十五歳の露國少年の書いた 勘察加旅行記
ジヨルジ、クラマレンコ著、ゲ、ア、クラマレンコ監修、松本高太郎譯、今井昌雄編
9月24日〜9月30日
九月二十四日火曜日〜[九月二十六日木曜日]
北海道見ゆ
朝から空が灰色で霧が少しあつた。
最早北海道が見える、船の近くを二艘の日本漁船が通つた。
昨日日沒の時に、太陽の周圍に曇が現はれ、之は大風の前兆だと言ふ者あり、晝夜平分に怯氣(おじけ)を有(も)つた。
父は非常に心配して居る。
朝から海上は無風で、午後五時に東北の順風が吹き、汽船の進行が速いから我々は喜んだ。
今日の夜中頃、根室の燈台が見え、翌日は函館へ着くであらうと、船客は孰れも喜んだ。
タイフン來
然るに豫想に反し、此の順風は一刻毎に強くなり、午後六時に逆捲く浪が押し寄せ、飛沫は上甲板を越した。
私は船長室へ行つて晴雨計を見たら、僅の間に著しく下降し、尚下降しつゝある。
私が副船長に此の風のことを質(き)いたら、之はタイフンだと答へた。
大波と戰ふ
上甲板の我々のキヤビンに居た二婦人は、此處に居るのが怖くなつて、下の雜居室に移つた。
父はいよいよタイフンと知つて、看護手に願ひ、其家へ、我々三人を入らせて貰つた。
父は狹い椅子に腰を掛け、私とアーシヤは床に居た。
夜の九時には、私は雜居室に居たが、此處は息苦しいから、外へ出て、船長室のドアに身を寄せて、押寄せる怒濤を見て居た。
スタウロポリは構造の好い船で、鴨のやうに大浪を乘り越し行くが、時として舷が浪の中に沒し、甲板全部が浪を浴びる場合があつて、其時は私も悚々(はらはら)した。
端舟碎かる
晩の九時に恐ろしい音がして、船が震動したから、皆吃驚(びっくり)したが、之は我々の食料品や荷物を入れた甲板の端舟に浪が當つて、此の端舟を碎いたのであつた。
甲板の我々のキヤビンは、幸に無事であつた。
滿船の不安
此のキヤビンの船客は、疾くに他へ移つて、一人も居らない。
或者は雜居室へ行き、或者は廊下に彳(ただず)み、或者は煙突に凭(もた)れ、孰れも默して、面には恐怖に襲はれた色が現はれて居る。
晴雨計は益[々]降り、僅の間に十耗降つた。
船員は急がしく駈け廻つて居る。
雜居室に集まつた船客は、一部分長椅子に腰掛け、一部分床に坐つて居る。
互に密着して口を利く者さへなく、沈み込んで居る。
突然此の船客の間に恐慌が起り、婦人が狂氣の如く叫ぶから、私は甲板から下りて雜居室に來て見ると、此の室から甲板[に出]る昇降口の蓋が、浪に浚(さら)はれたのであつた。
絶へ間なき風の鳴り、浪の音、船体の動搖、四十五度に達する船の傾斜、船員の狂奔、凡て是等は船客を不安に[齲(う)]つた。
恐怖に襲はれた人々を慰安する目的で、誰やら蓄音機を始めたが、其目的を達しなかつた。
各人唯一刻も早く此のタイフンから免れたいと、此の一念の外なかつた。
浴室で出産
夜の一時に風が少しく靜まり、私は父とアーシヤが寢て居る看護手の室へ行つて寢た。
船搖れと船醉した者の厭な呻吟(しんぎん)に妨げられて眠れなかつたが、夜明方に少し昏々(うとうと)した。
此の時夢現に父が看護手を呼び起して、船醉した婦人から招びに來たと言ふのを聞いた。
未來の海人
翌朝傳へ聞くに、昨夜看護手を招んだ三等客の婦人が、男の子を分娩し、風呂場が産室であつたさうである。
此のタイフンの時に生れた嬰兒は將來大航海者となるであらう。
甲板へ出て見たら、東南の風が吹き、船は此の風と眞向き[に]なつて居る。
船長が根室岬の岩礁を避けて、夜間船の方向を變じたのである。
此の風は昨日と同じ強さで、今日も全日吹いた。
九月二十七日金曜日
函館へ到着
辛つと津輕海峽に入つた。
此處で難破した帆船の浮いて居るのを見た。
風は次第に弱くなり、海峽に入つたら、船は殆ど搖れなくなつた。
晩の七時に函館灣に入り、七時半に埠頭に錨を下した。
九月二十八日[土]曜日
朝八時に我々の汽船へ、日本警察員が來て、船客を調べ、同時に醫員が來て健康を調べ、是等の調に十一時まで掛つた。
父はカムチヤツカへ行く時に、手落なく凡ての手續を仕たから歸りには何等の面倒もなかつた。
船中の調べが濟んだ時、デムビさんの發動機船「鷗」が來て、二艘の曳船へ手荷物を積み、我々を乘せて税關へ行つた。
税關から私等は父と共にデムビさんの店へ行き、此處で再びダニチさんに逢つた。
ダニチさんは、私等の荷物を税關から取つて、自分の宅へ引取つて呉れたから、私等も早速ダニチさんの宅へ行き、奧さんと子供さん等とに挨拶し、再び此の家の客となつた。
奧さんに案内されて、以前の室に行き、先づ鞄を開いて着換のシヤツを出し入浴した。
最早晝食時であつて、私等も食事を待つてゐた時、突然デムビさんが電話[で]私等を日本の料理店へ招んで呉れた。
鷄肉すき燒
料理店の會食は、デムビさん三兄弟と、森高さんと、ダニチさんと丁度其時函館に來て居たカムチヤツカの緒方領事で、食事は日本料理であつた。
最初に日本ソツプと、細かく切つた生の魚肉が出て、次に飯と鹽漬
の羅萄(だいこん)が出て、其次にすき燒が出た。
此のすき燒は特別の鍋に特別のスープで、鷄肉を火鉢と名づくる日本のペチカへ懸けて煮て食べるのである。
私とアーシヤは生の魚肉を食べなかつたが、すき燒は喜んで食べた。
料理店からダニチさんの宅へ歸り、午後の喫茶後買物に行き、夕食後早く寢に就いた。
身體の疲勞
數日の苦しい航海後、入浴して柔かい寢床で寢るのは、何よりも愉快であつた。
函館へ着いてから、何故か私等は身體の疲勞を感ずる。
氣候の變つた為であらうか、タイフンの氣疲れであらうか。
九月二十九日[日]曜日
タイフンで各地に被害があり、此處では海上で二隻の汽船と、三隻の帆船が難破し函館の灣で一隻の帆船が浪に碎かれて、沈沒したさうである。
風に傷められた立木の葉が、何れも萎いて居る。
他の地方では此のタイフンで出水があり全村が浸水したさうである。
晝食後デムビさんの店へ行つて、皆と告別し、午後四時半に小蒸汽で、向ふ岸の連絡船埠頭に行つた。
午後五時半に連絡船が青森に向つて出發し、夜の九時半に青森に着いた。
汽車の發車を待つ間、停車場に在る料理店で飮食し、林檎を買つて携帶した。
軅て時間が來て乘車し、寢台車に席を占め、夜の十一時半に汽車が發車し、私等は寢台で寢た。
一千九百十八年九月三十日月曜日
東京へ安着
朝に晩く起て、食堂車へ食事に行つた。
曇天で雨が降る。
東京へ着くのが待ち遠しい。
終々午後四時半に東京の上野停車場へ着いた。
母は此處へ出迎へに來て居り、這次は眼に涙がなく笑顏であつた。
私等も嬉しくてプラツトホームへ躍り出でゝ接吻した。
斯く私等の暑中休暇は過ぎた!
アゝ愉快な暑中休暇であつた!
(をはり)