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〜それでも続く世界〜

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第11話 「綺麗だと言ってくれたから……」




 授業が終わり、皆がそれぞれの場所へ向かいます。
 私も私の場所へ向かうはずです。他人事みたいだけど……



「美世ちゃん、少しの間我慢してね」
 馴染みの看護婦さんなら私のことを浅野さんじゃなくて美世ちゃんと呼びます。小学生からの付き合いだからです。
 その看護婦さんはいつものセリフを言うと去って行きました。私は一人でこの部屋にいます。診療時間はとっくに過ぎているので、人は全然いません。
 このまま何時間かは動けないです。左斜め上を見ると幾つかのビニールの容器に入った液体状の薬が3つぶら下がっています。



 それは私の命を繋ぎとめているものです。



 私の内臓はボロボロです。
 こうして週1回病院に来て点滴による薬の投与を受けないと、上手く内臓が働いてくれなくて私は死んでしまうかもしれません。
 悲しくはないです。そういう時期はもう過ぎました。
ただ、点滴を受けているこの時間は少し寂しいです。



 それでも昔は少し荒れていました。
母親に「死にたい」といってしまった事もあります。
 母親は凄く悲しい顔をして「何バカなこと言ってるの!!」といって私の頬を叩きました。
頬をさすりながら母親を見ると、涙を流していました。
 それを見てもう少し生きてみようという気になりました。
周りの人は私に気を使ってくれます。励ましてもくれます。
 私もそれに答えるように頑張ります。
 それでも私は“私はいつでも死ねるんだ”という意識も同時に持つようになりました。



 多分、私が死んでも世界は続いて行くんだろうな……何か嫌だなぁ……






 一年生も終わり頃、私はいつものように数時間の点滴を終え、帰ろうと病院の廊下を歩いていました。
 学校が終ってからの点滴なので、すでに面会時間も過ぎ、廊下にも人はほとんどいません。私は足早に帰っていました。エレベーターのボタンを押すと暫くしてエレベーターの扉が開きました。
 その時、エレベーターを降りてきた人が目に飛び込んできました。



 あれは確か……同じクラスの……澄川君?
 実は澄川君の事はあまり知りません。もちろん仲良くもありません。
 でも、クラスに馴染めず一人でいる澄川君を見て“似てるな”と思っていました。
 私は病気の関係であまり皆と遊べませんでした。病弱な私を皆が避けていた事もあり、毎年新学期始まって3ヶ月もすると学校では一人になっています。(もちろん今は有希ちゃんや亜衣ちゃんがいますが……)
 だから何となく澄川君が気になっていたのです。



 今私がいるのが7階です。
 澄川君をココですれ違うという事は7階に用事でもあるのでしょうか?すれ違った澄川君を見ていると彼は階段の方へ歩いて行きました。
 私は不思議に思いました。エレベーターで来たのにわざわざ階段でいくなんて……
階を間違えたのかな?……いや、違う。それならまたエレベーターに乗ればいいはずです。
それにこんな遅い時間に病院にいること自体おかしいです。
 いつもの私なら別に気にせず帰るところだけど、その時何故か追ってみようという気になりました。



 それに理由がありました。
1つだけ階段を使う意味があるのを思い出したからです。
 それは……8階へ行くためです。
 この病院は8階建てなのですが、案内板に表示されているのは7階までなのです。ウワサでは8階は有名人や政治家などの“普通に入院できない人”のための階だというのです。



 澄川君を気付かれないように追っていくと、予想通り「関係者以外立ち入り禁止」の看板を潜り抜けていきました。私もあとを追い、8階へ向かいました。
8階へ上るとそこは他の階と変わらない病棟でした。
 この階も既に消灯がなされて薄暗いです。



 広い廊下の中、澄川君は一人、病室を前に立っていました。
 澄川君が立っている病室だけ変です。壁がガラス張りなのです。最初は集中治療室かなとも思いましたが、違うみたい。これじゃあ病室が丸見えです。
 澄川君も澄川君で、両手をガラスにつけて覗き込んでます。
まるで……おもちゃ屋のショーウインドーを物欲しそうに見る子供のようです。
私は思い切って澄川君に近づこうとしました。
 しかし、それは叶いませんでした。



 私が一歩踏み出した時、澄川君が突然ガラスを叩き出したからです。
何度も何度も激しく、狂ったようにガラスを叩きます。
「皐月!!今すぐオレが殺ってやるっ!!くそっ!!何で開かないんだ!!」
彼のすさまじい勢いに私の足はすくんで動けなくなりました。
 そのうち何処からか看護士の人たちが来て彼を取り押さえました。その後、ぐったりとなった彼は奥の方へ運ばれていきました。



 こうして8階はまた静かになりました。私も何とか気持ちを整え、前へと進みました。彼は何を見ていたのでしょうか?気になります。
 さきほど澄川君がいたところまで来てみると、ガラスを隔てた病室にベッドが1つだけあり、そこには誰かが寝ていました。
 よく見ると綺麗な女性でした。
「……人形みたい……綺麗……」
 その美しさに私は思わず呟いてしまいました。
 怖いぐらいに白い肌、それとは対照的に赤い唇。髪も黒くて長く、月明かりに照らされた艶がなんともいえません。彼女は穏やかに眠っています。私とは違う種類の人間のように感じました。
 それとは対照的にたくさんの管が彼女の体から出ていました。心電図を表示する機械が定期的な波形を作り出しています。
 私は思わず時間を忘れて眺めてしまいました。だから自分にかけられた声も最初は聞こえませんでした。



「……誰?」
 背後から聞こえた声に私はようやく我に帰りました。とっさに振り返ると、さっき運ばれていったはずの澄川君がいました。
「あっ……あの……私……」
 私は気が動転していて上手く言葉が出ません。
「……その制服……ウチの高校……」
 焦った私は澄川君の言葉に必死になってしがみつきます。
「そ、そう!!私……浅野美世って言います……同じクラスなんだけど……知らない……よね?」
「……うん……悪いけど知らない」
 分かっていた事とはいえ私は落胆しました。



 しばらく、沈黙が続きました。私は必死に言葉を探します。
 しかし、何の言葉も浮かびません……視線を合わせるのが怖くなって私は横を向いてしまいました。その時丁度、病室の女性が目に入りました。
「あの……あの女性は澄川君の知り合い?」
「……うん」
「綺麗だね……」
「……うん」
「……好きなの?」
 私は言葉の勢いとはいえとんでもない事を口走ってしまいました。



「ご、ごめんなさい……私、変な事を……」
「……好きだよ」
「……え?」
「……言葉では言い表せないぐらい……好きだ。世間ではそういうのを……愛してる……というのかもしれないね」
 澄川君の視線は私じゃなくて明らかにガラスの向こう側に向けられていて、私に答えたのじゃなくて、あの女性に向けたれた言葉だと分かりました。
 何か入り込めない絆のようなものを感じます。



「この事……他の人には内緒にしてもらえないかなぁ……」
「……うん……わかった……もともと言う人もいないし……あの……それで……」
 私はほんの少し勇気を出した。
「また、ココへ来てもいいですか?」
 それを聞いて澄川君は少し考えたあと答えてくれました。
「……彼女にだったらいつ会いに来てもいい……綺麗だと……言ってくれたから……」
「ありがとう!!」
 私は嬉しくてたまらなかった。




第11話 終わり



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第12話 「ほんの少しの勇気」




 それから私は病院へ来るたびに8階へ行き、彼女を見ます。
彼女は別世界の人間のように綺麗で現実を忘れさせてくれる避難場所なんです。



 また、8階で澄川君と時々会う事があります。
会うときは凄く楽しく話してくれて、学校での態度とは大違いです。それを不思議に思っていたのですが、光彦君という人格から澄川君は多重人格者だからだと教えてもらいました。
 澄川君には人格が三つあって、本人である普段の人格「正宗君」、次に今私と話をしている人格「光彦君」、そして私は一度も会った事が無いのですが「刹那君」という人格がいるそうです。



 多重人格だとか、そういう精神に関する事は私にはよく分かりません。
 実際、私は澄川君が多重人格者だとは思えないです。誰だって会う人によって態度が変わったり、凄く鬱になったり、躁になったりすることはあります。私だってそうです。
病気の事を考えると、どうしようもないくらい絶望的な考えしか浮かびません。
 だから私は澄川君が光彦だと名乗っても澄川君は澄川君だと思います。



 それから、光彦くんは病室で寝ている皐月さんの話を頻繁にします。澄川君が皐月さんの事を好きだという事がよく分かりました。
 私も最初は楽しく澄川君と皐月さんの話を聞けました。どこか違った世界の恋物語を聞いているようで良い感じでした。
 でも最近は少し苦痛になってきました。私といるのに光彦君は独り言のように話すのです。
 私もここにいるのに……



その世界に私もいれて欲しい……

ここは現実を忘れられる場所、そうでしょ?



 だから、ほんの少しずつ勇気を出して私は自分から光彦君に話すようにしました。
 すると、これもほんの少しずつではありますが、一方通行だった会話はいつしか双方向に代わって行きました。学校では出来ない事をここでするんです。学校での私は控えめで口数少ないただの一生徒。
 でも、光彦くんと名乗る澄川君と居るときは、私が有希ちゃんにでもなったかのようにはしゃげます。



私はなるべく楽しく過ごしたい。

だから私はココに来ます。






 新学期になり、私は2年生になりました。そこで私はダメもとで病院での私をほんの少しだけ出してみる事にしました。
 その結果は驚くべきものでした。すんなりクラスに馴染めたのです。もちろん中心人物ではないですが、誰とでも普通に会話し、誰も私を避けることなく、有希ちゃんと亜衣ちゃんという友達と呼べる人達も出来ました。
 澄川君との出会いが私を変えてくれました。






 そんな6月のある日、私はいつものように病院に行き点滴を受け、その後、8階に行き皐月さんを眺めていました。
 その頃は既に皐月さんを見る事が目的ではありませんでした。
「あっ、美世ちゃん来てたんだ!!光彦、感激!!」
 私は振り向き光彦君に笑いかけます。今の目的はもちろん光彦君と話すことです。
「うん、今日お薬の投与があったから……」
「あっ、そうなんだぁ。でね、でね、聞いてよ、聞いてよ!!」
 こんな感じで光彦君の話は始まります。



 今では私といる時、ほとんど皐月さんの話は出ません。光彦君が気を使っているのかもしれません……これは私の考えすぎでしょうか?
「……ってボクの話聞いてるぅ?」
「あっ、ごめん。考え事しちゃってて……」
「しょんぼり…………」
 光彦君は叱られた子犬のような表情を私に向けました。
「ごめん、許してね」
「ダメっ!!」
「えぇー、じゃあ、どうしたらいい?」
「うーんとね……チューしてっ!!」
 今どきの子供でもなかなかしないような屈託の無い笑顔で言います。



 「チューして」って言うのは光彦君の口癖なので、いつものようにあしらう事にしようと思いましたが、軽い疑問が私の頭を過ぎりました。
「光彦君、どうしていつも『チューして』っていうの?」
 私は光彦君をからかう様な軽い気持ちで言いました。
 しかし、光彦君は黙ったまま答えません。
「どうしたの?」
「……怒らない?」
「え?」
 そんな事を光彦君が聞いてきたのは初めてです。
 子供が親の機嫌を取るときのようでした。だから、私も母親のように言ってみました。
「……怒らないから言ってみて」



 すると光彦君は上目遣いで私を見ながら、
「……皐月ちゃんが元気だった頃、『私はキスはしない』って言ってたから……ホントはして欲しかったけど……」
「だから、他の人に言っていると?」
 光彦君は何度も頷きました。
 やはり私が皐月さんの話題を嫌がっていたことを敏感に察知して、光彦君は私に気を遣っていました。
 光彦君というのはその喋り方から幼いように見られがちですが、かなり繊細なところがあるのです。それだけ私がいつの間にか皐月さんを意識していたという事でしょう。



……皐月さんに勝ちたい。

私だって物語の主役になれる……




 ノド元まで来ている言葉を飲み込んでは、またその言葉がこみ上げて来きます。
何度も何度も……
 そして私は……ほんの……ほんの少しの……勇気を出しました……



「……していいよ」
「え?何が?」
 さっき自分が言った事をもう忘れたかのように私に聞いてきます。
「その……チ……チュー……」
「えぇーーーーーーーーーーーーーーーー!!」
 光彦君は大げさに後ずさりして驚きました。
 皐月さんが嫌がってしなかったことを私がして上げられる。
この時点でこれだけが皐月さんに勝利できる唯一の方法だと思いました。



そして私たちは皐月さんの目の前でキスをしました。



 私はもちろん初めてです。
 緊張で体が震えてきました。
 しかし、唇が触れた瞬間それさえも忘れてしまいました。
目をつむったので、触れた部分だけが私を取り巻くすべての感覚でした。
唇が離れて暫く二人とも無言でしたが、やがて光彦君は「やったー!!チューしてもらったよ!!」とか言って飛び跳ねてました。
 それ以上の事は当然、起こる訳もなく、その後はいつもの感じで、お話しをしていました。



 帰り道、私は凄く高揚した気分でした。
 6月の夜空は既に真夏のそれと変わらず、満天の星空で私を迎えてくれました。
あの瞬間だけは光彦君……いや、澄川君は私で一杯になったはずです。



 そんな喜びを噛締めていた時、変化が訪れました。
「ねぇ、澄川ってなんか良くない?」
 学校で有希ちゃんが澄川君の事を好きだという言葉を聞いた時です。




第12話 終わり



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第13話 「失う人生」




 2年生になって同じクラスになった、有希ちゃんと亜衣ちゃんの2人とは特に仲良くなりました。初めに有希ちゃんと亜衣ちゃんが2人いて、私がその中に入ったという形です。
 何から何までベタベタと一緒に行動しなきゃ行けない他の子達と違って、三人の仲はつかず離れずという感じでした。それが病院通いの私には丁度よかった。



 どれだけケンカしても後腐れない関係です。傍目から見たら、サッパリしてて仲も良くないように見られがちですが、決してそうではありません。病院に行く事で付き合いが悪くなっても、いつも私に対する態度は変わらないし、さりげなく体の事も気にしていてます。
 初めてシックリくる友達が出来たと思いました。



 だから、有希ちゃんから澄川君の事を聞いた時、私は少なからず動揺しました。澄川君はクラスでも目立たないし、有希ちゃんの眼中には無いと思っていました。
 彼女は気の強いところはあるけど芯は女の子らしく、容姿に関しても私より遥かに良いし、セミロングの茶髪はいつもサラサラで瞳も大きく可愛いです。
 反対に私は髪はロングだけど黒く重苦しいし、度の強い眼鏡もかけています。容姿に至っては贔屓目に見たとしても可愛いくないです。
 この時はいつものように有希ちゃんと亜衣ちゃんがケンカをしてしまったので、私の動揺がばれる事がありませんでした。
 私はどうしたらいいのでしょう。悩みました。



 そして、澄川君と私の仲はあの時のキス以来、特に何が進行するわけでもなくただ皐月さんの病室前で会ってお話をする程度です。
 会うたびに私は意識するのですが、澄川君はキスの事を忘れたかのような感じです。確かに私はキスしたけど、好きだと伝えたわけではありません。
 しかも、厳密に言うと相手は澄川君ではなく光彦君です。光彦君のほうはと言えば、立ち居振る舞いは変わらないのですが、あの日以来「チューして」とは言わなくなりました。



 私は焦りました。このままじゃあ皐月さんだけじゃなく有希ちゃんにも澄川君をとられてしまうかもしれません。正直、この頃にはハッキリと澄川君を独り占めしたいという独占欲が私の中で芽生えていました。
……澄川君を失いたくない……
 でも、全てが上手く行くはずもなく、停滞していました。考えてみればこのままが一番良かったのかもしれません。



 有希ちゃんから澄川君の事を聞いたその日、私は病院へ行きました。何故だかその日に限って両親も病院へついてきました。その辺りから変だとは思っていたのです。
 病院へ着くと悪い予感は的中しました。点滴をする前、主治医の高田先生が両親と私に病状についてのお話しがありました。
「美世さん……来週から週二回、病院へ来て点滴を受けて欲しいんだけど……」
「…………」
「……それは病状が悪化したと言う事でしょうか?」
 私が黙っていると堪らず、お母さんが先生に尋ねます。すると、先生の口元が少しゆがみました。
「……言いにくいのですが……この前の血液検査の結果が思わしくなくて……」
 両親は私の後ろにいて表情は読み取れませんが、すごく落胆しているでしょう。反対に私はと言えば、どこか他人事のように聞いていました。



 その後、いつものように点滴を受けます。
「美世、お母さん今日は点滴終るまでここに居ようか?」
 母親が私を心配してくれます。でも、私はそれを断りました。
「お母さん、私は大丈夫だよ。いつかはこうなるって分かってたし、こんな事でくじけてちゃあ、生きていけないよ」
「美世……」
「それにお母さんがいたら、なにか特別な事でもあったみたいじゃない。いつもどうりでいいよ。いつも通り」
 お母さんの目は潤んでいました。私はお母さんを心配させまいと必要以上に元気に振舞いました。何度か説得し、両親は帰って行きました。



誰もいない中央処置室で点滴を受けます。

診療時間も終って人もまばらです。

点滴を受けているときは暇です。

下手に動く事も出来ません。

何時間もこのままです。

最近は音楽を聴きながら過ごす事にしています。

今日だってお気に入りの曲を聞いています。

そう、いつもと変わりません……

いつもどうり…………



……私はどうなるの?


涙がこぼれていました。
声が出そうなのを我慢して、下唇を噛締め泣きました。



 その日は8階へ行くのは止めました。
 失いたくない全てが無くなっていく感覚……全てが上手く行かないような気がしたからです。
 家に帰っても一睡も出来ずに朝が来ました。
 今日も意味の無い希望が溢れる太陽が昇ります。その希望は私にとって無用なものです。



 私は両親以外の誰かに会いたくて、朝早く学校へ行きました。学校へ行けば亜衣ちゃんがいるからです。亜衣ちゃんを心配する事で自分の事を忘れようとしていました。
 でも、亜衣ちゃんは私を見てすぐに寝てしまいました。その方が都合がよかったです。もし、起きてたら私は何を言ったか分かりません。無用な心配を与えたくないです。
 亜衣ちゃんの寝顔を見た私は日常に戻った気がしました。
 このままでずっといたいなぁ……そんな気にさせる寝顔でした。



 お昼休み、そんな気持ちにさせてくれた亜衣ちゃんから、とんでもない事を聞きました。
 澄川君が人殺しをしていると言うのです。
 一緒に聞いた有希ちゃんは信用しませんでしたが、私には信用できるものでした。話の中に澄川君が多重人格だという話が出てきたからです。一人一人の人格の名前まで合っていました。それだけでなく、私が一度も会ったことが無い人格「刹那君」についても亜衣ちゃんは知っていました。
 澄川君が多重人格だと知っているのは私だけだと思っていたので、少しショックでした。



 しかし、それではありません。重要なのは澄川君が人を殺す理由でした。
 好きになった人を殺すと言うのです。
私の中で初めて病院であったときの澄川君がフラッシュバックしました。


『皐月!!今すぐオレが殺ってやるっ!!くそっ!!何で開かないんだ!!』


 何故、私は未だにココに居るの?
 答えは簡単でした。澄川君にとって私はまだどうでもいい存在だったのです。そうじゃなければとっくに私は殺されています。



私は……私は…一人舞い上がってただけ?



 その日の夜、私は病院へ向かいました。今日は点滴はなかったのですが、澄川君はきっと来るはずです。
 皐月さんを眺めながら澄川君を待ちます。
 キスをしたあの日、私は皐月さんに勝ったと思いました。でも、それは単なる思い込みでした。皐月さんは穏やかな顔をして今日もベッドで寝ています。ただココにいるだけで好きになってもらえる……
私はこの人が羨ましい……



 私はいくつかのモノを失いつつあります。
1つは命。
もう1つは澄川君。
どちらも大切なモノです。
 でも、私の意思とは関係なく、なくなっていきます。
私には『失う人生』しか待っていないのです……
それでも世界は続いていく……諦めるしかないの?



 どれくらい待ったか分かりませんが、後ろから足音が聞こえ振り返ると澄川君が居ました。
澄川君は私を見ると表情を変えました。光彦君に変わったのです。
「あっ!!美世ちゃん!!今日も来てたんだ!!でも、こんな遅い時間までココに居ていいのぉ〜」
「…………」
「あれ?どうしたの?」
 光彦君は覗き込むように私を見ます。
「……ゴメン……光彦君……今日は正宗君に用があるんだ……」
「えぇーっ!!やだよぉ〜!!お話しようよぉ〜」
「……お願い」
「……しょんぼり……」



 光彦君は俯き、そして少しすると顔を上げました。光彦君のような明るさが影を潜め、どこか表情に疲れが伺えます。
「……もしかして……正宗君?」
「…………」
 彼は無言で頷きました。私は呼吸を整え、言葉を吐き出します。
「澄川君……あなたは好きになった人を……殺すのですか?」
「…………」
 澄川君はゆっくりと頷きました。
 私はさらに慎重に“私の気持ち”を言いました。
「……私と付き合ってください」
 少し間を置いて澄川君が答えます。
「……それは……無理……」
 そう答えるのは分かっていました。



 私はもう失うものなんか無いんです。
「アナタは……殺しを……商売にしているのでしょう?」
「…………」
 澄川君は否定も肯定もしません。
「だったら……これは依頼です」
「……どういうこと?……」
「私を……好きになってください……好きになって……澄川君の手で……私を……殺してください」



もう、私に『失うだけの人生』しか待っていないのならそれでいい。

だったら、やれる事をやるだけ……

私が出来る事それは……

自分の意思で終わりに向かって力強く進む事。




第13話 終わり



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第14話 「株式会社Thread winter」




 昨日あった事を亜衣ちゃんだけには話そうと思い、朝早く学校へ行きました。
 でも、亜衣ちゃんの姿はなく、その後も話すタイミングを逃し、結局、有希ちゃんは澄川君に告白してしまいました。
 有希ちゃんには悪い事をしたと思っています。しかし、後悔はしていません。



 私は失う事の第一歩としてまずは友情を失いました。
 そんな友達の間で抜け駆けした私を亜衣ちゃんは応援してくれると言ってくれました。
「澄川君を皐月さんから少しでも引き離したい」という私の我が儘を彼女は汲んでくれ、病弱な私の代わりに澄川君と一緒に暮らしてくれると言ってくれました。
 亜衣ちゃんなら大丈夫。
彼女は他に好きな人がいることを私は知っているからです。



 そして私は今、ある人との待ち合わせのため喫茶店にいます。その人は殺しの手続きをしてくれるエージェントです。
 依頼をしたあの日、澄川君に言われたのです。
「確かに……僕は……殺しをしている……でも、それは仕事としてやっている事……その辺の変質者とは違う……だから君にも正式な手続きを踏んでもらう」
 確実に何かが動き出していました。それは私が自ら動かしたものです。
注文したウーロン茶を待っていると、私の前に一人のスーツ姿の男性が近づいて来ました。



「アナタが今回の依頼人ですか?……って、その制服は……」
「あっ!!……真田先生?!」
 目の前に現れたエージェントとは真田先生のことでした。先生は私の言葉を聞いた途端、顔を曇らせ、頭に手を置きました。
「……またウチの生徒か……最近は人殺しを邪魔したり、依頼するのが流行っているのか?」
 その姿は学校での無気力な感じとは大違いでした。いつもはヨレヨレのワイシャツを着て学校にくるのに、今はサラリーマンのようにきちんとしたスーツ姿です。
「あの……私……」
「帰る」
「え?」
「オレはガキの使いで来てる訳じゃないんだ……まったく……アイツが仕事を自ら取ってくるなんておかしいと思っていたが……」
 そう言うと真田先生は踵を返すと本当に帰ろうとしました。私は慌ててスーツの袖を掴みます。



「お願いです!!私の話を聞いてください!!」
「……離してくれ……」
「私は本気です!!お金だってあります!!」
「離せ」
「嫌です!!」
 しばらく私と先生のにらみ合いが続きました。私はここで引くことは出来ません、だから絶対にこの手は離しません。
 私を睨んでいた真田先生はため息をつきました。



「とりあえず離せ……この状況ではオレが何か如何わしい事してるみたいだろ」
 喫茶店。すがりつく女子高生とスーツ姿の男性……私はようやく気付き、手を離しました。
「……ここじゃあ、詳しい話はし難い。とりあえずオレについてきてもらおうか」
「……はい」
 ということで私は真田先生についていく事になりました。



 真田先生は歩くのが早く、どんどん先に歩いて行きます。私は息を切らせながらついて行くのが精一杯です。一体、どこへ連れて行かれるのでしょうか?少し不安です。
 そして10分ぐらい歩いた先にある貸しビルに真田先生は入って行きました。エレベータで3階まで行くと『株式会社Thread winter』と書かれたドアを開け、中に入りました。
「いらっしゃいませ」
受付の女性が私に声をかけます。



 私は学生なので会社がどのようなものかは分かりませんが、テレビなどでよく見る会社となんら変わりません。各人に当てられた机。その上に山積する書類や私物。奥のホワイトボードには『外出中』などの現在の社員の状況が書かれています。
 私は受付にいた女性に案内され、奥の『応接室』と書かれた部屋へ通されました。そして、やたらふかふかした皮製の椅子に促され、暫く待つことになりました。



 正直、拍子抜けしています。本当にこんな所で人殺しの契約をするのでしょうか?
 そんな思いに駆られていると、ノックの音がして誰かが入ってきました。
 入ってきたのは真田先生でした。先生は入ってくると机を挟んだ向かい側に座りました。
「お待たせしました。それではご契約内容についての説明に入らせていただきます」
 真田先生はありがちな営業スマイルを私に向け、何枚かの紙を渡してくれました。



 その紙には甲がどうたら乙がどうたらとか、いろいろな事が細かい文字で書いてあります。
 続いて先生は説明を始めました。でも私には意味がよく分かりません。堪らず、ストップをかけました。
「あの……先生……」
「何でしょうか?」
「その営業口調を止めてもらえますか?」
 真田先生は相変わらず形式的な笑顔のままで答えます。



「と、仰られると?」
「私に色々説明してもよく分からないし、何だかセールストークを聞いてるみたいで違和感があります」
「……しかし、これは当会社での決まりでございますし、お前はお客様でございますから」
「……『お前』って言ってます」
「…………わかった。この口調は止める」
「出来れば説明も噛み砕いてお願いします。授業で教えるみたいに」
「……フン、少しはまともに授業を受けているみたいだな」
 すると真田先生はネクタイを緩め、楽そうな姿勢をとりました。



「よし、じゃあ簡単に言うぞ。この会社は表向き輸入家具を扱う。だから、人殺しを依頼するときは本当に何かを買ってもらう事になる。その隠れオプションとして人殺しがついてくるという訳だ。人殺しは大金が動く。故に会社としてはこういうカモフラージュが必要となる」
「じゃあ……やっぱりこの会社は……」
 真田先生の口元がかすかに釣りあがりました。



「……大物の殺しから、ご近所さんの殺しまで承る殺しの総合商社……といった所だな……こういう事は、この場でハッキリ言ってはならない決まりなのだが……まぁ、いいだろ……で?誰を殺して欲しいんだ?別れた彼氏か?気に食わない友達?」
「……違います……」
「まさか、両親とか言わないだろうな……それだとかなりのリスクと伴うから、値は張るぞ」
「違います……殺して欲しいのは……私自身です……」
「…………」
 私の言葉を聞いた先生は固まってしまいました。



「……本気です」
「……自殺すれば?」
 私は首を振ります。すると、真田先生はポケットからタバコを取り出して吸い始めました。
「自分で死ぬ根性も無いと……」
「違います……根性とかそんな問題でもないでしょう……私は……澄川君に……殺されたいんです……」
「……澄川……か……」
 そういうと急に身を乗り出して私に近づきました。



「澄川に惚れた?」
「…………」
「沈黙が答えか……」
「…………」
「……おそらく、お前で二人目だ……アイツに殺して欲しいと言ったのは」
直感的にその一人目は皐月さんだと思いました。
「……私は勝ちたいんです……その人に……」
「……ふーん」
 私の言葉を聞いた真田先生は再び自分の椅子へもたれかかります。
「私は真剣なんです!!」



「……お前、本末転倒って言葉知ってるか?」
「え?……こんなところで現国の授業ですか?」
「いや、お前が殺されたいと言うなら何の問題は無い。ただ、アイツはオレが個人的に雇っているアルバイトみたいな立場でな。契約上ではオレが殺しの担当となるがそれで構わないか?」
「……分かりました……」
「それともう1つ。お前は未成年だ。こういう契約をする際には親の承諾印が必要となるのだが……」
「はい。本棚を買うと言う事にして印鑑をもらいます」



 その後、私は真田先生から契約書を渡されました。
最後に先生は真剣な面持ちで私に言いました。
「……もう一度聞く。本気なんだな?」
 それが最後通告だと分かりました。
これで契約をしたら私は本当に……でも、もう私から引く事はありません。
「……はい」
「わかった……」
 そして数日後、私の家には真新しい本棚が来ました。




第14話 終わり



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第15話 「好きと努力」




「え?でも……」
「いいって、やっちゃえ、やっちゃえ!!」



 今、私は澄川君の家へ来ています。
 昨日、亜衣ちゃんが私に学校に来る前に朝早く来るように言ったからです。
「……でも……寝込みを襲うなんて……」
「襲うって……大袈裟だなぁ。キスするだけじゃない」
 そうです、私は寝ている澄川君に目覚めのキスを“ある意味”強要させられているのです。
「美世がしないんなら、私がするよ」
「え?!それ困る!!」
「シッ!!澄川が起きるでしょ?」
「ゴメン……って何で私が謝らなくちゃ……」
「まぁ、まぁ……で?するの?しないの?」
「…………するよ……」



 私は覚悟を決めて顔を近づけます。澄川君は穏やかな寝息を立てています。一度したことがあるとはいえ、緊張します。
 そして、あと数センチでキスできる距離まで来たとき、澄川君は目を覚ましました。目を開けた澄川君と私は息が掛かるほどの近さで見つめ合う格好になりました。
「!!」
「…………」
 驚いたのは……私です。磁石が反発しあうみたいに私は飛び下がりました。澄川君は無言のまま半身を起こすと私たちを見ました。



「チッ、惜しい!!」
 亜衣ちゃんは指を鳴らして悔しがっています。私は恥ずかしくて俯いています。
「…………」
 澄川君は相変わらず無言のままでベッドから出ると、そのまま洗面所の方へ歩いて行きました。
「アイツ、恥ずかしがってるよ」
「……亜衣ちゃん、さっきのはどちらかと言えば怒っているんだと思うけど……」
「え?そうなの?アイツ……まだ昨日の事怒ってんのかなぁ……ねー、まだ怒ってんの!!」
 亜衣ちゃんは洗面所にいる澄川君に話しかけます。もちろん返事は返ってきません。



「亜衣ちゃん……何したの?」
「え?……あれだけど」
「……あっ!!!」
 指差した方向には写真立てが置いてありました。確かそれは澄川君と皐月さんが一緒に写っている写真があるはず……でした。
 でも、今は皐月さんの顔の上に無理やり私の顔が貼ってあるのです。



「亜衣ちゃんっ!!」
「大丈夫だって。超強力接着剤で貼ってあるからそう簡単には……」
「そういう問題じゃなくて……」
「美世」
 亜衣ちゃんは私の肩を掴みました。
「今の彼女はアンタなんだからしっかりとしなさい!!」
「……は、はい」



 ここ10日ばかりこんな感じで、私は澄川君の家に来ます。朝は私が玄関まで来て一緒に登校、学校が終ると、ココへ来て三人でお喋りしたり(澄川君は光彦君になっていますが……)。
 亜衣ちゃんは私をどんどん引っ張ってくれます。本当に亜衣ちゃんには感謝しても感謝し切れません。






 用意を済ませ、私たち3人は外へ出ました。
「今日は一学期最後の登校日なので、澄川と美世は2人で登校しなさい」
「亜衣ちゃん言ってる意味が……」
「じゃあ、私は有希と一緒に行く約束してるから行くね」
「あっ、ちょっと……」
 亜衣ちゃんは私の言う事を最後まで聞かずに行ってしまいました。
 『有希ちゃんと一緒に行く』か……。あれから有希ちゃんとは口をきいていません。正確に言えば私が無視されているのですが……。
 このまま私が死ぬまで仲直りは出来ないのでしょうか?



 ということで私は澄川君と一緒に歩いています。
 いつもなら澄川君一人で早足で歩くので亜衣ちゃんが怒るのですが、今日は亜衣ちゃんがいないこともあって私に合わせてくれています。
 まさか澄川君と病院以外の場所で2人で歩くとは思いませんでした。
 今は完全に2人きりです。目の前に皐月さんもいません。
「あの……澄川君……」
 私の言葉を聞くと、途端に表情が明るくなってきました。
「まって!!光彦君じゃなくて正宗君に聞きたい事があるの!!」
 すると、表情が一気に曇りました。
「………何?」



 実は言うと聞きたい事があるというのはウソです。
 ただ、本当の澄川君でいて欲しいと思っただけなんです。だから、私はどう喋っていいか困りました。光彦君ならどうでも良いような話しでも出来ますが、考えてみれば正宗君との接し方がわかないのです。
 考えた末、私が言った言葉は……



「今まで本当に好きなった人を殺してきたの?」
「…………」
 澄川君は黙ってしまいました。私は私で何でこんな事言ったのか分かりません。
「……まだハッキリと信じられなくて……そんな簡単に人を好きになる事って出来るのかなって……」
「…………」
「ごめんなさい……変なこと聞いてりして……」
「……努力する……」
「えっ?」
「好きになる……努力をするんだ……その人の……良い所だけ集めて……自分の中で善人にする……そうすれば……後は刹那が勝手に殺してくれる……」
 澄川君は私の顔は見ずに前を向いたまま独り言のように言いました。そんな澄川君を見て、思わず言わなくていい事を言ってしまいました。



「……皐月さんもそうだったの?」
「…………」
 また黙ってしまいました。多分、皐月さんの事を思い出したのです。私は自分の言った事を後悔しました。
「……違う。アレは……僕らの届かない所で……起きたこと……」
 僕らの届かない所?よく分かりません。でも、これだけは言えます。
「だったら、私も……そうして欲しい……勝手に殺されたくは無いです……」
「…………」
 何で答えてくれないの?
 この沈黙が私と皐月さんの差なんだろうな……この差を埋める事が出来るのかなぁ……



 その時、不意に亜衣ちゃんの言葉を思い出しました。
『今の彼女はアンタなんだからしっかりとしなさい!!』
 そうだよね……仕事だとしても確かに澄川君は私を好きになる努力をしているんだ。今は偽りでも、いつかは……よしっ!!
「あの……澄川君。明日から夏休みだけど何か予定はある?」
「……特には……無いけど」
「だったら……どこかへ遊びに行かない?私と澄川君と亜衣ちゃんの三人で」



 思い出を作ろう。
 皐月さんとの思い出は消す事はできないけど、あの人が病院で寝ている限り、これ以上思い出は増えるも事はない。
 だったら……だったら、私との思い出を増やせばいい。


……負けない……


 私もこの命がなくなるまで好きになってもらう努力は怠らないことにしよう。
でも、どこかへ行くのに亜衣ちゃんを入れてしまう所がまだまだ改善の余地ありだけど……




第15話 終わり



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〜それでも続く世界〜


第16話 「変わって代わらず」




 鏡に映った自分に少し違和感がありました。
「うん、良い感じじゃない」
「そうかな……なんか慣れなくて……」
「絶対コンタクトの方が良いよ。カ〜ワ〜イ〜イ〜」
「……止めて、その言い方」
 私は眼鏡からコンタクトに変えました。
 亜衣ちゃんの勧めもあったけど、自分なりに変わりたかったので、そうしました。今までずっとメガネをかけていたので変な感じです。



「……これで少しは皐月さんに近づいたかな」
「近づくも何にも追い抜いたよ!!」
「……ありがとう」
 まず私が出来る事は容姿を少しでも皐月さんに近づく事だと思いました。
「ねぇ、美世。次、遊びに行く服を買いに行こうか?」
「うん!!」
「メチャメチャ露出度の高いやつを選んであげるから」
「……お手柔らかに……」
 私たちは夏休みになった事もあって山へキャンプに行く事になったのです。もちろん澄川君も行きます。これも思い出作りの一環です。私の体の事もあり、一泊二日が限界ですが、それでも構わないです。



「これなんかどう?」
 亜衣ちゃんが持ってきたのは、着てみると肩とかおへそとかが出そうな服でした。
「……それは困る。普通の服で良いと思うけど……」
「普通って……美世が選んだのって登山に行くみたいなショボイヤツじゃない。そんなのじゃあ男は喜ばないって」
「……え……でも……山はアブとか飛んでて刺されたら危ないし……」
「アンタはオバサンかよ……皐月さんに勝たなくて良いの?」
「……じゃあ、亜衣ちゃんの方で」
 両親はこのキャンプに最初反対でしたが、亜衣ちゃんの説得もあって、何とか許してもらえました。もちろん澄川君も亜衣ちゃんが無理やり説得しました。



 そして、あっという間に当日になってしまいました。
電車に乗って、その後バスでキャンプ場まで3時間弱で到着の道のりです。
 今は電車に乗って、向かい合わせの席に皆で座っています。
「やっぱ、夏はこうでなくちゃねぇ、美世」
「う……うん……」
「あんたも来て良かったでしょう?澄川」
「…………」
 さっきから亜衣ちゃんばかり喋っています。
実はそれには理由があるのです。



「人数多いほうが盛り上がるってねぇ、有希」
「……そう、さっきからアンタしか喋ってないけど」
「……あはははは……」
 これも亜衣ちゃんの計らい(?)で有希ちゃんもキャンプに来る事になりました。
 しかし、有希ちゃんは相変わらず私と話してくれないし、澄川君と話をするわけもありません。
この先少し不安です。



 キャンプ場に到着した私たちはログハウスに行き荷物を置いた後、近くの川へ行く事になりました。
 澄川君は早速、光彦モードに入り、楽しげです。亜衣ちゃんも光彦君へムキになって張り合っています。私は座って岸からそれを眺めていました。



 ふと気付くといつの間にか隣には有希ちゃんが座っていました。
私は何も言えず黙ったままです。有希ちゃんももちろん黙っています。
この沈黙が非常に長い時間に感じられました。
 しかし、とうとうその均衡が破られました。有希ちゃんが話しかけてきたからです。
「……ホントに亜衣には参るよ。振られた相手と抜け駆けされた友達とキャンプしろって言うんだから」
「…………」
 私からは何もいえません黙って聞くだけです。
「そんな事出来ると思う?出来る訳無いよね?」
「…………」



「なのにさ……アイツ言うんだ……『今しかない』って……このままだともう、二度と話せないかもしれないって……」
 私は耐え切れなくなって、思い切って謝ろうとしました。
「……有希ちゃん……私……」
「許さないよ……謝ったって」
「…………」
「……だから……アンタも謝らなくていい」
「…………」



「あれは失恋じゃないから……所謂、恋に恋してた感じ?澄川を好きな自分が好きだっただけ……だって……その証拠に……振られても……全然……涙なんか……でなかった」
「……有希ちゃん……」
 有希ちゃんの顔を見ようとしたけど止めました。今見るのは彼女に失礼な気がしたからです。だから、有希ちゃんが気持ちを整えるのを待とうと思いました。
 すると、有希ちゃんは立ち上がりました。
「……似合ってるよそれ」
「え?」
「澄川に気に入ってもらえると良いね」
「……うん」
 しばらく私たちは無言でした。
 でも、それは心地よい沈黙でした。



 その後私たちはご飯の用意を始めました。
「私と有希で野菜切るから美世と澄川は他の用意をして」
 亜衣ちゃんは各人にテキパキと指示を出します。私もそれに従い、澄川君と食器を用意していました。
 しかし、私が近づくと澄川君は少し距離を置くように離れました。
「どうしたの、澄川君?」
「だって……まだ、正宗君と交代したくないもん……」
 正宗君だと思っていたのは光彦君でした。
「最近美世ちゃん正宗君と話してばっかだし……」
「そうかなぁ……」
「そうだよ……それに……なんか怖い……」
「え?」



「前の方が良かったな……」
 光彦君は急に変わった私を怖がっているようでした。
「……でも、綺麗にならないと皐月さんには勝てないから……」
「…………」
「皐月さんに勝たないと……正宗君に好きになってもらえないから……」
 私の言葉を聞いた光彦君は酷く深刻そうな顔をしました。
「……美世ちゃん…………そんなに皐月ちゃんに勝ちたいの?」
「え?」
「ねぇ?僕はどうでも良いの?……そんな……美世ちゃん嫌いだな……」
「光彦君……」
 それっきり光彦君は黙り込んでしまいました。表情も何だか正宗君と見分けがつきません。
 でも、亜衣ちゃんと会話する感じでは光彦君なので、変わってはいない事が分かります。



 私の中で迷いが生じました。
今でも皐月ちゃんに勝たなければいけない気持ちは変わりません。
でも……
『ねぇ?僕はどうでも良いの?……そんな……美世ちゃん嫌いだな……』
 この言葉が頭から離れません。
私は間違っているのでしょうか?




第16話 終わり



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〜それでも続く世界〜


第17話 「望む事」




 夜になると、ゲームをしたり、花火をしたり、お話をしたりしました。
 行きの深刻さはどこかに消え楽しく過ごせました。有希ちゃんも、ほぼ普段と変わらない態度で接してくれます。
 ただ気になったのが光彦君の態度です。私を避けているようでした。



 夜も更け、私たちは寝ることにしました。亜衣ちゃんはニコニコしながら澄川君に話しかけます。
「はい、澄川。これ」
「何?」
「見たまんまの寝袋。アンタは外で寝て」
「えぇ〜〜〜〜〜〜っ!!ヤダヤダヤダ!!」
 光彦君は足踏みしながら大声で叫びます。
「亜衣ちゃん、いくらなんでもそれは……」
「そう、そう、亜衣。私なら構わないけど……」
「ダメ。私がヤダ」
 そういうと涙目の光彦君の背中を押してログハウスから追い出します。最初は抵抗していましたが、やがて観念したのか寝袋を取り、外へ行きました。



「いいのかなぁ……」
「大丈夫、大丈夫、夏だし。さっ、寝よ」
「う…うん……」
 部屋が暗くなり、しばらくすると2人の寝息が聞こえました。
 私はといえば、光彦君が言った事が気になって眠る事が出来ません。今の私が嫌いだという事は……やはり皐月さんには勝てないのでしょうか?
そう思うといても立ってもいられず、私はログハウスの外へ行く事にしました。



 ドアと開け外へ出るとヒンヤリした空気が私を取り巻きます。夏といっても山の中は肌寒いです。虫の音もうるさいです。
 澄川君はログハウスを出たすぐ横で寝ていました。私は近づき澄川君の前でしゃがみました。
「光彦君……起きてる?」
「…………」
 私が居る方向と反対を向いて寝ているので起きているかどうか分かりません。返事が無いので寝ているのでしょうか?それでも私は構わず話しかけることにしました。



「光彦君は今の私を嫌いって言ったけど正宗君はどうなの?」
「…………」
「私を好きにならないと殺せないんでしょ?」
「…………」
「出来れば私を……皐月さんより好きになったら殺してね……」
「……それは無理だ」
「!!」
 澄川君は起きていました。私は少し驚いて彼と距離を置きました。
「誰?光彦君?それとも正宗君?」
 澄川君は相変わらず反対を向いたまま喋り続けます。
「……そんな事はどうでも良いだろう……話を戻せば、君がどんな事をしても皐月には勝てる訳が無いよ。彼女は僕達が生きる上での存在意義だからね」



 光彦君でも正宗君でも無い話し方です。
 しかし、今の私にはそんなことよりさっきの言葉のほうが気になります。勝てない?私が?
「……そんな」
「じゃあ、君が死ぬことによって彼女に勝ったと果たして言えるのか?といえば、答えは否だ。正宗の中には好きの区別がないからね。つまり、君は……」
 澄川君はココが聞き所だといわんばかりに間を十分空けた後、言いました。



「死に損だな」



「!!!!」
「まぁ、ぜいぜい皐月の入院費の足しにでもなってくれ」
「……あ……あ……」
 上手く息が出来なくなりました。それと同時にあれほどうるさかった虫の音も聞こえなくなり、目の前が歪んで見えます。私は涙を流していました。
 澄川君はゆっくり起き上がると寝袋を脱ぎ、こっちを見ました。しかし、その顔は明るい光彦君の顔でもなければ、暗い表情の正宗君でもありません。
「あ、あなたが……刹那……」
「察しがいいな。だったら、これから起こる事も分かるだろ?」
 そう言ってズボンのポケットから出したのはナイフでした。
「……ウソ……」
「ウソ?お前が望んだことじゃないか。まさか結末はハッピーエンドだとでも言うのか?」



 澄川君はどんどん私に近づいてきます。私は怖くて動けません。ここで殺されるのでしょうか?私は……私は……私は……
 まだ……
 私はとっさに地面の土をひと掴みすると投げつけました。澄川君は一瞬怯みました。その瞬間を逃さず、反対方向に全速力で走りました。何処に向かっているのかもわからず、とにかくがむしゃらに走りました。
 どれぐらい走ったのかよく分かりません。気付くと山の奥に入っていました。私の息をする音しか聞こえません。






 やがて落ち着いて立ち止まると虫の音が聞こえてきました。
「ここ……どこ?」
 今、自分が何処にいるのか分からなくなりました。夜の山の中は暗いです。私は立ちすくみました。
 じっとしていると、暗いはずなのに色々なものが見えてきます。それは目に見えるものではありません。



 不意に有希ちゃんの言葉を思い出しました。
『あれは失恋じゃないから……所謂、恋に恋してた感じ?』
 私もそうだったのかもしれません。
大切な事が他にあったはずなのに、私は皐月さんと必要以上に張り合っていました。
 皐月さんに勝つ前に大事だったのは気持ちだったのです。
自分の気持ち。
相手の気持ち。
 皐月さんは元々関係なかったのです。



 あの時、真田先生は言いました。
『……お前、本末転倒って言葉知ってるか?』
 真田先生が私の事をどれだけ理解していたかは知りませんが、その通りです。
 結局は逃げたかったのかもしれません。生きる事、死ぬ事から。
澄川君に恋する事で今の状態を忘れ、さらに殺されることで自分の人生の結果を彼に丸投げしていたのです。



 でも、私はそれからも逃げました。
 決めたはずなのに……死ぬって決めたはずなのに……死ぬ事も出来ない。
 私はもう戻れません……どこにも……とにかく独りです。
 空を見上げれば、私の手の届かない所で星々は輝いています。私の周りは沢山の木に覆われ真っ暗です。それは今の自分の状況を表しているようでした。




第17話 終わり


このへんで特別編「いまがき」(音楽付き)


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