『名曲を持って2』



 その子は、いきなり私のヘッドホンを外した。
「ねぇ、お話をしよ」
正直、私はそんな気分ではなかった。


 ここは電車の中。一人で旅行中。特に行く当ても無く、電車に乗ってる。私はなるべくひとりになる環境を作りたくて、音楽を聞いていた。そこへこの子が来たのだ。

 年恰好は高校生ぐらい、髪は長く背中の中ぐらいまである。少し癖ッ毛だが、すごくキレイな赤茶色をしている。大きくはっきりした目が意志の強さを表しているような感じ。

 この電車は向かい合って座る座席の列車で、彼女と私は向かい合って座っている。


「悪いけどそんな気分じゃないから」
そう言って私は彼女からヘッドホンを取り返し、耳につけた。
私はなるべく独りになりたくて、この旅を始めたのだ。今は人と話をしたくは無い。
 しかし、彼女は諦めずに私のヘッドホンを外した。
「ちょっと!!なにする・・・・・・」
 私は彼女の行動に腹が立って注意しようとした。でも、彼女の泣きそうな顔を見て気が削がれた。そんな私を見て彼女が言った。

「・・・・・・そんなに忘れたくない?」

私は心の隅を衝かれたような感覚に陥った。


 私は少し前まである人と同棲していた。
 正直、結婚まで考えた時期もあった。でも、徐々に彼に息苦しさを感じるようになった。
原因はよく分からないけど、たぶん距離が近づき過ぎたせいかもしれない。 私は逃げ出すように旅に出た。
 旅に出たのはいいけど何をするわけでもなく、自分のお気に入りの音楽ばかり聴いている。どれもこれも彼との思い出がある曲ばかり。

結局、私は忘れるために旅に出たのに、忘れないように音楽を聴いているのだ。

彼女はそれを直感的に見抜いたのか?


「アナタ、私の何が分かるの?何にも知らないくせに」
私の言葉にも少しも怯まず、さらには笑みまで浮かべこう言った。
「私、アナタのことは何にも知らないよ。だから教えて」
図々しいんだか何だかよく分からない彼女の態度に私は戸惑った。
「アンタみたいな子供に言っても分からないと思うけど」
「だから言う意味があるでしょ?」
「はぁ?」
「私は子供だから分からない。だからどんな事を言ってもその場限り。ましてや、今は旅の途中」
 この確信的な言い回しが私の決心を促した。彼女はこの場限りにしてくれると言っている。
 何処の誰だ分からないからこそ話せることもある。

 私は誰かに話したかったのだ。


 私は自分の思いを彼女に言おうとした。しかし、その寸前で彼女は私を制止した。
「お願いがあるの。自分の名前は名乗らないで欲しいの。私も名乗らないから」
「・・・・分かったけど・・・・・・何で?」
「私はそれが一期一会だと思うから」
「一期一会?」
「そう、それが旅の醍醐味」
そう言うと、彼女は悪戯っぽく微笑んだ。


 私もその方が都合が良かったので、彼女の言う通りにした。そして思いの丈を彼女に話した。
「彼のことは嫌いなったわけじゃないの。でも、何故だか分からないけど、『何時でもすぐそばにいる』っていう状況が何だか怖くなって・・・・・・」


「その状況が壊れるのが怖い?だから自分で壊したの?」
 私も実はその考えに突き当たっていた。いずれ壊れるものなら自分で壊した方がいいのかも知れないと思ったりする。
「・・・・・分からない。考えると嫌になるの自分が・・・・傷ついた姿、独りになった姿・・・・・こんなこと甘えてるのは十分に分かっているつもり・・・・・」


この話をきいた彼女の感想は、私の予想とは少し違った。
「なんだか羨ましいな。私にはそういうの分からないから・・・・・」
「どういうこと?」
今まで私を真っ直ぐ見つめていた彼女が初めて俯いた。
「私はいつも等間隔だから。誰とでも親しくなれるけど、誰とも親密にはなれない」
 私は不思議に思った。音楽を聴いて無愛想な私に話しかけてきたぐらいなのに、誰とも親密にはなれないという。


 ふと気付くと、電車から見える周りの景色は見慣れたものになっていた。
「そんなバカな。さっきまでいた所から、ここまでどれだけ電車で早く行っても半日はかかるのに!!」
すると彼女は私の手を握った。
「怖がらないで。アナタが考えてるほど現実は脆くないよ。脆くしてるのはあなた自身だから。ほら、ホームを見て」
私は列車が止まろうとする駅のホームを見た。するとそこには彼が立っていた。
「これって、どういう・・・・」
言いながら振り返る。しかし、向かいの席には誰も座ってなかった。


私は電車を降りる。彼が走って近づいてきて、私の前に立つと息を整えた。
「おかえり」
こんな単純な言葉が私の胸に染み渡った。

帰る場所がある。だから旅なんだ。

「ただいま」



終わり



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