十五歳の露國少年の書いた 勘察加旅行記
ジヨルジ、クラマレンコ著、ゲ、ア、クラマレンコ監修、松本高太郎譯、今井昌雄編
6月28日〜6月29日
[六月廿八日金曜日]
紅鮭の盛期
今日は朝八時に私等は起きたが、デムビさん兄弟は、最う起きて居た。
忙しいからである。
今は紅鮭の上つて來る眞盛りで、此の紅鮭を鑵詰にするのである。
十呎の高波
朝から雨が降つて風が強く、岸の寄せ浪は十呎(フィート)の高さに達する。
一艘のクンガス(漁舟)が、荷を積みに汽船に行つたが、浪が高くて歸ることが能なかつた。
別邸の構造
私達は別邸へ移ることになつた。
この家は昨年までデムビさん兄弟の住宅であつたが、今は客用の別邸となつた。
夏向きの建物で、家の内外は鉋(かんな)掛けの板で張つてあり、室は大きくないが、數は多く、全部で十室ある。
構造は單純だが、住んで氣持よく、天井には裝飾電燈が取附けられ、床には日本の緞通が敷いてあり、壁の上には獸獵の繪や彫刻物が懸けてあり、何處の室にも呼鈴が取り附けてある。
日記を書く
晝食の後父は例の如く晝寢をなし、私は卓子(テーブル)に向つて日記を書いた。
卓子の上には呼鈴と電球がある。
窓から小蕪やサラダや、其他の野菜の温床が見え、窓の向ふには花壇があり、他の窓からセメントで固めたテニス場が見える。
設備の完全
新舊の工場や、漁場や、勤務人の住宅には、皆電話が架けてあり、電燈が通じて居る。
斯んな未開地に、これ程の設備のあるに驚いた。
私達の家は、舊工場を距る二百歩の處にあり、此處から新工場へ軌道が敷いてある。
犬の車挽き
窓から勞働者が荷物と一緒にトロツコに乘り、カムチヤツカ犬が之を曳いて行くのが見える。
冬にカムチヤツカ土人は、此の犬に橇を曳かせ、黒貂や狐の獵に行く。
四時に父が起き、私達はデムビさんの家へ茶を飮みに行つた。
喫茶の後、デムビさんはウスチカムチヤツカを見に行かうと私等を誘つた。
河口には海に出張つた淺瀬があり、此處で河の水と海の浪とが衝突し、白浪が立つて、小舟の通行は危險である。
河口の觀覽
河口に行く途中、私等は屡立ち止まつて、打浪の壯觀に見惚た。
高さ二十呎(フィート)に達する山のやうな大きな浪が岸にぶつかつて碎け、薄黄色の泡になる。
一の浪が退けば、又寄せて來て絶間がない。
私は此時思つた。
私達が乘つた艀が此の浪に出逢つたら奈何(どう)であつたらう、無論舟は粉碎されて、私達は浪の一撃に死んだであらうと。
河口の處で、海豹(あざらし)の群を見た。
水から頭を出して居る。
鮭の上る時海豹は河口で多數の鮭を捕つて食ふ。
他の處では、無數の鷗が、大浪の上に群がり飛んで居る。
多分小魚を捕るのであらう。
ウスチカムチヤツクの淺瀬の處は和ぎ日にも小舟が通るに危險だと云ふ。
河口と淺瀬を見て、私達は夕食に歸つた。
河口から舊工場までは、半露里[(五百m)] (一露里は九町四十五間)である。
六月廿九日土曜日、ウスチカムチヤツク
工場に行く
今日私達は、朝の七時に起き、服を着て顏を洗ひ、朝食して工場を見に行つた。
鮭の處置法
最初エレベータが、鮭を傳馬船から工場へ運ぶのを見た。
鮭はエレベーターに移されて工場へ運ばれ工場では最初機械が鮭の頭と尾を切り。
次に腹を割き、廻轉する圓形のブラシが内臟を除き、此處から洗滌場へ送られ、人夫が之を洗ひ、此の後エレベーターで切斷機の處へ送られ、其處で一フント(百九匁)量に切斷せらる。
製造の順序
鑵を作る順序は、最初錻力(ブリキ)を機械の盤の上へ置くと、機械が之を長方形に切り、他の機械が之を曲げて、底無し鑵が出來る。
底は他の機械の處で、錻力を打拔きて、一時に六個宛出來る。
底の切り口へは護謨糊(ゴムのり)が塗られ、自働的に乾燥所に送られて乾燥せらる。
此の後機械が鑵の一方の底を附け他の機械が之を檢査して、空氣の漏洩なきかを確め、空氣の漏洩するものは、機械が自働的に之を除る。
檢査濟の鑵は、鮭詰込機械に送られ、此の機械は最初鑵内に鹽を入れ、後鮭を入れて、次の機械が其重量を檢査し、重量不足のものは機械が自働的に之を除ける。
次の機械は鑵に蓋を着け、此處より鑵は蒸汽室に送られて、數分間其處に在り、蒸汽は鑵内の空氣を拔き、此處より鑵は他の機械の處に送られて、此の機械が蓋を密閉する。
此の後人夫が、鑵を特別の框(かまち)に積みて、其數個を一時に大きな蒸汽釜に入れ、八十五分間之を煮る。
後水槽に送つて之を洗ひ、框に積みて外に運び、冷却させる。
尚荷造り前に、鑵をワニスにて塗る。
其順序は、鑵を特別の器の上に積みて、起重機にて之を揚げ、徐々に廻轉する輪の處に向けると、其處の半圓形の器中にあるワニスが、鑵を塗る。
ワニスを塗りたる鑵は、前後に震動し居る格子の上に並べられ送風機で之を乾燥させる。
荷造り箱詰
乾燥されたる鑵は、傾斜の處を轉がりて、荷造り場に行き、人夫が之を取つて、四十八個宛箱に詰める。
一個の鑵の重量は英の一封(ポンド)である。
機械の一部分は、蒸汽動力が運轉し、他の一部分は電氣動力で運轉される。
製品仕向先
鑵詰は英國と、其植民地に仕向けられ、其の一部分は露國に送られる。
埠頭の魚釣
工場を見物して、私等は晝食に行き、晝食の後、私とアーシヤは埠頭から魚釣りに行つた。
半呎の大魚
二人で半呎(フィート)ほどのゴレツ*(上唇に六本の鬚あり、鱗のない魚)を十尾釣つた。
ゴレツ=ガリエツ(アークティクチャー)と思われ、カムチャッカ半島ではポピュラーな魚