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〜それでも続く世界〜
目次
第1話〜第10話まで
第11話〜第17話まで
第18話〜第24話まで
第25話〜第33話まで
第34話「厄介事」
第35話「はにかんで軽蔑」
第36話「思っただけ」
第37話「失うという事」
第38話「出来なかった人間がなすべき事」
第39話「蠢動」
第40話以降
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〜それでも続く世界〜
第34話 「厄介事」
厄介なことになる……
止まっている一台の車を見て直感した。
いつもの喫茶店で待っていると、少しして澄川が来た。
「よう、2,3日前までキャンプに行っていたそうだな」
「……まぁね」
「まぁ、いい……わざわざオレを呼び出して用事とは一体どういうことだ?」
コイツがキャンプへ行って一騒動起こした事はすでに知っていた。おそらく呼び出したのもそれに関連する事だと思う。
「単刀直入に言うよ……浅野美世さんのオプション契約を解約して欲しい」
「……それが失敗した事への言い訳か?」
「違う!!……もう、彼女は死ぬことを望んでないから……」
こうなる事は薄々分かっていた。所詮、思春期にありがちな厭世感による死にたい願望だ。男が出来たりすれば変わるもの。ましてや、浅野美世は澄川に恋愛感情を抱いている。ある程度、コイツと仲良くなれば解消されるものだ。
「わかった……だが、家具代金の返金には応じられないぞ」
「……はい、もし彼女が返金を望むなら僕が代わりに立て替えます」
「…………」
「………どうしたんですか?」
「いや……何故でそこまで浅野美世の肩を持つのかなと思ってな」
「別に……他意はありません。彼女は死ぬ気なんて元々無かったですから…… 僕も望まれない人殺しは嫌なだけです」
『望まれない人殺しは嫌』……澄川……言うようになったじゃないか……コイツが変化していくことにオレは少し腹が立った。
「それを皐月が聞いたらどう思うかな」
皐月という言葉が出た途端、澄川の表情は硬くなった。
「……彼女は関係ない」
「お前は相手が望む望まざるに関わらず仕事をこなせばいい。いつから仕事を選り好みできる立場になったんだ?調子に乗るな」
「…………」
皐月を刺した……オレはそういうお前が気になるんだ……他の事柄に気を取られては困る。
「だが……浅野美世の事に関しては考えておく」
「……あ、ありがとう!!」
今まで光彦以外は大して感情を見せなかったコイツが喜ぶ姿にかなり違和感を覚えた。おそらくこれは浅野美世から影響を受けたモノではない……浅野は感情表現がここまで露骨には出ない……一体……誰だ?
「それともう1つ、上杉亜衣についてなんだけど……」
「?」
「彼女はいつまで僕の家で監視するのでしょうか?」
そうか……人殺しの現場を見ても臆せずにオレに突っ掛かって来た……上杉亜衣……アイツの影響か……
「僕としては……もう少し監視がしたいと思ってるけど……」
「……監視はもういい」
「……でも……」
「これは上司命令だ」
「……はい」
「もう少ししたらお前にも仕事を回す、今度は失敗するなよ」
「…………」
久しぶりに仕事の話を持ちかけたのに澄川の反応は良くない。
「どうした?嬉しくないのか?」
「……嬉しいなんて一度も思った事は無い……でも、仕事だから……」
……そうだ、こうやって殺人を悩むこいつの姿を見るのも興味深い……あの時のオレと同じだからな……
「連絡は後日する」
オレは喫茶店を出た。そのまま、『Thread winter』へ向かう。夏休み中はここへ毎日勤めなければならない。
今現在オレはエージェント業をしていて、基本的には殺しはしない。澄川の取りこぼしを始末するぐらいだ。
そうせざるを得ない理由……情けない事にオレは殺せない種類の人間が出てきたのだ。
それは……
「…………」
貸しビルの前に一台の車が目に入った。外国製の高級車。かなり頑丈に出来ていて、少々の火器では傷つけることすら難しいという話だ。こんな車に乗ってくるのは一人しかいない……
エレベーターで3階へ行き、会社のドアを開けると事務所全体から緊張感が漂ってきた。受付の有田がオレに小声で話しかける。
「……さ……冴木社長が……お見えになっています……奥の応接室で真田さんをお待ちです」
「フン、そんなのこの雰囲気見れば分かるさ」
急ぐでもなくゆっくり歩いて応接室へ向かう。途中、他の社員の視線がオレに集まる。「厄介な事をしでかした」という非難と「可哀相に」という同情の視線だった。
ノックをし、応接室に入る。
「真田です」
二人の屈強な男に挟まれて、華奢な男が座っていた。
「……真田、久しぶりだね元気だった?」
「はい、お陰さまで。社長もお元気そうでなによりです」
社長とは言い難い、服装もカジュアルな服装。幼さは残るものの日本人離れした整った顔。表情はいつも笑顔を絶やさない。コイツの本質を知らなければ、きっと憧れの対象にもなるだろう。
「社長だなんて止めてよ他人行儀だなぁ……ん?……何だか表情硬いよ、警戒してるの?」
「いえ、そう言うわけではありません」
「ふーん、まだあのこと根に持ってるとか?」
「……何のことでしょうか?」
「まぁ、どうでもいい事だよね」
「…………」
“どうでもいい事”か……コイツはオレの表情を見て楽しんでいた。
「今日来たのはね……真田が凄く楽しい事をしてるって話を聞いたからなんだ」
「…………」
「わざわざ自分を殺してくれって依頼してきた人がいるらしいじゃないか、もう、真田さ〜ん、駄目だよ〜、こんな楽しいオモチャを僕に内緒で遊ぼうだなんて」
「…………」
「しかも、ウチが経営する高校の生徒なんだって?」
「…………」
「実は今日ね…………その子に会ってきちゃった」
「!!」
わずかにオレは表情を崩してしまった。それをコイツは見逃さない。
「心配しないでよぉ、お見舞いに花束を渡しただけだって」
「……それで、私にどうして欲しいと?」
「残念だなぁ……もう会話を楽しむ余裕も無いの?まぁ、いいや。その子たしか美世とか言ったっけ?……彼女が殺されるところが見たいなぁ…………殺して♪」
「…………」
「あっ、そう言えば真田は女の子を殺せないんだったね、忘れてたよ〜」
わずかに口元を歪めながらオレをじっくり観察している。
「はい、ですから……この依頼は断ろ……」
冴木はオレの言葉を遮るように話し始めた。
「でも、大丈夫だよね……自分の代わりに人殺しをする手駒を飼ってるんだから」
「…………」
「僕が知らないとでも思った?」
「…………」
「これってウチの会社の性格上イケナイ事なんだよね〜、部外者を勝手に入れちゃあヒミツ保持も無いでしょ?」
「……はい」
「このままだとココの事務所もたたまなきゃいけなくなるよぉ〜、知ってるよね?先月潰した事務所のこと」
『Thread winter』はいくつも事務所を持っているが、先月別の事務所で不正が発覚し、その事務所は社長命令によって一日で潰された。そこに勤めていた社員全員の行方は誰も知らない。
「見せてくれるよね。殺すところ」
「…………はい」
「あっ、そうそう、僕の知り合いが今度依頼をしたいんだって。それも真田に頼むよ」
「……わかりました」
「やっぱり真田はいいよなぁ。あの時からずっと聞きわけが良いから好きだよ」
「…………」
どうしようも無い事は存在するものだ……自分に言い聞かせてみる。
あの時だってそうだったんだ……
第34話 終わり
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〜それでも続く世界〜
第35話 「はにかんで軽蔑」
2年前の3月。
冴木社長が死去し、オレは『Thread winter』の上司と共に告別式に参列していた。といっても、オレ達のような下の人間は末席に連ねるだけだったりする。
「真田君。ホントに惜しい人を亡くしたよ……これでも昔は社長にはお世話になってね……『Thread winter』がまだ小さい企業だったころの話だ」
遠くに見える社長の遺影に目を凝らしながら、白井課長は話す。
「オレは会社が大きくなってからの入社なんで分かりかねますが」
「殺しにもポリシーがあった。気に入らなかったり、理にかなわない殺しは頑として受け付けなかった……っと、こんなところでする話ではなかったな」
冴木社長の話は有名だ。昔は一流のスナイパーだったという話や各界の大物とも関係があり、内外問わず色々な暗殺に関わっているという話。
引退後はそのコネクションを生かして、人殺しの会社を創業するに至った。今では生業が人殺しでなければ、ビジネス書やテレビの特集になってもおかしくないぐらいの成功は収めている。
オレはそこのしがない社員なわけだが。『Thread winter』入社の経緯は他人に話してもしょうがないから、誰にも話すことは無いだろう。
白井課長の社長話が佳境に差し掛かったところで、中断せざる終えない出来事が起きた。
「お父さん!!」
最初は気付かなかったが、何度か「お父さん」と呼ぶ声にオレ達は振り返る。呼んでいるのは高校生なのだろうかブレザーを着た大人びた髪の長い女の子だった。ふと隣にいる白井課長を見ると傍目にも分かるぐらい顔色が変わっている。
「優……何故ここに」
「白井課長、お知り合いですか?」
「あぁ……娘だ……とにかく……真田君手伝ってくれ」
「え?何をです……」
オレが課長に尋ねようとしたが、わざわざ訊かなくても理由はすくに分かった。白井課長の娘は父親を確認するや否や大声で叫びだした。
「ココが冴木謙二郎の葬式ってわけ?たかが人殺し社長の葬式1つでご大層なものねっ!!こっちは死んでくれて清々し………ウグッ……ンーッ……」
慌てて口を押さえ上半身を抱える課長。オレは素早く足を持ち、迅速に外へ運んだ。
「ンーッ!!ウーーーーッ!!」
抱えられながらまだ何か吼えている。威勢のいいガキだ。
告別式場からかなり離れた川岸でようやく、白井課長の娘を解放した。解放した途端、怒鳴りだす。
「人を抱えて連れ出すなんてどういうつもり!!」
「優……」
白井課長はどして良いのか良く分からずオロオロしている。
「それにアンタ!!」
課長の娘はオレを指差した。
「いきなり女の子の生足掴むなんてどういう了見なわけ?信じらんない!!」
「……うるさいガキだ」
「はぁ!?」
課長がいるにかかわらず、オレは思わず呟く。それを聞いた課長の娘は顔を真っ赤にして何やら怒鳴っていた。課長が苦笑いしながらなだめる。
しばらくして、ようやく落ち着いた。
「……真田君、紹介するよ。娘の優だ」
課長に促され渋々挨拶する課長の娘。
「優です……」
「あぁ、オレは真田信治。君のお父さんの部下です」
「……と言う事はアナタも『Thread winter』の社員なんですか?」
「まぁ、そう言うことになる」
「だったら……」
「?」
「アナタを軽蔑しますっ!!」
課長の娘……優はハッキリと言い放った。
「ゆ、優!!なんて事を……す、すまん真田君……」
「…………構いませんよ」
「……フンッ、私は謝らないから」
「娘は……私が言うのもアレなのだが……私の仕事が気に食わないのだよ」
「……そうでしょうね、見れば分かります」
「ちなみに……4月から創野高校への入学が決まっていてなぁ……よろしく頼む……」
「……わかりました」
オレは『Thread winter』の仕事以外に会社が経営する私立創野高校の教師もやっている。
殺害場所の確保ということが主な目的だ。教師なら学校にいても不思議ではないし、なにより普段は『Thread winter』の業務(家具の営業等)から外れる事が出来るというのが魅力でもある。
彼女はオレに敵意むき出しで睨みつける。
「…………」
優の初対面はこんな感じだった。
そして4月、優は本当に入学してきた。
しかも、狙ったかのようにオレは優がいるクラスの現国担当になった。
授業中、ずっと睨まれる……少しシンドイ。
今まではこんなことはなかった。それまでは生徒達自体がオレを見下していて授業などマトモに聞いていなかったからだ。
だが、そういう事は全然ショックではない。オレは元々生徒の事などどうでもいいからだ。独りで授業を始め、独りで授業を終える。
しかし、優は初め睨み付けていただけだったが、オレの独りで行う授業を邪魔するように次第に授業に参加するようになった。
「真田先生、質問があります」
「……はい、白井さんどうぞ」
「この小説に出てくる主人公の友人は自分の知らないところで主人公に好きな人を奪われたことが原因で自殺したのですよね?」
「……そうですね」
「そして主人公は自責の念にさいなまれている」
「…………」
「先生ならどうですか?仮に!!あくまでも仮にですよ!!先生が『人殺し』をしてたとして、やはり自責に駆られますか?お答えくださいっ!!」
「…………」
「……早く答えてくださいっ!!」
「…………先生は……人を殺したことが無いから分かりません」
いつもこんな感じで優はオレにケンカを売ってきた。
今では学校にいる出来る限りの時間、オレの監視(?)を続けている。
「……白井さん」
「…………」
「そんなにオレの背後でウロチョロされても迷惑なんだけど……」
観念したのか物陰から優が顔を覗かせる。
「う〜〜〜〜〜〜っ」
「んな睨むなよ」
「……先生はいつ人殺しをするんですか?」
唐突に何を言い出すんだコイツは。
「…………君には教えられないな」
すると優は俯き呟く。
「ウチは決まっています……というか分かります」
「…………」
「父の目つきが違うんです。ああいうのを血走ってるっていうのでしょうか……そんな姿は見たくないんです……なぜ、人殺しなんてするんですか?」
チッ……だから子供は嫌いなんだ。物事の良し悪しを何でも割り切れると思ってやがる。
オレ自体は人を殺すことについて何も考えていない。動なるモノが静に変わる瞬間が堪らず好きなだけだ……ホントどうしようも無い人間だという事も自覚している。
だが、それが何だと言うのだ。殺して欲しい人間がいて、ただ殺しがやりたい人間がいる、ただそれだけだ。
しかし、そんな事をいちいちこの子に伝えるわけにはいかない。
「父親の仕事を尊敬しろなんていわない。でも、君のお父さんはオレなんかと違って、仕事を慎重に選んでいる。」
「…………」
確かに白井課長は違った。単なる怨恨のみの殺人は決して受けない。だからウチの事務所は家具売り上げが全体の売上のほとんどを占めている。
「人は誰だって少なからず迷いながら行動する。それがどんな行為であっても。『今からする事は間違いかもしれない』って思う。でも、それは物事を一側面でしか見ていないからなんだ。完全なる良い事なんて存在しない。その逆もまた然り」
「じゃあ、人殺しにも良い面があるのですか?」
「……分からない……分からないから、『自分にとっては正しい』と思って人は行動していくしかないんだ……人を殺すことによって救われる人も少なからずいることを忘れないで欲しい」
人を殺して救われる?……そんな事例はほとんどないがな。自分で言って自分に毒づいた。
「……分かりました……いえ、ホントはまだ分からないですけど……少なからず、もう少し考えてみようとは思います」
そう言うと優は考え込むように歩いていった。
いつの日か実はそんな事には答えなんて無い事に気付くだろう。
それ以来、優はオレを睨みつけることは無くなった。
しかし……
「白井さん……いつまでオレの周りをつけているんですか?」
オレの周りをウロチョロすることは止めなかった。
物陰から少し顔を出し、はにかみながらこっちを見た。
「……知りたいんです」
「何を?」
「…………」
「?」
「…………先生のこと」
「………………はぁ?」
なんだか妙は方向へ話が流れ出した。
第35話 終わり
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第36話 「思っただけ」
「真田先生、お弁当美味しい?」
「…………」
「特にね、この里芋。美味しいでしょ?頑張って作ったんだから」
「…………」
「あれ?先生、里芋が嫌い?」
「……白井さん……」
「優って呼んでいいよ」
「そうじゃなくて……何でオレが君の弁当を食べなくちゃいけないんだ?」
昼休み。何故か白井課長の娘、白井優と一緒に弁当を食べてる。「大事な話しがある」とか言われて来てみれば、この状況だ。
「だって先生、職員室で寂しそうに座ってるから、助けてあげたの」
「別に寂しいなんて思った事は無いけど。それに君こそクラスの友達と食べた方が楽しいんじゃないのか?」
「いいの、いいの」
優は持っている箸を左右に振ってオレの話に取り合わない。行儀が悪いし。
「よくないだろ(オレが良くない)」
「私、クラスで浮いてるから……ほら、真田先生の授業で発言しまくりでしょ?誰も聞いてない授業に首突っ込んでちゃあ、皆も相手にしてくれないよ」
「…………」
オレ自身にはまったく非が無いと思っているのだが、少しでも責任を感じたほうがいいのだろうか?
別に今までと違う授業をしてるわけでもないし、コイツが一方的に質問してくるから、勝手にそういう状況になっただけだ。
でも、優の自嘲気味の発言を聞くと何だか悪い気がする……オレが悪い?これが良心の呵責?……人殺しのオレに良心?……バカバカしい。
「でも、先生の授業は楽しいし、こうして今もお昼過ごしてるし……」
「だが、こんな状況見つかったら学校でも問題になると思うが」
「大丈夫、大丈夫。だからココで食べてるんだから」
「……あんまり気分のいい場所ではないな」
オレ達が食べている場所。それは……『Thread winter』の仕事をする場所。つまりは人殺しの場所……開かずの教室。
優が一方的に話しながら昼休みは過ぎていく。
しかし、話が一段落すると彼女は急に黙り込んだ。
「……どうした?ネタ切れか」
「…………そうじゃないけど……」
彼女はオレの顔色を伺いながらおずおずと話し出す。
「あの……真田先生……聞きたい事があるんだけど……」
「何だ?」
「最近、お父さんの様子が変なの……人殺しをするときのような様子の変化じゃなくて……もっと、こう……疲れてるような……上手くはいえないんですけど……」
「……白井課長……お父さんのこと良く見てるね」
「えっ!?……そりゃあ……親子二人暮しだから……」
「……心配は要らないよ。仕事が今、少し忙しいだけだから……もちろん、人殺しの方じゃなくて家具を売る方だけど」
「そう……」
優は釈然としない様子で一応頷いて見せた。
実際、白井課長だけじゃなくてウチの事務所自体が大変な時期だった。
その原因は冴木社長が死んで就任した2代目社長にある。
冴木謙二郎の息子、冴木恭介。まだ大学に通う弱冠21歳。
社長就任には賛否両論あったが、反対を唱えたものはその日のうちに全員始末された。すべて冴木恭介の指示によるものだと言われている。
就任早々、冴木恭介は会社内の改革に着手した。まず、各事務所に一任されていた経営を本社のコントロール下に置き、売上の内容を厳しくチェックし、各事務所に本社の方針を押し付けた。もちろんウチは決めたれていた金額を満たしていたのでこの場合は問題なかったように見えた。
しかし、家具売上がほとんどを占めたことが気に入らなかったらしく、殺人の仕事を増やすようにと指示をだし、売上に占める割合まで指定してきた。
そして、次に手を出したのが殺人依頼の審査基準と料金だった。もっと一般人が気軽に殺しの依頼が出来るようにと審査基準を甘くし、料金もかなりの値下げをするようにと指示。何十万という金で殺しをする事務所も出てきた。
皮肉にもその改革が功を奏し各事務所の売上は上がっていき、ウチの事務所だけが取り残されていった。所長の指示にも関わらす白井課長が頑として受け付けなかったからである。家具売上だけでなんとかしようと白井課長は必死に働く。
しかし、家具だけの売上と、家具と殺人料金の売上では差が開く一方だった。
そんな姿を見かねてオレは白井課長に言った。
「白井課長、オレが学校辞めて殺し専門にやりますよ。そうすれば事務所の人間も迷惑掛からないし」
「……ありがとう、真田君。だが、もう少し頑張ってみたいのだ。殺しなんてしなくても私達はやっていける……今でだってそうだったんだ……きっと上手く行く」
白井課長も先代の社長と一緒にやってきただけに人を殺す仕事については毛嫌いしてるわけでもないはずだった。実際、何度か大きな仕事をしたときの事を興奮しながら話している姿を何度も見ている。
「……優さんの事を気にかけているのですか?」
「…………あぁ、そうかもな……やはり、娘に負い目を感じて仕事はしたくないものだ」
オレには子供はいないが、子を思う親の気持ちは理解できなくも無い。
「だったら、オレも平日営業に……」
「駄目だ。君は教師を続けたまえ…………最近、娘と話す機会は減ったが……それでも、娘と会うと……優は……君の話しかせんのだよ」
「…………」
「親バカと言われてもいい……優を頼む」
「…………はい」
最初は子守のつもり……白井課長の代わり。
課長との話しがあって以来、なるべく彼女に関わる事にした。
授業も彼女向けて行う。どうせ誰も聞いてないのだから構わない。オレのそういった行為に彼女も答えてくれた。
優の反応は楽しかった。感情表現が豊かで表情がころころ変わる。何でもないことに泣いて、笑って、怒って、また笑って……雨が降るだけで不機嫌になり、弁当が美味しいといえば、これでもかというほどの笑顔を見せるし、テレビドラマについて熱く語りだしたと思うと、感動したシーンの話では泣き出したりする。
そういう何でもないことに包まれる事が、オレは居心地の良いモノだと知った。
優といると……もし、オレの中に心というものが有るとすれば……心の底からジワジワと染み渡る幸福感に満たされるのだった。それは人殺しをする時、一気に押し寄せる開放感や達成感に酔いしれる事よりも充実していた。
だから、事態がここまで深刻だったとは全く気付かなかった。
学校の帰り、特に用事も無かったのだが白井課長の顔が見たくて『Thread winter』へ行く事にした。貸しビルの前に着くと駐車されている一台の外車が目に入る。
見覚えの無い車だった。不思議に思いながら会社のドアを開ける。すると、いつもは活気がある事務所内が静まり返っていた。
とりあえず、受付の有田に尋ねる。
「あれ?今日は静かだなぁ。何かあった?それと白井課長は?」
「……白井課長は……応接室で……所長と一緒に……冴木社長と面会中です」
「!!……社長が?……何で?」
オレの言葉に有田の顔が厳しいものになる。
「……真田さんは普段は事務所にいらっしゃらないから分からないと思いますが……とうとう3ヶ月連続で決められたノルマを達成できなくて……」
「まさか……白井課長……あんなに頑張ったのに……」
「いえ……金額的には達成しています……でも…………内訳が……」
「……人を殺し足りないと?」
彼女は黙って頷く。
「……オレ行って来る」
「えっ……チョツト……真田さん!!」
オレはノックをしようと応接室の前で立ち止まる。中から白井課長の声が聞こえた。
「何故ですか?金額的には何の問題も無いでしょう?」
「…………」
「会社を大きくするには殺人だけじゃないないでしょう?」
「白井君、社長に対して何ということを……」
白井課長が社長を説得していて、所長はおろおろしてるって感じだな。とか考えてたら中に入るタイミングを失った……もう少し聞いてみよう。
「…………白井課長だっけ?……」
「はい」
「僕は会社を大きくするつもりなんて無いよ」
「えっ?」
「……君達が必死で人を殺すことが重要なんだよ。」
「本気ですか……」
「うん、もちろん…………だからねぇ……殺しのノルマを達成できないこの事務所、潰しちゃおうかなって思うんだ」
「…………」
「もちろんクビにはしないよ。会社の事が他に知れても嫌だし。会社は僕のおもちゃ箱なんだから……だから皆には少しずつ死んでもらおうかな」
「!!」
なんなんだコイツは……本当に人なのか?オレはますますドアを開けるのが躊躇われた。
「まっ、待ってください。来月こそは必ずノルマを達成しますからっ!!」
所長が必死に社長を説得し始めたみたいだ。
「でも、3ヶ月駄目だったし……来月頑張るからって、ペナルティーも無しじゃねぇ……」
「分かりました、ペナルティーは受けますっ!!ですから来月にもう一度チャンスを……」
「いいよ」
「えっ!?ありがとうございます!!ほら、白井君もお礼を言いなさい」
「……ありがとうございます」
「実は僕、ペナルティーを与えたくてココへ来たんだから。もう、所長さん言うの遅い」
「はぁ……」
「あのね……父親の告別式のときに、『死んでくれて清々した』と大声でどなった人がいるって小耳に挟んだんだ」
「!!」
優のことだ。
「もう誰かは分かっているんだけどね……白井課長も知ってるよね」
「……はい」
「それってヤッパリ拙いよねぇ。僕も気分良くないし……だから……」
「…………」
「その子を殺してくれる?」
「!!!!」
冴木社長は最初からこれが目的だったんだ。
オレは目の前が真っ暗になるような感覚に襲われた。優が……殺される……
「それは……」
「事務所にいる人達の命と娘一人の命、どっちが重いんだろうね……あはは……もっと悩んでよ白井さん、僕それを見たいんだ」
……狂ってる。コイツは他の人間と何かが違う。そう感じずにはいられなかった。
「…………では2,3日考える時間を……」
「駄目、今答えて」
声だけしか分からないが社長は確実に白井課長を追い詰めていく。オレはただ白井課長が上手く切り抜けることを期待していた。
そして……長い沈黙の後、白井課長の搾り出すような声が聞こえた。
「……承知しました」
「ホント?嬉しいなぁ……もちろん殺すのは白井課長がやってね」
「えっ!!!」
オレはドアの前で舌打ちした。
この仕事をやっている身分で殺しは駄目だなんて言えた義理ではないことは百も承知だ……でも……優だけは……だが……それでも……
オレは自然にドアのノブに手をかけた。
ドアを開くと三人の姿が見えた。オレに視線が集中する。言うべき言葉はすでに決まっていた。
「オレにやらせてください」
「君は誰?」
「優が通う学校の教師です」
「……真田君」
「……へぇ……教師が生徒を殺すかぁ……いいねぇ……それでもいいよ」
「ありがとうございます」
どうしようもない事なら自分の手で幕を引きたい……そう思っただけだ。
第36話 終わり
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第37話 「失うという事」
ずっと取り巻いていた緊張感を解き放つときが来た。
慎重にではなく迅速に相手の背後に回りこみ、最初の一撃を背中に与える。大抵の人間ならまだ何が起こったか判らない。相手の振り返りざまに首筋めがけてナイフを一振りする。一連の動き。
首から勢い良く飛び散る血飛沫を必死に抑えながら崩れ落ちる体。不規則な呼吸音とオレを見つめる目。黙ってその目を見つめる……と言うより目が離せなくなる。
コイツが今までどんな人生を送ってきたかなんてどうでもいい。白井課長なんかはそういうものに敬意を払ったりすると言っていたが、死に逝くこの塊に何を思えばいいのか。
やがて人と呼ばれた塊は動かなくなった。死亡した事を確認し、死体回収班が来るのを待つことにする。
しかし、オレの耳に不規則な呼吸音が聞こえた。振り向いて死体を見る。さっきのまま動いてはいない。
そこでようやく気付く……あぁ、これはオレの呼吸だ……
すると、オレの中で開放感や達成感が一気に押し寄せる。初めての殺人……父親を殺したときからこんな感じだった。
今までの殺人。仕事のすべて。これからもきっとそうに違いない。
「先生から映画を見に行こうって私を誘うなんて……変だよね」
「……そうか?」
「なんか企んでない?」
「別に」
優は真っ直ぐにオレを見つめる。
もちろん目的は冴木社長との約束……優を殺すこと。
すぐに殺すことも出来たが、事務所スタッフの代わりに死ぬ彼女へ何もせずに殺すのは悪い気がした。
……なぜだか優といると自分に責任を感じて甘くなってしまう。これはオレがコイツの教師だからなのか?
それとも……
「……ふ〜ん。まっ、いいか。で、先生何を見るの?」
「何が良い?」
今日だけは彼女の好きにさせたくて気を使ったつもりだったが……
「呆れた。先生、決めてなかったの?」
「……いや、お前に決めてもらおうと思って……」
「そういうの駄目なんだよ、先生!!こういうときはビシッと男の子が決めなきゃ」
「男の子って……」
「でも、今日のところは私が決めるね……それでさ……」
「……何だ?」
「今日は先生って呼ぶの止めていい?ほら、街中で先生なんて……何か怪しいでしょ?」
「……まぁな」
「良いでしょ、良いでしょ」
まるで散歩をねだる犬のように期待に満ちた目でオレを見る。
「……分かった」
「やった〜、じゃあヨロシクね、信治♪」
「下の名前で呼ぶな」
「ケチ!!だったら先生って大声で言ってやるっ!!みんなに誤解させるんだ〜!!」
「……チッ……今日だけ許す」
「マジっすか?!」
「……マジ」
「やったー!!じゃあ、私の事も優って呼んでいいよ」
「遠慮しておく」
「えぇ〜っ!!」
映画館に着くと、優が選んだ作品を観る。青春恋愛ファンタジーと銘打っている訳の分からないものだった。内容は高校生の魔法使いが自殺する女の子を助ける話……だったような気がする。
優は真剣に映画を見ていたが、途中でオレは退屈になり耐えられなくなって寝てしまう。
やがて、館内が明るくなりオレは目が覚めた。寝てしまったので優はきっと怒っているに違いない……しかし、その心配は無用だと分かる。
右腕に重みを感じて見てみると、優がオレに寄りかかって寝ていたのだ。
あれだけ真剣に見てたのに寝るなんて、よっぽどつまらなかったのだろうか?優に確かめようと話す。すると、オレには考えも付かない答えが返ってきた。
「二人で見る映画って、後で内容について話するのが楽しいでしょ?……でも、信治は寝ちゃったし……だから、後で二人して寝てしまった話が出来るように私も寝たの」
「……スマン寝てしまって……映画に来た意味なかったな」
「そんなことない、楽しかったよ…………信治に腕に寄りかかることできたしね」
「…………」
「…………何?」
「いや……別に……」
オレは一瞬、考えてはいけない事を考えてしまった。慌てて打ち消す。
この後も優の行きたいところへ行く。それは、若い奴がたくさんいる服屋(←ものすごく居づらい)だったり、ボーリング場だったり、カラオケだったり……今日という日が続く限り彼女のリクエストに答えた。
しかし、終わりというものはやって来る。オレ達が最後に向かう場所は決まっていた。
「なぁ、優。最後に学校へ行かないか」
「え、なんで?」
「……大事な話しがあるんだ」
「う〜ん…………」
優はオレと地面を交互に見ながら考えていた。
「…………」
「…………いいよ。行こ」
どうせ終らせるならあの教室が良いだろう……オレにとっても優にとっても……
学校へ行く途中会話はほとんどなく、ただ歩く。
しばらくすると優はオレの腕にしがみつくようにくっついてきた。
「…………」
「……少しだけ……このままで……」
徐々に緊張感が取り巻く。オレの中で人殺しの準備は着々と進んでいた。
ついに学校へ着くと、オレ達は開かずの教室へと向かう。
「休みの日の教室ってやっぱり静かだよね……ってこの教室はいつも静かか……」
「……そうだな」
慎重になってはいけない。そんなことは分かっていた。ここは思い切りとスピードが要求される……だが……オレはタイミングを失った。
「大事な話って何?」
「…………」
「この教室に来るって事は………」
わずかだが優の声が震えていた。
「私を殺すの?」
「!!」
その言葉に突き動かされるようにオレは動く。足を掛け、押し倒し馬乗りになる。
「…………」
「…………」
しかし、そこでオレの動きは止まってしまう。
今一番してはいけないこと……躊躇……をしてしまった。
「……いいよ」
「!!」
「先生に殺されるんだったら……いいよ……」
「…………」
「先生、前に言ったよね……『人殺しをして救われる人もいる』って」
「…………」
優は笑顔を必死にみせようとしている。オレはどうする事も出来ない。
「先生が私を殺すって事は……お父さんも知っているんでしょ?……」
…………もういい、何も言うな…………
「だからきっと……私が死ぬことにも意味があって……それは、誰かを救いたいからなんでしょ?」
…………止めてくれ…………
「……何となく先生から映画に誘われたときから覚悟してた……だって、先生がそんなことするはず無いもんね」
「!!」
「先生、だから……」
「……いい加減にしろ!!!!」
「!!」
「さっから先生、先生ってうるさいんだよ!!……オレはお前の先生なんかじゃねえ……ただの人殺しだ……お前を殺すことに意味なんてねえよ……意味なんてあってたまるか!!」
オレの目から何かがこぼれた……それは久しく見ていなかったもの……涙だった……
「……先生……」
何故?何故なんだ!!
オレがこんなにも目の前にいる人間がいなくなることを怖がるなんて……
……失いたくない……たから、オレが出した結論は……
「…………逃げるぞ」
「え?」
「オレが別の人間殺して誤魔化すから、お前は逃げるんだ」
「でも……」
「映画見た後……考えてしまったんだ……これが明日も続けば良いなって……」
「…………先生」
「……だから……逃げるぞ」
「……うん」
優の手を握って体を起こす。
照れながら起きようとする優。
オレもつられて少し笑った……心の繋がりを感じた瞬間……
銃声がした。
「!!」
反射的に振り向くとそこには……
「…………白井課長……」
右手が引っ張られる感覚。
……握っていたはずの手が離れる。
…………優は崩れ落ちるように倒れた。
「優!!!」
「あ〜ヤッパリ、君じゃあ駄目だったね。白井課長に頼んで正解、正解」
聞きたくない声に目を向けると、白井課長の後ろには冴木社長の姿が見えた。
「せ……先生……痛いよ……痛い……よ……」
「…………!!!」
すでにオレの足元まで血溜まりは広がって、優の顔面はすでに蒼白で軽い痙攣も起こしていた。
「……優……」
「そこをどけ」
背後に感じた気配に振りむくと、いつの間にか白井課長がいた。
課長はそのまま躊躇せずに数発発砲し、オレの真横を弾丸は通過していく。 何度か衝撃で優の体は跳ね上がった後、まったく動かなくなった。
「……良くやったね、白井課長。イイものを見せてもらったよ♪……それにしても、真田は駄目だなぁ〜」
嘲笑う冴木を見て……ジワジワと殺意が芽生える。
「真田には後で殺せなかった責任を取ってもらうよ」
「…………」
オレはポケットのナイフを握り締め、少しだけ踵を浮かせる。殺す準備は揃った。
しかし、横からの風圧を感じた瞬間、オレは殴り飛ばされた。
「この馬鹿者がっ!!」
殴ったのは白井課長だった。オレは何が何だか分からなかったが、そのまま課長はオレの胸倉を掴み殴りかかる。
「貴様の勝手な行動で事務所の人間全員の命が無くなるところだったんだぞ!!」
何度も何度も殴り続ける。
オレはどうする事も出来なかった……それは課長の涙を見たからだ。
しばらく殴った後、白井課長は冴木に向かって土下座をする。
「真田は優秀な社員です。優を殺さなかったのも上司の私を想っての事。生かしておけば必ず社長の役に立つ男です。どうか、どうか、許してやっては貰えませんか?」
「……う〜ん……どうしようかなぁ〜。僕、結構、腹立ってるしぃ〜……そうだ!!白井課長は真田の上司でしょ?だったら白井課長に責任を取って欲しいな」
「…………」
「……できないの?」
「……わかりました」
課長はこっちを向き、オレにだけ聞こえるように呟いた。
「優を守ろうとしてくれて……ありがとう」
「!!」
殴られ続けたオレは動く事が出来ない。
流れる涙。
課長は立ち上がり、こめかみへ拳銃をあてがう。
笑う冴木。
響く銃声。
飛び散る血液。
崩れる体。
たくさんのものを一度に失った。
第37話 終わり
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〜それでも続く世界〜
第38話 「出来なかった人間がなすべき事」
優と白井課長のことがあって以来、オレは自宅に閉じこもっている。幸い、学校の方はすぐに夏休みになったため特に混乱は無かった。
自分の甘さを責め、同時にもう殺しは出来ないと感じる。好きだとか嫌いだとかいう感情がココまで自分を支配するとは思わなかった。あれから二週間経ってもオレは何もする気が起きない……それなのに腹が減れば何か探して食っている……
オレだけ生きてる事に対する嫌悪感で一杯だった。
だから、家に入り込んできた男達に気付かなかったというのは言い訳だろうか?男達は土足で上がりこみ、オレを囲むように立っていた。
「真田信治だな」
「…………」
「答えろ。お前が真田信治なんだな」
「……だったらどうなんだ」
「冴木社長がお呼びだ」
「!!……こんな役立たずに何の用なんだ?もう気は済んだのだろ?」
「……お前が詮索することではない。我々も連れてくるようにと言われているだけだ」
「……冴木の犬が」
次の瞬間オレは蹴りを腹部に喰らい、うずくまった。
「言葉に気をつけろ。我々は“生きて連れてくるように”とは言われていないのだ」
「…………」
オレはそのまま男達の暴行によって気を失った。
再び目が覚めるとすでに冴木の前にいた。
「目が覚めたのかい?心配したよぉ〜。死んだのかと思っちゃった」
「…………」
「良い目をしているね。今にも僕に襲い掛かりそうだ。好きだよ、そういうの」
「……優と白井課長を殺したんだ……オレの事なんてもうどうでもいいだろ……」
「そんなことないよぉ。僕、真田のことが心配だったんだ……ショックで自殺するんじゃないかって……だから二週間も時間を置いたのに死ななかったね。偉い、偉い」
「!!」
「そんな君に御褒美だよ。仕事をあげる。もちろん殺しの仕事」
「……もう殺しは出来ない」
「はぁ?たった女子高校生一人殺せなかっただけで引退かい?……よっぽどだったんだねあの優って子は」
「!!…………」
オレはありったけの力で奥歯を噛締めていた。口の中が血の味がする。飛びつけないのは冴木のボディーガード達がオレを押さえつけているからだ。
「今丁度、やくざに面倒を起こした人間の始末を頼まれていてね」
「…………」
「ねっ、ねっ、会社に面倒を起こした君の復帰戦にはぴったりだと思わない?」
「……断る」
「駄目、君に拒否はできない。君が拒否ると周りの人にどんどん迷惑が掛かるだけだよ」
「…………」
「僕にとっては事務所も学校もどうでもいいんだ。ただ、君達が悩んで人殺しをする姿だけ見ていたいんだ……そして今君が僕のオモチャってわけ」
「…………」
「ハッキリ言っておくけど君は殺さない。君が独りになるまでね」
結局……首を縦に振るしかないって事かよ。
車を走らせて依頼者の場所まで行く。1時間かけて着いた先は郊外の山中にある依頼者の別荘だった。
玄関先には依頼者の代理人がいた。つまりは、チンピラ出迎えだ。
「アンタか?始末してくれるってヤツは」
「……そうだ」
「最近は便利になったもんだ。ワザワザこっちが殺してリスクを背負うよりも格安でゴミを片付けてくれるんだからな」
オレは自然に依頼者の首に手が伸びる。
「そのゴミを片付ける事も出来ないクズ野郎は貴様らだろう……」
「……苦しい…………悪かった……機嫌を損ねたなら謝る……」
「…………」
首を絞めていた手を離す、しゃがみ込み咳き込むチンピラ。
その姿を見ながらふと思う……じゃあ、そのゴミを片付けるオレは一体なんなんだ?
案内された別荘の地下にある一室にゴミはいた。
ボロボロになった冬服のセーラー服を着た少女。倒れて動かないが、生きてはいるみたいだ。周りには注射器やいかがわしい器具が散乱している。この少女が受けた仕打ちの酷さがうかがえた。
「コイツ、系列の組が持ってた薬を盗んで逃げやがった」
チンピラが蹴り上げると少女は呻きながら目を覚まし、睨むようにこちらを見る。さぞかし怯えきった目を向けるだろうと思っていたオレは少し驚いた。
「どうだ?どうせ殺すんならアンタも楽しんでから……」
「……そうだな……悪いが出て行ってくれないか。二人きりになりたい」
「じゃあ、終ったら呼んでくれ」
と言い残し、醜悪な笑みを浮かべてチンピラは出て行った。
少女と二人きりになる。暫く、無言で向かい合ったが、最初に喋ったのは少女の方だった。
「……どうせまたやるんやろ、早くしたらええやん」
少女は関西訛りのある話し方だった。高校生ぐらいだったので少しだけ優と重ねてみたがどうやら全然違うタイプみたいだ。
「別に……したくない」
「!?じゃあ、何で二人きりにしてくれなんて言ったん?」
「……オレはお前を殺すためにココに呼ばれた」
「!!」
初めて少女は怯えた表情を見せた。地面に座りながら後ずさりを始める。そこら辺にある物を手当たり次第に投げてきた。次々とオレの体に当たるが、前進するオレにはそれが何の障害にもならない。
何の事はない、二人きりにしてくれと言ったのは殺しに集中したいからだ。
「嫌や!!まだ、死なへん!!」
「悪いがオレはこんな仕事さっさと終らせたい」
オレはポケットからナイフを取り出した。
「お願い……見逃して……」
「無駄だ」
無駄だ。どんなにあがいたって無駄。オレだって……そうなんだ。
投げるものが無くなった少女は素早く立ち上がり、壁伝いに逃げる。
「絶対に死なへん、アイツに会うまでは死ねへん」
「…………残念だったな。そいつにはもう会えない」
「!!…………」
部屋の隅に追い詰める。少女は自分を守るように自分で自分を抱き、震えながら呟く。
「……どうせ殺されるんやったら……アイツに殺されたい……」
「…………」
「……今でもきっと公園で待っとるに違いないんや……アイツはそういうヤツや」
オレは不覚にもその言葉に耳を傾けてしまう。
「…………そいつはお前の何なんだ?」
「えっ?」
質問された事が意外だったのか、呆然とした顔をオレに向ける。
「どうなんだ?」
「…………私を傷つけられるただ一人の男……」
「好きなのか?」
矢継ぎ早に質問をするオレに少女は戸惑っているようだ。
「こっちがそうでも……アイツはどうか分からへんけどな……」
「…………」
もう一人のオレが今浮かんだ考えを『無駄だ。コイツは逃げたいだけだ』と否定する。
「…………本当か?」
「え?」
「お前が好きな男に殺されたいというのは本当か?」
「……どうせ死ぬんやったら……」
「そして、その男もお前を殺してくれるのか?」
「……うん」
「お前、名前は?」
「……美浦皐月」
「見せてもらおうじゃないか」
「え?」
「お前が死ぬ所」
オレは冴木の事をとやかく言えないのかもしれない。少なくとも今、オレはコイツが好意を持っている人間に殺される姿を見たいと思ったからだ。
もしかしたらコイツにオレは優との結末を託しているのかもしれない。どうせ殺されるにしても……幸せに死ねるのか……
『せ……先生……痛いよ……痛い……よ……』
苦痛で顔を歪めながらオレに助けを求めた優を忘れられない。
『優を守ろうとしてくれて……ありがとう』
礼を言われる事は何もしていないじゃないか……どうせ死ぬんだったら……二人ともオレが殺してやりたかった……
全部オレが甘かったせいでああなったんだ。
「少し傷つけるだけだ」
とりあえずナイフに血をつけるため皐月に傷をつける。
「痛っ!!」
「我慢しろ。ヤツ等を誤魔化すためだ」
そのまま皐月を担いでドアを開ける。チンピラはオレの姿を見て驚いたようだ。
「殺したのか……」
「まぁな。あんまり暴れるから、さっさと殺っちまった……これから死体を処理してくる」
「あっ、オレもついていく」
「……オレが信用できないと?」
「そ、そういうわけじゃあねぇけどさぁ……上のモノに言われてるから……」
「だったら上のヤツラに言っておけ、オレはプロだと」
「……わかった」
我ながら良くこんなウソを並べられるものだと心の中で苦笑した。
そのまま皐月を車に乗せオレは別荘を後にした。皐月は未だにこの状況が信じられずにきょとんとしている。
「……ありがとう」
ようやく喋った言葉がそれだった。
「……勘違いするな……お前が死ぬことには何の変更も無いんだ」
「…………」
「公園で待ってるそいつが殺せない時は、オレが二人とも殺す」
「…………うん」
オレは何を考えているんだ……こんなガキ一人殺すのにココまで世話を焼くなんて。
一時間ぐらいしてようやく街へ戻ってきた。
「おい、その公園ってのはどの辺りなんだ」
「もうちょい先……」
「いいか、時間を稼いで逃げようなんて思うなよ。逃げたらヤクザどもに連絡する。そして次は確実にお前を殺す」
「……分かっとるよ」
その瞬間、皐月はオレの隙をついて助手席のドアを開け、走行中の車から飛び降りた。
「!!」
オレは必死に手を伸ばすが捕まえる事が出来ず、まんまと逃げられてしまった。慌てて車を端に止め、飛び降りた地点に向かう。
しかし、すでに皐月の姿は無かった。
「あのガキ……」
ただ、車のスピードを60キロは出していたから、飛び降りてただで済むわけは無い。おそらくそう遠くへは言ってないだろう。オレはこの辺りを歩いて探す事にした。
あんなウソに騙されるなんてオレはどうかしてる。一瞬でも優の事を考えたオレがバカだった。後悔してもしょうがない。とりあえず、あのガキを殺すしかない。間の悪い事に雨まで降ってきた。今は舌打ちしか出なかった。
すぐ止むと思っていた雨は本降りとなり、傘を差さずに捜していたオレはずぶ濡れになっていた。あたりは暗く、すでに夜。
考えてみたら、あのガキを殺す必要はもうなくなっている。今の原動力は優との思い出を利用されて逃げられた悔しさからだった。
色々探してみたが一向に見つからなかった。金も持っていないはずなので、電車やバスに乗れるはずはない。見当がつかないオレは焦るばかりだった……が、ふと思う。
もし、あのガキが言っている事が本当だったら……
信じてはいけないと分かってはいたが、心の何処かでそうあって欲しいと思う気持ちがオレにあった。
急いでこの辺りにある公園を探す。しかし、幾つか回ってみたが誰もいなかった。無理もない。こんな雨の日に『好きな人が来るかもしれない』という憶測だけで公園に行く必要は無いのだ……
なのにオレはまた次の公園を目指し走っているのだ。オレは優によって変わってしまったのかもしれない……くだらないと思っていた事にこんなにも一生懸命になってる……人を好きだと言う気持ちを信じて……
この辺りの公園をあらかた探し終えたオレは信じた自分を責めた。やはり繁華街の方を探した方が懸命だったなと思い直して向かおうとした途中、その公園はあった。
小さな公園だったから見逃していたのかもしれない。外灯が一つだけ灯っている下には一人の少年が雨の中ベンチに座っていた。
「…………」
オレは思わず息を呑んだ。コイツなのかどうか分からない。だが、待ってみる価値はありそうだ。近くにあった建物の影に隠れて待つ事にする。
それから2時間近くが経過したが、一向に皐月は姿を現さなかった。公園にいる少年も動く気配は無い。どうやら根競べになりそうだ。
そんなことを考えた矢先、公園沿いの歩道に人影が見えた。人影はゆっくりゆっくりこちらへ向かってくる。ゆっくりなのは足を引きずっているからみたいだった。
……皐月だ……言っていた事は本当だったのだ……
だが、まだ信じていない部分があった。それはホントにこの少年が皐月を殺すのかである。
皐月はたどたどしい足取りではあったが、公園に到着すると少年の方へ真っ直ぐ歩いていった。そして向かい合う二人。
出来るはずが無い……オレだって出来なかったんだ……ましてやただの少年じゃないか。
しかし、オレの予想は大きく外れる。
皐月との間で幾つかやり取りがあった後、少年は彼女を刺した。何度も何度も刺す。
その光景は驚愕でもあり羨望でもあった。
オレが超えられなかった壁をあの少年は越えているように思える。
そこには優とオレのあるべきだった結末を見た気がした。
しかし……だからこそ……このまま二人とも殺すわけには行かない。
優との結末はああなってしまったが、この二人はまだなんとかなるかもしれない……
出来なかったオレが出来る事は……
オレは二人に駆け寄り、少年の腕を掴んだ。
「そのぐらいしておけ。今病院へ連れて行くから」
第38話 終わり
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〜それでも続く世界〜
第39話 「蠢動」
「それじゃあ、美世って子を殺せる準備が出来たら連絡してね」
思い出に浸っていたオレは冴木の言葉で現実に引き戻される。
「…………」
「……逃がしちゃあ駄目だよ。まぁ、分かってるとは思うけど。それと、僕の知り合いの依頼も忘れずにね」
要件だけ告げると冴木はボディーガードを引き連れて帰っていった。一人になった応接室でオレは近くにあった灰皿を床に叩きつけた。大きな音を立ててガラスの灰皿は粉々になる。
「真田さん、どうしました!?」
「……いや、何でもない」
慌てて有田が応接室に入ってきた。ガラスが飛び散った室内を見ると彼女は口に手を当て驚く。
「今、ホウキとチリトリもってきますから!!」
「……スマン」
「真田さん……」
「?」
「もし困った事があったら言ってくださいね……私達もここの社員ですから覚悟は出来てます」
「……ありがとう」
二日後、冴木の紹介で依頼人に会う事になった。
応接に向かい合って座るオレと依頼人。
「タバコ吸っていい?」
「別にオレは構いませんが」
「ありがとう。家ではなかなか吸えないもので」
依頼人はタバコを取り出すと慣れた手つきで火をつける。
「……では、この契約書についてのご説明を」
「しなくて結構です」
「ですが……」
「冴木とは高校時代からの知り合いなの。だから、ここのシステムについても大体知ってるし」
「……そうですか」
冴木とこの依頼人がどんな関係だったのかは知らないが、あまり好感は持てなかった。
「そして真田先生……アナタの事も知ってます」
「!!」
オレの驚く顔を十分堪能した後、依頼人はゆっくり話し出す。
「別に驚く事ありませんよ……私の身内がアナタのお世話になっているものですから」
「……そうでしたか」
「申し遅れました。私は上杉法……妹の上杉亜衣がお世話になってます」
「!!!!」
「殺して欲しい相手というのが、妹と関係あって……お恥ずかしい話なのですが妹は長い間、家に帰ってこなくて……今も何処で何をしているのか……」
さっきから依頼人には驚かされてばかりだが、今度はオレが依頼人を驚かす番だ。
「…………承知しています」
「えっ!?」
「私は妹さんと面識がありますから……ウチの職員、といっても正規の者ではないですが、その者と少しトラブルがありまして……監視のために一緒に住まわせています」
その言葉を聞くと依頼人の顔色は一気に変わり、机を飛び越してオレに掴みかかった。
「妹に、亜衣に何があったのっ!!言いなさいっ!!」
「……ご心配なく。彼女は凄く元気です。あんまり元気なので、当社の仕事にまで首を突っ込まれて大変です」
「あの子に何かしたら……ただじゃ済まさないっ!!」
しばらく、依頼人はオレの胸倉を掴んだまま動かなかった。
「……でしたら御自分の目で確かめるのが一番でしょう。地図書きますから」
オレの一言でようやく我に帰ったのか、慌てて掴んでいた手を離す。
「あの、すいません……私……妹の事になるとつい……ありがとうございます」
「……私が言うのも何ですが、もう少し温かく見守ってやってはどうですか?あのぐらいの時期は何かと精神的に不安定ですし」
「ですが……」
「責任は私が持ちますから」
自分でも良く分からないが、いつの間にか物分りのいい教師みたいなセリフを吐いていた。
気を取り直して仕事の話を進める。
「それで、どなたの始末を」
「妹が家を出て行く原因を作った……松田元樹という男を殺して欲しいのです」
「それでは……ご依頼は一緒に暮らしている松田元樹という男性を始末して欲しいと……これに関して妹さんはどうお考えなのでしょうか?」
かなりお節介かもしれない。それにしてもオレがアイツのことを気にするとは……
依頼人はこの質問に対して露骨に嫌な表情を見せた。
「妹は関係ありません。私が必要ないと感じたから殺すのです」
「他にも方法が……」
「アナタはただ黙って殺してくれればいいのです」
「……分かりました」
詮索しても始まらない。仕事をこなすだけだ……そう思うことにした。
それから、オレは澄川に連絡を取り、仕事の話をした。
しかし……
「それは出来ない」
「出来ない?……松田という男を殺せば上杉亜衣は家に帰ることが出来るとアイツの姉は言っているぞ」
「そういう問題じゃなくて……自分の事で死人が出るなんて上杉が納得するはずが無い」
「……上杉亜衣はお前に関係ないだろ」
「……それだけじゃない」
「?」
「僕の中にはもう刹那がいないんだ」
「なんだと!!……いつから……」
「3,4ヶ月前から少しずつ上手くいかない時があって……顕著になったのはここ1ヶ月ぐらい……この前のキャンプで完全に……」
正直言って信じられなかった。あれほど刹那を頼りにして仕事をしていたというのに……
3,4ヶ月前に何が起きたかは分からない。しかし、一ヶ月前、そしてこの前のキャンプで共通する人物なら分かる……
「浅野美世……だな」
「!!」
浅野の名前を出した途端、澄川の表情が変わる。1ヶ月前、浅野はオレに自分を殺してくれと依頼してきた。そして、キャンプが終ったあと浅野は入院、澄川が契約の解約を言い出した。間違いないだろう。
「だとしても答えは簡単だ。もう一回暗示を……」
「嫌だ」
「…………」
「僕は……僕でいたい……」
澄川の言葉がオレの心にわだかまりを作り出す。
「……………じゃあ、お前はどうするつもりだ?……金はどうする?」
「わかってる……だから……このままで仕事を……」
「……無茶を言うな」
「無茶でもやらなきゃ……」
「…………」
くだらん自我に目覚めたか……正直、浅野を甘く見すぎていた。
オレの中で上杉亜衣は『危険な存在』だが、浅野美世はもう『危険な存在』ではなく『排除すべき存在』になった。
もはや澄川には浅野美世も松田元樹の始末も無理だろう。
どうする?……オレがやるか…………いや、違う。
「……お前の気持ちは良く分かった。この仕事はもう少し後に延期しよう。断るにしても依頼人を説得しなければならないからな」
「ありがとう、真田さん」
「礼には及ばないさ……」
コイツには思い知らせなくてはならない。……オレと優ができなかった幸せを紡ぐ事が……愛するものを刺すことが出来たお前の責務なのだ……だからあの時、助けたのだ。
だとすれば……
澄川と別れた後、薄暗い部屋にオレは立っていた。
「お前も知っているだろう」
「…………」
「……コイツを殺せ」
「!!」
「いつまでもココに居るわけにも行かないだろ?」
「…………」
「前から言い聞かせていたはずだ。アイツが駄目になったときは……」
目の前に居る影が静かに頷く。
これでいい……
誰もが何もせずして、何かを得る事は出来ないのだから。
第39話 終わり
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