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〜それでも続く世界〜

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第18話 「パズル」




 彼女が去った後、僕はナイフをポケットにしまい寝袋の中に入った。
『これでよかった』と思うことにして寝ようとした。が、なかなか眠る事が出来ない。オマケに虫の鳴き声がさらに僕を眠らせない。
 そういう時は余計な事まで思い出してしまう。僕は思い出に浸ることで今の状況を忘れようとした。





 季節は今頃、僕は中3で、塾へ行かず夜の公園で時間を潰していた。
 塾へ行かなかった理由はいくつかある。その中でも一番い大きい理由は家のゴタゴタだった。
 僕は両親との3人暮らし。すでに親父と母さんの仲は冷め切っていて、僕経由じゃないと会話は成立しなかった。
 そして昨日、とうとう僕にどちらかの選択を迫った。親父か母さんどちらに付いて行くか。家族がバラバラになる宣告だった。恐らく僕が生きてきた短い人生の中でもっとも重大な究極の選択……簡単には決められない。
 そんな状況でも2人は塾へはキチンと行けと言う。だから塾へは行かなかった。



 夜の公園は静かで好きだ。たまにヤンキーがいるけど、そういうのは無視る方向で。
 僕はヘッドフォンをつけ、音楽を聞くことにした。そうすれば誰も話しかけては来ないはずだ、そう思ってた。そういう思い込みは一人の女の子が現れる事によって破られることになる。
 音楽を聴いてる僕の前に立ちふさがる影。下を向き気付かぬ振りをする僕。影だけがやたらに動く。しかし、やがてその動きは止まった。ようやく諦めたかと思ったその時、僕の目の前に突然顔が現れた。
「!!」
 僕はビックリして思わず顔を上げた。すると目の前にはしゃがんでいる女の子がいた。



 見た目は僕より少し大人びていたので高校生ぐらい。夏なのに長袖のセーラー服を着ていた。髪は長く、先の方でまとめてある。目の大きい印象ある顔だった。
 女の子は僕にヘッドフォンを取るようにと言うようなジェスチャーをしたので僕は無視をした。彼女はしばらく僕を見つめ……というか睨んでいた。
 こうなった以上我慢比べだ。この子が諦めるか、僕が諦めるか…………なんて事は全く無かった。



 女の子は僕に近づきヘッドフォンに手をかけると剥ぎ取り僕の耳元でどなった。
「『なぁ』ってさっきから言っとるやんか!!」
 耳鳴りがして耳が痛くなって僕は女の子を睨んだ。
「何?私が悪いって言いたそうな顔やなぁ、アンタが悪いんやんかぁ。ずっと無視っとるから!!」
 聞きなれないイントネーションと言葉に僕は戸惑った。



「アンタ……大阪人?」
 とりあえず言ってみただけだったが、彼女には言ってはならなかった事らしく顔を真っ赤にして怒り出した。
「アホっ!!大阪弁と一緒にせんといて!!も〜っ、今まで行く先々でまず言われんのがそれやん。あ〜あ……私の生まれたとこは関西じゃないのに……東海、東海……」
 彼女は腕組みをしてなにやら一人で憤慨してブツブツ言っていた。



 僕はそんな独り言に付き合ってる気分じゃないので、用件を聞いてとっととあしらう事にした。
「で、僕に何か用?」
すると彼女は自分の用事を思い出したらしく、勢い良く立ち上がった。
「そうやん!!忘れとった。大事な用件があったんやん!!えーっとなぁ……」
 と言いながらキョロキョロと周りを伺いだし、僕に手招きをして小声で話し始めた。


「あんなぁ……あんなぁ……アンタ……気持ちよくなる薬……いらへん?」


「はぁ?」
 いきなり意味の分からない言葉を聞いた僕は思わず声を出してしまった。
「もう、大声出さんといてよ。誰かに気付かれたらどうするんさ。実は私……白い粉……売ってるんやんか……」
 気持ちよくなる薬……白い粉……まさか……



「……覚せい剤?」
「アホっ!!マトモ言わんといて!!」
 彼女は再びしゃがむと横においてあったスポーツバッグのファスナーを少し開いて僕に見えるように傾けた。その中には確かに白い粉があった。しかも、かなりの量だ。
「な?ホンマやろ?」
「…………」
 僕はハッキリ言うと信じられなかった。
 まず、なんでセーラー服着た女の子がそんな物を売っているのか? そして、バッグの中の大量の覚せい剤。僕はその世界を知らないので何ともいえないけど、おそらく何百、何千万という金が動きそうな量だ。



 彼女も僕の不審そうな顔を見たからか、フォローを始めた。
「アンタ、ウソやと思っとるやろ!!……まぁ、無理もないけどなぁ。私みたいなヤツが売ってたら私だって疑うもん。でも、これ本物なんな。実は私の親父がヤクザと関わりあいがあるような仕事してるんやんかぁ。そんでな、それを私がパクったん。だからこれ本物」
「……百歩譲ってそれが本当だとしても……そんなことしたら君の親父さんは危険なんじゃないのか?」
 それを聞いた彼女は少し考えた後言った。
「ええの、ええの。あんな親父もう知らんから。ほってきたもん」
 彼女は自分の父親を見捨てたらしい。何となく分かる。僕も自分の両親にウンザリしていた。たからつい口に出してしまった。
「……まぁ、分からなくも無い……僕の場合は両親だけど……」
すると彼女は僕を凝視した。
「……それ本気なん?」
「……まぁね……」



 それから僕たちはそのままの姿勢で時間を過ごした。
「……もうええわ、今日は店じまい」
 突然、そう言ってしゃがみ込み、スポーツバッグのファスナーを閉めながら彼女はため息をついた。
 僕はそれをただ眺めていた。イキナリ来て喋りまくって、おまけに覚せい剤まで見せられ、最後には店じまいと言う彼女は一体何なんだ?
 そして彼女の動きが止まり、ゆっくり仰向き僕を見た。僕は突然目があったので顔を逸らす。それを見て彼女はニヤッとした(様に見えた)。
「そうや。アンタさぁ、この辺案内してくれへん?私昨日来たばっかりで何にも分からへんのやんか。な?お願い」
「?! なんで僕が!!」
「ええやんか!!どうせヒマなんやろ?……それにアンタと私って似てる感じがするし」
「…………」



 たいして断る理由も見つからず、僕はなし崩しで彼女に付き合う事になった。
「私の名前、美浦皐月(みほさつき)って言うやんかぁ。17歳やけど、アンタ歳いくつ?」
「……15歳……」
「じゃあ、私の方が年上やなぁ。それやったら、皐月さんって呼んで」
 別にそんな事はどうでも良かったのに僕は家の事もあり少々反抗的になっていた。
「嫌だ。それに僕はアンタじゃない」
 僕の言葉を聞いた彼女は一瞬怪訝な表情を見せたけど、すぐに笑った。
「そうやんな。別に歳なんてどうでもいいか。その答えハナマルやなぁ」
 ハナマルなどと今時テレビの番組のタイトルぐらいでしか聞いた事の無いような言葉だ。
「……で?あんたの名前は?」
「僕は……」



 どうして僕はこのとき彼女のペースに巻き込まれたのだろう?
あの変な言葉のイントネーションのせいだろうか?
……いや違う。
 彼女は恐らく、僕という「パズル」が家族という「ピース」を失う代わりに現れた「新しいピース」。
 現れるべくして現れたのだ。
 だから僕も名乗る気になったのだ。



「僕は真田光彦」
 そう、これが僕の本名だ。





「ねぇ、澄川」
 上杉亜衣はそう呼ぶ。僕は今、澄川と呼ばれている存在。
「美世知らない?朝から見当たらないんだけど」
「僕わかんなぁ〜い」
 演じるだけ。それが僕に与えられた役目。
「なんだ光彦か。まぁ、アンタでも良いや美世を探してきて」
 演じているだけなのだから逆らうはずも無い。



 でも……何でこんな事言ってしまったのだろう?
何の得も無いのに。皐月の事を思い出したからか?
「いやだよ!!探したくないっ!!彼女が勝手に出て行ったんじゃないか!!」
 少し、自分が判らなくなった。





第18話 終わり



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第19話 「欲望」




 上杉亜衣は僕に詰めよって来た。
「それってどういう事?説明してくれる?」
「知らない」
 僕は真田光彦であるべきではない。
「ウソつかないでよ。美世はどこへ行ったの!!」
「知らないよ!!勝手に山の中に入って行ったんだから!!」



 上杉は僕の胸倉を掴んだ。
「つ・ま・り……アンタはそれをみすみす見逃したってわけだ!!」
「知らない」
「……探しに行くよ」
「行かない」
「今はふざけてる場合じゃないのは分かるでしょ?」
「嫌だ!嫌だ!嫌だ!」



 次の瞬間、頬に痛みを感じた。
 上杉は殴った手を振りながら僕に言う。
「……もういい。有希と一緒に探すから。アンタはそうやって勝手にしてれば」
 自分でも無意味な意地を張っているのは分かっていた。
 でも、僕は明らかに浅野美世を意識し始めている。  これは良くないことだ。
 皐月を忘れるわけにはいかない。





「で?何処案内してくれるん?」
 皐月は僕の数歩前を後ろ歩きしながらそう言った。
 なんだか良く分からないが、この街を彼女に案内する事になったのだ。別に無視ってもよかったけどすることないし、付き合うことにした。
 そして何処から案内するか考えていると彼女は僕を急かした。
「もうちょっと早く決めれへんの?まったく、これやから日本は決定力不足やって言われるんやん」
「何の話してるんだよ」
「サッカーの話」
「…………」



「もうええわ、ここにしよ」
 そう言って指差したのは、カラオケボックスだった。
「…………」
「なに?ベタ過ぎる?まぁ、ええやん。入ろ、入ろ」
 僕の意見を聞くことなく一人でさっさと入っていった。
 そして、どんどん一人で受付も済ませ、僕を引きずるように部屋へ連れて行き、さんざん彼女一人で歌いまくった。(もっとも勧められても歌う気は無かったけど)



「あーっ、スッキリした。次何処行く?私、お腹が空いとるんやけど」
「あれだけ歌えば腹も空くだろ」
 彼女は頬を膨らませた。
「アホっ!!カラオケは戦争やに!!曲入れへんヤツが悪い!!」
「別に入れる気も無かったし」
 すると急に彼女は俯いた。
「……しょんぼり。アンタなんかノリ悪いなぁ。もっとテンション上げてこ!!」
 そう言いながら仰向くと、両腕を目一杯広げ僕の肩を叩いた。
 彼女は感情表現豊かな人間だ。僕とは違う人間なのだろう。



 次に僕らが行ったのは焼肉屋だった。
 しかし、僕はあまり食べる気がしなかった。
「なぁ、食べへんのならその肉ちょうだい」
「……どうぞ」
 すると明らかに彼女は不満そうな顔をした。
「違うやろ!!『そこは誰がやるか!!』って言って急いで食べるとこやん!!」
「やっぱりアンタ大阪じ……」
 僕の言葉を遮るように彼女は席を立った。
「違う!!私は大阪人でも関西人でもないっ!!……これやから言葉の違いがわからん人間は嫌やなぁ。『やん』とか『ねん』を使ったり、お笑いを強要すると関西人やと思っとるやろ?違う、違う!!  私の言葉は関西弁のニセモノじゃないっちゅーねん!!」
「誰もそんな事まで言ってないだろ」
 とりあえず僕は冷静に答えてみた。彼女も言いたい事を言えたのか席に座った。



「そらそうやな。まぁ遠慮せんと食べて。金なら私が出すから」
 それでも箸を付けようとしない僕を見た彼女は言った。
「どうせ汚いことから出来た金やし、そういう金は目一杯使うに限るからな」
 履き捨てるように言う仕草はさっきの勢いとは違い、どこか自嘲的な印象を受けた。薬を売るということには罪悪感を感じているのかもしれない。
「……本当におごってくれるんだろうな」
「うん……こんなモンで良かったら」
 そして僕は無理やり肉を食べた。すると次第に彼女の機嫌も治ったらしく、最後は僕と肉の取り合いをした。



 焼肉屋から出ると、軽く飛び跳ねながら彼女は僕の前を進んだ。かなり機嫌が良いみたいだ。
「あんな、あんな、次な、プリクラが撮りたいんやけど」
「えっ!?」
 ハッキリ言えばプリクラは大っ嫌いだ。しかし……
「一人で撮ってもショボイだけやん。なぁ〜ええやろ?」
 僕は彼女に押し切られた。



 そして、近くのアミューズメント施設に入り、目的のモノへと急ぐ。
画面を前に髪の毛を整えながら彼女は言った。
「あーっ、どんなポーズしようかなぁ〜。久しぶりやもん」
「アンタぐらいならいつも誰かと撮ってるんじゃないのか?」
 すると彼女の動きが少し止まった。
「どうした?」
「ココ3ヶ月ぐらい撮ってないもん……」
「…………」
「……あのさぁ、実は私な、ここからめっちゃ離れたところから家出してきたんな」
「まぁ、その喋り方じゃあここの人間だとは思えないからな」
 僕は彼女が少し前に父親を置いてきたというようなことを言っていた事を思い出した。
「そんであの薬売りながらここまで来たんな」
「何のために?」
 その瞬間、彼女の表情が歪んだのを僕は見てしまった。
「…………」
「別に言いたくなかったらいいけどさ」



 写真を撮った後、僕らは特にどこへ行くわけでもなく並んで歩いていた。
「それにしてもよくこんなに表情が変えられるもんだ」
 撮れた写真を見て呟く。とたんに彼女は口を尖らせる。
「もっと気の効いた言い方できへんの?……まぁ、ええか。」
 と言うと覗き込むように僕を見てきた。
「で、これからどうする?人間の三大欲望の『食欲』『カラオケ欲』『プリクラ欲』を満たしたことやし」
「最初の欲以外は聞いたこと無いぞ」



「揚足取らんでええ。ほんでな、後満たしてない欲は『睡眠欲』を除いて1つしかないやんかぁ。あれやん、あれ」
「は?」
 彼女はそれが計算なのかよく分からないけど、僕の言葉の後、一呼吸置いた。
「…………」
「…………」
「なぁ、Hなことしよか?」
「嫌だ」
 僕は即答する。
「じゃあ、艶めかしいこと」
「同じだろ」
 僕の返事を聞くと彼女はため息をついた。
「はぁ……アンタはそれでも男か?」
「そういう問題じゃない」
 僕の返答を聞くか聞かないかで彼女は僕の腕を掴んだ。
「ど、どこへ行くんだよ」
「最初の公園」



 引きずられるように僕は元いた公園まで戻ってきてベンチに座らされた。
「さっ、やろか」
 そう言うと皐月は持っているスポーツバックをあさりだした。
「僕はしないぞ」
 立ち上がろうとしたけど、しっかり腕を掴まれている。
 ……とはいえ本気で振りほどこうと思えば振りほどけるのだが、そうしないのはやっぱり僕も男だったわけで。
「はいこれ」
 思っていたより大きいなぁ……って、渡されたのはナイフだった。





第19話 終わり



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第20話 「赤で繋がっている」




「なにこれ?」
「ナイフやん、わからへんの?」
「そりゃ見れば分かる……で、どうしろと?」
 皐月は服の袖を捲りだした。
「心中しよか。私の手首を切って。その後アンタの手首も切るから」
「は!?バカかお前は!!そんな事が出来るわけが……」
 そう言って見た彼女の顔は真剣だった。瞳だって潤んでる。
 僕はどうしていいか分からない。
 こういう時、どうしようもなく子供だなって思う。



「なんか不安で……怖くて……今まではそんな時、自分を傷つけて安心して……もう、しやへんって決めたのに……でも、今日だけ……今日だけ頼むわ…………自分でやったらどれだけやるか分からへん」
 そこで初めて彼女の腕の異変に気が付くことになる。手首を中心に傷だらけだった。
 僕の手は震えていた。自分を傷つけた事もなければ、まして他人を傷つけた事もないからだ。
「……このナイフ良く切れるからなぞるだけでええよ」
 彼女の手がそっとナイフを握る僕の手に触れる。そのまま彼女と僕の手が手首をなぞる。一回なぞった後、少しして血流れ出した。僕は暫くそれを黙って見ていた。



「さっきさぁ、何で薬を売りながら来たか聞いたやんか?……あれな……お母さんに会うためなんさ……」
「…………」
「さっきも言ったけど親父はヤバイ仕事しとって、お母さんは私の小さい頃に愛想つかして出ていったんな」
「…………別に言いたくなかったら言わなくても……」
 さっきの事といい彼女とはこれ以上関わりあわない方が賢明だと僕の心は訴えていた。
 しかし、彼女は話続けた。そして僕も話を聞いた。



「それからロクな生活できへんくて……親父に暴力振るわれたりしてな……いつか逃げ出したろって思ってたんな……でも、一人になるのは怖かったん………そんな時に偶然見つけてしまったんな」
 そう言って僕に一枚のハガキを見せてくれた。消印は2年前。住所は隣町だ。差出人は……僕に分かるわけがない。
「それ、お母さんからの手紙なんやんか……」
「なるほど……」
 裏を見ると綺麗な字で色々と書いてあり、内容は再婚するので子供を引き取りたいというものだった。



「遅いかもしれへんけど……お母さんの所へ行きたいって思って、親父のところから逃げるようにここまで来てみたはいいものの……いざ、住所にある家の前に来て外から覗いたら、お母さん……再婚相手と楽しくやってたわ……凄く幸せそうで私の入る余地なんてあらへん……」
「…………」
「だからな……そこからも逃げてしまったん……もう、いくとこないんや……」
 目の前に明らかに僕より不幸な女の子がいる。でも、彼女を救うすべもなければ、家のことで精一杯な僕がいる。ただ、見過ごすだけ……なのか?



 そこで思いついたことはひどくに馬鹿げた事だった。僕は自分の腕を彼女の前に出した。
「今度はオレの番だろ。オレも傷つけろよ、一人で浸るな」
 この行為はくだらない馴れ合い、薄っぺらい偽善かもしれない。
 でも、そんなモノにでもすがり付いて生きていく力に変えていかなくちゃならないときがある。
 今、僕が出来るのはこれだけだ。こんなものしか彼女に与えられないだから……



 彼女は僕の腕を暫く見つめていた。
「やっぱりええわ。なんかアンタの腕、綺麗やもん……」
「遠慮すんな。僕だけ綺麗なままってわけにもいかないさ……オレ達に似てるんだろ?最初そう言ったよな」
「それは……」
「早く」
「…………」
 彼女もさっきと同じく震えながら僕の腕にナイフを当てた。僕は彼女の手に自分の手を添えると一気に腕を引いた。



「痛つっ!!」
 やっぱり激しい痛みが僕を襲う。自分の腕を掴み必死に痛みをこらえる。なんだか頭がガンガンする。
「大丈夫?」
 彼女は心配そうに僕を見ている。僕は彼女はこの痛みに耐えてるのか?と不思議に思う。そんな僕を見越していたのか彼女は呟いた。
「私は慣れてるから」
「それもどうかと思うけど……」



 それからどれくらい立っただろうか、心中なんて大層な事いったけど、そんな簡単に人が死ねるわけも無く、僕らは何も言わず公園のベンチにいた。むしろ僕はそれが心地よかった。痛みも引いてきたし。
 しかし、彼女が沈黙を破った。
「なぁ……キスせえへん?」
「えっ?」
「そんなに慌てやんでええやん。普通のキスやない……私らはそういう事はせんとこ……それやると何か慰め合いみたいになるやん……だから……」
 彼女は僕の傷のある腕を掴むと自分の腕のほうへ引き寄せ、自分の傷と僕の傷を重ねるように合わせ、僕を見て微笑んだ。
 僕の行為が彼女の気持ちを晴らしたかどうかはわからない。



 でも、これは……確かにキスだった。



 時間が経つと血も止まり、僕らはただ夜空を見上げてた。
「……なぁ、さっきから言おうと思ったんやけど、お互い『アンタ』って呼ぶの止めへん?」
「嫌だ」
 僕の返答を聞いて彼女は僕を上目遣いで覗き込んでくる。
「何?照れとんの?」
「照れてない」
「ウソや……じゃあ、名前で呼んでもええやん。な、光彦」
「……僕は呼ばないぞ」
 と言いながらそれ以来、僕も皐月と呼ぶようになった。





 日も沈みかけ、今頃なら帰る時間だけど僕らはまだここにいた。正確には今ここには僕しか居ないのだが。二人は美世を探しに行ってまだもどらない。
 そして皐月との事をここまで思い出してふと思う。
 美世も僕に助けを求めていたのだろうか?
 だとしたら僕はそれを振りほどいたことになる。



……仕方ない、それでいい。僕は皐月のことで精一杯なのだから……
でも……
これってあの時と同じじゃないか……




「何処探してもいないし……警察に連絡したほうがいいみたい」
「まずいね……美世の体の事を考えたら……時間が無い……もし、山の中で遭難でもしているなら体力の消耗も激しいし……」
 そんな声が僕の耳に入ってきた。横を向くと既に二人は帰ってきていた。僕が見ると二人と目があい、上杉は僕に近づいてきた。
「澄川……ホントに美世が何処に行ったか知らないの?」
「…………」
 僕は無言で首を振った。光彦にも正宗にもなってない以上、喋るのは得策ではない。
「美世の体の事は知ってるでしょ?あの子は今じゃあ3日おきに薬の投与を行わないと大変なことになるの」
「…………」



「だから、この旅行にも最初は両親に反対されたの。でも、美世は澄川と一緒に行きたいからって……わかるでしょ?あの子は危険を承知でここへ来てるの……大袈裟って言うかもしれないけど」
「その美世がココからいなくなるって言う事は……」
「……死ぬつもり」
 僕の言葉を受けても上杉は何もいえなかった。それは言わなくても分かる肯定だった。





第20話 終わり



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第21話 「真夏の雪」




 夕日に照らされて僕らは赤く染まっていた。
「美世が澄川に好きになってもらおうと努力していたのは知っているでしょ?」
「……だから? ……だから、お前も好きになれというのか?」
 僕の言葉に上杉はたじろいだ。
「そ……そうじゃないけど……少しぐらい心配してやってもいいじゃないってこと」
「心配か……ものは言い様だな」
 僕と上杉は距離を置いてにらみ合った。



「……もういい……有希は私と一緒に警察に連絡をしに行こう……アンタはどうするの?やっぱりこのまま何もしない訳?」
 上杉が僕に詰め寄る。どうすればいいのだろうか?
 そんなことは考えなくても分かっていた。
「どうせ今から警察に連絡しても捜索は明日からになるはず。だからそれまでは僕が探す。君たちは日中さんざん探して疲れているだろうから」
「……わかったよ。頼んだ」
 上杉は僕の返事を聞くと頷いた。



 大丈夫だ。皐月との思い出はたくさんある。それを信じて行動しよう。恐れる事は何も無い。想いは変わらない。それに美世を殺すのは刹那の仕事だ。自殺なんかさせない。
 僕が歩き出したその時、上杉が呼び止める。
「澄川、何かいつもと雰囲気違うね………今は光彦なの正宗なのそれとも刹那?」
「…………」
答えは決まっていた。
「…………僕は僕だ」





 あの日以来、僕らは毎日のように公園で会うようになった。約束なんかしてない。でも、気付けばここに居る。彼女も同じだ。
 そしてまたお互いに新しい傷を作る。今日も腕には幾筋の血の跡が残っていた。
「でも、光彦。ナイフ使うの上手くなったなぁ」
「これだけ毎日やっていれば、嫌でも上手くなる」
 それだけじゃない。ヘタに切ればそれだけ治りも遅くなるから皐月をなるべく傷つけずに綺麗に切るかを僕は練習していた。これは他人から見れば明らかにどこか狂っている行為なのだろう。でも、彼女はそれを認めてくれた。
「もう、光彦以外には任せられんわ。私の専属カッターな」
「アホだろお前」
「えへへ」
「……照れる所じゃないぞ」



 皐月は夜空を見上げながら呟く。
「あーあ。雪降らんかなぁ……」
「降るわけ無いだろ」
 僕もいつものように突っ込んでみる。僕ら2人の関係はそんな感じだ。
「私、星空ってあんまり好きじゃないんやんか……」
「話が見えないぞ」
「だってなぁ……星って上で輝いてるだけで私に何にもしてくれへんやんか。でもな、雪はなぁ、私のところまで降りてきてくれるやんか。結晶って綺麗やで」
「…………」



 皐月がどういう意図があって言ったのかは分からないが、その言葉は今の僕らをあらわしていた。
 彼女はあの日から母親の家を訪ねる訳でもなく、かといってこの街を離れる訳ではない。
 僕もあの日から両親どちらについて行くか決めかね、結論を先送りしている。
 僕らは結局自ら行動する事を避け、幸せが何処からか降ってくるのを待っているだけなんだ。
 でも、夏には雪は降らないし、僕らにも幸せが降ってくるわけが無い。
 だから僕らは今日も傷跡をすり合わせる。これ以上の関係ではないけれど、これ以上の関係もない気がした。



「最近な、常連になった客が日に日にやつれていくんやんか……私、そんな人からお金取って暮らしてる……今日も焼肉食べたし……最低やな……」
 彼女は薬を売る仕事があまり好きではない。よくこんな愚痴もこぼすようになった。
「皐月……生きていく為には仕方ないだろ。ああいうのはお前だけじゃなくて買うやつも悪いんだよ。お前だけ責任感じる必要は無い」
 僕は知ったような口をきいた。
 情けないけど僕は今まで両親の仲は悪かったが、所謂“普通の生活”を送ってきた、ただの中学生だ。分別の付いた大人のような気の利いた言葉は出てくるわけがない。だから今まで僕は精一杯大人のフリをする事でなんとか体裁を整えてきた。皐月にはいつも元気でいて欲しい一心で。ただそれだけだ。



「ありがとな……少しだけ楽になったわ……」
「…………」
この言葉を真に受けていいのだろうか?僕は少しうれしかった。
「……でもな……アンタちょっとキザやで」
「うるさい。お前だってもう結構ここに居るんだから、いい加減その大阪弁もどきをなんとかしろ」
「何言っとんねん!!誰がそんなしょーもない言葉使うかっ!!そんな事言うのはこの口かっ」
「痛い!痛い!痛い!!頬を引っ張るな!!」
「うるさい!!誰が中学生ごときに慰められるかい!!」
 こんな事を繰り返すこと一ヶ月。僕らは過ごしてきた。楽しかった時間。現実から逃れられる時間。僕らはお互いのシェルターだった。



 そんな時間も終わりが来る。判りきった事だったけれど……



 皐月は足を投げ出しバタバタさせながら僕に言った。
「あーあ、このまま夏が終ったらどうしょうなぁ」
「このままでいいじゃないか。別に困る事は無いだろ?」
 皐月は足を動かすのを止め、力なく笑った。
「困る事だらけやん……」
 僕らは黙り込んだ。
 何を言うかは僕の中で既に決まっていた。
 おらく彼女も誰かが背中を押してくれるのを待っているのだろうと思う。



 言うなれば僕は雪だった。
 だから僕は雪を降らせることにした。



「この前は外から見ただけなんだろ?だったらもう一回、母親に会いに行ったらどうなんだ?手紙でもお前を引き取りたいって言ってきたことだし」
 彼女は僕の顔を少し見る。その顔は嬉しさ半分、悲しさ半分の複雑な顔だった。そして俯いた。
「でも……あの手紙……2年前のやし……もう忘れとると思う……」
「行くだけ行ってみろよ。なんなら僕もついて行ってやろうか?」
 彼女は首を振った。
「ええわ……自分で行く……何だかんだ言っても結論は欲しいしな……よし!思い立ったが吉日や!!今日はもう遅いし、明日早速行く!!」
 そう言い放つと皐月はベンチから立ち上がりガッツポーズをとった。



「……これだけは約束してくれ。結果はどうあれ明日もここに来るって」
 僕らは初めてここに集まる約束をした。僕がそうしないと不安だったからだ。それに僕の降らせた雪は彼女にとって綺麗な結晶だったのかどうか知りたいという気持ちもあった。
「え? ……うん。ええよ」
 彼女はすこし戸惑ったような表情を見せたが、すぐに頷いた。
「それじゃあ明日。また会おうな」
 僕はベンチから立ち上がると足早に公園を去った。
 『彼女はきっと来ない』そう思ったから。
 このまま公園にいたら『行くな』って止めてしまいそうだったから。



そして次の日、彼女は来なかった。





第21話 終わり



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第22話 「扉の向こう側」




「夜なんかに探しに行ってホントに大丈夫なの?澄川君が迷子になったらどうするの?」
「大丈夫、大丈夫。有希は心配性だね。」
「でも……」
「どんな心境の変化があったか知らないけどアイツから行くって言ったんだから気にしないの。さっ、私たちも迷子にならない程度に近くを探そ」
「……うん」





 皐月と最後に会って6日になる。
 情けない話だが、今日も僕は公園へ来てベンチに座っていた。
今にも「ごめん、ごめん。忘れとったわ」とか言ってここへ来るように思えた。
 既にここについてから5時間を過ぎていた。
僕はゆっくりとベンチから立ち上がると「今日で最後にしよう」と思い公園を後にする。
 そして明日もここに来るのだ。独りだということを認めたくないから。



 次の日は雨だった。諦めるのには丁度いい。僕は家に居ることにした。
 しかし、それがいけなかった。僕は両親に呼ばれ、二人の前に立たされた。
「光彦、そろそろ決めてくれないか?」
「…………」
 僕にはこういう現実しか待っていない。
「光彦、母さんに付いて来るんだったら今のうちに決めなさい。二学期の初めから転校した方がいいでしょ?」
「おい、光彦はお前についていくなんて一言も言ってないじゃないか!!」
 両親は口論を始めた。激しくののしりあう二人。しばらく僕はそれをただ他人事のように見ているだけだった。でも、少しして何かが心にこみ上げてきた。



 僕は堪らなくなって雨の中へ飛び出した。
 普段、傘も差さずに走る人は傘を忘れた人だけだと思っていた。でも今僕は雨にうたれるために走っている。
 行き先なんてない……はずだった……
 しかし、気が付けば公園にいた。そしていつものようにベンチに座る。
 おそらく両親は別れた後、独りにならないために“慰安”と言う存在の僕を奪い合ってるだけなんだ。
だったら、僕はどうなんだ? ……どちらかについていく事でなくしたピースは埋まるのだろうか?
 ふと皐月の言った事を思い出す。
『あーあ。雪降らんかなぁ……』
 夏には雪は降らない。夏に降るものそれはどしゃ降りの雨だった。



 雨は相変わらず降っている。僕には雨音しか聞こえない。
こんなにふらふらなのに……
そばには誰もいないなんて……
独りって厄介だな……
 周りの流れに僕だけ取り残されベンチに座っている。僕の頬を涙だか雨だか分からないモノが流れた。
……情けない……でも……どうにもならない……
 俯いていた顔を上げ、雨を顔全体に浴びたその時……雨音とは違う音が僕の耳に入ってきた。
 それは不規則だが確かに足音だった。僕は音のする方向へ目を凝らす。



「なんや……自分に浸っとるのか?……アンタらしいな……このカッコ付け」
 忘れたくても忘れられない声。僕は答える。
「お前こそ一週間も約束をすっぽかしやがって。覚悟はできて……」
「どうしたん?せっかく私が会いに来たったのになぁ……」
「!!! …………お前……」





 夜に探そうなんて無謀だったかもしれない。だが、美世の体調は確実に削られている。じっとはしていられない。
 懐中電灯を消し、声を出さずに静かに探す。僕の声を聞けば彼女は逃げるかもしれない。
 こんな効率の悪い探し方をしている自分がバカバカしかった。せめてもの救いは雨が降ってない事ぐらい。
 しかし、こうも暗いと余計な事まで思い出してしまう。





 やがて見えてくるシルエットに違和感を覚え、さらに近づくごとに分かる実物に僕は驚愕した。
 引きずる足。切り裂かれた服。そこから見え隠れする無数の痣。数日前の姿が、そこにはなかった。
 僕が自分の姿に驚いている事に気付いたのか皐月は立ち止まった。
「……ははは……やられてもーた……」
「…………」
「なぁ、光彦も一緒に笑ってさ……」
「…………」
 彼女はそのまま膝を折った。僕は近づけない。
「お母さんの所に行ったらなぁ……意外に暖かく迎えてくれてさぁ……お菓子とかお茶とか出してくれたんやんかぁ……でもなんか“あの人”はよそよそしくて……まぁ、何年ぶりかに再会したんやからしょうがないなぁ、って思ってたんやんか……」
 雨は相変わらず降り続き、雨音に混じりながら彼女の声は途切れ途切れに聞こえてくる。
「……そしたら少しして……家の前に車が止まってな、凄い人数の男が入ってきて、私を押さえつけるんやんか……“あの人”……ただ、私を見て『ごめんね、ごめんね』って……その時ようやく分かってなぁ……『あっ、私……お母さんに売られたんや』って……」



 俯いた顔からは口元しか伺えない。その口元とは薄笑いを浮かべていた。
「そんで車に押し込められて、どっか分からん所に連れて行かれたわ……なんでやろ?って思ってたら、そいつら私の持ってた薬を追ってきた連中やった……自業自得やな……」
「……止めろよ」
「それからボコボコにされて……薬打たれて……そんで、そんで……そいつらに……」
「もういい!!それ以上言うな!!」
 僕は彼女に駆け寄り抱きしめた。
 こうする事で彼女を慰められたらと思ったから。ドラマなんかでよくあるシーンだ。僕はそれに倣った。それしか思いつかなかったから。
 しかし……
「嫌っ!!」
 彼女は僕を突き飛ばし、自分で両肩を抱き震えた。
「ゴメン……触れられるのが……怖くて……」
「…………」
 その震え方は尋常ではなかった。さらったヤツラのした事の酷さが僕にも伝わった。



「監禁されるとな……時間の経過なんて分からんくなって……違うなぁ……こんなこと言いたいんじゃなくて……それよりもお母さんに見捨てられて……私ホントに独りなんかなぁ……もう死んでもええわって思った……」
「!!」
「でも……でもな……その時に……光彦のこと思い出して……アイツ等の隙を見て……ここまで来たんやんか……」
 僕達は辿った経過にこそ違いはあれ、同じだった。彼女も僕も独りになってここを目指したのだ。
「なぁ、光彦……私……私……汚れてるなぁ……どんどん……汚れて……真っ黒や…………助けて……」
「何言ってるんだ……お前らしくもない……がん……」



 僕は『がんばれ』という言葉を飲み込んだ。恐らく言っても意味がない。
 僕らはお互いを必要としてここに集まった。だけど、言葉ではもうどうにもならないし、彼女に触れる事も出来ない。
 こんなに間近に居るのに何も出来ない……僕だって……助けて欲しいんだ……



 その時、彼女から出た言葉はものすごく僕の心を揺さぶった。
「……もうええ………………私を……殺して」
 僕はもう何も出来ないはずだった。でも、これは彼女から言ってくれた“して欲しいこと”。



 扉は少し開かれた。
 扉の隙間から漏れる光は妖しく僕を照らす。そっと近づき、ノブに手をかける。
 扉の向こう側にはきっと救いがあるはずだ。
 そして僕は扉を開いた。
 扉から見えたもの……
 それは……決して見えないはずの……絆だった。



 気付くと僕はナイフを握ってた。  しかし、刃の部分が見えない。
 先へと辿っていくと誰かの体に行き着いた。そのまま上へと目線を辿り見えてきたものは皐月の顔だった。
「それで……ええ……ありがとうな……」
 彼女は目を潤ませ懸命に笑みを作ろうとした。しかし、痛みからかその顔はすぐに歪んだ。
「はは……やっぱり……ちょっと……痛いかなぁ……」
 彼女は手を伸ばし僕の頬を包んだ。
 そして僕はナイフを抜き、もう一度刺した。頬を包んでいた手は地面へと落ちる。
 刺しては抜き刺しては抜く。その動作は何度も続いた。
 何も考えていなかった。ただ繰り返すだけ。



 自分でも分からないぐらい繰り返し再び腕を振り上げた時、彼女が初めて会った日に言った言葉思い出した。
『心中しよか』
僕は心の中で返事をした。
『うん』
 最後の仕上げに自分のノドに向かってナイフを向け、一気に突き刺す。



「…………」
「そのぐらいしとけ。今病院へ連れて行くから」
 誰かが腕を掴んで僕の腕は寸前の所で止められていた。
 僕の腕をつかんだ主を見る。大人の男だった。
 その人もまた傘をさしていなかった。
「まったく……やっかいなことだ」
 そう言いながらため息をついた男は彼女を抱き上げた。
 雨は既にやんでいる。これが真田先生との出会いだった。





 暫く暗闇での捜索が続いた。そして少し先で物音を聞いた。
「そこにいるんだろ?出てきたらどうだ?」
 僕はゆっくり近づく。ところが出てきたのは動物だった。
「なんだ……紛らわしい」
 僕は違う方向へ探しに行こうとしたその時、再び同じ方向から物音がした。
 今度はさっきと違い質量が伴った音だった。すぐさま僕は音のする方向へ走り出した。
 そこで見たのは、冷や汗を流しながら倒れている美世だった。
「まったく……やっかいなことだ」





第22話 終わり



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第23話 「望む事」




「おい、大丈夫か?」
 美世の頬を軽く叩いてみる。
 しかし、美世は返事する余裕は無いようだ。少し呻いて膝を抱くように身を縮めた。
 それを見た僕はゆっくり彼女を起こし背負う。
美世は思ったよりも軽く驚いた。
 あの時とは大違いだった。





 男は僕からナイフを奪うと話かけてきた。
「今から病院に運ぶ。近くにオレの車がある。そこまでお前が運ぶんだ」
「…………」
「速く!!」
 僕を急かす男に戸惑ったが、これだけは言えた。
「……皐月はそれを望んでない」
 それを聞いた男はため息をついた。
「……だったら……お前はどうなんだ?」
「えっ?…………皐月が望むようにしたい」
「残念ながら彼女は自分で意思表示できる状態じゃない。だから、お前はどうしたい?」



 考えてもいなかった。  僕は皐月が望むようにしてあげたかっただけだから。
 僕はどうしたいんだろう……何も考えられなかった。
「……わからない……」
「……だったら運べ。お前がしなくてもオレがするぞ。オレが彼女に触れても良いのか?」
「…………」
 僕はすぐに皐月を背負う事にした。
雨に濡れていたせいもあって彼女は予想以上に重かった。





 自分が辿った山道を淡々と進む。急ぎながら、それでいて慎重に運ぶ。
 そして運びながら思う。
“なんで僕は美世を助けようとしているんだ?”
“殺してください”美世はそう僕に言ったじゃないか?このまま放置しておけば死ぬんじゃないか? ……いや、それは彼女が望んだ事じゃない。
“私を……好きになってください”それが彼女の条件だった。
 何で僕はいつものように好きになって美世を殺せないのだろう?
「うっ……うぅ……」
 背中越しに声が聞こえ、今まで僕に預けっぱなしだった体が少し強張った。





 病院に着くと皐月はすぐに運ばれた。僕は手術中というランプをただ眺めていた。
「ほら、飲めよ」
 気付くと男が缶コーヒーを差し出していた。
「…………」
「どうした?毒なんか入ってないぞ」
 僕は缶コーヒーを受け取った。冷たいコーヒーがノドを通る。
 次第に落ち着きを取り戻してくる。すると自分の姿が見えてきた、体中に皐月の返り血を浴びて真っ赤に染まっていた。襲ってくる恐怖、後悔、悲しみ……持っている缶が震えだした。この震えは自分では止められない。



 しばらく、どちらが喋るということなく時間が流れる。
 どれぐらい経ったのか分からないけど、男は口を開いた。
「話してみろよ。自分ひとりで抱えるっていうのは結構辛いものだ」
「…………」
「幸いオレは赤の他人だ。話を聞いたところでどうってことない」
「…………」
 僕は何故だか話す気になった。
 きっとこの人の言う通り、独りで抱えるのが辛かったのだろう。ゆっくり、ゆっくり、僕は思い出を噛締めるように話した。全てを聞き終っても男は暫く何も言わなかった。



「……怖いか?」
 男はこっちを見ずに尋ねる。僕はそれに答えられなかった。
「大抵、最初の殺しってのはそんなもんだ……まぁ、例外もいるが」
 僕は男を見た。その言葉はどういう意味なんだ?
 僕の視線を感じた男は僕とは反対の方角を向き、話続けた。
「オレに無いものをお前はもってる……オレにはあれだけ直向きに人を殺せない。お前には素質がある。」
「…………」
 話が読めない。僕はどう答えて言いか分からず黙っていた。
「お前、殺しを仕事にするつもりはないか?」
「!!」



 その時、手術室の扉が開き彼女が運ばれる。
 僕は男に連れられ病院の8階までいく。この病院には何度か来たことがあったが、8階へ行くのは初めてだった。
「あの階は特別な人間が入院する場所だ」
 男は僕に説明してくれた。
 8階に着くと、既に彼女はガラス張りの病室の中にいた。
 どうやら皐月は一命を取り止めたみたいだった。
 しばらく僕はガラス過ごしの彼女を眺めた。
 そこで安心している僕がいる。自分で刺したにもかかわらず……少し自分が嫌になった。



「良かったな……と言って良いのか? ……で?これからどうするんだ?」
 いつの間にか男は僕の隣にいた。
「僕……警察に行きます」
 それを聞いた男は腕組みをして、一呼吸置いた。
「ほう、いい心がけだ……だが、彼女はどうする? 誰かに追われているんじゃないのか?それに頼れる身寄りもいないんだろ?」
「……それは……」
「心配するな。この階なら一般の人間は入れないから彼女を追ってるヤツ等からも逃げられる。オレが頼めばこの階で入院させてくれるはずだ。この病院には少し顔が利くんでな」
「本当ですか!?」



「ただし……ここは病院にもリスクがともなう階だから金がかかる。お前が真面目に働いたところで払いきれる額じゃない」
「…………」
 男の眼差しは鋭く僕を見据えた。
「だから、さっきの話だ。……お前、殺しを仕事にするつもりはないか?」
「!! ……あなたは一体……」
「……お前の先輩だと言っておこう」
 目の前にいる人はただの人ではなかった。
 もちろん、僕が彼女を刺した現場を見ても物怖じせずに病院へ連れてくる姿を見れば、普通の人なはずは無いのだが……



「でも……僕は殺しなんて……」
「さっきも言っただろう、お前には素質がある。大丈夫だ」
「…………」
 男は僕の肩を掴んだ。
「お前だけじゃないのか?彼女を救ってやれるのは!!」
 視界に入る皐月に目をやる……人工呼吸器をつけた彼女は静かに眠っている。
 そうだ……皐月を救うのは僕しかいない。
「…………」
 僕は静かに頷いた。
 ……でも、なぜ僕は彼女を救いのだろう?
 好きだから?違う気がする……それが当てはまるのは彼女を刺した時だ。
 好きだから彼女のあんな姿は見たくなかったから……彼女もそれを望んだ……
 やっぱり、わからない。





「嫌!!」
 僕は手足を動かして背中で暴れる美世を降ろした。
 すると彼女は地面にへたり込んだ。その後、よろよろと立ち上がる。
「近寄らないで……」
 睨みつけるその瞳に力はなかった。
「だったら、自分で歩けば良い。帰ろう」
「……帰らない……私は……ここで……死ぬ……」
「戯言なら後でいくらでも聞いてやる。早く帰ろう、時間が無い」
 僕は美世に近づいた。こうなったら力づくでもいいから連れて帰ることにした。



「近づかないでっ!!……なんで?……なんで……私を……助けようと……するの?」
「それは……」
 今でも答えが出ない問いを美世の口から投げかけられ、僕はとまどった……そして、一瞬の隙が出来た。気付くと彼女の姿はない。慌てて、周りを見渡す。
 あの体ではそう遠くへはいけない。僕は彼女の姿を見付けると急いで近づいた。
 しかし、ある程度近づくと僕は彼女と距離を取る事になった。
「それ以上……来ないで……来たら……飛び降ります……」
 美世の向こう側に広がっていたもの……それは崖だった。



「そんなこと言っても、このままの状態でも死ぬじゃないか」
「それで……良いんです……私は……ここで……死にます」
 美世は震える足を少しずつ崖に近づける。
「ウソつくなよ」
「ウソじゃ……ないです」
「……だったら何故、すぐにそこから飛び降りなかったんだ!!」
 僕はいつの間にか少し苛ついていた。
「……もう私なんか……ほっておいてください……私にはもう失う事しか出来ないんだから……」



 “失う”その言葉に自然に僕は反応した。
「……じゃあ聞くが、君は実際に何を失うんだ?……夢か?家族?友達?それとも命?」
「……え?」
 自分でも何故そういったかよく分からなかった。ホント、美世に会ってから分からない事だらけだ。だから僕は素直に疑問を吐き出した。
「教えて欲しいんだ……僕は多くのモノを失った人を知ってる……でも、その人に比べて君はどう考えても何も失っていない」
「……私が……甘えている……とでも言いたいの……ですか?」
「別に……僕が言いたいのはそんな事じゃない」



 僕が知りたいのはあくまでも僕自身のことだ。
 今現在、美世を殺さず助けようとしている。
 美世の事がわかれば、何であの時僕は何を望んで彼女を殺さなかったかが判ると思った。
 ついさっきまでは……



 でも……もう聞く必要が無い……今の美世を見て分かった。
 それは実に単純でばかげた事だった



「…………」
「……ホントは好きなんだろ?」
「……?」
「生きてる事」
「…………」
美世の瞳から涙がこぼれた。



 分かった事……
 それは……皐月にしろ美世にしろ……僕にしても……ホントは自分を取り巻く世界全てを肯定したかったんだ。
 でも、それが出来なくて……否定して、拒絶して……
 素直に“生き続けたい”って言えなくて……
 美世には言って欲しい。生きる事を肯定して欲しい。
 眠り続けている皐月と人を傷つけすぎた僕には、もう出来ないから。
 それが僕の望む事だった。


 僕はゆっくり美世に近づいた。
「さぁ、帰ろう」
 差し伸べた僕の手を美世は両手で掴む。
「うん……」
 握り締めた手は力がこもってなかった。体はもう限界らしい。
 僕は再び彼女を背負うと山のふもとへと急いだ。





第23話 終わり



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〜それでも続く世界〜


第24話 「動き始めた心」




 キャンプ場に戻ると多くの人が集まっていた。上杉たちが連絡したのだろう。美世を背負った僕を見つけると、あらかじめ呼ばれていた救急車へ促され、病院へ連れていかれた。行くつもりは無かったのだが、成り行き上僕も病院へ向かう事になった。
 病院へ着くとすぐさま薬の投与が行われていた。暫くその様子を眺めていたが、美世の両親が駆けつけたところで僕は病室から出た。
 薄暗く誰もいない受付ロビーに行くと適当な椅子に腰掛けた。



「澄川!!」
 呼ばれた声に振り向くと、そこには上杉がいた。
「美世は何とか大丈夫みたい。まぁ、1日で見つかったのはラッキーだった。ありがとう」
「……別に僕はたいした事はしていない」
「そうだね……」
 その直後、乾いた音がして、僕の頬に痛みが走った。
「ムカつく。全部、お前のせいでこうなったんだから」
「……否定はしない」





 人を殺すことでお金を稼ぐ事になった僕は真田先生(当時は僕の担任ではなかったけど)の指示に従い、初めての仕事に着手することになった。
 殺す相手。それは有名人でも政治家でも無い……普通の人。依頼者の不倫相手。小口の殺し。だが、立派な殺人。
 手にはナイフ。皐月との思い出のナイフ。これが僕の商売道具。



 あらかじめ、個人データは会社によって用意されていた。僕はそれに従って、殺すべき最適な時間を狙って殺すだけのこと。
 それだけの事だ……と思ってた……
 夜。僕は息を潜めてしゃがんでいた。
 指定された通りの待ち伏せ場所で待つ。暫くすると足音が聞こえ、ターゲットが近づいたことを知った。



 慎重に間合いを計り、ターゲットが真横に来た瞬間、僕は一気に飛び出し、相手に飛びつく。
 勢いのまま相手を倒し、馬乗りになるとナイフを振り上げる。
 後はそのままナイフを振り下ろせばいいだけだった……しかし、僕は見てしまった。
 怯えるターゲットの目。震える息遣い。そして何よりも相手の体温が僕へと伝わった。
思わず動きが止まる。



 その一瞬を相手は見逃さなかった。固まったままの僕を手で撥ね退け、僕は簡単に飛ばされ、逃げられてしまった。逃げるターゲットを僕は追いかけたくても追いかけられなかった。足が竦んでいたのだ。
 一人残された僕は暫く、呼吸もマトモに出来ず、ただ震えていた。
「……なぜ殺さなかった」
 声の方向に振り返ると、真田先生が立っていた。



「…………」
「おかげでオレがやる羽目になった」
「……やっぱり……僕には出来ません」
 僕は真田先生の顔から視線を降ろした。見えてきたものはさっきのターゲットだった。すでに絶命しているようだ。その体をさも獲物のように服の襟首を掴む真田先生がいる。
「何故だ?この前は懸命にナイフを使ってたじゃないか」
「この前は……皐月だったから……あの子だからやったんです……皐月を傷つける事が出来るのは僕だけだから……」



「……好きか?」
「え? ……わかりません……でも……大切な人です……」
「大切な人なら刺せる……というのか?」
「…………」
 僕が答えられないでいると、真田先生は服のポケットからタバコを取り出し、吸い始めた。
「……なるほど、赤の他人は殺せないか……だが、金はどうやって稼ぐ?前も言ったが中学生のお前が払える額じゃないぞ」
「…………」
 どうしようもない無力感が僕を襲う。何も出来ない自分が歯がゆかった。
 そのうちに大型の車が僕らの目の前に横付けされ、ドアが開くと数人の男が出てきて、死んだターゲットを回収していく。
 再び僕らは2人きりになった。



「実はな、お前が人を殺せるなんて思っていなかった」
 真田先生はタバコを地面に捨て靴の踵でもみ消す。
「オレが気に入ったのは愛するものを殺すお前の姿なんだからな……そこでだ、オレに1つ提案がある。皐月をまた殺してみないか?」
「!!」
「なぁに簡単なことだ。お前に暗示を掛けるんだ。催眠術みたいなものだな。ターゲットが皆、皐月に見えるように暗示すれば殺せるだろ?」
「……そんな事ができるんですか?」
 僕は半信半疑だった。
「まぁ、暗示をかける事に関しては人を殺すために役立つ可能性のあるものは何でも覚えたから問題は無い。問題なのは、ただターゲットが皐月に見えたところで殺すという行為は恐らく、単純な暗示では無理だということだ。本能が邪魔をするからな」
「…………」
「だが、お前で無いもう1つのお前がやるとしたらどうだ?」
「まさか……暗示でもう1つの僕を作るんですか?」
「簡単に言えばそうだ」



 随分突飛な提案だった。
「人を殺すための人格を作る。その引き金はお前が相手に好意を持つこと。どうだ?面白いだろ?」
 僕はこれに乗るしかないようだ……だから僕からも提案することにした。
「だったら、あと人格を二人に増やしてもらえませんか?」
「どういうことだ?」
「好きか嫌いの判断をするのは僕じゃないほうがいい。僕だと感情がコントロールできてしまう。だから……ただ機械的に好きか嫌いを判断する人格が欲しいんです。それと、ターゲットを好きになるためには彼らに接触しなくちゃならない。その為の人懐っこい性格を有する人格。この二つです」
「ほう、なかなか良い事言うじゃないか。気に入った、それで行こう。それでお前はどうする?」
「僕は……居なくてもいいでしょう」



 こうして刹那・正宗・光彦が誕生した。
 刹那はあの時の僕が表れ、殺すことに特化した人格。
 正宗は余計な感情が入らないよう無表情、無感動な人格。
 光彦は楽しかった皐月との思い出をベースに人格が創られた。



暗示を受けてからは人を殺せるようになった。
人を殺すときはいつもあの時のまま。
雨の何も出来ない自分がいて、死ぬことを望んだ皐月がいる。



 その後、僕は一人で暮らすことを選択した。
 両親どちらからの束縛は受けない。もう僕にとって両親はどうでも良い存在となっていた。
 高校生になった僕は真田先生のいる「株式会社Thread winter」系統の学校へ入学した。
 いつしか僕は普段の生活も正宗に任せることが多くなり、最終的には完全に僕は消えた。
 僕はもう表には出たくない。
後は他の人格達に任せ、僕は僕の思い出の中で生きれば良い。



こうして昨日も今日も明日も皐月のために人を殺す日々が続くはずだった。





 少しの沈黙の後、上杉はポツリと言った。
「……何で……好きでもないのにキスなんかしたの?」
「……知ってたのか」
 この言葉を受けた瞬間、上杉は僕の胸倉を掴んだ。
「答えになってねぇんだよ!!あの子がキスぐらいなんとも思わないような子だとでも思ったのか!!」
「…………」
 僕は答えることが出来なかった。
「人の感情をバカにするんじゃねぇよ!!」
「してない!!」
「!!」
 瞬間的な感情が僕を怒鳴らせ、自分で自分の声に驚いてしまった。
 しかし、そのお陰で気付いてしまった。



「……バカにしてたら……僕は出てこない」
 3つの人格に隠れ、心の奥にいたはずの僕。
 もう表に出ることが無いと思っていた自分。



 その僕を引っ張り出したのは美世とのキスだった。
 彼女は僕の「皐月との思い出で無かったもの」を補完したのだ。
 確実に僕の心は動き始めていた。





第24話 終わり



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