逆撃
| 蛭魔妖一は、現在、渡米を待つのみである。周囲より一足早く、残り一ヵ月半で高校生活が終わるから、まもりに対して女房孝行・・・ではなくて、ちょっぴりだけだが恋人らしい扱いをしてあげているところだった。とはいっても、恋愛はできても恋愛遊戯に興じることのできないのが蛭魔妖一という男、世間一般で言うところの恋の駆け引きなどまるで無視、甘やかな語らいや睦み合いなど完全放棄して、お互いが一緒に過ごす時間を増やすことだけを純粋に追求するというように、好意の発露が直線的だった。 その態度は、恋愛を楽しみたい女子には不満なものだったかもしれないが、相手が姉崎まもりだったことが幸いした。まもり女史としても、ぬるま湯につかったような雰囲気を作って、手袋ごしに果実をつかむような間接的な言葉を応酬するような、技巧ばかり先走った恋愛をやろうとしても上手くいかなかっただろうから、蛭魔のやり方は双方にとって最善で唯一の方法だった。 抱擁と接吻のためだけにまもりを呼び出すあたり、身勝手さは相変わらずだが、人目を避けるぐらいの気遣いはする。蛭魔妖一には、周囲に見せ付けたがる、といった露出狂に通じるような悪趣味はなかったらしい。呼び出す場所は、校舎や部室の裏といった王道中の王道から、取り壊す直前の地下武器庫まで、バリエーションに富んでいたが、隠れ身は完璧で、ケルベロスを除けば、目撃者は太陽と月と火炎放射器ぐらいのものだった。呼び出されて地下武器庫へ行った折りには、観客がいればある種の期待を抱いただろうし、まもりは同じ理由で恐怖を抱いたが、蛭魔の気分としては部室の裏と変わらなかったようで、いつもよりも顔が触れ合っている時間が長くて、まもりが腰を抜かした以外、さして変わったことは起きなかった。 顔が見たくなった、声が聴きたいから、触れたくなったので、抱き締めたいから・・・こんな用事ともいえない用事で呼び出されても、まもりは断れない。というのも、まもりが蛭魔を呼びたくなるときも理由としては似たようなもので、高級な理由を取ってつけてもただの理論武装にすぎないのがわかっているから、蛭魔の身勝手を責められないのだ。といって、やられっぱなしのまま黙っているほど従順ではないから、もちろんやり返す、またやり返される・・・会う時間は増える一方だから、やはり蛭魔の術中なのかもしれない。 そんな頃だった。 「ヒ、ひひ、ヒ、蛭魔さん!?どうしたんですかッッ!?」 彼が糞チビと呼ぶ少年の第一声はそれ。 「寝坊したんだ」 「いや、その、それもだけど、なんていうか、あのあのあの・・・」 少年の視線は金髪に貼りついて動けない。 「用がねえなら、行くぞ。テメーもそろそろ着替えろ」 彼は、その日は登校が遅く、早朝練習に出なかったのである。 金髪の悪魔は、そのまま校舎に向かった。 「おはよう」 「おはよう」 無意味な挨拶が続く校舎内、彼が入った瞬間、空気が変わるのが常であった・・・が、今日は違った。時間差があった。 「おはよ・・・う・・・?・・・ございますッ!!!」 彼とすれ違った男子生徒が凍りつく。女生徒の視線は氷結する。 (あんな美形、うちの高校にいたっけ?) (何言ってんのよ!アイツじゃない!) (あれが!?アレが!?蛭魔妖一!?うそ!?嘘でしょ!?) (だって、あの金髪に鋭い目って・・・) (ネクタイしてるじゃない!) (ピアスはどうしたのよ!) (ボタンも止まってるし!) (一番上のボタンまで!) (なんてったって、髪が逆立ってないわ!) 髪下ろして、正装にしただけで、ここまで印象が変わるものだとは・・・!! 織田信長に相対した斉藤道三の気持ちがわかります。 ・・・・・・。彼が通り過ぎた後の靴箱周辺・・・・・・。 「超常現象よーーーッ」 「天変地異が起きるぞーーッ」 「世界が終わるかもーッ」 「でもカッコ良過ぎーーッ!!」 誰もが恐怖におののいている。でありながら、10秒に1回はその方向に目を向けずにいられない。 つややかな金髪が、いつもと違って柔らかい光を反射している。 教室に入っても、異常な反応は変わらない。 「あれ、ヒル魔、今日は欠席?」 最近、つまり、NFLへの推薦状を集めていた時期からのことだが、学校に来ていて授業に出ないことは無かったので、金髪のツンツンが見えないということは、必然的にそうなる。 「バッ、見ろ!!うしろ!奴の席ッ!」 クラスメートが声をひそめる。 「へ?・・・。あれ、誰?俺、目ぇ悪いんだけど」 「あの席の持ち主だよ」 ・・・。その男子生徒の頭の中で、何人も天使が舞ってから・・・ 「ええええええええ!!でも確かに面影がぁッ!兄弟とかじゃ・・・!!本人!?」 大声上げて叫びたかったが、小声になった。 1時間目開始の少し前。朝練はできないが、授業開始には余裕がある、という半端な時間に来てしまったせいで、教室でノートPCとにらめっこしている。 「おーい、ヒル魔、教室かあ?」 ムサシである。 「ん?ああ?おまえ、ヒル魔か?」 「ナーンダヨ」 「・・・。わはははははははははははッ!!」 「てめえぇ!!人の顔見て笑ってんじゃねえ!」 「あはははははは!!」 「黙りやがれこの糞ジジイッ!」 「いやあ、悪い。チビが言ってた、おまえが寝坊して、髪セットする時間が無かったみたいだって・・・くくくく・・・」 周囲の者は、いきさつを理解したが、遅刻してでもセットをキメてくる男のような気が、なんとなくしていたので、違和感は減らなかった。 「ピアスも外して寝たんだな」 輪の無いとがった耳は、撫で付けられたような金髪の下で、まるで正体を隠したエルフのそれのように控えめにしている。 「なんでまた、ネクタイなんてしてきて・・・」 「この頭で服だけ気合入れても誰もビビんねえだろが!電車ん中でしたんだよッ」 そうだった。クリスマスボウル以降、他人をビビらせる必要が減ったのだった。遅刻してでも外見を整えるほどの必要性は無い。 「にしても、おまえその正装っぷりは整い過ぎっていうか・・・ふふふふ・・・」 「どっちつかずは嫌いなんだよ!!」 会話に、次の参加者が入ってくる。 「ムサシー!ヒル魔ーぁ!今度の試合見に行ってあげよう!・・・あれ?」 「おう、俺は行けるぞ栗田」 忙しく動きだす栗頭。何を探しているのか? 「ねえ、ヒル魔はいないの?」 ――銃声―― 一時限目の授業が始まり、そして終わった。生徒の集中力不足を誰も咎めなかった。教官にしてからが集中できていなかったのだから。 休み時間。 悪魔のもとへ天使の襲来。 「ヒル魔くん!今度の日曜の試合だけど」 「あ?糞デブから聞いてんだろ」 「や、じゃなくて、今度からベンチに入らないで応援だから、制服以外を着てくべきかな、と思って」 「やめとけ」 「え?」 「どのみち制服とジャージ以外の着こなしなんて出来ねえくせして、背伸びすんな」 「しつれいね!」 「ほうほう、着こなし上手なつもりでいるのか」 「うるさいわね!だいたい、ヒル魔くんの方こそ、制服すらちゃんと・・・」 いつもどおり、口癖の様になった注意をしようとして、声量が急速にしぼんでゆく。 「・・・。・・・おい」 「・・・・・・」 「『ちゃんと』、どうした?」 「ちゃんと・・・着こなせて・・・」 着こなしている。それはもう、見事に。写真家が是非モデルにと頼みたくなるぐらいに。 「あ〜?よく聞こえないなあ」 どこか、服装にミスは無いかと必死に探しているようだったが・・・ 「・・・完璧です・・・」 「ケケケケケ。俺の勝ちだな」 「勝ち負けとかじゃないからッ!とにかく、わたしは私服で行くから、ヒル魔くんだけ制服で浮いちゃったりしないようにしなさい!」 「それでアドバイスしたつもりか?」 「〜〜〜!!」 脱兎。 ヒル魔の圧勝。 まもりは完敗。 あの蛭魔妖一が見掛けだけでも品行方正にしていたら、どうやって彼に対抗すれば良いのだろう。 泥門では髪染めは別に禁止されていないから、金髪は弱点でもないし。 文句をつける取っ掛かりさえ無い。 まもりはふと、自分の手元にある攻め手の少なさに驚愕した。 このままでは、外見がまともな限り、あの悪魔の思うがまま。言葉遣いの悪さなんて指摘しても、一瞬で切り返される。 マズイ・・・。 どうにかしないと・・・。 それにしても、服装だの何だのといった細かい事項ばかりで、彼に突っかかって行ったのだということを、今更ながら認識する。 きちんとした服装で登場しただけでこの衝撃。不意打ち。 後日 「ねえ、まも」 「んー?」 「どうして、髪下ろしてるのにヒル魔くんってすぐわかったの」 「え?」 「教室入った途端、見分けてたじゃない。どうして?」 「髪、下ろしてた・・・?」 「何言ってんの!それでみんな騒いでたんじゃない!!」 「あ・・・・・・ああ!ああ!そうか。そうそう、それね」 「?」 「うーんとね・・・」 「愛の力でしょ」 「違いますッ」 「どうだかな〜♪」 「ええとね、部活中に雨が降ってきて濡れたりすると、たまに髪がしおれてるの見たことあるから・・・」 「見慣れてたの?」 「そうそう・・・」 「ふ〜ん」 「いや、そうじゃなくて、見慣れるほど見たこと無いけど!!」 「そんな力いっぱい否定しなくても・・・」 「髪下りてくるほど雨降る前に、普通は室内入るし・・・とにかく!あんまり見たこと無いの!」 「愛の力じゃないのね?」 「しつこい!」 何故、あんなに力いっぱい否定したのか、ということについて、なんとか疑問を持たれずにすむ。 また、髪下ろしていたのに気付いていなかった、ということについても。 (・・・だって・・・見慣れてるんだもの・・・・・・) あとがき 見慣れたのはいつよ?! |
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