複雑-単純
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「おう、似合ってんじゃねーか、スーツ」 「なんだ、気持ち悪いな。てっきり、出くわすなり『似合わねえことやってんじゃねえ』とかいうもんだと思ってたんだが」 「ケケケケ、疑り深いのは変わってねえな、テメエの長所だ」 「ふん」 十文字一輝がアメフトをやめたのは、大学卒業時。それは自然な流れだった。社会人リーグから声が掛かるほどの実力は無かった。掛かるようなアピールや工作をしたわけでもないし。それでも、テスト入団ぐらいは可能だったかも知れない。大学出たてで、どこか学生チームのコーチとして育成にあたる例もあるが、それほど人間が出来上がってるわけでもない。というより、教えることに生きがいを感じる人間ではない。 ************************* 「意外だな」 「あん?」 「あの蛭魔妖一のことだから、アメフトをやめちまったことを当然つついてくると思ってたのによ」 「つつかねえよ」 「?」 「つつけねえ」 「どうしてだ、と訊いていいのか?」 十文字は、蛭魔が表情を消したような気がした。 「あのころ、俺はテメーらを自分の夢のために巻き込んだ」 「ああ」 「テメーらは見事に巻き込まれたし、テメーらとしてもそのことを毛ほども恨んじゃいねえ」 「ああ、その通りだが、それで?」 「まぁ、テメーらはそれでいい。俺を恨むべき理由を持つ奴は別にいる」 「・・・・・・」 「正当な理由をな」 「そうだったな」 雪光学、その人である。泥門デビルバッツ対神龍寺ナーガの試合、怪物・阿含とのマッチアップを命じられた彼は、女性の10割が、男でも半数は目を背けるような死闘を演じ、チームの勝利と引き換えにズタズタになった左膝の腱は完治せず、スポーツを永遠に諦めざるをえなくなった。 「今、そいつは俺に感謝すらしている」 「たった1試合出ただけで、メディアも観客もたいして評価したわけじゃないのにな」 「あのスタジアムにいた人間のうち、奴をまともに評価した人間だけは、尊敬を惜しまねえが・・・」 「だからといって、あの人の体が元通りになるわけでもない」 もちろん、雪光は自ら望んでフィールドに立ったのであり、蛭魔としても彼の選手生命を故意に犠牲の羊にしたわけではない。だから、雪光は自分から犠牲になったのだ、あなたの責任じゃない、という慰めは誰もが考えつくところだった。 だが、もし仮に雪光があのフィールドを最初で最後の輝きとする覚悟が無かったとしても、あのときの雪光に、蛭魔の命令に対する拒否権は無かった。勝利のために死力を尽くすという、チームの雰囲気を意図的に構築したのは蛭魔妖一である。責任がまったく無いなどと言い切れるものではない。 「・・・だからな、俺はアメフトをやってねえという理由だけで、テメエをからかったりはしねえ。むしろ、それは絶対にできねえし、したくもねえ」 雪光学という運動能力が皆無の男が、骨の髄までアメリカンフットボーラーであるこの悪魔に、穏やかだが深い影響を及ぼしていることを改めて知った。その試合までは路傍の小石ぐらいの存在感しか無かったはずなのに、蛭魔妖一の人格を構成する要素の中で、ここまで大きな比重を占めることになろうとは。 ****************** 「なるほど。だが、俺を含めて、アメフトできる可能性があったのにやめた人間はどうなる」 「わからねえからな。そういう人間のことは」 「なんだそりゃ、わからねえ、てのは」 「俺は単純だからな」 「なッ・・・・」 ウイスキーを吹き出すところだった。 「お前らの様に、複雑な人生送ってるわけじゃねえ」 「意味わからねえぞ。これっぽっちで酔ってんのか?」 「素面だ。考えてもみやがれ。俺って人間は、アメフトと出会ってからというもの、その後クリスマスボウルだけを見て突っ走った。それが終わったら、NFLだ、今度はスーパーボウルしか見えねえ。まだ目標は果たされてねえが、一度優勝したところで、また優勝を目指すだろうし、それっきり目標がねえ。チームメイトが育つだの、自分が上手くなるだのといったものは、目標を達成する途中で拾った付録だ」 「過程を楽しめねえというわけかよ」 「死ぬほど欲しい目標が無けりゃ、過程だけ楽しもうっても無理な話だ」 「そいつは、えらい不便な性格してるな」 「ああ、不便な性格だ」 「なるほど、そう言われてみると、単純な生き方をしてるってのはわかったぜ」 「それに較べりゃ、テメエはかなり複雑な生き方をしてる。だから、今のテメエの考え方や感じ方には、俺の狭い世界を超える部分もある」 「だろうな、多分」 「とすれば、アメフトをやめたテメエを無闇になじったり、笑ったりはできねえ」 「・・・・・・」 「なにしろ、俺には見えないものも、見えているはずだからな」 「俺にはむしろ、アンタにしか見えていないものの方が、よほど眩しく見えるがな。もっとも、そう思ってるのは俺だけじゃねえだろうが」 「そうか?」 十文字は、酒を二人分追加した。 ********************** 「なあ」 「なんだ」 「俺がもし、アメフトを続けていたとしたら、モノになったと思うか?」 「それは、どういう形で続けるとした時の話だ?」 「何でもいいが、そうだな、たとえば、この国の社会人リーグに入団するとか」 「テメエが、か」 「どうだ?」 「通用したと思うぜ」 「世辞抜きでか?」 「ああ」 「惜しかったと思うか」 「俺がラインの人材に悩むチームのスカウトだったら、そう思っただろうぜ」 「フン」 「なんだ?」 「褒められるなんて、ガラじゃねえ。特にアンタにな」 「ケケケ、たしかにな」 肉体に宿った才能に限れば、それほど差異のない相手だということはお互いにわかっていた。 「だが、多分俺はダメだったろうな」 「なんだ、俺の見立てが信用できねえと」 「いや、日本のアメフト界に、蛭魔妖一はいなかったからな」 「?」 「あのときのアンタみたく、周りの人間の人生を巻き込んで、引っ掻き回していく奴が居たら、日本のアメフトにも惹かれたかも知れねえ。だが居なかった。いや、いたかも知れねえが、俺にはそういう人間が居ないように見えた」 男惚れ、というやつであろうか。こいつのためなら俺は死ねる、といった信念または錯覚を抱かせる、強烈な魅力を持った個性を見出しえなかった。 ようやくウエイトレスがやってきた。よく怒られそうなトロそうな娘だ。運んできた濃い目のウイスキーをあおる 「他人のためにやってたアメフトじゃねえんだがな」 自嘲気味に言うのが似合う男だ、とは蛭魔は言わないでおいた。言ったのは別のことだった。 「ああ、俺もそのはずだった」 今は違うのか?と応じかけて、十文字は気付いた。誰かのために、があるとすれば、その「誰か」など決まりきっている。 「・・・・・・のろけてるつもりか、そりゃ?」 「まあな」 十文字は露骨に嫌そうな顔になる。 「アンタがアメフトを辞めたら・・・」 「あん?なんだそりゃ」 「いや、仮に、デビルバッツで選手生命を失ったのがあの人じゃなく、蛭魔妖一だったらって考えてな」 「死んでただろうな」 「なに?」 「アメフトができねえんじゃ、生きてても仕方ねえ」 「おいおい、そりゃ言いすぎだろ」 「俺がアイツの立場になったらそう思ったろうぜ、少なくともあの時の俺ならな」 「・・・・・・そうか」 ウイスキーが辛い。もう少し氷が溶けるまで待ちたいところだが、ひとくち余計にあおってみる。 「・・・・・・そうか、なるほどな」 「おい、なに一人で納得してやがる」 「いや、アンタは既に命を何度か救われてるんじゃないかと思ってな」 どういう意味だ・・・と応じかけて、気付く。致命的な怪我をしないように気を配っているのも彼女なら、これから先、選手生命を絶たれたとしても、その後、命をつなぐ理由となって彼を生かすのも彼女しかいないではないか。 「反撃したつもりみてえだな」 「防ぎきれなかったろう」 「ケケケ、そういうことにしといてやる」 ****************** 「と、悪いな、そろそろ行くぜ」 「なんだ、忙しいな、さすがは日本のビジネスマン」 「こないだ、親父の直属の部下に配属されちまってな」 「ほうほう」 「これからあの古狸の部署をまるごと乗っ取るところだ」 「ケケケケ、活き活きしてんじゃねえか」 「そうか?」 実に楽しそうに話すものだから、蛭魔ならずともそう思っただろう。 「まぁ、ようやく就職以来の我慢が生きてくるんだからな。愉快で愉快で仕方ねえぜ」 「実の息子に地位を追われる、か。ある意味で理想的な生き方だな、テメエの親父は」 「よせよ、せっかく人が楽しんでるのに」 「じゃあな」 「待て」 「ん?」 「俺以外に、その乗っ取るっていう計画を話したか?」 「まさか」 「なら成功するだろ」 フン、蛭魔妖一のお墨付きがいただけるとは光栄だ、と皮肉を残し、立ち去った。 ****************** あとがき 蛭魔妖一と、サシで語れる男・・・・・・というだけで十分です。うちの十文字一輝は、まも姐にハッキリした好意は持っていません。原作での描写がない以上、作らないというスタンスでおります。 |
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