『名曲を持って』


「いつまでそんなもの聴いてるの?」
彼女は僕のヘッドホンをはずした。そして、そのヘッドホンを自分の耳へつける。
「そんなに歌が聴きたいのなら私が歌ってあげる!」
そう言うと、彼女は歌いだした。

僕はこの彼女が誰だか知らない。



 僕の旅は予定していた日程の半分を過ぎていた。高校最後の春休み、初めは何かを期待していた。出会い、別れ、その他もろもろ・・・・・・。だが、何もなかった。やったことといえば、この旅のために作った「名曲」の数々を聴きながら大半の時間を過ごすこと。

僕は途中で帰ることにした。

 あと一時間もすれば僕の地元の駅に着く。見慣れた風景。これが嫌になって、旅に出たというのにこのざまだ。これが5分前の僕。


 しかし、目の前の光景に僕は今、驚いている。人目もはばからず、女の子が歌ってる。
「お、おい、もうその辺で止めておけよ」
僕は人目を気にして注意する。彼女は僕のほうを横目で一瞬見ると、さらに大きな声で歌いだした。
「なんなんだよ!ふざけんのもいい加減にしろよ!」
僕は大声で言う。
「なんだ、出るじゃない」
彼女は、ようやく歌うのを止めた。
「何がだよ!!」
「声」
そう言うと彼女はにっこり笑う。
「当たり前だろ!」
「だって、さっき私が話しかけた時、あなた無視したから。難しい顔をして、音楽聴いてたじゃない」
彼女は僕の目をじっと見る。
「してるんでしょ?」
「え?」僕はたじろぐ。
「一人旅。そんな荷物持ってるんだからそうなんでしょ?」
僕は自分の横にある荷物を見た。そして、彼女のほうを見る。彼女の横にも同じような荷物があった。


 それから、彼女は僕に話をした。面白い話、つまらない話、くだらない話。どれをとっても彼女の旅は楽しいものだったとわかる。
僕だってそんな旅がしたかったのだ。
「私の話はそんなものかな。じゃあ、今度はあなたの話を聞かせてよ」
しかし、僕にはそんな話はなかった。
「・・・・・ごめん。僕には君みたいな話は一つもないよ」
彼女はきっと失望するに違いない。


「・・・・・あのさぁ、別に私、面白い話聞かせろとか、ためになる話を聞かせろとか言ってないんだけど。わたしは“あなたの話を聞かせて”って言ったの」
「僕の話?」
「何でもいいの。・・・・あっ、でもこれだけは守って。自分の名前は名乗らないこと」
「なんで?」
「私はそれが一期一会だと思うから」
「一期一会?」
「そう、それが旅の醍醐味」


 そのあとは、僕のことを語った。好きなもの、嫌いなもの、これからへの不安、期待、その話は決して面白くはない話だ。自分でもそう思う。しかし、彼女は黙って聞いてくれた。


 やがて、電車は僕の街の駅に着く。
「ごめん。もうすぐ降りる駅だから」
「うん、それじゃあ」
最後の挨拶は実にあっさりしていた。これも彼女なりの一期一会なのだろうか。


 僕は電車を降りる。彼女は振り向かない。僕は電車を見送った。
そして、僕はMDプレイヤーを鞄に入れ、反対側のホームへ急いだ。


僕の旅は今始まった。




終わり



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