『night of 80’s side』



2002年、僕はフラフラしていた。
何も答えが見つからず、掴んだものは何もない。ただ、訳の分からない疲労感と、言い様のない不安だけが僕を襲っていた。
街中を歩く。僕だけが人の流れと反対に進んでいるような感覚になった。
肩がぶつかる。何度も何度も。弾き飛ばされるように流れから飛び出た。


ふと、気付くと「night of 80’s side」という店名の喫茶店が目に入った。
とにかくこの人の流れから逃げ出したくて、喫茶店に入って、適当に座る。
「いらっしゃいませ。ご注文は?」
女性店員がよく冷えた水の入ったコップを置く。
「・・・・じゃあ、アイスコーヒーで」


注文を聞いている女性店員は、僕を上から下へと値踏みするように見た後、店の奥に引っ込んだ。数分後、アイスコーヒーを持って現れた。
「はい、アイスコーヒーです」
そう言ってテーブルにコーヒーを置くと女性店員は僕の向かい側の席に座った。
僕をジッと見る。おちおちコーヒーも飲んでられない。僕はその視線に耐えられなくなり、聞いた。


「あの・・・・・何か用ですか?」
すると、女性店員は少し躊躇したような仕草をみせ、言った。
「お客さん、もしかして未来の人?」
僕は言われた意味がわからず返答に戸惑った。それを察したらしい女性店員は、はにかむ。
「あ、こんなことイキナリ言われても分からないよね。・・・・・実はこの喫茶店は時間軸が少しずれてて、1985年の喫茶店なの。だから、たまに貴方の様な未来のお客さんが来るのよね・・・・・っていっても信じないでしょうけど」


信じられない。
確かに周りを見渡すと店の内装がデザイン的に古い。壁についてるカレンダーは1985年だ。だが、こんな演出はいくらでも出来る。
でも、この女性店員に乗ってみる事にした。このままこの喫茶店居るのは何か嫌だ。しかし、外に出て人の流れに巻き込まれるのは、もっと嫌だ。
「何で僕が未来の人だって分かったんですか?」
すると、女性店員は理解してもらえたと思ったらしく、目を輝かせた。


「えっとね、えっとね、・・・・・まずは服装、それから雰囲気かな」
「雰囲気?」
「この喫茶店ね、色んな時代の人が入ってくるんだけど、私より後の世代の人たちって皆、同じ雰囲気なの・・・・・覇気が無いっていうか・・・・・頭が垂れている感じ?」
「・・・・・・・・」
女性店員は微笑んだ。
「少なくとも、私が生活する80年代は幸せよ。まぁ、日本の情勢までよく分からないけど、経済も世界で1,2位争ってるし、みんなの勢いもあるから。良く笑ってるし、ノリがいいし・・・・・ねぇ、貴方の時代はどうなの?今よりきっと豊かで便利で幸せなんでしょうね?」


僕は答えられなかった。特に最後の『幸せなんでしょうね?』には。
固まっている僕を彼女は覗き込む。
「あっ、何これ?」
そう言って僕の胸ポケットにある携帯電話を取り出した。物珍しく携帯を眺める女性店員。
「すごーい!!もしかしてこれ電話?小さーい!!」
「・・・・・す、凄いだろ?それだけじゃないぜ、未来は学校だって週休二日制だし、パソコンで世界とも繋がっているんだ、女性も強くなって大胆になったかな」


僕は思わず言ってしまった。彼女が話す、80年代にちょっと嫉妬したのかもしれない。
彼女の目がさらに輝く。
「何か良くわからないけど、良いなぁ。これだったら『幸せ?』なんて聞くまでも無いね」
「あぁ・・・・・し、幸せ・・・・」なのか?「・・・・・にしたい」
「え?何?」
「何でもない」


彼女は持っている携帯を僕に返すと、席を立った。
「だったら、こんな80年代の喫茶店にとどまってる暇は無いよね」
「・・・・・あぁ」
歯切れの悪い僕に彼女は顔を近づけた。
「ほら、急いで。『今』が終わっちゃうよ。早く捕まえないと」
「何を掴むんだ?」
「幸せ」
そう言って彼女は僕にキスをした。


「80年代の女の子も結構、大胆なんだよ」
「・・・・・・・」
彼女は片目をつむり、「御代は結構よ」と言い残して店の奥に引っ込んだ。
一人残された僕は唇の感触だけが、全身の感覚として感じられた。
そして僕は店を出た。


外に出るとやっぱり人の流れは厳しかったが、僕はあえてその流れに逆らうように歩いた。
肩がぶつかる。だが、もう弾かれる事も無く、弾き飛ばすように歩いた。
この道でいい。幸せを掴まなきゃ。前を見ると結構、先は長そうだ。


終わり



気まぐれに書いたものコンテンツに戻る