
| 「写真のネガは楽譜、プリントは演奏。」と言ったのは誰だっただろうか。やはり、写真と音楽両方に造詣の深かった人物に違いない。言い得て妙、と思えるこの台詞ほどではないけれど、私も経験から写真と演奏の関連を感じたことがある。 写真撮影のうち、広角レンズでの人物撮影というのはなかなか難しいものである。ここでいう人物撮影とは、観光地などでの記念写真ではなく、作品として知らない他人を無断で撮影することである。なぜ難しいかと言えば、撮影対象である人物は、写真家がカメラを構えていることを意識した途端、写真家が撮ろうとしていた表情を消してしまうことが多いからである。それゆえ人物撮影というのは、なるべく相手に気づかれないように撮るのがいいと言われている。しかし、そのように撮った写真は、なぜかどこかインパクトのない写真になってしまうことが多い。その理由は何か?もう何十年も前の話だが、ミノルタカメラのコマーシャルで、当時グラビア・アイドルを撮らせたら超一流だった篠山紀信が、「広角レンズは被写体に寄って、さらにグッと寄って撮るんだ。」と言っていたが、これは単に構図の問題だけでなく、写真家の心構えのヒントにもなる。知らない他人を素人が作品として広角レンズで撮影した場合、その多くが主題(人物)を表現しきれないのは、物理的だけでなく精神的な意味も含めた、人物との距離を取り過ぎているためである。 そんなことが頭にあったある日、ラッキー・ジョージの演奏会の時のこと、私は自分の前に録音マイクを置き、演奏全体を録音していた。演奏会であるから、当然のことながら我々の前には大勢聴衆がいる。自分の前にマイクがあるから、再生時には当然自分の音が一番大きく聞こえるのだが、家で聴いてがっかりした。自分の楽器の本来の音ではないのである。以前、練習の時の録音ではこんなことはなかったのに。暫く考えて思い当たった。私は、大勢の見知らぬ人を目の前にして、気付かぬうちに譜面どおりに音を出すことに集中していたため、リードを十分鳴らしきっていなかったのである。私の演奏する楽器(テナーサックス)は、もちろんいつもフル・ブロウすればいいというものではない。恋人に囁くように吹かなければいけないときもあれば、木枯らしの音のようにサーブ・トーンを効かせなければならない時もある。しかし、意識してセーブした音と気付かずにリードを鳴らしきっていない時の音とは明らかに違うのである。私は、バンドのメンバーに尋ねた。「どうしたら人前でいい演奏ができるだろうか?」優しいラッキー・ジョージのメンバーからはすぐ幾つかのレスがあった。あるものは、「Practice! Practice!」、また、「聴衆をかぼちゃ(失礼!)と思え。」というものもあった。どちらもごもっともだと思う。 しかし、更に言えば、我々は聴衆を前に演奏を行う場合、あたかも広い範囲を取り込み構図としてまとめ上げなければならない広角レンズで知らない人物を撮影する時のような、心構えが必要なのではないだろうか。ただ譜面どおり演奏するのではなく、聴衆との距離を縮める演奏をする心構えが。聴衆との距離を縮めるとは、つまり、聴衆と一体となることである。それには聴衆は演奏家の演奏に満足し、演奏家もまた聴衆の反応に満足するという相互関係が成立しなければならない。それを可能にするのはテクニックか?情熱か?「今日は、ようこそおいで下さいました。さあ、ラッキー・ジョージの演奏をお楽しみ下さい!」と言うのは、じつは口で言うほど簡単なことではない。どうしたら相互関係が成立するような「聴衆を魅了する演奏」ができるのか。前述のように、いつも譜面を追うことにあっぷあっぷしている私にとって、これは大変大きな課題なのである。 (2005.05.29 By Mr.Blue Moon) |