十五歳の露國少年の書いた 勘察加旅行記
ジヨルジ、クラマレンコ著、ゲ、ア、クラマレンコ監修、松本高太郎譯、今井昌雄編
7月2日〜7月4日
七月二日火曜日〜[七月三日水曜日]
熊狩の發議
今日、私は朝の八時に起きた。
風は靜まらぬ。
今日も荷物がとれない。
晝食の時、父とデムビさんは、種々の話をして居たが、突然デムビさんが、「此の時化には熟々飽きた。ネルピーチエ湖*へ熊狩りに行かう」と父に言つた。
父も贊成し、二人は起つて早速身支度に取り掛かつた。
デムビさんは、父に獵服とモーゼル銃を與へた。
一行の出發
埠頭の小蒸汽に獵具を積み、此の小蒸汽に端艇を曳かせて出發をした。
一行はデムビさん兄弟と父と一人の日本人の四人であつた。
目指す地は、ネルピーチエ湖の岸に在る、ソルダツトスカヤと云ふ處である。
翌日の夕方に一行は歸つて來て、私等に其の状況を話した。
其話にソルダツトスカヤへは二時間で着し、ネルピーチエ湖水に出た時、風が強く浪があるので、ソルダツトスカヤの側の小岬に船を寄せたら、風が靜まり天氣が好くなつた。
留守の鮭釣
ソルダツトスカヤ河の河口に、假小屋を設備して、獵に出かける準備をしたが、ア、ゲ、デムビさんは、獵に行かず、其處の川で紅鮭を釣つて留守居してゐると言つた。
熊群を發見
父とイ、ゲ、デムビさんと(弟のデムビさん)日本人は、ソルダツトスカヤ川の上流の水源へ出發した。
此處の水源へ鮭が卵をすりに上つて來る苔地を通り二つの大きな丘を越えて行つた。
此の丘の間に濕地がある。
不圖デムビさんが双眼鏡で雪のある山の上に、何やら獸の居るのを見付けた。
デムビさんはそれを狐か貛(あなぐま)と思つたが、父が自分の双眼鏡で見たら、[牝]熊が三匹の仔を連れて居るのであつた。
父は健脚だが、道が險阻で骨が折れ、且つ父のアメリカ長靴が、水に浸つて重いので、其場に殘り、他の二人が牝熊を目指して行つた。
數回の失敗
窪地を通り草の中を通つて行くと突然草の中から二匹の大熊が出て逃げて行く。
日本人が之を撃つたが、當らなかつた。
そこで矢張り牝熊の方へ進んで行くと、又草の中から一匹の熊が現はれ、今度はデムビさんが撃つたが、矢張り當らず、熊は近くの草叢(くさむら)の中へ逃げ込んだ。
デムビさんは、此處で牝熊を撃ちに行くのを斷念した。
何故なれば、之は危險で且つ日本人の手腕が餘り信用されぬからである。
美味の夕食
一同が疲れて假小屋へ歸つて來たら、留守居をして居たデムビさんは、大きな紅鮭とハイコ(鮭の種類)を澤山釣つて、美味しい夕食を作つて居た云々。
尚一行の人が曰ふに、ソルダツトスカヤに居た時は、天氣が好く晴れて居たが、家の方に向いて來るに從つて霧があり、家に近づいたら寒くなつたと。
カムチヤツカ河口地から、ソルダツトスカヤへは、小蒸汽で二三時間で行かれる近い處であるに、兩者の氣候に斯んな相違があるとは不思議である。
ネルピーチエ湖=(Нерпичье) カムチャッカ半島の東部にある汽水湖
七月四日木曜日
蒸風呂好き
荷物を受取らぬから、着換のシヤツもないが、父と私とアーシヤはロシヤ風呂へ行つた。
父はロシヤの蒸風呂が好きだ。
芬蘭人設計
此處の風呂はデムビさんの工場に勤めて居るフヰンランド人のリベルオト氏が設記したもので、餘り大きくない。
飮料クワス
入浴後、リベルオト氏の奧さんが自分で造つたロシヤのクワス(日本のサイダの類)を、私等に御馳走した。
熱い蒸風呂の後に、此の飮料は頗る美味かつた。