十五歳の露國少年の書いた 勘察加旅行記
ジヨルジ、クラマレンコ著、ゲ、ア、クラマレンコ監修、松本高太郎譯、今井昌雄編

7月8日〜7月10日

七月八日月曜日

父を見送る
今日は父が旅行するので、早く起き、父に手傳つてから、一緒にコーヒーを飮みに行つた。
朝食後一行は荷物をフオレリに積み、見送り人に別れを告げ、軈て船は動き出した。
私等は埠頭に立つて、船の姿の消えるまで見送つた。
此の後私等は河口の洲の方を散歩し、晝食後釣りに行つて、ゴレツを十尾釣つた。

七月九日火曜日

學友の奇遇
父の留守中私等は工場へ働きに行く事となつた。
父は私等を技師にする考へだから、機械工場へ見習ひに遣るのである。
朝の九時半に、工場の笛が鳴つた。
私とアーシヤは舊工場の職工長サゲン氏の家に行つた。
父は前以て私等のことを同氏に頼んで置いた。
數分間を經て同氏は私等を機械工場へ連れて行つた。
此處では機械の修繕と、一部分の機械製作をする。
工場へ來て此處に働いて居る少年を見たら、見覺えのある顏であるが、誰であるか思ひ出さぬ。
稍考へた後、彼は横濱の學校で一緒に學び、而も同じクラスの者であつたことを思ひ出した。
私は奈何して此處へ來たか、又何時頃來たかと問ふた。
彼は米國人で私と同年である。
今から四ケ月前學校を去つて、父の技師と共に春の初めに此處へ來たのであつた。
螺旋の製作
サゲン氏の助手のゼレンセン氏が來て、私とアーシヤに仕事を與へた。
仕事はボルトを作るのであつた。
彼は私等に鐵の棒を與へて、何れ程の長さで何處へ螺旋を作り何の邊を切斷するかを教へた。
乃で私は教へられた如く、道具で螺旋を作り、後寸法通りに切斷し、螺旋止めに合はせた。
出來上つてから、夫れをゼレンセン氏に見せた。
機械の扱ひ
後同氏は錻力を打拔きて、圓罐の底を作る機械の處へ私を連れて行つた。
この時機械は分解されて居た。
打拔きの型が正確でないから、修繕するのであつた。
ゼレンセン氏は機械を組立てながら、私に其取扱を説明した。
勞働の時間
工場の勞働は、朝の六時に始まり九時から九時半迄が喫茶時間、九時半から午後一時迄再び働いて、一時から二時迄が晝食時間、二時から五時迄働いて、五時から六時迄が喫茶時間、六時から十時迄再び働いて、此の後は翌朝まで全く仕事なしに休息する。
然し鮭の上つて來る眞盛りの時は、晝夜兼行で働く。
時間の制定
父は出發の時、私とアーシヤに勞働時間を定めた。
其定めは午前九時半から十二時半迄働き、午後は二時から四時迄働き、其餘は散歩時間である。
今日は晝の十二時半迄働いて、私等は手を洗ひに行つた。
手が油や鐵に汚れて眞黒で、之を洗ひ落すは容易でない。
手を洗つてから、服を着換て晝食に行つた。
晝食後は職工に休暇が與へられ、工場が休みであつたから、私等も休んだ。

七月十日水曜日

仕事の手傳
今日は父の留守中の三日目で、私等は早く起た。
コーヒーを飮んでから、外出せずに部屋を掃除し、笛が鳴つたから工場へ行つた。
仕 事場へ來て、種々の小さい仕事を手傳つた。
それからゼレンセン氏が錻力打拔器を直したのを見た。
同氏は私に此の機械の或る部分を與へて、之にボルトを挿込む孔を作り、其孔を隋圓形にして、後鑪をかけることを命じた。
私は一時間程かゝつて、命ぜられた仕事を仕上げた。
ゼレンセン氏は、私の仕事を褒めて、之を機械に取り附けた。
リリの建造
十二時半に晝食に行き、晝食後笛を聞いて、再び工場へ行き、此の時はサゲン氏が、鋼鐵の棒で發動機船の軸を作るのを見て居た。
此の發動機船の名はリリで、フオレリと同型だが、それよりも小さく又それの如き快速力でない。
私とアーシヤは鋼鐵の棒を機械で削り、プロペラーヘ取り附ける螺旋を作るのを見て居た。
此の外此處でリリの新しい三翼のプロペラーを作つて居る。
テニス仕合
四時に私等は喫茶に行き、喫茶の後、デムビさんの店に勤めて居る知己に出逢ひ、其人からテニスに誘はれた。
私等は四人で晩餐までテニスを仕た。
而して私の組が勝つた。
私は去年日本の輕井澤でテニスを練習した。