十五歳の露國少年の書いた 勘察加旅行記
ジヨルジ、クラマレンコ著、ゲ、ア、クラマレンコ監修、松本高太郎譯、今井昌雄編
8月31日〜9月10日
八月三十一日土曜日
護謨底足袋
今朝デムビさんブラウンさんスミトさんが再び獵に出た。
晝食後父とアーシヤと私もカヌに乘つて父の好きなカルルシカへ獵に行つた。
晴れた暖かい日であつたから、小川や水溜りを駈け廻り、胸まで水に浸つたが、寒くなかつた。
私はこの時、日本の護謨底足袋を穿いて居た。
此の足袋は輕くて、獵には至極便利である。
廣い場所を遠く駈け廻つた甲斐ありて、私は灰色の尾長鴨を十一羽撃つた。
彈を撃ち盡して家に歸りかけた途中、デムビさんとミロノフに逢ひ、此の人々は塒へ歸る鴨を撃ちに來たと言ふから、彈を分けて貰ひ、再び引返した。
晩景の冷氣
太陽は最う沒して寒くなり、終々夕燒が消えて露が降りた。
防水布の獵服一枚で帶の邊まで濡れた私等は凍て來た。
父は私等が風邪をひくのを心配して、体温を直す為に私等を走らせた。
軅て暗くなつて來たが、鴨が多く飛ばぬから、歸途に就いた。
歸路は滿潮で、河水が逆流したから、父は私とアーシヤに、体温を起すため力を罩めて船を漕がせ、自分は棹で船を押した。
此の日の獲物は、灰色尾長鴨と、小鴨二十六羽、山鷸六羽、兎一匹であつた。
風呂に急ぐ
家に近づいた時、アーシヤは凍てゐたから、上陸して直ぐ風呂場に駈けた。
我々も急いでカヌを岸に引揚げ、風呂場に駈け着けた。
風呂はロシヤの蒸風呂で、上段になるほど熱いから、凍た足を上に擧げて煖めた。
入浴を終つて晩食に行つた。
多くの獲物
デムビさんは時刻が最早や暗くなつたに拘はらず、鴨を十三羽撃つて歸つて來た。
鴨が多く飛ばぬのも不思議はない。
我々やデムビさんや、客の人々が三日間續けて同一場所で獵を行つたからである。
最初の日は鴨を七十三羽撃ち、昨日は九十羽撃ち、今日は四十六羽撃つた。
カルゝシカで三日間に撃つた鴨其他の鳥の合計は、二百九羽である。
九月二日月曜日
天氣の變兆
今日再びカルゝシカ河へ鴨獵に行つた。
私は前方に廻り父とアーシヤは此方に居て、兩方から撃つた。
連れて來たピラト(獵犬の名)は、鴨を追ひ散らし、却つて邪魔をした。
天氣好く、地平線は澄み渡り氣持の好い微風が吹く。
然し何故か夕方に鴨が頻りに鳴く、父はミロノフが、鴨の頻りに鳴くは、天氣の變る徴候であると言つたことを想ひ出し近日に天氣が變るであらうと言つた。
明るいうちに家に歸り、此の日の獲物は、鴨や他を合せて五十七羽であつた。
今日デムビさん兄弟は、カモキ村へ獵に行つた。
其處の湖水で、鴨を撃つのである。
尚那の人達は野羊狩にも行く豫定である。
汽船の歸航
昨九月一日日曜日に、日本汽船が函館へ歸航した。
此の汽船へ乘つて、ブラウンさんスミトさんと、デムビさんの店の數名が、函館へ歸り、今日はスタウロポリが拔錨したから、殘るはモングガイばかりである。
鴨の晴雨計
夕に北のアナヅイルから、義勇艦隊の汽船シーシヤン號が來た。
此の船は此處から[浦鹽]へ廻航するのである。
昨日鴨が喧しく嗚いたのは、成程天氣の變る前兆であつた。
今日は朝から強い風が、湖水の方から吹き、尚雨をも交へた。
鴨の鳴き聲は、實際にカムチヤツカに於ける晴雨計である。
九月六日金曜日
工場冬仕度
三日間の時化で、汽船は遠く沖の方へ去つた。
今日は風が歇んで、天氣は回復したが、未だ浪が高く、汽船との交通がない。
二つの工場は、機械に油を塗つて、冬の休業中の手當をして居る。
地曳網は二三日前撤去し、海岸は淋しくなつた。
勞働者や店員は、一日も早く家に歸りたいと、其事ばかり思つて居る。
大獵百五羽
夕の六時、カモキ村へ獵に行つた人々が歸つて來た。
一行は案内者が、馬を連れて、熊獵に行つたから野羊狩が行れなかつたさうである。
其代り鴨を百五羽撃つて來た。
九月七日土曜日
養殖場閉鎖
空は曇つて冷たい風が吹き、秋らしくなつた。
天氣は好いが、何となく寒い。
ネルピーチエの鮭養殖場は、既に閉鎖した。
新工場は明日閉鎖される。
海に張つた網を引揚げ、其浮標にタールを塗り、錘(すい)と鎖を整理して居る。
九月八日日曜日
鯡群の襲來
今日朝に數千の鷗が、沖の方の何やら黒い線の上に群がつて居た。
日本人の漁夫の言ふに、鯡の群が來たのであると。
カムチヤツカ河の、河口の灣へは鯡の來ることが稀である。
夫故此處には鯡の漁業がない。
晝食後アーシヤと私は、銃を持つて河口の洲へ行き、二時間に鷸を十二羽撃つて歸つた。
今は鷸の眞盛りであるが、人を見ると直ぐ飛び起ち、側へ近寄り難い。
九月九日月曜日
續々引揚げ
霧が晴れてから、沖を見たら、別の汽船が來て居た。
これは漁業監視局の巡航船レイテナントデヅイモフで、パウレンコ氏一行の歸航と、漁業監視の為めに來たのである。
パウレンコ氏一行は、今日此の船で浦鹽へ歸つた。
九月十日火曜日
義勇艦隊の汽船シーシヤンが出發した。
晝食後客とデムビさん兄弟が、ネルピーチエ湖へ鴈獵に行き、父も同行した。
一行は晩の九時に歸り大きな鴈を五羽撃つて來た。
一行の留守中、アーシヤと私は、銃を持つて再び河口の洲へ行つたが、這次は獲物が少かつた。