たちにも御馴染みのフラダンサー、カリッサと組んで踊る、タヒチアン風のダンスだった。とてもセクシーで、先生のダンサーとしての多面性を見せてもらったような気がした。そういえば、先生は最近ヒップホップのクラスも受けているというし、ダンサーに垣根はないな。。とつくづく思う。
私たちの踊りをみて「うーーん、つまらない。。」とおっしゃるはずだ。私たちはプロでもないし、自分が楽しければそれでいいかもしれないけど、自己陶酔の踊りだけはしたくないと思うから、やはり人の心に触れる何かを持ちたいと思う。それは「あふれんばかりの心」なんだろうと私は思っている。 それが一番難しいことなんだけど。
ますますフラを踊るのが楽しみになってきた。 そういう意味でも、今日は本当に嬉しいお誕生日だった。 感謝感謝。
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2007年2月16日 (金)
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幸せなのに、、涙。
今日は日本時間で、私の本当の誕生日。 ずいぶん前に、サプライズでパーティをしてもらったので、もうすっかり還暦のつもりでいたが、まだ今日までは50代だったのだ。すっかりその気になっていたのだが。。。
お昼過ぎ、来客のチャイムがなった。今こちらにご一家で滞在中のMさんだった。 部屋まで上がってきてもらうと、なんとMさんのお母様、妹さん、そのお嬢さん、Sちゃん(3歳くらい)とMさんの4人だった。MさんもK先生の生徒さんなので、フラレッスンにいらしたのかと思ったらそうではなかった。
「京子さんのお誕生日、日本で言うと、今日ですよね。おめでとうを言いたくてきました。。」と。
3歳のフラ大好きのSちゃんが、私に素敵なオレンジカラーのレイをかけてくれて、みんなでハッピーバースデーを歌ってくださった。その上、いい香りのホワイトジンジャーのレイを憲さんのためにと、お持ちくださった。本当になんてうれしいこと。。。
みんなで写真を取り合った。フラ大好きなSちゃんにはプイリやきれいな羽のついたウリウリを持たせて上げると、大喜びで踊って見せてくれた。踊り終わると、ちゃんと舞台の袖に引っ込んで、「ハナホウ」とハワイ語でアンコール!と声をかけると、舞台に戻ってくるという念のいりようで、すごい。 しかも最後に「アローハ!」と投げKissをするなど、芸が細かい。
こんな頃からフラを好きで、勉強していたらすごいなあ。。と羨ましくもなる。 Sちゃんには本物のフラを勉強してほしいと、心から思う。
さて今日は、予定が変わって3時からレッスン。レッスンが始まる前に、先生が持参してくださった「オノ シーフード」というところの、POKEをご馳走になった。先生ご推薦だけあって、本当にしっかり味がついておいしかった。POKEのほかに、トマト、たまねぎ、オゴ、エビなどをさいの目に切ったものを、ハワイアンソースにつけた「????」というのもいただいた。熱いご飯と一緒に食べたいと思うようなお味で、ピリッとしていて美味しかった。食欲増進。。間違いなし。
さて、レッスン開始。 やはりK先生は、このくらいの時間からエンジンがかかるようだ。
今日もすごい勢いで、新しいアウアナを仕上げた。 基本のステップが、身体にしみこんでいないから、いざ踊りになると基本がどこかにすっ飛んでしまう。 そうすると、先生はとたんに悲しそうな顔になって「基本を踊りに生かせなかったら、基本練習をしている時間の無駄でしょう。。」と。 本当にねえ。。と、こちらも悲しくなる。。。
なんとか筋肉のありったけを使って基本をマスターしたい。。。
今日は完成したアウアナを一人づつ、みんなの前で踊ることになった。 まず、私から。先生はオーディションの審査員のように、メモを片手に前に座る。 笑顔どころじゃないけれど、まず表情でリラックスを。。と試みる。
一曲の長いこと。。。先生はなんだかたくさんメモをしている。 成績表を付けられているようで、落ち着かない。一人ひとり踊り終わると、そのつど呼ばれて弱点の説明。そのメモを渡されて「きちんと勉強して置くように」。。と。
こんな緊張とか、人に真っ向から批評をしてもらえることってそうあるものではない。 私はこういう緊張は好きだ。好きというより、こういうことが人生には必要だと思っている。世の中には避けて通りたいことが一杯あるけれど、機会があれば挑戦したいと思う。
明日はハワイ時間の誕生日。 夜は、K先生が出演されるアロハタワーでの大きいショウにA子さんと、Mちゃんと三人で行くことになっている。先生が今、リハーサルを重ねているそのショウがどんなものなのか、とても楽しみだ。こんな、お誕生日になって本当に幸せだ。
憲さん、初めて一人でむかえる誕生日をみんなで祝ってくださって、本当に私は幸せ者ですね。 一年前は中華料理を二人で食べたんっだったね。覚えてるでしょ?
今日は、こんなに楽しくて嬉しい日だったのに、やはりなぜか、今夜は涙が出て止まらない・・。 みんなの心遣いが嬉しくて、涙が出るのね。きっと・・・ 本当にあれ以来、予期せぬときに涙がどっとあふれる。。
でも大丈夫、今年の誕生日は賑やかなショウの会場でフラの仲間と過ごします。
「そうか、還暦か、ママも年取ったなあ、、」って笑って見ていてね。 私ももう笑っているから。。。
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2007年2月15日 (木)
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疲れてます。。
今日は朝から、なんだか体が重い。なんとなくお天気もはっきりしない。低気圧のせいかもしれないと思ったりしたが、どうやらそうでもなさそう。やはりフラレッスンの疲れだと思う。
今まで使っていなかった怠惰な筋肉が急に使われだして、びっくりしているのかもしれない。今日は夕方の5時から臨時のレッスン。
それまでに、なんとかなるかと思ったけれど先生とみんなを迎えるまで、体調はよくなかった。今日は「見学」にしよう。。と決めた。
「一応パウスカートははきますが、今日は疲れてますので、見学させて、、、」と言いかけたら、「そんなこと言ってるけど、キョーコが黙ってそんなところで見ていられるわけないでしょ。きっと踊りたくなるよ。。」
不甲斐ない?ことに、ちょっとだけ皆のレッスンが始まったところで、やっぱり私も。。。とレッスンに参加してしまった。
朝からの疲れもどこへやら!!最後まで踊り続けて約2時間。今日は、なんだか先生もとてもとても元気で・・・そこで改めて気が付いたのだが、先生は夕方になると元気になる夜型人間だということ。
今日は私たちの疲れをよそに、先生は最後まで大変な熱の入りようだった。
A子さんとMちゃんも「そうだ、先生はこの時間がこんなに元気なんだ。これからレッスン時間を夜にしましょうか。。」と大笑い。
7時前にようやくレッスンを終えると、先生はそのままショウの出演のため楽屋入り。私たちも今夜の先生のショウを見ることになっていたので、大急ぎでショウの会場へ。
ここで踊られている動きの激しいカヒコを、今、私たちも習っている。 「これが正しいのです!」というようなお手本を見せてもらって、ただ、ため息。
最近、終演後、出演者としてお客様を送り出すために、先生も衣裳のまま出口にたってお客様と話したりしている。そこで「キョーコ、とても疲れてるように見えるよ。今日はよく寝るんだよ!」と言われてしまった。
実は3人とも、レッスンのあと、夕飯抜きでショウにいったからおなかが空いていたのだ。ショウを見終わったとたんに3人とも「あーー、おなか空いたあ!もう一分も待てませんって感じ!!」
チーズバーガーパラダイスで、遅い夕食にありついたのは10時過ぎだった。 3人とも正直なもので、おなかが満たされると、急に元気を取り戻しおしゃべりを楽しんだ。
明日もフラレッスン。3日連続だ。 今夜はゆっくり寝よう、、と決心して家に帰った。 今日もフラ三昧の一日。幸せな疲れだ。
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2007年2月14日 (水)
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バレンタインデーに・・
ハワイ晴れが続く。雨期が本格的に終わるまであと少し・・・でも今年は「雨期」という感じはほとんどない。昨年は3月に記録的な大雨が続いたので、油断は出来ないのかもしれないが。。
日本人より、アメリカ人の観光客がぐんと目立って多くなったような気がする。理由は考えたけれど、わからない。プロボウルも終わったのに・・・。
今日はMちゃんが日本から到着。早速会いに来てくれた。彼女とはハワイで知り合った。熱心な生徒さんでフラのレッスンのために時間と資金を作っては、ハワイに来ている。最近どういうわけかすれ違いが多く、ハワイで会うのは久しぶりだった。むしろ日本で会うことのほうが多かった。やはり彼女とはハワイで。。のほうがピンと来る。
午後からのフラレッスンに早速参加。時差でつらいだろうに、ほとんどの生徒さんは到着当日からレッスンを受ける。短い滞在期間でフルにレッスンを受けたいからだ。 A子さんとMちゃん、三人でのレッスン。やはり基本をみっちりと・・・・。 K先生の指導にも熱が入る。
私一人のレッスンが多かったので、最近とてもうれしい。プライベートレッスンは贅沢この上ないが、 やはり仲間を体温を感じながら、踊れるのが、なによりうれしい。
新しいアウアナを一曲。 そして、以前から習っているカヒコなどをおさらいも兼ねて踊った。 この頃レッスンのあとの筋肉の疲れ方がちがう。歳のせい。。もあるけれど、若いA子さんもそういうから、あながち年のせいだけでもなさそうだ。
本当に真剣勝負!のような筋肉の使い方が必要で、私にはありがたい刺激だ。 しかし疲れる!!
ところで今日はバレンタインデー。 レッスンのあと、A子さんと私から、ビアードパパのシュークリームをプレゼント、Mちゃんもちゃんとチョコレートの小箱を用意してきていた。ハワイでもビアードパパは大人気。でもハワイでは「パパビアード」と呼ぶんだと、今日知った。K先生はパパビアードだと言い張るので、日本組の我々は「ビアードーパパ」が正しい!!と応戦した。
差し上げたはずのシュークリームはハワイアンスピリットで、4人でシェアしていただいた。 ありがとうございました。。先生。
その後、Mちゃんと二人で憲さんのお墓参りをした。バレンタインデーだからレッスンのあと一人で憲さんに会いに行こうと思っていた。それを知ってか知らずか、Mちゃんがそれとなく促してくれた形で二人でお参りできた。Mちゃんとは長いお付き合いなのに、憲さんとは会うチャンスがついになかった。Mちゃんはそれをとても残念がってくれていて、お墓の前で「やっと会えましたね、憲さん。Mです。会いにきましたよ、、」と。。。本当にうれしかった。 お家から車で7分〜8分のところにお墓があるなんて、、とMちゃんはびっくり。本当にそういう意味では、最高の立地なのだ。
6時半からはいつものクヒオフラショウへ。 A子さんが場所をとってくれていて、三人で楽しんだ。また明日も、レッスンの予定。Mちゃんの滞在が短いので、臨時レッスンを入れていただくことになった。楽しみだ。
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2007年2月13日 (火)
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カマアイナ。。
今日もハワイはハワイ晴れ! 本当にこんなに気持ちのよい日々が、年間を通じて味わえるなんて、本当にハワイの人は幸せだと思う。今日は銀行関係の用事があって、お昼から出かけた。その支店もカラカウア通りにある。
ワイキキビーチを通って、歩くこと20分。銀行に行くにしても、なんて気持ちのいいこと・・・
今日の用事は、私のチェックブックをとりにいくことだった。 アメリカ人がよくレジでおもむろに取り出して、数字を書き入れ、サインをしキャッシャーに渡してる姿をよく見かけるが、あの小切手のようなものである。そういえばクレジットカード全盛で、チェックブックはあまり見なくなった気もするけれど。。。
憲さんにまかせきっていた部分だったから、その書き方まで覚えなくてはならない。大体において、数字に弱いのにそれを英語で書き表せ。。ということなんて、私には難しすぎる。
でも必要に迫られていて、すぐにもある所にお金を送らなければならない。
明日、フラのK先生に書き方を教えていただこうと思っている。小切手なのだから間違えたら大変だし・・・緊張する。K先生も関係ないことまで色々教えなくてはならなくて、お気の毒だ。そのチェックブックの模様が、ハワイらしくプルメリアだったり、きれいな海の絵だったりするのが、単純にうれしい。
帰りにおなかが空いたので、おいしいといわれているラーメン屋さんに入った。確かにおいしかった。お会計のとき気が付いた。予想よりお安い。なんとカマアイナ レートになっている。ID(ハワイ州の運転免許証)を見せたわけではないのに。。。
ハワイの住人に見えたのかしら?明らかに日本からの観光客には、チップを上乗せしてお会計しているのに、私の伝票にはそれもない。。
銀行へ行くので、リゾート気分の服ではなくて、ちょっとだけまともな服を着たからだろうか。。普通のハンドバッグを持っていたからだろうか?? いずれにしても、このラーメン屋さんにはカマアイナレートの設定があるんだとわかってよかった。
それはよかったのだが、昨日から気になっていることがある。私のメガネが見当たらない。2つ持っているから困ることはないのだが、愛着のあるほうだったので気になって仕方がない。いつかひょっこり出てくることを願っているが、この現象自体がこわい。 いろいろなくしてもそれに気がつくうちは、まだいいか・・。
3時からはA子さんとフラの自主練。これが結構疲れて、二人ともフーフー言うほどだ。 明日はまた日本からの生徒さんMさんがハワイ入り。久しぶりで楽しみだ。
6時半からはいつものクヒオフラショウへ。。。 この頃お天気がいいので、夕日も美しい。 今日のサンセットは、雲のない水平線に大きくて真っ赤な太陽が溶ろけ込むように沈み、拍手を送りたいほどだった。
今日も素敵な男女二人のショウ。この会場でまた二組のフラ仲間グループに遭遇。みんなこころから楽しんでいたようだった。毎日こんなショウを無料で提供するなんて、ホノルル市もなかなかだ。
憲さんがいたころは、この夕方の時間は夕食の始まる時間で、なかなか見に来るチャンスがなかった。今は時間だけは作ることが出来て、こうして毎日素晴らしいステージを見せてもらっている。 なんと贅沢なことだろう。フラを学ぶものにとっては、こんなにありがたいことはない。
ショウを見た帰り、久々にジムへ寄った。このごろまったくワークアウトをしていなかったので、ワイキキへ出たついでに一汗流そうと思った。行って見ると、やはり気分がいい。筋肉が熱くなって、すっとする。血行がよくなっているのだろう。これからは、フラショウからの帰りはジムでワークアウトということに決めた。これもハワイならではの生活だ。
一汗かいた後のハワイの風は気分がいい。ああ、いい気持ち。
健康的で、満足、満足。
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2007年2月12日 (月)
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ハワイは最高!
今日も青空、気持ちがいい。 お昼すぎ、日本から家族連れでこちらへ来ているMさんからお電話。近くのコンドに滞在中なので、ちょっとご挨拶に。。とのこと。 お母様、妹さん、そのお嬢さん、とMさんがいらして下さった。フラのレッスンも受けることになっているのだが、今のところ、ご家族のケアで大忙しらしい。姪御さんの3歳のSちゃんはフラが大好きで、飽きずにショウを見ては、CDをかけて踊っているとか・・・今日も、私が踊りだすと一緒に踊ってくれた。可愛いフラガール・・・将来が楽しみ。
一時からフラレッスンの予定だったが、先生から電話が入り一時間遅れで始めることになった。
月曜日はカヒコの日。カヒコづくしで今日も足が痛い。 いま練習しているカヒコは7曲。 どれも難しい振りで挑戦し甲斐があるが、大変だ。
素敵なダンサーをみると、上体にブレがない。きちんと体が出来ている。それだから美しいのだ。やはり基本。練習しかない。。
今日はもう一つ難しいカヒコに取り掛かった。私は一応、経験済みだが、何度やっても難しい。再挑戦だ。
フラは奥が深い、なんて言葉では簡単に言うけれど、それどころではない。
レッスンが済むと、レッスンのときに敷くラウハラのマットを片付けて掃除機をかけてくださるのが、いつの間にかルーティーンになった。A子さんがマットを巻き、隣室に運んでくれると、K先生が掃除機を出して来て、掃除を始めて下さった。レッスンに通わずに、先生が来て下って、仲間が来てくれてこんなに楽なことはない。おまけに掃除までしてもらって。。。
夕方A子さんと、またまたクヒオのフラショウ見物。 今日は、清楚で確実な踊りをする男女二人だけのショウ。 見応えがあった。女性のほうは東洋系の顔立ちで、誰かに似ていると思ったら、ゴルフのミッシェル ウイーにそっくりだった。A子さんも「そうそう似てますよね!」
可愛い笑顔ときれいな踊り。。 今日もたっぷり一時間、無料のショウを楽しんだ。
これだから、ハワイはうれしい。 本当に最高!!夜空には星がいっぱい。 明日も晴れそうだ。
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2007年2月11日 (日)
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ビーチへ。。。
トレードウインドが戻ってきて、朝から真っ青な空がまぶしい。気温は低く、日陰に入ると涼しいくらいだ。昨夜は疲れていたのか、いつになく早くベッドに入ったのに、目覚めたら9時前。
お陰で疲れがすっかり取れたようで爽快。
もうすっかり慣れきった頭の赤いメキシコマシコが、今日もわずかな窓の隙間から部屋へ入ってきて、テーブルの上においてあった彼ら用の食パンのビニール袋をついばんでいる。催促に来たのだ。
こちらのほうがびっくりするほどの近さで、チュンチュン言っている。ココナッツクッキーから食パンに変えたときは、しばらく様子見をしていたが、今では食パンが大好きのようだ。順応性抜群だ。今日はまた新記録。ベッドルームにまで飛んできて、初めてベッドの上にとまった。 可愛い友達がいて、ハワイの生活をより楽しくしてくれている。
お昼過ぎ、本当に久しぶりにワイキキビーチへお散歩に出かけた。本格的にビーチに出るのは何ヶ月ぶりだろう。。。ビーチを歩き、木陰に座って人々を見ていた。 水の色のグラデーションが鮮やかだった。 日曜なので、沖にはヨットが多かった。 まさしくこれぞハワイ、、という景色のなかに身をおいてとても満たされた気持ちになった。 すぐに日焼けしたらしく、腕と肩がカッカと熱い。ああ、ハワイ!だ。
午後からA子さんにお願いして、重いものの買い物に付き合ってもらった。 水、コーラその他いろいろ買い込んできた。これでまたしばらくは大丈夫。私の好きなコーヒーはコナのフレーバーコーヒーだ。バニラとマカデミアナッツの味がついている。ワイキキのABCストアが期日限定で安く売っていると聞いたので、ドンキホーテと比べてみたら、ABCが問題にならないほどお安いので、少しまとめて買っておくことにした。
このごろは同じものでもアラモアナの雑貨屋・ロングスドラッグスの価格より安い化粧品がABCに並んでいるという。ワイキキは物が高い。。。という常識も、そのうちくつがえされるかもしれない。
日没が遅くなったので、夕方6時半からに時間が変わったクヒオフラショウに、今日もでかけた。ギリギリにかけつけたので、いい場所がなかった。
きょろきょろして、座る場所を探していたら、数人のグループの人が私に手を振っている。フラ仲間のおなじみの人たちだった。今日日本から着いたばかりだとか。早速フラを見に来ているなんて、さすがだ。思いがけず、一緒にフラを堪能できてうれしかった。
年輩の男性二人のフラがよかった。年季が入っていてすごい。 あんなに年季が入るまで何年かかるんだろうと、ふと思って、コワくなった。 私、間に合うのかしら?
明日はまたフラレッスン。ちょっと左ひざがお疲れ気味だが、がんばろう。。
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2007年2月10日 (土)
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自主トレ再開!
正午に迎えに来るタクシーで空港へ向かう長女たちは、最後の最後までハワイを味わいたいらしく、朝食を終えるとワイキキへ出かけていった。そして、帰りたくないなあ。。と言いつつ、最後の荷造りをして元気にタクシーに乗り込んで日本へと帰って行った。また一ヵ月後に、日本で。。。ね。
憲さんの納骨がすみ、みんなが日本に帰って私はまたもとの生活に戻る。
私が一番にしたことは、彼らが使ったタオルとシーツ類の洗濯。また次に迎えるための準備がもう整った、というわけだ。 大型の乾燥機ですぐに出来上がるのがありがたい。
青空いっぱいの窓からは光が差し込み気持ちのいい午後だった。
夕方は、しばらく忙しくていけなかったクヒオビーチのフラショウにA子さんと出かけることにした。 とても素敵な踊りをするグループで、夢中になってショウを楽しんだ。 品のある踊り。。大事なことだと思う。
夕食は久しぶりにA子さんと、プレートランチを買って帰り、我が家で一緒に食べることにした。 目的は食事じゃなくて、そのあとのフラの自主トレなのだ・・・
早々に食事を済ませると10時まで、二人で踊れる曲をあれこれ踊った。 ありがたいことにご近所に気を使わずに(防音設備がよい建物らしい)、歌ったりドンドン踊ったり出来る。夜は窓のカーテンを開け放すと、おおきな鏡代わりになるし。。。
なにより、この空気の中でフラを踊れることが最高にうれしい。 また今日からA子さんとフラを充分楽しめそうだ。。
今日あたりから風の向きもトレードに変わり、気持ちのよい風が吹き渡っている。 しばらくは好天が続くようだ。
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2007年2月9日 (金)
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プロ ボウル前夜祭
長女たちが明日日本に帰るので、その最後の夜を家で過ごすべく、ホテルをチェックアウトしてきた。大きい荷物とともに・・・。
今日一日を長女は家でゆっくり過ごしたいといい、彼のほうはゆっくり時間をかけてパールハーバーを見に行くと言って一人で出かけていった。
一時からは予定どおり、我が家でフラレッスン。 今日も同じように基本に忠実に、カヒコとアウアナを・・・ 隣室でレッスンの様子を見ていた長女が、K先生のレッスンが充実しているのと、私たちがやり直しをさせられる回数が多いので驚いていた。
A子さんはカオとカホロを注意されるようになってから、練習のあと体が異常に疲れる。。という。その気持ちはよくわかる。彼女はレッスンのあと、まだ緊張が残っていてものを食べることが出来ないと言って、本当に何も口にしない。その点、私はのんきでほーっとして甘いものが欲しくなる。 彼女のひたむきさがいいな、と思う。
ここしばらく、ホノルルはアメリカ本土からのお客で賑わっている。 プロのアメフトのオールスターゲーム「プロ ボウル」がアロハスタジアムで明日開かれることになっているからだ。毎年のお楽しみで、アメリカ人の間では最も注目されているイベントらしい。
長女が言うように、普段ハワイではなかなかお目にかかれない出で立ちのアメリカ人がたくさんワイキキを歩いている。アメフトのスーパースターと触れ合えるチャンスがあるかもしれない前夜祭は最高に盛り上がるらしい。今は日本からの観光客より、アメリカ本土からのお客さんの多さが目立つ。
カラカウア通りにそのイベント場が設営されるため、今日は異常な交通渋滞が起こっている。 その中を、納骨式以来初めて、長女と二人でお墓参りに行った。今日は冷えたビールを一缶持っていってお墓のまわりに注いであげた。お花を替え、しばし憲さんとの時間を楽しんできた。
「パパまた来るからね、パパは忙しいね。風になってドイツと東京と、横浜と、ハワイを吹き渡るんだものね・・・」長女はこれで明日、ハワイを離れる心準備が出来たようだし、私も気持ちが落ち着いた。
我が家で夕食を済ませて、若い二人は、プロボウルの前夜祭を見に、ワイキキへ出かけていった。 うちのすぐ近くでイベントが繰り広げられているらしい。窓からその賑わいが聞こえてくる。
長女たちは深夜まで、一流のチアリーダーの演技にみとれていたらしい。 ハワイの最後の夜だから、マイタイを飲んできた。。と二人はご機嫌で帰ってきた。
ハワイはイベントが多くて飽きない。 こうしてここに暮らしていると、案外いいのを見逃したりするのだが・・
この頃、夜になると外はうすら寒いくらいだ。風が吹くと余計体感温度が下がる。眠るときは窓を全部閉めてシーツにくるまるくらいで丁度いい。
毎日海に入るわけではない住人にとっては、今が過ごしやすい気持ちのよい季節でもある。旅行者には酷なこの時期の雨も、ハワイの人には歓迎される。
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2007年2月8日 (木)
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弱音。。
今日は休養の一日。長女たちも今日は自由に楽しんでいるはずだ。
気持ちのよい空が広がっていたが、私は一日中家にいて、メールの整理、掃除、洗濯、フラの振り付けの思い出し。。などをして過ごした。ただ、ダラダラと時間が過ぎて行って、長女から「今日はなにしてたの?」 と電話があったころにはもう暗くなりかけていた。我に返って夕方遅くなってから、ドンキホーテに買い物に。。。
しばらくゆっくり買い物をしていなかったから、チェリーコークも切れていたし、洗剤も切れかけていた。。あれもこれもと買い込んでいたら、結構なかさになってしまった。それをカートに乗せて車まで運び、一人で積み込んでいるとなんだか、急に悲しくなってきた。こんな重いものを今まで憲さんがいやな顔もせず、運んでくれていたんだ・・と思うと、涙がこぼれそうになった。
これからは、自分ですべてをするんだな。。もう憲さんはいないんだなとあらためて思い知らされた気がして悲しかった。千の風になってくれていても、そこにいないのだから、やはり悲しい。
もう半年以上一人の生活をしてきたのに。。。
今までの一連の張り詰めた日々から、急に一人になり心のバランスが崩れたのだろう。 コンドの駐車場から,家までのちょっとした距離を、買い込んだ荷物を運んだときも泣けて仕方がなかった。 「大丈夫よ、大丈夫よ」といいながら、やっぱり私は弱いなあ・・・。
でも、ひとしきり泣いたら、あとはまた大丈夫。
私の友人で昨年末、大事なお子さんを亡くした人がいる。こんな日、その人も今どんな思いでいるのだろうかと胸が痛くなる。きっと私と同じように、日々急にワーーツと悲しくなって涙を流し、そして気を取りなおしては笑顔を作っているのだろう。
お互いに頑張ろうね、とメールを打ってみよう。
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2007年2月7日 (水)
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帰りたくない。。
次女夫婦が夜の便でドイツに帰る。今日一日を無駄なく楽しみたいと、時を惜しむように過ごしていた。ホテルをチェックアウトした後は、家へ移動。
それやこれやで、家は満員。 で、今日のフラレッスンは、K先生のお宅でとお願いしてあった。
今日のレッスンも基本、基本。大変だけれど、楽しい。 先日私が振付けてもらったばかりのアウアナが思い出せなくて、四苦八苦。 おまけに今日に限ってメモを家に置いて来た。
「次までに全部思い出しておくように。。」との宿題がでた。 「先生、これからは、レッスンで何をするか前もって教えて下さい。そしたら思い出しておきます。。」と言ってみたが、先生には通じなかった。
英語が通じなかったのではなく、そもそも私のその精神が間違っている、らしかった。 本当にそのとおりでございます。しっかり勉強します。また反省。
これからはもっと、体力を付けておかないと、、と思う。 さあ、またジム通いだ!
なんといっても、人生一区切りの誕生日を迎えてしまうのだから・・・
「ああ。帰りたくない!。ドイツ寒いんだろうなあ」と嘆きつつ、夜、心を残して次女夫婦はシャトルバスで空港へ。
私はまだ、空港までは運転できないからだが、空港シャトルバスが家のコンドの前まで来てくれるので、便利だ。
いつか空港まで運転できるようにするからね!!
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2007年2月6日 (火)
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双子
午後からA夫妻とR子さんと三人でオアフ島半周のドライブに・・・私の運転は心もとないし、ガイドなんてとても出来ないので、お友達のJunさんにお願いした。Junさんはこの道のプロで、一味違う案内をしてくださるので、うれしい。今まで何度かお友達をご紹介したり、ご一緒したがいつも楽しい。
憲さんと少なくとも月に2回はドライブしていたビーチ沿いのコースだ。 曇っていた空も午後になって急に晴れ上がり、きれいな空と海の色を楽しんでもらえてよかった。 ラニカイビーチはハワイ語で「天国の海」という意味だが、実は駐車場もトイレもないので、行きにくいビーチだ。ハリウッドスターの隠れ家もあるという。
ラニカイビーチの美しさに、思わず涙が出てしまった。 心が揺さぶられる。。美しさ。
今日もまだコナウインドが吹いていて、実際には天候が回復したわけではなかったのに、私たちのドライブ中は完璧な青空。本当にラッキーだった。皆さんもとても楽しまれたようで、よかった!
明日はご帰国。。。Aさん夫妻ともR子さんともしばらくはお別れだ。
最後にお3人は今回のハワイ旅行の思い出のCDとして「HAPA」を選び、それぞれお買い上げ! きっとこの素敵なCDが、ハワイのいい思い出になることだろう。
今夜は私たち家族が揃う、ハワイ最後の夜。 憲さんともゆかりのある、「チャックスセラー」というステーキハウスで最後の晩餐。私とは現地集合。 娘達はワイケレで揃えたという、双子のようなおそろいの服で現われた。背も同じなので、ちょっと見ると本当にそっくりに見える。髪形も同じようにしてあった。。ステーキハウスで「双子ですか?」と聞かれたらしく、二人は満足そうだった。ちょっと変な娘達?
私は美味しいプライムリブを、長女はカニを、次女はマヒマヒを。。5人ともそれぞれに好みのものを選び、最後の晩餐をたのしんだ。5人が5人とも違うものを選ぶところがまた個性的ですごい。
二人のパートナーも、見方によっては大変よく似ている。日本人からすると、どっちがどっちかわからない。。とよく言われる。そんなだから、この4人が歩いていると変な気がしてくる。 食事のあとはまたビーチバーへ・・・・ 次女夫婦は明日夜の便で、カナダ経由、丸一日をかけてドイツへ帰る。 考えただけで疲れそう。でも彼らはハワイが大好きで、毎年バケーションはハワイ。 嬉しいことだ。長女たちは、あと数日こちらに滞在する。
今日も目いっぱい楽しんで、一日が過ぎた。 賑やかにしてもらって、本当にありがとう!
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2007年2月5日 (月)
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移り変わり
昨日のデコレーションがついたままの部屋で、午後からフラレッスン。 私はこの頃、忙しくて精神的にフラに集中できていないのが自分でもよくわかる。 人数が少ないから、すぐに露呈してしまう。
今日は、A子さんも基本を注意されていて、真剣そのもの。 フラの動きの基本である「カオ」という動きが、ポイント。たとえこれを体得できても、それを生かして踊ることは至難の業。私はまだそれを生かせないでいる。
私はいつものウエヘとカヴェルで苦戦。 すぐに前の悪い癖が出るよ!といわれてしまった。 練習が足りていないんです、、理由はともかく私がいけないんです。。と心で反省。
レッスンのあと、私の娘達がタヒチアンダンスのトゥヌイ先生のレッスンを受けさせてもらうということなっていた。トゥヌイ先生はK先生のタヒチアンの先生で、一流の方。ビギナークラスが5時半からというので、K先生が付き添いって車で連れて行ってくださった。用意するものはパレオだけ。。。 一体どんなレッスンを受けたのか、、話を聞くのが楽しみだ。
私はその間に、お食事をして夜のお約束に備えた。日本から憲さんのために来てくださった、A夫妻、R子さんとK先生のショウを見に行くお約束をしていた。私はこれでなんと、今回3回目・・・ 自宅から徒歩15分のところで、こんなショウが簡単に見られるのだからこんなありがたいことはない。
いつものようにショウを堪能したあと、4人でまたモアナサーフライダーホテルのビーチバーへ。。。
この伝統のあるモアナサーフライダーホテルが、近くウェスティンホテルに買収されるらしい。買収だけならいいのだが、部屋の内装など、画一的なウェスティンホテル仕様にすっかり改装されてしまうとか。ワイキキもニューヨークも東京もパリもウェスティンホテルは、内装、アメニティいいたるまで同じなんて、あまりにも夢がなさ過ぎる。。。と、この話を聞いてきた次女夫婦が嘆くこと・・・
この頃、すべてのアストン系ホテルがリゾートクエスト系に変わり、30数年前に初めてのハワイ旅行で泊まり、最近はフラのレッスンを受けていた私の故郷のようだったパシフィックビーチホテルもアウトリガー系に買収された。ハワイのホテルも大変なんだなあ、と思う。
世の中は容赦なく、ドンドン変わって行く。最近特にそう思う。
あと二日となったハワイ滞在がA夫妻、R子さんにとって楽しいものになりますように。。。
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2007年2月4日 (日)
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サプライズ!!
今日はR子さんとのランチのお約束があった。シェラトンワイキキのビーチに面したレストランで、ゆっくりおしゃべりしながらカレーライスとシーザーサラダを半分っこした。家庭の味のカレーライスで、ずいぶんなボリューム。ウエイターに「シェアしますから」と言っただけなのに、もってきたときはちゃんと二皿に分けてあった。こういう心遣いは本当にうれしい。
夕方から「ママ、アラモアナに行こう。。」と長女が言い、私も丁度用事があったので出かけた。用事も済み、「もう疲れたから家へ帰らない?」と言っても「彼の誕生日ギフトを選ぶの。。付き合って。。」などという。「ママ、疲れたんだったら、コーヒー飲もうか?買ってくるからここへ座って待ってて。。。」とやけにサービスがいい。私は昨日の疲れもあり、早く帰りたい一心だった。
夕刻になり、疲れきった私は夕食をどうするかも決めないまま、長女と二人でバスで家へ帰ってきた。車は次女夫婦が使いたいということだった。
バスに揺られて家にたどり着き、鍵を空け「ただいま〜!」と入っていこうとしたら、なんだか家の中の様子がおかしい。天井からピンクとブルーの風船が沢山ぶら下がり、きらきらしたハート型の飾りが家中に。。。
「。。。。」私がすこしひるんだ次の瞬間、中から長女の彼が走って出てきて、「Happy Birthday」と書かれた王冠を私にかぶせ、同時に次女夫婦が「誕生日、おめでとう!!」と駆け寄ってきた。
ああ。。これがアメリカ映画でよく見る、サプライズ パーティなのか・・と思うまもなく、「カンパーイ」と前もって用意されたビールと私用のコーラの栓が抜かれた。
と、それを合図に別室に隠れていた、A夫妻、R子さん、A子さんが飛び出してきて「京子さーーん、お誕生日おめでとう!!!」
本当に本当にびっくりした。玄関には私の靴しかなかったし、こんなに沢山の人がいる気配なんてなかったのに、、、靴はそーっと部屋のすみに隠し、息を詰めるように暗く、狭い部屋に4人が隠れていてくれたんだとか。。私がいつ帰るかわからなかったので、ずいぶん長い間待っていたんだよ、、と大笑い。
「えーー、これ私の誕生日??。ワーー知らなかった。。ありがとう!」 今日の涙はうれし泣き。見ると25個もの風船が、部屋のありとあらゆる所にぶら下がり、赤のリボンですべての照明器具が飾られ、トイレにまでデコレーションが。部屋の空間や壁にはきらきらハートが張り巡らされて・・・・ テーブルの上の天井には「Happy Birth day」の飾りが吊られている。 我が家とは思えない、華やかさ!
夫の納骨式翌日に、、このパーティーだ。本当に皆さんの言葉には出さないお気持ちが、嬉しくてみんなに飛びついて「ありがとう!」を言った。テーブルには、おすしを中心に、沢山のお料理が並び、いつの間にこれだけ用意したの?と思うほどだった。私の疲れなどどこかに吹き飛んでしまった。
パーティーが架橋に入ると、プレゼントタイム。心のこもったプレセントをいただき、お返しにA子さんと一緒にフラをご披露。長女にもらったばかりの「赤いちゃんちゃんこ」ならぬ、赤いパウをはいて踊った。長女もベリーダンスを披露してくれた。彼女はもうインストラクターで、私のフラ歴よりはるかに長い。
「憲さん見てる?私、こんなに幸せよ。いつか私は貴方より年をとることになるでしょう。だんだん貴方の歳にに近づく私を見ていてね。今日の60歳の誕生日をみんなと一緒に祝ってくれたと信じています。本当にこんなにいい人たちに囲まれて、私は幸せよ」心の中で、憲さんに話しかけた。
聞けば、この計画は昨年末から、娘達によって練られていたという。A夫妻もR子さんも納骨に参列してもらえるとわかった段階から一緒に密かに考えてくれていたらしい。本当は17日なのだが、みんながハワイに揃う日を選んで今日になったらしい。一足早く帰国されたKご夫妻も本当はお誘いしたかったらしい。フラのK先生は、今夜体調が悪くいらしていただけなかったが、計画はご存知だったらしい。R子さんなんて、今日のランチを一緒にしたのに。。知らん顔してたのね。。道理で長女は、私をアラモアナに引き止めたかったはずだ。
あーー本当にサプライズ!!「Happy Birthday Nanea!」と書かれたバースデーケーキのロウソクを一気に吹き消した。「願い事は?」と聞かれ 「フラが上手になりますように、パパがまた会える日まで天国で幸せでいてくれますように。ここにいる皆が幸せでありますように、、」とあつかましくも沢山願い事をした。お開きは12時過ぎ。。。本当に楽しくてうれしいパーティーだった。
今日も感謝の一日だった。
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2007年2月3日 (土)
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憲さん、また会う日まで!
昨日までの、お天気がウソのように朝からトレードウインドに変わり、すっきりとしたハワイ晴れ。憲さん、よかったね。。。
午前10時半からの納骨式。爽やかな風を受けながら真っ青な空のもと日本からわざわざ駆けつけてくださった5名と私たち家族、そして憲さんのハワイでのお友達、フラのK先生、。。。合計25名が集ってくださった。
牧師さんの素晴らしいお話もあって和やかに、笑いも起こり、涙もある式典になった。
広ーーい芝生の墓地からは、ココヘッドが眺められ海も見渡せる。憲さんの眠る場所(いずれは私も・・)にテントが張られ、その前には赤い布をかけた台が用意されていた。そこへ憲さんの遺骨、写真、お花、レイが華やかに置かれている・・・というか自分達で好きなように飾るようになっていた。私はゴルフボールを一ケース、その台に乗せた。出来たらお墓に入れてあげたいと思っていた。
その台の前には12脚の椅子が並べられている。家族が最前列に座る、、というだけで、誰でも好きな人が座っていい。過半数の方が立ったままだ。
定刻に、式典が始まった。「今日は久しぶりに文句のないくらい、本当にいいお天気になりました。よかったですねえ。憲介さんも今にもゴルフに出かけようとしていらっしゃるところでしょう。。」という牧師さんのお話から始まり、いきなり笑い声が。。
ハワイの人は、シンプルな装いで「あなたのために駆けつけましたよ!」というような感じで参列してくださっている。
憲さんと同期だったKさんは、パイロットの制服の白いシャツと黒いネクタイを、日本から用意して着て下さっていた。「せめても。。と思ってね」とおっしゃって・・・私にとって、どれほどその姿が、懐かしく見えたことか。。。
そうかと思うと「京子さん、今日、この式が済んだら僕らはゴルフに行きます。今日は憲さんも一緒に4人で廻りますからね。。」と話しかけてくださるゴルフウエアの3人組みもいらした。「憲さんと廻ってくださるんですか?だったら彼は、もう半年もクラブを握っていませんから、かなりハンディをあげて下さいね」とお願いした。またそこでも笑い声が・・・・お一人お一人のそんな心遣いが感じられて、本当に嬉しかった。
フラのK先生も、気が付くとそっと後ろで涙ぐんで立っていて下さった。 涙あり、笑い声あり。。。そんな式典だった。
牧師さんのお話が終わると、いよいよ埋葬。
きれいな芝生が掘り起こされ、コンクリートで作られたお骨箱を収めるコンテナが埋められていた。そこにブロンズのお骨箱を納め、重いコンクリートの蓋を閉じる。そこへ式の出席者がスコップで少しずつ土をかけていくというのだった。
私が最初にスコップで土をかけ、娘たち、その夫たちと続き全員の方が、土をかけて憲さんを安らかな眠りにつかせてくださった。お骨と一緒にゴルフボールを入れてもらった。これで天国でもゴルフが出来る。
そしてその上に名前が彫られたプレートを乗せる。すると芝生の美しいグリーンに溶け込んだ美しい、お墓が出来る。NAKAMURA と書かれた下に、CAPT.KENSUKEと名前が入った真新しいプレートがまぶしかった。ハワイの象徴マイレレイの彫刻のついたプレートだ。
そのまわりに、今日用意した花、マイレレイ、お花のレイ、そして出席者の方がお持ちくださったお花とそれはそれは見事なレイの数々が飾られ、本当に華やかで美しいお墓になった。
私のお友達のT子さんは、可愛いレイとバレンタインデー用のバルーンを持ってきてくださって、お墓にはハート型の赤い風船が飾られ、いかにもアメリカらしいお墓になった。 憲さんよかったね。こういうの好きでしょ?うれしいでしょ? これで永住だね、よかったね・・・。
皆さんに見守られて、憲さんはハワイの地に永住です。 よかったのよね、これで・・・・
そのあと、日本からきてくださった5名と家族とK先生とで、ランチをご一緒した。和食レストランで貸切のお座敷だった。
予約のとき「目的は?」と聞かれ、「法事です」と答えたのだが。。。 今日の私たちの席が余りに明るく賑やかで、英語と日本語が飛び交うのでお店の人はおかしいな??と思ったに違いない。
この半年、娘たちもその夫たちも、大役を果たしてくれて、私を支えてくれて本当に感謝だ。私が明るくいられるのも、彼らの後ろ盾があるからこそだと思う。それに周りの人たちのありがたさや、温かさをこれほど感じたことは、生まれて初めてだった。
私にとってそれは、憲さんを失うという悲しさと淋しさと引き換えに頂いた得がたい賜物だった。これを胸に、また出発。
今日の晴れ上がった空を吹き渡っている憲さんに、誓う。 大丈夫よ、みんなで明るく楽しんでこれからを生きていくからね。 見ててね。また会う日まで。。。ね
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2007年2月2日 (金)
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日本から。。。
次女夫婦が早起きして、車で空港へ長女のカップルを迎えに出かけた。 日本から到着の便で、今日はA夫妻とR子さんも到着予定。
明日の納骨に向けて今日はちょっと忙しくなる。 さあ、憲さん、いよいよハワイ永住よ! ブロンズのずっしりと重いきれいな箱に入った憲さんに話しかける。
長女と彼は「ただいまぁ」と家に入ってきた。「パパ、元気だった?」とまず、二人でパパの前に。
しばらく一家5人で談笑、長女の彼も外国人、次女の夫も外国人、お互いに英語で話すのだが、なんと久しぶりであった二人の最初の話題が「相撲」・・・ 「誰のファン?」「琴欧州!!」「僕も!」から始まって・・・ 一人はドイツに住み、一人は東京。相撲を見るのが好きで、機会があると両国へ出かけるようだ。
簡単な朝食をとったあと、私は次女夫婦とキングストリートにある、お花屋さんへ。明日、お墓へ持っていくお花とレイの準備だ。
このお花屋さんで、次女のハワイでの結婚披露パーティのためのテーブルフラワーを注文した。あれは2年半前。憲さんと心を弾ませながら、お花を選んだ。それなのに、今日はその次女夫婦と憲さんのお墓の花を選んでいる。どうしてこんなことになったのか・・。
それでもハワイらしい華やかなお花と彼を称えて飾る「レイ」を選んでいるうちに、心は晴れていった。 立派なマイレレイ、つけて踊りたいようなきれいなレイ、、、これにしてあげようね、パパに似合いそうね。。
そうこうしているうちに「今、ホテルに着きました!!」と携帯に日本からのお友達のコールが入る。 Aさん夫妻とはマリオットホテルのロビーでお会いすることにして、家の応接間と読んでいるオープンエアのロビーで、三人でコーヒーとドーナッツでおそい2度目の朝食。
お昼すぎには我が家に。。。そこへR子さんも合流。 憲さんの前で、たのしくおしゃべりした。
今日はフラレッスンの日でもあった。 家は満員なので、4時からK先生のお宅で。。ということになっていた。 先生のお宅はバスに乗るほどでもないが歩くと結構遠い。ゲストパーキングはないというコンドなので、歩いていくことにした。A子さんと待ち合わせて歩き始めたが、ちょっと後悔・・・徒歩20分足らずなのだが、今日は朝から忙しかったのと、よく眠れなかったので足ががくがくしてきた。
「今日は、踊れないかも。ひょっとすると、途中で止めるかもしれないからよろしくね」とA子さんにめずらしく弱音を吐きながらレッスンを始めた。 K先生も、昼寝から目覚めたばかりだったようだったが、基本ステップが終わる頃には、私もすっかり元気になり、先生も意識がはっきり?してきた。
先生のお部屋でレッスンするのは初めてだったが、また気分が変わってよかった。お家の壁には、写真の額がいっぱい張ってあり、よく見ると、その中に私もいたりしておもしろかった。アウアナの後半を振付けてもらって、楽しく無事レッスン終了。
よく考えたら、私が元気がないのはお腹がすいているのだとわかった。 帰りに新しく出来た「たこ焼きや」さんによって、腹ごしらえ。 同時に、A子さんと振りのおさらい。
家に飛んで帰ると今度はすぐに、K先生のショウへ。 明日のために来てくださっているK夫妻とご一緒だ。
ショウのオープニングでなんだかトラブルがありマジックが一つ省略された。何度も何度も見ているから、私にはわかったが、普通のお客さまにはわからなかったと思う。プロは臨機応変に対応できるものなんだなあと、感心した。そのあとショウは大盛り上がり。Kさん夫妻も大喜びしてくださって、よかったよかった。
私の疲れもすっかり吹き飛び、ショウのあといつものコース。 モアナサーフライダーホテルのビーチバーへ。 三人でホットコーヒーを飲んで楽しんだ。
明日の納骨式を控えてショウを見に行くなど、とても不謹慎かもしれないけれど、憲さんは、みんなと楽しく時を過ごしてほしいと望んでいるはずだ。Kさんご夫妻が過ごしてくださったこの楽しかった時間が、憲さんの思い出に加わるとしたら、こんなにうれしいことはない。
夜空いっぱい星がまたたいて、明日はきっといいお天気になるだろう。 明日はいよいよ、納骨式。
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2007年2月1日 (木)
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あらー??
しばらく続いているちょっと不安定なお天気だが、いい加減回復して欲しいと 神様にお願いしたいところだ。週末からは天気回復とのことなのだが。。。 ここは島だから、天気予報は信じすぎないほうがいい。
私の日記や、手紙の書き出しが大体天気のことであることが多い。普段の挨拶だって「暑いですね、いいお天気で。。嫌な雨ですね」と天候の話題が出てくる。ハワイでそんな挨拶をしても、晴れていたのに5分後には雨だったり、大雨がウソのように晴れ上がってしまったり。。。だからこちらの人はほとんど、天候の話をしない。天気予報なんて、あんまり気にしていない。 雨が降っても傘はもたないし。日本の天気予報を見ると、お洗濯情報、紫外線情報。。本当に親切だなあと思う。
こちらの天気予報の一部には「この日はドライブ、観光日和」と書かれているのはある。その差がおもしろい。
今日は、夕方楽しみにしていたことがあった。 クヒオのフラショウ以外にも、ロイヤルハワイアンショッピングセンターでもほぼ同時にショウが行われている。両方は見られないから、普段はいつも家から近いクヒオでのショウを楽しんでいる。
ところがA子さんが先週見たロイヤルハワイアン・・・のショウがとても素晴らしかったというので、次女も一緒に三人で見に行くことにしたのだ。その話を聞いたとき、私の脳裏にいつか見たロイヤル・・・でのショウが蘇った。「そうなの?!私が見たのはそんなに興味を引くものじゃなかったから、ほとんど素通りした覚えがあるわ。A子さんが見たのを私も是非見てみたいわ!!!」と約束したのだった。
最前列の席に座れてラッキー!まずはいい席が取れてよかった。。。さて、いよいよ、ギタリストが登場、これから歌うであろう歌手もウクレレの調弦、マイクの調子を見ているクムフラもにこやかに会場の雰囲気を盛り上げつつ準備に余念がない。
でも、似てる、どう見てもあの私が素通りをしたときのメンバーだ。 私はつぶやいた。「あらー!!?なんか、似てるのよね。私が見たのは、たしかあの人たちだったわ。。きっとダンサーが違うのかもね、きっとそうね!」A子さんも、急に心配顔になったが淡い期待を持って待っていたら。。。
今夜のダンサーは確かにとても素敵な、魅惑的なフラを踊る人だったがA子さんが感銘を受けたというダンサーではなく、二人で顔を見合わせて、思わず吹き出した。しばらく笑いが止まらなかった。
「ごめんなさーーい。期待させたのに、違いましたね。このダンサーのことじゃないんです。もっとですね、キレがよくて本当にいい踊りをしていたんですけど・・スミマセンでした」 A子さんのせいじゃないのに、一生懸命謝るA子さん。 本当に気持ちの可愛い人だ。
ワイキキにはあふれるほどの音楽が流れ、一流の人たちが演奏していたりする、しかも無料。A子さんは「こんなにうれしいことはない。。」と今、私の知らなかったことまで教えてくれる、ワイキキの達人になろうとしている。
明日は早朝から、明後日の納骨のために日本から憲さんのお友達がさらに3名ハワイ入りされる。長女のカップルも・・・
いよいよ憲さんのハワイ永住だ。 なんとか納骨式にはハワイ晴れになってほしい。
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2007年1月31日 (水)
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初サーフィン
やはり今日の風の向きもコナウインド。天候の完全回復はなさそうだ。風が強い。青空が広がっているものの、向かい風の中を歩くとかなり疲れるわよ、、と次女が言うくらいだ。
午後からフラレッスン。 A子さんとHさんと私の3人。 基本ステップからカヒコ2曲。アウアナ2曲を踊る。 基本的な手の位置とか、動きができていなかったということを、今になって実感としてわかるようになったが、さてどうしたらいいのか?たまに、あ、こういう感じだ、、と体感することがあるが、まだまだ私の身体に定着してくれない。「練習しかないんですよね」。。A子さんとの合言葉だ。
若い人たちに刺激されて、私はとてもラッキーだと思う。幸か不幸か、ここにはクプナクラスはないし・・・・。 お陰でみんなと同じように動くから、レッスンのあとの足のメンテナンスが必要だ。筋肉を鍛えるためにジムへ行く時間がなく、それも出来ていない。
今日はまた、半年振りに「ウエヘ」を注意された。もっとアーチ(土踏まず)を意識して、パウが前にはじけるようなウエヘを。。と言われた。一度やってみると、うまくいった。「そう!それそれ!」と言われたとたん、出来なくなった。それ以来苦戦が続いている。
「先日A子さんと二人でアウアナを踊ったとき『つまんない。。。』と先生にいわれてショックでした。。」とK先生に打ちあけたら、笑って「フラのうちのモーションは50パーセントだと思っていい。あとは言葉の理解と表現力。顔の表情もそうだし、ね。手の筋肉の使い方とか、腿の外側の筋肉も使えないとね。。。」と説明がかなり詳しくなってきた。
はあ〜、道は険しく遠いなあ・・厳しいレッスンのあと、一人でまたため息。
レッスンで使ったマットを丸めて片付けてくれるのは、A子さんとHさん。 私は素早くそのあとに掃除機をかける。家具を先生が元に戻してくださると、レッスン場から、我が家のリビングに戻る。だんだんこの方法に慣れてきた。
今日はHさんが最後のレッスンだったので、レッスンのあと4人でゆっくりお話が出来てよかった。
今日のうちの冷蔵庫には昨夜のウナギの半分と、ポテトサラダの半分と、お味噌汁が入っていた。恐る恐る「先生、ウナギ好き?ウナギ、、そうそうイール。食べますかぁ?残り物ですけど」「ウナギ?イール?うんうん好き好き。。。食べる食べる。。」
あるときはお出しするし、ないときはごめん!スタイルで、今日も先生だけ遅いランチ。 すっかりリラックスして、4人でおしゃべり。楽しかった。
夕方は悪天候で3日間中止だったクヒオのフラショウへ。 次女も合流してA子さんと三人で楽しんだ。
夕食はお婿さんのおごりでカパフルの「元気寿司」へ。彼らはスパイシーツナの軍艦巻きが大好きで、大喜びで食べていた。 私も久しぶりのお寿司で満足、満足。
今日は次女が生まれて初めてサーフィンをしたという。お婿さんに教えてもらったというのだが、彼だって今まで4回くらいしか経験がない。
「彼があなたにサーフィンを教えたの?」私は半信半疑だったが、彼に言わせると「僕のワイフは僕よりもサーフィンの素養がある。筋がいい。。。」とのこと。
こんな風の強い日に、よくもまあ。。と思うが、次女の初サーフィンはよりによって、こんな強い風の日のワイキキで、、、だった。 ともかく、無事でよかった・・・。
今日は(ハワイ時間で)もう一人の娘、長女の誕生日。
Happy Birthday to You!!
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2007年1月30日 (火)
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タイヤ交換
天気予報どおり、今朝は薄墨色の雲に覆われた空が広がっていた。 風が強いようだ。私は特に用事がないので、朝はゆっくりしていた。いろいろ英語の書類が届くたびに、なんだろう?とファイルをしておくのだが、それが重要なものか、そうでないのか。。時間をかけないとわからない。今日のように時間があるときにファイルを整理する。
ハワイでの生活をサポートしてもらうこのコンドの管理会社に出向いて、教えてもらうことがある。銀行のこと、車の保険のこと・・・・電話の契約のこと、TVの契約のこと・・・英語でなければたやすいのだが、これがとても大変で。。憲さんの跡を継ぐのは本当に大変だ。日常でいろいろやっかいなことも起こってくる。車のタイヤもそうだ。
そこで、今日は次女とお婿さんに車のタイヤ交換に付き合ってもらうことになった。 左の後ろのタイヤが、今回ハワイに来たときからペッタンコで、おかしいなあ。。と思っていた。 空気を入れてもらっても、2週間もたない。お婿さんによるとこのタイヤの不調を、すでに憲さんから聞いていたという。ということは、半年以上前からちょっとおかしかったのだ。憲さんは私にはそんなことを言っていなかったのに・・・。私に言っても車のことはわからないと思っていたのかな。。。
さて、どこでタイヤを交換するか??念のためフラのK先生にも確かめて、アラモアナのシアーズのオートセンターがいい、ということでタイヤの交換をお願いした。ピットに入れて、ものの数十分で出来上がり。簡単だった。あーーよかった。これでしばらくは大丈夫。 憲さん、タイヤ換えましたよ。気になってたんでしょ?安心してね。
午後になってウソのように空が晴れ上がり、暑くなった。ハワイの天気はこれだからうれしい。
タイヤが新しくなってほっとしたらおなかが空いてきたので、アラモアナで次女夫婦と遅い昼食をして、買い物をして夕方帰宅。今、セール中で、いいものが半額以下。嬉しくなって、Tシャツなど3点も買ってしまった。
夕食は家でうな丼。ウナギが大好きなお婿さんのためのメニュー。 普通の冷凍のウナギを圧力鍋で軽く蒸して、錦糸卵を添えてうな丼の出来上がり。ウナギがとろけるようにやわらかくなっておいしかった。思いついて作った、お袋の味風ポテトサラダが好評でよかった。
お婿さんは私の通っているジムの臨時会員になって、毎日夕方エクササイズをしている。朝はジョギングを欠かさないし、健康的で優しい人だ。今、一生懸命憲さんの代わりをつとめようとしてくれていることがよくわかる。ハワイが大好きで、遠いドイツから毎年やってくる。ハワイで憲さんと過ごし、一緒に飲むのが楽しくて仕方がなかったのに、わずか2年と少しで別れることになって、彼も可愛そうだ。彼は憲さんのいないハワイで、きっと淋しい思いをしているに違いない。彼らは憲さんの跡を継ぐのだといって、夫婦でゴルフを始めた。そんな気持ちがとても嬉しい。
明日はまたフラレッスン。前回と同じメンバーで楽しみ!!
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2007年1月29日 (月)
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うり坊
とにかく風の強い日だった。空は晴れているが、風が強くてビーチに出る人も少なかったようだ。窓を開けると、家の中の色々なものが飛んでいきそうな勢いだったので、窓は締め切り。幸いあんまり暑くなったので、よかった・・。外に出ると空気に潮が混じって風と一緒に吹いてくる、めずらしくワイキキで磯の香りがした。
天候がよくないと悟った次女夫婦は、車でワイケレ(今回2回目!)に出かけていった。
午後からはフラレッスン。昨日、日本から着いたHさんと、A子さんと私の3人。基本ステップから、基本的なカヒコを練習。アミククが、完全に出来ていないことが思い知らされた。完全にマスターするように、、といわれたが、今日のレッスンの時間だけでは無理。やはり家で練習するしかない。
この間からラウハラで編んだマットを敷いてレッスンしているのだが、そのマットが踊っているうちにドンドン動く。どうやら私たちは足の裏をフラットに地面に付けていないから、マットを後ろに蹴っている形になるらしい。一曲踊るたびにマットの位置を元に戻さねばならないことになる。 たしかに、きちんと意識して足の裏をフラットにすると、マットの動きが少なくなる。 「フラットフィート!にしなさい」と、よく注意されているので私にはこのマットはいい教材だと思う。 要するに「くねくね」と踊るな。。ということだ。
曲を振付けてもらう間にブレイクをとって、生徒3人だけで練習する時間をとってくださるのでとてもありがたかった。3人で振りを確認したあと、先へ進んでもらうととても覚えやすい。家でレッスンするようになってから、休憩時間が短くて緊張の時間が続くので、私はうれしい。
レッスンが終わると、今日先生が持ってきてくださったポークの燻製でランチ。ポークの燻製はそのまま食べられるのではなくて、味付けの仕上げが必要だったらしい。
レッスンを終えたとたん、いきなり先生がキッチンに入って、「フライパンは?」と探し始め、「オイスターソースに黒胡椒、それにサラダオイル。。。」とおっしゃる。さっきまでフラの生徒だった私が、急に料理の先生の助手になったようなものだ。パウを短パンに履き替えて、「ハイハイ」と用意すると、手際よくおいしいポークの燻製を作ってくださった。
Hさんは残念ながら、予定があって先に帰られたので、A子さんと三人で遅いランチ。白いご飯とこのポークがとってもよくあって、止まらないくらいおいしかった。今日のポークはK先生のお父さんのお手製で、カウアイからのお土産らしい。野生の豚だそうだ。一昨年、カウアイで可愛い「うり坊」を沢山見かけたのを思い出した。あの可愛い彼らは、こういう美味しいお味なのか・・・。
このレッスン後のランチはいつも予定されているのではなくて、いつも突発的だ。そこに何かあったら食べるし、なかったら食べない。時間があれば、お茶だけででもおしゃべりする。。。という感じ。ごくごく自然で楽しい。 これがハワイアンスタイル。
「この豚、先生のお父さんがハンティングしてきたんですか?」と何気なく聞いたら、面白い答えが返ってきた。
「いや、うちの父は海辺に住んでいるから、どちらかというと漁師さんの部類に入る人なんだよね。山に住む人が猟師さんとして動物をハンティングをする。そしてそれを交換してお互いに分け合うということを今でもしているんだよ。だからお金で買うということではないんだ」と・・・
海辺の人は決して猟はしない。 逆に山辺の人は決して漁はしない。 お互いの領分をわきまえていて、自然を守りながら心豊かな生活をしているのだろう。 ちなみに先生のお父さんは漁師さんではなく、本職は電気技師さんだ。でもきっと海辺の人だから、ハワイ人としては漁師の部類に入る人なのだ。
いい話だなあ。。と思った。こんな話をゆっくり聞けることが本当にうれしい。
そんな生活をしていたら、のんびりもするし、温かいアロハスピリットも湧いてこようというものだ。
そういう意味ではホノルルはもはやハワイではない。。と、つくづく思う。 ハワイ人が、古きハワイの生活を守ろうと動き出している気持ちがよくわかる。 しかしそれがたやすいことではないことも、わかる。ハワイにいると、その辺の複雑さもわかってくる。
私など、ハワイのことをもっと勉強してよく知ったうえで、ここに居させてもらって本当にありがとう、、という気持ちをもっていなければと思う。
フラを踊る前に、勉強するまえに知って置くべきことが沢山あった・・・ 今からでも遅くない、勉強してみよう。
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2007年1月28日 (日)
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6か月。。。
今日は、憲さんの命日。あれからもう半年たった。
朝からストーム(大荒れの天気)になるという予報だった。覚悟して起きたら、なんとハワイ晴れ。 でも風の向きは確かに悪天候を予想させるものだったし、飛行機がホノルル空港へ進入する方向が今日はいつもと違っている。憲さんに教えてもらったことの一つだ。ダイヤモンドヘッドのほうから、空港へ下りてくる飛行機があるときは、風の向きがトレードウインドじゃなくて、コナウインドと呼ばれる向きなのだ。こんなときは、お天気がくずれる前兆なのだ。。と。やしの木の揺れ具合でも、お天気が予想できる。
朝、私の十数年来のお友達で、カントリーミュージックの世界で活躍しているアメリカ在住のミュージシャン マイク イトウさんから電話があった。彼はミズーリ州のブランソンというカントリーミュージックのメッカで、大活躍中だ。もともとは私のお友達だったのだが、憲さんとも飲み友達で、日本とハワイの家で楽しく過ごした仲だ。やはり私が一人でどうしているか?とても心配してくださったのだと思う。こういう風に、私のお友達は憲さんの友達になり、憲さんのお友達も私のお友達になる。。。 そういう夫婦でよかったと、今になってつくづく思う。
ともかく夕方まではお天気がもった。次女夫婦はゆっくり太陽を浴びたことだろう。 今日は昨日の約束どおり、ようこちゃんとダイエーのまえで待ち合わせ。のつもりだったのに、ようこちゃんの携帯が繋がらない。何度電話してもダメ。お家にかけても留守電。また行き違いか?と思ったら、ようこちゃんから電話。ランチを一緒にすることにして、すぐにダイエーへ車を飛ばした。今日は、簡単にコリアン・バーベキューのプレートランチを半分っこして、楽しくおしゃべりした。ようこちゃんは人生の大先輩で、ぐっと歳の離れたお友達。それなのに、私より元気そうで積極的。もともと私たちはジムで知り合ったのだから、それが何よりの証拠だ。
残念ながら、とうとう私はようこちゃんに憲さんを紹介することが出来なかった。それなのに、ようこちゃんは憲さんの納骨の日のために、めずらしい色のアンスリュームを下さった。深い赤でとても素敵。それに憲さん宛のカードが添えてあった。温かい言葉が詰まっていて思わず、涙があふれた。 ようこちゃんも目を真っ赤にしながら「頑張ろうね、一緒にね!」。ようこちゃんがかけてくれた言葉が、胸に響いた。
ようこちゃんは、今はコンピューターのほかに、近くのシニアセンターで、タンゴを習っているという。「年をとるとリズム感が鈍くなるでしょ?ビートが捕らえられなくなるの。だからね。習うことにしたの。。私たちのクラスはね、『ヨボヨボ、ヨタヨタグループ』って、私は呼んでるの。お年寄りばっかりだけど、きれいなドレス着てね、みんな夫婦で来るの。私は一人だから先生と踊るのよ。。」と。私は5年後に、そのシニアセンターのメンバーになれる資格ができるらしい。そのときには、華やかにタンゴデビューするからねと、ようこちゃんに約束した。私の将来はさらに忙しくなりそうだ。
昼からは家に戻ってフラの練習をしたり、アイロンがけをしたり。。。のんびりと過ごした。 そうこうしているうちに予報どおり、空が暗くなって雨が降り出した。こちらに来てそろそろ3週間だが、初めて雨模様のお天気になった。今年はこの時期にしては、いいお天気が続いていたのだが・・・
今朝、日本から着いて明日からフラのレッスンをご一緒するHさんから電話があった。 久しぶりで会えるのが楽しみだ。
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2007年1月27日 (土)
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さんま
今日もいいお天気。次女夫婦が家に泊まるのは、今日まで。午後にはワイキキのホテルに移る。2〜3日は、家に滞在して一緒の生活を楽しみ、その後はお互いに自由に楽しみましょう・・・というのが、我が家のパターンだ。長女のカップルも来週家に泊まりに来て、その後はホテルに移動する。
今日も次女夫婦は、ジョギング〜ビーチ(サーフィン)〜家へ〜ホテルへチェックイン〜ゴルフ練習 〜三人でカレーハウスで夕食。。と大変忙しかった。
その合間をぬって私はアラモアナホテルの、バーバラさんに会いに行った。 昨日彼女から電話があっていきなり「京子さん!さんま、食べる?サンマよ、魚のサンマ!」と言われてびっくりした。よーく話を聞いてみると、バーバラさんの友達がサンマの山椒煮というのを送ってくれたのだが、残念ながら彼女は食べられない。ご主人も糖尿病で食べられない、、だから京子さんに上げる、というのだ。聞いただけで美味しそうだったので、「食べる食べる!」と二つ返事で今日、飛んでもらいに行ったのだ。
真空パックになったサンマの山椒煮は見るからに美味しそうで、白いご飯があいそうだ。大きい立派なサンマの尾頭付きをそのまま煮てある。長持ちするというので、しばらく楽しませてもらえそう。
夕方はまたA子さんと待ち合わせて、クヒオフラショウに。 今日のハラウの生徒達も、クムの特徴をよく捕らえて育てられているようだが、純粋のフラというよりハオレのフラで、ちょっと趣が違った。私はやはり純粋なハワイのフラのほうが好きだ。
それぞれに特徴があっておもしろい。これだから、どれが正しくて、どれが間違っているのか?なんて議論は成り立たない。フラはそれぞれ違っているところに面白さがあるのだと、改めて思う。先生を選ぶのもそこなのだと思う。自分が踊りたいと思う踊りを教えてくれる先生が見つかったら、それは本当に幸運なことだ。
夜は久しぶりに私一人。 結局することと言ったら、フラ。昔の曲を思い出し、確認する作業だ。K先生から教えた曲を完全に覚えていられるように常に復習して置くように。。といわれている。しかもノーーミステイクで。。。 考えただけで「それは、とても無理です」と思うが、チャレンジだと思って取り掛かり始めた。 ここで悩みがでてきた。今まで先生はいろんなレベルの人を教えてきたので、同じ曲でも振り付けが異なるいくつものバージョンがある。
私はそのつど、違うバージョンを覚えて踊ることになる。それはそれでいい勉強だと思うが、さて、自分自身の振りは??となると、どれが自分のやら、わからなくなっているのが現状だ。「ここはどこ?私は誰?」という迷子状態だ。もう一度先生に聞いて、確かめてもらおうと思っている。
夜、ようこちゃんからお電話。「明日ダイエーの前で会いましょう。ちょっと差し上げたいアンスリュームが手に入ったの。。」これは憲さんへのお花だ。納骨式のとき、たまたまハワイ島へ出かけることになって出席できないからという、ようこちゃんのお気遣いだ。
明日、携帯で連絡を取ってからダイエー前で会いましょうとお約束して電話を切った。ようこちゃんも携帯を持つようになって、便利になった。
明日から天気が崩れてちょっとした嵐との予報で、次女夫婦はがっかりしている。ハワイの天気予報なんて当てにならないわよ。。と慰めてはいるが。。どうなることやら。
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2007年1月26日 (金)
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突然の涙
朝からまたハワイ晴れ。次女夫婦は、朝からジョギング。時差で朝早く目覚めたのでそのまま、コーヒーとシナモンロールを少し食べただけで出かけていった。ワイキキからカイマナビーチのホテルニューオータニあたりまで行って、娘は一人で引き返してきた。お婿さんはその先の高級住宅街まで走ってきたらしい。素晴らしい住宅のお庭にビーチが開けていて、「あれは、すごい!」と感心して帰ってきた。
アラワイ運河沿いがずっと工事中なので、今回の彼らのジョギングコースが変わった。私はどちらかというとアラワイ運河沿いを黙々と歩くのが好きなので、散歩はしばらくお休みしている。
ジョギングから帰ると、二人ともシャワーを浴び、すぐに今度はビーチへ。どうせ海に入るのだから、シャワーはビーチの後にしたらいいのに。。。と思うが、なぜか順序が逆だ。とにかく元気な二人だ。おまけにビーチから帰ってすぐに車でワイケレのアウトレットに出かけていった。 私も誘われたが、こちらのほうが疲れそうなので、やめた。
今日はフラの先生の都合でレッスンがなかったので、A子さんと午後から家で自主練習。知っている曲を次々と練習した。ほとんど休みなく、踊り続けて一時間半くらい。 一昨日まで出来なかったことが出来たり、慣れてきたり。。練習に優るものはない。私は最近まったく練習が出来ていなかったので、とても新鮮な気持ちだ。
クヒオビーチのフラショウを今夜も見に行った。もちろんA子さんと一緒。 今日出演のハラウは、小さい子供から大人まで本当に見事に仕込まれていた。例外なくきちんと踊れているのだ。まず姿勢がよい。基本が出来ている。一生懸命さが伝わってくる。
先生の教える姿勢がしのばれて、とても好感が持てた。 スターはいなくても、みんなですばらしい舞台を作っていた。久々に感動してしまった。
ハラウのファンドレイジングでブラウニーを5ドルで売っていたので、感動した気持ちのまま、一つ買ってきた。お婿さんの好物だからということもあるが、今日の素晴らしい舞台へのお礼のつもりでもあった。こういうドーネイションは気持ちがいい。
夕食は私が作ったスパゲッティとサラダ。 二人とも喜んで食べてくれて、大皿に盛ったペスカトーレがカラになった。実はこれは先日A子さんが家で作ってくれたものにヒントを得た、盗作?。ハワイでも材料がそろうから、これからも私の定番になりそうだ。いつもは憲さんがテーブルに乗り切らないくらいの料理を作っていたので、ずいぶんと差があるけれど、とにかく二人が喜んでくれてうれしい。こうして三人でいるときも、パパのいつもの席は空けてある。
ワインと食事を楽しんでいるうちに、自然に憲さんの話になり、楽しい話なのに次女と私の涙がとまらなくなった。
年末のドイツから三人で楽しく一緒に過ごしていて、なんとなく今まで封印していた涙が急にこみ上げたという感じだった。次女と私は言葉を交わすわけではなく、ただ、涙だけが流れ続けた。憲さんが可愛がっていたお婿さんは黙ってそれを見つめてくれていて、そっと二人にティッシュを渡してくれた。その気持ちがとてもありがたかった。
来週末に納骨式が控えていて、知らず知らずにセンシティブになっているのかもしれない。 まだまだこれから乗り越えなくてはならないことがあるだろう。 やはり、これも私たちの通らねばならない一里塚だと思う。
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2007年1月25日(木)
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ドイツから日本から・・
朝早く、次女夫婦がドイツから成田経由でハワイ入りした。憲さんがいたら、勇んで空港へ迎えにいくところだが。。。。彼らはタクシーで到着。ドイツ以来、約2週間ぶりの再会だ。一時入院騒ぎだった次女は完全回復らしく元気そう。しばらく休むとすぐに二人はゴザを持ってワイキキビーチへ出かけていった。若いってすごいなあと思う。
今日憲さんの会社の同期のK氏ご夫妻がハワイ入り。もともと予定なさっていたハワイ旅行だったが、憲さんの納骨の日と重なるということで、急に旅程を延長して参列してくださることになった。 本当にうれしい。そのK氏ご夫妻が、到着早々に家まで憲さんに会いに来てくださった。
以前にここで憲さんとビールを酌み交わし、大いに盛り上がって楽しい時間を過ごされたK氏ご夫妻。話すうちに何度か言葉につまり、涙声になりそうになりながら、楽しく懐かしい話に花が咲いた。
ここでも「千の風になって」のお話が出た。K氏はわわざわざCDとDVDを持ってきてくださった。ハワイで聞く「千の風になって」はまた格別だった。憲さんの最後を見守ったこの地で。。。青い大空を吹き渡る風に吹かれながら聞くこの曲・・・。言葉には出来ないなにかを感じる。
あと3名、日本からわざわざ納骨式に駆けつけてくださる。憲さん、本当にありがたいわね。。。
夕方、次女夫婦とダイエー(現・ドンキホーテ)に行く。 あまりの変わりようにがっかりしたようだ。前のほうがよかった・・・と。
何がどこにあるのかがわからず、時間ばかりかかってしまう。一旦はぐれると迷子になりそうな、商品の並べ方。さすがドンキホーテ。ハワイ進出早々にハワイの消防署からクレームが出て、商品の並べ方を改善させられたというから、日本と同じことをしているわけだ。反省がない。ここは外国なのだから、日本の企業としてもっと誇りをもって毅然としたマナーを持って入ってきて欲しいと思う。 外国って、そういう意味ではとても厳しい。NOはNO。。まあまあ、なあなあ はないのだから・・・。
不二家の一件も私は悲しい。若い頃、私は下ぶくれのほっぺから「ペコちゃん」というニックネームで呼ばれていたので、よけい不二家には、愛着があった。幼い頃の憧れのお店だったし。。。人に良心がなくなるって、悲しく、怖いことだと思う。
今日はA子さんとは、無事の確認の電話だけで失礼した。 明日はフラレッスンがおやすみかもしれないので、二人で自主練習ということになるかもしれない。 それはそれで、貴重な時間だ。
次女夫婦を迎えて、久しぶりで賑やかに迎える、ハワイの夜。 そのせいかぐっすり眠れた。 やはり、安心したのかもしれない。
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2007年1月24日 (水)
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フラ スタジオ??
午後からフラレッスン。 昨日から、夜も眠れなくなるくらい頭がいっぱいだったカヒコの歌詞。。A子さんも心配で、少し早めに来て二人で練習。先生が15分ほど遅れられたので、助かった。
レッスンではなんとかクリアできた。A子さんも私も、満足は出来ないものの、とりあえずほっとした。 今日はカヒコにアウアナも加わった。以前に習ったことのある曲。A子さんと二人で踊ってみる。微妙に覚え違いがあったり、やはりここはこのほうがいい。。と先生から訂正が入るから、新しい曲に挑戦しているような気分だ。なかなか、思うように踊れない。先生の顔がそのバロメーターだ。 一曲を踊り終えると「曲の意味や、言葉の意味の理解が深くないから、見ていてつまらない。。これからこの曲を使って山ほど勉強することができそうだね」
「つまらない。。か。そうよね、つまらない踊りを見せられるのも辛いでしょうね。じゃ、どうすればいいんだろう!?」と、俄然ファイトが沸いてくる。こんなに厳しい言葉を聴いても、ここでがっかりしないのが、私流かもしれない。表情が乏しいのも原因の一つだろう。と、うまい人のフラを見てそう思う。 ニコニコしてさえいればいい、というものでもない・・・ああ難しい。 A子さんも基本の動きを直ししてもらって、目からうろこ状態のようだった。基本に忠実に、そして魅力のある踊りを。。。一歩でもそれに近づきたいと思う。やはり、練習しかない。
家のじゅうたんがふかふかしすぎていて、足をとられ、私はヒザが危うくなってきた。それで、先生が今日ラウハラで編んだ大きいマットを2枚持ってきてくださった。それを敷いて、その上で踊ることになった。足の裏からハワイ、、という感触でうれしい。
このラウハラのマットといい、先生のウクレレとイプヘケといい、常に家に置かれるようになって、だんだんフラスタジオっぽく??なってきた。レッスンのないときは自主練習の場になっているし、きっと憲さんもびっくりしているだろう。賑やかで、とくに今の私にはとてもありがたい。
厳しいレッスンが終わると、すぐに先生はもとのやさしいK先生に戻る。ほっとする。 「チャーハン?作ってくれるの?食べる食べる。。。」 山盛りのチャーハンを平らげてくれて 「考えたら僕はいつもおなかをすかしてるね・・・」
A子さんもさっきまでの緊張はどこへやら。。とても楽しそうだ。今までのレッスンではこんな時間は持てなかった。今年は充電中で、比較的自由な時間の持てる先生の状況もあり、今は長い時間を先生と過ごせる。日本からの生徒さんたちも喜んでくれて、私もうれしい。
レッスンの後は、ダイエー(今のドンキホーテ)へ。食糧を買い込む。主に飲み物。 明日、次女夫婦がハワイにやってくる。病気も全快し、2週間前の私のように、日本経由でミュンヘンから・・・・彼らは乗り継ぎの日本で一泊する。千葉の銚子にある温泉へ行き、美味しい海の幸と、温泉を楽しんでくるらしい。その彼らのために、飲み物を買い込んだ。ビール、コーラ・・・ A子さんが重いものを運んでくれて、大助かり。。
夕方、いつものようにA子さんとクヒオのフラショウに・・・ 今日は、今我々が練習しているカヒコが、次々と踊られてうれしかった。 踊り方も振りもまったく違っていて、興味深かった。とてもスムーズな踊りだ。
ショウの途中で司会者が「お客様の中に、結婚記念日を祝うためにここに来た人はいませんか?」と呼びかけ、3組の老夫婦がステージに呼び上げられた。「40年目の記念日のために、ミズーリから来ました」「私たちはウイスコンシンから・・私たちも40年です」みんな、かなりのお年に見えた。結婚が長く続く秘訣はなんですか?と聞かれ「何でもいいほうに考えること」「信頼ですね」と穏やかにこたえる老夫婦。涙があふれて仕方がなかった。気づいたA子さんが「大丈夫ですか?」と心配してくれて。。また一里塚を一つ通過!
今日の夕食は、我が家でA子さんがペスカトーレを作って下さった。とっても美味しかった。A子さんは実はお料理の先生。さすが!のお味だった。それも自主練習つきの夕食。二人ともなんて熱心なんでしょう!!
明日早朝に次女夫婦が到着する。彼らは約2週間のハワイ滞在中、いつものように毎日毎日、ビーチに通うことだろう。 いよいよハワイでの憲さんの納骨式が近づいた。
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2007年1月23日 (火)
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慎重派??
朝、しとしとと雨が降っていた。めずらしく湿気を感じた。 午前中はとくに何をするでもなく、書類の整理とか、日本へのメールの返事とかで時間が過ぎた。ゆったりと過ぎていく時間を一人で過ごすのは、昔から好きだ。一人っ子で育ったせいか、一人でいることには慣れている。
今日は、しなくてはならないことがある。のんびりはしていられないのだ。カヒコの歌詞を覚えること。。。フラの宿題だ。CDをかけて、お手本どおりできるかやってみるが、とてもとても。。これはじっくり時間をかけるしかない。歌いながら踊る、というかチャントを唱えながら踊るのだから精神に乱れがあってはならないのだろうし。。。
午後、A子さんと一緒に車でアラモアナへ。。。 車のエンジンをかけたとき、昨日のことを思い出した。フラのK先生にガソリンの給油の仕方を教えてもらったときのことだ。先生は初めて車の運転をする人に諭すように「あのね、エンジンをかけてから、一分間待つんだよ。それから発進する。そうしたらあとはスムーズだし、なにかとそのほうがいい。。。」と教えてくれた。
私は驚いた。寒い冬、日本では私も暖気運転をするが、ハワイでもそれが必要なの??先生の慎重さにちょっとびっくり。人は見かけによらない?!新発見だった。
慎重なのかと思ったら、シートベルトをするのをすっかり忘れている先生。思わず「シートベルトを締めてくださいな!」と言うと「おかあさんみたい」と日本語で言われてしまった。先生は日本語が出来ないといいながら、こういうときは実に見事な日本語だ。
アラモアナではA子さんと一旦別れて、懸案だった携帯電話に関する用事を済ませた。亡くなるわずか一週間前、憲さんはやっとハワイでも携帯を持ってくれた。ここでは携帯に縛られたくない・・というのが理由で私だけハワイの携帯を使っていた。でも彼の体調が心配だったから、私が携帯を持って欲しいと頼んだのだ。
要らない!といっていたわりには、憲さんは新しい携帯を楽しそうに使っていたが、それもわずか一週間だけだった。通話記録に私と何度か話した時間が残されていて、とても切ない。でも、その携帯を解約せず、娘たちが来た時に利用しようと考えた。私はシアーズの一階の携帯ショップ「シンギュラー」でその手続きに時間を費やした。
このあたりのショップになると、残念ながら日本語は通じない。ややこしい交渉だったが、なんとか英語で解決できた。また一歩前進できた気がした。
夕方、A子さんといつもの通りクヒオビーチのフラショウへ。。 雲が多かった空も、いつのまにか青空が広がりワイキキの夕空がきれいだった。 期待通り、またマリア ピーターセンのフラを見ることができた。 今回2回目。本当に彼女のフラは素晴らしい。顔の表情まで洗練されていて、ゾクッとするくらいだった。食い入るように見て、ため息。。。こんなに近くで、簡単に彼女のフラを見られるなんて、本当に幸せ。。。余韻に浸りつつ、帰りは現実に戻って、二人でフードパントリーへ寄ってお買いもの。今夜はお互いに一人で、カヒコの歌詞を覚えるために夜を過ごしましょうと、別れた。
さて、苦手な暗記にどうしたら集中できるか。。フラのレッスンも踊るだけではなくなってきて、結構大変だ。ハワイ語がわかりかけると、きっと覚えやすいのだと思う。これは努力しかない。
これが本当のハワイのレッスンの方法なのだろう。言葉を覚えることも、もちろんフラの勉強のうち。当たり前のことを出来ないでいるのが現状だ。
何事も練習、練習。。 こんな経験が出来ることがありがたいのだから、やはり頑張らなくちゃ!!
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2007年1月22日 (月)
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フラ三昧の一日
今日も最高のハワイ晴れで、朝からとても気持ちがいい。これがハワイの家にいる醍醐味だ。早朝からガラス窓いっぱいに光が満ちて、ダイヤモンドヘッドがデーンとそびえている。心が広く明るくなる。 今日は我が家で午後一時から、A子さんにとって今回最初のレッスン。
先生がどっかりと腰を下ろし、イプヘケを構える。私達も緊張しつつ楽しい思いで、先生の前に立つ。 「キョーコ、今日はパウスカートはかないの?いらないの?」 「は??」 ふと気が付くと、私は普段着の短パンのまま先生のまえに立っていた。A子さんも気がつかなかったらしい。「イヤだ!はきます、はきます。パウスカートね!忘れてた!!ちょっと待っててね!!」 先生は「アハハ!!」と大喜びで笑っている。先生によっては、そんな無作法をした生徒は即、レッスン場から追い出されるのだとか・・・私の先生はおおらかで、よかった。。。
今日はカヒコの歌詞を忠実に覚えながら、歌いながら踊る。。ということが始まった。「力強く、もっと私にパワーを下さい!もっと声を張って!」といわれるが、ハワイ語がわかっていない上に、振りが心もとなかったりすると、とたんにダメだ。でも今日は生徒が二人いる。心強い。一人だったら悲惨だっただろう。なんだか冒険をしているようで楽しいレッスン。足も痛いけど、喉もかれる。。課題が山積だ。
カヒコの振りを噛み砕くように、説明しながら教えてもらう。同じ曲でも習う時期によって、自分の進み具合によって違うニュアンスを感じることが出来る。私はこのごろほとんど新しい曲を習っていない。今まで習った曲を完全にマスターする。そしていつも間違いなく踊れるようにしておくこと。。。それを要求されている。新しい曲に進むより、はるかに大変なことだ。
今日も先生は足が痛そうだ。毎回「もう年だからね。。」といいながら、どこかが痛んで、腫れていたりする。今日の痛みの原因はココヘッド。昨日ハイキングで昇ったのだそうだ。相当急な坂らしい。先生は本当に健康的な人だと思う。これがハワイアンなんだろう、日々サーフィンを楽しみ、ハイキングを日常的にできるなんて。それでいつもどこか「痛い、、」と言っている。健康的な痛みなのだ。ストレスとは無縁の痛み。なんだかうらやましいような気もする。 レッスンのあと、先生の分厚いフラファイルの中に、面白いものを見つけた。 なんと「江原 啓之」さんの名刺。えーー!、先生「えはらさん」と知り合いなんですか??? すっかりミーハーになって、二人で叫んだ。
「うーーん、誰だっけこれ。。僕が会ったのかな。。ここに名刺が入っているんだからそうなんだろうね。。いやあ、覚えがないなあ。。。ところで誰?この人・・・」ぜんぜん覚えていないらしい。 私たちが懸命に「今をときめくスピリチュアルなんとか。。。」と説明しても先生にはわからないようだった。「つまりTVショウに出ていて、人気があってね。人を癒したり、とにかくいい人っぽい人よ。。」と説明しておいた。でもさっぱり思い出せなかったようだ。
もう午後3時なのに、今朝からシェイクだけしか食べていない。。という先生だったから、作ってあった煮卵と、カレーライスをお出ししたら、喜んで全部平らげてくださった。キョウコはまったく何も出来ない。。特に料理は。。と先生が思っていたらしく、「とってもおいしいよ、本当に作ったの?すごいね、Good Job!」とお褒めの言葉をいただいた。久しく私の料理をほめてもらったことがなかったので(料理自体をしていなかったんだけど)、とても嬉しかった。
今日は、私が何も出来ないことをもう一つ暴露した。もう、お願いして教えてもらうしかない、、と思っていたことだ。私は自分で自分の車にガソリンを入れたことがない。いつも日本ではフルサービスだったし、私の車もころあいを見て憲さんがいつも給油してくれていたからだ。ハワイはほとんどがセルフ。。。私は残り少なくなるガソリンのインディケーターを見て、心細い思いだった。先生にいうと「よし、じゃ、今から入れに行こう。ちゃんと覚えてよ!」 先生に運転をお願いして、A子さんも引き連れてガソリン補給作戦。近くのカパフルのスタンドで、クレジットカードを使って給油する方法を実践で教えてもらった。本当に何から何まで、お世話になります。
夕方、A子さんと再び落ち合ってクヒオのフラショウに。。。 今日もいい踊り手が出ていて、勉強になるし楽しかった。 夕食は、K先生にほめていただいたカレーをA子さんにも味わってもらった。一人で食べるより、ずっとおいしい。 夕食後、また二人でフラの自主練習。今日もフラ三昧の一日だった・・・。
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2007年1月21日 (日)
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うどん
今日は文句の付けようのないハワイ晴れ。空気全体がブルーに見えるほどの空と海の色が見事だ。朝、日本からフラ仲間のA子さんが到着。「京子さん、来ちゃいましたぁ。。」元気な声が受電話の向うで響いた。
家の近くのホテルに宿泊予定なので、午後のチェックインまで一緒に過ごすことにした。 若いA子さんは疲れも見せず元気いっぱい。フラの話、K先生の話、お互いの近況を話しているうちにおなかが空いて、ランチタイム。
ワイキキの海が見渡せる、「チーズバーガー・パラダイス」で昼食。大きいバーガーを半分っこしましょうと、ナイフとフォークで切り分けている私を見て、隣の席の女性が、にっこり笑った。彼女はその大きいバーガーを一人で平らげ、さっさと店を後にした。こちらの人の食欲はすさまじい。あのパワーの半分でもあればなあ、、と思う。情けないけれど昨日の飲茶と、夜のイタリアンが美味しすぎて、食べすぎ・・・。今夜はうどんぐらいがよさそうだ。
午後2時にA子さんはホテルにチェックイン。 私は家で煮卵を作った。煮卵はゆで卵の皮をむき、濃い目の味で表面があめ色になるまで煮て作る。憲さんのお得意で、これのファンが多かった。レシピなんてないから、見よう見まねで作ってみた。味付けに時間がかかるから、まだ結果は出ないが憲さんの味に似てるといいな。。
夕方お決まりのクヒオビーチのフラショウを見に、A子さんと出かけた。夕焼けがとてもきれいだった。
今日は実力のあるクムのハラウが出ていて、見応えのある内容だった。ケイキも上手で、やはり本物はちがう!と嬉しくなったり、わが身が情けなくなったり。。。A子さんとため息をつきながらショウを楽しんだ。日曜だったせいか観客が多かった。
このハラウもメリーモナークに出演するとのことで、その資金のための寄付を募っていた。 舞台にからのウクレレケースが置かれ、そのなかにお金を入れてください、、というのだった。アメリカ人は寄付が好きだし、それが出来る人はある種のステータスでもあるので、ショウの最中にも席を立ってお金を入れる人がいた。地元ならではの光景だった。
夕食はA子さんに事情を話して、うどんにしてもらった。ワイキキの日本食レストランで。。 ハワイ初日なのに、うどんを付き合わされたA子さんには本当に申し訳ないことをした。 お陰で、胃の調子もよくなった。
お腹もいっぱいになったが、二人とも何か物足りなくて・・・何をしたかというと、家に帰ってフラの練習。CDをかけて数曲踊り続けた。久しぶりで踊った気がした。先週一回レッスンが抜けただけなのに。。。
日本から着いたばかりの、A子さんは元気元気・・・ 明日からまた、K先生のレッスンが始まる。 A子さんは今回は長期に滞在。実りのあるレッスンが受けられることだろう。
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2007年1月20日 (土)
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栄養不足?
夜中に相当の雨が降ったようで、朝、窓から見える景色は水分をたっぷりと吸った色だった。 まだ空に雲が厚く残っていたが、雨は止んでいた。
ベッドから出ると、寒く感じた。それくらい温度は低かったと思う。 それなのに、お昼ごろになると、かんかん照り。。暑くなった。ハワイはこうでなくちゃ!!
朝、バーバラさんから電話が入った。「今日、暇ですか?ランチ一緒に食べましょう。12時に来てください。待ってます。。」流暢な日本語だ。彼女は韓国系アメリカ人。
アラモアナホテルの一階の、おみやげ物や、フラのアクセサリーなどを扱うお店のオーナー。 彼女が造り出す、アクセサリーも、リボンレイや、お花はとても素晴らしい。 お知り合いになってから、まだ一年にもならないのに、とても優しくて、時には厳しくて、、楽しいお友達になっている。
彼女は、まだ憲さんが元気だった頃から、私が痩せていることをとても気にしてくれていて、「あなたは食事のとき、お茶や水をよく飲むでしょう?それはいけません。飲みのもで胃がいっぱいになって、食べ物が入らなくなります。あなたはお水を遠くにおいて、食料だけをもくもくとたべなさい。。」と言う。とても説得力がある。偶然だが、夫も同じようなことを言っていた。
今日は飲茶をご馳走になった。「あなた痩せてるから、太らせてあげます。水は遠くへ置くの。。そうそう、どんどん食べなさい。ゆっくり噛んで・・・」まるで、お母さんのようだ。ちなみにバーバラさんは私よりずっと若いはず。。。はっきりものを言うから、逆に楽しい。「あなた栄養が足りないね。。」本当に私が痩せているのが、気になって仕方がないらしい。これでも数ヶ月の間に体重が少し増えたのに、、、。
美味しい飲茶をおなかいっぱい頂いて、あまったものはドギーバッグに詰めてお土産にしてもらった。「これ、今日の夕食にしなさい!」バーバラさんはあくまでも、私に沢山食べさせたいらしい。 本当に温かくてやさしい人だ。
今日は土曜で、どこも駐車場がいっぱいで空きを探すのが大変だった。バーバラさんに会いに行くには、アラモアナショッピングセンターに車を置く。今日はメイシーズ側の屋上しか空いていなかった。やっと探したスペースは、今まで来たことのない所だった。さて帰ろうとしたら、どこに車をおいたのかわからなくなった。方向音痴だからいつもこういうときは困る。 うろうろしていたら、派手な黄色が目に飛び込んできた。あれだ! 迷子になった子が親を見つけたときのようにうれしかった。こんな時、黄色の車は目立っていい。
夕方はまた別の集まりの新年会に誘っていただいていた。 ウオルマートの駐車場に車を止めて、お店の入り口で集合。それから車に分乗して「ビストロ サン」というイタリアンレストランへ。実は私はこのグループのメンバーではなく、ようこちゃんのパソコン教室の生徒さんたちの新年会だ。私をこの新年会に誘ってくれた、肝心のようこちゃんは風邪気味で欠席。で、私はほとんど未知の方たちとの新年会に出ることになった。
と言っても、ハワイの日本人社会は意外とせまく、このパソコン教室のオーナー、Sさんご夫妻をよく存じ上げているので、Sさんご夫妻を頼りに出席した。
少しドキドキして、集合場所に行ったとたんに一人二人と、話しかけられあっという間にお友達ができてしまった。
同じような年輩の方なのだが、もう40年以上ハワイに住んでいる方ばかりで、本当にお話が楽しい。 京都出身の方とは、京都弁で話が出来たし、パン アメリカン航空の華やかだった頃の、スチュワーデスだったという方とは、航空界の懐かしいお話で盛り上がった。お料理もとても美味しかった。お昼に続いておなかいっぱい!
同じ日本人でも、同年輩でも、人生の過ごし方で人は大きく変わる。 それを目の当たりにして、今ハワイにいて、また新しい世界の人たちをお友達になれたことを、とても嬉しく思った。海外に住んでいる人のほうが、私たちよりよほど日本を愛し、今の日本の状況をとても憂いていると、思う。また必ず彼女達にお会いしたいと思う。ようこちゃんのお陰だ。
帰宅してようこちゃんにお電話してみた。すでに体調は回復したようで、よかった!!
明日は日本からフラの仲間が到着の予定。3月はじめまでの滞在予定で、フラのレッスンをご一緒する。とても楽しみだ。
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2007年1月19日 (金)
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一里塚
今朝、またメキシコマシコ君たちに起こされた。チュンチュン賑やかに挨拶に来てくれる。クッキーがないので、パンで我慢してもらう。 コーヒーを飲みながら、私のホームページの真ん中の写真を変えた。今日からしばらくはハナウマ湾の遠景だ。HPには別に「今日の一枚」というのがあるが、それはしばらく更新できない。なぜならあの「離陸直後」というタイトルは、もともと「パラグライダー」とごく当たり前のものだった。それを憲さんが「あのタイトルさ、離陸直後,のほうがいいよ」とアドヴァイスしてくれたのだ。亡くなるわずか4日ほど前のことだった。その声まで覚えている。
私たちの最後のドライブになったマカプウ岬で、憲さんがとても興味を示したのがこのパラグライダーだった。私たちの目の前から、海に向かって飛び出す。。空が大好きな憲さんは、とても無邪気な表情でそれを見守り、私に「写真をとっておいてね!」と頼んだ。それがこの一枚だ。 だから私は、しばらくこれをこのままにしておくつもりだ。
昨日次女から電話があり、25日ごろにドイツから夫婦でハワイ入りするとのこと。2月3日の憲さんの納骨式に出席のためだ。入院騒ぎから10日あまり、とても元気になったのだという。本当によかった。長女もパートナーとハワイ入りする。憲さんが亡くなってもうすぐ半年。その間いろいろなことをしてきたのに、ほとんど覚えていないような気がする。あっという間だったような気もするし、ずっと昔のことのようにも思える。
今日はフラのレッスンがなかったので、夕方ジムへ出かけた。ヒザが弱くなっているな、と感じていたので、今日は足の筋肉を主にトレーニング。久々に気持ちのよい汗をかいて外へ出たら、ハワイに滞在し始めたときに色々お世話になったショーンとばったり会った。 「言いたくないんだけど、去年憲さんが亡くなったの・・・」そういうと、「いい人だったね、若いのに。。。でもハワイで。。苦しまないで、よかったね。そう。。よかったんだよ、ね?」と片言の日本語で話してくれた。「いま彼は見てるよ、僕たちがこうして話しているのを、、空の上からね。なにか困ったことがあったら何時でも僕のところに来てね。。」とショーンは涙ぐみながら話してくれた。ワイキキサンセットのコンシアージをしているショーンは、頼りになる人だ。 ありがとうね、ショーン。またよろしくね。。。
彼と別れて、温かい気持ちで歩き始めたら、前から見たことのある人が・・・ 女優の野川由美子さんとご主人だった。彼女は京都の中学、高校の2年先輩で、その当時からミス着物に選ばれていて、目立つ存在だった。私は同じ高校に通う電車の中で、前に座った由美子さんにかばんを持ってもらったことがある。優しい先輩だったのだ。それだけのことだから、由美子さんは私のことはご存知ない。でも何十年もたってハワイですれ違うなんて。。なんだか嬉しかった。
憲さんが欲しくて買っていたのに、とうとう使わなかった圧力鍋がある。今日はそれを使ってカレーを作っている。お鍋がシューシューと蒸気を吐き出す。憲さんはこれを使って何を作るつもりだったのだろう・・・ 今、カレーが出来上がった。お味を見てみる。ウンまあまあだ。いつも憲さんは自分で料理を作っては一番に私に味見をさせてくれた。 「どう??」 「いいんじゃない!」 そんな短い会話だったけど、それが懐かしくて懐かしくて、今日はまたちょっと涙・・・。
カレーを作ってこんな思いをするなんて・・・そう、こんな関門がいくつもあるのだ。これを超えながら少しずつ少しずつ、平常に戻っていくんだと思う。
涙はその一里塚、そう思うことにしよう。
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2007年1月18日 (木)
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ちょっと涙。。
朝11時にR子さんと待ち合わせ。場所はアラモアナのシャネルの前。。。「とても素敵な待ち合わせ場所でしょ?中には入らないけどさ!」とR子さんは本当にさっぱりしていて楽しい人。
ランチをご一緒しましょうと、お約束していた。今日こそ時間通りに。。と思ったのに、なれないアラモアナの駐車場でとんでもないところに駐車してしまったらしく、車を降りようとしたら、まわりは人気がなく殺伐としていた。ここは危ない、、と思い適当な駐車スペースを探しているうちにちょっと遅刻。ごめんね、R子さん!
二人でナニ食べようか。。。と物色して、結局カリフォルニアピザになった。ギリシャ風のピザを二人で半分っこ。美味しかった。ドリンクは二人ともホットコーヒー。ここはサービス満点でドンドン注ぎ足してくれるので、一体何杯飲んだのか、わからないくらい・・・
R子さんも3ヶ月ごとに日本とハワイを行き来しているお仲間のお一人。今回は、例外で1月下旬に日本に帰ってしまわれるので、今日が一応さよならの日になる。
R子さんはご主人と一緒にゴルフを楽しんでいて、相当な腕前だと聞いている。憲さんとも仲良しのゴルフ仲間だった。「憲さんいなくて、ホント、淋しいよ。。」時折涙ぐみながら、R子さんが言う。それでも根が明るい二人だから楽しい話になると大声で笑い、時間を忘れてお話が続いた。
帰りにR子さんのお宅に伺ってお嬢さんやご主人も一応のさよならをしてきた。次のハワイでの再会は6月だ。
夕方、ちょっとなまった足を鍛えるためにウォーキング。今、アラワイ運河沿いが、工事でまともに歩けないので散歩は出来ないでいる。そのかわり、ワイキキを散歩。ついでに、頼まれていたものをとりにハワイアンジュエリーのお店へ出向いた。お友達が注文していたものがきれいに出来上がっていた。 これが出来上がる前に日本に帰ってしまったIさん、楽しみにしていてね。3月にお届けしますからね。
丁度いい距離だったが、やはりワイキキは散歩には向かない。人が多すぎて、騒がしくて。。。 早くアラワイの工事が終わらないかな、、と思う。以前のような気分のよい散歩コースがなつかしい。 憲さんとよく歩いた道が早く戻ってきて欲しい。
今日は何故か街を歩いていても、不意に涙が出る日だった。きっとR子さんと憲さんの思い出話をしたからだろう。 ま、こういう日もあるよね。憲さん・・・。
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2007年1月17日 (水)
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カヒコづくし。。。
フラレッスンの日。 今日は、今回初めて私一人のレッスン。先生はまた、タッパーに何かを詰めて持ってきてくださった。「今日はなんですか?」「スープだよ。。。後で温めて食べてね」「いつもすみません。えさを運んでくださって・・・」
レッスンの前に、予定表を広げて今年の予定の確認。どなたがいつハワイに来てフラレッスンを受けたいと申し出ているか、その予約の確認だ。ほとんどが私を通して申し込んでいらっしゃるので、先生にはメールで確認を取るのが普通だ。でも今は私もハワイにいるので、話が早い。お互いに確認しながら予定表を埋めていく。「このあたり、僕は仕事でアリゾナに行くんだけど。。」などと先生の都合も飛び込んでくる。今年も先生は忙しくなりそうで、とても楽しそうだった。
ハワイアンである先生と話していると、タイムスリップしたような気がしてくる。遠い昔、自然のなかで幸せに生きてきた人間の原点を忘れずに持っている若者。ハワイアンであることを誇りに思い、あくまでも自分であり続けようとする人。ひよっとすると私が忘れてしまった感覚、自分が自分であることの大切さを追求しているようにも思えてくる。たしかに先生はいつものんきで朗らかで、何も考えていないように見えるがそうではない何かを持っている。
私はといえば、目先のことでは色々考えているが、日本人として。。などと大きく自分を捕らえて生きてきただろうか?考え込んでしまう。
そしてレッスン開始。一人できわめて贅沢なレッスン。 今日はベーシックのレッスンの代わりに、カヒコづくし・・・
「基本に忠実にいくつかカヒコを練習しようね。もうほとんどキョウコにとっては簡単に踊れるものばかりでしょ?」 えーー?わーぁ!すごい皮肉!!私の記憶力のなさをよくご存知なのに・・・ 仕方がない。こうなったらぶつかるしかない。出来なくてもいいわ。とにかくやってみよう!
過去に習ったカヒコを3曲立て続けに・・忘れてます。ごめんなさい。なんでしたっけ?? 先生の声とイプヘケの音が止まる。こういうとき先生はコワく見える。 一人だとカンニングも出来ない。過酷な時間だ。
先生は立ち上がって、こうだったでしょ?と手本を示してくださる。あ、そうでした、そうでした。。。
今日の私の課題は、ターニングカホロ。本当に苦手だ。一人だから先生の目が私の足に向けられているのがわかる。他に見るところがないのだから、仕方がないけれど。足が緊張で固まる・・・
「ハハハ、、、練習しておいてね。習った曲は完全に踊れるようにしておく。それが貴女の課題です」 にっこり笑ってもらって、レッスン終了。ほっとする。でもこのレッスンがありがたいのだ。
さすがに足が疲れた。家のじゅうたんが新しく、ふかふかしているので足をとられて踊りにくい。余計足が疲れるような気がする。何かを上に敷くか。。先生に相談してみよう。
夕方、パソコンで横浜のR子さんとインターネット電話でゆっくりおしゃべり。無料だし音もよい。便利になったものだ。ハワイにいてもドイツにいても日本にいても。。。誰かと繋がっていられる、、これは現代に生きている者のありがたい特権だ。みんながこのシステムを使うようになると、きっと楽しいだろうな。。。
先生からの差し入れのスープは、クリームスープだった。 ベーコンの味がきいていてとても美味しかった。たっぷりあったので、夕食と明日の朝に分けていただくことにした。
先生ありがとう!わたしフラ、頑張ります!!
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2007年1月16日 (火)
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お誕生日おめでとう。。
今日はハワイについて以来、初めて予定のない日。 たまにはこれもいいな。。と自由な時間を楽しんだ。何をするでもなく、インターネットで遊んだり、音楽を聴いたり、フラを踊ってみたり。。。。
今日は次女の誕生日だ。もうすっかり身体も回復したらしく、元気なメールが届くようになった。 ホッと一安心だ。無事にバースデーを迎えられてよかったよかった。。。丁度一週間前は大変だったのだから。。。
あと一週間もしたら、その次女夫婦がハワイにやってくる。またにぎやかになる。 次の日曜には、日本から一ヶ月半の予定でフラのレッスンを受けにくるAさんが到着する。フラのプチ留学、とでもいうのだろうか。とても熱心なかたで、ご一緒にレッスンするのが楽しみだ。私は一人でK先生のレッスンを受けることに慣れているが、お仲間がいてくれるのがとても嬉しい。横でスカートをひるがえして、一緒に踊ってくれる仲間がいると幸せなのだ。
今年は雨季の割には雨が降らず、いいお天気が続いている。ハワイのいいところは夜のうちに雨がたっぷり降って、朝になるとすっかり乾きあがっていることだ。夜にはちゃんと恵みの雨が降っているらしく、ダイヤモンドヘッドがなんとなくグリーンになっている。夏のダイヤモンドヘッドは茶色の山肌をしている。ここにもちゃんと季節がある。
今日はずっと家にいて、時差もやっと完全に抜けたようだ。 10日間で、日本〜ドイツ〜日本〜ハワイ。。の時差は結構こたえた。 そういう意味でも今日はいい休養日だった。
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2007年1月15日 (月)
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ようこちゃん。。。
今朝、リビングに座っていてなにげなく窓の外に目をやると、あのメキシコマシコ君2羽が手すりにとまってこちらを見ている。「お帰り!」と話しかけられているような気がした。
今回ハワイに戻ってから心の余裕がなかったのと、いつもあげていたココナッツクッキーがなかったから、なんとなく彼らのことを忘れていた。それなのに、えさもあげていないのに向うのほうから訪ねてきてくれたのだ。少し開いている窓から、部屋にまでごく自然に飛び込んできたりもした。
どうしても見分けがつかないのだが、憲さんが可愛がっていた子たちに違いない。「覚えていてくれたのね、そう、帰ってきたのよ。パパは居ないけどね」・・・ 涙があふれた。
ココナッツクッキーが売られているお店には、憲さんしか行けない。遠いし、道がわからない。 どこかで必ず彼らの好きなあのクッキーを見つけてこよう。
あり合わせのもので、今日は彼らをもてなした。しかし、鳥の運ぶバクテリアは怖いと聞いているので、これからは遠くから彼らを見守れるようにしたい。。と思っていても、ほら、お部屋にまた飛び込んでくる。本当にうれしい!
今日は正午にようこちゃんと待ち合わせている。場所はダイエー(現在のドンキホーテ)の横に昨年出来たPALAMA(?)という韓国系のスーパーマーケットの前。私はダイエーに車をとめて、ようこちゃんを待った。ようこちゃんは現れない。。。ようこちゃんはダイエーの目の前の大きなコンドにお住まいだ。
私のお母さんと言ったらちょっと失礼だけれど、まあそれくらい歳の離れたお友達だ。私は心配になった。ついさっき、「じゃ、あとでね。。」と電話をきったばかりなのに、ようこちゃんどうしちゃったのかしら。。。30分が経過した。お家に電話しても出ない、携帯もお持ちではないはずだし。ますます心配になってきた。そこで、もしや、、と思ってダイエーの前に行って見ると、ようこちゃんもとても心配そうに、私を待っていてくださった。 いつものように大きなお花のついたお帽子が似合っている。
「ようこちゃん!!なんだ、ここにいたの?韓国。。の前で待ってるって言ったじゃない?だから私、PALAMAの前で待ってたのよ、、」と声をかけると、「きょうこちゃんこそ、どうしたの?わたし心配したよ。何かあったかと思って。。だってここ、韓国の前よ。。」見ると、そこはコリアン バーベキューのお店の前だった。
「韓国って、ここのこと??」「そうここのこと!」「ここも韓国、あっちも韓国。。。ね」
お互いの勘違いだった。大笑いしながら、結局そのコリアンバーベキューのプレートランチを半分っこしてランチにすることにした。「私ね、携帯持ってんの。。」ようこちゃんがおもむろにバッグから取り出した。「なんだ、ようこちゃん、もっていらしたの?それを早く言ってよ!こんなにお互いに苦労しなくてよかったのに。。。」「そうだね、会ったら言おうと思ってたの」・・「それじゃ、おそいんだってば、ようこちゃん」
とてもおかしな二人組みだ。ようこちゃんは憲さんとはとうとう会うチャンスがなかったが、色々とお話していたので、今回のことを親身になって心配してくださっていた。お互いに京都出身ということもあって、時折急に京都弁になりながら積もる話をした。ようこちゃんは55歳のとき、ご主人を亡くされた。私なんかより、もっと大変な思いをなさったに違いない。ようこちゃんは、目をうるませながら話を聞いてくれて、長年アメリカ暮らしをしてきた方らしいアドヴァイスを下さった。
そのあと、二人でニールブレイズデルセンターで開かれている、見本市(小売もあり)に出かけた。ようこちゃんのナビゲートで、私のドライビングコースはま延びた。そこはメンバーしか入れないもので、私はゲストとしていれてもらった。
広い会場に所狭しと、商品が並んでいる。ようこちゃんと私は4時前に出口で会うことにして、別れた。2年前も連れてきていただいているので、だいたいのことはわかる。今日はハワイアン柄のランチョンマットと、なべつかみ、アクセサリーのクリーナーと、スワロフスキーのクリスタルが輝く髪飾りを一つ買った。業者が集まるところなので、とてもお安い。嬉しくなった。
ようこちゃんとは別れ難く、結局、我が家にいらしていただいて、夕食はワイキキで和食を楽しんだ。まだ知り合ってせいぜい3年。ほとんどの時間、ハワイと日本とに離れているのに、ようこちゃんとはその距離を感じない。きっと不思議なご縁があるのだろう。嬉しいことだ。
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2007年1月14日 (日)
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フラとスパニッシュライス
今日は日曜なのに、朝からフラレッスン。幸せなことだ。Iさんが明日帰国なので、どうしてももう一度レッスンを受けて帰りたいと先生にお願いした。先生は快く引き受けて下さり、おまけに今日も昼食まで作ってきてくださった。手の込んだ(と思われる)「スパニッシュライス」と言うのものだった。 フラのレッスンをお願いしたら、おやつや昼食までついてくるなんて。。。本当にありがたい先生だ。
レッスンはアウアナの仕上げとカヒコのおさらい。それはなんとか二人ともクリア。 それに、ちょっと難しいカヒコの練習。「これはチャレンジなんですよ」、先生はいいながらIさんに振付けて行った。今は出来なくてもいい、これを今日練習することで、フラの上達につながる。単に曲を覚えることが練習なのではない。いろんなことを経験してみることだ、、と。
今日も先生が言われたことは、心からフラを楽しむこと。。 それからすべてが始まる。楽しんで踊れるまでになるには当然ながら、努力が必要、ということだった。
日本に帰ったらこれを完全なものにして覚えておくこと。。と宿題が出た。 Iさんは6月にもハワイに来てレッスンをするという。そのときが宿題の提出になるのかな。。 かなり難しいステップが出てきたが、一つ一つ練習練習だ。
レッスンが終わると「さあ、ランチの時間だよ!」 先生のお手製のスパニッシュライスと、サラダで三人で昼食。 それに加えて、私も昨日のローストビーフの残りでサンドイッチ作っておいたので、ちょっと豪華なランチになった。
スパニッシュライスは、とてもエスニック!!で、おいしかった。先生のお父様がお料理上手。家の憲さんもそうだったし、なんだか私の周りの男性はみんな、わたしよりお料理上手。 それはとてもありがたく、とてもいいことだ。
こちらの車の保険のことであれこれ悩まされてきたので今日K先生に、相談した。要は私が難しい英語がわからないのだ。ネットで申請できるらしいのだが、私には無理。そこで先生にお願いしてPCでの作業をしてもらった。いろいろお世話になります!!今日は最敬礼して先生と別れた。
Iさんがハワイアンジュエリーのお店に行きたいというので、ご一緒した。 気に入ったのを注文できてよかったよかった。明日はIさんもl帰国だ。充分楽しまれたようで、よかった!
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2007年1月13日 (土)
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新年会
今日は、こちらに長期滞在中のお仲間の新年会。 お料理上手なR子さんのお宅で、恒例の行事になっている。年末からハワイ入りなさった皆さんよりずいぶん遅れて今月8日にハワイ入りした私のために、今日まで新年会を先延ばしにして待っていてくださったらしい。
半年前、今日集まられた皆さんがハワイに滞在中に、急に憲さんが亡くなり、なにかとお世話になった方々だ。その後それぞれに日本に帰り、またこうしてハワイで集合したというわけだ。皆さん私のことをとても心配してくださっていた。
元気でハワイに戻ってこれた事を喜んでくださった。こうした支えがあって、私はいまハワイで一人でも元気でいられるのだ。
私はドイツで勘を取り戻した、ローストビーフを作って持って行った。 憲さんが得意としていたフライパンで作るものと違って、私のはオーブンで作るオーソドックスなやり方。欲しいホースラディッシュがなかったので、グレービーの出来が心配だったが、まあなんとかなった。
夕方6時半、10人が集まってパーティが始まった。気の置けない方ばかりなので、気楽で楽しかった。アラモアナのヨットハーバーが見下ろせるお宅で、沢山のご馳走をいただきながら話に花が咲いた。ゴルフをなさる方ばかりで、私ともう一人、T子さんだけが、仲間はずれ。。。
皆から「早くゴルフを始めなさいよ。。」と勧められるが、フラのほうが忙しくて楽しくて、どうもゴルフにまで気が廻らない。T子さんは、私と違って素晴らしいキャリアウーマンなので、彼女も気持ちはあってもゴルフをする時間が取れないのではないかと思う。
パーティの途中で、K先生から電話が入った。明日のIさんとの臨時練習の時間の打ち合わせだった。朝10時から、フラのレッスンが入った。明日は朝からフラか・・・幸せだな・・・
このグループの特徴は、ワッと食べて楽しんで散々話して笑い転げたら、さっと引き上げる。決してだらだらとしていない。あっけないくらいだ。 これもいいなあ、、と思う。 で、帰宅したらまだ9時前だった。メールチェックなどをして、夜が更けた。
いまだに時差が影響していて早く目が覚める。ダイヤモンドヘッドの左から登る朝日はとてもきれいだ。ピンクに染まる朝焼けを見ながら、またウトウトしたりする。このごろ幸せなハワイの目覚めを味わっている。
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2007年1月12日(金)
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マラサダ!
やっと今日、朝からハワイらしい青空が広がった。 今日は一時からフラレッスン。 Kさんはもう帰国したので、MさんとIさんと私の3人。 一昨日のおさらいと、アウアナの続きを振付けてもらう。あくまでもベーシックに忠実に。。
部屋が狭いから、至近距離に先生の目があり、私の欠点がすぐに見破られてしまう。 「まだ、悪い癖が出るね」「バレエの足だ!ほら、また!」「うん、そうそう、それでいい」「重心をもっと下げて!!そのまま上がってこないで!」 先生の小さい呟きを聞き取れるようになったのが、いいのか悪いのか。。。 緊張して足が固まる。
最近筋トレをしていないから、筋肉が弱くなっているのがよくわかる。 筋肉が衰えるのと鍛えるのと、まったく追っかけごっこだ。。。本気でジムへ行かなきゃ!
レッスンのあと、先生がどーんと気前よく沢山持ってきてくださった「マラサダ」をみんなで一緒に味わう。美味しい!!マラサダとは、私の好きなプレーンな揚げドーナッツだ。かりっと上がった揚げパンの中身は柔らかくて、さくっと噛むと表面にまぶしたしっとりとついたお砂糖の程よい甘さが広がる。 先生のお持たせで、今日のお3時は贅沢だった。
先生と過ごす、レッスンの後のひととき・・皆嬉しそうだ。 おやつをいただきながら、昨年11月にみんなで練習した振り付けのお手本のDVDを見て思い出す。ウチでレッスンをすると、DVDを見たり、おまけのレッスンが出来たりしてとても楽しい。
なにより、私が出かけて行かなくていいのが、ラクでうれしい。 こんなにラクでいいのかしら?
夜はK先生が出演しているショウを見に、三人で出かけた。 とてもいい場所で、ショウを楽しんだ。私は数え切れないほど見ているが飽きることはない。 エンターテインメントは、そこがいい。舞台はいつも生きもののようだから。。。ショウのエンディングは、いつも同じで構成はわかっているのに私は同じところで涙が出る。 こんな楽しいショウを見られたことの喜びと、ここにいるお客様みんなと楽しさをシェアできたことが、なぜかとても嬉しいのだ。
だが今回は違った。「前回このショウを見て帰ったときは、まだ憲さんがいた。私が帰っていくと先にベッドに入っているものの本を読んで必ず起きていて「どう?楽しかった?K先生、ちゃんと踊ってた?」と私を振り返って聞くのが決まりだった・・ふとそれが蘇って、思わず涙が出た。 今日の涙はやはりいつもと少し違っていた。
Mさんがそれに気が付いて、手を差し伸べてくれた。Mさんと手をつないで出口に出て行くと、K先生始めダンサー達がずらっと並んでお客様をお見送りしていた。こんなことは初めてだった。方針が変わったらしい。先生は私が泣いているようなのに気が付いてびっくりしたようだった。「オーー、キョウコ。どうしたの。大丈夫??」こんな楽しいショウを見た後、泣く人も珍しいだろうな。。と自分でおかしかった。
いつものようにモアナサーフライダーのビーチバーに立ち寄って、Iさんと二人、今日はホットコーヒーを飲んで爽やかな風と、波の音を楽しんだ。あれから半年、今ここにこうしている自分が不思議だった。
私だけではない。同じ経験を2年前にして、毎年一緒にハワイで迎えることになっていたご主人の誕生日を明日、Iさんは一人で迎えるのだ。この日を選んで、ハワイ入りなさったという。私はあす、予定があってIさんとご一緒できない。どうか一人でご主人の誕生日を祝ってあげてほしい。
私たちもいつも誕生日はハワイでだった。。 2月に一人で迎える私自身の誕生日が迫っている。 さて、どんなことになるのやら。。。
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2007年1月11日 (木)
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ターニングポイント
今日はフラのK先生と今年のプロジェクトについて話し合う日に当てた。
今まで先生も忙しい日々だったので、こま切れにしか時間が取れなくてじっくりお話しするチャンスがあるようで、なかった。どこかでランチを食べながら、、という話だったが、レストランだと騒がしくて私のつたない英語を先生が理解しにくく、私は先生の英語を余計理解できない。。。ということで、家でゆっくりランチをとることにした。わたしたちのコミュニケーションには大変な努力が必要なのだ。
先生は私のつたない英語に慣れてくれているので、なんとかやっていけるものの、私は先生の次第に加速する若者独特の早口英語に翻弄されつつ冷や汗をかくことになる。 「なに?もう一度言って・・・いまのところ、よくわからなかった」と質問を入れるタイミングが難しい。
憲さんがいたら喜んでランチを作ってくれただろうけれど・・・ 私に料理は期待できないことをよくご承知の先生は「僕がランチを買ってくるから大丈夫!」と助け船をだしてくださった。すみません。。。よろしくお願いします、というわけで、先生は古巣のパシフィックビーチホテルのレストランからランチをテイクアウトしてきてくださった。 なんだかボリュームたっぷりで豪華なランチだった。山盛りのフルーツまでついてきた。
美味しくいただきながら、今年の仕事の打ち合わせ。 先生は4月とおそらく秋にも行われるであろう日本でのプロジェクトと、カウアイ島へのツアーを催行したいと張り切っていて、次第に話が具体的になって来た。
先生も30歳を超えてこれからの一年間が人生のターニングポイントだと思っていて、なにかと新しいことにも挑戦したいと考えている。それについての相談を受けたり、フラに関してもより積極的に動いていきましょうと、話し合った。
憲さんが応援し、協力を惜しまないでいてくれた「フラの道」。私なりのペースで、出来ることを探しながら、K先生の精神的なバックアップをしていきたいことを先生に伝えた。ハワイと日本に半分ずつ住んでいるからこそ出来ることがあるはずだ。。と思うから・・と。
以前は日本とハワイと半分ずつ暮らすことで、すべてが中途半端になる。。と悩んだこともあった。しかし、それを逆手に取ればいいのだと思った。フラを通して出来た沢山の仲間と、K先生と・・・。 そのパイプ役に徹することで、みんなとともに喜びを分かち合えるとしたら。。そんなに幸せなことはないと思うからだ。
私の人生も去年、大きく変わった。そのときに私にはフラがあり、仲間がいてくれて、頼もしいK先生がひかえてくれている。本当にありがたいと思う。
憲さんのハワイでのお葬式のとき、泣きながら私の次女に「心配しないでいいよ!ハワイではお母さんのことは僕が面倒見るから。。。」と言い切ってくれたというK先生。文字通り、今は大きな支えになってくださっている。
ハワイアンな考え方なのだと思う。悲しみにくれている人には出来るだけのことをする。お互いに楽しいときを共有すること、美味しいものをシェアして楽しむこと。。。そういうことなんだろうと思う。
日本から遠く離れたここにいると、山の青さ、空の広さ、海の輝き、虹の美しさにハワイの優しさを感じる。癒される。。という言葉があるけれど、それよりもっと大きなものだ。優しさに包まれるのだ。 ハワイにこうしていられることに、感謝する日々だ。
じっくり話し合って、美味しいランチを食べ終わったら、先生は「さあ、サーフィンだ!また明日レッスンでね。アフイホウ!」と飛び出していった。生粋のハワイアン、ロコボーイなのだ。。
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2007年1月10日 (水)
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レッスン開始!アット マイ ホーム
昨夜の次女の入院騒ぎから一夜明けて、なんとか状態が把握できかけてきた。次女は歯痛で昨年末から治療を受けていたのだが、その処方薬が合わなかったらしく、彼女の大腸がダメージをうけてしまったらしい。副作用だ。 それさえわかれば、逆に安心で、それが治るのを待てばいい。。。 入院はかわいそうだけど、仕方がない。。。どうやら私がドイツへ戻るまでもないようだ。
気持ちを切り替えて、いよいよフラレッスン初日。午後一時から。Pホテルロビーで、Iさんと、Mさん、Kさんが待ち合わせて我が家へ来てくれた。3人が3人とも面識が無いのに、フラという共通点からか、お互いがすぐわかったということだった。Iさんが昨日、うちへ来ているので大丈夫だと思って、お二人の案内役をおねがいした。K先生は車で、みんなより一足先に到着。コンドにはゲストパーキングがゆったりととってあるので、そこへ駐車してもらうのだが、部外者は外から間単には入れないようになっている。
先生から電話が入る。「kyokoさん、今、下に着きました!」 私はエレベーターで一階におり、のガレージの入り口に走り、ガレージのドアを開けて先生の車を迎え入れる。。という作業が必要だ。
とにもかくにも、先生と生徒4人がそろった。 私が初めてお会いする方もいらして、なんとなく皆緊張気味だったが、そこは我が家、、という雰囲気があるために、とてもアットホームな雰囲気のなかでレッスンがはじまった。 いつもより、ゆったりして温かい感じ。
エアコンはないので、出来るだけ窓を開け自然の風が通るようにして、ありったけの扇風機をまわす。 暑がり屋さんの先生が、それほど汗をかいていないので、大丈夫のようだ。 生徒のほうが、汗だく。。。緊張感からだろう。
基本に戻ろう、、というのが先生の最近のモットー。 だから基本練習に始まって、簡単なカヒコ「Kawika」を。。。 アウアナも「Kalena Kai」 という古いナンバー。 どう考えてもK先生のテイストではないのだが、基本習得のためにこれを選んだ、、とのこと。
細かい手の動きから、足の運びまで、丁寧にレッスンが進められた。 昨夕、Iさんと二人でクヒオビーチのフラショウのマリア・ピーターセンのフラを見ることが出来た。マリアの手の動きがどうしてあんなにきれいなのか。。あんな風に踊りたいね。。、と二人で話していたのだが、まさに今日の先生のレッスンは それ を教えてくれたのだ。
なぜ、私たちの気持ちがわかったの?と聞きたいくらいだった。 先生は生徒の手に手を添えるようにして、手首の動きを示してくださり、「感じて、そして覚えて!」といわれた。感じること、それを身体で覚えること。。。やはり、これが大事なんだなあ。。
丁寧に中味の濃いレッスンが続いた。 レッスン中はとにかくフラを楽しむこと。「私には出来ないのではないか?」とマイナスに考えるのはダメ。練習中は、間違えたっていい、最終的には自分で練習して完成させる。その後は「ノー ミステイク」。。完璧に何時でも踊れるようにしておくことが大事、とのこと。わが身を振り返って、冷や汗。。
2月3日にハワイの墓地に納骨される憲さんが見守る前で、みんなで楽しく踊った。きっときっと、憲さんは喜んでいるに違いない。
K先生はレッスンが始まる前、静かにひざまずき、憲さんに何事か話しかけてくれていた。
今日初めてお会いした人はそんな事情はきっとご存じないから、きっと気づかれなかったと思う。それはそれで嬉しい。
憲さんの前でいま、こうして、みんなとフラを踊れていることが、どんなに幸せでありがたいことか。。私は心から嬉しいと思った。フラがあってよかった、仲間がいてくれてよかった、そしてK先生の存在がありがたい。
レッスンのあとも、ここは我が家。追い出されるわけではないから、なにやかやとおしゃべりも出来る。生徒さん達も先生と身近に長い時間いられることで、レッスン以外にフラやハワイのことを知ることができて喜んでもらえてうれしかった。
第一回目のレッスン大成功!ああ、よかった。 憲さんお騒がせしました、、でもうれしかったでしょ? イプヘケの音とともに、私たちのフラのライブを見ることが出来て!!
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2007年1月9日 (火)
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よし!頑張るぞ!!
ハワイ2日目。今日は早速日本のフラ仲間、IさんがK先生のレッスンを受けるためにハワイ入りする。私の予定と合わせてくれたので、このタイミングになった。すでに年末から2人の仲間がハワイに滞在中で、明後日から一緒にレッスンを受けることになっている。
昨年末から今までお世話になっていたレッスン場が使えなくなったので、次の場所が見つかるまで我が家でレッスンをすることになった。4人くらいならリビングで踊れる。元の場所から歩いて4分なので、なにかと便利だし。 さて明後日からどんなレッスンが展開するのか?楽しみだ。
こちらについて二日目だというのに、今朝、なんだかややこしい電話がかかってきた。 もちろん英語。
「ご主人とあなたの入っている自動車保険についてです。。。去年の12月から銀行引き落としが出来なくなってます。至急に半年分の保険料を払ってください」というものだった。そういえば、憲さん名義の銀行口座はすべて閉めたから、支払いも出来なくなっているんだな。。。初めて気が付いた。
日本で散々そんなことをしてきて、ハワイでほっとしていたら早速こんな電話。。。先が思いやられる。 なんとか私のクレジットカードで支払うことで一段落。
電話を切ったら、今度は心配になってきた。 クレジットカードの番号を教えたけど、悪用されないかしら???
そこでその保険会社に電話をした。もちろん英語で。。。 「さっき、クレジットカードで保険料をお払いした、Nですが、、、係りの人はクリスという人でしたが、その人そのオフィスにいますか?さっきお支払いしたのは正しくそちらに伝わっていますか?さっきの手続きが正しいかどうか、調べてください」
やっとそこまで言うと、「大丈夫ですよ、お支払いになったのは、15分前でしょう?ええっと、372ドルですよね?。Nさんですね。はいはい、ちゃんと手続きが進んでいますから大丈夫です。クリスはいま他の電話に出ていますが、大丈夫ですよ。。今後はキョウコさんともう一人、よく貴女の車を運転する人が保険の対象になりますから、ご安心下さい」と親切そうな男性が答えてくれた。ほっとした。
こんな風にいろいろ勉強しながら、生きていくことになるんだなと思う。 ボケてなんかいられない。背筋が伸びる思いだ。結構、こういうことを楽しめるたちでよかったと思う。 よし、がんばろう!と今日もまた思った。
午前11時ごろ、日本から着いたIさんに会うためにPホテルに向かう。チェックインまでの間、うちでおしゃべり。。偶然だが、彼女も一昨年ご主人を亡くされたばかりで、ご夫妻で愛したハワイにご主人亡き後も一人で旅されているのだ。もちろん、K先生のフラレッスンも彼女の大きな目的だ。 昨年、憲さんが急逝する一ヶ月前に初めてハワイのフラレッスンでお会いしたIさん。そのときご主人を亡くされた話を聞いて、お慰めの言葉をかけたのだが、まさかその直後に私が同じ立場になろうとは・・そういうご縁なので、 今回は二人で共通の想いを語ることが出来ると思う。
Iさんにはゆっくりハワイを楽しんでいってほしいと心から思う。 さ、明日はフラレッスン。楽しみだ。
ドイツとの時差で、いまだに睡眠不足なのがちょっと心配だけど「大丈夫、大丈夫」と自分に言い聞かせていたら、ま夜中に電話。ドイツからだった。「キョウコさん、今、Nが入院しました。・・・とても痛い、出血。。」とお婿さんの声。次女が入院したって?昨日ミュンヘンで別れてきたばかりなのに??お婿さんのドイツなまり英語はなんだか深刻そうに聞こえる。「それでNちゃんは、どうなの?死んじゃうの?」私は思わず叫んだ。。「ノーノー、死にませんよ!」でも医学用語は私には難しい。東京の長女にまず電話をして、彼女から私に電話するように言ってほしいと頼んだ。しばらくして、長女から電話。「命に別状はないって。おなかが痛くて大変らしい。しばらく様子を見ましょう。。」と。なんだかわけがわからないまま夜が更けた。
明日フラレッスンなんて、出来るのかしら・・・
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2007年1月8日 (月)
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ドイツ〜成田〜ハワイ
午後出発する成田行きのルフトハンザ機で、いよいよ帰国の日。お婿さんの運転でミュンヘン空港に向かう。「じゃ、またすぐにハワイで・・・・いろいろありがとう!!」と二人に別れを告げ、私はチェックイン。2月3日の憲さんのハワイでの納骨式のために、彼らも休暇を取ってハワイに来ることになっている。だからミュンヘン空港での別れはそう辛くはなかった。
疲れていたのだろうか、帰りの便では食事以外ずっと眠っていたような気がする。映画も、音楽も、免税品の販売もすべてパス!。これからの大変なスケジュールを考えるとそれが正解だった。
成田に1月8日の午前11時に到着予定なのだが、同日の午後9時に出るノースウエストで、そのままハワイへ向かう予定だったからだ。待ち時間およそ8時間! きついけれど、私は今日のうちにハワイへ向かいたい。。と思っていた。そこで成田での8時間をいかに楽しく過ごすか。。を考えた。本格的日本食もしばらくはお預けになるから、ここでちょっと和食を楽しもう、美容院で髪を切ろう、ひさびさにネイルサロンで爪の手入れもしてもらおう・・・こうして8時間は意外と早く過ぎて行き、ハワイ行きの時間が迫ってきた。髪は短く軽快になり、左手の薬指の爪にはハイビスカスまで描かれて、ハワイ行きの準備は整った。
飛行機に乗ってみると、急に違和感を感じた。いつも横にいた憲さんがいなくて、日付変更線を越すとだまって私の腕時計の時間を現地時間にあわせてくれる人もいない、ご機嫌でビールを飲んでいる横顔もない。アメリカへの入国の書類を書いてくれる人もいない。そう思うと胸が痛んだ。
ハワイに着くと曇天だった。が、一歩空港を出るとやはりここはハワイ。フワーっとした温かい空気とハワイの香りがした。タクシーで我が家に向かう。 コンドの玄関に着くと、マネージャーがにこやかに出迎えてくれた。 「お元気でしたか?お帰りなさい!元気そうでよかった・・」重い荷物をホールまで運んでくれた。 あれから5ヶ月あまり。独りで鍵を開けて部屋に入る。この瞬間が私には一番不安だった。どんな思いがよぎるのだろう。憲さんのいないハワイってどんななんだろう・・
鍵を開けて「ただいまぁ!!」とわざと元気よく中に入っていった。 明るいハワイの朝の光に満ちた窓を開け放つと、爽やかな風が吹き渡り、憲さんが迎えてくれたような気がした。ちっとも淋しくなかった。むしろ憲さんが待っていてくれたハワイに戻ってこれた喜びが湧き上がってきた。部屋の掃除を軽く済ませると、熱いお茶を入れた。爽やかな空気が部屋に流れる。ああハワイだ。。
思い出いっぱいの部屋にいながら、それが淋しさや悲しさに結びつくことなく、なにか満たされた気分でいられる自分が不思議だった。ラジオやテレビをつけるでもなく、開け放した窓から聞こえるハワイ独特のやしの葉の風に揺れる音を聞いていた。憲さん、私、大丈夫だったよ。独りでハワイにもいられるような気がするわ。きっと大丈夫よ・・・・。 ここでまた一つ、関門をクリアできた、と思った。
次の関門は、車の運転。車庫に行って見ると、5ヶ月間のほこりにまみれた車が私を待っていた。勇気を出して、洗車に向かう。ドキドキしながらエンジンをかけ、発進!一旦動き出すと、意外にスムースに運転できた。が、なにかヘン!洗車屋さんに着いたときには、左後ろのタイヤがペッタンコだった。パンク??と思ったら、単に空気が抜けていただけだというので、ほっとしたけれど、これからはタイヤの状況までチェックしなくてはならないのか。。。独りって大変だ。。ため息が出る。
車をピカピカにしてもらい、アラモアナショッピングセンターへ。当座の食料をと、白木屋へ・・・。買い物をしてレジに並んだとたん後ろから声がした。 「ヘイ、キョウコさーん!!」なんとフラのK先生だった。
「着きました!」とお電話しようと思っていたところだったのに、こんなところで会おうとは。先生の元気なお顔を見ることができて嬉しかった。
明後日から、早速フラレッスン開始だ!!心が引き締まる。
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2007年1月6日 (土)
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ボーデン湖畔へ
ドイツ最後の日。お天気もよくドライブ日和。お婿さんが張り切って私を好きなところへ連れて行ってくれるという。どこがいいか?ときかれてもよくわからないので、憲さんがヘルマン ヘッセの本を読んで以来、彼の憧れの地だったボーデン湖に連れて行ってほしいとリクエストした。6年前にドイツ旅行をしたとき、憲さんは実際にボーデン湖を見てはいるが、観光バスで通りかかっただけだった。いつかこの足で湖畔を歩いてみたい、、と思っていたに違いないのだ。
目的地に向かって相当走った頃、お婿さんがそわそわして右ポケットを探っては「無い。。」左ポケットを探っては「ない。。。」とつぶやき始めた。アウトバーンを飛ばしながらだから、危ないことこの上ない。何が無いの??次女が聞いた。「鍵。家の鍵・・・」
彼らのお家は自動ロックで一旦外に出てドアを閉めると、鍵なしでは家に入れない。 外国はこういうのが多い。ホテルもそうだし、私のハワイの家もそうだ。
それなのにお婿さんも、次女もどちらかが持ったと思ったのか、両方が鍵を持ってでなかったらしいのだ。「家へ入れない。。どうしよう!しょうがない、実家へ行くか。。。」 昨日お邪魔した実家に合鍵が預けてあるのだという。そこへ寄ってからボーデン湖に行くけど、いい??ということになって逆戻り。。かなり走って実家に到着。昨日涙で別れたばかりのエディットと、予期せぬ再会となった。「また会えて嬉しいわ!」と笑いあうしかなかった。
すぐに車はボーデン湖畔のリンダウという街を目指した。行く手にはドイツアルプスがそびえている。温暖化で雪が少ないから、真っ白というわけではなかったが、真っ青な空に山並みが美しく映えていた。あの向うはもうオーストリアですよ。。そう聞いただけでワクワクした。
目的地リンダウは夏になるとリゾートとして賑わう美しい街だった。ヨーロッパの小さい町は一様に、教会があり、石畳があり、漆喰の壁が品のいい色に塗られ本当に気持ちがいい。ここもそんな街だった。
イタリア人が始めたという、ジェラート(アイスクリーム)専門店に入った。粋なイタリアンのおじさんが 注文をとりにきた。多分イタリアなまりのドイツ語で。。。さすがにアイスクリームは寒いので、私はホットチョコレートを注文した。シックなお店とホットチョコレートの甘さがマッチして忘れられない時間になった。
ボーデン湖についたころは、既に短い冬のドイツの一日が終わろうとする頃で、かえって夕日の映える水面が美しく、とてもロマンティックだった。憲さんの想像通り、とても穏やかな湖だった。前にも来たような気がする、、そう思った。夕焼けに染まる空が美しく、そこで撮った写真はどれも天然のライトを浴びて自然できれいに撮れていた。
憲さんの憧れの湖の夕焼けを目に焼き付けて、家路についた。今夜はお婿さんが自慢の腕をふるって、料理を作ってくれるという。私のために、、と用意してくれていた、黒鯛のフライ。 尾頭付きの黒鯛なんて、このドイツでは貴重品だろう。それを美味しく仕上げてくれて、付け合せはポテト。ローズマリーがきいていて、とてもしゃれた味だった。
食後はゲーム。大人3人が大騒ぎしながら、深夜まで楽しんだ。 お婿さんが「次は日本のゲームですよ」と最後に出してきたのが「ミカド」と名付けられたゲーム。 「??なにこれ???」思わず、次女と顔を見合わせた。 見たこともないゲームだった。なぜこれがミカド?なせこれが日本のゲームなの??
お婿さんは平然と「ずっと昔から、ドイツでは日本のゲームとしてミカドを楽しんでたのに。。。へえ、知らないの?二人とも。おかしいねえ・・」「いや、おかしいのはそっちの方だってば・・・」 かくしてドイツ最後の夜は、楽しくふけていった。 明日はルフトハンザ機で、成田へ、そこで8時間の待ち時間をすごして、今度はハワイへ向かう。 体力温存のため、ゲームを終えると早々にベッドに入った。
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2007年1月5日(金)
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鴨のロースト
今日はお婿さんのご実家でエディットお手製の鴨のローストのランチをいただくことになっている。この鴨のローストは、2年前二人の結婚式の前にお宅でご馳走になったもので、憲さんがことのほか気に入って、いつも「あの鴨は本当にうまかった」と話していたものだ。それを聞いたエディットが今回も私たちのために用意してくれたランチなのだ。
正午に伺うと、一家全員で笑顔で迎えてくださった。2年前と違うのは、二人の妹さん達が美しい女性に成長していたこと、お家がきれいに改装されていたこと、それに憲さんがいないこと。。。
リビングルームの棚の上には、私からの陶器のプレゼントと、憲さんの写真が飾られてあった。昨夜、次女の家でディナーをご一緒したときにエディットが「憲さんの写真を是非、我が家にも下さい、家族の写真として飾っておきたいので。。」と言われ、お別れ会のときにも使った私も気に入っている写真を一枚差し上げた。エディットは「さ、憲さん、お家に帰りますよ。。」と写真に話しかけて、大事に持ち帰って下さったものだった。ご家族にとって大事な人々の写真のそばで憲さんが微笑んでいた。そのエディットの気持ちが嬉しくて、胸が熱くなった。
ファミリー総勢7名で美味しいスープに続いて、憲さんがお代わりしたいほどだったという鴨のローストを味わった。紫キャベツのザワークラウトとマッシュポテトがたっぷり添えられ、これぞドイツ!!というお料理だった。鴨の表面がパリッとしていて、中のお肉はジューシーで。。やはり憲さんの言うようにとてもとてもおいしかった。
午後はご一家の昔のなつかしのビデオを見せてもらったり、おしゃべりしたり、ドイツの家庭の団欒を味わった。そんな中で、次女が完全にここの家族として受け入れられているのを目の当たりにして、それがなにより嬉しかった。自分が選んだ道とはいえ、外国に来てそこに根を張るのは容易なことではないことは私にもわかる。それを成し遂げつつある娘に拍手を送りたいと思った。憲さんもきっと喜んでいるだろう。
夕方になって、ミンデルハイムという町にみんなで出かけ、イタリアンレストランでディナーをいただいた。そこは小さな町のこと、お客同士が知り合いだったり、「私の学校の先生なのよ、あそこで飲んでいるあのおじさん。。」と妹のソニアが小声でささやいたり。。。なんだか温かくていいなあ。。と思った。そこでいただいたスパゲッティボンゴレがとても美味しかった。
楽しい一日が過ぎて、いよいよお別れになったとき「遠いところから来てくれて本当にありがとう!」と繰り返して涙ぐみながら、エディットは私の肩を抱き続けてくれた。夫を亡くし辛いだろう、がんばってね・・という気持ちを言葉ではなく、私に伝えてくれていた。午後に撮った全員のファミリー写真が、早くもきれいなフレームに入れられ、プレゼントされた。心のこもったお土産だ。これはハワイのお家に置いておいてね。。。との注文つきだった。
私は今回、なかなか言えなかったことを最後の最後になって皆さんにお話した。 「本当にいろいろありがとう。憲さんを亡くして以来、今でも私は淋しいし、悲しいんです。でも、こうしてみんなと会えて、私は本当に幸せでした。ドイツに来れて本当によかったと思っています。みんな私を気遣ってくれてありがとうございました。感謝しています」
エディットは涙でくしゃくしゃになりながら、私の頭を何度もなで、抱きしめてくれた。同年輩の女性だけがわかる気持ちの触れ合いだったような気がした。
明日はドイツ滞在最後の日。南ドイツとオーストリアの国境に近いボーデン湖というところに行くことになっている。憲さんが何かの本で読んで以来、このボーデン湖は憲さんにとって憧れの幻の湖になった。
そこへ次女夫婦が案内してくれるというのだ。 明日は天気がよくなりそうだし、楽しみだ。
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2007年1月4日 (木)
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お寿司とローストビーフと天ぷらと
4日は実家のご両親をディナーにお呼びしている日。お約束は7時半。 娘と私は分担して料理を作ることにした。朝から注文しておいた刺身を魚屋さんに取りに行ったり、足りないものを買い足したり・・大体の予定は立っていたので3時には家に帰って料理を始めましょうということで、比較的ゆっくりとランチをしたりお茶を飲んだりと二人の時間も楽しんだ。
さて3時からエプロンに腕まくりで料理開始。メニューは前菜にマグロと鮭とアボカドとルッコラなどを使った巻物。これは娘の担当。外国人風にアレンジして、クリームチーズを挟んだりしてなかなかクリエイティブなお寿司が出来上がった。和風の食器にきれいに盛り付けたら、なかなかのもの。
私は一キログラムのローストビーフと、てんぷらを担当。 ローストビーフは夫のお得意だったので最近は作ったことが無かった。 うろ覚えの記憶と、ネット検索で得た情報でなんとかミディアムレアの美味しいローストビーフができた。グレイビーを作るところで問題発生。ここで使いたかったコンソメキューブがないと言う事がわかった。さて、仕方がないので白ワインと色々な調味料、おしまいには醤油を使って和風グレイビーを作った。つけ合わせのポテトと芽キャベツもおいしくベイクできた。
てんぷらは娘があきらめていたメニュー。材料がそろわないだろうと思っていたらしいが、にんじん、たまねぎ、インゲン、茄子、マッシュルームがありそれで充分だった。にんじんとインゲンを細長く切って掻き揚げのようにすると色がきれいだったし、小さめのたまねぎはとてもきれいに透き通って揚がった。 それをまた和風のお皿に紙をしいてお出しすることにした。大根おろしもたっぷり用意、天つゆも美味しくできた。
さて、7時半ちょっとすぎ、ピーターとエディットが黄色のバラの花束をもって登場。 玄関でハグをし合って、まあ映画みたい。
しばらくは食前酒で「カンパイ!」。ここのうちではカンパイという言葉が普通に使われる。しばらく立ったままおしゃべり。その頃には料理で使ったお台所がきれいに片付けられていて、そこでいただいたギフト券で買ったトースターを見せたり、みんなで楽しくおしゃべり。ドイツ人の生き方を身に付けつつある娘の姿がここにもあった。
ころあいを見計らって、お食事を始めますよ。。と娘がお寿司のカバーをとると、食事の始まり。またワインで乾杯。それからは、次にお出ししたローストビーフ、つけ合わせ、そしててんぷらも大好評で、私はホット胸をなでおろした。お箸を不器用に使いながら、ピーターとエディットは本当に美味しそうに食べてくださってうれしかった。
お寿司が前菜というくらいだから、皆さんすごい食欲だ。お婿さんが選んだバックグラウンドミュージックはフランクシナトラ。。。私たちの世代の喜びそうなものを選んでくれたのだろう。こういう演出がうまい。毎晩リビングの暖炉に火を入れて、生活を楽しむ生活もすばらしい。 暖炉に火を入れるのと、おいしいコーヒーを入れるのはお婿さんの役目と決まっていた。
11時半過ぎまで楽しく過ごし、ご両親は帰って行った。 娘がご両親に本当に可愛がられていることが、よくわかり嬉しかった。 娘はこういう場合、ドイツ語と英語と、日本語を使い分けなくてはならない。 それはとても大変だと思う。日本語はもちろん、私だけのためだ。
「だからね、ママはできるだけ英語で対応してほしいの・・」といわれることが多かった。 娘と英語で話すなんてできないよ・・と思ったが仕方がない。。。ちょっと頑張ってみたりした。 こういうことも、とても刺激的で楽しい。
明日は逆にピーターのお家に行ってランチをいただく。そしてそのまま夕方までいて、みんなでイタリアンレストランに夕食に出かけることになっている。明日は、私にとって「英語の日」になりそうだ。
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2007年1月3日(水)
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美しき青きドナウ・・・
1月3日。やはり奥歯の調子がよくなくて、次女は午前中、歯医者さんへ。留守番中は日本語テレビがお守りしてくれるし、ゆったりとお茶でも入れて、あかるいリビングのソファに座ったり、娘に勧められた任天堂の「脳を鍛えるトレーニング」をして過ごす。何をしていても楽しい。
私は外国にいるとどうしてこんなに嬉しいのかしら。。。ふと思う。今評判のスピリチュアルなんとかの江原さんに言わせたら「貴女は前世、うん、日本じゃないですねえ。どこか広いところで歌ったり踊ったりしてますね。空が好きじゃないですか?しかも広ーーい・・。うんうん、そんな感じね・・」といわれそうな気がする。
昔から地平線から地平線まで見渡せるところが私はたまらなく好きなのだ。それを大陸的な空だと勝手に思っている。それは日本ではめったにあるものではなく、唯一、北海道に行ったときに何故か「うん、ここがいい。。」と思ったものだ。それに阿蘇の外輪山。。ああいう広大なところが妙に好きなのだ。
この家のあたりは車を走らせている間、ずっとその空に囲まれている。本当に気持ちがよい。 オレンジ色の屋根に白い壁の可愛いお家が立ち並び、その中心に必ず小さいながらも荘厳な教会が立っている。その周りや役所の前は石畳の広場で見上げると古いお城が私たちを見下ろしていたりする。時を知らせる教会の鐘が鳴り渡り、ああ。。本当におとぎの国・・・
そんなことを考えている間に、娘が帰ってきた。抗生物質を飲むことになったという。遅いよ。。と思うが、それがこちらのやり方なのだろう。様子を見て いくことにするが、その歯のかみ合わせを矯正しないと、また同じことが起こるとおどかされて、いずれ矯正を始めることになるようだ。これは大変なことだ。。生んだ私としては責任を感じるけれど、どうしようもない。
夜は近くのウルムという街へ三人で出かけた。 ドナウ川が流れるこの街は日本人も多く、この街の日本人会へ娘も入ったという。ドナウ川が流れてるの?!それはすごい!と思った。 夜だったから普通の川に見えたが「美しき青きドナウ」って本当なのかしら?
ウルムは結構大きな都会で、夜景だったけれどその素敵さはわかった。 その町のスペイン料理屋さんで夕食。パエリアやタパスの数々を楽しんだ。
ここで初めて味わった美味しい飲み物がある。コカコーラから出ているオレンジジュースとコーラがミックスされたもので、Muzzo と名づけられたレッキとしたコーラ。美味しい!いっぺんに気に入って、この日以来私はこればかり飲んでいた。このボトルには<オレンジとコーラがキスをした!>と書かれていて可愛い。日本やハワイに入らないかなあ・・ 私はいまのとことハワイではもっぱらチェリーコークを飲んでいる。
途中シルクハットに黒尽くめの格好をした体格のいい若い男性がお店に入ってきた。何が始まるのかと思ったら、店の真ん中に立つと、なにやらドイツ語で語り始めた。お客さんたちは驚きもせず、じっとその人の話を聞いている。娘が小声で説明してくれた。その人は、建築家(大工さん)のマイスターになるための修行中の人で、家を出てその目的を果たすまで3年間は実家にも帰れず、各地のマイスター大工さんの教えを請いながら各地を転々として、修行しているのだという。ドイツの一流のマイスターを育てるために一般のお客様に募金を頼みに来ているのだった。これはよくあることだそうで、娘達も小銭を彼に手渡していた。中世のドイツそのままの習慣のようで面白かった。
ツアーでもなかなか経験できないことが起こって、楽しい。 本当にこちらにきてよかった。なんとか楽しませようとしてくれる二人に感謝だ。
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2007年1月2日 (火)
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ドイツの暮らしの中で
2日から、お婿さんは出社。といっても会社は車で10分足らずで近いので朝ゆっくりしている。 シャワーを浴びてのんびりコーヒーを挽いて美味しく入れて、おかわりまでして。。なんか時間の流れが日本と違う。
シャワーといえば、この家のバスルームがすごい。畳で言えば8畳はあろうかというスペースに洗面台が二つが並び、夫婦で分けて使うようになっている。その前は一面の大鏡。コーナーには真っ白な貝型の大きいジャグジータブがデンをあって、別のコーナーには透明ガラスで仕切られたシャワースペース。それにトイレがついている。アメリカのパームスプリングスでとびきりのホテルを見学したときに見たようなバスルーム。採光が考えられているので、明るく、床暖房で冬もあたたかい。
ここは築4年のほとんど新品の中古住宅らしいが、環境がすばらしく、いい物件を見つけたと思う。 インテリアも凝っているし、若いなりに一生懸命食器や家具をそろえているのがわかりほほえましい。 カーテンもびっくりするような懲りようだ。ヨーロッパの、特にドイツの人の住まいに関する感覚は素晴らしい。見習おうにも私にはセンスがないから無理だけれど、次女はだんだん向うの考え方になっていて教えられることが多い。
お昼前から、次女の運転でメミンゲンというすぐ近くの街へ。。。 明後日、お婿さんのご両親を家へ呼んでディナーだというので、お寿司をつくろうと、刺身の予約に魚屋さんへ。マグロと鮭の刺身を注文した。そこはまあ日本のお魚屋さんとはまったくイメージが違って、おしゃれなこと。貴重品のように並べられたお魚、切り身はショウウインドウのなかで、美しい照明に照らされて輝いていた。
次に次女が念願だったというトースターを買うことになった。ご両親からクリスマスにギフト券をプレゼントされていてそれで買うのだという。イタリア製のポップアップ式の銀色にピカピカの、トースターを迷いに迷った末ご購入。
「ナントカ電気」などで、安かったワヨ!!とスタイルなど後回しでお安いのを選んでしまう私が恥ずかしくなるほど、彼らのセンスは違っている。自分のお台所に合うものを徹底して選ぶ。少し高いけれど気に入ったいいものを買って、ぴかぴかにして大事に使う。という精神は立派だ。決して彼らが裕福なのではない。ローンは抱えているし、しめるところではしめている。このごろの若い人は偉いな、、と思う。
娘と二人、気ままにお店をのぞき、私は現金が無いからちょっとした物を「ちょっとだけ貸しておいてね。。」と遠慮しながら買った。別にほしいものなんて無い。ただ、娘とランチをしてお茶をしてゆっくりこの土地を味わうことが、楽しかった。連れていってくれた家具屋さんのセンスのよさにため息をつきながら、そこの窓から見える景色が一枚の絵のようで思わず写真を撮ってしまった。どこを切り取っても絵ハガキのような景色。観光に来ているのではないのに、わざと用意されたものではないのにね・・・私が言うと、この美しさが南ドイツのよさなんだと、娘は胸を張った。少しずつこちらの人になっていく。。うれしかった。
スーパーで明日のご両親を呼んでのディナーの材料とともに、沢山の新鮮なムール貝を買って帰った。夕食は娘がムール貝料理に腕を振るうという。
家に帰って一休み。実は彼女の奥歯はまだ痛いらしい。歯科医からいただいた痛み止めだけを服用している。炎症を起こしているに違いないから抗生物質で早くとめればいいのに。。。と私は思っていた。ところがこちらのお医者様は、めったなことでは抗生物質を出さない。自然な成り行きを痛み止めをつかって見守っていくようだ。次女もドイツの医学を信じているので、私ものんびり構えることにした。
その夜味わったムール貝のお料理は、素晴らしかった。本当に貴女が作ったの?といいたいほど美味しかった。山のようにあったムール貝が3人にかかると、あっという間に消えて行った。 いつかベルギーで二日続けて食べたムール貝も美味しかったけれど、今日のは最高。 おいしいパンと、ルッコラと生のマッシュルームのたっぷり入ったサラダで今日のディナーは大満足。
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2007年1月1日 (月)
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しめ飾り
「いけない!忘れていた!」と日本から買って来たしめ飾りを、元日になってから次女が玄関ドアにとり付けた。クリスマスのリースが飾られていた場所に。 「元日に飾るのもどうかと思うけど、第一私たちは喪中なのよ。。。」私はちょっと戸惑った。
「でもね、ママ。いいじゃない。これは新しい年をよりよいものにして行きたいって意味で清めたり、お祈りの気持ちのこもったものなんでしょ?それに私はドイツで日本のこういう文化や行事をみんなに見てもらいたいの。。。だから常識はずれだけど、いいでしょ?」
というわけで、ここブックスハイムの住宅街に唯一つのしめ飾りが飾られた。 「ここには日本人が住んでますよ!」と堂々として誇らしげだ。 そんな次女の考えが嬉しかったし、外国人と結婚しておそらく生涯外地に住む以上はそれくらいの覚悟と自信がなくてはならないはずだ。私はとても安心した。彼女の中に外国に住む強さと、柔軟さが備わったな、、と思ったからだ。 ここへ来てよかった、、と今日も思った。
夜は二年前、憲さんとも一緒に行ったことのある、行きつけのチャイニーズレストランへ。ここは中国・温州出身の双子の可愛い姉妹が経営していて、日本語も少し話せる。憲さんが亡くなったことを悲しんでくれていて、是非ママが来たら会いたいから連れてきてね、、と言われていたのだという。
「よくきてくれましたね。ご主人のこと、悲しいね。あなた大丈夫?あなたのこと心配してたの、、美味しい料理作ったよ、食べていってね」仕事の合間に私たちのテーブルへ来てはやさしい言葉をかけて行ってくれる。私も知る限りの中国語を思い出して話す。私は彼女に元気だと伝えたいし、彼女はなんとかして私を励まそうしてくれる。嬉しかった。つくづく国境なんて、人種なんて関係ない、みんなこんなに仲良く思いやれるのになぜ、人は戦争をするのだろう・・・とそこまで考えてしまう。
2年前、憲さんと座ったテーブルもそのままあった。胸がつんと痛くなった。でも泣くことはなかった。もう泣かない・・・ 次女もお婿さんも、その席を見つめてただうなずいていた。二人ももう泣かない・・そんな気持ちが伝わってきた。
沢山おいしいお料理をいただいてあたたかい一日を過ごさせてもらった。 「今日もまた、ご馳走様でした。。」もう次女夫妻には当分頭が上がらない。
なぜかというと、やはり独りになった弊害?が出てきたのか、私は日本で円からユーロに換金するのを完全に忘れていたのだ。空港でいつもそれは憲さんの役目だった。私は娘つきで飛行機に乗るという安心感も手伝って、まったくユーロを持たずに日本を出た。クレジットカードがあればナントカなるとも思っていた。どこかで換金できるでしょ。。。とタカをくくってもいた。しかもこのあたりのレストランもお店もカードが使えない。日本人が行くおみやげ物やさんなら大丈夫なのだろうが、ここはアメリカではなかった。カードはそれほど使われていないらしい。
それが判明してから私はあわてた。。「ねえ、私お金ないの、どうしよ。。」
次女は「さすが、ママだ!やられた!!」と笑い転げるし、お婿さんは「いいですよ、今度は、ドルを1セントも持たないでハワイへ行くから、そのときは頼みますよ!!」ときた。
ああ、憲さん。大失敗の巻だわ。 ここは娘達に甘えて、全部お世話になることにするわね。 ない袖は振れない ってこのことね。
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2006年12月31日 (日)
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ロマンティック!
今年も今日で終わる。思いもかけず私は独りでここブックスハイムという小さな町にいて、次女夫婦と新しい年を迎える。私がこの年越しをどう迎えるか?二人の娘夫婦たちがもっとも心配してくれていたことだった。ママが一番心温かく新年を迎えられるように。。とドイツへの旅を勧めてくれた。
今日は大晦日。朝からちょっとしたハプニング。昨日から次女の奥歯が痛み始めていた。今朝になってあまりにひどいので、休日診療の歯科に飛び込んだ。 偶然そこの歯科医が彼女の友人のご主人だったので、丁寧に応対してくださったらしい。なんでも噛み合わせが極端に悪く、そのせいで長い間に一本の奥歯に無理がかかり、とうとうその歯の神経もまわりも死んでしまったのだ。。という。虫歯ではなくきれいな歯なのに。。その神経を取ってもらったら急に楽になった、、と次女は喜んで帰ってきた。
午後は同時中継で紅白歌合戦を楽しんだ。時差の関係でドイツはまだ大晦日の昼過ぎだった。ドイツ人のお婿さんからみると、NHKの番組はどれも陳腐に見えるらしく特に「紅白」は最たるものだったらしい。結構楽しみつつも、「あれはなんだ??」と首をかしげる。確かに私もそう思う。慣れているもののたしかにすべてに古い。あの変わらなさを楽しむのが、恒例の「紅白」なんだとは思うけれど・・・。彼は問題の全裸のシーンではもうびっくり。。NHKがわからなくなったと言いつつ、あれは絶対本物だと言い張るのだった。 温かいリビングでTVを楽しんだ後は大晦日のお楽しみ。。。
今夜7時半から次女夫妻の友達との年越しディナーが計画されていた。7時半から4時間かけてゆっくりお料理を楽しむのだ。合計6人、みんな2年前の結婚式でお会いしているのですぐ打ち解けられた。そのレストランはローテンブルグを小さくしたような町にあり、おとぎ話のようなお城がライトアップされている。ヨーロッパ独特のオレンジ色の外灯がムードを盛り上げ、クリスマスの余韻もある町が映画のようだった。その一角にあるレストランでゆったりしたお食事が始まる。ローソクの揺らめきの中で、、ここも映画のシーンのよう。 sushiというメニューが含まれていて、一体どんなもんだろうと思ったら、なんと贅沢にもフォアグラの巻き物。美味しかった!!皆さんがかっこよくワインを楽しむ中で、私一人いつものことながらジンジャーエール。それもご丁寧にグラスになみなみと注がれたうえに、ストローがプカプカ浮いているものを持ってきてくれて、なんだかカッコ悪い。聞けば、ドイツではストローはめったに使わない。これでも大サービスのつもりなんだという。ありがたいけど、おかわりのときは「ストローなしで。。」と覚えたてのドイツ語でお願いした。
ここでも一般の市民が花火をあげる。爆竹の音も聞こえ始めていよいよカウントダウンの時が来た。レストランの外へ出ると、あちこちで花火が上がっている。ライトアップされたお城を背景に、なんともロマンティック。 思ったより素人の打ち上げる花火が見事だった。レストランからシャンパングラスが手渡され、私もグラス片手に花火を見上げ、新年になったと思われる瞬間に、まわりにいる人とグラスを合わせて「カンパイ!「新年おめでとう!」
ああ、とうとう新しい年が明けた。 ここでこうして迎えたこの瞬間を私は忘れないだろう。
去年のことになってしまった様々なこと。 私はそれを胸に、前向きに元気に楽しく進んでいこう。 美しく浮かび上がる古城を見上げてそう誓った。
「今年がいいことがいっぱいありますように」。。 次女が黙って私を抱きしめてくれた。
そのあと、またレストランの別室に移り、またひとしきり飲んでおしゃべりして、お開き。いや、それにしてもみんなお酒が強い。帰宅したら一時半を過ぎていた。
時差で時折猛烈におそってくる睡魔を除けば、生涯最高にロマンティックな年越しだった。
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2006年12月30日 (土)
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ミュンヘンへ!!
ドイツで年越しをするなんて誰が想像していただろう。「ママは日本やハワイで寂しいお正月を迎えないほうがいい。。ここは思い切って私たちの新居で新年を一緒に迎えましょうよ!」と次女夫婦が勧めてくれて、12月30日成田発の次女がキャビンアテンダントとして乗務するルフトハンザ機に乗り込んだ。
仕事中の娘と一緒に飛ぶのは初めてのことだ。事前に機長さんやその他のクルーの方に紹介されすっかり緊張した私だった。みんな遥かに私より背の高い堂々としたドイツ人ばかりでちょっと気後れしそうだったが、とてもいい人ばかりでほっとした。日本人にしては長身のはずの次女も一番ちっちゃくて新米スッチーに見えたが実は常務11年のまあベテラン。憲さんがいたら、アイツもこんなに大きくなったのか・・・と二人で顔を見合わせただろうに・・今は感激も喜びも、二人分私がありがたく引き受けている。
お昼過ぎに飛び立って、12時間。長いフライトだったがこれまでの疲れもあり、やっとここまで来たという安堵感もありで、うとうとしたり、3食分の食事を楽しんだ。完全にフラットになってベッドになるビジネスクラスのシートは快適そのものだったし、お料理も美味しい。今回社員優待割引で、私のためにビジネスクラスをフンパツしてくれた娘が「いかがですか?よくお休みになれました?」と制服に身を包み、よそいきの顔でにこやかに会いにきてくれるのだから気分は最高。憲さんがいたらなあ。。と窓の外に目をやるとそこは憲さんのいる大空、シベリア上空の満天の星が見事だった。
ミュンヘン空港へは現地の夕方に到着した。次女の夫のご両親が満面の笑みを浮かべて待っていてくださった。結婚式以来の2年ぶりの再会だ。お父様(ピーター)は英語を話されるのでなんとか意思は通じる。お母様(エディット)とはドイツ語に私が英語で答えるという形で、表情だけでのコミュニケーションだが、このエディットが心の温かい人で、もう半泣きで抱きついてきてくれた。そのこめられた力とぬくもりだけで「今年は大変だったわね、よくきてくれたわね。。。来てくれてありがとう!本当にありがとう」。。が伝わってきた。
次女の夫は、そうは見えないのだけれど、スキーの国際インストラクターでもある。余暇に地元の子供のスキー教室の先生を務めていて、今日はその日に当たり、ご両親が代わりにお迎えにきてくださっていたというわけだ。予想に反してドイツは温かく、雪の気配もなかった。
ムクムク着込んで行った私は、北国仕様でシートまでがぽかぽかと温かくなるBMWのなかで、暑くて一枚ずつ上着を脱いでいった。スキー教室も人口雪でしのいでいるとか。。。本当にこの地球の温暖化、ナントカなりませんかね!アメリカさん?!と、ドイツでもみんなが心配している。ピーターはアウトバーンを気持ちよくすっ飛ばし、次女の新居に到着。 新しいお家はほんとに素敵だった。地下室と屋根裏の部屋を入れると4フロアある。案内された私の寝室はヨーロッパでよくある広い屋根裏部屋。快適だが屋根のスロープどおり部屋の天井が低い部分がある。慣れないから、私はそこで数回思い切り頭をぶつけた。
あとで帰宅してた娘婿にその話をしたら、彼曰く「それって、遺伝ですよね、ワイフも(私の次女)もなかなかあれに慣れなくて、あそこで何度も『痛っ!!もうヤダ〜』って悲鳴上げてましたよ。普通はすぐになれるもんなんですけどね。。」と笑う。要するに親子揃って不器用なんだって言いたいらしい。「あんな天井の部屋、初めてだもの。。仕方ないわよねえ!」お互いに軽口を叩き合えるのも気楽でいい。
屋根裏部屋はシンデレラも住んでいたっけ。物語に出てくるときはなんだか汚そうで哀れっぽく聞こえるが、そこは広くて見晴らしがよく、彼らのパソコンの部屋としても使われていて、床暖房だし、、プライバシーが保てるしで、居心地がいい。今日からドイツの普通の生活が始まる。楽しみ楽しみ・・・
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