彼が、なぜクビにならねばならなかったのでしょうか。
最近「指導力不足教員」とか「不適格教員」とかと聞くようになりました。
どうも、中村さんの闘いなどから権力は分限免職という大変手間のかかる首切りを行うよりも、もっと効果的に教員をクビしていくシステムを開発しようとしているようです。
中村さんは、分限免職という公務員にとって最も過酷な処分をされました。
裁判は難しい局面を迎えている。進行は遅く、裁判官も代わり今までの「教育」が無駄になり振り出しに戻ってしまった。
しかし、中村さんへの処分の一般化が進む現在、この裁判の意義はますます高まっている。是非ともみなさんのご支援をお願いしたい。
中村さんの分限裁判の一つの到達点は、千葉県教委に教員の適格性の基準として「市立小学校に勤務する教育公務員たる教諭に強く期待・要請されること」5項目を挙げさせたことである。
私も高校の教員だが、このような「基準」は言われたことがない。子どもを指導するとか、法律を守るとか、教員として勉強するとかという常識的なことが並べられている。
一体これで中村さんをクビにする基準になると県教委は本当に考えているのだろうか。
かえって分限処分というものの恣意性が明らかになったに過ぎないのではないか。
中村先生は、児童中心主義教育の熱烈な実践者である。
戦後民主教育と云われるものは、戦前の天皇制の下で、「天皇の為、喜んで命を捨てる」臣民を育てる教育とは180度異なって、憲法に示されるように臣民の義務としての教育から、国民(児童)の権利としての教育に変わった。
戦後民主教育を支えた3つの法律は、教育基本法、学校教育法、教育委員会法であった。その法律が健在であったなら中村先生は、教育委員会から表彰されたであろう。
かつて銚子商業の佐久間先生が日教組の中執として、官公労の事務局長をしていた頃、機関誌の一面に「造船疑獄」にまみれた自民党・吉田首相を槍玉にあげて吉田内閣打倒」という記事を書いた。
それを見た吉田は、学校教員のくせに「吉田内閣打倒」とは怪しからぬ。首にしろと云うことで千葉県教育委員会に迫った。教育委員会法に守られた千葉県教育委員会は、「処分する理由なし」と突っぱねた。正に公選制教育委員会の強みであった。
汚職に倒れた吉田の後を受けた鳩山一郎首相は、保守合同の余勢をかって「憲法改正」「小選挙区法案」と共に、「教育委員会法」を廃止して、各県教育委員会を文部省の下に置く「地教行法」を提案し、日教組だけでなく国立大学々長や国民の反対を押し切って、議場に警官隊を導入し、審議途中の法案を強行採決した。国会史上例のない暴挙であった。
それ以来教育委員は任命制となり、常勤の教育長は、教育の専門家から官僚となり、千葉県のように文部省の若手官僚が派遣されるようになった。民主教育は破壊され、教育委員会は文部省の忠実な出先となった。
中村先生は、不幸にもそのような千葉県の教員となった。
校長は自主性を放棄し、教育委員会の`になった。中村先生の教育実践は事々に校長の意見と食い違った。理論的に中村先生を説得できぬ校長は、数多くの実践を校長の命令に従わぬと云う非教育的な口実で分限免職にした。
あわれな教師たちは恐れて中村先生を守ることをためらった。「東の千葉」「西の愛知」といわれる管理教育の雄たる千葉では、教員も先生を見捨てた。
正に民主主義教育の自殺である。
中村先生を守ることは、民主主義教育を守ることである。今政府は、教育基本法を改悪することによって、憲法改悪、戦争の出来る「ふつうの国家」を目指している。もうこれ以上後にはひけない。