『チョコレートケーキ』
僕は初めて美容院というものに行くことにした。
理由は簡単で彼女に振られた、腹いせ。つまり、イメージチェンジである。
場所は近所にある「美容院 BAR BAR キムラ」。
しばらく店名を見て考えたが、思い切って入る事にした。
中はそんなに広くなく、あんまり床屋と変わらない気がする。
ただ、何となく美容院というだけでオシャレな気分になるのは僕だけだろうか?
匂いも違うし、何となく髪を切る器具も違う気がする。
「いらっしゃいませでございます」
出てきた美容師は中年の男だった。僕はもっと若い美容師さんが出てくるのかと思った。
思わず「チェンジ」とか言いそうになったが、あと一歩のところで留まり、椅子に座る。
「今日はどんな髪型にいたしましょうかで、ございますか?」
『で、ございますか?』は、いらないだろ。と思いつつ、僕は考えた末、答えた。
「あの・・・・お勧めってありますか?」
今考えればバカな注文をしたもんだ。
これでもその時はこの美容院の実力を測ってやるだなんて大層な事を考えていたのだ。
すると、中年美容師は速攻で答えた。
「チョコレートケーキでございます!」
「え?チョ、チョコレートケーキ?食べ物の?・・・・それってどういう髪型なんですか?」
中年美容師は僕の肩越しに顔を近づけ言った。
「チョコレートケーキのように“激しい””切ない”感じでございます」
耳に息がかかる。気持ち悪い。しかも意味が分からん。
「ぜひ、ぜひ、チョコレートケーキにしなさいで、ございます」
丁寧なのか、えらっそうなのかドッチなんだよ。相変わらす僕の真横には中年美容師の顔がある。なんか、すごいプレッシャーだ。何か負けそう・・・・・・。
とか思っている間にすでに用意は始まっていた。
「ちょっと、まだ僕は何も言って・・・・・」
「動かないで!!でございます!!」
変な液体をかけられた。やたら塗りこまれる。僕は動けない。
その後、中年美容師はサランラップを頭に巻きつけだした。
僕は何となくこの髪形の正体が分かった。
「チョコレートケーキって単なる茶髪のことじゃないんですか?」
中年美容師のラップを巻きつける手が止まる。
暫く動かなかった中年美容師は再び動き出した。
ものすごい速さで頭のラップをすべて巻く。
「薬品が定着するまでお待ちくださいで、ございます!!」
というと、僕の頭にチョップを食らわせた。
「薬品が定着するまでお待ちくださいで、ございます!!」
僕の頭にチョップ。いてっ!
「薬品が定着するまでお待ちくださいで、ございます!!」
僕の頭にチョップ。痛いって!
「薬品が定着するまでお待ちくださいで、ございます!!」
僕の頭にチョップ。いい加減にしろっ・・・・・・。
どうやら、僕にチョコレートケーキの正体を見破られたのが、悔しかったらしい。
僕は多少の優越感を味わった。だけど、チョップで気分は最悪になった。
「最後は仕上げに“切なさ”を入れますで、ございます!!」
もう考えるのも嫌だった。
「はい、切なさでございます」
僕はそれを見て絶句した。なんと別れた彼女がそこに居た。
「なんで、お前がここに居るんだよ」
彼女は何も答えない。ただ微笑んでいるだけ。一番仲が良かったときの笑顔そのまま。
僕は少し切なくなった。
こんな事したって何も変わらないじゃないか。振られた事実は変わらない。
でもこうなったら、茶髪にする事で何かが変わることを祈ろう。新しいステップ、前進・・・・・・。
さようなら。昔の自分
「お客さん、お客さん」
僕はそこで目が覚めた。
「お客さん、すいません。ちょっと、私が目を話している間に家の父がカットしちゃって」
目の前には二十歳過ぎの若い女の人が立っていた。
「私に内緒でよくやるんですよ。自分はもう引退したのに」
「で?お父さんは?」
「その辺漂っていると思いますよ。あっ、ちなみに父は去年死んだ幽霊なんですけど」
僕は上を見た。僕の頭には確かに茶髪だった。
終わり
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