十五歳の露國少年の書いた 勘察加旅行記
ジヨルジ、クラマレンコ著、ゲ、ア、クラマレンコ監修、松本高太郎譯、今井昌雄編
6月20日〜6月25日
六月二十日木曜日 永田丸
強烈の逆風
今日は朝に強い逆風が吹いて、浪が高く、汽船の進行がのろい。
船首の上下動搖が氣持ち悪い。
私達は最う太平洋に在つて、北日本北海道の山の多い岸を進んで居る。
調理の教授
永田丸のコツクは洋食の調理を知らぬから、父は食品を彼に與へて調理法を教へたが、上手に出來なかつた。
晩になつて風が靜まり、船の進行が速くなつて一時間六海里であつたのが、七海里半になつた。
六月二十一日金曜日〜[六月二十四日月曜日]
石炭の消量
今日は航海の二日目で餘り船の動搖がない。
荷物を滿載して船体が重いからであらう。
永田丸の排水量は千何噸で、其最大速力は一時間八哩(マイル)半、一晝夜に焚く石炭量は約十噸、一噸は船尾に積んだ叺十六個に當る。
舶の機關は比較的小さい。
函館からカムチヤツカ河口までは千三百哩で、天候好ければ七晝夜で到着する筈である。
機關部の熱
私達は多く上層の甲板に居た。
此處は船の中心で動搖が少いからである。
尚上層甲板には便利な點があつた。
煙筒の側に鐵の格子があり、機關部の熱が此の格子から外へ出る。
格子の上には腰掛があるから、私達は腰掛に腰を掛けて煖まり、暖まると再び甲板へ出た。
航海の三四日目になつて、私達は船の動搖に馴れ、食慾が出て來た。
コツクはロシヤのスープと簡短な洋食を覺えた。
パンを焙る
パンの貯へは未だあるが變質するから、私とアーシヤは交る交る炭火でパンを焙つた。
パンを細かく切つて焙ぶると、外國でトストムと名づくるものになる。
船中の獵犬
船にはイワン、グリゴリヰチ、デムビさんの獵犬が居た。
此の犬はポインタア種で、名をピラトと呼ぶ。
航海の五日目は好い和で、船の動搖を氣遣ふことはなかつたが、其代り霧があつて何處も見えない。
[六月二十五日火曜日]
岸が見える
今日は航海の六日目で、朝早く父が私を躍起(おこ)して、カムチヤツカの岸が見えると言ふ。
朝の六時頃で私は眠たかつたが、窓から覗いて見ると、遠く霧の中に大きな高い岩が見えた。
岩ある小島
船長の有つて居る地圖で見ると、ロバトカ岬の北四十哩(マイル)の處に岩の小島が澤山ある。
私達は間もなく此の小島を見るであらう。
暖氣を取る
朝の八時に、私達は起きた。
父は最う服を着て私等が朝のコーヒーを飮みに來るを待つて居た。
雨が降つて東南の風が吹き、寒暖計が下つた。
浪が大きくなつて、一番高い浪は三サージエン[(六.四m)]に達する。
船は浪に翻弄されて、左右前後に動搖する。
船艙に居た日本人の勞働者は、寒いので煙筒の側に在る機關部の上の鐵の格子の上で暖まつて居る。
雨が降つて上層の甲板に居られぬので、私等も其處へ行つて暖まつた。
日本人は暖かいのが好きで、一日此の熱い處に居る。
海豚を見る
雨の降る間、私とアーシヤは船の左方の下甲板で散歩した。
船の右方は風が吹いて浪を打揚げるからである。
海面を眺めて居たら、私達の船を追つて來る動物が眼に入つた。
此の動物は汽船を距る十サージエン[(二十一m)]の處を泳いで居る。
父の言ふに之は海豚(いるか)で此の動物は汽船を追ふのが好きだと。
浪のうねり
横風であるに拘はらず、何故か船尾の方から大きな浪の起伏が來る。
父に問ふたら、其方面に時化があつたのであらうと、私は此の時まで元氣で船暈を少しも感じなかつた。
晝食の後、私達は少し晝寢した。
午後五時に雨が歇んだから外套を着て上層の甲板に出た。
風は強く吹いて浪の飛沫が上層甲板にまで揚がり、私達は時々飛沫を浴びた。
カムチヤツカの岸は霧があつて見えぬ。
船暈を感す
動搖が激しくなつて心窩(みぞおち)が苦しくなり頭痛がするから私は寢床に入つて寢た。
晩食の時眼が覺めたが食べたくないから矢張り寢て居た。
父とアーシヤは船暈を少しも感ぜず晩食を何時もの二倍食べた。