そのことに僕はなにも気がつかずに、ただ、生きて。
















奇跡。












呆然と、僕はただたたずんでいた。
真っ赤な教室には、もうだれもいなくて。
ただ、そこにはまぶしいくらいの夕焼けが入り込んでいた。
僕だってびっくりするぐらいの、それ。
それを、久しぶりにみたようなきがする。
チャイムがなった。
放送が、校内に残っている生徒は早く下校するように、と呼びかけてた。
けど、僕はそれをせずに。
ただ、教室でたたずんでた。
ひとりじゃなく。

「あとちょっとでテストもおわるね、ヒル魔。」
「ああ、そうだな。」

僕のいったことに興味なんてなさそうに机に座るヒル魔。
手にもった拳銃の手入れをしていて。
その体に、夕焼けが映る。
なんてきれいだろう、と僕はおもった。
なんて、きれいなんだろう。
これ以上、きれいなものなんてないぐらいに。

「そしたら、ようやっとクラブができるね!」

えへへ、と笑って黒板をみた。
そう、テスト期間にはいってから、クラブがなくて僕たちは時間を持て余してた。
もちろん、テスト期間中だってクラブはできる。
でも、テストで赤点ばっかりとってると、追試とか赤点対象者の講習があったりで。
逆に効率が悪くなる、そういってヒル魔はおもいきってクラブを休みにした。

「ヒル魔は、今回なんかできなかったテストって、ある??」

聞いてから、あぁ、これ意味なかったかもなぁ、と思った。
返事はなかった。
だって、それは僕ももうしってることで。

ヒル魔は、どのテストでも90点以下をとったことがない。
普段はあんな風に人を脅迫したりとかしてるけど、でも。
僕は、勉強ができないヒル魔をみたことがない。

「僕なんか、けっこう全部だめだめっぽいよ〜」

あはは、とまたわらってみせた。
そうしたら、ヒル魔はしょうがねぇな、って顔をして。

「ぜってぇ欠点とってクラブにこれないとかそういうのだけはすんなよ」

軽く、頭を小突いてヒル魔は笑った。


どうしようもなく、それが悔しいとおもった。
きっと、これからさきだってヒル魔はそういうのでなやんだりとか、することがないんだろうな。
きっと、ヒル魔のことだから立ち止まることがないんだろうな。
僕みたいに、テストの点数がわるかったとか、そんなことでなやんだりもしないんだろうな。
ヒル魔は、なんでもできるから。
――――――僕とは、ちがって。
でかいだけがとりえの、僕とはちがって。

どうしようもなく、ヒル魔には隙が、ないんだ。

「そんなことないよ〜!でも、ヒル魔にはきっとそんなこともないんだろうね・・・」
「・・・あ?」

夕焼けを、見上げた。
まぶしいそれは、長い長い影を作って。
すべてのものが、闇に沈もうと、してた。
僕さえも飲み込んでしまう、ほどの。

ときどき、すごく卑屈になる自分がいる。
自分でもどうしようもないくらい、いやになる自分がいる。
だれだって、ひつようとされてないにんげんはないない。
それは真実だってみんないうけれど。
でも、それは本当に真実なの?
本当に、僕を必要としてるひとなんているの?
みんな、外で笑ってるだけで本当は僕のこと、きらいじゃない?
本当に、僕はここにいていいの?
ぼくよりも、すごい人がたくさんいるのに。

だって、しってる?
ヒル魔が、僕をのみこんじゃうんだよ?
僕は真っ暗な影で。
ヒル魔は、まぶしいぐらいに僕を照らすから。
ねぇ、僕は消えてしまうよ?

僕は何もできなくて無力なのに。
ヒル魔はなんでもてきて、僕の分までうごいて、そうして僕を奪ってくよ。
僕を、奪っていくよ。



「ヒル魔は、なんでもてきちゃうんだもん、なにもできない僕なんて、いらないんじゃないの?」



途端。
いうはずのなかった言葉が、口をついてでた。
あ、と思った時にはもう、遅くて。



パァン!!!



ほっぺたが、赤くなってた。
気付いたのは、ヒル魔が僕を手で張った押したこと。
いつもは拳銃で僕の足元をうつ。
もしくは、足でおもいっきしける。
なのに。
手で、ぶった。

怒った。
ヒル魔が、怒った。

夕焼けが、地平線に隠れた。
暗くなった教室に、あかりもつけずにたたずんでいたのに。
慣れてきたのか、ヒル魔の顔が僕にははっきりとわかって。
あぁ、どうしてそんなに。
いつもなら考えられないくらいのその表情に息が、とまりそうになった。

だって。
だって、どうしてそんな顔をするの?
ゆったのは僕で、傷つきそうになってるのも僕で、
なのにどうして。


ヒル魔が、哀しそうな顔をするの?


「てめぇ、自分が張ったおされた理由もわからねぇのか」
「だって」
「てめぇは」


パァンッ!!!
反対側のほっぺたを、張り倒される。
小気味のいい音だけが教室にひびいた。


「てめぇは、俺のこと、信頼してねぇのかよ。」
「どういうこと、ヒル、魔」
「俺はてめぇが必要なように、てめぇも俺を必要としてるとおもってた。だがそれは違うんだな?」


どうして。
そうして、そんな傷ついた顔を、してるの?


「そういうことじゃねぇのか、自分は必要じゃないとか、てめぇは、俺がてめぇを必要としてるって疑ったってことだろ」
「ちが」
「どこが違う?俺は、おれはこんなにおまえがっ―――――!!!」

一瞬、またぶたれるのかとおもって眼を閉じた。
でも、想像してた衝撃はこなくて。
恐る恐る眼をあけてみたら、別の意味で衝撃が、僕を襲った。

泣いて。
それも、たった一筋の涙。
あぁ。
傷ついたのは僕じゃなかった。
痛かったのは、僕なんかじゃなかった。
その涙をみて、僕はぼんやりとそんなことを考えた。

「こんなにもてめぇが要るっておもってんのは、俺だけかよ」

傷ついたのは、ヒル魔だったんだ。
血が吹き出そうな心を、抱えていたのは。

「やっとみつけたのによ、やっと。いままで、いきてきたなかで。」

自分にまけて、そんな自分がいやで。
何もしないことを、ヒル魔の所為にしてた。
ヒル魔は、ヒル魔のおもうままに生きてるだけなのに。
それにあこがれて、けれどそれができない自分を、情けなくおもって。
それを、ヒル魔の所為にしてた。
ヒル魔は、何もしてないのに。
こんなにも、好きなのに。
好きな相手を、悪者にしてた。
なんて、ばかだったんだろう。
必要としてるひとがいないとか、そんなこと。
きっと本当にそうだったらって、それが実現したときに少しでも傷つかないための、逃げ。
でも、実際にそんなこと、ないのに。
実現することなんてないのに。
だって、僕にはこんなにも、僕のことを必要としてくれるひとがいる。

「ヒル魔、ごめん」
「ごめんで謝ってすむかよこの糞デブ!!!!」

好きな人に疑われて、好きな人に悪者にされて。
傷つかない人なんて、きっといない。

僕は、そっとヒル魔の手をとった。
それが、いつもみたいにとてもとてもあったかかった。


こうやって今、手をとって温かさを感じられることが、どれ程の奇跡なのだろうか、と。
どうして、僕は知ろうとしなかったんだろう。


「ごめん、僕が馬鹿だった。」
「当たり前だろうがこの糞!!!」


「怖かったんだ、ヒル魔がなんでもできるから、何もできない僕なんて、必要じゃないんじゃないかって」
最初から、そういってしまえばよかったんだ。
どうして、人はやってしまったあとに気付くんだろう。
それが、どれぐらい人を苦しめてるかってことに。
どうして、人はもっとうまくたちまわれないんだろう。
それで、成長できてたらいいなぁと、どこかでおもった。

「いよいよてめぇの脳みそ腐ってきたんじゃねぇのか」
「そ、それは酷いよヒル魔〜・・・!」
「は、てめぇが阿呆なこというからだろうが」



「てめぇの価値なんざ、俺がてめぇを好きだってことだけで十分だろ?」



そういって鼻を鳴らしたヒル魔の顔が、どうしても笑っているようにみえて。
もうすっかり夜になった教室で、唯その笑みだけが僕を照らしていたと、思った。








20050626/はらっぱー

要するに、本当に心から好きな人に出会えるってことは、
どれほどの奇跡なんだろうって話ですよ!
ってかちょっとなんでヒル魔さん怒ってたのに急に機嫌なおってんの
とかそういう突っ込みはもう不可!!(笑)